社会教育特殊研究 <参加型開発と参加型学習(まとめ)>

田中治彦 後期第12回 2007年1月16日(火)


テーマ:参加型開発と参加型学習(まとめ)

報告者:田中治彦

内容:

 ロジャー・ハートの「参加のはしご」モデルを題材として、本ゼミのテーマである「参加型開発と参加型学習」に通底している「参加」概念について考えた。

ハートの参加のはしごモデルからは3つの課題を導きだすことができる。

1. はしごの最高段(8段)に「子ども主導で大人を巻き込む参加」をもってきている。これはハートは子どもが大人社会を変えていくことこそが持続可能な開発につながると考えているからである。子どもを社会変革の主体として捉えているわけであるが、果たしてそれは良いことなのだろうか。子ども時代には子どもとして伸び伸びさせてやる、という考え方にも道理があるわけで、この点をどのように考えるのか。

 

2.はしごの第4段「役割参加」は「参加している状態」としては最低の段階である。学校教育をはじめとして、日本社会は基本的には子どもに対して「役割参加」を求めている。そのよい例が1979年に総理府から出された「青少年の社会参加」の答申である。ここでは、子どもを家庭、学校、地域、職場、国、国際社会に順々に参加させて役割を果たすように提言している。

 一方ハートも伝統行事などにおいては第4段が望ましい、としている。ハートの参加論は西洋近代的な価値が背景になり、ここの部分では齟齬をきたしているのではないか。また、ハートの本において途上国の事例が多く採用されていて、地域社会が生きている所ほど子どもの参加が実効的になされていると報告されている。これらの点をどう考えるのか。

3.はしごの4段から6段は、役割参加→意見参加→共同決定参加、であり、グループワーク論などの参加論と同じである。一方7段・8段は子ども主導の参加であり、6段から「飛躍」がある。ここに主導権の転換と質の転換がある。すなわち指導者は4段から6段までは計画的に指導できるが、7段8段は計画することができない。開発で言えば6段までは計画できても、7段以降は事前に計画することが不可能である。すなわち「参加型開発」は事前の計画にはなじまない。

 どのような要因が、6から7へのジャンプを導くのかを明らかにすることが、参加論の今後の最大の研究課題である。

 


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