田中治彦(上智大学)
2010年5月
ユースワークは一言で言えば「若者の成長・発達への指導・援助」である。しかしながら、かつては自明であった「成長・発達」も「指導・援助」も、今は必ずしも明確なわけでない。変化があった時期は1980年代である。この時期は特に戦争や革命があったわけではないのだが、日本社会、特に若者の間には明治維新や第二次大戦後に匹敵するような大きな価値観の変動が起きていた。
図1は1980年代の日本社会に起きた重大な変化を図示したものである。Aの領域は、明治以来1980年代まで続いた時代で、西欧型の近代化をめざして国家をあげて産業化に務めた時代である。そこでは「西欧に追い付き、追い越せ」を合言葉に、近代教育の普及と産業の振興を推進してきた。この時代にあっては、国家の目標も教育のねらいも明確であり、それを背景に教師や青少年指導者も自信をもって指導することができた。青少年にとっては、「自分自身の成長が、社会の発展にもつながる」という感覚がもてた時代である。すなわち、自分が忍耐して学んだ知識や技術は、そのまま職業の安定や収入の向上にもつながり、社会の発展に貢献しているという感覚をもつことができた。

一方、1980年代以降のBの時代は、社会が進んでいる方向性が必ずしも明確ではない。日本社会は「西欧に追い付き、追い越せ」という明治以来の目標を達成している。また、すでに物質的に「貧しい国」と言うわけではない。新しい国家目標が定まらないなかで、教育や青少年育成の世界も混迷する。教師の権威が落ち、不登校の生徒が増加したことで「義務」教育制度が崩れかけた。社会が自分たちの進むべき道を示さなくなったので、子ども・若者は自ら進むべき道を自身で選択しなくてはならない。かつて傍系であった職業(例えば、小説家や漫画家)であっても、自分で選んだものであれば認められるようになった。その代わり、失敗しても「自己責任」とされる。当の若者にすれば、自分の成長が社会が発展と一致しているという感覚ももてないために、近未来への展望がもちにくい。これに人づきあいの希薄さも加わって、どこか「居場所」がもてずにいるのである。
現在のユースワークにおける最大の課題は、Aの時代を生きてきた指導者がBの時代に住んでいる青少年を「育成」するところにある。Aの時代にあって、青少年指導の分野で最も広範に用いられた指導法はグループワークである。グループワークは、小集団の中の相互作用を利用しながら、子ども・若者の成長を図る手法である。グループワークは、グループの成長に合わせて、指導の質や量を変えていく。すなわち、グループが未熟の段階では強く働きかけ、グループが自立的に運営されるときにはワーカーはほとんど口も手も出さない(図2参照)。ここのところの匙加減がユースワーカーの力量がもっとも発揮されるところであった。

これに対してBの時代である1990年代にロジャー・ハートによって提起された「参加のはしご」論は趣をやや異にする。ハートは大人と子どもの関係性において、子どもの参加度を8段階に分けている(図3)。第4段から子どもが実質的に参加している状態であるが、4段は子どもが大人の指示に従う「役割参加」、5段は意見を自由に言える「意見参加」、6段は大人と子どもが納得してものごとを決めていく「共同決定参加」である。なお、3段め以下は、実質的に子どもが参加していない状態である。

参加のはしごとグループワークとが大きく異なるのが第7段・8段である。第7段は「子ども主導の参加」であり、8段は「大人を巻き込む参加」である。いずれも主導権が子どもに移されていて、大人(指導者)の側にはない。ここで権限の委譲が行われているのである。第7段の「子ども主導の参加」はグループワークにおける集団の活性期によく似ているが、一番違うのは最終的な権限が大人の側にあるか子どもの側にあるか、である。グループワークにおいては、子ども集団の最活性期にあっても、子どもの側に決定権を委ねてしまうことをそもそも想定していない。
子ども・若者が自発的に参加して、計画から評価まで自ら運営できるようになるのは実際には容易なことではない。ましてや大人を巻き込む参加などそう頻繁に現れるとは考えにくい。しかしながら、Bの時代(すなわち現在)におけるユースワークのあり方に、ハートの参加のはしご論はひとつのヒントを与えているように思う。
田中治彦「今日のユースワークの課題」『YOUTHWORKER』No.128、2010年冬季号、6頁より