イギリスのユースサービス


英国における学校外教育の動向

1990年代の遊びとユースサービス施策

田中治彦『学校外教育論〔補訂版〕』学陽書房,補論より


 筆者は1989年10月より1年間、ブリティッシュ・カウンシルの奨学生として英国のサンダーランド大学で学ぶ機会を得た。住んでいたのは北東イングランドのダラム州のバートレーという小さな町である。家族ともどもの滞在であったので、イングランドの教育制度やコミュニティの実情について体験的に知ることができた。

 折しも滞在中にはベルリンの壁が崩壊し、英国の政界も11年続いたサッチャー政権の終りの1年であり、サッチャイズムの総仕上げともいえる「人頭税」と「全国カリキュラム」が実施された年に当っていた。英国の学校外教育の事情について最近の動きを紹介してみたい。


 崩壊する「核家族」

 全国カリキュラムとユースサービス

 子どもの遊びと学校外教育


1 崩壊する「核家族」

 留学前、英国についてはいくつかの固定観念があった。例えば、多くの人々は日曜日に教会に行っているとか、医療、教育、福祉サービスが充実しているというイメージである。実際には、私たちが住んでいた地域の人々はクリスマスや結婚式の時くらいしか教会には行かなかったし、福祉国家としての英国はこの10年で全く変貌していた。イメージと実際とが違ったことは多々あったが、その中でも最大のものは家族関係である。

 米国における離婚の増加については耳にする機会が多い。英国がそれと同様の状況にあることは予想していなかった。「5組に2組の夫婦は離婚し、3人にひとりの子どもは片親のみと暮らし、4人に1人の子どもは私生児として生まれてくる」というのが現状である。このことは1年間生活していて日常的に感じることができる。まず、私を受け入れてくれた大学の助教授自身が2度の離婚の経験者である。1番目の奥さんとの間の子どもは成人しフランスに住み、2番目の奥さんとの間に男の子が2人いて隔週で訪ねてくる。現在のパートナーのお嬢さんもやはり定期的に彼らを訪問する。もちろん、彼は英国社会では特異な存在ではなく、私たちが公私両面で大変世話になった尊敬すべき人物である。近隣の家庭でも親子の姓が違っていたり、食事に招かれた家庭の家族関係が複雑でついに理解できなかったり、ということは度々経験したことである。書店では親が離婚した場合の手引書が子ども向けに販売されている程である。

 日本でも最近離婚する夫婦は増加しているが、両国で決定的に違うのはイギリスでは「子はかすがい」にならないことである。日本の家族関係は親子関係(特に母子関係)が中心であるのに対し英国のそれは夫婦関係が中心である。夜は子どもを早く寝かせて夫婦でパブやコンサートに出かけるというのは長く英国社会の習慣であった。実際、私たちが他の家を訪問した時も、その家の子どもたちは勝手に遊ぶのに慣れていて、何か事故でもないかぎり親を呼びにはこない。反対に我が家の子どもたちはしきりに「おとうさん、いっしょに遊ぼうよ」と誘いに来る。もし同じことをイギリス人の子どもたちがすれば、「大人が話している時に子どもは口をはさんではいけない。」と叱られるだけである。

 英国に6か月以上滞在すると児童手当が支給される。子ども1人当り月々29ポンド(約7200円)であったが、円安で生活費が苦しくなっていた私たちにはタイムリーな贈物であった。これをもらうための申請書の項目が面白い。まず申請する子どもの名前を書く。次に現在養育している女親がそれぞれの子どもの出生上の親であるかを聞いてくる。さらに、その子と現在同居しているか、していない場合は誰と同居しているか、なぜ同居していないのに児童手当を申請するのか、を書かねばならない。子どもと同居している父親の名前をフルネームで書き(母親や子どもと違うことがあるから)、その子の出生上の親かどうかを記入し・・・・・・・というような質問が延々十数項目続く。父と母と子ども2人という典型的な核家族である我が家はこれらの項目を皆パスする。英国の家族関係の複雑さを実感させる申請用紙であった。サッチャー首相(当時)はこのような大規模な「家庭の崩壊」を前に、女性はできるだけ家庭に帰り、子育てに専念するように発言した。しかし、自分自身が「働く女性」であり家庭を夫にまかせていることもあり、全く説得力はなく働く女性たちからひんしゅくを買うだけであった。

 

2 全国カリキュラムとユースサービス

 英国での生活を始めた1989年10月の時点で長女が6才であったため、近くの公立ポートベロー小学校に編入した。日本では幼稚園の年長組に相当するが、英国の多くの州では(州によって学校階梯が違うところもある)小学校の幼児部(インファント・スクール)の第3学年に相当する。幼児部は4才から3年間で、続いて年少部(ジュニア・スクール)に進学し4か年を過ごし、11才で中等学校に進学する。16才までが義務教育となっている。

 4月に入ってから、全国カリキュラムについての学校での説明会がおこなわれた。これは日本の学習指導要領に相当するもので、これまで各学校に委ねられていたカリキュラムが全国的に統一されるということで英国教育界にとっては歴史的な出来事である。子どもたちがいつも使っている食堂兼講堂に7〜80名の父母が集まったところで、ブラック校長の説明があった。それによると、89年度より徐々に導入される全国カリキュラムは英語(国語)、数学、理科の3つの中心教科と7つの基礎教科より成る。基礎教科は歴史、地理、技術・デザイン、音楽、美術、体育、それに外国語(中等レベル)である。各教科はさらに細かい項目に分かれ、それぞれに対して学年ごとの目標が示されている。例えば英語であれば、読み、書き、聞き、スペル、表現の5項目が示され、数学であれば14項目、理科は17項目が示される。ただ、全国カリキュラムは教える内容については示しているが、どのように教えるかその方法には全く触れていない。

 ポートベロー小学校では従来の教育方針でほぼカバーできるが、理科については項目が多いのでチームを組んでカリキュラムを検討している、と校長は語った。聞いていると日本の指導要領よりはゆるやかなもののようである。各教科ごとに教えなければならない、ということもなく、運河を見学して写生をし(美術)、運河の役割を学び(地理、歴史)、帰ってから感想文を書く(英語)というような合科的な指導も可能である。現に、私が見学した2つの小学校ではそのような合科的な問題解決学習を行っていた。ただ、7才、11才、14才、16才の時点で全国的なテストが行なわれ、学校別に公表される、というのは日本にはない厳しい点である。この点をブラック校長にきいたが、まだどのように実施されるのか全く決まっていない、とのことであった。その後の報道によると、7才時の評価についてはさすがに反対が強く、中止の方向で検討しているようであった。

 全国カリキュラムは1988年7月に成立した教育改革法(Education Reform Act)によって導入された。同法は戦後の教育の方向性を定めた1944年教育法の全面改革である。同法は4部238条にわたる大部なものであり、ここでその全体を紹介することはできないが、消費者である保護者の権利を優先し、学校間の自由競争を行わせることに主眼がある。学区は廃止され、親は自分の子どもを好きな学校に入れることができる。学校は獲得した生徒数に応じて補助金を受ける。訪問した中等学校でも、校長の主な仕事は生徒集めと資金集めになってしまったとぐちをこぼしていた。大多数の父母が望むのであれば、地方政府の手を離れて、私立や中央政府の直接補助学校になることもできる、という大胆な条項もある。これによって、労働党支配下の自治体から公立学校を離脱させる(opt out)のがその趣旨である。 学校教育については語るべきことが多いがここではその紙面がない。

 驚いたことにサッチャー政権はユースサービスの分野にも全国カリキュラムを導入しようとした。古今東西、社会教育の分野に全国的な統一カリキュラムを実施しようという話は聞いたことがない。これは、正確にはユースサービスのコア・カリキュラムと呼ばれ、1989年12月にロンドンで開かれた全国ユースサービス会議で教育政務次官のアラン・ホワースより明らかにされた。ホワース次官はユースサービスは「教育的」サービスであるべきであり、ユースサービスでしか提供できない実際的な到達目標についてコンセンサスを得るべきである、と関係者に要請した。次官の説明によれば「カリキュラムとは、ユースサービスの計画者が若者のニーズに対して応えるべく設定する到達目標であり、他のサービスでは満たすことができないものである。コアとは、ユースサービスがその潜在的な受益者に対して最良のものを提供する優先的な仕事のことである。」さらに次官は「若者やその家族が商業的なレジャーの機会を利用する余裕があるのに、ユースサービスが補助金を受けて同様の機会を提供する必要性、正当性が本当にあるのか。」と、ユースサービス関係者に強く問いかけた。

 ユースサービスとしての共通の中核的なカリキュラムを作るといっても、ボーイスカウトのように独自に一定の訓練要綱をもっている団体もあれば、デタチト・ワークのように街角で青少年に関わり個別にニーズに対応していくというかなりインフォーマルな事業までさまざまである。果たして、統一的なコア・カリキュラムは可能なのだろうか。可能としてもそれが従来のユースサービス施策に比べどこが変わってくるのだろうか。さらに、教育科学省のねらいはどこにあるのであろうか。実は北アイルランドにおいてはすでにこのコア・カリキュラムが先導的に施行されている。北アイルランド教育部は、個々のユースセンターや補助金を受ける青年団体との間に契約書をかわし、その目的と事業内容について明文化している。この契約書において一定のカリキュラムを明らかすることが求められてくる。同教育部から出された文書にはユースサービスのカリキュラムと契約書の事例が載せられている。


ユースサービスのコア・カリキュラム(北アイルランド)

補助金を得る青年グループの契約書モデル

 

1.本契約書は当事者である青年グループが以下に述べる目的と目標に従って必要な施策を提供しようとすることに対してのみ有効である。

 [(1)(2)(3)・・の記入欄あり]

[チェックリスト]

(a)目的は若い人々の個人的、社会的発達という観点から表現されているか?

(b)ユースサービスに青年を参加させる観点に言及しているか?

(c)主な手段として「行うことによって学ぶ」という点が含まれているか?

(d)個人的社会的発達に結びつく経験が最も必要とされる若者層を対象として示されているか?

2.本青年グループの目的は以下のカリキュラムによって達成される。

 [(1)(2)(3)・・の記入欄あり]

[チェックリスト]

(a)カリキュラムは社会的学習の機会を提供しているか?社会的学習は個人の努力の方向付け、刺激、指導と支持と、社会的な側面とのバランスをとっているか?(b)社会的側面として次ぎの項目に関する機会が含まれているか?

   @ 自立を試す

   A 役割と態度を試す

   B グループ内での受容と拒絶に配慮する

   C コミュニケーションを行い、生活と社会技術を発展させる

   D 意見を表現する

   E 感情と葛藤を建設的に処理できる

(c)個々の青少年が活動を模倣し、持続し、放棄する機会を持っているか?

(d)カリキュラムは若い人々が時たま次のことに直面するように配慮しているか?

   @ 選択(例えば、時間の使用)

   A チャレンジ

   B 潜在能力と限界の認識

   C 行為に対する責任

3.青年グループは以下の項目に関する活動に特別に関わるか?

 [以下略]


 この契約書に表された内容は現在のユースサービス界における実践上の原則の最大公約数的なものであり、一見もっともである。しかし、実際にこれが実施されると現場のユースワーカーの活動はかなり制約されることになる。契約書は最大3か年ごとに更新されるが、その間は新しい活動がしにくくなる。失業や少数民族など社会問題が多い地域で、青年たちに社会意識を高め、その結果時の政府を批判するようなユースサービスの実践はこの契約からは除外されていくであろう(実際それがコア・カリキュラムのねらいであると思われる)。

 1990年2月8日にニューカッスルで開かれた「ユースワークの全国カリキュラム?」と題されたセミナーでニューカッスル・ポリテクニックのトニー・ジェフス氏は、ユースサービスの実践は本来地域的なもので、日々ユースワーカーが青少年と関わる中で柔軟に彼等のニーズに応えていくことが大切であって、全国的なカリキュラムによって枠組みを設定される性質のものではない、と述べて政府の政策を批判した。また、当初は柔軟で寛容なカリキュラムであっても、実施していくうちに次第に固定化され狭隘なものになっていく危険性を、学校での全国カリキュラムを引き合いに出して述べた。次に述べるユースサービス関連団体の統合の問題と共に現政府は国家ユースサービスを目指しているのではないかと厳しく批判した。

 コア・カリキュラムの動きと相俟って進行しているのが、全国レベルの連絡提携団体の統合である。「全国青少年事務局」「全国民間ユースサービス協議会」「英国青年協議会」「ユース・コミュニティワーク教育訓練協議会」「全国青年相談援助サービス協会」の5団体が1991年4月に単一組織「全国青少年機関(National Youth Agency)」へと統合される。いずれの団体も政府の補助金を受けており、結局この統合に加わることになりそうである。いずれの動きもユースサービスに対して中央政府のコントロールが加わるものであり、さまざまな反対と疑問の声が現場から上がっている。サッチャー首相は1990年11月に退陣したが、後継のメジャー首相は前政権の政策を受け継ぐと言明している。英国のユースサービス界からは目が離せない日々が続きそうである。

 

3 子どもの遊びと学校外教育

 日本と比べて人口は半分程度で山が少なく人間が利用できる国土の面積がはるかに広い英国ではすべての面で住環境には恵まれている。住宅地にはあちこちに芝生が敷き詰められた空き地があり、子どもたちが自転車を乗り回したり、サッカーをする姿をよく見かける。もちろん、ロンドンやグラスゴーなどの大都市ではこうした管理された空き地は少ないが、それでも東京や大阪とは比較にならない程公園面積は多い。

 1985年に子どもの遊びに関する総合的な施策を提言したプレイ・ボードの報告書によれば、子どもの遊びに関して現在提供されている施策を次ぎのように分類している。

@ 遊具のある遊び場−ぶらんこ、すべり台などの固定遊具を備えていて、特に指導者がいない遊び場である。最もポピュラーな施策であり、小さな市でも数百か所備えている。しかし、スェーデンやオランダのように数千単位で施設している国に比べればこれでも少なすぎると指摘されている。

A 休日の遊びプログラム−学校が休みとなる週末(もちろん学校5日制である)や長期休暇に実施されるプログラム。約4分の3の自治体がこの種のプログラムを自ら提供するか補助金の形で支援している。その内容は、地域のボランティアによって村の集会場で1週間程度行われるものから、夏休みの間中毎日十時間、常勤のプレイリーダーによって実施される共働きの家庭の子どもたちのためのプログラムまでさまざまである。

B 常勤職員による通年の施策−大都市を中心に約4分の1の自治体がこの種の施策を実施している。これも多岐に渡るが次ぎの3つに分類される。

 プレイ・センター−最も一般的な施設であり、日本の児童館に相当する。室内、屋外の活動が可能で子どもたちは放課後ないし休みの日にいつでも来ることが出来、何をするのも自由である。スポーツ、ゲーム、工作、演劇、人形遊びなどさまざまなことができる。

 冒険遊び場−次によく見られる施設である。子どもたちは自然に挑戦して遊ぶことができる。木登り、洞穴作り、焚火、お菓子作り、動物や植物の世話、などが可能である(東京にある羽根木プレイパークはこの一種である)。

 学校外クラブ−学童保育である。遊びがその目的のひとつであるが、他に子どもの送迎、軽食、学習、テレビなどがつけ加わる。家庭の一時的な代替機能を持つ。

C クラブやグループ−子どもたちにレクリェーション活動を提供するさまざまな団体である。ボーイスカウト、ウッドクラフト、教会の青少年グループ、スポーツ・芸術・文化活動団体などである。地域によってはこの種の施策が中心のところもある。ユースサービス施策がこれに相当する。

D リソース・センター−上記の施設や団体、事業を援助するセンターで、遊具の貸し出しやリサイクル、指導者の養成、情報の提供などを行っている。

E 子どものためのレクリェーション−プール、図書館、博物館、レクリェーション・センターなどの余暇施設の多くは成人だけでなく子どものためのプログラムを提供している。

F 商業的なレクリェーション−子どもの遊びにとって商業施設も見逃すことはできない。ゲームセンター、遊園地、スケート・リンク、乗馬学校、カフェやパブのゲームコーナーなどである。また、玩具や遊具のメーカーも子どもの遊びには貢献している。

 プレイボードでは、これらの施策の現状を分析して今後の遊びに関する政策提言を行っている。それは、遊び場や施設に関する基準作り、遊びスペースの確保、安全対策、指導者(プレイワーカー)の専門職化とその養成、保護者への啓発、関係団体間の提携、リソース・センターの設置、財源の確保、子どもの遊びに関する法制化などである。この提言に基づき、所管の官庁である英国環境省は1987年にプレイボードを改組し、「全国児童遊びレクリェーション・ユニット(NCPRU)」をスポーツ協議会の一組織として位置づけ、これに全国の自治体や遊び団体の連絡提携の機能をもたせた。1989年にはロンドンにリソース・センターとして「全国遊び情報センター」を開設した。ユースサービスの分野において60年代後半から70年代前半にかけて起った出来事が、子どもの遊びの分野で起きているようである。これによって私たちにも英国の学校外教育の動向が把握しやすくなったことは喜ぶべきことである。


 [注]

(1)同改革については、ブライアン・サイモン、堀尾輝久『現代の教育改革−イギリスと日本』(エイデル研究所、1987年)、『教育』第490、502、507、521号、『内外教育』90年1月5日号などを参照されたい。

(2)Alan Howarth MP, A Core Curriculum for the Youth Service?, First Ministerial Conference with the Youth Service, 13/14 December 1989.

(3)Department of Education for Northern Ireland, Curriculum for Youth Work: A Contract for the Future, 1988.

(4)Tony Jeffs, A National Curriculum for Youth Work (conference paper), 8 December 1989.

(5)各組織の英文名−The National Youth Bureau, The National Council for the Voluntary Youth Services, The British Youth Council, The Council for the Education and Training of Youth and Community Workers, The National Association of Young People's Counselling and Advisory Services. NYAが結成された際の所在地はNYBと同じである (17-23 Albion Street, Leicester LE1 6GD Tel.0533-471200)

(6)Make Way for Children's Play, Play Board, 1985.

(7)NCPRU及び全国遊び情報センターの所在地は以下のとおりである。National Children's Play and Recreation Unit (National Play Information Centre), 359-361 Euston Road, London NW1 3AL U.K.


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