地球的課題と生涯学習

−1990年代の国際会議の行動計画にみる

 

                             田中治彦(立教大学)


 もくじ

1.はじめに

2.地球的課題−「人口,貧困,環境」の3元連立方程式

 A 人口問題

 B 貧困問題

 C 環境問題

3.解決のアプローチと担い手

 A ジェンダー

 B エンパワーメント

 C NGO・NPO

4.地球的課題と日本の教育

 A 貧困問題と開発教育

 B 地球環境と環境教育

 C 多文化共生と平和教育

 D 被抑圧者と人権教育

 E 参加型学習

5.日本の生涯学習の課題

 A 学習内容としての地球的課題

 B 多文化共生のための社会教育

 C 総合学習と国際理解・環境教育


1.はじめに

 

 1997年7月に開催された第5回国際成人教育会議(ユネスコ主催)において「成人学習に関するハンブルグ宣言」と「未来へのアジェンダ」が採択された。1)「宣言」は27項目,「アジェンダ」は62項目にわたるものであるが,それらの内容は現在の地球社会が抱えている重要課題が網羅されている。キーワードを拾ってみると「識字」「貧困」「環境の持続可能性」「平和の文化」「人口」「先住民」「エンパワーメント」「参加」などであり,これらはいずれも1990年代に開催された国際会議・国連会議において議論された主要なテーマである。

 すなわち,ハンブルク成人教育宣言は1990年代に開催された以下の7つの国際会議における宣言や行動計画を実現するために,これらの課題を受けて成人教育の課題を明確にしたものである。

 @ 1990年 万人のための教育世界会議(タイ,ジヨムティエン)

 A 1992年 国連環境開発会議(リオデジャネイロ)

 B 1993年 世界人権会議(ウィーン)

 C 1994年 人口開発会議(カイロ)

 D 1995年 社会開発サミット(コペンハーゲン)

 E 1995年 第4回世界女性会議(北京)

 F 1996年 第2回国連人間居住会議(イスタンブール)

 本稿はこれらの会議で採択された宣言や行動計画で提起された主要な地球的課題は何であるかをまず明らかにする。その後に,日本の生涯教育の現状において,これらの提言の内容をいかに実現していけばよいのか,その課題を追求することをねらいとしている。


2.地球的課題−「人口,貧困,環境」の3元連立方程式

 

 現在の地球社会が抱えている課題は,まず1999年には60億人に達しようとしている人口問題がある。世界の人口がこの半分であった30億人に達したのは1960年のことであるから,わずか40年足らずで人類は倍増したことになる。しかも問題は60億の人口の5分の1以上に相当する10数億人はその日の暮らしにも困るくらいの「貧困」の状態にあることである。「貧乏人の子だくさん」という格言があるように,「貧困」と「人口」の問題は密接に関連している。

 さらに,この60億の人口が21世紀になって80億で止まるのか,100億人までいくのか,あるいはそれ以上になるかは,地球環境にとって大きな問題である。貧困と人口問題を解決しなければ,地球環境を守ることはできない。しかし,貧困と人口問題の解決のためには一定程度の「開発」が不可欠である。すなわち,「貧困」「人口」「環境」の3つの課題は相互に原因となり結果となり絡みあっているので,私たち人類はこれらの「3元連立方程式」を同時に解く必要に迫られているのである。そこでまず人口問題から考えよう。

 

A 人口問題

 人口問題を主要なテーマとしたのが,1994年にカイロで開催された「人口開発会議」である。その「行動計画」の第1章(前文)には次のように書かれている。2)

 人口,開発,環境の相互関連についての認識の高まりにつれ持続可能な成長を促進し,地球規模の問題を解決することの重要性がかつてないほど高まっている。現在,未曾有の人口増加,貧困,社会経済上の不平等・不経済な消費が原因で環境状態が悪化しており,地球上の新たな脅威の一つとなっている。

 一般に人口は産業の発展に伴い図1のように変化する。すなわち,高出生率,高死亡率の第T局面から,高出生率,低死亡率の第U局面に移動し,生活水準の高まりとともに低出産率,低死亡率の第V局面へと移行する。第Tと第V局面においては人口は停滞ないしは微増である。死ぬ人の数よりも生まれる子どもの数が多い第U局面では人口は増加する。日本はわずか100年の間にこの3局面を駆け抜けてきた。江戸時代にはおよそ3000万人の停滞人口で第T局面にあったが,明治以降の近代化の中で,食料の生産性の向上,工業化による生活水準の向上,教育の普及などの要因により死亡率が急速に下がり人口増加が始まった。この増加は1960年代の高度成長期まで続き日本の人口は1億人を超えた。その後,子どもの家計負担の増大,女性の社会進出などの要因により少子化が進み,人口は微増に転じている。現在では,少子化と高齢化が深刻な問題としてとりあげられていることは周知のとおりである。

 現在,年間約8000万人の人口増のほとんどが開発途上地域で起きている。従って,今後の人口増を押さえるためにはこれらの地域全般での生活と教育レベルの向上,それに家族計画の普及が急務である。そのためには,開発途上地域における貧困問題を解決しなければならない。

 

B 貧困問題

 貧困の問題を正面からテーマとして取り上げたのが1995年にデンマークのコペンハーゲンで開催された世界社会開発サミットである。コペンハーゲン宣言ではその16項で,世界の問題状況を次のように指摘している。3)

 ○ 各国内の貧富の格差の拡大,先進諸国と途上国の格差の拡大。

 ○ 世界に存在する10数億人の貧困人口。

 ○ 地球環境の悪化による貧困,不均衡の悪化。

 ○ 人口増加による社会制度,自然環境の悪化。

 ○ 世界で1億2千万人いる失業者の存在。

 ○ とりわけ女性層の貧困と過度の負担。

 ○ 10人に1人いる障害者が貧困・失業・社会的孤立にさらされていること。また高齢者も同じような状況にあること。

 ○ 難民・避難民が何千万人も存在すること。

 以上のような状況認識のもとで,世界社会開発サミットでは主要議題として,@貧困の根絶,A雇用の拡大,B社会的分裂の回避(社会統合の促進)の3点が話し合われた。このサミットでは従来の経済優先型の開発が必ずしも貧困を解決せず,時には弱者を圧迫してきたという反省のもとに,会議のタイトルにもあるように人間開発および社会開発の概念が重視された。社会開発は,教育,栄養,保健医療,雇用,環境保全といった人間開発の優先の開発を行い,また住民自身が開発の計画から実施のプロセスまで参画して,住民自身が開発の受益者となる考え方である。

 世界社会開発サミットでは,人間中心の社会開発と社会正義の実現のために1996年から向こう10年間を「貧困絶滅の10年」として,貧困と失業の解消および社会的分裂回避のために地球規模で取り組むことを宣言した。そのために各国政府は公共支出のうち少なくともその20%を社会開発に向け,またODAの20%を社会セクター向けとすべきという「20:20協定」が提唱された。本サミットの特徴は,これらの宣言においてNGOの代表が政府代表に加わり,宣言や行動計画の策定に重要な役割を果たしたことである。また,政府間会議の宣言とは別にNGOフォーラムによっても宣言文が出されている。

 

C 環境問題

 1992年にブラジルのリオデジャネイロで開かれた国連環境開発会議は「地球サミット」として知られ,世界の環境保護に向けて重大な意義をもつ会議となった。地球サミットにおいて中心となった概念は「持続可能な開発」である。持続可能な開発(Sustainable Development)とは「現在及び将来の世代の開発及び環境上の必要性を公平に充たす」ような開発のあり方である。4) すなわち,現在の世代が資源やエネルギーを使い果たしてしまい,我々の子孫には資源の枯渇した地球とゴミを残すような事態を避けようということである。

 持続可能な開発の実現のためには世代間の公平と同時に,南北間の公平が求められた。工業化の度合により国家間ではエネルギーや資源の使用量に大きな格差がある。図2にあるようにインド国民一人当りのエネルギー消費量を1としたときに,日本や西欧の先進工業国はその10〜20倍のエネルギーを使用しており,アメリカ・カナダに至っては30倍ものエネルギーを一人当りが使用している。

 

 

 地球環境を守るためにエネルギーや資源の使用を制限していくことに関してはリオのサミットで合意された。しかし,その後の地球温暖化防止のための諸会議において(COP3京都会議,COP4ブエノスアイレス会議)その制限をエネルギー使用量の多い先進各国から行うべきという主張と,開発途上国も同時に制限を設けるべきという主張との間に深刻な対立がある。

 地球環境を破壊する2大要因は,先進工業国側の資源・エネルギーの過剰消費とともに,開発途上国側の急激な人口増と貧困の存在である。人口増はそれだけで野生生物の生息域を圧迫するし,貧困の存在は森林伐採などの環境破壊につながる。後者の問題は先に述べたように一定程度の「開発」が求められる。それ故に本サミットのタイトルは「環境開発会議」なのであり「持続可能な開発」がメイン・テーマとなったのである。

 従って,現在の地球規模の諸問題を解決するためには,私たちは「人口,貧困,環境」の3元連立方程式を同時に解くという困難な状況に直面しているのである。


3.解決のアプローチと担い手

 

 人口,貧困,環境などの地球的課題の深刻な状況が世界規模で認識されたことと同時に,これらの解決へのアプローチと新しい担い手について希望が示されたこともこれらの会議の特徴である。北京女性会議では,「女性」が課題であるとともにそれを解決する主体も「女性」であり,女性自身のエンパワーメント(問題解決能力の獲得)が解決への鍵であることが明確になった。また,世界社会開発サミットでも,貧困な状況におかれている人々自身がエンパワーしていくことが貧困問題の解決に必須であることが唄われた。さらに,女性や弱い立場に置かれた人々をエンパワーするためには,政府の役割もさることながら,NGO・NPOへの期待が大きく,今後のグローバルな課題解決への重要な担い手としてこれらの国際会議で認知されたことの意味は大きい。以下,課題解決の担い手側からジェンダー,エンパワーメント,NGO・NPOについて述べる。5)

 

A ジェンダー

 生物的・生理的な性差を「セックス」というのに対して,社会的・文化的に規定された性役割の差(差別)を「ジェンダー」と呼んでいる。ジェンダーの問題は,第4回世界女性会議(1995年,北京)を中心に,人口開発会議(カイロ)を始め前記のすべて会議において主要テーマのひとつとなっている。

 人口開発会議の行動計画では,その4章「性別間の平等」で,教育・健康・経済上の機会の女性の地位の向上と改善こそが人口計画の成功にとって不可欠と述べている。また7章においては女性の「リプロダクティブ・ライツ(性と生殖に関する権利)」が確立するように各国政府に求めている。「産む性」としての女性の地位の向上はとりわけ人口問題の解決において決定的な重要である。

 貧困問題でもその解決において女性の地位の向上が鍵をにぎっている。まず,同じ家庭内にいても貧困の度合は女性の側により多くかかっている。図3のように,経済活動に従事する人口比は女性と男性で38:62であるにもかかわらず,受け取る勤労所得は26:74というように女性に対して不利である。開発途上国の農村部では,女性が家族の栄養,保健,教育に関わる活動を担っているので,女性の生活と地位向上に直接資するようなプロジェクトを行うことが,家族全体の栄養,健康,教育レベルの改善に極めて有効である。にもかかわらず,開発プロジェクトの多くは男性により決定されるので,これらの視点が弱く,結局せっかくの開発プロジェクトが女性や家族に恩恵が行かないか,場合によってはかえって悪化させている場合がある。

 環境問題に関しては,世界的にみれば家庭での消費生活を主要に担っているのは女性であり(そのことの当否は別としてとして),女性の参加なしには環境問題の解決の展望はみえない。環境問題はリサイクルやゴミの処理にとどまらず,特に先進工業国国民のライフスタイルの転換を求めるものである。男性が「生産」,女性が「消費」という性別間の固定的な役割分担自体が環境問題の解決の阻害要因となっており,その点でも単に「女性問題」ではない男女双方の固定的な役割の変革につながる問題としてのジェンダーを考えていくことが必要である。

 

B エンパワーメント

 ジェンダーにしても,貧困問題にしてもそれらの解決のキーワードとなっているのが「エンパワーメント」である。エンパワーメント(empowerment)とは,弱い立場に置かれた者自身が政治的,経済的,社会的な力(power)を回復する(em-power)ことである。貧困問題解決のために1970年代より採用されているBHN(Basic Human Needs)戦略は,衣食住,教育,医療などの人間の基本的ニーズ(BHN)を充たすことに重点化した開発戦略であったが,その発想は慈善的,福祉的であり,政策決定自体はエリート層が行っており,意思決定は「上から下へ」行われていた。これに対してエンパワーメントは,抑圧されている者自身が社会的な力を獲得できるように側面から支援するものであり,政策決定者と受益者とは基本的に「対等」であり,最終的には受益者自身が政策決定していくことが目指されている。

 図4は貧困に関するジョン・フリードマンの「力の剥奪モデル」である。6) 本モデルでは貧困家庭は,そのメンバーの生活条件を改善するための社会的な力を欠いている存在とされる。内側の円が「絶対的貧困」のラインであり,家庭の力がこの内側にあるとき,その家庭は自力で貧困を脱出することができない。社会的な力には8つあり(資金,社会ネットワーク,適正な情報,余剰時間,労働と生計を立てるための手段,社会組織,知識と技能,防御可能な生活空間),国家や社会の外的な力により貧困家庭はこれらの8つの社会的な力を奪われている。これらの社会的な力を貧困家庭自身が身につけ,外的な抑圧を跳ねのけていくことがエンパワーメントであり,エンパワーすることによって自ら貧困から脱出することが可能となる。

 このモデルには2つの大きな特徴がある。第一は「貧困」を単に「金やものがない状態」としてではなく,社会ネットワーク,情報,生活空間,時間などを含めてその要因をトータルに描いたことである。すなわち,資金の不足もさることながら,教育や情報の不足,そして相互扶助の社会組織の欠如が貧困家庭を「貧困」ならしめている主要要因であることは,国際協力の現場にあるものは実感的に感じていることである。第二に,従って貧困問題解決に当っては,単に「金やもの」を外部から与えるだけでは十分ではなく,知識・技能の獲得,社会ネットワーク・社会組織の確立,情報へのアクセスを十分に可能にするように側面から協力して,貧困家庭自らがエンパワーすることを促進しなければならないことを明らかにしたことである。国際協力NGOの多くが,まず貧農のグループ化を促したり,スラムの住民組織づくりに着手するのはこうした理由による。これらの組織がないところで「金やもの」を与えても,決して彼らのエンパワーにはつながらず,援助が終了した時点で,結局貧困からの持続的な脱出につながらないという多くの失敗から学びとったことである。

 

C NGO・NPO

 1990年代の国際会議・国連会議において最も特長的なことは,政府間会議であるこれらの会議において民間団体であるNGOの代表が加わり,最終文書において大きな影響力を与えていることである。北京女性会議などでは政府代表の一員として各国NGOの代表が正式に加わっている他,他のほとんどの会議において政府間会議に並行してNGO会議が開かれている。NGOの代表は宣言や行動計画の内容において重要な発言をし修正を加えている。また,NGOフォーラム独自で行動計画等を作成し発表しているケースも多い。

 NGOが国際会議で発言力を増してきた背景には,1970年代後半から80年代にかけて開発途上国の各種プロジェクトにおいてNGOは積極的に活動し,その成果が認められたからに他ならない。前項のエンパワーメントに基づく開発はそもそもNGOの実践のなかから生れてきたものであり,その著しい成果が政府の政策にも影響を与え「参加型開発」の理念が生れた。

 ハンブルク成人教育宣言はその第1項において「もし人類が生き延び,未来の課題に応えようとするのであれば,生活のあらゆる領域において,人々が情報を得て,効果的に参加できることが必要である。」と述べて,「参加型社会」のみが地球的課題の解決に寄与しうることを宣言している。すなわち,先進工業国の側でも,NGOは各種の地球的課題を逸早く認識して世論の喚起を行ってきた。NGOのメンバーはその名のとおり一般市民であり,また資金的精神的に支えているのも市民である。開発途上国においても先進工業国においても,参加型社会の主要なアクターがNGOなのである。


4.地球的課題と日本の教育

 

 1990年代の国際会議で提起された課題を日本の教育としていかに受け止めるか,という点について考察を進めたい。ここでは,地球的課題を扱う「開発教育」「環境教育」「多文化教育」「人権教育」および,学習方法としての「参加型学習」を扱う。

 

A 貧困問題と開発教育

 開発教育は1960年代後半に,欧米諸国の国際協力に関わるNGOの間から提唱され,日本では1980年前後に概念としてまとまりを見せ,その後開発教育協議会のメンバーを中心にして,社会教育団体,国際協力NGO,自治体の国際化センターそして学校によって実践が進められてきた。開発教育は,経済的社会的に公正で異なった民族,文化,宗教が共生できる地球社会の実現をめざして,地球規模の開発問題を理解し,その解決に向けて参加する態度と能力を養うための教育学習活動である。7)

 開発教育がカバーする学習内容と学習へのアプローチはは上記「人口問題」「貧困問題」「エンパワーメント」の項で述べたとおりである。「貧困」や「格差」の原因が植民地時代からの歴史的な原因があること,そして「貧困」は単に収入や生産性が低いことではなく,教育,人口,貿易,国際金融,政治などの要因が複雑に組みあわさっていることを理解することが大切である。そしてその解決には従来の経済優先の開発路線だけでは困難であり,地域の文化・環境保全,住民の参加を保証し社会開発を重視する「オールタナティプな開発」路線があることを理解する。

 以下の教育活動すべてに共通することであるが,開発教育では単に貧困,開発,国際協力についての知識を習得するだけでなく,これらの課題を解決するために何をすべきかを考え,解決に向けて参加する態度を養うことが重視される。

 

B 地球環境と環境教育

 環境教育の必要性が世界的な規模で初めて認識されたのは1972年の国連人間環境会議(ストックホルム)である。その後1975年には国際環境教育会議がベオグラードで開催されて環境教育に関するベオグラード憲章が出されている。現在に至る環境教育の基礎となる文章であり,その中で環境教育の目的が次のように述べられる。8)「環境教育の目的は,成果の全住民が環境とそれにかかわるり問題に気づき関心をもつとともに,当面する問題の解決や新たな問題の発生を未然に防止するために,個人及び集団として必要な知識・技能・意欲・積極的な関与を身につけることである。」ここで環境教育実施の上の目標となる「関心」「知識」「態度」「技能」「評価能力」「参加」が明示された。

 日本の環境教育は1960年代に深刻化した公害問題に発している。1991〜92年には,地球環境問題への関心の高まりとともに文部省は「環境教育指導資料」を刊行して小学校〜高校における環境教育の推進を図った。9) しかしながら,その内容は従来の環境問題の記述の寄せ集めであり,環境問題の理解という知識面と環境問題の解決という態度面とが十分につながっておらず,かつ地域環境と地球環境との統合性に欠けている。

 現在の環境教育が「持続可能な発展」のための「地球環境教育」へと脱皮するためには,人口,貧困,開発,国際協力といった課題の理解が不可欠であり,そのためには環境教育と開発教育とが統一的に実践される必要がある。学校教育においては西暦2002年より実施される教育課程において「総合的な学習の時間」の中に「環境教育」が例示された。新しい環境教育の実践に当っては以上のような観点が大切である。

 

C 多文化共生と平和教育

 従来日本で行われてきた平和教育のテーマはヒロシマ・ナガサキの原爆であり,1989年までは東西のイデオロギーの対立であった。しかしながら,ベルリンの壁が崩壊し,核の脅威が減少するなかで,平和をめぐる最大の課題は民族間,地域間の紛争となった。実際その後,湾岸戦争や旧ユーゴスラビアの内戦などが起っている。

 民族紛争はそれが本質的に「民族感情」という情念に根差しているためにイデオロギーの対立以上にやっかいな問題である。基本的には異なった文化,宗教,言語,民族に対して「寛容」であることを求めることしかない。しかしながら人類は単に文化や宗教が違うだけで戦争をするわけではない。これに加えて民族間,地域間の経済的な貧富の格差や政治的弾圧が加わったときに初めて紛争に至るのである。従ってやはり平和や多文化共生の問題も,格差や開発の問題とからめて理解しなければならないのである。

 日本にはいわゆる「単一民族」神話があり,こうした紛争とは無縁であると考えられてきた。しかしながら,1980年以来,インドシナ難民の定住,在日外国人の指紋押捺問題,外国人労働者の大量移入,アイヌ民族に関わる「旧土人保護法」などの課題が次々と起り,日本社会も民族問題と無縁ではないことが明らかになってきた。特に,最盛期には50万人といわれる外国人労働者を日本社会が受入れたことは,日本が今後「民族共生」の課題を未来にわたって長く関らざるをえないことを教えた。多文化共生を扱う多文化教育が平和教育と深く関ろうとは10数年前には想像しにくかったが,今後の大きな教育課題として浮上してきた。

 

D 被抑圧者と人権教育

 ハンブルク成人教育宣言の第2項は「生涯にわたる学習は,年齢,ジェンダー平等,障害,言語,文化的経済的格差といった要因を反映した学習内容への変革を迫っている」として生涯学習の内容論の再考を求めている。また,女性,高齢者,少数民族,先住民・遊牧民,障害者などの被抑圧者が学習する権利を保障するための教育施策をとるように各国政府と成人教育関係者に迫っている。 

 成人教育という営みは,被抑圧者自身が自己のプライドと自信を回復し,自らの状況を改善するための諸能力を獲得するために,すなわちエンパワーするために必要不可欠である。エンパワーメントのための学習は,識字教育,職業訓練にとどまらず,それらを通して抑圧的な社会構造を理解したり,また被抑圧者どおしが連帯し声を上げていくための人間関係訓練や組織経営法なども含まれる。

 日本の状況で考えるならば,ひとつは成人教育の学習内容としてジェンダー,少数民族,福祉問題,同和問題などをグローバルな視点でとらえるような講座やセミナーが求められる。もうひとつは,日本のなかでの社会的な弱者が生涯学習の機会を平等に与えられるような教育施策と民間団体(NPO)による活動が求められる。

 

E 参加型学習

  学習方法の観点からみたとき,以上述べてきた地球的課題の学習にはいくつかの特徴がある。それは,@問題解決的であり,A未来志向であり,B知識の獲得だけでなく態度の変容が求められていることである。そのため地球的課題の学習を行う際には,学習者自らが主体的に参加して自己変革を行うような学習活動が求められる。従来の学習方法論の中でこれらの要求に答え得るもののひとつに問題解決学習がある。

問題解決学習は地球的課題のように答えそのものが多様であり,答えを見いだすプロセスを重視する学習活動において有効である。問題解決学習では,学習者の生活や経験に近いところで問題を設定し,その問題を解決するための仮説を立てる。その仮説を検証するために集団ないし個人で実地にあるいは資料で調査し,その後に仮説を検証して問題解決のための方策を提起するという道筋を立てる。

しかしながら今求められている学習活動は従来の問題解決学習とはやや異なる点がある。それは地球的課題の多くは遠い「南」の国や地球規模の出来事であり,学習者の生活や経験に直接結びつきにくいことである。ただこの点は近年のメディアの発達により視聴覚教材を有効に使うことによって学習者の擬似的な体験に結びつけていくことが可能となった。また,地球的課題は実は私たちの生活にも密接に関係するところであり,その関係を理解していくこと自体がひとつの学習目標でもある。

 現在地球社会が抱えているさまざまな問題すなわち,開発,環境,民族対立などはどれをとっても明確な唯一の解答があるわけではない。それだからこそ,より正しい解答を求めていく姿勢,より有効な解決策に至る方法を学ぶことが必要になってくる。解答が必ずしもひとつではないという点で教える者もまた学習者であり,答えは未来にあるという意味で未来志向の学習活動である。このような学習は従来,学校教育よりもむしろ社会教育が得意としていたものであり,社会教育の特質を生かして優れた学習実践を重ねていきたい。

但し,地球的課題の学習方法を問題解決学習や参加型学習のみに固定することには危険性もある。開発問題,環境問題等は非常に複雑かつ広範な課題であり,体系的な知識を学ぶこともまた必要なことだからである。さまざまな学習方法を組み合わせて究極的な学習目的を追求することが大切である。


5.日本の生涯学習の課題

 

 以上のような地球的な課題に対して日本の生涯学習がどのように取り組んでいけばよいのかについて考えてみよう。

 

A 学習内容としての地球的課題

 まず,ハンブルク成人教育会議で提起された以上のような課題を,社会教育の講座や学級に取り入れていくことである。一般市民の間でも,ようやく南北問題,環境問題,国際協力,外国人労働者,ジェンダーなどの問題に対して関心が高まりつつあるので,これらの課題をそのままテーマとした講座づくりが可能であろう。実際そのような講座や学級は徐々にではあるが全国的に広まりつつある。

 しかしながら,まだ地球的課題をそのまま講座の内容とするまでには住民の意識が高まっていない地域もあろう。その場合は,できるだけそれぞれの地域の課題に引きつけてこれらの講座を組むか,従来の講座の中の一コマとしてこうした内容をもぐりこませることが考えられる。例えば,地域の環境問題の講座に地球環境の講義を挿入したり,女性問題のセミナーに開発途上国の女性をめぐる話題を入れることは難しいことではなかろう。

 地球的課題を講座のテーマや講義に入れる際には,前節に述べたように学習方法についてもくふうが欲しい。講師が一方的に話す講義形式ばかりではなく,ディスカッション,ディベート,視聴覚の利用,ゲームやシミュレーション,ワークショップなどさまざまな参加型の学習形態を採用したい。また講座や講義の内容も,知識を増やし「教養」を高めるということのみではなく,自分たちがそれらの問題にどのように関っていけるのか,という観点から構成するべきである。

 これらの講座やセミナーを企画する際には,それを専門としている市民活動団体(例えば,国際協力,ジェンダー,環境,人権などに関わるNPO)と連携しながら計画することにより,充実した内容になることが多いことを指摘しておきたい。

 

B 多文化共生のための社会教育

 ハンブルク宣言の内容は,今述べた地球的課題の学習の推進とともに,従来学習機会が奪われていた社会的弱者が学習しエンパワーしていくための学習機会を保障していくことであった。このような観点から日本の成人教育を眺めるとどうなるであろうか。日本のなかの社会的弱者あるいは被抑圧者である,女性,障害者,被差別部落,在日外国人,アイヌ民族,等の人々に対して十分な成人教育の機会が与えられているかどうかを点検する必要があろうし,またその学習内容が彼らがエンパワーできるような内容であるかどうかが問われてこよう。

 また,地域格差ということも考えねばならない。1970年代以来カルチャーセンターなど民間文化産業が興ってきた。カルチャーセンターは主に都市部で広がり,中流階級の人々の自己実現のための教育機会として大いに利用されている。一方,公民館を中心とした行政社会教育は行政改革の流れのなかで全体として縮小傾向にある。今後さらに規制緩和により民間社会教育が奨励されるようになると,ますます都市と地方の格差が拡大するであろう。より裕福な人々により多様で充実した成人学習の機会が提供され,より貧しく不便な地域に住んでいる人々の学習機会は閉ざされていくということになりかねない。都市住民の自己実現のための学習機会を提供してきたカルチャーセンター等の功績は十分評価されねばならない。と同時に,社会的に不利益を被っている人々に対する学習機会として公的社会教育の必要性は依然として高いものがあり,今後も充実されていかねばならないのである。

 さらに「多文化共生」のまちづくりということに触れておきたい。今や日本の多くの市町村は旧来の住民と新住民とが混在するまちである。異なった二つの文化が融合するうえで,公民館などの行政社会教育の果たす役割は大きかった。すなわち,地域政治の世界では新旧の両住民は対立や反目することが多いけれど,趣味や教養やスポーツの世界におい新旧の違いはほとんど問題にならないので,地域によっては唯一公民館が新旧住民の融合と協力の場であることがある。今後,各地域に外国の文化をもった人々が住むことになったとき,さらに公民館などに期待される役割は増えてこよう。多文化共生の時代を展望したとき公的社会教育が独自に担ってきた,あるいは今後担うであろう役割についても十分認識しておく必要があるのである。

 

C 総合学習と国際理解・環境教育

 生涯学習の基礎としての学校の役割には大きなものがある。従来,これまで扱ってきた地球的課題は社会科をはじめとする各教科,領域において折りにふれ教えられてきた。しかしながら,環境教育が理科的な知識と社会科的な認識が不可欠なようにこれらの課題は各教科・領域を超えた内容であることが多く,その扱いは従来は不十分なものにならざるを得なかった。

 1998年に文部省より公表された2002年からの学習指導要領には,新たな領域として「総合的な学習の時間(総合学習)」が設けられることになった。その内容としては,国際理解,環境教育,情報教育,健康・福祉教育が例示されており,その展開に当っては各学校の自主性に委ねられることとなった。本稿で述べてきた地球的諸課題については主として国際理解,環境教育において扱うことができる。その際には知識学習と体験学習とのバランスとれた学習の展開が期待される。また,総合学習の内容も例示された4項目にとどまらず,その時々に重要と思われる地球的課題を採用していくことが望まれる。地球的諸課題を扱う教育活動の間の関係は図5に示したとおりである。

 新指導要領では学校でも家庭でも旧来の地域でもない「第4の領域」との連携が強調されている。この第4の領域とはNGO・NPOのことである。地球的課題の学習に当ってはNGO・NPOの積み重ねてきた知識や経験が有益である。学習内容の深化と参加型社会の実現に向けて,学校とNGO・NPOとの連携が模索されていく必要がある。


[注]

1) The Hamburg Declaration on Adult Learning, UNESCO Fifth International Conference on Adult Education, Hamburg, 14-18 July 1997.

2) Action Plan, Intergovernmental Conference on Population and Development, Cairo, 5-13 September 1994.

3) Copenhagen Declaration on Social Development, World Summit for Social Development, Copenhagen, 6-12 March 1995.

4) World Commission on Environment and Develoment, Our Common Future, Oxford University Press, 1987.(邦訳『地球の未来を守るために−環境と開発に関する世界委員会』福武書店)

5) NGO(Non-governmental Organization)は非政府性を強調した用語であり、NPO(Non-profit Organisation)は非営利性を強調した用語である。いずれも非政府・非営利の民間団体を指すことばであるが、日本においては国際協力の分野でNGOの用語が導入されたため、それ以外の民間団体を包括する用語としてNPOが使用されるようになった。本論では同義に扱う。

6) John Friedmann, Enpowerment: The Politics of Alternative Development, Blackwell,1992(邦訳『市民・政府・NGO−「力の剥奪」からエンパワーメントへ』新評論,1995)。

7) 開発教育については以下を参照のこと。田中治彦『南北問題と開発教育』亜紀書房,1994,および開発教育協議会編『「開発教育」ってなあに?開発教育Q&A集』1998。

8) The Belgrade Charter - A Global Framework for Environmental Education, International Environmantal Education Workshop, Belgrade, 13-22 October 1975.

9)『環境教育指導資料』文部省,小学校編・中高校編,1991・1992。


『立教大学教育学科研究年報』第42号、1999年3月、147〜156頁、より


 

 

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