ボランティア・NPOとこれからの教育       

 

熊本YMCA創立50周年記念講演会 「平和な世界−21世紀の新しい社会づくり」より

 

 1998年6月6日

田中治彦  


 本日のテーマであるボランティアやNGOですが、私は大学時代以来YMCA活動をする中で教えられることが多くありました。これらについては書物で学んだというよりは、YMCAでのリーダー経験や主事の方との関わりの中で、YMCAの活動がボランティア活動であり、その組織自体がNPOであるということを実感的に学んできたのです。今日は、前半でNPOとボランティア社会について述べ、後半でNPOであるYMCAとこれからの生涯学習や学校とのかかわりについてお話ししたいと考えています。

 

NPOとは何か

 まずNPOという用語ですが、これは Non-profit Organizations(非営利組織)の略です。似た用語にNGO(Non-governmental Organizations=非政府組織)があります。NGOはシャプラニール、国際ボランティア・センターなど国際協力に関わる民間組織が出てきた1980年前後に使われ始めた言葉で、本来NGOという言葉の中には国際協力という意味は含まれていません。ところが最初に国際協力に関わる民間組織についてNGOという用語が使用されたために民間国際協力団体のイメージが固定されているようです。そのため、非営利のボランティア団体全体を指す用語が必要になったときにNPOの用語が導入されました。これには、国際協力以外に、福祉や環境、ジェンダー(女性の権利を高める団体)、子どもの教育、文化芸術団体など多くの民間非営利団体が含まれています。つまり、民間非営利団体に法人格を与えるためのNPO法案に関わる形でNPOという用語が広まったのです。原義から言えばNPOといいNGOといい同じことなのです。

 ではなぜ今、NPOが注目されその法律まで出来てきているかというお話をしましょう。家庭を社会の基本単位としたときに、私たちの社会にはそれを取り巻く4つの領域があります。政府・行政部門が第1、そして2番目に企業、3番目に地域社会があります。そして、政府でもない、企業でもない、地域社会でもない領域としてNGOという世界があります。政府を第1セクター、営利部門である企業を第2セクターと呼ぴ、民間非営利部門である地域社会とNGOを第3セクターと呼ぶことがあります。また、第3セクターをさらに分けて、地縁・血縁ではない非営利部門、すなわちNPOを「第4の領域」と呼ぶ言い方もあります。

 明治以来の日本国家は、第4の領域であるNPOなしにやってきました。これまでは、公共、公益的な事は政府が一手に引き受け、営利的な事は企業が担う、そして相互扶助的な活動は地域社会が行ってきたのです。日本はNPO部門なしに100年間やってきたのです。ところが、2〜30年くらい前からこれらの3領域ではやっていけないことが出て来てきたのです。政府については、公共的な事を一手に引き受けてきたのですが、その組織が大きくなり硬直化したことによる弊害が出てきました。例えば、阪神淡路大震災で集まった寄付金を分配する時に、そのお金がすべて配分されるまでに3年もかかりました。災害のときは1年後の10万円より、その日の1万円の方が大切なのです。行政が行う場合、平等性や公平性が重要なのでそのルールができてないときにはルール作りに時間がかかってしまいます。法律の中でしか執行できないので、新しい問題が出てきたときに迅速には対処できないのです。社会のあらゆる事に政府が手を出すのには税金が限りなく必要で、この点からも限界がはっきりしてきました。

 

NPOに期待する日本社会

 企業は自由競争の中で、うまく行かなければつぶれるという市場原理の中で動いています。しかもその市場はグローバル時代を迎えています。商業では大手スーパーやコンビニなどで強いものがよリ大きくなり、そうでない従来からの商店街などはすたれていきます。自由競争のなかで営利的なことを企業が行い、公共的なことを政府が行うという役割分担のなかで、その隙間を埋め、フォローしてきたのがこれまでは地域社会でした。社会福祉も、農村社会や町内会の組織の中に以前は助け合いの社会がありました。お年寄りの食ことを地域の人が作ってあげたりということがこれまではボランティアという言葉なしに行われていました。ところが、1970年代から都市化が進み、農村の人口が減少し、都市も下町の助け合いbネり、一人暮らしの人などが取り残されてきました。

 従来は、そういう人たちには政府が老人ホームをつくってきたのですが、高齢化社会にそんなに多くの施設を作り切れません。そこでやはり地域にケアしてもらわなければならないということになってきました。ところが1970年代には地域が崩壊してきていたので、それに代わるものとして、ボランティア活動への期待が高まりました。社会のニーズに迅速に対応するためにボランティアに力を貸して欲しいということを政府は言い出したのです。その頃から、市町村にボランティアセンターが出来てきたのです。そして各地の社会福祉協議会の中にボランテイアセンターが出来てきました。ボランティアを活性化することで、本来、地域がもっていた機能を回復しようとしていうのです。

 すなわち、今なぜNPOが注目されているかというと、明治以来の日本は企業と政府と地域社会だけでうまく機能していたのが、高度成長期以来、それぞれのセクターに限界が見えてボランティア型社会に期待せざるをえなくなってきたということが言えます。一方、政府や企業に頼らず、自分たちでニーズをみつけてその解決に向けて進んで動こうという人たちがこの70年代以来数多く出てきたとも言えます。例えば、子どもの不登校問題では学校も教育委員会も対応にとまどっている間に、迅速に対応できる「不登校ネットワーク」などをすぐに作った人がいます。あるいは、国際協力においてもお金を出す事でしか対応できなかった当時の難民問題に対し、自分でお金を集めて、タイの難民キャンプに飛び込んでいった若者たちがいました。それをきっかけとして、日本国際ボランティアセンターや曹洞宗国際ボランティア会や難民に関してのボランティア団体がいくつもできていったのです。難民救済以外の分野でもAMDA(アジア医師連絡協議会)などいろいろな国際協力団体が政府とは関係のないところで出来ていったのです。YMCAも1980年頃から国際協力募金を展開し、ボランティアの支援も始めました。

 

阪神大震災とNPO法案

 企業は営利目的ですし、地域は力が弱くなり、政府は時間がかかるとなれば、それを見るに見かねた人たちが国際協力や地域福祉、環境保護などのいろいろな問題にいち早く先駆的に対応しなければなりません。これがNPOです。私たちの社会が健全に動いていくためにはNPOの働きが大事で欠かせないものであるという認識が明らかになったのが1995年の阪神大震災の時だったと言えます。地震発生直後、政府と自治体が機能不全に陥っている間に、多くのボランティア、特に若い人が神戸に集まってきました。ここでボランティアとNPOとはどう違うかということですが、ボランティアは個人や活動のことを言い、NPOは組織であり、団体のことです。ボランティアが活動するための場所があり、専属のスタッフがいることで、ボランティア活動が継続していくのです。阪神大震災でも多くのボランティアがいましたが、活動内容が単に物を配ることから、より高度で多様な内容になるに従って、ボランティアたちをコーディネイトする必要が出てきました。そして、それにはある程度経験を積んだコーディネーターだけでなく、施設、人件費など財政的な面もきっちりしていかなくてはということで、今、団体としてのNPOが求められているのです。

 その当時、政府は震災救援に有効な対応ができず、世論の批判を受けたため、ボランティアを支援する「ボランティア支援立法」を作ろうと始まったのがNPO法案の最初でした。しかし、個別のボランティアを支援すると言うよりは、組織として民間非営利組織として、ボランティア活動が行いやすい条件を整備することが必要なのではないか、と内容が次第に変わっていきました。最初は、ボランティアに対して保険をかけるという程度の法案でしたが、NPOを社会の一つのセクターとして認めこれに法人格を持たせる内容の法案が検討されるようになりました。

 この法案の最大の論点は、NPOの財政でした。NPOが法人格を持つことと、寄付金を集めやすくするために税金がかからないようする免税措置を設けることの2つの柱でNPO法案は出発したのです。ところが、免税措置の方は大蔵省の抵抗でうまく行かず、とりあえず法人格の付与だけが法案として通りました。免税措置については2年以内に見直すことになっています。

 法人化するに当たって政府がNPOを統制するようになるのではないかという心配がありましたが、これは法人化に当たって政府が許認可するのではなく、認証するということで決着がつきました。認証は許認可と違って、一定の要件を満たした団体に対しては自動的に法人格を与えることです。NPO法人(法律では「特定非営利活動法人」)になれる団体はどんどんなって下さいbnは、社会の中で政府ができないこと、行政の隙間を先取りし社会のニーズをいち早くキャッチする先駆性と、ボランタリズムで、もうからない事を意気に感じてやるという自発性が特徴です。従来は問題があればまず行政にお願いして、行政にやってもらうという上下関係があったのですが、社会の問題を自分たちで改善していくという発想がNPOの思想です。これは非常に大事なことで、日本社会が生き生きと動いていくことにつながります。

 

癒しと成長の場

 先にボランティアは個人や活動のことで、NPOは組織であり団体であると言いました。YMCAはもちろんNPOのひとつですが、1844年にロンドンで地方から働きにきている青年を集めて聖書研究会などを行ったのが始まりです。最初は会の運営はすべてボランティアの手により行っていました。ところが会の活動が多くなり、各地域にも広がるにシたがって専任のスタッフが必要となったのです。ロンドンYMCAでは翌年タールトンを最初の有給の主事としました。ボランティアが活動するための施設や専属の人がいることで、ボランティア活動が継続していくのです。そういう形での団体として今NPOが求められています。

 阪神大震災でも震災直後から多くのボランティアが入ってきましたが、ボランティア活動の内容がただ物を配ることから、多様なニーズに応える必要が出てきたとき、ボランティアをコーディネイトする人が必要になりました。神戸YMCAは自らが被災しながらもよくその役割を果たしましたが、それ以外にも東京の青年奉仕協会や大阪ボランティア協会などが全国のボランティア・センターなどの協力を得て活動を行いました。一人のコーディネーターが2〜30人のボランティアをコーディネートして活動していたという状況です。ボランティアを地域社会のニーズとうまくくっつける役割を担ったのです。ボラン

ティア活動を継続的安定的に推進するためにはコーディネーターだけでなく、施設、人件費など財政的な面もきっちりしていかなくてはいけないということでNPOが注目され始めたのです。

 実は、NPOにはもっと大事な役割があります。私は去年まで岡山に住んでいましたが、その間岡山YMCAや南北ネットワーク岡山で活動しました。大学の先生というと伸び伸び自由に研究教育していると考えられがちですが、実は大学の内部にもいろいろやっかいな問題があり私にとっては息が詰まるようなことも多々ありました。そんなとき月に1回南北ネットワークの例会に出てその後皆で飲みにいくのが唯一ほっとできる場所でした。私にとってNPOであるYMCAや南北ネットワーク岡山は「癒し」の場だったのです。なぜNPOが癒しの場になるかというと、そこにおいては肩書きやノルマなどはなく本来の対等な人間関係があるからです。

 また大学生時代には東京YMCAでキャンプリーダーをやっていた時代もありました。そこには、スタッフとも上下関係がなく、若者の生意気な意見にも真剣に耳を傾けてもらい、リーダーにとっては人格的に育っていく成長の場でもありました。NPOはこのように社会の潤滑油的役割を果たしていると言えます。かつては、地域において青年団や婦人会がそれを果たしていましたが、今では形骸化してしまいました。

 

教育と「第4の領域」

 最近、教育の世界でもNPO、すなわち「第4の領域」に注目しようという動きが出てきました。まず社会教育の分野ですが、従来日本の社会教育は、第1領域である行政が公民館や図書館を作り、第3領域の地域の人が青年団や婦人会、老人会に入ってここで学ぶという形態でした。ところが地域性が薄れたためこれがあまり機能しなくなり、都市部ではカルチャーセンターで学ぶ人が増えました。第2セクターである企業が1970年代からカルチャーセンターを作り社会教育・生涯学習に乗り出したのです。YMCAはもちろん第4の領域でありましたが、NPOとしての社会教育団体は他にはボーイスカウト、ガールスカウトなど数えるほどしかなく、社会教育団体といえば青年団、子ども会など地域密着型の団体でした。そこで文部省は今後は地域団体だけでなくNPOを社会教育・生涯学習の核となることを期待しています。

 学校教育にもこうした動きが出てきています。中央教育審議会は、2002年の新しい学習指導要領では学校週5日制の完全実施を決めています。そこで、現行の(1989年)の学習指導要領の学習の内容を大幅に減らすことになります。それにも増して重要な事は、「総合的な学習の時間(総合学習)」が新たに示されたことです。国語、算数、理科などの教科に入らない総合的・横断的学習として、国際理解、環境教育、情報教育、福祉・健康学習の4つが例示され、また、これらを行ううえで体験学習が重視されています。

 なぜ新しい教育課程で総合学習という領域が設けられたかと言いますと、ひとつには従来の教科が現代社会の要請に答えられなくなったからです。自分の子どもの社会科の教科書を見ましたが、驚くことに30年前、私が子どもの頃と習う内容がさほど変わっていないのに驚きます。今は小学校1-2年生は生活科になりましたが、それでも低学年で家の周りと自分の町のこと、中学年で県や国、高学年で日本の産業と日本の歴史です。世界地理は、中学校になって初めてやります。子どもを中心に同心円的に広がっていく教え方を未だにしています。子どもたちは、幼稚園のころから、テレビで難民の事やインドとパキスタンの核実験のことを見ています。情報は子どもたちにいくらでも入って来ているのに、学校は校門でそれをストップさせているのです。情報の中で育って来た子ども達なのに、学校はあたかもそれはないかのように、家の周りから教えていくのです。30年前と同じカリキュラムを教えるというのは教科の論理に従ったエゴではないでしょうか。

 戦後日本は西洋に追いつけと言うことで、国語、社会、理科、数学と教科の枠組みを強くしてきました。たくさんの事をつめこむ教育は、高度成長期までは確かに機能し、良質で均質な労働者を作る意味で機能してきましたが、1980年代に入ると子どもの側から学校に対する拒否反応が出てきました。子どもにとっては学校で教えられる事が新鮮でなくなってきたのです。学校に行かない子も出てきました、不登校です。これも最初は、子どもに問題があると言われてきましたが、今では学校の存在価値そのものが問われ始めるようになりました。

 このことに関して、中教審が「生きる力」を養おうと提案しています。子どもが少しの不満があると学校に行かない、というのは子どもが体験不足で未熟なのではないかと。自然体験や社会体験が欠けているので人間関係がつくれず、不満耐性がないのだと言うのです。私もやはり社会体験の不足は深刻だと思います。日本全国同じような都市化の中で、大型郊外スーパーとコンビニばかりになり、近くの商店街もなくなりつつあります。子どものおつかいの中で培われる人間関係、地域との関係がなくなってきつつあります。近所とのつきあいもなく、兄弟の数も少なく、けんかもなく、そういう中で切磋琢磨して育っていないと言うことで、「生きる力」が言われてきているとも思います。

 

総合学習とNPO

 このような状況なのに、教科の枠組みが非常に保守的で私たちが生活していく上で突き当たる様々な問題が実は教えられていないのです。例えば、脳死問題、生と死の問題などです。かつては家の中でおばあちゃんの死を看取ったりした事も今は頭で考えるしかないのです。男女平等社会などということも大切なことなのですが、従来の教科の枠組みに入ってこないのです。クレジット・カードの使い方など消費者教育、環境教育などはどの教科で教えれば良いのでしょうか。こういう問題は従来の教科の枠組みでは、細切れにしか教えられない内容です。そういった時に、中教審では総合学習の時間を設けようと言うことで、小学校で週3時間、中高校で2〜3時間の時間が設けられました。小学校で言えば、現在の社会科の時間数と同じの時間数が設定されました。総合学習では教科書がなくて、5段階評価もしないということで、かなり自由な学習ができます。

 ところで、この総合的学習の内容として例示されている、国際教育、環境教育、情報教育、福祉・健康、体験学習等は皆YMCAがこれまでやってきた事です。国際協力、英語、キャンプ、福祉ボランティアと全部YMCAがやってきたことです。つまり、これからは学校がYMCAになろうとしているのです。YMCAのやってきたことが社会に認められたということです。YMCAで総合学習をやれと言われても、今までやってきた事なので何も困らないと思います。しかし、今までこういうことをやってこなかった学校の先生にとっては、教科書もなく体験的な参加型の学習というのは非常に難しい事です。

 そこで総合学習の実施に当たっては、第4の領域であるNPOの役割が重要になるのです。新しい社会課題に常に対応しているのがNPOだからです。学校の中に国際協力のNGO人を呼んで来て話をしてもらうとか、YMCAのスタッフにネーチャー・ゲームをやってもらって環境教育をするとか、福祉ボランティアの人に福祉の介護の仕方を教えてもらうとか。新しい社会のニーズに常に対応しているNGOの活動を学校に活かしましょうと言うのが、今度の中教審答申のひとつの柱になっています。

 YMCAが100年にわたってやってきたことを今度は学校が総合学習の時間でやろうとしているのですから、YMCAは何も新しいことを始めるのではなく、これまでの知識と経験を学校で活かして行くべきなのです。しかし、問題もあります。総合学習の時間がどう使われるかです。国際理解が英会話だけで済まされる可能性もあります。環境教育が空き缶拾いを行っただけで終わる危険性があります。体験学習は遠足で終わってしまうかもしれません。そういう中でYMCAのキャンプがやっているように、自然のなかで人間関係をいかに発展させるかは、環境教育の重要なポイントだと思います。国際理解においても、国の産物や首都の名前を覚えたりするのではなく、YMCAの国際理解は、違った文化であっても共に生きるという姿勢、そして不公正な地球社会を正して貧困をなくしていくということをめざしてきました。「共生」と「公正」という2つの軸を理念として行われてきました。

 21世紀の新しい社会は参加型社会でなくてはなりません。国や行政に頼るのではなく、自分たちで問題を解決していく社会です。そういう社会づくりをしていくためには、子どもの頃からいろいろなことに興味関心を持ち、社会に参加をしていく姿勢を養うことが大事です。その基本にNPOとかボランティア活動があります。

ようやく、日本の文部省もそういう事がわかってきたのです。この総合学習についてもただ座して待っているのではなく、YMCA自身がNPO自身が参加しなければなりません。NPO活動のエッセンスを盛り込んだ副教材を作るなどして、私たちが総合学習の中に自ら噛んでいくということで参加型社会を作っていかなければと思います。そして、将来NPO活動にも地域づくりにも政治にも積極的に参加する子どもたちを作っていくような、そういう活動こそが今後なされねばならないのです。

 


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