ボランティア活動とネットワークづくり

立教大学 田中治彦
『現代のエスプリ321: ボランティア』(至文堂、1994年4月)より


目 次

 
1.ネットワーキングの登場
2.ネットワークを行う民間団体
3.ボランティアセンターの活動
4.南北ネットワーク岡山の場合
5.ネットワークの効用
6.新しい価値の創造へ


1.ネットワーキングの登場

 1992年10月、米国ルイジアナ州でハロウィーンのパーティに行く途中の服部剛丈君が 射殺された事件をめぐって「銃反対」の運動がアメリカ社会を深く動かし始めている。 服部君の両親の運動に呼応して服部君のホームステイ先のヘイメーカー夫妻が始めた「 アメリカから銃の暴力追放を求める」署名運動には、多い日は千通以上の署名が寄せら れているという。ここで注目したいのは機関誌などで署名運動に協力を表明した団体が 全米で30を超え、これを含めて約400の市民団体、草の根グループが銃規制を求める市 民グループの全米ネットワークを形成しつつあることである(朝日新聞、1993年10月29 日付朝刊)。ここには新しい価値を求める米国市民の目に見えないネットワーク、「も う一つのアメリカ」がある。

 ネットワークということばは以前からあったが、ボランティア活動や市民運動の世界 でこの用語がある響きをもって語られ出したのは『ネットワーキング−ヨコ型情報社会 への潮流』(プレジデント社)の出版からである。ジェシカ・リップナック、ジェフリ ー・スタンプス夫妻によって著されたこの書物は原著が1982年に米国で出版され、その 日本語訳が正村公宏の監修で1984年に出版された。本書は時あたかもレーガン政権のも と軍事的経済的な大国の地位を維持しようとする「強いアメリカ」に対して、市民どお しが共通の目標や価値感のもとに自主的なグループとして互いに目に見えないネットワ ークをつくっている「もう一つのアメリカ」を示したものであった。リップナックらは それらの市民グループのネットワークを「治療」「共有」「資源利用」「価値」「学習 」「成長」「進化」に分けて解説し全米のこれらのグループ約1600団体を紹介している 。

 この本の趣旨に一早く反応し実践したのが日本青年奉仕協会(以下「JYVA=ジバ 」と略称)であろう。JYVAは1970年以来毎年一回「全国ボランティア研究集会」を 開催して、国内のボランティア活動団体のネットワークづくりを行なってきた実績があ る。ジェフリーの提唱を待つまでもなくJYVAは日本で独自にネットワーキングを実 践していた。研究集会などでネットワーキングの発想が紹介された時にも、参加者から は「それなら何も新しいことではない。自分たちがやっていることだ」という声が多か った。JYVAは第19回全国ボランティア研究集会の成果を本にまとめ『日本のボラン ティア’88|交響するネットワーキング』と題して出版した(星雲社刊)。JYVAで はその後1990年と92年に『ボランティア白書』を発行しているが、これらの書物の末尾 には必ずボランティア関係団体のリストが掲載されている。それはこれらの本自体がネ ットワークの場であり、ネットワークを推進する起爆剤となることを期待しているから に他ならない。

 それではなぜネットワークなのだろうか。その答えはボランティア活動そのものの中 にある。ボランティア活動の定義はいろいろあるが、それらにほぼ共通するのが主体性 、無償性、社会性(利他性)の3点である。ボランティア活動は主体性と社会性を伴う という意味で人間どおしの関係の一つの形態である。それは「援助を求めるもの」と「 援助するもの」、「学びたいもの」と「教えるもの」、「働きかけるもの」と「働きか けられるもの」といった「する|される」といった関係に留まらない。ボランティア活 動は「援助を必要とするもの」同志、「学びたいもの」同志、「同じメッセージをもっ たもの」同志といった価値やニーズを共有するものの間にも成立する。ボランティア活 動は必然的に「ひと」と「ひと」とのネットワークを作る活動なのである。

 ボランティア活動がネットワークを求める理由は他にもある。それはボランティアた ちが連携することで新しい価値を生みだす可能性があることである。『ネットワーキン グ』の著者たちは、自由で自立した市民が連帯していくことで商業主義や市場原理でゆ がめられた社会に対抗しうる価値が創造されると説いている。ネットワーキングの活動 は従来の組織や団体そして機構がもつ官僚主義を批判し、上下関係ではない自発的な個 人のあいだのヨコの関係と共同の行動を志向している。これを日本の文脈でいうならば ボランティア活動は受験戦争、企業の利潤追及活動、環境破壊を伴う大規模開発、行政 の官僚機構などの対極にあるものであり、ひとびとのいのちと生活と人権を守り発展さ せる活動である。それは物質的な豊かさだけではなく、いのちを育み生活を守り人権を 擁護する「豊かな」社会の創造につながる活動である。ボランティア活動は極めて「実 践的な」活動であるがために、従来の産業社会の価値に対抗しうる新しい価値の創造に はまだまだ長い道のりがあるが、それぞれの活動がネットワークしていくことにより、 新しい価値の創造に少しずつ近づくことができる。

 もちろんボランティア活動同志がネットワークしていくことの実際的な効用もある。 例えば、アイディアの交換、モノや人の貸し借り、後発団体への援助、世論へのアピー ルなどである。これらについては後程述べよう。

2.ネットワークを行う民間団体

 ボランティア活動とネットワークについていくつかの事例を見ていこう。まず1960年 代という早い時期からボランティア活動のネットワークを行なってきた大阪ボランティ ア協会と日本青年奉仕協会(JYVA)の例である。

 大阪ボランティア協会はその生いたちからしてボランティア・ネットワークの賜物で ある。この協会はもともとは1963年頃から大阪市社会福祉協議会を拠点に施設訪問を行 なっている十余のボランティアグループが月例会を開いていたことに始まる。このグル ープは翌年活動拠点を日本生命済生会へ移し、その援助を得て1965年に「ボランティア 協会大阪ビューロー」として誕生する。ボランティア協会と銘うった団体としては全国 でも初めてであった。協会では人づくりに力点を置きその発足と同時に「ボランティア スクール」を開講している。福祉教育とボランティア養成の走りである。1969年には社 団法人大阪ボランティア協会と組織を変えて再スタートしたのであるが、早速経済的に ピンチに陥り、これを克服する過程で協会運営そのものにボランティアが参加していく 体制が作られる。

 大阪ボランティア協会はその後1970年代のボランティア活動の隆盛とともに次第に発 展し、1993年7月をもって社団法人から社会福祉法人へと衣換えをした。行政からの委 託金・補助金は全体予算の2割にすぎず、協会は自立した民間団体としての性格を維持 している。協会のモットーは「活動の拠点、学習の拠点、情報の拠点」である。そこで 大阪ボランティア協会の主たる事業を見ていこう。まずボランティア・コーディネート 事業がある。これはさまざまな生活問題をかかえる人たち(ニーズ)とこれを支援する 人たち(ボランティア)とを結び付ける事業である。1992年度には協会が直接間接に扱 った相談調整件数は約7200件にものぼる。次にボランティア・グループへの援助事業が ある。これは協会を活動拠点としている54のボランティア・グループに対して会場、印 刷機器、郵便受付、ロッカー貸出し、情報提供などのサービスを行うものである。

 第三にボランティアの養成教育事業であり、92年度は一般市民や専門職対象として3 コース6講座を開催、約800人が受講した。青少年を特に対象としたボランティア学習 体験事業、サマーボランティア計画などには合計で一千人を超える青少年が参加してい る。第四にボランティア活動に関する出版・情報提供活動である。広報誌『月刊ボラン ティア』の発行の他、『企業市民とボランティア活動』『ちょうどよい高さの福祉教育 』などの出版を行なっている。その他最近関心が高まっている企業によるボランティア 活動の促進に関る事業を開始している。こうして大阪ボランティア協会の事業を一瞥す るとすべての事業が多かれ少なかれボランティアのネットワークに関っていることがわ かる。そのモットーにもあるようにボランティアのネットワークづくりこそ大阪ボラン ティア協会の存在意義(レゾン・デートル)なのである。

 JYVA(日本青年奉仕協会)は1967年に文部省の認可を得て社団法人として発足し 、全国的な民間ボランティア活動の推進援助機関として活動してきた。その主な事業は 、1.国内外のボランティア活動の情報提供、2.ボランティア活動及びグループの育 成支援、3.多様なボランティア研修の場の提供、4.学校教育及び学校外教育へのボ ランティア学習の普及、5.長期、短期の青年ボランティアの派遣、6.国際交流と協 力、7.調査研究、出版活動である。特に青年を一年間ボランティア活動に参加させる 「ボランティア365」のプログラムは有名である。

 JYVAが発足した1967年頃は一般の人はボランティアという用語をほとんど知らな かった。全国ボランティア研究集会のテーマや講演内容を見ると時代の変遷とボランテ ィア活動の広がりが分かる。1970年に開かれた第一回の集会の講演テーマは「青年と奉 仕」および「奉仕活動の展望」であった。まだボランティアよりは「奉仕」という伝統 的な呼び名が使われている。活動事例研究会も「福祉施設への奉仕」「地域社会への奉 仕」「子供会活動への奉仕」「非行防止への奉仕」の4分散会であり、奉仕活動といえ ば福祉施設と青少年という60年代のなごりを残していた。ところがボランティア活動が 盛んになる70年代中盤よりテーマも活動内容も変化してくる。1977年のテーマは「市民 としての自立をめざして」であり、分科会にも「生活環境」と「国際協力」が加わる。 82年になるとテーマは「いのち・人権・ボランティア」となり分科会も子どもの遊び、 世代間協力、消費者運動、国際協力、地域の再生、文化の伝達、障害者福祉など非常に 巾が広くなる。もはやボランティア活動と市民運動との間の線引きも難しい。このよう にネットワーキングの考え方が入ってきて一つ変化したことは、ボランティア活動と市 民運動との間の垣根がなくなったことである。

 JYVAが毎年行う全国ボランティア研究集会は先に述べたように今では1000人近く を集め全国各地のボランティアたちが集い、学び、楽しむ一大祭典ともなっている。J YVAの特色はボランティア活動を福祉分野に限定せず、青少年、文化、国際協力、地 域づくりなど巾広く捉えていることである。JYVAもまた大阪ボランティア協会同様 広範なボランティア・ネットワークを作ることが主要な活動でありその存在意義でもあ る。

3.ボランティアセンターの活動

 ボランティア間のネットワークを行なってきたのは大阪ボランティア協会やJYVA にとどまらない。その活動エリアや対象はさまざまであるが、ボランティアのネットワ ークを行う民間団体には他にも富士福祉事業団、山梨県ボランティア協会、北九州市障 害福祉ボランティア協会、ボランティア協会岡山ビューロー、CO−COクラブ(松山 )など数多くある。また国際協力、青少年育成、リサイクルなどの問題別のネットワー ク団体もある。NGO活動推進センター、IPA(子どもの遊ぶ権利のための国際協会 )日本支部、日本リサイクル運動市民の会、市民運動全国センターなどである。さらに 、主要目的のひとつとしてボランティア活動を掲げている団体もありこれらも独自にネ ットワークを形づくっている。YMCA、YWCA、カリタス・ジャパン、「小さな親 切」運動本部、日本ユネスコ協会連盟、あしたの日本を創る協会など数多く存在する。

 ここでこれら民間のボランティア・ネットワークとはやや性格を異にする社会福祉協 議会系のボランティアセンターについて触れなければならない。社会福祉協議会(社協 )は民間団体ではあるが社会福祉事業法に基づく公的組織であり、行政と民間の中間的 な性格を有する。ボランティアセンターの起源は1962年に徳島県と大分県において創設 された「善意銀行」にまでさかのぼることができる。金品預託や払い出しが中心であっ た善意銀行を改組して地域福祉を推進するボランティアを組織化するためのボランティ アセンターが設立され出すのは1970年代中盤である。1975年に「中央ボランティアセン ター」が全国社会福祉協議会(全社協)内に開設され、1977年には「全国ボランティア 活動振興センター」と改称した。ここには全国のボランティアセンターの連絡調整機関 としての機能が期待された。1992年現在すべての都道府県と政令指定都市にボランティ アセンターが設立されていて、市区町村の社会福祉協議会が運営するボランティアセン ターは1650か所に上っている。これらボランティアセンターの主要な任務は、ボランテ ィアの発掘と援助のための調査・研究・広報、連絡調整、ボランティアの研修と福祉教 育、ボランティア・コーナーやビューローの設置・運営、活動中の事故に対する保険の 運営、ボランティア活動基金の造成などであり、ボランティアの活動を総合的に援助し 調整する役割が期待されている。

 もちろんすべてのボランティアセンターがこれらの機能をすべて備えているわけでは ない。全社協が発行している『1992年ボランティア活動年報』によれば都道府県と政令 指定都市の社会福祉協議会で専任の所長・部長をおいている社協は59か所中14か所で、 専任・兼任の職員の合計人数は225人、相談員・コーディネータを含めたスタッフ合計 は312人である。ボランティア連絡協議会などの名称で連絡組織を設置している社協は 22か所にすぎない。市町村レベルの社会福祉協議会ではボランティアセンター担当の職 員を配置している社協は1650か所中1321か所、人数は2029人である。ボランティア連絡協議会などの名称で連絡組織を有する社協は1126か所、ボランティア基金を設置してい る社協は302か所である。

 前記のボランティア・ネットワークを行なっている民間団体は主として都市部にその 活動が集中しているため、多くの市町村では社協系のボランティアセンターがその地域 唯一のボランティア・ネットワークであり、かつ住民からは行政機関の一部と見なされ ていることもあってその影響力は大きい。住民主体の原則によりボランティアセンター は運営されているものの、その際の住民とは自治会、婦人会などの地域網羅組織が想定 されていて一部の住民の「自発的意志」よりは「地域全体のまとまり」が優先されがち である。そのため地域に共通な課題について「地域ぐるみ」で取り組む態勢はとれるが 、地域を超えた課題や政治的な課題など住民の間で評価の分かれるものは排除されやす い。また、一部の住民による新しいアイディアは全体の共感が得られなければ無視され る傾向があり、新住民の意見は反映されにくい。もちろんこうした見方は一般的なもの であって意欲的な住民やスタッフの努力でこの枠を超えた活動を行なっているセンター も少くない。

4.南北ネットワーク岡山の場合

 ボランティアのネットワークづくりにテキストがあるわけではない。筆者が関った岡 山地域の国際協力のネットワークづくりのプロセスについて紹介し、ネットワークづく りの方法とその利点について具体的に紹介しよう。

 南北ネットワーク岡山は岡山に存在するNGO(民間の国際協力団体)や国際協力、 開発教育に関心をもつ個人が集う場として1987年に発足した。当時岡山には国際協力を 行なう民間団体が10団体ほど存在した。それらのほとんどは関東や関西のNGOの支部 であり結成してから日も浅かった。たいていの団体の活動は中心的なリーダー一人とそ の回りに集まる数人のひとびとによって担われていた。また、当時岡山ではアジアや国 際協力に対する関心も薄く、これらの人々やグループは孤立しがちであった。南北ネッ トワークが結成されるきっかけとなったのは、これらのNGOのリーダーたちをつなぐ インフォーマルなネットワークがつくられつつあったことである。岡山では唯一全国組 織の本部があるアジア医師連絡協議会(AMDA)のリーダーはこれらのNGO関係者 を個人的に知っていて時々会合をもっていた。また岡山YMCAは85年よりアジアに焦 点を当てた国際理解セミナーを開始しており、その受講者にNGOの人々がいた。筆者 もたまたま岡山大学に赴任しAMDAとYMCAのリーダーと知己であったことからネ ットワークづくりのアイディアが生まれた。

 南北ネットワーク岡山はそれ自体が国際協力活動をするのではなく、参加者同志が学 びあい高めあってそれぞれのNGO活動が活発になることを当初目的とした。1987〜88 年にかけて月一回の例会でメンバーが関るNGOを紹介しあい、テキストを使用して国 際協力や南北問題について学習会を行った。2年程して南北ネットワーク全体の力量が 高まったので、岡山市民に対して国際協力を理解してもらう活動を行なうこととした。 1989年には地域に向けて自分たちの考えを発信するプログラムを行なうことになった。 その第1回として「アジア・アフリカNGOフェア」を岡山YMCAで開催、バザーと シンポジウム「国際協力と私たち−政府間援助と民間協力」を実施した。南北ネットワ ークの参加者はそれぞれが自分の団体をもっているので、ネットワークとして多くの催 しをもつことは各団体の活動の障害となる。そこで年に1回の催しのみを共同で実施す ることにしている。1990年には第2回のアジア・アフリカNGOフェアを岡山県青年館 で開き、インドの音楽の夕べとシンポジウム「国際化社会と私たち」を実施した。

 1991年は南北ネットワークと行政とのつながりができた年でもある。岡山市にはイン ターナショナル・ウィークという行事があり岡山市としてもこの中に国際協力の視点を 取りいれたいという意見があり、南北ネットワークもこれに協力した。今までNGOフ ェアと呼んできたシンポジウムを岡山市主催の行事の中に組みいれて実施したことによ り予算の基盤が与えられて、タイ児童財団からゲスト・スピーカーを招いてシンポジウ ム「子どもが選ぶ明日の地球−子どもの権利条約と国際協力」を実施することができた 。以後毎月一回の例会と年一回の催しものをコンスタントに開催して現在に至っている 。

5.ネットワークの効用

 ボランティア同志がネットワークすることによるメリットについて南北ネットワーク 岡山の経験から探ってみよう。

(1)参加者間、団体間の情報交換が飛躍的に進んだ。岡山周辺で開かれる国際協力、 市民運動関係の情報はほとんど会合の度に紹介されている。また、他団体が行なってい ることから自分たちの活動へのヒントを得たり、アドバイスをもらったりすることがで きる。

(2)その副次的効果として各会合への参加者が増加した。NGOの活動の報告会はか つて少ない時には数名ということもあり主催者の意欲を減退させる要因にもなっていた が、それがなくなった。ただしどの会合も顔ぶれが変わらないという観察もある。

(3)ネットワークに参加した人々が自分の活動の意義と必要性について自信を深めた ことの意義は大きい。それまで各人はそれぞれの団体で中心的なまとめ役をしており、 それなりの自負をもって活動していた。しかし、周囲が無関心であったり活動が低調な 時には、自信を失ったり意欲を低下させることもあった。同じ立場の人と定期的に交流 し、学習し相互に批判する中で、それぞれの活動の必要性を再確認することができた。

(4)一団体でできないことを共同で行なうことができた。毎年一回行なっている催し は市民に海外協力を知ってもらう良い機会となった。その結果マスコミに取り上げられ る機会が増え、岡山における国際協力NGOの知名度があがった。

(5)このことにより市や県の行政にも認知されるようになった。1992年には筆者が委 員長となりNGOのメンバーも委員となって岡山市長に『岡山市の国際化に関する提言 』を提出した。その中で従来の国際交流に国際協力の視点を入れることを提言したこと がひとつの成果である。

(6)岡山で南北ネットワークという受け皿ができたために、全国的にも知られること となりゲストやグループを招き受け入れるようになったことである。これまでNGO活 動推進センターのアジア適性技術視察団の受入れ、開発教育協議会の全国研究集会およ び地域推進セミナーの開催を行なうなどの活動をしている。

 NGOの国際協力活動が実際に行なわれているのは海外であるので上記には含まれな いが、地域福祉や青少年など地域のボランティア活動団体をネットワークする際に最も 大きなメリットは、ボランティア(団体)がネットワークすることで潜在的な受益層に 対してより効果的なサービスを提供できることである。大阪ボランティア協会が行なっ ているボランティア・コーディネート事業や社協のボランティアセンターが行う相談・ 紹介事業がその例である。

6.新しい価値の創造へ

 ボランティア活動は自発的で社会的な活動である故に必ずネットワーク化を伴う。こ れまで見てきたようにネットワークにもさまざまなレベルがある。地域で同じ意志や考 えをもつ人によるネットワーク(各ボランティア団体)、それらを地域でコーディネー トするネットワーク(ボランティアセンターなど)、県や地方そして国レベルのネット ワーク(JYVA、NGO活動推進センターなど)、さらに世界的なネットワークへと つながっていく。これらのネットワークに上下関係はない。そのこと自体が「新しい価 値」を含んでいる。お金がある者、権力がある者、社会的地位が高い者が偉い、といっ た従来の価値感や序列づけに反対し、ひとりひとりが人間として平等であり共に生きて いく存在であるということを無言のうちに主張している。ボランティアのネットワーク がめざす社会は学歴社会、官僚社会、金権社会の対極にある世界である。これからの日 本が暮らしといのちを尊重し、ひとりひとりの人間としての尊厳(人権)が重んじられ る社会になるかどうかはボランティア活動や市民運動をしている人々のネットワーク化 にかかっているといってもけっして過言ではない。その中にこそ新しい人間社会の価値 を創り出す動きがあるからである。

 

『現代のエスプリ 321: ボランティア』(至文堂、1994年4月)より


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