模擬裁判を通して国際法を経験する

立教大学教授  岩月直樹
*法学教室第452号(2018年)2-3頁掲載

>模擬裁判とは?

 模擬裁判というのは文字通り、裁判を模したもので、原告代理人と被告代理人(民事裁判の場合。刑事であれば検察と被告弁護人)に分かれた参加者が架空の事実関係をめぐり、法律上の争点をめぐって議論を戦わせるというもの。裁判形式で議論を戦わせると行っても、そのやり方には2つのタイプがある。一つは、原告・被告ともにあらかじめ用意した弁論を傍聴している聴衆に訴え聞かせ、考えさせるタイプ。これはいわば裁判劇に近いといえる。もう一つは原告と被告が裁判官に対して弁論し、その途中で裁判官から尋ねられる様々な質問に答え、最終的に裁判官がつけた得点によって勝敗が決まるタイプ。こちらは模擬裁判といいながら、実際には、法律を使ったゲームあるいは競技といってもいい。  私のゼミでやっているのは、この後者のタイプ。そして競技のルールにあたるのは、私が専門にしている国際法。国際法は主に国家間関係に適用される法律なので、参加者は原告あるいは被告となった国を代表して、自国の行動がいかに正当な行為であるか、それに対して相手国の活動がいかに違法であり非難されるべきであるかを、国際法を解釈適用することによって主張する。途中、裁判官から予期しない質問を投げかけられながらもそれに動じず、事前に調査検討した資料をもとに応じながら、決められた時間内で説得的な議論を展開しなければならない。
 国際法模擬裁判は大学対抗でも行われており、日本国内の主要な大会としては毎年7月に行われるジャパン・カップ国際法模擬裁判大会と毎年2月に行われるPhilip C. Jessup国際法模擬裁判日本国内大会がある。後者は、毎年4月に米国国際法学会にあわせて開催される国際大会の日本国内予選となっていて、優勝校が日本代表として出場することになっている。他にも、国際法学会と外務省が共催してアジア各国の代表が参加する国際法模擬裁判アジア・カップや、国際赤十字委員会が主催する国際人道法模擬裁判、またManfred Lachs国際宇宙法模擬裁判など、特定分野を対象とした大会がある。

>なぜゼミで模擬裁判?

 国際法模擬裁判が国際法を学修する上で非常に効果的であるとは思っていたものの、ゼミでやってみようとはあまり考えていなかった。理由をひと言で言えば、ゼミでやる活動としてはあまりにも大変だから。これは、学生にとってもそうだし、また教員にとってもそう。なにが大変かはこの先を読み進めればわかるが、ともあれ、なぜそんな大変なことをゼミでやろうと思ったのかというと、ある学生のひと言がきっかけだった。
 その学生はもともと私のゼミ生だったのだが、あるとき私に「学生時代にこれをしっかり勉強して身につけた、打ち込んで取り組んだと胸をはって言えることをしたい」と、アドバイスを求めてきた。多くの大学の法学部がそうだが、私のいる立教大学の法学部には卒業論文がない。履修した科目はきちんと単位を取っているものの、司法試験を考えているわけではない自分にとって、卒業論文に代わるようなものを、学生時代のあいだに何かしたい、というわけである。それならということで、国際法模擬裁判を紹介し、彼の声がけで6人のメンバーが集まった。大会を見たこともなく、何から始めればわからない彼等に、最小限の手ほどきとアドバイスを与え、あとは基本的に見守ることとした。正直なところ、大変さに途中で投げ出すのではないかとも、少なからず思っていた。そんな私の不埒な予想とはうらはらに、彼等なりになんとか準備書面を提出し、弁論の形を整えて、大会本番に立派に臨んだ。大会を終えた彼等は、問題文が発表されてから4ヶ月あまりのあいだ全力で取り組んだことによる疲労感を訴えながらも、それ以上に一つのことに打ち込み、最後までやりきった満足感、爽快感をほとばしらせていた。卒業に必要な単位の1つにもならないのに、である。そんな姿を見て、彼等が大会のために注ぎ込んだ時間と労力は、試験で優秀な答案を提出すること以上に、単位を認定するのにふさわしいように思えた。以来、彼と同じように思う学生がいるのであればと、ゼミのタイトルを「国際裁判による国際紛争処理」として、春学期にジャパン・カップ国際法模擬裁判大会に、秋学期にPhilip C. Jessup国際法模擬裁判日本国内大会に、ゼミ活動として参加できるようにしている。

>アクティブ・ラーニングとしての国際法模擬裁判

 国際法模擬裁判は、架空の国のあいだで起こった架空の事実(問題文)をもとに、原告国と被告国に分かれて、国際法に基づく主張を戦わせる。問題文の最後には、原告国と被告国が裁判所に対して宣言することを求める請求が示されているので、それぞれの請求が国際法と事実に基づく根拠のあるものであることを、まずは準備書面で示さなければならない。ゼミ活動の始まりは、そのために問題文をじっくり読み込んで、どのような国際法の原則や規則が関係するのか、適用法規をまずは検討する。ゼミ生の多くは国際法を履修し始めたばかりか、中には国際法を履修していない学生もいるので、国際法の教科書を読み進めながら、適用法規として何が考えられるのかを全員で検討する。問題なのは、国際法模擬裁判では教科書では取り上げられていないような規則が論点になることも少なくないこと。そうすると教科書では足りず、それに加えて専門書や論文にも検討の対象を広げなければならない。また中には、外国語の資料や文献からでしか得られない情報もある。
 これは本当に大変な作業で、場当たり的に調べていてはとても時間が足りない。そこで鍵となるのが、チームワークと情報検索技術。一つの問題文には多くの論点が含まれているので、チーム毎に論点を担当し、またチーム内でその論点について何を調べるのか、作業を分担する。一人でやっていては泣けてくる作業も、チームとして自分が仲間に支えられ、また自分も仲間を支えながらなら続けられる。また、いまはキーワードで書籍や論文が検索できるようになっているので、教科書や代表的な専門書・論文を調べた上で、適用法規や論点に目星をつければ、そうした情報検索技術を使って関連性のある文献資料を効率よく見つけ出すことができる。
 調べていてわからないことがあったり、調べすぎて頭の中で整理がつかなくなったりすると、私のところに来てアドバイスを求める。私が何かを調べろというのではなく、学生が自ら調べるべきものを考え、関係する文献資料を見つけ出し、検討してチームの仲間と議論し、その結果を共有する。模擬裁判の問題は、原告国と被告国どちらの側からも説得力ある主張が可能なように作られているので、正解があるわけではない。だからこそ学生は何が論点で、どのような根拠を、どのように主張すれば説得力ある議論が展開できるかを自ら、またチームで考えながら、準備書面と弁論を準備する。こうした活動は、最近その重要性が説かれるようになっている「課題の発見・解決に向けた主体的・協同的な学び」、いわゆるアクティブ・ラーニングそのものである。

>国際法模擬裁判を通して得られるもの

 国際法模擬裁判を経験すれば、当然、国際法に詳しくなる。また法律を使った議論にも強くなる。それらは確かにメリットだが、みんながみんな外交官や法律専門職、あるいは研究者の道に進むわけではない。むしろ国際法模擬裁判を経験することのメリットは、準備書面の作成や弁論の準備をするなかで、情報処理能力と、それをチームでこなすための組織力を身につけられることにあるように思う。大会を終えると、学生はこぞってゼミの仲間と仲良くなれた、それがすごくよかったと言う。この「仲良くなれた」という言葉には、文字通りの意味以上のものが込められている。図書館にこもり、意見をぶつけ合いながら、それなりに多くの時間を一緒に過ごすなかで、どうにも意見が合わない、気が合わない相手もいる。それでも、国際法模擬裁判大会に参加し、結果を残したいという目標に向かっている限り、異なる意見にも耳を傾けるし、気が合わない相手とも協力して作業を進める。結果、どんな相手ともチームとして協力することができるようになり、考え方が違う相手にも伝わるように自分の考えを伝えることができるようになる。こうした力(ability)を身につけられたということが、「仲良くなれた」という言葉にはこもっている。たとえ必死に調べた国際法の知識は忘れてしまっても、そうした力は生涯、身から離れることはないだろう。

<参考>

*国際法模擬裁判ジャパン・カップ

日本国際法学生交流会議HP
<https://2015ilsec.wixsite.com/ilsec>

国際法模擬裁判ジャパン・カップFacebook
<https://www.facebook.com/acjc.intlaw.mootcourt.ilsec/>

2016年決勝(動画) <https://www.youtube.com/watch?v=dncctJOQ1PI>

*Philip C. Jessup国際法模擬裁判大会

日本国際法学生交協会HP
<http://jilsa.web.fc2.com>

International Law Student Association HP
<https://www.ilsa.org/about-jessup/>

2011 Final