研究の意義

<この研究の特色・独創的な点および予想される結果と意義>

1. 国際環境協力を明確に意識した漁業地域変化の分析枠組みの構築

 申請者らは、これまで共同であるいは別々に、韓国・ベトナムをはじめとしたアジアの沿岸地域で現地調査を積み重ねてきた。それを通じて申請者らが実感したのは、これらの地域で現在おこっている漁業地域変化に、日本の事例との共通点が多くみられることである。地元研究者らもそのことを認識しており、日本における漁業変化の諸要因に関する知見を渇望している。しかし、日本の漁業変化に関する従来の研究は、これらの地域との比較の視点にたったものが少ない。本研究では複数地域の漁業地理学研究者の調査結果を、国際環境協力に実績のある研究者のもとで統括し、地域間の社会経済的差異を踏まえた分析枠組みを構築する。これによって地域間の知見の共有化をうながし、漁業基盤としての生態系保全にどのような学問的取り組みが必要なのかを国際的に議論するためのプラットフォームを提供するものである。

2. 持続的漁業の生態学的・社会経済的基盤として、河川流域と沿岸をつなぐ視点

 日本では近年、河川流量や土砂供給量の変化が沿岸の生態系に及ぼす影響が指摘され、自然科学的な研究が活発化してきたものの、河川と沿岸環境をトータルに保全する方策については、一般に広く議論を巻き起こすまでにはいたっていない。その一つの要因として、自然生態系への影響にのみ議論が終始し、漁業の操業や漁業地域との相互依存関係など、人間社会との関係についての研究実績が少ないことが考えられる。本研究では人文・自然地理学、生態学、人類学の総合的かつ統合的研究により、持続的漁業の成立基盤として河川流域と沿岸をあわせた水域の生態と地域社会を明示し、その変化の関連性を実証的に明らかにする。この結果得られた知見は、日本のみならずアジア沿岸各地に必要な、水産行政・河川行政・港湾行政の協働の方策に指針を与えるものとなろう。

3. 主要な調査地域である木曾三川の河口漁業に関する実証的研究の継続性と発展性

 申請者らの多くは木曾三川河口地域の地形・生態系・漁業の変遷・河口域の管理制度等について多くの実証研究をおこなっており、その成果の相互関係を検討することが可能な段階にある。その検討の結果、相互関係を明示するうえで有効な時間・空間のスケールを抽出することで、今後さらに必要な実証データに展望を開くことができる。また、申請者らはこの地域の漁業生態の解明を通じてこれまで多くの研究ネットワークを形成しており、そこに含まれる異なる学問分野の研究者や漁業者で共有している問題意識は、他地域の今後の研究のあり方にも新たなアイディアをもたらしうると考える。


<国内外の関連する研究の中での本研究の位置づけ>

 漁業や漁業地域の変化に関しては、漁業地理学に蓄積があるがその多くは地域の社会経済的変化との関連で議論しており、海側の諸条件すなわち生物資源や地形の変化との関連に関する研究は少ない。生態学的なアプローチにより漁場の自然条件や生物生態との関連を探ったものとしてはわずかに野中健一(川はだれものものか−長良川漁業の1世紀−、秋道智彌編『自然はだれのものか』(昭和堂、1999年)、田和正孝(『漁場利用の生態』. 九州大学出版会,1-402, 1997)などがある。しかしこれまでの生態学的アプローチにおける地理学の限界は、地形環境と人間活動を媒介するもの、すなわち地形に対応した生物生態との関係が明示的には分析されてこなかったことにある。一方、生態学から漁場の動態をさぐった研究は多くおこなわれており(例えば石井亮・関口秀夫:有明海のアサリの幼生加入過程と漁場形成. ベントス学会誌57(1):151-157)、地形学者との協働によってこの知見を漁場利用の生態学的アプローチに組み込み、かつ地域社会経済の影響を検討することで、総合的な漁業変化の解明が可能になると考える。

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