河口研の視座

<おいしい魚が食べたい!かこうけんの視座−漁本主義の提唱−>

 沿岸浅海域は、多様な海洋生物の生息地であるが、とくに沿岸河口域における生物多様性喪失の阻止は急務である。それは、第一に、内湾には比較的狭い範囲で再生産をおこなう生物種が多く、そのため遺伝的多様性が高いこと、第二に、河川から外洋の間に形成される多様な地形・水環境がさまざまな生物種に住み場を提供していること、そして第三に、港湾・都市開発、流域農林業など、生物−環境の関係に影響をあたえる様々な人間活動が特に顕著におこなわれる場であることによる。 沿岸河口域において生物多様性を維持しつつ、人間活動と調和させるにはどうしたらよいか?本研究ではその一つの方策として沿岸河口域の漁業の持続的発展に注目したい。漁業はその多くを上記のような野生の生物−環境相互作用に依存しており、その持続と地域社会における重要性の認識が内湾の地域固有な生物の多様性を持続させることにつながるからである。持続的な漁業とは、さまざまな社会的位置にある人々が参加し、生活を豊かにする経済活動であり、なおかつ後世に継承すべき人類の叡智と文化である。そうした認識をより明確に提示し、漁業と共存する地域社会の構築を考えることで、生物多様性の維持とともに、多様な主体からなる人間社会の実現も可能となるのではないか。 漁業が持続的になされることによって、沿岸河口域の生物多様性と固有性が持続されるような地域社会を作るべきであるという考え方、このようないわば「漁本主義」ともいえる姿勢を、われわれはあえて提唱したい。ここでいう漁業とは、たんに効率的な水産資源利用や経済活動をさすのではない。人間の自然とのつきあいの叡智の評価、さまざまな関連産業の形成、安全で安定的な食料資源の確保、他地域からの資源収奪と生態系破壊につながる流通の是正などを含めた水産資源利用活動の総体をいう。持続的な漁業の生産・流通・消費体系を軸として、それを支える生物生態を維持させる海洋物理、海洋生態を明らかにし、それを実現させるような地域の産業形成をこれからの世界経済の動きの中で考える。このような地域作りの枠組みを目指して自然環境と社会経済・文化の側面から学際的に研究する。


研究のパースペクティブ

1)持続的な漁業の再検討と新たな価値の提示
 沿岸河口域では古来さまざまな漁業が営まれてきた。その歴史の中で、生態・潮流・地形などにわたる広範囲な生物・海洋環境の知識や漁業技術が継承されてきた。小規模な漁家の柔軟な経営や地域固有種を生かした生産加工流通販売の関連など内湾につくられた漁労文化である。このような知識と技術を生かすことが持続的漁業の基本となる。しかしながらこれまで、このような漁業への積極的な価値形成にはどのような問題があり、それがいかに内湾漁業の衰退ひいては内湾生物資源の枯渇を招いてきたかが総合的に論じられることが少なかった。したがって、持続可能な漁業の姿を実現するには次の三つのことが問われなければならい。第一に、地域社会の変化のなかで、漁業がいかに変化しつつ持続してきたのか。第二に、漁業への価値は社会にどのように位置づけられてきたのか、生活単位である集落、沿岸開発に関わる流域の地方自治体、教育などの制度に関わる国など異なるスケールから検討する。第三に、持続的な漁業を「過去のもの」とするような価値観があることを問題化し、食の質を重視するこれからの文化・経済的枠組みの中で地域固有の漁業資源や持続可能な漁業活動がいかにして価値を実現できるかを考える。それによって、これからの時代で持続的な漁業を可能にする、文化資産、経済資産をみいだすことができる。

2)持続的漁業を支える流域−沿岸河口域自然環境と海洋物理への注目
 これからの持続的な漁業を考えるうえで、漁業資源となる生物の稚仔魚から成魚までの生活史と再生産のメカニズム、および沿岸生物相とその遺伝的多様性の形成プロセスの解明は重要である。本研究ではこれらの課題に対し、流域と内湾の環境を統合する海洋物理、および地形に注目してアプローチする。たとえば、河川流量の変化は、土砂供給量や沿岸河口域の水循環にいかに影響を及ぼし、地形やベントス生物相、稚仔魚の再生産と流動にいかなる影響をおよぼすのか。それらの関係性の歴史的変化が、地域の生物相やその遺伝的多様性をいかに形成してきたのか。持続的漁業を支える流域−内湾自然環境と海洋物理に関わる問題群は、これら多分野からのアプローチにより議論され、抽出される。これらを解明してはじめて、持続的な漁業が根拠とすべき環境と生物の時空間スケールが提示され、持続的漁業の主体となる地域社会とは何かを議論することが可能になると考えられる。

3)漁本主義を可能とする産業地域構築への道筋の提示
これまで漁業と対立するといわれてきたような工業や干拓地農業、都市開発部門は、市場の多様化・グローバル化のなかで変換をせまられている。こうした状況は一方で、地域の産業構造を根本的に考え直す機会も与えるものと考えられる。このような社会状況と工業・農業立地の傾向を見極めつつ、沿岸だけではなく流域全体の地域社会のあり方を、漁本主義の立場から提示する。これによって人類が海洋と調和して生存していく「未来可能性」を実現する道筋を提示する。

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