2013年度 立教大学社会学部・共通科目(後期) 
エスノメソドロジー レポート講評(提出者121名)

 今回の課題はCMを使うことを必須としたので、データとして分析するまでの過程をきちんとしているレポートには一定の評価を与えた一方で、分析がどういう社会背景に関わるのか、まで踏み込んだレポートが少なく、結果としてはその点でやや厳しいものになったところがあるかと思います。

 下記に個別の点について指摘したいと思います。

1)規範の参照について
 昨年度のレポート講評で指摘したこととほぼ重なりますが、CMの場面についてある規範の参照が行われているとして、それがどのような記述と手続きに結びついているのか、という視点が不足している分析が特に目につきました。
 たとえば、ある場面で女性がこういう行動をしていたから、それが規範となっているという趣旨のレポートでは、行為や人物の特徴を挙げ、それだけをもって規範となっているということが短絡的に示されてました。ここで問われているのは、あくまで規範の「参照」なのであって、「一般に料理という行為は母親がするものとされている」といった役割の概念から、データに見られる場面上の人物が実際にこの行為をしていることを指摘する形の分析では、参照という点に踏み込んで分析したものとはみなされません。
 あくまでカテゴリー集合といった考え方を示すことにより、「母親」は「娘」や「子ども」といった集合{親子}について、その行為が理解されるのであって、その関係の参照がなければ、すなわち規範の参照も示されていないということになります。

2)社会背景について
 この点について、レポートが要求していたのは、CMがある特定の具体的な記述と手続きについて規範を参照しているときに、それらがなぜそうした形での具体性をもった表現としてもたらされているのかを、CMとしての特徴や、CMが訴えている点(訴求点)との関係で示してもらうことでした。その点では社会の方は、1)の問題から、母親の役割のように、社会にこういう規範があるから、という「前提」として扱われてしまうことが多く、行為の分析からまず規範を指摘して、そこからさかのぼって社会「背景」を示すという形になっていませんでした。

3)題材となるCMの選択について
 以上の点から、どういうCMを選択するかという部分が、実はかなり重要な位置を占めており、単に好きなCMや現在話題となっているCMを選ぶだけでは、必ずしもそこで用いられている記述や手続きが授業で取り上げたものに合致していなかったり、また敢えて背景として意味づけることが難しいことになったりしたかと思われます。
 逆にいえば、参考書などをよく読んでから、何を記述や手続きとして分析するのか、という視点をあらかじめもって題材を選えば、おのずとどういったCMを見ていけばよいのか、という点も見やすくなり、そこで用いられている表現の背景についても言うべきところが見つかりやすくなったはずのように思います。
 たとえば、今回のレポートには女性の社会的地位や役割について述べたものが多かったのですが、ある規範を参照するときに用いられる表現について、女性がある表現上の行為をする場合とそうでない場合では、その表現としての意味がどう異なるのか、あるいは現代においてそうした表現を行うことの利点や問題点といったことが、実際に男女のカテゴリー集合に関わる表現と結びつけて論じられれば、それは大きな説得力をもったようにも思います。これに対して、最初からいまの社会にはこういう女性の規範がある、という概念を先行した形式の論述では、ある意味では具体的な表現の方は何でもよくなってしまうことになり、エスノメソドロジーが関わる余地がありません。

 最終的な成績については、今回のレポートに加え、5回の授業内課題提出への評価にもとづいて総合的に算定しています。

以上

2014年 3月23日
是永 論