立教大学ホームページへ
問い合わせ・資料請求 立教大学HOME

更新情報

[2005-08-08]
2004年3号HTML版、PDF版公開しました

[2004-06-04]
2003年2号PDF版公開しました
2002年1号PDF版公開しました

2004年3号 [2004-02-26発行]

【論文】

「人間の安全保障」の安全保障論的一考察 
[秋山 昌廣]

イラク復興支援への自衛隊派遣に関する一考察 
[斉藤 直樹]

犯罪状況と傾向および要因の考察 
[佐取 朗]

プロ組織人のマネジメントに関する研究 事務系ホワイトカラーを対象にした実証研究に基づいて 
[申 美花]

成果主義及びコンピテンシー評価導入に伴うリスクに関する理論的考察 
[福田 秀人]

新しい紛争形態をどう理解するか 高校教育プログラム設定への試論 
[清水 功也/比留間 和憲]

●アジア情報安全保障共同体構築に向けての一考察 アジアにおけるサイバー犯罪、サイバーテロに対する危機管理体制を中心にして
[大野 義彦]

●阪神・淡路大震災における放送メディアの初動体制について
About the first movement of the broadcasting media in Hanshin-Awaji Earthquake
[神谷 信治]

ナショナル・セキュリティーと表現の自由 英国メディアが直面する諸問題 
[小峰 満子]

●雇用の規制緩和と働き方の多様化 次代の就業形態の提案
[佐藤 憲司]

公共図書館の可能性 情報提供・コミュニティ 
[鈴木 均]

かながわボランタリー活動推進基金21協働事業負担金制度の意義と課題
 補助・委託との比較を中心とする視角から 
[藤澤 浩子]

【研究ノート】
イラク日本人人質事件とメディア報道 
[大場 祐香/大渕 みほ子/岡田 孝子/金澤 哲也/越村 格/沢野 次郎/下井 隆幸/深田 結美/吉村 由理]

【書評】
『共生の作法 ─ 会話としての正義 ─』(井上達夫著) 
[入山 映]

『中国の企業統治システム』(唐燕霞著) 
[笠原 清志]

1.はじめに

 90 年代、日本では、景気が低迷するなか、大企業のホワイトカラーをターゲットに成果主義キャンペーンが繰り広げられ、続いて、職務評価をベースとするコンピテンシー重視論とエンプロイアビリティ論が盛んとなった。しかし、成果主義は、やる気のある者のやる気をなくすディス・インセンティブ効果を発揮するリスクが大きい。エンプロイアビリティ論は、雇用保障の廃止のやましさを取り繕う実効性の薄い建前論であり、賃金抑制の名分にすり替えられ、働く者の不信感を生む論理である。コンピテンシー重視論は、職務評価をベースとする以上、公正を錦の御旗にした官僚化の推進となり、組織を硬直化・肥大化させるリスクをもつ。その結果、これらは、企業も社員も不幸にする悪しき雇用関係を生むリスクをはらんでいる。本稿は、アメリカにおける主要な人事制度の研究をふまえて、以上の見解の根拠を示し、よりリスクの小さい人事制度を提案するものである。

2.成果主義の普及

 アメリカでは80 年代から、ホワイトカラーを対象に、半年や1 年程度の短期的な個人業績に応じて賃金を決める成果主義(ペイ・フォー・パフォーマンス)が盛んに導入され、長期的な雇用保障の廃止がすすめられ、他社でも通用する技能、能力の開発を促進すべしというエンプロイアビリティ論が喧伝された。ピータ・カッペーリ(1999)は、90 年代前半までに、GE やAT & T をはじめとし約3 分の2 の企業が雇用保障をやめ、84%の企業が成果主義とエンプロイアビリティ促進の方針を打ち出したとしている。ステファン・ロビンス(1997)は、「出来高払い制は10 年以上前からマネージャーの報酬にも仲間入りし、この慣行はマネージャー以外の従業員に広がってきている」と述べている。そういった会社が1989 年には44%、1991 年には51%に達したとのことである。
 日本でも、90 年代のバブル景気の破綻をきっかけに成果主義論が盛んにアピールされ、導入企業も相次いだ。成果をあげればあげるほど賃金をはずめば、皆、やる気を出して働くという単純明快な論理。そして、アメリカの90 年代の景気好転は成果主義によるものとのアピールは説得力に富んだものであった。日本の経営ジャーナリズムは、景気の悪化の主因を、終身雇用と年功序列に安住したホワイトカラーのモラールの低下によるものと決めつけ、モラールの向上、さらには逆境を一気に打開するためには、成果主義による動機づけが必要不可欠といった趣旨のキャンペーンを展開した。また、収益をあげねばならぬビジネスの世界において、ホワイトカラーが成果主義で処遇されるのは当然との論理も成り立ち、成果主義を嫌うのはビジネスマン失格とみなされた。アルフィ・コーン(1993)は、「アメリカ人は、金銭のもたらす力を信じているので、新しい給与制度が組織の問題を解決する可能性を否定するのは愚かに思われる」と述べ、「多くの経営者と経営コンサルタントが金銭の力を信じ込んでいる様子はいくら誇張しても誇張しすぎることはない」と論じたが、日本でも類似した状況となったのである。

3.ラチェット効果による組織的怠業

 成果主義は、画期的な考えのようにアピールされた。しかし、それは、人間が人間を雇うようになって以来の石器時代的発想ではなかろうか。しかも、ここ100 年ほどの人事労務管理の歴史は、そのようなインセンティブ制度が、やる気をなくすディス・インセンティブ効果を発揮する危険を示している。アメリカでは、19 世紀末に、フレデリック・テイラーが、成果主義のプロトタイプといえる単純出来高給制が、作業のノルマを達成すればノルマの切り上げを招く(ラチェット効果)ため、ノルマを達成せぬよう、職場ぐるみでそこそこの出来高にとどめる組織的怠業を生んでいることを指摘した。そして彼は、このような問題が発生するのは、ノルマが直感的に決められているためと考え、動作研究と時間研究で作業内容の徹底的な分析、標準化をなし、合理的なノルマの算出をめざす科学的管理法を開発した。また、ノルマに達しない場合の出来高単価を安くし、ノルマ以上の出来高の出来高単価を高くする差別的出来高給制を考案した。そして、ノルマは、最も優秀な者を基準に設定すべきとした(cf 神代和欣1999)。「近代的経営規律は、最高の収益達成のための方法は何かという見地にたち、個々の労働者をも計測することを原則とする」としたマックス・ウェーバーは、この原則により「労働給付の合理的調教と習練の最高の勝利者が科学的管理法である」とした(cf 石坂巌1975)。もし、このような制度が、本当にインセンティブ効果を発揮していれば、人事労務管理は、合理的なノルマ設定のための分析技法の追求となり、モチベーション論やリーダーシップ論の開発・発展はなかったであろう。しかし、20 年代のエルトン・メーヨーたちハーバード大学の心理学者によるホーソン実験での職場集団内での生産抑制の発見などにより、その効果には疑問がもたれてきた。
 出来高給制の効果を詳細に研究したエドワード・ロウラー3 世(1971)は、出来高給制がインセンティブ効果を発揮する可能性があることを指摘するも、出来高給制の導入により飛躍的に生産性が上昇するのは、制度導入に際し仕事や作業の内容が抜本的に見直されるためと考えた。なお、メーヨーたちは、組織的怠業の原因を心情的な非論理的行動とし、人間関係論を提唱した。しかし、彼らは、組織的怠業が、ラチェット効果を回避するためと、生産性向上により仲間の解雇をもたらすリスクを回避するという合理的判断にもよることを発見している。職場には「優等生になるな、皆の足を引っ張る劣等生になるな。密告するな」という掟が作られ、まじめに働こうとする者は、様々ないじめに会ったとのことである(cf ステファン・ロビンス1997)。

4.インセンティブ強度原理と均等報酬原理

 ポール・ミルグロムとジョン・ロバーツ(1992)は、概略、次のとおり出来高給制の問題点を指摘した。1)ラチェット効果による組織的怠業の発生。2)同じ作業でも完全に同じ作業条件を確保できず、えこひいきや不正操作が生じる。3)機械の故障、原材料の納期遅延や品質不良、販売不振による生産抑制など、本人の努力と無関係の要因で出来高が変化し賃金が不安定になる。4)出来高をあげるため以外の重要な活動が無視され、原材料の節約、道具の手入れ、仲間の手助けなどをせぬようになり、品質も犠牲にされる。
 2)の問題は不公平をもたらす。ステーシー・アダムス(1963)の公平理論(イクイティ・セオリー)によると、不公平により損をしていると感じた者は品質を落として出来高を増やすようになり、得をしていると感じた者は出来高を減らして品質を向上させる。3)の問題は、本来会社が負担すべきリスクを働く者に負担させることでもあり、モラールの低下を招くと考えられる。エドワード・ラジアー(1998)は、この問題を次のように特筆大書している。「出来高払いにはいろいろな長所があるにもかかわらず、ひとつの重大な欠点がある。時には労働者の力の及ばない産出量の変動が生じるからである」。そして、ミルグロムたちもラジアーも、自分の努力と関係のない賃金変動のリスクがあるなら、それに見合った賃金プレミアムを与えなければモラールが損なわれることを指摘した。
 ブルーカラーであれ、ホワイトカラーであれ、成果主義の場合、次の4 つの要素がモラールを左右するというインセンティブ強度原理(インセンティブ・インテンシティ・プリンシプル)がある。1)報酬の増加量:努力してもさしたる報酬増を生まねばインセンティブは高まらない。2)業績評価の正確さ:評価が不正確ならインセンティブは高まらない。3)リスク許容度:リスクを嫌う者には、インセンティブのウェイトを小さくし、リスク負担を減らさねばならない。4)自由裁量度:自由裁量度が高く、自分の努力に応じて業績が変化する度合いが大きいほどインセンティブは高まる。以上は、努力が業績に反映せぬリスク、業績が評価に反映せぬリスク、評価が報酬に反映せぬリスクのいずれかがあれば、成果主義がディス・インセンティブ効果を発揮することを示している。
 なお、4)の問題は、「人間は、一定の安定した報酬を最小の努力とリスクでえようと 行動する」という組織経済学の均等報酬原理(イコール・コンペンセーション・プリン シプル)の帰結でもある。ミルグロムたちは、この原理により、成果主義を徹底した場合、次のような行動を誘発することを論証している。1)評価の対象となる結果だけを手段を選ばず追い求める。2)高い評価をえやすい仕事には、できるだけ時間と労力を配分する。3)評価をえにくい仕事には、できるだけ時間と労力を配分しない。4)評価の対象とならない仕事は、重要な仕事でも一切しない。

5.成果主義の成功条件の検証

 前節の2 つの原理からすれば、働く者のリスク許容度が高く、安定報酬指向をもっていなければ、成果主義はインセンティブ効果を発揮することになる。成果主義論者が、ハイリスク・ハイリターンをアピールするのは、その成功条件をみたすためであろう。しかし、安定的な収入により家族の生活を安定させる責任をもつ者が、不安定な収入を指向するだろうか。それに、ハイリスク・ハイリターンの追求のような金銭欲にかられた発想、行動を皆が追求すれば、企業は個人プレイが錯綜する支離滅裂な状態に陥るであろう。何よりもハイリスクな行動しか発想できぬホワイトカラーは、大変な危険人物となろう。
 素人にとってハイリスクな行動を、知識や技能の優越性を生かしてローリスクで成し遂げ、ハイリターンをえるのがプロというものである。ちなみに、プロの代表のような成功報酬制の弁護士の行動についてアメリカで多くの研究がなされている。それをもとにミルグロムたち(1992)は、弁護士が、勝算が低い案件については、高い成功報酬が提示されても引き受けようとせず、引き受ける場合は高い着手金を要求してリスクをヘッジすることを指摘している。また、高度な案件を扱う大規模な法律事務所では、弁護士に対し、成果ではなく、勤続年数に応じた賃金が支払われている。
 成果主義の今ひとつの成功条件は、成果が正しく評価されることである。この条件をみたす代表的な事例はプロ野球の選手であろう。しかし、野球は、100 年以上にわたってルールがさして変わらず、選手の能力と努力以外の要素が成果に影響することをできる限り排除した環境で行われ、評価基準作成のための膨大なデータが集積し、評価も野球に精通した経験者によりなされる。一方、ビジネスは、相手が9 人で守るならこちらは20 人で守るとか、相手が木のバットならこちらは金属バットだ・・・といったようなことが許され、横行する世界である。しかも、新しい仕事が次々と生まれ、その仕事ぶりや成果を正しく評価できる者など誰もいないことも珍しくない。
 成果主義論者のなかには、プロ野球の報酬制度を成果主義のモデルとして説く者もいるが、それは、成果主義の成功条件をかなりみたしているからである。それがビジネスの世界で適用できるのは、永年にわたって、同じような組織、ルールで、同じような仕事をしている業界、企業のみであろう。少なくとも、新しい課題、仕事が次々と生まれ、仕事の種類や内容をどんどん変えてゆかねばならないビジネスにおいて、この成功条件をみたすのは不可能である。成果主義は、ハイリスク・ハイリターンを好むギャンブラーのような集団で構成されるビジネスか、なすべき課題と方法が十年一日のごとき状況にあるビジネス以外では、ディス・インセンティブ効果を生むことになる。のみならず、個人評価をあげるための手段を選ばぬ行動に走り、企業信用を失墜させる行為を誘発する危険が高まる。

6.アメリカでの成果主義普及論とエンプロイアビリティ論への疑問

 日本では、成果主義を導入したため、目標の矮小化やモラールの低下の憂き目にあう企業が目立ってきた。それらは、これまで示した理論から予測される結果であるのに、その原因を日本特有の企業風土や企業の経営能力の低さに転嫁する論説が目立っている。では、アメリカでは、成果主義が、本当に理念通りに運用され、普及したのであろうか。
 ロウラー(1990)は、「金の力がやる気をおこすことは分かっていても、いざ賃金システムを作るとなると大変だし、作っても機能させるのが難しい。成果給を導入している会社は多いが、その実態は年功制と大差ない運用をされている」と述べている。ラジアー(1998)は、年功的な賃金決定と終身的な雇用保障がいぜんとしてアメリカの人事制度の主流であることと、個人業績に応じて賃金を払う成果主義は、業績を正しく評価できぬため、部分的にしか用いられていないことを指摘している。小池和男(1999)は、よい統計がないが、各種調査により、賃金に占める業績給の比重は10 〜 20%程度と思われることを指摘している(1999)。フェーファー(1998)は、雇用保障で人材育成を重視する必要と、その成功事例を精力的に紹介する一方、成果主義とそれを好む経営者への論理的な批判を精力的に展開し、成果主義の問題事例を多数紹介している。
 以上の論者とやや異なり、カッペーリ(1999)は、「アメリカの長期雇用を基本とする伝統的な人事管理は、20 世紀に入り、企業の組織が巨大化・複雑化し、それに対応する技能を社内に蓄積する必要があったため普及した現象にすぎない」とした。そして、伝統的な人事管理は、製品競争の激化、情報革命、金融改革、それに、働く者自身が雇用保障を一方的に破棄する企業を信用しなくなったことにより崩壊したと断じた。しかし、その一方で、雇用保障の廃止を伴う成果主義は、有能なキーマンの社外流出、社員の会社へのロイヤリティの低下、企業特殊技能の育成阻害といった問題を生むため、好景気になり、労働市場の需給が逼迫すれば、伝統的な人事管理へとゆれ動くだろうとした。実際、アメリカでは、好況の持続に伴う96 年末からの労働市場の急速な逼迫で、リテインメントをキーワードとする伝統的な人事制度論が、サウスウェスト航空やヒューレットパッカードなどを引き合いに盛り返したようである。
 なお、カッペーリ(1999)は、「エンプロイアビリティの名分のもとに、社員自身にキャリア開発の責任を負わせ、企業への期待感をさげているのに、社員の企業へのコミットメントは変わらないと思っている」「ホワイトカラー、特に管理職の仕事は企業特殊技能と内部昇進によるものだから、市場原理にそもそもなじまない」「社員自らがキャリアと能力開発に責任を負う代償として、企業は能力開発を支援し、社外での雇用可能性を高めるという施策を企業がし、社員もそれを信じるとは考えられない」と論じた。エンプロイアビリティ論は、雇用保障の廃止を取り繕ろう白々しい建前論にすぎぬということである。

7.目標管理による成果主義の弊害

 テイラーの科学的管理法は、ノルマを一方的に押しつけるものであった。これに対し、昨今の成果主義論では、個人の申告目標をベースに評価者と協議して目標設定をし、その達成度で賃金を決める目標管理方式が提唱されてきた。そして、ウィリアム・マーサー社(1999)のように、従来の目標管理は、賃金決定に大きな影響を与えないものであったが、それを与えるよう進化させたかのごとくアピールする論者もいる。しかし、ダグラス・マグレガー(1960)が提唱し、普及した従来の目標管理論は、賃金のインセンティブ効果を限りなく否定し、働く者の自主性を尊重して目標を決め、チャレンジさせ、目標を達成できるようサポートしてゆくことでモラールを高めるのが目的であり、賃金インセンティブで目標を設定・達成させるのは根本理念のすり替えである。
 理念をすり替えても、それが高い目標の設定と達成へのインセンティブ効果を発揮すればよい。しかし、安定した賃金を確実に確保しようとし、またそれが家族への責務である者が、高い達成困難な目標を設定するはずがない。むしろ、目標を可能な限り低く設定するよう努力するはずである。また、ラチェット効果による目標の切り上げを嫌い、目標を大きく上回る成果をあげることができても、それを回避するであろう。成果主義を導入した企業にこういった弊害が生じるのは、理論的にも、直感的にも当然の結果である。
 また、半年や1 年も先の目標を賃金の主要決定要素にして固定化し、目標設定時点での主要な目標課題の達成状況をもとに評価を下すのは、活動を狭小化させ、また変化への対応力を大きく削ぐ。目標設定の前提条件が変化し、目標の改廃を早急にしなければならぬ場合、それが遅れ、大きな損失を招く。さらに、新たな企画へのチャレンジは何年もかかる場合もあり、それを途中で適切に評価できない。目標の固定化につながる目標管理による成果主義は、組織の硬直化を推進する、かってのソ連の計画経済と同根の危険な官僚的発想の産物といえる。
 従来の目標管理も、森五郎と松島静雄(1977)が指摘した次の問題点をはらんでいるが、成果主義とのリンクはそれらをさらにひどくするであろう。1)長期的に必要な事項や成果がみえにくい問題が軽視される。2)自部門の成果のみに熱心となりセクショナリズムが発生する。3)最初は意欲をもやして高い目標を掲げても、やがてその意気込みが減退しがちである。特に高い目標が失敗するとそうなる。4)評価の寛大化、平準化作用が生まれる。5)部門間の利害が対立する中で、部門の目標を経営計画に向かって絞り上げるための調整作業は極めて困難である。ちなみに、エドワード・ロウラー3 世(1990)は、次のような指摘をしている。「評価システムは、レートを高くしすぎたり、虚偽の申請が行われたり、非現実的な目標設定が行われたり、評価自体のミスがあったりで、スクラップ&ビルドの繰り返しの運命にある。だからこそコンサルタント会社は、つねに新しいシステムを売り込むことができる」。

8.コンピテンシー重視論の問題点

 成果主義が普及する一方で、成果だけでなく、職務評価をした上でコンピテンシーも評価して賃金を決定するという、コンピテンシー重視論とでも呼ぶべき主張が台頭してきた。コンピテンシーは、あいまいな概念であるが、ここでは、携わっている仕事で成果をあげるのに貢献する人的要素としておく。このコンピテンシー重視論は、次の4 つの問題点をもっていると考える。1)コンピテンシーの評価は、最も優れた成果をあげている者を基準にするという、100 年前の科学的管理法と同じ発想であるが、同じ仕事をしている者が多数存在する企業は絶無であろう。2)最優秀者のコンピテンシーが、競合企業で並以下の可能性もある。すなわち、競合を想定せず、戦略発想を欠いている。3)コンピテンシーの期待水準は企業が決めるべきなのに、現在の社員の枠内から摘出するのは、社員のコンピテンシーに仕事をあわせる本末転倒の発想である。4)コンピテンシーは、携わっている仕事で成果をあげる人的特性だから、仕事の内容も分析・評価し、賃金に反映させるべきとして、職務評価による職務給をベースにもってくるため、臨機応変な仕事の内容の変化や組織改革を阻害する。以上のうち、特に4)が問題である。
 コンピテンシー重視論の本質は、携わっている仕事によって賃金の大枠を決め、その枠内で、コンピテンシー評価と成果評価により賃金を決めるという職務給重視論である。職務給は、半世紀以上にわたりアメリカで主流となっているものの、それによる仕事や組織の硬直化が、80 年代のアメリカ企業の競争力の低下と景気悪化の原因として見直しが迫られたものである。ちなみにロウラー(1990)は、ヘイ社のヘイシステムを名指しで批判し、次のように論じた。「職務給のような人ではなく仕事に対応した賃金は、管理には便利でも、技能や能力を向上させる意欲を引き出さず、生産性や組織効率の向上を妨げる問題の多い制度である」。
 そして、職務給の問題点を、次のように列挙した。1)規定された職務内容をどの程度遂行したかで評価するため、官僚的統制力を強化する。2)職務記述書の記載事項以外はやらなくてよいとなり、職務外の仕事に社員を柔軟に活用できない。3)責任の重さ(ポジション)と部下(レポートライン)の数が点数を決めるので、仕事の序列を作り、階層化を助長する。4)「何ができるか」ではなく、「何をしているか」で賃金が決まる。5)職務記述は社内での賃金の公平さにばかり目を向けさせ、他社との競争に関心をもたなくなる。全社の職務給を比較できるため、賃金のよい職務につくのに懸命になる。6)全社統一の職務評価システムがあるため、優秀な人材を高賃金で採用できない。7)組織改革のさい、職務記述書の作り直しに膨大なコストがかかる。また、高賃金の仕事を求めて社員間の争いがおこり、組織改革が阻害される。8)自分の職務の点数を増やすため、範囲外の仕事を抱え込み、部下を増やそうと躍起になり、管理費と人件費の増加を助長する。9)職務記述書を華々しくでっちあげ、信頼性を損ねる。内部監査制度があるが、それでも20 〜 50%のポイントの水増しが行われている。10)職務評価システムの開発、運用、監査と労働市場情報の収集に膨大なコストがかかり、賃金スタッフ、外部コンサルタント、その他関係者の多大な時間と労力を費消する。だからコンサルタント会社はこのシステムを導入したがる。11)責任と部下の数で点数が決まるため、水平方向のキャリアを積むことで高度な問題解決ができる職種でも昇進優先となる。12)現在の仕事のスキルを高める意欲を生まず、組織のフラット化により昇進の機会が減った状況ではフラストレーションを生む。13)仕事で賃金が決まるため、業績やスキルの向上より、より点数の高い仕事につくことにエネルギーがつかわれる。14)職務評価システムは多能工のような者を多面的に評価できない。

9.シングルグレイデッド・ブロードバンディングは先端的か

 アメリカでの職務給は、正確には資格(グレイド)別の範囲給(レンジ・オブ・レイト・システム)である。それぞれの仕事が格付け(グレイディング)され、その格付けに応じて賃金の上限と下限が定められ、その範囲内で、経験年数、業績、能力、勤務態度などが評価されて賃金が決まる。その資格が、30 〜 60 段階ほどに細かく区切られていたが、90 年代から、資格を10 段階未満(すなわちシングルグレイデッド)とし、グレイドごとの賃金の幅を大きく広げる(すなわちブロードバンディング)、「シングルグレイデッド・ブロードバンディング」が流行しはじめた。こうすれば、成果やコンピテンシーの評価結果を大きく反映させることができ、既述の職務給の問題点がかなり解消される余地が生まれる。そして、コンピテンシー重視論者は、その効用をアピールする。
 しかし、従来の仕事が陳腐化したり、その内容や重要性が大きく変化したり、新しい仕事が次々と生まれる状況、時には大胆な組織変更、大幅な人事異動もしなければならぬ状況に対応するのに、仕事の評価がまずありきという制度は、評価作業のためのチャンスロスを生じるし、全く新しい仕事が出現した場合、どうして評価するのであろうか。評価する仕事の枠は広げたといっても、なぜ、そんな枠を作ってまで仕事の評価にこだわらなければいけないのであろうか。
 そうしなければ公正な評価ができず、モラールが低下するとの議論が成り立つ余地はある。しかし、客観的に正しく評価できる職務評価法が開発されておらず、肝心のコンピテンシーについても、あれこれ思いつく限りの評価要素を並べ、そこで重要と思う要素を多数で選び、評価せよという多面的評価法は、評価者の多数が、評価対象の仕事の内容と意義に精通していない限り、誤解と錯覚に満ちた評価となる。それでも、それをルールとすれば、人間の好き嫌いなどの感情や特定の価値観に左右されぬ評価がもたらされるのであるから、恣意性が排除され、公正であるといえるが、それは、公正を錦の御旗にし、クールに人間を評価、処遇し、賃金インセンティブで人を動かそうという官僚主義的発想の産物であり、それで、皆がやる気を出して働き、業績もあがるほど、人間もビジネスも甘いものではない。

10.これからの人事制度の課題と対策

 時代の変化を強調して提唱される理論や評論の多くは、一面的で、観念的になりすぎ、副作用を無視ないし軽視しているように思う。現実には、標準化による大量販売が激しく競われ、その優劣が企業の存亡を左右しているのに、大量販売の時代は終わったと決めつけ、個々の顧客のニーズをこと細かく把握し対応せよといった古代ビジネス論とでも評すべき主張をなし、個人プレイに依存した活動を奨励する。これを真に受けた企業や社員は、顧客第一主義ならぬ顧客いいなり主義になり、わずかの売上増のために大きなコストを費消する。
 また、企業は、トップ一人では実現できぬ事業アイデアを、多数の社員が役割を分担し、協力して実現するための組織であるのに、アイデア自体を生むためのものと位置づける。創造や革新は、競争力を強化し、収益力を高めるための手段なのに、それ自体が企業の目的であるかのように説く。そして、思うように社員が動かなかったり、社員の能力が劣るため、折角のよいアイデアやチャンスをものにできないという切実な悩みに答えない。アイデアを実現する力があってこそ、様々なアイデアが社内で生まれ、社外からも持ち込まれ、それが画期的なヒット商品につながるのに、アイデアの革新性だけでヒット商品が生まれるような論述をなす。そして、これを真に受けた企業や社員は、在来の事業、商品、組織力の改善や強化を怠り、安易に新規の事業や商品に飛びつき、失敗し、自滅への道を歩む。
 創造や革新は企業の存続、発展のための必要条件であるが、十分条件にはほど遠いものである。品質管理技術やIT 化の進展にもかかわらず、品質や納期をめぐる突発的なトラブルは絶えず、それにいかに臨機応変に対応できるかが企業の信用、ひいては競争力の優劣に大きく影響する。また、商品を全て売り切ることができればよいが、これまたIT 化の進展にもかかわらず至難の課題であり、原材料、仕掛品、完成品の不良在庫が生じ、増加する。そのリスクは、アイデアを次々と商品化したり、新しい商品を積極的に仕入れて販売する活動を活発にするほど大きくなる。SONY が大量の在庫処分による大幅減収で株価を急落させたが、多くの企業が在庫の増大と不良化に悩んでいる。
 こういった問題は、モグラ叩きゲームのごとき地道な改善努力の積み重ね、緊密な社内のコミュニケーション、それを円滑にする積極的な協力関係と不測の事態への管理者の対応能力が優れていてこそ軽減され、競争力と収益の向上につながる。会社経営の優劣は、売上や利益だけではなく、日常的な地味な努力と工夫のありように影響される在庫回転率と資金回転率に大きく左右されることに留意すべきである。そして、その観点で人事制度を考えると、年功要素を反映させて、雇用と年相応の生活をまず保障し、その上で、本人の資質と努力の反映である仕事への姿勢と能力(特に、問題解決能力、部下育成能力、統率力)を重視する能力主義を制度化した職能等級制度が、理想にはほど遠くともベストであると考える。

■参考文献
Adams, J. Stacy 1963, 'Toward an understanding of Inequity' Journal of Abnormal and Social Psychology, Vol 67
Cappelli, Peter1999, "The New Deal at Work" Harvard Business School Press
福田秀人 2000、「成果主義とコンピテンシー重視論への疑問」産業訓練2000 年5 月号
石坂巌1975、『経営社会学の系譜』木鐸社
Kohn, Alfie 1993, 'Why Insentive Plans Cannot Work"' Harvard Business Review 71