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[2006-05-15]
2005年4号HTML版、PDF版公開しました

[2004-06-04]
2004年3号HTML版、PDF版公開しました 2003年2号PDF版公開しました
2002年1号PDF版公開しました

2005年4号 [2006-05-15発行]

菊野一雄教授退職記念号に寄せて 
[北山 晴一]

【論文】

Government-Nonprofit Relations A Japanese Case 
[入山  映]

所謂「成果主義」について(公開講演会の報告) 
[菊野 一雄]

北朝鮮の核開発問題と対応の模索
― 6ヵ国協議の評価と展望―
[斎藤 直樹]

通信・放送融合の新展開
[田川 義博]

企業の成長リスクと対策
=中堅消費財商社の急成長過程におけるリスク対応行動=
[福田 秀人]

●医療事故リスクを低減するためのマネジメント
医療従事者の視点で問題点を探る [大貫 周子]

クリーニング業界におけるリスクマネージメント
― 需要変動と顧客クレーム対応の標準化―
[粕谷 一仁]

東ティモール危機の域内連関
アジア太平洋地域の視角から
[庄司 貴由]

アパレル業界への改善活動導入の意義と方法
=SPAにおけるプチ・クレームへの対応=
[三島 涼子]

評価人材教育と大学地域連携に関する一考察
〜評価カリキュラムで学ぶ大学院生の視点から〜
[茂木  勇]

●業績追求のリスクと対策
〜インセンティブ強度原理からみた缶飲料メーカー営業所の品質管理〜
[安田 和布]

【優秀論文受賞者寄稿論文】
NPO/NGOへの資金支援拡大に向けたインターミディアリ設立の可能性と課題
〜企業・労働組合との連携による取り組みを事例として〜
[五十嵐香織]

●企業の社会貢献活動における積極的活動要因の考察
〜「みなとネット」会員企業の事例をもとに〜
[稲見 陽子]

地域コミュニティの再構築とソーシャル・キャピタル
[太田 圭子]

「防犯環境設計」の導入における地域コミュニティの役割に関する一考察
[高瀬 恵悟]

●大都市近郊地域(住工混在地域)における中小企業ネットワーク形成のための要因分析
― 調布市の場合を中心として―
The Factor Analysis for Creating Networks of Small-to-Medium-Sized Businesses in the Suburbs of a Metropolitan Area (in a residential and industrial area)
─ A Case Study: Chofu-City ─
[日高久実子]

【書評】

『コーポレート・レピテーション』(チャールズ・J・フォンブランセス・B・M・ファン・リール著)
[笠原 清志]

菊野一雄教授の略歴及び業績目録

1.はじめに

成長戦略は多額の先行投資を必要とし、また成長軌道に乗っても管理が追随できずに破綻する可能性が高いリスキーな戦略である。実際、多くの企業が成長戦略に失敗して大きな損失をこうむり、倒産に至ることも珍しくない。そこで、成長戦略論には、成長リスクを摘出し、その回避・軽減策を提供することが求められる。その発想や努力を怠り、成長リスクを考慮しない成長戦略論は、無防備で危険な理論となる。
 以上のような認識をふまえて、急成長に成功した消費財商社が、いかなる発想と方法で成長リスクと戦ったかの概略を示そう。これは一企業の過去の事例にすぎないが、今日でも、成長リスクを軽減し、成長戦略で破綻しないための課題と対策について貴重な示唆を与えるものと考える。

2.もうける手段方法にこだわる

1985 年から5 年余り、日用雑貨から家電、時計、服飾雑貨、加工食品などの一般消費財を幅広く扱う商社A社で、経営企画、情報処理、そして株式上場を可能とする水準の管理体制の構築・運用を統括する取締役になる機会を得た。その間にA社は、年商が200 億円から500億円へと急成長した。今では東証一部上場企業となり、年商は1,000 億円に達し、収益力も高い。商品は買い取って在庫した上で販売しているにもかかわらず、商品回転率が年間20 回転を越し、その結果、バランスシートの内容も優れている。
 激しい競争が繰り広げられる流通業界で、このような成長を遂げたのは、従来の常識を打ち破る独創的なアイデアやビジネスモデルの成果とみなされがちである。しかし、実際には、江戸時代から説かれている商売の基本を忠実に守り、「よりよい商品をより安く」を掲げて価格競争に敢然と挑む一方で、急成長がもたらすリスクを直視し、その克服に立ち向かった成果である。
 A 社が、急成長による破綻を回避できた根本理由は、「何が何でもつぶれない会社をつくる」とのトップの強い決意のもと、会社をつぶさないために必要と考えられるあらゆる努力がなされたからである。そして、すべての行動や成果が「会社の存続にとって良いか悪いか」で厳しくチェックされ、評価されたからである。
 営業担当には、業界平均の倍近い売上、利益目標が課せられていたが、その目標達成のために社会的な規範や商道徳に反することはタブーとされ、利益をあげるプロセスが厳しくチェックされた。たとえば、威圧的な折衝や相手の無知、すなわち「取引上の地位の優越性」や「情報の非対称性」につけこんで利益をあげるような行為が発覚したさい、その営業担当にトップは次のように厳しく叱責した。
 「金に色はついていないと言うがついている。腐った臭いもついている。そんな金を稼いでいれば会社も腐った臭いをだすようになり、誰も近寄らなくなる。そうなればおしまいだ」。その他、ことあるごとに、トップより、概略、次のような訓示が、様々な事例を引用して繰り返し発せられた。それは利益をあげる手段方法、すなわち「もうけるプロセス」を厳しく律するものであった。  

行動の心がまえ

  1. 社員が、「社会に評価されるつぶれない会社をつくる」という志を共有してがんばる同志的結合が失われれば会社はつぶれる。
  2. 人間は弱く欠点だらけの存在である。ミスや欠点があって当たり前であり、互いにそれをあげつらわずカバーしあえ。
  3. 仕事でも生活でも後ろ指をさされるようなことはせず、どんな犠牲を払っても約束は守り、社会の信用を失うな。失えば会社はつぶれる。

商売の心がまえ

  1. 商売は積み上げだ。1、2、3 と積みあげてゆくしかない。我々は、その積み上げを早くやっているだけだ。絶対に1 から3 へジャンプするな。ジャンプすれば転げ落ちる。
  2. 商売はバクチではない。競馬や麻雀などはするな。すればバクチのような商売をするようになり会社をつぶす。
  3. 値決めと見切りができてはじめて一人前の商売人だ。どんなによい条件をだされても、絶対に自分で値決めができない商売をするな。それは商売人ではなく売り子だ。

リスクへの心がまえ

  1. 見切りができない人間には絶対に商売をまかせるな。見切りができない人間に商売をまかせれば会社をつぶす。
  2. 損をするリスクのない商売はない。リスクがないのは、リスクに気づかないだけだ。リスクをはっきりさせてから商売に取り組め。
  3. 商売では、リスクをとらなければイニシャチブがとれない。イニシャチブがとれない商売ほど危険な商売はない。リスクをとって、リスクと戦え。
  4. 思い切った資金を投入せよ。中途半端な資金投入は失敗のリスクを高める。ただし、失敗すれば会社をつぶすような資金を投入するな。

3.ウオーバーグ・ピンカスの投資原則

過去の発想や理論を否定すべきものと決めつけ、創造的破壊を訴求する論説が1980 年代より盛んとなって今日に至っている。一方、A 社のトップの訓示は、江戸時代の井原西鶴『世間胸算用』などで示されているような内容であり、何の目新しさもない。しかし、それは今日でも、しかも世界的に通用するグローバル・スタンダードであろう。
 その証左を、将来的な可能性を秘めた発想や技術をもつ企業に投資をするベンチャーキャピタルのなかで、世界最強と目されるウオーバーグ・ピンカス(本社ニューヨーク)の投資原則に見ることができる。同社は、ベンチャーキャピタルとしてはトップクラスの2 兆5,000億円の資金量をもち、創業前か、創業数年程度の会社を主な対象に、7 〜10 年の長期的視点で投資をしている。投資件数は年間20 件前後であり、平均して1 件当たり100 億円前後の投資をし、最低投資額は10 億円である。
 7 年も先のことは絶対に予想できず、しかも、まだ実績がろくにない先に投資するのは大きなリスクを伴う。しかし、同社は、多くの投資に成功し、過去10 年間の年平均投資収益率は26 %に達する。日本のベンチャーキャピタルの投資収益率が年間3 〜5 %程度であることからして。いかに高いかが分かるであろう。その理由として、次の9 つの投資原則を守っていることをあげることができる。

ウオーバーグ・ピンカスの投資9 原則

  1. 徹底的な調査:同社パートナー(同社の損益を分かち合う幹部)が見込みありと判断した投資案件を、同社と外部の有力コンサルタント会社で、事業の将来性について徹底的に調査する(調査の結果、投資が実行されるのは2 〜300 件に1 件である)。
  2. 人物を重視:大きな将来性があると判断された事業でも、経営者の人格や資質に問題があると判断すれば投資をしない。特に、目先の利益を追求し、コンプライアンスやCSR を軽視する経営者の会社には投資しない。
  3. 大きな資金的余裕の付与:多額の投資により、経営者が資金繰りに悩むことなく事業活動に専念でき、また、少々の失敗をし、損失を出しても致命傷にならないバッファーを提供し、成功の確率を高める。
  4. 経営権の確保:株式の過半数を上回る株式を取得して経営権を確保する。
  5. 企業連携の支援:同社の投資先などとの連携により、効果的に業績をあげることができるよう支援する。
  6. 役員に就任:投資を決定した会社に、投資を提案した同社のパートナーが、無給で取締役としてコミットして経営者の意思決定や問題解決をサポートする。また、重大な問題の前兆を見落とさぬよう心がける。
  7. 果敢な見切り:外的環境の大きな変化などで将来的な事業収益の見込みが大きく低下した場合は、これまでの投資がいかほどであれ、株式を経営者に1 株1 円程度と、実質的にタダ同然で譲渡し撤退する。
  8. 投資先の分散:多くの国、業種・業態の会社に投資し、投資リスクを分散する。
  9. 教訓の蓄積:これまでに多数の成功と失敗を経験し、特に失敗の教訓の蓄積により、投資の失敗の確率と損失を減らすノウハウを磨いている。

以上の原則は、同社の公表資料と、同社へのあるベンチャー企業の出資折衝での経験をもとにまとめたものである。ウオーバーグ・ピンカスは、投資先の経営に当たって、「計画どおりに経営がなされることはありえない」との認識のもと、つねに経営の状況と方法を真剣にチェックし、臨機応変な対応を奨励し、見込みがないと判断すれば、損を確定して撤退する。これらのことは前述のA 社のトップの言動と軌を一にするものといえよう。
 また、A 社はバブル景気のさいに財テクに一切手を出さなかったが、ウオーバーグ・ピンカスも、アメリカでの1990 年代後半のIT バブルのさいに、他のベンチャーキャピタルがIT関連企業にどんどん投資したのと異なり、そういった投資を一切しなかった。

4.問題に優先順位をつけず、小さな問題から片づける

A 社で与えられた任務は「もうけること」ではなく、「会社をつぶさないこと」であった。株式上場のための管理体制構築の動機も、つぶれない会社づくりに貢献するからだった。そして、そのために強力な権限と資金が与えられた。その権限には、仕入・外注先や運送業者などの変更から販売先との取引の開始、与信枠の設定、取引の縮小・中止までが含まれた。不良品の可能性を察知すれば、確証をつかむ前に、該当商品の全面的な出荷停止と回収を営業部門に指示できた。
 仕入・在庫・受注・出荷・回収に至る販売活動の効率化だけではなく、そのプロセスにおける異常の早期発見・早期対応を主目的とする情報処理システムの構築と運用にもチャレンジできた。それは、数億円のリースペナルティを支払って在来システムを廃棄した上で、多額の費用で新たに開発する必要があり、また、どの企業も実現していなかった機能の開発を伴うリスキーなものであったが、すべて一任された。
 以上は「つぶれない会社をつくるため」との名分で実行された。しかし、現実には、つぶれない会社をつくるどころか、会社をつぶすような問題が次々と発生した。当時、S 銀行が「売上を年間20 %以上伸ばし続ける会社は管理が追いつかないので要注意」といったことを融資マニュアルに記していたが、そのとおりであった。毎日のように予想もせぬ難問奇問が発生した。
 そのために経営企画と、情報処理システムや管理体制の開発に、数学科や経営工学科出身の優秀なスタッフを採用して取り組む一方で、日々の問題解決に奔走した。ただし、実感としては解決よりも「たたきつぶす」といった方がマッチし、ほとんどを即断即決で処理した。相手のミスにより問題が生じた場合は、相手を呼びつけず、ただちにその会社へ出向き、時にはそのトップにも面会を求め、納得の行く対策をすみやかにとってもらった。
 5 年余りの在籍の間に、社員数が160 名から480 名へ急増した。その採用も担当したが、新卒入社者か、転職前の勤務先の発想や方法にこだわる中途入社者が多く、自分の失敗の責任を他の社員や取引先に押しつけたり、帳尻合わせを得意としたり、小賢しい根回しや駆け引きを自慢するような人間もいた。
 しかもその間、1 万坪の敷地に13 のトラックレーンをもつ大規模な物流センター、本社と東京支店の自社ビルの建設と移転、大規模な情報処理システムの開発などがなされた。扱い商品はSQL(最小商品単位)で数千から数万へはねあがり、海外のブランド品の並行輸入や国内及び海外でのオリジナル商品の開発も開始された。これでは自分から問題を量産しているようなものである。
 問題の続発により「小さな問題をさっさと片づけてから大きな問題に取り組む」ことを学んだ。大きな問題から取り組めば、小さな問題が頭の隅にひっかかって集中力を欠き、また小さな問題が放置されて大きな問題となる。A 社でも、仕事や問題解決に優先順位をつけることを禁じ、「緊急案件以外は発生したものから対応してゆくべし」とされた。
 この方針に反して問題解決を遅らせれば厳しく譴責された。「忙しかったから」というよ うな言い訳は通用しなかった。ましてや、問題の隠蔽や先送りは解雇も含む厳罰の対象となった。ただし、問題をただちに報告すれば、それが自らの不注意や浅慮などによるものであっても、非を認めれば譴責されるだけで許された。

5.果敢な人材育成と開発・販売戦略の展開

A社のトップの訓示は広範多岐にわたるが、すべて合理的と共鳴するものばかりであった。そしてトップは、それらの訓示を建前に終わらせず真剣に実行した。
 新卒社員にも入社半年ほどで仕入を含む大きな権限を与えて責任を持たせて人材の早期育成を追求した。その結果、彼らが引き起こす大小様々な失敗対応に上司は奔走させられたが、それは人材育成のために必要な当然の損失と努力とみなされた。新卒社員だけでなく、中途採用者も含め、「部下は育て、指導すべき存在」とされた。中途採用者は即戦力のように言われるが、その多くは、既述のとおり、それまでの勤務先の価値観や方法へのこだわりが強く、そのままでは使い物にならないどころか、トップの訓示に示されるような理念に反する行動を平気でとったからである。ちなみに部下指導について、トップは次のような訓示を幹部に発していた。

部下への心がまえ

  1. 部下が間違った行動をすれば厳しく叱れ。それから、なぜ間違いかを、子供でも分かるように納得するまで説明せよ。
  2. 部下には仕事をまかせろ。そうすれば必ず失敗し損もする。しかし、そういったことで痛い目に会わないと商売の難しさも分からず、成長もしない。
  3. 部下の失敗は自分の失敗とせよ。自分の成果は部下の成果とせよ。そうすれば部下はついてくる。

また、低価格で競争力ある商品の獲得をなすため、大量一括仕入とオリジナル商品の開発 を核とする商品戦略が推進された。そのさい「メーカーあっての商社」という立場をわきまえ、礼儀正しく接し、小手先の駆け引きをせず、またメーカーの要求をきちんと聞くよう指導されていた。そして、どこよりも安く生産ないし仕入れるため、「価格以外のあらゆる要求を受け入れること」が原則とされた。
 安くするために思い切った大量発注がなされ、それに伴うリスクはすべて引き受けた。その結果、大きな損失をこうむることもあったが、それを大きく上回る利益をあげ、今日では、マーケットシェアがトップクラスになったオリジナル商品がいくつも生まれ、売上の半分近くに達している。
 これにより営業マンは得意先回りをせず、電話とFAX で商談をすませた。ピーター・ドラッカーは「マーケティングの目的は販売努力をゼロにすること」と言ったが、それをかなりの程度まで実現し、事務員まで含む社員1 人あたりの年間売上は同業他社の倍近い1 億円を越した。ただし、得意先回りをしないのはドラッカーと異なり、「他の商社と同じ事をしていては、後発商社としては勝てない」との考えからである。
 売り込みのための得意先訪問は禁止され、得意先回りをせずに済むような商品の開発や仕入、それに売場提案の企画に努力することが要求された。それは、「売場や得意先回りをしなければならないようになれば、そのノウハウに卓越した商社に負けて会社はつぶれる」との考えからだった。
 ただし、いくら商品力や価格競争力があっても、商品を個別に売るだけでは効率が悪く限界がある。そこで、数10 種類、時には数100 種類の商品をまとめて販売する販促チラシ提案や売場提案が強力に推進された。販促チラシは個々の店に合わせるのではなく、全国の様々な店に商品構成が同じ内容のチラシを提案するものであり、販売店名だけが異なるチラシが百万枚単位で印刷された。
 これを可能とするためには消費者にとって魅力ある品揃えが必要である。そのために仕入先の多様化を推進する一方で、国内だけでなく、アジア各国からオーストラリア、イタリー、スイス、フランスなどでも商品開発が試みられ、開発輸入の先頭を突っ走った。
 新規得意先の開拓も、訪問による売り込み活動をせず、紹介や引き合いに頼っていた。そ のかわり、販売先や顧客層を絞り込まず、強力な先発商社やメーカーがひしめく分野にも引き合いがあればどんどん進出していった。特に、ホームセンター、家電量販店、カメラ量販店などのカテゴリーキラーと呼ばれる新興勢力からの引き合いは活発であり、さらに通販業者、ディスカウントストアー、総合スーパー、デパートなどへ販売していった。ただし信用調査と与信管理は厳重に実施したので販売口座の数はゆるやかな増加にとどまり、販売力のある得意先への売上が増加していった。

6.野心的な情報処理システムの開発

魅力ある、ひいては売れる売場提案やチラシの提供を可能とするために、仕入先の多様化や国内外でのオリジナル商品の開発などが積極的に推進され、それが急成長をもたらした。しかし、既述のとおり、扱い商品数は数万点にはねあがり、それに対応した受発注と物流、それにリスク管理などをするためには、どの会社もが実現していない機能をもつ情報処理システムが必要となった。特に、重要で難しい機能は次のとおりである。

情報処理システムに要求された難しい機能

  1. 多数の仕入先に発注した多数の新規扱い商品を、入荷前から多数の得意先へ売り込み、受注した商品を入荷・検品後に即日出荷できるようにする。
  2. 国外の開発輸入品には納期遅れ、数量間違い、不良品混入がつきまとい、それらが発生すれば、それを直ちに営業部門に通知し、営業部門が得意先と打ち合わせて受注内容を変更し、それにもとづいてただちに出荷できるようにする。
  3. 新規仕入先の多種多様な新規扱い商品が発注の翌日に入荷した場合、それまでに受注した分を入荷日当日に出荷する。

これは、「不特定多数の仕入先からの不特定多数の商品を単品管理し、予約受注と入荷・検品後の即時出荷を可能とする」という前例のない試みであり、今日でも困難な試みのはずである。開発のピーク時には100 名を越すSE(システムエンジニア)とプログラマーが動員され、開発を発注した日本電気と対立と協力を繰り返しながら開発に成功した。その成功理由は次のとおりである。

難しい情報処理システムの開発に成功した理由

  1. 各部門長が情報処理システムの開発・運用の協議に積極的に参加して協力した。また彼らは水準以上の論理的思考力と表現力をもっていた。
  2. 情報処理システムの開発と運用にさいし、数学科出身の優秀なSE と経営工学科出身のスタッフの採用に成功した。
  3. 日本電気が事業部長直轄の最優先プロジェクトとしてSE でもある課長を常駐させ、関連会社からも優秀なSE を何人も引き抜いた。そして、彼らがあらゆる努力を惜しまなかった。
  4. SE として採用した理科系の男を物流業務の責任者とし、彼とそのスタッフが運用を軌道にのせるための努力を惜しまなかった。
  5. 情報処理システムの機能要件や運用条件の決定・修正などの重要事項が私の一存ででき、また開発コストの制約を気にしなくてよかった。

7.同志的結合と理屈重視の威力

情報処理システムの開発では、前述のような課題にチャレンジする一方で、「ラインは利益をあげるプロフィット・センターであるが、会社を危うくする問題を次々と生むリスク・センターでもある」という発想で取り組んだ。たとえば売掛金が与信限度額に達した販売先への出荷入力が自動的にできなくなるようにした。受発注、入出庫、売上、利益、返品といったフローと、売掛や在庫といったストックのデータの動きから異常を早期発見する様々な機能を盛り込んだ。異常を発見すれば関係社員に厳しく対処した。そのような管理の強化ができたのは次の理由からである。

管理の強化を推進できた理由

  1. 管理の重要性についてトップの理解と強力なバックアップがあった。そこで管理強化のための強力な権限と必要なだけの資金が与えられた。
  2. 「つぶれない会社をつくる」という志を実現するため、成果をあげるプロセスの妥当性と問題の早期発見・早期対応を最優先させる社風が定着していた。
  3. 私とその直属のスタッフが管理のベースとなる情報処理システムの開発から運用まで統括したことで、あらゆる業務の仕組みとシステムの機能に精通した。
  4. 情報処理システムを分散型ネットワーク・システムではなく、アメリカ軍の中央集権的な指揮統制システムのコンセプトを参考にしてつくり、情報の一元管理ができた。

もしA社が「商売は結果がすべてだ。もうかればよいのだ」という発想に支配された会社なら、いかに資金を投じ、強力な権限をもとうとも、情報処理システムの運用や管理は例外処理の続出と既成事実化により骨抜きにされたであろう。
 とはいっても、大きな売上、利益目標を追求する営業部門にとって、管理の強化を追求する私は目標の達成を危うくする存在に映った。実際そのとおりであった。その結果、営業部門の役員や幹部との対立は激しくなる一方であった。総務や経理といった管理部門の幹部にも次々と新たな課題を要求したために様々な対立が発生した。そのひどさにトップも「会社をばらばらにするつもりか」と状況を憂慮したが、「これでばらばらになるくらいなら、さっさとつぶれろ」と内心居直り、一切妥協しなかった。
 それが可能だったのは、トップは憂慮しても管理強化の必要性を理解していたからである。また、「つぶれない会社をつくる」という絶対課題が明示され、成果をあげるプロセスの妥当性を重視していたからである。それは、既述の数々の訓示の内容から分かるように、「こうすればこうなる」という理屈を徹底的に追求し大事にすることでもあった。その結果、「正論が通る社風」が形成されていたのである。ちなみに、1950 年代、経営学にバーナード革命と呼ばれる変革をもたらした『経営者の役割』を著したニュージャージー・ベル電話会社の社長チェスター・バーナードは、組織が成立するには、次の3 つの条件が必要であり、また、それだけで十分だと断じた。

バーナードの組織の3 条件の要約

  1. 共通の目的→組織の構成員の諸活動を統合する。
  2. 協働の意欲→組織目的に貢献する活動を生み出す。
  3. コミュニケーション→協働をダイナミックにする。

これらの条件がみたされれば社員は指示に従うだけでなく「会社の存続、発展にとって、何が良いことで、何が悪いことか」を考え行動するようになる。また、難しい問題や面倒な仕事にも力を合わせて取り組むようになる。
 逆に、これらの条件が欠ければ、詳細多岐にわたるルールとマニュアルを作り、個々の社員に細かく指示し、仕事ぶりを厳重に監視しなければならならず、経営はぎくしゃくしたものになってゆく。しかも、社員の完全監視は不可能であり、ルーティンワークすらトラブルの連続となり、不祥事も発生し、会社はつぶれてゆく。「同志的結合」は、そうならないためのバーナードの組織の3 条件を一言で言い表したものでもあった。
 ただし、これは「言うは易く行うは難し」の典型である。A 社でもそれは実現とほど遠い状態であり、そこに先に紹介した数々の訓示が繰り返され、また管理体制の整備運用のための大きな努力が必要になったのである。しかし、その実現を必死に追求していたのは事実であり、そういった努力をするのとしないのでは会社の組織力に大きな開きが出るであろう。大きな不祥事が発生するたびに、組織の体質の問題とされるが、それはこの3 条件がみたされていない状態ともいえよう。

8.在庫問題との格闘

急成長を追求するA社の日常業務で最も難しい課題は在庫水準の適正化であった。売上と利益を伸ばすには、売れそうな商品をどんどん開発ないし仕入れて販売してゆかねばならないが、それらの商品を次々と売り切ってゆくことはできず、多種多様な商品が売れ残って「在庫の底だまり」と呼ばれる現象が発生し悪化してゆく。そのリスクは想定済みであり、売れ残った商品を格安で見切り処分することが推奨されていたが、営業部門はそれで利益が減ることを嫌い、また売れるとの希望的観測により処分を遅らせがちであった。
 これは計上される利益を増やす一方で、本当の資産内容とキャッシュフローを悪化させ、会社を危うくする行為である。営業部門もそれを理屈では分かっていても、強く叱られて減らしたと思えばまた増えるというイタチゴッコが演じられた。これは多くの会社で見られる現象であるが、「売上や利益を増やすことも難しいが、在庫回転率を向上させてキャッシュフローと資産内容の悪化を防ぐことはその何倍も難しい」と感じた。
 そして在庫の増加は、いくら営業マンにお説教をしても絶対に防げないとの判断のもと、売れ残り在庫の早期発見・早期処分のための強力な単品管理システムと、それにより発生する膨大なデータを効果的に処理して在庫の抑制と売れ残り在庫の処分を促進するための機能を情報処理システムの核とした。また、営業マンが在庫処分をしても利益評価がえられるように処分品の社内原価を大きく切り下げるなどの処置がとられた。
 こういった仕事を通じて、会社を評価する場合、過去5 年程度の在庫回転率の推移を真っ先にチェックする習性がついた。在庫回転率が業界平均を下回っていたり下降傾向にある会社は、いくら売上や利益を伸ばしていてもあぶない会社である。売上と利益を主目標として、在庫回転率の向上を目標に含めない会社は最強の倒産予備軍である。

9.ブームに幻惑されず、断片から事実を推察する

消費財商社にいたおかげで、ヒット商品が独創的な創造の成果のようにメディアをにぎわすカゲで、同じメーカーの他の新商品が大量に売れ残り、在庫処分に奔走していることを知った。ヒットした商品の多くもすぐに売れなくなり、在庫処分で大きな損失をこうむっていた。多くの新商品が独創ならぬ独善となって売れなかったのである。
 印象的だったのは、当時、画期的なヒット商品とされた家庭用アイスクリーム製造器と自家製パン作り器である。まだ、創造成功事例として賞賛している時に、売れ行きが急減して在庫処分がはじまっていた。
 バブル景気前の1980 年代後半にわき起こったディスカウントブームは、円高不況による業績の低迷にあせり、勇ましい創造的破壊論や高付加価値高価格追求論にあおられたメーカーが新しいデザインや機能の商品を次々と開発し、次々と売るのに失敗し、大量の在庫を格安処分したことと、円高で安くなった海外商品の流入により生まれた。
 ただしその規模はブームと呼ぶにはほど遠く、年商ベースで数千億円、厳密に分析したなら2,000 億円以下、消費財マーケットの0.1 %にも達しない規模だったと思う。すそ物と呼ばれる商品や、大幅値引きでアピールするために定価を高くしている商品や、型落ち品を加えるとその何倍かになろうが、それらはもともと安いのであり、本来の価格をディスカウントした商品ではない。また、飛ぶように売れたとされる並行輸入のブランド品の売場での年間回転率も高級時計で2 〜4 回転、高級バッグで1 〜2 回転程度と推定した。いずれにせよヒットとかブームと騒がれるものには気をつけなければならない。
 ある銀行の支店長より、某大型ディスカウント店への融資の可否を相談されたことがある。以下、その時の会話である。
 支店長「ディスカウント業界は将来性があるので融資をしょうと思うのですが。それにこのお店は成長力もありますし、ただ競合店も増えていることが気になって」
 私「ディスカウント業界に将来性があるとは思えません。本当に流通業界を革新するなら主婦層の支持をえる必要があると思いますが、主婦は相変わらずスーパーへ行き、ディスカウント店にはあまり行かないはずです。店の客は男性が多いはずです」
 支店長「しかし、この店はよいのではないですか。業績をずいぶんあげていますし」
 私「決算内容はまあまあですね。ここに計上されている在庫が、本当にそれだけの価値があればですが。ところで、何がよく売れていると言っていますか」
 支店長「電気製品とのことです。それから安い宝石がヒットしているようです」
 私「えっ、電気製品ですか。どんな電気製品が売れているのですか。電気製品は家電量販店の独壇場で、総合ディスカウンターで強いところはないと思いますが」
 支店長「さあ、そこまでは聞いていませんが」
 私「では、明日でも行員を行かせて電気製品売場と宝石売場で何人の客がいくらぐらいの商品を買っているかつかんでください。それが難しければ、よく売れているか否かの印象をつかむだけでもかまいません」
 その数日後、支店長から融資をやめたとの電話が入った。そしてその店は業績の悪化で数年後につぶれた。素人は漫然と現場を見ても何も分からないが、問題意識を絞り込み、仮説をもって見てみると、簡単に真実が見えることがある。

10.広報窓口を一本化し結論ありきの取材を拒否する

A 社は、大量一括仕入と開発輸入により安く仕入れた商品を安く売っていたのであるが、資金繰りに困った会社やつぶれた会社の商品を現金で買いたたくバッタ屋のようにみなされがちであった。おかげで、そういった会社が価格破壊を叫び、メディアで流通革命の旗手としてヒーローのように持ち上げられ、ディスカウントブームが報じられた際、新聞やテレビの取材が殺到した。
 しかし、それはとんでもない誤解である。500 億円の売上をあげるためには、最低でも400億円の商品仕入が必要である。資金繰りのためや倒産による換金商品で、安くすれば売れる商品を400 億円も仕入れることは不可能である。よしんば可能であっても、どういった商品が、いくらで、どのくらい仕入れることができるか分からず、大型量販店を含む多数の販売先に、多数の商品で構成し、標準化された販促チラシ提案や売場提案をすることはできない。せいぜい目玉商品提案ができるだけである。
 しかし、メディア各社は急成長していたA 社を価格破壊のヒーローのように勘違いしてやってきた。しかも、そのように報じれば喜ぶだろうと思い込んでいた。それは誤解であることをいくら説明しても、自分たちが勝手にくだした結論にこだわり、取材を歓迎しないことを不思議がった。
 つまるところ、ほとんどの取材を「弊社は価格破壊をする気も、やっているつもりもありませんので、他のところをあたってください」と言って打ち切った。そして社員には、どんな場合でも価格破壊という言葉を使わないように厳命し、取材窓口は私に一本化した。その結果、取材されても報道されることはなかった。ただ、NHKと東洋経済新報社だけが真面目に説明を聞いてくれ、特集番組や記事で事実を正確にとりあげてくれた。ちなみにその特集番組は、NHKがはじめて社名を明示して企業紹介をした番組であった。
 いずれにしても、もし、メーカーを敵とみなす価格破壊を追求しているように報じられたなら、それまで積み上げてきたメーカーとの信頼関係が大きく損なわれたであろう。そして競争力を大きく減じて成長戦略は行き詰まり、物流センターや情報処理システムへの多額の投資も無駄となり、つぶれなくても大きな損失をこうむり、弱小商社に転落したかもしれない。

11.強烈な信念の根源

1988 年から91 年までのバブル景気は異常であった。銀行や証券会社などから様々な財テク提案が持ち込まれた。しかし、それらはすべて断った。理由は単純明快、「リスクがないのは、リスクに気づかないだけだ」という既述のトップの論理である。それに、次のような論理も加えられた。「楽して金もうけをしょうとするな。楽な金もうけをすれば、それからは楽な金もうけばかり考え、まともな商売ができなくなり会社をつぶす」。
 とにかく、トップは、つぶれない会社づくりを寸分の妥協もなく追求し、小さな問題も見逃さず、おろそかにしなかった。オフイスにゴミが落ちているなどは論外のことであり、机や棚は完全な一直線になるように配列された。また、「世間に知られ、よい会社だと評価され、皆が誇りを持って働ける内容と規模の会社をつくる」ことを決意していた。その規模は「商社なら年商1,000 億円以上」だと判断し、それを短期的に達成することを目標とし、株式上場も絶対課題としていた。
 当時、私より3 歳年上(私の役員就任時で38 歳)にすぎない若さで以上のような信念と執念をもっていた理由は次の3 つである。
 (1) 20 歳代に自動車事故で内臓破裂の重傷を負い、その後遺症により医者から50 歳まで生きるのは難しいと言われていた。
 (2) 会社は自分が生きた証であり、自分の思想を体現した分身として将来にわたってつぶれずに存続することを切望していた。そして、自分の分身である以上、社会的に存在が認知されない会社や、後ろ指をさされ軽蔑される会社であってはならなかった。
 (3) 中卒で大阪の中堅商社へ入社したが、27 歳の時に倒産し、倒産した会社の社員の惨めさとこれまで積み上げてきた努力が水泡に帰す無念さを味わった。
 このような動機とタイムリミットをもち、深刻な障害のハンディをかかえながら激しい競争が繰り広げられる業界に真っ向勝負を挑んだ経営者は空前絶後と思う。しかも宣告された余命は10 年ではなく10 年以内であり、いつ死ぬか分からなかった。
 そこで私はトップが急死した場合に後継者が経営の実態を短時間で理解できる資料と緊急対応戦略をトップに内緒で作成し、3 ヶ月ごとに更新していた。内緒にしたのは「あのトップほどの信念と能力をもった後継者がえられるはずがなく、成長戦略の継続は危険だ」と考え、売上を20 %下げ、先行投資的な試みをすべて中止する縮小均衡戦略案だったからである。また、トップが死ねば成長戦略を提示しても信用してもらえないはずである。ならば、「これまでどおりの経営はできません。ついては確実にもうかることだけをします」との縮小均衡戦略の方が納得されやすく、信用不安を回避できると考えたのである。
 ただし、その後の医療の進歩のためか、医師の誤診か、トップはまもなく60 歳になる。しかも100 歳まで大丈夫と思うほど元気である。少なくとも、体力まかせに無理して突然死のリスクをかかえる経営者より死亡リスクははるかに小さいであろう。

12.おわりに:経営は難しく危険な作業

A 社で商売と管理の難しさをたっぷりと味わい、会社をつぶさないようにするには大変な見識と強靭な精神力と地道な努力の積み上げが必要なことを思い知らされた。意思決定も、いくつもの案からベストの案を選択できる機会などなく、限られた時間と不十分な情報のなかでひとつの案を採用するか否かとなった。その決定プロセスは、「フィックスド・サンプル・サーチ(固定標本探索)」ではなく「シーケンシャル・サーチ(逐次探索)」の連続であった。その決定の基準は会社の存続にプラスかマイナスかであったが、それを判断するのも困難を極め、大きな不安に襲われることもあった。特に、見切りの決定はつらく、先送りのタブーを犯すこともあったし、トップに丸投げしてしまうこともあった。
 これにより経営を責任ある立場でになうだけの見識と決断力に劣っていることを自覚し、最大の懸案事項であった新情報処理システムの開発が一段落したのを機会にコンサルタントに復帰した。それは「会社をつぶさないために何をし、何をしてはいけないか」という切り口で経営戦略や組織、それに情報処理システムの見直しを提案する作業となった。
 いずれにしても、会社は成長するか衰退するかであり、程度の多少はあれ成長を追求しないと生き残れないであろう。しかし、そのためにはいかなるリスクが存在し、それらといかに戦うかを考え、またその戦いが知力と体力の限りを尽くすものとなり、様々な苦悩を伴うことを覚悟しなければならない。多くの危機は、なんらかの試みに伴うリスクに気づかず、気づいてもそれを甘く見るリスクの過小評価により発生する。こういった認識を欠いた成長戦略論や、数多くの困難な作業が隠され、アイデアやビジネスモデルがよかったので成功したかのような成功物語に幻惑されてはならない。「経営は難しく危険な作業である」ことをわきまえることが成功への第一歩である。



付.成長戦略の破綻のプロセス

参考までに、成長戦略が破綻するプロセスの典型をフローチャートで示そう。

  1. 大幅な増収増益目標の設定
    全部門=新規投資、経費増、人員増を伴う計画を作成。
    企画部門と販売部門=新規のマーケット・販売チャネル・販売先開拓の強化、多ブランド・多品種展開、新規事業・新商品の企画を追求。
  2. 多額の銀行借入による計画どおりの投資と経費の支出
    計画を下回る売上と在庫増(大口在庫の発生、小口在庫の累積=在庫の底だまり)
  3. 販売部門の責任追及
  4. 販売部門の釈明
    近い将来の売上急増の根拠誇示。販売努力の誇示。
    品揃え、価格競争力、広告費等の販促費、販売人員、等の不足強調。
    商品の品質、機能、デザイン、等を批判、生産・仕入体制、物流体制を批判(欠品が頻発、納期かかりすぎ、即日出荷できない…)、
  5. 他部門は批判に同意し、批判に対応するための投資と経費を要求→支出増
    品種増加、新商品乱発

    販売部門への販促費・人員の追加投入、販売員研修等による販売経費の増加
    売上増のための価格切り下げ、与信管理の緩和、押込み販売
    販売条件の緩和(多品種少量発注に積極対応)→生産、物流経費の急増

    銀行借入が限界に達する→設備のバックリース、売掛金のファクタリング、街金融での資金調達。
  6. 売上微増、粗利急減、経費急増、貸倒増→赤字転落→赤字急増
    返品、在庫増(特に長期在庫増)→不良資産の急増
    売掛金増(特に長期売掛金増)、貸倒増→不良資産の急増
    売上、利益操作
  7. 乱売、社員のやる気の低下、トラブル増→売上低下→キャッシュフローの加速度的悪化
    乱売による有力得意先の離反
  8. 信用不安→資金ショート