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[2008-08-11]
2007年6号HTML版、PDF版公開しました

[2007-08-01]
2006年5号HTML版、PDF版公開しました

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[2004-06-04]
2004年3号HTML版、PDF版公開しました 2003年2号PDF版公開しました
2002年1号PDF版公開しました

2007年6号 [2008-02-29発行]

門奈直樹教授を送る 
[北山 晴一]

【論文】
「情報・ネットと法」から見る21 世紀社会デザインの課題序論
[田川 義博]

CSR 推進の意義と課題
=守りのCSR を徹底し、ステークホルダーに毅然と対応する=
[福田 秀人]

ジャーナリズム研究・教育のパースペクテイブ
─ボブ・フランクリン編著『現代ジャーナリズム学辞典』
[門奈 直樹]

旧日本軍「慰安婦」被害者証言の信憑性と2次資料的価値についての一考察
[矢澤 誠弘]

【優秀論文受賞者寄稿論文】
『CSR は日本の個人主義にどのような影響をもたらすのか』
[浅沼 小優]

出産身体をめぐる〈まなざし〉の変遷
[菊地  栄]

世論形成装置としてのデモ
─イラク反戦デモをケースとして─
[小林  薫]

PKF 凍結解除の政策過程:参加五原則「一括処理」とPKF「先行処理」の相剋
[庄司 貴由]

ワークショップスタッフにおける学習プロセスの研究
─正統的周辺参加の生成を通して─
[高尾美沙子]

「組織マネジメントの発想」導入と学校経営者の新たな役割
〜公立小での体験的実践からの考察〜
[長谷川邦義]

テレビジャーナリズムの確立に向けて
─現場教育と大学教育の現在─
[深田 結美]

日本の国際協力におけるNGO と政府開発援助機関の協働の現状と課題
〜パートナーシップからの考察〜
[福田 綾子]

東和銀座商店街振興組合が地域社会に果たしている役割
─コミュニティ・ビジネスとしての事業評価─
[矢野 サワ]

【書評】
「過去と闘う国々─共産主義のトラウマをどう生きるか」
[笠原 清志]

「門奈直樹教授の仕事」

1 なんでもCSR 論の脅威/2 CSR の理念と定義を定める/3 法を知る/4 労働CSR 論への疑問/5 守りのCSR を徹底する/6 トップダウンで推進する/7 ステークホル ダーに毅然と対応する/8 ワシントン・コンセンサスと戦う/9CSR の推進は、企業で はなく、社会のためである/おわりに

1.なんでもCSR 論の脅威

 2000 年代に、CSR(コーポレート・ソーシャル・レスポンシビリティ)キャンペー ンが再発した。それは、株主、従業員、取引先、顧客、コミュニティ、その他様々なス テークホルダーとよい関係をもつ努力の必要を説くものである。それは、近江商人の「売 り手よし、買い手よし、世間よし」をはじめ、数多くの商人や企業が掲げた理念と、本 質的に変わるものではない。しかし、その努力に劣る企業があり、企業不信は高まる一 方である。そこに、CSR というコンセプトで、企業のありようを見直すことが重要な意 義をもつ。
 ところが、CSR をめぐる議論は、総花的な観念論と、断片的な成果のアピールが錯綜し、 「なんらかのステークホルダーの利益になることを、何かすればCSR」といった、なん でもCSR 論が盛んである。また、CSR を、業績や生き甲斐を向上させる新しいアイデ アか手法であるかのようなアピールまでなされている。
 これでは、企業が、どれかひとつのステークホルダーと良い関係をつくれば、CSR 推 進の成果とされてしまう。そして、「売り手と買い手だけがよいだけではだめで、他のス テークホルダーにとってもよいか、せめて迷惑をかけないようにすべき」という考え、ひ いては、企業行動の社会全体にとっての功罪を考える視点を欠落させる懸念も生まれる。 また、企業と、いずれかひとつのステークホルダーとの関係の利害の対立について、 社会学、経済学、経営学、法学などの分野において、膨大な研究がなされているのに、 それを無視した短絡的な主張が、新しい理論であるかのようにアピールされる。
 これでは、CSR は、企業PR や、断片的で短絡的な成果の誇示に都合良く用いられ、 企業と社会、また、それぞれのステークホルダーとの軋轢から目をそむけ、深刻な問題 への取り組みがおろそかにされ、折角のCSR キャンペーンが、「社会のために、企業は、 何を、どこまですべきか」という、企業のありようの見直しにつながらない。以上の認 識にもとづいて、企業が最低限果たすべき規範を示した法のありようを概観し、その上 で、法令遵守にとどまらないCSR 推進の意義と課題を考察した。

2.CSR の理念と定義を定める……憲法に準拠する

 まず、最高法規である憲法をみると、次の条文がある。

 憲法12 条(自由・権利の保持義務、濫用の禁止、利用の責任):
この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持 しなければならない。また、国民は、これを濫用してはならないのであって、常に公 共の福祉のためにこれを利用する責任を負う。

 これは、国民の責任を的確に表現した、素晴らしい理念であると思う。そして、企業 の経営者も従業員も国民であり、企業の責任についての理念としてもよいと思う。ただ し、憲法制定時と異なり、今日では、地球温暖化などの環境問題の深刻化を背景に、社 会の持続可能性への貢献が、強く求められている。ISO(国際標準化機構)も、公共の 福祉(パブリック・ウェルフェア)社会の持続可能性(サステナビリティ)への貢献 を、組織の2 大責任としている。また、企業は、経済活動の担い手であることを勘案し、 CSR の理念と定義を、次のように定める。

CSR の理念: 企業は、もてる自由と権利を乱用してはならず、それを、経済の健全 な発展、公共の福祉、社会の持続可能性の維持・向上のために用いる責任を負う。
CSR の定義: 企業が、経済の健全な発展、公共の福祉、社会の持続可能性の維持・ 向上のために果たすべき一連の課題を認識し、それを達成するための施策を、総合的・ 整合的に立案・実行すること。

3.法を知る

(1)公序良俗に反してはならない……民法

 CSR 論は「法を守るだけではだめだ」との認識をふまえているが、法を知らずに、法 にないことは語れない。そこで、憲法に続いて民法をみると、次のような原則が掲げられ、 また、公序良俗に反する行為を処断している。

民法1 条(基本原則):
私権は、公共の福祉に適合しなければならない。 2 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。 3 権利の濫用は、これを許さない。
民法90 条(公序良俗): 公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。
公序良俗に反する行為: 人倫に反する行為(愛人契約、殺人契約など) /正義に反 する行為/不公平な契約/自由を極度に制約する行為/動機が違法な行為/バクチ行 為/強行規定やその精神に反する行為。(強行法規については4 −1 で説明する)

 民法90 条の威力を示す事例のひとつは、労働基準法では違法とされない男女雇用差 別を、「公序良俗に反し無効」とする判決が、1970 〜80 年代に相次いだことである。有 名なのは日産自動車事件であり、男性55 歳、女性50 歳定年を違法とした(最高裁1981 年)。なお、男女雇用差別が違法とされないのは、労働基準法が、3 条で、国籍、信条、 社会的身分による差別を禁じているだけだからである。その欠陥を是正するには、3 条 に性という一字を挿入すればよいが、そうはならず、男女雇用機会均等法が制定された。 それは、労働基準法のように刑事罰を伴わない、甘いものである(cf 神代2003 年)。

(2)談合、販売価格の協定、無知・弱みにつけ込むことはタブー……独占禁止法

 企業の競合先、及び、取引先や顧客への対応の規範を定めたのが、私的独占の禁止及 び公正取引の確保に関する法律、いわゆる独占禁止法である。 その目的は、「公正かつ自由な競争を促進し、事業者の創意を発揮させ、事業活動を 盛んにし、雇用及び国民実所得の水準を高め、以て、一般消費者の利益を確保するとと もに、国民経済の民主的で健全な発達を促進する」と、1 条で明記されている。公正取 引員会がその監視・摘発をし、悪質なものには刑事罰が課せられる。そのフレームワー クは、以下の通りである。

次の行為を独占禁止法違反で摘発:
@私的独占:
事業者が、単独に、又は他の事業者と結合し、若しくは通牒し、その他 いかなる方法をもってするかを問わず、他の事業者の事業活動を排除し、又は支配 することにより、公共の利益に反して、一定の取引分野における競争を実質的に制 限すること。
A不当な取引制限:
事業者が、契約、協定その他何らの名義を持ってするかを問わず、 他の事業者と共同して対価を決定し、維持し、若しくは引き上げ、又は数量、技術、 製品、設備若しくは取引の相手方を制限する等相互にその事業活動を拘束し、又は 遂行することにより、公共の利益に反して、一定の取引分野における競争を実質的 に制限すること……カルテル(談合など)と呼ばれる。
B不公正な取引方法
公正な競争を阻害するおそれがある行為。
    ↓ 取引拒絶/差別対価/取引条件等の差別取扱い/事業者団体における差別取扱い等/ 不当廉売/不当高価購入/ぎまん的顧客取引/不当な利益による顧客誘引/抱き合わ せ販売等/排他条件付取引/再販売価格の拘束/拘束条件付取引/優越的地位の濫 用/競争者に対する取引妨害/競争会社に対する内部干渉。



公正かつ自由な競争を促進


一般消費者の利益を確保&国民経済の民主的で健全な発達を促進

 だいたいのところ、「ずるい」とか「無知や弱みにつけ込んで」と感じる行為は、独 占禁止法違反の可能性がある。なお、2006 年1 月より改正独占禁止法が施行され、違反 した場合の課徴金が大幅に引き上げられ、公正取引委員会に、強制捜査ができる犯則調 査権が与えられた。さらに、カルテルを自主申告した企業の課徴金減免制度が導入され、 2006 年9 月、三菱重工業による首都高速道路公団工事での談合の自主申告を皮切りに、 翌年3 月までに自主申告が105 件に達した。

(3)アカウンタビリティを厳しく要求……金融商品取引法

 アメリカでは、エンロンなど大規模な経営者犯罪の発覚により、2002 年、厳格な内部 統制の責任を経営者に課すSOX 法(サーベンス・オクスリー法)が制定された。それ は、トレッドウェイ委員会組織委員会(COSO)が1992 年から94 年にかけて発表した、 COSO レポートに示された、次のフレームワークをベースとしたものである。

トレッドウェイ委員会の内部統制のフレームワーク
目  的:
@業務の有効性、A財務諸表の信頼性、B関連法規の遵守。
構成要素:@統制環境、Aリスクの評価、B統制活動、C情報と伝達、D監視活動

 日本では、2005 年、経済産業省が「コーポレートガバナンス及びリスク管理・内部統 制に関する開示評価の枠組みについての指針」を発表し、2006 年、会社法が施行され た。また、金融庁がリードして、日本版SOX 法と呼ばれる金融商品取引法が制定され、 2009 年3 月決算期以降、株式公開企業は、公認会計士の監査を受けた内部統制報告書の 提出が義務づけられた。これらにより、説明責任(アカウンタビリティ)が強化され、 経営者は、不正を「知らなかった」では済まず、法的責任が問われる時代になった。

(4)将来の世代のためにも環境の保全に努力する……環境基本法

 環境保護については、環境基本法3 条(環境の恵沢の享受と継承等)に、次の理念が、 掲げられている。「現在及び将来の世代の人間が、健全で恵み豊かな環境の恵沢を享受 するとともに、人類の存続の基盤である環境が、将来にわたって維持されるように適切 に行われなければならない」。そして、企業の責務が、次のように規定されている。

環境基本法8 条(事業者の責務):
事業活動を行うに当たっては、これに伴って生ずるばい煙、汚水、廃棄物等の処理そ の他の公害を防止し、又は自然環境を適正に保全するために必要な措置を講ずる責務 を有する(以下省略)。
循環型社会形成推進基本法11 条(事業者の責務): 原材料等がその事業活動において廃棄物等となることを抑制するために必要な措置を 講ずるとともに、原材料等がその事業活動において循環資源となった場合には、これ について自ら適正に循環的な利用を行い、若しくはこれについて適正に循環的な利用 が行われるために必要な措置を講じ、又は循環的な利用が行われない循環資源につい て自らの責任において適正に処分する責務を有する(以下省略)。

 なお、環境対策は、リデュース(削減)・リユース(再利用)・リサイクル(循環)の 3R が重要とされていた。しかし、そのなかで圧倒的に環境負荷が高いリサイクル促進 論が盛んになっている。リサイクルは、リサイクルされた原材料を使わない場合より、 本当に、環境負荷を減じるかを確認して実施すべきである。また、リデュースは、コス ト削減のために、企業自身が熱心に推進しており、企業の利益追求とCSR の推進が両 立する課題でもあるが、サプライ・チェーン・マネジメントにおける多頻度少量物流や ジャスト・イン・タイムの追求などは、環境負荷を大きく高めているのではなかろうか。

4.労働CSR 論への疑問

(1)企業は労働条件を向上させる責任がある……労働基準法
従業員の処遇については、労働基準法で下記の原則が明示されている。その遵守を指 導・監視する労働基準監督官は、特別司法警察職員であり、手錠を用意している。

労働基準法1 条(労働条件の原則): 労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなけ ればならない。この法律で定める労働条件の基準は最低のものであるから、労働関係 の当事者は、この基準を理由として労働条件を低下させてはならないことはもとより、 その向上を図るように努めなければならない。

 特に注意すべきは、労働基準法が、契約の当事者双方が合意しても、法の規定に反す れば違法となる強行法規ということである。従業員が、自分から残業手当を返上するこ とも、最低賃金法の規定未満の賃金で自発的に働くことも違法とされる。
 これは、社会全体の労働条件の悪化、特に低賃金多就業の悪循環(家計を支える世帯 主の賃金が安いほど、より長時間、より多くの家族が働かざるを得ず、それにより労働 供給が増え、賃金相場の下落を招き、それが、さらに労働供給を増やし、さらに賃金相 場を下落させる)を食い止めるためである。

(2)法の規定より甘く、セーフティ・ネットも考慮していない
 労働CSR 論は、児童労働、強制労働、極度の低賃金労働などの非人道的な労働の中 止をアピールするが、日本では、それらは労働基準法で禁止されている行為である。そ れは、日本の法と状況を発展途上国並とみなすものであり、もし存在すれば、説得や取 引中止ではなく、ただちに労働基準監督署に訴えるのみである。
 なお、児童労働や極度の低賃金を禁じる場合は、それで失職する人々を救済するため の生活保護等のセーフティ・ネットが必要である。それがない発展途上国で、NGO が 労働CSR で企業を糾弾し、成果をあげた事例が紹介されるが、その結果、そこで働い ていた人々はどうなったのであろうか。その結果をきちんと調査報告すべきと思う。
 ドイツの社会学者マックス・ウェーバーは、「動機は行動を正当化せず。行動は結果を 正当化せず」と論じたが、行動が、どういった結果を生むか配慮しない活動は、さらに 悲惨な結果を生む危険や、折角の活動が批判されて頓挫する可能性に留意すべきである。

(3)労働組合の特権と責任をあいまいにするな……労働組合法
 労働CSR 論は、従業員の団結権と交渉権を認めることを要求する。しかし、それら は労働組合法で定められており、企業がそれを侵害する行為は不当労働行為とされる。 しかも、労働組合には、刑事免責と民事免責という特権に裏づけられた争議権が与えら れているが、労働CSR 論は、それを強調しない。労働組合法の1 条に規定されている 刑事免責すら知らないで論じているのであろうか。
 いずれにせよ、これは、争議権をもつ労働組合の意義と責任をあいまいにする。日本 には、27000 の労働組合と1000 万人を超す組合員が存し、ユニオンショップにより、また、 ほとんどの労働組合が組合費を組合員の給料から天引き徴収することで、豊富な活動資 金を蓄えている。なお、免責特権の規定は、次のとおりである。

労働組合法
1条の2:
刑法第35 条の規定は、労働組合の団体交渉その他の行為であって前項に 掲げる目的を達成するためにした正当なものについて適用があるものとする。但し、 いかなる場合においても、暴力の行使は、労働組合の正当な行為と解釈されてはなら ない。   (刑法第35条:法令又は正当な業務による行為は、罰しない)
第8条: 使用者は、同盟罷業その他の争議行為であって正当なものによって損害を 受けたことの故をもつて、労働組合又はその組合員に対し賠償を請求できない。

(4)CSR 調達を簡単に考えている
 労働CSR 論は、主として欧米の多国籍企業が、発展途上国で、人権無視の低賃金労 働や過酷な労働を、現地企業を介して利用してきたことを背景に生まれた。そして、こ れが、労働CSR に反する行為をしている企業から、原材料や商品を調達すべきではな いというCSR 調達論を台頭させた(花見忠コメント)。
 これは、法にはないが、CSR として要求される課題の代表である。企業は、労働CSR に反することで儲けることをせず、CSR 調達に努力しなければならない。ただし、調達 取引先の全てをチェックするのは不可能であろう。特に、大企業の場合、直接の調達取 引先が数百、数千に達する企業は珍しくなく、2 段階先まででも、万を超す企業もあろう。 CSR 調達に反する有名企業を批判糾弾するNGO だけでなく、企業のCSR 推進スタッ フのなかにも、CSR 調達をアピールする者がいるが、国家の力に遠く及ばない企業の努 力には、大きな限界があることを認識し、自社では、どこまで実行すべきか、それには 何をどうすべきかをきちんと提示すべきである。
 それがあいまいでは、社内で非現実的な空論とみなされ、実行できることも実行され ないであろう。特に、扱う商品アイテムが数万点の量販店、10 万点を超す百貨店や商 社などでは重要である。偽装商品の販売を許し、また、中国製品をイタリア製品として 販売する現況では、CSR 調達に努力しているとのアピールは、虚偽表示となろう。

5.守りのCSR を徹底する

(1)法にあることを法にないように説く危険
 法のごく一部を紹介しただけだが、法が、いかに素晴らしい理念を掲げ、企業に対し、 様々なステークホルダーへの対応の規範を、広範多岐に定めているかが分かるであろう。 その水準を超すCSR 論が存在するのであろうか。
 しかも、2001 年に司法制度改革推進本部が発足し、次々と、企業関係の法の改正や 制定がなされ、法化社会と呼ばれる状況に入った。そして、これまで2割司法と揶揄され、 法の規定の厳格な解釈に判決を制約されてきた裁判官が、法の条文を、理念をもとに柔 軟に解釈して判決を下すようになり、処罰も厳しさを増す一方である(cf 西尾2007)。
 CSR 論には、法令遵守を当然のこととして、法にないことを説くものがあるが、そ のなかには、法にあることを法にないことであるかのように説く論もあり、それにうな ずくCSR 推進スタッフもいる。これは、法を知る者からの軽蔑と、法を知らない者が、 法にあることを、努力義務と誤解し、違法と知らずに違法行為をなす危険をもたらす。

(2)法令遵守がCSR の基本……経団連
 日本は、法が未整備な発展途上国ではなく、高度な法治国家である。それをわきまえ ないCSR 論に惑わされないように注意し、企業や業務に関係する主な法と判例を知り、 それらに抵触しないように心がけなければならない。また、それが、法令遵守にとど まらないCSR を大きく推進するであろう。なぜなら、法を守るには、法の理念を知り、 理解しなければならず、企業に関係する法の理念は、CSR の理念と共通しているからで ある。特に、CSR 推進スタッフは、最低限、独占禁止法、労働基準法、環境基本法の入 門書と、主要な判例を学ぶべきである。これらの法はCSR3 法と呼んでもよいと思う。
 経団連(日本経営者団体連合会)は、2004 年に企業憲章を改定したが、その序文で、 CSR を企業の社会的責任と訳し、自主的で多様な取り組みの必要を強調する一方で、そ の基本は法令遵守にあることを、次のように説いているが、重要な指摘だと思う。「社 会的責任を果たすにあたっては、その情報発信、コミュニケーション手法などを含め、 企業の主体性が最大限に発揮される必要があり、自主的かつ多様な取り組みによって進 められるべきである。その際、法令遵守が社会的責任の基本であることを再認識する必 要がある」。

(3)法令遵守に対する大企業の安易な姿勢……公正取引委員会の調査結果
 法令遵守に劣れば、どうしょうもない。しかし、公正取引委員会が、東証一部上場企 業を対象に2006 年5 月に実施した調査(回答1214 社)によると、「独占禁止法の教育 を実施している」とした企業は56%にとどまり、「独占禁止法に関する内部監査を実施 している」とした企業は、過半数を切り、46%である。「独占禁止法の改正によるコン プライアンス・プログラムの見直しを積極的に行っている」とした企業は、21%にすぎ ない。
 これでは、違法行為が多発してもおかしくない。ところが、「自社では起きないと思う」 とした企業が41%に達した。これらの企業は、あまりにも甘く、安易である。なぜなら、 従業員、特に、仕入・販売先や顧客と接する従業員は、業績をあげるために、ぎまん的 顧客取引、不当な利益による顧客誘引、抱き合わせ販売、競争者に対する取引妨害など の違法行為をなす可能性がある。優越的地位の濫用は、さらに、犯しやすいものである。

(4)従業員にコンプライアンス・アンケートをとる
 経験からすると、法令遵守に、力をいれている企業と、唱えるだけの企業に両極分解し、 前者は、大企業でも少数派ではなかろうか。そして、前者の企業の方が、真剣に取り組 んでいるだけに、従業員に法令遵守を徹底することの難しさを知っており、CSR 推進の 力点を法令遵守におき、ささいな交通違反にも厳しく接しているものである。
 公正取引委員会の既述の調査でも、大企業の8 割以上は、コンプライアンス・プログ ラムを導入しているが、パンフレットを配り、たまに、社員研修を実施していればよし とし、研修後の状況をチェックしていない企業が多いように思う。従業員に、法に関す る初歩的な知識を問うても正答率は低く、上司、同僚、そして自分が、「仕事をする上 で法令遵守を心がけているか」の無記名アンケートをとると、ひどい結果になる企業が 多いはずである。
 経営者、管理職、そしてCSR 推進スタッフは、そのようなアンケートをとらずとも、 従業員の法令遵守の意思と努力のありようを肌で感じているはずである。ただし、その ようなアンケートをとり、全社的に現実を直視し、改善のきっかけを作ることが大事で ある。ようは現実の把握と法令遵守に力を入れるのが先決である。それを怠り、法にな いこともやれと言うのは、勉強しない学生に「勉強しているだけではだめだ」と説くに 等しい。

(5)攻めのCSR では企業不信は解消しない
 CSR のR(レスポンシビリティ)を、責任ではなく、「レスポンス(応答)するアビリティ (能力)」と解釈し、社会の要求や変化に積極的に対応ないしリードする必要を強調する CSR 論がある。それは、法令遵守などを守りのCSR とし、それ以上の対応をすること を攻めのCSR と分類する(cf 経済同友会2007)。
 攻めのCSR は、前向きの建設的なものである。ただし、その奨励や積極的な評価は、 守りのCSR が不十分なのに、攻めのCSR をやることでよしとする風潮や、反社会的企 業をCSR 優等生と誤認する危険をはらむ。たとえば、空前の企業犯罪をなしたエンロ ンは、社会貢献活動に熱心な企業として有名であった。
 また、守りのCSR がずさんであったがゆえの不祥事があとを断たないのに、攻めの CSR を説くのは、論点のすり替えになり、企業不信の解消にはつながらない。世間は、 良いことをアピールすることで、悪いことをしていないと信用するほど愚かではない。 そして、不祥事が発生するたびに、法や行政の規制と判決がどんどん厳しくなり、非生 産的な管理機構が肥大化し、事業活動は萎縮し、企業も社会も衰退していく。


(6)本業外の社会貢献活動はCSR でないところに値打ちがある
 本業外の社会貢献活動(以下、社会貢献活動と呼ぶ)を推奨し、それが企業イメージ を高め、売上・利益の増加をもたらすとの主張がある。そのような活動が消費者に好感 され、売上増をもたらしたことを強調する記事がでる。しかし、それは、珍しいから記 事になるのであり、また、その売上増が、本当に社会貢献活動によるものか精査する必 要がある。
 消費者は甘くはなく、同じ金額を、広告宣伝、利益還元セール、値下げに使った方が、 より確実に売上増に貢献することは、企業自身が承知しているはずである。裏を返せば、 社会貢献活動は、素晴らしいことであり、それを、売上や利益の向上に役立つと説いて 推奨するのは、慈善偽善に、利他的行動利己的行動におとしめるものと考える。 しかも、社会貢献活動のコストパフォーマンスを評価し、売上・利益の増加をもたら さない社会貢献活動をやめろという主張を誘発ないし正当化するものとなる。社会貢献 活動は、CSR に含めるべきではなく、CSR でないところに値打ちがあると思う。また、 従業員自身の直接参加によるものは、従業員の視野を広げ、人間的に成長し、CSR 推進 の意義の理解と積極的な協力をもたらす効果を期待できよう。


6.トップダウンで推進する

(1)CSR 推進には強力な指導・監督が不可欠
 責任とは、「しなければならないつとめ」(三省堂国語辞典)であり、努力目標ではない。 当然、「CSR は儲かる」といった利益誘導的アピールや、「儲からないからやらない」と いった居直りは論外であり、「損をしても、責任だからやりなさい」と論じるべきである。
 CSR 論には、自主性尊重を説き、啓蒙活動を重視するものが多いが、すべての従業員が、 それで、やるべきことを適切に定め、実行することはありえない。しかも、自主性にこ だわるCSR 推進の試みは、企業内の規則整備を疎かにし、次のような発展途上国的状 況におちいる危険をはらむ。「CSR は、法的制裁を伴うものではないとの前提で議論さ れてきたため、発展途上国では、法の整備を遅らせる方向へ作用した」(花見忠コメント)。
 強制だけでCSR を徹底させることはできず、自発的な努力を引き出す啓蒙活動も大 事だが、強力かつねばり強い指導・監督も必要不可欠である(cf 福田秀人2006)。
 いずれにせよ、従業員に啓蒙パンフレットを配り、セミナーを実施するだけで、従業 員の無関心を嘆くのは、無責任な発想であり、対応である。さらに言えば、組織原則の 最も重要な鉄則とも言える、責任絶対性の原則(上司は、部下の管理責任と結果責任を 負う)の実行を、経営者と管理職が怠っている、だめ企業であることを示すものとなる。


(2)聖域を放置するな……日本監査役協会
 CSR の推進のような、各部門、各従業員に、新たな負担、制約、責任を与える作業は、 経営トップが、その意義と必要性を理解し、断固実行する決意を示す命令と施策を発す る必要がある。また、それを積極的に遂行する意思や努力に劣る管理職の存在を許容し てはならない。そういった管理職が一人でもいれば、そこから、全てが崩れる。
 さらに、高度な専門知識、ノウハウ、コネクションが必要なことをよいことに、誰も 活動状況をチェックできず、口出しできない聖域とされる部門の活動内容も、容赦なく 洗い出し、CSR のありようをチェックし、指導監督しなければならない。
 聖域の危険について、日本監査役協会(2003)は、次のように指摘している。「通常 の統制活動から逸脱している結果、企業の内部・外部に網羅されている伝達ルートには、 真の情報が全く流れないため、事情を知ることができない第三者は不祥事予防に為す術 がなくなる。取引先等外部を巻き込んだ不正が起こりやすくなる一方、外部からの告発 により不正が発覚することも多くなる」。
 以上は、CSR の推進が、経営者の理解と決意のありようだけでなく、そのリーダーシッ プが問われる課題となることを意味している。それらが伴わなければ、CSR 推進スタッ フの努力は空回りする。守りのCSR は、自発的に課題を創造し、遂行する攻めのCSR より、 はるかに積極的な意思と不屈の精神、それに勇気を経営者に要求するものである。

(3)ロベールのバックキャスティングの本質と課題
 スウェーデンの環境NGO の代表カール・ロベールが提唱しているバックキャスティ ングという考えがある。将来の持続可能な社会の姿を想定し、それを実現するためには、 今、何をすべきかを決め、予想できない変化が生じても、その時々に、その想定に向かっ て、なすべきことを決め、実行していくといった考えである(櫻田陽一2004)。
 これは、将来を正しく予想ができることを前提とした、非現実的な意思決定論や経営 戦略論より、はるかに現実的な考えである。それは、計画主義に支配されていない企業 では、当然のように実行している方法であり、また、何が起こるか分からない軍事作戦 のオーソドックスな方法でもある。ただし、それを効果的になすのは容易なことではな く、大変な情報処理能力と計画の策定・修正能力を必要とする。
 たとえば、アメリカ陸軍は、達成しょうとする状況をエンドステート(終結状況)と 呼び、それをふまえて、できる限りの情報の収集、分析をし、適合性(シュータビリティ)実行可能性(フィジビリティ)受容可能性(アクセプタビリティ)の3 条件を考慮し て最良の行動方針(オプティマム・コース・オブ・アクション)を決定し、作戦計画を 作る。そして、状況の変化に応じて、計画を変更していく。そのさい、下級部隊が、そ れぞれの任務(ミッション)を正しく理解し、適切に行動するためのCOP(コモン・ オペレーショナル・ピクチャー)が作成、配布される。ただし、それでも壊滅的打撃を うけることもある。
 CSR 推進の場合は、そこまでの危険は伴わないが、敵軍、天候、地形など数個の要素 を考慮するだけでよい軍事作戦と異なり、様々なステークホルダーをはじめ、はるかに 多くの要素を考慮しなければならず、強力な情報収集・分析力と指揮統制能力が必要と なる。また、社会から受容されることを追求すべき企業が、敵に自らの意思を強制する ことを追求する軍事的な発想におちいらないようにしなければならない。

(4)情意考課を重視しモラルハザードを防止する
 守りのCSR を徹底するには、従業員がとった手段方法、すなわちプロセスが「CSR の理念や規範を遵守したものか否か」をチェックし、その結果を人事考課に反映させる 必要がある。ただし、様々なステークホルダーとの信頼関係を形成するための、地味で 誠実な努力の継続により底上げしていくことも必要であり、その成果を客観的に評価す るのは困難である。そこで、伝統的な人事考課要素である情意考課を重視すべきである。
 一方、個人的、短期的な成果を極端に重視する成果主義は、手段を選ばず成果を追求 するモラルハザードを誘発する危険があり、撤廃すべきである。いったんたてた計画の 達成にこだわり、状況の変化や読み誤りを考慮しないPDCA サイクルの追求も、同様 の理由で、見直すべきである(cf ミルグロム&ロバーツ1997、福田秀人2005)。成果主 義を抜本的に見直す企業の増加は、CSR 推進のためにも、歓迎すべき傾向である。

7.ステークホルダーに毅然と対応する

(1)ステークホルダーへの利益供与の方針

 アメリカで、あらゆるステークホルダーへの利益を説くCSR 論が1980 年代から流布 されたようだが、ミルグロム&ロバーツ(1997 年:原著出版1992 年)は、それぞれのステー クホルダーの間の利害の対立を指摘し、それは不可能であると論じた。ISO も、企業と ステークホルダー、それに個々のステークホルダーの間には、利害の対立が存在するこ とが多く、あらゆるステークホルダーを満足させることは不可能であり、企業が、それ に対応する必要があることを説いている。ここに、特定のステークホルダーへの利益供 与をもってCSR とせず、次の方針で、その妥当性を判断すべきと考える。

ステークホルダーへの利益供与の方針
@他のステークホルダーの権利や利益を不当に侵害しないこと。
A公共の福祉や社会の持続可能性を、社会的な受容限度を超して、毀損しないこと。
B法に抵触しないこと。

 Aに、「社会的な受容限度を超して」を挿入したのは、さもなければ、自動車はおろか、 電気も水道もない原始時代となり、企業も社会も崩壊するからである。

(2)ステークホルダーに毅然と対応する
 利益供与の方針を示すのは簡単だが、「不当な侵害とは何か」、「公共の福祉とは何か」、 「社会的な受容限度とは何か」といった問題が浮上する。公共の福祉への貢献を説く憲 法12 条は、公共の福祉を理由に人権侵害を正当化する危険をもたらすことや、どの程 度までなら正当とされるのかといった議論を引き起こしたが、個人にとどまらない様々 なステークホルダー、及び、同じステークホルダーのメンバー間の権利や利害が錯綜す る中で、なにが正当か不当かを判断するのは、企業にとって困難にすぎる課題となろう。
 もし、CSR に関係するNPO が、その判断を公正に下すことができれば、企業はそれ に相談すればよいが、そのようなNPO の存在を聞かない。法にあることを、法にない と誤解し、法律相談に踏み込み、弁護士法に抵触しかねないNPO もあるように感じる。
 そこで、利益供与の妥当性の基準を、弁護士等の専門家の助言も得て、できるだけ明 確にし、それを従業員にも徹底し、毅然とステークホルダーに対応すべきである。それ で、なんらかのステークホルダーに批判糾弾されれば、判断を裁判にゆだねるべきであ る。不当と判断することについては、断固対決し、戦うこともCSR である。非合法勢 力はもとより、CSR の理念に反する要求をなすステークホルダーの利益を尊重する必要 はない。

(3)ステークホルダーを峻別する
 投資家は、株主だけではない、社債投資家もいる。彼らは、企業が将来にわたって存 続し、一定の金利を確実に支払ってくれることを信じ、期待する存在であり、株式投資 家と異なる期待を持つ。他のステークホルダーにも、「企業との長期的な共存共栄を期 待するもの」と「短期的利益を期待するもの」、さらに、「一見取引で利益をえようとす るもの」があり、また、企業との力関係の強弱などでも、要求や姿勢は異なる。
 しかし、CSR 論の多くは、このようなステークホルダー間の要求の食い違いや利害の 対立を想定しない。しかも、どのステークホルダーも、企業との長期的な互恵関係の維 持を望み、また、その企業への期待や要求は正当なもので、企業の方が力関係に優って いることを暗黙の前提にしている。ここに、あらゆるステークホルダーに満足を与える ことを要求するCSR 論は、非現実的な観念論に終始し、それらにCSR の指針、目標、課題、 施策を求める企業の経営者、管理職、CSR 担当スタッフを困惑させる。しかも、企業か らなんらかの権益を確保し、それが減じるか消滅することを望まないステークホルダー にとって、好都合の既得権益保護奨励論に転じる。
 そこで必要なのは、それぞれのステークホルダーや、そのメンバーの特性を、上述の 要素などで区分するポートフォリオを作成し、峻別すること。そして、それぞれに、い かに対応すべきかを、決定し、実行することである。株主でも、企業の将来を見込んで 投資する株式長期保有者と、短期的な株の売買で儲けようとする株式短期保有者、さら には企業の強引な買収を試みる株主への対応は、峻別して当然と思う。

8.ワシントン・コンセンサスと戦う

(1)株主をステークホルダーからはずして考える
 今日のCSR 論は、1970 年代のCSR 論と異なり、株主をステークホルダーに加え、株 主利益の追求も含めているが、非論理的な考えである。なぜなら、株主は、企業の所有 者であり、経営をめぐる重要な意思決定や経営陣の任免などを強制できる支配者であり、 株主総会は、企業の最高意思決定の場である。企業は誰のものかという議論が盛んとなっ たが、会社は株主のものであり、M&Aのような重要な決定も、主要株主の意向でなさ れ、従業員に一言の相談もないのがふつうである。
 となれば、企業の所有者である株主は、CSR 推進の最高責任者ではなかろうか。もち ろん、そこまでの責任を株主は法的にもたないが、その役回りを果たす権限をもってい る。もし、株主がCSR の推進を最優先課題とし、推進状況を厳しく評価して、経営陣 の任免や報酬を決めれば、CSR は、あっという間に浸透するであろう。
 そこで、CSR キャンペーンは、株主にも向けられるべきであり、CSR のCをキャピタ リストとし、キャピタリスト・ソーシャル・レスポンシビリティも追求すべきと思うが、 少なくとも、株主をステークホルダーからはずして、考えるべきであろう。

(2)株主がCSR 推進に果たす役割と課す制約
 株主は、CSR の重要課題である、法令遵守、内部統制、アカウンタビリティの徹底を 強く要求し、また、そのありようを企業の重要な評価要素とする。これにより、株式上 場会社のCSR は、大きく推進される。しかし、それは、不祥事により、株価が急落す ることや、経営実態を読み誤って大きな損害をこうむるリスクを軽減するためである。 そして、それ以上のCSR の推進には消極的ないし否定的となる株主が多数派だと思う。
 あげた利益の一部を支出するだけでよく、事業活動も制約されない本業外の社会貢献 でも、「株主利益を損なうものだ」との批判がうまれるのであるから、本業でのコストを 増大させ、手段方法を制約するCSR の推進は、拒否されて当然である。たとえば、高 価で利益率が高く、法に違反もしないが、環境負荷の高い大型乗用車を、企業の営業利 益半減を覚悟で、環境保護のために販売を中止することを容認する株主は希有であろう。
 優れたCSR 推進活動や高いCSR 評価が、企業のブランドイメージの向上に寄与し、 業績の向上をもたらし、株価も上がるとの考えがある。しかし、それらをチェックして、 購買する消費者や、そのような論理に納得する株主は、いても、ごく少数であろう。

(3)ワシントン・コンセンサスの脅威
 1990 年代、企業は、とにかく儲けて、株主への配当をはずみ、株価を高め、株主の 利益を最大化するのが経営者の使命であるとの株主利益至上主義が、アメリカから日本 に流入し、株主軽視批判キャンペーンが繰り広げられてきた。そして、株式の時価総額 を企業の価値とし、その増減で経営者の優劣を評価するようになった。
 その、露骨な資本の論理は、ワシントン・コンセンサスとも呼ばれるが、それは、経 営者と従業員に、短期的な利益追求への強烈なプレッシャーを与え、「法にないことは なんでもあり」といった風潮を煽り、グローバリゼーションの名の下に、弱肉強食を正 当化した。
   それは、最強の反CSR 思想であり、貧富の差の拡大を肯定し、社会不安を増大させ、 企業と社会を共倒れさせる危険思想である。CSR 推進の最大の敵は、株式投資利回りの 最大化を追求し、企業経営にも口を出す一部の大口株式投資家や投資ファンドとなろう。

(4)アングロサクソンの特異な価値観……ロナルド・ドアーの指摘
 ワシントン・コンセンサスは、イギリスの社会学者ロナルド・ドアー(1994)が指摘 した、次のようなアングロサクソンの特異な価値観を直裁に反映したものといえよう。 「株主の企業における主権の確保が資本主義の原理であることは日米欧共通の商法上の 基本理念であるが、その『建前』が同時に本音であって企業を『株主の所有物』として とらえ、それが日常の企業行動を形成している国はアングロサクソン以外にはない」。
 実際、大企業の経営者に対する、次の調査結果は、その指摘を肯定するものである。

     企業は株主のために存在する 全利害関係者のために存在する
アメリカ(82 社) 76% 24%
イギリス(78 社) 71% 29%
フランス(50 社) 22% 78%
ドイツ(110 社) 17% 83%
日  本(68 社) 3% 97%
           出所:吉森賢『EC 企業の研究』日本経済新聞社、1993 年

 ちなみに、この調査で、「経営者が株式配当を減らすか、雇用を減らすかのいずれか を選択せざるをえない場合」に、「従業員の一部を解雇しても配当を維持する」と回答 した経営者の比率は、アメリカ89%、イギリス89%、フランス60%、ドイツ59%、 日本3%である。
 1995 年、フォーチュン500 ランキング企業の経営者に対し、企業の目的に関する アンケート調査がなされた。「@企業の唯一の目的は利益追求である」と、「A企業の 目的は、利益を生むことに加え、従業員や顧客等の様々な利害関係者の幸福の実現であ る」との択一式の設問に対し、@の回答比率は、アメリカ40%、イギリス33%、ドイ ツ24%、フランス16%、日本8%であった。(cf 以上の一連の調査結果は、榊原英資 1995)

(5)一元的企業概念と多元的企業概念……吉森賢の分類

前節の調査結果などをふまえ、吉森賢(1993)は企業概念を次のように分類した。

一元的企業概念:企業を株主の私有財産と考え、株主の利益を優先する英米的企業概念。
二元的企業概念:株主の利益を中心にしつつ労使の利害調整を重視する独仏的企業概念。
多元的企業概念:すべての利害関係者の利害調整を重視する日本的企業概念。

 CSR 論は、多元的企業概念を強調するものと理解でき、日本の企業にとっては自然な 考えであっても、一元的企業概念のアメリカやイギリスの企業にとっては、強い違和感 をもたらし、利益の一部を、本業外の社会貢献活動に使うことをもってCSR だと考え ても不思議ではないであろう。
 そして、株主利益至上主義を当然としているのであるから、株主への配慮や、利益誘 導的発言が含まれ、投資家評価が重視され、ステークホルダー間の利害のトレードオフ に触れないCSR 論が生まれる。一方、二元的企業概念が支配するヨーロッパの大陸諸 国は、そのような論を軽蔑し、また、労働CSR 論が盛んになっているのではないかと 考える。そして、日本では、CSR のコンセプトには共鳴するものの、CSR キャンペーン のありように違和感を持ち、胡散臭さを感じ、自社の経営理念をふまえて、CSR を論じ、 報告書をまとめる企業が出現しているのではなかろうか。

(6)ワシントン・コンセンサスと戦う
 日本は、様々なステークホルダーの利益を考慮するCSR の論理に、もともと支配さ れており、株主利益至上主義を公然と唱え、追求する企業はわずかであった。ただし、 1990 年代以降、ワシントン・コンセンサスを世界の常識と位置づけ、それまでの日本 企業の支配的な価値観を批判するキャンペーンの影響が、株主や企業経営者の発想や行 動に、少なからぬ影響を与えている。しかも、競争の激化や、予想できない変化の続出が、 企業の業績に深刻な脅威を与えている。
 ここに、CSR の推進は、困難になる一方である。しかし、CSR の推進なくして、社会 と企業の関係は好転せず、企業活動の監視と規制は厳しさをさらに増し、企業の活力が 減じ、社会と企業が共倒れになる危険が増す。ここに、ワシントン・コンセンサスと戦 うとの発想で、CSR 推進のための課題を洗い直し、チャレンジすることが重要となる。

9.CSR の推進は、企業ではなく、社会のためである

(1)CSR の推進は、企業のためではない
 CSR の推進が、企業の存続のためになることを強調する論が多い。ISO も同様である が、企業の存続のためなら、企業の自己責任の問題であり、それをあれこれ指導するのは、 経営コンサルタントの仕事である。公共の福祉の向上や持続可能な社会作りといった視 点からCSR 推進の必要を説く論者や組織は、CSR の推進は、社会のためといった視点 で論じ、「CSR が果たせない企業はつぶれてしまえ」と突き放すべきである。この方が、 企業にとっても、課題が明確になり、対策をたてやすくなるはずである。
 企業がCSR 論に問うているのは、「どうすればつぶれずに済むか」でも、「どうすれ ば成長できるか」でもなく、「社会は、さらには個々のステークホルダーは、我々に、 具体的に、何を、どこまで期待ないし要求しているのか」である。そして、「何を」を 列挙できても、「どこまで」かの答えが、納得できるような形ででてこない限り、企業は、 現在のように、「このような期待や要求があるが、我々は、それらに、このように応え るべきだ」といった独自の判断をもとにCSR 推進活動を行い、CSR 報告書は、「我々は、 このような期待や要求に対し、このように応えている」といった形で作成するしかない。

(2)業界団体がCSR 推進をリードする
 CSR 論が総花的な観念論、各論なき総論、ないし総論なき各論にとどまっている状況 では、個々の企業のCSR 推進活動は、どうしても独善的なものになる。これに対する 次善の策として、業界団体が、CSR に関連する知識をもつ専門家や行政や上部団体の意 見も参考にして、また、労働組合、取引先、消費者団体、顧客などのステークホルダー の要求も聞いて、「何を、どこまでするかと」いう、CSR 推進の課題と目標をまとめる のがよいと思う。
 業界団体は、加盟企業や、それらのステークホルダーのありようを、相対的に良く知っ ており、倫理基準や行動基準などの設定経験があるところが多いことも有利に作用する。 それでも不完全で、かたよったものになるかもしれないが、現在のように、企業が、て んでばらばらにCSR を解釈し、推進する状況は、大きく改善されるであろう。

おわりに
 CSR の推進は、難しい課題だが、日本は、その難しさと格闘してきた企業が多い国だ と思う。戦後まもなく、経済同友会が結成され、「経営者の社会的責任」を掲げた。以 後、人材育成に力を入れ、安価で良質の製品を世界に普及させ、公害対策に頑張ってきた。 しかし、従業員をノルマで追い立て、顧客の無知につけ込み、取引先に法外な要求をし、 あげくは自社のミスの損失を取引先に押しつけるような企業があるのも事実である。
 本当のCSR 優良企業は、従業員が自社を誇りに思い、商取引を通じて企業のありよ うを知る立場にある取引先が、「厳しいが、きれいな商売をする」、「しっかりした、真 面目な会社だ」、「筋を通す会社だ」などと、さらっと評価する企業だと思う。そのよう な企業がCSR 論に積極的に参加し、また、それらの企業のありようを虚心に受け止め、 研究することが、CSR 推進の指針と課題を明確にするために必要である。

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