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21世紀社会デザイン研究
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2010年9号     書評『必生、闘う仏教』
      (佐々木秀嶺著、集英社新書、2010年)

●笠原 清志 KASAHARA Kiyoshi
更新情報

[2011-05-26]
2010年9号HTML版、PDF版公開しました

[2010-07-31]
2009年8号HTML版、PDF版公開しました

[2009-07-31]
2008年7号HTML版、PDF版公開しました

[2008-08-11]
2007年6号HTML版、PDF版公開しました

[2007-08-01]
2006年5号HTML版、PDF版公開しました

[2006-05-15]
2005年4号HTML版、PDF版公開しました

[2004-06-04]
2004年3号HTML版、PDF版公開しました 2003年2号PDF版公開しました
2002年1号PDF版公開しました

2010年9号[2011-02-26発行]

【論文】

エコビレッジ運動の可能性
〜持続可能な社会づくりに向けたライフスタイルと価値観〜
[佐野 淳也]

三番瀬再生計画検討会議における合意形成プロセスに関する一考察
[嘉瀬井 恵子]

戦後防衛政策と防衛費
─ 定量的歯止めを中心に ─
A Study of Postwar Japan’s Defense Policy and Expenditure
─ With a Focus on the Quantitative Limitations ─
[真田 尚剛]

選挙運動における候補者のウェブサイト利用は得票数に影響を及ぼしたか?
〜 2010 年日本・英国の選挙結果に基づく研究ノート〜
[中西 豪士]

『従軍慰安婦問題』の問題点はどこにあるのか
〜目に見えない大きな戦争の傷跡〜
[矢野 正高]

【優秀論文受賞者寄稿論文】

「全国友の会」研究
 〜入会者数の変化と社会的要因に関する考察〜
[小関 孝子]

「高齢者介護施設の省エネルギー推進の諸側面と課題について」
─ 施設運営における省エネルギーの有効性と影響 ─
[齋藤利恵子]

A Study of Adult Education in Germany:
Its Role as the Policy of Social Inclusion and its Future Mission
[佐野 敦子]

日本におけるワーク・ライフ・バランス推進のための考察
[筒井 友紀]

援助過程論への問い
─ 非合理的側面の容認 ─
[前田 卓弥]

【書評】

書評『必生、闘う仏教』
(佐々木秀嶺著、集英社新書、2010 年)
[笠原 清志]


 インドにおける仏教徒の数は、公称では全人口の 0.8パーセント(約 800万人)とされている。しかし、現実には、インドの仏教徒は 1億 5千万人ともいわれ、その頂点に立つ指導者は日本人の佐々木秀嶺である。このことを知ったのは 2〜 3年前であったが、仏教発祥の地であるインドで仏教が再興しつつあり、そのインド仏教徒の頂点になぜ日本人がなっているのか、というについては全く理解できないでいた。今回、『必生、闘う仏教』を読み、その疑問が解けた。それはまた、日本の仏教界が、毎年 3万人以上の自殺者が出ていても対応しようともせず、現実の差別や貧困にも無関心でいることとも無関係ではない。

 「煩悩なくして生命なし。必ず生きる…必生。この大欲こそが、大楽金剛です。すなわち、煩悩は生きる力なのです。」と言い切り、自殺未遂を繰り返し、尽きせぬ生来の苦悩の末に出家、流浪の果てにインドへたどり着いた佐々木秀嶺。彼は B・R・アンベードカル( 1891〜 1956)の思想に共鳴して、仏教の再興運動と差別と貧困に苦しむ指定部族(旧不可触民)の救済の道に入っていくことになる。インド社会では、ヒンドゥー教から神の前での平等や人間の平等を説くイスラムや仏教への改宗が指定部族(旧不可触民)を中心に起きていることはよく知られている。インド憲法で万民の平等が宣言されたとしても、またヒンドゥー教から他の宗教にしたとしても、指定部族(旧不可触民)にとって現実の差別や貧困が無くなるものではない。しかしながら、改宗は個人レベルではむしろ、「不可触民」、「不浄な存在」、「卑しい生まれ」などの社会的汚名からの脱却、出自に関する劣等感の克服、「仏教徒」という新しいアイデンテイテイの獲得とそれに伴う自尊心の回復、他カーストの人との平等意識の醸成を可能にすると言われている。このような変化は、仏教の再興運動という形を取りながらも、インド社会の偏見と差別、不条理と闘いながら、草の根レヴェルの民主化への橋渡しの役割をすることになろう。

 近年、インド 8州の州議会において改宗禁止令が相次いで可決されるなど、インド仏教の前途は多難である。しかし、仏教徒の進学率や社会的進出の高まり、そして海外とのネットワークの強化によりその社会的影響力は飛躍的に強化されてきている。また、釈尊が悟りを開かれたブッダガヤの大菩提寺は、 400年前からヒンドゥー教の寺になっている。この寺の返還運動は、ヒンドゥー教徒やインド社会との厳しい対立
を呼び起こしてきたが、インド仏教の聖地であるところから宗派と国境を越えた運動にまでなってきている。この寺の返還運動、指定部族(旧不可触民)の救済活動の先頭に立って行進する佐々木秀嶺の表情は、あるときは夜叉のようであり、ある時は菩薩以上の優しさを持っている。

 今日、日本ではインド経済に対する期待、そして瞑想やヨガといったことが、ちょっとしたブームとなっている。そのインドで仏教復興の先頭に立ち、社会の差別と偏見、そして不条理に立ち向かう佐々木秀嶺の姿は、日本の仏教が忘れていた民衆との交わり社会の不条理に対する抗議、そして心と魂の救済という宗教の原点を想起させる。本書は、インド仏教の現実をよく伝えてはいるが、その紹介本や研究書ではない。佐々木秀嶺の心の履歴書そのものである。しかし、それはインド仏教の復興を論じながら、彼を受け入れることができなかった日本の仏教界の問題点も照らし出している。