シムラ概観

2004年にインドのシムラを訪ねる機会があった。シムラはデリーの北、200キロメートルほどにあり、大きく見ればヒマラヤ山脈の麓である。標高2200メートルあり、植民地時代はイギリス政庁の夏の執務地として機能していた。キップリングも住んでいたようであるが、現在ではリゾート地として有名で、人口は10万人規模である。

急峻な崖に張り付くように多くの家が立ち並んでいる。坂に家が建っているため、家の底面の一部は地表に接しているが、他の一部は地上からの杭に支えられる構造になっている。この杭は、素人目にも十分な強度があるとは思えず、地震の災害を懸念した。ヒマラヤ山脈では現在でも造山活動がおこなわれていると聞く。シムラ周辺の地形も急な尾根と谷が続く若々しいものであった。



イギリス人の高原好み

高原地帯に住むのは、イギリス人の好みなのだろう。アフリカ東部や南部の旧イギリス領でも、高原地帯に植民地時代のイギリス人の建築を見ることができる。たとえば、タンザニアのルショト(あるいはウランバラ高原)、ジンバブウェのブンバ(Bvumba)、ケニアのナイロビなどである。ジンバブウェのブンバには、イギリス人の知事夫妻が英国風の庭園を造った。現在でも、ここでは山の霧の中から騎乗の人が現れたりして、どこの国にいるのか戸惑うことがある。

 「ブンバには女王の母が訪れて、『アフリカで一番美しいところの一つである』と発言した」と案内に記されていた。アフリカには数百の王国があると思ったが、どこの女王だろうかと思案した。これはイギリスの女王の事であったようだ。どの王国か形容しない場合は、連合王国の、ということになっているらしい。

 高原の好みは現在のインド人にもすっかり受け入れられたようだ。現在でも、シムラ周辺では崖に張り付いた都市や集落がインド人の建設によって増殖している。それは現在の熱海の海岸の崖に張り付いて出来ているマンションやホテル群を、密度でも規模でもはるかに凌駕している。




インド高等学術研究所


シムラの旧イギリス総督府は、現在はインド高等学術研究所として使用され、おもに人文科学分野の研究者が集まっている。この建物は、シムラの中心地から4キロメートルほど離れた尾根の上に建ち、ほぼ四方を下に見渡すことができる。石造りの荘厳な建物で、石はイギリスから運んだものだという。

2004年3月末で立教大学を退職されたK先生は、現在(2004年11月)はここで研究を続けている。研究所に隣接したゲストハウスに泊まり、研究所に通う日々のようである。私が観察したここでの食生活は以下のようなものである。

 午前6時45分 モーニングティーが各ベッドルームに運ばれてくる。
 午前8時半 朝食 パンなど
 午後1時 昼食 カレー
 午後8時 夕食 カレー

カレーは基本的にはヴェジタリアン向けに調理されている。毎回2種類が用意されるカレーを好きなだけ取り、白飯、チャパティ、などと食する。10日に1回程度、肉のカレーがある。この時はヴェジタリアンとそれ以外でテーブルを分けて料理がサーブされる。10数名の同席者がいるなかで、肉食をしていたのはK先生と私だけであった。

単調な食生活のようであるが、体にはよいのであろう。私がお会いしたときに、すでに数ヶ月をここで過ごしていたK先生の恰幅の良さから、そのように感じた。

規則正しい食生活を送る。ゲストハウスから徒歩数分の研究所に通い、夜まで仕事をする。そして週に何回かの研究会に参加する。こんな生活を送ることに、羨望も感じる。規則正しく、長期間にわたって仕事を続けることも学問進捗の要因であろう。こういった生活は学問の深化が目的というよりも、それ自体がすでに果報なのかもしれない。

 インド高等研究所での生活を垣間見て、私は変化の多い生活に戻った。



インドの温泉

シムラ北方10キロメートルにはサトレジ川が流れている。この河畔には温泉が沸いており、K先生を含めた数人で訪ねた。浴槽はコンクリートで作られ、水と温泉を混ぜて適温にし、入浴できるようになっている。残念ながら、そこを訪れていた他のインド人などには人気がなく、入浴するのはわれわれ日本人ばかりであった。

同じような光景は、アフリカでも経験している。東アフリカの大地溝帯にそって温泉が沸いているところが多くある。私もいくつか訪ねているが、喜んで入浴しているアフリカの人は少ない。

標高2200メートルのシムラとは異なり、温泉地は標高600メートルしかなく暑い。暑い中で湯に入る方が奇異に見られたかもしれない。東アフリカのいくつかの温泉でも、湯がほとんどたまらないのにもかかわらず寝そべって湯につかったり、山越えをして汗だくになって温泉から戻ったりしたので、こちらでも奇異に思われたかもしれない。日本人の温泉好みが、イギリス人の高原好みのように広く分布するかどうか、予断を許さないだろう。



『史苑』 65-2に掲載したものを一部改稿しました。



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インド、シムラにて