イノベーションのジレンマ

第八章 組織にできること、できないことを評価する方法

 

確実に成功するためには、目的に合った人材の選定、訓練、動機付けだけではなく、目的に合った組織の選択、構築、準備にもすぐれた手腕を発揮する必要がある。この章の目的は、過去に破壊的技術への対応に成功した企業は、すべて機会の大きさに見合った規模の独立組織を新設している点について、その背景となる理論を解説することにある。

 

組織の能力の枠組み

l 資源

「資源」は組織にできること、できないことを決定する要因の中で最もわかりやすい。質の高い資源が豊富に手に入れば、組織が変化に対応できる可能性が高くなる。しかし、資源を分析するだけでは組織の能力について十分な理解はできない。インプットをもとに、価値の高い製品やサービスを作り出す能力は、資源ではなくプロセスや価値基準の中にあるからである。

l プロセス

資源のインプットを価値の高い商品やサービスに変換するとき、組織は価値を生み出す。このときの相互作用、協調、コミュニケーション、意思決定のパターンを「プロセス」と呼ぶ。「正式な」プロセスもあれば、「非公式な」プロセスもある。他に、組織の文化を形成していることもある。

ある仕事を遂行する能力を定義するプロセスが他の仕事については無能力なのである。つまり、組織が価値を生み出すメカニズムそのものが本質的に変化を拒むのである。

l 価値基準

組織の価値基準とは仕事の優先順位を決めるときの基準である。優先順位の決定は企業のあらゆるレベルの従業員によって行われる。優良経営を示す重要な指標のひとつは一貫性のある明確な価値基準が組織全体に浸透しているかどうかである。そして、価値基準は企業になにができないを定義するものでもある。コスト構造や事業モデルを反映したものでなければならない。

優良な企業の価値基準は@許容できる粗利益に関連する、A企業が関心を引く存在であるために必要な規模と関連している、と二つの次元に向かって進化していく傾向がある。

 

資源―プロセス―価値基準の枠組みと持続的・破壊的技術における成功との関係

ディスク・ドライブの例:実績ある企業が持続的技術の開発と採用に成功する確率は100%であった。しかし、破壊的製品市場に成功率はゼロである。なぜ、これほど成功率に差が出るのだろうか。答えは組織の能力の資源―プロセス―価値基準の枠組みの中にある。

持続的技術大企業、破壊的技術➝小規模な破壊的企業。

したがって、経営者が変化や革新に直面した時に必要なのは適切な資源を問題に配分することだけではない。その資源が働く組織そのものに成功するを持たせねばならない。

 

能力の移行

組織が設立されたばかりの段階で組織の資源である人材に依存する部分が大きい。しかし、時がたつにつれてプロセスや価値基準へと移っていく。企業のプロセスや価値基準が形成される段階では、企業の創業者の行動や姿勢が大きな影響力を持つ。そして、徐々に従業員に浸透し、組織の「文化」を形成するようになる。このように、組織の能力と無能力を定義する中心的要因は、時間と共に資源から認知しやすい意識的なプロセスや価値基準へ、さらに文化へと移行していく。

人材➝変化しやすい、プロセスや価値基準➝極めて変化しにくい。企業が直面する問題が変化した場合には無能の原因となる。

l 事例研究 DECにパソコンで成功する能力はあったか

DECの製造プロセスは、ほとんどの部品を作り、それらをバッチ方式で組み立てる。製品は企業の技術部門に直接販売する。ミニコン事業では極めて有効なプロセスはパソコン事業事業では有効ではなかった。➝ある事業で成功する能力を生み出すプロセスが別の事業での成功を不可能にしたことを示す。

DECの価値基準は粗利益率が50%以上、40%以下のビジネスなら手がける価値はない。パソコンの利益率が低いため、DECの価値基準には合わなかった。

 

変化に対応する能力を生み出す

プロセスは資源ほどの柔軟性はなく、訓練することもできない。価値基準はなおさらである。部品の外注に適した組織を作るプロセスによって、部品の社内開発・製造には適した組織を作ることはできない。組織が利益率の高い商品を優先する時の価値基準によって、利益率の低い商品が優先されることはない。

変化に対する選択肢:@新しい仕事に適したプロセスと価値基準を持った別の組織を買収する。A現在の組織のプロセスと価値基準を変えようと試みる。B独立した別組織を新設し、その中で新しい問題を解決するために必要な新しいプロセスと価値基準を育てる。

l 買収による能力の獲得

買収の主な理由が資源にある場合、子会社を親会社に統合することには大いに意味がある。コスト的、統合するという課題に取り込むため、買収は便利な手段になりうる。しかし、買収した企業のプロセスや価値基準が本当に成功の源であるなら、買収する側の経営者はその企業を統合しようとすべきではない。その企業の独立性を保ち、プロセスと価値基準へ資源を投入する戦略をとった方がよい。

ダイムラー・クライスラー、IBM➝失敗。シスコ、ジョンソン&ジョンソン➝成功

l 新しい能力を内部で生み出す

確立した組織の中で新しい能力を開発しようとした企業も、残念ながら実績はまちまちである。資源を補強して、既存の組織の能力を変えることは比較的簡単である。しかし、このような補強した資源を基本的に変化のないプロセスに当てはめてみても、ほとんど変化は起きない。例:GM

プロセスを変えることは2つの理由のために難しい。@現在のプロセスが機能しやすいように組織に境界が設定されている場合が多いことである。A経営者が既存のプロセスを、すなわちその目的のために使う限り完璧に機能する方法を、捨てられないことである。➠プロセスと価値基準には柔軟性がない。プロセスは目的ごとに異なるため、1つのプロセスで根本的に異なる2つのことを行おうとしても無理である。

l スピンアウト組織によって能力を生み出す 

主流組織の「価値基準」がイノベーション・プロジェクトに資源を振り向ける妨げになる場合、独立組織が必要になる。破壊的技術の脅威から、別のコスト構造を構築して収益性や競争力を身につける必要がある場合や、新しい機会の規模が主流組織の成長需要に対して小さすぎる場合に限り、解決策の一環としてスピンアウト組織が必要になる。

8.1Aのエリアは抜本的ではあるが、持続的な技術の変化に直面している状況を表す。組織の価値基準との適合性が高い、新しいプロセスが必要、主流組織の内部で遂行、重量開発チームが必要。

Bのエリアでは、プロセスと価値基準に適合しており、主流組織の中に軽量開発チームで成功できる。

Cのエリアでは、既存のプロセスや価値基準とは相容れない破壊的技術の変化に直面している状況を表す。自立的な組織を新設し、重量開発チームが必要。

Dのエリアには、主流組織と同等の商品やサービスを、はるかに間接費の低い事業モデル(破壊的)によって販売する必要があるプロジェクトが該当する。

各企業が各プロジェクトに必要なプロセスと価値基準に合わせてチーム構造や組織の場所を編成することが望ましい。新しい能力➝重量開発チーム、既存の能力➝機能的チームや軽量的チーム、新しい価値基準➝スピンアウト組織。

破壊的技術モデルは様々な意味で相対的な理論である。インターネット販売はデルにとって持続的イノベーションであるが、コンパック、HP、IBMにとって強力な破壊的影響力を持つ。

 

まとめ

変化に直面した組織の経営者は、まず、成功するために必要な資源を確保しなければならない。次に、組織に成功するためのプロセスや組織価値があるかどうかを検討する。

安定した企業にとってイノベーションが難しい場合があるのは能力の高い人材を、新しい仕事の成功には役立たないプロセスや価値基準の中で旗刈らせようとするからのである。能力のある人材を能力のある組織に配置することは経営者にとって重要な責任である。