第九章 供給される性能、市場の需要、製品のライフサイクル

 

<性能の供給過剰>

顧客が、ある製品やサービスを、ほかの製品やサービスと比較して選択するときに順位を決める基準が変わり、製品のライフサイクルがある段階から次の段階へ移行する兆しが現れる。言い換えれば、供給される性能と求められる性能の軌跡が交差すると、製品のライフサイクルの段階が根本的に移り変わるきっかけになる。

● 供給過剰が発生→破壊的技術の脅威や機会を生み出す→製品市場の競争基盤に根本的な変化させる。

 

<本章の課題>

@     性能の供給が市場の需要を超えたときになにが起きるか分析する。

A     会計ソフトと糖尿病治療製品の市場でも同じ現象が起きたことを検証する

B     このパターンと製品のライフサイクルの各段階との関係をあきらかにする。

 

性能の供給過剰と競争基盤の変化

● 91 固定ディスク・ドライブの需要容量と供給容量の軌跡の交差

1988年;3.5インチ・ドライブの平均容量が、主流デスクトップ・パソコン市場で求められる容量に匹敵するようになり、5.25インチ・ドライブの平均容量は、主流デスクトップ市場が求める容量を、約300%も超えるようになっている。

→デスクトップ市場が初めて、購入するドライブに選択肢を得た。

5.25インチ・ドライブ、3.5インチ・ドライブのいずれも、容量は完全に十分である。

→その結果、デスクトップ・パソコン・メーカーは、急速に3.5インチ・ドライブに切り替えはじめた。(図92は、そのようすを代替曲線によって表している。)

1985年;0.071%未満)→1987年;0.2028.7%)→1989年;1.560%

 

● 3.5インチ・ドライブが、デスクトッブ・パソコン市場を席巻した理由

性能の供給過剰が起きると、競争の基盤に変化が起きる。

ドライブの大きさがほかの特徴より意味を持つようになり始めた。小さい3.5インチ・ドライブの方が、マシンのサイズ、つまり設値面積を縮小できる。一般に、ある特性に対して求められる性能レベルが達成されると、顧客は特性がさらに向上しても価格プレミアムを払おうとしなくなり、市場は飽和状態に達したことを示す。

→ このように、性能の供給過剰は競争基盤を変化させ、顧客が複数の製品を比較して選択する際の基準は、まだ市場の需要が満たされていない特性へと移る。

 

● 93 デスクトップ・パソコン業界における競争基盤の変化

1段階:記憶容量→第2段階:大きさ→第3段階:信頼性→第4段階:価格

縦軸の性能指標は、繰り返し変化する。この新しい次元の性能も市場のニーズを満たすと、縦軸の性能の定義は再び入れ替わり、信頼性の需要を反映するようになる。

 

製品はいつ市況商品になるか

 

- ディスク・ドライブの差別化が難しくなり、市況商品になるプロセスは、市場の需要と技術の供給との軌跡の相互作用によって形成される。

- 競争基盤が繰り返し変化し、完全に差別化の要素がなくなる(複数の製品がすべての性能指標に対する市場の需要を満たす)と、製品は市況商品になる。

- 市場に出回っている各社の製品には、依然として違いがあるが、特徴と機能が市場の需要を超えてしまうと、その違いは意味を失う。

 

性能の供給過剰と製品競争の進化

 

マーケティング論では、製品のライフサイクルと、ある分野の製品の性質が時間と共にどのように進化するかについて書かれたものが多い。これらのモデルの多くにとって、性能の供給過剰は、サイクルの次の段階への移行を促す重要な要因である。

● サンフランシスコのウィンダミア・アソシェーツの「購買階層」製品進化モデル。

このモデルは、機能→信頼性→利便性→価格の4段階を一般的なサイクルとしている

@     「機能」:機能に対する市場の需要を満たす製品がない場合

A     「信頼性」:機能に対する市場需要を十分に満たす製品が複数現れる時からの選択肢

B     「利便性」:複数のメーカーが、求める信頼性を満たす時から。

C     「価格」:複数のメーカーが、市場の需要を満たす製品やサービスを提供する時から。

購買階層のある段階から別の段階への移行を促す要因は、性能の供給過剰である。

 

● ジェフリー・ムーアの『クロッシング・ザ・カズム』

各段階の境界を、製品ではなく利用者に関連づけている。

@       製品は、イノベーター、つまり業界の「初期の採用者」によって使われる。この段階では、最も高性能な製品が大きな価格プレミアムを得る。

A       主流市場の機能に対する需要が満たされると、市場は大幅に拡大し、メーカーは、「初期の多数派」顧客の間に生じる信頼性に対する需要に対応しようとする。

B       製品とメーカーの信頼性の問題が解決されると、利便性へ移り、「後期の多数派」顧客を引き込む。

ムーアのモデルの根本には、ある次元の性能に対する市場の需要が飽和状態に達するまで、技術は進化できるという概念がある。機能から信頼性、利便性、価格へと至る、このような競争基盤の進化のパターンは、これまでにとりあげた市場の多くにもみられる。実際、破壊的技術の重要な性質の1つは、競争基盤の変化の先触れであることだ。

 

破壊的技術のその他の一貫した性質

 

破壊的技術には、製品のライフサイクルと競争力学につねに影響を与える重要な性質2つ。

@     主流市場で破壊的製品に価値がない原因である特性が、新しい市場では強力なセールス・ポイントになることが多い

  一般に、破壊的イノベーションで成功する企業は、最初、その技術の性質や機能を当然のものととらえ、それらの特性を評価し、受け入れる新しい市場を見つけるか、開拓しようとする。

A 破壊的製品は、確立された製品に比べ、シンプル、低価格、信頼性が高い・便利といった特長を備えていることが多い。

破壊的技術は、購買階層でいう「機能」に対する市場の需要を満たし、さらに主流製品より単純、低価格で、信頼性が高く便利なことから、成功する場合が多い。

 

会計ソフト市場における性能の供給過剰

 

● 財務管理ソフトのメーカー「インテユイット」は、クイッケンを使いやすくし、さらに単純・便利にするために、顧客が製品をどのようにつかうのかを観察して、優れた機能ではなく、必要十分な機能を備えた製品をめざした。

→ インテユイットの破壊的な製品クイックブックスは、競争の基盤を機能から利便性へと変え、発売から2年で70%のシェアを獲得した。

 

インシュリンの製品ライフサイクルにおける性能の供給過剰

 

● イーライ・リリーは、性能の供給が市場の需要を超えたため差別化した製品に対して価格プレミアムを設定することはできなかった。

● 一方、小規模なインシュリン・メーカーである、ノボは、インシュリンを手軽に摂取できるインシュリン・ペン製品を開発していた。

→ イーライ・リリーが、ヒューマリンの価格プレミアムを維持しきれなかったのに対し、ノボの便利なペンは、インシュリン一単位につき30%の価格プレミアムを容易に維持できた。ノボは、世界のインシュリン市場でのシェアを拡大し、収益性を高めた。

→ イーライ・リリーとノボの経験も、性能が市場の需要を超えた製品は、市況商品のように価格が決定されるようになり、競争の基盤を変える破壊的製品は、プレミアムを獲得できることを実証している。

製品競争の進化のマネジメント

 

● 図94 競争基盤の変化のマネジメント

     市場が求める性能向上の軌跡のほうが、技術者が供給する性能向上より傾斜がゆるやかな、複数の層になった市場を図式化したもの。

     市場の各層は、製品の選択基準の移行が起きる進化のサイクルのなかを進んでいる。

     製品のライフサイクルのその他の条件は同じ結果をもたらすが、この図は、ウィンダミア・アソシエーツの考案した購買階層を使っており、最初は競争の中心は性能で、つぎに信頼性、利便性、価格へと移る。

     この章で検討した各事例では、競争基盤の変化や、製品ライフサイクルの進化の先触れとなる製品は、破壊的技術であった。この図は、性能の供給過剰に直面した企業がとりうる戦略と、破壊的アプローチが業界の競争の性質を変える可能性を表している。

○「戦略1」:検証した業界で最も広く追求されている方法

持続的技術の軌跡に沿ってさらに上層の市場へと移動し、単純、便利、または低コストの破壊的アプローチが出現したら、低い層の顧客をあきらめるというものだ。

○「戦略2」:いずれかの層の市場で顧客のニーズに合わせてゆっくり進化し、幾度かの競争基盤の変化の波にうまく乗る方法である。

デルやゲートウェイ2000などの新規参入企業:購入や使用の利便性を重視した製品コンパック:市場の低い層のニーズに的をしぼった低価格、中機能の製品。

○「戦略3」:技術が供給する性能の向上を、顧客が求めるようにしむける方法。

マイクロソフトやインテル、ディスク・ドライブ・メーカー

本質的に、顧客が求める機能の向上の軌跡の傾きを急にし、自社の技術者が供給する向上の傾きと並行になるようにしている。(図95

 

正しい戦略、誤った戦略

 

3つの戦略のいずれも、意識的に追求すれば、成功する可能性がある。

「戦略1」:ヒューレット.パッカードは、レーザージェット・プリンター事業

「戦略2」:コンパック・コンピュータ

「戦略3」:インテル、マイクロソフト、ディスク.ドライブ・メーカーの連合軍

→ これらの成功した企業は、明確に意識しているにせよ、直感にせよ、顧客の需要の軌跡と、自社の技術者の供給の軌跡の両方を理解している点で共通している。

しかし、一貫してこのような戦略をとってきた企業の数は、きわめて少ない。

優良企業のほとんどは、無意識のうちに軌跡グラフの右上へと移動し、競争基盤の変化に足をとられ、破壊的技術による下からの突き上げにあっている。