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課外教育について

学生達の課外活動と私との関わりは、ほぼ以下の通りです。

 
 ○体育会部長会幹事ー学生担当 

  立教大学体育会は48部からなり、各部には教員である部長がいます。部
 長会幹事は、会長・副会長の相談に預かりつつ協力する役目を負いますが、
 職務手当ては一切ありません。部長会幹事の中で、私は学生担当です。
  学生スポーツのあり方について、私は次のように考えています。
  課外活動である学生スポーツは、文武両道を目指すべきだと考えます。文
 武両道の実現が大切と述べると、武は弱くても良いという軟弱な考えだと反
 発を受けることが少なくありません。しかし、私のいう文武両道は文も武も
 です。スポーツ活動で大活躍した学生が、卒業式でも総代になることが私の
 先任の部長会幹事であられた故澤木敬郎先生の夢でした。発達の目ざましい
  近年のスポーツ科学の成果を取り入れて合理的な練習をすれば、両立は十分
  可能です。
  私自身も、何とか時間を作って体育会のフレッシュマンキャンプやリーダ
 ースキャンプに顔を出しています。その結果、私が顔を認識できる体育会学
 生が沢山います。しかし、私を部長会幹事と認識してくれる体育会学生はま
 だまだ少なく、キャンパスですれ違っても無視されることが多いのが悩みで
 す。

 ○体育会相撲部部長(1989年4月〜)
 
  仏文卒の周防正行監督のヒット作「シコふんじゃった」で描かれた「教立
 大学相撲部」の、本物の部長は私です。証拠写真もあるのですが、残念なが
 らここではお見せしておりません。
    相撲部のホームページをご覧ください。
  北海道大学へ移られた畠山先生の後を埋めるべく、部長を委嘱されたので
 すが、その前の神島先生の頃から専任部員ゼロ。元学生横綱で前監督の堀口
 さんを始めOB達を巻き込んだこと、かつていたという話しを聞いて女子マ
 ネージャーを無理やり作ったこと、東日本のCクラスで初めて優勝してしま
 ったとき、監督と相談できなかったので、入替え戦でやぶれたことなど、今
 では懐かしく思い出されます。
  現在の監督は肥田さんです。ここ何年か、夏合宿は慶応大学と合同で、伊
 豆の大仁の一二三荘に泊まって行っており、土俵は国体の会場であった大仁
  神社のものを使わせていただいておりました。
    97年・98年の夏合宿は、単独で行いました。水戸の「いづみ荘」に泊
  り、水戸一高の土俵を使わせていただきました。
  現在、東日本のリーグ戦でBクラス。セレクションのある大学のレギュラ
 ー選手を何番か破ることができるようになりました。つまり、セレクション
 の無い大学の中では、one of the bestの相撲部です。
  全日本および東日本選手権では、残念ながらCクラス。何とかBクラスに
  上がろうと努力中です。応援をよろしく。
  部員不足・女子マネ不足が悩みです。文武両道を目指す合理的な練習で鍛
 えれば、君の体格でも十分です。今からでも遅くないから相撲部に入れ!

○登録団体ブラウネスキークラブ部長   顧問という肩書で1年間の顔見せの後、創立以来の中村先生が定年退職さ  れた後を継いで1993年から部長になりました。顧問の濁川先生とコーチ  であった佐伯さんに、おんぶにだっこの状態でした。競技スキーの実力は、 体育会スキー部より上かと思います。シーズンと学年試験の時期が重なるの で、何とか無事に卒業して欲しいと、毎年ハラハラしています。   極端な部員不足の状態にOBも私もハラハラしているのですが、現役の学  生達は自分達のやり方を貫くのだと、聞く耳を未だに持たないようです。 7/4/99追記:やり方を変えたら新入部員を沢山えられたそうです。とりあ えず、廃部の危機は免れました。若手OBと共に、ホッとしています。   ブラウネのホームページをご覧ください。 BRAUNEという雑誌を年に1度発刊しており、巻頭の挨拶を毎年書か  されています。これらの中に、課外教育への私の関わり方や考え方が、自ず  と表れています。再録しましたので、お読みいただければ幸いです。 12/31/00追記:この雑誌は、39巻で廃刊とされました。

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