2006年度租税法


講義ノート1〜104頁(pdf)

 配布資料は、「学生がノートを書く負担を減らして、話を聞くことに集中できるようにしているが、レジュメを見ただけでは理解しにくく、講義を耳で聞いて理解が深まる」というレベルを目指して作成しています。私自身の学生時代の経験から、耳で講義を聞いていた方が懸命に教科書を読んだだけというよりも理解が深まっている、と感じています。
 黄色のマーカー部分は訂正箇所です。特に76頁に深刻な誤りがあります。訂正してください。  青色マーカー部分は講義でとばした箇所であり、期末試験の対象外となります。

問題文
以下の各問いに答えよ。解答の順序は問わないが、解答に際してはどの問いについてのものであるか明示せよ。なお、租税法上の数値の間違いなどは減点対象としない。ただし、数値例を自作して説明する場合に、その数値例やその後の説明に矛盾があれば、それは減点対象となる。例えば、法によれば税率が30%であるはずなのに、解答において40%であるという前提を示して解答しても、それ自体では減点対象とならない。しかし、40%で課税されるという数値例を自作して説明していながら、その後の説明が50%の税率を前提としているような場合には、減点対象となる。

第一問 或る人には毎年1億円の収入があり、必要経費は0円であるとする。また、税率構造は、1000万円まで10%、1000万円を越える部分について20%の超過累進税率であるとする。次の(1)(2)で制度改正前と改正後にそれぞれ所得税額が幾らになるか、また、(3)の制度の下では所得税額が幾らになるか、計算せよ。なお、(1)(2)(3)の制度はそれぞれ互いに関係ないとする、即ち、(1)の制度の下では税額控除がなく、(2)の制度の下では所得控除がなく、(3)の制度の下では所得控除も税額控除もない、とする。
(1) 100万円であった所得控除が制度改正後200万円になった。(10点)
(2) 100万円であった税額控除が制度改正後200万円になった。(10点)
(3) 二分二乗方式が適用されることになった。(5点)

【解説】 課税所得が1億円であるとすると、所得税額は1000万円×10%+9000万円×20%=1900万円。ここを出発点として、所得控除や税額控除や二分二乗方式により所得税額がどのように減少していくかを確認する。
(1) 所得控除が100万円の場合、限界税率が20%であって税額は20万円減るので、所得税額は1880万円。
 所得控除が200万円の場合、限界税率が20%であって税額は40万円減るので、所得税額は1860万円。
(2) 税額控除が100万円の場合、単純に最初の税額から100万円を控除するので、所得税額は1800万円。
 税額控除が200万円の場合、単純に最初の税額から200万円を控除するので、所得税額は1700万円。
(3) 課税所得が5000万円の場合、所得税額は1000万円×10%+4000万円×20%=900万円。この倍なので1800万円。

【講評】 昨年も超過累進税率の下における計算の問題を課したが、それと比べ遥かに正答率が上昇しており、喜ばしい。
 (1)(2)について制度改正前・後両方を示すことが指示されているにもかかわらず制度改正後の計算結果しか示してないうっかりさんへ、実社会ではうっかりミスをしないよう注意されたし。


第二問 包括的所得概念及び消費型所得概念に言及しつつ、日本の消費税法が逆進的であるとする議論及び逆進的ではないとする議論の両方を述べよ。(20点)

【解説】 包括的所得概念に則って租税負担の配分の公平を図る際の基準が所得であると考える場合、高所得者よりも低所得者の方が消費に割り当てる割合が高いとすれば、日本の消費税法が殆どの商品に単一税率で課税するとしているため租税負担の所得に対する割合は低所得者の方が大きくなるので、逆進的である。(10点)
 更に進んで、ライフ・サイクルで観察した場合には、高所得階層の方が消費に割り当てる割合が小さい即ち遺産として残す割合が高いという前提があって初めて、日本の消費税法は逆進的であると評価される。ライフ・サイクルの議論ができていればボーナス点として5点加点。
 しかし、消費型所得概念に則って租税負担の配分の公平を図る際の基準が消費であると考える場合、高所得者であろうと低所得者であろうと、日本の消費税法では殆どの商品に単一税率で課税しているので租税負担は消費額に対し比例的であり、逆進的ではない。(10点)
 採点基準:逆進的であるとする議論或いは逆進的でないとする議論はできているが、それと包括的所得概念或いは消費型所得概念との関連が適切に示されていない場合には、各5点。

【講評】 包括的所得概念を信奉する立場からは逆進的でなく消費型所得概念を信奉する立場からは逆進的である、という真逆の議論をする答案が多かったのが残念。また、新聞・テレビ等で社会常識として当然のように槍玉に挙げられる「逆進的」の意味につき全く説明できていない答案が多く、新聞・テレビ等を読みこなすことができていないのではないかという不安を抱かせる。


第三問 株式会社甲社は同族会社ではなく、またその決算日は12月31日である。甲社の取締役である乙氏は野球好きの篤志家であった。幼い頃から野球選手としての将来が嘱望されていた丙少年が経済的理由から野球を続けることが難しくなった時、乙氏は私財を提供して丙少年が野球を継続することができるようにしてあげた、ということがあった。時が経ち、立派に成長を遂げた丙選手は、プロ野球球団の一つである丁球団に入団した。
 丙選手は乙氏の恩に報いるため、甲社の商品のテレビ広告に10万円の対価で出演した。丙選手が野球の巧みな技を披露しつつ甲社商品を宣伝するという内容であり、野球通の間では丙選手の技量が少しずつ知られるようになっていったが、未だテレビ視聴者一般に丙選手の名が知れ渡るというほどではなかった。この広告出演契約は2006年の年初に期間を1年間として締結されたものであり、2007年以降の予定は白紙であった。
 2006年の年末に野球の世界大会が開催された。日本代表に選ばれた丙選手は大活躍を見せ、とうとう日本は初優勝を遂げた。丙選手の知名度は一気に高まった。そのため、甲社は丙選手との広告出演契約を更新することを希望した。この時、或る広告会社は「今、丙選手と広告出演契約を締結するならば、1億円を用意しなければならないであろう」という見積もりをしていた。しかし、甲社との契約交渉に際し、丙選手は「今の私があるのは乙さんのおかげです。恩義のある乙さんの会社に対して、これまでより高い広告出演料を求めるのは、私の道義心に反します」と言い、2006年の時と同じ広告出演料で2007年の契約を締結した。
 ところで、乙氏は音楽も愛していた。経済的理由から戊氏が音大への進学を諦めかけていた時、乙氏は私財を提供して戊氏の音大進学を援助してあげた、ということがあった。無事、音大に進学することができた戊氏は、天性の作曲能力を存分に磨いていった。
 丙選手が甲社商品の広告に出演する際、音大の学生である戊氏は作曲を手掛けた。広告のためにその曲を1年間利用させることの対価として、戊氏は甲社から1万円を受け取った。丙選手の力強さを存分に表現した素晴らしい曲であったが、まだ若造にすぎない戊氏の知名度は無いに等しかった。その後、前述の世界大会における丙選手の活躍の影響から、戊氏の作った曲は丙選手のテーマ曲のような扱いを受け、その曲の知名度及び作曲者としての戊氏の知名度は一気に上昇した。そこで2007年にその曲をCDに収めて発売することを甲社は企図し、戊氏からその曲の著作権を譲り受けることにした。著作権の譲渡の契約交渉に際し、戊氏は「今の私があるのは乙さんのおかげです。既に昨年、甲社からは1万円の対価を頂いていますから、それ以上の金銭を受け取ることは、私の道義心に反します」と言い、結局戊氏は2007年以降甲社から一銭も受け取らなかった。そのCDはミリオンセラーとなり、2007年に最も売れたCDとなった。
 以下の問いに答えよ。なお、(6)のボーナス問題について解答した場合、内容に応じた加点をする。
(1) 丙少年や戊氏の若い頃に乙氏がなした経済的援助について、税務上どのような問題が生ずるか。(10点)
(2) 丙選手が丁球団から受け取る年棒は、所得税法上何所得に該当すると考えられるか。(10点)
(3) 2007年の丙選手と甲社との間の広告出演契約に関し、税務上どのような問題が生ずるか。(10点)
(4) 戊氏が2006年に甲社から得た1万円の使用料は、所得税法上何所得に該当すると考えられるか。(10点)
(5) 2007年に戊氏と甲社との間でなされた著作権の譲渡に関し、税務上どのような問題が生ずるか。(15点)
(6)(ボーナス問題) もしも丙少年や戊氏の若い頃に乙氏がなした経済的援助が、乙氏の私財によるものではなくて甲社のお金であったとしたならば、その経済的援助に関し、税務上どのような問題が生ずるか。

【解説】
(1) 乙氏が丙少年や戊氏に贈与を行なったのであれば、丙・戊に対し贈与税が課される。
 採点基準:乙氏の納税義務と捉えている場合は10点から−5点。
 贈与税の議論はしてないが、乙と丙・戊との二重課税が生ずることを論じている時は5点。
 ボーナス加点5点:乙氏の贈与は乙氏の課税所得の計算において必要経費に算入されない。
 ボーナス加点5点:乙氏は丙・戊に対し私財を「提供」したとのみ書かれてあるので、贈与であるとは限らず融資である可能性もある(尤も、「資金の提供」であれば贈与と融資の両方が含まれる一方で「私財の提供」であれば通常は贈与が想起されよう)。融資である場合には、丙・戊に対し贈与税は課せられない。

(2) 丙が丁球団に雇われているとはいえ、プロ選手については自分で危険を負担して所得を得ているとみることもでき、事業所得というべきである。しかし、二軍選手のように自ら危険を負担しているとは言いがたく使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として年棒を受け取っている場合には、給与所得というべきである(§223.01 弁護士顧問料事件参照)。
 採点基準:事業所得或いは給与所得という結論のみが述べられている場合は5点。
 事業所得或いは給与所得であるとする結論を導くための理由付けも述べられている場合は10点。
 事業所得・給与所得の両方の区別を論じて結論を導いている場合はボーナスも含めて15点。

(3) 丙は甲社に対し低額で役務を提供していることになる。しかし法人税法22条2項は役務提供を無償或いは低額で受ける場合に益金計上を要求していない。甲社は、実際に支出した低額の広告出演料を損金に算入することができるのみであって、通常の広告出演料を支出した場合よりも損金の額が小さいだけ結果として甲社の課税所得が増大するにとどまる。
 所得税法59条は個人が法人に無償或いは低額で資産を譲渡する場合に時価で譲渡したものとみなすことを要求しているが、本問で問題となっているのは役務提供であるので所得税法59条の問題とならない。丙が甲社から受け取った出演料は、事業所得又は雑所得となろう。
 採点基準:甲社の益金算入がないこと・損金算入額が小さいので結果として課税所得が増大するにすぎないことを論じていて、10点。益金算入がない或いは損金算入額が小さいことだけを論じているならば5点。単に1億−10万円の差額分を得していてそこに課税する、と論じているにすぎないならば5点。
 丙に所得税法59条が適用されないことを論ずるか、又は出演料の所得分類を適切に論じていれば10点。
 丙について所得税法59条が適用されないことを論じないまま単に10万円が課税所得に含められるとのみ論じている場合は5点。
 丙が1億円の所得を得るチャンスがあったはずであるからそれが丙の所得として課税される、という議論は、やや無理があるので5点。
 甲・丙両者の扱いについて論じていればボーナスも含めて15点。

(4) 音大の学生が受け取るので事業性はないと考えられ事業所得には該当しない。対価性があるので一時所得には当たらない。よって雑所得にあたる。
 しかし学生であるからといって事業を営んでいるとはいえないということが必然であるわけでもなく、作曲等の事業を普段から行なっていたのであれば、事業所得に該当する。
 採点基準:雑所得に該当するという結論のみである場合は5点。事業所得又は一時所得に該当するという結論のみであるときは0点。
 事業所得ではないが一時所得に当たるという結論を導いている時は5点。
 事業所得や一時所得に該当しないことも述べた上で雑所得という結論を導いていれば10点。
 事業を営んでいる場合と営んでいない場合とを区別して適切に論じていればボーナスも含めて15点。

(5) 戊は甲社に対し著作権という「資産」を無償で供しているので、所得税法59条が適用され、時価で著作権を譲渡したものとみなされる。そのため戊は著作権の含み益について譲渡所得課税を受ける。
 甲社が受け取った著作権の取得価額は、時価である。なぜならば既に戊に対して所得税法59条が適用され譲渡所得につき課税がなされているからである。
 採点基準:所得税法59条(みなし譲渡)の議論が適切に論じられていて15点。
 時価で譲渡したものと見なすことに言及がなく単に譲渡所得が発生するとだけ論じている場合は10点。
 所得税法59条の議論が適切には議論できていないが戊が著作権の時価相当額の収入を得たものとすると論じていれば(つまり譲渡所得課税であることが伺えなければ)10点。
 含み益に言及しつつも戊に対する譲渡所得課税を論じていなければ5点。
 無償譲渡のみに言及し譲渡所得課税を論じていなければ5点。低額譲渡として論じている場合は0点。
 時価で譲渡したものと見なす旨が述べられているが、甲社の益金算入の問題として論じている場合は、5点。
 甲社における受贈益の益金計上或いは著作権の取得価額まで論じていればボーナスとしてそれぞれについて5点加点。

(6) 甲社が丙・戊に資金を贈与していたのであれば、丙・戊にとって一時所得となる。(5点)
 甲社が丙・戊に資金を贈与していたのであれば、甲社にとって寄附金に該当し、法人税法37条3項による損金算入限度額を超える額は損金算入できない。(5点)
 甲社が丙・戊に資金を適正な利子率で貸し付けていたのであれば、丙・戊にとって贈与を受けたわけではないので、課税所得とはならない。(5点)
 甲社が丙・戊に資金を適正な利子率で貸し付けていたのであれば、甲社は受け取り利息を益金に計上するのみであり、寄附金等の問題は生じない。(5点)
 甲社が丙・戊に無利息融資をしていたのであれば、ありうべき利息相当額を法人が個人に贈与したことになるので、その額は丙・戊にとって一時所得となる。(5点)
 甲社が丙・戊に無利息融資をしていたのであれば、ありうべき利息相当額を法人が個人に贈与したことになるので、甲社は利息相当額を益金に算入しなければならず、また寄附金に該当するので損金算入限度額を超える部分は損金に算入できない(§322.03 清水惣事件参照)。(5点)

【講評】 「××は〜〜税を納めた様子がないから脱税である」といった議論が幾つか見られたが、税を納めたとも納めていないとも記述していないのは租税法の試験の設例なのであるから当たり前である。
 意図的に曖昧な記述として場合分けが必要であるようにした問題が幾つかあるが、場合分けをしようとする答案が極めて少なかった。法学部の問題で、設例の記述からは判然としない事実関係について場合分けして議論する必要がある、というのは当然のことである。
 (1)につき、贈与を「譲渡」とし譲渡所得課税の問題を論じようとするものが幾つかある。民法をやり直すべし。
 (5)につき、戊から甲社に1万円の対価でもって著作権が譲渡された、という前提の答案があり、残念。
 (6)につき、甲社は丙・戊に投資を行なったと考えられる、とする答案が幾つかあった。この経済的視点は興味深い。但し、投資であると解釈されるとして、そこからどのような税務上の扱いが導き出されるかを論ずるにまでは至っていないのが、残念。

【全体の講評】
 昨年と比べ、所得控除や税額控除による税額の変化についての正答率が上昇し、ほっとしました。
 しかし、第二問で逆進的の意味について全く答えられていない答案が多かったことは残念でした。消費税のところからは必ず出題すると言っておきましたが、消費税についての理解が深まっていなかったようです。
 第三問は少し長めの事例問題ですが、論点を区切った出題だったので、通常に比べ解答は楽だったと思います。
 全体の得点の平均点は昨年より若干上昇してほっとしました。

最低点0点(2人)
最高点100点(1人・但しボーナス加算があるので満点ではない)
S 3人
A 5人
B 15人
C 26人
D 13人
全体の平均点 35.5
問一(1) 5.6
問一(2) 6.0
問一(3) 0.9
問二   4.8
問三(1) 4.8
問三(2) 4.6
問三(3) 1.1
問三(4) 2.2
問三(5) 3.3
問三(6) 2.1

シラバスから転載

EX410 租税法 前期 4単位
浅妻 章如(アサツマ アキユキ)
備 考 法学科 国際・比較法学科 政治学科

■授業の目標
 租税法の仕組みの概要を知る。特に、所得の操作ということについて、イメージできるようになる。
法律と政策論との関わりを理解する。

■授業の内容
 租税法を勉強する意義は大きく言ってふたつあります。実学の側面と公平の側面です。第一に,民法・商法などで幾つかの法形式を教わったことと思いますが,その法形式の選択次第では租税負担が重くなったり軽くなったりすることがあります。納税者の立場からはどのようにすれば余計な租税負担を負わないようにすることができるかを,課税する方の立場からは納税者が租税を免れようとする時に何を考えているのかを,学ぶ必要があります。この実学の側面は,主に解釈・運用の場面に関わります。
 第二に,租税負担の配分はどのようにするのが公平に適うかという哲学的な問いをも,租税法は含んでいます。何が公平かについて生の価値判断を述べることは法律家のよくするところではありませんが,公平について議論する際の考慮事項は,今後皆さんが主権者として政策決定に関わる際に知っておくべき事柄です。公平の側面は,主に立法論・政策論に関わります。

■授業計画
 教科書には所得税・法人税・相続税しかありませんが,その他に消費税も取り上げます。地方税・個別消費税・流通税・関税については,時間に余裕があれば言及します。また,国際租税法についても若干扱います。教科書に指定したものは必ずしも教科書として書かれた物ではありませんので,必要に応じてレジュメを配布して補います(教科書にない消費税・国際租税法についてはレジュメが中心となります)。
 法人税の回数が少なく見えますが、所得計算に関わる部分は所得税の中であわせて論じますので、その分所得税が多く、法人税が少なく見えるだけです。
 概ね,以下のスケジュールを予定しています。
1&2.序論及び憲法論(3回)
3.所得税(11回)
4.法人税(3回)
5.租税法の解釈と適用(1回)
6.相続税・贈与税(2回)
7.消費税(2回)
8.国際租税法(3回)

■成績評価方法・基準
 筆記試験

■テキスト
 金子宏他『ケースブック租税法』(弘文堂)

■参考文献
 金子宏『租税法』(弘文堂)
 他、講義ノートを配布します。

■その他(HP等)
 民法の法人論及び会社法を受講済みもしくは並行して受講していることが望ましいです。



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