2018年度租税法1(EX411)




期末試験解説 2018年7月26日木曜日1時限実施
 ペン・ボールペン以外で書かれた答案は零点とする。配点は時間配分の目安にすぎず、問題に関し租税法学上意味のある記述には配点を超える加点の可能性がある。計算結果が違っても計算過程の加点の可能性がある。下記条文抜粋は参考になるかもしれないが抜粋されてない条文が関係するかもしれない。原則として現行法令に依拠するが、震災復興増税・地方税法・租税特別措置法は無いものとし、国際課税については出題しない。但し、計算の便宜のため、所得税率は所得200万円以下の部分が20%、200万円超の部分が40%の2段階だけであるとし、相続税率も所得税率と同様であるとする。

 貴子と生計を一にする親族は実子4人(マリ、報瀬、結月、日向)のみであった。貴子は南極観測データ販売事業を営み(法人化してない)、報瀬のみが貴子の事業を手伝って貴子から給与の支払いを受けていた。結月はアイドル業を営んでおり、結月が貴子の事業の広告宣伝をした見返りとして、結月は貴子から宣伝料の支払いを受けた。日向は貴子と無関係のコンビニで働いていた。マリは家事をして5人家族を支えていた。
 貴子は2018年1月1日に不慮の事故で死亡した。法定相続人はマリ、報瀬、日向、結月のみである。報瀬のみに貴子の事業を継がせるつもりで他の3人は相続放棄をしたが、貴子は多数の債権債務を抱えていたので報瀬は限定承認に係る相続をした。限定承認の結果、貴子の遺産は、貴子が出産するより前に1000万円で購入した不動産(時価9000万円)のみであった。
 (1)(20点)貴子の報瀬に対する給与支払いについて、青色申告等の条件に関する場合分けをした上で、貴子・報瀬それぞれの所得税法上の扱いを説明せよ。
 (2)(10点)貴子・報瀬の経済実態としての活動に変化はないが、私法上の関係が、貴子が報瀬に対し給与を支払うというものではなく、貴子・報瀬が民法上の組合を結成し当該組合が南極観測データ販売事業を営むというものである場合、(1)と比べて租税法上の扱いはどう変化するか又はしないか、説明せよ。
 (3)(10点)多くの租税法学者は、課税単位に関するN分N乗方式は兼業主婦/夫の就労を阻害する、と批判する。本問の登場人物のうち誰の行動がN分N乗方式の影響を受けやすいであろうか、説明せよ。
 (4)(10点)貴子の結月に対する宣伝料の支払いについて、貴子・結月それぞれの所得税法上の扱いを説明せよ。
 (5)(10点)給与所得と事業所得とで課税上の扱いにつき差別があることが憲法14条1項の平等原則違背であると日向が主張した場合、裁判所はどう応えるか、説明せよ。
 (6)(10点)競馬好きだが収入源の無いマリは、貴子から家計費として預かっている金銭を流用して馬券を購入した。万馬券が当たった。マリの競馬収入に対する課税に際し、当たり馬券の購入費を控除することができるか、論じよ。
 (7)(10点)報瀬が貴子から受け継いだ不動産を第三者に9000万円で譲渡した。当該不動産に関する譲渡所得の課税について説明せよ。
 (8)(20点)マリ・報瀬・日向・結月それぞれの相続税額を算出せよ。
[条文抜粋は割愛]

【解説】
 (1)教科書123頁。貴子が青色申告をしていて所得税法57条1項の要件を満たしている場合、適法に貴子の報瀬に対する給与を貴子の事業所得から控除できる。報瀬は自身の給与所得としての課税を受ける。
 青色申告等の要件を満たしていない場合は、所得税法57条3項により白色専従者控除の範囲内でのみ貴子の報瀬に対する給与を貴子の事業所得から控除できる。
 所得税法57条1項、3項の要件を満たしてない場合、所得税法56条により貴子の事業所得からの控除は一切認められない代わりに、報瀬の収入金額には算入されない。

 (2)教科書124頁及び106頁。歯科医院親子共同経営事件・東京高判平成3年6月6日訟月38巻5号878頁(教科書124頁)によれば、父と息子が共同経営をしているという申告をしたとしても、父単独の事業であると課税庁及び裁判所に認定される場合がある。しかしこの事件では民法上の組合を結成していなかったのに対し、本問では組合を結成しており、組合を作って共同事業を営むなどの場合に所得分割を否定できないのではないかというのが通説(金子宏説)であると教科書124頁でも解説されている。従って東京高判平成3年6月6日と異なり組合を結成した貴子とについては合法的に所得分割をすることができ、貴子についても報瀬についても事業所得として課税される、というのが素直な解答である。
 しかしりんご生産組合事件・最判平成13年7月13日判時1763号195頁(教科書106頁)においては、組合員であっても活動の実態が他の従業員と異ならない場合給与所得としての課税を受ける、とされている。本問ではわざわざ「貴子・報瀬の経済実態としての活動に変化はない」とまで書いてあるので、組合を結成しても報瀬は給与収入を受けるという認定になるのではないか、という疑問が考えられる。更に、最判平成13年7月13日を理由として貴子・報瀬の共同事業性が認められないのであれば、当然に貴子は所得税法57条1項・3項の要件を満たしていないであろうから、所得税法56条により、貴子一人の事業所得として課税され、報瀬は事業所得も給与所得も得てないとして扱われる可能性がある。
 この問題は、簡単に解答を済ませることもできるが、論じだすと深い議論もできるという、なかなか厄介な問題である。

 (3)教科書93頁にN分N乗の説明があるが、就労阻害効果については教科書には書かれてないので、真面目に講義を聴いていたかが問われる。
 個人単位の場合、給与収入のみを受ける人は概ね103万円まで非課税である。しかし、N分N乗の場合、他の家族の稼ぎの何分の一かを勘案した高い税率が適用されるので、一般に兼業主婦/夫の就労を阻害する効果があると言われている。但し本問では兼業主婦/夫はいない。
 貴子が充分な事業所得を稼いでおり、報瀬も相当の労力を提供しているとすると、N分N乗によって労働意欲が低下することは、貴子・報瀬については考えられない。
 結月、日向については、稼ぎが少なく個人単位下で低い税率の恩恵を享受していたと仮定すれば、N分N乗の影響を受ける可能性がある。
 マリについては、家事だけで時間を使い切っていて賃労働に出向く余力が無いという状況であれば、N分N乗の影響を受けないと考えられるし、家事だけでは時間が余っているということであれば、N分N乗の影響を受けるであろう。
 マリ、結月、日向についてどのような状況の仮定を答案に明示するかで、答案の説得力が変わってくる問題である。

 (4)教科書124頁の弁護士夫婦事件・最判平成16年11月2日判時1883号43頁に照らし、もろに所得税法56条が適用され、貴子の事業所得からの控除は認められず、結月の事業所得への算入は不要となる。結月のアイドル業について給与所得を得る形態なのか個人事業主としての形態なのか問題文では説明がないが、「結月は貴子から宣伝料の支払いを受けた」という問題文からすれば、結月を雇っている芸能事務所が宣伝料を受けたとは考えにくいので、結月のアイドル業は個人事業である、ということを前提とすべきであろう。

 (5)大島訴訟・最判昭和60年3月27日民集39巻2号247頁(教科書18頁)の理解を問う問題。給与所得を得る者と事業所得を得る者との間で所得税法上の差別があるとしても、区別の態様が立法目的との関連で「著しく不合理」であることが「明らか」でない限り、裁判所は区別の合理性を否定することはできず、憲法14条1項違反とはならない、という一般論を最高裁は提示した。

 (6)教科書115頁、122頁、111頁参照。日常珍しくない事象であろうけれども、所得税法の問題としては難問である。今回の中で最も難しい。出題者自身も適切に解答できる自信は無い。
 第一に、マリは横領しているので、違法所得も所得であるという利息制限法違反利息事件・最判昭和46年11月9日民集25巻8号1120頁(教科書115頁)を確認しなければならない。
 第二に、所得の人的帰属を扱う所得税法12条(実質所得者課税の原則)に関し、マリの馬券購入はマリ自身に帰属するのかという問題がある。所得税法12条に関するリーディングケースと目されている株取引包括委任事件・熊本地判昭和57年12月15日訟月29巻6号1202頁(教科書122頁)によれば、たとい証券の手続等を実際には妻が行っていたとしても、夫の委任に基づくものであるという私法上の関係が認定される場合、妻の所得ではなく夫の所得として扱わねばならないと論じられている。この裁判例に照らし、マリが自分の金ではないことを知りながら馬券を購入することは、マリへの当たり馬券収入の帰属を基礎付けない方向へと作用するのではないか、という疑問が提起される。マリの収入金額ではないとすれば貴子の収入金額となる。しかし、ここで効いてくるかもしれないのが利息制限法違反利息事件であり、マリが違法性を自身で認識していたとしても、マリ自身のお金の処分であるかの如く馬券を購入したのであれば、株取引包括委任事件とは区別(distinguish)することが適切である、という論じ方も考えられる。
 第三に、一時所得の控除額(所得税法34条2項)に関するリーディングケースであるところの逆ハーフタックスプラン事件・最判平成24年1月13日民集66巻1号1頁(教科書111頁)によれば、一時所得の収入を得る者自身の負担でなければ控除できないとされていることとの関係が問われる。マリは自身のお金で馬券を買ったのではないのだから、逆ハーフタックスプラン事件の論理に鑑みて、当たり馬券購入費を負担してないマリは控除が認められない、という論理展開が一方で考えられる。他方で、やはり利息制限法違反利息事件に鑑みて、違法ではあってもマリは自身のお金の処分であるかの如く馬券を購入したのであるから、控除は認められるべきである、という論理展開も考えられる。しかし、利息制限法違反利息事件を持ち出すならば、一時所得の計算において当たり馬券購入費の控除を認めると仮にいえるとしても、マリの横領額を収入金額に含めなければならない(所得分類としては対価性が認められ難いから一時所得であろうか)から、結局、マリの一時所得の金額は、当たり馬券収入から当たり馬券購入費を控除しない額でなければならない、という再反論が考えられる。マリが貴子から貰った小遣いで馬券を購入した場合には、問題なく当たり馬券購入費の控除が認められるであろうことと比べ、横領した金で馬券を購入した場合の扱いは、かように恐ろしく複雑な論理展開となるであろう。(6)だけでも充分に論じきることができていたらそれだけで100点あげても構わないという程度の難問である。しかし、このような問題は加点要素が沢山あるので、理解が不充分でもそれなりに得点を稼ぐチャンスともいえる。
 なお、本問は当たり馬券の購入費の控除の可能性を問うているので、機械的に多数の馬券を購入していた場合に雑所得として扱われて外れ馬券の購入費も控除することができるかが問われた最判平成27年3月10日刑集69巻2号434頁(教科書110頁)に触れても、加点要素とならない。

 (7)教科書100-103頁。所得税法59条・60条の理解を問う問題。限定承認をしているので、貴子が取得費1000万円の不動産を時価9000万円で譲渡したという擬制に基づき、貴子が8000万円の譲渡益について所得課税を受ける(貴子は死んでいるので所得税債務も相続財産の計算における債務控除の対象となるし、実際に納税するのは相続した報瀬である)。
 報瀬が9000万円で当該不動産を譲渡しても、所得税法60条2項により取得費は9000万円であるので、報瀬については譲渡所得は生じない。

 (8)貴子の譲渡益についての税額を算出する。8000万円の譲渡益から50万円(所得税法33条4項)を控除して7950万。出産前の不動産購入ということから明らかに長期譲渡所得であるので所得税法33条3項2号及び22条2項2号に基づき半分の3975万円が貴子の課税総所得金額に算入される。所得税法72〜86条の基礎控除等は無いものとする、という条件を問題文に書き損ねてしまった結果、以下の計算は想定していたものよりも複雑なものになってしまった。貴子の基礎控除38万円とマリの扶養控除38万円のみが適用されるとすると、3975−76=3899(万円)。200×20%+(3899−200)×40%=1519.6(万円)が貴子の所得税額である。
 9000万円のプラスの遺産と1519.6万円の所得税額の債務控除により9000−1519.6=7480.4(万円)。
 相続税法15条による基礎控除は3000+600×4=5400(万円)。
 7480.4−5400=2080.4(万円)を相続税法16条に従い法定相続人が法定相続分通りに相続したと仮定すると2080.4÷4=520.1(万円)。
 相続税率も所得税率と同じであるという仮定なので、200×20%+(520.1−200)×40%=168.04(万円)。総相続税額は168.04×4=672.16(万円)。
 相続税法17条により実際の相続額に応じて按分するので、報瀬が672.16万円、マリ、結月、日向は0円。
 長期譲渡所得の特例を理解しているか(なお、所得税法上の基礎控除等の人的控除についても加点要素とする)、相続税法上の債務控除を理解しているか、相続税法上の基礎控除を理解しているか、法定相続分課税方式を理解しているかを問うている。計算は面倒であるが、途中で計算を間違えていても、計算の考え方が正しければそれなりの加点をする。


【講評】
 (1)2.92点。所得税法56条、57条の話だと分かるか分からないかで差が激しかったようです。
 (2)3.75点。無理かなと思っていたりんご生産組合事件との関係を論じる答案が1つありました。出題意図が伝わって嬉しいです。
 (3)2.08点。N分N乗だと片稼ぎ夫婦と共働き夫婦とで合計租税負担に差がつかないというところから適切に論述できている答案が数通ありました。
 (4)1.52点。弁護士夫婦事件のことが聞かれていると分かっていた答案が数通ありました。
 (5)1.88点。サービス問題のつもりだったのですが大島訴訟はあまり覚えてもらえていないことが分かりました。
 (6)2.50点。わずかですが違法所得について論述している答案があり嬉しく思います。
 (7)2.08点。所得税法59条1項が適用された結果誰の譲渡所得として扱われるかを問うているつもりですが、そこを明示しない答案が多くてあまり加点できませんでした。
 (8)4.67点。法定相続分課税方式は独特で、勉強していなければ分かりようがないところなので、勉強の有無の差が如実に表れているようです。
 平均21.33点。標準偏差21.27点。最高83点。最低0点。最高点の人、よく勉強しておられて凄いですね。昨年度の講評で、「単位嘆願は不利に働く可能性があります」と書き、そのことを知っているにもかかわらず、単位嘆願を答案に書く人がいまして、「どうして人は自身に不利な状況に追い込みたがるのかな?」と思いました。期末試験作問締切にギリギリ間に合うネタが宇宙よりも遠い場所でした。3次元の俳優の美醜等の影響に左右されてしまうドラマ・映画等と比べ、アニメーションは生まれつきではなく努力によって美しい画面や物語を作ることができますので、よりポリコレに適合していると思います。と書きつつ、アニメにはまり始めたのは2014年からと新参なのですが。ところで、浅妻はポリコレ信者ではないだろ、という突っ込みを受けるかもしれません。それはそれとして。大っぴらには言えませんが成績評価には手心を加えています。S20.8%, A8.3%, B12.5%, C25%, D33.3%標準偏差が大きい(つまり上下にばらけた)ので、例年よりSとDが多いです。

 

表紙へ