2023年度租税法1(EX411)




期末試験解説 2023年7月20日(木)1時限実施

 配点は時間配分の目安であり、問題に関し租税法学上意味のある記述には配点を超える加点の可能性がある。抜粋されてない条文も関係しうる。抜粋されている条文が関係する際は関係条文の条項号も記せ。計算結果が違っても計算過程の加点の可能性がある。原則として日本の現行法令に依拠するが、消費税法・震災復興増税・地方税法・租税特別措置法は無いものとし、計算の便宜のため、利子率・割引率を25%(年複利)とし、年単位の計算とし(月日の考慮は不要とする)、所得税率・相続税率・贈与税率は、200万円以下が20%、200万円超が40%の超過累進税率構造であるとする。
 モデル業を営む山田杏奈(以下「A氏」)に交際を申し込むため、市川京太郎(以下「K氏」)は第1年度に500万円を出捐して時価500万円の貴重な秋田犬キーホルダー(以下「甲」)を購入し、第1年度にK氏は甲をA氏に贈与した。ところが、第2年度、A氏をストーキングしている豚野郎(以下「B氏」)が、A氏に異性由来の物が存在することが我慢できず、甲をネットオークションで第三者(以下「D氏」)に800万円で売却してしまい、B氏はD氏から受け取った800万円をA氏に渡そうとした。A氏は甲を失う事がK氏との絆を失う事ではないと悟り、B氏による甲のD氏への売却は無権代理というべきものであったがこれをA氏は追認した。そんなこんなのトラブルを乗り越え第2年度にA氏とK氏は法律婚をした。
 第3年度、K氏は漫画「儂の心のヤバイやつ」(以下「乙」)を作成し、乙を出版社である夏田書店(以下「N社」)に持ち込んだ。N社の雑誌編集者は乙を気に入り、N社が乙を出版したいと考えた。N社はK氏から乙の著作権を購入することを申し込んだ。対価として、第3年度から第5年度にかけての3年間にわたり毎年250万円ずつ支払う契約(以下「丙契約」)をN社はK氏に提案し、K氏は承諾した。ところが、N社のK氏に対する丙契約に係る一回目の250万円支払い予定日の前日、K氏はB氏によって殺害されてしまった。K氏の相続人はA氏のみであった。A氏は限定承認をした。K氏の債権債務関係を整理した後、残ったのは丙契約に係る利得のみであった。丙契約に係る利得以外、K氏の第3年度の漫画業に係る収入金額と必要経費の額は釣り合っており、第3年度のK氏に漫画業以外の収入や支出はなかった。
 第4年度、A氏はB氏からK氏殺害に係る損害賠償金を受け取った。同年、A氏はN社から丙契約に係る二回目の250万円の支払いを受けた。
 第5年度、A氏はN社から丙契約に係る三回目の250万円の支払いを受けた。
 (1)(10点)第1年度の甲の贈与に係る贈与税額を誰が幾ら納めるべきか説明せよ。租税特別措置法70条の2の4は無いという前提に留意せよ。
 (2)(25点)第2年度にA氏がB氏経由でD氏から受け取った金員800万円に関する所得分類、収入金額、必要経費又は取得費について説明せよ。なお、A氏はモデル業に係る所得も稼得しているので、所得税額は計算しなくてよい。
 (3)(10点)丙契約に係るK氏の権利のK氏死亡時の割引現在価値を算出せよ。
 (4)(20点)第3年度のK氏の所得税額を算出せよ。なお、配偶者控除・配偶者特別控除は適用されない。
 (5)(10点)第3年度のA氏の相続税額を算出せよ。
 (6)(10点)第4年度にA氏がB氏から受領した損害賠償金に係る所得税法又は相続税法上の課税関係を説明せよ。
 (7)(15点)第5年度にA氏が丙契約により受けた250万円に関する所得税法の適用について説明せよ。なお、A氏はモデル業に係る所得も稼得しているので、所得税額は計算しなくてよい。
[条文抜粋は省略]

【解説】
 (1)相続税法21条の5により基礎控除額が60万円なので、500−60=440(万円)に超過累進税率を当てはめる。200×0.2+(440−200)×0.4=136(万円)。贈与税は受贈者たるA氏が136万円納税する(教科書271頁、相続税法21条)。
 (2)B氏の行為は、所得税法12条に関するリーディングケースの一つである冒用登記事件・最一小判昭和48年4月26日民集27巻3号629頁と似ている。しかし、B氏がA氏を無権代理して甲を譲渡したという法律行為をA氏が追認した、という点が異なる。追認により譲渡の効果はA氏に帰属する。このため所得税法12条を持ち出すまでもなくA氏が甲を譲渡したという前提で租税法令が適用される。A氏が甲を譲渡して得た収入はA氏の所得税法33条の譲渡所得に係る収入金額となる。譲渡収入金額から取得費等を控除した額を譲渡益(所得税法33条3項)と呼ぶところ、取得費について一般的には所得税法38条が規定しているが、本件では特則である所得税法60条1項1号が適用される。すなわち、A氏が甲を0円で取得したと考えるのではなく、K氏が500万円で甲を取得したという取得費の属性をA氏が引き継ぐ。このため、譲渡益は800−500=300(万円)となる。譲渡所得は、譲渡益−50万円(所得税法33条4項)=250万円となる。保有期間が5年以内なので短期譲渡所得である(所得税法33条3項1号)。所得税額は計算しない。
 (3)250+250/1.25+250/(1.25^2)=250+200+160=610(万円)。
 (4)教科書135頁、114頁参照。所得税法36条1項に関する権利確定主義に照らして、K氏の丙契約に係る収入金額の権利が死亡時迄に確定している部分が0円か250万円か610万円か考えることとなる。最判昭和47年12月26日民集26巻10号2083頁によれば、割賦弁済を受ける場合も一時に全額について収入金額に算入されるので、610万円であろう。なすべきことをなしたかという基準に照らしても、本件でK氏は漫画原稿を提出するというなすべきことを全てなし終えており、N社側は支払いを拒絶する抗弁の成立する余地はなさそうなので、やはり610万円であろう。更に、仮にK氏自身の収入が0円又は250万円であると考えるとしても、A氏が限定承認に係る相続をしているので所得税法59条1項1号によりK氏からA氏への610万円分の丙契約に係る権利という資産の譲渡があったと擬制せざるをえないから、K氏自身の収入を幾らと考えるまでもなく所得税法上のK氏の収入金額は610万円になると考えられる。0円又は250万円という解答であってもそれなりに権利確定主義を検討したことが窺われる理由が書かれてあれば加点する。著作権の譲渡と考えると譲渡所得であり、所得税法33条4項の特別控除額50万円が控除される。所得控除としては基礎控除(所得税法86条1項1号)のみが適用される。基礎控除の48万円を控除して610−55−48=512(万円)が課税対象となる。200×0.2+(512−200)×0.4=164.8(万円)の所得税額となる。
 N社の第3年度から第5年度における著作権の利用に応じて毎年250万円ずつ支払われることを重視し一時に実現する事業所得ではなく使用料であると考えるとすると(職務発明をした者が使用者から受ける報奨金等は、権利移転時に受け取るものが譲渡所得であり、権利承継後に受け取るものを雑所得とする国税庁タックスアンサーNo.2592参照。但し浅妻はNo.2592の場合全て給与所得と解すべきと考えている)、事業所得であろう。使用料と解すと変動所得(所得税法2条1項23号、90条1項)の五分五乗方式が適用される。
 (5)A氏は610万円の積極財産を相続し164.8万円の債務を控除する(相続税法13条)。相続税法15条により、3000+600×1=3600(万円)の基礎控除が適用されるので、相続税額は0円である。相続税法19条の2の配偶者控除の適用の有無は本件で関係がない。
 (6)教科書129頁参照。収益補償ではない損害賠償金は所得税法9条1項18号により非課税所得であり、所得税は課されない。損害賠償金は受贈ではないので相続税法も適用されない。B氏側は所得税法45条1項8号により支払った損害賠償額を必要経費に算入できない。
 (7)教科書127〜128頁参照。所得税法9条1項17号に関する年金払い生命保険金二重課税事件・最判平成22年7月6日民集64巻5号1277頁参照。第5年度の250万円が第3年度の相続開始時に160万円と評価されて相続税法上の課税対象に算入されていたので、第5年度の所得は250−160=90(万円)である。金利相当なので雑所得であると考えられる。

【講評】
 (1)平均7.41点。よくできていました。
 (2)平均7.26点。租税属性の引継ぎを理解している答案が期待していたより少なかったです。所得税法61条4項に言及する答案が幾つか見受けられました。謎です。
 (3)平均1.07点。単なる計算問題なので点数を上げるつもりの問題だったのですが、見込み通りに行きませんでした。
 (4)平均5.39点。多くの答案が収入金額は250万円である前提で250−48=202、200×0.2+2×0.4=40.8(万円)と計算していました。中間点を付けました。
 (5)平均6.74点。この問題では関係ないのですが相続税法19条の2の配偶者控除に言及する答案が多く見受けられました。最終回の講義で、法律婚は相続税法上有利に扱われるよ、と強調してしまったためでしょうか。
 (6)平均4.59点。非課税所得であることは多くの答案が理解していました。
 (7)平均0.5点。難しいですから仕方ないです。
 
 全体平均32.96点、標準偏差17.47点。今回は平均点が高くなりました。なお、相続税法9条1項17号とか所得税法21条の5とか、存在しない条文を挙げる答案が幾つかありました。所得税法の話か相続税法の話かきちんと文脈を掴みましょう。よくあることですが4年次生の成績が悪いです(4年次生の平均点は30.48点)。次以降は単純累進税率で計算したら直ちに不可認定する、と宣言した方が授業を聞いていない人を弾くことができてよいのかな。検討してみます。ところで、問題文には「豚野郎」しか書いてないので、答案に香田ニコとか書かれても扱いに困ります。

 

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