青少年の社会教育史
ボーイスカウト−20世紀青少年運動の原型
田中治彦著 中公新書1266 1995年
戦後生まれの人であればその青少年期に一度はキャンプファイヤーを経験したことがあるであろう。今年の夏も多くの子どもたちが学校や子ども会などの行事でキャンプに行き、夜は火を囲んで歌や踊りに興じているはずである。もともとアメリカ先住民(インディアン)の風習であったキャンプファイヤーを青少年の教育レクリェーション活動として定式化したのがベーデン-パウエルという英国人であり、これを全世界に普及したのがボーイスカウトという青少年団体であることを知っている人は一体どれくらいいるであろうか。
ボーイスカウトやガールスカウトに自身や子どもが入団していなければ日頃これらの団体に関心を寄せることはまずないであろう。そうした人々にとってボーイスカウトとは国民体育大会の入場式にプラカードをもって行進する少年たちであり、10月のある時期駅頭で声を張り上げて「赤い羽根」募金を行っている子どもたちでしかない。
しかしながら20世紀の初頭、1907年に生まれたこの団体の影響力は私たちの想像を超えて大きなものであった。それはキャンプなどの野外活動の方法論を普及したというに止まらない。現在に至るまでわが国では、青少年を健全に育成するために子ども会、スポーツ少年団、青年団などのグループ活動に参加させることが広く勧められてきた。これらの青少年団体が行っている小集団活動の方法はグループワークと呼ばれているが、これもまたその源を辿っていくとその源流の一つにボーイスカウトのパトロール・システムに行きつくのである。
ベーデン-パウエルが発案したスカウト活動の基本単位は「班(パトロール)」である。6〜8人の青少年で班を作りその中の1人(たいてい年長者)がリーダーとなる。大人は平均4つの班で構成される隊(トループ)に指導者として付き間接的に青少年を指導する。大人の指導に対して子どもたちが一斉に従うという当時の英国の伝統的な学校教育のスタイルに比べればこれは革命的ともいえる教育方法論であった。小さな集団の中で子どもたちは自由に発言して行動することができるし、指導者である大人もメンバーである子どもたちの気持ちや欲求をよく汲み取って活動を展開することができる。
ベーデン-パウエルがスカウト運動を始めるに当たってはひとつの思いがあった。それはボーア戦争以後低落気味にあった大英帝国を建て直すことであり、勃興してくるカイザルのドイツに対抗することであった。そのためにはどうしても青少年、とりわけ労働者階級の子弟の訓練が必要であった。後に国際平和と国際連帯を打ち出すボーイスカウト運動も発足当初は国家主義的色彩の濃い運動であった。青少年の心身を小集団の中で訓練しながらも結果的には国家目的のために奉仕するというボーイスカウトの方法論、組織論は、青少年の訓練を真剣に考える為政者にとっては大変魅力的なものであった。
後にスカウトの方法論はベーデン-パウエルの意思に関係なく、イタリアのムッソリーニやドイツのヒトラーによって利用されるところとなる。それどころか、ボーイスカウト運動をブルジョアジーによる青少年動員のための反動的な運動と批判していたソビエトの社会主義政権がボーイスカウトの方法論をそのまま取り入れて国家規模で青少年の組織化に乗り出す。ピオネール(開拓者の意味)運動である。ピオネールはほとんどの社会主義国で組織されて、今でも中国では少年先蜂隊(やはりパイオニアの意味)として2000万人の青少年がシンボルマークである赤いネッカチーフを身にまとって活動している。
これらの団体を含めずともボーイスカウト国際事務局に加盟している国は137か国に上り、メンバーは約1600万人を数える(1994年現在)。これまで一度でもスカウト運動を通過した人の数は累積で2億5千万人に上ると言われている。これにガールスカウト・ガールガイドの会員が加わる。正にスカウト運動は20世紀最大の青少年運動であり、現在も世界最大の青少年団体である。これだけ大規模でかつ歴史的に影響力を与えてきた運動もその発足に当たってはベーデン-パウエルという一人の人物に負っている。同じ英国が起源のYMCAにはジョージ・ウィリアムズという創立者がおり、日本の青年団も山本滝之助を「父」と仰いではいるが、創始者にその運動の方法も組織も全面的に負っているという点ではベーデン-パウエルに比ぶべくもない。YMCAや青年団ではその創設者の名前を知っている人の方が珍しいが、スカウト運動に携わっている者でベーデン-パウエルの名前を挙げられない者はまずいない。本書では創始者であるベーデン-パウエルの生涯を追うことで、ボーイスカウト運動の歴史を見ていこうと思う。それがこの運動の本質に迫る一番の近道であると思うからである。
1980年代の後半から国際的にはベルリンの壁が崩壊し、国内でも55年体制と呼ばれる政治の仕組みが崩れた。誠に静かではあるがこれらに匹敵する重大な変化が進行中である。それは青少年の意識と行動である。子どもたちの世界から徒党を組んで遊ぶ姿がすっかり消えた。青年たちはもはや団体活動に魅力を感じていない。ボーイスカウトに限らずあらゆる青少年団体は子ども数の減少と彼らの興味関心の変化というダブルパンチを受けて大変な苦戦を強いられている。小集団を中心とした従来の健全育成の方法がもはや通じなくなってきているのである。21世紀まであと数年というこの時期にあってボーイスカウトという20世紀青少年育成の原型を振り返ってみるのは無駄なことではあるまい。その中から21世紀につながるものとそうでないものとをより分けてみようではないか。
もくじ
第1章 ベーデン・パウエルという人物
第2章 大英帝国の危機とボーイスカウト運動
第3章 国家主義から平和主義へ
第4章 日本の少年団
第5章 1930年代の苦悩
終 章 スカウト運動とは何であったか
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