天体核反応

宇宙と原子核
宇宙における現象も原子核物理と深くかかわっている。その一つの直接的証拠は 1912年に発見された宇宙線である。宇宙線には宇宙空間からくる一次宇宙線と それが大気上層部で衝突してできた二次宇宙線があるが、一次宇宙線は宇宙における 元素の分布などの情報を反映しており、また、宇宙のなかにこれらを高いエネルギー まで加速するようなメカニズムがあることを示している。
ビッグバンと元素合成
ハッブルによって発見された天体間の距離と速度の線型な関係は宇宙の膨張を 意味しており、それはペンジアス・ウィルソンによる3°K宇宙背景放射によって 確立された。現在ではCOBE衛星やWMAPなどによって2.725°Kの黒体放射として 確かめられており、さらに現在の宇宙を形成するために必要な10-5程度の ゆらぎをもつことまで確かめられている。この膨張宇宙モデルでは時間を遡れば、 高温・高密度の宇宙が存在していたことになるが、その時点では原子核はすべて ばらばらになり、さらにクォークやグルオンのプラズマ状態となる。逆にビックバン からは時間の経過とともに温度が下がり、陽子・中性子、原子核、原子、分子の順に 形成されていくはずである。この考え方で現在存在する元素の量や分布が説明できる だろうか。これは最初ガモフによって考察された。陽子と中性子が衝突を繰り返す ことにより、次第に重い元素が合成されていくというモデルである。 しかし、残念ながら、ビックバン後3分間ではLiまでの元素しか合成されなかった。 その理由はA=5, 8の原子核に安定なものが存在しない、ということである。
星のエネルギーと元素合成
大陽のような星では100億年にわたってエネルギーを放出し続けている。 このエネルギーはどこからきているのだろうか。19世紀末にはこれは化学反応に よるものと考えられていたために、大陽の年齢が地質学的に求められた地球の年齢 よりも小さくなる、というような矛盾があった。正しい答は1939年にベーテらによって 与えられた。それは4つの陽子がヘリウム核になるときに得られる24.7MeVの結合 エネルギーによるものである。(そのうち約20%はニュートリノが使うが。) もちろん、4つの陽子がいきなり結合するわけではなく、 p+pからはじまる一連の反応によって最終的に陽子がヘリウムに変換されるような プロセスである(p-pチェイン)。既にC,Nなどの元素が存在している場合には これらを「触媒」にしてpをHeに変換するプロセス(CNOサイクル)もある。 これらは陽子同士の反発力に逆らって起こる反応であり、また、p+p→d+e+νは 弱い相互作用が関与しているため、 大陽中心部の1000万°K程度のエネルギーではその断面積は小さい。そのため 反応の進行には100億年のオーダーの時間がかかるのである。
一旦、水素が消費されてヘリウムになると、星は熱による圧力で支えられなくなって 重力により崩壊して更に高温・高密度の状態となるのでへリウムからC、更にO,Ne, Si,Niと合成されていく。鉄に到達するまでは、融合反応によってエネルギーが発生 するので反応が継続するが、高温であるためこの過程には1000万年くらいしか かからない。
ビックバンによる元素合成ではA=8に安定核が存在しなかったため、それ以上の質量を もつ元素は合成されなかった。星のなかでも事情は同じであり、二つの4He が衝突してできる8Beは不安定で10-16秒で崩壊してしまうが、 ある程度の高温になると、この8Beの状態にもう一つ4Heが 衝突して12Cを生成することが起こる。一旦12Cが生成されれば 反応はFeまで進んでいく。
超新星爆発と元素合成
星が鉄のコアを生成してしまうと、核融合によってそれ以上エネルギー生成を することができない。より重い元素はどのようにつくられるのだろうか。 このような星は重力によって更に収縮する。星の質量が大陽の1.4倍以下で あると、電子がフェルミガスとして縮退した状態になってその圧力で星を支えることに なる。これは白色矮星と呼ばれる。星がより重いと電子のエネルギーが高くなり、 陽子が電子捕獲により中性子になる過程が起こり、更に収縮して中性子の縮退圧で 星を支えることになる。これが中性子星である。もっと重い星ではブラックホールが つくられる。中性子星やブラックホールが生成する際にはコアが急速に落ち込むため 衝撃波が生成して星の外層は爆発的に吹き飛ばされる。これが超新星爆発であり、 そこが、より重い元素生成の舞台となっている。
Siがつくられるような温度(109K)ではそれと熱平衡になっている光も 0.1 MeV程度となっているので(γ、α)のような反応を起こし反応は平衡となっている。 このαが13C(α,n)16O, 21Ne(α,n)24 Mg反応で中性子を生成する。鉄がこのような中性子を吸収することによって、より重い 元素となるような反応が起こる。中性子を吸収した核は一般にβ崩壊に対して不安定 であり、原子番号の大きな元素に変化する。中性子吸収の 反応速度とβ崩壊の速度の関係によって元素合成の進み方が異なる。
  1. s-過程
    中性子の密度があまり高くない場合には中性子を吸収した核は次の中性子吸収の前に β崩壊して安定な核に戻る。従って、反応はβ安定線に沿ってジグザグに進み、 その速度はβ崩壊の寿命で決まるのであまり早くない。 (それでslow processからs-過程と名づけられている。) s-過程では209Biに到達すると、それ以上は安定な 原子核が存在しないので止まってしまう。
  2. r-過程
    中性子の密度が充分に高いと、中性子吸収はβ崩壊を待たずに次々と進んでいく。 中性子数が魔法数に近づくにつれてβ崩壊の寿命が短かくなるのでβ崩壊と競合する。 従って、反応はβ崩壊の寿命が短かい不安定核に沿って進んでいく。 これをr-過程(rapid process)という。 s過程とr過程でできた核は最終的にはβ崩壊して安定な核になるが、一般には 異なる核を生成する。
  3. 現在存在する核で、陽子過剰の核にはs過程でもr過程でも生成されないものが いくつか存在する。これらはr過程と同様に(p,γ)、(p,n)反応を繰り返してできた 核と考えられている。これはrp過程と呼ばれる。