放射線と物質の相互作用--放射線検出器

これまでの授業で、放射線の数やエネルギーなどが原子核の構造などの 情報を反映して放出されていることを学んだ。 現在では加速器を用いた実験が主流であるが、そこでも様々な放射線が放出され それをどのように測定するか、が重要である。今回は、 放射線と物質との相互作用の面から放射線がどのように検出できるか、 放射線検出器によって放射線のもつ物理量を測定する場合には どのように処理するか、について学ぶ。
どのような量を測るのか。
放射線は粒子と電磁波に大別できる。粒子は電荷をもったもの(荷電粒子)と そうでないもの(中性子など)に分けられる。電磁波は主にX線、γ線を扱う。 このような放射線について、種類は何か、量はどれだけか、エネルギー、運動量 はいくらか、スピンの向きは、などの情報を知りたい。
放射線の数を測る。
放射線と物質とは電磁相互作用や核力(強い相互作用、弱い相互作用)を通じて 物質と相互作用する。このプロセスは量子系であるので、確率的な振舞いをする。 つまり、放射線が検出器に入ったとしても必ずしも検出できるとは限らず、検出効率を 考える必要があるということである。 放射線と物質が相互作用を置こす確率は「断面積」σという量で表わされる。 これは面積の次元をもっており、通常10-24cm2=1b(バーン)の 単位が用いられる。一方物質は多数の原子・分子からなっているので確率は原子(分子) 数に比例する。確率は入ってきた放射線がいくつの原子(分子)と衝突するかによって 決まるので、検出器の厚さが問題となる。厚さから原子(分子)数を出すには物質の 密度を掛けてアボガドロ数で割ればよいので、物質の厚さを密度を掛けた量、つまり g/cm2の単位で表すことがよく行なわれる。 検出効率はこの断面積と検出器の厚さによって基本的には決まる。

荷電粒子の場合には、物質との衝突は多数回起こり、検出効率は1に近いことが多いが、 電磁波や検出器が薄い場合には衝突が起こるかどうかは確率的である。 同じ放射線をN本(多数)検出器に入れたとし、それが検出器の中を進むに従ってどれだけ 衝突を起こして検出されていくか、というプロセスは放射能が時間的に崩壊する場合と 同じ形の微分方程式で表される。 したがって、Nの変化は指数関数となる。 この関数から、放射線が散乱(衝突)を受けずに物質中を通過する平均の距離( 平均自由行程λが定義でき、λ=1/(nσ)の 関係にある。ここでnは物質の数密度である。この量から検出効率や必要な検出器の厚さ が評価できる。

放射線の種類を知りたい。
  1. 荷電粒子の場合
    荷電粒子の場合に最も起こるのは、物質の原子(分子)のなかの電子との電磁相互作用に よって原子(分子)と非弾性衝突をし、励起やイオン化を起こすことである。 この過程によって荷電粒子はエネルギーを一部失なうが、単位長さあたりのエネルギー 損失はベーテ-ブロッホの式で与えられる。 この式の特徴はエネルギー損失が荷電粒子の電荷zの2乗に比例し、速度の2乗に反比例 することである。 これは、荷電粒子のエネルギー損失は主に電子との衝突によって起るが、クーロン力に よる運動量の移行は電荷に比例し、単位長さを通過するのに必要な時間は速度に反比例 することによる。 これを用いると薄い検出器と厚い検出器を組み合わせてΔE-Eの測定を すると、粒子のZ,Aを識別することが可能である。 ただし、エネルギーが高くなって光速度に近くなると、エネルギー損失はほぼ一定に なり電荷1の粒子に対しては約2MeV/g cm-2となることには注意 が必要である。 エネルギー損失から、物質中で粒子が止まるまでに進む距離を求めた量を 飛程という。飛程はやはり電荷や速度のべき関数で 近似できる。
    飛程やエネルギー損失は多数回の衝突によるものであるので、ゆらぎがある。 同様に物質中を荷電粒子が進んでいくとき、その方向も拡がっていく。 このような効果は簡単な式で近似できることが知られている。 ΔEの代わりに、TOF法で粒子の速度を求めたり、磁気分析器で運動量を求めてそれらと エネルギーとを組み合わせる方法も可能である。
    電子・陽電子の場合には制動放射の効果が主となる。 これを考慮するには物質毎に決まる により、エネルギーが通過距離とともに 指数関数的に減少することで計算する。
    荷電粒子が物質中を通過するとき、その速度が物質中での光速度を越えるときに光が 放射される。これをチェレンコフ光という。 この光は放出される角度が荷電粒子の進行方向に対して決まった角度であるため、 それを利用した測定が行なわれる。
  2. 中性粒子(中性子、γ線など)の場合
    中性子もγ線も散乱の確率が小さく、又、一回の衝突で反応を起こして元の放射線とは 変わってしまうことがあるので、荷電粒子のような方法は使えない。 中性子とγ線では相互作用は全く違い、中性子は核力によって陽子などにエネルギーを 与えるのに対し、γ線は電磁相互作用により電子にエネルギーを与える。 この両者は電荷をもたないという点では共通であって区別する必要があることがある。 よく行なわれる方法は、シンチレーションによる発光波形が電子と陽子で違うこと を利用する方法であって、液体シンチレーターなどがよく用いられる。
    光子(γ線)と物質の相互作用は、光電効果、コンプトン散乱、電子対生成が主である。 これらの反応断面積は量子電磁気学で正確に計算できる。 γ線は主として原子のなかの電子と相互作用するので、断面積は 原子のもつ電子数Zに依存する。 光電効果の場合はZ5に、コンプトン散乱はZに、電子対生成はZ2 に比例する。光電効果ではγ線の持ち込んだエネルギーのほとんどが電子のエネルギー に変換されて測定できるが、Zの小さな物質(プラスチックなど)ではほとんどが コンプトン散乱となってピークは観測されない。
    中性子は核との衝突によってエネルギーを失なうので、 逆に軽い核(例えば水素) のほうが衝突あたりで失なう(したがって検出できる)エネルギーが大きい。 そのため、プラスチックシンチレーターなどがよく用いられる。
放射線のエネルギーを知りたい。
放射線のエネルギーを知るにはいくつかの方法がある。
  1. 粒子の質量/荷電比を利用する。
    荷電粒子の電磁場中での軌道は質量/荷電比によって決まる。その曲率半径を 決めることができれば、運動量の大きさが決まり、粒子の質量がわかっていれば エネルギーも決定できる。
  2. 粒子の速度を測る。
    飛行時間法やウィーンフィルターなどによって粒子の速度が測定できる。 これも粒子の種類がわかっていればエネルギーに換算できる。
  3. エネルギーを別の形に変換して測定する。 荷電粒子の場合には検出器の厚さが飛程より厚ければ粒子はすべての運動エネルギー を衝突により失う。このエネルギーは電子の運動エネルギーや原子(分子)の励起状態が 元に戻るときの光、格子振動などの熱などに変換されるが、これを電場などを利用して 測定することが可能である。 気体の電離を利用するもの、半導体の電子・ホール対を利用するもの、 シンチレーション光を利用するもの、など様々な方法があるが、エネルギーに対する 線型性が保たれないものもあるので注意しなければならない。

    中性子やγ線などの電荷をもたない放射線に対しても、この方法は適用できる。 このときは、元々の放射線のもっていたエネルギーの一部分が検出器に与えられる ことが多い(中性子の弾性散乱、γ線のコンプトン散乱)ので別の方法を併用する 必要がある。

放射線の運動量を知りたい。
運動量の大きさはエネルギーの測定と同様に求められるが、ベクトル量としての 運動量が必要なとときには、放出方向も知る必要がある。 簡単には検出器を多数配置して、どの方向かを知ればよい。 検出器によっては、放射線がどこに入射したのかを検出できるもの(位置感応型)も ある。
放射線のスピンを知りたい。
放射される粒子がスピンをもつ場合、それがどの方向のスピンであるのかを 検出することができる。これは、核力や電磁相互作用がスピン(γ線の場合には ヘリシティ)に依存する部分をもつためである。 スピンの大きさに対する情報はγ線の崩壊定数や角度分布などにあらわれる。 スピンの方向について知るためには、放射線を電子や核などに散乱させて散乱の 左右(上下)にあらわれる非対称性を測定する。 詳しくは久保・鹿取の教科書などを見よ。
電荷の形で検出する
放射線が電荷に変換されたものを、電場などによって集める。