スピンとアイソスピン
核子(陽子と中性子)は核の重心のまわりを軌道運動するので角運動量をもつ。
この角運動量は「量子化」されていて、
の整数倍となっている。核子は更に自転運動に相当するスピン角運動量ももっている
が、これは1/2
である。
原子核のスピンとは多数の核子からなる原子核を一つの質点としてみる場合の
内部自由度としての角運動量であり、核子のスピン(1/2)
と軌道角運動量とをベクトル的に合成して得られる。
(このとき、一つの核子について軌道角運動量とスピンを合成してJとし、それを
すべての核子について合成する(JJ結合)場合と、
原子核内のすべての核子について、まず軌道角運動量(L)とスピン角運動量(S)を
それぞれ合成し、LとSを合成してJとする(LS結合)の二つのやりかたがある。)
したがって、核子数が多くなると一般に許されるスピンは膨大な可能性をもつ。
(実際にはそうなっていないことを後で示す。)
前回、原子核の質量で陽子同士や中性子同士が対になるとより安定になることを
示した。現実には、陽子と中性子が結合した重陽子は安定に存在しているが、
陽子同士が結合した2Heや中性子同士が結合した2nは
存在していない。これはどうしてだろうか。
2Heについては陽子同士のクーロン反発力のせいであると考えることも
できる。しかし、中性子同士が結合しない理由は説明できない。
これはアイソスピンの考え方で理解ができる。
核子の間の力は陽子間のクーロン力を別にすれば中性子と陽子の区別はほとんどない。
なので陽子と中性子をまとめて核子と呼ぶ。両者を区別するには、これをスピン1/2の
粒子が二つの内部状態(z成分が1/2,-1/2)をもつこととの類推で、アイソスピンという
自由度を考え、核子のアイソスピンを1/2、そのz成分が中性子は1/2、陽子は-1/2と
する。(この符号は高エネルギー物理では逆になるので注意が必要である。)
二つの核子があるとき、その合成アイソスピンは0と1の二つの可能性がある。
陽子同士や中性子同士の場合には二つの核子を交換した場合の対称性を考えると
アイソスピンは1となる。陽子と中性子の対の場合には合成アイソスピンは0と1の
両方が可能である。(パウリの排他律からスピンはそれぞれ1と0となる。)
この両者では核力に差があり、アイソスピンが0の状態の方が少しエネルギーが
低くなる。これが重陽子であり、陽子同士や中性子同士が対になったのと同等の
状態はアイソスピン1の状態であって、やはり安定な結合状態にはなっていない。
魔法数と殻模型
原子のもつ周期律は電子の軌道から理解できる。
原子核の場合も魔法数など原子と似た性質をもち、
これは殻模型によって理解することができる。
一方、原子核の運動には核が全体として振動したり回転したりという描像で
理解できるものもある。これらの模型から原子核の構造についての知見を得る
ことが可能である。
- 殻模型
- 質量公式は(対エネルギーを別にすれば)A,Zの滑らかな関数であるが、測定値と
比べてみると、ところどころずれている領域がある。
これはNやZが2,8,20,28,(40),50,82,126のところで起こっている。
これらの陽子数、中性子数は魔法数と呼ばれている。
核子数が魔法数のところでは次のような量が近傍に比べ特異な値をとることが
実験的に明らかになっている。
- 陽子、中性子の分離エネルギー
- 電磁的モーメント
- 第1励起状態のエネルギー

(図は
http://hyperphysics.phy-astr.gsu.edu/hbase/nuclear/shell.htmlより)
この事実は、核子が平均場の中心力によるエネルギー準位に低いほうから
順に詰まっていくと考えて説明された。
(陽子と中性子は別個に考える。)
これは原子の場合の周期律を説明したのと同じ殻模型である。
実際に魔法数(原子の場合と少し違う)を合わせるためには核子がWoods-Saxon型の
平均場ポテンシャルの内部を運動しているだけでなく、核子の軌道運動とスピンに
依存するLS力を導入する必要があった。
このLS力は原子の場合の磁気的なポテンシャルと類似であるが、その大きさは
ずっと大きい。
それによって、各々の準位は核子の軌道角運動量Lと全角運動量Jによって識別され、
s1/2, p1/2などのようにラベルされる。
LS力の符号が原子の場合と異なり、例えば、p3/2の状態は
p1/2の状態より下となることに注意が必要である。
殻模型では原子核の基底状態や励起状態などのスピン、パリティ、励起エネルギー
などをかなりよく説明することができる。
それは次のような事情による。
上でみたように、原子核のスピンの大きさがいくらになるかについては膨大な可能性が
ある。しかし、
実際には2つの核子(陽子または中性子)が同じJの軌道に入るとき、その
z成分は互いに符号が違うもの(mと-m)となって2つの核子の合成スピンが0となるような
対となる。
これは核力がスピン依存性をもつために起こることである。
このことは質量公式でのΔの項にも反映されていた。
そのため、
偶数個の陽子・中性子からなる核では陽子の合成スピンも中性子の合成スピンも
0となって、基底状態のスピンは0となる。励起状態ではこの対をこわすこともあるので
0とはならないが。
核子の数が奇数の場合には1つの核子のみが対をつくれないので、その核子(最後の核子
なので、もっとも一番上のエネルギーの軌道となる)の軌道によってスピン・パリティが
決まる。
これを実験的に示すのが磁気モーメントである。核子の軌道運動やスピンは磁石として
の性質をもっている。これを測定していくと、ほぼ最後の軌道の核子によって核全体の
磁気モーメントが決まっている(これをSchmidt lineという)ことがわかる。
中性子は電荷をもたないが、内部の電荷分布により磁気モーメントはもっている。