β崩壊

β崩壊は原子核の核子の数は変えないが、中性子を陽子にあるいは陽子を中性子に 変化させる。同時に電子あるいは陽電子が放出される。 これらを測定すると、質量差から求めたエネルギーと実際に放出されるエネルギーとが 一致しないことがわかる。 このことは、当初原子核のような系ではエネルギー保存則が成り立っていないとも 考えられたが、パウリによってニュートリノが放出されているとして説明された。 ニュートリノはたいへん測定の難しい粒子であるが、物質の相互作用や宇宙の中では 重要な役割を担っており、現在ではいくつかの方法で測定が行なわれている。
ベータ崩壊はどのような場合に起こるか。
ベータ崩壊に対する安定性は壊れる前後の質量で決まる。 β-崩壊では中性子が陽子、電子、反電子ニュートリノに、 β+崩壊では陽子が中性子、陽電子、電子ニュートリノに、 電子捕獲では陽子と電子が中性子に変換する。 ニュートリノの質量は非常に小さく他に比べ無視できる。 又、電子の束縛エネルギーも無視する。
通常の原子核の質量の表では電子の分も含まれていることに注意すると、
Qβ-=M(Z,A)-M(Z+1,A)
Qβ+=M(Z,A)-M(Z-1,A)-2mec2
QEC=M(Z,A)-M(Z-1,A)
となる。 崩壊の前後ではAは変化しない。 質量公式ではAを固定すると、Zについては 2次関数となっているので、質量が極小(結合エネルギーが極大)となるZが存在する。 Aが奇数の核についてはこのZの核が自然に存在し、それよりZの小さい核は β-崩壊を、大きい核はβ+崩壊または電子捕獲を起こす。 Aが偶数であると、ZとNの両方が偶数の場合と両方とも奇数の場合で対エネルギーの分 だけ異なる。したがって、安定な核が複数あったり、β-、 β+崩壊の両方が可能な核や 二重β崩壊が起る場合がある。
ベータ崩壊を起こす力は何か。又、ベータ崩壊は何故起こりにくいか。
アルファ崩壊の場合は核力とクーロン力との競合で起こった。 ベータ崩壊の場合は「弱い相互作用」と呼ばれる別の力によって起きていることが わかっている。この力は非常に短距離で働く力であって、ほぼδ関数のように考えて よいが、その大きさは核力(強い相互作用)や電磁相互作用に比べかなり小さい。 (電磁相互作用のα(=1/137)に相当する結合定数は10-5程度である。) そのためβ崩壊は起りにくい。
β-崩壊では1つの中性子が陽子、電子、反ニュートリノの3つの粒子に 壊れるが、ファインマン流に反粒子を時間を逆向する粒子と考えると、 中性子とニュートリノが相互作用して陽子と電子になったと考えられる。 場の量子論の考え方を用いると、相互作用は ボソンの交換過程と考えることができる。 電磁相互作用は光子の交換、強い相互作用は メソンの交換である。 β崩壊を起こす弱い相互作用ではWやZなどのボソンが交換される。 WやZは非常に重いので、(仮想的に)存在できる時間が短かくそのために短距離力となる のである。 尚、現在の「標準理論」では電磁相互作用と弱い相互作用はゲージ理論の枠内で 統一され 電弱相互作用 として理解されている。
ベータ崩壊はどのように起こるか。
β崩壊で解放されるエネルギー(Q値)は質量から計算できるが、β-、 β+崩壊ではそれが3つの粒子の間に分配される。 2つの粒子に崩壊する場合にはエネルギー・運動量の保存則を満たすにはそれぞれの 粒子のエネルギーは一通りに決まってしまうが、3つの粒子の場合は決まらない。 電子のエネルギーが0であっても、反跳核とニュートリノがエネルギー・運動量を もっていくことは可能であり、逆に電子と反跳核がエネルギーと運動量を担い ニュートリノのエネルギーが0となるときに電子のエネルギーは最大となる。 このように電子のエネルギー分布は連続分布になる。 電子のエネルギーの最大値はニュートリノが質量をもつかどうかによって影響される ので、これを利用してニュートリノの質量を決めようとする実験が行なわれてきた。 (カーリープロットという手法を用いる。) が、多くの実験では上限を決めることができただけであった。 最近では超新星や太陽からのニュートリノを Kamiokandeのような非常に大型の 検出器を用いて測定することが可能となり、 太陽ニュートリノ問題(標準太陽モデル から計算されるニュートリノの量より観測される量が半分以下しかないこと)に関連して ニュートリノ振動(ニュートリノが別の種類のものに変わってしまうこと)が存在し それがニュートリノが質量をもつことと対応していることがわかってきた。 現在ではつくばのKEKで加速器で反応により生成したニュートリノを神岡のKamiokande の方向に飛ばし、ニュートリノ振動を測定する実験( K2K)が進行している。 β崩壊のQ値がQのとき電子の運動エネルギーをT、運動量をpとすると、 可能な状態数の分布はp2(Q-T)2dpに比例する。 実際の電子(陽電子)は核から放出された後でも核の電場の影響を受ける ので、この分布からややずれる。この効果は電子と陽電子で逆向きである。
ベータ崩壊から何がわかるか。
量子力学(時間に依存する摂動論)から崩壊定数λは
λ=(2π/[h-bar] )|Vfi|2ρ(E)
と書ける。(これはFermiの黄金律と呼ばれる。) ここで、ρ(E)は終状態の密度であって、前項で求めた電子の分布を積分したもの である。 Vfi=g∫ψf*id3r は始状態から終状態への遷移行列要素である。 β崩壊で放出される電子(陽電子)を測定し、それをエネルギーについて積分したもの の時間変化から半減期を求めると、それはこの行列要素を通じて波動関数と結びついて いることがわかる。 エネルギーについて積分するときには前項で述べた核の電場の影響を考慮する (これはFermi積分と呼ばれ残留核の電荷数とβ崩壊のQ値で決まる)。 この因子fを半減期に掛けたものをft値という。ft値は103から1020 くらいまで変化するので、その常用対数( log ft)を用いることが多い。 β崩壊をlog ft値によって分類すると、いくつかのグループに分かれる。 log ft値が小さいものほど寿命が短かく、崩壊が起りやすい。 最も崩壊が起きやすいのは中性子のβ崩壊で、半減期は14分49秒である。 この場合でもこのような長い寿命をもつことはβ崩壊を起している相互作用が 弱いことを示している。
超許容遷移 許容遷移 第一禁止遷移 第二禁止遷移 第三禁止遷移
logft2.9-3.74.4-6.06-10 10-13>15

これらの違いは電子とニュートリノが持ち出す角運動量の違いによっている。 電子やニュートリノは質量が小さいので運動量も小さく、古典的に考えると 持ち出せる角運動量は1[h-bar]よりかなり小さい。 量子系では電子やニュートリノは平面波の波動関数として記述されるが、これは すべてのLをもつとして展開できる。もちろん、大きなLの成分の係数は小さくなり、Lが 1増える毎に1/100程度になってしまう。そのため、遷移確率は104づつ 小さくなるのである。 電子やニュートリノが角運動量を持ち出さねばならないのは、 角運動量の保存のために崩壊前後の核の状態の スピンが異なるということを反映している。したがって、崩壊定数(logft) の測定によって、核の状態(波動関数)についての情報が得られるということである。 同じ型の遷移でもlogft値にばらつきがあるのは、崩壊の前後の核の波動関数 の重なりがよいかどうかによっている。 超許容遷移は許容遷移の中でも鏡映核( 陽子数と中性子数を入れ変えたような核)のように波動関数の重なりが非常によい 場合に相当している。これは、核力が荷電独立性(陽子と中性子の入れ変えによって 変わらない)をもつことの現われである。もちろん、クーロン力は陽子と中性子の 入れ変えて変わるので、重い核になってくるとこのようなことは起り難い。
Fermi遷移とGamow-Teller遷移
β崩壊では中性子⇔陽子の変化が起きるが、その際にスピンが変化する場合と 変化しない場合がある。 L=0に対しては後者をFermi遷移、前者をGamow-Teller遷移という。
二重β崩壊
偶数の核子をもつ核のβ崩壊では対エネルギーのためにZの隣りの核への崩壊が エネルギー的には許されていないが、Zが2違う核への崩壊が可能な場合がいくつか ある。これを二重β崩壊という。 ニュートリノが自分自身の反粒子であると、 終状態が核と電子2つになることが ありうる。 この場合には2つの電子のエネルギーの和はほぼQ値と一致するので 区別することができる。このような測定は、やはりニュートリノの質量に制限を 加えることができるのでいくつがのグループによって行なわれているが、 バックグラウンドをかなり低減させなければならない困難な実験である。