2003年7月3日更新



全カリ 総合A群 思想・文化

諸宗教と思想  2003年 前期  第 9 回



場所:5322教室  時間:14:50〜16:20



概要

 初等学校6年,中等学校4年の6・4制をとり,高等教育以前の就学年数は日本より2年短い。義務教育は初等学校の6年間で,公立学校では初等・中等学校の10年間は無償である。公立の初等・中等段階では,正科として宗教教育が行われない一方,正科外として宗教団体が宗派的な宗教教育を行うことが認められている。1997−98年度現在,公立学校の生徒の割合は初等学校で92%,中等学校で72%である。私立学校では,カトリックやプロテスタントなどの宗教系学校で宗派的な宗教教育や宗教儀礼が行われる。イスラム教徒の多い南部地域にはマドラサと私立のイスラム学校があり,イスラム教の宗教教育が行われている。

公立学校での宗教教育

 公立学校の正科課程には宗教教育は含まれていない。世俗的な道徳教育の科目として初等学校に「人格形成活動」,中等学校に「価値教育」がある。このなかに宗教に言及する部分もあるが,宗派教育を目的とする内容ではない。

 その一方で,正科外という位置づけで,公立学校で宗派的な宗教教育を認める制度が存在する。保護者や宗教団体から申し出があったとき,公立小学校やハイスクールの教室と時間割が提供される。教育内容は宗教団体が独自に定める。人口の80%以上を占めるカトリック教会がもっぱらこの制度を利用してきた。カトリック教会の調査によると1990年代初めには公立小学校の7割でカトリックの宗教教育が行われていた。これに対して,少数派のムスリムやプロテスタント教会による制度の利用はごく限定的である。

 現行憲法に加え,1987年と1990年の教育文化スポーツ省令がこの宗教教育制度のあり方を規定してきた。それによると,時間数の上限は週90分である。2000年にカトリック教会が行った全国調査によると,実際には週あたり60分以下のことが多い。これは教室不足から多くの公立学校で2〜3部制がとられ教室利用スケジュールが過密で宗教教育の時間が確保できないことと,教会側の財政難による。また現行憲法(1987年施行)はこの宗教教育を課業時間内に割り当てるように定めているが,上と同じ理由から,実際には課業時間外に割り当てられることが多い。

 宗教教育を行うのは学校の教員でなく,宗教団体から派遣される者とされている。教員免許状などの資格要件はない。カトリックの場合,ほとんどが聖職者でなく一般信徒である。最終学歴は中等学校卒以下が多く,初等学校で教える者のなかには初等学校卒の者も少なくない。この低学歴に示されるように,教会が優れた人材を確保しているとはいいがたい。これは教会が財政難から賃金面で好待遇を提供できないためである。都市部の教会の方が財政に比較的余裕があり,学歴や経験のある宗教教育担当者を確保しやすいのに対し,地方の教会のなかには地元の主婦を中心とする熱心な信徒の無償ボランティアに頼らざるを得ないところもある。

 生徒が宗教教育を受けるためには,事前に保護者が書面で学校当局に願い出ることとされている。しかし地域によっては,学校当局と地元教会の間の暗黙の了解から,この手続きが省略されているところもある。また保護者が手続きをしていない生徒の出席は禁じられ,手続きが済んでいる生徒も出席は強制されないことになっている。このことと上述の課業時間外への割り当てが,宗教教育の出席率を低くする要因であると教会側は考えており,学校当局側が「非協力的」であるとたびたび批判してきた。その一方で,地域によっては逆に教会に好意的な教員や校長が自主的に協力し,規定に反して生徒全員の出席を半ば強制しているところもあり,そのなかには手続きのなされていない生徒や他宗派の生徒も含まれる。

 カトリック教会が公立学校で行う宗教教育の内容は,これまで地域(教区ないし小教区)ごとに独自に定められてきた。全国で共通のシラバスや教材が使われることもなかった。このため教育内容の地域間格差や農村部での水準の低さも指摘されてきた。ようやく近年この問題への本格的な取り組みがみられるようになり,1997年に全国カトリック司教協議会が教育内容を大綱的に示した『****人カトリックのためのカテキズム』を刊行した。これがどこまで浸透し,それにより教育内容の統一がどこまで進むか注目される。



参考文献

江 原 武 一 編 『 世 界 の 公 教 育 と 宗 教 』 2003年.