「スポーツファッションとメディア」
報告者:高平秀亮(01DA094J),田代明久(01DA102W),辻野倫太郎(01DA107X)
1.テーマ
現代社会において、スポーツの価値は高まっている。健康指向によるスポーツの必要性、スポーツによる人格形成も認められている。さらに情報化が進むにつれ、リアルタイムであらゆるスポーツを観戦することもできるようになった。こうした時代の流れとともに、スポーツを主とした商品が一般市民にも普及している。例えば、プロサッカークラブチームのユニフォームやスニーカーなどが挙げられる。一昔前では有り得なかったスポーツ服で外出などの行為も現在ではファッションとして扱われるようになった。
そもそも、この時代の流れはどこから始まり、なぜ現代人に受け入れられているのだろうか。その発信源となったものは何なのか。私たちの班ではそんな疑問からスタートし、スポーツファッションの普及過程を調査し解明していきたい。その上で、影響力のあるメディアとの関係も見ていきたいと思う。
2.スポーツファッションに関わる二つの企業
スポーツファッションと聞いてどの企業がパッと思い浮かぶだろうか。これは一番好きなスポーツブランドの統計(http://www.myvoice.co.jp)から見ても理解できるが、「ナイキ」「アディダス」の二つが群を抜いて認知されている。ここで疑問が出てくる。あらゆるスポーツメーカーの中で、何故にこの二つの企業がこれほどまで高い支持率を得ているのだろうか。そう言えば街を歩いていてもナイキ、アディダスの洋服、スニーカーをよく目にする。この普及過程には何か戦略があるはずだ。そこで今回のレポートでは、二企業のうち、特に飛躍的に成長した「ナイキ」の戦略からスポーツファッションが現在に至るまでの謎を解明しようと思う。
3.ナイキブランド確立とその戦略
(@)ナイキの歴史
まず、ナイキの企業戦略を見るに当たり、その歴史を軽く触れておきたい。ナイキの創設者はフィル・ナイト。1957年、優れたシューズデザイナーのバウワーマンと知り合う。創業は1962年。この二人が500ドルずつ出し合い日本の「オニズカ・タイガー」製靴会社(現アシックス)でスポーツシューズの輸入・販売を開始した。1960年代のジョギングブームで勢いに乗り、1969年には100万ドルの売上を出した。そして二人は独立しようと決意。古代ギリシアの勝利の女神「ニケ」を由来とし「ナイキ」が誕生した。
(A)ナイキの企業理念
ナイキはフィル・ナイトの激しい性格を法人に移し変えた企業である。そのナイキ精神は、現在にも受け継がれている。フィル・ナイトの性格は保守的な権力、勢力、体制に対抗する気骨からなっている。このナイキ精神は対抗文化、若者文化と一致した。つまり、この精神をもとに映像を通じて世界に印象付けたのである。
さらにナイキの企業理念はこう記されている。「選手と一緒に『第一級のスポーツ価値、芸術価値』を追求し、『スポーツ選手に対する尊敬』を第一とする」これはスポーツ選手によるスポーツ選手のための組織であり、スポーツ選手の企業でなければ、その存在価値はないことを意味している。
(B)スポーツを芸術に変えたCM
ナイキと言えば、そのテレビCMが印象的である。実はこのCM戦略がナイキブランド確立の原点だった。ここではそのCMの大胆かつ緻密な戦略を分析したい。
まず、CMに登場するアスリートたち。彼らは俗に「ナイキガイ」と呼ばれている。この「ナイキガイ」とは権力、勢力、体制に対抗する反骨精神を掲げたスポーツ選手を言う。その生き様を指すのであって、マナーの良し悪しは関係ないのである。この点が一般的なCMタレントと違う部分である。例を挙げると、サッカー・ブラジルチームとの提携。これはライバル社・アディダスへの挑戦を意味している。アディダスはドイツの企業である。ドイツサッカーは固い攻守の組織プレー。このスタイルに対立するのが、楽しいサンバスタイル、個人プレー重視のブラジルだった。その他にもマイケル・ジョーダンや中田英寿などが挙げられる。彼らは皆、反骨精神を掲げたナイキガイなのだ。
しかし、ナイキのCM戦略のすごさはこのナイキガイを起用しメッセージを発するだけではなく、芸術作品としてのCM作りにもこだわった点である。マイケル・ジョーダンから生まれたシューズ、「エア・ジョーダン」はこの芸術的なCMの影響によるもの。彼の物理では説明できないと称される、その跳躍力をCMとして流し、ファンを引き寄せたのだ。これはナイキが求めてきた「第一級のスポーツ価値・芸術価値」「スポーツ選手に対する尊敬心」の追求と創造をまさに象徴している。そしてこのCMが受け入れられたことによって、スポーツそのものの芸術性が全米や世界に認識されたと言えよう。
(C)スポーツの芸術化による市場創造
何故、ナイキはテレビCMに力を入れたのか。ここにナイキのマーケティング戦略がある。これまでの市場価値は機能性に重点が置かれていた。しかし、現代において製品の機能性が良いのは当たり前。フィル・ナイトは製品製作の前にスーパースターを起用したプロモーションをおく決意をする。この戦略が当たった。スーパースター、英雄のすべてに感情を移入し、一体になることを願い、彼らの分身であるナイキ商品を求める消費者が殺到したのである。スーパースターが格好良さ、おしゃれ感覚をファッションに与えてくれる。商品を買いに行くというよりも「ナイキ」を買いに行く新たな購買スタイルが確立した。
つまり「ナイキ」という商品は、ナイキと契約したスーパースターのスーパープレイの試合やCM享受からナイキ商品を実際に楽しむまでの全プロセスを「ナイキの商品価値」と見ているのだ。まとめるならば、商品価値は「実質価値」プラス「心理価値」と表すことができる。これは、生理的欲求、物理的欲求の充足後、自己開発欲求の脱産業社会においては目に見えない心理価値、内的現実の創造が重要ということを意味している。21世紀の「新しい人間、新しい社会」における知識創造、価値創造のビジネスモデルであることは間違いない。
4.面接アンケートで得られたデータ
(1)はじめに
スポーツファッションが普及している今日だが、その普及過程においてメディアがどのような働きをしているのか、人々がどのようにスポーツブランドの広告を受け止めているのか、面接式のアンケートにより調査してみた。
質問項目は、仮にナイキのメディア広告をどのように人々は受け止めているのかということを前提条件とし、@ナイキのCM・雑誌などの広告を見て、ナイキの商品を買いたいと思うか、そして思う、思わないに関わらず、その理由。A本人にそのCM・広告が購買意欲に影響しているのか。BナイキのCMをただ単純にどのように感じるか、この3点を中心にして面接アンケートを十名の二十歳前後の男女(男性6対女性4)に行った。ただアンケートの最中にこの他の質問項目以外にも得られたデータがあるが、統一性に欠けているので、その他の項目としてまとめておく。
(2)ナイキのCMを見て、商品を買いたいと思うか。そしてその理由。
この質問に関しては、十名が十名、CMを見てナイキの商品を買おうとは思わないようだ。
一番多く挙げられたものは、「CMだけではナイキの商品がよくわからない」という理由だ。確かにナイキのCMは様々なバリエーションがあるが、スポーツ選手がスポーツをしているシーンが映し出され、商品よりもスポーツプレイやスポーツ選手、そしてCMの構成が中心となっているように感じられる。その他の商品のCMと比べると、製品について強調されてはいない。
そのために、受け手側には「ナイキの商品がよくわからない」となり、CMを見て商品を買おうとは思わないのだろう。
その他の理由として「別に欲しくない」(一名)、「普通の服が売られていなさそう」(一名)といったように、ナイキ自体に興味を抱いていない回答も各一点ずつ得られたが、もう一つ興味深い回答として、「高校時代にテニスをやっていたために、ナイキよりもその他のスポーツブランドの方が、自分の中では主流なので、もともとナイキというイメージがない」(一名)という理由もあった。
「商品が出ていない」というだけでなく、初めから「興味がない」、「他のブランドに興味を持つ環境に置かれていた」ということもあるようだが、ナイキのCM・広告が商品販売の目的で流されているのではないと、データからは考えられるのではないだろうか。
付け足しとして、ナイキのCMの意味を独自の見解で話してくれた回答者が二名いた。この二名は共通して、ナイキのCMは、「そのブランドの力に任せきっている」と回答してくれた。「商品がすでに全国的にメジャーであるから、ナイキの持っているブランド力を誇示しているように思える」ようだ。そのようにナイキのCMの効果を独自に考えている人もいるようだ。
(3)CMが購買意欲に影響しているか。
上記のデータからは、明らかに影響していない。
(4)ナイキのCMを直感的にどのように感じるか。
答えは様々だったが、「かっこいい」という回答が一番多く得られた。さらに細かく分類して「構成が面白い」、「出演している外人がかっこいい」という感想が挙げられた。しかし、「そのかっこよさが、直接ナイキの商品のかっこよさにはつながっていない」という回答もあった。実際、上記のようにCMが購買意欲に結びついていないというのが、明らかになっている。
その他にも「お金がかかってそう」(一名)、「そのCMでプレーされているスポーツをしたい」(一名)、「特に何も感じない」(二名)という感想も得られた。
注目したい回答として、「ナイキのCMはセンスが感じられ、インパクトに残る。それだけのブランド力がある」というものがあった。上述したが、「ナイキのブランド力の誇示」というのを、受け手に伝わっているケースもあるようだ。
(5)その他の質問項目
ナイキというブランドの名前に影響されているのかどうか、様々な質問を通して調査した。一番身近に感じたスニーカーを中心にして聞いて見た。
1)スニーカーを選ぶ時に、何を重視するのか。
まずは、デザインを重視するようだ。十名のうち八名が、そのような回答をした。残りの二名は「自分の足にどれだけフィットしているかどうかで決める」が一名、残りの一名が「靴のサイズ」と回答した。
特にこだわりのあるブランドは、全員が全員ないようだ。
2)名前の知らないブランドのスニーカーを買うか。
デザインを重視しているという回答が多く得られたが、名前の知らないブランドを買うか買わないか質問したところ、「さすがに名前の知らないブランドは買わない」という回答が多く得られ、「知らなくてもデザインが良ければ買う」という人はわずか三名であった。「お金のない場合は買う」を含めたら、四名になる。
特に女性の回答者は全員、名前の知らないブランドは買わないようだ。男性も買わない人が多かったが、1)の質問との矛盾点を質問してみると「こだわりはないが、どうしてもナイキ、アディダスに傾いてしまう」ようだ。「ナイキ、アディダスなら無難」のようで、常識に近い流行が出来上がっているのではないだろうか。
(6)データ詳細
協力者;19歳女性 一名
20歳男性 二名 20歳女性 一名
21歳男性 一名 21歳女性 二名
22歳男性 二名
23歳男性 一名
以下は、中心的な質問の大まかな内訳です。
(その他の質問は、アンケートを重ねてから付け加えたものもあるので、数は不揃いです。)
@ナイキのCMを見て、商品を買おうと思うか。
思わない・・・10名
(理由)
CMだけでは商品の良さがわからない・・・7名
別に欲しくないから・・・1名
普通の服が売っていない・・・1名
もともとナイキが身近ではない・・・1名
ACMが購買意欲に影響しているか
影響していない・・・10名
BCMをみて直感的にどう思うか
かっこいいと思う・・・4名
センスがあり、インパクトがある・・・1名
構成が面白く、そのスポーツをしたい・・・1名
お金がかかってそう・・・1名
個性を感じない・・・1名
特に何も感じない・・・2名
Cスニーカーを選ぶ時に、何を重視するか。
デザイン・・・8名
デザインと自分の足の形に合う・・・1名
靴のサイズ・・・1名
D名前の知らないようなブランドを買うか
デザインが良ければ買う・・・3名
デザインが良くても買わない・・・6名
お金がなくて、ブランドにこだわっていられない場合は買う・・・1名
5.ナイキの戦略と面接アンケート結果の比較
ここまでナイキのテレビCMによる戦略と面接アンケートで得られたデータとを比較してみると、明らかにナイキの戦略と面接アンケートに答えてくれた20歳前後の回答者たちとの間にはテレビCMに対する捕らえ方の食い違いが生じていることがわかる。ナイキがテレビCMに力を入れた目的としては、「ナイキガイ」と呼ばれるスーパースターたちをCMに起用し、「第一級のスポーツ価値・芸術価値」「スポーツ選手たちに対する尊敬心」を象徴し、一般消費者たちは、そのCMからスーパースター達のすべてに感情を移入し、一体になることを願い、彼らの分身であるナイキ商品を求めてゆくというものだった。しかし、日本の20歳前後の男女はナイキのテレビCMを見ても「商品がよくわからない」という理由からナイキ商品を買おうとは思っていないという結果が出ており、テレビCMからは「商品の販売が目的ではない」というとらえかたをしている。さらに、CMに対して「かっこいい」という印象は持っているものの、それが購買意欲に結びついているという結果は得られなかった。したがって日本の若者がナイキの戦略とは違ったナイキという企業に対するイメージを抱いているのではないかと考えることができる。
6.スポーツメーカーのブランド化
アンケートに答えてくれた回答者たちは、そのほとんどがスニーカーを選ぶときはデザインを重視していると回答しており、特にこだわりのあるブランドはないと答えている。しかしそのほとんどが「こだわりはないが、どうしてもナイキ、アディダスに傾いてしまう」と答えている。そしてその理由としては「無難である」「ブランドとして信頼ができる」という回答だった。このことから、回答者の中に「ブランドの力を誇示している」と答えた人がいたように、日本の若者にとってナイキのテレビCMとは、ナイキの商品そのものやCMのスーパースターに魅力や尊敬を感じさせるものではなく、「ナイキだから大丈夫」といったナイキというブランドそのものの権威や安心感を植え付けられるものと考えられる。
ナイキとは違った例として、2004年の1月4日の朝日新聞の記事によると最近ではジャージをカジュアルウェアとして着ることが10代から30代の女性の間で流行しているらしい。ダサい体操服のイメージが強く、部屋着として着ることが多かったジャージのイメージを払拭した、機能性・快適性を備え、さらにファッション性にもこだわった「アディダスカラーズ」が好評であり、ブランドのロゴも消費者側にとっては重要ということだ。アディダス以外にもプーマ、ナイキのジャージの売り上げも伸びているようだ。このジャージブームには、歌手のマドンナや、女優のジェニファーロペスといった海外の「セレブ」とよばれるスターたちが好んで着たことも要因としてあるようだが、やはり一部のスポーツメーカーがCMなどを通して一般大衆にブランドとして受け入れられるようになったということが大きな要因として挙げられるだろう。その証拠として有名スポーツメーカーのアディダスとデザイナーの山本耀司が共同で製作した「Y−3」というブランドも登場している。
7.結論
以上のように見てきた結果、私たちは現代人のスポーツ服での外出やバスケットシューズやサッカーのアップシューズの流行などのスポーツを主とした商品の一般普及には、一時期のブームに乗った一部のスポーツメーカーがデザインやイメージ重視のブランドと化し、消費者側もデザイナーブランドを身に着けるのと同じ感覚でナイキやアディダスといった有名スポーツメーカーの商品を購入しているのではないかという結論を導き出した。今後、スポーツブランドのさらなるブランド化が進み、ますますデザイン重視の商品が求められてゆくだろう。そして企業側もますますイメージをよくしてゆくことに力を注ぐようになり、スポーツウェアを製作してきた中で培ってきた機能性・快適性を生かしたファッション性の高い服を普及させてゆくことになるだろう。ジャージやユニフォームで街を歩くことがニュースや新聞で取り上げられることもないほど当たり前のような社会がすぐにやってくるのかもしれない。
<参考文献>
『スポーツ・ブランド〜ナイキは私たちをどう買えたのか?〜』 松田善幸 中央公論新社
<参考記事>
2004/01/04 朝日新聞
<参考HP>
http://www.asahi.com(2003/12/10)