是永ゼミ
振り込め詐欺にみる説得の技術
内田梢
金光亜有
小林梓
酒見摩耶
1 はじめに
振り込め詐欺はメディアで取り上げられているにも関わらず被害は後を絶たない。被害者は高齢者だけでなく中高年にもおよぶ。なぜ被害は現象しないのか。その背景には私たちが普段何気なく使っている会話の技法が悪用されているのではないだろうか。
2 テーマ
人はどのような状況、また人間関係が成立している時影響を受けやすくなるのだろうか。またその効果はどのような方法を使って高めるのだろうか。振り込め詐欺の会話分析を用いて考察したい。
3 詐欺について (警察庁ホームページより)
振り込め詐欺:「振り込め詐欺」事件とは、いわゆる「オレオレ詐欺」事件、架空請求詐欺事件、融資保証金詐欺事件の総称である。
オレオレ詐欺:電話を利用して親族・警察官・弁護士を装い交通事故の示談交渉等の名目で、現金を預金口座に等に振り込ませるなどの方法によりだましとる詐欺(恐喝)事件
架空請求詐欺:郵便・インターネットなどを利用して不特定多数の者に対し、架空の事実を口実として料金を請求する文書等を送付するなどして、現金を預金口座に振り込ませるなどの方法により騙し取る詐欺(恐喝)事件
有す保証金詐欺:実際には融資しないにも関わらず、融資する旨の文書等を送付するなどして、融資を申し込んできた者に対し、保証金等を名目に現金を預金口座等に振り込ませるなどの方法により騙し取る詐欺事件
振り込め詐欺の認知件数はピーク時と比べて減っているがほぼ横ばいと言える認知件数
になっている。
また被害者は女性が圧倒的に多く、男女ともに60代が最も多く被害にあっている。
4 データ
事案例 静岡案件
未亡人である被害者宅に「夫が生前していた借金を払え」と取り立ての電話がかかってきた。
5 仮説
振り込め詐欺には説得の技術が悪用されている。
6 技法
@ 権威による説得
何が「正しいこと」で、誰が正しいのか、というという一種の上下関係を成立させることが、影響力を増す効果がある。このような権威による説得の効果は、説得を受ける人の中で、その存在が自分に影響を与える正当性があり、またその影響を受け入れる義務があるという認識がある時に発揮する。
[例.T]
17 男:払わなきゃ〈いけないもん〉なんだからさ.
18 女:うん(.)だからね
19 男:払わなくてもいいものをうちが請求してるとでもいいたいの?
20 女:ううん(.)それは言いません[だから>ちゃんと説明して<もらったから
21 男: [<そう言ってるよ
そう言ってるよ?
22 女:言ってない゜です゜
17の発話で、「払わなくてはいけないもの」と言うことで正当性を強く主張している。しかしそれに対し女は「だからね」とさらに反発をしようとしている。そこで19の発話で自分の正当性を相手に認めさせるため反語の形で相手に質問しているのだ。すると女は男の正当性を肯定するような発言をする。これにより上下関係が成立したように思える。しかしさらに関係をはっきりさせるため男はもう一度21のように確認をする。女は「言ってない」と答えてたため、ここで完全な上下関係が成立した。
[例.U]
36 女:分かってますよ.でもそれ私>分からないんですもん<だって(.)もう>死んじゃってる人だから<
36にもあるように、受け手(女)は、もう亡くなってしまった夫の事に関して聞かれていて、女は何も知らないし、しかも自分からは何も情報も得ることができない、完全な受け身状態になってしまうという、最初の時点で極めて弱い立場にある。この時点で男は優位な立場に立っているといえる。それに加えて更に、掛け手(男)は、自分が「正しい」事をいっているから、それを否定しようとする受け手(女)は間違っている、と断定してしまっている。
[例.V]
39 男:>日にちまで分かってるわけですようちは決済日まで.<
40 女:うん(.)それね教えてもらいましたよだからそれはね(.)分かりましたよちゃんと自分のなかでも.
このように、最初から「決済日がわかっている」と言い切ってしまうことで、借りていたという事実を揺るがないものとしてしまっている。女も、「教えてもらった」とまるで自分が知らなかったことが悪かったかのような言い方をしてしまっている。そして、「分かりました」と、ありもしない借用の事実を承認してしまっている。
A 専門性による説得
その領域について持っている知識や能力の高さを見せることで、「信用できる」と思わせること。
[例.W]
25 男:そのほうがはっきりするでしょう. 〉書類だってそろってるんだし.〈ねえ?〉それ持っていきますよ.〈きっちりと.
26 女:すいませんやめてください
27 男:それでその場で現金で頂いて(.)ねえ,領収書渡しますよ(.)で書類は持ち帰って,近所の郵便局から(.)再度発送させてもらいますから
〉うちは証拠残したいからね:〈これ手渡しなんかしたくないですから.受け取ってませんって言われても困るから後でね(1.0)
そこまで言われる[んだったらそうしますよ
「書類がそろっている」ということで、借りたという事実にさらに手続きなどの専門性を持たせることで、真実味が増しているのだ。そして、さらに書類の郵送の手続きに関しても具体的な方法を述べることによりさらなる信憑性を持たせている。
B 譲歩的説得
先に相手がとまどうような大きな要求を出しておいて、相手が拒否した後にそれよりも小さなもともと受け入れてもらいたいと思っている要求を出すこと。
[例.X]
25 男:そのほうがはっきりするでしょう. 〉書類だってそろってるんだし.〈 ねえ?
〉それ持っていきますよ.〈きっちりと.
26 女:すいませんやめてください
27 男:それでその場で現金で頂いて(.)ねえ,領収書渡しますよ(.)で書類は持ち帰って,近所の郵便局から(.)再度発想させてもらいますから
〉うちは証拠残したいからね:〈これ手渡しなんかしたくないですから.受け取ってませんって言われても困るから後でね(1.0)
そこまで言われる[んだったらそうしますよ
この発話は専門性による説得でもあり、また譲歩的説得の例であるとも言えるだろう。まず、相手が一番困る「家に行く」という大きな要求を出している。そして、そのあと言葉には出していないが、もともと受け入れてもらいたい「お金を振り込む」という要求をだしているのだ。女の心理を考えると、「家に来る」ということはどうしても避けたい状況である。そのため、それよりは軽い要求である「お金を振り込む」ということで解決してしまってもいいのではないかという思考に変わるのだ。このような心理から、もともと受け入れてもらいたい「お金を振り込む」という要求が通りやすくなるのだ。
C 心理的リアクタンス
人は自由を制限されていると感じたとき、自由を回復したいと考え、制限されているものに制限されていないときより強い欲求を感じる。
[例.Y]
75 男: [一応じゃ困るんですよ.もし行っちゃってから途中で振り込まれても困るんですよね.確実に4時までに振り込んでもらえるって いうことならうちは(2)振り込みを待ちますよ.
76 女: (2).h
77 男:それはうちも約束通りやります.うちは4時までに入金されれば,東京中央郵便局まで行って:(.)配達記録か配達証明で,>領収書完済証明書譲渡書類一式?<送らせてもらいますよお宅の,お宅に.
78 女:.hh (3.5)
79 男:ねぇ?普通の郵便局は4時までしかやってないからねぇ?
振込みという課題に対する4時という制限時間を設けることで、一刻も早くその課題を遂行しなければならないという状況に追い込ませている。この場合振込みたいという欲求を生み出すのではなく、与えられた課題(要求)をこなさなくてはならないという状況からこなしてしまいたいという欲求に変化させているのではないか。
D 罰による説得
@の権威による説得にも見られるが、相手の言う通りにしないと何か「悪いこと」が生じるかのように感じさせるのが罰による説得である。
[例.Z]
44 女:お願いだから[相談
45 男: [あの:悪いですけ[ど
46 女: [時間をください。
47 男:それは無理だね:
48 女:>お願いしてるんです、私は<
49 男:>お願いされて、はいそうですかってやったら商売にならんから< もうそこまで言われたら、さすがに私も怒りますよ(1)ね:(4)もしもし?
ここでは、「時間を下さい」といっている女に「それは無理」だと言った男に、更に「私はお願いしているんだ」と少し強気に言った女に対して、それにひるむことなく「それでは商売にならない」と女が言ったのと同じ位の口調で言うことで、あくまでこれは「商売」であるということを強調し、商売に関して融通の聞かないことをいう事が「悪いこと」と感じさせる。そして、そんな理不尽なこというなら「怒りますよ」と、言う事で、受け手に自分が間違ったことを言ったせいで罰をうけるのではないか、と思わせることになる。その証拠に、それまで比較的掛け手と会話を対等に続けてきた(もしくは女が続けようと頑張ってきた)やりとりの中で、初めて4秒ほどの長い沈黙が生まれる。それ以降、受け手のトーンは下がり、次第にすすり泣きや、ため息が増えていくことになる。このような相手に直接的に苦痛を伴う“攻撃”型の説得の技術もあるのである。
7 まとめ
この振り込め詐欺そのものが譲歩的技法による詐欺だと言える。
電話口の男(犯人)がもともと求めていたのは口座に現金を振り込んでもらうことである。しかし押し付けた状況に女(被害者)がなかなか納得しないため、「ごたごたするの嫌ですから、行きますね。」と強引に新しい展開を作り上げ、対面という大きな要求を被害者に負わせる。この対面は被害者にとってどうしても避けたいものであるという前提で要求されている。というのは、一番の目的である口座振込みよりも大きな要求でなければスムーズに口座振込みを要求できないからだ。また対面は犯人にとっても賭けであり、この要求を実際に承諾されては全くの意味がなく目的である口座振込みを達成することができない。そのためさまざまな技法を用いりながらも対面を拒否させ、振込みを選択させている。そしてその拒否と選択を相手の判断によって決断したかのように話を進めていることがわかる。
今回の振り込め詐欺の会話分析を行うことによって、説得の技術が振り込め詐欺の電話での会話で使われていることがわかった。人は、冷静に考えたらおかしいと思う内容のことでも、その時の両者の関係性や、会話の仕方によって知らず知らずのうちに受け入れてしまうのだ。本文の最初に述べた、「振り込め詐欺には説得の技術が悪用されている」という仮説は正しかった、といえる。
ただ、通常の人と人が顔を合わせて行われる「会話」と、電話での「会話」で違うことは、電話は相手の顔を見ることができないコミュニケーション方法であるということである。顔の見えない相手と会話をするということ、しかもそれが知らない相手であった場合の会話は、それだけで受け手の不安を煽り、掛け手側、つまり詐欺を起こす側にとっては優位に立ちやすく、説得しやすい状況であるといえるかもしれない。しかし、逆に電話は、顔が見えないからこそ、簡単にコミュニケーションを絶つことができるのである。「電話を切る」という行為一つで、それまで行われていたコミュニケーションは終了してしまう。説得する側にとって、それが最も恐れていることだろう。つまり、掛け手は、相手に電話を切られないよう、細心の注意を払わなければならない。会話を続けさせ、受け手に「電話を切る」という行為の選択肢を与えないようにしないといけないのだ。実際に、今回扱った案件でも、男は終始強気な態度を見せているが、「沈黙」に非常に敏感であることが全体を通して感じられる。会話が途切れれば「もしもし?」や「どうします?」という言葉を発し、会話が途切れないよう注意を払っている。
このように、電話での説得には、通常の会話で行われる説得の技術とは別に、電話を切らせない、「会話を続ける」技術も合わせて必要となる。ただ、実際の会話でも、電話での会話でも、説得させるには、一方的ではなく、あくまでも相互にコミュニケーションが成立していなければいけないのだ。
※会話トランスクリプトについてはこちらで
8 参考文献
『わかってもらう説得の技術』 是永論 中央出版
『コミュニケーション学への招待』 橋元良明 大修館書店
警察庁ホームページ
http://www.npa.go.jp/safetylife/seianki31/1_hurikome.htm
警視庁ホームページ
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/anzen/sub7.htm