是永論ゼミ 2003.2.20
大学の有名性
―東京六大学を例に―
00DA029A 小倉秀史
00DA037X 河野亜希子
1、動機
立教大学を説明する場合、「東京六大学のひとつ…」ということばを使うことがある。そこで使われる「東京六大学」という言葉に自分が、相手がどんな意味、枠組みをもって理解しているのか不思議に思うことがある。どうして「東京六大学」という言葉が生まれたのか、どのように意味付けされていったのか、そこには<有名性>が関係しているのではないだろうか。
2、仮説
・まず「東京六大学」とは「東京六大学野球」からきたのではないだろうか。
・そして「東京六大学野球」の各大学の歴史、校風、イメージが「東京六大学」のイメージ作りにかんけしているのではないだろうか。
・「東京六大学」という<有名性>は大学に良い結果をもたらしているのではないだろうか。だからこそ、「東京六大学」は以前ほどの野球人気がなくなったにも関わらず残り、むしろ野球にかわる<有名性>が次々とつくられるのではないだろうか。
3、東京六大学とは
まず東京六大学がどれほどひとに認知されているか調査してみた。
立大 女 東京六大学は聞いたことがあるが、どの大学が入っているか分からない
40代 女 東京六大学をなんとかすべて答えた。
イメージは、考えた挙句「野球」のみ
中学生 女 まったく東京六大学を知らない。いろいろ話しをしていくうち「聞いた
ことがあるかも…」
高校生 女 東京六大学すべては言えず。イメージは「野球」「スポーツ」
と言ったように認知度が低かった。しかし、「野球」というイメージはあるようだ。
東京六大学の始まりをたどっていくとやはり「東京六大学野球」につながった。「東京六大学野球」とは何か?それは「東京六大学野球連盟」に加盟する大学を指す。
加盟校は東京大学、慶応、早稲田、法政、明治、立教大学である。しかし、なぜこの六大学なのかに理由はない。早慶戦がルーツとされるが、当初は応援の過熱問題などの問題があり、三大学→四大学→五大学リーグ戦が行われた。また、中央大や青山学院大も加盟候補に挙がっており、もしかすると「東京八大学」や「東京六大学」も今とは違う大学があったかもしれない。
では、どうして大学の野球リーグが広く浸透したのか?
野球自体が国民的スポーツとして人気であった。とともに、メディアとの関わりも考えられる。例えば「新聞」。読者層拡大、他紙との差異化、独自性のため「東京六大学」は各紙に登場した。また「テレビ」では早慶戦の生中継がされている。これはもちろん野球人気、早慶戦の加熱から中継がなされているが、まったく両校に関係ない人々にとってテレビに取り上げられることは新たな「価値付け」の意味を持ったのではないだろうか。
ここで、スポーツとマスメディアについて考えてみたい。
「マスメディアは、スポーツを情報化・記号化することにより、その交換価値を増大させ、スポーツを商品化する。その恩恵でスポーツ組織は安定した収入を得、また、人々はエンターテイメントとしてのスポーツを需要する」(スポーツ社会学の基礎理論より)
また、「するスポーツ」から「見るスポーツ」への変化も見過ごすことはできない。大衆が喜び共感する人間像「ヒーロー」の存在は、より人々を熱狂させた。しかし、その「ヒーロー」自体メディアによってつくられる面が強い。東京六大学野球の「ヒーロー」は言うまでもなく「長嶋茂雄」であろう。そして彼は「プロ野球界のヒーロー」になる。
以上のように、スポーツ、野球としての「東京六大学」が人々に浸透していくことは容易に想像できる。
4、その他の東京六大学の取り上げられ方
「東京六大学野球」として浸透した「東京六大学」は、いずれ野球とは関係ないところでも登場するようになる。
例えば、大学紹介ガイド。受験生ガイドから今では社会人向けのガイドまでターゲットが広がっている。また、インターネットのHP。大学公式のものから誰が作ったのか分からないHPなどがある。そこで野球とは関係なく「東京六大学」という言葉が一人歩きしている場面をみる。
そして、毎日新聞において
1992.12.2 慶応大も93年春から点字受験OK
盲学校の関係者らは「六大学の歩調が揃ったことで、他大学の門戸開放にはずみがつけば」と期待している
という記事があった。関係者の言葉から野球とは関係ない「リーダー的な東京六大学」を推測してしまう。また、「六大学」としただけで説明もない、説明のいらない状況は興味深い。
5、大学ランキング―「女子アナランキング」
4に関連するところで、「大学ランキング」という存在について深く触れたいと思う。「大学ランキング」とはそのままあらゆる大学をあらゆる項目においてランキング付けするのである。「高校教師の評価」「企業人事による評価」から「OBの活躍者の数」「食堂の評価」と様々なものがランキング対象となる。「ランキング付け」=「有名性」付けではないだろうか。以後、年々ランキング項目は増えつづけている。
なかでも「女子アナ」ランキングに注目したい。これは女子アナ輩出数のランキングである。なぜ女子アナがランキング対象となるか。
女子アナの位置付けについて「「女子アナ」ブームを創出する新たな<有名性>のメカニズム」のなかで石田佐恵子は、「女子アナ」の両義性について述べている。<有名性>という最高の成功の証明が、獲得・達成され認められた結果の<有名性>か、実体がなく意味を伴わない空虚な<有名性>か。テレビに出る=<有名>になる=成功者である、という単純な形式が「もてはやされ」「バッシングされる」両義性を生んでいる。
6、大学の有名性
ここでは、大学の社会に対する影響として、歴史的変化から学校のあり方を考察していこうと思う。
江戸時代の「士農工商」に象徴される身分制社会時代の大学は、日本の近代化を目標に、急速に近代学校制度を整備し始めた。そして、明治維新後には「四民平等」のスローガンのもとに、誰でもその能力と努力によって上級学校への進学の道が開かれ、社会のリーダーとして出世する機会が保障されるようになった。しかし、その実際は義務教育であった小学校でさえ、家庭の経済的理由などから通学さえ出来ない者も多く、特に当時の一流大學として代表される「帝国大学」などには「名家」の子供くらいしか行く事は出来なかったと言われる。そして、庶民の子供は中学校さえ進学できない状況が続いたのである。
こうした後、昭和10年代以降に入ると、産業化の進展や戦争遂行のための国家総動員策として中等・高等教育が普及され始め、平均学歴が一気に向上する時期にさしかかった。そして、戦後になり民主化が進むと義務教育が9年間に変わると、国民の生活水準向上や高度経済成長のあおりを受けて、上級学校への進学が実質的に可能となったのだ。と同時に、高校・大学の数が大量に増え、高い学歴への機会が大幅に高くなったことにより、学歴の持つ意味が変化してきた。
その変化は1970年代に入り、イギリスの社会学者R.P.ドーアの提言と同時に「学歴重視の人物評価」が社会問題として取り上げられるようになったのだ。その提言とは、日本における学歴社会は、近代社会の体質病であるとして、近代化・産業化の進展が生み出すもの、としたものであった。その経緯は、単に高校や大学を卒業したと言うだけでは差異化が図れなくなり、そこで問題とされたのが、どこの大学を卒業したのか、であった。これらの動きは、時代に沿った国語時点でも捉えることができ、それは「学歴社会とは学歴に関する経歴」から「学歴社会とはその人がどういう学校を卒業したかの経緯である」となったことから分かる。
また、バブル時代に入ると、「臨時教育審議会」が発足され、「学歴社会の弊害」や「学校中心の考え方からの脱却」をテーマに、社会問題へと対応し始めた。そして1990年代に入りバブルの崩壊を迎えると、高度情報社会化により、一流企業の一部では「どこの大学を出たかの学歴」により選考を始めるといった、時代の循環が始まってしまったのだ。こうした結果、現在では大学のあり方は再び一流企業へ入るための一つの記号となってしまったと考えられる。しかもその記号も、社会環境の変化により「空虚な存在」へと姿を変えてきていると言えよう。
次に、大学と地域とのつながりをボランティア活動から考察してみることにする。
大学とボランティア活動は元々古くから強固なものであったと言われているが、1970年代から1990年代を境に、「大学内外での学生によるボランティア活動」が活発になり、近年では、学生自信に夜活動とは全く別物の、大学側からのボランティアへのアプローチが見られるようになった。
では、なぜ大学にボランティア講座が開設され始めてきたのか、というと、そこには二つの要因が挙げられる。1つはボランティア活動ブーム、二つ目は文部省が進める大学改革である。前者に関しては、1990年代になり、阪神淡路大震災などを契機に、新聞やテレビなど多くのメディアに取り上げられるようになったからだと考えられ、後者に関しては受験勉強ばかりで机上の理論だけになりがちな生徒に対して、実社会に役立つ能力を身につけさせようとする意義や地域社会の一員として地域貢献を果たすという意義があった。これらは、大学がボランティア活動をすることで、その地域に自身の有名性を築くとともに、地域自身もその有名性を築くことが出来るというシナジー効果を持っていると考えられる。つまり、それがメディアに取り上げられたとき、双方の有名性を全国規模で築くことができる仕組みがあるということである。
7、結論
大学の<有名性>、「東京六大学」という<有名性>、そこには今や大学も生き残りの時代、大学のアピール、独自性、他校との差異化をはかる「商業的側面」を考えた。
1970年代の大学のあり方を巡る社会問題を機に、多くの大学が「東京六大学野球」や「女子アナ」などを含む有名人や芸能人を輩出している、という記号を中心に、自身の<有名性>を築くこととなった。しかし、「少子化」に加え、バブル崩壊後の不景気によって起きた「一流大学に入学すれば就職安泰」という高学歴志向・完全雇用制度の崩壊により、大学本来の学問だけに力を入れる必要性から商業的な面に力を入れる必要性が出てきた、と考えられるのだ。「東京六大学野球」という記号から「東京六大学、、、立教大学など」という記号を作ることは商業的なアピールになるのではないだろうか。そこには人々の飽きっぽさと、自ら作り出していく再生産の図式が見られる。
結果としてではあるが、ボランティア活動などによって<有名性>を作ること、またその「有名性」というもの自身には商業的側面があるのではないだろうかという疑問が生まれてきたが、それら「有名性」が広く人々に知られているかというところには、結論は出せないものであると考えられる。
参考資料
『大学野球史』
『スポーツ社会学の基礎理論』
『大学ランキング1997、2002』
『論座』
『AERA』
『大学生の常識』
月間ボランティア
http://cw1.zaq.ne.jp/osakavol/books/getuvol/mvi3482.html