戻る


ジンバブウェ運用 C  Z28D訪問   新ライセンス事情



 
   2001年5月にジンバブウェを訪問した。今回は腰痛のためvertical antenaを分解、運搬、設置するのが困難で、装置一式はマラウィから持ちださなかった。運用の予定もなかった。


○ハラレでZ22JEを再訪問。
  さまざまに雑談した。本年6月から無線関係の法律が改正され、ハムは毎年50米ドルを支払うことになる。あまりに高額で、ジンバブウェのアマチュア無線連盟も反対している。日本や、その他、各国での免許関係の費用についてメモをとりながら尋ねられた。
私も日本で従事者免許、局免許、電波使用料、JRAL会費など薄れた記憶を頼りに答えた。


○Z28D訪問
  ジンバブウェの東のはずれのムタレに所用で行った。ここに住むPatさんを訪ねた。彼はJA局と多く交信しているのでプロフィールをご存知の方は多いだろう。1980年代はじめから毎年、All JapanとAll Asiaのコンテストに出ている。RSTと年齢の交換があるので、彼の年齢もばれていますね。

私としては、QSOよりもPatさんと雑談を期待していた。いま、ジンバブウェでは経済上、政治上さまざまな問題があり(ここに関連記事)、地方在住、ジンバブウェ生まれの商店主としてどんなことを考えているか教えてほしかったのである。

  しかし、彼はすぐに私をシャックに案内し、リグの調整をして「はい、どうぞ」という感じで運用を勧めてくれた。おかげで2日間にわたって多くのJA局と交信できた。これはこれで十分に楽しい経験をさせていただいた。

  交信中にZ28Dのところからだと紹介すると、すぐに分かるJA局がけっこうあり、興味深かった。

 リグはケンウッドのTS-820S、アンテナはハイゲイン製で14、21Mzは3エレ、28Mzは4エレで働く、とうかがった。タワーは10メートル高ほどだ。アンテナはいつもJA方向に向きっぱなしのようだ。Z22JE同様にSSB一本槍のようだ。

 
 日本からのQSLカードも見せていただいた。カードだけでなく、切手、その消印、なども集めていて、日本の消印だけで3500あるという。残念ながら、なぜ日本の切手や消印を収集し始めたのかを聞きそびれてしまった。





  Z28Dのアンテナとタワー

  ムタレの盆地の北側の斜面に位置する。道路より家側が下がっているので、家は見えない。




○免許関係
  現在の私の免許は、いろいろないきさつでZ2LZF→Z2/JA2LZFとなった(既報)。この免許は、年度切り替え時の2001年6月末で期限切れになる。免許の更新を申請し、「/」がつかない、ジンバブウェ在住者の様式のライセンスを要請した。

  先回よりはやや詳しい申請書を書いた。そして、担当者がライセンスに記入したコールがなんと、Z2LZFであった。「これは先回、誤ったコールであるとして、訂正したもらったものではないか」としばらくやりあった。「Z2 + 数字1文字 + アルファベット2文字、の形式のはずだ」「アルファベットは、あいていればKZが欲しい」と要求した。

  担当者はアマチュア無線連盟の事務をやっている方に電話で、この形式を確かめて、私にZ22KZを発行し、私は50米ドル相当の3000ジンバブウェ・ドルを支払った。

  担当者がコール形式に不案内、アマチュア無線連盟のほうに尋ねている、免許料も良く知らなかった、サフィックスが空いているかどうか調べた形跡がない、などから私としても非常に不安であった。


  後刻、私からアマチュア無線連盟の事務の方に電話して尋ねた。「Z22KZの形式のコールはジンバブウェのcitizenにしか発行できないはずだ」「citizenの基準は厳しくされる方向だ」「この基準と、免許料の値上げになる今度の法規には反対運動をしている」とのことであった。「今度の法規」とは、2001年年6月から施行されるものを指している。

  私はすでに今度の法規に基づいた免許料を、2001年度の免許のために支払ってしまった。しかし、コールがどうなるかは、不透明だ。すぐには運用する予定はないが、今度は実際に電波を出す前に、Lisencing Authorityと無線連盟の両方に良く確かめる必要がある。


  コールの発行側に自信がなくて、無線連盟に確認を入れるようでは、申請者も困惑するばかりだ。


  コールをめぐる不明確さには、まずは、担当者側の訓練不足がある。しかし、無線連盟のほうも、ほとんど白人の年配者が占めていて、「黒人の若いのは何も知らないので、こちらが正しい事を教えなければだめだ」といった、一種のpaternalismも感じた。

  ジンバブウェ全体でも、マスコミへの統制は厳しくなっている。その一環として無線関係の免許の法規が改正されると見る事もできるだろう。Ministry of Information and Publicity の大臣は、しばしば新聞関係者を集めて、「公正に書くんだぞ、さもなければ……」と発言しているようだ。

  ジャーナリストのデモ行進は事前に届け出たが、警察が来てやめさせられましまった。一方、2001年5月中旬にMasvingoの市長選挙で野党側の候補が勝ったあと、与党側が大規模、騒乱的なデモをおこなって話題になった。この時は上記の大臣は「デモは民主的な表現手段で、なんら悪い事はない」とコメントしている。