イラク攻撃の準備が進む一方、慎重な対応を求める声も澎湃と起こっている。

  この中で、一般の人々は日常生活に追われ、みずから考えて声をあげたり、議論したりすることも少ない。

 私自身は慎重論を支持する。しかし、それ以前に、十分な議論が庶民の間でされないまま事態が推移していることを憂う。

  日本の対応について一部政治家に任せておいていいのであろうか。政治家は国という視点でしか情勢を判断できない事が多い。彼らは国家運営の専門家であっても、人々に幸福や満足をもたらす視点が欠ける場合がある。

  かえって庶民が抱く希望や懸念が正鵠を得ることも多い。たとえば、携帯電話の普及は若者に圧倒的に支持された結果であったし、原子力発電の危険性では庶民の懸念が実証されてしまった。

  われわれ一般人が積極的に発言することが一部政治家をコントロールすることになり、ひいては妥当な対応につながっていく。 私たちにとっても、発言を通じて想像力や共感力が深まっていくのであろう。

  戦争を準備する人、それに反対する人、イラクで攻撃を待つ人、に思いをはせて私たちが活発に議論していこう。


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イラク攻撃について私たちも議論を