身近な方が亡くなった場合の悲嘆は大きい。亡くなった方の生前の行住坐臥の様子を知り、交流をしていたからであろう。

  イラクのバグダットが攻撃されれば、そこに住む400万人の多くに直接、間接の危害が及び、死者の数も膨大であろう。

  私は、バグダットに住む方を個別に知り、交流をしているわけではない。しかし、彼らもかけがえのない人生をさまざまに刻んでいることは、私の身の回りの人の様子から敷衍して間違いない。元気な子供たち、愛情深い家族、聡明な年配者が生活しているのだ。

  このような一人一人の人生のかけがえのなさを、イラクやアメリカという国家が踏みにじろうとする事態になっている。

  この事態が妥当かどうか国家の論理で考えてはいけない。まず、そこに住む人々の痛みに思いをはせて、重大な危険をはらむ先制攻撃はなんとしても避けるべきだ。世界各国の指導者は国家の思考ではなく、住民の人生に思いを寄せる発想に立ち、武力行使回避に最大の努力をしなくてはならない。

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住民に危害を加える武力行使をやめよ