タンザニア南西部の村を1984年から訪れている。である。州の中心地から90キロメートル、郡の中心地から19キロメートル離れており、電気、ガス、水道、電話、すべてない村である。ごく最近の変化を紹介しよう。


○電気が近くまで来る
  いつも訪問する村から10キロメートルほどの村にまで電気が来た。幹線道路沿いに電気を引いているようだ。今のところ、道路にそった家、トタン屋根の家、家主が希望する家、の条件を満たしたところに引かれている。

  いつも滞在する村は200戸程度あり、その中で幹線道路にそった家は数戸はある。また、一般の家でトタン屋根は僅かである。しかし、学校、役人の家、病院、医師や教員の住宅、小さな商店兼仕立て屋には、電気が引かれるだろう。

  実際にこの村まで電気が来るかは、もう何年か待ってみないと分からない。


○田植えをするようになる
  ここでは、山がちの土地で陸稲を栽培している。従来は直播きであった。

  1〜3年前から種を一定間隔に植えて、30センチ以上の苗になってから植え替えている。この時に茎と葉の先端を切り取っている。植え替え後によく発育させるためだ。田植えをすることによって雑草とイネの生育競争で、イネのほうが優位にたつことができる。収穫は直播きと比べて50パーセントも増したらしい。

  従来は、雑草を取るのが大変な労働であった。普通の農作業は午前中、あるいは午前10時頃には終わってしまうが、イネの雑草とりは午後までかかっていた。

  この村の人が多く移住しているウサング平原では、水田でも直播きであった。播種は手でおこなう事も、大農場で機械でおこなうこともあった。ウサング平原の村で田植えはごく一部の人がおこなっていたが、次第に一般的になってきた。

  いつもの村での陸稲の田植えは、ウサングから戻った人が伝えたようだ。「今年から田植えを始めた」という人もいて、ごく最近の手法である。村には農業指導の役人もいるが、彼らの指導ではない。



○ウシで耕すようになる
  いつも滞在する村の隣の村に住む人の話。彼は進取の気性に富んでいるが、今年(2000年の雨季)からウシに引かせた犂で耕している。これはこの村から南へ数十キロメートルの平地では一般的なことであった。南部ではトラクターの使用もよくある。しかし、中部以北は山がちなので、もっぱら鍬で耕すのみであった。

  彼は、比較的傾斜が緩いところで犂耕を始めた。手で耕す場合の20分の1程度の時間ですんでいるようだ。ただし、傾斜地で犂を操るコツと力はいるようだ。

  今のところ犂耕をしているのは、彼の村では彼一人であり、私が滞在する村ではだれもいない。能率的だと分かっていても、犂とウシ(雄ウシを使用する)が入手できなければ出来ない作業である。肥料の購入もままならない人が多い地域なので、どこまで普及するか分からないが、しばらく注目したい。


  以上を見ると、この数年で進歩しているように思うかもしれない。ところがうまく行っていないこともある。それはまた別に整理しよう。

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村の最近の変化  タンザニア南西部