マラウィは熱帯モンスーン気候帯に属し、5月から10月までが乾季である。降水量は2000ミリ以上降るところから、南部の低地の800ミリ程度までさまざまであるが、アフリカ諸国の中では比較的雨には恵まれていると言える。

その雨を集めて、マラウィ湖が存在している。この湖の面積は国土の15パーセント以上を占めている。マラウィの湖岸に立つと波が押し寄せ、海に来ているようだ。東西の幅は最大で80キロメートル程度あるので、対岸は条件がそろわなければ見えない。

  つまり、対岸の山を、こちら側の山から(この両者は比較的簡単にクリヤできる。地溝帯の溝に出来たのがマラウィ湖だから)、空気中のチリが少ない時に見るのだ。雨でチリが洗い落とされた雨季の晴れ間などが最適である(ここで紹介しています)。

  マラウィにとって湖は大切な漁獲資源を得る場であり、観光資源でもある。これらは産業の紹介のときに詳述したい。


 
マラウィの多くの川がマラウィ湖に注ぐ。降水量によって湖面の高さも変化する。1990年頃に比較して、現在はかなり下がってきているようだ。

  マラウィ湖の水位は、湖上の水運、村への水害、観光施設などに影響を与える。現在は水位は下がっているので、波止場の使用が出来なくなる、観光施設と湖岸が離れてしまう、などの影響が出ている。一方、水害は、湖面は下がっても、川に沿っておこっている。
2000年初めの南部アフリカの水害の時(モザンビークで樹上に避難した女性がそこで出産したニュースが世界に流れた時です)にも、北部の川沿いで1万人規模の被害が出ている。


 
マラウィ湖を取り囲んでいる国は、マラウィ、タンザニア、モザンビークである。このうち、マラウィ―タンザニア間ではマラウィ湖の上の国境線について争いがある。

  マラウィ側の主張では、「この湖はマラウィ国内のものであり、したがって、国境線はマラウィ湖の湖畔にそってあり、タンザニアが領有しているのは陸地だけである」としている。タンザニア側の主張は、「マラウィ湖は国際的な湖であり、文字通り国と国の間に存在する。他の国際河川の例と同様に、その中央に国境線がある」としている。

  現在の両国の指導者ではなく、マラウィの初代大統領のバンダ氏と、タンザニア初代大統領のニエレレ氏との間では舌戦があった。1980年代には、タンザニア海軍のボートが機関銃を積んで、マラウィ湖北部に停泊していた事もあった。両国とも指導者が変わり、このことを表立って話題にしないようになっている。どうも世界的には前者の主張が認められているようだ。しかし、タンザニアで発行の地図では、もちろん自国の主張を反映している。また、マラウィ湖ではなく、ニャサ湖と記している。

 

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マラウィ案内 地理 2