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マラウィの酒

  2000年の10月にはケニアのナイロビでメチルアルコールが混入した酒が売られ、128名が死亡、400人が病院に入る事態になった。飲酒は手軽なリラックスの方法であり、都市のスラムの住人には現実逃避の手段にもなる。

  メチルアルコールではなく、エチルアルコールを混入させた酒の販売はマラウィでも報道された。これも非合法である。

  マラウィでは工場製の醸造酒が、日本の牛乳のような1リットルの紙パックで売られている。2種類有り、チブクとナポロという名前である。味は、どぶろくのもっと粉っぽい味で、薄茶色である。原料はトウモロコシ主体だ。

  チブクは1リットル18K(2000年10月)から22.5K(2001年7月)で販売されている。ちょっとした町にはチブクを飲ませるバーが作られている。これに比べるとナポロのバーはやや少ないようだ。それぞれ、赤と青、緑と黄色、のパッケージで、バーの壁もこの色で彩色されている。






チブクの1リットル パッケージ




チブクバーの外壁は、パッケージと同じ配色だ





チブクバーの外のベンチのほうが、内部よりも人気がある。
ナポロバー。
こちらは緑と黄がテーマだ。
 
  チブクバーの周囲にはベンチが設けてあり、昼間からいい気持ちになっている人も見かける。ゾンバくらいの都市になると、チブクバーの周辺に簡単な店が出て、焼き肉、ゆで卵、ポテトチップス、などを売っている。もし、つまみを取りたい場合は、ここで買うのである。しかし、ひたすら酒だけを飲みつづける人が多い。

  夕方から夜にかけては、多くの客が集まって賑やかになる。周りを散策しながら、知人を探している者、挨拶を交わしているものも多い。

  チブクとナポロの2社は競争関係にあったが、2001年1月に合併した。規模を大きくしてコストを下げるべくとった処置だ。当時から、合併によって寡占化が進み、値上げされるとうわさされていた。事実、4月には値上げされた。

  既報の通り、マラウィでのインフレ率は年間40〜50パーセントもあるので、値上げ自体はそんなに非難できないかもしれない。

  ナポロはマラウィでだけ生産されている。ところが、チブクは同名のものがジンバブウェにもある。チブクは、もともとザンビアで生産されており、それがジンバブウェに伝わったと聞いている。さらにジンバブウェのチブクからマラウィへと関係性がたどれれば興味深い。









ハラレ(ジンバブウェ首都)のチブク工場
ここでも、赤と青だ。

  私がいつも生活しているタンザニア西部の村では、地酒は村の女性たちの貴重な現金収入源であった。夫が熱心なイスラム教徒である、本人が年配になって酒作りが大変になった、などの理由がなければ、ほとんどすべての女性が酒作りをしている。

  ところが、マラウィの、少なくとも都市部では女性の地酒作りがあまり見られない。これはチブクとナポロが幅を利かせているためでもあろう。そして、工業製のビールが比較的田舎まで広く流通しているためでもあろう。

  マラウィではデンマークのカルズバーグビールが進出して生産している。マラウィ内のビールはこのブランドのみだ。そして比較的田舎でも流通している。

  ビールとコーラが手に入りにくいところは、マラウィでは非常に少ない。冷えていない、ビンの回収がスムーズでない、古い、ことはあっても、物自体が入手困難な地域は少ないと思う。これは、私がタンザニアの村と比べた相対的な評価だ。マラウィの村でも、10キロメートル以上離れた別の村の雑貨店に行かないとコーラがない、定期市に商人が運んでくるのを待たなければならない、といった地域もある。

  チブク・ナポロ・ビールによって女性の地酒作りは途絶えたわけではない。ブランタイヤなどの都市部でも、果物を原料にして自家で酒を醸造して、客に販売している例もある。マラウィに住み始めた当初は、チブクなどが目に付いて、女性が各家庭で作っている地酒に気づかなかった。チブクのおかげで女性の現金収入源が奪われた面もあるが、酒作りはほかにもおこなわれていて、安心した。