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大 学 事 情 


  マラウィには、1964年の独立の年に創立されたマラウィ大学と、最近、1999年に北部に設立されたムズズ大学とがある。

  ムズズ大学は教育関係の学部のみを擁し、学生も一学年100名程度である。

  それに対してマラウィ大学は5学部がマラウィ各地にキャンパスを構えている。カレッジは、総長カレッジ(以下、チャンセラー校)、ポリテク校、農学カレッジ、医学カレッジ、看護カレッジである。マラウィ大学全体で3400名の学生と500名の教員が所属している。この中では、学生数でも、予算規模でも総長カレッジが一番大きい。それについでポリテク校がある。

  総長カレッジ(チャンセラー校)とは妙な名称に聞こえる。これには経済、文学、物理、芸術までの学部がふくまれおり、教養学部といったところか。このカレッジがマラウィ大学では一番人気がある。

  チャンセラー校は、ゾンバの中心街に近いところに位置し、その建物も比較的きれいだ。レンガを多用した外観と、3階程度に抑えられた高さが好ましい。

  授業期間中は、学生が多数、キャンパスを闊歩している。その服装も女子学生がズボンをはいているなど、自由さを感じる。大学まで来ている学生は、一般に裕福で、近所の閑静なバーで飲み会を開いている学生グループに出会う事もある。




 

マラウィ

日本

ザンビア

ウガンダ

学生数

3600

200

15000

10000規模

人口

1000

12000

1000

2200

学生数/人口

0.36パーミル

17パーミル

1.5パーミル

0.5パーミル




  こうしてみると、マラウィで大学生は、ごく一部の恵まれた存在である事がわかる。
人口比にすれば、日本の50分の1程度の数しかいない。また、人口が少ない国で、学生数も少ない。毎年の卒業式に総長である大統領自らが出席するのも、うなずける。





                              ザンビア大学




  2000年には、学生とその親を驚かせる発表があった。それまで、年間1500Kであった授業料が46000Kへと、2001年度から引き上げられる、と発表されたのである。じつに30倍以上である。

  私が日本で大学に入学した年に、国立大学の学費が年間12000円から36000円へと3倍に引き上げられて大きな騒動になった事を思い出してしまった。これでも3倍であったのだが。

  マラウィでも、学生たちは当然、反対運動をしている。大学内の関係者、財務大臣、大統領に会ったり、近隣国の事情を独自に調べたり、ストライキをやったりしている。ストライキに過剰に反応した警察が、催涙弾を打ち込んだ事もあった。2000年末で、学費の提案は25000Kまで下がっている。もう少し下がって、妥結するのであろう。

結局25000Kで決まった。なお、これは宿舎の使用料、食費などを含んだ一般学生の年額。社会人入学者は授業料だけで45000Kである。(この段2002年8月追記)


  大学では実際に金がなく、学生からの授業料を値上げせざるを得ない事情もあるようだ。

  ポリテク校では2001年4月の職員給与が支払えず、大学を閉鎖し、レイオフを実施した。ポリテク校のレイオフは5月上旬から6月中旬まで続いた。4月下旬には、マラウィの国家公務員全体にも2週間のレイオフが実施された。




            マラウィ大学 チャンセラー校。 背後にゾンバ高原が見える
。 2000年撮影

  マラウィは7月から会計年度が変わる。2001年7月からの会計年度では、マラウィ大学は12億Kの予算申請をしている。これに対して、財務省から認められた金額は三分の一の4億Kであった。これは、ほぼ人件費に等しい。つまり、水道、電気、電話料金を支払う金はなく、いつ止められても文句は言えない。また、図書は一冊も買えない、という状態だ。

  さらに言えば、この4億Kが滞りなく、財務省から大学へ渡される保証はない。マラウィでは実際の予算の執行にあたって、さらに金額が承認額よりも絞られて財務省から渡されるのが通例だ。2001年5月のポリテク校のレイオフも、毎月の政府からの金が滞ってしまったためのようだ。

 上記の4億Kは2001年中に使用してしまい、2億Kほど追加が財務省から認められたようだ。2002−2003年度は18億Kを申請し、9億Kが認められている(この段、2002年8月追記)

  マラウィ政府全体として、支出に対して厳しい目を向けるようになっている。今まで、ある程度アバウトな処理をしていた部署については、厳しく削られているようだ。大学も、いいかげんさが有ったわけだ。ちなみに、他の部署では、在外の外交官の生活費、などが厳しく削られている。

  マラウィ大学全体として、1998年迄は、毎年3000万K程度を図書と雑誌の購入にあてていた。それが、1999年からはその10分の1以下になっている。2000年からは財務省で認められた正規の図書費はゼロで、さまざまな方法で2〜300万K程度の図書を買っている状態だ。


  大学の実質的なトップは副総長で、現在はパリ氏(仮名)がつとめている。彼はイギリス文学が専門の学者であるが、1964年の独立時にすぐに抜擢されて、駐国連のマラウィ大使になった。そのあと、すぐに独裁色を強めていった前大統領に追われる形で、大使を辞め、マラウィ内にも居づらくなり、アフリカやアメリカ各地の大学で教えていた。大統領が1994年にかわってから再度、駐国連マラウィ大使を勤め、1999年から副総長になっている。

  このように前の大統領のときに国外で亡命生活をしていた人が戻ってきている例は、数多くある。このHPで紹介しているムワイポポさんの息子の例もそうだ。また、現在(2001年)の駐ジンバブウェのマラウィ・ハイ・コミッショナーの父親もそうだ。

  さて、本当にお金がない国で、大学を運営していくのは難しい。高等教育を整えなければ、次世代のリーダーを十分に育成していく事ができない。周辺国の事情もよく知られているので、優秀な大学教員は、マラウィでの待遇に満足できず、南ア、ボツワナなどに流出してしまう。

  大学内での無駄も相当にあることは、財務省に指摘されているとおりだ。副総長は、各カレッジの独立性を高めて運営の効率化をはかり、一方では学費収入増を目指している。副総長の履歴は紹介したが、すでに60代後半だ。任期の残り3年を務めたら、多分引退だろう。それまでに是非、うまく改革が軌道に乗って欲しいと思っている。