○コタコタ
 コタコタはマラウィ湖西岸では伝統的なマーケットとして最大であると評され、マラウィの観光地図にも記されている。実際には平凡なところだ。

コタコタはマラウィ湖西岸の中部にある。このあたり、南は次節のムーアからコタコタの北部のドゥワングワまでは、マラウィ湖の西岸としては比較的広い平地が広がっている。この平坦な土地を利用してドゥワングワではサトウキビのプランテーション、ムーアの南では灌漑された水田が広がっている。またカシューナッツの栽培も所々で見られる。

コタコタは奴隷商人のジュンベが居を構え、リビングストンが奴隷貿易をやめるように説得した場所である。リビングストンとジュンベは木の下に座って話をした。何の変哲もないイチジク属の木であるが、名札はついている。

「D.リビングストン博士の1861年のコタコタ訪問記念のために。彼はこの木の下で休み、ジュンベとその他のチェワ人のチーフに会って奴隷貿易中止の交渉をおこなった」という簡単なものだ。ここでは「交渉をおこなった(made a treaty)」と記してあるが、treatyには協定の意味もある。しかし、ここでのmade a treatyは奴隷貿易を止める「協定を結んだ」という意味ではない。たんに「交渉をした」との意味である。事実奴隷貿易は彼らが会談した後も続き、ジュンベは1890年代に引き上げたようだ。「こんなところをわざわざ訪ねる日本人もいまい」と思ったが実際にはそうでもない。私が訪問したときにも、前年に日本の青年協力隊の方が訪ねていることが分かった。

 じつはリビングストンの木は2本あり、一本は上記の木、もう一本はリビングストンが1863年に再度ここを通過したときにキャンプした場所にある。


○ムーア
 ムーアには博物館(Ku Ngoni Art Craft Centre)が1976年にカナダ、ノルウェイなどの援助によって設立されている(写真)。
 博物館で扱っている内容はキリスト教宣教の足跡、チェワ人を中心にしたマラウィの民族集団の伝統である。とくにチェワ人のグルワンクールというダンスの仮面は数百が集められ壮観である。この仮面は1960年代からここのミッションのカナダ人牧師によって収集された。コレクションは彼の個人的な努力によるもので、チェワ人たちが自分たちの伝統を保存・強調しようとして結集したものではない。研究を目的にしたものではなく、それぞれの仮面についての記載や収蔵物のカタログなどは整っていない。チェワ人の仮面展示は「秘密」の儀礼に関係するので写真撮影は禁止されている。このコレクションを展示保存するために博物館を開設した経緯のようだ。ムーアのミッション自体は1903年ころに設置され活動を続けてきた。
 




ムーアの博物館 2001年撮影




博物館での説明役は、父親がタンザニアで働いていた時にタンザニアで生まれた青年であった。父親の帰国に合わせてマラウィに帰りマラウィ大学のチャンセラー校を卒業したという。説明役も、チェワ人の伝統、ンゴニ人の移動などはマラウィ大学で学んだ。チェワ人もンゴニ人もそばに多数住んでいるのだが、彼らが自民族の説明するのではなくだれかが調査してその成果を大学で学んだ他民族の青年が説明している。

 ここはクラフトセンターの名のとおり、博物館だけでなく工房と展示即売場が併設されている。作られているはほとんど木彫で(写真470)、わずかに絵画がある。職人は120人もいると言うが、常時ここで作業しているわけではない。

 博物館内の近辺の道路上でも木彫りの土産を見ることができる。加工はある程度精巧で大きさの割には安い。たとえば、高さ150センチ弱の木彫りでも2万K程度、横幅2メートルの欄間も8千Kである。ここで使用している木は、かならずしも地元産ではなく、タンザニア、ザンビアから入れているものもある。



博物館で販売される木彫品。 2001年撮影。


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