〇マラウィへの導入
 チャは1687年にアジアから南アの喜望峰の白人居住地に伝わった。ところがそこで止まってしまい、アフリカ内ではしばらくは広がらなかった。200年近くたって1850年に南アのダーバン周辺地域に伝わった。

 マラウィでは1878年に栽培が試みられている。このときの種はダーバンからではなく、イギリスからもたらされた。栽培に携わったのは、またしてもChurch of Scotland Missionの関係者だ。1878年の時は失敗に終わったが、1886年には成功して、その株はいまだにブランタイヤに残っているという。

 セイロン(現在のスリランカ)ではコーヒー栽培が試みられていたが、病気のため全島のコーヒーが被害を受け、チャに転換した。ヘンリー・ブラウンはセイロンでこの被害に遭うが、マラウィに渡り再度コーヒーの栽培を試みる。彼はすぐにこの地がチャに適していることに気づき、1891年にチャの栽培を始める。これが商業的には実質的な栽培開始である。このとき植えた株は1990年ごろでも1ヘクタールあたり3.6トンの生産をあげていた。一般にチャの生産は0.6〜1.8トン/ヘクタールと言われている。もちろん品種によっても異なるであろうが、100年以上の樹齢にもかかわらず、いまだに十分に高収量である。



〇現在の栽培地
現在のマラウィのチャの生産地は南部のチョロ、ムランジェ(写真)に集中している。チョロに2万2千ヘクタール、ムランジェに1万7千ヘクタール、その他に800ヘクタールほどの畑が分布している。生産は4万トン弱で20〜30億K程度の外貨を稼いでいる。

 大規模農場はすべて企業経営で24の企業が携わっている。個人世帯もチャを栽培しているが、これは全国で5000世帯程度である。個人栽培農家ではムランジェが3700世帯で多くを占める。彼らは0.5ヘクタール程度の面積をそれぞれ耕作している。




ムランジェ山近くのチャ畑。 1996年撮影


〇農作業の季節
チャは雨季に成長する。というか、雨が年間を通じて平均して降れば、成長も一定し収穫期間も伸びる。雨季/乾季の別があるところでは雨季にだけチャの成長・収穫が可能になる。したがって、マラウィでは雨季の間に定期的に葉を摘み取るが、なかなか重労働である。あるチャ農場では、労働者は一日に44キロの葉を摘むことがノルマであるが、これは朝早くから夜までかかることもある。44キロ摘んで、1日あたり42K、月に1260Kの賃金が支払われる(2001年5月現在)。もし達成できない場合は、95タンバラ/キロ(100タンバラ=1K)での買い上げになる。

賃金が低いことも大変だが、休みがほとんどないことも厳しい。雨季にはクリスマス、新年、イースターなどがあるが、この期間もほとんど働き通しである。ちなみにマラウィの祝日は下記のとおり年間11日あるが、このうち△をつけた7日は雨季である。やはり休日、祝日に働いていると苦しく感じてしまう。

 △1月1日 元旦
 △1月16日 John Chilembwe Day
 △3月3日 Matyr’s Day
 △3〜4月 イースター
  5月1日 メーデイ
  6月14日 独立記念日
  7月6日 Republic Day
  10月第二日曜 母の日
 △12月第二月曜日 National Tree Planting Day
 △12月25日 クリスマス
 △12月26日 Boxing Day



〇最上級のものは国外へ
 マラウィ生活で悔しいのは、マラウィ産の最上級の紅茶が手に入らないことだ。最上のものはすべて輸出用で、イギリスなどへ出荷されてしまう。量から見ても、コーヒーと同じく生産高の98パーセントが輸出されている。
 2002年に日本の外務副大臣がマラウィを訪問し、マラウィの紅茶を土産に託されたようだ。その紅茶もマラウィ国内で購入できるものなので、品質的にはたいしたものではなかったようだ。



 

 


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