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第6回世田谷の地名 −世田谷線の駅名から−


はじめに 地名というテーマは以前から興味のあった分野であり、今回発表のテーマに取り上げるに当たって、なじみ深く資料が手に入りやすいこともあって、自分の住む世田谷区の地名の由来に注目した。しかし、世田谷区全体となると、小字の量が膨大だったので、世田谷区を走る二両編成の路面電車、世田谷線(旧玉電)の駅名に絞り、それに関連する地域研究を行った。
路線図

世田谷線沿革

○玉電の開通から世田谷線誕生まで
明治29年(1896)
      11月18日
「玉川砂利電気鉄道」の商号で、東京市の中心に近い三宅坂から玉川に至る路線を出願したことに始まる。
明治35年(1902)
       2月8日
渋谷〜玉川間の軌道敷設特許が玉川砂利鉄道へ下付し、社名を新たに玉川電気鉄道(株)へ変更
明治36年(1903)
      10月4日
正式に玉川電気鉄道(株)を資金40万円で創立。
明治40年(1907)
       3月6日
まず道玄坂上〜三軒茶屋間が開通。そして4月1日には三軒茶屋〜玉川間が、8月11日には道玄坂上〜渋谷間が開通。
大正14年(1925)
       5月1日
世田谷の奥地開発のため三軒茶屋〜下高井戸間を開通させた。
昭和13年(1938)
       4月1日
正式に吸収合併され、「東京横浜電鉄玉川線」へ変更。 
昭和44年(1969)
      5月10日
三軒茶屋〜下高井戸間を除く全線が廃止となり、大型のバスへ切り替わった。
 

各駅研究

1) 三軒茶屋
○駅名の由来
 ・信楽、角屋、田中屋という三軒の茶屋が存在していたことから→地図
  田中屋の写真へ
 ・左は大山道、右は登戸道の追分地点 →指導標石
 ※茶沢通り=三軒茶屋と下北沢を結ぶことに由来
○教学院
 ・明治41年(1908)、青山一丁目から現在地へ移転。小田原城主大久保家累代の
  墓が祀られる
 ・目青不動尊:江戸五色不動(東都五色不動/五眼不動) の一つ 円仁作
 ・本尊:阿弥陀如来像 恵心僧都作(と伝えられる)

2) 西太子堂
○駅名の由来
 ・町名「太子堂」から →聖徳太子の夢伝説、真言宗円泉寺の太子堂
 ・旧駅名「西山」:雑木林が多かったことから名付けられたとされる
 ・西太子堂の「西」:旧玉電の東太子堂駅の西に当たる位置
  資料へ

3) 若林
○駅名の由来
 ・新田の古い表現、または開発造成され植林された若い木の並んでいる
  ところを意味
 ・若林天満宮、若林稲荷神社

4) 松陰神社前
○駅名の由来
 ・吉田松陰を祀った松陰神社から
 ・江戸時代、萩藩毛利家の知行地
○松陰神社
 ・吉田松陰が祀られているため、学問の神として参拝者を集める
安政5〜6年(1858〜59) 安政の大獄
回向院へ埋葬?
文久3年(1863) 回向院から毛利家抱屋敷内へ、高杉晋作や伊藤博文らによって改葬
元治元年(1864) 7月17日 蛤御門の変幕府は長州藩の江戸上屋敷と共に、若林村の毛利家抱屋敷と吉田松陰の墓を破却
慶応3年(1867) 大政奉還
明治15年(1882)11月21日 神社として創建

5) 世田谷
○駅名の由来
 ・多摩十郷の「勢多郷→瀬田茅→瀬田萱→瀬田谷」 →『和名抄』より
 ・明治中頃まで、土地の人々は「せたかい」と呼んだ

 ・吉良氏の城下町
 ・世田谷町の上町、下町

6) 上町
○駅名の由来
 ・世田谷町の上町に当たる位置
 ・世田谷城下町のお膝元として栄えた 
 →代官大場家の屋敷跡、天祖神社、世田谷城址公園                                           
○ボロ市
 ・吉良氏の時代、1と6の楽市楽座中心地であり、相甲二州の物産あつまる
  交易市場
 ・楽市楽座の伝統がボロ市となって今に残る(毎年12月)

7) 宮の坂
○駅名の由来
 ・世田谷八幡宮(宇佐八幡宮)の東側の坂道を宮の坂と呼んだことから
大正14年(1925) 玉電が下高井戸まで開通※当初は、上町駅と(旧)宮ノ坂駅の間に「豪徳寺前駅」が設けられていた
昭和18年(1943) (旧)宮ノ坂駅、廃止
昭和20年(1945) 上町駅寄りにあった豪徳寺前駅が、現在位置に移され「宮ノ坂駅」へ
昭和41年(1966) 「宮の坂」へ改称

○世田谷八幡
 ・源義家が、11世紀後半の後三年の役の勝利を祝って創建したとされる
 ・天文15年(1546)、吉良氏によって社殿が建立され、神社として整備された
 ・江戸三相撲
 ・宇佐神社から世田谷八幡へ
  祭神:誉田天皇、足仲彦天皇、息長足姫命
  末社:天祖神社(天照大神)、御獄神社(日本武尊)、
      高良神社(武内宿祢)、稲荷神社(倉稲魂命)、
      北野神社(菅原道真)、日御崎神社(素 鳴命)、
      市杵島神社(市杵島姫命)、金比羅神社(金山彦命)、
      六所神社(伊 諾尊ほか、六神)

8) 山下
○駅名の由来
 ・山=大渓山豪徳寺
 ・「山下田んぼ」
○豪徳寺(旧弘徳院)
 ・井伊直孝を開基とする、井伊家の菩提寺 →直弼の墓、猫の伝説
 ・直孝の法号「久昌院殿豪徳天英居士」により、弘徳院から豪徳寺へ
 ・本尊:立像聖観音 行基菩薩作/丈八尺
 ・六地蔵:元禄9年(1696)造立

9) 松原
○駅名の由来
 ・経堂在家名主松原太郎左衛門の先祖、世田谷城吉良氏家臣松原佐渡守
  の三兄弟が、この地に松原宿をひらいた
 ・その後、宿の商人達が赤堤村の土地を開墾し、独立させて「松原」とした
 ・一帯が赤松林であったあことに由来するとも
○松原駅
 ・玉電開通当時は、山下〜六所神社前〜七軒町〜下高井戸
 ・昭和24年(1949)、七軒町駅が廃止。昭和29年(1954)、六所神社前が
  両駅の中間点とおぼしき位置へ移設され、現在の松原駅へ
 ※六所神社前:天正12年(1584)、府中の六所宮(現大国魂神社)を遷宮
 ※七軒町:松原村の小字。昔は家が七軒しかなかったことから

10) 下高井戸
○駅名の由来
 ・江戸期、甲州街道上の宿場
 ・上高井戸宿と下高井戸宿
 ・下高井戸宿は月のうち1日〜15日

地名学の分類

○柳田国男『地名の研究』
 1,土地利用の必要から生まれた地名
 2,それが進んで土地占有から名付けた地名
 3,さらに進んで地域細分した分割地名

○鏡味完二『日本地名学』
 1,自然地名
 2,文化地名

○山口恵一郎『地名の論理』
 1,自然環境を表した地形語(多くは地形・気象・生物などを意味する古語で
  表現される)
 2,土地制度や税制・軍事・政治などの官制、法制などもろもろの制度上の
  名残をとどめる地名で、法制語とも称すべきもの
 3,狩猟・漁労・農耕など経済や居住・生産・流通に関して発生したもの
 4,信仰・伝承・暦・衣食住など個人生活に関して生じた地名

参考文献

『世田谷の古道』 世田谷郷土資料館?
『玉電が走った街 今昔』 林順信 編 JTBキャンブックス
『日本地名学を学ぶ人のために』 吉田金彦/糸井通浩 編 世界思想社
『ふるさと世田谷を語る』 世田谷区生活文化部文化・交流課

〈参考HP〉

「がんばれぼくらの世田谷線」 http://www.setagaya-line.com (H17/5/13)