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ダル・エス・サラーム

  ダル・エス・サラームやザンジバルでは植民地時代や、それ以前にアラブ人と交易をしていた時代の建築物を見ることができる。それらが町の中心部にそのまま残り、一方では30階もの高層のビルが建築されている。植民地時代の建築物は、たとえばエレベーターがない、雨漏りがするなどの不便な点もある。しかし、エレベーターは我慢し、雨漏りは屋根の修理をすればそのままの建物でさらに長期間使えそうである。この中心地の古き家を所有しているのは、特別に恵まれた経済力がある人や役所だけである。一般のタンザニア人はダル・エス・サラームの中心部からバスで数十分の地域に住んでいる。これらの地域で、家内に水道、電気、電話が来ている所は少ない。道路は大変悪く、雨季には未舗装の道路が掘り返されてひどいでこぼこになる。

写真はすべて2001年撮影

中心街にある植民地時代風の建物















市内の国立博物館
1990年代に改修を受けて、風情が出た。建物はヨーロッパの、内部の展示ケースは援助による。






  ダル・エス・サラームの中心部の交通渋滞は毎年ひどくなっている。一方通行の道を増やすなどしているが、焼石に水である。中心部の道路幅も車線数も、たとえばナイロビ(ケニア)やハラレ(ジンバブウェ)に比べてずっと少ない。ダル・エス・サラームのインド人商店の地域などでは一方通行の1車線の道路の両側に自動車が駐車している。一列になって徐行している自動車の間を少年が引く大八車が荷物を運んでいる。バス停では、人々が通勤用に利用しているダラダラが多く集まっている。ダラダラとはワンボックスカーかマイクロバス使用の乗合バスである。ダラダラがバス停に集まり、車掌が車の行き先を大声で連呼して客に知らせる。これらのダラダラは、客を奪いあって競争しているのだ。

  ダラダラだけではなく、外国人やタンザニア人エリートの自家用車の多さも交通渋滞の原因になっている。ダル・エス・サラームはタンザニアの中心都市なので、大使館、外国企業、その他のさまざまな団体の外国人がいる。これらの外国人やその家族が自家用車で移動している。地下鉄、モノレール、通勤用の鉄道、がないので、一般にはダラダラ、少しでも余裕があれば自家用車による移動になる。

  ダル・エス・サラームには1998年にシェラトン・ホテルが進出した。また、2001年にはホリデイ・インも出来る。シェラトンでは立ち寄った国連の事務総長や、アメリカのファーストレディーの写真が、レセプション会場への廊下の壁にかかっている。このホテル内のソファで、間接照明の下、読書をしていると、ダル・エス・サラーム市内の喧騒を忘れてしまう。一方で、インド人商店街、大音響のスピーカーを外に配置したモスク、木切れで作った売店(スタンド)が続いているところもある。




シェラトンホテル(右)と2001年に完成した銀行ビル(左)
シェラトンは2001年に南アのホテルグループに買収され、Royal Palm Hotelになった(2002年7月記)。
さらに経営がかわり、現在はモーベンピック ロイヤル パーム ホテルである(2007年)






  街をピックアップトラックが荷台に草を満載して走っている。こぼれそうなほど多くの草を詰め込んで、ロープで押さえている。このトラックは住宅街に入っていって、一般の住宅の囲いの中で草を降ろす。この家では囲いの中でウシを飼い、乳をしぼって近所の家に販売しているのである。飼料の草はダル・エス・サラームの町中では手に入りにくいので、10日〜2週間に一度、購入しているのである。このように町に住んでいる人が、ウシを飼ったり、畑をわが家の敷地内やすぐ近くにつくっていることは珍しくない。舗装されていない道路の場合は、雨季には道路の端が耕され、畑に変わっている事もある。