民族の輪郭について

ヒトは、生まれたときには話すことは出来ず、やがて母親などから言葉を学んで、自在に操るようになる。この場合、どの言葉を話すかは、母親や他の養育者が話す言葉による。実験的に、父母が所属する社会から離して、他の言葉を話す社会で育てれば、子どもは父母の言葉と違う言葉を話すようになる。

ほとんどの場合は、父母がそのまま子どもを育てるので、父母から子どもへの影響は、遺伝的(先天的)なものと、文化的(後天的)なものとの両方が混合している。

文化面に注目して人びとを集団に分けた場合、それぞれのグループを民族集団と言っている。

タンザニアには120から130の民族集団がある。民族集団の輪郭を決める要素として大きいのは言葉なので、120から130の民族の言葉があるということになる。

ここで注意しなくてならないのは、民族集団の輪郭と言っても、はっきりしていないことだ。私自身も……人、……系などと記述するが、これは誰から見てもはっきりと分かる典型的な……人がいて、それは他の……人とは大きくかけ離れている、と言うことではない。かえって、……人と……人の境界は曖昧で、本人も分からない、あるいは境界を描くための基準が時代によって変化するような事態が普通である。

外界を見るときに、このような連続性や通時的な変化は当然の事である。しかし、このような連続性の中では、どうも外界を整理できない。あるいは整理するのに能率的でない。このような理由で、ある典型を示し、あたかも典型だけで世界が構成されているように示す場合がある。これはあくまでも便宜的な方法であると知るべきであろう。

ケニアのカレンジン人は、1950年代に作られた民族集団である。それ以前はポコット、マラクウェット、セベイ、ナンディなどに分かれていた。この地域で調査した民族学者がこれらは近縁で、一つの民族集団と考えるべきだと指摘し、当事者たちの思惑もあって、いまではカレンジン人としてまとまっている。ある一つの民族集団の中に、他の民族出身とされるクラン(共通の祖先を持つとされる人びとの集まり。氏族)が入っていたりすることもある。民族集団間の通婚も珍しいことではない。したがって、典型的な……人なるものを設定すること自体が無理であり、民族集団は現在でも生成したり、消滅したりして変化を続けているのである。

アメリカ合衆国で話題になるヒスパニックなる集団も最近できたものである。1980年の国勢調査で、ヒスパニックなる項目を設けたのがきっかけで、よりはっきりした概念になったと言われる。それ以前は、たとえばキューバ出身者、メキシコ出身者、プエルトリコ出身者など個別に認識されていた。

シンガポールは1965年に建国されているが、当時は在来のマレー系、中国系、インド系の人びとなどに分かれ、一般にはシンガポール人としての意識はなかったであろう。国家の形成を進める中で、現在ではシンガポール人であると思っている人が多い。




日本人の輪郭

日本も例外ではない。

江戸時代までは、基本的には一般の人には藩が意識の上では全体世界であり、日本人意識など持っている人は少数だ。それが、国家建設や、国を単位としての戦争などを経て、みずからを日本人と意識する人が多くなってきた。包含する範囲の拡大が進んで、朝鮮半島、沖縄、台湾、中国の一部を含んで、この地域に住む人びとが、個々に中国人、台湾人、韓国人、日本人と意識することを止め「我々は東アジア人」と意識するようなことはおこるであろうか。中=日や韓=日で緊張を高め、無理して国民意識を高揚させるようなことをせず、より広範な地域に愛着を持つようになりたい。



教育基本法の中の「国


現在検討されている教育基本法の改正では、教育の理念や原則として「日本の伝統・文化の尊重、郷土や国を愛する心と国際社会の一員としての意識の涵養」が提案されている。私は、大きな異論はないが、念のために注釈をつけると以下のようになろう。

日本の伝統・文化も大事で尊重したいが、同時にイスラーム、ヒンディー、スワヒリなどの伝統・文化も尊重したい。また、日本の伝統・文化を尊重して学んだ結果、それは世界のさまざまな文化の影響を取り入れて出来上がったものであり、今までも将来も変化するものであることが分かるだろう。けっして永遠不滅であったり、純粋な伝統・文化は存在しないこともよく理解したい。

郷土や国を愛したいと私も思っている。同時に家族も、友人も、地域社会も、仕事も、また精魂込めた趣味の作品も愛している。私の周りには愛すべきものが充満しており、どれかが特別大きな価値を持っていて、そのために他を犠牲にするようなことは避けたい。なんとか調整してすべてを大切にする生き方をしたい。つまり、国を愛するがために、その他の愛するものを犠牲にすることは遠慮したい。

そもそも、この場合の「国」は何を示しているのだろうか。日本の伝統文化であろうか。能や狂言はすばらしい芸術であるが、それに親しんで愛している人は僅かであろう。雅楽も伝統があるが、外来の芸術とも言える。

皇族の方々であろうか。彼らにも幸せな人生をおくって頂きたいし、そうであれば私も嬉しい。しかし、私たちが愛すべき国を彼らが体現しているとは考えられない。国を体現するのであれば、満員電車で必死に通勤するサラリーマンや、学校で学ぶ小中学生の方がぴんとくる。

「国」とは日本の海山川のことであろうか。これは美しく、心を動かされる所もある。同様に東アフリカ地溝帯の夕方の景色、ベトナムの水田、サハラ砂漠なども美しく、日本の内外で優劣をつけるような問題ではないだろう。

やはり、上記の文案のように「日本」あるいは「国」といった輪郭を設定することが難しいのではないだろうか。現代的な意味での国家の形成はここ数百年の歴史しかない。そこに居住する人びとの文化もさまざまだ。異なる民族が接触して文化を交換し、人びとが通婚し、遠くの土地にまで移動してきたのが人類の数百万年の歴史である。国にとらわれず、自分と周囲全体の生活を尊重し愛する人を作っていかなければならないだろう。



上記の文の後半は、一部改稿して2005年5月の毎日新聞の投書欄に掲載された。

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