――キリマンジャロ山の所属――
アフリカ大陸での国境線には興味深い話題がある。国境線が移動してしまう例はすでにここで紹介した。

アフリカでは、植民地支配の中で住民の意向とは無関係に決められた国境線が多い。

アフリカ大陸最高峰のキリマンジャロ山(5,895メートル)をめぐる例を示そう。国境付近の目立つ山は山頂が境界になっていることが多い。しかし、キリマンジャロ山は、山裾からすべてタンザニア側に属している。

これはアフリカ大陸を分割するルールを定めた1884〜85年のベルリン会議に由来する。ドイツのウィルヘルムU世が会期中に誕生日を迎え、その祝いにケニア側を支配するイギリスのビクトリア女王からキリマンジャロ山が贈られたのである(1)。そのため、ケニア=タンザニアの国境線はキリマンジャロ山をタンザニア側に取り込むように曲がっている(地図参照)。








――マサイ人の越境――
タンザニア=ケニア国境に住んでいるマサイ人たちはそんな事情は知らない。

マサイ人たちの約3分の1がケニア側に、3分の2がタンザニア側に住んでいる。彼らは出入国の手続きなどとらずに草原を行き来しており、国家もかれらの往来をコントロールすることができない。

このような状態は世界には多くある。有名なのはクルド人であろう。彼らは、トルコ、イラン、イラク、シリア、アルメニア、アゼルバイジャン、グルジア、カザフスタン、キルギス、トルクメニスタンなどに居住している。

複数の国にまたがって居住しても、その権利が十分に確保されていれば住民にとって問題は少ない。しかし実際には、複数の国に分かれて住めば、それぞれの国で迫害されることもある。また、国の側も、他国と自由に往き来している住民から圧力を感じることもあるようだ。



――境界は確定できるか――
日本は周辺の国ぐにと国境に関しての問題を抱えている。これだけを見つめ続けると厄介に感じる。しかし、国境紛争をかかえているのは、ほとんどの国で同じである。国境線について合意していないと、仲良くなれないわけではない。問題はあっても別の面で競争したり、協力したりする兄弟関係になっていけばよいと思う。



――地籍すら固まっていない――
造成した団地に住んでいる私は、自分の土地の境界が明確であることは当たり前に感じていた。しかし、ニュータウンのように土地の区切りが明確な所は、じつは少ない。

土地の所有者、面積、境界などを明記したもの、いわば土地の戸籍、を地籍と言っている。これが確定しているのは、全国平均で40パーセント程度、都市部では20パーセント程度でしかない(ここを参照 06年5月9日現在)。なかには大阪府のように府の平均で1パーセント(10パーセントではない)しか確定していないところもある(2)。

確定の割合が低いことにも驚くが、もう一方で、確定していなくても、日常生活が運営されていることにも驚く。土地の売買、土地を担保にしたローン、課税などに関わっているはずなのに、明治時代の墨書きの書類をもとにして、それなりに回っているのだ。

地籍に比べて国境線の確定は難しいだろうか、やさしいだろうか。少なくとも地籍が未確定でも、多少の不便はあっても地域での生活はまわっている。国境をめぐっても相対的に、鳥の眼から眺めたい。




上記は地域コミュニティ紙『ふれあい広場』11号に掲載したものを改稿しました。

(1)松本 仁一 1998 『アフリカで寝る』33ページ 朝日文庫
(2)竹村 公太郎 2005 『土地の文明』179ページ PHP出版

アフリカ案内のTOP -- TAROTAKOの主張と遊び
タンザニア - ケニア - マラウィ - マラウィ諸相 - ジンバブウェ - モザンビーク - 南アフリカ - ザンビア - セネガル - ガーナ - アフリカ一般&その他

タンザニア・レポートへ戻る

エッセイへ戻る


境界が不明でも生活できる