2022年度租税法1(EX411)




期末試験解説 2022年7月25日(月)1時限実施

 配点は時間配分の目安であり、問題に関し租税法学上意味のある記述には配点を超える加点の可能性がある。抜粋されてない条文も関係しうる。計算結果が違っても計算過程の加点の可能性がある。原則として日本の現行法令に依拠するが、消費税法・震災復興増税・地方税法・租税特別措置法は無いものとし、計算の便宜のため、年単位の計算とし(月日の考慮は不要とする)、所得税率及び相続税率は、400万円以下が20%、400万円超が40%の超過累進税率構造であるとする。
 第0年度に遥(はるか。以下「H氏」)は更地の甲土地を4000万円で購入した。H氏は甲を更地のまま月極駐車場として賃貸していた。第3年度にH氏は死に、H氏の法律婚の配偶者である真琴(まこと。以下「M氏」)と成年子である渚(なぎさ。以下「N氏」)の2人だけが相続した。限定承認はしなかった。他に推定相続人はいない。H氏の相続財産で金目のものは甲だけであり、甲の相続開始時の時価は6000万円であり、債務はなかった。この相続開始前三年以内に相続はなかった。相続開始後速やかに第3年度のうちに遺産分割協議が整い、N氏がM氏に代償金3000万円を支払ってN氏が甲全体の所有権を取得した。N氏は第5年度に怜(れい。以下「R氏」)と法律婚をした。R氏は岩鳶スイミングクラブを経営し笹部吾郎(ささべごろう。以下「S氏」)を水泳コーチとして雇っていた。R氏は、水泳会員勧誘に熱心になるあまり、江(ごう。以下「G氏」)と不倫をしてしまった。この不倫が発覚して第20年度にN氏とR氏は離婚した。財産分与(民法学説でいう狭義の財産分与)として甲の所有権がN氏からR氏に移転した。この時の甲の時価は7000万円であった。狭義の財産分与とは別に、R氏は不倫の損害賠償金をN氏に支払った。
 (1)(20点)第3年度の相続に関してM氏とN氏が納めるべき相続税額を算出せよ。
 (2)(10点)第20年度における甲のN氏からR氏への移転は譲渡所得の起因たる「譲渡」に当たるか、判例(名古屋医師財産分与事件・最判昭和50年5月27日民集29巻5号641頁)の考え方を説明せよ。
 (3)(5点)(2)の判例を批判する金子宏の説に従った場合、「譲渡」に当たるか、説明せよ。
 (4)(15点)仮に(2)につき「譲渡」に当たるとして、第3年度の代償金の取得費算入の可否について、判例(代償分割事件・最判平成6年9月13日判時1513号97頁)と金子宏の説(K説と呼ぶ)とが対立している。判例は民法909条本文を重視している。(2)につき「譲渡」に当たることを前提として、判例の考え方に従い、第20年度の譲渡益、譲渡所得を算出し、どのように課税総所得金額に算入される金額が決まるか、説明せよ。なお、租税特別措置法は無いものとしているので、租税特別措置法39条も適用されないという前提であることに留意せよ。
 (5)(15点)(4)に関し、K説の考え方に従い、第20年度の譲渡益、譲渡所得を算出し、どのように課税総所得金額に算入される金額が決まるか、説明せよ。
 (6)(10点)(4)の判例とK説とで場合分けした上で、第3年度の遺産分割協議によるM氏の譲渡益が出るか説明し、譲渡益が出る場合は、譲渡益、譲渡所得を算出し、どのように課税総所得金額に算入される金額が決まるか、説明せよ。
 (7)(10点)S氏がR氏から受ける給与に関し実額経費の控除が所得税法上定められていないことは、R氏が事業所得に関し実額経費の控除が認められていることと比較して、憲法14条1項の平等条項違反であるか、判例の考え方を説明せよ。
 (8)(15点)R氏の不倫の損害賠償金について、R氏及びN氏の所得税法上の扱いを説明せよ。
[条文抜粋は割愛]

【解説】
 (1)教科書269頁図表7-1に沿って計算する。相続税の課税財産は時価6000万円の甲土地のみ。法定相続人が2人。よって相続税法15条の基礎控除額は3000+600×2=4200(万円)。6000−4200=1800(万円)をM氏とN氏が法定相続分に従って相続したと仮定するので、900万円ずつ相続したと仮定して(相続税法16条)累進税率を適用する。ここでは400万円を境とした超過累進税率が定められているので、400×20%+(900−400)×40%=280(万円)。二人なので相相続税額は280×2=560(万円)。これをM氏とN氏の実際の遺産分割割合に応じて按分するので(相続税法17条)、M氏が560×1/2=280(万円)、N氏が560×1/2=280(万円)と算出される。但しM氏は被相続人H氏の配偶者であるので相続税法19条の2の配偶者控除が適用され、M氏が納税すべき相続税額は0円となる。N氏は成年子であるので相続税法18条の加算は19条の3の未成年者控除は適用されず、また相続税法20条の相次相続控除が適用されるべき事実関係が問題文に記載されていないので、N氏が納税すべき相続税額は280万円となる。
 (2)教科書115頁参照。判例(名古屋医師財産分与事件・最判昭和50年5月27日民集29巻5号641頁)によれば、「資産の譲渡」とは「有償無償を問わず資産を移転させるいつさいの行為をいう」とされており、財産分与も移転であるので、第20年度における甲のN氏からR氏への移転は所得税法33条1項にいう譲渡所得の起因たる「譲渡」に当たる。更に、同判例によれば、財産分与により分与者たるN氏は「分与義務の消滅という経済的利益を享受」しているので、財産分与は有償視点である。
 (3)(2)の判例を批判する金子宏の説によれば、狭義の財産分与において夫婦共通財産が移転した場合は共有地の分割(所基通38-6参照)と同様に譲渡所得の起因たる「譲渡」に当たらない、と解される。しかし甲はN氏の特有財産であるので金子宏の説によっても「譲渡」に当たる。
 (4)判例(代償分割事件・最判平成6年9月13日判時1513号97頁)は、民法909条本文による遺産分割の遡及効を重視し、N氏が相続開始時にH氏から直接相続により甲を承継取得したという法律構成をとる。このため、N氏がM氏に支払った代償金3000万円は、第20年度における譲渡益の計算に際し、取得費(所得税法33条3項、38条1項)に算入されないことになる。他方、所得税法60条1項1号が適用され、H氏の甲に関する取得価額や取得日といった租税属性をN氏が単独で引き継ぐこととなる。このためN氏の取得費は4000万円となる。譲渡総収入金額は、(2)で述べた「分与義務の消滅という経済的利益」であり、それは甲の時価と等しいと考えられるため、7000万円である。よって譲渡益は7000−4000=3000(万円)である。譲渡益から所得税法33条4項の特別控除額50万円を控除した2950万円が譲渡所得である。また、取得年度は第0年度であるので保有期間が5年を超え、所得税法33条3項2号の長期譲渡所得となる。そのため、課税総所得金額に算入される金額は所得税法22条2項2号により2950万円の半分すなわち1475万円となる。
 (5)K説は、遺産分割の遡及効を重視せず、遺産分割協議によりM氏が相続財産の共有持分をN氏に譲渡し、代価として代償金を受領したという法律構成をとる。このため、N氏の甲に関する取得費については、H氏から相続により承継取得した部分(甲nと呼ぶ)とM氏から購入した部分(甲mと呼ぶ)とで分けて考えることとなる。甲nについては、所得税法60条1項1号が適用されるとはいえ、H氏の取得費の属性の半分、すなわち2000万円を引き継ぐ。甲mについては、代償金3000万円がN氏にとっての取得となる。よって、N氏の甲に関する取得費は2000+3000=5000(万円)となる。(5)では(3)にかかわらず財産分与が譲渡に当たるとの前提をとるので、N氏の甲に関する譲渡総収入金額は(4)で述べた通り7000万円である。よって、譲渡益は7000−5000=2000(万円)であり、譲渡所得は2000−50=1950(万円)である。甲nの保有期間も甲mの保有期間も5年超であるので、所得税法33条3項2号及び所得税法22条2項2号により課税総所得金額に算入される金額は975万円である。
 (6)判例によれば、M氏が甲mをN氏に譲渡したという法律構成をとらないので、第3年度の遺産分割によりM氏に譲渡益は生じない。K説によれば、M氏が甲mをN氏に譲渡したという法律構成をとり、(5)のN氏の甲nに係る取得費のH氏からの引継と同様に、M氏も所得税法60条1項1号によりH氏の取得費4000万円の半分を引き継ぐので、3000−2000=1000(万円)の譲渡益が生じる。譲渡所得は所得税法33条4項の特別控除額50万円を控除することにより1000−50=950(万円)と算出される。保有期間は所得税法60条1項1号を適用しても5年以内であるので、この譲渡所得は所得税法33条3項1号にいう短期譲渡所得であり、所得税法22条2項1号により950万円がそのまま課税総所得金額に算入される。
 (7)教科書28頁参照。大嶋訴訟・最大判昭和60年3月27日民集39巻2号247頁によれば、税制の立法に関しては「財政・経済・社会政策等の国政全般からの総合的な政策判断を必要とする」し「極めて専門技術的な判断を必要とする」ので、或る租税法令が給与所得と事業所得との間で差別を設けていても、「著しく不合理」な差別であり且つそのことが「明らか」でない限り、違憲とはならない、という違憲審査基準を判例は採用している。給与所得を受ける者について実額経費控除を適用することは執行上困難であるため、給与所得と事業所得との区別の「目的は正当性を有する」といえる、と同判例は言う。更に、目的との関連において合理性を有するといえるかに関し、給与所得によって生計をたてている者の必要経費の額が所得税法28条3項の給与所得控除の額を上回るとは認めがたいことから、合理性を有する、と同判例は判断している。
 (8)教科書129-133頁参照。R氏はスイミングクラブ経営という事業により所得を稼いでいるため、当該事業に係る必要経費は事業所得(所得税法27条1項)の計算において控除される(所得税法27条2項)。必要経費は所得税法37条1項で定義されており、水泳会員勧誘に関する費用は、前段の「売上原価」等の直接費用に該当しないであろうが、後段のうちの「所得を生ずべき業務について生じた費用」として間接費用に該当する可能性はあるかもしれない(春学期は法人税法が対象外であるとはいえ、例えばスイミングクラブの経営主体が法人であれば水泳会員勧誘に伴うトラブルの解決のための金員の支出は法人税法22条3項2号に該当するとして損金算入できる場合もありえよう)。しかし、所得税法37条の特則の一つに所得税法45条があり、同条1項8号「損害賠償金」は「必要経費に算入しない」(同項柱書)とされている。このためR氏は不倫の損害賠償金を必要経費に算入することはできない。他方、N氏が受領した不倫の損害賠償金は「心身に加えられた損害……に基因して取得するもの」(所得税法9条1項18号)であるから、非課税所得となる。


【講評】
 (1)7.50点。講義最終回に相続税の計算例を示したおかげか、まあまあ出来ていました。N氏が代償金を支払って甲の全てを取得したのでM氏は相続しなかったことになり、M氏の相続税は0円になる、という筋の答案が幾つか見受けられました。(4)のヒントとして民法909条を参照条文に掲げてしまったためかもしれません。
 (2)4.08点。判例の規範をまあまあ再現できていたと思います。譲渡を受けた側が譲渡所得に係る税の納税義務を負うという前提で書かれている答案が幾つかありました。民法の「譲渡」概念を勉強しないまま(そして当然租税法の講義も受講しないで)期末試験だけ受けに来た輩でしょう。講義を受講していようがいまいが期末試験できちんと答案が書ければよいという考えを私は持っていますが、譲渡を無償譲渡に限定する輩(と(1)で単純累進税率で計算する輩)は講義を聴いてないことが明らかなので、次回以降、即単位取得不可とすべきではないか、と真剣に悩んでいます。
 (3)1.29点。あまり出来ていませんでした。
 (4)5.63点。代償金の取得費算入の可否が難しい問題ですが、難しくないものとして予定していた所得税法60条1項1号による租税属性の引継ぎと、所得税法33条3項2号(と22条2項2号)による長期譲渡所得の半額課税が、殆ど出来ていませんでした。最判平成6年9月13日判時1513号97頁の解説をした日の講義出席者、少なかったですからね。少なかったから出題したというわけではなくて司法試験と比較したかったからですが。
 (5)0.75点。殆ど出来ていませんでした。
 (6)0.21点。最も出来ていませんでした。
 (7)4.29点。判例の規範をまあまあ再現できていたと思います。
 (8)6.04点。まあまあ出来ていました。しかし、相対的にR氏への言及(所得税法45条1項8号への言及)が少なかったです。R氏の必要経費算入の可否を論ずる前提として、R氏が給与所得(必要経費控除が制度上ありえない)を得ているのか事業所得を得ているのか言及しなければならないのですが、言及できている答案はあまり多くありませんでした。所得税法45条1項1号の家事費の筋で論ずる答案が少しはあるかなと予想していましたが、ありませんでした。私は解説のところで述べたように、法人税法22条3項2号の予想される運用との対比から、不倫の慰謝料でも家事費にならない場面がありうるとは思っているのですが、不倫の慰謝料はたとい事業に関連していたとしてもカテゴリカルに家事費になる、という説も一概には棄却し難いかなと思ってもいます。
 
 全体平均29.8点、標準偏差18.2点。解答時間に対して問題数が多いのは事実上の選択問題として機能させるためであり、全問について解答できるとは期待していませんので(それでも何年かに一回、100点越えの答案がでてくることがあります。今年はそこまで優秀な答案はありませんでしたが、例年通りそこそこ優秀な答案はありました)、平均点が低いのは仕様上仕方ないのですが、ずいぶん上下にばらけました。なお、答案を書く際は、どの条文について論じているのか、第_条_項_号のように明示して論述する癖をつけてください。また、以前も書きましたが、「単位ください」の様な余事記載は、答案の自信の無さの自白であると採点者に受け止められ、不利に扱われる可能性がありますので、控えましょう。
 Free!が有終の美を迎えたので……いや、最後の映画の前編から(すなわち2021年から)観始めた俄かです。水泳男子の筋肉、美しいですね(これが性的消費ってやつか)。松岡凜を問題文に出せなかったのはMもRも他の人とかぶってしまうからでして、凜を嫌っているわけではないので凜のファンの方は怒らないで下さい。

 

表紙へ