2017年度租税法1(EX411)




2017年7月24日月曜日1限実施
 ペン・ボールペン以外で書かれた答案は零点とする。配点は時間配分の目安にすぎず、問題に関し租税法学上意味のある記述には配点を超える加点の可能性がある。計算結果が違っても計算過程の加点の可能性がある。本問の事象は全て日本国内で生じ、登場人物は全て日本居住者である。下記条文抜粋[割愛:所得税法22条、33条、38条、59条、60条、相続税法15条、16条、17条、民法909条]は参考になるかもしれないが罠かもしれないし抜粋されてない条文が関係するかもしれない。原則として現行法令に依拠するが、震災復興増税・地方税法・租税特別措置法は無いものとする。余談だが譲渡と贈与とを区別できない立教法学部生が存在してはならない。
 甲氏は乙氏に「K組成物を倒す」と話した。「乙:K?エッチの後に愛がくるジョシコウセイとLoveをMakeし…」「甲:そのKは関係ない」「乙:只の駄洒落だよ、怒るな。この武器(重力子放射線射出装置。以下「重放」という)なら10年は戦えるだろう。私の重放は棚卸資産ではないが12億円で売ろう」「甲:承諾した」……しかし甲乙間売買契約履行前に乙が死亡した。乙の相続人は2人の実子たる丙・丁のみであった。K組成物や重放が何なのか説明がないが、重放が「資産」(所得税法33条1項)に該当し、乙にとっての保有期間は5年超であり取得費は2億円であり、乙からの唯一の相続財産であり、相続開始時の「時価」(相続税法22条)が12億円であることに争いはない。丙・丁の法定相続分は均分だが、遺産分割協議の結果、丙が3/4、丁が1/4の割合で相続し、丙が重放を単独で承継取得し、代償金として丙は丁に3億円を支払った。
 (1)(10点)本問の乙からの相続の対象の候補となる私法上の権利義務は、重放の所有権の他に2つあり、全部で3つある。農地売主/買主相続事件・最判昭和61年12月5日訟月33巻8号2149/2154頁(合わせて以下「判例@」という)は3つのうち1つだけが相続税法上の課税財産であるとした。3つの候補と、判例@が採った1つを説明せよ。但し、本問では時価について争いがないので、判例@の適否は相続税額に影響しない。
 (2)(25点)丙・丁それぞれの相続税額を算出せよ。次に、丙・丁が限定承認を選択した場合、乙の所得税額は((12億−2億−50万)/2−38万)×45%−479万6000=2億6491万6000(円)であったと仮定して(地方税等は無視することに留意)、丙・丁それぞれの相続税額を算出せよ。
 (3)(10点)丙・丁が限定承認を選択しなかった本問の状況下で、重放を丙が甲に譲渡した際に譲渡所得について所得税が課せられることを考慮に入れつつ、丙・丁が限定承認を選択した場合と選択しなかった場合とで、乙・丙・丁の相続税・所得税の負担の合計が重くなるのはどちらか、推論し説明せよ(結論だけでは加点しない)。なお丙に他に見るべき所得はなく、重放の譲渡所得を計上するのが乙か丙かで所得税率は違わないとする。
 (4)(25点)遺産分割協議により代償として丙が丁に3億円を支払ったということが、丁から丙への重放の1/4の「譲渡」(所得税法33条1項)に当たるかにつき、最判平成6年9月13日判時1513号97頁(以下「判例A」という)と金子宏説とで考え方が反対である。判例Aは、民法909条を根拠とし、丙から甲への重放の譲渡の際、丙の取得費は乙から引き継いだ2億円のみであるとする。判例Aは丁から丙への「譲渡」に当たると考えているか、推論し説明せよ(結論だけでは加点しない)。次に、金子宏説が判例Aと反対であることを手掛かりとして、金子宏説を前提とした場合の、丙・丁それぞれの「譲渡益」(所得税法33条3項)の金額及び総所得金額に算入される金額を説明せよ。(4)の金子宏説は、(2)(3)(5)でも関係しうるが、(2)(3)(5)では無視する。
 (5)(15点)相続税・所得税の二重課税を排した生命保険年金二重課税事件・最判平成22年7月6日民集64巻5号1277頁(以下「判例B」という)に関し、重放の丙から甲への譲渡が判例Bの射程内である筋、射程外である筋、それぞれを説明せよ。次に、それぞれの筋を前提として丙の「譲渡益」(所得税法33条3項)の金額及び総所得金額に算入される金額を説明せよ。判例Bは、(2)(3)(4)でも関係しうるが、(2)(3)(4)では無視する。
 (6)(15点)甲はK組成物討伐を戊社から請け負い、成果に応じて戊社は甲に金員を支払う。弁護士顧問料事件・最判昭和56年4月24日民集35巻3号672頁(以下「判例C」という)に即して、甲の所得分類が給与所得か事業所得か、それぞれの可能性を説明せよ。次に、それぞれの可能性を前提として重放の購入の甲にとっての必要経費算入の可否及び程度を説明せよ。

【解説】
 例年のことであるが、論ずべきポイントが多いので時間内の完答は期待していないし、もしも完答できていたら合計点は100点を遥かに超える。
 (1)3つの候補は、[1]重放の所有権、[2]売買代金債権、[3]売買目的物引渡し債務。判例@は、農地の売主が死亡した場合、「土地の所有権は…相続税の課税財産を構成しない」とし、「課税財産となるのは、売買代金債権」であるとしたので、本問では[2]売買代金債権だけが相続税法上の課税財産であるということになる。大変トリッキーな法律構成の最高裁判決であることを講義で強調したので、講義を覚えている人にとっては楽勝であろうけれども、講義を欠席した人からすると[1][2][3]の3つの候補を書くのが精一杯であろう。
 (2)相続税法の基礎控除額は3000万+600万×2=4200万。12億−4200万=11億5800万。法定相続分通りに相続したと仮定すると一人あたり5億7900万。超過累進税率を当てはめると、1000×10%+2000×15%+2000×20%+5000×30%+10000×40%+10000×45%+27900×50%5=100+300+400+1500+4000+4500+13950=24750より、2億4750万。2人分合計して4億9500万。遺産分割協議による丙の相続分は3/4なので4億9500万×3/4=3億7125万。丁については1/4なので1億2375万。
 限定承認した場合の乙の所得税額は相続税法上の債務控除の対象となるので、相続財産額が2億6491万6000だけ減る。ということは、2人合計の相続税額について、2×(1000×10%+2000×15%+2000×20%+5000×30%+10000×40%+10000×45%+(27900−26491.6/2)×50%)の計算式を簡略化して、4億9500万−2億6491万6000×50%=3億6254万2000となる。遺産分割協議による丙の相続分は3/4なので3億6254万2000×3/4=2億7190万6500円。丁については1/4なので9063万5500円。計算が面倒なので計算が間違っていないことは期待していない。法定相続分課税方式の手順と超過累進税率の立式ができるかを問うている。限定承認の場合の乙の所得税額が細かくて一見面倒であるが、立式ができていれば単純承認の場合からの変更が少ない(ように問題が設計されている)ことに気付いてもらえるであろう。
 (3)限定承認をした場合、乙の所得税額が丙・丁の相続税額の計算において債務控除の対象となるので、所得税率をs(一般論としては0≦s≦1だが本問では0<s<1と仮定してよい)、相続税率をt(一般論としては0≦t≦1だが本問では0<t<1と仮定してよい)とすると、限定承認した場合、相続人の手元には、(1−s)(1−t)が残る。限定承認をしなかった場合、つまり単純承認の場合、乙に所得税が課せられないものの、丙に譲渡所得についての所得税が課せられるので、相続人の手元には、(1−t−s)が残る。(1−s)(1−t)−(1−t−s)=(1−s−t+st)−(1−t−s)=st>0だから、特殊な状況(本問では乙と丙の所得税率が違わないと仮定されているが、例えば乙と比べ丙に適用される所得税率がとても低い場合など。そういうことがありうるとしたら、丙に他に損益通算の対象となる損失があるとか、丙が繰越純損失額を抱えているとか、であろうか)を仮定しない限り限定承認をした方が、合計の租税負担は小さくなる。かように数式で論証する必要はなく、限定承認の場合は所得税の負担が相続税を課す際に減算項目となっているのに対し、単純承認の場合は相続税の負担が所得税を課す際の減算項目となっていない、という違いが、限定承認より単純承認の方が不利であるという結果をもたらしている、と論ずるだけで足りる。本問では租税特別措置法39条による救済は受けられない(そもそも租税特別措置法は無いと仮定しているし、規定があっても既定の要件を満たしているとは考えにくい)。本問では、相続税課税対象が12億円であるのに対し所得税の課税対象が10億円であるが、このことは上記の考え方に修正をもたらさない。なぜなら、相続税の課税対象たる12億円を2億円の部分(相続税率をt'とする)と10億円の部分に分解し、限定承認の場合、2億(1−t')+10億(1−s)(1−t)、単純承認の場合、2億(1−t')+10億(1−t−s)と表現すれば、st>0の考え方に修正をもたらさないことが分かる。
 (4)判例Aが、重放の全てを丙が甲に譲渡すると扱うということは、重放の一部分についての丁から丙への譲渡はなかったことを前提としていることになる。民法909条本文も、丙が相続開始時から重放を単独承継したこととして扱うとしているので、丁から丙への重放の一部分についての譲渡はなかったこととなる。金子宏説は反対の考え方であるということなので、丁から丙へ重放の1/4の譲渡がなされたと考えることになる。すると、丁の譲渡益は、3億−2億×1/4=2億5000万であり、長期譲渡所得なので、総所得金額に算入される金額は、(2億5000万−50万)/2=1億2475万である。丙の譲渡益は、12億−(2億×3/4+3億)=7億5000万円であり、やはり長期譲渡所得なので、総所得金額に算入される金額は、(7億5000万−50万)/2=3億7475万である。判例Aは難しいが、講義を覚えている人にとっては楽勝であろうけれども、講義を欠席した人でも民法909条のヒントから正解に辿りつけるであろう。
 (5)射程内であるという筋:後述のような承継取得か否かというところを着眼点とせず、経済的に相続税の課税対象に含まれた部分の「所得」について二重課税を排すという判例Bの射程は経済的価値に着目する限りにおいて本件にも及ぶと考える。丙・丁に相続税が課されたので、丙の譲渡所得の計算において、丙にとっての取得費は所得税法60条1項による2億円ではなく、相続税の課税対象に算入された12億円とするべきこととなる。所得税法60条1項による取得費2億円の属性を引き継ぐことを認める(これは判例Bの調査官解説では否定されている考え方であるが、生命保険年金に関する判例Bの後の通達は、この考え方を採っていると推測される)としつつも、相続税の課税対象に算入された12億円のうち含み益に対応する部分を按分して丙の取得費に加算するという考え方でもよいが、その場合でも丙にとっての取得費は12億円となる。この場合、丙にとっての譲渡益は0であり、総収入金額に算入される金額も0となる。
 射程外であるという筋:判例Bは妻が夫から承継取得する事案ではないところ、本件は丙が乙から承継取得する事案であるので、本件は判例Bの射程外であると考えられる。判例Bの後の裁判例も、承継取得か否かという着眼点を持っていると見受けられる。この場合、所得税法60条1項による取得費の引継により、乙の取得費は2億円のままである。丙の譲渡益は10億円であり、長期譲渡所得なので、総所得金額に算入される金額は(10億−50万)×1/2=4億9775万である。
 (6)判例Cの基準により、従属性が高いとして給与所得となるか、独立性が高いとして事業所得となるかを論じることとなる。給与所得の場合、必要経費算入は認められず、所得税法28条3項の給与所得控除のみが適用される。事業所得と場合、重放の購入額のうち一年あたりの減価償却費部分(本問では「10年は戦える」なので定額法に依れば12億/10=1.2億であろうか)だけが必要経費として算入することができる。日フィル事件・最判昭和53年8月29日訟月24巻11号2430頁の原々審。事業所得であろうとも、購入額の全額を一度に必要経費に算入できるわけではない、ということがポイント。


【講評】
 (1)3.87点。これはきちんと講義を聞いていないと書けない答案だな、というのが幾つかありました。
 (2)6.21点。単純累進税率で計算する馬鹿が何故まだいるのでしょう?
 (3)0.85点。59条と60条の関係については念入りに講義したつもりで教科書でも分かりやすく解説したつもりですが、それでもほぼできていませんでした。
 (4)1.72点。ヒントを問題文に書きすぎてしまっただろうかという心配をしていましたが、杞憂でした。そもそも問題文の意味を読解できていないようでした。名古屋医師財産分与事件・最判昭和50年5月27日民集29巻5号641頁と金子宏説との対立の筋で書こうとする答案が半分くらいでした。
 (5)0.11点。……
 (6)5.74点。作問時に想定していなかった加点ポイントとして、[1]事業所得の場合、業務の遂行上必要な部分が50%を超えていれば必要経費扱いとしてよいという通達がある(所得税基本通達45-2)。[2]事業所得の場合、武器取引は違法であろうけれども[作問者たる浅妻は武器取引が当然に違法であると考えないがそれはさておき]違法支出の必要経費算入は認められる(高松市塩田宅地分譲事件・高松地判昭和48年6月28日行集24巻6=7号511頁)。[3]給与所得の場合、実額経費(1.2億)が給与所得控除(上限220万)を著しく超えるので大島訴訟・最判昭和60年3月27日民集39巻2号247頁伊藤正己補足意見に照らし適用違憲。……こういうことがあるので「問題に関し租税法学上意味のある記述には配点を超える加点の可能性がある。」が活きてきます。なお、世間一般の用語法はともかく法学部では「社員」は原則として株主等の出資者を意味します。

 教員は学生の答案を善意に解釈しようと努めながら答案を読み取っていますところ、単位嘆願は、勉強不足の自白であると解釈され「この学生は分かってないで出鱈目を書いているのだな。善意に解釈しようと努めることは無駄だ」と教員が思うようになってしまう可能性があります。要するに単位嘆願は不利に働く可能性があります。
 全体平均18.49点。標準偏差16.25。2年平均14.69点、3年平均24点、4年平均18.96点。最高65点、最低0点。平均点と標準偏差があまり違わないということは、できる人はそれなりに得点できているということを意味します。今年は平均点低くなってしまったなあと悲しんでいましたが(問題が難しくなったのは珪素生物を絡めようとしたからですが、それはさておき、劇場版BLAME!は2017年の映画の中で今までのところ最高です。映画に珪素生物出てこないのですけれども)、上智大学LAW63000 国際租税法の方がもっと平均点が低かったので更に頭を抱えています。大っぴらには言えませんが成績評価には手心を加えています。S11% A19% B19% C36% D15%…最初はDが4割超えそうになりました。一旦深呼吸しました。他大には、受講者数の倍くらい受験者がいる場合、半分くらい不可を付けてもいい、と仰る先生もいます。それもそうかなと思うこともあります。

 

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