講義ノート註釈:立教大学法学部浅妻章如

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ab 最高裁判所第二小法廷平成15年(行ヒ)第343号 平成18年6月19日判決
       主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人松尾翼ほかの上告受理申立て理由について
 地方税法(平成16年法律第17号による改正前のもの)700条の3及び東京都都税条例(昭和25年東京都条例第56号)103条の2は,所定の炭化水素油の販売等を軽油引取税の課税の対象としているところ,同法700条の3第3項及び同条例103条の2第4項(以下,これらの規定を併せて「本件各規定」という。)は,上記の炭化水素油について,「炭化水素とその他の物との混合物又は単一の炭化水素で,1気圧において温度15度で液状であるものを含む。」と規定している。  軽油引取税は,本来,軽油を燃料とする自動車の利用者が道路整備の受益者であることから,道路に関する費用に充てることを目的として軽油の引取りを課税の対象とするものであったところ,本件各規定は,軽油以外の「炭化水素とその他の物との混合物」であっても自動車の内燃機関の燃料とされるものについては,その販売等を軽油引取税の課税の対象とすることによって税負担の公平を図ろうとしたものである。このような本件各規定の趣旨やその文理に照らせば,本件各規定にいう「炭化水素とその他の物との混合物」とは,炭化水素を主成分とする混合物に限らず,広く炭化水素とその他の物質とを混合した物質をいうものと解するのが相当である。
 原審の適法に確定した事実関係によれば、上告人の販売及び消費に係るガイアックスという名称の自動車用燃料は,炭化水素,アルコール系化合物等を成分とするものであり,被上告人が採取した試料における炭化水素の含有割合は33.7%ないし46.8%であったというのである。そうすると,上記燃料が本件各規定にいう「炭化水素とその他の物との混合物」に当たることは明らかである。これと同旨の原審の判断は正当として是認することができる。論旨は採用することができない。
   よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

ac 利子率7%で運用すると10年で約2倍。正確には2の10乗根が1.0718。ドラえもん第3巻第8話「ボーナス1024倍」…10年預けると約2倍になるから、100年預けっぱなしにしておけば2の10乗、つまり1024倍になってうはうは(勿論藤子不二雄がそんなに甘い話のオチを用意している訳はない)、という話がある。ドラえもんは色々な知識を与えてくれるなあと感動するとともに、かつて日本でも定期預金の年利が7%程もあった時代があったのだなあと感慨にふける。

ad 最高裁判所第一小法廷平成28年(行ヒ)第6号 平成28年12月19日判決
       主   文
原判決を破棄する。
被上告人の控訴を棄却する。
控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人橋本勇,同茂木伸仁,同黒澤洋介の上告受理申立て理由について
1 本件は,土地の取得に対する不動産取得税を納付した被上告人が,当該土地上に建築された複数棟の建物につき同税が減額されるべき住宅に該当するとして,その還付を求める申請をしたところ,東京都都税総合事務センター所長(以下「処分行政庁」という。)からこれを還付しない旨の処分(以下「本件処分」という。)を受けたため,上告人を相手に,本件処分の取消しを求める事案である。
2 関係法令の定め
(1)地方税法73条の27第1項及び東京都都税条例(昭和25年東京都条例第56号。以下「本件条例」という。)48条の4は,土地の取得に対して課する不動産取得税に係る徴収金を徴収した場合において,当該不動産取得税について,それぞれ同法73条の24第1項1号及び本件条例48条1項1号の規定の適用があることとなったときは,納税義務者の申請に基づいて,当該規定によって減額すべき額に相当する税額及びこれに係る徴収金を還付する旨を規定する。
(2)地方税法73条の24第1項1号及び本件条例48条1項1号は,土地を取得した日から2年以内に当該土地の上に住宅(政令で定める住宅に限る。以下「特例適用住宅」という。)が新築された場合(当該取得をした者が当該土地を当該特例適用住宅の新築の時まで引き続き所有している場合又は当該特例適用住宅の新築が当該取得をした者から当該土地を取得した者により行われる場合に限る。)においては,当該土地の取得に対して課する不動産取得税は,当該税額から150万円(当該土地に係る不動産取得税の課税標準となるべき価格を当該土地の面積の平方メートルで表した数値で除して得た額に当該特例適用住宅1戸(共同住宅等にあっては,居住の用に供するために独立的に区画された一の部分で政令で定めるもの。なお,共同住宅等とは,同法73条の14第1項に規定する共同住宅等をいう。)についてその床面積の2倍の面積の平方メートルで表した数値(当該数値が200を超える場合には200とする。)を乗じて得た金額が150万円を超えるときは,当該乗じて得た金額)に税率を乗じて得た額を減額する旨を規定する(以下,この規定を「本件減額規定」という。)。
 もっとも,地方税法附則10条の2第2項(平成26年法律第4号による改正前のもの。以下同じ。)及び本件条例附則5条の2の7(平成26年東京都条例第96号による改正前のもの)は,土地の取得が平成16年4月1日から同26年3月31日までの間に行われたときに限り,当該土地を取得した日から同土地の上に特例適用住宅が新築されるまでの期間につき2年以内とあるのを3年(土地の取得の日から3年以内に特例適用住宅が新築されることが困難である場合として政令で定める場合においては,4年)以内とする旨を規定するところ,同法施行令附則6条の17第2項は,上記政令で定める場合として,〔1〕当該特例適用住宅が居住の用に供するために独立的に区画された部分(以下「独立区画部分」という。)が100以上ある共同住宅等であって(以下,この要件を「戸数要件」という。),〔2〕土地を取得した日から当該共同住宅等が新築されるまでの期間が3年を超えると見込まれることについてやむを得ない事情があると道府県(同法1条2項により都を含む。)知事が認めた場合と規定している。
3 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)被上告人は,不動産の売買,仲介及びコンサルティングに関する業務等を目的とする株式会社であり,平成20年3月19日,独立行政法人都市再生機構から原判決別紙1土地目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を買受けた。
 被上告人は,平成22年3月9日,A株式会社に対し,本件土地を代金73億円で売却した。
(2)東京都立川都税事務所長は,平成23年5月11日付けで被上告人の本件土地の取得に対する不動産取得税賦課処分をし,被上告人は,同月31日までに,本件土地の取得に対する不動産取得税として7926万6100円を納付した。
(3)A株式会社は,平成24年3月5日,本件土地上に建築された原判決別紙2建物目録記載1から6までの各建物(以下「本件各建物」という。)について,それぞれ同年1月30日新築を原因として,表示に関する登記を得た。
 本件各建物は,特例適用住宅であって,合計6棟の建物から成り,総戸数は405戸である。各棟はそれぞれ構造的に独立した建物であり,その戸数はいずれも100戸に満たないものであった。
(4)被上告人は,平成24年6月13日,処分行政庁に対し,本件土地の取得に対する不動産取得税の還付を求める旨の申請をした。これに対し,処分行政庁は,同年8月9日,被上告人に対し,本件条例48条の4の規定に該当しないとして,不動産取得税を還付しない旨の処分(本件処分)をした。
4 原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断して,本件処分は違法であり,被上告人の請求を認容すべきものとした。
 特例適用住宅の新築に係る不動産取得税の還付の制度は,居住の用に供せられる部分の床面積に着目して,一定の居住性を備えた住宅の供給を促進することを目的とするところ,この点に関しては取得した土地の上に建築される共同住宅等が1棟で独立区画部分を100以上有する場合と複数棟で合計100以上有する場合とで違いがあるとはいえず,行政機関に対する各種申請手続や近隣住民との調整などに時間を要することも同様である。そして,戸数要件について,1棟の共同住宅等ごとに判断されるべきことは法令の文言上明示されておらず,本件減額規定につき明文の規定なくその制度趣旨に反して制限的に適用することが正当化されるものではないから,本件減額規定は,複数棟の共同住宅等で合計100以上の独立区画部分がある場合にも適用される。
5 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)地方税法73条の14第1項は,同法施行令附則6条の17第2項において戸数要件の対象となる共同住宅等につき,「共同住宅,寄宿舎その他これらに類する多数の人の居住の用に供する住宅」と規定し,同法73条4号は,住宅につき,「人の居住の用に供する家屋又は家屋のうち人の居住の用に供する部分で,政令で定めるもの」と定義しているから,同法施行令附則6条の17第2項の共同住宅等は,家屋に含まれるものと解される。そして,同法73条3号は,家屋につき,「住宅,店舗,工場,倉庫その他の建物をいう。」と定義しているところ,ここでいう建物は,屋根及び周壁又はこれらに類するものを有し,土地に定着した建造物であって,その目的とする用途に供し得る状態にあるものをいい,別段の定めがない限り,1棟の建物を単位として把握されるべきものというべきである。
 そうすると,地方税法施行令附則6条の17第2項の共同住宅等に関して定められた戸数要件を充足するか否かの判断においても,別段の定めがない限り,1棟の共同住宅等を単位とすべきであるところ,この点について別異に解すべきことを定めた規定は設けられておらず、複数棟の共同住宅等を合わせて戸数要件を判断することを前提とした規定も存在しないことに照らすと,1棟の共同住宅等ごとに判断することが予定されているというべきである。
(2)以上によれば,地方税法施行令附則6条の17第2項にいう独立区画部分が100以上ある共同住宅等に当たるか否かは,1棟の共同住宅等ごとに判断すべきものと解するのが相当である。これを本件についてみると,本件各建物は,1棟ごとの独立区画部分がいずれも100未満であって戸数要件を満たさないから,本件処分は違法であるとはいえない。
6 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は以上と同旨をいうものとして理由があり,その余の論旨について判断するまでもなく,原判決は破棄を免れない。そして,以上に説示したところによれば,被上告人の請求は理由がなく,これを棄却した第1審判決は正当であるから,被上告人の控訴を棄却すべきである。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

ae 最高裁判所平成六年(行ツ)第一五一号 平成九年一一月一一日第三小法廷判決
       主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人岩佐英夫、同井関佳法の上告理由について
 物品税法(昭和六三年法律第一〇八号により廃止)別表課税物品表第二種の物品七号2には課税物品として小型普通乗用四輪自動車が掲げられているところ、右にいう普通乗用自動車とは、特殊の用途に供するものではない乗用自動車をいい、ある自動車が普通乗用自動車に該当するか否かは、当該自動車の性状、機能、使用目的等を総合して判定すべきものと解するのが相当である。原審の適法に確定した事実関係によれば、本件各自動車は、FJ一六〇〇と呼ばれるいわゆるフォーミュラータイプに属する競走用自動車であって、道路運送車両法所定の保安基準に適合しないため、道路を走行することができず、専ら自動車競走場における自動車競走のためにのみ使用されるものであるというのである。しかし、本件各自動車も、人の移動という乗用目的のために使用されるものであることに変わりはなく、自動車競走は、この乗用技術を競うものにすぎない。また、本件各自動車の構造、装置が道路を走行することができないものとなっているのも、右のような自動車競走の目的に適合させるべく設計、製造されたことの結果にすぎないのであって、本件各自動車は、乗用とは質的に異なる目的のために使用するための特殊の構造、装置を有するものではない。したがって、本件各自動車は、その性状、機能、使用目的等を総合すれば、乗用以外の特殊の用途に供するものではないというべきであり、普通乗用自動車に該当するものと解すべきである。
 以上によれば、本件各自動車が物品税法別表課税物品表第二種の物品七号2の小型普通乗用四輪自動車に該当するとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
 よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官尾崎行信、同元原利文の各反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 裁判官尾崎行信の反対意見は、次のとおりである。
 私は、本件各自動車が物品税法別表課税物品表第二種の物品七号2の小型普通乗用四輪自動車に該当するという多数意見には、賛成することができない。その理由は、次のとおりである。
一 およそ社会における自動車の目的は、人や物品の運搬、すなわち、ある場所から他の場所に運ぶことによる社会的、経済的効用を達成するところにある。一般に、自動車は、人が運転するのであるから、必ず人が乗用して移動する側面を有しており、本件各自動車も、この意味で人の乗用を伴うものであるが、このこと自体で乗用自動車であるか貨物自動車であるか、さらに、普通自動車か特殊自動車かの指標とすることはできず、したがって、物品税法上課税対象となる普通乗用自動車の定義とすることはできない。そして、自動車は、その性状、機能、使用目的等からみて、達成しようとする効用の差異により、乗用自動車、貨物自動車、特殊自動車などの区別がされるのである。一般人の理解によれば、普通乗用自動車とは、人間を運搬することから得られる効用を主目的とするものであって、現行関係法規をみても同様の立場がとられている。現に物品税法基本通達(昭和四一年一一月二四日間消四―六八、徴官二―一〇三、徴徴一―八〇国税局長税関長あて国税庁長官通達)は、「課税物品表に掲げる物品に該当するかどうかは、他の法令による名称及び取引上の呼称等にかかわらず、当該物品の性状、機能及び用途等を総合して判定する」といい(第一条)、自動車の区分を定めるに当たっては、「七 自動車類及びその関連製品」(自動車類関係)の六において、「電波測定車、無線警ら自動車、……等特殊な構造等を有するもので、陸運事務所の登録基準により特種自動車として登録されるものは、普通乗用自動車等又は乗用兼用貨物自動車等としては取り扱わない」として、構造上の違いに基づく陸運事務所の登録を基準として普通乗用自動車と特殊乗用自動車を区別し、前者のみを物品税法上の課税対象としているのである。したがって、本件各自動車が課税対象たる「小型普通乗用四輪自動車」に該当するか否かは、人の乗用を伴うか否かのみによって判断されるベきではなく、自動車としての性状、機能、使用目的等の諸要素及び陸運事務所の登録の可否、種別を総合勘案して判断すべきである。
二 本件各自動車についてこれをみるのに、その主たる使用目的は、高速走行に適合した構造や機能の開発、試験に資し、自動車その他の機械の改良、進歩、機械工業の合理化などを図るものとしての自動車競走にあり(小型自動車競走法参照)、そこには、普通乗用自動車本来の、人を運搬して社会的、経済的効用を達成することは含まれていない。それゆえ、本件各自動車は、自動車競走の目的に適合させるべく、通常の安全装置が省略され、発電機やエアクリーナーの装備もなく、乗車に際してはいったんハンドルを外して上部から乗り込み運転席に着席してからハンドルを取り付ける仕組みとなっているなど、専ら自動車競走場という限定された場所における高速走行を目的とした特殊な構造、装置を備えたものであって、そもそも道路を走行することが全く予定されておらず、そのために必要な構造、装置の重要な一部を欠くものである。このように、本件各自動車は、人を地点間で移動させて社会的、経済的効用を達成する目的を有しておらず、これを主たる目的とする「普通」の乗用自動車とは著しく異なる特異の性状、機能を有しており、そのため、道路運送車両法上特種用途自動車としても登録できないものである。したがって、これらの性状、機能、使用目的等を総合すれば、本件各自動車は、自動車競走場における自動車競走という特殊の用途に供するものとして、「普通」乗用自動車には該当しないと解すべきである。
三 ちなみに、昭和四八年法律第二二号による物品税法の一部改正により同法別表課税物品表第二種七号2に小型普通乗用四輪自動車に加えて小型キャンピングカーが課税物品として新たに掲げられたところ、同法が小型キャンピングカーを小型普通乗用四輪自動車とは別個の課税物品として掲げたのは、その性状、機能、使用目的等が普通乗用自動車の範ちゅうから外れていると認めたことに他ならない。そうだとすると、人の移動という乗用目的が本件各自動車と比べてはるかに明りょうな小型キャンピングカーが普通乗用自動車に当たらない以上,本件各自動車がこれに該当しないことは、むしろ当然というべきであろう。
 また、前記物品税法基本通達では、陸運事務所の登録基準により特種自動車として登録されるものは普通乗用自動車等として取り扱わず課税対象としていないのに、およそ登録基準に合致せず登録不能な本件各自動車を普通乗用自動車として課税の対象とすることは、均衡を失するものとして許されるべきではない。
 さらに、税務当局は、行政解釈により遊園地専用の乗用自動車及びゴーカートを「普通乗用」自動車に該当しないとして取り扱っているのであって、本件各自動車をこれに当たるとするのは、あまりにも恣意的にすぎるというべきである。
四 そもそも、物品税法は、別表課税物品表に掲げられた物品に限って課税物件とする仕組みを採用しているところ、物品税の課税対象とされる乗用自動車の範囲については、同法は、これを単に普通乗用自動車という文言で規定しているにすぎず、本件各自動車のように専ら自動車競走場における自動車競走の目的にのみ使用され、そのための構造、装置を有している自動車が特殊の用途に供するものではない普通乗用自動車に該当するとの解釈が、社会通念に照らして、少なくとも明確であるとは認められない。そうであるとすれば、課税要件明確主義の観点からも、本件各自動車が普通乗用自動車に該当するものと解することは許されないものというべきである。本件各自動車のような競走用自動車に対する課税の必要性が高いのであれば、小型キャンピングカーのように同法の別表課税物品表中にその旨掲げれば足りるのであり、そのような立法手続が格別の困難を伴うものであるとも思われない。
五 右と異なり、本件各自動車が物品税法別表課税物品表第二種の物品七号2の小型普通乗用四輪自動車に該当するとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、以上によれば、上告人の請求は理由があり、これを認容した第一審判決は正当であるから、被上告人の控訴を棄却すべきである。
 裁判官元原利文は、裁判官尾崎行信の反対意見に同調する。

af 最高裁判所(第二小法廷)昭和四一年(行ツ)第四四号所得金額等審査請求棄却決定取消請求上告事件 判決 (昭和四五年一〇月二三日言渡)
 右当事者間の東京高等裁判所昭和三九年(行コ)第三四号所得金額等審査請求棄却決定取消請求事件について、同裁判所が昭和四一年三月一五日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があり、被上告人は上告棄却の判決を求めた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。
       主   文
 原判決を破棄する。
 本件を東京高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告人指定代理人上田明信、同川村俊雄各名義、同小林良一の上告理由について。
 被上告人の昭和三三年度の所得について適用された昭和三四年法律第七九号による改正前の所得税法(昭和二二年法律第二七号。以下、旧所得税法という。)においては、不動産所得とは、不動産、不動産の上に存する権利又は船舶の貸付(地上権又は永小作権の設定その他他人をして不動産、不動産の上に存する権利又は船舶を使用せしめる一切の場合を含む。)に因る所得から事業所得を除いたものをいい、譲渡所得とは、資産の譲渡に因る所得から山林所得および営利を目的とする継続的行為に因り生じた所得を除いたものをいうとされていた(同法九条)。不動産賃貸借の当事者間で授受されるいわゆる権利金には、原判決説示のように種々の性質のものが存するけれども、明らかに営業権譲渡の対価であるようなものは格別、通常、それは賃貸人が賃借人に対して一定の期間不動産を使用収益させる対価の一部として支払いを受ける一時の所得であるから、前記法条をその文言に従つて法律的、形式的に解釈するかぎり、通常、賃借権設定の際に賃貸人に支払われる権利金は、不動産所得に当たるものと解するほかはない。
 しかし、原判決(その引用する第一審判決を含む。)の確定するところによれば、第二次大戦以前においては、土地賃貸借にあたつて権利金が授受される例は少なく、また、その額も比較的低額で、これを地代の一部と解しても不合理ではないようなものであつたし、土地賃借権の売買もそれほど広く行なわれてはいなかつた、そして、昭和二五年法律第七一号による旧所得税法の改正によつて、再度、不動産所得という所得類型が定められた当時も、立法上特別の考慮を促すほどには権利金授受の慣行は一般化していなかつた、ところが、比較的近時において、土地賃貸借における権利金授受の慣行は広く一般化し、その額も次第に高額となり、借地法等による借地人の保護とあいまつて土地所有者の地位は相対的に弱体化し、多くの場合、借地権の譲渡の承認や期間の更新を事実上拒み得ず、土地賃借権の価格も著しく高額となつた、そして、借地権の設定にあたり借地権の価格に相当するものが権利金として授受されるという慣行が、東京近辺の都市において特に多く見られ、その額も、土地所有権の価格の半額を上廻る場合が少なくない、というのである。してみると、前記昭和二五年の旧所得税法改正当時には、近時における高額の権利金のようなものは不動産所得の対象としては予想されていなかつたものであるとともに、本件で問題とされている権利金が授受された昭和三三年当時には、借地権の設定にあたつて授受される権利金のうちには、経済的、実質的に見れば所有権の権能の一部を譲渡する対価としての性質をもつものが存したであろうことは否定できないところであり、右のような権利金については、これを一律に不動産所得に当たるものとして課税すべきではなく、場合によつてはその経済的実質に着目して譲渡所得に当たるものとして課税を行なうことも、公平な課税の実現のために必要であるといわなければならない。
 このような見地からすれば、借地権設定に際して土地所有者に支払われるいわゆる権利金の中でも、右借地権設定契約が長期の存続期間を定めるものであり、かつ、借地権の譲渡性を承認するものである等、所有者が当該土地の使用収益権を半永久的に手離す結果となる場合に、その対価として更地価格のきわめて高い割合に当たる金額が支払われるというようなものは、経済的、実質的には、所有権の権能の一部を譲渡した対価としての性質をもつものと認めることができるのであり、このような権利金は、昭和三四年法律第七九号による改正前の旧所得税法の下においても、なお、譲渡所得に当たるものと類推解釈するのが相当である。
 もつとも、右所得税法九条一項が、譲渡所得については八号の規定により計算した金額の二分の一に相当する金額を課税標準とする旨定めているのは、普通の所得に対して資産の譲渡による所得を特に優遇するものであるから、その適用範囲を解釈によつてみだりに拡大することは許されないところであり、右のような類推解釈は、明らかに資産の譲渡の対価としての経済的実質を有するものと認められる権利金についてのみ許されると解すべきであつて、必ずしもそのような経済的実質を有するとはいいきれない、性質のあいまいな権利金については、法律の用語の自然な解釈に従い、不動産所得として課税すべきものと解するのが相当である。
 そうすると、性質の明らかでない権利金であつても、これを不動産所得とみるよりは譲渡所得とみる方が納税者のために利益であるとするならば、その後の法律の改正により譲渡所得と擬制されることになつた要件を充たすようなものについては、法の改正前においても同様に譲渡所得と類推解釈するのが相当であるとして、被上告人が訴外サンヨウメリヤス株式会社から受領した権利金につき、その性質を確定することなく、これを譲渡所得と解した原判決には、法律の解釈を誤り、その結果審理を尽くさなかつた違法があるものといわなければならず、右の違法は判決の結論に影響を及ぼすから、結局論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、なお前記権利金の性質等につき審理する必要があるから、これを原審に差し戻すべきものとする。
 よつて、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

ag 最高裁判所第一小法廷平成31年(行ヒ)第61号 令和2年7月2日判決
       主   文
原判決を破棄する。
被上告人の控訴を棄却する。
控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人舘内比佐志ほかの上告受理申立て理由(ただし,排除された部分を除く。)について
1 本件は,破産者株式会社クラヴィスの破産管財人である被上告人が,平成7年度から同17年度まで(同11年度を除く。)の各事業年度(4月1日から翌年3月31日までの各1年間。以下「本件各事業年度」という。)において支払を受けた制限超過利息等(利息制限法所定の制限利率を超えて支払われた利息及び遅延損害金をいう。以下同じ。)についての不当利得返還請求権に係る破産債権が,その後の破産手続において確定したことにより,これに対応する本件各事業年度の益金の額を減額して計算すると納付すべき法人税の額が過大となったとして,本件各事業年度の法人税につき国税通則法(平成23年法律第114号による改正前のもの。以下同じ。)23条2項1号及び同条1項1号に基づく更正の請求(以下「本件各更正の請求」という。)をしたところ,更正をすべき理由がない旨の各通知処分(以下「本件各通知処分」という。)を受けたため,主位的には本件各通知処分の一部の取消しを,予備的には上記制限超過利息等に対応する法人税相当額の一部についての不当利得返還等をそれぞれ求める事案である。
2 法人税法(平成30年法律第7号による改正前のもの。以下同じ。)22条は,内国法人の各事業年度における所得の金額の計算上,当該事業年度の益金の額に算入すべき金額は,別段の定めがあるものを除き,資本等取引以外の取引に係る当該事業年度の収益の額とするものとし(2項),当該事業年度の損金の額に算入すべき金額は,別段の定めがあるものを除き,当該事業年度の費用及び損失の額とするものとした上で(3項),当該事業年度の収益並びに費用及び損失の額は,一般に公正妥当と認められる会計処理の基準(以下「公正処理基準」という。)に従って計算されるものとする旨を定めている(4項)。
 また,国税通則法23条2項は,同項各号のいずれかに該当する場合には,当該各号に掲げる期間において,同条1項の規定による更正の請求をすることができるものとするところ,同項は,同項各号のいずれかに該当する場合に更正の請求をすることができるものとし,1号において,「申告書に記載した課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったこと又は当該計算に誤りがあったことにより,当該申告書の提出により納付すべき税額(当該税額に関し更正があった場合には,当該更正後の税額)が過大であるとき」を掲げている。
3 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)ア 消費者金融業等を目的とする株式会社であるクラヴィスは,顧客から受領した制限超過利息等に係る収益の額を益金の額に算入して計算した所得の金額を課税標準として,本件各事業年度の法人税の申告(以下「本件各申告」という。)をした。
イ クラヴィスは,平成24年7月5日,破産手続開始の決定を受け,被上告人がその破産管財人に選任された。
ウ 上記の破産手続において,一般調査期間内に届出がされた総額555億3373万9096円の過払金返還請求権に係る破産債権(以下「本件債権1」という。)及び特別調査期間内に届出がされた総額3億0119万2185円の過払金返還請求権に係る破産債権(以下「本件債権2」という。)が確定した。
 なお,被上告人は,平成27年8月27日付けで,本件債権1の破産債権者中約2万人に対して合計約3億5000万円を配当し,同28年8月24日までに,最後配当及び追加配当として,破産債権者中約6万6000人に対して合計約12億2000万円を配当した。
(2)被上告人は,平成27年6月19日,所轄税務署長に対し,本件債権1が確定したことにより,本件各事業年度における納付すべき法人税の額が過大となったとして,本件各更正の請求をした。その理由は,過払金返還請求権に係る破産債権が破産手続において事後的に確定した場合には,当該請求権の発生原因となった制限超過利息等に係る受領金額を当該受領の日が属する各事業年度に遡って益金の額から減額して計算すべきであるというものであった。
(3)所轄税務署長は,平成27年9月14日付けで,被上告人に対し,本件各更正の請求につきいずれも更正をすべき理由がない旨の本件各通知処分をした。その理由は,本件各事業年度において益金の額に算入されていた制限超過利息等の受領が法律上の原因を欠くものであったことが破産手続において確定したとしても,その確定の事由が生じた日の属する事業年度においてこれを損金の額に算入すべきであるというものであった(以下,このように,過去の事業年度の収益等に関する変動事由が生じた場合に,これに基づいて生じた損益を当該事由が生じた日の属する事業年度に計上する処理を「前期損益修正」という。)。
4 原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断し,本件各更正の請求は国税通則法23条2項1号及び同条1項1号の各要件を満たすとして,主位的請求を認容した。
 前期損益修正は企業会計原則が定める会計基準であるが,企業会計原則は,企業の経済的活動が半永久的に営まれるとの仮定が成り立つことを前提とする考え方に基づくものである。しかし,破産手続開始の決定を受けた会社(以下「破産会社」という。)は,破産手続による清算の目的の範囲内において,破産手続が終了するまで存続するにすぎないから,破産会社には,上記の考え方は妥当せず,会社法上の前期損益修正に係る規定(同法435条2項,会社計算規則88条3項,96条7項等)の適用もないと解すべきである。また,法人の会計処理において一般に前期損益修正がされるのは,確定した財務諸表が配当制限その他の規制や課税所得計算等にも利用されており,そこでの利益計算を事後的に修正すると,利害調整の基盤が揺らいでしまうという考えによるものであるところ,破産会社において過年度に計上した収益の額を修正する必要がある場合には,事後的な修正をしても,株主等の利害関係人や債権者との利害調整の基盤が揺らぐとは考えられない。さらに,制限超過利息等の受領が法律上の原因を欠き,これを返還すべきことが破産手続で確定した場合には,破産会社が遡って収益の額を減少させることにより法人税の減額分につき還付を受けて過払金返還請求権を有する破産債権者に配当をすることに合理性が認められる。そうすると,過払金返還請求権に係る破産債権のうち既に配当がされた部分に対応する制限超過利息等に加えて,まだ配当がされていない部分に対応する制限超過利息等についても,これらを受領した日の属する事業年度に遡って益金の額を減額する計算をすることは,公正処理基準に従った計算方法に合致するといえる。
5 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)一般に,企業会計においては,会計期間ごとに,当期において生じた収益の額と当期において生じた費用及び損失の額とを対応させ,その差額として損益計算を行うべきものとされている。そして,企業会計原則は,過去の損益計算を修正する必要が生じても,過去の財務諸表を修正することなく,要修正額を前期損益修正として修正の必要が生じた当期の特別損益項目に計上する方法を用いることを定め(第二の六,同注解12),「会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」(平成21年12月4日企業会計基準第24号)も,過去の財務諸表における誤謬が発見された場合に行う会計処理としては,当該誤謬に基づく過去の財務諸表の修正再表示の累積的影響額を当期の期首の残高に反映するにとどめることとし(21項),同会計処理が認められる誤謬の範囲を当初の財務諸表作成時に入手可能な情報の不使用や誤用があった場合に限定している(4項(8))。企業会計原則等におけるこれらの定めは,法人の損益計算が法人の継続的な経済活動を人為的に区切った期間を単位として行われるべきものであることを前提としており,過去の損益計算を遡って修正することを予定していないものと解される。
 法人税法も,事業年度(法人の財産及び損益の計算の単位となる期間で,法令で定めるもの又は法人の定款等で定めるもの等。13条)における所得の金額を課税標準として課税することとし(21条),確定した決算に基づき各事業年度の所得の金額等を記載した申告書を提出すべきものとしており(74条1項),国税通則法も,当該申告書の提出による申告をもって,当該事業年度の終了時に成立した法人税の納税義務につき納付すべき税額が確定することとしている(15条2項3号、16条1項1号及び2項1号)。
 このように,法人税の課税においては,事業年度ごとに収益等の額を計算することが原則であるといえるから,貸金業を営む法人が受領し,申告時に収益計上された制限超過利息等につき,後にこれが利息制限法所定の制限利率を超えていることを理由に不当利得として返還すべきことが確定した場合においても,これに伴う事由に基づく会計処理としては,当該事由の生じた日の属する事業年度の損失とする処理,すなわち前期損益修正によることが公正処理基準に合致するというべきである。  (2)法人税法は,事業年度ごとに区切って収益等の額の計算を行うことの例外として,例えば,特定の事業年度に発生した欠損金額が考慮されずに別の事業年度の所得に対して課税が行われ得ることに対しては,青色申告書を提出した事業年度の欠損金の繰越し(57条)及び欠損金の繰戻しによる還付(80条)等の制度を設け,また,解散した法人については,残余財産がないと見込まれる場合における期限切れ欠損金相当額の損金算入(59条3項)等の制度を設けている。課税関係の調整が図られる場合を定めたこのような特別の規定が,破産者である法人についても適用されることを前提とし,具体的な要件と手続を詳細に定めていることからすれば,同法は,破産者である法人であっても,特別に定められた要件と手続の下においてのみ事業年度を超えた課税関係の調整を行うことを原則としているものと解される。そして,同法及びその関係法令においては,法人が受領した制限超過利息等を益金の額に算入して法人税の申告をし,その後の事業年度に当該制限超過利息等についての不当利得返還請求権に係る破産債権が破産手続により確定した場合に前期損益修正と異なる取扱いを許容する特別の規定は見当たらず,また,企業会計上も,上記の場合に過年度の収益を減額させる計算をすることが公正妥当な会計慣行として確立していることはうかがわれないことからすると,法人税法が上記の場合について上記原則に対する例外を許容しているものと解することはできない。このことは,上記不当利得返還請求権に係る破産債権の一部ないし全部につき現に配当がされ,また,当該法人が現に遡って決算を修正する処理をしたとしても異なるものではない。
 そうすると,上記の場合において,当該制限超過利息等の受領の日が属する事業年度の益金の額を減額する計算をすることは,公正処理基準に従ったものということはできないと解するのが相当である。
(3)これを本件についてみると,本件各事業年度に制限超過利息等を受領したクラヴィスが,これを本件各事業年度の益金の額に算入して行った本件各申告はもとより正当であったといえるところ(最高裁昭和43年(行ツ)第25号同46年11月9日第三小法廷判決・民集25巻8号1120頁参照),上記(2)で述べたところによれば,その後の事業年度に本件債権1が破産手続において確定したことにより,本件各事業年度に遡って益金の額を減額する計算をすることは,本件債権1の一部につき現に配当がされたか否かにかかわらず,公正処理基準に従ったものということはできない。
 したがって,上記の減額計算を前提とする本件各更正の請求が国税通則法23条1項1号所定の要件を満たすものでないことは明らかである。
6 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこれと同旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。
 そして,以上に説示したところによれば,本件各通知処分が最後配当及び追加配当がされる前にされたことをもって違法であるということもできないから,本件各通知処分は適法であり,また,上告人が本件債権1及び2の発生原因となった制限超過利息等に対応する法人税相当額を保持することについて法律上の原因がないということもできない。したがって,被上告人の主位的請求及び予備的請求に理由がないことは明らかであり,これらの請求をいずれも棄却した第1審判決は正当であるから,被上告人の控訴を棄却すべきである。

ah 尤も、権利能力なき社団と組合との峻別に対する星野英一からの疑問などがあり、民法上の問題としてこの4要件に寄りかかっていてよいのかという問題は残っている。
 東京地判平成27年10月29日平成25(行ウ)92号LEX/DB25532039人格のない社団等が所得の帰属主体であるという主張が斥けられた事例。

ai なお、資本積立金額という言葉はなくなった。

aj 現物配当につき、金子宏「法人税における資本等取引と損益取引――『混合取引の法理』の提案(その1.『現物配当』)」金子宏編『租税法の発展』337頁(有斐閣、2010)等参照

ak 南西通商株式会社事件・最判平成7年12月19日民集49巻10号3121頁
 法人税法二二条二項は、内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、無償による資産の譲渡に係る当該事業年度の収益の額を当該事業年度の益金の額に算入すべきものと規定しており、資産の無償譲渡も収益の発生原因となることを認めている。この規定は、法人が資産を他に譲渡する場合には、その譲渡が代金の受入れその他資産の増加を来すべき反対給付を伴わないものであっても、譲渡時における資産の適正な価額に相当する収益があると認識すべきものであることを明らかにしたものと解される。
 譲渡時における適正な価額より低い対価をもってする資産の低額譲渡は、法人税法二二条二項にいう有償による資産の譲渡に当たることはいうまでもないが、この場合にも、当該資産には譲渡時における適正な価額に相当する経済的価値が認められるのであって、たまたま現実に収受した対価がそのうちの一部のみであるからといって適正な価額との差額部分の収益が認識され得ないものとすれば、前記のような取扱いを受ける無償譲渡の場合との間の公平を欠くことになる。したがって、右規定の趣旨からして、この場合に益金の額に算入すべき収益の額には、当該資産の譲渡の対価の額のほか、これと右資産の譲渡時における適正な価額との差額も含まれるものと解するのが相当である。このように解することは、同法三七条七項が、資産の低額譲渡の場合に、当該譲渡の対価の額と当該資産の譲渡時における価額との差額のうち実質的に贈与をしたと認められる金額が寄付金の額に含まれるものとしていることとも対応するものである。
 以上によれば、資産の低額譲渡が行われた場合には、譲渡時における当該資産の適正な価額をもって法人税法二二条二項にいう資産の譲渡に係る収益の額に当たると解するのが相当である。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。そして、原審の適法に確定した事実関係の下においては、本件株式の時価として原審が認定した額とその実際の譲渡対価の額との差額に相当する金額が益金に算入されるべきであるとした原審の判断も、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は、違憲をいう点を含め、独自の見解に立って原判決の法令違背をいうものであって、採用することができない。

参照:一審 宮崎地判平成5年9月17日判タ856号212頁
法人税法二二条二項は、資産の有償譲渡に限らず、無償取引に係る収益も益金に算入される旨定めている。この規定によれば、資産の無償譲渡の場合には、その時価相当額が益金に算入されることとなる。ところで、資産譲渡にかかる法人税は、法人が資産を保有していることについて当然に課税されるのではなく、その資産が有償譲渡された場合に顕在化する資産の値上がり益に着目して清算的に課税がされる性質のものであり、無償譲渡の場合には、外部からの経済的な価値の流入はないが、法人は譲渡時まで当該資産を保有していたことにより、有償譲渡の場合に値上がり益として顕在化する利益を保有していたものと認められ、外部からの経済的な価値の流入がないことのみをもって、値上がり益として顕在化する利益に対して課税されないということは、税負担の公平の見地から認められない。したがって、同項は、正常な対価で取引を行った者との間の負担の公平を維持するために、無償取引からも収益が生ずることを擬制した創設的な規定と解される。

[浅妻]租税法規の類推解釈・拡張解釈は原則としてだめ、と言われるが、本件の最高裁の解釈は拡張解釈っぽいのではないかなあという気もしないでもない。しかも理由が「公平を欠く」。

al 最高裁判所第二小法廷昭和三七年(オ)第二五号申告所得更正決定取消請求上告事件 判決 (昭和四十一年六月二十四日言渡)
 右当事者間の大阪高等裁判所昭和三一年(ネ)第五〇一号申告所得更正決定取消請求事件について、同裁判所が昭和三六年一一月二九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があり、被上告人は上告棄却の判決を求めた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。
       主   文
原判決を破棄し、本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人山田二郎、同浜田豊蔵、同根来正輝、同末広益男、同後藤芳朗、同田村辰雄の上告理由について。
 原判決は、被上告会社が当時「私的独占の禁止及び公共取引の確保に関する法律」(昭和二四年法律第二一四号による改正前。以下独禁法と略称する。)一〇条による制約を受けていたとはいえ、その所有する増資会社の株式を一時自社の重役に信託的に譲渡し株主名義を重役個人に書き替える方法により、または増資会社から第三者指名権を与えられて自社の重役個人を指名する方法によつて、これら重役等に各社の増資新株の割当を受けさせ、それぞれその新株を取得させた事実を認定し、このように第三者に新株を割当させることのできた被上告会社の地位そのものは、金銭に見積ることもできる経済的価値ある利益とし、被上告会社の前叙の行為は、同社に帰属した新株の割当に関する利益を各重役に移転したものと見ることができる旨を判示したのである。前示独禁法一〇条は、一般事業会社が当時なお保有を認められていた他社の株式につき増資のあつた場合に、会社自ら増資新株を取得することを許さなかつたにもせよ、増資によりその株主一般が受けうべき利益を会社において事実上享受するために採る行為までを無効とする趣旨とは解しがたい。従つて、被上告会社は、前叙の行為により重役等個人にそれぞれ増資株式を取得させたうえ、重役等のこれによつて取得した利益を同社に回収することを約さしめることもできたはずであり、また重役その他の第三者に対し相当の対価を徴して、その者のために前叙の行為をすることもできたわけであるから、被上告会社がこのような方法に出ないで、重役等のために前叙の行為をしたことは、増資会社の株式の所有に基づき被上告会社が享受する経済的利益を無償で重役等に授与したことを意味し、この点に関する前叙原判示は正当といわなければならない。
 ところで、被上告会社の前叙の行為の実体を右のように解するならば、その移転の対象となつた経済的利益は、いわば同社所有の増資会社株式について生じる新株プレミアムから構成されるものとみられ、その利益の移転は、同社所有の増資会社株式の値上り部分(同社の取得した第三者指名権も株式の増加部分と同視して妨げない。)の価値の社外流出を意味するものということができる。そこで、これら株式の値上りが被上告会社の右株式の取得価額(記帳価額)を上回わるものがあるならば、その部分は同社の未計上の資産であり、前叙の行為により移転する経済的利益の全部または一部は、かかる未計上の資産から成ることが考えられる。そうであるとすれば、かかる未計上の資産の社外流出は、その流出の限度において隠れていた資産価値を表現することであるから、右社外流出にあたつて、これに適正な価額を付して同社の資産に計上し、流出すべき資産価値の存在とその価額とを確定することは、同社の資産の増減を明確に把握するため当然必要な措置であり、このような隠れていた資産価値の計上は、当該事業年度において資産を増加し、その増加資産額に相当する益金を顕現するものといわなければならない。そしてこのことは、社外流出の資産に対し代金の受入れその他資産の増加をきたすべき反対給付を伴なうと否とにかかわらない。してみると、本件において被上告会社が前叙の行為によつてその重役等に移転した利益に同社の未計上の資産価値が含まれると認められるかぎり、当該事業年度においてそれに相当する益金の発生を肯定せざるをえないのであつて、他面その重役等に対する利益授与による被上告会社の資産の減少が事業上の損金となしがたいものとすれば、右益金の発生が総益金増加の原因となることはいうまでもない。原判決がこの点に思いを致さず、前叙のように被上告会社がその重役等に対し経済的利益を授与したことを認めながら、それが同社になんら利得をもたらすものでないことを理由とし、これにより同社に益金を生ずる余地のないものと判断したのは、首肯しがたい。されば、右の判断を非難する論旨は理由があり、原判決は破棄を免れず、本件はなお審理を要するものと認め、これを原審に差し戻すのを相当とする。

1版§322.02 相互タクシー事件・最判昭和41年6月24日民集20巻5号1146頁
NOTE 2. (2)@最高裁判旨:未計上の資産(含み益)の計上と、その経済的利益の無償譲渡(社外流出)
 Y説:新株引受権の〔正確には(新株の価額)−(払込金額)の残額の〕無償譲渡

両構成の違いはどこで現れるか?
  ……もしもXの甲社株式の取得価額が200円超或いは350円超であったら?
 例えば取得価額が220円の場合、未計上の資産は130円にとどまり、最高裁の論理によれば、Xが益金計上しなければならない額も130円にとどまる。([浅妻]未計上の資産の全額が益金に計上されるのはおかしい、という考え方もありうる。1株が2株になる場合、旧株のうちの半分しか譲渡益は実現しない、という理屈も考えられる。このように考えるならば、社外流出する200円分のうち未計上の資産すなわち含み益が構成しているのは90円〔=200−220÷2〕の部分だけである、ということになる。もしこのように考えるのであれば、甲社株式の取得価額が200円以下の場合、例えば160円の場合も、含み益のうち益金計上しなければならないのは120円だけということになり、150円を益金計上する必要はなくなるであろう。しかし最高裁判旨には、このような按分の考え方を伺わせる部分がないので、恐らく按分の考え方を採用していないであろうと思われる。)
 Yの論理によれば、その場合でもXは、150円分の損金算入が否定されることの反射的効果として、課税所得が150円分増やされる。(無償譲渡時に法人税法22条2項が益金計上を要求しているが、無償譲渡した額が全額損金算入されるならば課税所得は増えない。)

 例えば取得価額が380円の場合、未計上の資産は−30円である。Yの論理によれば、その場合でもXは、150円分の損金算入が否定されることの反射的効果として、課税所得が150円分増やされることとなろう。
 最高裁の論理によった場合は不明であり、複数の考え方がありうる。未計上のプラスの資産価値の社外流出という場面においてのみ益金計上を要求していると判旨を解するならば、Xは益金も損金も計上しないこととなろう。しかし、「Xの資産の増減を明確に把握するため当然必要な措置」という判示部分を重視すると、譲渡益の計算上損失が実現したとして損金を計上しなければならない。譲渡損益の計算上計上すべき損金は、最高裁の論理によれば恐らく30円であろう。

AXは法的に新株を取得し得ない立場にあるのに、Y主張の通り新株引受権を(無償)譲渡したということが私法上いえるのか?
  ……この点については、X主張の通りAらが原始取得したことを認めざるを得ないのではないか。
 では、新株引受権の無償譲渡という構成を捨てて、Yが「増資に伴う{(新株の価額)−(払込金額)の残額}という経済的利益(要するに新株プレアム)を無償譲渡したものである」という構成を採ったらどうか? この論理構成ならば、Xを論破できるかもしれないし、だからこそ裁判所も「経済的価値ある利益」に着目したと考えられる。
 [浅妻]最高裁は、益金計上の理由付けが未計上の資産(含み益)しかない(社外流出はタイミングの問題)、と考えたのであろう。Y説だと、150円の益金の発生源が何であるかが不明であるという憾みがある。

B●AらがXの従業員である場合……過大な使用人給与の損金不算入(法人税法36条参照)の適用の有無が問題となる。過大でなければ損金算入可能。
 損金算入はどのような帰結をもたらすか? Xは未計上の資産(含み益)を一旦益金に計上するが、同時に損金にも算入するので、結果的にXの課税所得は増えない。
 Xの手元で潜在的に蓄積されていた含み益であるのに、Xでの税率が適用されず、Aらの個人所得税率が適用される、ということになる。しかも給与所得ならば給与所得控除があるので課税が甘い。
 なお、Aらの所得の種類についてはCも参照。

 ●AらがXの関連会社である場合……寄附金の損金不算入(法人税法37条)の適用の有無の問題となる。(後で復習して)

CAらの課税……新株プレミアム(150円)が課税所得を構成する。ここで、X側の課税のあり方(上記@参照。Xの益金計上が150円か130円等にとどまるか)は関係しないということもポイント。
 所得分類は?……賞与ならば給与所得。(なお、この場合Xが源泉徴収義務を負うはずである、という徴収行政上の問題も発生する。本件でどうなったのか判決文からは不明。)
 別の可能性として、贈与ならば一時所得。(例えばAらの役職が名目的なものにすぎず、取締役などとしての労務の提供という事実関係が無い場合など。なお、確かにAらが取締役などとして労務の提供を行なっている場合は、賞与と贈与との区別が実際上困難なこともあろう)

DAらにとっての新株の取得価額は?(Aらが後に新株を200円で譲渡した場合の譲渡所得は?)(かなり厄介な問題であり、幾つか考え方の筋道がある)
 (あ) Aらは50円しか払い込んでいないから、取得価額は当然50円。譲渡所得は150円。【Xの段階で150円の益金計上(かつ損金不算入)による法人税課税】、【Aらが新株を取得した時に150円の給与所得課税】、そして【Aらが新株を譲渡したときに150円の譲渡所得課税】、という具合に経済的には三重課税となる。それでいいのか?(所得税法施行令109条1項2号が適用されない。仕方ない。下記参照)
 (い) Xで既に未計上利益150円分が益金計上されているので、その分がAらの取得価額に加算されるとすると、Aらの新株の取得価額は200円ということとなる。譲渡所得は0円。(しかしこの主張は苦しい。Xの益金計上はあくまでX側のみの事情であるにすぎず、XとAらとは別人格である。仮にY説によるならば、Xでの課税は未計上の資産〔含み益〕に対する課税ではないから、(い)の様に考える余地は更に小さくなる。)
 (う) Aらは新株取得時に150円の給与所得課税を受けている。従ってその分は新株の取得価額に算入されるべきであるとすると、Aらの新株の取得価額は200円ということとなる。譲渡所得は0円。(しかしこの主張も苦しい。Aらは新株受領時に給与所得として課税を受けたにすぎず、譲渡所得と給与所得とでは税務上の扱いが異なるから〔例えば給与所得については給与所得控除があるなど〕、給与所得課税はAらの取得価額を上げる要因とならない可能性が高い)

規定の確認(試験前にこんな規定も覚えておけという趣旨ではない)
所得税法施行令109条(有価証券の取得価額)
1項 第105条第1項(有価証券の評価の方法)の規定による有価証券の評価額の計算の基礎となる有価証券の取得価額は、別段の定めがあるものを除き、次の各号に掲げる有価証券の区分に応じ当該各号に掲げる金額とする。
 1.払込みにより取得した有価証券(次号に該当するものを除く。)
 その払い込んだ金額(その払込みによる取得のために要した費用がある場合には、その費用の額を加算した金額)
 2.発行法人から与えられた第84条各号(株式等を取得する権利の価額)に掲げる権利の行使により取得した有価証券(法人税法第2条第14号(定義)に規定する株主等として与えられた権利に基づき取得したものを除く。)
 その有価証券のその権利の行使の日(第84条第4号に掲げる権利の行使により取得した有価証券にあつては、当該権利に基づく払込みに係る期日)における価額
(3号以下略)

E(追加)Xの甲社等の旧株の取得価額は?
 最高裁の論理によれば、150円の益金計上は未計上の資産(含み益)の計上という趣旨であるので、Xの旧株の取得価額は150円分増額されていなければおかしい。もしXの元々の旧株の取得価額が50円であったならば、本件の直後では取得価額が200円になっていなければならない。後に200円で旧株が譲渡された場合、譲渡益は0円。
 仮にY説によるならば、150円の益金計上は利益処分という趣旨であるから、必ずしもXの旧株の取得価額を上昇させるとは限らない。もしXの元々の旧株の取得価額が50円であったならば、本件の後の取得価額も50円のままである。後に200円で旧株が譲渡された場合、譲渡益150円が発生してしまう。このような不合理は、@における最高裁とYとの違いを考える時に、Y説に不利に働く可能性がある。また、Xの取得価額を引き上げないのはあまりに不合理なので、Y説の下でも、「利益処分の原因は未計上の資産(含み益)である」と考えれば、最高裁の論理による場合と同様、取得価額を引き上げることが可能となるであろう。

 最高裁の論理に従った場合、もしXの元々の旧株の取得価額が200円超であったならば、例えば220円であったならば、益金計上は130円にとどまるであろうから、取得価額は130円増額されるにとどまるであろう。
 もしXの元々の旧株の取得価額が350円超であったならば、例えば380円であったならば、譲渡益の計算上損失が計上されるかどうかも不分明であるし、計上されるとして幾ら計上されるかも不分明である。もし30円の損失が計上されるならば、取得価額は30円減額されるであろう。
 注意: Xが損失を計上して取得価額を減額させることになる可能性があるのは、譲渡益計算上の損失に限られるのであって、Aらへの流出が給与等と認められて損金計上が認められる場合の損金の額はXの旧株の取得価額には何ら影響を及ぼさない。

am 清水惣事件・大阪高判昭和53年3月30日判時925号51頁
 (一) 被控訴人は、昭和二六年七月三日織物、繊維製品、雑貨の売買及び貿易を目的として資本金一〇〇万円で設立された株式会社であり、昭和四〇年一一月三〇日現在その資本金は一九〇〇万円である。東洋化成は、昭和三七年一一月一日に繊維、化成品の製造並びに販売を目的として資本金五〇〇万円で設立された株式会社である。東洋化成の昭和四〇年一一月三〇日現在における資本金は二〇〇〇万円であるが、その同日現在の発行済株式四万株のうち、一万六〇二八株を被控訴人が保有しており、被控訴人と東洋化成とはいわゆる親会社、子会社の関係にあつて、ともに法人税法上の同族会社である。
 (二) 被控訴人は、昭和三七年一二月一日東洋化成に対し、その事業達成を援助する目的で期間を三か年間に限り、四〇〇〇万円を限度として無利息で融資する旨の契約を締結した。そして、右契約に基づく本件第一、第二事業年度における融資状況は、その各月末現在における融資残額をもつて表示すると別表(一)記載のとおりになる。
 (三) 控訴人は、被控訴人の昭和三八年一二月一日から昭和三九年一一月三〇日までの事業年度(本件第一事業年度)の法人税額の確定申告に対し、昭和四〇年六月三〇日付で更正処分をし(同年三月三一日付更正決定を減額再更正したもの。本件第一処分)、課税所得金額を六三一万五三二九円と更正し、更に被控訴人の昭和三九年一二月一日から昭和四〇年一一月三〇日までの事業年度(本件第二事業年度)の法人税額の確定申告に対しても、昭和四一年六月三〇日付で更正処分(本件第二処分)をし、課税所得金額を四〇九万八六四七円と更正した。
 (四) 本件第一、第二処分は、被控訴人が東洋化成に無利息融資したことにつき、その利息相当分を寄付金と認定し、寄付金損金不算入額として、本件第一処分が第一事業年度の所得金額に二〇六万一〇一三円、本件第二処分が第二事業年度の所得金額に二五八万二一三四円を各加算計上してしたものである。
 (五) 被控訴人は、昭和四〇年四月一七日付で前記同年三月三一日付更正決定に対し、控訴人に異議申立をしたところ、同年六月三〇日付で棄却されたので、同年七月二〇日付で大阪国税局長に対し審査請求したがこれも同年一一月九日付で棄却された。また、本件第二処分についても、昭和四一年七月一八日付で控訴人に異議申立をしたところ、同年一〇月一三日付で棄却されたので、同年一一月一二日付で国税局長に対し審査請求したが、これも昭和四二年二月二三日付で棄却された。
 二、そこで、本件第一、第二処分により、本件無利息融資における利息相当額につき、これを寄付金と認定し、その寄付金損金不算入額に対して課税したことの適否について判断する。
 (一) 法人税法は、各事業年度の所得を法人税の課税の対象とし(法五条)、右所得の金額は「当該事業年度の益金の額から損金の額を控除した金額とする」(法二二条一項)と定めている。そして、当該事業年度の益金に算入すべきものとして、「資産の販売、有償又は無償による資産の譲渡反は役務の提供、無償による資産の譲受けその他の取引で資本等取引以外のものに係る当該事業年度の収益の額」を挙げている(法二二条二項)が、それは、私法上有効に成立した法律行為の結果として生じたものであるか否かにかかわらず、また、金銭の型態をとつているかその他の経済的利益の形をとつているかの別なく、資本等取引以外において資産の増加の原因となるべき一切の取引によつて生じた収益の額を益金に算入すべきものとする趣旨と解される。そして、資産の無償譲渡、役務の無償提供は、実質的にみた場合、資産の有償譲渡、役務の有償提供によつて得た代償を無償で給付したのと同じであるところから、担税力を示すものとみて、法二二条二項はこれを収益発生事由として規定したものと考えられる。
 (二) 金銭の無利息貸付がなされた場合、貸主はもとより利息相当額の金銭あるいは利息債権を取得するわけではないから、それにもかかわらず貸主に利息相当額の収益があつたというためには、貸主に何らかの形でのこれに見合う経済的利益の享受があつたことが認識しうるのでなければならない。
 ところで、金銭(元本)は、企業内で利用されることによる生産力を有するものであるから、これを保有するものは、これについて生ずる通常の果実相当額の利益をも享受しているものといいうるところ、右金銭(元本)がこれを保有する企業の内部において利用されているかぎりにおいては、右果実相当額の利益は、右利用により高められた企業の全体の利益に包含されて独立の収益としては認識されないけれども、これを他人に貸付けた場合には、借主の方においてこれを利用しうる期間内における右果実相当額の利益を享受しうるに至るのであるから、ここに、貸主から借主への右利益の移転があつたものと考えられる。そして、金銭(元本)の貸付けにあたり、利息を徴するか否か、また、その利率をいかにするかは、私的自治に委ねられている事柄ではあるけれども、金銭(元本)を保有する者が、自らこれを利用することを必要としない場合、少くとも銀行等の金融機関に預金することによりその果実相当額の利益をその利息の限度で確保するという手段が存在することを考えれば、営利を目的とする法人にあつては、何らの合理的な経済目的も存しないのに、無償で右果実相当額の利益を他に移転するということは、通常ありえないことである。したがつて、営利法人が金銭(元本)を無利息の約定で他に貸付けた場合には、借主からこれと対価的意義を有するものと認められる経済的利益の供与を受けているか、あるいは、他に当該営利法人がこれを受けることなく右果実相当額の利益を手離すことを首肯するに足りる何らかの合理的な経済目的その他の事情が存する場合でないかぎり、当該貸付がなされる場合にその当事者間で通常ありうべき利率による金銭相当額の経済的利益が借主に移転したものとして顕在化したといいうるのであり、右利率による金銭相当額の経済的利益が無償で借主に提供されたものとしてこれが当該法人の収益として認識されることになるのである。
 (三) 法三七条五項の規定からみれば、寄付金とは、その名義のいかんを問わず、金銭その他の資産又は経済的利益の贈与又は無償の供与であつて、同項かつこ内所定の広告宣伝費、見本品費、交際費、接待費、福利厚生費等に当たるものを除くもののことである。寄付金が法人の収益を生み出すのに必要な費用といえるかどうかは、きわめて判定の困難な問題である。もしそれが法人の事業に関連を有しない場合は、明白に利益処分の性質をもつと解すべきであろう。しかし、法人がその支出した寄付金について損金経理をした場合、そのうちどれだけが費用の性質をもち、どれだけが利益処分の性質をもつかを客観的に判定することが至難であるところから、法は、行政的便宜及び公平の維持の観点から、一種のフイクシヨンとして、統一的な損金算入限度額を設け、寄付金のうち、その範囲内の金額は費用として損金算入を認め、それを超える部分の金額は損金に算入されないものとしている(法三七条二項)。したがつて、経済的利益の無償の供与等に当たることが肯定されれば、それが法三七条五項かつこ内所定のものに該当しないかぎり、それが事業と関連を有し法人の収益を生み出すのに必要な費用といえる場合であつても、寄付金性を失うことはないというべきである。
 (四) ところで、旧法は、各事業年度の所得を法人税の課税の対象とし(八条)、右所得の金額は「各事業年度の総益金から総損金を控除した金額による」(九条一項)と規定し、また、寄付金の損金不算入に関する規定をおいている(九条三項)けれども、旧法には、法二二条二項、三七条五項のような規定はなかつた。しかし、本件に適用されるべき法条に関する法の規定は、旧法の解釈上も妥当と考えられていたところを法文化したものであり、それによつて従来の法人税法の所得計算の変更が意図されているものではないと解されるのであつて、旧法の関係規定について、右に述べたところと別異に解釈すべき根拠は見出しがたいところである。
 (五) 以上述べたところからすれば、本件無利息融資に係る右当事者間において通常ありうべき利率による利息相当額は、被控訴人が、東洋化成からこれと対価的意義を有するものと認められる経済的利益の供与を受けているか、あるいは、営利法人としてこれを受けることなく右利息相当額の利益を手離することを首肯するに足る何らかの合理的な経済目的等のために東洋化成にこれを無償で供与したものであると認められないかぎり、寄付金として取扱われるべきものであり、それが法三七条五項かつこ内所定のものに該当しないかぎり、寄付金の損金不算入の限度で、本件第一、第二事業年度の益金として計上されるべきこととなる。

参照:一審 大津地判昭和47年12月13日判時695号54頁 請求認容
 二、そこで、本件第一、第二処分により、本件無利息融資における利息相当額につき、これを寄付金と認定し、その寄付金損金不算入額に対して課税したことの適法性につき判断する。
  (一)、そもそも、原告は訴外会社に対し無利息の約定で本件融資を行なつたのであるから、私法上の効力としては、訴外会社に対する利息債権が発生していないことは明らかである。したがつて、右私法上の効力をそのまま税法上も是認する時は、原告は訴外会社から法人税法所定の益金となるべき収益を得ていないのであるから、利息相当額につき課税する余地はない筈のものである。
 しかしながら、原告が本件融資をするにあたり無利息としたことが、私法上許された法形式を濫用することにより、租税負担を不当に回避しまたは軽減することが企図されている場合、あるいはこれを意図したものでないとしても、無利息とすることが経済的合理性を全く無視したものであると認められる様な場合には、実質的にみて租税負担の公平の原則に反する結果になるから、右無利息融資行為をいわゆる租税回避行為として、税法上相対的に否認して本来の実情に適合すべき法形式の行為に引き直して、その結果に基づいて課税しうるものと解すべきである。
 したがつて、本件第一、第二処分により本件無利息融資における利息相当額につき課税したことが適法とされるためには、本件無利息融資が右租税回避行為にあたるということが、まず認定されなければならず、租税回避行為にあたるということが認められた場合にはじめて利息相当額につき課税する手段として、本件第一、第二処分の様に利息相当額を寄付金と認定し、寄付金損金不算入額を所得金額に計上することの当否が検討されることになる。
  (二)、1、本件口頭弁論に提出された全証拠を検討しても、本件無利息融資が租税負担を不当に回避し、または軽減することを企図してなされたものであることを認めるに足る証拠はない。
 被告は、原告の訴外会社に対する本件無利息融資は、親会社の子会社に対する育成融資というよりは、むしろ原告が単に金融機関の代りをつとめたものであり、それにもかかわらず無利息としたのは利息収入を抑止し、租税負担の軽減を意図したものというべきであると主張する。しかしながら、本件無利息融資は、原告が子会社たる訴外会社の事業達成を援助し、その早期育成を期し、早期に訴外会社から利潤の還元を得ようとしたものであつて、企業としての利潤追求の一手段に外ならないものであることは後記認定の通りであつて、他に原告の本件融資を、利息収入を得ることを主たる目的とする金融機関等の融資と同一視すべき証拠はない。したがつて、被告の右主張は理由がないものというべきである。
   2、次に、本件無利息融資が経済的合理性を全く無視して行なわれたものであるかどうかにつき以下判断する。
 (1)、およそ企業が出資して子会社を設立する場合は、特段の事情のない限り子会社からの利潤還元をその目的としているのが通常である。
 ところで、原告が訴外会社を設立するに至つた経緯、本件無利息融資を行なうに至つた経緯についてみるに、〈証拠省略〉を総合すると、
 原告は、織物、繊維製品等の販売を主たる営業内容とし、いわゆる問屋業を営んできたが、業界における機構改革や流通機構そのものの改革にそなえ、原告が販売する商品を製造、販売する部門を子会社として分離することを計画し、昭和三七年一一月一日資金を投入して化成品等の製造、販売を主たる目的とする訴外会社を設立し発足させた。訴外会社は、右同日から同月三〇日までの設立当初の事業年度においては、投下資本を全て土地と工場施設に費してしまい、資金難のため本格的な事業活動を開始するまでには至らず、約一一万円の欠損を計上していた。そのため、原告は、訴外会社に対し同年一二月一日訴外会社の事業達成を援助するため、創業及び運営等の資金として前認定のように本件無利息融資を行なうこととし、その頃から随時訴外会社が必要とする資金を無利息で貸付けた。この貸付けは、当初の約定通り三か年で打切られ、貸付金は昭和四〇年一一月三〇日までに返済された。
 なお、その間原告は、訴外会社に対し訴外会社の必要とする原材料の殆んど全てを納入して一定の利潤を得、さらに訴外会社がこれを製造、加工した商品の殆んど全てを仕入れ、これを販売することにより一定の利潤を得ていたが、この様な関係はその後も続いている。[略]
 右認定にかかる事実関係からすれば、(イ)、原告と訴外会社との間には、訴外会社の業績が伸びれば、原告もそれに伴い訴外会社に対する原材料の納入および訴外会社からの商品の仕入れの量が増加し、それだけ利潤があがるという関係があること、(ロ)、本件無利息融資は、訴外会社が資金難の状況下にあり、設立当初の事業年度において若干ながらも欠損を計上していて、融資に対する利息を支払う経済的能力は必ずしも十分ではなかつたため、止むを得ない措置であつたことが各推認され、本件無利息融資はそれ自体原告の利潤追求のための事業活動といえる。

参照:岡村忠生「無利息貸付課税に関する一考察(1〜5・完)」法学論叢121巻3号23頁、5号1頁、122巻1号1頁、2号1頁、3号32頁(1987);渕圭吾「適性所得算出説を読む」金子宏編『租税法の発展』209頁(有斐閣、2010);増井良啓『結合企業課税の理論』(東京大学出版会、2002)等。

an 最高裁判所第三小法廷平成16年(行ヒ)第128号 平成18年1月24日判決
       主   文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
       理   由
第1 事案の概要
1 本件は,上告人がオランダにおいて設立した100%出資の子会社であるA社が,その発行済株式総数の15倍の新株を上告人の関連会社であるB社に著しく有利な価額で発行したことに関して,被上告人が,上告人の有するA社株式の資産価値のうち上記新株発行によってB社に移転したものを,上告人のB社に対する寄附金と認定して,上告人の平成6年10月1日から同7年9月30日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)の法人税の増額更正及びこれに係る過少申告加算税賦課決定をしたことから,上告人が,上記更正のうち申告額を超える部分及び上記賦課決定(以下「本件各処分」という。)の取消しを求める事案である。
2 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)上告人は,平成3年9月,その保有するC放送株式会社(以下「テレビC」という。)株式3559株,株式会社D放送(以下「D放送」という。)株式15万株及び現金を出資して,オランダにおいて100%出資の子会社であるA社を設立し,同社の株式200株の発行を受けた。同社は,持株会社としての活動,融資,投資等を目的としていたが,事業所や従業員を有しないいわゆるペーパーカンパニーである。
(2)財団法人Eは,平成7年2月当時,上告人の発行済株式の49.6%を保有する筆頭株主であったが,同月13日,オランダにおいて100%出資の子会社であるB社を設立した。当時,Fは,上告人の取締役相談役,財団法人Eの理事長,A社の代表取締役及びB社の取締役であり,Gは,上告人の代表取締役,財団法人Eの評議員,A社の代表取締役及びB社の取締役であった。
(3)A社は,平成7年2月13日,株主総会において,300万ギルダー増資し,発行する3000株(1株の額面金額1000ギルダー)全部を303万0303ギルダー(1ギルダー58.17円換算で1億7627万2725円相当)でB社に割り当てる旨の決議をし,その払込みを受けて同社に上記3000株を発行した。これにより,同社は,A社の発行済株式の93.75%を保有するに至り,一方,上告人のA社に対する持株割合は,100%から6.25%に減少した。この持株割合の変化は,上記各法人,その役員等が意思を相通じた結果であり,上告人は,B社との合意に基づき,A社の資産につき株主として保有する持分93.75%を失い,B社がこれを取得した。これにより,A社の増資前の資産価値の100%と増資後の資産価値の6.25%との差額が,上告人からB社に移転したが,その移転について,上告人がB社から対価を得ることはなかった。
(4)平成7年2月当時,D放送は,株式会社Hテレビジョン(以下「Hテレビ」という。)株式1万0020株及びオランダ法人であるI社の株式200株を保有し,I社は,Hテレビ株式4500株を保有していた。また,当時,A社,テレビC,D放送,I社及びHテレビの各株式は,非上場株式であり,気配相場や独立当事者間の適当な売買実例がなく,その公開の途上になく,各社と事業の種類や収益の状況等において類似する法人はなかった。
(5)国税庁長官の発出した昭和44年5月1日付け直審(法)25「法人税基本通達」(平成12年課法2−7による改正前のもの)9−1−14(4)は,「売買実例のあるもの」,「公開途上にある株式で,当該株式の上場又は登録に際して株式の公募又は売出しが行われるもの」及び「売買実例のないものでその株式を発行する法人と事業の種類,規模,収益の状況等が類似する他の法人の株式の価額があるもの」に該当しない非上場株式で気配相場のないものにつき,法人税法(平成17年法律第21号による改正前のもの)33条2項の規定を適用する場合の事業年度終了の時における当該株式の価額は,「当該事業年度終了の日又は同日に最も近い日におけるその株式の発行法人の事業年度終了の時における1株当たりの純資産価額等を参酌して通常取引されると認められる価額」によるものとしている。そして,同通達9−1−15は,法人が非上場株式で気配相場のないもの(「売買実例のあるもの」及び「公開途上にある株式で,当該株式の上場又は登録に際して株式の公募又は売出しが行われるもの」を除く。)について同項の規定を適用する場合において,事業年度終了の時における当該株式の価額につき,国税庁長官の発出した昭和39年4月25日付け直資56,直審(資)17「財産評価基本通達」の178から189−6までの例によって算定した価額によっているときは,課税上弊害がない限り,所定の条件を付してこれを認めるものとし,この条件の一つとして,財産評価基本通達(平成12年課評2−4,課資2−249による改正前のもの)185本文に定める1株当たりの純資産価額の計算に当たり,当該株式の発行会社が有する土地を相続税路線価ではなく時価により評価するものとしている。
(6)取引相場のない株式の価額について,財産評価基本通達(平成10年課評2−10,課資2−264による改正前のもの)178本文,179は,評価しようとする株式の発行会社(以下「評価会社」という。)を大会社,中会社及び小会社に区分し,類似業種比準価額による評価(以下「類似業種比準方式」という。),1株当たりの純資産価額(相続税評価額によって計算した金額)による評価等を定めているが,同通達178ただし書,財産評価基本通達(平成15年課評2−15,課資2−5,課審5−9による改正前のもの)188,財産評価基本通達(平成12年課評2−4,課資2−249による改正前のもの)188−2は,「同族株主以外の株主等が取得した株式」については,配当還元価額による評価(以下「配当還元方式」という。)によるものとしている。
(7)財産評価基本通達(平成12年課評2−4,課資2−249による改正前のもの)185は,上記の1株当たりの純資産価額を,課税時期における各資産を同通達に定めるところにより評価した価額の合計額から課税時期における各負債の金額の合計額及び財産評価基本通達(平成10年課評2−5,課資2−240による改正前のもの)186−2により計算した評価差額に対する法人税額等に相当する金額(以下「法人税額等相当額」という。)を控除した金額を課税時期における発行済株式数で除して計算した金額とすると定めている。そして,同通達186−2は,法人税額等相当額を,「課税時期における各資産をこの通達に定めるところにより評価した価額の合計額(中略)から課税時期における各負債の金額の合計額を控除した金額」から「各資産の帳簿価額の合計額(中略)から課税時期における各負債の金額の合計額を控除した金額」を控除した残額に51%を乗じて計算した金額とすると定めている。
 なお,財産評価基本通達(平成11年課評2−12,課資2−271による改正前のもの)186−3は,評価会社について上記の1株当たりの純資産価額を算定するに当たって,評価会社が取引相場のない株式を保有する場合には,同株式の1株当たりの純資産価額の算定において法人税額等相当額を控除しないことを定めている。
(8)財産評価基本通達(平成15年課評2−15,課資2−5,課審5−9による改正前のもの)188(1)は,配当還元方式により評価すべき「同族株主以外の株主等が取得した株式」の一つとして,「同族株主のいる会社の株主のうち,同族株主以外の株主の取得した株式」を挙げ,この同族株主とは,評価会社の株主のうち,株主の1人及びその同族関係者(法人税法施行令(平成15年政令第131号による改正前のもの)4条に規定する特殊の関係のある個人又は法人をいう。以下同じ。)の有する株式の合計数がその会社の発行済株式数の30%(評価会社の株主のうち,株主の1人及びその同族関係者の有する株式の合計数が最も多いグループの有する株式の合計数が,その会社の発行済株式数の50%以上である会社にあっては,50%)以上である場合におけるその株主及びその同族関係者をいうものとしている。
3 原審は,上記事実関係等の下において,次のとおり本件各処分に違法はないと判断して,上告人の請求を棄却した。
(1)法人税法22条2項にいう取引とは,関係者間の意思の合致に基づいて生じた法的及び経済的な結果を把握する概念と解される。上告人は,B社との合意に基づき,A社の資産につき株主として有する持分93.75%を喪失し,B社がこれを取得したから,上告人とB社との合意により,上告人の保有するA社株式200株が表章していた資産価値の相当部分(同社の増資前の資産価値の100%と増資後の資産価値の6.25%との差額)がB社に移転したものということができる。これは,同項に定める無償による資産の譲渡又はその他の取引に当たり,上記のとおり移転した資産価値は,上告人の本件事業年度の益金の額に算入される。
(2)A社株式は,非上場株式であり,気配相場や独立当事者間の適当な売買実例がなく,その公開の途上になく,同社と事業の種類や収益の状況等において類似する法人はなかった。そして,同社は,含み益を有する土地を所有するテレビC及びD放送の各株式を保有しているから,A社株式の価額を財産評価基本通達に定める評価方法の例によって算定することには,課税上弊害がある。したがって,同株式については,法人税基本通達(平成12年課法2−7による改正前のもの)9−1−14(4)により,時価純資産価額方式(資産及び負債を時価により評価して純資産価額を算出し,1株当たりの価額を算出する方法)により評価すべきである(なお,法人税額等相当額は控除しない。)。
(3)A社が保有するテレビC株式及びD放送株式,D放送が保有するI社株式並びにD放送及びI社がそれぞれ保有するHテレビ株式は,非上場株式であり,気配相場や独立当事者間の適当な売買実例がなく,その公開の途上になく,各社と事業の種類や収益の状況等において類似する法人はなかった。その評価は,A社株式と同様,法人税基本通達(平成12年課法2−7による改正前のもの)9−1−14(4)に基づき、時価純資産価額方式によるべきである。なお,本件においては,企業の継続を前提とした客観的交換価値を求めるのであるから,日本法人であるテレビC,D放送及びHテレビの各株式の1株当たりの純資産価額の算定においても,法人税額等相当額を控除しないのが相当である。
(4)上記(2)及び(3)の評価方法により評価したA社の純資産価額を基に,上告人からB社に移転したA社の資産価値を算定すると,255億7926万6285円となるから,上告人は,本件事業年度において,同額の収益を得るとともに,B社に対する同額の寄附金を支出したものというべきである。
第2 上告代理人山田二郎の上告受理申立て理由第1について
 論旨は,原審の上記第1の3(1)の判断に法人税法22条2項の解釈適用の誤りがある旨をいう。
 前記事実関係等によれば,上告人は,A社の唯一の株主であったというのであるから,第三者割当により同社の新株の発行を行うかどうか,だれに対してどのような条件で新株発行を行うかを自由に決定することができる立場にあり,著しく有利な価額による第三者割当増資を同社に行わせることによって,その保有する同社株式に表章された同社の資産価値を,同株式から切り離して,対価を得ることなく第三者に移転させることができたものということができる。そして,上告人が,A社の唯一の株主の立場において,同社に発行済株式総数の15倍の新株を著しく有利な価額で発行させたのは,上告人のA社に対する持株割合を100%から6.25%に減少させ,B社の持株割合を93.75%とすることによって,A社株式200株に表章されていた同社の資産価値の相当部分を対価を得ることなくB社に移転させることを意図したものということができる。また,前記事実関係等によれば,上記の新株発行は,上告人,A社,B社及び財団法人Eの各役員が意思を相通じて行ったというのであるから,B社においても,上記の事情を十分に了解した上で,上記の資産価値の移転を受けたものということができる。  以上によれば,上告人の保有するA社株式に表章された同社の資産価値については,上告人が支配し,処分することができる利益として明確に認めることができるところ,上告人は,このような利益を,B社との合意に基づいて同社に移転したというべきである。したがって,この資産価値の移転は,上告人の支配の及ばない外的要因によって生じたものではなく,上告人において意図し,かつ,B社において了解したところが実現したものということができるから,法人税法22条2項にいう取引に当たるというべきである。
 そうすると,上記のとおり移転した資産価値を上告人の本件事業年度の益金の額に算入すべきものとした原審の判断は,是認することができる。論旨は,採用することができない。
第3 上告代理人山田二郎の上告受理申立て理由第2について
1 論旨は,原審の上記第1の3(3)の判断のうちD放送,Hテレビ及びテレビCの各株式の評価方法に関する部分並びに同(4)の判断に法人税法22条2項の解釈適用の誤りがある旨をいい,〔1〕D放送株式については時価純資産価額方式(法人税額等相当額は控除する。)により評価すべきであること,〔2〕Hテレビ株式については,配当還元方式により評価すべきであり,時価純資産価額方式により評価するとしても,法人税額等相当額を控除すべきであること,〔3〕テレビC株式については,配当還元方式又は類似業種比準方式により評価すべきであり,時価純資産価額方式により評価するとしても,法人税額等相当額を控除すべきであること,以上を主張する。
2 A社の保有するD放送株式の評価方法について
 法人税基本通達(平成12年課法2−7による改正前のもの)9−1−14(4)は,法人税法(平成17年法律第21号による改正前のもの)33条2項の規定を適用して非上場株式で気配相場のないものについて評価損を計上する場合に,当該株式に売買実例がなく,その公開の途上になく,その発行法人と事業の種類,規模,収益の状況等が類似する法人がないときは,事業年度終了の時における当該株式の価額は,当該事業年度終了の日又は同日に最も近い日におけるその株式の発行法人の事業年度終了の時における1株当たりの純資産価額等を参酌して通常取引されると認められる価額による旨を定めている。もっとも,このような一般的,抽象的な評価方法の定めのみに基づいて株式の価額を算定することは困難であり,他方,財産評価基本通達の定める非上場株式の評価方法は,相続又は贈与における財産評価手法として一般的に合理性を有し,課税実務上も定着しているものであるから,これと著しく異なる評価方法を法人税の課税において導入すると,混乱を招くこととなる。このような観点から,法人税基本通達(平成12年課法2−7による改正前のもの)9−1−15は,財産評価基本通達の定める非上場株式の評価方法を,原則として法人税課税においても是認することを明らかにするとともに,この評価方法を無条件で法人税課税において採用することには弊害があることから,1株当たりの純資産価額の計算に当たって株式の発行会社の有する土地を相続税路線価ではなく時価で評価するなどの条件を付して採用することとしている。したがって,財産評価基本通達(平成12年課評2−4,課資2−249による改正前のもの)185が定める1株当たりの純資産価額の算定方式を法人税課税においてそのまま採用すると,相続税や贈与税との性質の違いにより課税上の弊害が生ずる場合には,これを解消するために修正を加えるべきであるが,このような修正をした上で同通達所定の1株当たりの純資産価額の算定方式にのっとって算定された価額は,一般に通常の取引における当事者の合理的意思に合致するものとして,法人税基本通達(平成12年課法2−7による改正前のもの)9−1−14(4)にいう「1株当たりの純資産価額等を参酌して通常取引されると認められる価額」に当たるというべきである。そして,このように解される同通達9−1−14(4),9−1−15の定めは,法人の収益の額を算定する前提として株式の価額を評価する場合においても合理性を有するものとして妥当するというべきである。
 ところで,財産評価基本通達(平成12年課評2−4,課資2−249による改正前のもの)185が,1株当たりの純資産価額の算定に当たり法人税額等相当額を控除するものとしているのは,個人が財産を直接所有し,支配している場合と,個人が当該財産を会社を通じて間接的に所有し,支配している場合との評価の均衡を図るためであり,評価の対象となる会社が現実に解散されることを前提としていることによるものではない。したがって,営業活動を順調に行って存続している会社の株式の相続及び贈与に係る相続税及び贈与税の課税においても,法人税額等相当額を控除して当該会社の1株当たりの純資産価額を算定することは,一般的に合理性があるものとして,課税実務の取扱いとして定着していたものである。
 法人税基本通達については,平成12年課法2−7による改正により,法人税課税における1株当たりの純資産価額の評価に当たり法人税額等相当額を控除しないことが規定されるに至ったのであって,この改正前の平成7年2月ころに,財産評価基本通達(平成12年課評2−4,課資2−249による改正前のもの)185が定める1株当たりの純資産価額の算定方式のうち法人税額等相当額を控除する部分が,法人税課税における評価に当てはまらないということを関係通達から読み取ることは,一般の納税義務者にとっては不可能である。取引相場のない株式の取引は,法人税額等相当額を控除した純資産価額を上回る価額でされることもあり得るが,一般にその取引の当事者は上記関係通達の定める評価方法に関心を有するものであり,その評価方法が取引の実情に影響を与え得るものであったことは否定し難く,これとかけ離れたところに取引通念があったということはできない。
 したがって,企業の継続を前提とした株式の評価を行う場合であっても,法人税額等相当額を控除して算定された1株当たりの純資産価額は,平成7年2月当時において,一般には通常の取引における当事者の合理的意思に合致するものとして,法人税基本通達(平成12年課法2−7による改正前のもの)9−1−14(4)にいう「1株当たりの純資産価額等を参酌して通常取引されると認められる価額」に当たるというべきである。このように解釈される上記「1株当たりの純資産価額等を参酌して通常取引されると認められる価額」によって株式の価額を評価し,これを前提に法人の収益の額を算定することは,法人税法の解釈として合理性を有するということができる。
 そうであるとすると,平成7年2月当時におけるD放送の1株当たりの純資産価額の評価において,企業の継続を前提とした価額を求める場合であることのみを根拠として,法人税額等相当額を控除することが不合理であって通常の取引における当事者の合理的意思に合致しないものであるということはできず,他に上記控除が上記の評価において著しく不合理な結果を生じさせるなど課税上の弊害をもたらす事情がうかがわれない本件においては,これを控除して1株当たりの純資産価額を評価すべきである。
 これと異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。D放送株式の評価方法の違法をいう論旨は,この趣旨をいうものとして理由がある。
3 D放送及びI社が保有するHテレビ株式の評価方法について
(1)法人税基本通達(平成12年課法2−7による改正前のもの)9−1−15は,前記のとおり課税上弊害がない限りなどと留保を付した上で,財産評価基本通達の定める非上場株式の評価方法を法人税課税においても採用している。
前記事実関係等によれば,平成7年2月当時,Hテレビ株式は,非上場株式であり,気配相場や独立当事者間の適当な売買実例がなく,その公開の途上になく,同社と事業の種類や収益の状況等において類似する法人がなかったというのである。そして,原審における上告人の主張によれば,そのころのHテレビの株主の持株比率は,その筆頭株主が51.1%ないし45.6%であり,D放送及びその同族関係者に当たるI社が合計28.4%であり,したがって,Hテレビに対する関係において,上記筆頭株主は財産評価基本通達(平成15年課評2−15,課資2−5,課審5−9による改正前のもの)188(1)にいう同族株主に当たるが,D放送及びI社は同族株主に当たらないというのである。そうであるとすれば,D放送及びI社が保有するHテレビ株式は,同通達188(1)にいう「同族株主のいる会社の株主のうち,同族株主以外の株主の取得した株式」に該当し,同通達188,財産評価基本通達(平成12年課評2−4,課資2−249による改正前のもの)188−2においては配当還元方式により評価すべきこととなる。同通達が,上記株式の評価を配当還元方式によることとしているのは,少数株主が取得した株式については,株主は単に配当を期待するにとどまるという実質を考慮したものである。
 もっとも,上告人の主張するD放送及びI社の合計持株比率は,同族株主に該当するかどうかの基準である30%を下回り,筆頭株主の持株比率に劣るものの,その割合は低いものではないから,事業経営への影響力の実情によっては,D放送及びI社が単に配当を期待してHテレビ株式を保有していたと評価するのが適当でないこともあると考えられ,そうであるとすれば,本件において同株式を配当還元方式により評価することが著しく不合理な結果を生じさせるなど課税上の弊害をもたらす場合もあると考えられる。
 ところが,原審は,上記の持株比率や課税上の弊害について何ら審理判断することなく,Hテレビ株式を法人税基本通達(平成12年課法2−7による改正前のもの)9−1−14(4)に基づき時価純資産価額方式により評価すべきであるという結論を導いている。
 したがって,原審の上記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。Hテレビ株式の評価方法の違法をいう論旨は,この趣旨をいうものとして理由がある。
(2)仮にD放送及びI社が保有するHテレビ株式を配当還元方式により評価することに前記の課税上の弊害があるとすれば,法人税基本通達(平成12年課法2−7による改正前のもの)9−1−14(4)に基づき時価純資産価額方式により評価すべきことになる。この場合には,財産評価基本通達(平成11年課評2−12,課資2−271による改正前のもの)186−3の趣旨が妥当するところ,前記のとおり,D放送の純資産価額の算定において法人税額等相当額を控除するのであるから,Hテレビの純資産価額については,重ねて法人税額等相当額を控除することなく算定すべきである。
4 A社が保有するテレビC株式の評価方法について
(1)前記事実関係等によれば,平成7年2月当時,テレビC株式は,非上場株式であり,気配相場や独立当事者間の適当な売買実例がなく,その公開の途上になく,同社と事業の種類や収益の状況等において類似する法人がなかったというのである。そして,原審における上告人の主張によれば,そのころのテレビCの株主の持株比率は,その筆頭株主のグループが38.3%であり,A社及びその同族関係者が合計21.4%であり,したがって,テレビCに対する関係において,上記グループの株主は財産評価基本通達(平成15年課評2−15,課資2−5,課審5−9による改正前のもの)188(1)にいう同族株主に当たるが,A社は同族株主に当たらないというのである。そうであるとすれば,同社が保有するテレビC株式は,同通達188(1)にいう「同族株主のいる会社の株主のうち,同族株主以外の株主の取得した株式」に該当し,同通達188,財産評価基本通達(平成12年課評2−4,課資2−249による改正前のもの)188−2においては配当還元方式により評価すべきこととなる。
 もっとも,記録によれば,〔1〕上告人は,平成7年3月1日,100%出資の子会社である株式会社Jを設立したこと,〔2〕上告人は,同月13日,株式会社Jに対し,テレビC株式1242株を1株当たり540万円で譲渡したこと,〔3〕同価額は,上告人が株式会社Kに依頼して評価させた同月1日時点の同株式の時価純資産価額方式による評価額を基に算定されたこと,〔4〕上告人の主要株主である財団法人Lは,同月24日,株式会社Jに対し,テレビC株式335株を1株当たり540万円で譲渡したこと,以上の事実は当事者間に争いがなく,また,上記評価額は,法人税額等相当額を控除することなく算定されたことがうかがわれる。そうであるとすれば,上記のテレビC株式の各売買において譲渡価額が1株当たり540万円とされたのが,同株式を時価よりも高額で売買するという特別の目的によるものでない限り,上記各売買の当事者は,同株式を配当還元方式により評価するよりも時価純資産価額方式(法人税額等相当額を控除しない。)による方が適切であること,すなわち,同株式の価額を単に配当を期待して株式を保有する株主に妥当する配当還元方式によっては適正に評価することができないことを認識していたものというべきである。そうすると,上記各売買に近接した時期における上告人の100%出資の子会社であるA社の認識も同様であった可能性があり,同社の認識がそのようなものであるとすれば、本件において同社の保有するテレビC株式を配当還元方式により評価することが著しく不合理な結果を生じさせるなど課税上の弊害をもたらす場合もあると考えられる。
ところが,原審は,上記の持株比率や課税上の弊害について何ら審理判断することなく,テレビC株式を法人税基本通達(平成12年課法2−7による改正前のもの)9−1−14(4)に基づき時価純資産価額方式により評価すべきであるという結論を導いている。なお,原審は,テレビCが含み益を有する土地を所有することを摘示しているが,このことは,相続税基本通達にのっとり,同土地の相続税路線価を基に算定した1株当たりの純資産価額によってテレビC株式を評価することを不合理とする理由とはなるが,配当還元方式による評価を直ちに不合理とするものではない。
 したがって,原審の上記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。テレビC株式の評価方法の違法をいう論旨は,この趣旨をいうものとして理由がある。
(2)仮にA社が保有するテレビC株式を配当還元方式により評価することに前記の課税上の弊害があるとすれば,前記のとおり,テレビCと事業の種類や収益の状況等において類似する法人がなかったというのであるから,同株式を類似業種比準方式により評価するのは相当でなく,法人税基本通達(平成12年課法2−7による改正前のもの)9−1−14(4)に基づき時価純資産価額方式により評価すべきことになる。この場合には,法人税額等相当額を控除することが通常の取引における当事者の合理的意思に合致しないものであるかどうか,ひいては,前記の課税上の弊害があるかどうかを判断するために,前記の上告人又はその主要株主と上告人の子会社との間におけるテレビC株式の各売買からうかがわれる関係者の同株式の価額についての認識等を審理すべきである。
第4 結論
 以上によれば,原判決は破棄を免れない。そして,Hテレビ株式及びテレビC株式の評価方法に関して上記各点を審理するとともに,D放送株式を時価純資産価額方式(法人税額等相当額は控除する。)により評価し,これらに基づいてA社の純資産価額,同社の資産価値のうちB社に移転した額及びこれを前提とした上告人の納付すべき税額を算定させるため,本件を原審に差し戻すこととする。

ao 登録免許税震災特例事件・神戸地判平成12年3月28日 第四 当裁判所の判断
一 争点1(本件拒否通知の取消しを求める訴えは適法か[登録免許税法三一条二項の還付通知請求に対する還付通知をしない旨の通知の行政処分性])について
 登録免許税の納税義務は登記の時に成立し(国税通則法一五条二項一四号)納税義務の成立と同時に特別の手続を要しないで納付すべき税額が確定する(同条三項六号。いわゆる自動確定の国税)。
 このように、登録免許税はその税額が公定力をもって確定されるわけではないので、還付通知請求(登録免許税法三一条二項)に対する還付通知(同条一項)や還付通知をしない旨の通知は、単に還付の事務を円滑ならしめるための登記官の認識の表示にすぎず、過誤納税額の還付請求権者の法律的地位を変動させる法的効果を有するものではないと解されるから、これをもって行政処分ということはできない。
 この点に関し、被告登記官は、右還付通知をしない旨の通知は還付通知請求権を否定する点に公定力を有する行政処分である旨主張するが、登録免許税法が、同法三一条二項の還付通知請求について、登記官の応答義務を規定していないこと等にかんがみれば、採用することができない。
 以上のとおり登録免許税法三一条二項の還付通知請求に対する還付通知をしない旨の通知は取消訴訟の対象となる行政処分とはいえないから、本件拒否通知の取消しを求める訴えは不適法である。
 したがって、争点2については判断する必要がない。
二 争点3(登録免許税法三一条二項の還付通知請求に対する還付通知をしない旨の通知が存しても、登録免許税の納付につき法律上の原因を欠くことを理由として、直接不当利得の返還を求めることができるか)について
 登録免許税は前記一説示のとおりいわゆる自動確定の国税であるところ、いわゆる自動確定の国税については、申告納税方式又は賦課課税方式をとる国税(国税通則法一六条一項、二項参照)の場合と異なり、その納付が実体法上理由を欠くときには、納付された税額は当然に誤納金となり、当該納付をした者は、当該誤納金の還付請求権(公法上の不当利得返還請求権)を取得するものと解するのが相当である。
 還付通知請求(登録免許税法三一条二項)に対する還付通知(同条一項)や還付通知をしない旨の通知は、前記一説示のとおり単に還付の事務を円滑ならしめるための登記官の認識の表示にすぎないと解されるから、還付通知をしない旨の通知(本件拒否通知)がされても、右取得した誤納金の還付請求権に消長を来すものではないし、登録免許税の過誤納金について、登記等を受けた日から一年以内に還付通知請求をしない限り、その返還を求めることができなくなるとは解されない。また、直接不当利得の返還を求めた場合の還付加算金の起算日が法令上定められていないからといって、法律が直接不当利得返還請求をすることを禁じたものとも解されない。
 以上のように、登録免許税法三一条の規定は、登録免許税の納付につき法律上の原因を欠くことを理由として、当該誤納金について国に対し直接不当利得としてその返還を求めることを禁ずる趣旨のものではないと解するのが相当である。この点に関する被告国の主張は、採用することができない。
三 争点4(本件納付は法律上の原因を欠くものであるか[本件納付は誤納付に当たるか―登記申請時における被災証明書の添付は課税〔免税〕要件か])について
1 特例法三七条一項が「・・・登記については、大蔵省令で定めるところにより・・・受けるものに限り」という規定の仕方をしていること、登録免許税の納税義務は登記の時に成立し、納付すべき税額は納税義務の成立と同時に特別の手続を要しないで確定することからすると、右規定は、同条項により登録免許税の免除が受けられるのは、登録免許税が成立・確定する登記の時点で大蔵省令で定める手続に従って受ける登記であることを要する、すなわち、大蔵省令で定める手続に従った登記であることを免税要件とすることを定め、その手続的要件の内容を大蔵省令に委任しているものと一応解することができる。
2 しかしながら、右大蔵省令への委任は、以下のとおり租税法律主義に反し、効力を有しないというべきである。
 憲法の定める租税法律主義(憲法八四条)の原則からすれば、単に租税の種類や課税根拠等の基本的な事項が法律で定められるというだけでなく、納税義務者、課税物件、課税標準、税率等の実体的要件はもとより、賦課、納付、徴収の手続もまた、法律によって定められていなければならないと解される(最高裁判所昭和三〇年三月二三日大法廷判決・民集九巻三号三三六頁参照)。そして、このことは、特例法三七条一項のように、通常の課税要件よりも納税者に有利な特例措置を定めるものについても、同様に妥当すると解すべきである。
 もとより、かかる租税法律主義の原則の下においても、課税要件の下位規範への委任は認められると解すべきであるが、その場合にも、下位規範への委任は具体的・個別的であることを要するのであって、手続的課税要件の下位規範への委任については、単に課税の手続を課税要件とすること自体を法律で定めるのみでは足りず、どのような手続的課税要件の定めを下位規範に委任するかという、委任を受けた下位規範が定めるべき内容のよりどころとなるような基準まで定めていなければならないと解すべきである。けだし、手続的課税要件として想定される事項は、多様であり、単に手続を課税要件とするということ自体を法律で定めればよいとするのであれば、行政機関の無制限の裁量を認めるに等しく、租税法律主義の目的に反することになるからである。
 本件の特例法三七条一項においては、「・・・登記については、大蔵省令で定めるところにより平成七年四月一日から平成一二年三月三一日までの間に受けるものに限り、登録免許税を課さない。」と規定しているのみであり、どのような手続的課税要件の定めを大蔵省令に委任するかを判断するための手掛かりはない。
 他の法律の規定をみると、例えば、登録免許税法四条二項は、「・・・登記等(同表の第四欄に大蔵省令で定める書類の添附があるものに限る旨の規定がある登記等にあっては、当該書類を添附して受けるものに限る。)については、登録免許税を課さない。」、同法五条一項は、「・・・登記等(第四号又は第五号に掲げる登記又は登録にあっては、当該登記等がこれらの号に掲げる登記又は登録に該当するものであることを証する大蔵省令で定める書類を添付して受けるものに限る。)については、登録免許税を課さない。」、租税特別措置法四一条八項は、「第一項の規定は、確定申告書に、・・・大蔵省令で定めるところにより、当該金額の計算に関する明細書、登記簿の抄本その他の書類の添付がある場合に限り、適用する。」としていて、書類の添付を要するとする手続的課税要件自体は法律で定めた上、その添付すべき書類についての細目の定めを大蔵省令に委任することを定めているのである。
 なお、租税特別措置法中の他の規定において、特例法三七条一項と同様に「大蔵省令で定めるところにより・・・登記を受けるものに限り」というような規定の仕方をしているものが相当数あるが(七二条ないし七五条等)、だからといって、右のような規定がどのような手続的課税要件を下位規範に委任しているのかが明らかであるということにはならない。
 そうすると、特例法三七条一項は、どのような手続的課税要件を大蔵省令に委任しているのか明らかでなく、いわば白紙的に委任しているものというほかはないから、右委任は租税法律主義に反して無効であり、したがって、特例法施行規則二〇条一項の定める登記申請書への被災証明書の添付をもって課税(免税)要件とすることはできない
 特例法三七条一項による委任を受けた特例法施行規則二〇条一項が登記申請書への被災証明書の添付を要すると規定しているその内容自体は、合理的というべきであるが、法律によって白紙的委任を受けて定められた大蔵省令の内容が結果的に合理的であるからといって,このことから逆に法律による大蔵省令への白紙的委任が許されるということにはならない。
3 以上によれば、原告は、本件登記申請に際し特例法施行規則二〇条一項の定める被災証明書を添付しなかったとしても、登録免許税の免除を受けられないわけではないから、本件納付は誤納付に当たり、納付された税額は被告国がこれを保有する法律上の原因はないことになる。したがって、被告国は、原告に対し、右誤納付に係る登録免許税額七二万三〇〇〇円と同額を不当利得として返還すべき義務を負うといわなければならない。

大阪高判平成12年10月24日
一 争点3(登録免許税法三一条二項の還付通知請求に対する還付通知をしない旨の回答が存在しても、登録免許税の納付につき法律上の原因を欠くことを理由として、直接不当利得の返還を求めることができるか)について
 登録免許税法三一条二項の通知をすべき旨の請求に対し、登記機関がした通知をしない旨の回答は、請求人の登録免許税にかかる過誤納金返還請求権の不存在を確定する法的効果を有しないと解するべきである。その理由は次のとおりである。
1 登録免許税は、申告や行政庁の処分を要しないで、登記と同時に税額が確定する(国税通則法一五条二項一二号、三項五号)から、納税義務がないのに納付された登録免許税は納付の時点で直ちに過誤納金となり、税務署長はこれを返還せねばならず(同法五六条一項)、登記機関も納付者の請求がなくとも、その事実を税務署長に通知しなければならない(登録免許税法三一条一項)こととなっている。
 このことは過誤納金の有無が公権力で確定される構造とはなっていないことを示している。
2 登録免許税法三一条二項の請求は、登記機関に対し、税務署長に事実を通知すべき旨の請求であって、過誤納金を返還すべき旨の請求ではない。この点では所得税など申告納税方式を採っている税についての更正請求とは性格を異にしている。同項が登記を受けた者に右のような請求権を与えている以上、登記機関はその請求に応答すべき義務があるが、その請求を拒否する回答は、税務署長への通知を拒否する内容しか持たないのであって、同条の文言からすると、過誤納金返還請求権の不存在を確定する効力は持たないというほかはない。
 そうすると、右の回答があったことにより、被控訴人が国を相手に過誤納金返還請求をすることが妨げられるものではない。
二 争点1(本件拒否通知の取消しを求める訴えは適法か)
 右一判断のとおり、登録免許税法三一条二項の請求を拒否する回答は、法律に基づくものではあるが、その効力は国の機関の内部での通知を行わないというだけであって、被控訴人の過誤納金返還請求権の存否に影響を与えるものではないから、この回答に対して抗告訴訟を提起する利益は存しないというべきである。
 したがって、この回答の取消しを求める訴を却下した部分の原判決は正当である。控訴人登記官の控訴及び被控訴人の附帯控訴は理由がない。
三 争点4(本件納付は法律上の原因を欠くものであるか―本件納付は誤納付に当たるか―登記申請時における被災証明書の添付は免税要件か)について
 特例法施行規則二〇条一項は、特例法三七条一項の委任に基づくもので有効と解される。その理由は次のとおりである。
1 憲法八四条の定める租税法律主義は、課税が国民の財産権の侵害であることに鑑み、課税要件の全てと租税の賦課・徴収の手続は法律によって規定すべきことを明らかにしたものである(最高裁判所昭和三〇年三月二三日大法廷判決・民集九巻三号三三六頁、同昭和六〇年三月二七日大法廷判決・民集三九巻二号二四七頁参照)が、このことは、特例法三七条一項のように、通常の課税要件よりも納税者に有利な特例措置を定めるものについても、同様に妥当すると解するのが相当である。
 もっとも、租税関係の立法においても、課税要件及び租税の賦課・徴収に関する定めを政令・省令等に委任することは許されるが、憲法八四条の趣旨からすると、それは具体的・個別的委任に限られるのであり、一般的・白紙的委任は許されないと解するのが相当である。したがって、法律による委任は、その規定自体から委任の内容が一義的に明確でなければならないと解される。
2 特例法三七条一項は、「阪神・淡路大震災の被災者であって政令で定めるもの又はその者の相続人その他の政令で定める者が阪神・淡路大震災により滅失した建物又は当該震災により損壊したため取り壊した建物に代わるものとして新築又は取得をした建物で政令で定めるものの所有権の保存又は移転の登記については、大蔵省令で定めるところにより平成七年四月一日から平成一二年三月三一日までの間に受けるものに限り、登録免許税を課さない。」と規定している。
3 この「大蔵省令で定めるところにより登記を受けるものに限り」という表現からすると、書面主義が行われている登記手続の中では、一定の書面の添付を予定していると考えられる。そして、省令は主として純粋に手続的事項の定めしか置かないのが通常である。そうすると、特例法三七条一項の大蔵省令への委任は、一般的・白紙的に委任をしたものではなく、法律及び委任を受けた政令の定める免税の実体的要件を証明すべき添付書類の内容の定めに限り、大蔵省令に委任したものと解される
4 特例法施行規則二〇条一項により添付すべき証明書類は、本件の事案に即して言えば、特例法の定める「阪神・淡路大震災の被災者」、特例法施行令二九条一項の定める「阪神・淡路大震災によりその所有する建物に被害を受けた者であることにつき、市長から証明をうけた者」との要件を立証する書面であるから、右規則の定めはまさに法律の委任の範囲に属する合理性のある規定であり、有効であると解される。
5 被控訴人の指摘するとおり、登録免許税法四条二項、同法五条一項、租税特別措置法四一条八項は、免税の要件としての一定の書類の添付を、法律で定め、又はその書類の細目の定めを大蔵省令に委任する旨を定めている。
 しかし、右のように、法律が手続的課税要件の内容を明文で規定までしていなくとも、右3のように法律が委任内容を限定していると解される場合には、その範囲で定められた省令は有効というべきである。
6 なお、被控訴人は、特例法三七条一項には、例えば租税特別措置法七〇条五項のように、一定の書類の添付等をしない場合には適用しないというような明文の失権規定を欠いており、このような場合に、省令により失権効のある要件が定められているというような解釈は、租税法律主義に反すると主張するが、特例法三七条一項の規定自体から、登記手続上一定の書類を添付しない場合には、免税の利益を失うことが読み取れるというべきである。
7 弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、本件登記申請に際して、特例法施行規則二〇条一項所定の書類添付をしなかったことが認められる。したがって、本件納付が法律上の原因を欠く過誤納金であるとは認められない。
8 そうすると、被控訴人の控訴人国に対する請求は理由がない。よって、この請求を認容した部分の原判決を取消して、右請求を棄却することとする。

最判平成17年4月14日民集59巻3号491頁
1 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1)被上告人は,所有していた兵庫県西宮市日野町所在の建物が平成7年1月17日に発生した阪神・淡路大震災により損壊したため,上記建物を取り壊した。
(2)被上告人は,第1審判決別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を新築した。本件建物について平成9年12月2日付けで表示登記がされた。
(3)被上告人は,平成9年12月4日,本件建物について自分を登記名義人とする保存登記を申請し,登録免許税として本件建物の課税価格の1000分の6に相当する72万3000円を納付した。上告人は,同日,第1審判決別紙登記目録記載の保存登記をした。
(4)被上告人は,上告人に対し,平成10年3月4日到達の書面で,登録免許税法(平成14年法律第152号による改正前のもの。以下同じ。)31条2項に基づき,阪神・淡路大震災の被災者等に係る国税関係法律の臨時特例に関する法律(平成11年法律第160号による改正前のもの)37条1項所定の登録免許税の免税措置が適用されることを理由に,所轄税務署長に対して登録免許税法31条1項の通知をすべき旨の請求をした。
(5)上告人は,被上告人に対し,平成10年3月14日到達の書面で,登録免許税の過誤納がなく,所轄税務署長に対して登録免許税法31条1項の通知をすることはできない旨の通知(以下「本件拒否通知」という。)をした。
2 本件は,被上告人が,上告人に対し,本件拒否通知の取消しを請求する事案である。
3 原審は,本件拒否通知が抗告訴訟の対象となる行政処分に当たらないとして,本件訴えを却下すべきものとした。
4 しかしながら,本件拒否通知が抗告訴訟の対象となる行政処分に当たらないとした原審の判断は,是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)登録免許税については,納税義務は登記の時に成立し,納付すべき税額は納税義務の成立と同時に特別の手続を要しないで確定する(国税通則法(平成11年法律第10号による改正前のもの。以下同じ。)15条2項14号,3項6号)。そこで,登録免許税の納税義務者は,過大に登録免許税を納付して登記等を受けた場合には,そのことによって当然に還付請求権を取得し,同法56条,74条により5年間は過誤納金の還付を受けることができるのであり(登録免許税法31条6項4号参照),その還付がされないときは,還付金請求訴訟を提起することができる。
 この点につき登録免許税法31条1項は,同項各号のいずれかに該当する事実があるときは,登記機関が職権で遅滞なく所轄税務署長に過誤納金の還付に関する通知をしなければならないことを規定している。これは,登録免許税については,登記等をするときに登記機関がその課税標準及び税額の認定をして登録免許税の額の納付の事実の確認を行うこととしていることに対応する規定であり、登記機関が職権で所轄税務署長に対して過誤納金の存在及びその額を通知することとし,これにより登録免許税の過誤納金の還付が円滑かつ簡便に行われるようにすることを目的とする。そして,同条2項は,登記等を受けた者が登記機関に申し出て上記の通知をすべき旨の請求をすることができることとし,登記等を受けた者が職権で行われる上記の通知の手続を利用して簡易迅速に過誤納金の還付を受けることができるようにしている。
 同条1項及び2項の趣旨は,上記のとおり,過誤納金の還付が円滑に行われるようにするために簡便な手続を設けることにある。同項が上記の請求につき1年の期間制限を定めているのも,登記等を受けた者が上記の簡便な手続を利用するについてその期間を画する趣旨であるにすぎないのであって,当該期間経過後は還付請求権が存在していても一切その行使をすることができず,登録免許税の還付を請求するには専ら同項所定の手続によらなければならないこととする手続の排他性を定めるものであるということはできない。
 このように解さないと,税務署長が登記等を受けた者から納付していない登録免許税の納付不足額を徴収する場合には,国税通則法72条所定の国税の徴収権の消滅時効期間である5年間はこれを行うことが可能であるにもかかわらず,登録免許税の還付については,同法74条所定の還付金の消滅時効期間である5年間が経過する前に,1年の期間の経過によりその還付を受けることができなくなることとなり,納付不足額の徴収と権衡を失するものといわざるを得ない。
 なお,申告納税方式の国税については,納税義務者が,自己の管理,支配下において生じた課税の根拠等となる事実に基づき,自己の責任で行う確定申告により納付すべき税額が確定するという原則が採られているため,納税申告書に記載した課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったこと又は当該計算に誤りがあったことにより,当該申告書の提出により納付すべき税額が過大であるときなどには,当該申告書に係る国税の法定申告期限から1年以内に限り,税務署長に対し,更正をすべき旨の請求をすることができるのであって,上記期間を超えて上記の請求をすることができるのはやむを得ない理由がある場合に限られることとされている(国税通則法23条1項及び2項)。これは,申告納税方式の下では,自己の責任において確定申告をするために,その誤りを是正するについて法的安定の要請に基づき短期の期間制限を設けられても,納税義務者としてはやむを得ないことであるということができるからである。これに対し,登録免許税は,納税義務は登記の時に成立し,納付すべき税額は納税義務の成立と同時に特別の手続を要しないで確定するのであるから,登録免許税法31条2項所定の請求は,申告納税方式の国税について定める国税通則法23条所定の更正の請求とはその前提が異なるといわざるを得ず,これらを同列に論ずることはできない。
 ちなみに,同法70条は,申告納税方式の国税について行うことがある更正,決定等について所定の場合に応じた期間制限を定めているのであり,更正については,偽りその他不正の行為により税額を免れたような場合を除くと,その更正に係る国税の法定申告期限から3年を経過した日以後においては,更正をすることができないこととしている(同条1項)。
 以上のとおり,登録免許税法31条2項は,登録免許税の還付を請求するには専ら上記の請求の手続によるべきであるとする手続の排他性を規定するものということはできない。したがって,登記等を受けた者は,過大に登録免許税を納付した場合には,同項所定の請求に対する拒否通知の取消しを受けなくても,国税通則法56条に基づき,登録免許税の過誤納金の還付を請求することができるものというべきである。
 そうすると,同項が登録免許税の過誤納金の還付につき排他的な手続を定めていることを理由に,同項に基づく還付通知をすべき旨の請求に対してされた拒否通知が抗告訴訟の対象となる行政処分に当たると解することはできないといわざるを得ない。
(2)しかしながら,上述したところにかんがみると,登録免許税法31条2項は,登記等を受けた者に対し,簡易迅速に還付を受けることができる手続を利用することができる地位を保障しているものと解するのが相当である。そして,同項に基づく還付通知をすべき旨の請求に対してされた拒否通知は,登記機関が還付通知を行わず,還付手続を執らないことを明らかにするものであって,これにより,登記等を受けた者は,簡易迅速に還付を受けることができる手続を利用することができなくなる。そうすると,上記の拒否通知は,登記等を受けた者に対して上記の手続上の地位を否定する法的効果を有するものとして,抗告訴訟の対象となる行政処分に当たると解するのが相当である。
5 以上述べたところと異なる見解に立って本件訴えを不適法として却下すべきものとした原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があるものといわざるを得ない。しかしながら,被上告人は,国を相手方とし,前記のとおり納付した登録免許税の還付請求に係る訴えを本件訴えに併合して提起したところ,原審は,上記のとおり本件訴えを却下すべきものとするとともに,被上告人の国に対する還付請求についてはこれを棄却する旨の判決を言い渡し,同判決のうち上記の請求を棄却する部分が確定したことは記録上明らかであるから,被上告人が前記のとおり納付した登録免許税の還付を受けることができる地位にないことは既判力をもって確定されている。したがって,被上告人は,本件訴えにおいて本件拒否通知を取り消す旨の判決を得たとしても,これによって上記の還付を受けることができる地位を回復する余地はないから,本件訴えにつき訴えの利益を有するものとすることはできない。そうすると,本件訴えを不適法として却下すべきものとした原審の判断は,結論において是認することができる。論旨は,結局,採用することができない。
 よって,裁判官泉徳治の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
 裁判官泉徳治の反対意見は,次のとおりである。
 私は,登録免許税の過誤納金の還付は,登録免許税法31条2項の規定による請求及び当該請求が拒否された場合の拒否通知処分取消請求訴訟の手続によってのみ請求することができ,この手続によることなく不当利得として過誤納金の返還を請求することはできないと考える。その理由は,次のとおりである。
1 登録免許税については,納税義務は登記等の時に成立し,納付すべき税額は納税義務の成立と同時に特別の手続を要しないで確定するが,当該税額についての認識が関係者間で分かれる事態が生ずることは避けられない。そこで,登録免許税法は,特に,第3章で,登録免許税の「納付及び還付」の手続を定めている。その26条1項本文は,上記のような事態に備え,「登記機関は,登記等の申請書に記載された当該登記等に係る登録免許税の課税標準の金額若しくは数量又は登録免許税の額が国税に関する法律の規定に従っていなかったとき,その他当該課税標準の金額若しくは数量又は登録免許税の額がその調査したところと異なるときは,その調査したところにより認定した課税標準の金額若しくは数量又は登録免許税の額を当該登記等を受ける者に通知するものとする。」と規定している。すなわち,登録免許税法は,登記機関に対し,登録免許税の納付手続において課税標準及び税額を認定する権限を付与している。この認定権は,納付の手続のためのものであって,税額等を公定力をもって確定するものでないことはいうまでもないが,認定された税額を納付しない限り,例えば不動産登記手続においては登記申請が却下されることになるのである(旧不動産登記法(平成16年法律第123号による改正前のもの)49条9号)。そこで,登記等を受けようとする者は,却下を免れるためには,認定された税額を納付せざるを得ないが,登記機関の上記認定については,国税通則法75条1項5号の規定により国税不服審判所長に対し審査請求を行うことができることとされており(登録免許税法31条1項3号参照),登記機関の上記認定が行政処分であることは明らかである。そして,上記認定の取消しを求める訴えは,上記の審査請求に対する国税不服審判所長の裁決を経た後でなければ提起することができないのである(国税通則法115条1項)。
 登録免許税の還付の手続は,上記納付の手続と表裏の関係をなすものであり,還付の手続を定める登録免許税法31条は,登録免許税の過誤納金の有無及びその額についても,登記機関に認定権を付与した規定であると解される。この認定権も,還付の手続のためのものであって,過誤納金の有無及びその額を公定力をもって確定するものでないことはいうまでもないが,登録免許税法31条2項は,登記等を受けた者が登録免許税に係る過誤納金の還付を受けようとする場合は,当該登記等を受けた日から1年を経過する日までに,その旨を登記機関に申し出て,登記機関の認定を受けるべきことを要求していると解すべきである。そして,この登記機関の過誤納金に係る認定についても,国税通則法75条1項5号の規定により国税不服審判所長に対し審査請求ができると解され,現に実務ではそのような運用がなされているところである。したがって,過誤納金に係る登記機関の認定の取消しを求める訴えは,上記の審査請求に対する国税不服審判所長の裁決を経た後でなければ提起することができないのである(国税通則法115条1項)。
 以上のように,登録免許税法は,登録免許税に係る過誤納金の還付を受ける場合の手続を定め,登記等の専門的行政機関である登記機関の認定を経ることを要求しており,また,国税通則法は,上記認定の取消しを求める訴えを提起するには,国税に関する専門的審査機関である国税不服審判所長の裁決を経ることを要求しているのであり,このことからすれば,両法の定める手続を経ず,直接に,不当利得として過誤納金の返還を請求することはできないと解すべきである。
2 登録免許税法31条2項は,上記のように,過誤納金の還付を受けようとする場合は,当該登記等を受けた日から1年を経過する日までに,登記機関に申し出ることを求めているが,これは,日常大量に反復して納付される登録免許税について,過誤納金の返還を消滅時効が完成するまでの5年間にわたり請求し得るとすることなく,1年以内に限って請求し得るとすることによって,登記等後の登録免許税をめぐる法律関係を早期に確定させようとする趣旨であって,不当利得としての過誤納金の返還を請求し得るとすると,同項が1年という期間制限を設けた意味がなくなるのである。
3 国税通則法58条1項3号及び同法施行令24条2項4号は,登録免許税法31条2項の規定により請求をすることができる登録免許税に係る過誤納金の還付については,当該請求があった日の翌日から起算して1月を経過する日の翌日からその還付のための支払決定の日までの期間の日数に応じ,還付金に年7.3%の割合を乗じて計算した金額を加算しなければならないと規定しているが,同法には,不当利得としての返還請求を想定した加算金に関する規定がない。このように,国税通則法も,登録免許税法31条2項の規定による請求を予定しているのである。そして,不当利得として過誤納金の返還を請求し得るとすると,国税通則法が,登録免許税法31条2項の請求による還付について,加算金を付する期間に上記のような1月以上の空白を設けていることの説明が困難である。
4 登録免許税に係る納付すべき税額は,納付義務の成立と同時に特別の手続を要しないで確定するが,そのことと,登録免許税に係る過誤納金の還付につき特別の手続によるべきことを規定することとは,何ら矛盾することではない。
5 また,還付金等に係る国に対する請求権は,その請求をすることができる日から5年間行使しないことによって,時効により消滅する(国税通則法74条1項)。この5年間においては,たとえ登録免許税法31条2項所定の1年の請求期間が経過しても,登記機関が自ら過誤納金を認定したときは,同条1項の規定に基づき税務署長に通知しなければならない。しかし,これは,あくまでも登記機関の職権に基づく行為であって,登記等を受けた者が上記5年間に不当利得として返還を請求できることを意味しない。登記等を受けた者としては,登録免許税法31条2項が規定する手続を踏むことが要求されるのである。同種のことは,申告納税方式の国税について,納税申告書を提出した者は法定申告期限から1年以内に限り更正の請求をすることができるが(国税通則法23条1項),税務署長等の職権による減額更正は法定申告期限から5年を経過する日まで行うことができる(同法70条2項1号)という制度の中にもみることができるのである。
6 もっとも,登録免許税法31条2項所定の1年の請求期間が経過しても,過誤納金の存在及びその額が登記機関の認定を待つまでもなく客観的に明白で,同条が定めた方法以外にその返還を請求することを許さないならば,納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合には,不当利得として返還の請求を認める余地もあるといえよう(最高裁昭和43年(オ)第314号同49年3月8日第二小法廷判決・民集28巻2号186頁,最高裁昭和52年(オ)第987号同53年3月16日第一小法廷判決・判例時報884号43頁,最高裁昭和38年(オ)第499号同39年10月22日第一小法廷判決・民集18巻8号1762頁)。しかし,本件では,このような特段の事情はなく,被上告人は登録免許税法31条2項所定の請求を行って,本件拒否通知の取消しを請求しているのであるから,取消請求に理由があるか否かを判断すれば足りるのである。
7 以上のとおり,被上告人の本件拒否通知取消請求の訴えは適法であり,訴えの利益も存するというべきであるが,原審の確定した事実によれば,取消請求は理由がないことが明らかであるので,同訴えに関する部分について,原判決を破棄し,第1審判決を取消して,被上告人の取消請求を棄却すべきであると考える。

ap 名古屋地判平成6年6月15日平成2(行ウ)5号訟月41巻9号2460頁棄却
第三 当裁判所の判断
 一 本件更正処分及び本件賦課決定処分の適法性について
  1 法三四条一項の合憲性について
   (一) 法三四条一項は、「内国法人がその役員に対して支給する報酬の額のうち不相当に高額な部分の金額として政令で定める金額は、その内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入しない」と規定しているが、右規定の趣旨は、役員報酬は役務の対価として企業会計上は損金に算入されるべきものであるところ、法人によっては実際は賞与に当たるものを報酬の名目で役員に給付する傾向があるため、そのような隠れた利益処分に対処し、課税の公正を確保しようとするところにある。そして、令六九条は、右規定を受けて「不相当に高額な部分の金額」を、支給した報酬の金額のうち、〈1〉当該役員の職務の内容、当該法人の収益及び使用人に対する給料の支給の状況、同種・類似規模の法人の役員報酬の支給の状況等に照らし相当であると認められる金額を超える部分の金額(一号)、又は、〈2〉定款の規定、株主総会の決議等により定められている役員報酬の限度額を超える部分の金額(二号)のいずれか多い金額であるとしている。
 したがって、法三四条一項の「不相当に高額な部分の金額」それ自体は不確定概念ではあるものの、法の趣旨によりその意義を明確になしうるものであり、しかも政令に定められた内容によって、その判断基準も客観的に明らかになっているといえるから、同条項は、憲法八四条の課税要件明確主義に反するものではないというべきである。
   (二) なお、原告は、令六九条一号の内容をもってしても、相当であると認められる金額の予測は不可能であるなどとして法三四条一項は憲法八四条に違反する、又は合憲限定解釈を必要とする旨主張するが、令六九条一号に定められた当該役員の職務の内容、当該法人の収益及び使用人に対する給料の支給の状況という判断基準は納税者自身において把握している事柄であり、同業種・類似規模の法人の役員報酬の支給状況(これが決定的基準でないことは、後記のとおりである。)についても入手可能な資料からある程度予測ができるものであるから、相当であると認められる金額を超える部分であるか否かは、申告時において納税者においても判断可能であるといえる。したがって、この点に関する原告の主張は、採用できない。
  2 本件更正処分の法三四条一項、令六九条適合性について
   (一) 令六九条一号(実質的基準)について
 (1) まず、令六九条一号に規定される「相当であると認められる金額を超える部分の金額」については、当該役員の職務の内容、当該法人の収益及び使用人に対する給料の支給の状況、同業種・類似規模の法人の役員報酬の支給の状況等に照らして定まる客観的相当額(ある役員の役務の対価として相当と認められる金額は一定額に限られるものではないから、ここにいう額は、その性質上、相当と認められる金額中の最高額を意味することになる。)を超える部分の金額が、これに当たるというべきである。そして、右客観的相当額の算定については、令六九条一号に規定する事項を総合考慮して、当該法人の各役員について、職務に対する対価として相当であると認められる金額の限度を確定すべきである。
 右の点につき原告は、法三四条一項の「不相当に高額な部分の金額」は「明白かつ著しく高額な金額」と解釈されるべきである旨主張するが、法及び令の文言にない「明白」とか「著しく」といった要件を付加すべき合理的根拠はない。
 他方、被告西尾税務署長は、本件類似法人の役員報酬額の平均値を基準とし、原告にこれを増減すべき固有の特別事情があるか否かを検討すべきであると主張するが、令六九条一号の文言からそのような結論を導き出すことはできない上、平均値が原則的として相当な報酬額の上限であるとすべき合理的根拠もない(役員報酬は各法人においてその具体的事情に応じ個別的に定めているものであり、類似法人として業種等の条件がほぼ同一の法人を抽出することができた場合であっても、法人間で報酬額に多少の差異があるのが通常である。その場合に原則としてその平均値が相当な報酬額であり、特殊事情がなければ、平均値を超える額は常に不相当に高額な部分となるとすることができないことは、明らかである。)。したがって、被告西尾税務署長の主張するように、特別事情がなければ平均値が相当な報酬額の上限であるという判断方法も採用することはできない。[後略]

名古屋高判平成7年3月30日平成6(行コ)21号税資208号1081頁棄却
第四 当裁判所の判断
 当裁判所も、控訴人について法三四条一項の「不相当に高額な部分の金額」として損金不算入とすることができる金額は、令六九条一号による一六九〇万円とするのが相当であるから、本件更正処分(本件裁決により取り消された後のもの)は適法であり、控訴人の請求は理由がないものと判断する。[後略]

最高裁第三小法廷 平7(行ツ)110号 平成9年3月25日
右当事者間の名古屋高等裁判所平成六年(行コ)第二一号法人税更正処分取消等請求事件について、同裁判所が平成七年三月三〇日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
理由
 上告代理人田中健一、同上田和孝、同中村成人の上告理由第一点及び第二点について
 法人税法三四条一項の規定の趣旨、目的及び法人税法施行令六九条一号の規定内容に照らせば、法人税法三四条一項所定の「不相当に高額な部分の金額」の概念が、不明確で漠然としているということはできないから、所論違憲の主張及び同項を限定して解釈すべきであるとする主張は、その前提を欠く、原判決に所論の違法はなく、論旨は、採用することができない。
 その余の上告理由について
 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。趣旨は、独自の見解に基づき若しくは原判決を正解しないで右判決における法令の解釈適用の誤りをいうか、又は原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

aq 東京地判平成6年11月29日平成4(行ウ)83号
 一 本件譲渡が資産の譲渡(法人税法二二条二項)に当たるかどうかについて
  1 抗弁1(二)の(1)のうち、原告の代表取締役であった藤田が本件土地建物を所有していたこと、昭和五一年一月に原告が藤田から本件土地建物を買い受ける旨の契約(旧売買)をしたこと、原告が昭和六二年二月二八日、藤田に対し、退職慰労金の一部として本件土地建物を帳簿価額(本件土地が二五〇〇万円、本件建物が一五九万六六五九円)をもって現物支給したとする経理がされていることは、当事者間に争いがない。
  2 旧売買について、被告はこれを通常の売買であると主張するのに対し、原告は、藤田が原告から売買代金名下に借り受けた三〇〇〇万円の債務を担保するためのいわゆる売渡担保であった旨主張する。
 ところで、資産の譲渡が行われた場合であっても、それが専ら債権を担保するために資産を債権者に移転するものであり、形式的には所有権が債権者に移転するものの、それはあくまで債権の担保目的の範囲に限定され、債権者はこれを担保の目的のためにのみ利用する義務を負い、債務が弁済されたときはその所有権が担保設定者に受け戻されることが予定されている場合には、所有権の移転は単に形式的なものにすぎず、その実質は通常の担保権の設定と何ら異なるところがないというべきであるから、その譲渡の時点では、未だ資産が所有者(担保設定者)の支配を離れ、資産の値上がりによる増加益が確定的に具体化するとはいえないのであり、これをもって所得税法ないし法人税法上の資産の譲渡と解することはできず、したがって、担保として譲渡された資産が後日債務の弁済により担保提供の目的を達して担保設定者に受け戻されたとしても、その受戻しもまた同じく資産の譲渡に当たらないというべきである。
 そうすると、旧売買が専ら債権を担保するために行われたものであったとすれば、旧売買により本件土地建物の所有権は未だ確定的に原告に帰属するには至っていないというべきであり、したがって、本件譲渡は、法人税法二二条二項にいう資産の譲渡には当たらないことになると解されるので、まず、旧売買が通常の売買であるか、あるいは債権担保のためのものであるのかについて検討することとする。
  3 前記1記載の争いのない事実に、成立に争いのない甲第四、五号証、乙第二号証の一、第六、七号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第七号証、第一〇、一一号証、乙第九号証の一、二、証人藤田の証言により成立の真正を認める甲第一号証の一、二、弁論の全趣旨により原本の存在及び成立の真正を認める甲第六号証、証人藤田、同川田欣一の各証言(後記措信しない部分を除く。)、弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
   (一) 藤田は、昭和四一年九月に原告を設立し、その後、昭和六二年二月に退任するまでの間、ずっと原告の代表取締役の地位にあった。旧売買が行われた昭和五一年一月当時、原告には、藤田のほかに、取締役として川田欣一(以下「川田」という。)、伊藤小次郎の二名がいたが、伊藤小次郎は名目上の取締役であって経営には携わっておらず、原告の経営は、藤田が営業を、川田が経理等の総務をそれぞれ受け持つ形で行われ、経営の実権は設立以来の代表取締役である藤田が掌握していた。
   (二) 藤田が所有していた本件土地建物には、いずれも藤田を債務者として、同栄信用金庫のために極度額を一七〇〇万円とする根抵当権設定登記、三菱銀行のために極度額を一〇〇〇万円とする根抵当権設定登記が経由されていたが、昭和五一年一月一二日、原告の取締役会において、原告が藤田から本件土地建物を三〇〇〇万円で購入すること、その購入資金については三菱銀行東中野支店から融資を受けることを承認する決議がされた。その際、銀行提出用の議事録(甲第一号証の一)と原告保管用の議事録(甲第一一号証)の二通が作成されたが、いずれの議事録にも、単に原告が藤田から本件土地建物を購入するとあるだけで、それが担保のためであるとか、藤田において将来買戻しあるいは再売買ができることを窺わせるような記載は一切なかった。
   (三) 藤田は、昭和五一年一月二七日、原告に対し、本件土地建物を代金三〇〇〇万円で売り渡し、原告との間で同日付けの売買契約書二通(甲第一号証の二はそのうち藤田が保管していた一通であり、原告が保管しているはずの一通は発見されていない。)を作成し、原告は、翌二八日、本件土地建物を担保に三菱銀行から三〇〇〇万円の貸付けを受けた。
 そして、本件土地建物について、いずれも昭和五一年一月二九日受付で、〈1〉 同月一二日売買を原因とする藤田から原告への所有権移転登記、〈2〉 同月一二日解除を原因とする前記(二)記載の各根抵当権設定登記の抹消登記、〈3〉 同月二八日設定を原因として債務者を原告、根抵当権者を三菱銀行とする極度額三〇〇〇万円の根抵当権設定登記(その後、昭和五六年三月一四日に極度額を六〇〇〇万円に変更し、同月二三日受付でその旨の登記がされた。)が経由された。
   (四) 藤田は、昭和五一年分の所得税の確定申告書に、旧売買につき収入金額三〇〇〇万円から必要経費三〇〇一万二〇〇〇円を控除し、分離短期譲渡所得の金額を〇円と記載して申告をした。
 一方、原告は、旧売買後、本件譲渡までの間、本件土地建物を原告の固定資産として経理し(取得価額は、本件土地につき二五〇〇万円、本件建物につき五〇〇万円である。)、火災保険料、固定資産税、都市計画税を負担するとともに、本件建物については原告の社宅として減価償却を行い、それらをいずれも損金に算入して決算していた。
   (五) 藤田は、旧売買後も社宅として本件建物に居住し、最初の一、二か月は月額二三万円(原告が三菱銀行から借り入れた三〇〇〇万円の利息額一年分を一二で除したものである。)を原告に支払ったが、もともと藤田にそのような金員を支払えるだけの収入がなかったことは、経理担当の川田も予めわかっており、原告の帳簿には、昭和五二年以降、藤田に対する家賃が未収入金として計上され、本件譲渡時には合計二六四五万円が未収家賃に計上されていた。
 なお、原告は、昭和五一年二月以降、三菱銀行からの前記借入金の返済を続け、昭和五八年一月頃には元利金を完済したが、その間、藤田と原告との間で右借入金の返済について協議がされたことはないし、原告が三菱銀行に完済した後も、原告が藤田に右借入金の返済を求めたということもなかった。
   (六) その後、昭和六一年五月三一日の原告の株主総会において、藤田から、昭和六二年二月二八日をもって代表取締役を辞任したい旨の申し出がされ、藤田に対する退職慰労金として本件土地建物を充てること等が株主全員の承認を得て可決された。その際、藤田は、株主に対し、本件土地建物はもともと藤田個人の所有であったものを、会社の都合により、昭和五〇年一二月会社所有の社宅にした特殊事情があり、それ以来賃貸料は未収入金として計上していた経緯がある旨を説明していた。
 そして、藤田は、昭和六二年二月二八日、原告の代表取締役を退任し、原告は、藤田に対し、退職慰労金の一部として本件建物とともに本件土地を現物支給するという形で譲渡し、その帳簿価額二六五九万六六五九円(本件土地二五〇〇万円及び本件建物一五九万六六五九円)を支給額として計上したほか、それまで未収入金として計上してきた本件建物の未払賃料を退職慰労金の一部に充当することとして、その旨の経理処理がされた。
  4(一) ところで、証人藤田、同川田は、原告が三菱銀行から三〇〇〇万円を借りて、これを藤田に売買代金名下に融資したものであり、旧売買は、藤田が原告から借り受けた右三〇〇〇万円の債務を担保するため本件土地建物を再売買予約付きで原告に売り渡したものである旨供述し、甲第二号証、第一二号証中にも右供述にそう記載部分がある。
 しかしながら、右供述及び記載部分には、次のような疑義があるほか、前記認定の事実に照らし、たやすくこれを採用することはできないといわざるをえない。
 (1) 証人藤田及び同川田は、原告が三菱銀行から三〇〇〇万円を借りて、これを藤田に売買代金名下に融資したものであると供述するものの、その使途については、証人藤田が、個人的に流用していた原告の金を原告の決算に際し返済する必要があり、川田からその旨の要請があったためと供述するのに対し、証人川田は、藤田の原告に対する借金はなく、藤田が三〇〇〇万円を何に使ったのか知らないと供述しており(したがって、証人藤田の供述によれば、三菱銀行からの三〇〇〇万円は実質的に原告に入金されていることになるのに対し、証人川田の供述によれば、右三〇〇〇万円は原告から藤田に支払われたということになる。)、両名の供述部分は、その使途ないし金員の実際の流れという重要な点において明確性を欠いている。
 (2) 当時、藤田と川田との間で、三〇〇〇万円の弁済の時期、方法について話し合われた形跡が全くなく、証人川田の供述によると、いつ返済してもらえるかは考えてもいなかったし予測もできなかったというのであって、原告・藤田間に金銭の賃借という融資関係が存在したとみるには不自然、不合理であるといわれなければならない。
 (3) 旧売買に関する取締役会の議事録には、旧売買が担保のためであることを窺わせる記載は一切ないし、また、藤田は、代表取締役の退任を申し出た株主総会の席上において、本件土地建物は会社の都合で会社所有のものとした旨株主に説明しており、本件訴訟における証人藤田、同川田の担保のためであったという証言は、右議事録や株主総会における説明と食い違うものとなっている。
 (4) 旧売買後、原告は、本件土地建物の公租公課等を自ら負担しているが、担保のために本件土地建物を形式上所有しているにすぎない原告が、その公租公課までを負担し、藤田との間でその清算を予定していないというのは不自然であるといわなければならないし、また、原告は、昭和五六年には、本件土地建物について三菱銀行のために設定された根抵当権の極度額を三〇〇〇万円から六〇〇〇万円に変更しており、このことは、原告が自らの銀行に対する与信のために本件土地建物を使用したことを示すものであって、旧売買が藤田の原告に対する三〇〇〇万円の債務の担保として原告に提供されたとの事実と矛盾するものといわなければならない。
   (二) また、甲第一号証の二(藤田が保管していた本件土地建物の売買契約書)の特約事項欄には、「売買契約は売主が同額で買戻す事を条件とする」、「売主が社宅として居住し、金利該当分を家賃として支払う事とする」との手書きの記載がされている。
 しかしながら、前記認定のとおり、旧売買に関する取締役会の議事録には、旧売買が担保のためであるとか、買戻しの特約があることを窺わせる記載は一切なく、いつの段階で右特約条項が記載されたものか、その経緯については必ずしも明確であるとはいえないが、その点はさておいても、〈1〉 「同額で買戻すことを条件とする」との表現は曖昧であり、これをもって、原告が主張するような再売買の予約をしたものと解することができるか自体疑問であるうえに、仮に再売買の予約の趣旨であるとしても、予約完結権の行使期間の定めもない極めて曖昧なものとなっていること、〈2〉 しかも、当時、藤田も川田も譲渡担保とか再売買予約という法律関係についての知識があったわけではなく、藤田自身、もともと必ずしも代表者の財産と会社の財産とを厳密に区別していたとはいえない旨自認しているのであって(証人藤田の証言)、自分の会社である原告に対して本件土地建物につき特に法律的な権利関係を設定するといった意識はなかったと窺われること、〈3〉 さらに、前記認定のように、藤田の代表取締役の退任に伴って、原告は、再売買という形ではなく、退職慰労金の一部として本件土地建物を現物支給したものであり、しかも、本件建物については、減価償却後の帳簿価額(一五九万六六五九円)で支給した旨の会計処理がされ、特約条項にいう「同額で買戻」したものとなっていないのであって、藤田も原告も、前記特約条項を前提とした処理をしていないこと、などからすると、前記特約条項は、藤田が本件土地建物に居住しており将来は自分のものとしたいとの希望を持っていたことから、藤田と川田とが話合ったうえ、いつのことかはともかく、いずれは本件土地建物を買い戻すこととしたいという藤田の意向ないし予定を書面上明らかにする趣旨で記載されたものにすぎないと解するのが相当であり、この記載をもって、藤田と原告との間に買戻しあるいは再売買の予約といった法的な拘束力を持った合意が成立したとの事実を裏付けるものとすることは困難であるといわざるをえない。
  5 以上検討したところからすれば、旧売買は、実質的な所有権の移転を目的とした通常の売買であって、原告が主張するように債権を担保するために行われたものということはできない(なお、原告は、藤田が旧売買後に自己の費用で本件建物の増改築をしている旨主張するが、藤田が原告の代表取締役であり、社宅として本件建物に居住していたことからすれば、そのような事実があったとしても、そのことは右判断の妨げとなるものではない。)。
 したがって、原告は、旧売買により所有していた本件土地建物を、藤田が代表取締役を退任したことに伴いその退職慰労金の一部の支給として現物支給(本件譲渡)したものであり、本件譲渡は法人税法二二条二項所定の資産の譲渡に当たるというべきである。
 二 本件土地の譲渡価額の算定について
  1 成立に争いのない乙第二一号証、証人荒木友治の証言、弁論の全趣旨によれば、〈1〉 被告の係官荒木友治は、被告が保管していた昭和六一年分の譲渡所得の申告書及びその添付書類をもとに昭和六一年の本件土地の近隣の売買実例一〇例を抽出したこと、〈2〉 その後、被告指定代理人であった藤本良明は、右売買実例一〇例について実地調査を行って、これらの売買実例における土地の立地条件、形状、実測面積、売買価額、昭和六二年分路線価、取引年月、特殊事情の有無等を確認し、右確認の結果に基づき、公道に面していないとか、土地所有者がその隣接地の一部を取得したといった特殊な事情から本件土地の比準売買実例としてふさわしくないものを除外し、あるいは荒木係官が抽出し落とした本件土地の近隣の売買実例を加えるなどしたうえ、残った一〇件の売買実例の土地につき、別紙「売買実例に基づく時価相当額の計算」のとおり、昭和六二年の地価上昇率を考慮して、本件譲渡時である昭和六二年二月の一平方メートル当たりの推定価額を算定し、さらに、右の推定価額の平均値に本件土地の面積を乗じて、本件譲渡時における本件土地の価額を算定したこと、〈3〉 右算定によれば、本件譲渡時における本件譲渡時の価額は二億〇九五七万七一五八円であることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
 近隣の売買実例に基づく右の算定方法は、売買実例の抽出方法等に照らし、合理的な根拠に基づくものということができるから、本件譲渡時における本件土地の時価は二億〇九五七万七一五八円と認めるのが相当であり、したがって、本件土地の譲渡価額は少なくとも一億六〇五三万四三六〇円を下るものではないということができる。
  2 原告は、本件土地については再売買予約がされているから、本件土地の譲渡価額は再売買の予約金額をもって算定するほかない旨主張するが、本件において法的な拘束力を持つ再売買の予約があったと認められないことは前示のとおりであるから、原告の右主張は、その前提を欠き失当というほかない。
  3 また、原告は、本件土地の譲渡価額の算定上、藤田が本件建物について有していた借家権価額に相当する金額を本件土地の時価から差し引くべきであるとも主張する。
   (一) 前記認定した事実と前掲甲第七号証、証人藤田、同川田の各証言によれば、〈1〉 藤田は、旧売買により本件土地建物を原告に譲渡した後は、本件建物を原告の社宅として、引き続きこれに居住したいと考え、川田と相談して、原告の三菱銀行からの借入金三〇〇〇万円の利息額に相当する月額二三万円を家賃名目で原告に支払うこととし、当初の一、二か月はこれを支払ったこと、〈2〉 しかし、もともと藤田には、月額二三万円もの家賃を支払えるだけの収入がなく、このことは経理担当の川田も十分認識していたこと、〈3〉 その後、家賃の支払はされず、昭和五三事業年度からは、原告の帳簿上、毎事業年度末に藤田に対する未収家賃として、一年分の二七六万円をまとめて計上することとしたのみで、藤田に対して、右家賃の支払の督促がされることもなかったし、その決済をどうするかといった話も出ないまま推移したこと、〈4〉 結局、右未払家賃は、昭和六二年二月の退職慰労金支給の際に清算されるまで、未払の状態が継続し、その合計額は二六四五万円もの多額なものとなっていたことが認められる。
   (二) 右認定したとおり、藤田は、原告の代表取締役在任中、形式的には、月額二三万円の家賃を支払うことを約してはいるものの、実際には、一〇年近くもの長期にわたり右家賃を全く支払わないまま、本件建物を使用し続けてきたものであって、藤田が原告の代表取締役であり、原告の経営の実権を一手に掌握していたことなども合わせ考えると、藤田の本件建物の使用は、藤田が原告の代表取締役であるという特殊な関係に基づく便宜供与によるものであって、その実質は、通常の賃貸借とは異なるいわゆる社宅の利用関係にほかならず、藤田が原告の役員を退任するなど右の特殊な関係が終了したときは、その利用関係も当然に終了することが予定されていたものとみるのが相当である。
 なお、成立に争いのない乙第八号証によれば、原告は、役員に対する退職慰労金の額について内規を有していたものではないから、藤田に退職慰労金を支給するに際し、その額を帳簿上計上された家賃の未収入金を含めて清算しうるように定めることは必ずしも困難なことではないのであって、本件において、最終的に退職慰労金で経理上未払家賃の清算がされていることは、前示の判断を何ら左右するものとはいえない。
 右のとおり、藤田の本件建物の使用は、いわゆる便宜供与としての社宅の利用関係として、退職等により原告との特別の関係が失われれば当然に終了するという性質のものというべきであるから、このような場合には、その利用関係の存在をもって、本件土地の価額を算定するうえでの特別の減価要素とみることは相当でないというべきである。
 したがって、本件土地の譲渡価額の算定上、藤田の借家権価額を控除すべきであるとする原告の主張は失当である。
 三 本件譲渡益相当額の退職慰労金の損金不算入について
  1 抗弁1(二)の(2)のうち、原告が本件譲渡益の額を〇円とする確定申告をしたことは当事者間に争いがないところ、すでに検討したとおり、本件土地の譲渡価額は、少なくとも一億六〇五三万四三六〇円を下るものではないから、結局、右譲渡価額からその譲渡原価(帳簿価額)二五〇〇万円を控除した本件譲渡益の額は、一億三五五三万四三六〇円となり、原告の所得金額の計算上、これを益金に算入すべきこととなる。
  2 抗弁1(二)の(3)のうち、原告が本件事業年度の確定した決算において役員退職給与として損金経理をした金額が八〇〇〇万円であることは当事者間に争いがない。
 原告は、藤田に対する報酬として本件土地建物を現物支給したものであるから、本件土地の時価相当額を藤田への報酬として支給しこれを損金計上する意思が明らかにされているのであって、本件譲渡益の額は、法人税法三六条にいう損金経理がされたものとして損金に算入されるべきであると主張する。
 しかしながら、法人税法三六条にいう損金経理とは、法人がその確定した決算において費用又は損失として経理することをいうものであって(法人税法二条二六号)、確定した決算において損金の額に算入されていない金額はここにいう損金経理をしたものとはいえないから、原告が主張するように、本件土地を帳簿価額で現物支給したことにより、本件土地の時価と帳簿価額との差額に相当する金額についてまで損金経理が行われたものと解することができないことは明らかである。  したがって、本件譲渡益の額を損金に算入すべきであるとする原告の主張は失当である。
 四 原告の本件事業年度の所得金額について
 以上のとおりであるから、原告の本件事業年度の所得金額は、申告所得金額七五三万二七三三円に、土地譲渡益の計上洩れ額一億三五五三万四三六〇円、雑収入の計上洩れ額三〇四万円、得意先等への贈答金の損金不算入額三〇万円を加算した合計一億四六四〇万七〇九三円となり、右金額の範囲内で所得金額を認定した本件更正には、原告の所得を過大に認定した違法はなく、本件更正は適法である。

東京高判平成8年3月26日平成6(行コ)217号
一 当裁判所も控訴人の本件請求は理由がないと判断するものであり、その理由は、次のとおり付加・訂正するほかは、原判決理由説示と同一であるから、これを引用する。[略]
 3 同四五頁七行目を次のとおり改める。
 「はできない。すなわち、法人税法は、法人の役員に対する退職給与について、それが報酬の後払い的性格のほかに功労報酬的なもの、つまり賞与的性格をも併有する点に鑑み、損金経理により報酬の後払いであることを要件に退職金の損金控除性を認めている。したがって、役員退職給与の支給にあたり、法人の確定決算において損金経理を行わない経理方法によった場合には、法人自らが労務に対する対価でなく賞与的性格のものという認識を表示し損金性を否定したものとして、その役員退職給与を損金に算入することはできない。本件のように退職役員に退職慰労金の一部として現金に代えて土地を現物で支給し、その土地の時価より低い価額を退職給与として損金経理した場合において、控訴人が本件土地の時価の一部の金額を損金経理したという事実は、控訴人の意思表示としては、当該金額を限度として退任役員の労務の対価として認識したというにとどまり、本件土地の時価と退職給与として経理した金額の差額についての控訴人の意思表示はされていないというべきである。そして、役員退職給与の支給は、退職役員の功労に対する報償的なもの(賞与的性格)をも併有しているから、確定決算において損金の額に算入されていない土地の譲渡益相当額は、損金経理の要件を欠いており、その損金性を認めることはできない。」

最判平成10年6月12日平成8(行ツ)138号
原審の適法に確定したところによれば、上告人は、退職した役員に対する退職給与の支給として、上告人の固定資産である土地をその帳簿価額である二五〇〇万円で譲渡し、右譲渡に係る事業年度の確定した決算においてその旨の経理をしたが、右土地の右譲渡時における適正な価額は少なくとも一億六〇五三万四三六〇円を下るものではなかったというのであるから、右事実関係の下においては、右土地の譲渡時における右適正な価額と右帳簿価額との差額は法人税法三六条にいう損金経理をしなかった金額に該当するとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は、独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

ar 最高裁判所昭和三五年(オ)第四号源泉徴収所得税徴収処分取消請求事件 判決 (昭和三六年一〇月二七日言渡)
 右当事者間の源泉徴収所得税徴収処分取消請求事件について、東京高等裁判所が昭和三四年九月一二日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があり、被上告人らは上告棄却の判決を求めた。よつて、当裁判は次のとおり判決する。
       主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
上告代理人青木義人、同真鍋薫、同広瀬時江の上告理由第一点について。
論旨は、原判決が本件契約を消費貸借契約と認定したのは理由不備ないし理由そごの違法があるというのである。
 しかし、本訴の争点は、右契約が所得税法上の匿名組合契約等に該当するかどうかであり、匿名組合契約等に該当しないとする以上、消費貸借契約であるかどうかは判決の結果に関係がないのみならず、原判決は本件契約に関する諸般の事実を認定した上で消費貸借契約としているのであつて、原判決に所論のような違法はない。
 同第二点について。
 論旨は、原判決は所得税法一条二項三号、同法施行規則一条の解釈を誤つた違法がある旨を主張し、当事者の一方が相手方の営業または事業のために出資し、相手方がその利益を分配し、出資者の数が一〇人以上あれば、その場合の契約は、匿名組合契約に準ずる契約と解すべき旨を主張するのである。
 しかし、法律が、匿名組合に準ずる契約としている以上、その契約は、商法上の匿名組合契約に類似するものがあることを必要とするものと解すべく、出資者が隠れた事業者として事業に参加しその利益の配当を受ける意思を有することを必要とするものと解するのが相当である。しかるに、原判決の認定するところによれば、本件の場合、かかる事実は認められず、かえつて、出資者は金銭を会社に利用させ、その対価として利息を享受する意思を持つていたに過ぎず、しかも、かかる事実は、単に出資者の内心の意図のみならず、原判決の引用する一審判決の認定するところによれば、会社は、出資金と引換に元本に利息を加えた金額の約束手形を交付し、契約期間は三箇月以上一年の短期間であり、会社の破産直前の営業案内でも投資配当という文言を用いず、元金、利息と表示しており、会社は出資者に営業決算書等を提示したこともなく、会社の帳簿にも、出資金は短期借入金、または借入金と配当金は支払利息と記入されていたというのであつて、その他原判決の認定するところによつては、客観的にも匿名組合に類似する点はないのである。昭和二八年法律一七三号による所得税法の改正の趣旨、目的が論旨のとおりであつても、いたずらに、法律の用語を拡張して解釈し、本件契約をもつて同法にいう匿名組合契約に準ずる契約と解することはできない。原判決は正当であつて論旨は理由がない。
 同第三点について。
 論旨は、本件契約は附合契約の一種であつて、当事者は内心の意思にかかわらず会社の定めた契約内容に拘束される旨を主張し、原判決は本件契約の解釈を誤つた違法があるというのである。
 しかし、原判決は、出資者の主観的意思のみによつて、本件契約を匿名組合契約等にあたらないとしたのではなく、前述のように、客観的な事実をも綜合して判断した結果、会社と出資者との契約は匿名組合契約に準ずる契約ではないとしているのである。論旨は理由がない。
 よつて、民訴三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

as 牛久市売上原価見積事件・最判平成16年10月29日刑集58巻7号697頁
1 原判決及びその是認する第1審判決の認定によると,第1審判決判示第一の一の事実(昭和61年10月1日から同62年9月30日までの事業年度に係る法人税法違反)に関する事実関係の概要は,次のとおりである。
(1)被告人A株式会社(平成2年1月の商号変更前の名称はB株式会社。以下「被告会社」という。)は,茨城県稲敷郡牛久町(後に市制に移行。以下「牛久市」という。)内の土地を購入して造成し宅地として販売することにした。被告会社は,上記開発行為につき茨城県知事の許可を得るため,都市計画法に基づいて牛久市と協議をした。牛久市は,宅地開発に当たっては,開発区域の内外を問わず,流末排水路を開発業者に整備させるという行政指導を行い,開発業者がこれに従わない場合には,同法(平成12年法律第73号による改正前のもの)32条に基づく公共施設の管理者としての同意を与えず,開発許可申請を茨城県知事に申達しないという取扱いをしていた。このため,牛久市の担当者は,被告会社に対し,本件土地内から排出された雨水が流下することになる開発区域外の長さ約400mの農業用水路を,直径2mの管を埋設した暗きょの雨水排水路とすることなどを内容とする改修工事を行うよう指導した(以下,この工事の内容を「第1案」という。)。被告会社は,これを了承し,牛久市の同意を得て,昭和58年6月に茨城県知事から開発許可を受けた。
(2)その後,被告会社は,本件土地を造成し,昭和62年6月にこれを販売した。
(3)同年7月ころ,牛久市の担当者は,方針を変更し,被告会社に対し,幅4mの開きょの雨水排水路とすることなどを内容とする改修工事を行うよう指導した (以下,この工事の内容を「第2案」という。)。第2案は第1案の約3倍の工費を必要とするため,被告会社が難色を示すと,牛久市の担当者は,第1案の工費の範囲内で被告会社が第2案の工事を部分的に施工するとの代案を提示した。これを受入れた被告会社は,本件改修工事を請け負わせようと考えていた株式会社C建設に対し,第1案の工費を見積もるよう依頼した。同年9月ころ,同社は1億4668万円と見積もり,被告会社はこの見積金額を牛久市の担当者に連絡した。 (4)同年10月ころ,牛久市側は,更に方針を変更し,本件改修工事をすべて公共工事として行うこととし,被告会社に対し,第1案の工費に相当する上記金額を都市下水路整備負担金として牛久市に支払うよう求め,被告会社はこれを了承した。
(5)同年11月30日,被告会社は,本件土地の販売に係る収益の額を昭和61年10月1日から同62年9月30日までの事業年度(以下「当期」という。)の益金の額に算入し,上記1億4668万円を上記収益に係る売上原価の額として当期の損金の額に算入した上,確定申告をした。
(6)牛久市は,昭和63年度から3年計画で本件改修工事を行うこととし,同年3月成立の同年度一般会計予算において,被告会社が支出する上記負担金の初年度分として総額の約3分の1に当たる5000万円を歳入に計上した。しかし,その後,牛久市は,住民の反対運動が起きることを懸念して同工事を行わず,被告会社も,上記負担金を支出していない。
2 以上の事実関係を前提として,第1審判決は,上記1億4668万円を当期の収益に係る売上原価の額として当期の損金の額に算入することは許されないとし,原判決も,その結論を是認した。原判決の理由の要旨は,次のとおりである。
(1)上記金額を当期の収益に係る売上原価の額として損金の額に算入することを認めるためには,その支払が債務として確定していたこと,すなわち,その義務の内容が客観的,一義的に明白で,費用を見積もることができる程度に特定されていたことを要する。
(2)当期終了の日までの時点で,被告会社が本件改修工事を行うことが,牛久市との間で法的拘束力を伴った義務として確定するに至っていたとはいえないことなどの事情に照らすと,同日までの時点で,同工事に関する被告会社の義務の内容が客観的,一義的に明白であったとは認められない。したがって,同工事に関する費用を当期の損金とすることはできない。
3 原審の上記認定判断は,是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 前記1の認定事実及び記録によれば,(1)牛久市は,都市計画法上の同意権を背景として,被告会社に対し本件改修工事を行うよう求めたものであって,被告会社は,事実上その費用を支出せざるを得ない立場に置かれていたこと,(2)同工事の内容等は,牛久市側の方針の変更に伴い変遷しているものの,被告会社が支出すべき費用の額は,終始第1案の工費に相当する金額であったこと,(3)被告会社は,昭和62年9月ころに建設会社にこれを見積もらせるなど,同年9月末日までの時点において既にその支出を見込んでいたこと,などが明らかである。これらの事実関係に照らすと,当期終了の日である同年9月末日において,被告会社が近い将来に上記費用を支出することが相当程度の確実性をもって見込まれており、かつ,同日の現況によりその金額を適正に見積もることが可能であったとみることができる。このような事情がある場合には,当該事業年度終了の日までに当該費用に係る債務が確定していないときであっても,上記の見積金額を法人税法22条3項1号にいう「当該事業年度の収益に係る売上原価」の額として当該事業年度の損金の額に算入することができると解するのが相当である。
 したがって,原判決には,損金の額に算入すべき売上原価について,法律の解釈を誤った結果,審理不尽,事実誤認の疑いがあり,これが判決に影響を及ぼすことは明らかであって,原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。 
 なお,原判決が維持した第1審判決は,被告人甲につき判示第一及び第二の各事実を,被告会社につき判示第一の各事実をそれぞれ有罪としたものであるが,判示第一の一の事実はその余の上記事実と刑法(平成7年法律第91号による改正前のもの)45条前段の併合罪の関係にあるとして起訴されたものであり,判示第一の一の事実のみを分離することはできないから,原判決中被告人両名に関する部分を全部破棄することとする。

at 最高裁判所第二小法廷平成21年(行ヒ)第65号 平成22年10月15日判決
       主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人鳥飼重和ほかの上告受理申立て理由について
1 本件は、上告人が,その母の死亡により相続した財産に係る相続税の申告をしたところ,同人が生前に提起して上告人が承継していた所得税更正処分等の取消訴訟において同処分等の取消判決が確定したことから,上記母が同処分等に基づき納付していた所得税等に係る過納金が上告人に還付され,所轄税務署長から上記過納金の還付請求権は相続財産を構成するとして上記相続税の更正処分を受けたため,上告人において,同還付請求権は相続開始後に発生した権利であるから相続財産を構成しないと主張して,同処分の一部の取消しを求めている事案である。
2 所得税更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分の取消判決が確定した場合には,上記各処分は,処分時にさかのぼってその効力を失うから,上記各処分に基づいて納付された所得税,過少申告加算税及び延滞税は,納付の時点から法律上の原因を欠いていたこととなり,上記所得税等に係る過納金の還付請求権は,納付の時点において既に発生していたこととなる。このことからすると,被相続人が所得税更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分に基づき所得税,過少申告加算税及び延滞税を納付するとともに上記各処分の取消訴訟を提起していたところ,その係属中に被相続人が死亡したため相続人が同訴訟を承継し,上記各処分の取消判決が確定するに至ったときは,上記所得税等に係る過納金の還付請求権は,被相続人の相続財産を構成し,相続税の課税財産となると解するのが相当である。

au 最高裁判所(第三小法廷)昭和四七年(行ツ)第六九号相続税の更正等処分取消請求上告事件 判決 (昭和四九年九月二〇日言渡)
 右当事者間の東京高等裁判所昭和四六年(行コ)第二五号相続税の更正等処分取消請求事件について、同裁判所が昭和四七年四月二五日言い渡した判決に対し、上告人らから全部破棄を求める旨の上告の申立があり、被上告人は上告棄却の判決を求めた。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
       主   文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人伊達利知、同溝呂木商太郎、同伊達昭、同沢田三知夫、同奥山剛の上告理由第一点について。
一 相続税法(以下「法」という。)によれば、相続税は、相続又は遺贈によって取得した財産(以下「取得財産」という。)の価額の合計額をもって課税価格とするが(法一一条の二)、相続開始の際被相続人の債務で確実と認められるものがあるときは、その金額を取得財産の価額から控除する(法一三条一項、一四条一項)。そして、右取得財産の価額は、当該財産の取得の時における時価により、また、取得財産の価額から控除すべき債務(以下「控除債務」という。)の金額は、その時の現状によるものとされている(法二二条)。これらの規定に徴すれば、相続税は、財産の無償取得によって生じた経済的価値の増加に対して課される租税であるところから、その課税価格の算出にあたっては、取得財産と控除債務の双方についてそれぞれの現に有する経済的価値を客観的に評価した金額を基礎とするのであり、ただ、控除債務については、その性質上客観的な交換価値なるものがないため、交換価値を意味する「時価」に代えて、その「現況」により控除すべき金額を評価する旨定められているものと解される。したがって、控除債務が弁済すべき金額の確定している金銭債務の場合であっても、右金額が当然に当該債務の相続開始の時における消極的経済価値を示すものとして課税価格算出の基礎となるものではなく、あたかも金銭債権につきその権利の具体的内容によって時価を評価するのと同様に、金銭債務についてもその利率や弁済期等の現況によって控除すべき金額を個別的に評価しなければならないのであり、かくして決定された控除すべき金額は、必ずしも常に当該債務の弁済すべき金額と一致するものではない。
 所論は、法二二条の定める債務の評価は、債務として確実に存在するもののうち、係争中の損害賠償債務などのように相続開始の当時まだ弁済すべき金額の確定していない債務についてその弁済すべき金額を確定するためのものであって、弁済すべき金額の確定している債務については改めて評価をする余地はないと主張する。しかし、控除債務の金額を評価する趣旨は前記のとおりであり、所論は右評価に関する法の建前と相容れないものといわなければならない。すなわち、所論のあげる弁済すべき金額の確定していない債務の評価についていえば、評価の対象となる債務は確実と認められるものにかぎる(法一四条一項)のであるから、右のような弁済額未確定の債務は、弁済すべきことが確実と認められる金額の限度で法二二条にいう取得財産の価額から控除すべき債務として評価の対象となるものであり、そのような金額の債務として評価した結果により、控除すべき金額がきまることとなるのである。所論は、右の点を誤解するものというほかなく、採用することができない。
二 そこで、弁済すべき金額が確定し、かつ、相続開始の当時まだ弁済期の到来しない金銭債務の評価について考えると、その債務につき通常の利率による利息の定めがあるときは、その相続人は、弁済期が到来するまでの間、通常の利率による利息額相当の経済的利益を享受する反面、これと同額の利息を債権者に支払わなければならず、彼此差引きされることとなるから、右利息の点を度外視して、債務の元本金額をそのまま相続開始の時における控除債務の額と評価して妨げない。これに対し、約定利率が通常の利率より低い場合には、相続人において、通常の利率による利息と約定利率による利息との差額に相当する経済的利益を弁済期が到来するまで毎年留保しうることとなるから、当該債務は、右留保される毎年の経済的利益の現在価値の総額だけその消極的価値を減じているものというべきであり、したがって、このような債務を評価するときは、右留保される毎年の経済的利益について通常の利率により弁済期までの中間利息を控除して得られたその現在価額(なお、右中間利息は複利によって計算するのが経済の実情に合致する。)を元本金額から差し引いた金額をもって相続開始の時における控除債務の額とするのが、相当である。通常の利率より低利の債務を負担する関係は、これを経済的にみれば、一方において、通常の利率による債務を負担すると同時に、他方において、通常の利率による利息と約定利率による利息との差額に相当する給付を毎年受けるのと同様であって、この場合には、債務の元本金額をそのまま控除債務の額と評価する反面、右の毎年受けるべき給付については、その現在価額を取得財産の価額に算入し、両者の差引きによって課税価格を算出することとなるが、先に述べた低利の債務の評価減ということは、経済的には、右のような各別の評価による差引計算を債務そのものの評価として行うことにほかならない。
三 これを本件についてみるに、原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)によれば、上告人らの被相続人である加藤伊助は、昭和二九年一月二八日株式会社三越から一億二九〇〇万円を利息年一分の約定で借入れ、同三七年一一月七日その弁済期までなお五一年を残して死亡し、本件相続が開始したが、当時の通常の利率は、金融市場の趨勢からみて年八分とするのが相当であった、というのである。そうすると、上告人らは、右相続債務につき年一分の約定利息を支払ってもなお、弁済期までの五一年間毎年借入額の七分(通常の利率と約定利率との差)である九〇三万円相当の経済的利益を留保しうることとなるので、これについて年八分の複利計算により五一年間の中間利息を控除した現価を元本金額から差し引くと、一八三五万三三六五円となることが計算上明らかであるから、これをもって相続開始の時における本件債務の評価額とすべきである。
 しかるに、原審は、右利率差によって生ずる経済的利益の額を元本金額から差し引いたものが本件債務の評価額となることを認めながら、右差し引くべき経済的利益の額の算定については、通常の利率と約定利率との差である年七分の割合により中間利息を控除すべきものとし、結局、本件債務の額を四〇九万二六五〇円と評価している。しかし、右経済的利益について中間利息を控除するのは、それが弁済期までの間通常の利率で運用されることを前提とするものであるから、本件においては年八分の割合によって計算するのが当然であって、これと約定利率との差によるべき理由はなく、原審の計算方法は、誤りといわざるをえない。してみると、原判決は法二二条の規定の解釈適用を誤ったことに帰し、右誤りが判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、その違法をいう論旨は理由がある。
 よって、その他の論旨に対する判断を省略して原判決を破棄し、更に審理させるため本件を原審に差し戻すこととし、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

av  所得税法八三条及び八三条の二にいう「配偶者」は、納税義務者と法律上の婚姻関係にある者に限られると解するのが相当であり、これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、違憲をいう点を含め、右と異なる見解に立って原審の右判断における法令解釈の誤りを論難するものにすぎず、採用することができない。
 よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

aw 昭和五三年(行ツ)第八六号 昭和五五年七月一日最高裁第三小法廷判決
       主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人木ノ宮圭造、同滝井繁男、同仲田隆明の上告理由第一点について
 相続税法三四条一項は、相続人又は受遺者(以下「相続人等」という。)が二人以上ある場合に、各相続人等に対し、自らが負担すべき固有の相続税の納税義務のほかに、他の相続人等の固有の相続税の納税義務について、当該相続又は遺贈に因り受けた利益の価額に相当する金額を限度として、連帯納付義務を負担させている。この連帯納付義務は、同法が相続税徴収の確保を図るため、相互に各相続人等に課した特別の責任であつて、その義務履行の前提条件をなす連帯納付義務の確定は、各相続人等の固有の相続税の納税義務の確定という事実に照応して、法律上当然に生ずるものであるから、連帯納付義務につき格別の確定手続を要するものではないと解するのが相当である。それ故、相続人等の固有の相続税の納税義務が確定すれば、国税の徴収にあたる所轄庁は、連帯納付義務者に対して徴収手続を行うことが許されるものといわなければならない。これと同趣旨の原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、採用することができない。
 同第二点について
 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
 よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官伊藤正己の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。  裁判官伊藤正己の補足意見は、次のとおりである。
 私は、所論、特に上告理由第一点の一五ないし一七及び二四にかんがみ若干の私見を補足しておきたい。
 所論は、要するに、相続税法三四条一項の規定により他の相続人等の固有の相続税納税義務について連帯納付義務を負う相続人等は、税務当局による賦課課税方式に則つた手続がされない限り、納付すべき金額、納付期限、納付場所、納付額の限度、更正・決定の有無等その具体的内容を実際上容易かつ確実に知ることができない筈であることを理由として原審の判断を非難するものと解される。たしかに、相続人等の事情は一様ではないから、個々の具体的事案に即して考えてみると、場合によつては、連帯納付義務者に対し通常の申告納税方式による課税の一場合としての徴税手続をそのまま行うことが、その者に不意打ちの感を与えることを免れなかつたり、納付すべき額その他の具体的な納付義務の内容の不明確によりその者を困惑させるような事態になることがないわけではないと考えられる。しかしながら、そのこと自体は、確定した租税の徴収手続に関して生ずる問題であって、税額の確定手続に関する問題ではないと解すべきである。したがつて、右のような不意打ちの感を与えたり困惑させる事態を生ずるおそれがあることを理由として、連帯納付義務について、国税の確定手続に関する規定である国税通則法一五条、一六条の適用があると主張する所論は採用することができない。
 もとより、租税の徴収の手続において、納付義務者に不意打ちの感を与えたりその者を困惑させる事態を生ずることのないよう配慮することが望ましいといつてよい。この点について国税通則法制定前の国税徴収法四二条は、一般的に納税の告知の規定をおいていたが、同条を承継した国税通則法三六条一項は納税の告知を要する場合を列記しており、それは制限的な列挙と考えられるから、相続税法三四条一項による連帯納付義務については国税通則法三六条一項を適用する余地はないし、また、この連帯納付義務は保証人の納付義務と類似したところもあるが、その性質を異にするものであるから、同法五二条二項の規定の類推適用を考慮することも困難であると解される。このように連帯納付義務について納税の告知を要しないとする立法態度は、賢明なものとはいえないが、連帯納付義務者は、自己の納付すべき金額等を知りえないわけではないから、納税の告知がないからといつてその徴収手続が違法となるものではないと考えられる。

ax 最高裁第一小法廷 平成二年(行ツ)第一二号 平成三年一〇月一七日判決
       主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人林浩二、同福島瑞穂の上告理由第一及び第二について
 所得税法(本件昭和五七年分及び同五八年分の各更正に関しては同五九年法律第五号による改正前のもの、同五九年分の更正に関しては同六一年法律第一〇九号による改正前のものをいう。以下同じ。)二条一項三四号に規定する親族は、民法上の親族をいうものと解すべきであり、したがって、婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある者との間の未認知の子又はその者の連れ子は、同法八四条に規定する扶養控除の対象となる親族には該当しないというべきである。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。
 右未認知の子等を扶養控除の対象から除外している所得税法八四条、二条一項三四号の規定が憲法一四条一項に違反するものでないことは、当裁判所昭和五五年(行ツ)第一五号同六〇年三月二七日大法廷判決(民集三九巻二号二四七頁)の趣旨に徴して明らかである。また、、その余の違憲の主張は、ひっきょう、所得税法における扶養控除制度に関する立法政策上の適不適を争うものにすぎず、違憲の問題を生ずるものでないことは、当裁判所昭和二八年(オ)第六一六号同三〇年三月二三日大法廷判決(民集九巻三号三三六頁)、同昭和五一年(行ツ)第三〇号同五七年七月七日大法廷判決(民集三六巻七号一二三五頁)の趣旨に徴して明らかである。  論旨は、いずれも採用することができない。
同第三について
 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
 よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

ay 余談:森林買手の森林再生費用の森林売手の益金不算入を認めなかったDaishowa-Marubeni International Ltd. v. The Queen, 2011 FCA 267について、カナダ最高裁(2013 SCC 29)は益金不算入を認め納税者勝訴。

az 最高裁判所第二小法廷平成26年(行ヒ)第190号 平成27年7月17日判決
       主   文
原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき,本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人比嘉廉丈ほかの上告受理申立て理由第4について
1 本件は,堺市の住民である被上告人が,登記簿の表題部の所有者欄に「大字西」などと記載されている同市内の土地(第1審判決別紙1−1記載の各土地のうち番号1から14まで,同17から20まで及び同31から34まで。以下,その番号に従い「本件土地1」などといい,併せて「本件各土地」という。)につき,平成18年度から同20年度まで(ただし,本件土地7については平成20年度を除く。)について当時の堺市長がその固定資産税及び都市計画税(ただし,本件土地10,13,14,17及び18については固定資産税に限る。以下「本件固定資産税等」という。)の賦課徴収を違法に怠ったため,地方税法18条1項の徴収権に係る消滅時効の完成により堺市に損害が生じたと主張して,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,同市の執行機関である上告人を相手に,本件固定資産税等の徴収権に係る消滅時効が完成するまでの期間において堺市長の職にあった者(以下「本件各市長」という。)及びその賦課徴収に係る専決権限を有する各市税事務所長の職にあった者(以下「本件各専決権者」という。)に対して本件固定資産税等相当額(ただし,各人の在職期間及び管轄区域に応じて各自の賦課徴収に係る権限の行使を怠った部分に限る。)の損害賠償請求をすること等を求める住民訴訟である。
2 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)地方税法343条1項は,固定資産税は固定資産の所有者に課する旨を定め,同条2項前段は,同条1項の所有者とは,土地又は家屋については,登記簿又は土地補充課税台帳若しくは家屋補充課税台帳に所有者として登記又は登録されている者をいう旨を定めており,同条2項後段は,所有者として登記又は登録されている個人が賦課期日前に死亡しているとき,若しくは所有者として登記又は登録されている法人が同日前に消滅しているとき,又は所有者として登記されている同法348条1項の者(国,都道府県,市町村,特別区等)が同日前に所有者でなくなっているときは,同日において当該土地又は家屋を現に所有している者をいうものとする旨を定めている。なお,地方税法702条1項所定の土地又は家屋を課税客体とする都市計画税の納税義務者は,当該土地又は家屋の固定資産税の納税義務者と同じである(同条,同法343条(3項,8項及び9項を除く。))。
(2)ア 本件固定資産税等の賦課期日(当該年度の初日の属する年の1月1日(地方税法359条,702条の6))においては,本件土地31を除き,本件各土地の登記簿に権利部の登記はなく,その表題部の所有者欄には,本件土地1から9までにつき「大字西」,本件土地10につき「大字原寺,大字西,大字北」,本件土地11及び12につき「踞尾共有地」,本件土地13,17,19及び20につき「共有地」,本件土地14につき「上神谷村大字畑」,本件土地18につき「鶴田村大字菱木,鶴田村大字草部」,本件土地32及び33につき「大字下」,本件土地34につき「大字下共有地」とそれぞれ記載されていた。他方,本件土地31については,本件固定資産税等の賦課期日において,その登記簿の権利部に堺市が所有者として登記されていたが,同土地の所有権は同市には帰属していなかった。
イ 本件各土地は,旧来はため池又はその堤とうであった土地であるが,本件固定資産税等の賦課期日における現況は宅地又は雑種地等であり,いずれも当該各土地の所在する地区の住民の総有に係る財産として,その異動状況の把握のために堺市が作成する財産台帳に登録されている(ただし,本件土地7は平成19年1月に,本件土地11及び12は同20年12月にそれぞれ第三者に売却されたため,これらの土地については上記財産台帳に「処分済」と記載されている。)。そして,上記の財産として上記財産台帳に登録されている財産(以下「台帳登録財産」という。)の管理及び処分については,堺市の定める要綱等において,その決定につき当該地区の住民により組織されている自治会又は町会の総会の決議によることが基本とされている。
(3)本件固定資産税等については,納税義務者を特定することができないとして,その賦課徴収は行われていない。そして,堺市の固定資産税及び都市計画税の法定納期限は毎年5月31日であることから(地方税法11条の4第1項,堺市市税条例(昭和41年堺市条例第3号)39条1項,99条),本件固定資産税等のうち,平成18年度のものは平成23年5月31日の経過により,平成19年度のものは平成24年5月31日の経過により,平成20年度のものは平成25年5月31日の経過により,それぞれその徴収権が時効により消滅している(同法18条1項)。
3 原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断して,本件固定資産税等の納税義務者は本件各土地の所在する地区の住民により組織されている自治会又は町会(以下「関係自治会等」という。)であり,本件各専決権者の一部及び本件各市長は上記納税義務者を特定することができたなどとして,被上告人の請求を一部認容すべきものとした。
(1)関係自治会等は,本件固定資産税等の賦課期日における本件各土地の登記簿上の所有名義人であるとはいえないから,地方税法343条2項前段に基づいて本件固定資産税等の納税義務者に当たるとみることはできない。
(2)他方,一部の土地について固定資産税の納税義務者を特定することができないとしてその賦課徴収を留保し続けることは課税上の衡平を著しく害する結果を招来するものといえるところ,関係自治会等は,台帳登録財産である本件各土地につき,堺市により同市の定める要綱等に従ってその管理処分権限を有する団体として取り扱われることなどから,本件各土地の実質的な所有者と評価することができる。したがって,本件各土地のうち本件土地31以外のものについては,その登記簿の表題部の所有者欄に記載されている「大字西」等の名義によって表章される旧来の地縁団体は消滅しているものと同視し,地方税法343条2項後段を類推適用して,関係自治会等が同項後段にいう「現に所有している者」として当該土地の本件固定資産税等の納税義務者に当たるとみるべきである。また,本件土地31については,同項後段にいう「所有者として登記されている第348条第1項の者が同日前に所有者でなくなっているとき」に該当するから,上記と同様に,関係自治会等が同法343条2項後段にいう「現に所有している者」として同土地の本件固定資産税等の納税義務者に当たると解すべきである。
4 しかしながら,原審の上記3(1)の判断は是認することができるが,同(2)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)憲法は,国民は法律の定めるところにより納税の義務を負うことを定め(30条),新たに租税を課し又は現行の租税を変更するには,法律又は法律の定める条件によることを必要としており(84条),それゆえ,課税要件及び租税の賦課徴収の手続は,法律で明確に定めることが必要である(最高裁昭和55年(行ツ)第15号同60年3月27日大法廷判決・民集39巻2号247頁参照)。そして,このような租税法律主義の原則に照らすと,租税法規はみだりに規定の文言を離れて解釈すべきものではないというべきであり(最高裁昭和43年(行ツ)第90号同48年11月16日第二小法廷判決・民集27巻10号1333頁[東京産業信用金庫事件☆359d],最高裁平成19年(行ヒ)第105号同22年3月2日第三小法廷判決・民集64巻2号420頁[ホステス報酬☆36n3]参照),このことは,地方税法343条の規定の下における固定資産税の納税義務者の確定においても同様であり,一部の土地についてその納税義務者を特定し得ない特殊な事情があるためにその賦課徴収をすることができない場合が生じ得るとしても変わるものではない。
(2)ある土地につき地方税法343条2項後段により固定資産税の納税義務者に該当するというためには,少なくとも,固定資産税の賦課期日において当該者が同項後段にいう「当該土地…を現に所有している者」であること,すなわち,上記賦課期日において当該土地の所有権が当該者に現に帰属していたことが必要である。そして,上記(1)において説示したところに照らせば,ある土地につき,固定資産税の賦課期日においてその所有権が当該者に現に帰属していたことを確定することなく,同項後段に基づいて当該者を固定資産税の納税義務者とすることはできないものというべきである。
 しかるに,原審は,本件各土地につき,本件固定資産税等の賦課期日におけるその所有権の帰属を確定することなく、前記2(2)イの要綱等における取扱い等に照らして関係自治会等をその実質的な所有者と評価することができるなどとして,地方税法343条2項後段の規定を類推適用することにより,関係自治会等が本件固定資産税等の納税義務者に該当する旨の判断をしたものであり,このような原審の判断には,同項後段の解釈適用を誤った違法があるというべきである。
 なお,原審は,前記2(2)イのとおり,堺市の定める要綱等において台帳登録財産の管理及び処分の決定につき当該地区の自治会等の総会の決議に基づくことが基本とされていること等をもって,台帳登録財産である本件各土地につき,関係自治会等が堺市により上記の要綱等に従ってその管理処分権限を有する団体として取り扱われているなどとして,その実質的な所有者と評価することができる旨をいうが,原審の摘示する上記の事情によっても,本件固定資産税等の賦課期日においてその所有権が関係自治会等に現に帰属していたことを基礎付けることはできない。
(3)以上と異なる見解に立って,地方税法343条2項後段の類推適用により関係自治会等が本件固定資産税等の納税義務者に当たるとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,論旨はこの趣旨をいうものとして理由がある。
 以上によれば,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして,本件各土地につき原審において判断されていない地方税法343条4項の適用の有無等について更に審理を尽くさせるため,上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。

ba 昭和五九年(オ)第二一一号 同六一年三月一七日第二小法廷判決
       主   文
原判決を破棄する。
本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人小倉勲の上告理由一ないし四について
 原判決は、(一)(1) 原判決別紙物件目録記載の一三筆の土地(以下「本件土地」という。)は、もと木村孫治郎の所有であり、農地であつたが、同人は、昭和三一年一二月一五日本件土地を含む第一審判決物件目録記載の土地を四ツ橋留蔵に売渡し(以下「本件売買」という。)、売買代金全額の支払を受け、右土地につき同人に対し神戸地方法務局赤穂出張所昭和三二年五月六日受付第九二二号をもつて所有権移転請求権保全仮登記(以下「本件仮登記」という。)をしたが、木村孫治郎は昭和三七年三月四日死亡し、被上告人らがその地位を相続した、(2) 藤井平治は、昭和四三年一一月四日四ツ橋から本件売買契約上の買主たる地位の譲渡を受け(以下「本件地位譲渡契約」という。)、第一審判決物件目録記載の土地につき同月一一日同出張所受付第六二五九号をもつて本件仮登記につき右所有権移転請求権移転の附記登記(以下「本件附記登記」という。)を受けたが、昭和五六年一一月一二日死亡し、上告人らが、藤井平治の地位を相続し、本件土地を占有しているとの事実を確定したうえ、(二)(1) 被上告人らの次の主張、すなわち、本件土地は本件売買当時から農地であつたので、本件売買は農地法所定の県知事の許可が法定条件となつていたところ、上告人らが本件売買に基づき被上告人らに対して有していた県知事に対する許可申請協力請求権(以下「本件許可申請協力請求権」という。)は、本件売買の成立した昭和三一年一二月一五日から一〇年を経た同四一年一二月一五日の経過とともに時効により消滅し、これにより右法定条件は不成就に確定し、本件土地の所有権は四ツ橋に移転しないことが確定したから、本件土地は被上告人らに帰属することに確定した旨の主張を認め、本件土地の所有権に基づき、上告人らに対しその明渡と本件附記登記の扶消登記手続を求める被上告人らの本訴請求を認容すべきであるとし、(2) したがつてまた、本件売買及び本件地位譲渡契約により本件土地が上告人らの所有に帰属するに至つたとの上告人らの主張は排斥を免れないとし、被上告人らに対し本件土地につき本件附記登記に基づく本登記手続を求める上告人らの本件反訴請求を棄却すべきであるとしている。
 しかしながら、原審の右判断は、首肯し難い。その理由は次のとおりである。
 民法一六七条一項は「債権ハ十年間之ヲ行ハサルニ因リテ消滅ス」と規定しているが、他方、同法一四五条及び一四六条は、時効による権利消滅の効果は当事者の意思をも顧慮して生じさせることとしていることが明らかであるから、時効による債権消滅の効果は、時効期間の経過とともに確定的に生ずるものではなく、時効が援用されたときにはじめて確定的に生ずるものと解するのが相当であり、農地の買主が売主に対して有する県知事に対する許可申請協力請求権の時効による消滅の効果も、一〇年の時効期間の経過とともに確定的に生ずるものではなく、売主が右請求権についての時効を援用したときにはじめて確定的に生ずるものというべきであるから、右時効の援用がされるまでの間に当該農地が非農地化したときには、その時点において、右農地の売買契約は当然に効力を生じ、買主にその所有権が移転するものと解すべきであり、その後に売主が右県知事に対する許可申請協力請求権の消滅時効を援用してもその効力を生ずるに由ないものというべきである。そして、本件記録によると、被上告人らが本件許可申請協力請求権の消滅時効を援用したのは昭和五一年二月九日に提起した本件本訴の訴状においてであること、これに対し、上告人らは、原審において、本件土地はすくなくとも昭和四六年八月五日以降は雑木等が繁茂し原野となつたから、本件売買は効力を生じた旨主張し、右主張に副う証拠として乙第三号証を提出していたことが認められるところ、上告人らの右主張事実を認めうるときには、本件売買は、本件土地が右非農地化した時点において、当然にその効力を生じ、被上告人らは本件土地の所有権を喪失するに至つたものというべきであり、したがつて、本件許可申請協力請求権の時効消滅は問題とする余地がなく、また、四ツ橋が本件売買契約上の買主の義務をすべて履行しているという原審確定の事実関係のもとにおいては、本件地位譲渡契約は被上告人らとの間においてもその効力を生じうる余地があるものというべきである。したがつて、上告人らの右主張について審理判断しなかつた原判決には、民法一四五条、一六七条一項の解釈適用の誤り、ひいては審理不尽、理由不備の違法があるものというべきであり、この違法をいう論旨は、理由があるから、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れないところ、上告人らの右主張について審理を尽くさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すこととする。
 よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

bb 最高裁判所第三小法廷平成30年(行ヒ)第139号 令和元年7月16日判決
       主   文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人私市大介の上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
1 本件は,第1審判決別紙物件目録記載の鉄骨・鉄筋コンクリート造陸屋根地下1階付き9階建事務所(平成元年10月建築。以下「本件建物」という。)を所有している上告人が,東京都知事によって決定され固定資産課税台帳に登録された本件建物の平成24年度の価格を不服として東京都固定資産評価審査委員会(以下「本件委員会」という。)に対して審査の申出をしたところ,これを棄却する旨の決定(以下「本件決定」という。)を受けたため,被上告人を相手に,その取消しを求める事案である。
2 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)本件建物の平成24年度の評価に適用される固定資産評価基準(昭和38年自治省告示第158号。平成26年総務省告示第217号による改正前のもの。以下「平成24年度評価基準」という。)は,次のとおり定める。
ア 家屋の評価は,木造家屋及び木造家屋以外の家屋(以下「非木造家屋」という。)の区分に従い,各個の家屋について評点数を付設し,当該評点数を評点1点当たりの価額に乗じて各個の家屋の価額を求める方法によるものとし(第2章第1節一),各個の家屋の評点数は,当該家屋の再建築費評点数を基礎とし,これに家屋の損耗の状況による減点補正率を乗じて付設するものとする(同二)。
イ 非木造家屋の損耗の状況による減点補正率は,通常の維持管理を行うものとした場合において,その年数の経過に応じて通常生ずる減価を基礎として定められた経過年数に応ずる減点補正率(以下「経年減点補正率」という。)によるものとする(第2章第3節五)。
ウ 在来分の非木造家屋(当該年度において新たに課税の対象となる非木造家屋以外の非木造家屋をいう。以下同じ。)に係る再建築費評点数は,原則として,基準年度の前年度における再建築費評点数に再建築費評点補正率を乗じて算出するものとする(第2章第3節四)。
(2)在来分の非木造家屋である本件建物の再建築費評点数は、本件建物の建築当初の評価に適用される固定資産評価基準(昭和38年自治省告示第158号。平成2年自治省告示第203号による改正前のもの)により算出される再建築費評点数について,その後の基準年度ごとに再建築費評点補正率による補正をすることにより算出されることとなる。同固定資産評価基準は,鉄骨,鉄筋及びコンクリートの使用量が明確な建物の主体構造部の再建築費評点数につき,単位当たりの各標準評点数にそれぞれ実際の使用量を乗じて算出するものとする旨を定める(別表第12)。 
(3)東京都知事は,本件建物につき,平成24年度の価格を6億8802万8700円と決定し,これが固定資産課税台帳に登録された(以下,この価格を「本件登録価格」という。)。
(4)上告人は,平成24年4月4日,本件委員会に対し,本件登録価格につき,経年減点補正率の適用に誤りがあるなどとして地方税法(平成26年法律第69号による改正前のもの。以下同じ。)432条1項の規定による審査の申出をした。その際,上告人は,本件建物の再建築費評点数の算出の基礎とされた主体構造部の鉄筋及びコンクリートの使用量に誤りがあるとの主張をしていなかった。本件委員会は,平成27年2月24日,上記申出を棄却する旨の本件決定をした。
(5)上告人は,本件決定のうち価格5億8711万5400円を超える部分の取消しを求めて本件訴えを提起したが,第1審で請求棄却の判決を受けた。上告人は,同判決を不服として,控訴を提起するとともに,本件建物の再建築費評点数の算出の基礎とされた主体構造部の鉄筋及びコンクリートの使用量に誤りがある旨の主張の追加(以下「本件主張追加」という。)をし,これに伴い本件決定のうち価格5億4727万8800円を超える部分の取消しを求めるとして請求の趣旨の変更(以下「本件請求の趣旨変更」という。)をした。
3 原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断し,上告人の訴えのうち本件請求の趣旨変更に係る部分を却下し,その余の部分につき請求を棄却すべきものとした。
 固定資産課税台帳に登録された価格を不服として固定資産評価審査委員会に審査の申出をした者(以下「審査申出人」という。)が,当該申出に対する同委員会の決定(以下「審査決定」という。)の取消訴訟において,同委員会による審査の際に主張しなかった事由を主張することは,同事由について審査を経ていない以上,そのことに正当な理由(行政事件訴訟法8条2項3号)があると認められる特別の事情がない限り,地方税法434条2項,行政事件訴訟法8条1項ただし書の趣旨に反し,許されないものと解するのが相当である。本件では,本件主張追加に係る事由について本件委員会の審査決定を経ないことにつき正当な理由があるとは認められないから,上告人の訴えのうち本件請求の趣旨変更に係る部分は,審査請求前置の要件を充足せず,不適法である。
 そこで,上告人の訴えのうちその余の部分についてみると,本件登録価格は,平成24年度評価基準によって決定される価格を上回るものではないと認められ,本件登録価格の決定を違法ということはできないから,本件登録価格について不服があるとしてされた審査の申出を棄却する旨の本件決定は適法である。 4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)固定資産税の納税者は,その納付すべき当該年度の固定資産税に係る固定資産について固定資産課税台帳に登録された価格(以下「登録価格」という。)に不服がある場合には,固定資産評価審査委員会に審査の申出をすることができ(地方税法432条1項),同委員会に審査を申し出ることができる事項について不服がある固定資産税の納税者は,同委員会に対する審査の申出及び審査決定の取消訴訟によることによってのみ争うことができる(同法434条2項)とされている。上記審査は,納税者の権利を保護するとともに,固定資産税の賦課に係る行政の適正な運営の確保を図る趣旨に出るものであり,同委員会が,職権により,審査に必要な資料の収集等をすることができるものとされていること(同法433条3項,11項,行政不服審査法(平成26年法律第68号による改正前のもの)27条,29条,30条)をも併せ考えると,同委員会は,審査申出人の主張しない事由についても審査の対象とすることができると解すべきである。そうすると,同委員会による審査の対象は,登録価格の適否を判断するのに必要な事項全般に及ぶというべきであり,審査決定の取消訴訟においては,同委員会による価格の認定の適否が問題となるのであって,当該価格の認定の違法性を基礎付ける具体的な主張は,単なる攻撃防御方法にすぎないから,審査申出人が審査の際に主張しなかった違法事由を同訴訟において主張することが,地方税法434条2項等の趣旨に反するものであるとはいえない。
(2)以上によれば,審査申出人は,固定資産評価審査委員会による審査の際に主張しなかった事由であっても,審査決定の取消訴訟において,その違法性を基礎付ける事由として,これを主張することが許されるというべきである。
 そして,上記(1)で説示したところに照らすと,審査申出人が審査決定のうち一定の価格を超える部分に限定してその取消しを求める場合であっても,これは,裁判所が当該固定資産の価格を認定して審査決定を取り消す場合における勝訴判決の上限を画する訴訟行為としての意味を持つにすぎないところ,本件請求の趣旨変更は,本件主張追加に伴って上記上限を変更するにとどまるものであって,これが許されないと解すべき事情は存しない。
5 ところが,原審は,本件訴えのうち本件請求の趣旨変更に係る部分を不適法として却下するとともに,本件主張追加に係る事由によって,本件登録価格が平成24年度評価基準により決定される本件建物の価格を上回ることとならないか否かについて審理判断することなく本件決定を適法としたものであり,原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこれと同旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,上記の点について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

bc [浅妻]根拠条文は?――事業の費用の性質が明らかでない支出は損金算入しない、という旨を明瞭に明言した一般的な条文はないが、敢えて挙げるならば、22条3項損金の定義、及び法人税法22条4項「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」の解釈であろうか。但し公正処理基準のみで何でも損金算入を否定できるとするのは乱暴すぎる。経済的実体としても費用といいがたいという合わせ技が要求されよう。
裁判で費途を明らかにする反証は許されるか?……裁判での反証を遮断する根拠規定はないようにも見えるが、きちんと費途を明らかにしてこなかったこと自体が法人税法22条4項違反及び損金経理要件(74条1項、2条25号)を満たさず損金算入不可となる、という筋も考えられる。

bd 被上告人のした本件決定処分は、上告人の昭和三八年における総所得金額に対する課税処分であるから、その審査手続における審査の範囲も、右総所得金額に対する課税の当否を判断するに必要な事項全般に及ぶものというべきであり、したがつて、本件審査裁決が右総所得金額を構成する所論給与所得の金額を新たに認定してこれを考慮のうえ審査請求を棄却したことには、所論の違法があるとはいえない(なお、本件審査裁決は、審査請求を棄却しているから、不利益変更の禁止に触れないことはいうまでもない。)そして、本件決定処分取消訴訟の訴訟物は、右総所得金額に対する課税の違法一般であり、所論給与所得の金額が、右総所得金額を構成するものである以上、原判決が本件審査裁決により訂正された本件決定処分の理由をそのまま是認したことは、所論の違法は認められない。論旨は、ひつきよう、独自の見解に立つて原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

be 相続税法64条に関する判例は多くないが、参照:一高龍司「時価の13倍を超える対価を伴う不動産売買契約が相続税法上の同族会社行為計算否認規定の適用を受けるとされた事例―大阪地判平成18年10月25日(LEX/DB:文献番号25451315)―」速報税理2010年9月1日26-27頁

bf  上告代理人酒見哲郎、同田中実の上告理由第一点及び第三点について
 被上告人が本件追加主張を準備手続において提出しなかったのはその故意又は重大な過失によるものではないとし、また、準備手続終結後の口頭弁論において被上告人に本件追加主張の提出を許しても訴訟を著しく遅滞させることにはならないとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係及び記録に現われた本件訴訟の経過に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
 同第二点及び第三点について
 論旨は、要するに、被上告人の本件追加主張は本件更正処分の通知書に附記された更正の理由とは異なる新たな事実を内容とするものであって、これを本件更正処分の適否に関する攻撃防禦方法としてその取消訴訟である本件訴訟において提出することは許されないものと解すべきところ、被上告人が本件追加主張を提出することは妨げないとした原判決は、当裁判所昭和四三年(行ツ)第六一号同四七年一二月五日第三小法廷判決・民集二六巻一〇号一七九五頁に違背し、法令の解釈適用を誤ったものである、というのである。
 そこで検討するに、原審が適法に確定したところによれば、(一)宅地の分譲販売等を業とする上告人は、本件係争事業年度において本件不動産を七六〇〇万九六〇〇円で取得しこれを七〇〇〇万円で販売したものとして、右事業年度の法人税につき青色申告書による確定申告をした、(二)これに対して、被上告人は、本件不動産の取得価額は六〇〇〇万円であるとして、他の理由とともにこれを更正の理由として更正通知書に附記し、本件更正処分をした、(三)ところが、被上告人は、本訴における本件更正処分の適否に関する新たな攻撃防禦方法として、仮に本件不動産の取得価額が七六〇〇万九六〇〇円であるとしても、その販売価額は九四五〇万円であるから、いずれにしても本件更正処分は適法であるとの趣旨の本件追加主張をした、というのであって、このような場合に被上告人に本件追加主張の提出を許しても、右更正処分を争うにつき被処分者たる上告人に格別の不利益を与えるものではないから、一般的に青色申告書による申告についてした更正処分の取消訴訟において更正の理由とは異なるいかなる事実をも主張することができると解すべきかどうかはともかく、被上告人が本件追加主張を提出することは妨げないとした原審の判断は、結論において正当として是認することができる。そして、右のように解しても、所論引用の判例の趣旨に反するものではない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

bg 大阪銘板事件・大阪高判昭和43年6月28日行集19巻6号1130頁
(一) 控訴人は、当審で新な主張として、旧規則の「第一節の二役員の報酬、賞与及び退職給与金」中の旧規則一〇条の三第六項四号の規定は、旧法九条八項(昭和三四年法律第一九六号による改正前は七項であった以下同じ)の委任に基づく命令でなく、同条一項の解釈規定であると主張している。
 憲法七三条六号、内閣法一一条によると、政令は法律の委任に基づかないでは、国民の権利義務に関する規定を設けることができないが、みぎ旧規則第一節の二したがって規則一〇条の三第六項四号の規定は、国民の権利義務に多大の影響を及ぼすものであることはこの規定の趣旨から明白であるし、旧法九条一項にはその解釈規定を設けることを命令に委任するとの文言はない。したがって、控訴人の主張は到底採用できない。
 当裁判所は、みぎ旧規則第一節の二の各規定は、旧法九条八項の委任に基づくと解する。
(二) 旧法九条八項は、「前六(改正前五)項(九条二項ないし七(改正前六)項及び九条の二ないし九に規定するものの外、第一項の所得の計算に関し必要な事項は命令でこれを定める。」と規定しているので、益金損金への算入、不算入についてまで、命令で、みぎに列挙された諸条項と同様の定めができるように見える。  しかし、租税法律主義の原則から、法律が命令に委任する場合には、法律自体から委任の目的、内容、程度などが明らかにされていることが必要であり、損金益金への算入不算入といった課税要件について、法律で概括的、白地的に命令に委任することは許されないと解するのが相当である。
 したがって、みぎ九条八項により、命令で、法律と同様な前記課税要件を広範囲にわたって規定することまでも委任したものではないし、まして、命令で、本来損金の性質を有し、これまで損金として取り扱われることに理論上も実務上もなんら怪しまれることがなかったものを、益金とするようなことは到底できないことは当然である。
(三) 使用人役員(社長、副社長、代表取締役、常務取締役、専務取締役、清算人、業務執行社員、監査役、監事以外のいわゆる平取締役であって一般従業員と同様使用人としての職務を有する者)に支給される賞与のうち、使用人としての職務の対価として支給される分は、損金の性質を有し、従来から理論上も実務上も損金として経理すべきものとされ、同族会社においても同断であったこと、同族会社については、別に旧法三一条の三に同族否認の規定があり、抽象的一般的でなく、具体的個別的に同族会社であるために起り勝ちな不当な行為計算が否認されたこと、以上のことは、当裁判所に顕著な事実である(法人の役員であって、別に使用人として職務を兼務するものに対して支給した賞与であって役員賞与と使用人賞与とを明瞭に区分したものは、使用人賞与中、その金額が妥当であると認められる部分に限り損金に算入する(基本通達二六三)。法人が使用人職務を兼務している役員に対する賞与を全額損金に算入している場合においては、当該役員とほぼ同資格にあると認められる他の役員の賞与と当該役員とほぼ同地位にあると認められる他の使用人の賞与の両者から適宜勘案し、使用人賞与として適当と認められる金額についてはこれを認めるものとする(昭和二六年五月二八日回答)。(神戸地判昭和三一年七月一三日、熊本地判昭和三三年六月一九日、福岡地判昭和三四年一一月二七日など参照)。
 ところが、昭和三四年になって旧規則を制定施行したが、この規則一〇条の三第六項四号は、同族会社役員のうち、同族判定の基礎となる株主、社員若しくは同族関係者(以下同族関係者という)を使用人役員から除外したので、旧規則一〇条の四の規定とあいまって、これらの者に対する賞与のうち、これまで使用人役員に認められ、旧規則一〇条の四但書によっても認められている使用人としての職務の対価の性質のある部分に該当するものまで、一率に損金性を否定するように条文の文言上受けとられた。
 なるほど、同族会社では、控訴人が当審で主張するように、多くの経理上の不正が行なわれることは顕著な事実であるが、そうだからといって、同族会社は、すべて資本と経理とが分離されず、過半数の株式を保有する少数の大株主によって会社は支配されその影響力は絶大であると断言するのは正しくない。同族関係者のすべてが、同族会社の事業を主宰しているグループの一員として会社支配に大きな影響力があるわけではなく、却って、同族会社では、いわゆるワンマンが会社を支配し、同族関係者はむしろその頤使のもと、唯唯諾諾として使用人としての地位に甘んじている場合の極めて多いことにも留意されるべきである。
 このような、同族関係者が真実使用人として職務に従事し、その対価として得られる賞与については、損金に算入されるのが、事柄の性質上当然といわなければならない。
 このような性質において損金であるものを、法律の明確な委任のない命令で益金とすることができないことも前述したとおりであるから、同族関係者の賞与に対し、旧規則一〇条の三第六項四号、一〇条の四本文を形式的に一率に適用してこれを損金としないで、一〇条の四本文の役員賞与中には、その性質において損金性を有する賞与は含まないと解するのが相当である。このことは、命令では確認的な規定を設けることはできても創設的な規定は設けられないことと合致し、また旧規則一〇条の三第六項四号をすべて租税法律主義に反し無効であるとする解釈態度を止揚できる点で妥当な解釈といえる。
 この解釈をとると、旧規則一〇条の四但書の適用を受ける使用人役員と、旧規則一〇条の三第六項四号所定の者との間に差異がないことになり明文に反するとの疑念を生ずるが、前者は、旧規則一〇条の四但書を正面から適用されるのに対し、後者は、みぎ但書の適用を受けないからといって、直ちに旧規則一〇条の四本文の適用を全面的に受けるのではなく、その適用があるかどうかはもっぱら、みぎ本文にいうところの損金の性質がない役員賞与に該当するかどうかによって決められ、みぎ四号に所定の者のうち、経営者の立場になく、使用人の立場でその職務に従事する者の使用人賞与は、損金とされるわけで、これは、旧規則一〇条の四本文がこのような賞与に適用されず、損金経理を、みぎ本文で否認できないことから反射的にそうなるのである。
(四) この視点に立って本件を観る。
1 本件が問題になっている各事業年度(山口栄については第一事業年度)において、山口光ら四名が平取締役であるかたわら、山口栄は被控訴会社の本社倉庫係長、山口光は本社工場長、伊藤金一郎は被控訴会社稲田工場長、上田一郎は同工場倉庫係長としての職制上の使用人の地位をも兼ねていたことは当事者間に争いがなく、原審証人山口光、同山口栄、同伊藤金一郎、同上田一郎、同中村富吉、同森安敬一の各証言や弁論の全趣旨を総合すると、前記の者は、それぞれ次のような職務内容で、休日を除き工場に常時出勤したうえ使用人としての職務に従事したもので、出社退社時刻も備付のタイムレコーダーによって記録し、勤務条件ないし状況は他の同等の地位職種にある役員を兼ねない一般の使用人と異なるところのなかったことが認められ、この認定に反する証拠はない。   (図一)
 そうすると,山口光ら四名は、各事業年度において、被控訴会社の平取締役ではあるが、役員としての業務執行権限はなく、代表取締役の事業執行の補助者すなわち他の業務執行担当役員の指導監督の下に、職制上使用人としての地位を有し、そのうえ常時使用人としての職務に従事していたものというべきであって、これを会社経営者と同視することはできない。 
2 原審証人山口光、同山口栄、同伊藤金一郎、同上田一郎の各証言や弁論の全趣旨を総合すると、山口光ら四名は、いずれも各事業年度に役員賞与のほかに、使用人賞与を受けたが、その支給期日は、一般使用人と同様、毎年七、一二月であり、その賞与額も一般使用人の賞与支給率に準じた額で、特に役員であることを理由に、他の従業員の二倍以上の支給率によったものではなかったことが認められ、この認定に反する証拠はない。
3 そうすると、山口光ら四名に支給された賞与は、少なくともその半額は損金と認めるべきである。そのわけは、わが国の使用人賞与の実態は、使用人に対し、その職務の対価として月月与えられる給料(賃金)を低額におさえておく一方、その不足分の補充として年二回に賞与という名目で与えられるものが多く、これは、実質上給料(賃金)の一部の一括後払いの性質をもつものであるから、課税回避のためことさらこれを多額に計上するなど特段の事情がない限り、給料(賃金)と同様、会社の事業活動上の必要経費として損金算入を認めるべきであるからである。そうして、本件では、そのような特段の事情を認めることのできる証拠はない。
二、以上の説示によると、本件で問題になっているいわゆる使用人役員賞与中、少なくてもその半額は旧規則一〇条の四本文の賞与に該当しないから、これを損金経理したことをみぎ本文によって否認することはできない筋合である。したがって、控訴人が、この部分を益金として本件課税処分をしたことは違法であり、これを取消した原判決は、結論において相当であって、本件控訴は失当として棄却を免れない。

N&Q 1. (1)法人税法9条1項・8項(当時)と規則(政令)の規定の内容の整理
(2) 一審「要するに新たな租税を設けると同一の効果」
 控訴理由「解釈規定であって…創設的に定められた規定ではな」い。
 控訴審「法律自体から委任の目的、内容、程度などが明らかにされていることが必要」「課税要件について、法律で概括的、白地的に命令に委任することは許されない」
(3) 行政命令への委任が有効となるための条件
(4) 性質上費用とされているものの損金算入を否定することが細目的といえるか?
(5) 一般的・白紙的委任でも政令の内容が妥当ならば良いか?――租税法律主義(の中の課税要件法定主義)の意義、すなわち民主主義の意義をどう捉えるか、の問題。[浅妻]中身が妥当な租税の規定をアメリカ人が定めたとして、規定があれば課税要件明確主義の問題(自由主義からくる予測可能性の問題)は生じないし、内容に関しても、もしかしたら日本の国会よりアメリカ人の方が合理的な租税の規定を作ってくれるかもしれない。しかし、租税法は政治的闘争の果てにできるものである、という点は恐らく看過できない。政令の場合は、官僚に授権するかどうかという問題。
(6)「委任命令の体系のみから論理的に導き出すことができるか」「何らかの基礎的な考え方に照らして事案が判断されていると考えるべきか」――論理体系のみならず、会計における扱いなど、背景事情も考慮されるか?例えば、会計において役員賞与が性質上費用とされていなかったとしたら、その損金算入を否定する政令が租税法律主義違反とされたかどうか?

N&Q 2&3. 使用人兼務役員となりえない役員--政令に委任(省略)。現在は「役員給与」で統一。
同族会社の行為・計算の否認規定だけでは対処しがたい部分……税「負担を不当に減少させる」場合に本件が当たるか? 費用性が認められる役員給与の損金算入が法132条で否認されうるか?[浅妻]税「負担を不当に減少させる」場合……費用でないものを費用であるとして損金にすることなどであろうが、役員に支給される金員のどの部分が税の「負担を不当に減少させる」部分であるのか、つまりどこからどこまでが費用でどこからが費用でなくなるのか、みなし規定なしに対処するのは難しかろう。また、本件のように費用性が認められるとされた部分については、なおさら否認しがたかろう。

bh 「委任命令の体系のみから論理的に導き出すことができるか」「何らかの基礎的な考え方に照らして事案が判断されていると考えるべきか」――論理体系のみならず、会計における扱いなど、背景事情も考慮されるか?例えば、会計において役員賞与が性質上費用とされていなかったとしたら、その損金算入を否定する政令が租税法律主義違反とされたかどうか?

bi  上告代理人中条政好の上告理由の一、法令違背の点について。
 論旨は、上告人の昭和二三年度及び同二四年度の所得金額の更正にあたって、農業所得を実態調査によらず所得標準率をもって推算したことは、当時の所得税法九条一項九号の規定に違背し、しかも所得計算に推計を行うことを認める根拠規定を欠いた当時の所得税法のもとでかかる推計方法をとることは、違法であるにとどまらず、憲法八四条に違反するものというにある。
 しかし、当時の所得税法九条一項九号の規定は、所得税の課税標準となるべき所得額が、いわゆる事業等所得についてはどのような数額であるべきかを定めたものにすぎず、同号に従って決定せらるべき所得額がどれほどになるかを、つねに実額調査の方法によってのみ決定しなければならないことまでを定めたものと解することはできない。所得税法が、信頼しうる調査資料を欠くために実額調査のできない場合に、適当な合理的な推計の方法をもって所得額を算定することを禁止するものでないことは、納税義務者の所得を捕捉するのに十分な資料がないだけで課税を見合わせることの許されないことからいっても、当然の事理であり、このことは、昭和二五年に至って同法四六条の二(現行四五条三項)に所得推計の規定が置かれてはじめて可能となったわけではない。かように、法律の定める課税標準の決定につき、時の法律においても許容する推計方法を採用したことに対し、憲法八四条に違反すると論ずるのは、違憲に名をかりて所得税法の解釈適用を非難するものにほかならない。論旨は理由がないものといわなければならない。
 同二、事実誤認の違法について。
 論旨は、要するに所得標準率を使用して農業所得を推計することは、農家の実情にかんがみ妥当でなく、かかる推計方法の採用は、上告人の所得の実態を誤認し、実質課税の原則に違背するというにある。
 しかし、本件における所得標準率の使用につき、具体的にいかなる点に不合理が存するかを指摘することなく、一般的にその使用は弊害ありというにとどまる論旨は、採用に由ないものといわなければならない。
 同三、重大な瑕疵につき判断を逸脱した違法について。
 論旨は、上告人に対してなされた本件更正決定は、理由の付記を欠き、また本件審査決定も、理由を具体的に示さない違法があるというにある。
 しかし、所論のような違法事由は、原審において全く争われていなかったところであるのみならず、本件更正決定はもちろん、本件審査決定についても、当時の法規によれば、これに理由を付すべき旨を要求されていなかったのであるから、原判決がこれにつき判断を示さなかったとしても、なんら違法は存せず、論旨は理由がない。
 同四、審理不尽の違法について。
 論旨は、原審において、上告人は被上告人の所得標準率についての主張を否認したのにかかわらず、原判決が、右標準率の正当性の証明なくしてその適用を認めたのを、失当というにある。
 しかし、右の点については、原判決は第一審判決を引用し、第一審判決は、本件が推計課税によるのをやむをえない事情にあることを認定し、その採用する所得標準率が上告人の農業所得を推計するのに妥当なものであることを、各証拠に基づいて判断しているのであるから、所論のような違法は存せず、論旨は採用することができない。

bj  所論は、民法七六二条一項は、憲法二四条に違反するものであると主張し、これを理由として、原審において、右民法の条項が憲法二四条に違反するものとは認められず、ひいて右民法の規定を前提として、所得ある者に所得税を課することとした所得税法もまた違憲ではないとした原判決の判示を非難するのである。
 そこで、先ず憲法二四条の法意を考えてみるに、同条は、「婚姻は……夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。」、「配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。」と規定しているが、それは、民主主義の基本原理である個人の尊厳と両性の本質的平等の原則を婚姻および家族の関係について定めたものであり、男女両性は本質的に平等であるから、夫と妻との間に、夫たり妻たるの故をもつて権利の享有に不平等な扱いをすることを禁じたものであつて、結局、継続的な夫婦関係を全体として観察した上で、婚姻関係における夫と妻とが実質上同等の権利を享有することを期待した趣旨の規定と解すべく、個々具体の法律関係において、常に必らず同一の権利を有すべきものであるというまでの要請を包含するものではないと解するを相当とする。
 次に、民法七六二条一項の規定をみると、夫婦の一方が婚姻中自己の名で得た財産はその特有財産とすると定められ、この規定は夫と妻の双方に平等に適用されるものであるばかりでなく、所論のいうように夫婦は一心同体であり一の協力体であつて、配偶者の一方の財産取得に対しては他方が常に協力、寄与するものであるとしても、民法には、別に財産分与請求権、相続権ないし扶養請求権等の権利が規定されており、右夫婦相互の協力、寄与に対しては、これらの権利を行使することにより、結局において夫婦間に実質上の不平等が生じないよう立法上の配慮がなされているということができる。しからば、民法七六二条一項の規定は、前記のような憲法二四条の法意に照らし、憲法の右条項に違反するものということができない。
 それ故、本件に適用された所得税法が、生計を一にする夫婦の所得の計算について、民法七六二条一項によるいわゆる別産主義に依拠しているものであるとしても、同条項が憲法二四条に違反するものといえないことは、前記のとおりであるから、所得税法もまた違憲ということはできない。  されば右説示と同趣旨に出た原判決は正当であつて、所論は採るを得ない。

bk [浅妻]金子宏租税法24版85頁「解釈によってその異議を明確にすること」が困難か可能かという区別。法学的センスの修得を測る格好の素材。解釈は法律の建前上発見であって創造ではない、ということに留意すべし。法の不知は恕せず、というが、法解釈の誤り(裁判官と違う解釈に則って行動してしまうこと)も許されない。 以下、余談――刑法の誤想過剰防衛も復習されたし。参照:英国騎士道事件・最決昭和62年3月26日刑集41巻2号182頁――誤想防衛ならば故意が阻却される(一審千葉地判昭和59年2月7日判時1127号159頁)が、回し蹴りが過剰防衛に当たるかは法解釈の問題であり、本人が防衛のつもりでも客観的に防衛の範囲に収まらない(過剰防衛に当たる)回し蹴りをする意図があるならば故意が阻却されない。

bl Abgabenordnung (租税通則法) 42条(訳:金子宏租税法24版136頁)
改正前 「(1) 租税法律は、法の形成可能性の乱用によって回避することはできない。濫用が存在する場合には、租税請求権は、経済事象に適合した法的形成(einer den wirtschaftlichen Vörgangen angemessenen rechtlichen Gestaltung)の場合に成立するのと同じく成立する。
(2) 前項の規定は、その適用可能性が法律上明文で排除されていない場合に適用することができる。」

2007年改正後 「(1) 租税法律は、法の形成可能性の濫用によって回避することはできない。租税回避の防止のための個別租税法律の規定の要件が充足される場合には、当該規定によって法効果が決定される。それ以外の場合において、第2項に規定する乱用が存在するときは、租税請求権は、経済事象に適合する法的形成をした場合に成立するのと同じく成立する。
(2) 濫用は、不相当な法的形成が選択され、相当な形成と比較して、納税義務者または第三者に法律上想定されていない租税利益〔税負担の軽減ないし排除〕がもたらされる場合に、納税義務者が、その選択した当該法的形成について状況の全体像から見て租税外の相当な理由があることを証明した場合には、存在しないものとする。」

参照:谷口勢津夫「ドイツにおける租税回避の一般的否認規定の最近の展開」『税務大学校論叢40周年記念論文集』(2008)

bm 最高裁判所第一小法廷令和2年(行ヒ)第303号 令和4年4月21日判決
       主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人舘内比佐志ほかの上告受理申立て理由(第6を除く。)について
 以下、法人の名称は別表記載の略称により表記する。
1 被上告人は、平成20年12月期(平成20年10月7日から同年12月31日までの事業年度)及び平成21年12月期(平成21年1月1日から同年12月31日までの事業年度。以下、その後の事業年度も同様に表記する。)から平成24年12月期までの各事業年度(以下「本件各事業年度」という。)に係る法人税の確定申告において、被上告人と同じ企業グループに属するUMIFからの金銭の借入れ(以下「本件借入れ」という。)に係る支払利息(以下「本件支払利息」という。)の額を損金の額に算入したところ、麻布税務署長は、同族会社等の行為又は計算の否認に関する規定である法人税法132条1項を適用し、上記の損金算入の原因となる行為を否認して被上告人の所得の金額につき本件支払利息の額に相当する金額を加算し、本件各事業年度に係る法人税の各更正処分及び平成20年12月期を除く本件各事業年度に係る過少申告加算税の各賦課決定処分(以下、併せて「本件各処分」という。)をした。
 本件は、被上告人が、上告人を相手に、本件各処分(上記各更正処分については申告額を超える部分)の取消しを求める事案であり、本件借入れが法人税法132条1項にいう「これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」に当たるか否かが争われている。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
(1)被上告人及びその属する企業グループの概要
ア 被上告人は、平成20年10月7日に設立された音楽に関する事業(以下「音楽事業」という。)を目的とする合同会社であり、フランス法人であるヴィヴェンディが直接的又は間接的に全ての株式又は出資(以下「全持分」という。)を保有する法人から成る企業グループ(以下「本件企業グループ」という。)のうち、音楽事業を担当する部門(以下「本件音楽部門」といい、これを構成する法人を「本件音楽部門法人」と総称する。)に属している。また、被上告人は、法人税法2条3号にいう内国法人であり、平成27年法律第9号による改正前の同条10号にいう同族会社に当たる。
イ 本件企業グループは、音楽事業のほか、テレビ、映画等のメディアに関する事業を行う企業グループである。別表記載の法人(ヴィヴェンディを除く。)は、いずれも本件音楽部門に属していたところ、本件音楽部門法人についての平成20年9月以前の主な資本関係は、第1審判決別紙5のとおりであり、このうち内国法人の資本関係の概要等は、次のとおりであった。
(ア)本件音楽部門法人である内国法人(以下「日本の関連会社」という。)には、UMKK、UMPKK、MGBKK及びV2Jがあった。
(イ)UMKKは、その全持分をオランダ法人であるUMTCにより保有されており、UMTCは、その全持分をオランダ法人であるポリグラムにより間接的に保有されていた。また、UMPKKは、その全持分をUMKKにより保有されていた。
(ウ)MGBKKは、その全持分をオランダ法人であるMGBBVにより保有されており、MGBBVは、その全持分をポリグラムにより保有されていた。
(エ)V2Jは、その全持分を英国法人であるV2により保有されており、V2は、その全持分をポリグラムにより間接的に保有されていた。
(2)組織再編成に係る取引
ア 本件企業グループは、平成12年(2000年)以降、本件音楽部門法人の数が増加し、資本関係も複雑化したことから、組織再編成を行ってきたところ、その基本方針は、一つの国に一つの持株会社を設置し、その傘下に事業会社等を所属させ、法人の数を減らすとともに、各国の法人間で資本と負債のバランスを適正にするというものであった。そして、本件企業グループは、遅くとも平成20年(2008年)7月23日までに、日本の関連会社について組織再編成等を行うための計画(以下「本件再編成等スキーム」という。)を策定した。
イ 本件企業グループにおいては、次の(ア)〜(オ)のとおり、本件再編成等スキームに基づく組織再編成に係る取引(以下「本件組織再編取引」と総称する。)が行われた(特に断らない限り、この項の月日は、平成20年(2008年)のものをいう。)。
(ア)被上告人の設立と増資
 ポリグラムが全持分を保有する英国法人であるCMHは、9月25日、オランダ法人であるCMHLを設立し、CMHLは、10月7日、被上告人を資本金200万円で設立した。そして、被上告人は、同月29日、CMHLから295億円の追加出資(以下「本件追加出資」という。)を受けた。
(イ)本件借入れ
 被上告人は、10月29日、フランス法人であるUMIFとの間で、無担保で866億6132万円を借入れる旨の金銭消費貸借契約を締結し、同日、UMIFから同額の交付を受けた(本件借入れ)。本件借入れの約定は次のa〜dのとおりであり、そのうち利息及び返済期間については、被上告人が多額の利益を生じていたUMKKを吸収合併すること(以下「本件合併」という。)によりその事業を承継することを前提に、予想される利益に基づいて決定された。
a 借入金は、UMKK、MGBKK及びV2J(以下「本件各内国法人」という。)の株式の購入代金及びその関連費用にのみ使用される。
b 利息の利率は、平成26年(2014年)10月29日までは年6.8%、その後は年5.9%とする。
c 被上告人は、平成40年(2028年)10月29日に借入金残額及び経過利息等を返済する。
d 被上告人は、平成21年(2009年)10月29日までであれば300億円を限度として借入金を返済することができ、平成26年(2014年)10月29日以降はいつでも借入金の全部の返済をすることができる。
(ウ)被上告人による本件各内国法人の全発行済株式の取得(買収)
a 被上告人は、10月29日、UMTCからUMKKの全発行済株式を代金1144億1800万円で購入する旨の売買契約を締結し、UMTCに対して同額を支払って上記株式を取得した(以下、この株式の取得を「本件UMKK買収」という。)。
b 被上告人は、10月29日、MGBBVからMGBKKの全発行済株式を代金14億6900万円で購入する旨の売買契約を締結し、MGBBVに対して同額を支払って上記株式を取得した(以下、この株式の取得を「本件MGBKK買収」という。)。
c 被上告人は、10月29日、V2からV2Jの全発行済株式を代金2000ポンドで購入する旨の売買契約を締結し、V2に対して同額に相当する32万円を支払って上記株式を取得した(以下、この株式の取得を「本件V2J買収」という。)。
(エ)被上告人によるUMPGKの設立
 被上告人は、11月6日、UMPGKを設立した。
(オ)被上告人及びUMPGKによる吸収合併
a 被上告人とUMKKは、11月10日、被上告人を存続会社とし、UMKKを消滅会社として吸収合併する旨の契約を締結し、平成21年1月1日に合併の効力が生じた(本件合併)。
b UMPGKとMGBKK及びUMPKKは、UMPGKを存続会社とし、MGBKK及びUMPKKを消滅会社として吸収合併する旨の契約を締結し、平成21年7月1日に合併の効力が生じた。
ウ 本件組織再編取引の結果、本件音楽部門法人についての主な資本関係は、第1審判決別紙6のとおりとなったところ、日本の関連会社についての資本関係は、次のとおりとなった。
(ア)ポリグラムがCMHの全持分を保有し、CMHがCMHLの全持分を保有し、CMHLが被上告人の全持分を保有する。
(イ)被上告人が、UMPGK及びV2Jの全持分を保有する。
(ウ)従前、本件各内国法人の全持分をそれぞれ保有していたUMTC、MGBBV及びV2は、いずれも、日本の関連会社の株式又は出資を保有しない。
(3)本件組織再編取引に伴う資金面に関する取引
ア 本件企業グループにおいては、平成20年(2008年)10月29日、次の(ア)〜(エ)のとおり、本件追加出資、本件借入れ及び本件各内国法人の買収についての資金面に関する取引(以下「本件財務関連取引」と総称し、これと本件組織再編取引を総称して「本件組織再編取引等」という。)が行われた。
(ア)本件追加出資の原資(295億円)の調達
 ヴィヴェンディは、フランス法人であるUMGTに対して、UMGTは、英国法人であるUMOに対して、順次、1億9995万4332.16ポンドを送金し、UMOは、CMHに対して、これを出資金として送金した。CMHは、ヴィヴェンディとの間で上記金員について両替をして2億4719万2894.25ユーロを得た上で、CMHLに対し、これを出資金として送金した。そして、CMHLは、ヴィヴェンディとの間で上記金員について両替をして295億円を得た上で、被上告人に対し、これを出資金として送金した(本件追加出資)。
(イ)本件借入れの原資(866億6132万円)の調達
a ヴィヴェンディは、UMGTに対して、UMGTは、UMIFに対して、順次、4億6555万6980.06ユーロを送金した。UMIFは、ヴィヴェンディとの間で上記金員について両替をして555億5957万円を得た。
b ヴィヴェンディは、UMGTに対して、UMGTは、UMIFに対して、順次、300億円を送金した。
c ヴィヴェンディは、UMGTに対して、UMGTは、UMIFに対して、順次、923万2026.14ユーロを送金した。UMIFは、ヴィヴェンディとの間で上記金員について両替をして11億0175万円を得た。
d UMIFは、被上告人に対して、上記の合計866億6132万円を貸付金として送金した(本件借入れ)。
(ウ)本件UMKK買収の代金(1144億1800万円)の送金等
a UMTCは、ヴィヴェンディとの間で、被上告人から支払われた本件UMKK買収の代金について両替をして、9億5875万6494.05ユーロを得た。
b UMTCは、ポリグラムに対して、貸付金として、ポリグラムは、UMIFに対して、借入れの返済金として、順次、上記aの金員のうち4億8292万3460.10ユーロを送金した。
c UMTCは、オランダ法人であるUIMBVに対して、上記aの金員のうち4億7583万3033.95ユーロを貸付金として送金した。
 UIMBVは、このうち4億0932万3498.58ユーロをUMIFに対して、その余の6650万9535.37ユーロをUMGTに対して、それぞれ借入れの返済金として送金した。
d UMIFは、UMGTに対して、上記b及びcのとおり送金を受けた合計8億9224万6958.68ユーロを送金した。
e UMGTは、ヴィヴェンディに対して、上記c及びdのとおり送金を受けた合計9億5875万6494.05ユーロを送金した。
(エ)本件MGBKK買収の代金(14億6900万円)の送金等
 MGBBVは、ヴィヴェンディとの間で、被上告人から支払われた本件MGBKK買収の代金について両替をして、1230万9368.19ユーロを得た。そして、MGBBVは、UIMBVに対して、UIMBVは、UMGTに対して、UMGTは、ヴィヴェンディに対して、順次、1230万9368.19ユーロを送金した。
イ 本件財務関連取引による資金量の変動は、ヴィヴェンディが2億7432万円の資金減少、被上告人が2億7400万円の資金増加、UMOが32万円の資金増加(本件V2J買収の代金)であり、他の本件音楽部門法人には、結果的に資金量の変動はなかった。
(4)本件組織再編取引等の目的等
ア 本件組織再編取引等は、本件再編成等スキームの策定に当たり設定された次の目的(以下「本件各目的」という。)を同時に達成することを企図するものであった。
(ア)本件音楽部門のオランダ法人全体の負債を軽減するための弁済資金を調達すること
(イ)日本の関連会社を1社の傘下にまとめること
(ウ)日本における音楽出版社を合併により1社とすること
(エ)日本の関連会社が保有する円資金の余剰を解消し、ヴィヴェンディが為替に関するリスクヘッジをすることなく、ユーロ市場での投資活動を行うことを可能にすること
(オ)日本の関連会社の資本構成に負債を導入し、日本の関連会社が保有する円建ての資産及び日本の関連会社が生み出す円建てのキャッシュ・フローに係る為替に関するリスクを軽減すること
(カ)業務と資本の各系統の統一を図ることにより経営を合理化・効率化すること及びUMOが保有する資金の余剰を減少させること
(キ)日本の関連会社を合同会社にすることにより、米国の税制上のメリットを受け、又はデメリットを回避するとともに、被上告人を含む日本の関連会社の柔軟かつ機動的な事業運営を行うこと
(ク)当時検討されていた日本における本件音楽部門法人以外の音楽事業会社の買収に備えること
イ(ア)本件音楽部門は、米国法人であるUMGが直接的又は間接的に全持分を保有する法人から成るところ、本件各内国法人が株式会社であったため、米国の税制上、本件各内国法人についていわゆるチェック・ザ・ボックス規則による構成員課税を選択することができず、これを選択することによるメリットを受けることができなかったが、本件音楽部門において日本を統括する会社となった被上告人が合同会社として設立されたことにより、被上告人について上記構成員課税を選択することができるようになった。
(イ)合同会社は、株式会社との対比において、より機動的な事業運営が可能となるところ、合同会社である被上告人の定款には、被上告人の業務は業務を執行する社員が決定すること及び同社員はCMHLとすることが定められた。
(5)本件各処分
ア 被上告人は、本件各事業年度につき、次の(ア)〜(オ)のとおりの本件支払利息の額を損金の額に算入し、第1審判決別表1、3及び5のとおり法人税の確定申告を行った。なお、平成21年12月期から平成24年12月期までの本件支払利息の額は、益金の額の過半に相当し、これを損金の額に算入すると法人税の額が大幅に減少することとなるものであった。
(ア)平成20年12月期 10億4763万9069円
(イ)平成21年12月期 44億1081万6562円
(ウ)平成22年12月期 39億0648万3229円
(エ)平成23年12月期 39億0648万3228円
(オ)平成24年12月期 38億1329万7033円
イ これに対し、麻布税務署長は、上記アの損金算入は被上告人の法人税の負担を不当に減少させる結果となるものであるとして、法人税法132条1項を適用し、その原因となる行為を否認し、被上告人の所得の金額につき本件支払利息の額に相当する金額を加算して、被上告人の本件各事業年度に係る法人税の額を計算し、第1審判決別表1、3及び5のとおり本件各処分をした。
3(1)法人税法132条1項は、同項各号に掲げる法人である同族会社等においては、その意思決定が少数の株主等の意図により左右され、法人税の負担を不当に減少させる結果となる行為又は計算が行われやすいことから、税負担の公平を維持するため、そのような行為又は計算が行われた場合に、これを正常な行為又は計算に引き直して法人税の更正又は決定をする権限を税務署長に認めたものである。このような同項の趣旨及び内容に鑑みると、同項にいう「これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」とは、同族会社等の行為又は計算のうち、経済的かつ実質的な見地において不自然、不合理なもの、すなわち経済的合理性を欠くものであって、法人税の負担を減少させる結果となるものをいうと解するのが相当である。
(2)同族会社等による金銭の借入れが上記の経済的合理性を欠くものか否かについては、当該借入れの目的や融資条件等の諸事情を総合的に考慮して判断すべきものであるところ、本件借入れのように、ある企業グループにおける組織再編成に係る一連の取引の一環として、当該企業グループに属する同族会社等が当該企業グループに属する他の会社等から金銭の借入れを行った場合において、当該一連の取引全体が経済的合理性を欠くときは、当該借入れは、上記諸事情のうち、その目的、すなわち当該借入れによって資金需要が満たされることで達せられる目的において不合理と評価されることとなる。そして、当該一連の取引全体が経済的合理性を欠くものか否かの検討に当たっては、〔1〕当該一連の取引が、通常は想定されない手順や方法に基づいたり、実態とはかい離した形式を作出したりするなど、不自然なものであるかどうか、〔2〕税負担の減少以外にそのような組織再編成を行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事由が存在するかどうか等の事情を考慮するのが相当である。
(3)ア そこで、上記に述べたところを踏まえて、本件借入れがその目的において不合理と評価されるか否かを検討した上で、本件借入れに係るその他の事情を考慮して、本件借入れが経済的合理性を欠くものか否かを判断することとする。
イ(ア)本件組織再編取引は、本件音楽部門において日本を統括する会社として被上告人を設立するなどの組織再編成を行うものであるところ、国際的な企業グループにとって、地域ごとの拠点を統括する会社を設立することは、当該地域における取引関係の一本化や経理、人事等の間接部門の合理化に資するものであって、一般に合理的な方策であると考えられる。また、被上告人を合同会社として設立することは、被上告人についてチェック・ザ・ボックス規則による構成員課税を選択することを可能にするとともに、より機動的な事業運営を可能にするものであるから、本件音楽部門や本件企業グループ全体にとって有益である。
 他方、本件財務関連取引は、全て同日に行われ、ヴィヴェンディ及び本件音楽部門法人の間で出資金、貸付金、借入れの返済金等として送金や両替を重ねるものであり、ヴィヴェンディと被上告人において2億7000万円余の資金変動があったほかは、他の本件音楽部門法人に有意な資金量の変動をもたらさない一方で、被上告人に866億円余の多額の債務を生じさせた上で、これに対応した多額の利息の負担を生じさせるものである。しかしながら、本件企業グループは、各国の法人間で資本と負債のバランスを適正にするなどの基本方針の下で組織再編成を行ってきたところ、本件再編成等スキームを策定するに当たって設定された本件各目的の内容等に照らすと、本件財務関連取引を含む本件組織再編取引等には、日本の関連会社の資本関係及びこれに対する事業遂行上の指揮監督関係を整理して法人の数を減らす目的、機動的な事業運営の観点から本件音楽部門において日本を統括する会社を合同会社とする目的、本件音楽部門のオランダ法人全体の負債を軽減するための弁済資金を調達する目的、日本の関連会社やUMOが保有する資金の余剰を解消し、ヴィヴェンディによる為替に関するリスクヘッジを不要とする目的等があったということができ、本件組織再編取引等は、これらの目的を同時に達成する取引として通常は想定されないものとはいい難い上、本件財務関連取引の実態が存在しなかったことをうかがわせる事情も見当たらない。
(イ)もっとも、本件組織再編取引等には、日本の関連会社の資本構成に負債を導入する目的があったところ、本件合併以後の事業年度である平成21年12月期から平成24年12月期までの本件支払利息の額は、これを損金の額に算入すると法人税の額が大幅に減少することとなるものであったこと等からすれば、上記目的には、多額の利益を生じていたUMKKの事業を承継した被上告人に対して多額の利息債務を負担させることにより、被上告人の税負担の減少をもたらすことが含まれていたといわざるを得ない。
 しかしながら、本件組織再編取引等には、税負担の減少以外に、前記に説示したとおりの目的があり、これらは、本件組織再編取引等を行う合理的な理由となるものと評価することができる。
(ウ)以上によれば、本件組織再編取引等は、通常は想定されない手順や方法に基づいたり、実態とはかい離した形式を作出したりするなど、不自然なものであるとまではいえず、また、税負担の減少以外に本件組織再編取引等を行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事由が存在したものということができる。
 そうすると,本件組織再編取引等は、これを全体としてみたときには、経済的合理性を欠くものであるとまでいうことはできず、本件借入れは、その目的において不合理と評価されるものではない。
ウ 本件借入れに係るその他の事情についてみると、本件借入れは無担保で行われ、被上告人は本件借入れが一因となって最終的に貸借対照表上は債務超過となっていることがうかがわれるなど、本件借入れには独立かつ対等で相互に特殊関係のない当事者間で通常行われる取引とは異なる点もある。
 しかしながら、本件借入れは、本件各内国法人の株式の購入代金及びその関連費用にのみ使用される約定の下に行われ、実際に、被上告人は、株式を取得して本件各内国法人を自社の支配下に置いたものであり、借入金額が使途との関係で不当に高額であるなどの事情もうかがわれない。また、本件借入れの約定のうち利息及び返済期間については、被上告人の予想される利益に基づいて決定されており、現に、本件借入れに係る利息の支払が困難になったなどの事情はうかがわれない。
 そうすると、上記の点があることをもって、本件借入れが不自然、不合理なものとまではいい難い。
エ 以上の諸事情を総合的に考慮すれば、本件借入れは、経済的かつ実質的な見地において不自然、不合理なもの、すなわち経済的合理性を欠くものとはいえない。
 したがって、本件借入れは、法人税法132条1項にいう「これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」には当たらないというべきである。
4 以上と同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は採用することができない。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡正晶 裁判官 山口厚 裁判官 深山卓也 裁判官 安浪亮介 裁判官 堺徹)

別表
略称      法人の名称(第1審判決の表記による。)
UMIF    ユーエムアイ・ファイナンス・エス・アー・エス
ヴィヴェンディ ヴィヴェンディ・エス・アー
UMKK    ユニバーサルミュージック株式会社
UMPKK   株式会社ユニバーサル・ミュージック・パブリッシング
MGBKK   株式会社ユニバーサル・ミュージック・MGB・パブリッシング
V2J     株式会社ヴイツーレコーズ・ジャパン
UMTC    ユニバーサル・ミュージック・トレーディング・カンパニー・ビーヴィ
ポリグラム   ポリグラム・ビーヴィ
MGBBV   ユニバーサル・ミュージック・パブリッシング・エムジービー・ホールディング・ビーヴィ
V2      ヴィツー・ミュージック・グループ・リミテッド
CMH     センテナリー・ミュージック・ホールディングス・リミテッド
CMHL    シーエムエイチエル・ビーヴィ
UMPGK   ユニバーサル・ミュージック・パブリッシング合同会社
UMGT    ユーエムジー・トレジャリー・エス・アー・エス
UMO     ユーエム・オペレーションズ・リミテッド
UIMBV   ユニバーサル・インターナショナル・ミュージック・ビーヴィ
UMG     ユニバーサル・ミュージック・グループ・インク

bn 判旨:「右の『法人税の負担を不当に減少させる結果になると認められる』か否かは、もっぱら経済的、実質的見地において当該行為計算が純粋経済人の行為として不合理、不自然なものと認められるか否かを基準として判定すべき」(後掲金子租税法参照) N&Q 2. (1)Xの主張:憲法違反 白地的委任 (2)法人税法132条が憲法84条違反とならない理由。「複雑多岐にして激しく変遷する経済事象に対処〜」 3. 無償貸付→通常利子相当額の益金計上(そしてKらへの役員報酬?)。 贈与→寄附金損金算入限度額との関係、Kらにとって一時所得 借地権の無償返還→無償による資産の譲渡。

bo 日本IBM事件・東京地判平成26年5月9日平23(行ウ)407請求認容・東京高判平成27年3月25日判時2267号24頁(請求認容、最決平成28年2月18日上告不受理)…法人税法132条の適用を否定。
事実の概要―― X社(原告。内国法人)の唯一の社員はA社(米国法人。米国WT。Aの連結親法人は米国IBM)であった。平成14年2月、X社はAからB社(日本IBM)の発行済株式の全部を取得した(「本件株式購入」という)。X社はA社から借り入れをした(「本件融資」という)。その後X社は、平成14年12月期、平成15年12月期、平成17年12月期の各事業年度において計3回、B社株式をB社に譲渡(本件各譲渡)をして、譲渡損失額(平成14年:約1980億円、平成15年:約213億円、平成17年:約1800億円)をそれぞれ本件各譲渡の事業年度の損金に算入した。X社は、これにより生じた欠損金額を、連結所得の金額の計算上損金に算入して平成20年12月連結期(X社は、平成20年1月1日から、X社を連結親法人とする連結納税をしていた)の法人税の確定申告をした。
 処分行政庁は、法人税法132条1項の適用により、本件各譲渡に係る譲渡損失を本件各譲渡事業年度の損金に算入することを否認する旨の更正処分(本件各事業年度更正処分)をした。
 本件株式購入・本件各譲渡の背景は複雑である。米国IBMは、平成14年頃、外国税額控除の繰越が多額(約2678億5660万円)であった。B社がA社に払う配当には日本で10%の源泉所得税が課されるが、この源泉税について米国で税額控除を受けられなかった(図1)。A社がX社を取得した後、X社が米国に送金すべき金銭の性格は本件融資の元利返済ということになり、元本の返済は受領者たるA社にとって所得ではないため日本の源泉所得税は課せられず、源泉所得税が課される部分は貸付金の利子だけとなった(図2)。また、有限会社として設立されたX社は、米国ではcheck the box規則により法人ではないとして扱われていた。従って、米国から見るとX社はA社の支店であり、A社がB社株をX社に譲渡して発生した譲渡益は米国から見ると発生していないことになる。また、X社がB社株をB社に譲渡することによりX社にみなし配当が生じるため、本件株式購入の価格と本件各譲渡の価格が同額であるから、本件各譲渡による譲渡損失額(=譲渡対価−みなし配当−原価)は結局みなし配当の額と同じである。みなし配当に係る源泉税は、X社に還付される。
 B社が利益を直接的にA社に配当等の形で送金することと比べ、本件融資+本件株式購入+本件各譲渡の法形式の組み合わせは、(1)米国での租税負担を増やさない、(2)日本源泉配当の源泉徴収税の負担を免れる、(3)日本で株式譲渡損失を利用する、という税務上のメリットもたらす。

控訴審より抜粋――イ 被控訴人は,同族会社の行為又は計算が経済的合理性を欠く場合とは,当該行為又は計算が,異常ないし変則的であり,かつ,租税回避以外に正当な理由ないし事業目的が存在しないと認められる場合であることを要する旨主張する。
 しかし,法人税法132条1項は,否認の要件として,同族会社の「行為又は計算で,これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められる」ことを求めているにとどまり,その文理上,否認対象となる同族会社の行為又は計算が,租税回避目的でされたことを要求してはいない。しかも,法人税法における同族会社の行為計算の否認規定については,昭和25年法律第72号による改正前の法人税法34条1項では,「同族会社の行為又は計算で法人税を免れる目的があると認められるものがある場合においては,その行為又は計算にかかわらず,政府の認めるところにより,課税標準を計算することができる。」と規定されていたところ,同改正により,「同族会社の行為又は計算で,これを容認した場合においては法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるときは,その行為又は計算にかかわらず,政府の認めるところにより,当該法人の課税標準又は欠損金額を計算することができる。」(同改正後の法人税法31条の2)と改められ,これとほぼ同内容の規定が,昭和40年法律第34号による全部改正後の法人税法132条1項にも引き継がれたのであって,法人税を免れる目的があることを適用の要件として文言上明示的に掲げていた点が改められたという改正の経緯もある。そうすると,法人税法132条1項の「不当」か否かを判断する上で,同族会社の行為又は計算の目的ないし意図も考慮される場合があることを否定する理由はないものの,他方で,被控訴人が主張するように,当該行為又は計算が経済的合理性を欠くというためには,租税回避以外に正当な理由ないし事業目的が存在しないと認められること,すなわち,専ら租税回避目的と認められることを常に要求し,当該目的がなければ同項の適用対象とならないと解することは,同項の文理だけでなく上記の改正の経緯にも合致しない。
 しかも,法人の諸活動は,様々な目的や理由によって行われ得るのであって,必ずしも単一の目的や理由によって行われるとは限らないから,同族会社の行為又は計算が,租税回避以外に正当な理由ないし事業目的が存在しないと認められるという要件の存否の判断は,極めて複雑で決め手に乏しいものとなり,被控訴人主張のような解釈を採用すれば,税務署長が法人税法132条1項所定の権限を行使することは事実上困難になるものと考えられる。そのような解釈は,同族会社が少数の株主又は社員によって支配されているため,当該会社の法人税の税負担を不当に減少させる行為や計算が行われやすいことに鑑み,同族会社と非同族会社の税負担の公平を図るために設けられた同項の趣旨を損ないかねないものというべきである。

 ヤフー事件・東京地判平成26年3月18日平23(行ウ)228棄却(谷口豊裁判長)・東京高判平成26年11月5日平26(行コ)157控訴棄却(大竹たかし裁判長)…法人税法132条の2の適用を肯定。
 ICDF事件・東京地判平成26年3月18日平23(行ウ)698等棄却・東京高判平成27年1月15日平26行コ158控訴棄却(菊池洋一裁判長)…いわゆる適格外しについて132条の2の適用を肯定。(学界では批判が強いと見受けられるが、後者の判断に対する批判がより一層強いと見受けられる)

bp 南日本高圧コンクリート株式会社事件・最判昭和59年10月25日税資140号152頁
原々審 鹿児島地判昭和50年12月26日 請求認容
第三、同族会社の製品低価譲渡による売上計上洩れ
 一、被告の主張する原告(同族会社)の製品低価譲渡による売上計上洩れについて判断する。
 そもそも、法人税法第一三二条第一項が同族会社の法人税につき更正または決定をする場合において、その法人の行為または計算でこれを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるときは、その行為または計算にかかわらず、税務署長の認めるところにより、その法人に係る法人税の課税標準もしくは欠損金額または法人税の額を計算することができる旨規定しているのは、非同族会社においては会社と社員、あるいは社員相互の利害対立を通じて、当該法人の所得、法人税の負担をことさら減少させるような行為がなされにくいのに対し、同族会社においては、その経営権が一部の社員に独占されているため、いわゆる「隠れた利益処分」等の合理的理由を欠き、当該法人の所得、法人税の負担を減少させる行為がなされやすく、これを放置するにおいては、租税負担の公平の原則に反することになるからであり、同族会社のかかる行為のうち不当に法人税の負担を減少させるものについて右のとおり規定したものである。
 したがって、同族会社のなした製品の低価額による譲渡が右法条の適用を受けるには、その販売価額が非同族会社の通常の取引における、同一種類、品質、型の製品の販売価額に比して異常に低いもの(以下「異常低価額」という)であること、およびそのような低価額による製品の販売について合理的理由(販売時期、販売地域、数量、会社の営業方針、取引条件、取引先との関係等)がないことが要件であると考えられる。
 そして、非同族会社の通常の取引における製品の販売価額は、同一種類、品質、型のものであっても、そこには高低自ら巾があるものと思慮せられるから異常低価額とは、いわゆる時価を下回るだけでなく、非同族会社の通常の取引において考えうる最低の販売価額(当該製品の製造原価、あるいは非同族会社の取引における実際の最低販売価額のいずれか低い方、〔以下「最低販売価額」という〕)をも下回る意味に解するのが相当である。同族会社の異常低価額による製品の販売について、税務署長は、右法条により異常低価額による製品の売買を否認して、最低販売価額による製品の売買を認定することができるのである。そして、税務署長は、同族会社の製品販売価額が最低販売価額を下回っていることを主張、立証しなければならず、またそれでよく、右事実が証明されれば、これを争う側において、当該製品の異常低価額が合理的理由のあることを主張、立証しなければならないとするのが相当である。

控訴審 福岡高宮崎支判昭和55年9月29日行集31巻9号1982頁 原判決取消 請求棄却
1 法人税法一三二条一項は、同族会社の行為、計算に関し「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるとき」には、税務署長の認めるところにより、その法人の法人税の課税標準もしくは欠損金額又は法人税の額を計算することができるというものであるが、右規定は法人の選択した行為、計算が実在し私法上有効であつても、いわゆる実質課税の原則及び租税負担公平の原則の見地から、これを否認し、通常あるべき行為、計算を想定し、これに従い税法を適用しようとするものであることにかんがみれば、「法人税の負担を不当に減少させる結果になる」と認められるか否かは、専ら経済的実質的見地において、法人の行為、計算が経済人の行為として不合理、不自然なものと認められるかどうかを基準として判断すべきものである。これを法人の製品販売の行為、計算についてみれば、その販売価額が通常の販売価額(時価)に比し異常に低価であつて、経済的取引としては不合理、不自然と認められるかどうかがその判断基準とされるべきである。 [略]
(七)以上(一)ないし(六)の各事情を総合すれば、本件PC矢板の通常の販売価額は、別表(二)の(2)、(4)の各PC矢板につき、それぞれ少くとも、単価二万八、六〇〇円(トン当り九、八六二円)、二万四、五〇〇円(トン当り九、八〇〇円)であり、その余の各PC矢板につき、いずれも少くともトン当り九、八一二円以上であると認めるのが相当である。しかるに、本件PC矢板の販売価額は右の通常の販売価額の五六ないし五七%であつて、しかも製造原価をも下廻る異常な低価であることは前叙のとおりである。してみれば、他に特段の事情の認められない本件においては、右異常低価販売は経済的取引としてまことに不合理、不自然なものであるというの外ない。
3 以上のとおりであるから、控訴人が法人税法一三二条一項により被控訴人の植村組に対する本件PC矢板の販売価額をいずれも否認し、本件PC矢板のうち別表(二)の(2)、(4)の各PC矢板については、それぞれ同表の(1)、(3)の各PC矢板と同一の単価二万八、六〇〇円、二万四、五〇〇円の販売価額をもつて計算し、本件PC矢板のうち右(2)、(4)を除くその余の各PC矢板については、いずれもトン当り九、八一二円に各規格の一木当り重量を乗じた単価以下であることが明らかな、トン当り七、四三〇円に各規格の一本当り重量を乗じた単価(たな卸評価額)の一・三倍の販売価額(即ち、一般管理費及び利潤を含んだ価額)で計算したこと、即ち本件各矢板につき別表(一)、(二)の控訴人認定売上高欄記載の販売価額で計算したことは相当であり、従つて、控訴人が、別表(一)、(二)の被控訴人公表売上計上高欄記載の売上金額と控訴人認定売上高欄記載の売上金額との差額合計二、〇二九万四、三七〇円を被控訴人の植村組に対する当期の低価譲渡による売上計上洩れと認定したのは相当である。そして、右低価譲渡による売上計上洩れが認められる場合において、同金額が植村組に対する寄付金と認定さるべきこと、及びその際における寄付金の損金不算入額が別紙計算書(二)のとおり一、九二四万一、六六〇円となることは当事者間に争いがない。
 ところで被控訴人は、法人税法一三二条一項について、法人税の負担を不当に減少させるかどうかは、被控訴人と植村組のような系列会社間の行為、計算については、各会社を通じた法人税の合算額によつて判断すべきであるとし、右見解を前提として、前記低価譲渡による売上計上洩れが認められるとしても、その場合、被控訴人の売上金額が増加すると同時に同金額が植村組の仕入金額の増額となるから、それを計算すると、被控訴人と植村組の合計課税所得金額はかえつて減少し、法人税の負担は別紙計算書(一)記載のとおり一万二、一六〇円が減少する。従つて被控訴人の右低価譲渡による売上計上洩れによつて、法人税の負担を不当に減少させるものではない旨主張するが、法人税法は個々の法人を独立の課税客体としており(同法四条一項参照)、たとえ系列会社であつても法人格が別個である以上は、別個の課税単位として取扱うべきものであるから、被控訴人主張の如く、法人税の負担を不当に減少させるかどうかは系列会社間の行為、計算については各会社を通じた法人税の合算額によつて判断すべきであるとの見解は到底採用することができず、従つて右見解を前提とする被控訴人の主張は失当たるを免れない。

事実 同族会社たるX社の系列会社への低価販売による売上げ計上漏れを税務署長が指摘。

一審 132条適用のためには、非同族会社取引の「販売価額に比して異常に低いもの…であること、およびそのような低価額…について合理的理由…がないことが要件である」。非同族会社取引の販売価額「には高低自ら巾がある…から異常低価額とは、いわゆる時価を下回るだけでなく、非同族会社の通常の取引において考えうる最低の販売価額…をも下回る意味に解する」として、概ねXの請求を認容。

判旨 「「法人税の負担を不当に減少させる結果になる」と認められるか否かは、専ら経済的実質的見地において、法人の行為、計算が経済人の行為として不合理、不自然なものと認められるかどうかを基準として判断すべき」。「通常の販売価額(時価)に比し異常に低価であつて、経済的取引としては不合理、不自然と認められるかどうかがその判断基準とされるべき」。「本件Pの販売価額は右の通常の販売価額〔註:トン当たり9812円〕の56ないし57%であつて、しかも製造原価をも下廻る異常な低価であ」り、「右異常低価販売は経済的取引としてまことに不合理、不自然なものである」として、原判決取消、概ねXの請求を棄却(上告も棄却)。
 「ところでXは…法人税の負担を不当に減少させるかどうかは…系列会社間の行為、計算については、各会社を通じた法人税の合算額によつて判断すべきであるとし…Xの売上金額が増加すると同時に同金額がAの仕入金額の増額となるから…法人税の負担を不当に減少させるものではない旨主張するが…たとえ系列会社であつても法人格が別個である以上は、別個の課税単位として取扱うべきものである」。

N&Q 3. (1)@所得税法59条などと異なり一審・二審とも時価の半分といった基準ではないことに留意。
Aその地方ではXがほぼ独占的に商品Pを扱っていたという背景事情と、一審・二審の考え方との相性。一審の考え方だと比較対象の発見が困難。二審の考え方なら利益移転に着目できる。
(2)二審の判旨の最後…関連会社全体の税負担vs.法人個別の税負担 cf. 3項の新設

ケースブック1版§330.01 明治物産株式会社事件・最判昭和33年5月29日民集12巻8号1254頁百選65渡辺裕泰
事実・争点 通常の合併では、非吸収会社の旧株主に対し新株式の割当及び合併交付金の交付があり、清算所得(合併交付金等のうち非吸収会社の合併直前の株式払込済金額等を超過する部分の金額)に対する課税が行なわれる(当時。現在は清算所得課税ではなく、被合併法人の消滅直前の事業年度における通常の法人税に一本化・NOTE 3.)。しかし、いわゆる抱き合わせ合併(又は変態合併:合併契約に先立って非吸収会社・A社の全株式を吸収会社・X社が予め買収する方法)により、合併の際の株式の割当及び合併交付金の授受はなされず、従って合併による清算所得も清算純益もありえない、という法律構成をXは採用。これに対し、非吸収会社の株式を予め買収しようとする時に株価が高騰するため非同族会社では変態合併の方式は殆ど採れない、とY税務署長は主張し、株式買収代金は経済的実質的には合併交付金に他ならない、とする。(清算所得について図解するべきかも)

判旨 第一審から最高裁まで一貫して納税者勝訴。
一審によれば、「同族会社は税金逋脱の目的で非同族会社では通常なし得ないような行為計算…をする虞があるので、かかる場合にその行為計算を否認して、非同族会社が通常なすであろうような行為計算に引直して課税する」ことが規定の趣旨であるが、本件はそれに当たらないから。
二審によれば、「若し税金逋脱の目的を抜きにして見た場合、純経済人の選ぶ行為形態として不合理なものであると認められる場合」に本件が当たらないから。
(なお、判決文では法令の文言から「税金逋脱」[つまり脱税]という言葉を用いているが、金子租税法の用語法に従えば「租税回避」〔か或いは「脱税」と「租税回避」を含むもの〕であろう)
最高裁――「一連行為からしては直ちに所論税金逋脱の目的があるものと認め難いのみならず、本件買収代金を以て合併交付金と認定すべき証拠上の根拠も認められないから、本件株式の買収は所論法条に基づく所謂否認の対象となるべき行為ではなかった」。「所論課税の対象とするが如きは……特別な規定の施行されていなかった当時としては税体系上許されない」。

NOTE 2. @要するに昭和15年法「法人税逋脱の目的あると認めらるるものある場合」と現在の「法人税の負担を不当に減少させる結果となる」という文言の違いの意義について問うている。文言の違いから相当に解釈が異なってくるとは考えにくい、つまり相当に参考になる、といえよう。
A上記判旨抜粋参照。
B純経済人としての合理的な行動から外れているものとして確認的に昭和19年の立法がなされたとすると、昭和16年当時の解釈にも影響しうる。しかし創設的な規定であるとすれば、影響は寧ろない。

ケースブック1版§330.02 山菱不動産株式会社事件・最判昭和52年7月12日訟月23巻8号1523頁
事実 X株式会社・A株式会社はともにBによって過半を所有されている同族会社である。Aが経営不振に陥り、XがAの債務引受等をなした。Aが倒産状態に陥っていたのにXがAの債務引受等をしたのは、Bと親しい者(Cとする)からの借入であって、Bが保証人となっていたためであった。Xは債務引受その他の原因による金額をAに対する仮払金として計上する(要するにXがAに貸付をしたということ)とともに、同金額についての利息として年率8%程度の未収金を計上していた。昭和38年3月12日、XはAに対する仮払金の全額を免除し、貸倒損失として4821万円を計上。しかし、Y税務署長は貸倒損失を否認し、その分益金に加算する更正処分等を行なった。

一審 「XがAのためにした右債務引受等の行為は、正常な経済取引においては通常考えられないきわめて不自然、不合理なものであり、XおよびAがともにBの支配する同族会社なるが故になしえたものといわざるをえない」。 当初は未収利息を計上しているので異常な行為計算により「Xの法人税を不当に減少させることもない」。「右行為計算の結果が損益計算に現れ、租税の負担を不当に減少させる結果の生じた時点において、一連の行為計算を一体のものと観念し、これを否認する」。 「Xの右債務引受等から貸倒処理に至る一連の行為計算は、本件係争事業年度[注:昭和38年3月期]において…否認されうべき
控訴理由 一連の行為計算を否認するならば、当初未収利息を益金計上していた部分も取り消されなければならないはずであり、「Xが本件係争事業年度において貸倒損失として処理した金額のうち少なくとも右の未収利息(いわゆる認定利息)はその元本債権たる債務引受等と性質を異にし、未収利息相当額金725万5675円は既往の事業年度において益金に算入されているのであるから、その回収不能が確定した時点において損金に算入しうべきはずである」。

控訴審 「未収利息相当分が…既往年度において益金に算入されて所得の対象に計上されたことがあるとしても、それだけの理由で元本債権と別個に未収利息分だけの損金算入を是認すべきことにはならない」。 「全額免除による貸倒損失計上が税負担不当回避の行為計算であるとして改めて否認されたのであるから、その元本債権に附帯する未収利息債権が運命を共にするものとして、同様の理由により損金算入を否定されることになるのは…やむをえない」。 「また、既往年度における益金算入とかかわりない右未収利息分の損金算入否認の処理は、税法における期間損益計算の建前からも当然の帰結といわなければならない」。

最高裁 「〜〜の場合には、右貸倒処理は…否認することができる」。

NOTE 2. 行為計算の否認規定の適用対象
@一審と二審とで否認の対象が異なることに留意。
 一審「債務引受等から貸倒処理に至る一連の行為計算」
 二審「全額免除による貸倒損失計上」
 最高裁――分かりにくい。(わざと曖昧にしたのか?)

AXが全額免除 → Aは債務免除益を計上。
 Xの行為計算否認 → Xは損金計上不可。
  →Aの益は取り消されるか? ――必然ではない。
 (立法論としては対応的調整をする手続き上の権利をAに認めるべきであろう。が実際の事案では、Xが免除した時のAの益はAのそれまでの繰越欠損金で相殺されることが多かろう。結局Aの税額は債務免除益が立てられようが立てられまいが0であることが多かろう。とはいえ、常に債務免除益の有無が無意味であるとは限らないので、やはり立法で手当てすべきであろう……下記参照)

B(判決文には書かれてないが)Xは債務引受をしたのだからAに対し求償権を獲得するはず。Bの保証債務が求償債務に転じたというだけの時点では、プラス・マイナスは特に発生しない。将来XがBに対する求償を免じたら、Bは債務免除益を所得(一時所得か)に計上しなければならない。

§330.04株式会社エス・アンド・ティー事件・東京地判平成元年4月17日訟月35巻10号2004頁
事実 Xとその母Aが有する不動産等の管理をS社(XとAが株式を所有)に委託。賃料等の50%を管理料としてSに支払う。Yは、Xの管理料支払3424万円のうち適正管理費は427万円(賃料の6.3%)であるとした。

判旨 請求棄却 「支払管理料がXの役員報酬の原資に充てられる関係があるとしても、所得税法157条の規定の適用に当たり、右の給与所得を斟酌すべきものではない」

N&Q 1. (1)(ア)Xの不動産所得 (イ)XがSから受け取る給与所得 (ウ)Sの法人税額
変化する以上のもののうち所得税法157条の適用に当たって重視されるものとされないもの
(2)@所得税法157条「法人の行為又は計算」を否認するという文言の解釈と、否認される行為との関係
 A法人税法132条「否認されるべき行為」の要件の充足性
(3)@AB本件判決の判断枠組みと所得税法157条の文言との噛み合わせ
N&Q 2. (1)Xの受け取った賃料に関する二重課税・三重課税の態様とその正当化可能性について
(2)現行所得税法157条3項/法人税法132条3項の適用の可否
N&Q 3. (1)Xの狙い…なぜ賃料(不動産所得)を役員報酬(給与所得)に変えようとしていたのか。
(2) その他の租税負担減少の可能性
(3) 平成18年改正特定支配同族会社の役員給与の損金不算入制度の導入
参考:佐藤英明「消える不動産所得!?」『租税法演習ノート』

転貸方式・最判平成6年6月21日訟月41巻6号1539頁百選52占部裕典――X及び妻が出資して設立したA社に、Xが不動産を賃貸し、A社が当該不動産を第三者に転貸していたといういわゆる転貸方式の事案において、「同族会社からの不動産所得は所得税法一五七条一項に規定する同族会社の行為計算に当たるとし」、XがA社から受け取る給与所得を斟酌することなくA社の得る転貸料に比しXの得る賃貸料が不当に低額であるとし「て、Yがこれを否認して行った本件各更正処分に違法はないとした原審の認定判断」を是認。
業務委託料の必要経費算入の否認の可否――最判平成16年11月26日税資254号順号9836税研148号83頁小田修司――司法書士であるXが、妻とともに出資して設立したA社(X夫妻以外の従業員は3〜4名)に付随業務を委託していた事案において、Xが受任報酬額の6割をA社への委託料(支払手数料)とするのは過大であるとして支払手数料以外の費用も含めてYが所得税法157条により必要経費算入を否認しようとした。控訴審広島高判平成16年1月22日税資254号順号9525が支払手数料について批准業者選定が合理的でないとしてYの主張を斥けたので、支払手数料以外の費用についての判断がないとしてYが上告し、「別個の経費を内容とするものであり、これらの経費はそれぞれ独立して必要経費に当たるかどうかが判断されるべき」として差し戻された。

bq 最高裁判所第三小法廷 昭和41年(行ツ)第102号 昭和47年12月26日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
 上告代理人坂本泰良、同坂本恭一の上告理由について。
 一、論旨は、要するに、(一)本件不動産は昭和三三年一一月二七日に亡Aより訴外株式会社鶴屋百貨店に売り渡され、即日所有権移転登記を経由したとはいえ、同年中に売主の入手しえたものは手附金一〇〇万円と割賦金五〇万円との計一五〇万円にすぎず、その額は全代金の一〇分の一にも満たない少額であるのに、売買代金全額が同年中において売主の「収入すべき金額」にあたるとしてされた本件更正処分は、著しく不合理であつて、租税正義に反し、旧所得税法一〇条一項の解釈適用を誤り、ひいて憲法三〇条に違反する課税処分というべく、これを認容した原判決は、この点において破棄を免れず、また、(二)そもそもAの受領した当初の一〇〇万円は解約手附であつて、それ自体として、ほんらい同年度における被課税所得となりえないものである(所有権の移転も、決して、契約成立即登記の日に確定的に移転したものではない。)のみならず、(三)本件課税はもともとAの資産譲渡に対するものであるから、税金はAに生じた所得から支払われるべきものであり、上告人および訴外Bの固有財産たる遺留分相当額から支払われるべきものではないにもかかわらず、原判決が、一見して遺留分相当額たることの明らかな六六一万〇二二〇円の受領をもつて、特約に基づく税金相当額の支払があつたものとしたのは誤りであつて、原判決はこれらの点においても違法として破棄を免れない旨を主張する。
 二、本件不動産の売買および課税の経過として、原判決の確定するところは、次のとおりである。
 1、本件不動産は、もと訴外C(Aの夫で上告人の養父)の所有であつて、同人死亡の際Aに遺贈されたものであるが、Cには、相続人として、他に上告人およびその妻Bの両名(以下、上告人らという。)があり、Aに対する遺贈は、上告人らの遺留分を害することとなつた。
 2、Aは、上告人らの同意のもとに、昭和三三年一一月二七日、本件不動産を訴外会社に代金三〇五五万二〇〇〇円で売り渡し、即日所有権移転登記を経由したが、代金支払方法は、右同日手附金として一〇〇万円、残金は同年一二月以降毎月五〇万円ずつ支払う約であつた。
 3、Aは、右契約・登記の日の翌日死亡したので、上告人は、翌三四年三月、Aの相続人の代表者として、Aの昭和三三年中の総収入金額を右売買代金三〇五五万二〇〇〇円、譲渡所得金額を一三四七万九八四一円、所得税額を六〇六万六八九〇円とする確定申告をしたが、Aにおいて同年中に取得すべきであつた金額は前記の一五〇万円にすぎなかつたので、上告人は、同三四年四月その旨の確定申告の更正請求書を被上告人に提出したが、却下され、かえつて、同年五月被上告人から税額を六〇七万一八九〇円とする更正処分を受けた。そこで、上告人は熊本国税局長に審査の請求をしたが、同年九月棄却された。
 4、しかるに、その後、本件不動産は、遺留分減殺請求権行使の結果、Aおよび上告人らの三名の共有となつたものであることが判明し、これによると、本件不動産の売買代金中上告人らの遺留分に相当する六六一万〇二二〇円を控除した二三九四万一七八〇円がAの取得分となるので、熊本国税局長は、昭和三五年二月これを本件不動産の譲渡によるAの総収入金額として、譲渡所得金額を一〇八二万七九二〇円、所得税額を四六三万八〇九〇円と減額する審査決定変更処分をした。
 三、以上の原審確定事実に基づき、本件課税処分(税額四六三万八〇九〇円)の適否について、以下に検討することとする。
 1、本件課税処分は、本件不動産上のAの持分の譲渡による所得を対象とするものであるが、一般に、譲渡所得に対する課税は、資産の値上りによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨のものと解すべきであることは、当裁判所の判例とするところである(昭和四一年(行ツ)第八号昭和四三年一〇月三一日第一小法廷判決・裁判集民事九二号七九七頁)。したがつて、譲渡所得の発生には、必ずしも当該譲渡が有償であることを要せず、昭和四〇年法律第三三号による改正前の旧所得税法(昭和二二年法律第二七号)においては、資産の譲渡が有償であるときは同法九条一項八号、無償であるときは同法五条の二が適用されることとなるのであるが、前述のように、年々に蓄積された当該資産の増加益が所有者の支配を離れる機会に一挙に実現したものとみる建前から、累進税率のもとにおける租税負担が大となるので、法は、その軽減を図る目的で、同法九条一項八号の規定により計算した金額の合計金額から一五万円を控除した金額の一〇分の五に相当する金額をもつて課税標準とした(同条一項)のである。
 以上のような譲渡所得に対する課税制度の本旨に照らして考察すると、所論のように、代金の支払方法が長期にわたる割賦弁済によるときは、特定の年度に集中して課税することなく、割賦金の支払またはその弁済期毎にその都度資産の譲渡があるとみて、当該弁済期等の属する年度毎に個別的に課税すべきであるとする見解は、とうてい採用し難いのである。もつとも、割賦払いの期間が長期にわたるときは、売主は、初年度において現実に入手した代金額が過少であるにもかかわらず、より多額の納税を一時的に必要とすることになるわけで、これはもとより好ましいことではないが、前述のように、年々に蓄積された増加益が一挙に実現したものとみる制度の建前からして、やむをえないところといわなければならない。
 2、ところで、現行の所得税法(昭和四〇年法律第三三号)においては、たな卸資産の割賦販売または延払条件付販売にかかる収入金額等の帰属の時期につき、一定の要件のもとに特例を認める規定(六五条、六六条)が置かれているが、これはもとより、たな卸資産に関する特例であるのみならず、前述のように、譲渡所得が割賦払いないしその弁済期毎に発生するとみることは制度の本旨に反するものであつて、資産の譲渡につきかかる規定の類推適用を認めることはできず、増加益が一挙に実現したとみることによる納税の困難は、徴税当局との関係において、事実上の徴収の猶予等、納付方法の緩和によるほかないというに帰着する(所得税法一三二条参照)。
 しかしながら、以上のごとき譲渡所得課税の法制に照らし、代金の支払が長期の割賦払いによるときは、売主において、少なくとも税金相当分にかぎり別途支払を受けることを必要とするところから、その旨の特約が結ばれるのがむしろ通常と推測されるのであつて、原判決の確定するところによれば、本件においてもその例に洩れず、税金相当分は、前記月賦弁済の約定にかかわらず、売主側の求めにより売買代金のうちから随時支払うことが約定され、かつ、買主たる訴外会社は、納税のため必要であるからとの上告人の求めに応じ、昭和三四年三月一日、本件売買代金の内払いとして、六六一万〇二二〇円を上告人に支払つたというのであるから、本件において、売主側に納税困難な事情があつたということはできないのである。もつとも、右金員は、数額上、上告人らの固有財産たる遺留分相当額に一致するけれども、本件売買は、上告人らの同意のもとに、その持分をも含めて本件不動産の全部が訴外会社に売却されたものであつて、妻Bとともに遺留分減殺請求権を行使した上告人は、同時に、Aの相続人の代表者として、被相続人Aに関する申告をし、かつ、その後引き続き本件課税処分を争う者であるから、本件において、右六六一万〇二二〇円が亡Aの所得分に属するか、あるいは上告人らの遺留分相当分に属するかを峻別して論ずることは、むしろ事案の実際に適しないものというべく、この点に関する原判決の判示にも所論の違法は認められない。
 3、上告人は、当初Aの受領した一〇〇万円はそもそも解約手附にほかならず、代金完済に至るまでは所有権の移転も実は未確定であると主張するが、右一〇〇万円が解約手附であるとの点は、原判決の確定しない事実に立脚するもので、所論はその前提を欠く。また、本件は、契約当日、右手附金の支払とともに買主たる訴外会社に対する所有権移転登記が経由されたものであつて、本件不動産の所有権は同日訴外会社に確定的に移転し、旧所得税法九条一項八号にいう資産の譲渡が行なわれたことが明らかであり、本件売買代金全額より上告人らの遺留分相当額を控除した二三九四万一七八〇円が、右同日の属する昭和三三年度においてAの「収入すべき金額」に該当するというに帰着する。
 四、以上によると、本件課税処分およびこれを認容した原判決には、所論の旧所得税法一〇条一項の解釈適用に関する誤りはなく、所論のうち違憲をいう部分は、その実質において原判決に右の違法があると主張するものにすぎず、その失当であることは右のとおりであつて、論旨はすべて採用するに由ないものというほかはない。  よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

br 最高裁判所第三小法廷平成30年(行ヒ)第422号 令和2年3月24日判決
       主   文
原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき,本件を東京高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人清野正彦ほかの上告受理申立て理由について
1 本件は,法人に対する株式の譲渡につき,被上告人らが,当該譲渡に係る譲渡所得の収入金額を譲渡代金額と同額として所得税の申告をしたところ,当該代金額が所得税法59条1項2号に定める著しく低い価額の対価に当たるとして,更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を受けたことから,これらの各処分(更正処分については修正申告又は先行する更正処分の金額を超える部分)の取消しを求める事案であり,当該株式の当該譲渡の時における価額が争われている。 2(1)所得税法59条1項は,同項各号に掲げる事由により譲渡所得の基因となる資産の移転があった場合には,譲渡所得の金額の計算については,その事由が生じた時に,その時における価額に相当する金額により,これらの資産の譲渡があったものとみなす旨を定め,2号において,著しく低い価額の対価として政令で定める額による譲渡(法人に対するものに限る。以下「低額譲渡」という。)を掲げる。
 所得税法施行令169条は,上記政令で定める額は,所得税法59条1項に規定する譲渡所得の基因となる資産の譲渡の時における価額の2分の1に満たない金額とする旨を定める。
(2)所得税基本通達(昭和45年7月1日付け直審(所)30国税庁長官通達)59−6(平成21年課資3−5ほかによる改正前のもの。以下同じ。)は,所得税法59条1項の規定の適用に当たって,譲渡所得の基因となる資産が株式である場合の同項に規定する「その時における価額」とは,同通達23〜35共−9に準じて算定した価額によるものとする。同通達23〜35共−9(平成19年課個2−11ほかによる改正前のもの。以下同じ。)は,株式を取得する権利の価額の算定の基礎となる株式の価額に関し,(4)ニにおいて,取引相場のない株式のうち,売買実例のある株式等に該当しないものについては,その株式の発行法人の1株当たりの純資産価額等を参酌して通常取引されると認められる価額とするものとする。そして,同通達59−6は,同法59条1項の規定の適用に当たり,上記の通常取引されると認められる価額とは,原則として,同通達59−6の(1)〜(4)によることを条件に,財産評価基本通達(昭和39年4月25日付け直資56,直審(資)17国税庁長官通達。以下「評価通達」という。)の178から189−7まで(取引相場のない株式の評価)の例により算定した価額とするとした上で,所得税基本通達59−6の(1)において,評価通達188の(1)に定める同族株主に該当するかどうかは,株式を譲渡又は贈与した個人の当該譲渡又は贈与直前の議決権の数により判定するものとする。
(3)評価通達は,相続税及び贈与税の課税価格計算の基礎となる財産の評価に関する基本的な取扱いを定めたものである。取引相場のない株式の評価について,評価通達178本文,179(いずれも平成29年課評2−12ほかによる改正前のもの)は,評価しようとする株式の発行会社(以下「評価会社」という。)が大会社(従業員数が100人以上の会社等),中会社又は小会社のいずれに該当するかに応じて,原則的な評価方法を区別し,大会社の株式の価額は,類似業種比準価額によって評価するものとする(以下,この評価方法を「類似業種比準方式」という。)。
 これに対し,評価通達178ただし書(平成29年課評2−12ほかによる改正前のもの),188,188−2は,上記の原則的な評価方法の例外として,「同族株主以外の株主等が取得した株式」の価額は,その株式に係る年配当金額を基として算定する配当還元価額によって評価するものとする(以下,この評価方法を「配当還元方式」という。)。そして,評価通達188は,「同族株主以外の株主等が取得した株式」につき,評価通達188の(1)〜(4)のいずれかに該当する株式をいうものとし,その内容について大要以下のとおり定める(以下,評価通達188の(1)〜(4)が掲げる株式を保有する株主を「少数株主」という。)。 ア 同族株主のいる会社の株主のうち,同族株主以外の株主の取得した株式(188の(1))
 この場合における同族株主とは,課税時期における評価会社の株主のうち,株主の1人及びその同族関係者(法人税法施行令4条に規定する特殊の関係のある個人又は法人をいう。以下同じ。)の有する議決権の合計数がその会社の議決権総数の30%以上(その評価会社の株主のうち,株主の1人及びその同族関係者の有する議決権の合計数が最も多いグループの有する議決権の合計数が,その会社の議決権総数の50%超である会社にあっては,50%超)である場合におけるその株主及びその同族関係者をいう。
イ 中心的な同族株主のいる会社の株主のうち,中心的な同族株主以外の同族株主で,その者の株式取得後の議決権の数がその会社の議決権総数の5%未満であるもの(評価会社の役員等を除く。)の取得した株式(188の(2))
ウ 同族株主のいない会社の株主のうち,課税時期において株主の1人及びその同族関係者の有する議決権の合計数が,その会社の議決権総数の15%未満である場合におけるその株主の取得した株式(188の(3))
エ 中心的な株主がおり,かつ,同族株主のいない会社の株主のうち,課税時期において株主の1人及びその同族関係者の有する議決権の合計数がその会社の議決権総数の15%以上である場合におけるその株主で,その者の株式取得後の議決権の数がその会社の議決権総数の5%未満であるもの(評価会社の役員等を除く。)の取得した株式(188の(4))
3 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)A株式会社の代表取締役であったBは,平成19年8月1日,有限会社C(以下「C」という。)に対し,所有していたAの株式のうち72万5000株(以下「本件株式」という。)を,代金額を1株当たり75円,合計5437万5000円として譲渡した(以下,この譲渡を「本件株式譲渡」という。)。この1株当たり75円という代金額は,本件株式を配当還元方式により算定した額と同額であった。
(2)Aは,金属製品及び消防器材の製造及び販売等を業とする資本金4億6000万円の株式会社で,本件株式譲渡直前の事業年度である平成19年1月期の売上金額は約236億5000万円,平成19年1月時点の従業員数は449人であり,評価通達178にいう大会社に該当する。
 本件株式譲渡の時点において,Aの発行済株式総数は920万株であり,Aの株主は,1株につき1個の議決権を有する。Aにおいては,定款において株式の譲渡につき取締役会の承認を要する旨が定められており,その株式は,所得税基本通達23〜35共−9の(4)ニの株式及び評価通達における取引相場のない株式に該当する。
(3)Cは,平成16年2月に金銭の貸付業,株式投資業等を目的として設立された会社である。
(4)本件株式譲渡の直前におけるAの株主が有する議決権の割合は,Bが単独で15.88%,Bとその同族関係者を合計すると22.79%であった。本件株式譲渡により,議決権の割合は,Bが単独で8.00%,Bとその同族関係者を合計すると14.91%,Cが7.88%となった。本件株式譲渡の前後を通じて,株主の1人及びその同族関係者の有する議決権の合計数が議決権総数の30%以上となる株主,すなわち評価通達188の(1)にいう同族株主に当たる株主はいなかった。 (5)Bは,平成19年12月26日に死亡した。Bの相続人である被上告人らは,平成20年3月13日,Bの平成19年分の所得税につき,本件株式譲渡に係る譲渡所得の収入金額を,その代金額と同額の1株当たり75円,合計5437万5000円として,所得税法125条1項による申告書を提出した。
(6)所轄税務署長は,平成22年4月21日付けで,被上告人らに対し,本件株式譲渡の時における本件株式の価額は類似業種比準方式により算定した1株当たり2990円,合計21億6775万円であり,本件株式譲渡は低額譲渡に当たるとして,Bの平成19年分の所得税に係る各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分をした。
 被上告人らは,平成22年6月,上記各更正処分等を不服として,東京国税局長に異議申立てをした。東京国税局長は,上記各更正処分における本件株式の価額算定に当たり類似業種の選定に誤りがあり,その価額は1株当たり2505円,合計18億1612万5000円であるとして,上記の各更正処分及び各賦課決定処分の一部を取り消す旨の決定をした(以下,同決定により一部が取り消された後の被上告人らに対する各更正処分及び各賦課決定処分を併せて「本件各更正処分等」という。)。
(7)被上告人らは,評価通達188の(1)〜(4)の少数株主のうち,所得税基本通達59−6の(1)において触れられていない評価通達188の(2)〜(4)の少数株主に該当するか否かの判定は,株式の取得者の取得後の議決権の割合により行うべきであり,Cは評価通達188の(3)の少数株主に当たるとして,本件株式譲渡時における本件株式の価額につき,配当還元方式により算定した額を主張する。これに対し,上告人は,譲渡所得に対する課税の場面において,評価通達188の(1)〜(4)の少数株主に当たるか否かの判定は,株式の譲渡人の譲渡直前の議決権の割合により行うべきであるところ,Bは少数株主に当たらないとして,本件株式譲渡時における本件株式の価額につき,原則的な評価方法である類似業種比準方式により算定した額を主張する。
4 原審は,上記事実関係等の下において,所得税基本通達59−6が定める条件の下に適用される評価通達に定められた評価方法が,取引相場のない株式の譲渡時における客観的交換価値を算定する方法として一般的な合理性を有するものであれば,これによって算定された価額は,原則として所得税法59条1項にいう「その時における価額」として適正なものと認められ,評価通達において定められた評価方法自体は一般的な合理性を有するとした上で,要旨次のとおり判断して,被上告人らの請求を一部認容した。
 通達の意味内容については,課税に関する納税者の信頼及び予見可能性を確保する見地から,その文理に忠実に解釈するのが相当であり,評価通達188の(2)〜(4)の「株主が取得した株式」などの文言を「株主が譲渡した株式」などと殊更に読み替えることは許されない。そうすると,譲渡所得に対する課税においても,評価通達188の(2)〜(4)の少数株主に該当するかどうかは,その文言どおり株式の取得者の取得後の議決権の割合により判定されるというべきであり,所得税基本通達59−6はこのことを定めたものとして合理性を有するところ,本件株式の譲受人であるCは評価通達188の(3)の少数株主に該当するから,本件株式の価額は配当還元方式によって算定した1株当たり75円であると認められる。したがって,本件株式譲渡が低額譲渡に当たらないにもかかわらず,これに当たるとしてされた本件各更正処分等は違法である。
5 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)譲渡所得に対する課税は,資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として,その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に,これを清算して課税する趣旨のものである(最高裁昭和41年(行ツ)第8号同43年10月31日第一小法廷判決・裁判集民事92号797頁,最高裁同41年(行ツ)第102号同47年12月26日第三小法廷判決・民集26巻10号2083頁等参照)。すなわち,譲渡所得に対する課税においては,資産の譲渡は課税の機会にすぎず,その時点において所有者である譲渡人の下に生じている増加益に対して課税されることとなるところ,所得税法59条1項は,同項各号に掲げる事由により譲渡所得の基因となる資産の移転があった場合に当該資産についてその時点において生じている増加益の全部又は一部に対して課税できなくなる事態を防止するため,「その時における価額」に相当する金額により資産の譲渡があったものとみなすこととしたものと解される。
(2)所得税法59条1項所定の「その時における価額」につき,所得税基本通達59−6は,譲渡所得の基因となった資産が取引相場のない株式である場合には,同通達59−6の(1)〜(4)によることを条件に評価通達の例により算定した価額とする旨を定める。評価通達は,相続税及び贈与税の課税における財産の評価に関するものであるところ,取引相場のない株式の評価方法について,原則的な評価方法を定める一方,事業経営への影響の少ない同族株主の一部や従業員株主等においては,会社への支配力が乏しく,単に配当を期待するにとどまるという実情があることから,評価手続の簡便性をも考慮して,このような少数株主が取得した株式については,例外的に配当還元方式によるものとする。そして,評価通達は,株式を取得した株主の議決権の割合により配当還元方式を用いるか否かを判定するものとするが,これは,相続税や贈与税は,相続等により財産を取得した者に対し,取得した財産の価額を課税価格として課されるものであることから、株式を取得した株主の会社への支配力に着目したものということができる。
 これに対し,本件のような株式の譲渡に係る譲渡所得に対する課税においては,当該譲渡における譲受人の会社への支配力の程度は,譲渡人の下に生じている増加益の額に影響を及ぼすものではないのであって,前記の譲渡所得に対する課税の趣旨に照らせば,譲渡人の会社への支配力の程度に応じた評価方法を用いるべきものと解される。
 そうすると,譲渡所得に対する課税の場面においては,相続税や贈与税の課税の場面を前提とする評価通達の前記の定めをそのまま用いることはできず,所得税法の趣旨に則し,その差異に応じた取扱いがされるべきである。所得税基本通達59−6は,取引相場のない株式の評価につき,少数株主に該当するか否かの判断の前提となる「同族株主」に該当するかどうかは株式を譲渡又は贈与した個人の当該譲渡又は贈与直前の議決権の数により判定すること等を条件に,評価通達の例により算定した価額とする旨を定めているところ,この定めは,上記のとおり,譲渡所得に対する課税と相続税等との性質の差異に応じた取扱いをすることとし,少数株主に該当するか否かについても当該株式を譲渡した株主について判断すべきことをいう趣旨のものということができる。
 ところが,原審は,本件株式の譲受人であるCが評価通達188の(3)の少数株主に該当することを理由として,本件株式につき配当還元方式により算定した額が本件株式譲渡の時における価額であるとしたものであり,この原審の判断には,所得税法59条1項の解釈適用を誤った違法がある。
6 以上によれば,原審の判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして,本件株式譲渡の時における本件株式の価額等について更に審理を尽くさせるため,上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官宇賀克也,同宮崎裕子の各補足意見がある。
 裁判官宇賀克也の補足意見は,次のとおりである。
 私は法廷意見に賛成するものであるが,原審の通達に関する判示について,一言述べておきたい。
 原審は,租税法規の解釈は原則として文理解釈によるべきであり,みだりに拡張解釈や類推解釈を行うことは許されないとし,通達の意味内容についてもその文理に忠実に解釈するのが相当であり,通達の文言を殊更に読み替えて異なる内容のものとして適用することは許されないという。原審のいう租税法規の文理解釈原則は,法規命令については,あり得べき解釈方法の一つといえよう。しかし,通達は,法規命令ではなく,講学上の行政規則であり,下級行政庁は原則としてこれに拘束されるものの,国民を拘束するものでも裁判所を拘束するものでもない。確かに原審の指摘するとおり,通達は一般にも公開されて納税者が具体的な取引等について検討する際の指針となっていることからすれば,課税に関する納税者の信頼及び予測可能性を確保することは重要であり,通達の公表は,最高裁昭和60年(行ツ)第125号同62年10月30日第三小法廷判決・裁判集民事152号93頁にいう「公的見解」の表示に当たり,それに反する課税処分は,場合によっては,信義則違反の問題を生ぜしめるといえよう。しかし,そのことは,裁判所が通達に拘束されることを意味するわけではない。さらに,所得税基本通達59−6は,評価通達の「例により」算定するものと定めているので,相続税と譲渡所得に関する課税の性質の相違に応じた読替えをすることを想定しており,このような読替えをすることは,そもそも,所得税基本通達の文理にも反しているとはいえないと考える。
 もっとも,租税法律主義は課税要件明確主義も内容とするものであり,所得税法に基づく課税処分について,相続税法に関する通達の読替えを行うという方法が,国民にとって分かりにくいことは否定できない。課税に関する予見可能性の点についての原審の判示及び被上告人らの主張には首肯できる面があり,より理解しやすい仕組みへの改善がされることが望ましいと思われる。
 裁判官宮崎裕子の補足意見は,次のとおりである。
 私は,法廷意見に賛成であるとともに,宇賀裁判官の補足意見に同調するものであるが,さらに以下の点を敷衍しておきたい。
 法廷意見で指摘しているとおり,所得税法に基づく譲渡所得に対する課税と相続税法に基づく相続税,贈与税の課税とでは,課税根拠となる法律を異にし,それぞれの法律に定められた課税を受けるべき主体,課税対象,課税標準の捉え方等の課税要件も異にするという差異がある。その点を踏まえると,所得税法適用のための通達の作成に当たり,相続税法適用のための通達を借用し,しかもその借用を具体的にどのように行うかを必ずしも個別に明記しないという所得税基本通達59−6で採られている通達作成手法には,通達の内容を分かりにくいものにしているという点において問題があるといわざるを得ない。本件は,そのような通達作成手法の問題点が顕在化した事案であったということができる。租税法の通達は課税庁の公的見解の表示として広く国民に受入れられ,納税者の指針とされていることを踏まえるならば,そのような通達作成手法については,分かりやすさという観点から改善が望まれることはいうまでもない。
 さて,所得税基本通達59−6には上記の問題があることが認められるものの,より重要なことは,通達は,どのような手法で作られているかにかかわらず,課税庁の公的見解の表示ではあっても法規命令ではないという点である。そうであるからこそ,ある通達に従ったとされる取扱いが関連法令に適合するものであるか否か,すなわち適法であるか否かの判断においては,そのような取扱いをすべきことが関連法令の解釈によって導かれるか否かが判断されなければならない。税務訴訟においても,通達の文言がどのような意味内容を有するかが問題とされることはあるが,これは,通達が租税法の法規命令と同様の拘束力を有するからではなく,その通達が関連法令の趣旨目的及びその解釈によって導かれる当該法令の内容に合致しているか否かを判断するために問題とされているからにすぎない。そのような問題が生じた場合に,最も重要なことは,当該通達が法令の内容に合致しているか否かを明らかにすることである。通達の文言をいかに文理解釈したとしても,その通達が法令の内容に合致しないとなれば,通達の文理解釈に従った取扱いであることを理由としてその取扱いを適法と認めることはできない。このことからも分かるように,租税法の法令解釈において文理解釈が重要な解釈原則であるのと同じ意味で,文理解釈が通達の重要な解釈原則であるとはいえないのである。
 これを本件についてみると,本件においては,所得税法59条1項所定の「その時における価額」が争われているところ,同項は,譲渡所得について課税されることとなる譲渡人の下で生じた増加益の額を算定することを目的とする規定である。そして,所得税基本通達23〜25共−9の(4)ニは,取引相場のない株式のうち売買実例のある株式等に該当しないものの価額を「1株又は1口当たりの純資産価額等を参酌して通常取引されると認められる価額」とし,さらに同通達59−6は,その価額について,原則として,同通達(1)〜(4)によることを条件に評価通達の例により算定した価額とするとしていることは,法廷意見のとおりである。そして,先に述べたように,通達に従った取扱いは,当該通達が法令の内容に合致していない場合には,適法とはいえず,本件の場合,譲渡所得に対する所得税課税について相続税法に関する通達を借用した取扱いが適法となるのは,そのような借用が所得税法に合致する限度に限られる。
 所得税基本通達59−6は,取引相場のない株式に係る所得税法59条1項所定の「その時における価額」について,無限定に評価通達どおりに算定した額とするものとしているわけではなく,評価通達の「例により」算定した価額としていることは,法廷意見が指摘するとおりである。これは,同項の「その時における価額」の算定について評価通達を借用するに当たっては,少なくとも,譲渡所得に対して課される所得税と評価通達が直接対象としてきた相続税及び贈与税との差異から,所得税法の規定及びその趣旨目的に沿わない部分については,これを同法59条1項に合致するように適切な修正を加えて当てはめるという意味を含んでいると理解することができ,このことは,所得税基本通達59−6に,個別具体的にどのような修正をすべきかが明記されているか否かに左右されるものではない。このような理解を前提とする限り,所得税基本通達59−6による評価通達の借用は,所得税法59条1項に適合しているということができる。因みに,同項の「その時における価額」の算定においても評価通達の文言通りの取扱いをすべきとする根拠は,同項にもその他の関連する法令にも存在しない。
 そして,所得税基本通達59−6の(1)は,少数株主に該当するか否かの判断の前提となる「同族株主」に該当するかどうかにつき株式を譲渡又は贈与した個人(すなわち,株式を取得した者ではなく,株式の譲渡人)の当該譲渡又は贈与直前の議決権の数によると明記していることは原審判決も摘示しているとおりであるが,これは所得税法59条1項が譲渡所得に対する課税に関する規定であるため,同項に合致するよう評価通達に適切な修正を加える必要があるという理由から定められたものであることは明らかである。この理由は,評価通達188の(3)の少数株主の議決権の割合に言及している部分についても同様に当てはまる。なぜならば,譲渡人に課税される譲渡所得に対する所得税課税の場合には,譲渡の時までに譲渡人に生じた増加益の額の算定が問題となるのであるから,その額が,譲渡人が少数株主であったことによって影響を受けることはあり得るとしても,当該譲渡によって当該株式を取得し,当該譲渡後に当該株式を保有することとなる者が少数株主であるか否かによって影響を受けると解すべき理由はないからである。したがって,所得税法59条1項所定の「その時における価額」の算定に当たってなされる評価通達188の(3)を借用して行う少数株主か否かの判断は,当該株式を取得した株主についてではなく,当該株式を譲渡した株主について行うよう修正して同通達を当てはめるのでなければ、法令(すなわち所得税法59条1項)に適合する取扱いとはいえない。

bs 1 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1)上告人は,平成7年1月から同9年1月まで,A株式会社(以下「A社」という。)の代表取締役を務めていた。A社は,米国法人であるB社(以下「B社」という。)の日本法人として設立されたものであり,B社は,A社の発行済み株式の100%を有している。
(2)B社は,同社及びその子会社(以下,併せて「B社グループ」という。)の一定の執行役員及び主要な従業員に対する精勤の動機付けとすることなどを企図して,これらの者にB社のストックオプション(株式をあらかじめ定められた権利行使価格で取得することができる権利)を付与する制度(以下「本件ストックオプション制度」という。)を有している。本件ストックオプション制度に基づき付与されたストックオプションについては,被付与者の生存中は,その者のみがこれを行使することができ,その権利を譲渡し,又は移転することはできないものとされている。上記ストックオプションの権利行使期間は付与日から10年間とされているが,被付与者とB社グループとの雇用関係が終了した場合には,原則として,その終了の日から15日間に限りこれを行使することができるものとされている。また,上記ストックオプションの被付与者は,付与日から6か月間はその勤務を継続することに同意するものとされている。
(3)上告人は,A社在職中に,本件ストックオプション制度に基づき,B社との間で,ストックオプション付与契約(以下「本件付与契約」という。)を締結し,ストックオプション(以下「本件ストックオプション」という。)を付与された。その際,上告人は,B社との間で,本件ストックオプションについて,その付与日から1年を経過した後に初めてその一部につき権利を行使することが可能となり,その後も一定期間を経た後に順次追加的に権利を行使することが可能となる旨の合意をした。
(4)上告人は、平成8年から同10年までに,本件ストックオプションを行使し,それぞれの権利行使時点におけるB社の株価と所定の権利行使価格との差額に相当する経済的利益として,同8年中に4059万4875円,同9年中に1億5522万8062円,同10年中に1億6372万0875円の権利行使益(以下,併せて「本件権利行使益」という。)を得た。
(5)上告人は,本件権利行使益が所得税法34条1項所定の一時所得に当たるとして,平成8年分から同10年分までの所得税について,それぞれその税額を計算して確定申告書を提出したところ,被上告人は,本件権利行使益が同法28条1項所定の給与所得に当たるなどとして,同12年2月29日付けで,上記各年分の所得税につき増額更正をした。その後,被上告人は,同年7月28日付けの異議決定により,同8年分の所得税に係る増額更正の一部を取消した。
2 本件は,上告人が,上記各増額更正(平成8年分の所得税に係る増額更正については,上記異議決定により一部取り消された後のもの。以下,併せて「本件各更正」という。)は本件権利行使益の所得税法上の所得区分を誤るものであるとして,本件各更正のうち本件権利行使益を一時所得として計算した税額を超える部分の取消しを求めている事案である。
3 前記事実関係によれば,本件ストックオプション制度に基づき付与されたストックオプションについては,被付与者の生存中は,その者のみがこれを行使することができ,その権利を譲渡し,又は移転することはできないものとされているというのであり,被付与者は,これを行使することによって,初めて経済的な利益を受けることができるものとされているということができる。そうであるとすれば,B社は,上告人に対し,本件付与契約により本件ストックオプションを付与し,その約定に従って所定の権利行使価格で株式を取得させたことによって,本件権利行使益を得させたものであるということができるから,本件権利行使益は,B社から上告人に与えられた給付に当たるものというべきである。本件権利行使益の発生及びその金額がB社の株価の動向と権利行使時期に関する上告人の判断に左右されたものであるとしても,そのことを理由として,本件権利行使益がB社から上告人に与えられた給付に当たることを否定することはできない。
 ところで,本件権利行使益は,上告人が代表取締役であったA社からではなく,B社から与えられたものである。しかしながら,前記事実関係によれば,B社は,A社の発行済み株式の100%を有している親会社であるというのであるから,B社は,A社の役員の人事権等の実権を握ってこれを支配しているものとみることができるのであって,上告人は,B社の統括の下にA社の代表取締役としての職務を遂行していたものということができる。そして,前記事実関係によれば,本件ストックオプション制度は,B社グループの一定の執行役員及び主要な従業員に対する精勤の動機付けとすることなどを企図して設けられているものであり,B社は,上告人が上記のとおり職務を遂行しているからこそ,本件ストックオプション制度に基づき上告人との間で本件付与契約を締結して上告人に対して本件ストックオプションを付与したものであって,本件権利行使益が上告人が上記のとおり職務を遂行したことに対する対価としての性質を有する経済的利益であることは明らかというべきである。そうであるとすれば,本件権利行使益は,雇用契約又はこれに類する原因に基づき提供された非独立的な労務の対価として給付されたものとして,所得税法28条1項所定の給与所得に当たるというべきである。所論引用の判例は本件に適切でない。

bt 一審 「本件徴収処分の根拠となる法律は所得税法」「第一次更正処分の根拠となるのは法人税法」「源泉徴収にかかる所得税を実質的に負担するのは本件においてはA」「第一次更正処分における法人税の納税義務者はX」→「両者はまったく別個の処分であって第一次更正処分の違法は原則として本件徴収処分にはなんら影響をおよぼさない」

N&Q 1.
(2)[1]Xに対する法人税の更正処分なしにXに対するAの源泉所得税の納税告知処分を行えるか。Aの源泉所得税の根拠条文が本判決で論じられていないようだが?
[2]PがQに商品を100万円で譲渡。Pに対し代金は180万円であるとする増額更正処分。PはQに残代金80万円を請求できるか。
[3]XがAに源泉所得税額相当分の金銭を民事上請求できるか? 不当利得か。
N&Q 2. 平成18年改正132条3項新設――要するに対応的調整をするということ。
N&Q3.青色申告に対する更正処分の理由附記義務を厳格に解した(理由附記が不充分だと更正処分が違法となる)。→税務署長が新たな増額更正処分をするようになる。
本件一審判決と二審判決とで、第三次更正処分の違法性についての判断が分かれた事情について。
一審 「もし税務行政の運用においてこのような被告の行為が認容されるならば、第一次更正決定には法の要求をみたさない簡単な理由を附記し、審査請求あるいは行政訴訟におよんだものに対してのみ法の要求をみたす程度の理由を示すというような税務行政が行なわれてもこれを否定できないこととなり、青色申告に対する更正決定に理由附記を要求する法人税法の趣旨が損われることになつてしまう」
二審 「本件の課税処分におけるが如く、税務署長が判決の趣旨に従つて瑕疵を補正して新たな処分をしようとしても…除斥期間の制約を受けてもはや不可能となるおそれのある場合には、判決をまつことなく、一部違法事由を認めて、処分を取り消し、瑕疵を補正して新たな処分をすることは、処分の取消しと新たな処分とを繰り返すことにより訴訟手続上相手方当事者をして対応措置をとるに苦しめよう等との特別の意図をもつてなされたものでないかぎり、課税の公平の見地よりして当然の権限の行使として許されて然るべき」

bu 最高裁判所第二小法廷 昭和53年(行ツ)第72号 昭和58年09月09日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
 上告代理人尾崎正吾の上告理由について
 所得税法(以下「法」という。)において、退職所得とは、「退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与及びこれらの性質を有する給与」に係る所得をいうものとされている(三〇条一項)。そして、法は、右の退職所得につき、その金額は、その年中の退職手当等の収入金額から退職所得控除額を控除した残額の二分の一に相当する金額とする(同条二項)とともに、右退職所得控除額は、勤続年数に応じて増加することとして(同条三項)、課税対象額が一般の給与所得に比較して少なくなるようにしており、また、税額の計算についても、他の所得と分離して累進税率を適用することとして(二二条一項、二〇一条)、税負担の軽減を図つている。このように、退職所得について、所得税の課税上、他の給与所得と異なる優遇措置が講ぜられているのは、一般に、退職手当等の名義で退職を原因として一時に支給される金員は、その内容において、退職者が長期間特定の事業所等において勤務してきたことに対する報償及び右期間中の就労に対する対価の一部分の累積たる性質をもつとともに、その機能において、受給者の退職後の生活を保障し、多くの場合いわゆる老後の生活の糧となるものであつて、他の一般の給与所得と同様に一律に累進税率による課税の対象とし、一時に高額の所得税を課することとしたのでは、公正を欠き、かつ社会政策的にも妥当でない結果を生ずることになることから、かかる結果を避ける趣旨に出たものと解される。従業員が退職に際して支給を受ける金員には、普通、退職手当又は退職金と呼ばれているもののほか、種々の名称のものがあるが、それが法にいう退職所得にあたるかどうかについては、その名称にかかわりなく、退職所得の意義について規定した前記法三〇条一項の規定の文理及び右に述べた退職所得に対する優遇課税についての立法趣旨に照らし、これを決するのが相当である。かかる観点から考察すると、ある金員が、右規定にいう「退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与」にあたるというためには、それが、(1)退職すなわち勤務関係の終了という事実によつてはじめて給付されること、(2)従来の継続的な勤務に対する報償ないしその間の労務の対価の一部の後払の性質を有すること、(3)一時金として支払われること、との要件を備えることが必要であり、また、右規定にいう「これらの性質を有する給与」にあたるというためには、それが、形式的には右の各要件のすべてを備えていなくても、実質的にみてこれらの要件の要求するところに適合し、課税上、右「退職により一時に受ける給与」と同一に取り扱うことを相当とするものであることを必要とすると解すべきである。
 これを本件についてみると、原審の適法に確定したところによると、(一)上告人の従業員給与規程一五条は、「退職金は左の場合に支給する。」と規定し、「四、勤務年数が会社設立後又は本人の就職後満五か年、爾後満五か年を加算した時期が到来した場合」との事由を掲げており、本件係争の退職金名義の金員は、右規定に基づいて支払われたものである、(二)右の規定が設けられたのは、昭和四〇年ころ、中小企業が営業を停止し退職金を支払わずに従業員を解雇する事例が相次いで起こつたところから、同年一二月ころ、上告人の従業員労働組合から上告人に対し、三年の期間ごとに退職金に相当する金員を支払つてほしい旨の申入れをし、設立後五年未満であつた上告人が、遡及支払手続を要しない五年間で勤務期間を区切り、就職後五年ごとに退職金名義で手当を支給するために、給与規程を改正したものであり、これにより、営業停止による解雇の場合の退職金の支払を実質上前払の形で保障し、併せて、営業停止の際の退職金支払に要する経理上の負担を軽減することとしたものである、(三)右改正された給与規程には、退職金の財源確保として中小企業退職金共済制度による掛金をすることとするほか、退職金の算定について定めた規定(一六条)が存し、また、「第一五条第四項により退職金を支給した場合は従来の在職年数は打切り既往の在職年数は在職年数には算入しないものとする。第一五条第四項の場合は第一六条に規定する中小企業退職金共済制度による退職金は支給せず、爾後に継続するものとする。」との規定(一七条)が存する、(四)しかし、五年の勤務期間を経過して本件退職金名義の金員の支給を受けた者は、その機会に自らの意思で退職する者を除いては、改めて再入社のために一般の入社の場合における所要の手続等を経ることもなく、従来のままの就労を継続している、(五)また、右の者の賃金その他の労働条件も、従前のそれと全く変ることがなく、年次有給休暇については、新たに入社した者に対しては、その入社年度にはこれを与えないものとしているのに、五年の勤務期間を経過して退職金名義の金員の支給を受けた者に対しては、右期間経過後の初年度には、未使用有給休暇日数の次年度繰越が打切られるのみで、六日分の休暇が与えられることとされている、(六)中小企業退職金共済制度については、新たに入社した者の掛金は就職後満一年を経過してからこれを払い込むこととしているのに、五年の勤務期間を経過して退職金名義の金員の支給を受けた者については、右期間経過後の初年度から掛金を払い込んでおり、また、右勤務期間を経過した者で右制度による退職金の受給申請をした者はなく、この関係では従前の勤務期間は通算するものとして取り扱われている、(七)従業員として身分を失う事項を定めた就業規則一七条の規定中には、給与規程により五年ごとに退職金名義の金員を受領した者がその際に従業員としての身分を失う旨の定めはなく、また、同一八条では、「従業員の停年は満五五歳とする。」旨を定めて、定年までの身分を保障している、というのである。
 右事実によると、上告人がその従業員に対し五年の勤務期間を経過するごとに支給する退職金名義の金員は、少なくとも、既往の右の期間における勤務に対する報償ないしその間の労務の対価の一部の後払という趣旨以外に特段の趣旨を有するものではないということができるが、他方において、右金員の支給を受けた従業員は、一たん退職したうえ再雇用されるものではなく、従前の雇用契約がそのまま継続しているものとみるべきであり、また、右金員支給の基礎となる五年の期間は、その経過によつて勤務関係を確定的に終了させるという意図から設けられたものではなく、むしろ、将来勤務関係が確定的に終了する際に支給される退職金を実質的に前払いするための計算の便宜上定められたものにすぎず、五年という年数にそれ以上に特段合理的な根拠があるわけではないとみるべきであつて、これらの点を考慮すると、右金員は、前記(1)の要件である、勤務関係の終了という事実によつてはじめて給付されること、という要件を欠くことは明らかであつて、法三〇条一項にいう「退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与」にはあたらないものというべきであり、また、実質的にみても、右の要件の要求するところに適合し課税上右の給与と同一に取り扱うことを相当とするものということは困難であつて同条同項にいう「これらの性質を有する給与」にもあたらないと解するのが相当である。
 もつとも、このように解した場合には、上告人の従業員は、確定的に退職し雇用関係から最終的に離脱する際に支給される退職金を除いては、勤続満五年ごとに支給される退職金名義の金員につき、課税上優遇措置を受けられないことになるが、上告人及びその従業員が前記のような給与方式を選択した以上、このような結果となるのはやむをえないことというべきである。また、退職金の支払の確保及び右支払時における経理上の負担の軽減を図るためであれば、他に方法がないわけではないから、単に実際上の必要があるということから、本件退職金名義の金員の性質につき前記と異なる解釈をとるのは、相当でないといわなければならない。
 以上のとおりであるから、本件退職金名義の金員にかかる所得は、法三〇条一項所定の退職所得にはあたらないというべきである。これと同旨の原審の判断は、正当であつて、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
 よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

bv 概要:現物出資等をするとき、出資等に係る財産の含み益が実現したとされ、出資者に余計な課税がなされてしまう。これでは出資等が妨げられるので(←ロック・イン効果)、組織再編の障害を除去するため、所定の要件を満たす場合(適格現物出資・適格合併・適格分割など、適格○○と呼ばれる)に含み益を認識しない(実現realizationはあるが非認識non-recognition)こととし課税繰延を認めることとした。(逆に要件を満たさない場合、非適格○○と呼ばれ、課税繰延が認められない。繰延べられないことが常に株主にとって不利であるとは限らない。含み損を早く顕在化させたい時等)

bw 概要:親会社が1億円の黒字、子会社が1億円の赤字のとき、個別に納税すれば、親会社の納税額は1億円×税率であり、子会社の納税額は0(マイナス、つまり還付でないということがポイント)。親会社・子会社が一体となって納税すれば、合わせて所得は0であるから、納税額も0となる。
連結納税制度は、法人格をまたいで赤字を利用すること
欠損金の繰戻・繰越は、複数年度にわたって赤字を利用すること
tax planner(税務アドバイスをする弁護士・税理士)は、赤字の有効利用を考える
参照文献:増井良啓『結合企業課税の理論』(東京大学出版会、2002)、中里実「法人課税の時空間(クロノトポス)――法人間取引における課税の中立性」杉原泰雄先生退官記念論文集『主権と自由の現代的課題』361頁(勁草書房、1994)

bx  論旨は、本件係争の退職金名義の金員を所得税法上の退職所得にあたるとした原審の認定判断には著しい経験則・採証法則の違反及び法令の解釈適用の誤りがあり、これが判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背にあたるというのである。
 よつて、以下に判断する。
 一 本件退職金名義の金員の支給に関して原審の確定した事実関係は、次のとおりである。
  1 被上告人は、電気製品の製造販売を目的とする株式会社であり、従来、従業員の定年につき満五五歳定年制を実施していたが、定年時に支給する退職金については、その額を、退職時の基本給に勤続年数を乗じた額とするとともに、勤続年数が一〇年を超える場合には一律に一〇年分として計算することとしていたため、従業員の間では、かねてから不満が多く、退職金規程を改正して勤続年数に応じた退職金を支給することを要求する声が高まつていた。
  2 ところが、被上告人は、昭和四〇年ころから経営が行き詰まり、多額の負債をかかえ、同年九月会社更生法の適用を申請するに至り、その後更正計画が認可されて会社再建が進められることになつた。このような状況のもとで、従業員側は、会社がいつ倒産するかわからないのでは、右の要望どおりに退職金規程が改正されても画餅に等しいものであるから、それよりもむしろ勤続満一〇年をもつて定年とし、その時点で退職金を支給し、その後引き続き勤務する場合は再雇用という形にするようにしてほしいとの要望をするに至つた。他方、会社側も、右の勤続満一〇年定年制を実施すれば、高齢者に対する多額の給与負担を免れることになるうえ、さほど熟練を要しない職種であるから永年勤続者が退職しても会社運営に支障を来すおそれも少なく、更に、被上告人のような中小企業では、満五五歳の定年まで働いてもらうよりも四〇歳前後で独立させてやるように指導していく方が本人のためにもよく、その意味で一つの区切りとして、また一つの目標として、勤続一〇年定年制を実施する方が望ましいとの判断に到達した。
  3 このようにして労使双方の意向が合致したので、被上告人は、勧続満一〇年定年制を実施することとし、まず昭和四三年一〇月二一日実施の退職金規程にこれが盛り込まれ、次いで昭和四五年一一月一六日就業規則が改正され、その二八条において「従業員の停年は満五五才とする。又は、勤続満一〇年に達したもの。ただし停年に達した者でも業務上の必要がある場合、会社は本人の能力、成績、および健康状態などを勘案して選考のうえ、あらたに採用することがある。」と規定されるに至つた。
  4 被上告人は、昭和四四年三月二〇日、岡崎美代子、神島浩、高良彦、高島清、奥内浩三、熊沢俊夫、広戸敬一、堀口幸義、藤村荘平、中島登に対し、昭和四五年三月二〇日、小西義峰に対し、昭和四六年四月二〇日、前川逸應に対し、同年五月二〇日、武智文夫、金山誠吾に対し、同年一一月二〇日、坂井作人に対し、いずれも右退職金規程により勤続満一〇年に達したものとして退職金を支給した。
  5 右退職金の支給を受けた者のうち岡崎美代子及び中島登は右支給後ほどなく退職したが、その余の従業員は被上告人に引き続き勤務し、これらの者の役職、給与、有給休暇の日数の算定等には変化がなく、また社会保険の切替えもされなかつたが、右の者のうちその後に退職した広戸敬一、高良彦、堀口幸義、武智文夫、金山誠吾についての退職金の算定には、前記一〇年間の勤続年数は加味されていなかつた。
  6 右のように定年に達した者の大半が引き続き被上告人に勤務しているのは、労働市場において退職者に代わるべき若い労働力が確保できなかつたことと、会社の主力になつて働くべき者が多く含まれていたことによるものであり、また、勤務条件等が変化していないのは、勤続満一〇年定年制採用当初の事務的な不慣れが原因であつたものであり、現在では明確な区切りをつけている。
 二 原審は、使用者から被用者に対して支給された金員が所得税法上の退職手当に該当するためには、原則としてそれが被用者の退職すなわち雇用契約の終了に伴い退職者に支給されるものであることを要するが、この場合、被用者が常に事業主体から完全に離脱しこれと絶縁することを要するものと解すべきではなく、例えば被用者が一たん退職金名義の金員の支給を受けたのち引き続き雇用関係を継続している場合であつても、当該退職金が支給されるに至つた経緯など特段の事情があるときは、退職所得の優遇課税の制度の趣旨に照らし、これを税法上の退職所得と認めるべき場合が存するとしたうえ、右の事実関係に基づき、勤続満一〇年定年制が就業規則に明記されている以上、従業員には勤続満一〇年に達したのち引き続き雇用されることを会社に要求する当然の権利はなく、再雇用については原則として会社に選択権があるといわざるをえないこと、右定年制が租税回避の目的で設定されたものではなく、被上告人の倒産状態からの再建過程にあつて労使双方の一致した意見により採用されたという特殊な事情があることなどを考慮し、右勤続満一〇年定年制に基づく退職は、その後の再雇用のいかんにかかわらず、社会一般通念上も退職の性格を有するものと認めるのが相当であるとし、被上告人が本件係争の一二名の者(前記一4記載の一五名のうち岡崎美代子、中島登、前川逸應を除いた一二名)に支給した退職金名義の金員は、まさに右の満一〇年の定年に達した者に一時に支給されたものであつて、所得税法上、給与所得ではなく、退職所得にあたるものと解すべきであると判断した。
 三 思うに、所得税法が、退職所得を「退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与及びこれらの性質を有する給与」に係る所得をいうものとし(三〇条一項)、これにつき所得税の課税上他の給与所得と異なる優遇措置を講じているのは、一般に、退職手当等の名義で退職を原因として一時に支給される金員は、その内容において、退職者が長期間特定の事業所等において勤務してきたことに対する報償及び右期間中の就労に対する対価の一部分の累積たる性質をもつとともに、その機能において、受給者の退職後の生活を保障し、多くの場合いわゆる老後の生活の糧となるものであるため、他の一般の給与所得と同様に一律に累進税率による課税の対象とし、一時に高額の所得税を課することとしたのでは、公正を欠き、かつ、社会政策的にも妥当でない結果を生ずることになるから、かかる結果を避ける趣旨に出たものと解されるのであつて、従業員の退職に際し退職手当又は退職金その他種々の名称のもとに支給される金員が、所得税法にいう退職所得にあたるかどうかについては、その名称にかかわりなく、退職所得の意義について規定した同法三〇条一項の規定の文理及び右に述べた退職所得に対する優遇課税についての立法趣旨に照らし、これを決するのが相当である。かかる観点から考察すると、ある金員が、右規定にいう「退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与」にあたるというためには、それが、(1) 退職すなわち勤務関係の終了という事実によつて初めて給付されること、(2) 従来の継続的な勤務に対する報償ないしその間の労務の対価の一部の後払いの性質を有すること、(3) 一時金として支払われること、との要件が必要であり、また、右規定にいう「これらの性質を有する給与」にあたるというためには、それが、形式的には右の各要件のすべてを備えていなくても、実質的にみてこれらの要件の要求するところに適合し、課税上、右「退職により一時に受ける給与」と同一に取り扱うことを相当とするものであることを必要とすると解すべきである(最高裁昭和五三年(行ツ)第七二号同五八年九月九日第二小法廷判決・民集三七巻七号登載予定参照)。
 そこで、右のような見地に立つて本件についてみるに、被上告人が従業員について勤続満一〇年定年制を採用することになつたのは、労使双方の一致した意見によるものであつて、租税回避の目的に出たものとはみられないこと、そして、これを就業規則に定めるにあたつて、労使の合意により、定年の事由として、従前の満五五歳という年齢を基準とした事由に加え、勤続満一〇年に達したことという勤続年数を基準とした事由を新たに設けるとともに、定年に達した場合においても、選考のうえ再採用することがある旨を明定したことは、いずれも原審の確定するところであるが、他方において、被上告人が右の勤続満一〇年定年制の採用を決意した直接の動機は、主として、従業員の側において、会社倒産の危険に備えて、満五五歳の定年時まで待たなくても退職金の支給を受けられる方法として右定年制の採用を要望したからであつて、使用者の側において、従業員を満五五歳の定年の前に独立させることが望ましく、そのようにしても会社の運営に支障を来すことがないなどと考えたのは、必ずしも右定年制を採用するについての直接の動機であつたわけではないこと、また、勤続満一〇年に達したものとして退職金名義の金員の支給を受けた前記一五名の者は、その後ほどなく退職した二名の者を除き、引き続き被上告人に勤務していたこと、そして、これらの者の役職、給与、有給休暇の日数の算定等の労働条件に変化がなく、社会保険の切替えもされなかつたことは、原審の確定した事実関係から明らかである。
 このように、被上告人において、従業員との合意により、従前の満五五歳定年制を存置させたまま、それ自体では従業員にとつて不利となる勤続満一〇年定年制という新たな制度を設けた直接の動機は、主として、従業員が早期に退職金名義の金員の支給を受けられるようにするためであるとみられるのであつて、この場合、従業員の関心は、専ら、勤続満一〇年に達した退職金名義の金員の支給を受けられるということにあつたもので、従業員としては、その段階で退職しなければならなくなるということは考えておらず、かえつて、従前の勤務関係がそのまま継続することを当然のこととして予定していたものとみるのが相当である。本件においては、原審の確定したところによると、前記退職金名義の金員の支給を受けた一二名の従業員のうち、八名は昭和四四年三月二〇日限り勤続満一〇年に達したものとして右金員の支給を受け、その余の者も、昭和四六年一一月二〇日までには同様に右金員の支給を受けたというのであり、この事実によれば、退職金規程が実施された昭和四三年一〇月二一日の時点において、早い者は五か月後、遅い者でも約三年後に、勤続満一〇年の定年を迎えることが予定されていたことは、客観的に明らかであつて、被上告人の従業員が、いかに会社倒産の危険が迫つていたとはいえ、かくも早い時期に原則として退職することになり、しかも再雇用の保障がないものとなることを予定していたと考えるのは困難であるといわなければならない。右事実関係のもとにおいては、右従業員らは、むしろ、近く勤続満一〇年に達することとなつても勤務関係が終了することはなく、しかも退職金の支給を受けることはできると確信していたからこそ、勤続満一〇年定年制の採用を希望したものと考えるのが合理的であつて、このことも前記のみかたを裏付けるものということができる。他方、勤続満一〇年定年制が設けられたのちにおけるこの制度の実際の運用をみると、原審の確定したところによれば、前記のように、勤続満一〇年に達して退職金名義の金員の支給を受けた従業員の大多数が引き続き勤務し、その労働条件、社会保険の取扱い等の上で前後全く変動を生じていないというのであるから、使用者の側の意識も、従業員のそれと特段異なるものではなく、被上告人の本意としては、右の定年制は、勤続満一〇年に達した従業員に退職金名義の金員を支給するための制度上の手当てとして設けられたにすぎず、したがつて、右定年制のもとにおいては、従業員は勤続満一〇年で当然に退職することになるものではなく、むしろ従前の勤務関係をそのまま継続させることを予定し、当初からこのような運用をすることを意図していたものとみるのが相当である。
 本件勤続満一〇年定年制についての使用者及び従業員の意識が右のようなものであるとすると、従業員の勤続関係が外形的には右定年制にいう定年の前後を通じて継続しているとみられる場合に、これを、勤続一〇年に達した時点で従業員は定年により退職したものであり、その後の継続的勤務は再雇用契約によるものであるとみるのは困難であるといわなければならず、このような場合にその勤務関係がともかくも勤続満一〇年に達した時点で終了したものであるとみうるためには、右制度の客観的な運用として、従業員が勤続満一〇年に達したときは退職するのを原則的取扱いとしていること、及び、現に存続している勤務関係が単なる従前の勤務関係の延長ではなく新たな雇用契約に基づくものであるという実質を有するものであること等をうかがわせるような特段の事情が存することを必要とするものといわなければならない。
 しかるに、原審は、勤続満一〇年に達して退職金名義の金員の支給を受けた一五名の従業員のうち二名の者がその後ほどなく退職した事実を認めながら、その退職が勤続満一〇年定年制の適用によるものであるか、それとも他の事由によるものであるかにつき、なんら認定判断せず、定年に達した者の大半が引き続き被上告人に勤務しているのは、労働市場において退職者に代るべき若い労働力を確保できなかつたことと、会社の主力になつて働くべき者が多く含まれていたことによるものであり、また、勤務条件等が変化していないのは、勤続満一〇年定年制採用当初の事務的な不慣れが原因であつたと認定しているにすぎないのであつて、右の程度の事実では、いまだ上記の特段の事情があるものということはできない。
 いずれにしても、原審の確定した事実関係からは、直ちに、本件係争の退職金名義の金員の支給を受けた従業員らが勤続満一〇年に達した時点で退職しその勤務関係が終了したものとみることはできないといわなければならない。そうすると、右金員は、名称はともかく、その実質は、勤務の継続中に受ける金員の性質を有するものというほかないのであつて、前記所得税法三〇条一項にいう「退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与」にあたるための三つの要件のうち「退職すなわち勤務関係の終了という事実によつて初めて給付されること」という要件を欠くものといわなければならない。
 次に、右のように継続的な勤務の中途で支給される退職金名義の金員が、実質的にみて右の三つの要件の要求するところに適合し、右「退職により一時に受ける給与」と同一に取り扱うことを相当とするものとして、右の規定にいう「これらの性質を有する給与」にあたるというためには、当該金員が定年延長又は退職年金制度の採用等の合理的な理由による退職金支給制度の実質的改変により精算の必要があつて支給されるものであるとか、あるいは、当該勤務関係の性質、内容、労働条件等において重大な変動があつて、形式的には継続している勤務関係が実質的には単なる従前の勤務関係の延長とはみられないなどの特別の事実関係があることを要するものと解すべきところ、原審の確定した前記事実関係のもとにおいては、いまだ、右のように本件係争の金員が「退職により一時に受ける給与」の性質を有する給与に該当することを肯認させる実質的な事実関係があるということはできない。
 以上のとおりであるから、原審が、本件係争の退職金名義の金員を所得税法三〇条一項にいう退職所得にあたるものとした判断は、法令の解釈適用を誤り、ひいて審理不尽の違法をおかしたものというべきであり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。そして、本件については更に審理を尽くさせるのが相当であるから、これを原審に差し戻すこととする。
 よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官横井大三の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。  裁判官横井大三の反対意見は、次のとおりである。
 私は、多数意見と異なり、被上告人が神鳥浩ほか十数名に対し昭和四四年三月二〇日より同四六年一一月二〇日までの間に退職金として支給した金員が所得税法上の退職所得に該当するとした一・二審の見解を支持する。
 たしかに、右退職金名義の金員は、所得税法が退職所得に対する税法上の優遇措置を設けるにあたつて予定した退職という事実に基づく給付金とはいえないかも知れない。しかし、一たん退職金に対する税法上の優遇措置を採用すると、当初予定したような退職という事実がないにもかかわらず、そのような優遇措置を与えるにふさわしいものとして、これに準じた優遇措置を与えるのを適当とする場合が生ずる。現に所得税法自体その三〇条一項において、「退職所得」を定義し、「退職により一時に受ける給付」のほか「これらの性質を有する給与に係る所得」をいうとして、退職という事実を必ずしも必要とせず、しかも退職した場合の一時金と同じ税法上の優遇措置を与えるべき場合のあることを予定しており、税務当局はこれをうけて、所得税基本通達三〇―二において、いわゆる定年に達した後引き続き勤務する使用人に対しその定年に達する前の勤務期間にかかる退職手当として支払われる給与でその給与が支払われた後に支払われる退職手当の計算上その給与の計算の基礎となつた勤務期間を一切加味しない条件の下に支払われるものも、また退職手当として取り扱うこととしているのである。この基本通達の趣旨につき論旨は、およそなんらかの社会的必要性に基づいて使用者としての身分継続中にいわゆる退職金打切り支給をした場合に、それが一般的合理性を有すると認められる限り、広くこれを法にいう退職手当等として取り扱うべきものとしたものではなく、勤務関係の性質や内容に重大な変動を生じたため従前の勤務期間についての退職給与を精算支給するものである点において、従前の勤務関係が終了した場合と実質上同視しうる場合、又は退職給与規程の制定若しくは相当な理由に基づくその改正の結果として従前の勤続期間に対する退職給与の精算支給の必要を生じたような特別の場合に限り、これを右の退職手当等として取り扱う趣旨であるというのであるが、この説明も必ずしも説得力があるものとはいい難く、本件のように、従来一〇年以上勤務しても退職金額はそれ以上増加しない取りきめとなつていて、それに不満を持つ従業員から、一〇年経過後も勤務年数に応じ退職金額を増額すべきことが要求されている間に、会社の経営が悪化し、会社更生法の適用を見るに至つたため、一〇年を一区間として勤務関係を精算することとして、それまでの勤務期間に応ずる退職金を支給し、その後も引き続き勤務する者のじ後の退職金の計算についてはすでに経過した勤務期間を計算に入れないこととした場合には、このような退職金につき、税法上退職所得扱いとすることは許されない、とまでいう必要はないと思う。退職という以上その後継続雇用する場合すべての面において全くの新規採用と同じでなければならない、という理由もない。
 わが国の労働関係が原則として終身雇用であり、定年退職の時には、労働能力が相当低下していて、他に再就職をするとしても賃金はかなり低額となるので、退職金は将来の生活保障的な意味を持ち、担税力に乏しいところから、これを税法上優遇するという退職所得優遇制度は、それなりに理解できる。しかし、終身雇用制にも漸次変化が見られ、能力主義的雇用関係も芽生えつつあり、とりわけ中小企業においては、一〇年という期間は労働者が同一使用者に雇用される期間としては必ずしも短いものではなく、三〇年を終身雇用の平均勤務期間とすれば、それを分割し、退職金を一〇年ごとに精算支給することとすることも、それぞれの企業の労使間の事情に適するならば、税法上もそのままこれを受け容れるべきで、それを退職金という名の一般給与と見て、年収全体の中に組み入れ累進税率を適用して所得税を課するのは相当ではない。とりわけ、例えば五年を定年とするが如き場合は、かりに右のように総合累進課税をしても課税所得自体がそれほど高くならないし、終身雇用を原則とする目から見れば余りに短かすぎる定年制であるから、この場合に支給される退職金名義の金員につき右のような配慮をする必要はないといつてよいが、一〇年定年制となれば、終身雇用を原則とする目から見てもそれほど短いとはいえないし、一〇年間分の退職金を一時にその支給年の一般給与に加算して累進税率を課すれば、税額も相当高くなると思われるので、この場合には、右退職金につき前記の所得税優遇軽課の措置を認めることは、十分に考慮に値するものというべきである。これを更にふえんにすれば、終身雇用制の場合の退職金に課される所得税については、控除額も高くなり税額も比較的低くなるのに、それを採用せず、退職金につき右控除額が少なくしたがつて税額が比較的高くなるなど不利な取扱いを受けるおそれのある一〇年定年制を、敢えて採用するについては、当該企業に固有の、それなりの事情があるはずであり、このような場合には、かかる事情を考慮し、一〇年目に支払われた退職金名義の一時金が従来の継続的な勤務に対する報償ないし精算金的性質を有するものである限り、その経済的実質に着目し、これを税法上の退職所得として取り扱い、右のような不利益を受けることがないように配慮することを違法とまでいう必要はないと考えられる。本件において、被上告人が勤続満一〇年定年制を採用するに至つた経緯ないし事情は、原審の確定した事実関係として多数意見の冒頭に記載されているとおりであつて、まさに右のような取扱いを肯認しうるものということができる。
 したがつて、本件係争の退職金名義の金員を所得税法上の退職所得にあたるとした原審の認定判断は正当であり、論旨は採用しえないものであつて、本件上告はこれを棄却すべきであると考える。

by 2版§421.01 南山興産事件・名古屋地判平成2年5月18日訟月37巻1号160頁
事実・争点 Xは、出資者(A〜G)とともに民法上の組合契約を締結し、組合として土地の譲渡等を行ったので、譲渡益は出資割合に応じて各組合員に帰属する、と主張した。一方、Yは譲渡益が全てXに帰属するものとして増額更正処分を行った。Yの主位的主張は、出資者とXとの間の契約が金銭消費貸借契約であるというもの、予備的主張は、件の契約が商法上の匿名組合契約であるというものであった。
判旨 Xの請求棄却。「以上認定の各事実を総合すれば……民法上の組合契約ではなく、むしろ商法上の匿名組合契約(商法535条)に該当する」。
N&Q1. 「参照§162.03」は恐らく「参照§162.02」の誤り。匿名組合契約は、貸金業規制を潜脱するための装置として(及び租税回避のために)主に利用されてきた。
2. (1)丸1 金銭消費貸借契約であることを否定する直接の文言は、「利益金の分配を受ける」「Xによる購入不動産の運用又は処分から生ずる不確定の利益の分配を受ける」という部分が金銭消費貸借っぽくないとしたのであろう。
丸2 534頁下から5行目以降 出資者は「利益の分配にのみ与る」の関係である。
(2) 536頁第2段落
(3) 私法上の権利義務の帰属主体は営業者である。
 営業者の課税:事業の損益はまず営業者に帰属するものとして課税される。但し匿名組合員に利益の分配をした場合にそれは必要経費・損金として扱われる。
 匿名組合員の課税:営業者から受けた利益の分配について雑所得として課税される。(なぜ事業所得ではないのか?――権利義務の帰属主体ではないから。但し通達は根拠ではないので争いの余地は残る)
4. 匿名組合における損失――「出資者に対する課税は営業者の各事業年度の確定決算により算定された利益又は損失の額に基づいて行われる」。出資者(匿名組合員)たるXと営業者たるAとの間で覚書によって決めた計算期間によるのではない。
 実質的な論拠は539頁5行目以下に書かれてある。しかし形式的根拠は見当たらない。匿名組合契約は1対1の契約であるから営業者の段階で計算を揃えねばならないとまでは言い切れないが、一応の形式的根拠としては、営業者に権利義務が帰属しているので営業者の計算が基準となる、と言えようか。
補足 組合契約は複数人間で締結される。これに対し匿名組合契約は出資者(匿名組合員)と営業者との間の1対1の契約である。匿名組合契約は、組織形成というよりは融資に近い。匿名組合員が複数いることが普通であるが、複数の匿名組合員が組合員のように同一の扱いを受けるのが当然ということはない。

bz 概要:法人という組織形態を利用すると、法人・株主二重課税の問題がある。投資媒体として使い勝手が悪いので、所定の要件の下、組織段階での課税を軽くする法制度が採用されてきている。

例…特定目的会社(TMKなどとも呼ばれる):所定の要件(90%超を配当するなど)を満たすと、支払配当が組織段階で損金算入される。租税特別措置法67条の14。

用語 SPV (special purpose vehicle) / SPC (special purpose corporation)(SPCはSPVの一つ)
導管(conduit)型の課税方式
パス・スルー(pass through):組織自体は課税対象とならず、所得の性質等は構成員に直接に帰属する。組合が典型。
ペイ・スルー(pay through):組織自体も課税対象となるが、支払配当損金算入等で実質的に組織段階での課税を免れる仕組み。また、所得の性質も構成員にまで引き継がれるとは限らない。特定目的会社など。

ca 1 本件は,長期間にわたり馬券を購入し,当たり馬券の払戻金を得ていた被上告人が,平成17年分から同22年分までの所得税の確定申告をし,その際,当たり馬券の払戻金に係る所得(以下「本件所得」という。)は雑所得に該当し,外れ馬券の購入代金が必要経費に当たるとして,総所得金額及び納付すべき税額を計算したところ,所轄税務署長から,本件所得は一時所得に該当し,外れ馬券の購入代金を一時所得に係る総収入金額から控除することはできないとして,上記各年分の所得税に係る各更正並びに同17年分から同21年分までの所得税に係る無申告加算税及び同22年分の所得税に係る過少申告加算税の各賦課決定を受けたことから,上告人を相手に,上記各更正のうち確定申告額を超える部分及び上記各賦課決定の取消しを求める事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)ア 被上告人は,自宅のパソコン等を用いてインターネットを介して馬券を購入することができるサービスを利用し,平成17年から同22年までの6年間にわたり,中央競馬のレースで,1節(競馬開催日又はこれが連続する場合における当該連続する競馬開催日を併せたもの等をいう。)当たり数百万円から数千万円,1年当たり合計3億円から21億円程度となる多数の馬券を購入し続けた。上記サービスは,当たり馬券の払戻金等をその後の馬券の購入に充てることや,馬券の購入代金及び当たり馬券の払戻金等の決済を節ごとに銀行口座で行うことを可能にするものであった。被上告人は,日本中央競馬会に記録が残る平成21年の1年間においては,中央競馬の全レース3453レースのうち2445レース(全レースの約70.8%)で馬券を購入した。
イ 被上告人による馬券の購入方法はおおむね次のとおりである。
 まず,日本中央競馬会に登録された全ての競走馬や騎手の特徴,競馬場のコースごとのレース傾向等に関する情報を継続的に収集し,蓄積する。そして,その情報を自ら分析して評価し,レースごとに,競争馬の能力,騎手(技術),コース適性,枠順(ゲート番号),馬場状態への適性,レース展開,競争馬のコンディション等の考慮要素を評価,比較することにより着順を予想する。その上で,予想の確度の高低と予想が的中した際の配当率の大小との組合せにより,購入する馬券の金額,種類及び種類ごとの購入割合等を異にする複数の購入パターンを定め,これに従い,当該レースにおいて購入する馬券を決定する。馬券購入の回数及び頻度については,偶然性の影響を減殺するために,年間を通じてほぼ全てのレースで馬券を購入することを目標とし,上記の購入パターンを適宜併用することで,年間を通じての収支(当たり馬券の払戻金の合計額と外れ馬券を含む全ての有効馬券の購入代金との差額)で利益が得られるように工夫する。
(2)被上告人は,上記(1)の馬券の購入により,平成17年から同22年までの各年において,全ての有効馬券の購入代金の合計額に対する当たり馬券の払戻金の合計額の比率である回収率がいずれも100%を超えており,その収支上,同17年に約1800万円,同18年に約5800万円,同19年に約1億2000万円,同20年に約1億円,同21年に約2億円,同22年に約5500万円の利益を得ていた。
(3)被上告人は,平成17年分から同21年分までの所得税に係る申告期限後の確定申告及び同22年分の所得税に係る申告期限内の確定申告を行い,その際,本件所得は雑所得に該当し,外れ馬券の購入代金が必要経費に当たるとして総所得金額及び納付すべき税額を計算したところ,所轄税務署長から,本件所得は一時所得に該当し,上記の各年分の一時所得の金額の計算において外れ馬券の購入代金を一時所得に係る総収入金額から控除することはできないとして,同17年分から同21年分までの所得税に係る各更正及び無申告加算税の各賦課決定並びに同22年分の所得税に係る更正及び過少申告加算税の賦課決定を受けた。
3 所論は,本件所得は営利を目的とする継続的行為から生じた所得に当たらず、一時所得に該当すると主張して,本件所得が雑所得に該当するとした上で外れ馬券の購入代金を必要経費として控除することができるとした原審の判断には法令違反があるというものである。
4(1)所得税法上,利子所得,配当所得,不動産所得,事業所得,給与所得,退職所得,山林所得及び譲渡所得以外の所得で,営利を目的とする継続的行為から生じた所得は,一時所得ではなく雑所得に区分されるところ(34条1項,35条1項),営利を目的とする継続的行為から生じた所得であるか否かは,文理に照らし,行為の期間,回数,頻度その他の態様,利益発生の規模,期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断するのが相当である(最高裁平成26年(あ)第948号同27年3月10日第三小法廷判決・刑集69巻2号434頁参照)。
 これを本件についてみると,被上告人は,予想の確度の高低と予想が的中した際の配当率の大小の組合せにより定めた購入パターンに従って馬券を購入することとし,偶然性の影響を減殺するために,年間を通じてほぼ全てのレースで馬券を購入することを目標として,年間を通じての収支で利益が得られるように工夫しながら,6年間にわたり,1節当たり数百万円から数千万円,1年当たり合計3億円から21億円程度となる多数の馬券を購入し続けたというのである。このような被上告人の馬券購入の期間,回数,頻度その他の態様に照らせば,被上告人の上記の一連の行為は,継続的行為といえるものである。
 そして,被上告人は,上記6年間のいずれの年についても年間を通じての収支で利益を得ていた上,その金額も,少ない年で約1800万円,多い年では約2億円に及んでいたというのであるから,上記のような馬券購入の態様に加え,このような利益発生の規模,期間その他の状況等に鑑みると,被上告人は回収率が総体として100%を超えるように馬券を選別して購入し続けてきたといえるのであって,そのような被上告人の上記の一連の行為は,客観的にみて営利を目的とするものであったということができる。
 以上によれば,本件所得は,営利を目的とする継続的行為から生じた所得として,所得税法35条1項にいう雑所得に当たると解するのが相当である。
(2)所得税法は,雑所得に係る総収入金額から控除される必要経費について,雑所得の総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るため直接に要した費用の額等とする旨を定めているところ(35条2項2号,37条1項),本件においては,上記(1)のとおり,被上告人は,偶然性の影響を減殺するために長期間にわたって多数の馬券を頻繁に購入することにより,年間を通じての収支で利益が得られるように継続的に馬券を購入しており,そのような一連の馬券の購入により利益を得るためには,外れ馬券の購入は不可避であったといわざるを得ない。したがって,本件における外れ馬券の購入代金は,雑所得である当たり馬券の払戻金を得るため直接に要した費用として,同法37条1項にいう必要経費に当たると解するのが相当である。

cb 数人が集まって事業をする際、数人の共有名義で事業を行なっても構わないが、人数が増えると全員の共有名義で取引をするのが著しく煩瑣になる(例:店舗を借りる契約など)。そこで生きている人間とは別個の法律上の権利義務の帰属主体としての法人を作って、その法人の名義で取引をする、とした方が便利となる。

cc 民法ではどちらが正しいかという問題ではないと教わる(少なくとも私の学生時代)。租税法でいっているのは法律論というよりも、経済的な現状認識。

cd 第1 事案の概要
 本件は,馬券を自動的に購入できるソフトを使用してインターネットを介して長期間にわたり多数回かつ頻繁に網羅的な購入をして当たり馬券の払戻金を得ることにより多額の利益を上げていた被告人が,その所得につき正当な理由なく確定申告書を期限までに提出しなかったという所得税法違反の事案である。
 検察官は,本件には,当たり馬券の払戻金が所得税法上の一時所得に当たるか雑所得に当たるか,外れ馬券の購入代金が所得税法上の必要経費に当たるか否かという法令の解釈に関する重要な事項が含まれていると主張して事件受理の申立てをし,当審は受理決定をした。
第2 当裁判所の判断
1 本件事実関係
 被告人は,自宅のパソコン等を用いてインターネットを介してチケットレスでの購入が可能で代金及び当たり馬券の払戻金の決済を銀行口座で行えるという日本中央競馬会が提供するサービスを利用し,馬券を自動的に購入できる市販のソフトを使用して馬券を購入していた。被告人は,同ソフトを使用して馬券を購入するに際し,馬券の購入代金の合計額に対する払戻金の合計額の比率である回収率を高めるように,インターネット上の競馬情報配信サービス等から得られたデータを自らが分析した結果に基づき,同ソフトに条件を設定してこれに合致する馬券を抽出させ,自らが作成した計算式によって購入額を自動的に算出していた。この方法により,被告人は,毎週土日に開催される中央競馬の全ての競馬場のほとんどのレースについて,数年以上にわたって大量かつ網羅的に,一日当たり数百万円から数千万円,一年当たり10億円前後の馬券を購入し続けていた。被告人は,このような購入の態様をとることにより,当たり馬券の発生に関する偶発的要素を可能な限り減殺しようとするとともに,購入した個々の馬券を的中させて払戻金を得ようとするのではなく,長期的に見て,当たり馬券の払戻金の合計額と外れ馬券を含む全ての馬券の購入代金の合計額との差額を利益とすることを意図し,実際に本件の公訴事実とされた平成19年から平成21年までの3年間は,平成19年に約1億円、平成20年に約2600万円,平成21年に約1300万円の利益を上げていた。
2 本件払戻金の所得区分について
 所得税法34条1項は,一時所得について,「一時所得とは,利子所得,配当所得,不動産所得,事業所得,給与所得,退職所得,山林所得及び譲渡所得以外の所得のうち,営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいう。」と規定している。そして,同法35条1項は,雑所得について,「雑所得とは,利子所得,配当所得,不動産所得,事業所得,給与所得,退職所得,山林所得,譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得をいう。」と規定している。
   したがって,所得税法上,営利を目的とする継続的行為から生じた所得は,一時所得ではなく雑所得に区分されるところ,営利を目的とする継続的行為から生じた所得であるか否かは,文理に照らし,行為の期間,回数,頻度その他の態様,利益発生の規模,期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断するのが相当である。  これに対し,検察官は,営利を目的とする継続的行為から生じた所得であるか否かは,所得や行為の本来の性質を本質的な考慮要素として判断すべきであり,当たり馬券の払戻金が本来は一時的,偶発的な所得であるという性質を有することや,馬券の購入行為が本来は社会通念上一定の所得をもたらすものとはいえない賭博の性質を有することからすると,購入の態様に関する事情にかかわらず,当たり馬券の払戻金は一時所得である,また,購入の態様に関する事情を考慮して判断しなければならないとすると課税事務に困難が生じる旨主張する。しかしながら,所得税法の沿革を見ても,およそ営利を目的とする継続的行為から生じた所得に関し,所得や行為の本来の性質を本質的な考慮要素として判断すべきであるという解釈がされていたとは認められない上,いずれの所得区分に該当するかを判断するに当たっては,所得の種類に応じた課税を定めている所得税法の趣旨,目的に照らし,所得及びそれを生じた行為の具体的な態様も考察すべきであるから,当たり馬券の払戻金の本来的な性質が一時的,偶発的な所得であるとの一事から営利を目的とする継続的行為から生じた所得には当たらないと解釈すべきではない。また,画一的な課税事務の便宜等をもって一時所得に当たるか雑所得に当たるかを決するのは相当でない。よって,検察官の主張は採用できない。
 以上によれば,被告人が馬券を自動的に購入するソフトを使用して独自の条件設定と計算式に基づいてインターネットを介して長期間にわたり多数回かつ頻繁に個々の馬券の的中に着目しない網羅的な購入をして当たり馬券の払戻金を得ることにより多額の利益を恒常的に上げ,一連の馬券の購入が一体の経済活動の実態を有するといえるなどの本件事実関係の下では,払戻金は営利を目的とする継続的行為から生じた所得として所得税法上の一時所得ではなく雑所得に当たるとした原判断は正当である。
3 本件外れ馬券の購入代金の必要経費該当性について
 雑所得については,所得税法37条1項の必要経費に当たる費用は同法35条2項2号により収入金額から控除される。本件においては,外れ馬券を含む一連の馬券の購入が一体の経済活動の実態を有するのであるから,当たり馬券の購入代金の費用だけでなく,外れ馬券を含む全ての馬券の購入代金の費用が当たり馬券の払戻金という収入に対応するということができ,本件外れ馬券の購入代金は同法37条1項の必要経費に当たると解するのが相当である。
 これに対し,検察官は,当たり馬券の払戻金に対応する費用は当たり馬券の購入代金のみであると主張するが,被告人の購入の実態は,上記のとおりの大量的かつ網羅的な購入であって個々の馬券の購入に分解して観察するのは相当でない。また,検察官は,外れ馬券の購入代金は,同法45条1項1号により必要経費に算入されない家事費又は家事関連費に当たると主張するが,本件の購入態様からすれば,当たり馬券の払戻金とは関係のない娯楽費等の消費生活上の費用であるとはいえないから,家事費等には当たらない。
 以上によれば,外れ馬券を含む全ての馬券の購入代金という費用が当たり馬券の払戻金という収入に対応するなどの本件事実関係の下では,外れ馬券の購入代金について当たり馬券の払戻金から所得税法上の必要経費として控除することができるとした原判断は正当である。
 よって,刑訴法408条により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官大谷剛彦の意見がある。
 裁判官大谷剛彦の意見は,次のとおりである。
 私は,本件において当たり馬券の払戻金が一時所得ではなく雑所得に当たると解したとしても,外れ馬券の購入代金を必要経費として控除できるとした原判決には法令違反があるといわざるを得ないが,本件事案の特殊性に鑑み,原判決を破棄しなければ著しく正義に反するとまではいえないと考えるので,検察官の上告を棄却する法廷意見と結論を同じくするものである。
 本件では,当たり馬券の払戻金が一時所得に当たるか雑所得に当たるかの所得区分が主たる争点とされたが,この点が争われた背景には,一時所得であれば直接的な費用の控除しか認められないが,雑所得であれば必要経費の控除が認められ,所得区分によって課税所得金額が大きく異なり得ることがあったのであり,必要経費該当性の検討も所得区分の検討と同様に重要である。
 所得税法37条1項において,必要経費とは「売上原価その他当該総収入金額を得るため直接に要した費用の額及びその年における販売費,一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用の額」とされており,例示に掲げられている費用からみても,一般的には収益と対応する費用が必要経費に当たると解されているものと思われる。これを馬券の購入についてみると,当たり馬券の払戻金は,当該当たり馬券によって発生し,外れ馬券はその発生に何ら関係するものではないから,検察官が主張するとおり,外れ馬券の購入代金は,単なる損失以上のものではなく,払戻金とは対応関係にないといわざるを得ない。本件の馬券の購入態様は,長期間にわたり多数回かつ頻繁に網羅的な購入をする特殊な態様であり,法廷意見は一連の馬券の購入が一体の経済活動の実態を有するといえると評価するが,得られる払戻金の一回性,偶然性という収益としての性質は変わらないのであり,長期間にわたり多数回かつ頻繁に網羅的な購入を繰り返したからといって,なぜ本来単なる損失である外れ馬券の購入代金が当たり馬券の払戻金と対応関係を持つことになるのかは必ずしも明らかではない。また,いかなる購入金額であろうと外れ馬券の購入代金の全額が必要経費に当たり得るとの判断は,広く一般の国民から理解を得るのは難しいのではなかろうか。
 以上に述べたことから,原判決が,本件の外れ馬券の購入代金を所得税法37条1項前段の「直接に要した費用」として必要経費に当たるとしたのは法令解釈の誤りであり,同項後段の「所得を生ずべき業務について生じた費用」として必要経費に当たると解し得るかについても疑問がある。また,そもそも外れ馬券の必要経費該当性が否定されるとすれば,基本的には一回的,偶発的な性質を有する払戻金の収益を,あえて,その態様を重視して,課税対象金額が2分の1に減額される措置により控除の点を除けば一般的には納税者に有利となる一時所得ではなく,雑所得に区分する必要もないと思われる。
 しかしながら,私は,本件事案の特殊性に鑑み,また,巨額に累積した脱税額を被告人に負担させることの当否には検討の余地があり,原判決は上記の解釈により負担額の縮小を図ったとも理解できるところであるから,原判決を破棄しなければ著しく正義に反するとまではいえないと考えるものである。
 その上で,本来的には娯楽の世界にあった競馬について,大量のデータを用いて自動的に馬券を抽出してインターネットを介して購入することが可能なソフトが開発され,これを利用したビジネス性を持つ活動が現れているようであり,また,本件を機に,本件に類する活動も考えられる。このような状況において,課税の公平,安定性の観点から,課税対象を明確にして妥当な税率を課すなどの特例措置を設けることも必要と思われるので指摘しておきたい。

ce 法人税更正処分等取消請求事件 最高裁判所第二小法廷令和4年(行ヒ)第228号、令和4年(行ヒ)第229号 令和5年11月6日判決
       主   文

1(1)原判決主文第1項から第3項までを破棄する。
(2)被上告人の控訴を棄却する。
(3)被上告人が原審において拡張した請求を棄却する。
2 本件附帯上告を棄却する。
3 原審及び当審における訴訟費用は被上告人の負担とする。

       理   由

第1 事案の概要
1 内国法人である被上告人は、平成27年4月1日から同28年3月31日までの事業年度又は課税事業年度(以下、併せて「本件事業年度」という。)に係る法人税及び地方法人税(以下「法人税等」という。)の申告をしたところ、処分行政庁から、租税特別措置法(平成29年法律第4号による改正前のもの。以下「措置法」という。)66条の6第1項の規定により、ケイマン諸島において設立された被上告人の子会社であるMHBK Capital Investment (JPY) 4 Limited及びMHCB Capital Investment (JPY) 4 Limited(以下、併せて「本件各子会社」という。)の後記2の課税対象金額に相当する金額が、被上告人の本件事業年度の所得金額の計算上、益金の額に算入されるなどとして、法人税等の各増額更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分を受けた。また、被上告人は、本件事業年度の法人税等について更正の請求をしたが、処分行政庁から、更正をすべき理由がない旨の各通知処分(以下「本件各通知処分」という。)を受けた。
 本件は、被上告人が、上告人を相手に、上記各増額更正処分(ただし、後記3(3)イの各減額更正処分により一部取り消された後のもの)の一部及び上記各賦課決定処分(ただし、後記3(3)イの各変更決定により一部取り消された後のもの)並びに本件各通知処分の取消しを求める事案である。
2 関係法令の定めは、次のとおりである。
 措置法66条の6第1項(以下「本件委任規定」という。)は、同項各号に掲げる内国法人に係る特定外国子会社等が、各事業年度において適用対象金額(基準所得金額を基礎として所定の調整を加えた金額)を有する場合には、その適用対象金額のうち、その内国法人の有する当該特定外国子会社等の直接及び間接保有の株式等の数に対応するものとしてその株式等(株式又は出資をいう。以下同じ。)の請求権(剰余金の配当等、財産の分配その他の経済的な利益の給付を請求する権利をいう。以下同じ。)の内容を勘案して政令で定めるところにより計算した金額(以下「課税対象金額」という。)に相当する金額を、その内国法人の所得の金額の計算上、益金の額に算入する旨を規定する。
 これを受け、租税特別措置法施行令(平成29年政令第114号による改正前のもの)39条の16第1項(以下「本件規定」という。)は、上記の政令で定めるところにより計算した金額は、上記特定外国子会社等の各事業年度の適用対象金額に、当該各事業年度終了の時における発行済株式等のうちに当該各事業年度終了の時における当該内国法人の有する当該特定外国子会社等の請求権勘案保有株式等の占める割合(以下「請求権勘案保有株式等割合」という。)を乗じて計算した金額とする旨を規定する。請求権勘案保有株式等とは、内国法人が直接に有する外国法人の株式等の数又は金額等をいい、当該外国法人が請求権の内容が異なる株式等を発行している場合には、当該外国法人の発行済株式等に、当該内国法人が当該請求権に基づき受けることができる剰余金の配当等の額がその総額のうちに占める割合を乗じて計算した数又は金額等をいう(同条2項1号)。
3 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
(1)被上告人による資金調達
ア 本件各子会社は、平成20年に、ケイマン諸島の法令に基づいて設立された外国法人であって、被上告人(旧商号は、株式会社みずほコーポレート銀行。以下、同銀行に吸収合併される前の株式会社みずほ銀行と併せて、単に「被上告人」という。)に係る特定外国子会社等であった。
 Mizuho Capital Investment (JPY) 4 Limited(以下「MCI」という。)は、同年にケイマン諸島の法令に基づいて設立された外国法人であり、その発行する普通株式の全部を株式会社みずほフィナンシャルグループが有していた。
イ MCIは、平成20年12月29日、額面1億円の優先出資証券3550口(以下「MCI優先出資証券」という。)を発行し、投資家に販売した。本件各子会社は、同日、合わせて額面1億円の優先出資証券3550口(以下「本件優先出資証券」という。)を発行し、MCIは、MCI優先出資証券の発行により調達した資金を原資として本件優先出資証券の全部を購入した。本件優先出資証券の保有者は、原則として、普通株主に優先して配当受領権を有する一方、議決権を有しないものとされていた。
 本件各子会社は、同日、本件優先出資証券の発行により調達した資金を原資として、被上告人に対し、劣後ローン(以下「本件劣後ローン」という。)により金銭を貸し付けたところ、本件劣後ローンの利息の発生期間の終期は、本件優先出資証券及びMCI優先出資証券に係る配当の支払日の前日とされていた。本件劣後ローンの利息は、ほぼ全て本件優先出資証券への配当に充てられ、本件各子会社に利益が留保されたり本件各子会社の発行する普通株式に配当がされたりすることは予定されていなかった。
(2)本件優先出資証券の償還等
 本件各子会社は、平成27年6月30日、被上告人から本件劣後ローンの全額の返済を受けた上で、これを原資として、本件優先出資証券に係る出資金及び配当金をMCIに送金し、本件優先出資証券を償還した。この結果、本件各子会社の平成26年12月30日から同27年12月3日までの事業年度(以下「本件各子会社事業年度」という。)の終了の時における発行済株式等は、被上告人が有する普通株式のみとなった。
(3)課税の経過等
ア 被上告人は、本件各子会社の本件各子会社事業年度終了の時における発行済株式等のうちに被上告人の有する本件各子会社の請求権勘案保有株式等の占める割合(以下「本件保有株式等割合」という。)は0%であり、したがって本件各子会社事業年度における課税対象金額は0円であるとして、本件事業年度に係る法人税等の申告をした。
イ 処分行政庁は、平成29年11月7日付けで、被上告人に対し、本件保有株式等割合は100%であり、本件各子会社の適用対象金額の全額が課税対象金額となるなどとし、法人税等の各増額更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分をした。その後、処分行政庁は、令和元年7月29日付けで、被上告人に対し、上記各処分に係る法人税等の各減額更正処分及び過少申告加算税の各変更決定をした(以下、上記各減額更正処分により一部が取り消された後の上記各増額更正処分を「本件各増額更正処分」といい、上記各変更決定により一部が取り消された後の上記各賦課決定処分と併せて「本件各増額更正処分等」という。)。
ウ 被上告人は、上記各減額更正処分がされたことを踏まえ、第1審の口頭弁論終結後の令和3年1月27日付けで、上記アの申告において法人税等の控除の計算を誤るなどした結果、納付すべき法人税等の額を過大に申告したとして、国税通則法23条1項1号の規定により、本件各増額更正処分後の法人税等の額につき、申告額を下回る額に更正をすべき旨の請求(以下「本件各更正の請求」という。)をしたところ、処分行政庁から、同年4月26日付けで、更正をすべき理由がない旨の各通知処分(本件各通知処分)を受けた。
エ 被上告人は、第1審においては、本件各増額更正処分のうち申告額を超える部分及び上記各賦課決定処分(ただし、上記イの各変更決定により一部取り消された後のもの)の取消しを求めていたところ、原審において、本件各増額更正処分に係る取消請求を本件各更正の請求に係る額を超える部分の取消しを求めるものに拡張するとともに、本件各通知処分の取消しを求める訴えを追加した。
第2 上告代理人武笠圭志ほかの上告受理申立て理由について
1 原審は、前記事実関係等の下において、本件規定を適用すれば本件保有株式等割合は100%となるとした上で,要旨次のとおり判断し、本件各子会社事業年度における適用対象金額のうちに課税対象金額は存在しないなどとして、本件各増額更正処分等に係る取消請求を認容した。
 被上告人が本件各子会社から剰余金の配当等を受けることは想定されていなかったため、内国法人が外国子会社の利益から剰余金の配当等を受け得る支配力を有するという、いわゆるタックス・ヘイブン対策税制の下での合算課税の合理性を基礎付ける事情は見いだせない上、本件各子会社事業年度における処理につき、租税回避の目的も、客観的に租税回避の事態が生じていると評価すべき事情も認められない。そうすると、本件規定を本件に形式的に適用することは、本件委任規定の趣旨及びタックス・ヘイブン対策税制の基本的な制度趣旨に反するから、その限度で本件規定を本件に適用することはできないというべきである。
  2 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1)本件では、前記事実関係等の下において本件規定を適用することが本件委任規定の委任の範囲を逸脱するか否かが問題となるところ、この点を判断するに当たり、まず、本件規定の内容が、一般に、本件委任規定の趣旨に適合するか否かにつき検討する。
 本件委任規定は、私法上は特定外国子会社等に帰属する所得を当該特定外国子会社等に係る内国法人の益金の額に合算して課税する内容の規定である。これは、内国法人が、法人の所得に対する租税の負担がないか又は著しく低い国又は地域に設立した子会社を利用して経済活動を行い、当該子会社に所得を発生させることによって我が国における租税の負担を回避するような事態を防止し、課税要件の明確性や課税執行面における安定性を確保しつつ、税負担の実質的な公平を図ることを目的とするものと解される。
 また、本件委任規定は、課税対象金額について、内国法人の有する特定外国子会社等の直接及び間接保有の株式等の数に対応するものとしてその株式等の請求権の内容を勘案して計算すべきものと規定するところ、これは、請求権に基づき受けることができる剰余金の配当等の割合を持株割合よりも大きくしてかい離を生じさせる方法による租税回避に対処することを目的とするものと解される。
 そして、本件委任規定が課税対象金額の具体的な計算方法につき政令に委任したのは、上記のような目的を実現するに当たり、どの時点を基準として株式等の請求権の内容を勘案した計算をするかなどといった点が、優れて技術的かつ細目的な事項であるためであると解される。したがって、上記の点は、内閣の専門技術的な裁量に委ねられていると解するのが相当である。
 このような趣旨に基づく委任を受けて設けられた本件規定は、適用対象金額に乗ずべき請求権勘案保有株式等割合に係る基準時を特定外国子会社等の事業年度終了の時とするものであるところ、本件委任規定において課税要件の明確性や課税執行面における安定性の確保が重視されており、事業年度終了の時という定め方は一義的に明確であること等を考慮すれば、個別具体的な事情にかかわらず上記のように基準時を設けることには合理性があり、そのような内容を定める本件規定が本件委任規定の目的を害するものともいえない。
 そうすると、本件規定の内容は、一般に、本件委任規定の趣旨に適合するものということができる。
(2)以上を前提として、次に、前記事実関係等の下において本件規定を適用することが本件委任規定の委任の範囲を逸脱するか否かにつき検討する。
 前記事実関係等の下において本件規定を適用した場合には、本件各子会社事業年度における本件各子会社の利益は本件優先出資証券にのみ配当されたにもかかわらず、本件優先出資証券が同事業年度の途中で償還されたために本件保有株式等割合が100%となり、被上告人に対して合算課税がされることとなる。
 もっとも、前述のとおり、個別具体的な事情にかかわらず基準時を設ける本件規定の内容が合理的である以上、上記のような帰結をもって直ちに、前記事実関係等の下において本件規定を適用することが本件委任規定の委任の範囲を逸脱することとはならないところ、特定外国子会社等の事業年度の途中にその株主構成が変動するのに伴い、剰余金の配当等がされる時と事業年度終了の時とで持株割合等に違いが生ずるような事態は当然に想定されるというべきである。また、内国法人が外国子会社から受ける剰余金の配当等は、原則として、内国法人の所得金額の計算上、益金の額には算入されない以上(平成27年法律第9号による改正前の法人税法23条の2第1項等)、本件委任規定につき、特定外国子会社等において剰余金の配当等が留保されることにより内国法人が受ける剰余金の配当等への課税が繰り延べられることに対処しようとするものと解することはできないから、前記事実関係等の下において剰余金の配当等に係る個別具体的な状況を問題とすることなく本件規定を適用することによって、本件委任規定において予定されていないような事態が生ずるとはいえない。加えて、前記事実関係等の下においては、本件各子会社の事業年度を本件優先出資証券の償還日の前日までとするなどの方法を採り、本件各子会社の適用対象金額が0円となるようにする余地もあったと考えられるから、本件規定を適用することによって被上告人に回避し得ない不利益が生ずるなどともいえない。
 そうすると、前記事実関係等の下において本件規定を適用することが本件委任規定の委任の範囲を逸脱するものではないというべきである。
(3)したがって、前記事実関係等の下において本件規定を適用することができないとした原審の判断には、本件委任規定の解釈適用を誤った違法がある。
3 以上によれば、原審の前記判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして、前記事実関係等の下においては、本件各増額更正処分等にその他の違法事由も見当たらず、これらは適法というべきである。そうすると、被上告人の第1審における請求は理由がないから、これらを棄却した第1審判決は正当であって、被上告人の控訴を棄却すべきであり、また、被上告人が原審において拡張した請求も理由がないから、これらを棄却すべきである。
第3 附帯上告代理人田路至弘ほかの附帯上告受理申立て理由について
1 原審は、前記事実関係等の下において、被上告人は、本件各増額更正処分に係る取消請求において本件各更正の請求に係る税額を超える部分の取消しを求めることが可能であるから、重ねて本件各通知処分の取消しを求める利益を有しておらず、本件訴えのうち本件各通知処分の取消しを求める部分は不適法であるとして、これを却下した。
2 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1)増額更正処分後に国税通則法23条1項の規定によりされた更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分は、上記増額更正処分により一旦確定した税額について、更正の請求の理由を踏まえて改めて調査がされた上で、上記増額更正処分後の税額を減額すべき理由はないとしてされる処分である(同項、同条4項)。そうすると、上記通知処分は、上記増額更正処分とは別個にされた新たな処分であることが明らかであり、上記増額更正処分に吸収され、又はその内容が実質的に包摂されるということもできないのであって、上記更正の請求をした者は、上記通知処分が取り消された場合には、減額更正処分を受ける可能性を回復することができる以上、上記通知処分の取消しを求める訴えの利益を有するというべきである。
 本件のように上記増額更正処分後に上記更正の請求がされた場合、これに係る税額が申告税額を下回るときであっても、上記増額更正処分に係る取消訴訟において、上記増額更正処分のうち上記更正の請求に係る税額を超える部分の取消しを求めることができるものの、このことから直ちに上記通知処分の取消しを求める訴えの利益を否定することはできない。
 したがって、増額更正処分後に国税通則法23条1項の規定による更正の請求をし、更正をすべき理由がない旨の通知処分を受けた者は、当該通知処分の取消しを求める訴えの利益を有すると解するのが相当である。
(2)以上に説示したところによれば、被上告人は、本件各通知処分の取消しを求める訴えの利益を有するものということができるから、これと異なる原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない。
 もっとも、前記第2のとおり、本件各増額更正処分は適法であり、本件各通知処分に固有の違法事由が争われていない本件において、本件各通知処分を違法とすべき事由は見当たらない。そうすると、本件各通知処分の取消しを求める請求は理由がなく、これらを棄却すべきものであるが、不利益変更禁止の原則により、附帯上告を棄却するにとどめるほかなく、原判決の上記違法は結論に影響を及ぼすものではない。
 以上の次第で、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官草野耕一の補足意見がある。
 裁判官草野耕一の補足意見は、次のとおりである。
 私は法廷意見に賛同するものであるが、法廷意見第2について異なる視点から補足して述べておきたいことがあるので、以下これを敷衍する。
1 一般に、我が国の税法は、世界的にも稀有といえるほどに緻密で合理的な条文の集積から成り立っており、このことが税制に対する国民の信頼や我が国企業の国際競争力の礎となってきたことは税法の研究や実務に携わる者が均しく首肯するところではないかと推察する。
 しかしながら、本件委任規定を受けて設けられた本件規定について子細にみてみると、いささか精緻さに乏しいとの見方ができることは否定し難い。なぜならば、これらの規定の適用下にある外国法人について、
(1)当該外国法人がその事業年度終了時とは異なる日を基準日として剰余金の配当等(以下、本補足意見においては、単に「配当」という。)を支払ったところ、これを受け取った当該外国法人の株主(以下「受取株主」という。)がその直後に到来する事業年度終了時(以下「直近年度末」という。)にはもはや当該外国法人の株主ではない場合において、〔1〕当該外国法人が上記基準日においては特定外国子会社等であり、受取株主が当該特定外国子会社等に係る内国法人(以下、本補足意見においては「特定親会社」という。)であるとすれば、当該配当の原資として用いられた当期純利益の額(以下「配当原資金額」という。)につき、経済実態からすれば、当該特定親会社に対し合算課税をすることが相当であるにもかかわらず、合算課税をなし得ない事態(以下、本補足意見においては、このような事態を「過少課税」という。)が発生し得る一方、〔2〕当該外国法人が直近年度末においては特定外国子会社等であるが、受取株主は特定親会社と資本関係のない者であるとすれば、配当原資金額につき、経済実態からすれば、当該特定親会社に対し合算課税をすることは相当でないにもかかわらず、合算課税がされる事態(以下、本補足意見においては、このような事態を「過剰課税」という。)が発生し得るところ、
(2)仮に、本件委任規定を受けて政令の定めを設けるに当たり、「事業年度」の意義につき、特定外国子会社等が、その財産及び損益の計算の単位となる期間(以下「会計期間」という。)の末日以外の日を基準日として配当を行った場合には、当該会計期間の始期から当該配当の基準日までの期間をもって一つの事業年度とみなした上で、その翌日から当該会計期間の末日までの期間をもって次の事業年度とみなす(会計期間の末日以外の日を基準日とする配当の支払が一つの会計期間中に複数回なされた場合には各配当の基準日の翌日から次の配当の基準日までの期間も一つの事業年度とみなす)ことにすれば、過少課税も過剰課税も回避することができる と解されるからである。
2 しかしながら、以上の事実を斟酌しても、本件規定の内容は一般に本件委任規定の趣旨に適合する旨の法廷意見の判断(第2の2(1)参照)を覆すことはできない。以下、そう考える理由を、いわゆるタックス・ヘイブン対策税制一般に当てはまる理由(後記(1))と本件規定に固有の理由(後記(2))の二つに分けて述べたいと思う。
(1)タックス・ヘイブン対策税制は、税負担の軽減を企業の積極的行動原理の一つとして国際的活動を展開する我が国企業に対して我が国が課し得る税額が過少となるような事態を可及的に回避することを目的として作り出された税制であると解される。しかるところ、このような企業が実施する取引は複雑多様でかつ可変性の高いものであり、そうである以上、発生し得るいかなる事態に対しても合理的な帰結(過少課税にも過剰課税にもならないような帰結)をもたらし得る税制を立案することは(理想論としてはともかく)実際には期待し難く、加えて、制度の精緻さを過度に追求することは、効率的で公平な徴税手続の実現という点からみれば望ましくない場合があることも否定できない。
(2)上記(1)の一般論を本件規定との関係で敷衍すると、課税対象金額の計算を特定外国子会社等の事業年度終了時における特定親会社の請求権勘案保有株式等割合を用いて行うものとする本件規定の在り方は、特定外国子会社等がその会計期間の末日を基準日として配当を支払うという典型的な配当支払実務を前提とすれば、十分に合理的であり、かつ、本件委任規定の趣旨を実現するための税制を簡便なものにするという目的にも合致している。確かに、本件規定は、会計期間の末日以外の日を基準日として配当を支払った特定外国子会社等(当該配当の支払日後直近年度末までの間に特定外国子会社等となった外国法人を含む。以下、同じ。)に関して過剰課税を発生させることがあるというある種の難点を抱えていることは事実である。しかしながら、配当をいつ支払うかあるいは事業年度終了時をいつとするかは、実質的には当該特定外国子会社等の配当支払決定時における支配株主の判断によって決め得ることであると考えられるから、当該特定外国子会社等の配当支払決定時における支配株主と過剰課税によって不利益を受け得る者が同一である場合には、専らその判断により、両者が異なる場合には両者の協議により、過剰課税の発生はほとんど常に回避し得るはずである(なお、過少課税については、もとより関係当事者がこれを回避するように行動することは期待し難いであろうが、この点は本件の判断に影響しない。)。
3 もっとも、本件各子会社事業年度における本件各子会社の利益に関し、現に過剰課税が発生していることは否定し難い事実であり(法廷意見第2の2(2)参照)、しかもこの事態は本件各子会社の設立、本件優先出資証券の発行及び本件劣後ローンによる貸付けの実施という一連の手続(以下、本補足意見においては「本件資金調達手続」という。)がなされた平成20年当時においては起こり得ないものであった(当時の租税特別措置法施行令39条の16第1項の下では、特定外国子会社等が株主に配当として支払った金額は、同項にいう適用対象留保金額に含まれず、合算課税の基礎となる余地がなかったからである。)。しかしながら、この点を斟酌してもなお、本件の事実関係の下において本件規定を適用することが本件委任規定の委任の範囲を逸脱するものとはいえない旨の法廷意見の判断(第2の2(2)参照)を覆すことはできない。そう考える理由は以下のとおりである(なお、後記(1)及び(2)は、飽くまでも本件に即して十分な理由付けを示すためのものであって、例えば、以下に示す事情の一部が欠けるような事案の場合に、当然に、その事案の事実関係の下において本件規定を適用することが本件委任規定の委任の範囲を逸脱するとの結論に結び付くことを含意するものではない。)。
(1)被上告人は、利払の損金算入効果を享受しつつ国際金融市場から自己資本を調達しようという意図の下に本件資金調達手続を立案しこれを実行したものであるとうかがわれる。しかるところ、被上告人のような我が国を代表する金融機関が本件資金調達手続を立案するに当たっては、当然関係各国の税制を詳細に調査研究し、その内容を知悉することが前提であろうから、被上告人は、我が国のタックス・ヘイブン対策税制についても十分な調査を行い,かつ、(タックス・ヘイブン対策税制は頻繁に改正されるものであることは周知の事実であるから、)必要に応じて、本件資金調達手続の実施後においても最新のタックス・ヘイブン対策税制の内容を調査し、本件資金調達手続によって生み出された会社法や契約法上の権利義務関係に合理的な変更を加えることによって、予期せざる税務上の不利益が発生することがないよう注意を払い続けることを期待され得る立場にあった。
(2)しかるところ、本件各子会社の利益に関して過剰課税が発生する余地が生ずることとなったのは、いわゆる外国子会社受取配当益金不算入の制度の導入に伴う平成21年の関係規定の改正によって、合算課税の基礎となる金額(適用対象金額)から、特定外国子会社等がその株主に支払った配当を控除することができなくなったためであるところ、その改正に係る改正法の施行の時から本件優先出資証券の償還がなされた平成27年6月30日までの間には6年余りの期間があった。しかも、本件優先出資証券の償還は本件各子会社(実質的には被上告人とみてよいであろう。)の任意の判断によりなされたものであるから、被上告人において、上記償還に当たって、任意償還がもたらす税効果を検討し、本件各子会社の事業年度を本件優先出資証券の償還日の前日までとするなどの方法を採ることによって合算課税を回避することは、さしたる取引費用をかけることもなく容易にできたはずである(法廷意見第2の2(2)参照)。 
4 以上の次第により、私は法廷意見の結論及び理由付けに全面的に賛成するものである。
(裁判長裁判官 草野耕一 裁判官 三浦守 裁判官 岡村和美 裁判官 尾島明)

cf 参考文献:中里実「法人課税の再検討に関する覚書――課税の中立性の観点から(租税特別措置と法人税制)」租税法研究19号1頁(1991)、吉村政穂「出資者課税――「法人税」という課税方式(一〜四・完)」法学協会雑誌120巻1号1頁、3号508頁、5号877頁、7号1339頁(2003) 可哀相という問題でないということについては非中立性について何が問題であるかを思い出すべし。

cg かつて、個人所得税の最高税率がべらぼうに高く、法人税率と大きな差があった時代があった。この場合、法人と株主の二段階で課税を受けてもなお、法人を通じて利益を得ることが有利になりえた。

ch  一般化する。個人の通常の所得税率をtp、譲渡所得の税率をtg、法人税率をtc、投資額をI (=1)、税引前収益率をrとした場合のn年後の残額は次のようになる。
課税がなければ:I(1+r)n=1.120=6.7275
第一の戦略:I[1+r(1−tp)]n=[1+0.1×(1−0.7)]20=1.0320=1.8061
第二の戦略:I([1+r(1−tc)]n−{[1+r(1−tc)]n−1}tp)=I{[1+r(1−tc)]n(1−tp)+tp}=1.0820−(1.0820−1)×0.7=1.0820×0.3+0.7=2.0983
第三の戦略:I([1+r(1−tc)]n−{[1+r(1−tc)]n−1}tg)=I{[1+r(1−tc)]n(1−tg)+tg}=1.0820−(1.0820−1)×0.35=1.0820×0.65+0.35=3.3796

ci 白色申告・青色申告で経費算入限度が異なる。東京地判平成28年9月30日税資266号順号12909平成26(行ウ)355号一部棄却、一部却下、東京高判平成29年4月13日判例集未登載控訴棄却確定…他に職ありとして所得税法施行令165条2項2号括弧書「(その職業に従事する時間が短い者その他当該事業に専ら従事することが妨げられないと認められる者を除く。)」後段に該当せず青色専従者給与必要経費算入が否認された例。岩武ュ明2018.12.21租税判例研究会報告。

cj 統合の是非に関する古今の議論の紹介として玉岡雅之「法人課税の動向について――理論と現実の交錯」租税研究2010年11月67頁等参照。
発展:debt/equityの扱いの非中立性に着目すると、中立性を達成するためには、支払配当損金算入方式のように配当の扱いを現在の利子の扱いに揃えるという方法(配当のうち金銭の時間的価値相当分だけ控除を認め、超過収益部分は控除を認めないとする提案もある。ACE: Allowance for Corporate Equityという)だけではなく、逆に、利子の扱いを現在の配当の扱いに揃え、配当も利子もともに法人の所得計算上控除されないとする、という方式も考えられる(法人段階での扱いを見るだけならば付加価値税に近づく。CBIT: Comprehensive Business Income Taxという)。株主又は債権者の段階では受取配当又は利子を課税所得に含めない、とすることで二重課税もなくなる。

ck 最高裁判所昭和四〇年(行ツ)第一〇七号法人税課税処分取消請求上告事件 判決 (昭和四三年一〇月一七日言渡)
 右当事者間の東京高等裁判所昭和四〇年(行コ)第一六号法人税課税処分取消請求事件について、同裁判所が昭和四〇年一〇月一三日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
       主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人権逸、同田中耕輔の上告理由一について。
 横領行為によって法人の被った損害が、その法人の資産を減少せしめたものとして、右損害を生じた事業年度における損金を構成することは明らかであり、他面、横領者に対して法人がその被った損害に相当する金額の損害賠償請求権を取得するものである以上、それが法人の資産を増加させたものとして、同じ事業年度における益金を構成するものであることも疑ない。論旨は、旧法人税法(昭和二二年法律第二八号、以下同じ。)における益金は商行為に基づく債権を基礎とし、横領に基づく損害賠償請求権のごときを予定していないものと主張するが、そのように限定すべき根拠は見出しがたく、もし所論のごとくであれば、法人税法上の損失もまた横領による損害のような偶発的な損失を含まないといわなければならないはずであって、到底肯認しえない。
 論旨は、原判決が、犯罪行為のために被った損害の賠償請求権を、それが実現の見込がないと認められるときは損金に算入しうる旨を判示しながら、本件横領によって被った損害を損金と認めなかったのを、失当と非難する。犯罪行為のために被った損害の賠償請求権でもその法人の有する通常の金銭債権と特に異なる取扱いをなすべき理由はないから、横領行為のために被った損害額を損金に計上するとともに右損害賠償請求権を益金に計上したうえ、それが債務者の無資力その他の事由によってその実現不能が明白となったときにおいて損金となすべき旨の原判示は、犯罪行為のために被った損害を損害賠償請求権の実現不能による損害に置き換えることになるものであるが、犯罪行為に基づき法人に損害賠償請求権の取得が認められる以上、その経理上の処理方法として十分首肯しうるものといわなければならない。論旨は、そのような請求権の実現性の薄弱なことをあげてその益金計上を不当とするが、そのようなことは一概にいえるものではなく、もし損害賠償請求権がその取得当初から明白に実現不能の状態にあったとすれば、上記の経理方法によっても、直ちにその事業年度の損金とするを妨げないわけであるから、所論の非難はあたらない。また、それでは企業体が現実に犯罪による損害と課税による損害との二重の損失を被むるとする所論も、上記の経理方法を正解しないことに基づくものといわざるをえない。
 本件についてみるに、上告会社の会計担当役員であり代表取締役でもあった訴外東間(現姓川澄)幸雄が、係争の三事業年度にわたり業務上の保管金円をしばしば着服しながら、これを経費に仮装して計上していたというのであるから、上告会社は、右東間の横領額相当の損害を被むるとともに、それと同額にのぼる損害賠償請求権を取得していたことは明らかである。そして、右東間が示談を拒否し懲役の実刑を受けたなど原審における上告会社の主張事実だけでは、いまだその係争事業年度の間において同人に対する損害賠償請求権の全部または一部の実現不能が明らかになったと認めるに足りるものではない。してみれば、原判決がその横領行為により被った損害を損金に、これに対応する損害賠償請求権を益金に計上したのと結果を同じくする被上告人の更正処分(前記横領額を仮装した上告会社の経費を否認するとともに、これと同額を右東間に対する仮払金として処理したもの)を支持したのに、所論の違法は認められない。もっとも、原判決が、犯罪行為によって被った損害を損金としながらこれに対応する損害賠償請求権を益金に計上しないならば、犯罪行為に原因して国の税収入が減ずるばかりでなく、被害が課税に際し実質的に緩和されて企業経営者の犯罪防止に対する努力が鈍り、犯罪行為が助長されることなどをあげて理由としたのは、妥当ではない。しかし、右説示のために、原判決の前記判断の結果が左右されるものではない。論旨は結局理由がない。
同二について。
 論旨は、要するに、前記東間幸雄の横領の事実は、係争各事業年度の法人所得の申告の当時上告会社には全く判明しなかったところであるから、適正な申告ができなかったとしてもやむをえないのであって、これに対し、被上告人が過少申告加算税を課したのを相当とした原判決は、憲法三〇条に違反するというのである。
 過少申告加算税は、旧法人税法四三条により、法人の確定決算に基づく申告等に誤りがあったことにつき正当な事由がないと認められる場合に課せられたものであるから、右論旨は、結局本件係争の各事業年度の申告には同税を課せられない正当な事由の存したことを主張してその課税を論難するもの、すなわち違憲に名を藉りて同条の解釈適用を争うものにすぎない。そして、原判決の認定によれば、前記東間幸雄は上告会社の経理担当役員でかつ代表取締役の地位にあったというのであるから、それら申告について上告会社の責任者と認めうる者であり、しかも申告が適正を欠いたのは、同人の計上した仮装経費が損金に算入されたのによるのである。従って、これを上告会社には右東間の不正が判らなかったところとして同税を課しえないとする所論の到底肯認しがたいことは、原判示のとおりといわなければならない。論旨は採用できない。

cl 昭和四四年(あ)第二三八四号
 右の者らに対する法人税法違反各被告事件について、昭和四四年九月二九日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、各被告人から上告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり判決する。
       主   文
原判決および第一審判決を破棄する。
本件を東京地方裁判所に差し戻す。
       理   由
 弁護人西村真人、同宍倉秀男の上告趣意のうち、憲法三一条違反をいう点は、実質は単なる法令違反の主張に帰しその他の違憲の主張は、原審で主張および判断を経ておらず、その余は、単なる法令違反、事実誤認の主張であつていずれも適法な上告理由にあたらない。
 しかしながら、所論にかんがみ職権をもつて調査すると、原判決およびその維持する第一審判決は、以下に述べるとおり、刑訴法四一一条一号により破棄を免れない。
 第一審判決が認定した罪となるべき事実は、「被告会社は、東京都中央区日本橋通二丁目二番地に本店を置き、金銭貸付等を目的とする資本金一、〇〇〇万円の株式会社であり、被告人《乙2》は、右会社の代表取締役としてその業務全般を統括しているものであるが、被告人《乙2》は、被告会社の業務に関し法人税を免れようと企て、受取利息収入や手形割引料収入の大部分を脱ろうとする等の不正な方法により所得を秘匿した上、昭和三七年一月一日より同年一二月三一日までの事業年度において、被告会社の実際所得金額が八、五六五万三、三七五円あったのにかかわらず、昭和三八年二月二七日東京都中央区日本橋堀留町二丁目五番地所在の所轄日本橋税務署において、同税務署長に対し、欠損金額一五万八七〇二円で納付すべき法人税額はない旨の虚偽の確定申告書を提出し、もって同会社の右事業年度の正規の法人税額三二四四万八二五〇円を法定の納付期限までに納付せず、もって同額の法人税を免れたものである。」というのである。同判決は、これに対し、法人税法(昭和二二年法律第二八号。同四〇年法律第三四号による改正前のもの。以下単に「旧法人税法」という。)四八条および被告会社につき、さらに同法五一条を適用し、被告会社を罰金七〇〇万円に、被告人を同一〇〇万円に処したのであるが、右所得の計算については、同判決書別紙第一「修正損益計算書が「罪となるべき事実」欄末尾に引用されており、また、同計算書記載の「貸金利息収入額」中、復興建築助成株式会社を貸付先とするものについての明細として同判決書別紙第二「復興建築助成株式会社に対する貸付金受取利息明細表」が「弁護人の主張に対する判断」欄に引用されている。そして、判文および右の各別紙によれば、第一審裁判所は、被告会社の実際所得金額(修正当期利益金)を認定するにあたり、履行期の到来した金銭消費貸借上の利息はたといそれが利息制限法(昭和二九年法律第一〇〇号)所定の制限を超過して私法上無効とされるものであり、かつ未収であっても、債務者がこれを有効として取扱い、同法による保護を求めていないような場合には、税法上、当該未収利息も益金に算入すべきものであるとの見解を前提とし、本件の具体的事情のもとでは、前記復興建築助成株式会社に対する貸付金の利息に関し右のごとき状況が存在すると認め、当該事業年度中に履行期の到来した利息全部につき、利息制限法による制限を超過していることの有無および未収既収の別を問うことなく、約定利率による金額をすべて益金に計上したものであり、また、原審裁判所もこれと同旨の見解に立って一審判決の右認定を維持したことが明らかである。
 けれども、利息制限法所定の制限を超過する利息・損害金については、約定の履行期が到来しても、なお未収であるかぎり、旧法人税法九条にいう「益金」に該当しないと解するのが相当である。(昭和四三年(行ツ)第二五号同四六年一一月九日第三小法廷判決参照)。
 そうすると、右解釈にそわない見解を前提とした本件第一審判決および原判決には、法令の解釈適用を誤り、ひいて審理を尽くさなかった違法があり、その違法は判決に影響を及ぼし、破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。

cm (2) カーター方式:組合方式とインピュテーション方式の折衷。法人段階で課税してその税負担を株主段階課税で控除するか、または法人が税務上株主に利益を按分して株主の所得として課税する方式。
(8) 法人税株主帰属方式・インピュテーション方式(imputation method):株主の受取配当の金額に、それに対応する法人税額(の全部又は一部)を加算(グロス・アップという)し、株主段階で計算した税額から法人税額を控除する方式(株主の方が税率が低ければ控除しきれない金額は還付される)。かつて欧州諸国を中心に採用されていた方式であるが、国際的な資本移動と調和しにくく(424頁参照。外国法人・外国株主と内国法人・内国株主との平等取扱が困難であるが、それを理由に異なる扱いをすることがEC条約違反となってしまう)、現在のところあまり採用されていない。

cn 最高裁判所(第一小法廷)昭和四八年(行ツ)第三〇号裁決取消等請求上告事件 判決 (昭和五一年三月一八日言渡)
 右当事者間の福岡高等裁判所昭和四五年行(コ)第四号裁決取消等請求事件について、同裁判所が昭和四七年一一月二〇日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があり、被上告人福岡税務署長は、同被告人に対する上告中昭和四一年九月二六日付更正及び過少申告加算税賦課決定の取消請求に関する部分につき上告棄却、その余の請求に関する部分につき上告却下の判決を求め、被上告人福岡国税局長は、上告却下の判決を求めた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。
       主   文
 原判決中、被上告人福岡税務署長が上告人の昭和四〇年分所得税について同四一年九月二六日付でした更正及び過少申告加算税賦課決定の取消請求に関する部分を破棄し、右部分につき本件を福岡高等裁判所に差し戻す。
 上告人の被告人福岡税務署長に対するその余の上告及び被上告人福岡国税局長に対する上告をいずれも却下する。
 前項に関する上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
上告代理人古原進の上告理由について
 所得税法五六条によれば、納税義務者と生計を一にする親族が納税義務者の営む事業に従事したこと等により当該事業から対価の支払を受ける場合には、その対価に相当する金額は納税義務者の事業所得等の金額の計算上必要経費に算入しないものと定められているところ、原判決は、(一)上告人は、印刷業を営む者であつて、その長男義隆及び次男正義(以下「義隆ら」という。)を右事業に従事させているが、昭和三九年までの所得税の申告にあたつては、義隆らをいわゆる事業専従者として申告し、専従者控除を受けていたこと、(二) 上告人は、昭和四〇年中に義隆らに支給した本件係争の雇人費につき義隆らから源泉徴収所得税を徴収しておらず、義隆らも同年の所得を課税対象とする市民税や県民税を納付していないこと、(三) 右雇人費の支給は、毎月の支給金額及び支給日が一定せず、通常の給与体系とは異なるものであつたこと、(四) 義隆らは、専ら上告人の事業に従事し、その事業から生ずる収入のみによつて生計を維持していたこと、を認定したうえ、以上の事実によれば、義隆らは、昭和四〇年当時上告人から生活費の支給を受けていた者であつて、上告人と生計を一にする親族にあたるというべきであるから、同年中の右支給額を上告人の事業所得の金額の計算上必要経費に算入することはできない、と判断している。
 しかしながら、原審の認定するように、義隆らはいずれも当時既に結婚して上告人と別居していた者であり、また、上告人の事業が親子だけによる小規模な個人企業であることを考えると、右(一)ないし(四)の事実のみから直ちに、係争の雇人費が義隆らにおいて上告人の事業に従事したことの対価であることを否定し、家族間の扶養の一態様として支給された生活費にすぎないとみることは、社会通念に照らし当を得たものとはいいがたい。そして、原判決挙示の証拠によれば、義隆らは、毎月支給を受ける右金員のうちから自らの責任と計算でそれぞれの家賃や食費その他の日常の生活費を支出し、時に上告人から若干の援助を受けることがあつたものの、基本的には独立の世帯としての生計を営んでいたことがうかがわれるのであり、右生計の源泉が専ら上告人の事業にあつたからといつて、上告人と有無相扶けて日常生活の資を共通にしていたものと認めるには足りない。してみると、前記の事実を確定したのみで義隆らと上告人とが生計を一にする関係にあつたと判断し、上告人の本訴請求中被上告人福岡税務署長に対して本件更正及び過少申告加算税賦課決定の取消を求める部分を失当とした原判決は、ひつきよう、所得税法五六条の規定の解釈適用を誤り、ひいて理由不備の違法を犯したものというほかなく、その違法をいう論旨は理由がある。
 なお、上告人は、原判決中被上告人福岡税務署長に対するその余の請求及び被上告人福岡国税局長に対する請求に関する部分については、上告の理由を記載した書面を提出しない。
 よつて、原判決中被上告人福岡税務署長に対する本件更正及び過少申告加算税賦課決定の取消請求に関する部分を破棄し、更に審理させるため、右部分につき本件を原審に差戻し、同被上告人に対するその余の上告及び被上告人福岡国税局長に対する上告をいずれも却下することとし、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇七条、三九九条の三、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

co 発展:支払配当損金算入方式をとり、かつ個人株主段階で配当について累進税率を適用すれば、法人・株主の二重課税問題が(内部留保の部分を除いて)解決される上に、累進税制も維持できる。しかし現実的な処方箋ではない。外国人株主について法人所在地国の税収が失われてしまうから。「法人税は株主に対する所得税の前取りである」というのは、国際的な資本移動の局面においては、「法人税は外国人株主に対する所得税の前取りである」という意味を持つ。

cp  法人税の存在によって法人形態と組合形態との間の選択に関し組合形態が有利になるならば、組合への投資が増え、限界収益逓減の法則により組合への投資から得られる税引前収益率が減少し、結局のところ、法人への投資から得られる税引後収益率と組合への投資から得られる税引前収益率とが等しくなるところで投資の選択が均衡するはずである。二重課税は放置してよい。――こうした説明は正しいであろうか?
 [現在浅妻も悩んでいる問題] 法人税の負担は株主のみに帰着しているわけではなかろう、と考えられている。なぜ、法人税と株主に対する所得税のみとの統合が論じられるのか?(一応の応答……仮に法人税が廃止され全て組合方式で課税がなされたとしても、名目上株主・組合員が負っている税負担が経済的にも株主・組合員に帰着しているとは限らず、転嫁の実態は市場の有り様による。統合の議論と税負担の転嫁・帰着の議論とは関係ない。[しかしまだ自信が無い])

cq 最高裁判所(第一小法廷)昭和五二年(オ)第九八七号不当利得返還請求上告事件 判決 (昭和五三年三月一六日言渡)
       主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
上告代理人竹下伝吉の上告理由について
 旧所得税法(昭和二二年法律第二七号)のもとにおいて、事業所得として課税の対象とされた金銭債権が後日貸倒れ等により回収不能となつたときは、その回収不能による損失額を、当該回収不能の事実が発生した年分の事業所得の金額の計算上、必要経費に算入すべきものとされ、これによつて納税者は実質的に先の課税について救済を受けることができたのであるから、それとは別に、納税者が徴税者たる国に対し、右回収不能による損失額に対応する徴収ずみの税額につき不当利得として返還を請求することは、法の認めないところであつたと解すべきである。本件において、納税者たる桜井正一が、右回収不能の発生により先の課税処分そのものが違法になつたとしてその取消を求める別件訴訟を提起していたことは、原判決挙示の証拠関係に徴して明らかであるが、そのことから直ちに、右桜井正一において前述の必要経費算入の方法による救済を受けることができなかつたとすることはできない。原審は、これと同旨の理由により本件の不当利得返還請求を失当としたものであつて、その判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、独自の見解を前提とするものであるか、又は判決の結論に影響を及ぼさない傍論を非難するものであるにすぎず、すべて採用することができない。

cr 所得税法八三条及び八三条の二にいう「配偶者」は、納税義務者と法律上の婚姻関係にある者に限られると解するのが相当であり、これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、違憲をいう点を含め、右と異なる見解に立って原審の右判断における法令解釈の誤りを論難するものにすぎず、採用することができない。

cs 最高裁判所昭和三三年(オ)第三一二号不当課税取消請求事件 判決 (昭和三八年一〇月二九日言渡)
       主   文
原判決中第一審判決を変更した部分を破棄する。
右の部分に関する被上告人の控訴を棄却する。
原審及び当審の訴訟費用は被上告人の負担とする。
       理   由
 上告指定代理人青木義人、同関根達夫、同栗原安、同蓑輪恵一、同堺沢良の上告理由は別紙のとおりである。
 論旨は、原判決が、国税局長が審査決定をするに際し、税務署長が決定した金額よりも増額して決定することはできないとしたのを非難するのである。
 納税義務者の課税価格の申告に対し税務署長がする更正について、国税局長に審査請求をゆるす制度が、納税義務者を不当な課税決定から救済するためであることは、原判示のとおりである。しかし、戦時補償特別措置法による本件審査請求その他昭和二五年における所得税法その他諸税法の改正前においては、審査請求があつた場合には、課税の適正を期するため、国税局長はあらためて、課税価格を決定すべきものと解されていたのであつて現在において、その解釈を違法とすべき理由はない。戦時補償特別措置法三一条の「これを決定し」の「これ」の趣旨を原判示のように審査請求の当否のみに限定して解すべき根拠はない。むしろ、国税局長は覆審的に課税価格を決定する趣旨に解すべく、そして不利益変更禁止の規定がない以上、国税局長の決定の金額が税務署長がした更正金額よりも多額になつてもやむを得ないのである。もとより、かくして国税局長が決定した場合には、これに対し行政上の不服申立がゆるされないことになるけれども、現行法においても、国税局長がした処分については審査請求がゆるされないのであつて(国税通則法七九条四項)必ずしも不合理とはいえない。この点に関する論旨は理由があり、原判決は破棄を免れず、そして、この点に関する被上告人の請求を棄却した一審判決は正当であつて、被上告人がした控訴は理由がないものといわなければならない。よつて、民訴四〇八条、三八四条、九六条、八九条により、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

ct 佐藤英明(「基礎法・特別法講義: 租税法(1)〜(4・完)」法学教室2000年8月239号113頁、240号104頁、241号92頁、242号126頁)――租税を空気抵抗と見る比喩。/高校の物理と、現実世界での設計。

cu 応用問題:インターネット上で読める小説という財は、非競合性・非排除性を備えているといえるか。また、そのサイトにパスワード等のアクセス制限がかけられている場合はどうか。テレビ放送をネットで代替しようとする場合はどうか?

cv 発展:再分配という言葉は、市場等での財の配分状態が適正なものであり、課税が後からしゃしゃりでてくる、というイメージを与える。しかし、課税前の状態が適正で課税が市場等を撹乱するものである、と本当に言えるかについては議論の余地もある。租税法というよりは法哲学などの問題となる。参照:森村進『財産権の理論』(弘文堂、1995)、Liam Murphy & Thomas Nagel, The Myth Of Ownership: Taxes and Justice (Oxford University Press, 2002)、増井良啓「税制の公平から分配の公平へ」江頭憲治郎=碓井光明編『方の再構築T国家と社会』63-80頁(東京大学出版会、2007)

cw 2010年に入って突然ベーシックインカムの議論が盛り上がってきたように見受けられる。類似の発想として「負の所得税」というものもある。
[浅妻]モデル上はとても魅力的な政策論。実際に運用しようとすると、医療費負担をどう設計するのかとか、年金についてこれまで掛金を払ってきた人もそうでない人も給付額を同じにするのかとか、色々難点もあるかもしれない。ただ、いわゆるブラック企業がブラックでいられなくなる、という視点は面白い。

cx [浅妻]累進税の「結果」であり、累進税の意義・目的であるとは考えにくく、租税一般の意義であるとは尚更いいにくいのではないか。

cy 「もっとも、租税を実質的に定義することは、租税法の解釈・適用上、ほとんど実益をもたない」と言われていたが、幾つか実益のある事例も出ている。租税の定義について、§121.01大嶋訴訟・最判昭和60年3月27日民集39巻2号247頁、§111.01旭川市国民健康保険条例事件・最判平成18年3月1日民集60巻2号587頁、ガーンジー島事件(損保ジャパン事件)・最判平成21年12月3日民集63巻10号2283頁

cz 最高裁判所第一小法廷平成13年(行ヒ)第116号
平成16年12月16日判決
       主   文
1 本件上告のうち,別紙処分目録記載の各処分の取消請求に関する部分を棄却し,その余の部分を却下する。
2 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人杉原信二の上告受理申立て理由(排除された部分を除く。)について
1 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)上告人は,大工工事業を営む個人事業者であるが,平成2年1月1日から同年12月31日までの課税期間(以下「本件課税期間」という。)の消費税について確定申告をしなかった。また,上告人は,昭和63年分,平成元年分及び同2年分の所得税についてそれぞれ確定申告をしたが,その申告書に事業所得に係る総収入金額及び必要経費を記載せず,その内訳を記載した書類を添付しなかった。
(2)被上告人の職員は,上告人が本件課税期間について納めるべき消費税の税額を算出するため,また,上記の所得税に係る申告内容が適正であるかどうかを検討するため,上告人の事業に関する帳簿書類を調査することとした。
 上記職員は,平成3年8月下旬から上告人の妻と電話で数回話をするなどして調査の日程の調整に努めた上,その了承を得て,同年10月16日,同月25日,同年11月18日,平成4年1月21日及び同月31日の5回にわたり上告人の自宅を訪れ,上告人に対し,帳簿書類を全部提示して調査に協力するよう求めた。しかし,上告人は,上記の求めに特に違法な点はなく,これに応じ難いとする理由も格別なかったにもかかわらず,上記職員に対し,平成2年分の接待交際費に関する領収書を提示しただけで,その余の帳簿書類を提示せず,それ以上調査に協力しなかった。上記職員は,提示された上記の領収書312枚をその場で書き写したが,その余の帳簿書類については,上告人が提示を拒絶したため,内容を確認することができなかった。
(3)そこで,被上告人は,上告人の本件課税期間に係る消費税につき,調査して把握した上告人の大工工事業に係る平成2年分の総収入金額に103分の100を乗じて得た消費税法(平成6年法律第109号による改正前のもの。以下「法」という。)28条1項所定の課税標準である金額に基づき消費税額を算出した上で,提示された上記の領収書によって確認された接待交際費に係る消費税額だけを法30条1項により控除される課税仕入れに係る消費税額と認め,その余の課税仕入れについては,同条7項が規定する「事業者が当該課税期間の課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿又は請求書等を保存しない場合」に該当するとして,同条1項が定める課税仕入れに係る消費税額の控除を行わないで消費税額を算出し,平成4年3月4日付けをもって第1審判決別紙2の「原処分の額」欄記載のとおりの決定処分及び無申告加算税賦課決定処分をした。
(4)上告人は,上記各処分について被上告人に異議の申立てをした上で国税不服審判所長に対して審査請求をしたところ,国税不服審判所長は,平成7年3月30日付けで,第1審判決別紙2のとおり,上記各処分の一部を取り消す旨の裁決をした(同裁決により一部取り消された後の上記各処分(別紙処分目録記載の各処分)を以下「本件各処分」という。)。
2 本件は,上告人が,被上告人に対し,本件各処分等の取消しを請求する事案である。
3 所論の点に関する当審の判断は,次のとおりである。
(1)消費税の納付すべき税額は,納税義務者である事業者が課税期間ごとにする「課税資産の譲渡等についての確定申告」により確定することが原則とされており(法45条1項,国税通則法16条1項1号),その申告がない場合又はその申告に係る税額の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかった場合その他当該税額が税務署長等の調査したところと異なる場合に限り,税務署長等の処分により確定する(国税通則法16条1項1号,24条及び25条)。
 このような申告納税方式の下では,納税義務者のする申告が事実に基づいて適正に行われることが肝要であり,必要に応じて税務署長等がこの点を確認することができなければならない。そこで,事業者は,帳簿を備付けてこれにその行った資産の譲渡等に関する事項を記録した上,当該帳簿を保存することを義務付けられており(法58条),国税庁,国税局又は税務署の職員(以下「税務職員」という。)は,必要があるときは,事業者の帳簿書類を検査して申告が適正に行われたかどうかを調査することができるものとされ(法62条),税務職員の検査を拒み,妨げ,又は忌避した者に対しては罰則が定められていて(法68条1号),税務署長が適正に更正処分等を行うことができるようにされている。
(2)法が事業者に対して上記のとおり帳簿の備付け,記録及び保存を義務付けているのは,その帳簿が税務職員による検査の対象となり得ることを前提にしていることが明らかである。そして,事業者が国内において課税仕入れを行った場合には,課税仕入れに関する事項も法58条により帳簿に記録することが義務付けられているから,税務職員は,上記の帳簿を検査して上記事項が記録されているかどうかなどを調査することができる。
 法30条7項は,法58条の場合と同様に,当該課税期間の課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿又は請求書等が税務職員による検査の対象となり得ることを前提にしているものであり、事業者が,国内において行った課税仕入れに関し,法30条8項1号所定の事項が記載されている帳簿を保存している場合又は同条9項1号所定の書類で同号所定の事項が記載されている請求書等を保存している場合において,税務職員がそのいずれかを検査することにより課税仕入れの事実を調査することが可能であるときに限り,同条1項を適用することができることを明らかにするものであると解される。同条10項の委任を受けて同条7項に規定する帳簿又は請求書等の保存に関する事項を定める消費税法施行令(平成7年政令第341号による改正前のもの。以下同じ。)50条1項は,法30条1項の規定の適用を受けようとする事業者が,同条7項に規定する帳簿又は請求書等を整理し,所定の日から7年間,これを納税地又はその取引に係る事務所,事業所その他これらに準ずるものの所在地に保存しなければならないことを定めているが,これは,国税の更正,決定等の期間制限を定める国税通則法70条が,その5項において,その更正又は決定に係る国税の法定申告期限等から7年を経過する日まで更正,決定等をすることができると定めているところと符合する。
 法30条7項の規定の反面として,事業者が上記帳簿又は請求書等を保存していない場合には同条1項が適用されないことになるが,このような法的不利益が特に定められたのは,資産の譲渡等が連鎖的に行われる中で,広く,かつ,薄く資産の譲渡等に課税するという消費税により適正な税収を確保するには,上記帳簿又は請求書等という確実な資料を保存させることが必要不可欠であると判断されたためであると考えられる。 
(3)以上によれば,事業者が,消費税法施行令50条1項の定めるとおり,法30条7項に規定する帳簿又は請求書等を整理し,これらを所定の期間及び場所において,法62条に基づく税務職員による検査に当たって適時にこれを提示することが可能なように態勢を整えて保存していなかった場合は,法30条7項にいう「事業者が当該課税期間の課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿又は請求書等を保存しない場合」に当たり,事業者が災害その他やむを得ない事情により当該保存をすることができなかったことを証明しない限り(同項ただし書),同条1項の規定は,当該保存がない課税仕入れに係る課税仕入れ等の税額については,適用されないものというべきである。
(4)これを本件についてみると,前記事実関係等によれば,上告人は,被上告人の職員から帳簿書類の提示を求められ,その求めに特に違法な点はなく,これに応じ難いとする理由も格別なかったにもかかわらず,上記職員に対し,平成2年分の接待交際費に関する領収書を提示しただけで,その余の帳簿書類を提示せず,それ以上調査に協力しなかったというのである。これによれば,上告人が,法62条に基づく税務職員による上記帳簿又は請求書等の検査に当たり,適時に提示することが可能なように態勢を整えてこれらを保存していたということはできず,本件は法30条7項にいう「事業者が当該課税期間の課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿又は請求書等を保存しない場合」に当たり,本件各処分に違法はないというべきである。
 これと同旨の原審の判断は正当として是認することができる。論旨は採用することができない。
4 以上の次第であって,本件上告のうち,本件各処分の取消請求に関する部分はこれを棄却すべきである。
 なお,その余の部分に関する上告については,上告受理申立書及び上告受理申立て理由書に上告受理申立て理由の記載がないからこれを却下すべきである。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 泉徳治 裁判官 横尾和子 裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 島田仁郎 裁判官 才口千晴)

da 最高裁判所第二小法廷平成16年(行ヒ)第37号
平成16年12月20日判決
       主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人岡村共栄の上告受理申立て理由(排除された部分を除く。)について
1 消費税法(平成9年3月31日以前の課税期間については平成6年法律第109号による改正前のもの,平成9年4月1日以降の課税期間については平成12年法律第26号による改正前のもの。以下「法」という。)が採る申告納税制度の趣旨及び仕組み並びに法30条7項の趣旨に照らせば,事業者は,同条1項の適用を受けるには,消費税法施行令(平成9年3月31日以前の課税期間については平成7年政令第341号による改正前のもの,平成9年4月1日以降の課税期間については平成12年政令第307号による改正前のもの)50条1項の定めるとおり,法30条7項に規定する帳簿又は請求書等(同日以降の課税期間については帳簿及び請求書等。以下「帳簿等」という。)を整理し,これらを所定の期間及び場所において,法62条に基づく税務職員による検査に当たって適時に提示することが可能なように態勢を整えて保存することを要するのであり,事業者がこれを行っていなかった場合には,法30条7項により,事業者が災害その他やむを得ない事情によりこれをすることができなかったことを証明しない限り(同項ただし書),同条1項の規定は適用されないものというべきである(最高裁平成13年(行ヒ)第116号同16年12月16日第一小法廷判決・裁判所時報1378号登載予定参照)。
2 原審の適法に確定した事実関係によれば,上告人は,被上告人の職員が上告人に対する税務調査において適法に帳簿等の提示を求め,これに応じ難いとする理由も格別なかったにもかかわらず,上記職員に対して帳簿等の提示を拒み続けたというのである。そうすると,上告人が,上記調査が行われた時点で帳簿等を保管していたとしても,法62条に基づく税務職員による帳簿等の検査に当たって適時にこれを提示することが可能なように態勢を整えて帳簿等を保存していたということはできず,本件は法30条7項にいう帳簿等を保存しない場合に当たるから,被上告人が上告人に対して同条1項の適用がないとしてした別紙処分目録記載の各処分に違法はないというべきである。
 これと同旨の原審の判断は是認することができる。論旨は採用することができない。なお,その余の請求に関する上告については,上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたので,棄却することとする。
 よって,裁判官滝井繁男の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
 裁判官滝井繁男の反対意見は,次のとおりである。
1 私は,税務調査において,帳簿等の提示を求められた事業者が,これに応じ難いとする理由がないとはいえ,帳簿等の提示を拒み続けたというだけの理由で,法30条7項所定の帳簿等を保管していたのに,同項にいう「帳簿(中略)等を保存しない場合」に当たるとして,同条1項による課税仕入れに係る消費税額の控除を受けることができないと解するのは相当でないと考える。多数意見は結局そのような解釈を採るに帰着するものであるから,これに賛成することはできない。その理由は次のとおりである。
2(1)我が国消費税は,税制改革法(昭和63年法律第107号)の制定を受けて消費に広く薄く負担を課することを目的とし,事業者による商品の販売,役務の提供等の各段階において課税することとしたものであるが,同法は課税の累積を排除する方式によることを明らかにし(同法4条,10条,11条),これを受けて,法30条1項は,事業者が国内において課税仕入れを行ったときは,当該課税期間中に国内で行った課税仕入れに係る消費税額を控除することを規定しているのである。この仕入税額控除は,消費税の制度の骨格をなすものであって,消費税額を算定する上での実体上の課税要件にも匹敵する本質的な要素とみるべきものである。ただ,法は,この仕入税額控除要件の証明は一定の要件を備えた帳簿等によることとし,その保存がないときは控除をしないものとしているのである(同条7項)。しかしながら,法が仕入税額の控除にこのような限定を設けたのは,あくまで消費税を円滑かつ適正に転嫁するために(税制改革法11条1項),一定の要件を備えた帳簿等という確実な証拠を確保する必要があると判断したためであって,法30条7項の規定も,課税資産の譲渡等の対価に着実に課税が行われると同時に,課税仕入れに係る税額もまた確実に控除されるという制度の理念に即して解釈されなければならないのである。
(2)しかしながら,法58条,62条にかんがみれば,法30条7項は,事業者が税務職員による検査に当たって帳簿等を提示することが可能なようにこれを整理して保存しなければならないと定めていると解し得るとしても,そのことから,多数意見のように,事業者がそのように態勢を整えて保存することをしていなかった場合には,やむを得ない事情によりこれをすることができなかったことを証明した場合を除き,仕入税額の控除を認めないものと解することは,結局,事業者が検査に対して帳簿等を正当な理由なく提示しなかったことをもって,これを保存しなかったものと同視するに帰着するといわざるを得ないのであり,そのような理由により消費税額算定の重要な要素である仕入税額控除の規定を適用しないという解釈は,申告納税制度の趣旨及び仕組み,並びに法30条7項の趣旨をどのように強調しても採り得ないものと考える。
(3)事業者が法の要求している帳簿等を保存しているにもかかわらず,正当な理由なくその提示を拒否するということは通常あり得ることではなく,その意味で正当な理由のない帳簿等の提示の拒否は,帳簿等を保存していないことを推認させる有力な事情である。しかし,それはあくまで提示の拒否という事実からの推認にとどまるのであって,保存がないことを理由に仕入税額控除を認めないでなされた課税処分に対し,所定の帳簿等を保存していたことを主張・立証することを許さないとする法文上の根拠はない(消費税法施行令66条は還付等一定の場合にのみ帳簿等の提示を求めているにすぎない。)。また,大量反復性を有する消費税の申告及び課税処分において迅速かつ正確に課税仕入れの存否を確認し,課税仕入れに係る適正な消費税額を把握する必要性など制度の趣旨を強調しても,法30条7項における「保存」の規定に,現状維持のまま保管するという通常その言葉の持っている意味を超えて,税務調査における提示の求めに応ずることまで含ませなければならない根拠を見出すことはできない。そのように解することは,法解釈の限界を超えるばかりか,課税売上げへの課税の必要性を強調するあまり本来確実に控除されなければならないものまで控除しないという結果をもたらすことになる点において,制度の趣旨にも反するものといわなければならない。
(4)保存の意味を本来の客観的な状態での保管という用語の持つ一般的な意味を超えて解釈することが,制度の趣旨から是認されるという場合がないわけではない。例えば,青色申告の承認を受けた者は所定の帳簿書類の備付け,記録及び保存が義務付けられ,それが行われていないことは青色申告承認の取消事由となるものと定められているところ,納税者が正当な理由なく税務職員による帳簿書類の提示の要求に応じないときは,帳簿書類の備付け,記録及び保存の義務を履行していないものとして青色承認の取消事由になるものと解されている。しかしながら,青色申告制度は,納税義務者の自主的かつ公正な申告による租税義務の確定及び課税の実現を確保するため,一定の信頼性ある記帳を約した納税義務者に対してのみ,特別な申告手続を行い得るという特典を与え,制度の趣旨に反する事由が生じたときはその承認を取消しその資格を奪うこととしているものである。そして,青色申告の承認を受けた者は,帳簿書類に基づくことなしには申告に対して更正を受けないという制度上の特典を与えられているのであるから,税務調査に際して帳簿等の提示を拒否する者に対してもその特典を維持するというのは背理である。したがって,その制度の趣旨や仕組みから,税務職員から検査のため求められた書類等の提示を拒否した者がその特典を奪われることは当然のこととして,このような解釈も是認されるのである。  これに対し,法における仕入税額控除の規定は,前記のとおり課税要件を定めているといっても過言ではなく,青色申告承認のような単なる申告手続上の特典ではないと解すべきものである。そして,法は,消費税額の算定に当たり,仕入税額を控除すべきものとした上で,帳簿等の保存をしていないとき控除の適用を受け得ないとしているにとどまるのである。法30条7項も,消費税を円滑かつ適正に転嫁するために帳簿の保存が確実に行われなければならないことを定めたものであり,着実に課税が行われるよう,課税売上げの額を正しく把握すると同時に控除されるべき税額は確実に控除されなければならないという消費税制度の趣旨を考えれば,同項にいう「保存」に,その通常の意味するところを超えて税務調査における提示をも含ませるような解釈をしなければならない理由は見いだすことはできず,そのように解することは,本来控除すべきものを控除しない結果を招来することになって,かえって消費税制度の本来の趣旨に反するものと考えるのである。
(5)事業者が帳簿等を保存すべきものと定められ,これに対する検査権限が法定されているにもかかわらず,正当な理由なくこれに応じないという調査への非協力は,申告内容の確認の妨げになり,適正な税収確保の障害にもなることは容易に想像し得るところであるが、法は,提示を拒否する行為については罰則を用意しているのであって(法68条),制度の趣旨を強調し,調査への協力が円滑適正な徴税確保のために必要であることから,税額の計算に係る実体的な規定をその本来の意味を超えて広げて解することは,租税法律主義の見地から慎重でなければならないものである。
3 以上のような理由で,私は法30条7項についての多数意見には賛成することができないのである。
   同項につき上述したところと異なる解釈を採った原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。そして,同項にいう帳簿等の「保存」の有無につき更に審理を尽くさせる必要があるから,本件は原審に差し戻すべきものであると考える。

db 道路作りが重要でも、福祉等他の使途との比較の上で決定されるべき。消費税(付加価値税)の福祉目的税化も定説には反する。

dc 金子宏「『勝馬投票券発売税』に関する鑑定意見要旨及び補足意見」税法学547号29頁(2002.5) [浅妻]【或る条件に合致する者に課税するとしたところ、偶々その条件に合致する者が一人又は限定的であった】という場合と、禁ぜられるべき狙い撃ち課税との区別は、難しい。私は金子説の一般論まで否定するつもりではないものの、事案への当てはめにつき違和感を抱いた。浅妻章如「横浜市の勝馬投票券発売税(馬券税)に関する国地方係争処理委員会の勧告と若干の考察」自治研究79巻1号131-144頁(2003) (国地方係争処理委員会平成13年7月24日勧告 判時1765号26頁の評釈)

dd 日本では金納できる場合に物納を選択することは認められていないが、美術品等の物納の選択も認めて私蔵・死蔵を防ぐべきではないか、という見解もある。

de 最高裁判所第二小法廷平成25年(行ヒ)第449号
平成26年12月12日判決
       主   文
1 原判決を破棄し,第1審判決を取り消す。
2(1)上告人X1の被上告人に対する亡Aの相続に係る相続税の延滞税1万5800円の納付義務が存在しないことを確認する。
 (2)上告人X2の被上告人に対する亡Aの相続に係る相続税の延滞税1万6200円の納付義務が存在しないことを確認する。
3 訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人井上清成,同衞藤正道,同尾籠真弥の上告受理申立て理由第3の3について
1 本件は,亡Aの相続人である上告人らが,Aの相続について,それぞれ,法定申告期限内に相続税の申告及び納付をした後,その申告に係る相続税額が過大であるとして更正の請求をしたところ,所轄税務署長において,相続財産の評価の誤りを理由に減額更正をするとともに還付加算金を加算して過納金を還付した後,再び相続財産の評価の誤りを理由に増額更正をし,これにより新たに納付すべきこととなった本税額につき,国税通則法(平成23年法律第114号による改正前のもの。以下「法」という。)60条1項2号,2項及び61条1項1号に基づき,法定納期限の翌日から完納の日までの期間(ただし,法定申告期限から1年を経過する日の翌日から上記の増額更正に係る更正通知書が発せられた日までの期間を除く。)に係る延滞税の納付の催告をしたことから,上告人らが,被上告人を相手に,上記の延滞税は発生していないとして,その納付義務がないことの確認を求める事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)上告人ら及びBは,いずれもAの子であり,Aの死亡により,その財産を相続した。Aの相続に係る各相続税(以下「本件各相続税」という。)の法定申告期限及び法定納期限は平成21年8月25日である。
(2)上告人ら及びBは,平成21年7月22日,市川税務署長に対し,それぞれ本件各相続税の申告をした。上告人X1は,同年8月21日,上記申告に係る納付すべき税額4185万1300円を納付し,上告人X2は,同月12日,上記申告に係る納付すべき税額4556万0600円を納付した(以下,これらの申告を「本件各申告」という。)。
(3)上告人らは,平成22年7月12日,市川税務署長に対し,本件各申告における相続財産である土地(以下「本件相続土地」という。)の評価額が時価よりも高いことを理由として,それぞれ更正の請求(以下「本件各更正請求」という。)をした。これに対し,市川税務署長は,同年12月21日,本件各申告における本件相続土地の評価に誤りがあったとして,本件各更正請求の一部を認め,上告人X1について納付すべき税額を3035万5500円とし,上告人X2について納付すべき税額を3353万7100円とする減額更正(以下「本件各減額更正」という。)をした。
(4)市川税務署長は,本件各減額更正により上告人らの本件各相続税に係る納付すべき税額が減少したことから,平成23年1月26日,本件各申告に係る納付すべき税額から本件各減額更正に係る納付すべき税額を控除した金額(以下「本件各過納金」という。)に,法58条1項2号に基づき,本件各更正請求があった日の翌日から起算して3月を経過する日の翌日である同22年10月13日からの期間の日数についての租税特別措置法(平成25年法律第5号による改正前のもの)95条に基づく特例基準割合である年4.3%の割合による還付加算金を加算した金額につき支払決定をし、上告人らに対して上記の還付加算金を加算して本件各過納金を還付した。これによる各上告人に対する支払額の合計は,上告人X1に対しては1163万9200円(本件各過納金1149万5800円と還付加算金14万3400円の合計額),上告人X2に対しては1217万3600円(本件各過納金1202万3500円と還付加算金15万0100円の合計額)であった。
(5)上告人らは,平成23年2月1日,市川税務署長に対し,それぞれ,本件各減額更正について本件相続土地の評価額がなお時価より高いとしてその取消しを求める異議申立てをした。市川税務署長は,同年4月27日,その異議申立手続において本件相続土地の一部の評価額を見直して算出した上告人らの納付すべき税額の金額は,本件各減額更正において上告人らの納付すべき税額とされた金額を上回るので,結局,本件各減額更正はいずれも適法であるとして,上記各異議申立てをいずれも棄却する旨の各決定をした。
(6)市川税務署長は,平成23年5月31日,上記各決定における上記の評価額の見直しによれば,本件各減額更正における本件相続土地の評価額は時価よりも低かったとして,上告人X1について納付すべき税額を3071万5800円とし,上告人X2について納付すべき税額を3391万1700円とする増額更正(以下「本件各増額更正」という。)をした。
 本件各増額更正により新たに納付すべきこととなった本税額,すなわち本件各減額更正に係る納付すべき税額と本件各増額更正に係る納付すべき税額との差額(以下「本件各増差本税額」という。)は,上告人X1につき36万0300円,上告人X2につき37万4600円であり,その納期限は,その更正通知書が発せられた日の翌日から起算して1月を経過する日(法35条2項2号)である平成23年6月30日であった。
 上告人らは,平成23年6月3日,本件各増差本税額をそれぞれ納付した。
(7)市川税務署長は,本件各相続税のうち本件各増差本税額に相当する部分について,本件各相続税の法定納期限の翌日である平成21年8月26日から本件各増差本税額の納付日である同23年6月3日までの期間(ただし,法定申告期限から1年を経過する日の翌日である平成22年8月26日から本件各増額更正に係る更正通知書が発せられた日である同23年5月31日までの期間を除く。以下「本件期間」という。)に係る延滞税として,上告人X1について1万5800円,上告人X2について1万6200円が発生していることを前提に,同年7月27日付けの催告書をそれぞれ送付し,その納付を催告した。
3 原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断し,本件各相続税のうち本件各増差本税額に相当する部分について本件期間に係る延滞税は発生しており,上告人らはその納付義務を負うものであるとして,上告人らの請求を棄却した。
 本件のように,国税の申告及び納付がされた後に減額更正がされると,減額された税額に係る部分の具体的な納税義務は遡及的に消滅するのであり,その後に増額更正がされた場合には,増額された税額に係る部分の具体的な納税義務が新たに確定することになるのであるから,新たに納税義務が確定した本件各増差本税額について,更正により納付すべき国税があるときに該当するものとして,法60条1項2号に基づき延滞税が発生するものというべきである。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 前記事実関係等によれば,本件各増額更正がされた時点において,本件各相続税については,本件各増差本税額に相当する部分につき法的効果としては新たに納税義務が発生するとともに未納付の状態となっているが,本件各増額更正後の相続税額は本件各申告に係る相続税額を下回るものであることからすれば,本件各増差本税額に相当する部分は,本件各申告に基づいて一旦は納付されていたものである。これにつき再び未納付の状態が作出されたのは,所轄税務署長が,本件各減額更正をして,その減額された税額に係る部分について納付を要しないものとし,かつ,当該部分を含め,本件各申告に係る税額と本件各減額更正に係る税額との差額を過納金として還付したことによるものである。このように,本件各相続税のうち本件各増差本税額に相当する部分については,それぞれ減額更正と過納金の還付という課税庁の処分等によって,納付を要しないものとされ,未納付の状態が作出されたのであるから,納税者としては,本件各増額更正がされる前においてこれにつき未納付の状態が発生し継続することを回避し得なかったものというべきである。
 他方,所轄税務署長は,本件各更正請求に係る税務調査に基づき,本件相続土地の評価に誤りがあったことを理由に,上告人らの主張の一部を認めて本件各減額更正をしたにもかかわらず,本件各増額更正に当たっては,自らその処分の内容を覆し,再び本件各減額更正における本件相続土地の評価に誤りがあったことを理由に,税額を増加させる判断の変更をしたものである。
 以上によれば,本件の場合において,仮に本件各相続税について法定納期限の翌日から延滞税が発生することになるとすれば,法定の期限内に本件各増差本税額に相当する部分を含めて申告及び納付をした上告人らは,当初の減額更正における土地の評価の誤りを理由として税額を増額させる判断の変更をした課税庁の行為によって,当初から正しい土地の評価に基づく減額更正がされた場合と比べて税負担が増加するという回避し得ない不利益を被ることになるが,このような帰結は,法60条1項等において延滞税の発生につき納税者の帰責事由が必要とされていないことや,課税庁は更正を繰り返し行うことができることを勘案しても,明らかに課税上の衡平に反するものといわざるを得ない。そして,延滞税は,納付の遅延に対する民事罰の性質を有し,期限内に申告及び納付をした者との間の負担の公平を図るとともに期限内の納付を促すことを目的とするものであるところ,上記の諸点に鑑みると,このような延滞税の趣旨及び目的に照らし,本件各相続税のうち本件各増差本税額に相当する部分について本件各増額更正によって改めて納付すべきものとされた本件各増差本税額の納期限までの期間に係る延滞税の発生は法において想定されていないものとみるのが相当である。
 したがって,本件各相続税のうち本件各増差本税額に相当する部分は,本件各相続税の法定納期限の翌日から本件各増額更正に係る増差本税額の納期限までの期間については,法60条1項2号において延滞税の発生が予定されている延滞と評価すべき納付の不履行による未納付の国税に当たるものではないというべきであるから,上記の部分について本件各相続税の法定納期限の翌日から本件各増差本税額の納期限までの期間に係る延滞税は発生しないものと解するのが相当である。
 そして,本件において,本件各増差本税額の納期限は平成23年6月30日であるところ,上告人らは,これより前の同月3日に本件各増差本税額を納付しているから,本件各相続税のうち本件各増差本税額に相当する部分について本件期間に係る延滞税は発生しないものというべきである。
5 以上と異なる見解に立って,本件各相続税のうち本件各増差本税額に相当する部分について本件期間に係る延滞税が発生するとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は,この趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,上記説示したところによれば,上告人らの請求は理由があるから,第1審判決を取消し,上告人らの請求をいずれも認容すべきである。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官千葉勝美の補足意見,裁判官小貫芳信の意見がある。
 裁判官千葉勝美の補足意見は,次のとおりである。
 私は,本件各相続税のうち本件各増差本税額に相当する部分について本件期間に係る延滞税は発生しないとする多数意見の見解に関連して,次のとおり,私見を付加しておきたい。
1 延滞税は,納付義務の成立と同時に特別の手続を要しないで納付すべき税額が確定するものであり(国税通則法15条3項6号),その発生要件は,法60条1項2号にいう「・・・35条2項の規定により納付すべき国税があるとき」である。
 ところで,本件では,課税庁が自ら行った減額更正により納税者に対し余分に税を還付したため,未納付状態が生じたのであり,納税者としては,いかに真摯に納付の努力をしても,このような未納付状態を回避し得ないのであって,延滞税を賦課することは,納税者に不当な不利益を与えるものである。また,更正処分は,制度上,所定の期限内であれば何度でも行い得るとしても,本件各減額更正は,いわゆる公定力を有する行政処分であり,課税庁がこれを行ったことは,課税庁自らが,他の事由がない限りそれ以上の納付を要しないとの規範を一度は明示しているのであって,納税者も,還付加算金まで付して過誤納金が還付されたのであるから,そのように信頼するであろう。
 本件には,このような特殊な事情があるので,多数意見が指摘する延滞税の目的に鑑みても,この未納付状態が民事罰を課すような債務不履行ではなく,延滞税を納付させることが納税者間の負担の公平に資することにもならず,期限内納付を促す効果も全く期待し得ないのであって,本件の未納付においては,実質的に見て,延滞税を生じさせる前提ないし理由は全く存在しないといえよう。
2 法63条6項4号及びこれを受けた国税通則法施行令26条の2第2号は,人為による異常な災害等により納付行為等ができなくなった場合の免除を定め,平成13年6月22日付け徴管2−35ほか国税庁長官通達「人為による異常な災害又は事故による延滞税の免除について(法令解釈通達)」によれば,いわゆる誤指導があり,納税者側に社会通念上なすべき行為を尽くしているときもこれに当たるとしている。これは,正に,延滞税の目的が上記のようなものであることを前提として,その趣旨等に背馳するような場合には納付を免除できることを定めたものである。もっとも,このような免除事由は,一義的に明らかなものではないため,その該当性や免除を行うかどうかについては課税庁の裁量によることになる。しかしながら,本件の場合は,本件各増差本税額に相当する部分につき,税務署職員の指導にとどまらず,減額更正や過納金の還付という課税庁の行為によって未納付状態が作出されたのである。このことは,延滞税の免除をすべきかどうかではなく,そもそも延滞税を発生させるべき実質的な根拠が全く存在せず,延滞税を生じさせることは制度の趣旨に完全に背馳し,不正義となることは明らかなのである。このような場合にまで延滞税を発生させることは法が全く想定していないことであろう。
3 そうであれば,このような場合には,延滞税の納付を免除するのではなく,延滞税の発生自体を認めないとする法解釈を行うべきものであろう。この解釈は,法60条1項2号をいわば目的論的に限定解釈する面もあるが,同号が当然に前提としていると思われる「納税者によって生じた延滞」と評価すべきではないことは明らかであるので,同号にいう「納付すべき国税があるとき」に当たらないとするものである。税法の解釈は,納税者側の信頼や衡平にかない課税実務の効率化や恣意の排除に資するため,本来一義的で明確であることが求められるところであるが,本件は,延滞税の趣旨・目的に照らし,これを発生させることが適当でないことが明らかな例外的な事案であり,これを否定する(限定)解釈を採ったとしても,個別の事案毎の判断が必要となり徴税実務が不安定になるといったおそれはないというべきである。
4 なお,小貫裁判官の意見は,個々の事案毎の判断ではなく,法定申告期限までに本件各相続税の申告・納付が行われた点とその後の減額更正と還付加算金を加えた過納金の還付が行われたという客観的事実を捉えて,法定申告期限から減額更正・過納金還付までの期間は延滞税が発生しないとした上,この過納金の還付によって納税の事実が存在しないことになるので,その後からは,増額更正により増額された部分の延滞税が発生するという解釈を示しておられる。この見解は,租税の画一性と大量処理の観点から,延滞税が発生しない場合の明確な基準を示すという点で租税法の特質を踏まえた解釈といえよう。
 もっとも,条文にはない明確な基準を示すことについては,それが解釈により不文の消極要件を作ることにもなることや(延滞税の発生要件を定めた法60条1項2号にただし書きを加えるような機能を果たすことになる。),その後の増額更正が,減額更正の事由とは別個の,例えば所得隠しが見つかったことを理由にされた場合にもこの解釈が適用されることになり,そうなると,増額された部分についても,過納金還付前の期間は延滞税が当初申告・納税した額の範囲までは発生しないという結果となるが,これが不都合・不公平ではないかという点が危惧されるところである。また,減額更正・過納金の還付が法定納期限後あまり期間を置かずにされた場合には,結局,延滞税の不発生期間は短期間となり,その後増額更正までの間は延滞税が発生することになり,本件のような場合であっても,課税庁の誤った処理による不利益を納税者が長期間甘受することとなり,不当な課税の是正という面からみて十分ではないのではないかという疑問もある。さらに,法61条1項1号が,特例として,法定申告期限から1年間を延滞税が発生する期間とし,1年経過後の翌日から(増額)更正通知が発せられた日までの期間は延滞税の額の計算の基礎から除くとしているため,減額更正・過納金の還付が1年経過後にされた場合(本件はこの場合である。)には,結局,増額更正の通知が発せられた日までは延滞税が発生しないということになるが,このような結果は,減額更正・還付金の還付がされた時期により納税者の受ける影響があまりにも違いすぎ,延滞税の処理として相当かが気になるところである(本件は,たまたま,この説により多数意見と同様に延滞税が発生しないという結論となる。)。 5 いずれにしろ,本件の多数意見による処理は,極めて例外的でかつ延滞税不発生となるのが明らかな場合にされるものである点で,全体的な影響が少なくて済む点を指摘しておきたい。
 裁判官小貫芳信の意見は,次のとおりである。
1 延滞税が発生しないとする多数意見の結論には賛成するが,その理由付けについては意見を異にする。本件においては,端的に延滞税の発生要件を充足するか否かを検討するのが相当であり,この観点からすると,本件各減額更正に伴う過納金の還付前の期間については,国税通則法60条1項2号にいう納付すべき国税は存在せず,納税が法定納期限を徒過した事実もないので,延滞税の発生要件を欠き,延滞税は発生しないと考える。
2 上告人らは,それぞれ,相続税について申告期限内に申告し,法定納期限内に納税したが,その後,更正の請求,減額更正,過納金の還付,増額更正の経過をたどり,税務署長から,最後の増額更正により納付すべき国税が確定し,その本税増差額の納税につき法定納期限を徒過しており,延滞税が発生しているとして納付の催告を受けた。本件を時間の経過に従って観察してみると,減額更正に伴う過納金の還付前においては,増額更正による本税額を超えた税額が法定納期限内に納税されており,納付すべき国税は存在せず,法定納期限の徒過もなく,延滞税の発生要件を欠いていることは明らかである。このような延滞税の発生要件を欠いている期間についても,その後に,減額更正に伴う過納金の還付及び増額更正の過程を経ることによって,延滞税の発生要件を充たすことになるのかどうかが,まず検討すべき問題であるように思われる。
3 この点について,原審は,国税通則法においては,減額更正によって具体的納税義務が遡及的に消滅し,これに伴い,減額更正により減少した税額に係る納付については,これに対応する具体的納税義務が存在しなくなるので,所定の還付加算金を加算した過納金の還付による不当利得の清算関係のみが残り,その後改めて増額更正がされた場合には,増額した税額に係る部分の具体的納税義務が新たに確定することとなるのであるから,同法60条1項2号に基づき,更正により納付すべき国税があるとして,増額した税額に係る部分について,延滞税の納税義務が発生し,本件各増差本税額に相当する税額が事実として納付されていたとしても,延滞税の発生に影響しない旨判示した。
 原審は,減額更正の遡及効と過納金の還付による清算を根拠として,延滞税発生の場面において,納税の事実を考慮の外に置いてよいとしたものと思われるが,その根拠が延滞税を発生させる根拠として十分かについては議論の余地があろう。原審のように減額更正に遡及効を認めるのが相当であるとしても,延滞税の発生要件との関係で,納税の事実に一定の効果を認めることと矛盾するとは思われないのである。なるほど,減額更正の遡及効によって具体的納税義務がなかったことになるから,用語の厳密な意味では,その減額部分についての上告人らの金銭納付は税金の納付とはいえないとしても,延滞税の発生において問題としているのは,後に増額更正があった際に上告人らが税として金銭納付していた事実をどのように評価すべきであるかであって,単なる用語の問題ではないのである。したがって,減額更正の遡及効を認めるにしても,そのことから直ちに税として納付した事実が消え去るわけではなく,両者は別の問題であって,論理必然的に結び付く関係にあるとはいえない。また,過納金の還付による清算については,それは減額更正に伴う当然の事後処理にすぎず,特に上告人らに対し延滞税の帰趨に影響を及ぼす可能性のあるような経済的利益を与えるものではなく,納税の事実の存在を覆滅させる理由となるとは思われない。さらに,減額更正の遡及効と過納金の還付を併せてみても,上述したことに違いをもたらすものではない。
 原審の判示するところは,延滞税発生の場面において,上告人らの納税の事実をなかったものとする根拠としては十分とはいえないが,さらに本件においては,他にその根拠になり得るような事情も見当たらないように思われる。そもそも,厳然として存在した法定納期限内の納税の事実をなかったことにするのは,一つのフィクションにすぎず,フィクションを正当化するのは異例であり,これを正当化するためには,法の明文の規定や法解釈上の論理的必然性あるいは十分な代償措置など,それなりの強い論拠がなければならないと思われるが,本件においては明文の規定はなく,また,法解釈上の論理的必然性や代償措置などを認めるのは困難である。そうすると,本件延滞税の発生を肯定すべき論拠は存在しないか,甚だ薄弱であるというほかないであろう。
4 翻って,延滞税の趣旨・目的との関係で検討すると,その趣旨・目的は,納付した者と納付しない者との間の公平を図り,早期の納税を促すことにあるが,これを本件に当てはめてみると,次のようになろう。上告人らは,本件過納金の還付を受けるまでは,相続税を増額更正による本税額を超えて法定納期限内に納税しており,未納者として公平を図るための措置を受ける立場にはなく,また,法定納期限内に納税しているのであるから,早期の納税を促さなければならない対象とはいえず,いずれの面においても,延滞税の趣旨・目的を害するところは全くない。したがって,過納金の還付前の期間において,上告人らに延滞税制度を作動させなければならない理由はなく,それにもかかわらず,延滞税の発生を認めることは延滞税の趣旨・目的に反するであろう。
 さらに,結果の妥当性を見てみると,減額更正に伴う過納金の還付前にも延滞税の発生を認める見解によれば,上告人らのように何ら責められる点のない申告納税をした者と過少申告納税した者とを,延滞税発生の場面で同列に扱うこととなるが,その結論には違和感を禁じ得ないところである。
 延滞税の趣旨・目的と延滞税の発生を認めることによる不当な結果は,本件における減額更正,過納金の還付前の延滞税発生を否定すべき積極的理由となる。このことと前記3で述べたところを併せ考えると,上告人らが法定納期限内にその後の増額更正による本税額を超える納税をした場合には,減額更正による過納金の還付があるまでの期間については,延滞税の発生要件を欠くことになると解するのが相当である。
5 本件においては,後述するように国税通則法が延滞税の発生する期間について特段の規定を設けているため、減額更正に伴う過納金の還付の時期によって延滞税額に差が出てくることになり,また,減額更正に引き続いて増額更正という一見矛盾した処分をした事情があることから,過納金の還付後の期間についても延滞税の発生を認めるべきかどうかが問題とされる余地がある。上記に述べたところからすると,過納金の還付を受けたことにより,それ以後は,納税の事実が存在しないこととなるので,減額更正に伴う過納金の還付後において,増額更正があった場合は,増額更正が適法である限り,延滞税が発生することとなる。これに対し,本件減額更正から増額更正に至る経過をも踏まえた本件の事情を総合して考慮し,過納金の還付後も延滞税は発生しないとする考え方もあり得ないではない。しかし,減額更正後に増額更正をする原因については種々のものが想定できるところであり,それらを踏まえて延滞税の発生を検討しなければならないというのは,租税の画一性と大量処理の観点から望ましいことではないし,延滞税の発生要件との関係で不明確さが残るように思われる。したがって,延滞税発生期間内に減額更正に伴う過納金の還付が行われ,その後増額更正がされた場合には,過納金の還付後について,増額された部分の延滞税が発生すると解すべきである。
 ただ,国税通則法は,更正等の事務処理の先後による不公平さと延滞税が過大になることを防ぐため,法定申告期限から1年間を延滞税が発生する期間とし,1年経過後の翌日から更正通知書が発せられた日までの期間は延滞税の額の計算の基礎から除くとしており(同法61条1項1号),本件においては,減額更正及び過納金の還付が,延滞税の発生する期間ではなく,税額計算上除くとされている時点でそれらが行われているので,延滞税の発生する期間においては延滞税の発生要件を欠いており,上記考え方の違いは結論に影響を及ぼさない。また,増額更正通知書が発せられた日の翌日から起算して1月が経過する日を納期限とされており(同法35条2項2号),その日までの期間は延滞税額の計算の基礎から除くのが相当と解されるところ,上告人らは,納期限前に増差本税額の全額を納付している。したがって,結局,本件上告人らに延滞税は発生しないこととなる。

df 最高裁判所大法廷平成12年(行ツ)第62号
平成12年(行ヒ)第66号
平成18年3月1日判決
       主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
第1 事案の概要
1 本件は,平成6年4月12日に被上告人旭川市(以下「被上告人市」という。)を保険者とする国民健康保険の一般被保険者(全被保険者から退職被保険者及びその被扶養者を除いた被保険者)の資格を取得した世帯主である上告人が,平成6年度から同8年度までの各年度分の国民健康保険の保険料について,被上告人市から賦課処分を受け,また,被上告人旭川市長(以下「被上告人市長」という。)から所定の減免事由に該当しないとして減免しない旨の通知(以下「減免非該当処分」という。)を受けたことから,被上告人市に対し上記各賦課処分の取消し及び無効確認を,被上告人市長に対し上記各減免非該当処分の取消し及び無効確認をそれぞれ求める事案である。
2 法令の定め等
 以下に摘示する国民健康保険法(以下「法」という。),地方税法及び旭川市国民健康保険条例(昭和34年旭川市条例第5号。以下「本件条例」という。)の各条項は,それぞれ別表のものをいう。
(1)法は,国民健康保険事業の健全な運営を確保し,もって社会保障及び国民保健の向上に寄与することを目的とする(1条)ものであり,市町村及び特別区(以下,単に「市町村」という。)を保険者とし(3条1項),市町村の区域内に住所を有する者を被保険者として当該市町村が行う国民健康保険に強制的に加入させた上(5条),被保険者の疾病,負傷,出産又は死亡に関して必要な保険給付を行い(2条),被保険者の属する世帯の世帯主が納付する保険料又は国民健康保険税(76条)のほか,国の負担金(69条,70条),調整交付金(72条)及び補助金(74条),都道府県及び市町村の補助金及び貸付金(75条),市町村の一般会計からの繰入金(72条の2第1項,72条の3第1項)等をその費用に充てるものとしている。
(2)市町村は,国民健康保険事業に要する費用に充てるために,世帯主から保険料を徴収するか(法76条本文),目的税である国民健康保険税を課することになる(地方税法703条の4第1項)ところ,被上告人市は,保険料を徴収する方式を採用している。市町村が徴収する保険料については,督促を受けた者が指定された期限までに納付すべき金額を納付しないときは,地方税の滞納処分の例により処分することができるものとされている(法79条の2,地方自治法231条の3第3項)。
(3)法81条は,法第5章に規定するもののほか,賦課額,料率,賦課期日,納期,減額賦課その他保険料の賦課及び徴収等に関する事項は,政令で定める基準に従って条例で定める旨を規定しており,これを受けて,被上告人市は,国民健康保険法施行令で定める基準に従って本件条例を制定している。
(4)市町村が行う国民健康保険に関する収入及び支出については,市町村の一般会計から分離し,特別会計を設けなければならないとされているところ(法10条),被上告人市の平成6年度から同8年度までの国民健康保険事業特別会計においては,保険料収入は全収入の約3分の1であり,国民健康保険事業に要する経費の約3分の2は国庫の負担金,被上告人市の一般会計からの繰入金等の公的資金により賄われていた。
(5)本件条例12条1項は、一般被保険者に係る保険料率について,次のとおり定めている。
ア 一般被保険者に係る保険料の賦課額(本件条例17条により保険料の額を減額するものとした場合にあっては,減額することとなる額を含む。)の総額(賦課総額)を,本件条例所定の比率によって所得割総額,資産割総額,被保険者均等割総額及び世帯別平等割総額に4分する。
イ 保険料率は,次の所得割,資産割,被保険者均等割及び世帯別平等割のとおりとする。
(ア)所得割 所得割総額を一般被保険者に係る賦課期日の属する年の前年の所得に係る基礎控除後の総所得金額等の総額で除して得た率
(イ)資産割 資産割総額を一般被保険者に係る当該年度分の土地及び家屋に係る固定資産税の総額で除して得た率
(ウ)被保険者均等割 被保険者均等割総額を当該年度の初日における一般被保険者の数で除して得た額
(エ)世帯別平等割 世帯別平等割総額を当該年度の初日における一般被保険者の属する世帯の数で除して得た額
(6)本件条例8条は,上記(5)アの賦課総額を,同条1号に掲げる額の見込額から同条2号に掲げる見込額を控除した額を基準として算定した額とする旨を規定し,同条1号に掲げる額を別紙目録1のとおり,同条2号に掲げる額を同目録2のとおりそれぞれ定めている。
(7)本件条例9条は,一般被保険者に係る保険料の賦課額を,当該世帯に属する一般被保険者につき算定した所得割額(当該一般被保険者に係る賦課期日の属する年の前年の所得に係る基礎控除後の総所得金額等に所得割を乗じて算定した額。本件条例10条),資産割額(当該一般被保険者に係る当該年度分の土地及び家屋に係る固定資産税額に資産割を乗じて算定した額。本件条例11条)及び被保険者均等割額の合算額の総額並びに当該世帯につき算定した世帯別平等割額の合計額と定めている。
(8)本件条例12条3項は,被上告人市長が一般被保険者に係る保険料率を決定したときは,速やかに告示しなければならないと規定している。これを受けて,被上告人市長は,平成6年度分,同7年度分及び同8年度分の一般被保険者に係る保険料率を,それぞれ賦課期日である4月1日(本件条例13条)の後の平成6年7月4日,同7年5月29日及び同8年5月30日に告示した(それぞれ平成6年旭川市告示第137号,平成7年旭川市告示第120号及び平成8年旭川市告示第122号)。
第2 上告人の上告理由第一点,第二点の一及び上告受理申立て理由第二点について
1 論旨は,本件条例が定める保険料の賦課総額の算定基準は不明確,かつ,不特定であり,本件条例において保険料率を定めず,これを告示に委任することは,租税法律主義を定める憲法84条又はその趣旨に反し,法81条に違反するなどというものである。
2 国又は地方公共団体が,課税権に基づき,その経費に充てるための資金を調達する目的をもって,特別の給付に対する反対給付としてでなく,一定の要件に該当するすべての者に対して課する金銭給付は,その形式のいかんにかかわらず,憲法84条に規定する租税に当たるというべきである。
市町村が行う国民健康保険の保険料は,これと異なり,被保険者において保険給付を受け得ることに対する反対給付として徴収されるものである。前記のとおり,被上告人市における国民健康保険事業に要する経費の約3分の2は公的資金によって賄われているが,これによって,保険料と保険給付を受け得る地位とのけん連性が断ち切られるものではない。また,国民健康保険が強制加入とされ,保険料が強制徴収されるのは,保険給付を受ける被保険者をなるべく保険事故を生ずべき者の全部とし,保険事故により生ずる個人の経済的損害を加入者相互において分担すべきであるとする社会保険としての国民健康保険の目的及び性質に由来するものというべきである。
したがって,上記保険料に憲法84条の規定が直接に適用されることはないというべきである(国民健康保険税は,前記のとおり目的税であって,上記の反対給付として徴収されるものであるが,形式が税である以上は,憲法84条の規定が適用されることとなる。)。
3 もっとも,憲法84条は,課税要件及び租税の賦課徴収の手続が法律で明確に定められるべきことを規定するものであり,直接的には,租税について法律による規律の在り方を定めるものであるが,同条は,国民に対して義務を課し又は権利を制限するには法律の根拠を要するという法原則を租税について厳格化した形で明文化したものというべきである。したがって,国,地方公共団体等が賦課徴収する租税以外の公課であっても,その性質に応じて,法律又は法律の範囲内で制定された条例によって適正な規律がされるべきものと解すべきであり,憲法84条に規定する租税ではないという理由だけから,そのすべてが当然に同条に現れた上記のような法原則のらち外にあると判断することは相当ではない。そして,租税以外の公課であっても,賦課徴収の強制の度合い等の点において租税に類似する性質を有するものについては,憲法84条の趣旨が及ぶと解すべきであるが,その場合であっても,租税以外の公課は,租税とその性質が共通する点や異なる点があり,また,賦課徴収の目的に応じて多種多様であるから,賦課要件が法律又は条例にどの程度明確に定められるべきかなどその規律の在り方については,当該公課の性質,賦課徴収の目的,その強制の度合い等を総合考慮して判断すべきものである。
市町村が行う国民健康保険は,保険料を徴収する方式のものであっても,強制加入とされ,保険料が強制徴収され,賦課徴収の強制の度合いにおいては租税に類似する性質を有するものであるから,これについても憲法84条の趣旨が及ぶと解すべきであるが,他方において,保険料の使途は,国民健康保険事業に要する費用に限定されているのであって,法81条の委任に基づき条例において賦課要件がどの程度明確に定められるべきかは,賦課徴収の強制の度合いのほか,社会保険としての国民健康保険の目的,特質等をも総合考慮して判断する必要がある。
4(1)本件条例12条3項は,被上告人市長に対し,保険料率を決定し,決定した保険料率を告示の方式により公示することを委任しているが,本件条例においては,保険料の賦課総額が確定すれば,保険料率が自動的に算定されることとなっているから,本件条例は,所定の算定基準に従って賦課総額を確定することをも,被上告人市長に委任したものと解される。
本件条例8条は,保険料の賦課総額を,同条1号に掲げる額の見込額から同条2号に掲げる額の見込額を控除した額を基準として算定した額と規定しているところ,同条1号に掲げる額の見込額は,国民健康保険事業の運営に必要な各種費用の合算額の見込額であり,同条2号に掲げる額の見込額は国民健康保険事業に係る収入(保険料を除く。)の合算額の見込額である。国民健康保険の保険料は,国民健康保険事業に要する費用に充てるために徴収されるものであるから(法76条本文),当該年度の費用から収入(保険料を除く。)を控除したその不足額の合理的な見込額を基礎として賦課総額を算定し,これを世帯主に応分に負担させることは,相互扶助の精神に基づく国民健康保険における保険料徴収の趣旨及び目的に沿うものであり,本件条例もこれを当然の前提としているものと解される。そして,本件条例8条各号は,この費用及び収入の見込額の対象となるものの詳細を明確に規定している。
また,本件条例8条は,賦課総額を,同条1号に掲げる額の見込額から同条2号に掲げる額の見込額を控除した額そのものとはしないで,この額を「基準として算定した額」と定めている。これは,前記の保険料徴収の趣旨及び目的に照らすと,徴収不能が見込まれる保険料相当額についても,保険料収入によって賄えるようにするために,賦課総額の算定に当たって,上記の費用と収入の見込額の差額を保険料の収納率の見込みである予定収納率で割り戻すことを意味するものと解される。そうすると,同条の上記の定めをもって不明確であるということはできない。
このように,本件条例は,保険料率算定の基礎となる賦課総額の算定基準を明確に規定した上で,その算定に必要な上記の費用及び収入の各見込額並びに予定収納率の推計に関する専門的及び技術的な細目にかかわる事項を,被上告人市長の合理的な選択にゆだねたものであり,また,上記見込額等の推計については,国民健康保険事業特別会計の予算及び決算の審議を通じて議会による民主的統制が及ぶものということができる。
そうすると,本件条例が,8条において保険料率算定の基礎となる賦課総額の算定基準を定めた上で,12条3項において,被上告人市長に対し,同基準に基づいて保険料率を決定し,決定した保険料率を告示の方式により公示することを委任したことをもって,法81条に違反するということはできず,また,これが憲法84条の趣旨に反するということもできない。
(2)また,賦課総額の算定基準及び賦課総額に基づく保険料率の算定方法は,本件条例によって賦課期日までに明らかにされているのであって,この算定基準にのっとって収支均衡を図る観点から決定される賦課総額に基づいて算定される保険料率についてはし意的な判断が加わる余地はなく,これが賦課期日後に決定されたとしても法的安定が害されるものではない。したがって,被上告人市長が本件条例12条3項の規定に基づき平成6年度から同8年度までの各年度の保険料率をそれぞれ各年度の賦課期日後に告示したことは,憲法84条の趣旨に反するものとはいえない。
5 以上によれば,憲法84条及び法81条違反をいう論旨は,採用することができない。その余の上告理由は,違憲をいうが,その前提を欠くものであって,民訴法312条1項及び2項に規定する事由のいずれにも該当しない。
第3 上告人の上告理由第二点の二ないし七及び上告受理申立て理由第三点について
法77条は,保険者は,条例の定めるところにより,特別の理由がある者に対し,保険料を減免することができる旨を定め,これを受けて,本件条例19条1項は,「災害等により生活が著しく困難となった者又はこれに準ずると認められる者」(同項1号)又は「当該年において所得が著しく減少し,生活が困難となった者又はこれに準ずると認められる者」(同項2号)のうち必要と認められる者に対して,申請により保険料を減免することができる旨を規定しているが,恒常的に生活が困窮している状態にある者を保険料の減免の対象としていない。
法6条6号は,恒常的に生活が困窮している状態にある者については生活保護法による医療扶助等の保護を予定して,これを市町村が行う国民健康保険の被保険者としないものとしていること,法81条を受けて定められた本件条例17条は,低額所得被保険者の保険料負担の軽減を図るために,応益負担による保険料である被保険者均等割額及び世帯別平等割額についての減額賦課を定めていること,他方,本件条例10条は,応能負担による保険料である所得割額を,当該一般被保険者に係る賦課期日の属する年の前年の所得を基準に算定するものとしていることからすると,本件条例19条1項が,当該年において生じた事情の変更に伴い一時的に保険料負担能力の全部又は一部を喪失した者に対して保険料を減免するにとどめ,恒常的に生活が困窮している状態にある者を保険料の減免の対象としないことが,法77条の委任の範囲を超えるものということはできない。そして,上記の本件条例19条1項の定めは,著しく合理性を欠くということはできないし,経済的弱者について合理的な理由のない差別をしたものということもできない。したがって,本件条例19条1項の定めは,憲法25条,14条に違反しないし,また,上告人について保険料の減免を認めなかったことは,憲法25条に違反するものではない。
これと同旨の原審の判断は,正当として是認することができる。論旨は採用することができない。
第4 結論
 以上によれば,上告人の上告(平成7年度分の国民健康保険の保険料の賦課処分の取消請求及び同保険料の減免非該当処分の取消請求に関するものを除く。)は理由がなく,その余の上告については,上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたので,いずれも棄却することとする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,判示第2についての裁判官滝井繁男の補足意見がある。
判示第2についての裁判官滝井繁男の補足意見は,次のとおりである。
私は,法廷意見に賛成するものであるが,保険料のもつ性格に照らし,法廷意見の第2の3,4に関し,若干の意見を補足して述べておきたい。
国民健康保険は,強制加入制であり,その保険料は強制徴収されることとなっている。のみならず,法はこの保険事業に要する費用を国民健康保険税として徴収することも選択的に許容している上,その際の税率及び税額の決定方法や徴収する範囲が保険料として徴収する場合と近似したものとなっているため,保険料を支払う者に租税と同じ負担感を与えていることは否定することができない。
しかしながら,保険料は,疾病等という個人の自助では対応することが困難なリスクを集団として引受けることによって,医療という社会生活において不可欠なサービスを国民が等しく受けることができるように作られた制度の下で,それを維持するためその利益を受ける者にその対価として支払うものとして定められているものである。この制度を維持するために公的資金が投入されていることによって保険料の対価性が希薄になっているとしても,それは社会保障の目的からの扶助政策によるものであって,そのことによって保険料が対価であるという性格を失うものではない。また,市町村が行う国民健康保険においては,これを税として徴収することが選択的に認められているが,そのことによって保険料として支払われているもののもつ性格自体が変わるものではない。
そして,法は,すべての国民を法の予定した政府又は地方公共団体若しくは任意に設立される国民健康保険組合等を保険者とするいずれかの保険集団に参加すべきものとした上,同じ集団に属する被保険者の疾病等によるリスクを当該保険集団が引き受けるものとし,その費用は法定条件のもとで,それぞれの保険集団ごとに予定された議決機関において民主的に決めるところに委ねることとしているのである。法が,市町村を保険者とする国民健康保険事業において,法の定めるもののほか,保険料の賦課及び徴収等に関する事項は政令で定める基準に従って条例で定めると規定しているのもその趣旨である。したがって,条例において賦課要件が明確に定められているといいうる限り,保険料の賦課に違法の問題は生じないのである。
ところで,本件条例は,法が条例によって決めるべきものとしている保険料の料率及び賦課額について,それが賦課総額によって定まるものとし,その算定の基礎となる費用及び収入の見込額の対象となるものを明らかにしているにもかかわらず,これらの各見込額及び予定収納率を推計するに当たってよるべき基準を定めていないため,その決定を市長に委任しているものと解さざるを得ないのである。この賦課総額は,国民健康保険事業運営に必要な費用の合算額の見込額から収入となる額の見込額を控除した額を基準として定めることとなっているのであるが,そこに市長の政策的判断による裁量の余地が少ないとはいえない。
しかしながら,このように法が条例において定めるべきものとしている事項を市長に一任することの許否は制度の趣旨によって一律に論じることができないところ,この保険料は保険事業に要する費用に充てるために徴収するものであって,その総額は保険給付に要した費用から国庫負担金などを差し引いた額相当額になるのであるから,その額はその年の保険給付の内容によって変動するものである。その額は給付内容が決まらない年度当初には給付内容の見込みによって決めざるを得ないものであるから,その額は明確に定めておくべき要請があるとはいえ,もともと保険給付をベースにした財源の調達という性格上,あらかじめ明確に定めておくこととは矛盾するものを内包しているともいいうるものである。したがって,当初の見込額との間に差の生ずることは避けられず,条例においてあらかじめ料率や賦課額を定めておいても避けることはできないものである。
この差額は年度の終了と共に客観的に定まるのであるから,その範囲にはおのずと限度があるのであって,そのことは被保険者も了解していることが制度の前提となっているものといわなければならない。そして,年度末に明らかになった当該年度の現実の保険給付と予測との違いによって生じた国民健康保険事業特別会計の収支の差額は,保険料の定め方のいかんにかかわらず,翌年度に繰り越されることになり,年初の予測の相当性はそれぞれの保険集団の民主的統制に服することとせざるを得ない性質のものである。
ただ,本件条例のように条例において保険料の料率や賦課額を定めていないときは,予測にかかる市長の判断の当否は国民健康保険事業特別会計の予算及び決算の審議を通じ,その限度で審議の対象となるにとどまることになるのである。保険料の料率や賦課額を条例で定めるものとしている法の趣旨に照らせば,この見込みや推計には専門的,技術的要素が多いにしろ,最終的な決定を議会に委ねるものとすることが予測可能性や法的安定性という観点からは法の趣旨により合致するということはできるであろう。しかしながら,本件条例のように,議会が一定の基準をもとにして事業に伴う費用及び収入についての推測をもとに賦課総額を決定することを市長に一任することとし,その結果必然的に生ずる推測額と実額との間の差額については,その当否と処理を特別会計の当年度の決算や次年度の予算の審議における統制に服せしめるにとどめることとしても,そのことも保険集団の議決機関の判断(国民健康保険は住民の一部を加入者とするもので住民すべてを代表する議会は本来的な保険集団の議決機関とはいえないが)というべきものであって,それは社会保険の目的や保険料の性格に照らし,保険者自治の観点から許容されているものと考える。
(裁判長裁判官 町田顯 裁判官 濱田邦夫 裁判官 横尾和子 裁判官 上田豊三 裁判官 滝井繁男 裁判官 藤田宙靖 裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 泉徳治 裁判官 島田仁郎 裁判官 才口千晴 裁判官 津野修 裁判官 今井功 裁判官 中川了滋 裁判官 堀籠幸男 裁判官 古田佑紀)

国民健康保険料の保険料率が事前に明らかにされていないことは憲法84条違反である、という訴え。憲法84条:租税「法律」主義→地方団体の租税「条例」主義の問題。一審では原告勝訴。だが二審・最高裁では敗訴。最終的には、国民健康保険の特殊性を考慮しつつ、合憲と判断。
 坂東雄介「旭川市国民健康保険料事件(最大判平成18年3月1日(民集60巻2号587頁))における旭川市役所の対応」商学討究66巻1号419-435頁(2015)小樽商科大学

dg 最高裁判所第一小法廷 平成20年(行ヒ)第43号 平成21年12月03日
主文
1 原判決のうち別紙処分目録記載の各処分の取消請求に関する部分を破棄し、同部分につき第1審判決を取り消す。
2 別紙処分目録記載の各処分をいずれも取り消す。
3 上告人のその余の上告を却下する。
4 訴訟の総費用は、これを12分し、その1を上告人の負担とし、その余を被上告人の負担とする。
理由
 上告代理人鳥飼重和ほかの上告受理申立て理由第4及び第5の2について
 以下に摘示する租税特別措置法(以下「措置法」という。)、法人税法、租税特別措置法施行令(以下「措置法施行令」という。)及び法人税法施行令の各規定は、特に断りのない限りそれぞれ別表記載のものをいう。
 1 本件は、被上告人が、損害保険業を営む内国法人である上告人の別紙処分目録1〜4記載の各事業年度(以下「本件各事業年度」という。)の法人税について、上告人がチャネル諸島のガーンジーにおいて設立した子会社であるA(以下「本件子会社」という。)は措置法66条の6第1項に規定する「特定外国子会社等」に該当するとして、その未処分所得の金額のうち所定の金額を上告人の所得の金額の計算上益金の額に算入して別紙処分目録記載のとおりの更正及び過少申告加算税の賦課決定(以下「本件各処分」という。)をし、また、別紙処分目録3記載の事業年度の法人税については、上告人からの更正の請求に対して更正をすべき理由がない旨の通知をしたため、上告人が、本件子会社は特定外国子会社等に該当しないとしてこれらの処分の取消しを求める事案である。
 2 措置法66条の6第1項は、同項各号に掲げる内国法人に係る同条2項1号所定の外国関係会社(外国法人で、その発行済株式総数のうちに内国法人が有する直接及び間接保有の株式の数の合計数の占める割合が100分の50を超えるもの等をいう。)のうち、本店又は主たる事務所の所在する国又は地域におけるその所得に対して課される税の負担が本邦における法人の所得に対して課される税の負担に比して著しく低いものとして政令で定める外国関係会社に該当するもの(特定外国子会社等)が、各事業年度においてその未処分所得の金額から留保したものとして所定の調整を加えた金額(適用対象留保金額)を有する場合には、その金額のうちその内国法人の有する株式等に対応するものとして所定の方法により計算した金額(課税対象留保金額)に相当する金額は、その内国法人の収益の額とみなして、その各事業年度に対応するその内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上益金の額に算入すると規定している。
 措置法施行令39条の14第1項は、これを受け、措置法66条の6第1項に規定する政令で定める外国関係会社は、次に掲げるものとすると規定し、その1号において、法人の所得に対して課される税が存在しない国又は地域に本店又は主たる事務所を有する外国関係会社を、また、その2号において、その各事業年度の所得に対して課される租税の額が当該所得の金額の100分の25以下である外国関係会社を挙げている。
 そして、措置法施行令39条の14第1項2号の外国関係会社に該当するかどうかの判定について、同条2項は、法人税法69条1項に規定する外国法人税を基準として行うこととしており、この外国法人税の意義については、法人税法施行令141条1項から3項までに規定されている。
 本件では、本件子会社が措置法施行令39条の14第1項2号に規定する上告人に係る外国関係会社(特定外国子会社等)に当たるか否かが争われており、争点は、本件子会社がガーンジーにおいて租税として納付したものが上記の外国法人税に該当するか否かである。
 3 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
 (1) ガーンジーの法人所得税制の概要
 措置法66条の6第1項の適用上本件各事業年度に対応する本件子会社の各事業年度である平成11年から同14年までの期間におけるガーンジーの法人所得税制の概要は、次のとおりである。
 ア ガーンジーに本店を有する法人は、事業年度(暦年と同じ。)の全所得を課税標準として20%の標準税率により所得税を課される(以下、この課税を「標準税率課税」という。)。一方、税務当局は、所定の要件を満たす団体から法令で定められた申請料を納付して免税の申請がされたときは、これを免税とすることができる。また、所定の要件を満たす保険業者は、所定の所得のみを課税標準として、当該所得の金額に応じて段階的に異なる税率により所得税を課されること(所得の金額が一定の金額に達するまでは20%の税率であるが、それを超えると、超えた部分についてはこれより著しく低い税率が適用され、しかも、金額が増えるにつれて段階的にその税率が下がっていくという仕組みである。以下、この課税を「段階税率課税」という。)を選択することができる。
 さらに、所定の要件を満たす法人は、申請により、「国際課税資格」という税制上の資格を取得することができる。国際課税資格を取得した法人(以下「国際課税法人」という。)の所得に対して適用される税率は、当該法人が、0%を上回り30%までの間で申請し、税務当局により承認された税率となる。申請書には、適用を申請する税率を明記するとともに、当該税率が申請者に適しておりガーンジーの経済的利益からも妥当な水準であることを記載する。税務当局は、資格取得要件が満たされている場合には、申請を承認し、国際課税資格の証明書(以下「資格証明書」という。)を発行することができるが、申請を拒絶することもできる。
 イ 免税とされた団体は、税務当局に対し事業年度終了後3年以内に書面で通知することにより、当該事業年度につき段階税率課税又は標準税率課税を受けることができる。一方、段階税率課税又は標準税率課税を受けている法人は、事業年度終了後3年以内であればいつでも、当該事業年度につき申請料を納付してさかのぼって免税の申請をすることができる。
 (2) ガーンジーにおける本件子会社に対する課税
 ア 本件子会社は、平成10年12月にガーンジーにおいて設立された再保険業を営む法人であり、設立以来上告人がその発行済株式のすべてを有している。
 イ 本件子会社は、上告人が自ら又はグループ会社のリスクを専門に引き受けさせるために設立した保険会社、すなわちキャプティブ保険会社である。キャプティブ保険会社は、上記(1)のガーンジーの税制上、免税及び段階税率課税を選択するための要件を満たし、また、国際課税資格を申請するための要件を満たすものとされている。
 ウ 本件子会社は、税務当局に対し、平成11年から同14年までの各事業年度につき、いずれも、適用期間を1年間とし適用税率を26%とする国際課税資格の申請をし、税務当局からこれを承認する資格証明書の発行を受けた。
 税務当局は、本件子会社に対し、上記各事業年度について適用税率26%の国際課税法人として所得税(以下「本件外国税」という。)の賦課決定をし、本件子会社はこれを納付した。
 (3) ガーンジーにおける法人所得税制の運用の実態
 ガーンジー金融当局は、保険業者に適用されるガーンジーの税制等に関して、ガーンジーは保険業者にとって有利かつ柔軟な税制構造を有しており、キャプティブ保険会社は、標準税率課税を受けるか、免税若しくは段階税率課税を選択するか、又は国際課税資格の申請をして0%超30%以下の範囲で適用税率について税務当局と交渉することができると説明しており、その作成したパンフレットには、「国際課税資格の申請に先立って、国際課税資格を取得しようとする法人の事業計画が税務当局担当者との間で議論され、又は担当者に書面で通知される。これにより適用税率の設定が可能となる。申請者と税務当局との間で仮に合意された諸条件は、正式な国際課税資格の取得申請における税務当局の承認を必要とする」との記述がある。
 また、ガーンジー税務当局は、ガーンジーにおける法人所得税制に関して、国際課税法人が所得税を納付する際の税率は、合意によって決めることができると説明している。
 (4) 税額等に関する当事者の主張
 上告人の本件各事業年度の法人税の課税標準等及び税額等についての当事者の主張は、措置法66条の6第1項の規定を適用し本件子会社に係る同項所定の課税対象留保金額を上告人の所得の金額の計算上益金の額に算入すべきか否かという点を除いては、その計算の基礎となる金額及び計算方法を含め、争いがない。
 4 原審は、上記事実関係等の下において、概要次のとおり述べ、本件外国税は法人税法69条1項に規定する外国法人税に当たらないと判断し、本件子会社は、その租税負担は0であって措置法施行令39条の14第1項2号に規定する上告人に係る外国関係会社(特定外国子会社等)に当たるから、本件各処分はいずれも適法であると判示した。
 (1) 本件外国税が外国法人税に当たるかどうかは、法人税法施行令141条2項、3項の例示を参酌しつつ、同条1項の規定に該当するものであるか否かによって判断するほかないところ、これらの規定は、我が国を含め先進諸国において通用している一般的な租税概念を前提とし、そのうち「法人税」、「法人の所得を課税標準として課される税」に相当するものを外国法人税としているものと解される。
 (2) ガーンジーの税制度とその運用の実態に照らせば、法人は、同一の収入に対して、〈1〉 免税法人となる、〈2〉 20%の標準税率課税を受ける、〈3〉 段階税率課税を受ける、〈4〉 国際課税資格の申請をして0%を超え30%以下の税率による課税を受ける、という基本的性格を異にする四つの中から適用される税制を選択することができる。納税者にこのような選択を認める税制は、先進諸国の一般の租税概念とはかけ離れた不自然なものである。
 上記〈4〉の国際課税資格制度についてみると、その実態としては、0%を超え30%までの枠の中で、申請者と税務当局とが交渉を行い、その結果成立した合意に基づいて課税が行われていると考えざるを得ず、本件外国税は、税率という重要な課税要件が、納税者と税務当局との合意により決定されるものであって、課税に関する納税者の自由が広範に認められる租税といわざるを得ない。
 そうすると、ガーンジーの上記「法人税」税制は、先進諸国の租税概念の基本である強行性、公平性ないし平等性と相いれないものであって、その実態に照らせば、ガーンジーにおいてこのような「税制」が採用されているのは、外国法人に対し、本国におけるいわゆるタックス・ヘイブン対策税制(我が国においては措置法66条の6第1項の規定がこれに当たる。)の適用を回避するためのメニューを提供するためであり、それゆえ、ガーンジーにおいて徴収される「税」なるものの実質は、タックス・ヘイブン対策税制の適用を回避させるというサービスの提供に対する対価ないし一定の負担としての性格を有するものと評価することができる。
 したがって、本件外国税は、租税に当たらず、外国法人税に該当しない。
 5 しかしながら、原審の上記4(2)の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
 (1) まず、外国法人税といえるためには、それが租税でなければならないことはいうまでもないから、外国の法令により名目的には税とされているものであっても、実質的にみておよそ税といえないものは、外国法人税に該当しないというべきである。
 原審は、前記のとおり、本件外国税は、強行性、公平性ないし平等性と相いれないものであり、その実質はタックス・ヘイブン対策税制の適用を回避させるというサービスの提供に対する対価としての性格を有するものであって、そもそも租税に該当しないと判断した。
 確かに、前記事実関係等によれば、本件外国税を課されるに当たって、本件子会社にはその税率等について広い選択の余地があったということができる。しかし、選択の結果課された本件外国税は、ガーンジーがその課税権に基づき法令の定める一定の要件に該当するすべての者に課した金銭給付であるとの性格を有することを否定することはできない。また、前記事実関係等によれば、本件外国税が、特別の給付に対する反対給付として課されたものでないことは明らかである。
 したがって、本件外国税がそもそも租税に該当しないということは困難である。
 (2) 次に、本件外国税の外国法人税該当性について検討する。
 ア 法人税法69条1項は、外国法人税について、「外国の法令により課される法人税に相当する税で政令で定めるもの」をいうと定め、外国の租税が外国法人税に該当するといえるには、それが我が国の法人税に相当する税でなければならないとしている。
 これを受けて、法人税法施行令141条は、1項において外国法人税の意義を「外国の法令に基づき外国又はその地方公共団体により法人の所得を課税標準として課される税」と定めるほか、外国又はその地方公共団体により課される税のうち、外国法人税に含まれるものを2項1号から4号までに列挙し、外国法人税に含まれないものを3項1号から5号までに列挙している(ただし、平成13年政令第135号による改正前の同項は、同改正後の同項5号に規定するもののみを挙げて、これが外国法人税に含まれないものとすると規定していた。)。以上の規定の仕方によると、外国法人税について基本的な定義をしているのは同条1項であるが、これが形式的な定義にとどまるため、同条2項及び3項において実質的にみて法人税に相当する税及び相当するとはいえない税を具体的に掲げ、これにより、同条1項にいう外国法人税の範囲を明確にしようとしているものと解される。
 前記事実関係等によれば、本件においては、本件外国税が同条3項1号に規定する「税を納付する者が、当該税の納付後、任意にその金額の全部又は一部の還付を請求することができる税」又は2号に規定する「税の納付が猶予される期間を、その税の納付をすることとなる者が任意に定めることができる税」に該当するか否かが検討の対象になり得るところ、以上の理解を前提にすると、同項1号又は2号に該当する税のみならず、該当しない税であってもこれらに類する税、すなわち、実質的にみて、税を納付する者がその税負担を任意に免れることができることとなっているような税は、法人税に相当する税に当たらないものとして、外国法人税に含まれないものと解することができるというべきである。しかし、租税法律主義にかんがみると、その判断は、飽くまでも同項1号又は2号の規定に照らして行うべきであって、同項1号又は2号の規定から離れて一般的抽象的に検討し、我が国の基準に照らして法人税に相当する税とはいえないとしてその外国法人税該当性を否定することは許されないというべきである。
 イ 前記事実関係等によれば、本件外国税は、本件子会社の平成11年から同14年までの各事業年度において、ガーンジーの法令に基づきガーンジーにより本件子会社の所得をそれぞれ課税標準として課された税に当たるということができ、形式的に同条1項にいう外国法人税の定義に該当するものというべきである。
 ウ そこで、本件外国税が実質的にみて外国法人税に含まれないものとされる同条3項1号又は2号に規定する税に該当するかをみると、まず、前記事実関係等によれば、ガーンジーにおいて国際課税法人が納付した税については、標準税率課税又は段階税率課税による税とは異なり、納付後、さかのぼって免税の申請をすることができるとはされておらず、また、これについて還付請求をすることができるともされていない。そうすると、本件外国税は、同項1号に規定する税に該当するということはできない。
 また、前記事実関係等によれば、本件外国税は、納付が猶予される期間を本件子会社が任意に定めることができたとはされていないから、同項2号に規定する税にも該当しない。
 エ さらに、本件外国税が実質的にみて同項1号又は2号に規定する税に類するような任意にその税負担を免れることができることとなっている税といえるかについて検討する。前記事実関係等によれば、本件外国税は、その税率が納税者と税務当局との合意により決定されるなど、納税者の裁量が広いものではあるが、その税率の決定については飽くまで税務当局の承認が必要なものとされているのであって、納税者の選択した税率がそのまま適用税率になるものとされているわけではない。また、ガーンジーにおいて、所定の要件を満たす団体が免税の申請をした場合(標準税率課税又は段階税率課税を受けた法人がさかのぼって免税の申請をした場合を含む。)に、常にそれが認められるという事実は確定されていない。したがって、本件子会社は、その任意の選択により税負担を免れることができたのにあえて国際課税資格による課税を選択したということもできない。むしろ、前記のとおり、本件子会社は、税率26%の本件外国税を納付することによって実質的にみても本件外国税に相当する税を現に負担しており、これを免れるすべはなくなっているものというべきである。そうすると、本件外国税を同項1号又は2号に規定する税に類する税ということもできないというべきである。
 オ 結局、前記事実関係等の下において、本件外国税が法人税に相当する税に該当しないということは困難である。
 (3) 以上のとおり、本件外国税は、ガーンジーの法令に基づきガーンジーにより本件子会社の所得を課税標準として課された税であり、そもそも租税に当てはまらないものということはできず、また、外国法人税に含まれないものとされている法人税法施行令141条3項1号又は2号に規定する税にも、これらに類する税にも当たらず、法人税に相当する税ではないということも困難であるから、外国法人税に該当することを否定することはできない。
 6 以上と異なる見解に立ち、本件各処分はいずれも適法であるとした原審の前記判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決のうち本件各処分の取消請求に関する部分は破棄を免れない。同部分について第1審判決を取り消し、これをいずれも認容すべきである。
 なお、上告人は、上告人からの更正の請求に対して被上告人がした更正をすべき理由がない旨の通知の取消請求に関する上告については、上告受理申立て理由を記載した書面を提出しないから、この部分に関する上告は却下すべきである。

dh 金子宏は、どちらが正しいのかという考え方をせず、両者が止揚されているとする。 [浅妻]両者の止揚という以外に説明のしようがないと思われる。発展:参政権のない外国人居住者の国外源泉所得に課税するのは対価説か能力説か?……恐らく誰も答えられない。

di 所得税決定処分取消請求上告事件
最高裁大法廷 昭和五五年(行ツ)第一五号
昭和六〇年三月二七日判決
(上告人)亡大嶋正訴訟承継人 大嶋矩子
(被上告人)左京税務署長 代理人 藤井俊彦 松村利教 宮崎直見 岡光民雄 田辺安夫 寺島健 立花宣男 西川賢二 杉山幸雄 ほか六名
主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理   由
 上告代理人山田近之助の上告理由について
一 所論は、要するに、本件課税処分の根拠をなす昭和四〇年法律第三三号による改正前の所得税法(昭和二二年法律第二七号。以下「旧所得税法」という。)中の給与所得に係る課税関係規定(以下「本件課税規定」という。)は、次のとおり、事務所得者等の他の所得者に比べて給与所得者に対し著しく不公平な所得税の負担を課し、給与所得者を差別的に扱つているから、憲法一四条一項の規定に違反し無効であるとの前提に立つて、本件課税規定を合憲と判断した原判決を非難するものである。
1 旧所得税法は、事業所得等の金額の計算について、事業所得者等がその年中の収入金額を得るために実際に要した金額による必要経費の実額控除を認めているにもかかわらず、給与所得の金額の計算については、給与所得者がその年中の収入金額を得るために実際に要した金額による必要経費の実額控除を認めず、右金額を著しく下回る額の給与所得控除を認めるにとどまるものである。
2 旧所得税法は、事業所得等の申告納税方式に係る所得の捕捉率に比し給与所得の捕捉率が極めて高くなるという仕組みになつており、給与所得者に対し所得税負担の不当なしわ寄せを行うものである。
3 旧所得税法は、合理的な理由のない各種の租税優遇措置が講じられている事業所得者等に比べて、給与所得者に対し過重な所得税の負担を課するものである。
二 まず、給与所得に係る必要経費の控除の点について判断する。
1 旧所得税法は、所得税の課税対象である所得をその性質に応じて一〇種類に分類した上、不動産所得、事業所得、山林所得及び雑所得の金額の計算については、それぞれその年中の総収入金額から必要経費を控除すること、右の必要経費は当該総収入金額を得るために必要な経費であり、家事上の経費、これに関連する経費(当該経費の主たる部分が右の総収入金額を得るために必要であり、かつ、その必要である部分が明瞭に区分できる場合における当該部分に相当する経費等を除く。以下同じ。)等は必要経費に算入しないことを定めている。また、旧所得税法は、配当所得、譲渡所得及び一時所得の金額の計算についても、「その元本を取得するために要した負債の利子」、「その資産の取得価額、設備費、改良費及び譲渡に関する経費」又は「その収入を得るために支出した金額」を控除することを定めている。一方、旧所得税法は、給与所得の金額はその年中の収入金額から同法所定の金額(収入金額が四一万七五〇〇円以下である場合には一万七五〇〇円と当該収入金額から一万七五〇〇円を控除した金額の一〇分の二に相当する金額との合計額、収入金額が四一万七五〇〇円を超え七一万七五〇〇円以下である場合には九万七五〇〇円と当該収入金額から四一万七五〇〇円を控除した金額の一〇分の一に相当する金額との合計額、収入金額が七一万七五〇〇円を超え八一万七五〇〇円以下である場合には一二万七五〇〇円と当該収入金額から七一万七五〇〇円を控除した金額の一〇分の〇・七五に相当する金額との合計額、収入金額が八一万七五〇〇円を超える場合には一三万五〇〇〇円)を控除した金額とすることを定めている(この控除を以下「給与所得控除」という。)。ところで、給与所得についても収入金額を得るための必要経費の存在を観念し得るところ、当時の税制調査会の答申及び立法の経過に照らせば、右の給与所得控除には、給与所得者の勤務に伴う必要経費を概算的に控除するとの趣旨が含まれていることが明らかであるから、旧所得税法は、事業所得等に係る必要経費については、事業所得者等が実際に要した金額による実額控除を認めているのに対し、給与所得については、必要経費の実額控除を認めず、代わりに同法所定額による概算控除を認めるものであり、必要経費の控除について事業所得者等と給与所得者とを区別するものであるということができる。
2 そこで、右の区別が憲法一四条一項の規定に違反するかどうかについて検討する。
(一) 憲法一四条一項は、すべて国民は法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において差別されない旨を明定している。この平等の保障は、憲法の最も基本的な原理の一つであつて、課税権の行使を含む国のすべての統治行動に及ぶものである。しかしながら、国民各自には具体的に多くの事実上の差異が存するのであつて、これらの差異を無視して均一の取扱いをすることは、かえつて国民の間に不均衡をもたらすものであり、もとより憲法一四条一項の規定の趣旨とするところではない。すなわち、憲法の右規定は、国民に対し絶対的な平等を保障したものではなく、合理的理由なくして差別することを禁止する趣旨であつて、国民各自の事実上の差異に相応して法的取扱いを区別することは、その区別が合理性を有する限り、何ら右規定に違反するものではないのである(最高裁昭和二五年(あ)第二九二号同年一〇月一一日大法廷判決・刑集四巻一〇号二〇三七頁、同昭和三七年(オ)第一四七二号同三九年五月二七日大法廷判決・民集一八巻四号六七六頁等参照)。
(二) ところで、租税は、国家が、その課税権に基づき、特別の給付に対する反対給付としてでなく、その経費に充てるための資金を調達する目的をもつて、一定の要件に該当するすべての者に課する金銭給付であるが、およそ民主主義国家にあつては、国家の維持及び活動に必要な経費は、主権者たる国民が共同の費用として代表者を通じて定めるところにより自ら負担すべきものであり、我が国の憲法も、かかる見地の下に、国民がその総意を反映する租税立法に基づいて納税の義務を負うことを定め(三〇条)、新たに租税を課し又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要としている(八四条)。それゆえ、課税要件及び租税の賦課徴収の手続は、法律で明確に定めることが必要であるが、憲法自体は、その内容について特に定めることをせず、これを法律の定めるところにゆだねているのである。思うに、租税は、今日では、国家の財政需要を充足するという本来の機能に加え、所得の再分配資源の適正配分景気の調整等の諸機能をも有しており、国民の租税負担を定めるについて、財政・経済・社会政策等の国政全般からの総合的な政策判断を必要とするばかりでなく、課税要件等を定めるについて、極めて専門技術的な判断を必要とすることも明らかである。したがつて、租税法の定立については、国家財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的、技術的な判断にゆだねるほかはなく、裁判所は、基本的にはその裁量的判断を尊重せざるを得ないものというべきである。そうであるとすれば、租税法の分野における所得の性質の違い等を理由とする取扱いの区別は、その立法目的が正当なものであり、かつ、当該立法において具体的に採用された区別の態様が右目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り、その合理性を否定することができず、これを憲法一四条一項の規定に違反するものということはできないものと解するのが相当である。
(三) 給与所得者は、事業所得者等と異なり、自己の計算と危険とにおいて業務を遂行するものではなく、使用者の定めるところに従つて役務を提供し、提供した役務の対価として使用者から受ける給付をもつてその収入とするものであるところ、右の給付の額はあらかじめ定めるところによりおおむね一定額に確定しており、職場における勤務上必要な施設、器具、備品等に係る費用のたぐいは使用者において負担するのが通例であり、給与所得者が勤務に関連して費用の支出をする場合であつても、各自の性格その他の主観的事情を反映して支出形態、金額を異にし、収入金額との関連性が間接的かつ不明確とならざるを得ず、必要経費と家事上の経費又はこれに関連する経費との明瞭な区分が困難であるのが一般である。その上、給与所得者はその数が膨大であるため、各自の申告に基づき必要経費の額を個別的に認定して実額控除を行うこと、あるいは概算控除と選択的に右の実額控除を行うことは、技術的及び量的に相当の困難を招来し、ひいて租税徴収費用の増加を免れず、税務執行上少なからざる混乱を生ずることが懸念される。また、各自の主観的事情や立証技術の巧拙によつてかえつて租税負担の不公平をもたらすおそれもなしとしない。旧所得税法が給与所得に係る必要経費につき実額控除を排し、代わりに概算控除の制度を設けた目的は、給与所得者と事業所得者等との租税負担の均衡に配意しつつ、右のような弊害を防止することにあることが明らかであるところ、租税負担を国民の間に公平に配分するとともに、租税の徴収を確実・的確かつ効率的に実現することは、租税法の基本原則であるから、右の目的は正当性を有するものというべきである。
(四) そして、右目的との関連において、旧所得税法が具体的に採用する前記の給与所得控除の制度が合理性を有するかどうかは、結局のところ、給与所得控除の額が給与所得に係る必要経費の額との対比において相当性を有するかどうかにかかるものということができる。もつとも、前記の税制調査会の答申及び立法の経過によると、右の給与所得控除は、前記のとおり給与所得に係る必要経費を概算的に控除しようとするものではあるが、なおその外に、(1) 給与所得は本人の死亡等によつてその発生が途絶えるため資産所得や事業所得に比べて担税力に乏しいことを調整する、(2) 給与所得は源泉徴収の方法で所得税が徴収されるため他の所得に比べて相対的により正確に捕捉されやすいことを調整する、(3) 給与所得においては申告納税の場合に比べ平均して約五か月早期に所得税を納付することになるからその間の金利を調整する、との趣旨を含むものであるというのである。しかし、このような調整は、前記の税制調査会の答申及び立法の経過によつても、それがどの程度のものであるか明らかでないばかりでなく、所詮、立法政策の問題であつて、所得税の性格又は憲法一四条一項の規定から何らかの調整を行うことが当然に要求されるものではない。したがつて、憲法一四条一項の規定の適用上、事業所得等に係る必要経費につき実額控除が認められていることとの対比において、給与所得に係る必要経費の控除のあり方が均衡のとれたものであるか否かを判断するについては、給与所得控除を専ら給与所得に係る必要経費の控除ととらえて事を論ずるのが相当である。しかるところ、給与所得者の職務上必要な諸設備、備品等に係る経費は使用者が負担するのが通例であり、また、職務に関し必要な旅行や通勤の費用に充てるための金銭給付、職務の性質上欠くことのできない現物給付などがおおむね非課税所得として扱われていることを考慮すれば、本件訴訟における全資料に徴しても、給与所得者において自ら負担する必要経費の額が一般に旧所得税法所定の前記給与所得控除の額を明らかに上回るものと認めることは困難であつて、右給与所得控除の額は給与所得に係る必要経費の額との対比において相当性を欠くことが明らかであるということはできないものとせざるを得ない。
(五) 以上のとおりであるから、旧所得税法が必要経費の控除について事業所得者等と給与所得者との間に設けた前記の区別は、合理的なものであり、憲法一四条一項の規定に違反するものではないというべきである。
三 次に、所論は事業所得等の捕捉率が給与所得の捕捉率を下回つていることを指摘するが、その趣旨は、捕捉率の著しい較差が恒常的に存する以上、それは単に徴税技術の巧拙等の事実上の問題であるにとどまらず、制度自体の欠陥を意味するものとして、本件課税規定を違憲ならしめるものである、というのである。
 事業所得等の捕捉率が相当長期間にわたり給与所得の捕捉率を下回つていることは、本件記録上の資料から認められないではなく、租税公平主義の見地からその是正のための努力が必要であるといわなければならない。しかしながら、このような所得の捕捉の不均衡の問題は、原則的には、税務行政の適正な執行により是正されるべき性質のものであつて、捕捉率の較差が正義衡平の観念に反する程に著しく、かつ、それが長年にわたり恒常的に存在して租税法制自体に基因していると認められるような場合であれば格別(本件記録上の資料からかかる事情の存在を認めることはできない。)、そうでない限り、租税法制そのものを違憲ならしめるものとはいえないから、捕捉率の較差の存在をもつて本件課税規定が憲法一四条一項の規定に違反するということはできない。
四 また、所論は合理的理由のない租税優遇措置の存在をいうが、仮に所論の租税優遇措置が合理性を欠くものであるとしても、そのことは、当該措置自体の有効性に影響を与えるものにすぎず、本件課税規定を違憲無効ならしめるものということはできない。
五 以上のとおり、本件課税規定は憲法一四条一項の規定に違反しないから、原審の判断は結論において是認することができる。論旨は、憲法三二条違反をいう部分を含め、判決の結論に影響を及ぼさない点について原判決を非難するものであつて、いずれも採用することができない。
 よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法三九六条、三八四条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官木下忠良、同伊藤正己、同谷口正孝、同木戸口久治、同島谷六郎、同長島敦の各補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 裁判官伊藤正己の補足意見は、次のとおりである。
 私も、法廷意見と同様に、給与所得に係る必要経費について、実額控除を認めず、概算控除を設けるにとどまる本件課税規定は、給与所得者を事業所得者等と区別するものではあるが、それ自体としては憲法一四条一項の規定に違反するものではないと解する。そして、そのように解する理由についてもまた、法廷意見の説示するところに全く異論はない。
しかし、本件は、租税についての国民の公平かつ平等な負担という租税法と憲法との関係にかかわるものであることにかんがみ、次の二点について補足的に意見を述べておくこととしたい。
一 法廷意見の説くように、租税法は、特に強い合憲性の推定を受け、基本的には、その定立について立法府の広範な裁量にゆだねられており、裁判所は、立法府の判断を尊重することになるのであるが、そこには例外的な場合のあることを看過してはならない。租税法の分野にあつても、例えば性別のような憲法一四条一項後段所定の事由に基づいて差別が行われるときには、合憲性の推定は排除され、裁判所は厳格な基準によつてその差別が合理的であるかどうかを審査すべきであり、平等原則に反すると判断されることが少なくないと考えられる。性別のような事由による差別の禁止は、民主制の下での本質的な要求であり、租税法もまたそれを無視することを許されないのである。しかし、本件は、右のような事由に基づく差別ではなく、所得の性質の違い等を理由とする取扱いの区別であるから、厳格な基準による審査を必要とする場合でないことは明らかである。
二 本件課税規定それ自体は憲法一四条一項の規定に違反するものではないが、本件課税規定に基づく具体的な課税処分が常に憲法の右規定に適合するとまではいえない。特定の給与所得者について、その給与所得に係る必要経費(いかなる経費が必要経費に当たるかについては議論の余地があり得ようが、法廷意見もいうように、給与所得についても収入金額を得るための必要経費の存在を観念し得る。)の額がその者の給与所得控除の額を著しく超過するという事情がみられる場合には、右給与所得者に対し本件課税規定を適用して右超過額を課税の対象とすることは、明らかに合理性を欠くものであり、本件課税規定は、かかる場合に、当該給与所得者に適用される限度において、憲法一四条一項の規定に違反するものといわざるを得ないと考える(なお、必要経費の額が給与所得控除の額を著しく超過するような場合には、当該所得が真に旧所得税法の予定する給与所得に当たるかどうかについて、慎重な検討を要することは、いうまでもない。)。
 この点を本件についてみるに、本件における必要経費の額が本件課税規定による給与所得控除の額を著しく超過するものと認められないことは、原判決の説示に照らして明らかであるから、本件課税規定を適用して本件課税処分をしたことに憲法一四条一項違反があるということはできない。
 裁判官木下忠良、同長島敦は、裁判官伊藤正己の補足意見第二項に同調する。
 裁判官谷口正孝の補足意見は、次のとおりである。
 給与所得者について必要経費の実額控除を認めず旧所得税法所定の給与所得控除しか認めないことは、事業所得者等について必要経費の実額控除を認めていることとの対比において均衡を欠き、憲法一四条一項に違反するという上告人らの主張を排斥する法廷意見を補足して伊藤裁判官の敷衍して説示されているところには、私もまた、同じ考えを持つ者として同調する。しかし、それは同条項違反の有無を論ずる場面に限定してのことである。
すなわち、そこでは、給与所得者が給与を得るについての必要経費の額が前記給与所得控除の額を著しく超える場合について、事業所得者等の必要経費の実額控除を認める制度と比較しての差別取扱いが論じられており、そのような場合については、旧所得税法の適用上憲法一四条一項違反の問題を生ずるとしたわけである。ところが、給与所得者の必要経費の額が右の給与所得控除の額を超過することが明らかであるが、その程度が著しいとまではいえない場合については明言されていない。私は、その場合については、もとより同条項違反の問題は生じないものと考える。そのことは、同条項について法廷意見の展開している合理的差別容認の考え方の系列の中に十分包摂し得るところであるからである。
 しかし、給与所得者について給与所得控除の額を超える必要経費が存する場合には、その超過が明らかである限り、その程度が著しい場合であると否とを問わず、当該超過部分については実質上所得がないことになるのではないかが改めて問われてよい。なるほど、給与所得を得るについての必要経費の額をいかなる基準により算定するかについては多分に政策的考慮の働くことは認めざるを得ないであろう。だが、このような政策的考慮を認めるにせよ、給与所得者について必要経費の存在することは否定し難いところであり、しかも、その中には所得を得るために不可避的に支出しなければならない経費であつて、政策的考慮を容れる余地のないものがあることも承認せざるを得ない。法廷意見もまたこのことを前提としているものと思われる。してみると、給与所得者について給与所得控除の額を明らかに超えて必要経費の存する場合を想定し、これに論及する必要があることは当然である。もつとも、この場合にも給与所得として計上されるべきものが存する以上、その所得者に対し名目上の給与額に応じて課税することも立法府の裁量の問題として処理すれば足りるという見解もあろう。しかし、私はこのような見解は到底採用し得ないものと考える。けだし、前述のごとく必要経費の額が給与所得控除の額を明らかに超える場合は、その超過部分については、もはや所得の観念を容れないものと考えるべきであつて、所得の存しないところに対し所得税を課する結果となるのであり、およそ所得税賦課の基本理念に反することになるからである。
 そして、所得と観念し得ないものを対象として所得税を賦課徴収することは、それがいかに法律の規定をもつて定められ租税法律主義の形式をとるにせよ、そして、憲法一四条一項の規定に違反するところがないにせよ、違憲の疑いを免れないものと考える。
 もつとも、本件において具体的に支出された必要経費の額が給与所得控除の額を超過するものと認められないことは、記録上明らかであるから、この問題は争点として取り上げるべきことではない。
 裁判官木戸口久治の補足意見は、次のとおりである。
 旧所得税法中の給与所得に係る課税関係規定自体が憲法一四条一項の規定に違反するものでないことは、法廷意見において説示するとおりであつて、私もこれに賛成するものである。
 しかし、給与所得に係る課税関係規定が法的評価において憲法一四条一項の規定に違反するものでないとしても、一般に、給与所得者が、事業所得者等よりも重い租税負担を課せられているという不公平感を抱いていることも、否定し得ないところである。
 本件記録上の資料によると、本件係争年度である昭和三九年度において、所得の種類別の所得者数に対する納税者数の割合は、給与所得者(一年を通じて勤務した民間給与所得者)にあつては七九・三パーセント、農業所得者(専業農家及び第一種兼業農家)にあつては七・二パーセント、農業以外の事業所得者にあつては二四・九パーセントであり、また、国民所得に対する課税所得の割合は、給与所得にあつては七六・三パーセント、農業所得にあつては六・九パーセント、農業以外の事業所得にあつては二七・〇パーセントであり、これらの係数は、本件係争年度の前後数年においても大幅な変化のないことが認められる。さらに、近年における所得の種類別の所得者数に対する納税者数の割合が、給与所得者(前に同じ)にあつては約九〇パーセントに達しているのに対し、農業所得者(前に同じ)にあつては約一五パーセント、農業以外の事業所得者にあつては約四〇パーセントにとどまつていることは、周知のところである。このような納税者割合、課税所得割合の較差のある程度の部分が実質的な所得の差に基づいていることは否定できないとしても、その少なからぬ部分は、源泉徴収及び申告納税という徴税方式の違いを主因とする所得補促の不均衡や、各種の租税優遇措置によるものと考えられるのであつて、右に述べた較差から、事業所得者の租税負担が給与所得者のそれよりもかなり低くなつており、しかもそれが特定年度における特異な現象ではなく、相当長期にわたつて継続しているものということができ、この点が給与所得者に対し租税負担の不公平感を抱かせる原因となつているものと考えられる。
 憲法一四条一項の命ずる租税公平主義は、租税法の制定及びその執行につき、合理的理由なくして、特定の者を不利益に取り扱うことを禁止するのみでなく、特定の者に対し特別の利益を与えることをも禁止するものである。右に指摘したように事業所得の捕捉率が低いということは、それだけ、事業所得者が租税負担を不当に免れていることを意味するのであり、また、各種の租税優遇措置も、それが当該立法目的に照らして合理性を欠くに至つたときは、事業所得者に不当な利益を与えることとなる。このような所得の捕捉漏れや不合理な租税優遇措置による事業所得者と給与所得者との実質的な租税負担の較差が恒常的となり、かつ、それが著しい程度に達したときは、かかる事態は憲法一四条一項違反の問題となり得るものと考える。右の較差が実際にどの程度に達しているかは必ずしも明らかであるとはいえないが、先に述べたように、事業所得者の租税負担が給与所得者のそれよりもかなり低くなつていることは現実であり、租税負担について給与所得者層の持つ不公平感は無視し得ないものとなつているのが現状であつて、その是正に向けての早急かつ積極的な努力が払われなければならないものと考える。
 以上、給与所得課税に対する幅広い不公平感の存在が亡大嶋正の提起した本件訴訟の背景をなしているものと思われることにかんがみ、補足的に意見を述べた次第である。
 裁判官島谷六郎の補足意見は、次のとおりである。
 上告人らは、旧所得税法が事業所得者等に必要経費の実額控除を認めながら、給与所得者にこれを認めないのは不公平である、と主張する。
 給与所得者に認められた給与所得控除には必要経費を概算的に控除する趣旨が含まれていることは、法廷意見の説示するとおりであり、本件の場合には、具体的に支出された必要経費の実額が旧所得税法所定の給与所得控除の額を超えるものと認められないことが、原判決の説示に徴して明らかである。
 しかしながら、一般論としては、給与所得者の必要経費の実額が給与所得控除の額を超える場合の存する可能性がないとはいえず、超過の程度が著しいときは、給与所得に係る課税関係規定の適用違憲の問題が生ずることになると考えられるのであつて、私は、この点において、伊藤裁判官の補足意見第二項に同調するものである。  また、右の超過の程度が著しいとはいえないときであつても、超過額の存する限り所得のないところに課税が行われる結果となり、それが直ちに違憲の問題を生ぜしめるものではないとしても、純所得課税という所得税の基本原則に照らし、安易に看過し得ないものとなるといわなければならない。
 したがつて、右のような課税が行われることがないよう、給与所得者にも必要経費の実額控除を認め、概算控除と実額控除とのいずれかを任意に選び得るという選択制の採用の問題をも含めて、給与所得控除制度についての幅広い検討が期待されるところである。
(裁判官 寺田治郎 藤崎萬里 木下忠良 塩野宜慶 伊藤正己 谷口正孝 大橋至進 木戸口久治 牧圭次 和田誠一 安岡満彦 角田禮次郎 矢口洪一 島谷六郎 長島敦)

参照:原々審京都地判昭和49年5月30日民集39巻2号272頁
昭和二四年、戦後の日本の税制に画期的な大改革を勧告したシヤウプ使節団は、その報告書において、当時の給与所得控除制度の趣旨には、1個人の勤労年数の消耗に対する一種の減価償却を承認する。2給与所得をうるために個人的努力および余暇の犠牲が伴うことを承認する、3しばしば通常の生計費との区別がほとんどできないため、行政上の理由から特定の控除項目として認めることができないところの勤労により生じた追加的経費を概算的に控除する、4給与所得の査定が他の所得に比べてより正確であるためこれを相殺する、という四つの内容が含まれていることを指摘した(これは公知の事実である。)。

租税立法が違憲とされた例として最判昭和37年11月28日刑集16巻11号1593頁が挙げられているが、関税法の刑訴の問題(告知、弁解、防禦の機会:憲法31条、29条)なので、[浅妻]違憲の例として挙げるには微妙な気もする。寧ろ遡及適用の事例の方が興味深い。

dj 源泉徴収制度の合憲性につき株式会社月ヶ瀬事件・最大判昭和37年2月28日刑集16巻2号212頁。cf. アメリカではサラリーマンも申告するとよく言われるが源泉徴収がない訳ではない。アメリカにおける申告の実際は還付目的。

dk 実額経費控除に関しケースブック81頁日フィル事件・東京高判昭和47年9月14日訟月19巻3号73頁…実額経費控除選択の余地を認めるなどの方法が「税負担公平の見地から見て、望ましいことであるとは、いいうるであろう」としつつ、「結局立法政策上の問題に帰着する」と述べた。なお、日フィル事件で実額経費が給与所得控除の額より大きいという証明に成功していた訳ではない。

dl 更に補足:サラリーマンから見ると自営業者・農家等の所得が適正に税務署に捕捉されていないのではないかという不満(所謂クロヨンやトーゴーサンピンといった捕捉率の問題)が、自営業者等から見るとサラリーマンの所得が不当に減らされているという不満が、それぞれある。

dm 【給与所得控除制度を設けることの合理性】が、【実額経費控除の選択を認めないことの合理性】を論理必然的に導く訳ではないことに留意すべし。それでも本判決は合憲としている。また、【規定が合理的か否かの問題】と、【規定が合憲か否かの問題】即ち【立法府の判断に司法府が口出しすべきかの問題】とは異なるということにも留意。

dn いわゆる「二重の基準」説を支持するか否か?

do 最高裁判所第二小法廷平成20年(行ヒ)第241号 平成22年7月16日判決
       主   文
原判決を破棄する。
被上告人らの控訴を棄却する。
控訴費用及び上告費用は被上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人貝阿彌誠ほかの上告受理申立て理由について
1 本件は,社団たる医療法人(以下「社団医療法人」という。)の増資に当たり被上告人らが出資を引受けたことについて,これにより被上告人らは著しく低い価額の対価で利益を受けたものであり,相続税法(平成15年法律第8号による改正前のもの)9条所定のいわゆるみなし贈与に当たるとして,上告人が,被上告人らに対し,それぞれ贈与税の決定及び無申告加算税の賦課決定(以下,これらを併せて「本件各処分」という。)をしたことから,被上告人らが,上告人は上記出資の評価を誤ったものであり,みなし贈与に当たらないなどとして,本件各処分の取消しを求めている事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)ア 医療法人A会(以下「本件法人」という。)は,Bによって昭和30年に設立された社団医療法人であり,後記オの増資がされる直前の平成10年3月末時点での職員数は255人であった。X2はBの長女で,X1はX2の夫,X3とX4はX1とX2の子である。
イ 本件法人は,定款で,出資社員は退社した場合その出資額に応じて払戻しを請求することができ,また本件法人が解散した場合における残余財産は,所定の手続を経て,出資額に応じて社員に帰属させる旨を定めていた。また,本件法人は,定款で,その財産を基本財産と運用財産とに分け,退社した社員に対する払戻しは,まず運用財産から支弁し,不足のあるときには基本財産を処分して支弁する旨定めていた。
 なお,社団医療法人が定款を定める際の指針として作成されたいわゆるモデル定款(昭和25年8月9日医発第521号各都道府県知事あて厚生省医務局長通知「医療法の一部を改正する法律の施行について」に添付された定款)においても,社団医療法人に出資した社員(以下「出資社員」という。)は退社時に出資額に応じた払戻しを請求することができ,また当該法人の解散時にも出資額に応じた残余財産の分配を受けることができる旨の条項が置かれている。
ウ 本件法人の出資金額は,定款で1口当たり5万円と定められているところ,X1は,昭和63年5月,本件法人の理事長であったBから,その有する本件法人の出資のうち10口を代金1億1497万円余で譲り受け,同年6月,Bに替わって本件法人の理事長に就任した。
エ 本件法人は,平成9年8月に出資の払戻し等について定款を変更し,出資社員が退社時に受ける払戻し及び本件法人解散時の残余財産分配は,いずれも運用財産についてのみすることができ,解散時の残余財産のうちの基本財産は国又は地方公共団体に帰属するとの定めを置くとともに,これらの払戻し等に係る定款の定めの変更はできない旨の条項を置いた(以下,変更後の定款を「新定款」という。)。もっとも,基本財産と運用財産の各範囲に係る定款の定めは,上記条項による変更禁止の対象となっていない。
オ 本件法人の平成10年5月時点での総出資口数は110口であり,そのうち98口をBが,12口をX1が有していたところ,同月の定時社員総会で,出資口数を90口増加して200口とし(以下,この増資を「本件増資」という。),増資分すべてを被上告人らに対して割り当てることが可決され,X1とX2が各23口,X3とX4が各22口を割り当てられることとなった。被上告人らは1口当たり5万円の出資金額(被上告人ら合計で450万円)を払い込み,その結果,Bが本件法人の出資口数のうち98口を,被上告人らがその余の合計102口をそれぞれ有することとなった。
カ 本件増資当時における本件法人の財産全体の評価は7億円余であった。その内訳をみると,基本財産の評価は24億円余であったが,運用財産については,これに属する資産がある一方で多額の負債が計上されていたため,運用財産全体としては17億円余の債務超過となっていた。
(2)ア 持分の定めのある社団医療法人の出資については,「財産評価基本通達」(昭和39年4月25日付け直資56,直審17(資)国税庁長官通達。以下「評価通達」という。)の194−2(平成11年課評2−2,課資2−202による改正前のもの)が,その評価を取引相場のない株式の評価方法に準じて行うものとし,従業員数が100人以上の社団医療法人に係る出資の評価については,当該法人の年利益金額及び純資産価額を類似業種のそれと所定の方法で比較した上,類似業種の株価に比準して評価する方法(以下「類似業種比準方式」という。)等を採ることとしている。
イ 上告人は,本件増資により被上告人らが取得した本件法人の出資につき,本件法人の前記(1)カの財産全体の評価を前提として,類似業種比準方式により評価し,その評価を1口当たり379万円余と算出した。そして,被上告人らが,1口当たり5万円の対価で上記出資を取得したことは,著しく低い価額の対価で利益を受けた場合に当たるとして,上記出資の評価から同対価を控除した額を被上告人らが贈与により取得したものとし,平成13年6月,被上告人らに対して,本件各処分をした。
3 原審は,上記事実関係等の下において,次のとおり判断して,被上告人らの請求を認容すべきものとした。
 社団医療法人の出資については,当該出資について出資社員が有する権利の内容に即してその評価をする必要があるところ,当該内容は専ら定款により定まるものと解される。そして,本件法人の新定款では,その財産が基本財産と運用財産に明確に区分され,出資社員が退社した際の払戻しや本件法人の解散時における出資社員に対する財産の分配は,いずれも運用財産のみからされることになっている。本件法人の出資について出資社員が有するこのような権利内容を考慮すると,その評価の前提となる資産価値は,運用財産を基準とすべきであって,本件では,基本財産と運用財産とを本件法人のように区別しない業者を標本とする類似業種比準方式により出資の評価をする前提を欠く。そして,前記のとおり,運用財産が債務超過であること等を踏まえて,本件法人の出資の時価について評価すると,本件増資時点における本件法人の出資1口当たりの評価額は出資金額である5万円を上回るものではなく,被上告人らが著しく低い価額の対価で利益を受けたとはいえない。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)相続税法22条は,贈与等により取得した財産の価額を当該財産の取得の時における時価によるとするが,ここにいう時価とは当該財産の客観的な交換価値をいうものと解され,本件法人の出資についても,この観点からその価額が評価されるべきである。
 ところで,医療法人は,相当の収益を上げ得る点で一般の私企業とその性格を異にするものではなく,その収益は医療法人の財産として内部に蓄積され得るものである。そして,出資社員に対する社団医療法人の財産の分配については,剰余金の配当を禁止する医療法(平成18年法律第84号による改正前のもの)54条に反しない限り,基本的に当該法人が定款で定め得るのであって(同法44条,56条),出資社員が出資額に応じて退社時の払戻しや解散時の残余財産分配を受けられる旨の定款の定めがある場合,これに基づく払戻し等の請求が権利濫用になるなどといった特段の事情のない限り,出資社員は,総出資額中に当該出資社員の出資額が占める割合に応じて当該法人の財産から払戻し等を受けられることとなる(最高裁平成20年(受)第1809号同22年4月8日第一小法廷判決・民集64巻3号登載予定参照)。標準的な出資の権利内容を示したモデル定款は,前記のとおり,出資社員は出資額に応じて払戻し等を受け得るとするが,その対象となる財産を限定してはおらず,多くの社団医療法人がこれに準じた定款を定めていることがうかがわれるところである。上記権利内容は,自治的に定められる定款によって様々な内容となり得る余地があるものの,その変更もまた可能であって,仮にある時点における定款の定めにより払戻し等を受け得る対象が財産の一部に限定されるなどしていたとしても,客観的にみた場合,出資社員は,法令で許容される範囲内において定款を変更することにより,財産全体につき自らの出資額の割合に応じて払戻し等を求め得る潜在的可能性を有するものである。また,定款の定めのいかんによって,当該法人の有する財産全体の評価に変動が生じないのはいうまでもない。そうすると,持分の定めのある社団医療法人の出資は,定款の定めのいかんにかかわらず,基本的に上記のような可能性に相当する価値を有するということができる。
 評価通達194−2は,以上のような持分の定めのある社団医療法人及びその出資に係る事情を踏まえつつ,出資の客観的交換価値の評価を取引相場のない株式の評価に準じて行うこととしたものと解される。そうすると,その方法によっては当該法人の出資を適切に評価することができない特別の事情の存しない限り,これによってその出資を評価することには合理性があるというべきである。
(2)これを本件についてみると,本件法人は,もともと退社時の払戻しや解散時の残余財産分配の対象となる財産を本件法人の財産全体としていたところ,これを変更し,新定款において,上記払戻し等の対象となる財産を運用財産に限定したものである。
 新定款においては,上記払戻し等に係る定めの変更を禁止する旨の条項があるが,社団法人の性格にかんがみると,法令において定款の再度変更を禁止する定めがない中では,このような条項があるからといって,法的に当該変更が不可能になるものではないから上記結論を左右するものではない。また,前記のとおり,基本財産と運用財産の範囲に係る定めは変更禁止の対象とされていないから,運用財産の範囲が固定的であるともいえない。そうすると,本件においては,本件増資時における定款の定めに基づく出資の権利内容がその後変動しないと客観的に認めるだけの事情はないといわざるを得ず,他に評価通達194−2の定める方法で新定款の下における本件法人の出資を適切に評価することができない特別の事情があることもうかがわれない。
 したがって,本件において,新定款下での本件法人の出資につき,基本財産を含む本件法人の財産全体を基礎として評価通達194−2の定める類似業種比準方式により評価することには,合理性があるというべきである。
 そして,上記の方式に基づく評価によれば,上告人が上記出資の評価を1口当たり379万円と算定したことに違法はなく,これによれば,被上告人らは,本件増資に係る出資の引受けにより,著しく低い価額の対価で利益を受けたということができる。
5 以上と異なる原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,本件各処分に違法はないとした第1審の判断は是認することができるから,被上告人らの控訴を棄却すべきである。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官古田佑紀,同須藤正彦の各補足意見がある。
 裁判官古田佑紀の補足意見は次のとおりである。
 定款において持分の払戻しが制限されている場合のその価額の評価についてすべての資産を基礎とすることは相当でないとする原審の説示には共感を感じる面もないではない。例えば,持分権者が何らかの事情により脱退して払戻しを受ける場合に,定款において払戻しを受けることができる資産が制限されているときはその制限を超えて払戻しを受けることができないことは明らかである。このような場合,持分取得の時点で全資産をもって持分価額評価の基礎として課税がされれば,持分権者が持分の処分により実際に取得できる利益からみて不相応に高額の課税がされた結果になる可能性がある。その観点からすれば,持株数に応じた資産に対する権利が当然の前提となる会社と同様に全資産を評価の基礎とする評価方法が本件のような法人について妥当するかは疑問があり,定款変更の可能性があるということをもって直ちにその合理性を認めることには困難があるように思われるのである。
 しかしながら,本件のような法人の持分については,取引その他の処分がなされることが必ずしも予定されず,少数の持分権者が長期にわたって保有して法人を支配する場合が多く,その処分によって価値の実現を図ることは稀であると思われるのである。そうすると,このような持分については,定款により定められた払戻しの範囲ではなく,法人の全資産に応じた保有価値によって評価することが合理的であると思われる。定款により加えられた払戻しの制限によって課税の基礎となる持分の評価額が定まるとすれば,客観的な資産価値がほぼ同じ法人であるにもかかわらず,持分権者の意思により法人ごとに税額に差が生じることとなり,課税の公平を欠く結果になるといわざるを得ない。私は,法廷意見がこのような趣旨をいうものと理解するものである。
 裁判官須藤正彦の補足意見は次のとおりである。  私は法廷意見の結論に賛成するものであるが,社団医療法人の企業価値(事業価値)という観点から,以下の点を補足しておきたい。
(1)社団医療法人は,法人税法上,会社などとともに普通法人と分類されているところ(同法2条9号,5号ないし7号),営利を目的とするか否かの点を除けば,日々の会計処理や会計年度ごとに事業報告書,財産目録,貸借対照表,損益計算書等の作成をし(医療法51条参照),従業員を雇用し,適切な組織管理を行いつつ,適宜の利益を稼得して財務の健全性の維持を図り継続反復して業務を行うことが予定されているという面において会社と異なるところはない。社団医療法人は,このように継続して事業を行う主体(事業体)といえるから,会社に企業価値(事業価値)が認められるように,社団医療法人もまた企業価値(事業価値)が認められ,それが,当該社団医療法人(の事業)の時価としての客観的交換価値であるといえる。しかも,この社団医療法人の企業価値(事業価値)は,事業を対象とするものである以上,当然のことながら,現在の財産状態,過去の経営成績や将来の収益見通し,具体的には,貸借対照表や損益計算書などの数値(以下,「経営指標」という。組織管理の在りようや経営者,従業員の資質等の定性的要素が加味されることもあろう。)などを基にして算出され得るもので,それ自体は,利益剰余金の配当が禁止されること(医療法54条),あるいは,当該社団医療法人内部の規則等で出資持分の払戻しや残余財産の分配が制約されるということ,いわんや内部的に基本財産と運用財産とをどのように仕訳けするかということによっては左右されないというべきである。
 しかして,社団医療法人中持分の定めのある社団医療法人においては,一般に,その出資持分は,一身専属的なものではなく,法令上又は定款上で一定の制限下にあるものの譲渡や相続が可能であるから,そこで出資持分の全部を一括して譲渡するという方法によりこの社団医療法人(の事業)そのものを譲渡することが可能であり,かつ実務上もそのようになされている。その際の譲渡の対価は,当然のことながら当該社団医療法人の企業価値(事業価値)による。
(2)しかるところ,出資持分の定めがある社団医療法人の場合には,一般的にいって,出資社員が同法人を細分化された割合的単位たる出資持分の口数において共同所有しているといえるから,結局,社団医療法人の企業価値(事業価値)も出資社員が出資持分の口数の割合において分有するということができる。その場合,当該社団医療法人の出資持分1口当たりの時価たる客観的交換価値は,上記によって算出される企業価値(事業価値)全体を出資持分の口数で除した金額にほかならない。しかも,この出資持分の客観的交換価値のいかんは,当該出資持分に定款などで何らかの制約が付されている場合であっても,社団医療法人の出資持分による支配の全部又は一部が確定的にはく奪されるなどの特別の事情がない限り基本的に左右されることはないというべきである。けだし,その場合であっても,出資社員への出資持分の払戻しや残余財産分配が法令上可能である以上は,出資社員のみが当該出資によってその企業価値(事業価値)の全体を分有する(いわば,当該社団医療法人の企業価値(事業価値)のすべてが出資持分に化体する。)という基本的構造は変わらないし,定款によって,出資持分の払戻しや残余財産分配請求権について制約条項が規定され,同時に,その条項の変更を禁止する条項(変更禁止条項)が規定されていても,定款そのものの変更権がはく奪されているものでない限りは,任意のときに法令で許容される範囲内において定款を変更してそれらの制約を取り除くことができることにより,結局,上記基本的構造が変わるとはいえないからである。しかも,以上のことは,他ならぬ出資社員自身や出資持分の譲受人など関係者からもよく認識されているというべきである。
(3)これを本件についてみるに,記録によれば,本件社団医療法人は,病院と精神障害者社会復帰施設福祉ホームを経営して,患者への施療保護,病院退院後の精神障害者への住宅の提供を目的とし,本件増資の平成10年5月30日当時,病院,福祉ホームを運営し,従業員255名を雇用し,直近の同年3月31日現在の決算では資産45億円余,負債38億円,純資産7億円余とされていたことが認められる。同法人は,持分の定めのある社団医療法人であり,その出資持分は社員(被上告人らがその地位にある。)において本件増資後計200口を所有し,かつ,その出資持分は,定款上,社員総会の承認を要するものの譲渡が可能とされ,一定の条件の下に相続も可能とされている。既に述べたところからも明らかなとおり,本件社団医療法人にも企業価値(事業価値)が認められるところ,被上告人ら出資社員は,本件増資時におけるその全体の企業価値(事業価値)を出資口数の割合で分有しているから,その時点における被上告人らの出資持分の1口当たりの客観的交換価値は,それを200で除した金額である。
 なるほど,本件定款では,出資持分の払戻しや残余財産分配請求権は運用財産のみによることとされ,かつ,この点についての定款条項の変更は禁止する旨の条項(変更禁止条項)が置かれ,一見,出資社員は基本財産については価値を享受し得ないがごとき外観を呈している。しかしながら,上記変更禁止規定自体を定款変更によって廃止することが法的には可能というべきであり,それどころか基本財産と運用財産との仕訳けは何らの制約もなく行うことができるようになっているのであるから,本件社団医療法人の出資持分の時価は,あくまで前記経営指標等によって算定される企業価値(事業価値)を基にするものであり,それら出資持分の払戻しや残余財産分配請求権を制約する規定や変更禁止規定,いわんや基本財産と運用財産との仕訳け状況によって基本的に左右されるものではない。しかも、そのことは,出資社員である被上告人らや本件出資持分を譲り受けるであろう者など関係者によって認識されているというべきである。したがって,本件増資当時の被上告人らの本件出資持分の時価を,運用財産の評価がマイナス17億円であるゆえをもって,出資金額たる5万円を上回ることはない(結局ゼロ程度とするのであろう。)と判示する原判決は,上記の出資持分について制約する定款規定と仕訳けに依拠するのみで,本件社団医療法人の企業価値(事業価値)が,経営指標(例えば,前記のとおり,増資時直近の純資産額が7億円余である。直前期の法人税の課税所得が約1億5000万円であることもうかがわれる。)等を基にして算定され,被上告人らはこのようにして算定された企業価値(事業価値)をそれぞれの出資持分の割合において分有しているという事実を看過しているといわざるを得ず,したがってそのような評価は本件出資持分の客観的交換価値から著しくかい離しているとの感がある(実際,原判決のこの時価の算定によれば,本件社団医療法人の出資持分全部の時価は,出資持分1口当たりの金額5万円を上回らない金額に口数の200を乗じた1000万円を上回らない金額,あるいはゼロ又はそれに近い金額で譲渡されるということになろうが,それは,現実離れした対価金額との感を免れない。なるほど,退社社員は,運用財産によってのみ出資持分の払戻しを受けるから,本件社団医療法人の運用財産がマイナスであるときは,計算上1円も払戻しを受けないということになる。だが,仮に退社しようとする社員がいるとしても,同人は,本件社団医療法人の出資持分の前記の意味での客観的交換価値を認識しているから,例えば1円の払戻しも受けないままに(あるいは僅少額の払戻しを受けて)出資持分を手放す(退社する)などということは,これまた現実にはほとんど考えられない。)。いわんや,本件定款その他よりして,基本財産と運用財産との仕訳けは何らの制約もなく行うことができることがうかがわれるのであって,そのことに照らすと,たやすく変わり得る仕訳けに依存して客観的な交換価値の評価を行うという点においても相当でないといえよう。
(4)そこで,本件出資持分の時価を導き出すべき本件社団医療法人自体の企業価値(事業価値)であるが,この場合,もちろん,それは,前記経営指標等を厳密に精査してこれを基にして算定することがより望ましいには違いないが,その算定自体が実は不確実な将来予測を前提とするものであるがゆえに具体的な算定方法となると確としたものが成立しているとはいい難く,他方において,大量,迅速,簡素な徴税費用による処理を求められる課税実務には,そのような経営指標等を基にして算出される企業価値(事業価値)から出資持分の時価評価を導き出すというような複雑な算定方法は適切でもないし可能でもないであろう。しかも,課税の公平性の確保という要請は最大限に満たされなければならないから,財産評価基本通達によるとの運用には特別の事情がない限り合理性が認められるというべきである。しかるところ,同通達194−2などによれば,医療法人の出資は「取引相場のない株式」の評価に準じて評価するものとされ,本件出資持分の評価は,本件社団医療法人が従業員100人以上であるということで類似業種比準方式による評価がなされる。既に述べたとおり,会社と社団医療法人との間では多くのかつ重要な点で共通の性質が認められる上,この評価方法では,本件出資持分1口当たりの年利益金額や純資産価額を基礎にし,かつ一定の掛け目(70%)が乗じられており,その一方で,このような評価方法を上回る適切な評価方法を他に見いだし得ない以上,特別の事情がない限り,これによって処理することはやむを得ないというべきである。
(5)以上のとおり,本件出資持分1口について上告人が時価を379万円余と評価したことには不合理はなく,相続税法22条に反しない。これを1口当たり5万円の対価で取得したことをもって,被上告人らが著しく低い価額の対価で利益を受けたとしてみなし贈与税を課することに誤りはなく,よって,上告人が本件各処分を行ったことに違法はない。被上告人らの本件各処分取消しの請求は棄却されるべきである。

dp 東京地判平成14年3月26日判時1787号42頁・平成15年10月8日裁判上の和解。|高裁は、大銀行のみに対する外形標準課税につき、結論として地方税法72条の22第9項の均衡要件(いきなり税額を増やしすぎてはいけない)に照らし違法としているが、銀行という業種に限って(しかも大銀行に限って)外形標準課税をすることは地方税法上も許されるとしている。 また、憲法判断はそもそもしていない。

dq [浅妻]租税法を作るのが外国政府である場合、予測可能性が担保されていても、その租税法に従う気が失せる可能性がある(尤も、論証は難しいかもしれない)。ただし、外国の事情を度外視するわけにはいかず、自分たちで租税負担の配分を決するということを実現することは、難しくなっている。例えば、資本家に多く課税しようとすると、資本家が外国に移る可能性がある。

dr 租税法律主義の意義と機能 固定資産税名義人課税主義事件・最大判昭和30年3月23日民集9巻3号336頁

●課税年度中最も長い間所有者として登録されている者に納税義務を負わせる立法は妥当か?
●名義人課税主義の下、取引当事者はどのような注意をすべきか?
●XはAに対し固定資産税相当額の不当利得の返還を求めることができるか?

cf.東京地判平成24年7月5日平成23(行ウ)106号(請求棄却)…法人税法65条、法人税法施行令72条の5(現72条の3)は使用人賞与の技術的、細目的規定であり租税法律主義・課税要件法定主義に違反しない。

最高裁判所大法廷
昭和28年(オ)第616号
昭和30年03月23日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
 上告人の上告理由について
 論旨は土地の固定資産税の納税義務者は、同税の納期において真実の土地所有権者と解すべきであるにもかかわらず、地方税法の関係条規を右と異つて原判決のように解するとすれば、原判決は憲法一一条、一二条、一四条、二九条、三〇条、六五条に違反すると主張するのである。よつて地方税法の関係条規を見ると、土地の固定資産税は土地の所有者に課せられるけれども、土地所有者とはその年度の初日の属する年の一月一日現在において、土地台帳若しくは土地補充課税台帳に所有者として登録されている者をいい(地方税法三四三条、三五九条)従つてその年の一月一日に所有者として登録されていれば、それだけで固定資産税の納税義務者として法律上確定されるから、四月一日に始まるその年度における納期において土地所有権を有する者であると否とにかかわらず、同年度内は納税義務者にかわりがないことになつている。かように地方税法は固定資産税の納税義務者を決定するのに課税の便宜のため形式的な標準を採用していることがうかがわれるのである。
 おもうに民主政治の下では国民は国会におけるその代表者を通して、自ら国費を負担することが根本原則であつて、国民はその総意を反映する租税立法に基いて自主的に納税の義務を負うものとされ(憲法三〇条参照)その反面においてあらたに租税を課し又は現行の租税を変更するには法律又は法律の定める条件によることが必要とされているのである(憲法八四条)。されば日本国憲法の下では、租税を創設し、改廃するのはもとより、納税義務者、課税標準、徴税の手続はすべて前示のとおり法律に基いて定められなければならないと同時に法律に基いて定めるところに委せられていると解すべきである。それ故地方税法が地租を廃して土地の固定資産税を設け、そして所有権の変動が頻繁でない土地の性格を考慮し、主として徴税の便宜に着眼してその賦課期日を定めることとしても、その当否は立法の過程において審議決定されるところに一任されているものと解すべく、従つて一月一日現在において土地所有者として登録されている者を納税義務者と確定し、その年度における納期において所有権を有する者であると否とを問わないこととした地方税法三四三条、三五九条の規定は前記憲法の諸条規に適合して定められていること明であつて、所論は結局独自の立法論にすぎない。もつとも原判決が本件固定資産税の賦課方法を公共の福祉による制約として説示したのは妥当を欠くきらいがないではないが、所論関係条規が憲法に違反していないとしたその判示は結局正当であつて所論の違法はないから論旨は採用できない。
 よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

ds 最高裁判所第三小法廷令和2年(行ヒ)第283号
令和4年4月19日判決
       判   決
当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり
 上記当事者間の東京高等裁判所令和元年(行コ)第239号相続税更正処分等取消請求事件について、同裁判所が令和2年6月24日に言い渡した判決に対し、上告人らから上告があった。よって、当裁判所は、次のとおり判決する。
       主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
上告代理人増田英敏、上告復代理人大山勉、上告補佐人戸井敏夫の上告受理申立て理由について
1 本件は、共同相続人である上告人らが、相続財産である不動産の一部について、財産評価基本通達(昭和39年4月25日付け直資56、直審(資)17国税庁長官通達。以下「評価通達」という。)の定める方法により価額を評価して相続税の申告をしたところ、札幌南税務署長から、当該不動産の価額は評価通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められるから別途実施した鑑定による評価額をもって評価すべきであるとして、それぞれ更正処分(以下「本件各更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件各賦課決定処分」という。)を受けたため、被上告人を相手に、これらの取消しを求める事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
(1)相続税法22条は、同法第3章で特別の定めのあるものを除くほか、相続等により取得した財産の価額は当該財産の取得の時における時価により、当該財産の価額から控除すべき債務の金額はその時の現況による旨を規定する。
(2)評価通達1(2)は、時価とは課税時期(相続等により財産を取得した日等)においてそれぞれの財産の現況に応じ不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいい、その価額は評価通達の定めによって評価した価額による旨を定める。他方、評価通達6は、評価通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は国税庁長官の指示を受けて評価する旨を定める。
(3)A(以下「被相続人」という。)は、平成24年6月17日に94歳で死亡し、上告人らほか2名(以下「共同相続人ら」という。)がその財産を相続により取得した(以下、この相続を「本件相続」という。)。
 被相続人の相続財産には、第1審判決別表1記載の土地及び同別表2記載の建物(以下、併せて「本件甲不動産」という。)並びに同別表3記載の土地及び建物(以下、併せて「本件乙不動産」といい、本件甲不動産と併せて「本件各不動産」という。)が含まれていたところ、これらについては、被相続人の遺言に従って、上告人らのうちの1名が取得した。なお、同人は、平成25年3月7日付けで、本件乙不動産を代金5億1500万円で第三者に売却した。
(4)本件各不動産が被相続人の相続財産に含まれるに至った経緯等は、次のとおりである。
ア 被相続人は、平成21年1月30日付けで信託銀行から6億3000万円を借り入れた上、同日付けで本件甲不動産を代金8億3700万円で購入した。
イ 被相続人は、平成21年12月21日付けで共同相続人らのうちの1名から4700万円を借り入れ、同月25日付けで信託銀行から3億7800万円を借り入れた上、同日付けで本件乙不動産を代金5億5000万円で購入した。
ウ 被相続人及び上告人らは,上記ア及びイの本件各不動産の購入及びその購入資金の借入れ(以下、併せて「本件購入・借入れ」という。)を、被相続人及びその経営していた会社の事業承継の過程の一つと位置付けつつも、本件購入・借入れが近い将来発生することが予想される被相続人からの相続において上告人らの相続税の負担を減じ又は免れさせるものであることを知り、かつ、これを期待して、あえて企画して実行したものである。 
エ 本件購入・借入れがなかったとすれば、本件相続に係る相続税の課税価格の合計額は6億円を超えるものであった。
(5)本件各更正処分及び本件各賦課決定処分の経緯は、次のとおりである。
ア 上告人らは、本件相続につき、評価通達の定める方法により、本件甲不動産の価額を合計2億0004万1474円、本件乙不動産の価額を合計1億3366万4767円と評価した上(以下、これらの価額を併せて「本件各通達評価額」という。)、平成25年3月11日、札幌南税務署長に対し、本件各通達評価額を記載した相続税の申告書を提出した。上記申告書においては、課税価格の合計額は2826万1000円とされ、基礎控除の結果、相続税の総額は0円とされていた。
イ 国税庁長官は、札幌国税局長からの上申を受け、平成28年3月10日付けで、同国税局長に対し、本件各不動産の価額につき、評価通達6により、評価通達の定める方法によらずに他の合理的な方法によって評価することとの指示をした。
ウ 札幌南税務署長は、上記指示により、平成28年4月27日付けで、上告人らに対し、不動産鑑定士が不動産鑑定評価基準により本件相続の開始時における本件各不動産の正常価格として算定した鑑定評価額に基づき、本件甲不動産の価額が合計7億5400万円、本件乙不動産の価額が合計5億1900万円(以下、これらの価額を併せて「本件各鑑定評価額」という。)であることを前提とする本件各更正処分(本件相続に係る課税価格の合計額を8億8874万9000円、相続税の総額を2億4049万8600円とするもの)及び本件各賦課決定処分をした。
3 原審は、上記事実関係等の下において、本件各不動産の価額については、評価通達の定める方法により評価すると実質的な租税負担の公平を著しく害し不当な結果を招来すると認められるから、他の合理的な方法によって評価することが許されると判断した上で、本件各鑑定評価額は本件各不動産の客観的な交換価値としての時価であると認められるからこれを基礎とする本件各更正処分は適法であり、これを前提とする本件各賦課決定処分も適法であるとした。所論は、原審の上記判断には相続税法22条等の法令の解釈適用を誤った違法があるというものである。
4(1)相続税法22条は、相続等により取得した財産の価額を当該財産の取得の時における時価によるとするが、ここにいう時価とは当該財産の客観的な交換価値をいうものと解される。そして、評価通達は、上記の意味における時価の評価方法を定めたものであるが、上級行政機関が下級行政機関の職務権限の行使を指揮するために発した通達にすぎず、これが国民に対し直接の法的効力を有するというべき根拠は見当たらない。そうすると、相続税の課税価格に算入される財産の価額は、当該財産の取得の時における客観的な交換価値としての時価を上回らない限り、同条に違反するものではなく、このことは、当該価額が評価通達の定める方法により評価した価額を上回るか否かによって左右されないというべきである。
 そうであるところ、本件各更正処分に係る課税価格に算入された本件各鑑定評価額は、本件各不動産の客観的な交換価値としての時価であると認められるというのであるから、これが本件各通達評価額を上回るからといって、相続税法22条に違反するものということはできない。
(2)ア 他方、租税法上の一般原則としての平等原則は、租税法の適用に関し、同様の状況にあるものは同様に取り扱われることを要求するものと解される。そして、評価通達は相続財産の価額の評価の一般的な方法を定めたものであり、課税庁がこれに従って画一的に評価を行っていることは公知の事実であるから、課税庁が、特定の者の相続財産の価額についてのみ評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることは、たとえ当該価額が客観的な交換価値としての時価を上回らないとしても、合理的な理由がない限り、上記の平等原則に違反するものとして違法というべきである。もっとも、上記に述べたところに照らせば、相続税の課税価格に算入される財産の価額について、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、合理的な理由があると認められるから、当該財産の価額を評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることが上記の平等原則に違反するものではないと解するのが相当である。
イ これを本件各不動産についてみると、本件各通達評価額と本件各鑑定評価額との間には大きなかい離があるということができるものの、このことをもって上記事情があるということはできない。
 もっとも、本件購入・借入れが行われなければ本件相続に係る課税価格の合計額は6億円を超えるものであったにもかかわらず、これが行われたことにより、本件各不動産の価額を評価通達の定める方法により評価すると、課税価格の合計額は2826万1000円にとどまり、基礎控除の結果、相続税の総額が0円になるというのであるから、上告人らの相続税の負担は著しく軽減されることになるというべきである。そして、被相続人及び上告人らは、本件購入・借入れが近い将来発生することが予想される被相続人からの相続において上告人らの相続税の負担を減じ又は免れさせるものであることを知り、かつ、これを期待して、あえて本件購入・借入れを企画して実行したというのであるから、租税負担の軽減をも意図してこれを行ったものといえる。そうすると、本件各不動産の価額について評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことは、本件購入・借入れのような行為をせず、又はすることのできない他の納税者と上告人らとの間に看過し難い不均衡を生じさせ、実質的な租税負担の公平に反するというべきであるから、上記事情があるものということができる。
ウ したがって、本件各不動産の価額を評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることが上記の平等原則に違反するということはできない。
5 以上によれば、本件各更正処分において、札幌南税務署長が本件相続に係る相続税の課税価格に算入される本件各不動産の価額を本件各鑑定評価額に基づき評価したことは、適法というべきである。所論の点に関する原審の判断は、以上の趣旨をいうものとして是認することができる。論旨は採用することができない。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

dt  現実社会において全ての取引についての課税結果が明らかにされているわけではない。事前に租税法によって租税負担を明らかにしようとすることにも、コストがかかる。その妥協点がどこにあるのか、まだ明らかにされているとはいいがたく、しかも、効率性のみの観点から妥協点を見出すことが憲法論の観点から許される保証もない。 参照:渡辺智之「租税回避――経済学的視点から」ジュリスト1253号200頁(2003)。その他、明確性・簡素性について、増井良啓「「簡素」は税制改革の目標か」国家学会雑誌107巻548頁(1994);岡村忠生「租税法律主義とソフトロー」税法学563号141-162頁(2010.5)等。
 実務家としては、予め税務署に課税結果について尋ねる(事前確認制度)こともあるし(§140.03アドヴァンス・ルーリング参照)、権威ある学者の書物に依拠するということもあろう。なお、所謂お役人が書いた立法解説書の解説について納税者側が不満に思う(訴訟を起こせば勝つ見込みもあると考える)場合でも、解説書の記述に従うことは多いようである。が、近年、納税者側ががちんこで法解釈について訴訟も辞さない大型税務案件が目立ってきている気もする。
 参照:ケースブック133頁レポ取引事件・東京地判平成19年4月17日判時1986号23頁・東京高判平成20年3月12日金判1290号32頁(上告不受理)…再売買に伴う差金が利子として源泉徴収課税の対象になるかが争われた。納税者側は課税当局と争うことを予め覚悟していたと思われる。裁判所の結論は、利子でないというもの、つまり納税者側勝訴。レポにつき宮崎裕子「いわゆるレポ取引の進化と課税」ジュリスト1253号122頁(2003)等参照。

du 4版§124.01納税義務者と租税行政庁間の合意 贈与税年賦延納契約事件・福岡地判昭和25年4月18日行集1巻4号581頁
 贈与税延納規定がない中で、年賦(分割払い)延納をしようとした事例。
 後にY税務署長が年賦延納許可取消処分。
 判決:年賦延納許可は無効。税務署長はいつでも取り消すべき。
信義誠実の原則・禁反言の法則[法理]の適用もなし。
 和解について参照:渡辺裕泰「租税法における和解」中山信弘編集代表・中里実編『政府規制とソフトロー』(有斐閣2008)209頁;松原有里「租税法上の和解・仲裁手続」金子宏編『租税法の発展』425頁(有斐閣、2010)等。
 東京地判平成27年1月19日平成25(ワ)6342号棄却:原告は、被告(小平市)が、固定資産税の課税標準価格の評価にあたり、当時原告の母所有であった7筆の土地と第三者所有であった2筆の土地の合計9筆の土地につき、原告所有の診療所兼居宅の建物の敷地として、一画地と認定したことにより、以後原告がこれら9筆の土地の固定資産税及び都市計画税を負担させられたとした上で、上記土地の付近一帯は、被告が半世紀以上にわたって地籍調査を怠ってきた結果、広範囲にわたって公図と現況が大きくずれている地図混乱地域であり、このような広範囲にわたるずれを個人の力で修正することは事実上不可能であるから、被告としては、地籍調査を行うこと、地方税法381条7項で認められている登記所への申出を行うこと等、固定資産の「公正な評価」を行うための具体策を採るべきであったにもかかわらず、このような具体策を講じることなく、「各筆ごとの現況地積を記載した土地使用状況申告書を提出せよ」と不可能な要求を繰り返し、その要求に応じることができない原告に対し課税地積の約1.7倍もの登記地積を基にした課税を強いてきたと主張して、過大納税額相当の損害賠償を求めるなどした事案で、過大な課税を原因とする国家賠償請求は、和解契約の効力により請求権が消滅したものとされるから、いずれの損害賠償請求も理由がないなどとして原告の請求を棄却した事例。
 5版§124.01条例による自動車税の減免 自動車税減免申請事件・最判平成22年7月6日判時2091号44頁

dv 証拠との距離の関係で議論の余地あり。(cf. アメリカでは納税者側が立証責任を負う) 参照:小柳誠「税務訴訟における立証責任―裁判例の検討を通して―」税大論叢50号313頁…立証責任が決め手となることは少ないのではないか。
 民事損害賠償や刑事事件では立証責任が決定的に重要(例:痴漢被害告訴と誣告罪・名誉毀損)である一方、租税法律家はそれほど熱心には立証責任について論じてこなかったように思われる。法解釈が主戦場となることが多いためか?

dw 金子宏「市民と租税」『岩波現代法講座』8巻317頁(1966)参照。
(ケースブック2版§125.01)沖縄生鮮魚介類事件・福岡高那覇支判昭和48年10月31日訟月19巻13号220頁…最高裁判例でもないし違憲とも言っていないが、違憲の例に近いかもしれない。
 1958〜1964年 納付義務のない物品税を納付
 1964年法改正:1958年以来課税物品表に掲げられていた場合と同じようにする
一審(那覇地判昭和44年4月2日訟月19巻13号231頁):原告に損失はなく、不当利得返還請求権はない。(一審の論法に賛成するか? また、賛成したとして、一般消費者が不当利得返還請求権を有するか?という論点も興味深い)
二審:過去、課税の根拠なくして徴収した税金の還付を不要にするための立法であって認められない。不当利得返還請求認容。

dx 千葉地判平成20年5月16日平成19年(行ウ)15号(合憲)・東京高判平成20年12月4日平成20年(行コ)236号(合憲)の上告審として最判平成23年9月22日平成21年(行ツ)73号(合憲・一小)
東京地判平成20年2月14日判タ1301号210頁(合憲)・東京高判平成21年3月11日訟月56巻2号176頁(合憲)の上告審として最二小判平成23年9月30日平成21年(行ツ)173号(合憲)
福岡地判平成20年1月29日判時2003号43頁(違憲)・§125.01福岡高判平成20年10月21日判時2035号20頁(合憲・確定)

通知処分取消請求事件
最高裁判所第一小法廷平成21年(行ツ)第73号
平成23年9月22日判決
主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理   由
 上告代理人山田二郎,同小池信行,同井上康一の上告理由について
1 本件は,平成16年法律第14号(以下「改正法」という。)による租税特別措置法(以下「措置法」という。)31条の改正により,同条1項所定の長期譲渡所得の金額の計算上生じた損失の金額を他の各種所得の金額から控除する損益通算を認めないこととされ,上記改正後の同条の規定は平成16年1月1日以後に行う土地等又は建物等の譲渡について適用するものとされたこと(改正法附則27条1項)につき,同月30日にその所有する土地の売買契約を締結するなどして同年分の長期譲渡所得の金額の計算上損失を生じた上告人が,改正法がその施行日である同年4月1日より前にされた土地等又は建物等の譲渡についても上記損益通算を認めないこととしたのは納税者に不利益な遡及立法であって憲法84条に違反する等と主張し,所轄税務署長が上告人に生じた上記損失について上記損益通算を認めず上告人の同年分の所得税に係る更正の請求に対し更正をすべき理由がない旨の通知処分をしたのは違法であるとして,その取消しを求める事案である。
2 改正法による改正前の措置法(以下「改正前措置法」という。)31条においては,個人がその有する土地等又は建物等でその年1月1日において所有期間が5年を超えるものの譲渡(以下「長期譲渡」という。)をした場合には,これによる譲渡所得については他の所得と区分し,その年中の長期譲渡所得の金額から同条4項に定める特別控除額を控除した金額に対して所得税を課する分離課税を行うこととされ(同条1項),長期譲渡が平成10年1月1日から同15年12月31日までの間にされた場合の長期譲渡所得に係る所得税の税率は20%とされていた(同条2項)。他方,長期譲渡所得の金額の計算上生じた損失の金額がある場合には,当該金額を他の各種所得の金額から控除する損益通算が認められていた(同条5項2号,所得税法69条1項。以下,この損益通算を「長期譲渡所得に係る損益通算」という。)。
 これに対し,上記改正後の措置法(以下「改正後措置法」という。)31条においては,長期譲渡所得に係る所得税の税率が15%に軽減される一方で,上記特別控除額の控除が廃止され,また,長期譲渡所得の金額の計算上生じた損失の金額がある場合に,所得税法その他所得税に関する法令の規定の適用については,当該損失の金額は生じなかったものとみなすものとされ,長期譲渡所得に係る損益通算を認めないこととされた(同条1項,3項2号。以下,この損益通算の廃止を「本件損益通算廃止」という。)。そして,改正法は平成16年4月1日から施行されたが,上記改正後の同条の規定は同年1月1日以後に行う土地等又は建物等の譲渡について適用するものとされた(改正法附則27条1項。以下,同項の規定のうち本件損益通算廃止に係る部分を「本件改正附則」という。)。
3 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)平成12年以降,政府税制調査会や国土交通省の「今後の土地税制のあり方に関する研究会」等において,操作性の高い投資活動等から生じた損失と事業活動等から生じた所得との損益通算の制限,地価下落等の土地をめぐる環境の変化を踏まえた税制及び他の資産との均衡を失しない市場中立的な税体系の構築等について検討の必要性が指摘されていたところ,平成15年12月17日に取りまとめられた与党の平成16年度税制改正大綱では,平成16年分以降の所得税につき長期譲渡所得に係る損益通算を廃止する旨の方針が決定され,翌日の新聞で上記方針を含む上記大綱の内容が報道された。そして,平成16年1月16日には上記大綱の方針に沿った政府の平成16年度税制改正の要綱が閣議決定され,これに基づいて本件損益通算廃止を改正事項に含む法案として立案された所得税法等の一部を改正する法律案が,同年2月3日に国会に提出された後,同年3月26日に成立して同月31日に改正法として公布され,同年4月1日から施行された。
 なお,平成16年分以降の所得税につき長期譲渡所得に係る損益通算を廃止する旨の方針を含む上記大綱の内容について上記の新聞報道がされた直後から,資産運用コンサルタント,不動産会社,税理士事務所等が開設するホームページ上に次々と,値下がり不動産の平成15年中の売却を勧める記事が掲載されるなどした。 (2)上告人は,平成5年4月以来所有する土地を譲渡する旨の売買契約を同16年1月30日に締結し,これを同年3月1日に買主に引渡した。
 上告人は,平成17年9月,平成16年分の所得税の確定申告書を所轄税務署長に提出したが、その後,上記譲渡によって長期譲渡所得の金額の計算上生じた損失の金額については他の各種所得との損益通算が認められるべきであり,これに基づいて税額の計算をすると還付がされることになるとして,更正の請求をした。これに対し,所轄税務署長は,平成18年2月,更正をすべき理由がない旨の通知処分をし,上告人からの異議申立て及び審査請求はいずれも棄却された。
4(1)所得税の納税義務は暦年の終了時に成立するものであり(国税通則法15条2項1号),措置法31条の改正等を内容とする改正法が施行された平成16年4月1日の時点においては同年分の所得税の納税義務はいまだ成立していないから,本件損益通算廃止に係る上記改正後の同条の規定を同年1月1日から同年3月31日までの間にされた長期譲渡に適用しても,所得税の納税義務自体が事後的に変更されることにはならない。しかしながら,長期譲渡は既存の租税法規の内容を前提としてされるのが通常と考えられ,また,所得税が1暦年に累積する個々の所得を基礎として課税されるものであることに鑑みると,改正法施行前にされた上記長期譲渡について暦年途中の改正法施行により変更された上記規定を適用することは,これにより,所得税の課税関係における納税者の租税法規上の地位が変更され,課税関係における法的安定に影響が及び得るものというべきである。
(2)憲法84条は,課税要件及び租税の賦課徴収の手続が法律で明確に定められるべきことを規定するものであるが,これにより課税関係における法的安定が保たれるべき趣旨を含むものと解するのが相当である(最高裁平成12年(行ツ)第62号,同年(行ヒ)第66号同18年3月1日大法廷判決・民集60巻2号587頁参照)。そして,法律で一旦定められた財産権の内容が事後の法律により変更されることによって法的安定に影響が及び得る場合における当該変更の憲法適合性については,当該財産権の性質,その内容を変更する程度及びこれを変更することによって保護される公益の性質などの諸事情を総合的に勘案し,その変更が当該財産権に対する合理的な制約として容認されるべきものであるかどうかによって判断すべきものであるところ(最高裁昭和48年(行ツ)第24号同53年7月12日大法廷判決・民集32巻5号946頁参照),上記(1)のような暦年途中の租税法規の変更及びその暦年当初からの適用によって納税者の租税法規上の地位が変更され,課税関係における法的安定に影響が及び得る場合においても,これと同様に解すべきものである。なぜなら,このような暦年途中の租税法規の変更にあっても,その暦年当初からの適用がこれを通じて経済活動等に与える影響は,当該変更の具体的な対象,内容,程度等によって様々に異なり得るものであるところ,上記のような租税法規の変更及び適用も,最終的には国民の財産上の利害に帰着するものであって,その合理性は上記の諸事情を総合的に勘案して判断されるべきものであるという点において,財産権の内容の事後の法律による変更の場合と同様というべきだからである。
 したがって,暦年途中で施行された改正法による本件損益通算廃止に係る改正後措置法の規定の暦年当初からの適用を定めた本件改正附則が憲法84条の趣旨に反するか否かについては,上記の諸事情を総合的に勘案した上で,このような暦年途中の租税法規の変更及びその暦年当初からの適用による課税関係における法的安定への影響が納税者の租税法規上の地位に対する合理的な制約として容認されるべきものであるかどうかという観点から判断するのが相当と解すべきである。
(3)そこで,以下,本件における上記諸事情についてみることとする。
 まず,改正法による本件に係る措置法の改正内容は前記2のとおりであるところ,上記改正は,長期譲渡所得の金額の計算において所得が生じた場合には分離課税がされる一方で,損失が生じた場合には損益通算がされることによる不均衡を解消し,適正な租税負担の要請に応え得るようにするとともに,長期譲渡所得に係る所得税の税率の引下げ等とあいまって,使用収益に応じた適切な価格による土地取引を促進し,土地市場を活性化させて,我が国の経済に深刻な影響を及ぼしていた長期間にわたる不動産価格の下落(資産デフレ)の進行に歯止めをかけることを立法目的として立案され,これらを一体として早急に実施することが予定されたものであったと解される。また,本件改正附則において本件損益通算廃止に係る改正後措置法の規定を平成16年の暦年当初から適用することとされたのは,その適用の始期を遅らせた場合,損益通算による租税負担の軽減を目的として土地等又は建物等を安価で売却する駆け込み売却が多数行われ,上記立法目的を阻害するおそれがあったため,これを防止する目的によるものであったと解されるところ,平成16年分以降の所得税に係る本件損益通算廃止の方針を決定した与党の平成16年度税制改正大綱の内容が新聞で報道された直後から,資産運用コンサルタント,不動産会社,税理士事務所等によって平成15年中の不動産の売却の勧奨が行われるなどしていたことをも考慮すると,上記のおそれは具体的なものであったというべきである。そうすると,長期間にわたる不動産価格の下落により既に我が国の経済に深刻な影響が生じていた状況の下において,本件改正附則が本件損益通算廃止に係る改正後措置法の規定を暦年当初から適用することとしたことは,具体的な公益上の要請に基づくものであったということができる。
 そして,このような要請に基づく法改正により事後的に変更されるのは,上記(1)によると,納税者の納税義務それ自体ではなく,特定の譲渡に係る損失により暦年終了時に損益通算をして租税負担の軽減を図ることを納税者が期待し得る地位にとどまるものである。納税者にこの地位に基づく上記期待に沿った結果が実際に生ずるか否かは,当該譲渡後の暦年終了時までの所得等のいかんによるものであって,当該譲渡が暦年当初に近い時期のものであるほどその地位は不確定な性格を帯びるものといわざるを得ない。また,租税法規は,財政・経済・社会政策等の国政全般からの総合的な政策判断及び極めて専門技術的な判断を踏まえた立法府の裁量的判断に基づき定立されるものであり,納税者の上記地位もこのような政策的,技術的な判断を踏まえた裁量的判断に基づき設けられた性格を有するところ,本件損益通算廃止を内容とする改正法の法案が立案された当時には,長期譲渡所得の金額の計算において損失が生じた場合にのみ損益通算を認めることは不均衡であり,これを解消することが適正な租税負担の要請に応えることになるとされるなど,上記地位について政策的見地からの否定的評価がされるに至っていたものといえる。
 以上のとおり,本件損益通算廃止に係る改正後措置法の規定の暦年当初からの適用が具体的な公益上の要請に基づくものである一方で,これによる変更の対象となるのは上記のような性格等を有する地位にとどまるところ,本件改正附則は,平成16年4月1日に施行された改正法による本件損益通算廃止に係る改正後措置法の規定を同年1月1日から同年3月31日までの間に行われた長期譲渡について適用するというものであって,暦年の初日から改正法の施行日の前日までの期間をその適用対象に含めることにより暦年の全体を通じた公平が図られる面があり,また,その期間も暦年当初の3か月間に限られている。納税者においては,これによって損益通算による租税負担の軽減に係る期待に沿った結果を得ることができなくなるものの,それ以上に一旦成立した納税義務を加重されるなどの不利益を受けるものではない。 (4)これらの諸事情を総合的に勘案すると,本件改正附則が,本件損益通算廃止に係る改正後措置法の規定を平成16年1月1日以後にされた長期譲渡に適用するものとしたことは,上記のような納税者の租税法規上の地位に対する合理的な制約として容認されるべきものと解するのが相当である。したがって,本件改正附則が,憲法84条の趣旨に反するものということはできない。また,以上に述べたところは,法律の定めるところによる納税の義務を定めた憲法30条との関係についても等しくいえることであって,本件改正附則が,同条の趣旨に反するものということもできない。以上のことは,前掲各大法廷判決の趣旨に徴して明らかというべきである。所論の点に関する原審の判断は,以上の趣旨をいうものとして,是認することができる。論旨は採用することができない。
 なお,論旨は,上告人がした長期譲渡につき,本件改正附則によって本件損益通算廃止に係る改正後措置法の規定を適用することの違憲をもいうが,その実質は本件改正附則自体の法令としての違憲をいうものにほかならず,それとは別に違憲をいう前提を欠くものであって,民訴法312条1項及び2項に規定する事由のいずれにも該当しない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 金築誠志 裁判官 宮川光治 裁判官 櫻井龍子 裁判官 横田尤孝 裁判官 白木勇)

参照:最判平成23年9月30日判時2132号39頁
裁判官須藤正彦の補足意見は,次のとおりである。
 私は,法廷意見に賛成するものであるが,納税者の経済活動等における法的安定性や予測可能性などの観点から,少しく補足しておきたい。
1 課税要件及び租税の賦課徴収手続が法律で明確に定められなければならないとする租税法律主義の下で,国民は,現在の租税法規に基づく課税関係に依拠して経済活動等を行うものであるから,そこにおける法的安定性や予測可能性を保護すべきことは,これを規定する憲法84条の趣旨から導かれる。そして,憲法は,個人の尊厳を基本理念として幸福追求の権利を規定し(13条),また,個人の財産権を保障している(29条)のであるから,個人が現行の租税法規を信頼し課税されるか否かを判断して経済活動等を行い,このことを通じて幸福を追求する自由がみだりに侵されてはならず,また,国等と個人との間の租税に係る財産上の権利義務関係がみだりに覆されてはならないというべきである。したがって,本件損益通算廃止の暦年当初からの適用を定めた本件改正附則が,納税者の経済活動等における法的安定性や予測可能性に関する租税法規上の地位の合理的な制約として容認されるかどうかは,上記の視点にも留意した上で判断されるべきである。
2 所得税は,暦年の終了時に納税義務が成立するいわゆる期間税であって,長期譲渡所得に係る損益通算がなされる場合の所得税額は,暦年末日までに累積した各種所得金額についてこれを行うことによって定まる。この場合,暦年末日との間隔で,それに近い時点であるほどに,各種所得の累積結果の見通しは確定的になるといえるから,所得税額の見通しもまた確定的になり,納税者の長期譲渡所得に係る損益通算に関しての期待的地位は,いわば納税義務が成立したときに準ずる状態として形成されて来るといえ,納税者の経済活動等も当然これに対応したものになると思われる。このような場合には,納税者は,この損益通算が廃止され,しかもそれが暦年当初から適用されるような立法などがなされることはないだろうと信頼してもいよう。そうすると,暦年末日に近い時期,例えば,11月か12月頃に,それまでの格別の周知が施されていない状況下で,そのような立法をなすことは,通常,納税者の経済活動等における法的安定性や予測可能性を著しく害する上,法に対する国民の信頼を失わしめ,個人の尊厳や財産権の保障の趣旨に背馳するともいえるから,憲法84条の趣旨及び憲法13条,29条の視点に照らして重大な疑義がある。損益通算廃止規定を暦年当初から適用することによって保護される公益などが厳格に明らかにされない限り,そのような立法は,裁量の範囲を逸脱するものとして,憲法84条に反し,憲法13条,29条の視点からみてもそぐわないことになり得るというべきである。また,その変更の時期が年央(6,7月頃)であるような場合も,半年という経済活動等の期間は一つのまとまりをなし,そこで各種所得の累積結果に従って所得税額の見通しも立って来ているといえようから,損益通算廃止を暦年当初から適用することによって保護される公益などの一層の具体性が要求され,これが明らかにされないと違憲の疑いが生じることがあるというべきである。
3 しかるところ,本件改正附則を含む改正法は平成16年3月に成立し,施行日を同年4月1日とするものであるから,立法の時期が暦年の末日の近接日あるいは年央であるがゆえに違憲であるとの疑いは生じない。のみならず,改正法の法律案は,同年2月3日に国会に提出されたものであるから,暦年初日(1月1日)からその国会提出日までの1か月と3日ほどの間は,長期譲渡所得に係る損益通算を前提に行動している納税者の経済活動等における法的安定性や予測可能性を損なうことは否めないものの,その国会提出日以降は,本件損益通算廃止の暦年当初からの適用の旨が客観的に明らかにされているといえるから,同法案が根本的な修正を受け,あるいは廃案となるであろうことが確実に予想されるなどの特段の事情が認められない限り,納税者は,その日以降は損益通算廃止を前提として行動し,不測の不利益が生じないで済むということが可能になるともいえる。他方において,同法の適用時期をその施行日以降とした場合は,法律案の国会提出日以降法律施行日までの間の駆け込み売却を防止できないことになるであろうし,法律案国会提出日に先立ってなるべく長期間にわたって周知すれば,今度は周知期間中の駆け込み売却を招来させることになるであろうから,いずれの方法も採り得ないであろう。しかも,その2月3日までの時点で予測されている暦年末日までの各種所得の累積結果に従った所得税額はいまだ不確定的で,それについての信頼を保護しなければならない程度は必ずしも大きくはないともいい得るから,長期譲渡所得に係る損益通算を前提に経済活動等をしている納税者の法的安定性や予測可能性を損なう程度も大きいとはいえないと評価し得る。のみならず,本件損益通算廃止を含む改正法の立法目的は,わが国経済の活性化にある。雇用の場が確保され,福祉が充実することは,国民が健康で文化的な生活を営むために不可欠であり,経済が活性化することはその必須の前提基盤であるから,措置法の改正は,重要な公共的利益を図るものであり,その趣旨は法廷意見に記され,相当程度に具体的に明らかにされているというべきである。しかも,同一年度の所得税課税が,損益通算が適用される場合とされない場合とが生じるとなると,実務上の混乱が避け難いであろうし,納税者間の不公平感を醸成することにもなるであろう。
 本件改正附則は,以上の意味において,納税者の租税法規上の地位に対する合理的な制約として容認され得るというべきである。
裁判官千葉勝美の補足意見は,次のとおりである。
 私は,本件改正附則が憲法84条の趣旨に反するものでないとする法廷意見に賛成するものであるが,税制改正との関係で,次の点を補足しておきたい。
1 長期譲渡所得に係る損益通算を認める措置は,今回の改正後措置法により廃止されるまで歴年にわたり認められてきた制度である。したがって、居住用以外の不動産を所有する者にとっては,それを長期譲渡として売却処分をするかどうか,いつ処分するかについては,処分により損失が生ずる場合には,それを損益通算できることを前提に判断してきたはずである。
 年度途中であっても,当該不動産につき長期譲渡の売却処分がされる時点でそれによる損失は明らかになるので,その年度において他に所得の発生することが見込まれている者は,損益通算の処理によりその分の課税が軽減されるという利益がその時点で確実なものとなっているのである。したがって,売却処分後に租税特別措置法が改正され,長期譲渡所得に係る損益通算の廃止が,年度当初の1月1日に遡って適用された場合は,いわば既得の利益が遡及的に立法により奪われるのに等しい状況が生ずることになる。また,納税者は,通常,売却処分時点で施行されている税制を前提にして,課税対象所得を計算し,損益通算による利益を考慮の上で経済活動を選択するのであり,損益通算の制度が売却処分より前の暦年当初に遡って廃止されることは,このような納税者に予期せぬ損害を被らせることになり,その額も多額に及ぶこともあり,その点で財産権を事後的に立法によって変更された場合と類似した状況となる。
2 もっとも,所得税がいわゆる期間税であり,暦年終了時に課税額が確定することから,本件損益通算廃止は,法律に基づき一旦成立した財産権を事後的に変更する場合と全く同じとはいえない。また,制度として長期譲渡所得につき損益通算を認めるか否かは,課税対象となる不動産の長期譲渡所得の範囲を定めるに際して損失をどう扱うかという税制上の政策的な判断により決められるものであるから,この制度は,その時点の社会的,経済的諸情勢,特に,不動産の価格の動向等の変動する諸要素により影響を受けるものであり,本来,恒常的なものではない。その意味で,この制度が改廃されることは予想され得るところであり,それが年度途中に改廃がされることもあり得るところであって,想定の範囲を超えるものとはいえない。これらの点を考慮すると,それが暦年当初からの遡及的な改廃であっても,このことが直ちに憲法84条の租税法律主義の趣旨に反するとはいえない。
3 しかしながら,法廷意見の述べるとおり,本件損益通算廃止を平成16年1月1日から適用するという政策決定は,その間の駆け込み売却により不動産価格の下落に拍車をかけ,我が国の不動産市況や経済の安定等に悪影響を与えるという事態を避けるためのものである。そうであれば,このような政策決定がされることについては,事前に周知させる必要があり,そうでなければ駆け込み売却の防止策としては意味のないことになろう。ところが,本件損益通算廃止は,平成15年12月18日の新聞による与党の平成16年度税制改正大綱についての報道記事の一部で紹介され,そのうちの一紙が,当該廃止に係る定めは平成16年分以後の所得税等について適用する趣旨が小さく報じられたのが最初であるが,その内容等からして,事前の周知としては甚だ不完全なものである。次に,同年1月16日に上記大綱の方針に沿った政府の同年度税制改正の要綱が閣議決定され,これに基づいて本件政策決定を盛り込んだ所得税等の一部を改正する法律案が国会に提出されたのは,同年2月3日である。納税者に対し本件損益通算廃止とそれが同年1月1日から適用になる旨を周知させ,そのような法改正が行われる蓋然性を踏まえて長期譲渡を行うべきか否かを検討するための十分な機会を与えたといえるのは,早くても2月3日の法案提出によってであろう。そうすると,1月1日から2月2日までの間の長期譲渡は,本件損益通算がされることを想定してされたもので上記の駆け込み売却には当たらない可能性があり得るところであり,そのような場合にまで本件損益通算廃止を適用することには,合理性,必要性に疑義が生じないではない。
 しかし,租税法規の適用は,客観的,形式的,画一的に平等に行うことが基本的に要請されるところであり,事案ごとに駆け込み売却かどうかを個別に判断して適用の有無を決めるといった判断が求められるような事態が生ずるのは避けるべきものである。また,法廷意見の述べるとおり,所得税は期間税としての性格を有し,暦年の全体を通じた公平を図るという要請もある。これらの点を考えると,暦年当初から本件損益通算廃止を適用したことに合理性,必要性がないとはいえないであろう。 4 そうはいっても,前に述べたように,納税者が不動産の長期譲渡を行うに際しては,その際の税制を前提に譲渡所得に対する課税額等を考慮するのは当然の経済活動であり,特に,本件のように,売買契約自体は既に前年(本件では前年の12月26日)に締結され,代金等の授受と登記移転・土地の引渡し等が当該年度(本件では2月26日)になったようなケース(すなわち,売買契約の締結が前年中にされているケース)についてまで,年度途中の本件損益通算廃止を年度当初に遡って適用させることは,不測の不利益を与えることにもなり,また,必ずしも駆け込み売却を防止するという効果も期待し難いところである。本件改正附則は,このようにいわば既得の利益を事後的に奪うに等しい税制改正の性格を帯びるものであるから、憲法84条の趣旨を尊重する観点からは,上記のようなケースは類型的にその適用から除外するなど,附則上の手当てをする配慮が望まれるところであったと考える。

dy 最高裁判所第一小法廷 昭和42年(行ツ)第57号 昭和48年04月26日
主文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由
 上告代理人宮崎正男の上告理由第一点ないし第三点について。
 一、論旨は、要するに、原判決が、本件土地建物は問題の譲渡前において訴外Aの所有であつたもので、上告人らの所有であつたことはなく、その売買行為もAが上告人らの名義を冒用したものであつて、譲渡による所得はすべて同人に帰属し、上告人らには全く無関係であつたとの事実を認定し、かつ、上告人Bが課税処分前の調査の段階において被上告人税務署長の許に出頭して右の事情を説明した旨の原審証人Cの証言を採用しながら、上告人らに本件土地建物に関する譲渡所得ありとしてなされた課税処分を無効でないとしたのは、理由不備の違法を免れず、また、行政事件訴訟法三条四項の解釈適用を誤り、ひいて憲法三〇条に違反するものである、というのである。
 二、よつて按ずるに、原判決引用の第一審判決の認定するところは、次のとおりである。
 被上告人は、昭和三七年一一月二〇日、第一審判決添付第一目録記載の(一)(二)土地の上告人B名義から訴外D、同Eへの譲渡、右(一)土地上の同(三)建物の上告人F名義から上告人B名義への譲渡につき、上告人らに昭和三五年中に譲渡所得を生じたとして、上告人Bに対し、同年度所得税(第一審判決一〇枚目表五、六行目に「昭和三七年度所得税」とあるのは、誤記と認める。)一一一万八四八〇円、加算税二七万九五〇〇円、上告人Fに対し、本件係争外の土地一筆の譲渡をも含めて、昭和三五年度所得税(第一審判決一二枚目表八行目に「昭和三七年度所得税」とあるのは、誤記と認める。)八二万五七一〇円、加算税二〇万六二五〇円の賦課の決定をしたが、右(一)(二)土地および(三)建物は、(一)(二)土地の譲渡前において、すべてAの所有であつた。しかるに、被上告人が(一)(二)および(三)建物の前記譲渡につき上告人らに譲渡所得ありとしたのは、以下述べるような事情のもとに、主として登記簿の記載に拠るものであつた。すなわち、上告人らは夫婦で、Aは上告人Fの姉の内縁の夫であるが、Aは、上告人らに無断で、自己所有(ただし、登記簿上は第三者名義)の(一)(二)土地につき、昭和二八年六月一〇日、上告人B名義に所有権移転請求権保全の仮登記を、また、同じく自己所有(ただし、登記簿上は第三者名義)の(三)の建物につき、昭和三二年(第一審判決六枚目表四行目に「昭和三〇年」とあるのは、誤記と認める。)一一月一三日、上告人F名義に所有権移転登記を経由した。その後、Aは、自己の債務を返済するため(一)(二)土地を売却する必要に迫られ、なお、(一)土地の売却には、同土地とその地上の(三)建物との所有名義人を同一にしておくことが有利と考えて、上告人ら名義の印章を無断購入して印鑑届をしたうえ、上告人ら名義の売買契約書、登記申請書、委任状等を偽造し、これを行使して、(一)土地につき昭和三五年九月一三日上告人Bに対する所有権移転の本登記を、(三)建物につき同日上告人Fより同Bに対する所有権移転登記を経由したうえ、(一)土地を同年一〇月二八日、代金八五〇万円でDに売り渡し、また、(二)土地につき同年一二月一三日上告人Bに対する所有権移転の本登記を経由したうえ、同月二四日、これを代金三九万五一〇〇円でEに売り渡した。被上告人は、主として登記簿の記載に依拠しつつ、これに買受人D、同Eに対する反面調査の結果を加え、さらに、昭和三六年三月一〇日および同三七年九月二〇日の二回にわたり上告人Bに出頭を求めたが応じなかつたとして、同年九月二六日、上告人らに対し昭和三五年度の譲渡所得の税額を通知したうえ、同三七年一一月二〇日本件の決定に及んだが、上告人らからは適法な異議申立期間内にその申立てがなかつた、というのである。
 三、これを要するに、(一)(二)土地は、いずれもAが、第三者名義で所有していたものを、ほしいままに、上告人B名義に所有権移転請求権保全の仮登記を経由し、その後七年余を経て同上告人名義に本登記を経由したうえ、同名義で他に売却し、また、(一)土地上の(三)建物は、同じくAが、第三者名義で所有していたものを、ほしいままに、上告人F名義に所有権移転登記を経由し、その後二年余を経て、同名義で上告人Bに対する所有権移転登記を経由して、(一)土地の売却の便宜を図つたものである、というのであつて、けつきよく、以上の各登記および(一)(二)土地の売却は、Aが上告人らに無断でしたことで、上告人らは、(一)(二)土地および(三)建物のいずれについても、これを所有したことはなく、したがつて、上告人ら名義でなされたこれら土地建物の譲渡のいずれについても、被上告人主張の譲渡所得を生ずるに由ないものであつた、というに帰着する。
 四、ところで、課税処分が法定の処分要件を欠く場合には、まず行政上の不服申立てをし、これが容れられなかつたときにはじめて当該処分の取消しを訴求すべきものとされているのであり、このような行政上または司法上の救済手続のいずれにおいても、その不服申立てについては法定期間の遵守が要求され、その所定期間を徒過した後においては、もはや当該処分の内容上の過誤を理由としてその効力を争うことはできないものとされている。
 課税処分に対する不服申立てについての右の原則は、もとより、比較的短期間に大量的になされるところの課税処分を可及的速やかに確定させることにより、徴税行政の安定とその円滑な運営を確保しようとする要請によるものであるが、この一般的な原則は、いわば通常予測されうるような事態を制度上予定したものであつて、法は、以上のような原則に対して、課税処分についても、行政上の不服申立手続の経由や出訴期間の遵守を要求しないで、当該処分の効力を争うことのできる例外的な場合の存することを否定しているものとは考えられない。すなわち、課税処分についても、当然にこれを無効とすべき場合がありうるのであつて、このような処分については、これに基づく滞納処分のなされる虞れのある場合等において、その無効確認を求める訴訟によつてこれを争う途も開かれているのである(行政事件訴訟法三六条)。
 もつとも、課税処分につき当然無効の場合を認めるとしても、このような処分については、前記のように、出訴期間の制限を受けることなく、何時まででも争うことができることとなるわけであるから、更正についての期間の制限等を考慮すれば、かかる例外の場合を肯定するについて慎重でなければならないことは当然であるが、一般に、課税処分が課税庁と被課税者との間にのみ存するもので、処分の存在を信頼する第三者の保護を考慮する必要のないこと等を勘案すれば、当該処分における内容上の過誤が課税要件の根幹についてのそれであつて、徴税行政の安定とその円滑な運営の要請を斟酌してもなお、不服申立期間の徒過による不可争的効果の発生を理由として被課税者に右処分による不利益を甘受させることが、著しく不当と認められるような例外的な事情のある場合には、前記の過誤による瑕疵は、当該処分を当然無効ならしめるものと解するのが相当である。
 五、これを本件についてみるに、上告人らは、前記のように、(一)(二)土地および(三)建物のいずれをも所有したことがなく、その真の譲渡人はAであり、したがつて、譲渡所得はほんらい同人に帰属し、上告人らについては全く発生していないのであるから、本件課税処分は、譲渡所得の全くないところにこれがあるものとしてなされた点において、課税要件の根幹についての重大な過誤をおかした瑕疵を帯有するものといわなければならない。
 そして、上告人らが本件課税処分を受けるに至つた事情についてみるのに、原審認定の事実関係を前提として考察すれば、本件課税処分の基礎資料となつたものは(一)(二)土地および(三)建物に関する登記簿の記載であるが、その登記手続は、Aの偽造した上告人らの印章、上告人ら名義の売買契約書、登記申請書、委任状等によるものであつて(Dに対する反面調査において提出されたのも、右の売買契約書および領収書等である。)、けつきよく、上告人らはAに名義を冒用されたのみで、本件課税処分の基礎資料となつた登記簿の記載の現出等につきいかなる原因を与えたものでもない、というに帰着する。
 要するに、上告人らとしては、いわば全く不知の間に第三者がほしいままにした登記操作によつて、突如として譲渡所得による課税処分を受けたことになるわけであり、かかる上告人らに前記の瑕疵ある課税処分の不可争的効果による不利益を甘受させることは、たとえば、上告人らが上記のような各登記の経由過程について完全に無関係とはいえず、事後において明示または黙示的にこれを容認していたとか、または右の表見的権利関係に基づいてなんらかの特別の利益を享受していた等の、特段の事情がないかぎり、上告人らに対して著しく酷であるといわなければならない。
 しかも、本件のごときは比較的稀な事例に属し、かつ、事情の判明次第、真実の譲渡所得の帰属者に対して課税する余地もありうる(論旨の指摘するところによれば、原判決の言及する証人Cの証言は、上告人Bが被上告人のした呼出に応じて、本件賦課の決定前の調査の段階において被上告人の許に出頭し、以上の事情を説明した、というものである。はたして然りとすれば、たとえ法定の期間内に適法な異議申立てがなかつたとしても、被上告人において、真実の所得者たるAに対して、(一)(二)土地の譲渡につき所得税の賦課の決定をする余地も充分ありえたものといわなければならず、上告人らが適法な異議申立てをしなかつたからといつて、ただちに、被上告人においてAに対する正当な課税の機会を逸したものということもできないのである。)ことからすれば、かかる場合に当該処分の表見上の効力を覆滅することによつて徴税行政上格別の支障・障害をもたらすともいい難いのであつて、彼此総合して考察すれば、原審認定の事実関係のみを前提とするかぎり、本件は、課税処分に対する通常の救済制度につき定められた不服申立期間の徒過による不可争的効果を理由として、なんら責むべき事情のない上告人らに前記処分による不利益を甘受させることが著しく不当と認められるような例外的事情のある場合に該当し、前記の過誤による瑕疵は、本件課税処分を当然無効ならしめるものと解するのが相当である。
 六、そこで、進んで本件において、Aが(一)(二)土地につき上告人B名義の仮登記を、(三)建物につき上告人F名義の登記を経由した経緯をみるのに、原判決引用の第一審判決の認定するところによれば、Aは、昭和二八年頃上告人らから三〇万円を借り受けたが、自己の経営する会社の事業が思わしくなかつたところから、万一の場合の右借受金の担保として自己所有の(ただし、登記簿上は会社名義となつていた。)(一)(二)土地を上告人B名義としておくよう内妻のG(上告人Fの姉)に勧められ、また一つには、名義を変えておけば会社の債権者から差押えを受けることも避けられると考えて、上告人らに無断で、昭和二八年六月(一)(二)土地につき上告人B名義に仮登記を経由し、また、同三二年一一月同様の趣旨で、自己所有の(ただし、登記簿上は第三者名義となつていた。)(三)建物につき上告人F名義に所有権移転登記を経由した、というのである。これによると、上告人らとAとの間には、実質上(一)(二)土地および(三)建物によつて担保される債権関係があつたものということができ、これらの土地建物に対する上告人ら名義の前記の仮登記および本登記は、必ずしも上告人らに不利益なものでないことが明らかであつて、以上のような上告人らとAらとの間の事実上の親族関係および貸借関係を考慮すれば、かりに前記の各登記が、その当初において、Aが上告人らに無断でその名義を冒用することにより経由されたものであるとしても、その後上告人らにおいて、その事実を知りつつこれを容認したということも決してありえないことではなく、(一)(二)土地の売却によつてさきの貸金が回収されうるとすれば、上告人B名義をもつてする売却も、必ずしもその意に反するものとは限らないこととなる筋合である。
 そして、かりに上告人らにおいて、Aがほしいままにした登記を事後的に容認していた事実があり、または右登記上の表見的権利関係の存在によるなんらかの利益を享受していた事実があるとすれば、その事情のいかんによつては、右権利関係の誤認に基づく瑕疵の存する処分による不利益を上告人らに甘受させることも、あながち不当とするには当たらないと認められる余地が存するのである。
 七、しかるに原判決が、上記に指摘した諸点を顧慮することなく、本件課税処分は課税要件のないところに課税したもので、その瑕疵は重大であるが、なお明白であるとはいいえないとして、これを無効でないと即断したのは、課税処分の無効に関する法の解釈適用を誤つたか、または審理不尽、理由不備の違法があるものというべく、論旨はけつきよく理由があり、原判決は破棄を免れない。そして本件は、なお上記に指摘した点についてさらに審理する必要があるので、これを原審に差し戻すべきものとし、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

dz アメリカ、イギリス、ドイツなどの遡及課税の可否について、ブログ2008.6.9、高橋祐介「租税法律不遡及の原則についての一考察」総合税制研究11号76頁(2003);碓井光明「租税法規不遡及原則の再検討」税49巻4号5頁(1994);首藤重幸「法律規定における遡及効の2つの類型と憲法原則」ドイツ憲法判例研究会編『ドイツの憲法判例(第2版)』377頁(信山社、2003)。

特別土地保有税・大阪高判昭和52年8月30日判時878号57頁…昭和44年1月1日以後購入した土地に対する昭和48年改正地方税法による課税は合憲であるとした。
参照:金子租税法107頁「憲法84条は納税者の信頼を裏切るような遡及立法を禁止する趣旨を含んでいる」とし、大阪高裁判決に批判的なようである。佐藤和男『土地と課税』443-455頁も批判。 [浅妻]購入時点での予測可能性を絶対に尊重しなければならない、とまでは言い切れないように思われる。

個人住民税均等割・名古屋高判昭和55年9月16日行集31巻9号1825頁百選4版8頁宮崎良夫…3月31日地方税法改正。4月22日市長が市税条例制定。5月10日付で個人住民税均等割の賦課処分を行うことは合憲であるとした。

ea §132.01 法の執行段階における平等原則の適用 スコッチライト事件・大阪高判昭和44年9月30日高民集22巻5号682頁百選9
三、控訴人は、神戸税関が本件物品を合成樹脂製品であるとしてみぎ物品に対して三〇%の関税を賦課・徴収したのに対して、横浜税関および大阪税関伊丹出張所は本件の課・徴税処分のあつた期間と同一期間中に本件物品と同一品種の物品に対しガラス製品であるとして二〇%の関税を賦課・徴収していたから、憲法八四条、一四条により、本件物品についての神戸税関の課・徴税処分のうち他の税関の税率額を超える部分の課・徴税処分は違法であると主張するので、以下みぎ主張の当否について判断する。
 憲法八四条は租税法律主義を規定し、租税法律主義の当然の帰結である課・徴税平等の原則は、憲法一四条の課・徴税の面における発現であると言うことができる。みぎ租税法律主義ないし課・徴税平等の原則に鑑みると、特定時期における特定種類の課税物件に対する税率は日本全国を通して均一であるべきであつて、同一の時期に同一種類の課税物件に対して賦課・徴収された租税の税率が処分庁によつて異なるときには、少くともみぎ課・徴税処分のいづれか一方は誤つた税率による課・徴税をした違法な処分であると言うことができる。けだし、収税官庁は厳格に法規を執行する義務を負つていて、法律に別段の規定がある場合を除いて、法律の規定する課・徴税の要件が存在する場合には必ず法律の規定する課・徴税をすべき義務がある反面、法律の規定する課・徴税要件が存在しない場合には、その課・徴税処分をしてはならないのであるから・同一時期における同一種類の課税物件に対する二個以上の課・徴税処分の税率が互に異なるときは、みぎ二個以上の課・徴税処分が共に正当であることはあり得ないことであるからである。そしてみぎ課税物件に対する課・徴税処分に関与する全国の税務官庁の大多数が法律の誤解その他の理由によつて、事実上、特定の期間特定の課税物件について、法定の課税標準ないし税率より軽減された課税標準ないし税率で課・徴税処分をして、しかも、その後、法定の税率による税金とみぎのように軽減された税率による税金の差額を、実際に追徴したことがなく且つ追徴する見込みもない状況にあるときには、租税法律主義ないし課・徴税平等の原則により、みぎ状態の継続した期間中は、法律の規定に反して多数の税務官庁が採用した軽減された課税標準ないし税率の方が、実定法上正当なものとされ、却つて法定の課税標準、税率に従つた課・徴税処分は、実定法に反する処分として、みぎ軽減された課税標準ないし税率を超過する部分については違法処分と解するのが相当である。したがつて、このような場合について、課税平等の原則は、みぎ法定の課税標準ないし税率による課・徴税処分を、でき得る限り、軽減された全国通用の課税標準および税率による課・徴税処分に一致するように訂正し、これによつて両者間の平等をもたらすように処置することを要請しているものと解しなければならない。
 本件の場合、既に判示したように、本件物品は、別表および通則の解釈上、本来ならば通則三、(三)により合成樹脂製品の別表三九〇一号四に該当するものとして三〇%の関税を課するのが正当であるけれども、前示二で判示したように、(1)別表施行直前の関税鑑査官の研究説明会の席上で本件物品はガラス製品として七〇一四号に該当する物品であると解すべきであるとの意見が発表され、(2)神戸税関が本件物品に三〇%の課・徴税処分をした期間中に、横浜税関および大阪税関伊丹出張所では本件物品と同種の物品に対し二〇%の課・徴税処分をしていたし、(3)控訴人から神戸税関に対し本件物品に対する課・徴税処分について口頭の不服申立があつて後も、横浜税関および大阪税関伊丹出張所で二〇%の課・徴税処分を受けた本件物品と同種物品の輸入業者に対し、一〇%の税金の追加課・徴税処分があつた形跡は認められず、且つみぎ追加課・徴税処分のある見込みがない事情にあり、(4)本件物品に対する課税処分があつた後間もない頃、税関鑑査部長会議の決議により、全国統一的に本件物品と同種の物品に対しては二〇%の税率による関税を課することとなり、みぎ状態が可なりの期間継続していたのであるから、これらの諸事情に徴し、当時は、大蔵省関税局、全国の各税関および本件物品と同種の物品の輸入業者の多数の傾向としては、みぎ物品に対する関税の税率は別表七〇一四号により二〇%であると観念され、且つその取扱いをしていたのであつて、ひとり本件物品に対する神戸税関の課・徴税処分のみが、三〇%の税率によつたものと認められるのである。
 みぎ事実関係の下では、別表および通則の施行された昭和三六年六月一日から、大蔵省関税局長から各税関長宛に本件物品と同種物品の税率を三〇%とする旨の通達があつた昭和三八年一〇月一四日までの間は、租税法律主義ないし課・徴税平等の原則の適用によつて、本件物品と同種の物品の関税の税率は、実定法上全国統一的に二〇%であつて、その期間中に本件物品に対して三〇%の関税を賦課徴収した神戸税関の課・徴税処分は、結局において、超過した一〇%の限度において法律に基づかない違法な課・徴税処分に当ると言うことができる。したがつて、本件の場合、別表および通則の解釈上、違法な課・徴税処分として是正を要するのは、横浜税関および大阪税関伊丹出張所における二〇%の税率による課・徴税処分であつて、本件物品に対する神戸税関の三〇%の税率による課・徴税処分ではない旨の被控訴人の主張は採用できない。
四、控訴人は、本訴をもつて、みぎ各課・徴税処分のうち税率一〇%に相当する課・徴税処分の部分は無効であつて、みぎの無効な課・徴税処分に基づいて被控訴人が控訴人から関税名義で徴収した金員、すなわち税率一〇%に相当する金二三一万〇、四一〇円は、被控訴人が控訴人の損失において法律上の原因なくして利得した不当利得金に当ることを請求原因として、被控訴人に対しみぎ金員の支払いを請求していることは、本件記録に徴し明らかである。よつて、みぎ不当利得金返還請求の当否を判断する前提問題として、本件課・徴税処分のうち税率一〇%に相当する部分が、果して無効であるかどうかを判断する。
 行政行為は、内在する瑕疵が重大な法規違反であつて、しかも瑕疵の存在が客観的に明白な場合においてのみ、無効となるものと解することができるところ、本件の場合のように、当時大多数の関係税務官庁が当該種類の課税物件に対し法定の基準より軽い課税標準ないし税率による課・徴税処分を事実上していたために、その期間中、本来ならば適法なものであるはずの法定の課税標準ないし税率による課・徴税処分が、もつぱら課・徴税平等の原則の適用上、違法な処分とされるに至つたものであるときには、みぎ違法によつて生じた当該課・徴税処分の瑕疵は、「客観的に明白なもの」と言うことはできないと解するのが相当である。けだし、本件の場合には、さきに判示したように,本件各課・徴税処分は課・徴税平等の原則上違法視しなければならなくなつただけのことで、本来は違法な処分ではなかつたのであり、また、本件物品に対する神戸税関の税率三〇%の関税の各課・徴税処分は、いずれも、同税関の鑑査官が本件物品中にはその構成物品としてガラス製品が含まれていないとの誤認に基づいて税関長が課・徴税処分をしたもので、結果としてはみぎ課・徴税処分は違法なものとなつたけれども、このような違法があるからと言つてみぎ処分に客観的に明白な瑕疵があると言うことはできないからである。
 したがつて、本件課・徴税処分のうち違法処分とみなされる税率一〇%相当の部分は、法律の解釈適用を誤つた処分として取る消し得るにすぎず、権限のある行政庁の取消しもないのに当然に無効となるものではない。
 控訴人は憲法八四条一四条に違反する課・徴税処分は重大且つ明白な瑕疵があるものとして当然に無効であると主張するが、憲法違反の処分は原則として重大な瑕疵ある処分と言うことができるが、重大な瑕疵は必ずしも明白な瑕疵に当ると言うことはできないのであつて、憲法違反の行政処分であつても、その処分に客観的に明白な瑕疵があるかどうかは各場合の具体的事情に基づいて判断するほかない。本件の場合には、さきに判断したように、課・徴税処分の瑕疵は客観的に明白なものと言うことはできないから、控訴人のみぎ主張を採用することはできない。
五、以上の判断から明らかなように、本件の課・徴税処分は権限ある官庁によつて取り消されるまでは有効なものであるから、被控訴人が控訴人から徴収した金員は、適法且有効に徴収されたものと言うことができるのであつて、これを法律上の原因なく不当に利得したものと言うことはできない。したがつて、控訴人の本訴請求はこの点で失当として棄却すべきものである。

 執行段階の公平の問題:神戸税関だけ合成樹脂として30%で課税、他ではガラスとして20%で課税。
 判決:本来、30%課税が正当。 / しかし、課税平等の原則により、全国的な扱いである20%に合わせるべき。 / 重大な瑕疵は必ずしも明白な瑕疵とはいえない。本件の場合、取消し得るにすぎず、当然無効とは言えない。Xの不当利得返還請求は棄却。
 名古屋地判平成27年1月29日平成25年(ワ)3077号(認容)、名古屋高判平成27年9月11日平成27年(ネ)176号・平成27年(ネ)310号(控訴棄却)……整体業を営む個人が事業税の課税を受けるかについて免許は法(地方税法72条の2第10項5号)の解釈として必要とまではいえないけれども、被告(愛知県)が免許を有する者に限り事業税を課す扱いをしてきたのだから、免許を有さないX(原告・被控訴人兼附帯控訴人)に対して課税することは平等原則違反として国家賠償法上の違法性を帯びるとして、Xの損害賠償請求を認容した事例。控訴審でもXの主張を認容。

eb 最高裁判所第一小法廷平成27年(行ヒ)第75号 平成28年2月29日判決
       主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
第1 事案の概要等
1 本件は,平成21年2月24日にa株式会社(以下「a社」という。)からb株式会社(同月2日に変更されるまでの商号はB株式会社。以下「b社」という。)の発行済株式全部を譲り受け(以下「本件買収」という。),同年3月30日にb社を被合併会社とする吸収合併(以下「本件合併」という。)をした上告人が,同20年4月1日から同21年3月31日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)に係る法人税の確定申告に当たり,法人税法(平成22年法律第6号による改正前のもの。以下「法」という。)2条12号の8の適格合併に適用される法57条2項によりb社の未処理欠損金額を上告人の欠損金額とみなして,これを損金の額に算入したところ,麻布税務署長が,組織再編成に係る行為又は計算の否認規定である法132条の2を適用し,上記未処理欠損金額を上告人の欠損金額とみなすことを認めず,本件事業年度の法人税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件更正処分等」という。)をしたため,上告人が,被上告人を相手に,本件更正処分等(上記更正処分については申告額を超える部分)の取消しを求める事案である。
2 関係法令の定め等
(1)法57条1項は,確定申告書を提出する内国法人の各事業年度開始の日前7年以内に開始した事業年度において生じた欠損金額がある場合には,当該欠損金額に相当する金額は,当該各事業年度の所得の金額の計算上,損金の額に算入する旨規定する。
 同条2項は,適格合併が行われた場合において,被合併法人の当該合併の日前7年以内に開始した各事業年度(以下「前7年内事業年度」という。)において生じた未処理欠損金額があるときは,合併法人の当該合併の日の属する事業年度以後の各事業年度における同条1項の規定の適用については,当該前7年内事業年度において生じた未処理欠損金額は,それぞれ当該未処理欠損金額の生じた前7年内事業年度の開始の日の属する当該合併法人の各事業年度において生じた欠損金額とみなす旨規定する。
 同条3項は,適格合併に係る被合併法人と合併法人との間に特定資本関係(いずれか一方の法人が他方の法人の発行済株式又は出資の総数又は総額の100分の50を超える数又は金額の株式又は出資を直接又は間接に保有する関係その他の政令で定める関係をいう。以下同じ。)があり,かつ,当該特定資本関係が当該合併法人の当該合併に係る事業年度開始の日の5年前の日以後に生じている場合において,当該合併が共同で事業を営むための適格合併として政令で定めるもの(以下「みなし共同事業要件」という。)に該当しないときは,同条2項に規定する未処理欠損金額には,当該被合併法人の当該特定資本関係が生じた日の属する事業年度前の各事業年度で前7年内事業年度に該当する事業年度において生じた欠損金額(1号)等を含まないものとする旨規定する。
(2)法人税法施行令(平成22年政令第51号による改正前のもの。以下「施行令」という。)112条7項は,法57条3項に規定する政令で定めるもの(みなし共同事業要件)は,適格合併のうち,〔1〕施行令112条7項1号から4号までに掲げる要件又は〔2〕同項1号及び5号に掲げる要件に該当するものとする旨規定する。
 同項1号は,適格合併に係る被合併法人の事業と合併法人の事業とが相互に関連するものであること(以下「事業関連性要件」という。)を掲げ,同項2号は,上記各事業のそれぞれの売上金額及び従業者の数,上記各法人の資本金の額等の規模の割合がおおむね5倍を超えないこと(以下「事業規模要件」という。)を掲げ,同項5号は,適格合併に係る被合併法人の当該合併前における特定役員(社長,副社長,代表取締役,代表執行役,専務取締役若しくは常務取締役又はこれらに準ずる者で法人の経営に従事している者をいう。以下同じ。)である者のいずれかの者(特定資本関係が生じた日前において被合併法人の役員又はこれに準ずる者であった者で,同日においてその経営に従事していた者に限る。)と合併法人の当該合併前における特定役員である者のいずれかの者とが当該合併の後に当該合併法人の特定役員となることが見込まれていること(以下「特定役員引継要件」という。)を掲げている。
(3)法132条の2は,税務署長は,組織再編成(合併,分割,現物出資若しくは事後設立又は株式交換若しくは株式移転をいう。以下同じ。)に係る同条各号に掲げる法人(組織再編成をした一方の法人若しくは他方の法人(1号),組織再編成により交付された株式を発行した法人(2号)又は前2号に掲げる法人の株主等である法人(3号))の法人税につき更正又は決定をする場合において,その法人の行為又は計算で,これを容認した場合には,組織再編成により移転する資産及び負債の譲渡に係る利益の額の減少又は損失の額の増加,法人税の額から控除する金額の増加,1号又は2号に掲げる法人の株式の譲渡に係る利益の額の減少又は損失の額の増加,みなし配当金額の減少その他の事由により法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるときは,その行為又は計算にかかわらず,税務署長の認めるところにより,その法人に係る法人税の課税標準若しくは欠損金額又は法人税の額を計算することができる旨規定する。
3 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)上告人は,情報処理サービス業及び情報提供サービス業等を目的とする株式会社であり,本件合併当時,cはその代表取締役社長を,dはその取締役会長を務めていた。なお,上告人の議決権の所有割合は,a社が約42.1%,米国のe社が約34.9%,その他の株主が約23.0%であった。
 a社は,国内外の会社の株式等を取得することにより当該会社の事業活動を支配,管理することを目的とする株式会社であり,本件合併当時,dはその代表取締役社長を,cはその取締役を務めていた。
(2)a社は,平成17年2月,英国の企業から,b社の発行済株式の全部を取得し,同社を完全子会社とした。b社は,情報通信事業用施設の保守,管理及び運営等を目的とする株式会社であり,同年5月に通信事業を分割して売却するなどし,データセンター(サーバー類を収容している施設をいう。以下同じ。)に関する事業に特化して事業を行っていた。
 b社には,平成14年3月期(平成13年4月1日から同14年3月31日までの事業年度。以下,他の事業年度も同様に表記する。)から平成18年3月期まで欠損金が発生し,平成20年3月31日時点で,その未処理欠損金額は合計約666億円であったところ,b社の利益は,平成19年3月期以降,毎年20億円程度であり,上記未処理欠損金額を償却するには相当な期間がかかることが見込まれていた。なお,本件で問題とされているのは,上記未処理欠損金額のうち平成15年3月期から同18年3月期までに発生した542億6826万2894円(以下「本件欠損金額」という。)である。
(3)b社は,平成20年3月頃,同社の営むデータセンターに係る設備投資資金の調達とa社への財務面の寄与を目的として,b社を分割して新設会社の株式を公開するなどの案を検討したが,a社の担当部署は,この案ではb社の未処理欠損金額の全てを損金算入等により処理することができないと見込まれることなどから,これに代わる案として,同年10月頃までに,事業譲渡による案と分社化による案を作成した。これらの案においては,b社の未処理欠損金額のうち,平成14年3月期に発生した約124億円は,法57条2項にいう前7年内事業年度において生じた未処理欠損金額に該当しないことから,事業譲渡又は非適格合併により処理し,それ以外のものは,b社とa社の他の子会社との適格合併により処理することとされたが,これらの案は,b社の有する未処理欠損金額を全て処理することを可能とするものであった。
(4)dは,平成20年10月中旬,b社に関する上記の各案について報告を受け,b社をa社の他の子会社ではなく上告人に売却し合併させることが適切であると考えた。そこで、dは,同月27日,cら上告人の常勤取締役に対し,上告人によるb社の買収を提案し,さらに,a社は,同年11月21日,上告人に対し,書面により,上告人がb社を700億円で買収することなど次の〔1〕から〔4〕までの手順で組織再編成を行う提案(以下「本件提案」という。)をした。
 本件提案における組織再編成の手順は4段階で構成されており,その概要は,〔1〕b社が新設分割により簿価34億円の新会社を設立する,〔2〕b社が上告人に対し新会社の発行済株式全部を174億円で譲渡し,b社は新会社の株式譲渡益140億円を平成14年3月期分及び同15年3月期分の未処理欠損金額の一部と相殺する,〔3〕a社が上告人に対しb社の発行済株式全部を700億円(税務上資産200億円,事業資産326億円及び現金174億円の合計額)で譲渡する,〔4〕上告人が平成21年3月31日までにb社を吸収合併し,b社の未処理欠損金額の残額を承継し,上告人の事業収益と相殺する,というものであった。なお,上記〔3〕の「税務上資産200億円」とは,本件提案において上告人がb社から引き継ぐことが想定されていた未処理欠損金額の残額約500億円に税率40%を乗じて算出されたものである。
(5)dは,平成20年11月27日,cに対し,b社の取締役副社長に就任するよう依頼し,cはこれを了承した。また,dは,同年12月10日頃,b社の代表取締役であるfに対し,本件提案を実行する旨告げたところ,fは,これを了承するとともに,cがb社の取締役副社長に就任することについても了承した。そして,cは,同月26日,b社の株主総会決議及び取締役会決議を経て,b社の取締役副社長に選任された(以下「本件副社長就任」という。)。
 dからcに対する上記の就任依頼がされた当時,a社及び上告人においては,b社と上告人との間で施行令112条7項2号の事業規模要件を満たすことは不可能であったため(例えば,平成20年3月31日現在の上告人の売上金額は,b社の20倍以上であった。),本件買収及び本件合併により上告人がb社から本件欠損金額を引き継ぐためには,本件合併において特定役員引継要件を満たしておく必要があることが認識されており,dに対しても,a社の財務部長からその旨が伝えられていた。また,a社の担当者から上告人の担当者に対する同年12月10日の電子メールには,「税務ストラクチャー上の理由でcCEOあるいはgCFOにb社取締役に入っていただく必要があるとのことで,その件について等,何点かご相談させていただきたく考えています。」などと記載されており,上告人の担当者からa社の担当者に対する同月17日の電子メールには,「b社取締役就任の件ですが,弊社CEOcが就任する方向で進めさせていただきたく存じます。」などと記載されていた。  他方,fら従来のb社の役員については,当時,本件合併後に上告人の特定役員となる事業上の必要性はないと判断されており,c以外のb社の特定役員が本件合併後に上告人の特定役員に就任することは予定されていなかった。
(6)cは,本件副社長就任後,平成21年1月7日に,fらとb社の今後の事業方針について会議を行い,上告人やその子会社とb社との協業可能性を検討するよう指示したり,同月21日に開催されたb社の取締役会に出席し,b社の中期計画に関する議案等の審議に参加し,議決権を行使したりした。また,cは,本件買収後の同年2月26日,fらと会議を行い,b社の設備投資計画の方針を指示し,上告人の子会社とb社との業務提携を決定するなどした。しかし,cは,b社の代表権を有しない非常勤の取締役であった上,b社の事業に関し具体的な権限を伴う専任の担当業務を有しておらず,b社から役員報酬を受領していなかった。
(7)b社は,平成21年1月7日,データセンターの営業,販売及び商品開発に係る事業に関する権利義務を新設分割により新たに設立する会社に承継させる旨の新設分割計画を作成し,同月21日開催の取締役会において,新設会社の成立の日を同年2月2日とすることを決定した。そして,同日,h株式会社(同年4月1日に変更されるまでの商号はH株式会社。以下「h社」という。)が上記分割により設立され,b社の取締役がh社の取締役にも就任し,b社の従業員も全てh社に雇用されることとなった。
(8)上告人は,平成21年2月19日開催の取締役会において,b社からh社の発行済株式全部を115億円で買収すること,a社からb社の発行済株式全部を450億円で買収することを決定した。なお,同取締役会においては,買収価格は合計565億円であるが,実際の買収価格は450億円であり,上記115億円は短期間で上告人に戻ることが確認された。
(9)b社は,上告人との間で,平成21年2月19日付けで,保有するh社の発行済株式全部を上告人に対して115億円で譲渡する旨の株式譲渡契約を締結し,同月20日,これを上告人に譲渡した。
(10)a社は,上告人との間で,平成21年2月23日付けで,保有するb社の発行済株式全部を上告人に対して450億円で譲渡する旨の株式譲渡契約を締結し,同月24日,これを上告人に譲渡した(本件買収)。これにより,b社は上告人の完全子会社となり,両者の間に特定資本関係が生じた。
(11)上告人は,平成21年2月25日開催の取締役会において,b社との合併を決定し,同日,b社との間で,上告人がb社の権利義務全部を承継しb社が合併後に解散する旨の合併契約を締結した。そして,同年3月30日,上記合併契約に基づく上告人とb社との本件合併の効力が発生した。なお,本件合併は,法2条12号の8イの適格合併に当たるものである。
 cを除くb社の取締役は,全員,本件合併に伴って取締役を退任し,本件合併に際して上告人の取締役には就任しなかった。
(12)上告人は,平成21年6月30日,本件合併の際に上告人の代表取締役社長であったcがb社の取締役副社長に就任していたため,本件合併は施行令112条7項5号の特定役員引継要件を満たしており,同項1号の事業関連性要件も満たしていることから,法57条3項のみなし共同事業要件に該当するとして,同条2項に基づき,本件欠損金額を上告人の欠損金額とみなして,同条1項に基づきこれを損金の額に算入し,本件事業年度に係る法人税の確定申告を行った。
(13)これに対し,麻布税務署長は,本件副社長就任を含む上告人の一連の行為は,特定役員引継要件を形式的に満たし,本件欠損金額を上告人の欠損金額とみなすこと等を目的とした異常ないし変則的なものであり,これを容認した場合には,法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるとして,法132条の2に基づき,本件欠損金額を上告人の欠損金額とみなすことなく上告人の本件事業年度に係る所得金額を計算し,本件更正処分等をした。
第2 上告代理人小林啓文ほかの上告受理申立て理由第三について
1 組織再編成は,その形態や方法が複雑かつ多様であるため,これを利用する巧妙な租税回避行為が行われやすく,租税回避の手段として濫用されるおそれがあることから,法132条の2は,税負担の公平を維持するため,組織再編成において法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められる行為又は計算が行われた場合に,それを正常な行為又は計算に引き直して法人税の更正又は決定を行う権限を税務署長に認めたものと解され,組織再編成に係る租税回避を包括的に防止する規定として設けられたものである。このような同条の趣旨及び目的からすれば,同条にいう「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」とは,法人の行為又は計算が組織再編成に関する税制(以下「組織再編税制」という。)に係る各規定を租税回避の手段として濫用することにより法人税の負担を減少させるものであることをいうと解すべきであり,その濫用の有無の判断に当たっては,〔1〕当該法人の行為又は計算が,通常は想定されない組織再編成の手順や方法に基づいたり,実態とは乖離した形式を作出したりするなど,不自然なものであるかどうか,〔2〕税負担の減少以外にそのような行為又は計算を行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事由が存在するかどうか等の事情を考慮した上で,当該行為又は計算が,組織再編成を利用して税負担を減少させることを意図したものであって,組織再編税制に係る各規定の本来の趣旨及び目的から逸脱する態様でその適用を受けるもの又は免れるものと認められるか否かという観点から判断するのが相当である。
2(1)組織再編税制の基本的な考え方は,実態に合った課税を行うという観点から,原則として,組織再編成により移転する資産等(以下「移転資産等」という。)についてその譲渡損益の計上を求めつつ,移転資産等に対する支配が継続している場合には,その譲渡損益の計上を繰り延べて従前の課税関係を継続させるというものである。このような考え方から,組織再編成による資産等の移転が形式と実質のいずれにおいてもその資産等を手放すものであるとき(非適格組織再編成)は,その移転資産等を時価により譲渡したものとされ,譲渡益又は譲渡損が生じた場合,これらを益金の額又は損金の額に算入しなければならないが(法62条等),他方,その移転が形式のみで実質においてはまだその資産等を保有しているということができるものであるとき(適格組織再編成)は,その移転資産等について帳簿価額による引継ぎをしたものとされ(法62条の2等),譲渡損益のいずれも生じないものとされている。
(2)組織再編成に伴う未処理欠損金額の取扱いについても,基本的に,移転資産等の譲渡損益に係る取扱いに合わせて従前の課税関係を継続させることとするか否かを決めることとされており,適格合併が行われた場合につき,被合併法人の前7年内事業年度において生じた未処理欠損金額は,それぞれ当該未処理欠損金額の生じた前7年内事業年度の開始の日の属する合併法人の各事業年度において生じた欠損金額とみなすものとして(法57条2項),その引継ぎが認められるものとされている。
 もっとも,適格合併には,大別して,企業グループ内の適格合併(法2条12号の8イ及びロ。本件合併もこれに含まれる。)と共同事業を営むための適格合併(同号ハ)があるところ,企業グループ内の適格合併については,共同事業を営むための適格合併よりも要件が緩和されているため,その未処理欠損金額の引継ぎを無制限に認めると,例えば,大規模な法人が未処理欠損金額を有するグループ外の小規模な法人を買収し完全子会社として取り込んだ上で,当該法人との適格合併を行うことにより,当該法人の未処理欠損金額が不当に利用されるなどのおそれがある。そこで,そのような租税回避行為を防止するため,法57条3項において,企業グループ内の適格合併が行われた事業年度開始の日の5年前の日以後に特定資本関係が発生している場合については,「当該適格合併等が共同で事業を営むための適格合併等として政令で定めるもの」(みなし共同事業要件)に該当する場合を除き,特定資本関係が生じた日の属する事業年度前の各事業年度において生じた欠損金額等を引き継ぐことができないものとされている。
(3)法57条3項のみなし共同事業要件は,施行令112条7項において,適格合併のうち,〔1〕同項1号から4号までに掲げる要件(前記第1の2(2)〔1〕)又は〔2〕同項1号及び5号に掲げる要件(前記第1の2(2)〔2〕)に該当するものとされているところ,上記〔1〕の各要件は,上記(2)の趣旨から,双方の法人の事業が合併の前後において継続しており合併後には共同で事業が営まれているとみることができるかどうかを事業規模等から判定するものである。これに対し,上記〔2〕の各要件は,同項2号から4号までの事業規模要件等が充足されない場合であっても,合併法人と被合併法人の特定役員が合併後において共に合併法人の特定役員に就任するのであれば,双方の法人の経営の中枢を継続的かつ実質的に担ってきた者が共同して合併後の事業に参画することになり,経営面からみて,合併後も共同で事業が営まれているとみることができることから,同項2号から4号までの要件に代えて同項5号の要件(特定役員引継要件)で足りるとされたものと解される。
3(1)前記事実関係等によれば,本件の一連の組織再編成に係る行為は,a社による平成20年11月の本件提案の手順を基礎として,上告人が,a社からb社の発行済株式全部を譲り受けて完全子会社とした上で(本件買収),その約1か月後にb社を法2条12号の8イの適格合併として吸収合併すること(本件合併)により,法57条2項に基づき,b社の利益だけでは容易に償却し得ない約543億円もの未処理欠損金額(本件欠損金額)を上告人の欠損金額とみなし,これを上告人の損金に算入することによりその全額を活用することを意図して,同21年3月30日までのごく短期間に計画的に実行されたものというべきである。なお,本件提案において,b社の多額の未処理欠損金額を上告人に引き継ぐことが前提とされていたことは,b社の発行済株式全部の売却想定価額700億円に,b社の未処理欠損金額のうち約500億円に税率40%を乗じて算出された「税務上資産200億円」が含まれていたことからも明らかである。
(2)もっとも,本件合併は,平成21年3月31日までに行われることが予定されており,特定資本関係の発生(本件買収)から本件合併までの期間が5年に満たないため,本件合併により上告人が法57条2項に基づきb社の本件欠損金額を引き継ぐためには同条3項のみなし共同事業要件を満たさなければならず,さらに,本件合併において施行令112条7項2号の事業規模要件を満たすことは事実上不可能であったため,みなし共同事業要件を満たすためには同項5号の特定役員引継要件を満たさなければならない状況にあった。そして,本件では,fら従来のb社の特定役員については,本件合併後に上告人の特定役員となる事業上の必要性はないと判断され,実際にそのような予定もなかったため,本件合併後にcが上告人の代表取締役社長の地位にとどまってさえいれば特定役員引継要件が満たされることとなるよう,本件買収の前にcがb社の取締役副社長に就任することとされたものということができる。このように,本件副社長就任が,法人税の負担の軽減を目的として,特定役員引継要件を満たすことを意図して行われたものであることは,上記一連の経緯のほか,a社と上告人の各担当者の間で取り交わされた電子メールの「税務ストラクチャー上の理由」等の記載(前記第1の3(5))に照らしても明らかというべきである。
(3)そして,本件においては,〔1〕本件副社長就任は,本件提案が示された後に,a社の代表取締役社長であるdの依頼を受けて,上告人のc及びb社のfがこれを了承するという経緯で行われたものであり,上記依頼の前からb社と上告人においてその事業上の目的や必要性が具体的に協議された形跡はないこと,〔2〕本件提案,本件副社長就任,本件買収等の行為は平成21年3月31日までに本件合併を行うという方針の下でごく短期間に行われたものであって,cがb社の取締役副社長に就任していた期間もわずか3か月程度であり,本件買収により特定資本関係が発生するまでの期間に限ればわずか2か月程度にすぎないこと,〔3〕cは,本件副社長就任後,b社の取締役副社長として一定の業務を行っているものの,その業務の内容は,おおむね本件合併等に向けた準備やその後の事業計画に関するものにとどまること,〔4〕cは,b社の取締役副社長となったものの,代表権のない非常勤の取締役であった上,具体的な権限を伴う専任の担当業務を有していたわけでもなく,b社から役員報酬も受領していなかったことなどの事情が存する。
 これらの事情に鑑みると,cは,b社において,経営の中枢を継続的かつ実質的に担ってきた者という施行令112条7項5号の特定役員引継要件において想定されている特定役員の実質を備えていたということはできず,本件副社長就任は,本件合併後にcが上告人の代表取締役社長の地位にとどまってさえいれば上記要件が満たされることとなるよう企図されたものであって,実態とは乖離した上記要件の形式を作出する明らかに不自然なものというべきである。
 また,本件提案から本件副社長就任に至る経緯(上記〔1〕)に照らせば,b社及び上告人において事前に本件副社長就任の事業上の目的や必要性が認識されていたとは考え難い上,cのb社における業務内容(上記〔3〕)もおおむね本件合併等に向けた準備やその後の事業計画に関するものにとどまり,cの取締役副社長としての在籍期間や権限等(上記〔2〕及び〔4〕)にも鑑みると,本件副社長就任につき,税負担の減少以外にその合理的な理由といえるような事業目的等があったとはいい難い。
4 以上を総合すると,本件副社長就任は、組織再編成を利用して税負担を減少させることを意図したものであって,適格合併における未処理欠損金額の引継ぎを定める法57条2項,みなし共同事業要件に該当しない適格合併につき同項の例外を定める同条3項及び特定役員引継要件を定める施行令112条7項5号の本来の趣旨及び目的を逸脱する態様でその適用を受けるもの又は免れるものと認められるというべきである。
 そうすると,本件副社長就任は,組織再編税制に係る上記各規定を租税回避の手段として濫用することにより法人税の負担を減少させるものとして,法132条の2にいう「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」に当たると解するのが相当である。所論の点に関する原審の判断は,以上の趣旨をいうものとして是認することができる。 
第3 上告代理人小林啓文ほかの上告受理申立て理由第二の一について
 法132条の2は,前述のとおり,組織再編成の形態や方法は複雑で多様であるため,これを利用する巧妙な租税回避行為が行われやすいことから設けられたものである。そして,同条は,平成19年法律第6号による改正前において,「合併等をした一方の法人若しくは他方の法人又はこれらの法人の株主等である法人」を受けて「これらの法人の行為又は計算」と規定し,行為又は計算の主体である法人を更正又は決定を受ける法人に限定していなかったところ,上記改正においては,同条の適用対象となる法人の範囲が拡大され,同条各号に掲げられることとなったため,同条柱書きの「次に掲げる法人」を受けて「その法人の行為又は計算」と規定されることとなったにすぎず,上記改正が行為又は計算の主体である法人を更正又は決定を受ける法人に限定するものであったとはうかがわれない。以上のような同条の趣旨及び改正の経緯等を踏まえると,同条にいう「その法人の行為又は計算」とは,更正又は決定を受ける法人の行為又は計算に限られるものではなく,「次に掲げる法人」の行為又は計算,すなわち,同条各号に掲げられている法人の行為又は計算を意味するものと解するのが相当である。
 したがって,本件副社長就任は,本件更正処分等を受けた上告人の行為とは評価し得ないとしても,本件合併の被合併法人(同条1号)であるb社の行為である以上,同条による否認の対象となるものと解される。これと同旨の原審の判断は正当として是認することができる。
第4 結論
 以上によれば,論旨はいずれも採用することができない。

ec [浅妻]担税力があるから課税してよいとか、担税力がないから課税してはならないとかいう言い方には、疑問がある。担税力がある、というのは、課税を許容することの理由、原因ではなく、課税すべきであるという結論であるにすぎないのではないか。なぜ担税力があると考えるのか、或いは担税力がないと考えるのか、について論述しなければならない。例えば、お酒の消費と医療の消費に同じ担税力があるか否か(課税上同じ扱いをすべきか否か)を論じる際、担税力という語で何を想起しているのか自覚すべし。

ed 参照:渡辺智之「所得・消費・資産」ジュリスト1289号218-223頁(2005.5.1-15)。参照:ケースブック第1版§131.02 総評サラリーマン税金訴訟・最判平成元年2月7日訟月35巻6号1029頁(第2版以降消えた)

ee 増井良啓『租税法入門』13頁・18頁参照。増井良啓「租税法における水平的公平の意義」『金子宏先生古稀祝賀・公法学の法と政策上巻』171頁(有斐閣、2000)…水平的公平は無意味だとするKaplowの議論に関して。

ef 収益逓減:大砲とバターの例として説明される。世の中には、大砲の製造に適した生産要素とバターの製造に適した生産要素とがある。大砲の生産量が少ない場合、まず大砲の製造に最も適した生産要素から投入されるので、生産性が高い。しかし、大砲の生産量を増やそうとするにつれて、大砲の製造に適していない生産要素も投入することとなり、生産性が落ちていく。バターについても同じことが言える。
 収益逓減は常に成り立つ訳ではない。規模の利益、習熟といった要素がある。しかし、経済学では多くの場合収益逓減を前提として議論をする。供給曲線が右上がりなのも、収益逓減を前提としている。

eg 「なぜ7%なのか?」という質問を受けることがたまにある。調整後どの水準に落ち着くかは状況によるのでここでの数値は説明の便宜のための例としての数値であるにすぎない。

eh 最高裁第一小法廷 平成二年(行ツ)第一二号 平成三年一〇月一七日判決
       主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人林浩二、同福島瑞穂の上告理由第一及び第二について
 所得税法(本件昭和五七年分及び同五八年分の各更正に関しては同五九年法律第五号による改正前のもの、同五九年分の更正に関しては同六一年法律第一〇九号による改正前のものをいう。以下同じ。)二条一項三四号に規定する親族は、民法上の親族をいうものと解すべきであり、したがって、婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある者との間の未認知の子又はその者の連れ子は、同法八四条に規定する扶養控除の対象となる親族には該当しないというべきである。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。
 右未認知の子等を扶養控除の対象から除外している所得税法八四条、二条一項三四号の規定が憲法一四条一項に違反するものでないことは、当裁判所昭和五五年(行ツ)第一五号同六〇年三月二七日大法廷判決(民集三九巻二号二四七頁)の趣旨に徴して明らかである。また、、その余の違憲の主張は、ひっきょう、所得税法における扶養控除制度に関する立法政策上の適不適を争うものにすぎず、違憲の問題を生ずるものでないことは、当裁判所昭和二八年(オ)第六一六号同三〇年三月二三日大法廷判決(民集九巻三号三三六頁)、同昭和五一年(行ツ)第三〇号同五七年七月七日大法廷判決(民集三六巻七号一二三五頁)の趣旨に徴して明らかである。[後略]

ei 最高裁判所(第一小法廷)昭和四三年(オ)第二五八号金員支払請求上告事件 判決 (昭和四五年一二月二四日言渡)
 右当事者間の名古屋高等裁判所昭和四二年(ネ)第六九号金員支払請求事件について、同裁判所が同年一二月一八日言い渡した判決に対し、上告人らから全部破棄を求める旨の上告の申立があり、被上告人は上告棄却の判決を求めた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。
       主   文
被上告人の本訴請求中、上告人中村卯助につき八六万二、二六六円およびこれに対する昭和三九年八月一五日よりその支払ずみに至るまで年五分の割合による金員、上告人藤本玉江につき三八万〇、一一〇円およびこれに対する右同日よりその支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の範囲を超えて支払を求める部分につき、原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。
前項の部分に関する被上告人の請求を棄却する。
その余の部分に関する上告人らの上告を棄却する。
訴訟の総費用は、これを一〇分して、その七を上告人らの負担とし、その余を被上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人橋本福松、同朽名幸雄の上告理由第一点ないし第三点について
 原判決(その訂正・引用する一審判決を含む。以下同じ)挙示の証拠によれば、所論の点に関する原判決の認定判断は相当で、その過程にも所論の違法は認められない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する事実の認定、証拠の取捨判断を非難するに帰し、とうてい採用し難い。
 同第四点および第五点について
一、原判決の確定するところによれば、上告人らは、もと被上告会社の役員であつたが、上告人らの在任中における被上告会社の所得の調査に際し、昭和三九年三月一〇日(原判決に二月一〇日とあるのは、三月一〇日誤記と認める)、所轄の中川税務署長は、本件係争の簿外定期預金の払出しを上告人中村、同売却損を上告人藤本に対する役員賞与と認定し、徴収義務者たる被上告会社に対し、旧所得税法(昭和二二年法律第二七号)四三条一項に基づいて、上告人らに対する源泉徴収による所得税の本税ならびに不納付加算税(旧源泉徴収加算税)および旧利子税の支払方を請求したので、被上告会社は、同年四月九日これを国に納付したところ、同税務署長は、さらに同年八月一四日被上告会社に対し、右に加えて新利子税の支払方を請求したので、被上告会社は同日これを国に納付したが、上告人らが以上の事実を知つたのは翌四〇年三月八日頃であつて、それ以前に被上告会社はこれを上告人らに知らせることはしなかつた、というのである。
二、本訴は、被上告会社が旧所得税法四三条二項により上告人らに対し右所得税等に相当する金額の支払を求めるというものであるが、上告人らが、被上告会社の右請求原因に対する抗弁として、(一)もし被上告会社が右認定賞与の(課税決定)を受けたのち上告人らにその旨の連絡をしておれば、上告人らは、本件簿外定期預金の払出しおよび売却物件の譲渡について源泉徴収による納税義務(以下たんに(源泉納税義務)という)を負ういわれがなく、かつ、その旨を詳細に説明しうる立場にあつたので、被上告会社の税務当局に対する不服申立てにつき協力し、税務当局をして右不服申立てを認容させることができたものであるのに、被上告会社は、上告人らになんらの通知連絡をすることなく、不充分な理由によつて不服申立てをし、それが容れられなかつたところ、漫然出訴期間を徒過して(課税決定)を確定させこれにより源泉徴収による所得税等を納付するに至つたものであるから、被上告会社はみずからの重大な過失により右所得税等を納付したものというべく、したがつて右納付にかかる税額に相当する金額の支払を上告人らに請求することは許されない、(二)かりに然らずとしても、被上告会社が前記(課税決定)につき上告人らに対してなんら通知をすることなく、上告人らをして右(課税決定)に対する異議申立ておよび訴訟提起の機会を失わしめたことは、信義誠実の原則に反し、かつ、権利の濫用であるから、被上告会社の本訴請求は許されない、(三)かりに然らずとしても、被上告会社が、右のように、上告人らをして異議申立ておよび訴訟提起の機会を失わしめたことは、被上告会社の重大な過失に起因するところ、上告人らは被上告会社の右不法行為により憲法三二条に規定する裁判を受ける権利を奪われた結果となり、被上告会社が本訴において上告人らに請求する金額と同額の損害を被つたことになるので、上告人らは右損害賠償債権をもつて被上告会社の本訴請求債権と対当額において相殺したから、被上告会社の請求は失当である、と主張したのに対し、原判決は、上告人らにおいて源泉納税義務を負わなかつた旨の主張は採用しえないとして、抗弁(一)を排斥し、また、上告人らは、右認定賞与に対する「所得税の決定」を知つた時から、これに対する異議申立て、行政訴訟をなしえたものであるとして、抗弁(二)(三)を排斥したことが、その判文上明らかである。
三、論旨は、前記抗弁(二)(三)を排斥した原判決の判断を非難するのであるが、本件においては、論旨の検討に先だつて、源泉徴収の法律関係を考察する必要がある。
1 源泉徴収の対象となるべき所得の支払がなされるときは、支払者は、法令の定めるところに従つて所得税を徴収して国に納付する義務(以下たんに(納税義務)というときは、これを指す)を負うのであるが、この納税義務は右の所得の支払の時成立し、その成立と同時に特別の手続を要しないで納付すべき税額が確定するものとされている(国税通則法一五条。以下たんに(法何条)というときは、同法の各条を指す)。すなわち、源泉徴収による所得税については、申告納税方式による場合の納税者の税額の申告やこれを補正するための税務署長等の処分(更正、決定)、賦課課税方式による場合の税務署長等の処分(賦課決定)なくして、その税額が法令の定めるところに従つて当然に、いわば自働的に確定するものとされるのである。そして、右にいわゆる確定とは、もとより行政上または司法上争うことを許さない趣旨ではないが、支払われた所得の額と法令の定める税率等から、支払者の徴収すべき税額が法律上当然に決定されることをいうのであつて、たとえば、申告納税方式において、税額が納税者の申告により確定し、あるいは税務署長の処分により確定するのと、趣きを異にするのである。そして、以上は、法一五条の規定をまつまでもなく、源泉徴収制度の当然の前提として、法の予定するところというべきである。
2 したがつて支払者は、右の自働的に確定した税額を、法令に基づいてみずから算出し(ただし、計算の前提となるべき諸控除の申告は受給者による)、これを支払額より徴収して国に納付すべきこととなるのであるが、それが法定の納期限までに納付されないときは、税務署長は支払者に対し、当該所得の支払と同時に確定した税額を示して納税の告知(法三六条)をし、さらに督促を経て、滞納処分をなすべきものとされる。
 この場合、納税義務の存否またはその範囲いかんにつき、支払者と税務署長との間に意見の対立があるときは、支払者はいかなる手続によりこれを争うべきかの問題を生ずる。
3 税務署長が、支払者の納付額を過少とし、またはその不納付を非とする意見を有するときに、これが納税者たる支払者に通知されるのは、前記の納税の告知によるものであり、この点において、納税の告知は、あたかも申告納税方式による場合の更正または決定に類似するかの観を呈するのであるが、源泉徴収による所得税の税額は、前述のとおり、いわば自働的に確定するのであつて、右の納税の告知により確定されるものではない。すなわち、この納税の告知は、更正または決定のごとき課税処分たる性質を有しないものというべきである。
 もし、これに反して、右の納税の告知がそれ自体として税額を確定させる行為(課税処分)であるとすると、取消判決等によりその効力が否定されないかぎり、支払者において、納税の告知により確定された税額を徴収して国に納付すべき義務の存することを争いえず、また従つて受給者において、旧所得税法四三条(新法二二二条)に基づく支払者の請求等を拒みえないこととなるのである(支払者において徴収義務を負担するとは、すなわち、受給者において源泉納税義務を負うことにほかならず、両者は表裏をなす関係にあり、したがつて、もし納税の告知が課税処分であるとすれば、そこにおいて確定された税額およびその前提となる徴収義務の存在は、右処分が取り消されないかぎり、支払者はもとより受給者においても、これを否定しえないこととなるのである)が、現行法上、かかる見地は許容されえない。けだし、源泉徴収による所得税の税額が納税の告知によつて確定されるとするのは、所得の支払の時に所得税を徴収すべきものとする制度の本旨に反するのみならず、もし、納税の告知によつて、支払者の納税義務とともに、受給者の源泉納税義務の範囲(およびその前提となる当該義務の成立)が確定されるものであるとすれば、納税の告知は支払者および受給者の双方に対してなされることを要すべきところ、法二条五号は支払者のみを納税者とし、したがつて、納税の告知は支払者に対してのみなされるのであつて、これが税法の建前とするところであるからである。すなわち、納税の告知は、納税者たる支払者に対してのみなされるにかかわらず、これにより支払者の納税義務の範囲(および成立)が公定力をもつて確定されるものとすれば、同時に、しかも受給者不知の間に、その源泉納税義務の範囲(および成立)が公定力をもつて確定されることとなるのであるが、かかる結果は、とうてい法の予定するところとは解しえないのである。
4 一般に、納税の告知は、法三六条所定の場合に(なお、資産再評価法七一条四項参照)、国税徴収手続の第一段階をなすものとして要求され、滞納処分の不可欠の前提となるものであり、また、その性質は、税額の確定した国税債権につき、納期限を指定して納税義務者等に履行を請求する行為、すなわち徴収処分であつて(ただし、賦課課税方式による場合において法三二条一項一号に該当するときは、納税の告知が、同時に賦課決定の通知として、税額確定の効果をあわせもつ例外の場合にあたる)、それ自体独立して国税徴収権の消滅時効の中断事由となるもの(法七三条一項)であるが、源泉徴収による所得税についての納税の告知は、前記により確定した税額がいくばくであるかについての税務署長の意見が初めて公にされるものであるから、支払者がこれと意見を異にするときは、当該税額による所得税の徴収を防止するため、異議申立てまたは審査請求(法七六条、七九条)のほか、抗告訴訟をもなしうるものと解すべきであり、この場合、支払者は、納税の告知の前提となる納税義務の存否または範囲を争つて、納税の告知の違法を主張することができるものと解される。けだし、右の納税の告知に先だつて、税額の確定(およびその前提となる納税義務の成立の確認)が、納税者の申告または税務署長の処分によつてなされるわけではなく、支払者が納税義務の存否または範囲を争ううえで、障害となるべきものは存しないからである。
5 以上のとおり、源泉徴収による所得税についての納税の告知は、課税処分ではなく徴収処分であつて、支払者の納税義務の存否・範囲は右処分の前提問題たるにすぎないから、支払者においてこれに対する不服申立てをせず、または不服申立てをしてそれが排斥されたとしても、受給者の源泉納税義務の存否・範囲にはいかなる影響も及ぼしうるものではない。したがつて、受給者は、源泉徴収による所得税を徴収されまたは期限後に納付した支払者から、その税額に相当する金額の支払を請求されたときは、自己において源泉納税義務を負わないことまたはその義務の範囲を争つて、支払者の請求の全部または一部を拒むことができるものと解される(支払者が右の徴収または納付の時以後において受給者に支払うべき金額から右税額相当額を控除したときは、その全部または一部につき源泉納税義務のないことを主張する受給者は、支払者において法律上許容されえない控除をなし、その残額のみを支払つたのは債務の一部不履行であるとして、当該控除額に相当する債務の履行を請求することができる)。
 支払者は、一方、納税の告知に対する抗告訴訟において、その前提問題たる納税義務の存否または範囲を争つて敗訴し、他方、受給者に対する税額相当額の支払請求訴訟(または受給者より支払者に対する控除額の支払請求訴訟)において敗訴することがありうるが、それは、納税の告知が課税処分ではなく、これに対する抗告訴訟が支払者の納税義務また従つて受給者の源泉納税義務の存否・範囲を訴訟上確定させうるものでない故であつて、支払者は、かかる不利益を避けるため、右の抗告訴訟にあわせて、またはこれと別個に、納税の告知を受けた納税義務の全部または一部の不存在の確認の訴えを提起し、受給者に訴訟告知をして、自己の納税義務(受給者の源泉納税義務)の存否・範囲の確認について、受給者とその責任を分かつことができる。
四、本件において原判決の確定した事実関係中、中川税務署長が被上告会社に対し、昭和三九年三月一〇日、本件簿外定期預金の払出しおよび売却損を上告人らに対する役員賞与と認定して、源泉徴収による所得税の本税ならびに不納付加算税(旧源泉徴収加算税)および旧利子税の支払方を請求し、また、同年八月一四日新利子税の支払方を請求したというのは、以下、本税の関係のみについていえば(その余の関係については後述)、所轄税務署長が被上告会社に対し、本件簿外定期預金の払出しおよび売却損につき上告人らより徴収して納付すべき所得税の納付がないとして、これを被上告会社より徴収するため、納税の告知(法三六条)をしたことをいうのであり、原判決がこれを指して(課税決定)といい、また(所得税の決定)というのは、納税の告知の法律的性質を誤解したものといわなければならない。
 しかしながら、支払者たる被上告会社が納税の告知(徴収処分)に対して、行政上の不服申立てを適切に行なわず、また、抗告訴訟を提起しなかつたとしても、それが受給者たる上告人らの源泉納税義務の存否および範囲いかんにつき、なんら影響を及ぼすものでないことは、前記に説示するところによつて明らかであつて、上告人らは、被上告会社に対する納税の告知の行政処分としての確定と無関係に、上告人らの源泉納税義務(また従つて被上告会社の納税義務)の不存在を主張して、被上告会社の本訴請求を争うことができるのである。現に、上告人らは原審において、源泉納税義務の不存在を主張して排斥されたものであり、被上告会社が納税の告知を受けながら、これを上告人らに知らせることのないまま行政処分として確定させたとしても、なんら上告人らの権利・利益を侵害したものということはできないのである。
 したがつて、上告人ら主張の抗弁(二)(三)は主張自体失当というべきであつて、これを排斥した原判決の判断は、その結論において正当たるに帰し、論旨第四点および第五点は、ともに、その立論の前提に誤りがあつて採用しえないものというべきである。
 本件上告理由がいずれも採用し難いものであることは、以上説示のとおりであるが、源泉徴収による所得税の納税者は、支払者であつて受給者ではないから、法定の納期限にこれを国に納付する義務を負い、それを怠つた場合に生ずる附帯税を負担すべき者は、納税者(徴収義務者)たる支払者自身であつて、右の附帯税相当額を旧所得税法四三条二項(新法二二二条)に基づいて受給者に請求しうべきいわれはない。すなわち、被上告会社の本訴請求中、上告人中村卯助につき八六万二、二六六円、上告人藤本玉枝につき三八万〇、一一〇円の、いずれも源泉徴収による所得税の本税相当額の支払を求める部分は正当であるが、不納付加算税(旧源泉徴収加算税)および新旧利子税相当額の支払を求める部分は失当たるを免れない。また、被上告会社が上告人らに対して請求しうる所得税の本税相当額に対する遅延損害金は、原判示のような商事法定利率によるべきではなく、一般の原則に従い、年五分の民事法定利率によるものと解すべきである。
 よつて、一、二審判決中、上告人らにつき前記の源泉徴収による所得税の各本税相当額およびこれに対する民事法定利率の範囲を超えて、被上告会社の本訴請求を認容した部分は、もとより違法として破棄または取消しを免れず、右部分に関する被上告会社の請求は棄却すべきであり、また、その余の部分に関する上告人らの上告は理由がないので、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条二項、九六条、九二条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

ej N. Gregory Mankiw & Matthew Weinzierl, The Optimal Taxation of Height: A Case Study of Utilitarian Income Redistribution (Working Paper, April 13, 2007)

ek パチンコ球遊器事件・最判昭和33年3月28日民集12巻4号624頁百選6
 物品税は物品税法が施行された当初(昭和四年四月一日)においては消費税として出発したものであるが、その後次第に生活必需品その他いわゆる資本的消費財も課税品目中に加えられ、現在の物品税法(昭和十五年法律第四〇号)が制定された当時、すでに、一部生活必需品(たとえば燐寸)(第一条第三種一)や「撞球台」(第一条第二種甲類一一)「乗用自動車」(第一条第二種甲類一四)等の資本財もしくは資本財たり得べきものも課税品目として掲げられ、その後の改正においてさらにこの種の品目が数多く追加されたこと、いわゆる消費的消費財と生産的消費財との区別はもともと相対的なものであつて、パチンコ球遊器も自家用消費財としての性格をまつたく持つていないとはいい得ないこと、その他第一、二審判決の掲げるような理由にかんがみれば、社会観念上普通に遊戯具とされているパチンコ球遊器が物品税法上の「遊戯具」のうちに含まれないと解することは困難であり、原判決も、もとより、所論のように、単に立法論としてパチンコ球遊器を課税品目に加えることの妥当性を論じたものではなく、現行法の解釈として「遊戯具」中にパチンコ球遊器が含まれるとしたものであつて、右判断は、正当である。
 なお、論旨は、通達課税による憲法違反を云為しているが、本件の課税がたまたま所論通達を機縁として行われたものであつても、通達の内容が法の正しい解釈に合致するものである以上、本件課税処分は法の根拠に基く処分と解するに妨げがなく、所論違憲の主張は、通達の内容が法の定めに合致しないことを前提とするものであつて、採用し得ない。
 従つて、本件賦課処分を当然無効であると断ずることはできないとした第一審判決を支持した原判決は正当であつて論旨は理由がない。

el 練習問題:私法上、灰色金利が違法と解釈された後の過払い金利の取戻しについて、これは遡及適用か?

em 国際課税に関して、OECDモデル租税条約コメンタリーが改訂された時に、コメンタリー改訂前の事例について改訂改定後のコメンタリーの解釈を当てはめるべきか否か(動的解釈、静的解釈などとも呼ばれる)という問題がある。どう考えるか? 参照:グラクソ事件・最判平成21年10月29日民集63巻8号1881頁…日本のタックスヘイヴン対策税制(外国子会社合算税制)をシンガポール法人の利得に関して適用することは日星租税条約(7条)に違反しないとした事例。[浅妻]尤もOECDコメンタリーは2003年改訂以前においても租税条約違反とならないという多数意見を載せていたので、動的解釈・静的解釈が争われた好例とは言い難いかもしれない。

en 通達をある日突然変えて課税に及んだ例としてはいわゆるストックオプション事件・最判平成17年1月25日民集59巻1号64頁百選4版37吉村政穂がある。所得分類について一時所得加給与所得かの争い。課税の是非について裁判所は触れてない(原告側代理人鳥飼弁護士は相当不服のようであるが)。しかし加算税の問題に関し、一時所得として所得税の申告をしたことにつき、国税通則法65条4項にいう「正当な理由」があり、過少申告加算税を賦課することは不当又は酷になるとされた事例として・最判平成18年11月16日判時1955号37頁(藤谷武史・ジュリスト臨時増刊1354号42頁)がある([浅妻]尤も、従来の「正当な理由」に関する判例と比べると、若干納税者に甘めの印象も受ける。学説の多くは、判例の従来の基準が納税者に厳しすぎると捉えているようである)。

eo §140.03 アドヴァンス・ルーリング(advance ruling)…納税者が予め課税当局に課税取扱について尋ね、課税当局が公定解釈を発すること。事前照会。

ep §150.01法律の施行地 オデコ大陸棚事件・東京高判昭和59年3月14日行集35巻3号231頁百選70浅妻章如
 大陸棚は「国内」=「施行地」に当たるとした事例。但し元々日本の課税権の地理的範囲が日本国内に限定されている訳ではない。例えば内国法人が外国で得た所得にも日本は課税する。他、竹島(事実上韓国が支配)に関し納税義務を肯定した事例として、東京地判昭和36年11月9日行集12巻11号2252頁。
 課税権の範囲の問題としては、地域的範囲の問題のみならず、外国大使館等には課税しない(主権免除または主権免税)などの人的問題もある(関連:東京高判平成16年11月30日訟月51巻9号2512頁)。アメリカ海軍が占有する土地家屋につき横須賀市長が固定資産税の賦課徴収を行なっていないことは「怠る事実の違法」に当たらないとした事例として、横浜地判昭和54年10月31日行集30巻10号1795頁。朝鮮総連に関し、北野弘久「『朝鮮総聯』の固定資産税問題」立命館法学2005年2・3号824頁。

eq 富の再分配の要請が必ずしも包括的所得概念の優位を基礎づけるとは限らないとも議論される。藤谷武史「所得税の理論的根拠の再検討」金子宏『租税法の基本問題』272頁(有斐閣、2007)が紹介するJoseph Bankman & David A. Weisbach, The Superiority of an Ideal Consumption Tax Over an Ideal Income Tax, 58 Stanford Law Review 1413 (2006)参照。念のため:藤谷論文自体は消費型所得概念の勝利宣言をしてない。その後の議論として、参照:Daniel Shaviro, Beyond the Pro-Consumption Tax Consensus, 60 Stanford Law Review 745 (December 2007); Joseph Bankman & David Weisbach, Reply: Consumption Taxation is Still Superior to Income Taxation, 60 Stanford Law Review 789 (December 2007); Chris William Sanchirico, A Critical Look at the Economic Argument for Taxing Only Labor Income, 63 Tax Law Review 867 (2010); Web Appendix http://ssrn.com/abstract=1680494; Joseph Bankman & David Weisbach, A Critical Look at Critical Look -- Reply to Sanchirico, 64 Tax Law Review 539 (2011); Chris William Sanchirico, A Counter-Reply to Bankman and Weisbach, 64 Tax Law Review 551 (2011)。
近年は勤労意欲への影響を考慮する最適課税論と呼ばれる議論も盛んになってきている。紹介として國枝繁樹「新しい最適所得税理論と日本の所得税制・最低賃金」一橋経済学5巻1号21-50頁(2011.7.30);国枝繁樹「最適所得税理論と日本の所得税制」租税研究2007年4月69頁;渡辺智之「最適課税論と所得概念」金子宏編『租税法の発展』297頁(有斐閣、2010)等。

er 増井良啓「債務免除益をめぐる所得税法上のいくつかの解釈問題(上下)」ジュリスト1315号192頁、1317号268頁。ただし所基通36-17の特例に留意。
 債務消滅益について東京地判平成19年11月16日税資257号順号10826・東京高判平成20年4月22日税資258号順号10944確定及び浅妻章如・速報税理2011年7月1日35頁;同・立教法学84号374頁参照。遺産分割に係る代償金が取得費に算入されないとする最判平成6年9月13日平成6(行ツ)78号判時1513号97頁集民173号79頁等との関係で考えても興味深い事案。
 遺産分割と譲渡所得帰属の関係は興味深い問題を引き起こす。千葉地判平成23年2月18日訟月58巻6号2528頁(請求棄却)・東京高判平成23年9月21日訟月58巻6号2513頁(控訴棄却・確定)…家事審判法15条の4の換価のための競売によって未分割遺産が売却されたことに係る譲渡所得は、具体的相続分がないとされ代金を取得しなかった相続人に対しても法定相続分の割合により帰属するとした事例。首藤重幸・ジュリスト1453号(平24重判)200頁参照。
 岡山地判平成25年3月27日平24(行ウ)6号請求認容、広島高岡山支判平成26年1月30日平25(行コ)9号控訴棄却、最一小判平成27年10月8日破棄差戻|(控訴審)原告(被控訴人。組合)が、その理事長の借入金債務の免除をしたところ、倉敷税務署長から、同債務免除に係る経済的利益が理事長に対する賞与に該当するとして、給与所得に係る源泉所得税の納税告知処分及び不納付加算税の賦課決定処分を受けたので、同債務免除益には所得税基本通達36−17本文の適用があり、源泉徴収義務はないなどして、被告(控訴人。国)に対し、各処分の取消しを求めたところ、原審が原告の請求を認容したため、被告が控訴した事案において、原判決は相当であるとして、本件控訴を棄却した事例。|(上告審)権利能力のない社団の理事長及び専務理事の地位にあった者が当該社団からの借入金債務の免除を受けることにより得た利益が所得税法28条1項にいう賞与又は賞与の性質を有する給与に当たるとされた事例(→拙ブログ2015/10/11参照)
 若木裕「ノンリコースローンを巡る課税上の諸問題について―債務免除益を中心に―」税務大学校論叢77号69-231頁(2013)

es 金融先物取引に係る損失が雑所得に係る損失であるとして損益通算を否定することが、憲法29・22条に違反しないとした事例として、福岡高判昭和54年7月17日訟月25巻11号2888頁
一審 福岡地判S52.12.15
 一、 請求原因
  1 原告は昭和四八年三月一五日被告に対し、昭和四七年分所得税の確定申告をして総所得金額を金四八四万六〇〇〇円(内訳(1)農業所得五万六〇〇〇円、(2)配当所得二六万円、(3)給与所得四五三万円)と申告したところ、被告は四九年七月九日付で右金額を金三八四八万〇五〇〇円、税額一八四八万〇五〇〇円に更正する旨の処分及び過少申告加算税、重加算税賦課決定処分を行ない、同月一〇日原告に通知した。
  2 原告はこれに対し、同年九月一〇日被告に異議の申立てをしたが同年一二月八日被告はこれを棄却した。
 さらに原告は、昭和五〇年一月八日国税不服審判所長に審査請求をしたところ、同所長は重加算税五五〇万四四〇〇円の部分のみを取消し、過少申告加算税を九一万九〇〇〇円に変更の上、更正処分に対する審査請求を棄却した。
 原告は昭和五一年八月九日その裁決書謄本の送達を受けた。
  3 しかしながら原告の昭和四七年分の所得は、前記申告額に右更正処分を受けた配当所得一六万五九九〇円と給与所得八八〇円を加算した五〇一万二八七〇円であり、被告が認定した雑所得三三二六万八一〇〇円は、原告の所得を過大に認定した違法がある。
 よつて原告は被告に対し本件更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分について、原告の昭和四七年度における総所得金五〇一万二八七〇円に対する所得税額七九万四八七六円を越える部分及び右過少申告に対する過少申告加算税一六〇〇円を越える部分の取消を求める。 [略]
 三、 被告の主張
  1 原告の昭和四七年分所得税の確定申告、更正処分及び裁決の内容は、別表(一)のとおりであつて、被告が昭和四七年度の原告の所得として主張するところは、同表裁決額と同一である。
  2 雑所得について
 原告は、原告、内田静子及び野田龍介名義で商品取引員である訴外株式会社サンライズ貿易(以下、これを訴外会社という。)と商品市場における上場商品の売買取引の委託契約を締結し、昭和四七年中において、その市場における商品の売買取引の委託により合計三三二六万八一〇〇円の所得を得ていたものである。
 なお、右雑所得の各名義別の内訳は、別表(二)のとおりである。
 四、 被告の主張に対する認否及び原告の主張
  1 第1項は認める。(但し、原告の雑所得が三三二六万八一〇〇円であるとの点を除く。)
  2 第2項については、別表(二)3野田龍介名義分、商品名毛糸における売買損が二三七八万六五〇〇円であるとの点(従つて、結果的に商品の売買取引の委託により合計三三二六万八一〇〇円の利益を得たとの主張を含めて)を除き、その余の事実は全て認める。
  3 原告の右野田名義での取引による売買損は五八七四万六一〇〇円であつて、被告主張額との差額三四九五万九六〇〇円は次の経緯によるものである。
 即ち、原告は昭和四七年一二月二〇日現在において、二月限月毛糸八八枚、三月限月四八枚、四月限月五〇枚の先物商品の売建玉残があつたので、同日訴外会社に対して右建玉に見合う商品を買付け決済すること(以下、本件取引という。)を委託した。その際、条件として一応指値を二一〇〇円とし、それで買付けができないときは同年の大納会(一二月二八日)の最終節で成行で買付け決済をつけるように注文し、右訴外会社はこれを承諾した。ところが、右注文を直接受けた訴外会社の事業部長渡辺真は取敢えず指値伝票の手続のみをして大納会で成行注文をして決済する旨の手続を失念して了つた。そこで、指値分の取引は結局不成立に終り、右失念に気付いた訴外会社は翌昭和四八年一月五日前記建玉の成行決済を行い、これにより原告の売買損金は四〇〇六万二〇〇〇円となつた。
  4 右事実からすれば、前記建玉の決済が行われたのは形式的には昭和四八年一月五日であるが、前述のとおり原告の意思としてはあくまで昭和四七年中に決済する心算であり、右注文は最終的には成行決済でも止むを得ないという内容であつたので、訴外会社が委託の趣旨に沿つて、これを実行したならば当然大納会で売買が成立した筈であつて、しかも商品取引所の会員でない原告としては訴外会社を相手として契約する他なく、同社の過失によつて売買が成立しなかつたとしても、手の施しようもないのであるから、これら商品取引の実体や原告の担税力の乏しいことを考えれば、被告は本件取引が大納会において成立したものと仮定して、大納会最終節値による決済後の損失金三四九五万九六〇〇円(値洗差金三四二一万五六〇〇円、手数料七四万四〇〇〇円)を原告の昭和四七年度の他の雑所得と通算し、雑所得がなかつたもの(マイナス部分は打切り)と認めるべきである。 [略]
理由
一、 請求原因1及び2項は、確定申告の総所得金額、更正処分の日付、更正金額、異議申立を棄却した日付を除いて、いずれも当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第五号証及び甲第八号証によれば、右の争いある事実のうち、確定申告の総所得金額は四八六万円、更正処分の日付は昭和四九年七月八日、更正金額は三八二八万〇九七〇円、異議申立てを棄却した日付は昭和四九年一二月七日であることがそれぞれ認められる。
二、 次に、被告の主張について判断するに、被告が原告の昭和四七年度の所得として主張する事実(被告主張第1.2項)のうち被告が別表(二)3野田龍介名義分、商品名毛糸における売買損は二三七八万六五〇〇円であると主張するのに対し、原告が同売買損は右二三七八万六五〇〇円に本件取引による売買損と見做すべき三四九五万九六〇〇円を加えた五八七四万六一〇〇円であると主張する他は全て当事者間に争いがない。
 ところで、原告の主張第3、4項の本件取引による売買損金が、昭和四八年一月五日に現実に、決済されたところでは四〇〇六万二〇〇〇円であり、仮にこれが昭和四七年一二月二八日大納会最終節値で決済されたとすると、三四九五万九六〇〇円となることは、当事者間に争いのない事実であるから、本件における争いは、結局右三四九五万九六〇〇円という損金(あるいは損金と見做すべき金額)を原告の昭和四七年度の雑所得に計上すべきか否かという点に帰するものと考えられる。
三、 そこで、この点について検討するに、原告が本件取引の委託契約から決済に至る経緯として主張する事実(原告主張第3項)については、原告が大納会最終節で成行で買付け決済をつけることを注文し、訴外会社がこれを承諾したこと及び訴外渡辺事業部長が右決済手続をするのを失念したことを除いて当事者間に争いがなく、右争いのある事実についても証人渡辺眞の証言及びこれにより成立の認められる甲第一ないし第三号証並びに原告本人尋問の結果によつてこれを認め得るのであるが、思うに商品取引に係る損益は、原告と訴外会社との間において、商品買付の委託契約が成立しただけでは、たといその委託の内容が成行で決済して欲しいとの趣旨であつたとしても、ただそれは委託に係る取引の成立する蓋然性が高いというに止まり、それ自体は委託価格特定のための一つの方法に過ぎないのであるから現実に右委託に係る反対売買が成立して決済が行われない限りその損益は確定せず、右決済が完了して始めてこれが明らかになるものと解されるから、結局右に述べたことからすれば、所得の確実性及び明確性という点からして、商品取引に係る所得の帰属年度はその委託による反対売買が成立して決済が行われた日の属する年度、即ち本件では昭和四八年度と解するのが相当であって、このように解するときは、確かに時として、本件のように自己の手の届かないところにおける受託者の過失によりその意に反した年度にその損益を計上せざるを得ず、他の雑所得との通算関係次第では予期に反する納税義務を負う結果となることもあろうが、これも期間損益計算を行う以上、ある程度止むを得ないことであつて、逆の事態も十分起り得るわけであるから、必ずしも一方的に納税者に不利益な解釈とも考えられず、これにより原告の被つた損害は基本的には原告と訴外会社との委託契約上の責任として考慮されるべき事柄であって、前述のように所得の確実性や明確性ということからすれば、原告主張事実をもつて特に本件のみを別異に解しなければならないものと考えられないから、結局原告の主張は採用の限りでなく、被告の本件更正及び過少申告加算税賦課決定処分には何ら取消されるべき違法の点は存しないものといわねばならない。

控訴審 福岡高判S54.7.17
  1 雑所得には、所得税法上他の所得との間の損益通算規程がないので、雑所得に損失金が発生した場合に他の種類の所得があるとしても、当該所得と損益の通算が出来ず、俗に言う損し放しの結果となる不合理を生ずる。これは財産権を保障した憲法第二九条に反する。
  2 被控訴人は、本件商品先物取引の委託契約に基づく所得について雑所得として課税しているところ、およそ、雑所得の性質については一回限りの所得というふうに考えられ、継続して又は多数の取引をすることは予想していないものというべきである。そもそも本件のような取引においては、一回限りのものでなく、一個の取引が翌年度にわたる場合もあるが、徴税当局において、利益はどこまでも課税するが損失金は認めないという態度を貫こうとして、もし投機的な経済行為について負の所得は考慮しないというのであれば、それは憲法上の職業選択の自由を侵害するものである。
  3 してみれば、本件控訴人の所得は、雑所得ではなく事業所得と認定さるべきものである。事業所得とみることによつて損益通算が可能となり、損失金について本件のように所得に負の部分があるにもかかわらず、その負の所得に見合う部分の課税がなされるという不合理が消滅するからである。
 なお、控訴人は他に本職を有しているとはいえ、数年度にわたりかつ各年間を通じて多くの取引をなし、その金額も多額に及んでいることを考えると、これを雑所得とみるのはもはや妥当ではない。
  4 したがつて、控訴人の本件所得の種類の認定は前記のとおり憲法第二九条(財産権の保障)及び第二二条(職業選択の自由)にも関するものであつて、被控訴人のなした雑所得との認定は憲法に反するものと言わざるをえない。
 二 本件所得の帰属年度について
 控訴人が、訴外会社に対し成り行き註文を出した以上その取引は絶対的に成立する関係にあるから、控訴人の所得時期の発生は昭和四七年の大納会において成立したものとみるのが合理的である。
 当審における被控訴人の主張
 一 本件所得が雑所得であることについて
  1 雑所得については、所得税法は他の九種類の各種所得のいずれにも該当しない所得をいう(所得税法第三五条第一項)旨の消極的な規定があるのみで積極的な要素に着目して定義した規定はない。すなわち、他の各種所得として認められるに必要な各要件を満たすに至らないものはすべて雑所得に分類されることになるのであるから、雑所得が一回限りの所得であることを要し、継続的または多数の取引にかかる所得は雑所得ではない旨の控訴人の主張は前記雑所得の性質の把握において誤りである。
  2 本件において、控訴人の本件所得が積極的に事業所得としての要件を具備しているか否かについてみるに
   (一) 事業所得にいう「事業」といいうるためには、単に有償性ないし営利性の有無、継続性ないし反覆性の有無のみならず、一般に事業と客観的に認識されうるだけの社会的実体を具備していることが必要である。
   (二) そもそも商品先物取引は、短期間における価格の変動を利用して売買差益を稼ぐという投機性の強いもので、恒常的な収益を期待できるものとはいえず、本来事業に馴染みがたい性格を有するものであるが、控訴人は生活の資の大部分を本業である九州電気建設工業株式会社の取締役技術部長として同会社から得ており、その本業の余暇において、その余剰資産の運用のために本件商品先物取引委託契約関係を形成しているに過ぎず、そのための人的物的設備はなんら有しておらず、訴外会社を信頼しこれに完全に依存していた。
   (三) 事業所得を生ずべき本業を開始した際には所轄税務署長に対し開業の届出書を提出しなければならないところ、控訴人はその開業届を提出しておらず、また控訴人自身も所得税の確定申告に際し商品先物取引にかかる所得を雑所得として申告し事業所得としての認識もなかつた。
  3 所得税法が、雑所得につきいわゆる損益通算を認めていないのは次のとおり合理的な理由が存するのであつて、控訴人の憲法違反の主張は理由がない。
   (一) 雑所得には種々の態様のものがあるが、必要経費が殆んどかからないか、また、かかつても収入を上廻ることのないのが大部分であり、これについて損益通算の規定を置くことが無意味である。
   (二) 雑所得では、支出の内容が家事関連費的な性質を有するものが少くなく、これらについて損益通算を認めるとすれば、所得計算のあり方について混乱を生ぜしめるおそれがある。
   (三) 支出内容が趣味的、娯楽的ないし奢侈的な傾向を有するものが少くなく、その支出には所得の処分たる性質が認められ、反面これによる収入は生活の資をうる目的ではなく余剰資産の運用によつて得られるもので、いわば副収入的な性格のものであると考えられるから、たまたま損失が生じたとしても担税力がないとはいえないというべきものであつて、これに損益通算を認めればかえつて課税上不合理を招来する結果となる。
 二 本件所得の帰属年度について
 成り行き註文にかかる売買は、多くの場合成立することになるかも知れないが、それは受託者が受託した註文を取引の場に出すことが前提であつて、受託者が受託した註文を売買取引の場に出さないにもかかわらず、当該委託にかかる売買が成立したとみる余地はないから、現実に委託にかかる売買が成立し決済が行われたときに損益が帰属するというべきである。 [略]
理  由 [略]
 一 原判決七枚目表二行目の「き金額)」の次に「雑所得とみることができるか否かの点と雑所得であることが肯認されたとしてこれを」を加える。
 二 原判決七枚目表四行目の前に「三」として次のとおり付加する。
 そこで、控訴人の本件所得が事業所得である旨の主張について検討する。
  1 所得税法第二七条第一項、同法施行令第六三条の規定によれば、事業所得とは「対価を得て継続的に行う事業から生ずる所得」を指称するところ、右にいう「事業」とは、社会通念に照らし事業と認められるもの、すなわち個人の危険と計算において独立的に継続して営まれ、かつ事業としての社会的客観性を有するものと解すべきである。
  2 控訴人の本件商品先物取引の実態についてみると、<証拠略>および弁論の全趣旨によれば、控訴人は、九州電気建設工事株式会社取締役技術部長としての本業を有しているものであるが、昭和三五、六年ころから商品先物取引を始め、当初は小豆を中心にやがて毛糸、人絹等にも手をひろげ年間相当枚数の取引をしており、昭和四六年から訴外会社と取引するようになつたが、当初のころからの知己である訴外会社の会長加藤幸男に全幅の信頼を寄せ「支店長に権限をまかせるというふうな感覚」で同人に取引の代行をさせ、最終的には自分で判断することになるとしても、個々の取引に当つての委託買付等の計算報告書も訴外会社から一度も送付を受けたことがなく、加藤および訴外会社に殆んど一任し自己の計算で架空人名義の取引がなされていたことさえ知らなかつたことが認められ、右事実によれば、控訴人の本件商品先物取引が営利性、継続性を有することは認められるものの控訴人の余剰資金の運用を加藤幸男を通じて訴外会社に殆んど一任していたものであり、恒常的な収益をそこから容易に期待しえないばかりか事業としての社会的客観性にも乏しいものと言わざるをえず、いまだこれをもつて事業と認めることは出来ない。
  3 控訴人は、本件所得が事業所得ではなく雑所得と認定されるとすれば、それは雑所得と他の所得との間に損益通算の規定が設けられていないことからして憲法上財産権及び職業選択の自由の侵害になると主張するが、所得税法が立法政策として所得分類制を採用しているのは、所得がその性質により担税力を異にし、担税力に即した公平な課税を行うために所得をその性質ごとに分類したうえその担税力に適した計算方法と課税方法を定める必要があることに由来し、雑所得と他の所得の間には所得の発生する状況に差異があり、雑所得においては、多くは余剰資産の運用によつて得られるところのものであり、その担税力の差に着目すれば、雑所得に他の所得との損益通算の規定がないことにはそれ相当の合理性を認めることができるから、それをもつて憲法第二九条、第二二条に違反するとの見解は採用できない。
 三 原判決七枚目表四行目の「三」を「四」に、同八枚目表一一行目の「四」を「五」にそれぞれ改め、同行冒頭の「そこで、この点について検討するに」を「ついで、右損金を控訴人の昭和四七年の雑所得に計上すべきか否かの点について検討するに」に改め、同七枚目裏四行目冒頭に「(当審証人福島要の証言によれば、商品先物取引における成り行き註文の場合は商いが非常に少いとか売買の状態が一方に偏しているような特殊の場合を除けば取引が全部成立するものであることが認められるが、それとて受託者が受託した註文を取引の場に出したことが前提であつて、右のことから直ちに損益が確定するものと認められない)」を加える。

et 行田電線株式会社・最判昭和43年5月2日民集22巻5号1067頁
 上告代理人野村清美、同仲森久司の上告理由第一点について。
 旧法人税法(昭和二二年法律第二八号、以下単に法と称する。)三五条五項は、審査の請求に対する決定の通知は、その決定をした理由を附記した書面によるべきことを定めたものにすぎない。従って、その通知書に附記されたところが、たとえ法令の解釈を誤った失当のものであったとしても、それが決定をした理由と認めうる内容のものであるならば、理由の附記として欠けるところはないのである。ところで、本件において被上告人大阪国税局長の審査決定通知書の附記が右にいう理由の附記と認めるに足りることは、原判決の引用する第一審判決の判示するとおりである。してみると、これを法三五条違反とする所論の理由のないことは明らかであり、さらに租税法律主義にもとり違憲とする所論もひつきよう理由附記の有無と理由の内容の当否とを混同し、違憲に名を藉りて法三五条の解釈を争うものにほかならない。論旨はいずれも採用しがたい。
 同第二点について。
 法人の各事業年度における純益金額、欠損金額のごときは、企業会計上表示される観念的な数額にすぎず、被合併会社におけるこれら数額は、もとより商法一〇三条に基づき合併の効果として合併会社に当然承継される権利義務に含まれるものではない。
 論旨は、被合併会社が青色申告者として法九条五項により与えられた欠損金額繰越控除の特典は一の権利であり、権利である以上、商法一〇三条により合併会社に当然承継せらるべく、このことは法三条の趣旨からも明らかであるがごとく主張するが、すでに欠損金額の当然承継を認めがたい以上、右数額を基礎としてその繰越控除のできる特典が当然受け継がれるものとは考えられない。おもうに、欠損金額の繰越控除とは、いわば欠損金額の生じた事業年度と所得の申告をすべき年度との間における事業年度の障壁を取り払ってその成果を通算することにほかならない。これを認める法九条五項の立法趣旨は、原判決の説示するように、各事業年度毎の所得によって課税する原則を貫くときは所得額に変動ある数年度を通じて所得計算をして課税するに比して税負担が過重となる場合が生ずるので、その緩和を図るためにある。されば、欠損金額の繰越控除は、それら事業年度の間に経理方法に一貫した同一性が継続維持されることを前提としてはじめて認めるのを妥当とされる性質のものなのであって、合併会社に被合併会社の経理関係全体がそのまま継続するものとは考えられない合併について、所論の特典の承継は否定せざるをえない。合併会社とは無関係な経営のもとに生じた被合併会社の既往の欠損金額を合併によりこれと経営を異にする合併会社に承継利用させる合理的な理由は、通常の場合見出だしがたく、また被合併会社の欠損金額は、合併会社において受入資産の価額の定め方によって当然調整できるものであるから、普通には欠損金額の引継などを考慮する要もないのである。結局、合併による欠損金額の引継、その繰越控除の特典の承継のごときは、立法政策上の問題というべく、それを合理化するような条件を定めて制定された特別な立法があって、はじめて認めうるものと解するのが相当であり、所論の商法一〇三条、法三条の規定も、右のように解するのにつきなんら妨げとなるものではない。要するに原判決が合併会社である上告人につき被合併会社の欠損金額繰越控除の特典の承継を否定したのは正当であって、これを非難する論旨は理由がない。
 同第三点について。
 法九条五項が欠損金額の繰越控除を青色申告者の特典としていること自体、租税政策上の考慮に出でたものであることは明らかである。税法がこのような考慮、あるいは経済政策ないし社会政策的見地から特定の事項について独自な課税上の取扱いを定めることがあっても、それが国会の立法に基づくかぎり、租税法律主義に反するものということはできない。また実質的課税の原則も政策的な考慮を加えた税法規の制定を否定するものではない。されば、これら政策的な考慮はすべて許されないものとして、原判決が税法において一定額の税収入をあげまたは特定の事業を保護育成するということを望ましいとする政策的配慮から、会計の計算規定について商法のそれとはおのずから異なるものがあることは当然である旨を説示したのを非難する論旨は肯認しがたい。商法一〇三条によっては被合併会社の欠損金額の繰越控除の関係の合併会社への承認を認めがたいとした原判決の判断は前叙のとおり正当であって、これを違法とする所論は、採用に値しない。
 同第四点について。
 原判決は、さきに述べたように法第九条五項の立法趣旨を説き、従ってこの立法趣旨からすれば、欠損金額の繰越控除が許されるためには、当該法人が独立の人格とその同一性を保っていることを当然の前提とするものと解すべきものとし、この見地から、吸収合併においては、被合併会社は合併の日に消滅するが、合併会社はそのまま人格の独立性と同一性を保持しているから、合併後従前の繰越欠損を控除することは、なんら法九条五項の法意に反するものでない旨を判示したのである。それは判文上明らかというべく、これに理由不備の違法は認められない。論旨は、原判決を正解しないもので、採用できない。

eu 所税36条が「収入すべき」と規定し、かつこの文言の意味は原則として権利確定主義の表れとして理解されているのに、なぜ現行通達のように「適法であるかどうかを問わない」と言えるのか?(所得税法は自主占有に着目しているのではないかby渕圭吾「所得課税における年度帰属の問題」金子宏『租税法の基本問題』(有斐閣、2007)200頁)

ev 最高裁判所第一小法廷平成25年(行ヒ)第35号 平成26年9月25日判決
       主   文
原判決を破棄する。
被上告人の控訴を棄却する。
控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人岩谷彰,同水島有美,同谷川光洋の上告受理申立て理由について
1 本件は,被上告人が,坂戸市長から自己の所有する家屋に係る平成22年度の固定資産税及び都市計画税(以下,併せて「固定資産税等」という。)の賦課決定処分を受けたことについて,被上告人は同年度の賦課期日である平成22年1月1日の時点において登記簿又は家屋補充課税台帳に上記家屋の所有者として登記又は登録されていなかったから,上記家屋に係る同年度の固定資産税等の納税義務者ではなく,上記賦課決定処分は違法であると主張して,上告人を相手に,その取消しを求める事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)被上告人は,平成21年12月7日,埼玉県坂戸市内において,第1審判決別紙物件目録記載の家屋(以下「本件家屋」という。)を新築し,その所有権を取得した。
(2)平成22年1月1日の時点では,本件家屋につき,登記はされておらず,家屋補充課税台帳における登録もされていなかった。
 平成22年10月8日,本件家屋につき,所有者を被上告人として,登記原因を「平成21年12月7日新築」とする表題登記がされた。
 坂戸市長は,平成22年12月1日,本件家屋につき,平成22年度の家屋課税台帳に,所有者を被上告人,建築年月を平成21年12月,新増区分を新築とするなどの所要の事項の登録をした。
(3)坂戸市長は,平成22年12月1日,被上告人に対し,本件家屋に係る平成22年度の固定資産税等の賦課決定処分(以下「本件処分」という。)をした。
3 原審は,上記事実関係の下において,要旨次のとおり判断し,本件処分は違法であるとして,その取消しを求める被上告人の請求を認容すべきものとした。
 地方税法(以下「法」という。)343条1項及び2項前段における家屋の「所有者」とは,当該家屋について登記簿又は家屋補充課税台帳に所有者として登記又は登録されている者をいうとされており,上記の要件の充足の有無は,賦課期日である1月1日(359条)において判断されるべきものであるから、家屋については,これを現実に所有している者であっても,賦課期日の時点において登記簿又は家屋補充課税台帳に所有者として登記又は登録されていない限り,法343条1項及び2項前段における家屋の「所有者」として固定資産税の納税義務を負うものではないというべきである。本件において,被上告人は,本件家屋について,平成22年度の賦課期日である平成22年1月1日の時点において登記簿又は家屋補充課税台帳に所有者として登記又は登録されていた者ではないから,法343条1項及び2項前段における家屋の「所有者」として同年度の固定資産税の納税義務を負うものではなく,法702条2項に基づいて同年度の都市計画税の納税義務を負う者にも該当しない。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。 
(1)固定資産税は,土地,家屋及び償却資産の資産価値に着目し,その所有という事実に担税力を認めて課する一種の財産税であるところ,法は,その納税義務者を固定資産の所有者とすることを基本としており(343条1項),その要件の充足の有無を判定する基準時としての賦課期日を当該年度の初日の属する年の1月1日としている(359条)ので,上記の固定資産の所有者は当該年度の賦課期日現在の所有者を指すこととなる。
 他方,土地,家屋及び償却資産という極めて大量に存在する課税物件について,市町村等がその真の所有者を逐一正確に把握することは事実上困難であるため,法は,課税上の技術的考慮から,土地又は家屋については,登記簿又は土地補充課税台帳若しくは家屋補充課税台帳(以下,両台帳を併せて単に「補充課税台帳」という。)に所有者として登記又は登録されている者を固定資産税の納税義務者として,その者に課税する方式を採用しており(343条2項前段),真の所有者がこれと異なる場合における両者の間の関係は私法上の求償等に委ねられているものと解される(最高裁昭和46年(オ)第766号同47年1月25日第三小法廷判決・民集26巻1号1頁参照)。
 このように,法は,固定資産税の納税義務の帰属につき,固定資産の所有という概念を基礎とした上で(343条1項),これを確定するための課税技術上の規律として,登記簿又は補充課税台帳に所有者として登記又は登録されている者が固定資産税の納税義務を負うものと定める(同条2項前段)一方で,その登記又は登録がされるべき時期につき特に定めを置いていないことからすれば,その登記又は登録は,賦課期日の時点において具備されていることを要するものではないと解される。
 そして,賦課期日の時点において未登記かつ未登録の土地若しくは家屋又は未登録の償却資産に関して,法は,当該賦課期日に係る年度中に所有者が固定資産税の納税義務を負う不足税額の存在を前提とする定めを置いており(368条),また,賦課期日の時点において未登記の土地又は家屋につき賦課期日後に補充課税台帳に登録して当該年度の固定資産税を賦課し(341条11号,13号,381条2項,4項),賦課期日の時点において未登録の償却資産につき賦課期日後に償却資産課税台帳に登録して当該年度の固定資産税を賦課する(381条5項,383条)ことを制度の仕組みとして予定していると解されること等を踏まえると,土地又は家屋に係る固定資産税の納税義務の帰属を確定する登記又は登録がされるべき時期について上記のように解することは,関連する法の諸規定や諸制度との整合性の観点からも相当であるということができる。
 以上によれば,土地又は家屋につき,賦課期日の時点において登記簿又は補充課税台帳に登記又は登録がされていない場合において,賦課決定処分時までに賦課期日現在の所有者として登記又は登録されている者は,当該賦課期日に係る年度における固定資産税の納税義務を負うものと解するのが相当である。
 なお,土地又は家屋について,賦課期日の時点において登記簿又は補充課税台帳に登記又は登録がされている場合には,これにより所有者として登記又は登録された者は,賦課期日の時点における真の所有者でなくても,また,賦課期日後賦課決定処分時までにその所有権を他に移転したとしても,当該賦課期日に係る年度における固定資産税の納税義務を負うものであるが(最高裁昭和28年(オ)第616号同30年3月23日大法廷判決・民集9巻3号336頁,前掲最高裁昭和47年1月25日第三小法廷判決参照),このことは,賦課期日の時点において登記簿又は補充課税台帳に登記又は登録がされていない場合に,賦課決定処分時までに賦課期日現在の所有者として登記又は登録されている者が上記のとおり当該年度の固定資産税の納税義務を負うことと何ら抵触するものではない。
(2)前記事実関係等によれば,被上告人は平成21年12月に本件家屋を新築してその所有権を取得し,本件家屋につき,同22年10月に所有者を被上告人として登記原因を「平成21年12月7日新築」とする表題登記がされ,平成22年12月1日に本件処分がされたものであるから,被上告人は,賦課決定処分時までに賦課期日である同年1月1日現在の所有者として登記されている者として,本件家屋に係る平成22年度の固定資産税の納税義務を負うものというべきである。
 また,法は,都市計画税の納税義務者を市街化区域等に所在する土地又は家屋の所有者とし(702条1項),その賦課期日を当該年度の初日の属する年の1月1日としており(702条の6),上記の所有者とは当該土地又は家屋に係る固定資産税について343条(3項,8項及び9項を除く。以下同じ。)において所有者とされ又は所有者とみなされる者をいうと定めている(702条2項)ところ,上記のとおり,被上告人は,賦課決定処分時までに賦課期日現在の所有者として登記されており,本件家屋に係る平成22年度の固定資産税について法343条において所有者とされる者であるから,本件家屋に係る同年度の都市計画税についても納税義務を負うものというべきである。
 したがって,被上告人を納税義務者として本件家屋に係る平成22年度の固定資産税等を賦課した本件処分は,適法である。
5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上に説示したところによれば,被上告人の請求は理由がなく,これを棄却した第1審判決は正当であるから,被上告人の控訴を棄却すべきである。

ew  論旨は、要するに、本件更正処分が再更正処分によつて取り消されたとして、更正処分の取消を求める訴の利益を否定した原審の判断は、法人税法(昭和三四年法律第八〇号による改正前のもの。以下同じ。)三一条一項の適用を誤つたものである、という。
 上告人は、被上告人税務署長が上告人に対し昭和三三年三月三一日付をもつてした昭和三一事業年度の法人税に関する更正(第一次更正処分)の取消を求めるものである。しかして、原判決の確定した事実によれば、被上告人税務署長は、本件訴訟係属後の昭和三五年四月三〇日にいたり、訴訟で攻撃されている右更正処分の瑕疵を是正するために、同日付で、更正の用紙を用い、上告人の昭和三一事業年度の所得金額を確定申告書記載の金額に減額する旨の再更正(第二次更正処分)と、更正の具体的根拠を明示して、申告に係る課税標準及び税額を第一次更正処分のとおりに更正する旨の再々更正(第三次更正処分)をなし、右二個の処分の通知書を一通の封筒に同封して上告人に送付した、というのである。右の事実関係の下においては、第二次更正処分は、第三次更正処分を行なうための前提手続たる意味を有するにすぎず、また、第三次更正処分も、実質的には、第一次更正処分の附記理由を追完したにとどまることは否定し得ず、また、かかる行為の効力には疑問がないわけではない。しかしながら、これらの行為も、各々独立の行政処分であることはいうまでもなく、その取消の求められていない本件においては、第一次更正処分は第二次更正処分によつて取り消され、第三次更正処分は、第一次更正処分とは別個になされた新たな行政処分であると解さざるを得ない。
 されば、第一次更正処分の取消を求めるにすぎない本件訴は、第二次更正処分の行なわれた時以降、その利益を失うにいたつたものというべく、これと同趣旨に出た原審の判断は正当であり、論旨は、排斥を免れない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官田中二郎の反対意見があるほか、全裁判官一致の意見により、主文のとおり判決する。
 裁判官田中二郎の反対意見は、次のとおりである。
 本件は、更正処分の取消訴訟の性質をどのように理解するかにかかる問題であり、さらに一般的に、取消訴訟の本質ないし訴訟物をどう考えるべきかの根本問題につながる問題でもある。この点について多数意見の示した見解は、従来の普通の見解に従つたものといえるが、このような従来の一般の考え方に対して、私は、疑問を抱かざるを得ない。本件の結論として、私は、多数意見とは反対に、原判決及び第一審判決を破棄して第一審に差し戻し、第一審において、本案について実体判断を下すべきものと考える。
 次にその理由を述べる。
一、まず第一に、更正処分の取消訴訟の本質をどう考えるべきか、その訴訟物をどう理解すべきかが問題である、従来一般には、更正処分の取消訴訟は、特定の更正処分そのものの取消を求める訴訟として理解されてきた。そして多数意見も、この従来の普通の見解に従い、本件第一次更正処分は、これに対する取消訴訟の提起後、第二次更正処分によつて取り消され、第三次更正処分は、第一次更正処分とは別個になされた新たな行政処分であるとし、第一次更正処分の取消を求めるにすぎない本件訴は、第二次更正処分の行なわれた時以降、その利益を失うにいたつたものとみるべきであるとし、これと同趣旨に出た原審の判断を正当として支持している。
 更正処分の取消訴訟を法文の字句に即して形式的に解釈すれば、右のような考え方も一応成り立つであろう。しかし、この訴訟の本来の狙いに即して実質的に解釈すれば、確定申告額の正当性を主張する納税者たる原告は、更正処分によつて正当な納税額を超える課税をされたことに対して、当該更正処分を形式上の手がかりとして、実質的に当該更正処分による課税の違法を主張し、その違法状態の排除を求めているものにほかならない。もつとも、訴訟手続的には、再更正・再々更正等の処分がされた場合に、これらの処分に不服がある者は、不服申立前置を必要としないで、訴の追加的併合(又は訴の変更)をなし、あわせて(又はその)裁判を求めることができることになつてはいるが、このような行政庁の一方的な再更正・再々更正の処分に対し、常に納税者に相次いで訴の追加的併合(又は訴の変更)をなすべきことを要求するということは、あまりにも、訴訟技術に拘泥しすぎ、納税者の救済制度の趣旨にそわない解釈であるというべきではなかろうか。私としては、第一次の更正処分の取消訴訟が提起された後、さらに第二次の再更正処分、第三次の再々更正処分等がなされた場合において、これらの処分が、依然、納税者が正当として主張する税額を超えるものである以上、第一次更正処分の取消訴訟は、このような違法状態の排除を求めることに、その本来の目的があるのであるから、必ずしも、常に訴の追加的併合(又は訴の変更)の措置をまつまでもなく、第二次の再更正処分及び第三次の再々更正処分も、第一次更正処分の取消を求める訴訟の中に含まれるものと解するのが更正処分に対する取消訴訟の救済制度としての趣旨・目的にそう解釈ではないかと考える。
二、右に述べたところは、一般的に、更正処分の取消を求める訴訟についていい得るところであるが、仮りに一般的に、こういう解釈をすることに問題があるとしても、少なくとも、本件の具体的事案については、右に述べた結論を支持する理由があると思う。次に、その理由を述べる。
 具体的に本件の更正処分の経過をみるに、本件では、第一次更正処分が取消訴訟の対象とされた後に、上告人(原告)の所得金額を確定申告書記載の金額と同額とする旨の第二次の再更正処分と、更正の理由附記を追完しただけで、申告にかかる課税標準及び税額を第一次更正処分のとおり更正する旨の第三次の再々更正処分とが、同時に、一通の封筒に同封されて上告人に送付されたというのである。してみれば、これらの第二次の再更正処分と第三次の再々更正処分とは、それぞれ、別個の処分のような形式をとつてはいても、これらの処分を、それぞれ、別個にされた有効な更正処分とみるべきかどうか頗る疑わしく、かえつて、第二次の再更正処分は、第一次更正処分が理由附記を欠く瑕疵を有することを認めて、一応、形式上これを白紙に戻すこととすると同時に、第三次の再々更正処分によつて、課税標準及び税額は、第一次更正処分のとおりにしたまま、その理由附記を追完しただけにすぎないのであつて、第二次の再更正処分と第三次の再々更正処分とは、相まつて、第一次更正処分に理由附記を追完するためにとられた措置にほかならないのではなかろうか。従つて、たとえ、形式上、別個の処分のような形式・外観をもつていても、法律が一般に予定しているように更正処分が新らしい事実の判明するに伴つて次々に積み重ねられていく場合(この場合にも、第一次更正処分の取消訴訟の目的が消滅すると解すべきではなく、新たに加えられた部分のみが、右の取消訴訟の対象になつていないという解釈をする余地があるにすぎないと考える。)とは、全くその性質を異にし、単に理由附記を追完するための便宜措置として、第二次及び第三次の更正処分を同時にしたにすぎず、これらを、それぞれ、全く別個独立の処分と考えるべきものではない。むしろ、その内容と実質について考察すべきであつて、この見地からすれば、第二次の再更正処分及び第三次の再々更正処分は、本来の更正処分とみるべきものではなく、第一次更正処分と第三次の再々更正処分とがその理由附記が追完されている以外は、その内容が同一である点からみても、理由を附記するためだけの修正・正誤にほかならず、取消訴訟上、別個独立の処分とみるべきものではない。殊に、本件取消訴訟の対象になつているのは、正に、その内容であつて、内容そのものは何ら異なるところはない(第二次の再更正処分は、形式上、原告の主張するとおりに更正しているのである)のであるから、訴の追加的併合(又は訴の変更)の措置をとるまでもなく、第三次処分の内容が、正に、本件訴訟の対象になつていると解すべきである。この点に関する多数意見のとる見解は、処分の形式・外観に拘泥しすぎ、訴訟技術の末に走つた感があつて、とうてい賛成することができない。
三、最後に、一言つけ加えておきたいことは、若し、多数意見の認めるように、被告行政庁の側で、自由に、第二次、第三次の更正処分を行なうことができ、しかも、原告側で、これに応じて、訴の追加的併合(又は訴の変更)をしない以上、その主張がすべて排斥されざるを得ないことになれば、原告側の煩は堪えがたく、殊に、訴訟法に精通しない原告側は、被告行政庁側の措置にふり廻わされることになつて、救済制度として重要な役割を果すべき取消訴訟の目的は達せられないことになることをおそれざるを得ない。
 このような被告行政庁側の措置が、敗訴を免れるために意識的にされたような場合には、あるいは更正権の濫用として、あるいは信義則の違反として、その効力を否定することもできるであろうが、そのような理論をまつまでもなく、訴訟の実体を洞察し、納税者や一般国民の納得のいく判断がなされなければならない。本件についても原告に門前払いを喰わせることなく、実体について判断を下すのが相当で、原判決及び第一審判決を破棄し、第一審に差戻し、本案について審議させるべきものと考える。

ex 2003年の「腐敗の防止に関する国際連合条約」→平成18年6月2日国会承認。
受領者側の扱いで、賄賂ではないが真っ当な政治献金の一部として、所税9条1項18号の非課税規定を参照。なお個人からの贈与については相続税法21条の3第1項6号が贈与税非課税とする。

ey 法人税の交際費についてであるが、オリエンタルランドから右翼団体幹部の関連事業者に支払われた「清掃委託料」について最決平成22年10月8日平成22年(行ツ)262号平成22年(行ヒ)266号判例集未登載・東京高判平成22年3月24日平成21年(行コ)276号判例集未登載TAINS Z888-1447(控訴棄却)・東京地判平成21年7月31日判時2066号16頁(請求棄却)☆358o ☆38p4
 アメリカにおける違法費用控除否定についてDouglas A. Kahn & Howard Bromberg, The Tax Provisions Denying a Deduction for Illegal Expenses and Expenses of an Illegal Business Should Be Repealed, 18 Fla. Tax Rev. ___ (2016)

ez 参照:中里実『金融取引と課税』147-229頁(有斐閣、1998年、初出:中里&Ramseyer「所得税における借入金利子の取り扱いに関する比較法的研究」一橋大学研究年報法学研究17号1-96頁1987年)。ところで、そもそも建築関連企業の政治力により、更に様々な所で持ち家促進政策が採られている(これは日本に特有の現象でもない――建築関連産業への優遇は景気への波及効果が大きいと考えられているからか?)ので今更所得税一般による持ち家優遇を指摘する意義は小さいのかもしれない。

fa 柴由花「金融所得課税の現状と動向―オランダ資本所得の課税ベースを中心として―」税研152号21-27頁(2010.7)、22頁参照。尤も帰属家賃に課税するから租税負担が重くなるとも限らず、経費控除を通じて却ってオランダでは租税回避が蔓延っているとも云われる。帰属家賃に課税すべきか否か、課税するとしてどのようにかの設計の問題の難しさが伺われる。

fb しかし実際上はマイナスが0に戻っただけかそれとも0を超えることになるかの区別を9条1項17号の文言だけに頼って判断するのは困難な場面も多々ある。参照:玉國文敏「懲罰的損害賠償金の課税所得性――米国連邦裁判例等に見る新展開――」『金子宏先生古稀祝賀・公法学の法と政策上巻』(有斐閣、2000)489頁;宮崎綾望「所得税法上の損害賠償金非課税の理論的根拠――米国における議論を参考に――」産大法学46巻4号536頁(2013.2)。

所税令30条2号「不法行為その他突発的な事故により資産に加えられた損害」について、商品先物取引の売買差損等にかかる損害(和解金)の非課税所得該当性を認めた事例として大分地判平成21年7月6日平成19年(行ウ)6号先物取引裁判例集57号24頁(租税判例研究会第685回2010年9月17日碓井光明報告…損害賠償金は7条の所得に当たるとしつつ9条により非課税になるという論理構成を採っている)・福岡高判平成22年10月12日平成21年(行コ)33号先物取引裁判例集61号59頁。類例、名古屋地判平成21年9月30日判時2100号28頁・名古屋高判平成22年6月24日先物取引裁判例集60号40頁 |参照:平成23年度新司法試験第2問

fc ライブドア事件・神戸地判平成25年12月13日判時2224号31頁 (確定)
争点1@[所得税法施行令30条柱書括弧書「各種所得の金額の計算上必要経費に算入される金額を補てんするための金額」該当性] 「別件事件判決は、C株式の取得時における取得価額と本件虚偽記載がなかったと仮定した場合のC株式の取得時の想定価額(本来あるべき価額)の差額、すなわち、取得時差額に相当する損害として……損害額を算定した」。「取得時差額に相当する部分は、虚偽記載による取引所市場の評価の誤りに基づく損害として、本件公表によりC株式の市場価額が暴落したときに現実の損害に転化し、Xらがその譲渡による収入金額を得る以前において、その後の譲渡とは無関係に、C株式の価値として失われる」。「本件損害賠償金が補てんした取得時差額に相当する損害は……失われたC株式の価値に係る損失であり、それが本件損害賠償金により補てんされる以上、別段の定めである法51条4項により、その損害が発生した本件公表の日の属する平成18年分の雑所得の金額の計算上、必要経費には算入されない」。「『必要経費』の意義及び範囲に関する所得税法の規定に即して検討すれば、本件損害賠償金によって補てんされる部分の金額は、法37条1項の『別段の定め』である法51条4項(2つ目の括弧書き)に基づき、必要経費から除かれることになるから、本件損害賠償金は、『必要経費に算入される金額を補てんするための金額』(令30条柱書き括弧書き)に該当するものではない。」
争点1A[令30条2号括弧書(令94条1項参照)の非課税所得除外事由該当性]
「本件損害賠償金は、虚偽記載という違法行為がなかったとしたならば得られたであろう収益を補てんするものではなく、虚偽記載の公表によって失われたC株式の価値、すなわち資産に加えられた損失を回復させるものであるから、『収入金額に代わる性質を有するもの』(令94条1項柱書き)とはいえない。」
争点2以下は割愛

所得税法51条1項 居住者の営む不動産所得,事業所得又は山林所得を生ずべき事業の用に供される固定資産その他これに準ずる資産で政令で定めるものについて,取りこわし,除却,滅失(当該資産の損壊による価値の減少を含む。)その他の事由により生じた損失の金額(保険金,損害賠償金その他これらに類するものにより補てんされる部分の金額及び資産の譲渡により又はこれに関連して生じたものを除く。)は,その者のその損失の生じた日の属する年分の不動産所得の金額,事業所得の金額又は山林所得の金額の計算上,必要経費に算入する。
4項 居住者の不動産所得若しくは雑所得を生ずべき業務の用に供され又はこれらの所得の基因となる資産(山林及び法62条1項(生活に通常必要でない資産の災害による損失)に規定する資産を除く。)の損失の金額(保険金,損害賠償金その他これらに類するものにより補てんされる部分の金額,資産の譲渡により又はこれに関連して生じたもの及び1項若しくは2項又は法72条1項(雑損控除)に規定するものを除く。)は,それぞれ,その者のその損失の生じた日の属する年分の不動産所得の金額又は雑所得の金額(この項の規定を適用しないで計算したこれらの所得の金額とする。)を限度として,当該年分の不動産所得の金額又は雑所得の金額の計算上,必要経費に算入する。

所得税法施行令30条 法9条第1項第16号(非課税所得)に規定する政令で定める保険金及び損害賠償金(これらに類するものを含む。)は,次に掲げるものその他これらに類するもの(これらのものの額のうちに同号の損害を受けた者の各種所得の金額の計算上必要経費に算入される金額を補てんするための金額が含まれている場合には,当該金額を控除した金額に相当する部分)とする。
1号 損害保険契約に基づく保険金及び生命保険契約に基づく給付金で,身体の傷害に基因して支払を受けるもの並びに心身に加えられた損害につき支払を受ける慰謝料その他の損害賠償金(その損害に基因して勤務又は業務に従事することができなかったことによる給与又は収益の補償として受けるものを含む。)
2号 損害保険契約に基づく保険金及び当該契約に準ずる共済に係る契約に基づく共済金(前号に該当するもの及び令184条4項(満期返戻金等の意義)に規定する満期返戻金等その他これに類するものを除く。)で資産の損害に基因して支払を受けるもの並びに不法行為その他突発的な事故により資産に加えられた損害につき支払を受ける損害賠償金(これらのうち令94条(事業所得の収入金額とされる保険金等)の規定に該当するものを除く。)

fd 坂田真吾「非居住者の行う先物取引等のデリバティブ取引についての課税」2022.1.18、竹田修=坂田真吾=佐藤修二「鼎談 契約上の地位の国内資産性」T&Amaster No. 926, pp. 4-14 (2022.4.11)

fe マンション建設承諾料事件・大阪地判昭和54年5月31日行集30巻5号1077頁(控訴審上告審維持)
(三) 三一〇万円支払いの趣旨
 前記認定の事実によると、授受された三一〇万円は訴外会社のマンション建設により原告の受ける損害を補償する目的と、マンション建設について原告の承諾を得ることの対価とする目的の双方の趣旨であるとしなければならない。
 ところで、原告は授受された三一〇万円がマンション建設に伴う公害に対する補償金の趣旨だけであったと主張しているが、前記認定事実によると、原告はマンション建設の承諾を、訴外会社は三一〇万円の支払いをそれぞれ約束したのであるから、原告のマンション建設の承諾を得ることの対価の趣旨も含まれていたことは明らかである。
(四) 所得税法九条一項二一号の法意
 所得税法九条一項二一号、同法施行令三〇条が損害賠償金、見舞金及びこれに類するものを非課税としたわけは、これらの金員が受領者の心身、財産に受けた損害を補填する性格のものであって、原則的には受領者である納税者に利益をもたらさないからである。
 そうすると、ここにいう損害賠償金、見舞金及びこれに類するものとは、損害を生ぜさせる原因行為が不法行為の成立に必要な故意過失の要件を厳密に充すものである必要はないが、納税者に損害が現実に生じ、または生じることが確実に見込まれ、かつその補填のために支払われるものに限られると解するのが相当である。
 そうすると、当事者間で損害賠償のためと明確に合意されて支払われた場合であっても、損害が客観的になければその支払金は非課税にならないし、また、損害が客観的にあっても非課税になる支払金の範囲は当事者が合意して支払った金額の全額ではなく、客観的に発生し、または発生が見込まれる損害の限度に限られるとしなければならない。
 原告は、授受のあった金額の全額が非課税になると主張しているが、この主張は、本来法律によって一義的に定められなければならない非課税の範囲を、支払者と受領者の合意によって変更することを認めるものであって到底採用することはできない。

「マンション建設についてXの承諾を得ることの対価」は損害の補償とどう違うか?[浅妻]ここの議論はかなり難しい。損害が310万円であると両当事者が合意したのではないか、という批判が考えられる。他方で、損害額は当事者間の合意によって決まる性質のものではない、という再反論も考えられる。損害が30万円以下であるという認定を前提とすると、残りの額は、一種の脅しの対価(訴訟を提起しないという債務を負うことの対価)ということになろうか。{余談}知的財産侵害の損害額について考察したことがあるが、損害額と交渉によって決まる額との異同は実に難解。参照:浅妻章如「知的財産侵害における損害賠償と租税法における所得配分(上下)」ジュリスト1248号124頁、1250号216頁(2003)。

商品先物取引損害賠償請求和解金事件・名古屋地判平成21年9月30日判時2100号28頁
第2 事案の概要
 本件は,原告が,商品取引員であるA商事株式会社(以下「A商事」という。)に委託して行った商品先物取引に関しA商事から受け取った和解金457万0455円(以下「本件和解金」という。)を所得に計上せずに平成15年分の所得税の確定申告を行ったところ,処分行政庁から平成18年2月10日付けで本件和解金を雑所得として計上することなどを内容とする更正処分(以下「本件更正処分」という。)及びこれに伴う過少申告加算税賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)を受けたことから,本件更正処分のうち納付すべき税額84万4100円(本件和解金に係る雑所得を除いて算出した税額)を超える部分及び本件賦課決定処分の取消しを求める事案である。
 本件で引用する所得税法及び所得税法施行令の主な条項は,別紙1記載のとおりである。
1 前提事実(争いがないか,証拠上明らかである。)
(1)原告がA商事に委託して行った商品先物取引
 原告は,平成13年4月23日から平成14年7月2日までの間,A商事に委託して商品先物取引を継続的に行い,1281万5795円の損失を被った(以下,この商品先物取引を「本件先物取引」という。)。なお,A商事は,本件先物取引の委託手数料として1425万7900円を得た。
(2)原告とA商事との和解契約
ア 原告は,平成15年2月25日,A商事との間で,本件先物取引に関し,要旨次の(ア)ないし(エ)のとおりの和解契約(以下「本件和解契約」という。)を締結した。
(ア)A商事は,本件先物取引において,原告とA商事との間に意思疎通を欠いた取引があったことを認め,本件和解金457万0455円の支払義務があることを認める(第1条)。
(イ)A商事は,本件和解金として原告に対して支払う457万0455円のうち,7万0455円を帳尻損金に充当し,450万円を平成15年3月14日限り,原告の指定する口座に送金して支払う(第2条〔1〕)。
(ウ)原告は,A商事が第2条の債務を履行したときは,A商事及びその従業員に対する民事上の請求並びに行政上の一切の不服申立権を放棄する(第3条)。
(エ)原告とA商事は,本件先物取引に関し,本件和解契約の各条項に定めるもののほか,相互に債権債務のないことを確認する(第4条)。
イ A商事は,平成15年3月14日,本件和解金の支払として,7万0455円を原告の帳尻損金に充当するとともに,450万円を原告が指定したB銀行勝川支店の原告名義の普通預金口座に振り込んだ。
 なお,原告は,同年2月22日,浅井岩根法律事務所に対し,本件先物取引に係る法律相談料として1万円を支払った。
(3)課税の経緯等
 課税の経緯等は,次に記載するほか,別表1記載のとおりである。
ア 原告は,平成16年3月12日,処分行政庁に対し,平成15年分の所得税について,不動産所得を225万4252円,給与所得を214万4000円,一時所得を415万7651円,総所得金額を855万5903円,納付すべき税額を79万9200円とする確定申告書を提出した。
 原告は,上記の確定申告において,本件和解金を所得に計上しなかった。
イ 処分行政庁は,平成18年2月10日,原告に対し,平成15年分の所得税について,不動産所得を200万0181円,給与所得を214万4000円,雑所得を457万0455円,一時所得を415万7651円,総所得金額を1287万2287円,納付すべき税額を184万1400円とする本件更正処分をするとともに,過少申告加算税11万4000円を賦課する本件賦課決定処分をした。
 処分行政庁が雑所得として計上した457万0455円は,本件和解金に係るものである。
2 被告が主張する税額の計算根拠
 被告は,原告の平成15年分の所得税として納付すべき税額は別紙2のとおり194万5300円であり(なお,雑所得は,本件和解金から法律相談料1万円を控除した456万0455円としている。),過少申告加算税は11万4000円であると主張しており,本件更正処分による納付すべき税額は上記の金額を超えるものではなく,本件賦課決定処分は上記の金額と同額であるから,いずれも適法であると主張している。
 原告は,本件更正処分のうち,本件和解金を雑所得(本件更正処分では457万0455円,本件訴訟における被告の主張額は456万0455円)として計上したことを争っており,他の項目については争っていない。
 なお,本件和解金が非課税所得に当たるとした場合に,原告の平成15年分の所得税として納付すべき税額が84万4100円,過少申告加算税が0円となること(税額の算出過程につき別表1の「雑所得がゼロの場合」欄参照)は,当事者間に争いがない。
3 争点
(1)本件和解金がA商事の不法行為に基づく損害賠償金に当たるか否か
(2)本件和解金が所得税の課税対象となるか否か
4 争点に関する当事者の主張[略]
第3 争点に対する判断
1 争点(1)(本件和解金がA商事の不法行為に基づく損害賠償金に当たるか否か)について [略]
2 争点(2)(本件和解金が所得税の課税対象となるか否か)について
(1)法は,利子所得,配当所得,不動産所得,事業所得,給与所得,退職所得,山林所得,譲渡所得及び一時所得という所得区分を設けるほか(法23条ないし34条),それらに含まれない所得をすべて雑所得として課税の対象としており(法35条),人の担税力を増加させる経済的利得はすべて所得を構成するという包括的所得概念を採用している。その上で,法は,立法政策上,所得税の課税対象とすることが適当でないと判断された所得について,非課税所得としてこれを個別的に列挙しているところ,法9条1項16号は,「損害保険契約に基づき支払を受ける保険金及び損害賠償金(これらに類するものを含む。)で,心身に加えられた損害又は突発的な事故により資産に加えられた損害に基因して取得するものその他の政令で定めるもの」を非課税所得として定めている。同号が損害賠償金を非課税所得として定めた趣旨は,損害賠償金は,他人の行為によって被った損害を補てんするものであって,その担税力等を考慮すると,これに所得税を課するのは適当でないという判断によるものであるが,賠償の対象となる損害には種々のものが含まれるため,損害賠償金のすべてを一律に非課税所得とすることは適当でないことから,同号は,「心身に加えられた損害又は突発的な事故により資産に加えられた損害に基因して取得するもの」を例示的に掲げた上,これらを含めて,非課税所得となる損害賠償金の範囲の具体的な定めを政令にゆだねたものと解される。
 そして,法9条1項16号の規定を受けて,施行令30条は,「法第9条第1項第16号(非課税所得)に規定する政令で定める保険金及び損害賠償金(これらに類するものを含む。)は,次に掲げるものその他これらに類するもの」とする旨規定し,その1号で,「損害保険契約に基づく保険金及び生命保険契約に基づく給付金で,身体の傷害に基因して支払を受けるもの並びに心身に加えられた損害につき支払を受ける慰謝料その他の損害賠償金(その損害に基因して勤務又は業務に従事することができなかつたことによる給与又は収益の補償として受けるものを含む。)」を,その2号で,「損害保険契約に基づく保険金及び当該契約に準ずる共済に係る契約に基づく共済金(中略)で資産の損害に基因して支払を受けるもの並びに不法行為その他突発的な事故により資産に加えられた損害につき支払を受ける損害賠償金(これらのうち第94条(事業所得の収入金額とされる保険金等)の規定に該当するものを除く。)」を掲げている。
(2)ア 本件においては,本件和解金が施行令30条2号にいう「不法行為その他突発的な事故により資産に加えられた損害につき支払を受ける損害賠償金」に当たるかどうかが問題となるところ,この点につき,被告は,同号にいう「不法行為」とは,「突発的な事故」と同様の不法行為,すなわち,相手方との合意に基づかない突発的で予想することができない不法行為を意味するものであると主張する。
 しかしながら,施行令30条2号は,「不法行為その他突発的な事故」と規定しているのであり,「不法行為その他の突発的な事故」と規定しているのではない。法令における「その他」と「その他の」の使い分けに関する一般的な用語法に照らせば,同号において「不法行為」と「突発的な事故」は並列関係にあるものとして規定されていると解されるのであって,文言上,同号にいう「不法行為」を被告が主張するように限定的に解すべき根拠はない。また,不法行為の態様が,突発的な事故ないしそれと同様の態様によるものであるか,又はそれ以外の態様によるものであるかによって,当該不法行為に係る損害賠償金の担税力に差異が生ずるものではないから,損害賠償金が非課税所得とされている立法趣旨に照らしても,同号にいう「不法行為」は突発的な事故と同様の態様によるものに限られると解する理由はない。
イ 被告は,施行令30条2号にいう「不法行為」を被告が主張するように限定的に解すべき根拠として,法19条1項16号及び施行令30条が現行の規定のように定められるにつきその基礎となった税制調査会答申において,「課税所得を構成するか,あるいは非課税所得とすべきかという点の判断の基準は,その損害の発生が不可抗力ないし不可避的なものであったかどうかということよりも,むしろそれが突発事故,つまり相手の合意をえない予想されない災害であったかどうかというところに基準を置くほうが,常識的に妥当と思われる。」という方針が示されたことを挙げている。
 しかしながら,税制調査会答申の上記の被告引用部分については,非課税所得に関する当時の規定に関し,「たとえば,現在の技術水準のもとでは防止しえない事由による汚水の流出や鉱害の発生等によって,他人の財産に損害を与えたような場合も,この規定に該当し,その賠償金が課税の対象となるものと解釈されうるが,このような事故が突発的に起った場合でも,それが企業として不可抗力のものであったという理由で課税することができるかどうかについては,社会常識的に疑問がある。」との記述に引き続いて,「このような場合,それが課税所得を構成するか,あるいは非課税所得とすべきかという点の判断の基準は,その損害の発生が不可抗力ないし不可避的なものであったかどうかということよりも,むしろそれが突発事故,つまり相手の合意をえない予想されない災害であったかどうかというところに基準を置くほうが,常識的に妥当と思われる。」と述べられたものである(上記のうち「このような場合,それが」を除いた部分が被告引用部分である。)。すなわち,被告引用部分は,一定の類型に属する事故を前提として,その場合に非課税所得とすべきであるかどうかのあるべき判断基準を述べたにすぎないのである。むしろ,税制調査会答申は,その結論として,「物的損害に対する補償については,それが不法行為その他突発事故による損失であるか,それ以外の損失,すなわち契約,収用等による資産の移転ないし消滅に基づく損失であるかによって区分するとともに、さらに,その対象となる資産が生活用資産であるか,又はそれ以外の資産であるかどうかによって区別してその取扱いを定めるのが適当である。」と述べているのであって,そこでは「不法行為その他突発事故による損失」と「契約,収用等による資産の移転ないし消滅に基づく損失」とを区分しているものの,不法行為を,突発的な事故ないしそれと同様の態様によるものかそれ以外の態様によるものかで区分する考え方は何ら示されていないのである。
 したがって,税制調査会答申は,施行令30条2号にいう「不法行為」を被告が主張するように限定的に解すべき根拠にはならないというべきである。 
ウ 以上のとおり,施行令30条2号にいう「不法行為」は,突発的な事故ないしそれと同様の態様によるものに限られると解することはできない。これと異なる被告の主張は,採用することができない。
 本件和解金がA商事の原告に対する不法行為に基づく損害賠償金に当たるものであることは,前述のとおりであるから,本件和解金は,施行令30条2号にいう「不法行為その他突発的な事故により資産に加えられた損害につき支払を受ける損害賠償金」に当たるというべきである。
(3)ア 被告は,本件和解金が施行令30条柱書きの括弧書きにより非課税所得とはならないと主張する。
 施行令30条柱書きの括弧書きは,損害賠償金等の額のうちに損害を受けた者の各種所得の金額の計算上必要経費に算入される金額を補てんするための金額が含まれている場合には,当該金額を控除した金額に相当する部分を非課税所得とする旨規定している。同括弧書きの趣旨は,損害賠償金等の額のうちに損害を受けた者の各種所得の金額の計算上必要経費に算入される金額を補てんするための金額が含まれている場合には,当該金額を非課税所得となる金額から控除しなければ,当該金額につき非課税所得と必要経費の控除という二重の控除を認めることとなってしまうため,これを防ぐことにあるものと解される。
 原告は,本件先物取引による売買差益と委託手数料,取引所税及び消費税を差引き計算すると,1281万5795円の損失を被っており,本件和解金は,これを原告の損害とみて,その一部を不法行為に基づく損害賠償金として支払うこととしたものということができるところ,本件の事実関係の下では,本件和解金の中に,これを非課税所得とした場合に上記のような必要経費としての控除との二重の控除を認めることとなる金額が含まれているとは認められない。そうであるとすれば,本件和解金が施行令30条柱書きの括弧書きにより非課税所得には当たらないということはできず,被告の上記主張は採用することができない。
イ また,被告は,本件和解金が施行令94条1項2号所定の補償金等に当たり,施行令30条2号括弧書きにより非課税所得から除外されると主張する。
 施行令94条1項柱書きは,「不動産所得,事業所得,山林所得又は雑所得を生ずべき業務を行なう居住者が受ける次に掲げるもので,その業務の遂行により生ずべきこれらの所得に係る収入金額に代わる性質を有するものは,これらの所得に係る収入金額とする。」と定め,同項2号は「当該業務の全部又は一部の休止,転換又は廃止その他の事由により当該業務の収益の補償として取得する補償金その他これに類するもの」と定めているから,同号所定の補償金等に該当するものは,休業補償,収益補償等の事業の遂行による得べかりし利益に代わるものであって,実損害を補てんするための損害賠償金がこれに含まれると解することはできない。
 本件和解金は,原告に生じた実損害を補てんするための損害賠償金であるから,施行令94条1項2号所定の補償金等に当たるということはできず,被告の上記主張は採用することができない。
(4)そうすると,本件和解金は法9条1項16号,施行令30条2号により所得税を課すことができない所得であるというべきであるから,別表1の「雑所得がゼロの場合」欄記載のとおり,原告の平成15年分の所得税の納付すべき税額は84万4100円とすべきであり,過少申告加算税は0円とすべきである。
 したがって,原告の平成15年分の所得税の納付すべき税額を184万1400円とした本件更正処分は,納付すべき税額84万4100円を超える部分について,過少申告加算税11万4000円を賦課する旨の本件賦課決定処分は,その全部について,取り消されるべきである。

cf.名古屋高判平成22年6月24日先物取引裁判例集60号40頁控訴棄却…奥谷健・判例時報2117号148頁。
cf.大分地判平成21年7月6日平成19年(行ウ)6号先物取引裁判例集57号24頁・福岡高判平成22年10月12日平成21年(行コ)33号先物取引裁判例集61号59頁…豊田孝二「商品先物取引にかかる損害賠償請求に基づく和解金が非課税所得に該当するとされた事例」法学セミナー増刊 速報判例解説Vol.6 327頁

ff 災害被害者に対する租税の減免、徴収猶予等に関する法律(災害減免法)2条 災害により住宅又は家財について甚大な被害を受けた者で被害を受けた年分の所得税法第22条に規定する総所得金額、退職所得金額及び山林所得金額の合計額(以下「合計所得金額」という。)が千万円以下であるもの(当該災害による損失額について同法第72条第1項の規定の適用を受けない者に限る。)に対しては、政令の定めるところにより、当該年分の所得税の額(延滞税、利子税、過少申告加算税、無申告加算税及び重加算税の額を除く。)を、次の区分により軽減し又は免除する。
 合計所得金額が五百万円以下であるとき………当該所得税の額の全部
 合計所得金額が七百五十万円以下であるとき…当該所得税の額の十分の五
 合計所得金額が七百五十万円を超えるとき……当該所得税の額の十分の二・五

「甚大な被害」…住宅又は家財の半分以上の損害(同法施行令3条の2第1項)。
被災者は、雑損控除と何れか有利な方を選択できる。

東日本大震災の被災者等に係る国税関係法律の臨時特例に関する法律(平成23年4月27日成立・交付・施行)
寄附金控除(所税78条)の拡充(所得控除割合上限を40%→80%に拡大。所得税額の25%を上限として寄附額の4割の税額控除を新たに導入)
雑損控除の拡充(平成22年分の所得でも適用可とする。繰越期間を3年から5年に延長)…災害減免法の適用の拡充、被災事業用資産の損失の必要経費算入の拡充等も同様の措置。

東日本大震災により被害を受けた場合の税金の取扱いについて| 東日本大震災に係る義援金等に関する税務上の取扱いについて東日本大震災により損害を受けた場合の所得税の取扱い『東日本大震災により被害を受けた場合の相続税・贈与税・譲渡所得・登録免許税の取扱い』について| 東日本大震災の被災者等に係る国税関係法律の臨時特例に関する法律に係る法人課税関係の申請、届出等の様式の制定について| 東日本大震災の被災者等に係る国税関係法律の臨時特例に関する法律の施行に伴う消費税の取扱いについて| 東日本大震災の被災者等に係る国税関係法律の臨時特例に関する法律の施行に伴う自動車重量税及び印紙税の取扱いについて| 東日本大震災の被災者等に係る国税関係法律の臨時特例に関する法律関係通達(法人税編)の制定について| 東日本大震災による損害に係る雑損控除の適用における『損失額の合理的な計算方法』について | 2013.4.30 「東日本大震災に関する税制上の追加措置について(譲渡所得関係)」(所06)

fg ケースブック260,365頁の割賦弁済土地事件・最判昭和47年12月26日民集26巻10号2083頁(百選4版74頁渡辺徹也)参照。逆に、権利が確定していなければ(後述の管理支配基準等による例外はあるものの原則として)収入は今年発生していない(実現していない)として扱われる。なお、収入について同条3項や割賦販売に関する例外が規定されていることもあるし、また、同条は収入についての規定であって、費用については所得税法37条が費用収益対応の原則(後述)を規定する。
参考裁判例:仙台高判平成19年3月27日訟月54巻4号983頁…社会保険庁長官の裁定により前年分以前の老齢厚生年金が一時に支払われた場合、当該年金は、現実に支払を受けた年分の収入金額ではなく、厚生年金保険法36条が定める支払期月の属する年分の収入金額として課税所得を計算すべきである(訟月より)。
§232.02 金子宏「所得の年度帰属――権利確定主義は破綻したか」 (注意:367頁2行目の「67条の2」は現在「67条」)…[1]権利確定主義が支持されてきた理由 [2]会計学と、租税法適用(或いは訴訟)の場面における法的分析との関係について{1}各租税法規との整合性と{2}内容の充実具合 [3]法的な基準の必要性(例外はあるものの権利確定主義が全面的に不当とされるわけではない)
発展:インターネット上の仮想世界で生み出された利益に対する課税が議論され始めている(「米議会、仮想世界の資産に課税 知的保護も検討」FujiSankei Business i.2007年1月4日)。どの時点で課税するとする立法になるのか、興味深い。日本では、どの時点で「収入すべき金額」が発生したことになるであろうか?Cf.吉村典久研究会報告

東京地判平成20年1月31日税資258号順号10880(請求棄却)・東京高判平成20年10月30日税資258号順号11062(請求棄却)・最決平成21年4月28日TAINS:Z888-1423(上告不受理)…多重債務者の債務整理を手掛ける弁護士が、回収できない可能性の高い着手金・報酬金請求権について、現実に支払われた段階で所得として納税申告をしていたところ、着手金は委任契約時に確定し、報酬金は事件処理終了時に確定するとして税務署長が更正処分等をしたことが認められた事例。酒井貴子・法学セミナー増刊速報判例解説4巻253頁;渡辺充・速報税理2011年11月1日30頁等参照。([浅妻]所税36条の解釈としてどうにもならなければ立法(もしくは通達)でどうにかするしかなかろうか?)
東京地判平成22年4月28日訟月57巻3号693頁請求棄却(解説井越満)・東京高判平成23年3月30日平成22(行コ)192号控訴棄却…老人ホームを運営する法人が入居者から受領した入居一時金は、返還を要しないことが確定した額ごとに、その返還を要しないことが確定した日の属する事業年度の益金となるとされた事例(費用収益対応の原則により収益とならないとする主張を斥ける)。租判2013.7.19田島秀則報告。

fh 実現概念の曖昧さについて
Eisner v. Macomber, 252 U.S. 189 (1920)
 株式配当を受けた株主が課税されるか、が争われた事例。判決は、株式配当は所得でないとした。(cf.みなし配当について、最判昭和57年12月21日判時1089号38頁判タ504号86頁訟月29巻8号1632頁 百選4版60頁江頭憲治郎)
 前提:現金配当は所得とされ、課税される。全く配当していないで法人の内部で留保し続けている場合、株主に所得が実現したとは考えられず、課税されない。
(日本では株式配当は現金配当と同様に課税される。所基通24-3参照。但し通達は法令ではないから根拠ではない。所得税法24条・36条が形式的根拠)
所得税法基本通達24−3(法人が株主に交付した株式に対する課税関係)
 法人が株主に交付した株式…に対する課税関係は、次のようになることに留意する。…
(1) 法人が自己の保有する株式をもって利益の配当をした場合の当該株式については、法第36条第2項《収入金額》の規定により、当該株式の価額によって配当等に係る収入金額を計算する。((2)省略)

 時価主義に沿って観察すると、前提からしておかしい。
 株主が1株120で100株を出資してA法人を設立する。株主の一人であるBは20株保有している。設立当初のA法人の資産の合計は12000、負債0、資本金12000、利益剰余金0。
 A法人の営業がうまくいき、8000の利益を上げた。A法人の資産が合計20000であり、うち現金が6000、その他の資産が14000であるとする。負債0、資本金12000、利益剰余金(留保利益、配当可能利益)8000。

 ┏━━━━┳━━━━━━┓ ┏━━━━┳━━━━━━┓
 ┃    ┃ 負債0   ┃ ┃    ┃ 負債0   ┃
 ┃    ┣━━━━━━┫ ┃    ┣━━━━━━┫
 ┃ 資産 ┃      ┃ ┃    ┃      ┃
 ┃ 12000 ┃ 資本金  ┃ ┃    ┃ 資本金  ┃
 ┃    ┃ 12000   ┃ ┃ 資産 ┃ 12000   ┃
 ┃    ┃      ┃ ┃ 20000 ┃      ┃
 ┃    ┣━━━━━━┫ ┃    ┣━━━━━━┫
 ┃    ┃利益剰余金0 ┃ ┃    ┃利益剰余金 ┃
 ┗━━━━┻━━━━━━┛ ┃    ┃ 8000   ┃
               ┃    ┃      ┃
               ┗━━━━┻━━━━━━┛

 内部留保したままの場合
 株価=200
 Bの有する株式の価値の合計は 200×20=4000

 1株あたり60の現金配当がなされるとする。
 株価=140(=(20000−60×100)÷100)
 Bの有する現金は 60×20=1200
 Bの有する株式の合計は 140×20=2800
 Bの有する現金・株式の合計は 1200+2800=4000

 4株あたり1株の株式配当がなされるとする。
 総株式数は100から125に増える。また、Bは5株受け取る。
 株価=160(=20000÷125)
 Bの有する株式の合計は 160×25=4000

 Bが株式配当を受け取ることは、全く配当を受けないことや、現金配当を受け取ることと比べて、何か違うのであろうか?
 時価主義で観察すると、無配当(内部留保し続けること)でも現金配当でも株式配当でも、Bの保有資産の総額は同じである。しかし、無配当(内部留保)だと課税を受けず、現金配当だと課税を受ける。

 実現主義で株価を観察するとどうなるか。
 無配当の場合
 株価は帳簿上120のまま。Bの有する資産は帳簿上2400のまま。

 現金配当の場合
 株価は帳簿上120のまま。Bの有する資産は、現金1200と、株式2400。1200だけ増加しているので、課税を受ける。

 株式配当の場合
 旧株の株価は帳簿上120のまま。新株も一株あたり120で発行されたとすると、Bの有する資産は株式120×25=3000で、600の所得の実現があったといえなくもない。

     無配当          現金配当           株式配当
 ┏━━━━┳━━━━━━┓ ┏━━━━┳━━━━━━┓ ┏━━━━┳━━━━━━┓
 ┃    ┃ 負債0   ┃ ┃    ┃ 負債0   ┃ ┃    ┃ 負債0   ┃
 ┃    ┣━━━━━━┫ ┃    ┣━━━━━━┫ ┃    ┣━━━━━━┫
 ┃    ┃      ┃ ┃    ┃      ┃ ┃    ┃      ┃
 ┃    ┃      ┃ ┃    ┃      ┃ ┃    ┃      ┃
 ┃    ┃ 資本金  ┃ ┃    ┃ 資本金  ┃ ┃    ┃ 資本金  ┃
 ┃ 資産 ┃ 12000   ┃ ┃ 資産 ┃ 12000   ┃ ┃ 資産 ┃ 15000   ┃
 ┃ 20000 ┃      ┃ ┃ 14000 ┃      ┃ ┃ 20000 ┃      ┃
 ┃    ┃      ┃ ┃    ┃      ┃ ┃    ┃      ┃
 ┃    ┣━━━━━━┫ ┃    ┣━━━━━━┫ ┃    ┣━━━━━━┫
 ┃    ┃      ┃ ┃    ┃利益剰余金 ┃ ┃    ┃利益剰余金 ┃
 ┃    ┃利益剰余金 ┃ ┃    ┃ 2000   ┃ ┃    ┃ 5000   ┃
 ┃    ┃ 8000   ┃ ┗━━━━┻━━━━━━┛ ┃    ┃      ┃
 ┃    ┃      ┃               ┗━━━━┻━━━━━━┛
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 以上見てきたように、実現があったか否か、という問題は時々微妙なものとなる。
 発展:有限会社における非按分的配当についての、配当課税および贈与税課税の可能性について、増井良啓「有限会社の利益配当と所得税」税務事例研究78号37頁(2004)参照。

 [浅妻]経済的に観察すると同じといいうる状況についても、実現主義の下では、法的な観察の結果として、一方では所得の実現があり他方では所得の実現がない、ということになる場合がある。
 時価主義:時価評価のみが問題であり、取引に依存しない。
 実現主義:取引に依存するので、法律家が必要とされる。

fi
§232.01 雑所得貸倒分不当利得返還請求事件・最判昭和49年3月8日民集28巻2号186頁百選4版192頁加藤雅信百選6版100概説124
 もともと、所得税は経済的な利得を対象とするものであるから、究極的には実現された収支によつてもたらされる所得について課税するのが基本原則であり、ただ、その課税に当たつて常に現実収入のときまで課税できないとしたのでは、納税者の恣意を許し、課税の公平を期しがたいので、徴税政策上の技術的見地から、収入すべき権利の確定したときをとらえて課税することとしたものであり、その意味において、権利確定主義なるものは、その権利について後に現実の支払があることを前提として、所得の帰属年度を決定するための基準であるにすぎない。換言すれば、権利確定主義のもとにおいて金銭債権の確定的発生の時期を基準として所得税を賦課徴収するのは、実質的には、いわば未必所得に対する租税の前納的性格を有するものであるから、その後において右の課税対象とされた債権が貸倒れによつて回収不能となるがごとき事態を生じた場合には、先の課税はその前提を失い、結果的に所得なきところに課税したものとして、当然にこれに対するなんらかの是正が要求されるものというべく、それは、所得税の賦課徴収につき権利確定主義をとることの反面としての要請であるといわなければならない。
 もとより、いつたん適法、有効に成立した課税処分が、後発的な貸倒れにより、遡つて当然に違法、無効となるものではないが、その貸倒れによつて前記の意味の課税の前提が失われるに至つたにもかかわらず、なお、課税庁が右課税処分に基づいて徴収権を行使し、あるいは、既に徴収した税額をそのまま保有することができるものとすることは、所得税の本質に反するばかりでなく、事業所得を構成する債権の貸倒れの場合とその他の債権の貸倒れの場合との間にいわれなき救済措置の不均衡をもたらすものというべきであつて、法がかかる結果を是認しているものとはとうてい解されないのである。
 そこで、以上の見地に立つて考察するに、所得税法は、具体的な租税債権及びその数額が法規の定める課税要件の充足と税額計算方法によつて自動的に確定するものとはしないで、課税所得及び税額の決定ないし是正を課税庁の認定判断にかからしめているのであるから、かような制度のもとでは、債権の後発的貸倒れの場合にも、貸倒れの存否及び数額についてまず課税庁が判断し、その債権確定時の属する年度における実所得が貸倒れにより回収不能となつた額だけ存在しなかつたものとして改めて課税所得及び税額を算定し、それに応じて先の課税処分の全部又は一部を取消したうえ、既に徴税後であればその部分の税額相当額を納税者に返還するという措置をとることが最も事理に即した是正の方法というべく(前記昭和三七年法律第四四号による改正後の所得税法一〇条の六、二七条の二参照)、課税庁としては、貸倒れの事実が判明した以上、かかる是正措置をとるべきことが法律上期待され、かつ、要請されているものといわなければならない。
 しかしながら、旧所得税法には、課税庁が右のごとき是正措置をとらない場合に納税者にその是正措置を請求する権利を認めた規定がなかつたこと、また、所得税法が前記のように課税所得と税額の決定を課税庁の認定判断にかからしめた理由が専ら徴税の技術性や複雑性にあることにかんがみるときは、貸倒れの発生とその数額が格別の認定判断をまつまでもなく客観的に明白で、課税庁に前記の認定判断権を留保する合理的必要性が認められないような場合にまで、課税庁自身による前記の是正措置が講ぜられないかぎり納税者が先の課税処分に基づく租税の収納を甘受しなければならないとすることは、著しく不当であつて、正義公平の原則にもとるものというべきである。それゆえ、このような場合には、課税庁による是正措置がなくても、課税庁又は国は、納税者に対し、その貸倒れにかかる金額の限度においてもはや当該課税処分の効力を主張することができないものとなり、したがつて、右課税処分に基づいて租税を徴収しえないことはもちろん、既に徴収したものは、法律上の原因を欠く利得としてこれを納税者に返還すべきものと解するのが相当である。
 これを本件についてみるに、原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)によれば、被上告人は、大沢金備外二名を連帯債務者とする非事業上の金銭消費貸借につき、昭和二八年中に発生した利息損害金として合計四六万八一一八円の債権を有していたところ、所轄税務署長は、これを被上告人の同年分の雑所得と認定して、昭和三一年一一月二〇日原判示更正処分をし、次いで被上告人に対する滞納処分によつてその税額を徴収したが、その後右利息損害金債権が貸倒れにより回収不能となつたので、昭和三六年七月一九日被上告人は債務者らとの裁判上の和解により右債権全部を放棄した、というものであつて、右和解に至るまでの経緯について原判決の確定するところをも綜合勘案すれば、貸倒れの存在及びその数額は客観的に明白で、係争年度における課税所得及び税額の決定につき課税庁に前記の認定判断権を留保する合理的必要のない場合に当たるものと認めることができる。

予習――私人間の貸付による利子は雑所得となる。
事実 貸付金利子の回収が困難になった(貸倒)ので利息損害金債権放棄の和解をしたことにより、所得が減ったことになるか。結論として納税者勝訴。
(直接の争点は、一旦徴収された税が事後的に不当利得になるか。行政法学・民法学の見地から公定力・不当利得の問題に関連し、重要)

判旨 権利確定主義――「収入すべき金額による」
是正措置について……「課税庁による是正措置がな」い場合――「既に徴収したものは法律上の原因を欠く利得としてこれを納税者に返還すべき」

権利確定主義に期待されている機能
利息が未収でも履行期到来時に課税対象となるのは「収入実現の可能性が高度であると認められるから」→利息制限法違反部分については「可能性が高度」とはいえない。
「その課税にあたって常に現実収入のときまで課税できないとしたのでは、納税者の恣意を許し、課税の公平を期しがたいので、徴税政策上の技術的見地から、収入すべき権利の確定したときをとらえて課税することとした」→実際に収入が実現しなければ事後的調整が要請されるとし、不当利得容認。現在は所得税法64条・152条で後発的事情による更正の請求をすることができる。(現在は更正の請求については税通23条2項も参照)


fj 興銀事件・最判平成16年12月24日民集58巻9号2637頁
1 本件は,A株式会社(以下「A社」という。)に対し残高合計3760億5500万円の貸付債権(以下「本件債権」という。)を有していた株式会社B銀行(以下「B銀」という。以下,企業名,省庁名,官職名等は,いずれも当時のものである。)が,平成8年3月29日に本件債権を放棄し,同7年4月1日から同8年3月31日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)の法人税について,本件債権相当額を損金の額に算入して欠損金額を132億7988万7629円とする申告をしたところ,被上告人から,上記の損金算入を否認され,同年8月23日に法人税の更正及びこれに係る過少申告加算税の賦課決定を受け,同10年3月31日に所得金額を3641億8109万9162円とする法人税の再更正並びにこれに係る過少申告加算税及び重加算税の各賦課決定を受けたことから,B銀の訴訟承継人である上告人が,上記の再更正(欠損金額を118億7390万0838円まで減額する部分を除く。)及び各賦課決定(以下「本件各処分」という。)の取消しを求める事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1)A社は,母体行と呼ばれる銀行が中心となって設立された住宅金融専門会社(以下「住専」という。)の一つであり,昭和51年6月,B銀,株式会社C銀行(その後の商号は株式会社D銀行。以下「D銀」という。),証券会社3社(以下,この5社を「母体5社」という。),元大蔵省銀行局長,B銀出身者及びD銀出身者が発起人となって設立された。母体5社は,A社に役員及び従業員を出向させ,A社の代表取締役は,同56年6月以降,B銀出身者が務めた。母体5社のA社に対する出資比率は,同62年10月以降,いずれも私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(平成10年法律第81号による改正前のもの。以下「独禁法」という。)11条で許容される上限の5%であった。A社は,金融機関から融資を受けてそれを貸し付ける営業形態を採っていたが,B銀からの借入れが最も多かった。
 B銀及びD銀は,A社の母体行以外の金融機関(以下「非母体金融機関」という。)に対する借入金債務について,原則として各50%の分担割合で保証していたが,昭和55年2月,A社とこれに融資している金融機関(B銀及びD銀を含む。)との間で,A社の同金融機関に対する債務の担保として,A社が現に保有し又は将来取得する住宅ローン債権を同金融機関に譲渡し,同金融機関がこれを準共有する旨の債権譲渡担保契約が締結された。これにより,上記の債務保証は,同62年3月ころまでに解消された。
(2)住専各社は,バブル経済の崩壊により事業者向け融資債権が不良債権化する等の影響を受け,平成3年以降,財務状況が急激に悪化した。
 A社は,同4年5月,母体5社には同9年3月までの金利減免と必要資金の追加融資を,非母体金融機関には融資金残高及び担保条件の現状維持を,それぞれ要請するとともに,資産の圧縮等を目指す事業計画(以下「第1次再建計画」という。)を策定した。また,B銀は,同計画の推進を支援するため,緊急融資枠の設定,公定歩合(当時は3.25%)までの金利の減免等から成る対応策を策定した。そのころ,A社に対する融資の回収や保全に向けた姿勢を示す非母体金融機関も現れたため,B銀及びD銀は,同4年3月から同5年4月にかけて,E金庫,F連合会等の農協系統金融機関がA社に対して有する短期債権(前記譲渡担保に係る被担保債権に含まれない貸付期間1年以内のもの)を中長期債権(前記譲渡担保に係る被担保債権に含まれる貸付期間1年超のもの)に振り替えることとし,それと入れ替える形で,B銀及びD銀の中長期債権を短期債権に振り替えた。
(3)その後も住専各社の経営環境は一層悪化したため,大蔵省は,平成4年12月,A社を含む住専7社に対し,新たな再建計画の立案を指導し,母体行の金利を0%に,農協系統金融機関以外の非母体金融機関(以下「一般行」という。)の金利を年2.5%に,農協系統金融機関の金利を年4.5%に,それぞれ減免する等の内容の再建計画の骨格を示した。農協系統金融機関及び農林水産省は,当初これに反発したが,母体行が責任を持って再建計画に対応することが明確になること及び債権元本の回収ができることを条件に,金融システムの安定という観点から再建計画に協力し,金利減免に応ずる意向を示した。そして,大蔵省銀行局長と農林水産省経済局長との間で,同5年2月,住専7社の再建は母体行が責任を持って対応し,大蔵省は農協系統金融機関にこれ以上の負担をかけないよう責任を持って指導すること等を内容とする覚書が交わされた。そこで,A社は,計画期間を同年4月から10年間とする新たな再建計画(以下「本件新事業計画」という。)の概要を固めた。その内容は,〔1〕B銀及びD銀は,計画期間中,A社に対する貸出金の利息を免除すること,〔2〕母体5社は,A社に対し,新規融資金(以下「母体ニューマネー」という。)を貸し出し,A社の自己資本強化のために第三者割当増資を引き受けること,〔3〕非母体金融機関は,A社に対する現状の融資金残高を維持し,その金利は,農協系統金融機関が年4.5%,一般行が年2.5%とすること,〔4〕A社の余裕資金による返済順序は,住宅ローン債権信託,母体ニューマネー,借入有価証券,農協系統金融機関の順とすることというものであった。これを受けて,母体5社は,同年5月,本件新事業計画に沿ったA社に対する具体的な支援内容を確認し,A社は,同年12月までに非母体金融機関から本件新事業計画への合意を取り付けた。
 しかし,その後も不動産市況は更に悪化し,金利水準も低利で推移したため,同7年6月30日のA社の資産残高2兆5151億円のうち不良債権額が1兆8532億円に達することが明らかとなったことを受けて,母体5社は,同年9月22日,A社を整理する方針を確認した。なお,A社の同月末の貸借対照表上,4788億0300万円の資本欠損が生ずることとなった。また,B銀は,同年12月29日までに母体ニューマネーをA社から回収した。
(4)B銀及びD銀は,平成7年9月以降,A社の整理方法について農協系統金融機関と協議したが,大蔵省銀行局中小金融課金融会社室から債権額に応じた損失の平等負担を求めることは避けるように要請されていた。農協系統金融機関は,A社を整理する場合でも農協系統金融機関への優先弁済の方針は維持されるべきであるとして,いわゆる完全母体行責任を主張し,農協系統金融機関の元本損失部分は母体行が責任を持って処理することを強く求めたが、B銀及びD銀は,いわゆる修正母体行責任を主張し,貸出金の全額を放棄するのが限度であって,それ以上の負担をすることは商法上許される範囲を超えるとして,農協系統金融機関の要求を拒否した。大蔵省銀行局長は,同年11月29日,住専7社に対し,大蔵省として住専処理について関係当事者を仲介し,公的資金の導入を含む抜本的な住専処理計画を策定する意思があることを示唆し,予算案の内示がある同年12月20日までに住専処理計画の概要をとりまとめるように求めた。大蔵省は,同月17日,住専7社の第4分類資産(回収不可能又は無価値と判定される資産に分類される債権)6兆3000億円を1次ロスとし,住専7社の母体行が債権全額を放棄すること等を内容とする処理案を提示し,B銀を含む上記母体行は,同月18日,同案を受け入れるがこれ以上の負担に応じられない旨の意向を示した。
(5)その後,政府と農協系統金融機関との交渉が続けられ,内閣は,平成7年12月19日,〔1〕住専処理機構を設立して住専の資産等を引き継ぐこととし,回収不能な不良債権に係る損失見込額約6兆2700億円及び欠損見込額約1400億円を処理すること,〔2〕母体行に,住専に対する債権約3兆5000億円の全額放棄並びに同機構への出資及び低利融資を要請すること,〔3〕一般行に,住専に対する債権のうち約1兆7000億円の放棄及び同機構への低利融資を要請すること,〔4〕農協系統金融機関に,貸付債権の全額返済を前提として,同機構に対する約5300億円の贈与及び同機構への低利融資の協力を要請すること,〔5〕預金保険機構に住専勘定を設け,平成8年度当初予算において,同勘定に対して6800億円を支出すること,〔6〕住専処理機構により債権の回収を強力に行うこと,〔7〕以上について所要の法的措置を講ずるとともに,関係機関による調整が行われ適切な処理計画が策定された住専から速やかに同機構に対し資産等の譲渡を行い,その処理を着実に進めていくこと,以上を主な内容とする閣議決定(以下「本件閣議決定」という。)をした。 
 大蔵省は,同8年1月24日,住専7社の第3分類資産(最終の回収又は価値について重大な懸念が存し,したがって,損失の発生が見込まれるが,その損失額の確定し得ない資産に分類される債権)に係る損失(2次ロス)1兆2400億円の負担について,預金保険機構の中に金融安定化拠出基金を設立し,住専7社に融資している関係金融機関に基金の拠出を求め,同基金の運用益等で賄うこと等を内容とする案を示したところ,関係金融機関は,同月25日,これに同意する意向を示した。そこで,内閣は,同月30日,上記2次ロス処理方策を内容とする閣議了解(以下「本件閣議了解」という。)をした。
(6)平成8年2月9日,特定住宅金融専門会社の債権債務の処理の促進等に関する特別措置法(以下「住専処理法」という。)案が国会に提出された。しかし,G党は,同月27日,平成8年度予算案に計上された住専関係予算の削除,市場原理に基づく自己責任の原則により国民に開かれた状況の中で住専問題の解決を行うこと等を内容とする方針を発表し,同年3月4日,同予算案の審議に応じない旨を決定して,同党議員が予算委員会の審議を阻止するために座込みを始め,同月25日の与野党5党党首会談により国会の正常化が合意されるまで,国会審議が中断した。
(7)B銀は,住専7社に対する減免予定債権額が6607億円であったにもかかわらず,一般貸倒引当金の残高が不十分であり,住専7社に対する債権についての債権償却特別勘定の設定もしていなかったため,本件事業年度の決算において引当金不足が問題視され,商法(平成14年法律第44号による改正前のもの)285条の4第2項違反の責任を追及される可能性が高まったことから,本件事業年度に本件債権につき貸倒処理による直接償却をするほかないと判断し,本件事業年度に合わせて含み益を実現する目的で株式売却を平成7年11月以降積極的に行い,同8年3月までのその利益の合計は4603億円に達した。
(8)母体5社は,本件閣議決定及び本件閣議了解で示された住専処理計画に沿って,A社の不良資産のうちの損失見込額1兆3588億円及び欠損見込額187億円の合計1兆3775億円について,B銀及びD銀がA社に対する債権5370億円を全額放棄し,一般行がA社に対する債権合計9264億円のうち4999億円を放棄し,さらに,農協系統金融機関が3407億円を贈与することとし,これらによって上記の損失及び欠損の見込額を分担することを基本とする処理計画案を策定するとともに,平成8年3月末の関係金融機関の債権額及び債権放棄予定額を計算した。そして,B銀は,同月21日,上記の内容及びこれに意見等がある場合には同月25日までに連絡するように求める旨を記載した書面をA社に債権を有するすべての一般行に送付したが,一般行から特段の意見は表明されなかった。同処理計画案では,A社の正常資産及び不良資産のうち回収が見込まれるものの合計額は1兆2103億円であり,実質的に非母体金融機関に返済される合計額(非母体金融機関がA社に対して有する債権合計1兆9197億円から上記の一般行の債権放棄額及び農協系統金融機関の贈与額を除いたもの)は1兆0791億円とされていた。
(9)母体5社は,平成8年3月29日,B銀,D銀及び一般行の債権放棄額を確認し,B銀及びD銀は,A社の営業譲渡の日までに同債権放棄額に対応する貸出債権を全額放棄するものとすることを確認する旨の書面を作成した。
 B銀は,同月29日,A社との間で債権放棄約定書を取り交わし,A社の営業譲渡の実行及び解散の登記が同年12月末日までに行われないことを解除条件として本件債権を放棄する旨の合意をした。
(10)住専処理に係る公的資金を盛り込んだ平成8年度予算は,平成8年5月10日に成立し,住専処理法は,同年6月18日に成立し,同月21日,施行された。これを受けて,A社は,同月26日,株主総会において,解散及び営業譲渡に関する定款の一部変更の特別決議をし,同年8月31日,住宅金融債権管理機構との間で営業譲渡契約を締結した上,同年9月1日,解散した。一方,預金保険機構は,同年8月29日,住専7社の母体行及び非母体金融機関に対し,本件閣議決定,本件閣議了解及び住専処理法を前提とした住専処理計画に係る基本協定を提示し,関係金融機関は,そのころ同協定に同意した。
3 原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断して,上告人の請求を棄却した。
(1)平成8年3月末時点において,A社の資産からは少なくともその借入金総額の約40%に相当する1兆円の回収が見込まれていたから,本件債権が全額回収不能であったとはいえない。B銀が母体行として社会的,道義的にみて本件債権を行使し難い状況が生じつつあったといえても,本件債権が法的に非母体金融機関の債権に劣後するものとなっていたとはいえない。
(2)本件債権には回収不能部分があったが,解除条件付きで本件債権の放棄がされたものであり,本件における流動的な事実関係の下では,本件事業年度の損金として確定したとはいえず,また,行政機関等のあっせんによる関係当事者間の住専処理に係る協議が成立したのは翌事業年度というべきであるから,本件債権相当額を損金の額に算入することは許されず,他にこの損金算入を認めるべき理由はない。
(3)したがって,本件各処分は適法である。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)法人の各事業年度の所得の金額の計算において,金銭債権の貸倒損失を法人税法22条3項3号にいう「当該事業年度の損失の額」として当該事業年度の損金の額に算入するためには,当該金銭債権の全額が回収不能であることを要すると解される。そして,その全額が回収不能であることは客観的に明らかでなければならないが,そのことは,債務者の資産状況,支払能力等の債務者側の事情のみならず,債権回収に必要な労力,債権額と取立費用との比較衡量,債権回収を強行することによって生ずる他の債権者とのあつれきなどによる経営的損失等といった債権者側の事情,経済的環境等も踏まえ,社会通念に従って総合的に判断されるべきものである。
(2)これを本件債権についてみると,前記事実関係によれば,次のとおりである。
 ア 母体5社は,平成7年9月にA社を整理する方針を確認したところ,その後の農協系統金融機関との協議において,農協系統金融機関が,その元本損失部分についても母体行が責任を持つ完全母体行責任による処理を求めたのに対し,B銀は,その貸出金全額の放棄を限度とする修正母体行責任を主張し,債権額に応じた損失の平等負担を主張することはなかった。
 イ その背景として,B銀は,A社の設立に関与し,独禁法で許容される上限まで株式を保有し,役員及び職員を派遣し,多額の融資を行うなどして,その経営に深くかかわっていたという事情があった。そして,同4年に策定された第1次再建計画によってはA社の経営再建ができなくなり,同5年に本件新事業計画が策定されるに至ったが,農協系統金融機関が融資残高の維持及び金利の減免を内容とする同計画に応じたのは,母体行が責任を持って再建計画に対応することが明確にされたからであった。そうすると,B銀は,本件新事業計画を達成することができなかったことにつき,農協系統金融機関から信義則上の責任を追及されかねない立場にあったということができる。
 ウ 本件新事業計画は,A社の再建を前提としたものであって,その破綻後の整理を前提としたものではないものの,A社の余裕資金による返済順序の第2順位が母体ニューマネー,第4順位が農協系統金融機関の債権とされ,母体行の従前からの債権がそれらに劣後するという内容であったところ,B銀は,A社の整理が避け難い情勢になった後においても,A社から母体ニューマネーを回収していた。したがって,農協系統金融機関が完全母体行責任を主張することには無理からぬ面があり,B銀も,上記のような経緯を考慮して,修正母体行責任が限度であると主張して,本件債権の放棄以上の責任を回避しようとしていたものということができる。
 エ 母体5社は,本件閣議決定及び本件閣議了解で示された住専処理計画に沿ってA社の処理計画を策定し,同計画において,B銀は,本件債権を全額放棄すること,すなわち,本件債権を非母体金融機関の債権に劣後する扱いとすることを公にしたということができる。前記のとおり,B銀においてせいぜい修正母体行責任しか主張することができない情勢にあったことをも考慮すると,仮に住専処理法及び住専処理に係る公的資金を盛り込んだ予算が成立しなかった場合に,B銀が,社会的批判や機関投資家としてB銀の金融債を引受ける立場にある農協系統金融機関の反発に伴う経営的損失を覚悟してまで,非母体金融機関に対し,改めて債権額に応じた損失の平等負担を主張することができたとは,社会通念上想定し難い。
 オ 前記のA社の処理計画において,A社の正常資産及び不良資産のうち回収が見込まれるものの合計額は,非母体金融機関の債権合計1兆9197億円を下回る1兆2103億円とされたが,この回収見込額の評価は,本件閣議決定及び本件閣議了解で示された公的資金の導入を前提とする住専処理計画を踏まえたものであるから,破産法等に基づく処理を余儀なくされた場合には,当時の不動産市況等からすると,A社の資産からの回収見込額が上記金額を下回ることはあっても,これを超えることは考え難い。
(3)以上によれば,B銀が本件債権について非母体金融機関に対して債権額に応じた損失の平等負担を主張することは,それが前記債権譲渡担保契約に係る被担保債権に含まれているかどうかを問わず,平成8年3月末までの間に社会通念上不可能となっており,当時のA社の資産等の状況からすると,本件債権の全額が回収不能であることは客観的に明らかとなっていたというべきである。そして,このことは,本件債権の放棄が解除条件付きでされたことによって左右されるものではない。 [後略]

fk 債権を額面額よりも低い時価で譲渡した場合 → 経済的には譲渡損発生。但し金銭債権は所得税法33条譲渡所得の計算における「資産」に当たらないと考えられているので譲渡損失がないとされる(法人税法における損失の主張については法税33条との関係)。そのため、次のDESが必要になる。→cf. DES (debt equity swap)――債権をAに出資し、Aの株式を引き受ける。例えば額面100円の債権が出資に際して20円にしか評価されないとすれば、80円分の譲渡損が発生する。 (このように考えてくると、金銭債権の評価減を認めないことの政策論としての妥当性には更に疑問符がつく)(ケースブック「N&Q6. 譲渡損との横断的比較」も参照。原則として、保有したままでの損金計上は困難であるが、譲渡した場合の損金計上は認められやすい。但しケースブック2版§411.01クロス取引損失計上事件・国税不服審判所平成2年4月19日裁決・裁決事例集39巻106頁とケースブック2版§411.02ストラドル課税繰延事件・国税不服審判所平成2年12月18日裁決・裁決事例集40巻104頁を比較すると、譲渡を絡ませれば納税者が損益の計上を恣意的に操作できる場合とそうではない場合があることが分かる。) DESと法人税法132条同族会社行為計算否認規定との関係に関するスリーエス事件・東京地判平成12年11月30日訟月48巻11号2785頁東京高判平成13年7月5日税資251号順号8942頁参照。ほか、東京地判平成21年4月28日訟月56巻6号1848頁東京高判平成22年9月15日未交換、中里実「資産の評価損と貸倒損失の関係」税研158号27頁以下、31頁(2011.7)参照。

fl ボックス空売り(short sale against the box)についてケースブック2版458頁。アメリカにおけるtax ownershipの議論の紹介として、渕圭吾「所得課税における帰属(tax ownership)をめぐる研究動向」学習院大学法学会雑誌45巻1号173頁(2009)参照。

fm Cf.渕圭吾「所得課税における年度帰属の問題」金子宏『租税法の基本問題』200頁(有斐閣、2007)の自主占有に着目する考え方によれば、権利確定主義と管理支配主義とを対立的なものと捉えなくてよくなるかもしれない。
N&Q 3.-4. 農地の譲渡については知事の許可が必要とされている。奈良地判昭和59年8月31日訟月31巻4号893頁…当時の所基通36-12(農地法三条一項所定の許可があった日と当該農地の引渡しがあった日とのいずれか遅い日によることを原則とする。現在は異なる規定ぶりとなっている)により、引き渡し日が属する昭和49年の所得として扱った例。現通達は「資産の引渡しがあった日」を先に掲げつつ、知事の許可を要する農地等について「譲渡に関する契約が締結された日」によることも許容している。最判昭和60年4月18日訟月31巻12号3147頁は、知事の許可がなくとも現実に代金を収受し自ら確定申告をしている場合には、譲渡所得課税が適法である、とした例であり、管理支配基準の一例といえる。
沖縄地判平成6年12月14日判時1541号72頁判タ887号194頁、福岡高判那覇支判平成8年10月31日行集47巻10号1067頁…10年間土地を米軍の使用に供すことが強制され一括して補償金を受け取った場合に、賃貸借と同様に役務提供があると考えて所得の実現は一年毎になされると考えられるのか(地裁)、継続的な役務提供は観念できないとして受け取った時点で一括して所得の実現を認めるのか(高裁)。(ケースブック3版では言及がなくなった)

fn

1/2+1/22+1/23+…+1/2=1になりそうな気がしてくる。
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利子率・割引率が年10%(年複利)の世界で、毎年100の収益を第1年度から第n年度にかけてもたらす土地の、第0年度における割引現在価値(Snと表記する)を求める。
Sn  =100/1.11+100/1.12+100/1.13+…+100/1.1n…………………(あ)
Sn/1.1=     100/1.12+100/1.13+…+100/1.1n+100/1.1n+1……(い)
(あ)の式から(い)の式を引くと
Sn(0.1/1.1)=100/1.11−100/1.1n+1より
Sn=100/0.1−(100/0.1)/1.1n
n=∞(無限)の場合の時価Sを考えると、S=100/0.1−(100/0.1)/1.1のうちの【−(100/0.1)/1.1】の部分は、無視できる。
S=100/0.1=1000

利子率・割引率が年r(年複利)の世界で、毎年iの収益を第1年度から第m年度にかけてもたらす土地の、第0年度における割引現在価値(Tmと表記する)を求める。
Tm  =i/(1+r)1+i/(1+r)2+i/(1+r)3+…+i/(1+r)m…………………(う)
Tm/(1+r)=     i/(1+r)2+i/(1+r)3+…+i/(1+r)m+i/(1+r)m+1……(え)
(う)の式から(え)の式を引くと
Tm(r/(1+r))=i/(1+r)1−i/(1+r)m+1より Tm=i/r−(i/r)/(1+r)m
m=∞の場合、T=i/r
このi/r(毎年の収益/割引率)の式は覚えておくとよい。1/2+1/22+1/23+…+1/2=1についても、i=1、r=100%と理解できる。

§234.02 ビニール畳表実用新案事件・広島地判昭和51年3月16日行集27巻3号314頁
労務経費を減価償却費計算における取得費に含めようとして否認された事例。
N&Q 2. (1)減価償却の制度趣旨。(2)制度趣旨と結論との関係。
N&Q 4.の特別償却に関し、505頁の減価償却の説明を参照。
§324.03NTTドコモ事件・最判平成20年9月16日民集62巻8号2089頁百選5版
エントランス回線利用権の数え方について、「1回線に係る権利一つをもって、一つの減価償却資産とみる」(→法税令133条10万円未満ならば少額減価償却資産として、資産計上を要さない、すなわち即時に損金算入可となる)。
2版§324.03 共和化学工業株式会社事件・最判昭和51年7月13日・月報22巻7号1954頁 百選4版100頁関俊彦
事実・判旨 A社の潰れかけた塗料製造業を新会社たるX社に営業譲渡した事案。営業権(のれん)の計上額・営業権譲受けのための借入金の利子費用・営業権の償却費が高すぎるとして否認された事例。

fo 平成19年改正前については所税令120条等参照。平成19年改正:償却可能限度額(取得価額の95%) ・残存価額(10%)の廃止。

fp 錦織康高「Law and Financeの視点から見た課税制度」租税研究2011年2月152頁参照。

fq 圧縮記帳(法税42条等)… 例:2000年に3000円で耐用期間2年の機械を購入する際に、1000円の補助金を受けた。
 ――普通、補助金は所得であり、機械の取得費は3000である。しかし、補助金分について現時点で課税することを控え、代わりに取得費を3000ではなく2000(=3000−1000)とすることがある。取得費が補助金分だけ小さくなっているので、圧縮記帳と呼ばれる。
 次の2つの場面を比較。(全ての取引は年末になされたものとする。)
(あ) 2000年に、補助金について所得課税を受け、取得費(帳簿価額)を3000とする。翌2001年に機械が4000で売却された。
(い) 2000年に圧縮記帳し、1000の課税を免れ、取得費(帳簿価額)を2000とする。翌2001年に機械が4000で売却された。
(あ)の場合:2001年において定額法に基づき、1500の減価償却費を計上できる。また、取得費(帳簿価額)が3000から1500になっているので、4000の譲渡収入から取得費を控除すると、2500の譲渡益があることになる。2500の譲渡益から1500の減価償却費を控除して、1000の所得として課税を受ける。(その他に事業所得があれば当然それも課税所得に含まれる)
(い)の場合:2001年において定額法に基づき、1000の減価償却費を計上できる。また、帳簿価額が1000になっているので、4000の譲渡収入から帳簿価額を控除すると、3000の譲渡益があることになる。3000の譲渡益から1000の減価償却費を控除して、2000の所得として課税される。(その他に事業所得があれば当然それも課税所得に含まれる)
つまり補助金1000について(あ)では2000年に、(い)では2001年に課税がなされている。
圧縮記帳とは、補助金等について(永遠に)非課税とするのではなく、課税繰延を認めることである。
 東京地判平成24年5月10日平成22(行ウ)317号(請求棄却)(確定不明)…租税特別措置法64条の1の圧縮記帳の適用が認められなかった事例。法人から国等から受けた補償金で複数の資産を代替資産として購入したため。

fr 最高裁判所第三小法廷令和2年(行ヒ)第337号
令和3年6月22日判決
       主   文
原判決を破棄する。
本件を札幌高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人坂口唯彦ほかの上告受理申立て理由について
1 稚内市長(以下「市長」という。)は,上告人の市民税及び道民税(普通徴収に係るもの。以下「市道民税」という。)のうち平成21年度分から同23年度分までのもの(以下「本件市道民税」という。)並びにその延滞金等につき,順次,納付を受け又は滞納処分により徴収したが,その後,本件市道民税の税額を減少させる各賦課決定(以下「本件各減額賦課決定」という。)をするとともに,これにより過納金が生じたとして,上告人に対し,過納金の還付及び還付加算金の支払をした。本件は,上告人が,市長による上記過納金の額の計算に誤りがあるとして,被上告人に対し,不足分の過納金の還付及び還付加算金の支払を求めるとともに,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求める事案である。
2 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)個人の道府県民税の賦課徴収は,原則として,当該道府県の区域内の市町村が,当該市町村の個人の市町村民税の賦課徴収の例により,これと併せて行うものとされ(地方税法41条1項前段,319条2項),この場合において,還付加算金,延滞金等の計算については,道府県民税及び市町村民税の額の合算額によって行うものとされている(同法41条1項後段)。そして,市町村民税に係る地方団体の徴収金の滞納処分については,国税徴収法に規定する滞納処分の例によるものとされている(地方税法331条6項)。
(2)上告人の平成20年分から同22年分までの所得税について,上告人が確定申告をしたところ,所轄税務署長は,平成23年3月14日付け及び同月30日付けで,それぞれ総所得金額及び納付すべき税額を増加させる各更正処分(以下「本件各増額更正処分」という。)をした。
 これを受けて,市長は,本件市道民税につき,平成23年4月25日付けで,平成21年度分の税額を0円から1931万6300円に,同22年度分の税額を0円から2561万6300円にそれぞれ増加させる各賦課決定(納期限をいずれも同23年5月20日とするもの)をし,同年6月10日付けで,同23年度分の税額を1192万8700円とする賦課決定(納期限を同月30日以降の日とするもの)をした。
(3)市長は,本件市道民税につき,第1審判決別紙1のとおり,平成23年7月7日から同29年12月26日までの間に,上告人から納付を受け又は滞納処分による徴収を行い,これらの納付又は徴収に係る金銭(合計6468万9760円)は,同別紙の「充当内訳」欄のとおり,本件市道民税及びその延滞金等に順次充当された。
 このうち市長がした滞納処分(以下「本件各滞納処分」という。)の概要は,次の〔1〕〜〔4〕のとおりであり,本件各滞納処分における換価代金等は,差押えに係る地方税等に配当された(以下,滞納処分において配当された金銭を「配当金」ということがある。)。
〔1〕平成23年7月19日付け債権差押え
 差押えに係る地方税 平成21年度分及び同22年度分の市道民税
 差押債権 上告人が有する普通預金の払戻請求権
〔2〕平成23年7月19日付け債権差押え
 差押えに係る地方税 平成21年度分及び同22年度分の市道民税
 差押債権 上告人が有する普通預金の払戻請求権
〔3〕平成23年10月4日付け債権差押え
 差押えに係る地方税 平成21年度分から同23年度分までの市道民税
 差押債権 上告人が支払を受けるべき平成23年10月以降の毎月の給与等の支払請求権
〔4〕平成28年4月1日付け債権差押え
 差押えに係る地方税 平成21年度分及び同23年度分の市道民税
 差押債権 上告人が支払を受けるべき平成28年4月以降の毎月の給与等の支払請求権
(4)上告人は,本件各増額更正処分の取消訴訟を提起していたところ,平成29年12月15日,総所得金額及び納付すべき税額の計算の誤りを理由に,本件各増額更正処分のうち確定申告額を超える部分を取り消す旨の判決が確定した。
 これを受けて,市長は,平成29年12月27日付けで,本件市道民税につき,平成21年度分の税額を1054万5700円に,同22年度分の税額を2079万2200円に,同23年度分の税額を556万5000円に,それぞれ減少させる本件各減額賦課決定をした。
(5)市長は,本件各減額賦課決定により過納金が生じたとして,平成29年12月27日付けで,上告人に対し,過納金1995万8400円及び還付加算金77万2600円を支払った。
 市長は,上記過納金の額の計算に当たり,第1審判決別紙2のとおり,本件各滞納処分において差押えに係る地方税に配当された金銭であって,本件各減額賦課決定がされた結果配当時に存在しなかったこととなる年度分の市道民税に充当されていたものにつき,それぞれ直ちにその金額に相当する過納金が生じたものとして扱い,これを当該差押えに係る地方税のうちその配当時に存在していた他の年度分の市道民税に充当されたものとして扱うことなく算定した各年度分の滞納税額を基礎として,同別紙3〜5のとおり,本件各減額賦課決定による減額後の本件市道民税に係る延滞金の額を算出した。
(6)本件訴訟において,上告人は,第1審判決別紙6のとおり,本件各滞納処分において差押えに係る地方税に配当された金銭であって,本件各減額賦課決定がされた結果配当時に存在しなかったこととなる年度分の市道民税に充当されていたものについては,当該差押えに係る地方税のうちその配当時に存在していた他の年度分の市道民税に充当されるべきであり,本件各減額賦課決定による減額後の本件市道民税に係る延滞金の額については,同別紙7〜9のとおり,その充当後の滞納税額を基礎として算出すべきであるとして,これと異なる上記(5)の市長の計算においては,延滞金の額が過大に算出された結果,上告人に還付すべき過納金の額が過少に算出されている旨主張している。
3 原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断し,前期2(5)の市長の計算に誤りはないとして,上告人の請求をいずれも棄却すべきものとした。  地方税の賦課決定に基づき滞納処分による徴収がされ,徴収された金銭が当該地方税に充当された後,当該地方税について減額賦課決定がされた場合,当該減額賦課決定に係る税額を超えて徴収された金銭については,徴収の時点から法律上の原因を欠いていたものであるから,そのまま過納金として還付されるべきであり,その徴収当時他に滞納税が存在したときであっても,当該他の滞納税に充当されたものとして延滞金等を計算する法的根拠は存在しない。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)普通徴収に係る個人の市町村民税及び道府県民税(以下「個人住民税」という。)について賦課決定がされた後、当初から当該賦課決定における税額等の計算に誤りがあったことを理由に減額賦課決定がされた場合,当初の賦課決定のうち減額賦課決定により減少した税額に係る部分は当初の賦課決定時に遡って効力を失い,当該部分の個人住民税は当初から存在しなかったこととなる。そのため,当初の賦課決定に基づく個人住民税を差押えに係る地方税とする滞納処分における配当金であって,上記減額賦課決定がされた結果存在しなかったこととなる個人住民税に充当されていたものについては,当該充当は対象債権を欠いていたものとしてその効力を有しないこととなる。
 ところで,複数の地方税を差押えに係る地方税とする滞納処分において,当該差押えに係る地方税に配当された金銭は,当該複数の地方税のいずれかに滞納分が存在する限り,法律上の原因を欠いて徴収されたものとなるのではなく,当該滞納分に充当されるべきものである。滞納処分制度が地方税等の滞納状態の解消を目的とするものであることに照らせば,このことは,上記のように当初の充当が効力を有しないこととなった配当金についても同様に妥当し,当該配当金は,その配当時において差押えに係る地方税のうちに他に滞納分が存在する場合には,これに充当されるべきものである。仮に,当該配当金が直ちに法律上の原因を欠いて徴収された過納金に当たるものとして還付されるとすれば,その配当時において当該差押えに係る地方税に滞納分が存在したにもかかわらず,その滞納状態を解消する効果が生じず,当該滞納状態を基礎とする延滞金が生ずることにもなって,滞納処分制度の上記目的に反するものといわざるを得ない。そして,滞納処分制度が設けられている趣旨に照らせば,上記のように当初の充当が効力を有しないこととなった配当金について他に充当されるべき差押えに係る地方税が存在する場合には,債務の弁済に係る画一的かつ最も公平,妥当な充当方法である民法(平成29年法律第44号による改正前のもの)489条の規定に従った充当(以下「法定充当」という。)がされるものと解すべきである。
 以上によれば,複数年度分の個人住民税を差押えに係る地方税とする滞納処分において,当該差押えに係る地方税に配当された金銭であって,その後に減額賦課決定がされた結果配当時に存在しなかったこととなる年度分の個人住民税に充当されていたものは,その配当時において当該差押えに係る地方税のうち他の年度分の個人住民税が存在する場合には,当該個人住民税に法定充当がされるものと解すべきである。
(2)これを本件についてみると,市長は,複数年度分の市道民税を差押えに係る地方税とする本件各滞納処分において,当該差押えに係る地方税に配当された金銭であって,本件各減額賦課決定がされた結果配当時に存在しなかったこととなる年度分の市道民税に充当されていたものにつき,当該差押えに係る地方税のうちその配当時に存在していた他の年度分の市道民税に充当されたものとせず,それぞれ直ちにその金額に相当する過納金が生じたものとして,本件各減額賦課決定により生じた過納金の額を計算したものであるから,市長の当該計算には誤りがある。
5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,被上告人が上告人に還付すべき過納金の額等について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

fs ワシントン州の夫婦財産共有制に関し水野忠恒『租税法』308頁(5版、有斐閣)参照
もしも日本民法が夫婦財産共有制を採用していたならば、夫が稼いだものも妻が稼いだものも夫婦共有となるので、夫と妻は半々ずつ所得を得たものとして課税されることになる……のか?
夫婦財産別産制は大陸法系、夫婦財産共有制はコモンロー系。アメリカでは一時混乱があった。
Poe v. Seaborn, 282 US 101 (1930)…ワシントン州(共有制)で夫婦所得を二分する申告を可とした。夫婦財産共有制のカリフォルニア州に関する事例(US v. Robbins, 269 US 315; Lucas v. Earl, 281 US 111)で所得分割の申告を認めてなかったなど混乱があり、連邦法1948年改正で州法と関係なく夫婦単位の課税を認めることになった。
 [浅妻]日本において、夫婦財産別産制により例えば専業主婦・主夫が民法上保護されないというわけでもなく、民法768条(財産分与)3項により「当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮して」専業主婦・主夫も離婚時には婚姻期間中の夫婦共通財産に対する「協力」(いわゆる「内助の功」)に応じた配分を受けられる。逆にいうと、勤労配偶者の婚姻期間中の賃金は特有財産ではない。夫婦財産別産制と夫婦所得分割不可は必然的結びつきでもなく立法政策の問題であり(実際アメリカは法改正した)、日本でも、二分二乗制度を立法してはいけないとまで最高裁が述べたわけではない(個人単位課税が違憲でないと述べただけ)。
[浅妻]内助の功(帰属所得)は、二つの方向の議論に繋がる。第一に、非就労配偶者は帰属所得をもたらすので配偶者控除は扶養控除よりも小額であるべきであるという議論が考えられる。第二に、非就労配偶者といえども就労配偶者を通じて経済的には所得を稼得しているといえるので、夫婦間での所得分割を認めるべきである、という上述の議論が考えられる。第二の亜種として、所得分割が認められないならば、個人単位課税の下、せめて就労配偶者からの所得控除を増額すべきである、という第一とは逆の議論に繋がるものも考えられる。
[浅妻]帰属所得(内助の功)については、それが有る世帯に対して税負担を重くする、という議論の他に、それが少ない世帯に対して税負担を軽くする、という議論も考えられる。資産性所得と異なり勤労性所得を得る場合には帰属所得が一定程度犠牲になることが予想されるので、勤労性所得について租税負担を軽くする措置は或る程度正当化できる。現在の給与所得控除(所税28条)にはこの趣旨も含まれていると理解できる。但し、現在のところ事業所得にはこの趣旨の所得控除が用意されてなく、片手落ちとも批判できる(尤も、事業所得の中には資産性所得の性質の強いものも一部あり、制度設計は容易でない)。

ft 法人と従業員どちらに帰属するかにつき、仙台地判平成24年2月29日平成21(行ウ)33号(請求認容)(確定不明)…従業員が取引先から受け取ったリベートについて、法人からリベートの法的受領権限を従業員が受けていないため、所得の帰属は法人ではなく従業員であるとした事例。

fu 水野忠恒『租税法』5版296頁は、「いずれの説が妥当であるかということは、所得の種類によって異なるのではないかと考えられる」と述べる。
●給与所得・利子所得――法律関係が明確に存在しており、法律上の帰属が明確であり、法律的帰属説で十分。
●農業・営業等の事業所得――収益の法律上の帰属者が明確でないことが少なくない(農地所有者は親であるが営農しているのは子である場合、飲食店としての食品衛生法上の許可を得ている名義人は夫であるが夫は外に勤めに出ており飲食店で働いているのは妻である場合、等々)。「経済活動の実態をみることにより、収益の帰属者を判定する必要があるので、経済的帰属説を採用するしかない」と水野は述べる。

本講義では、一般論としては法律的帰属説に従っておく。が、実際上、水野の指摘通り、法律的帰属と述べるだけで結論が出てくるというような単純な話でもない。

fv 相続税についてであるが(そして相続税法には所税12条に相当する規定がないが)、釧路地判平成13年12月18日訟月49巻4号1334頁(先物取引の建玉は相続税の課税対象となるとした事例)について、浅妻章如・判評・ジュリスト1230号129頁(2002.9.15)…先物契約に係る被相続人の委任契約が委任者の死亡時に効力を失うものの、相続課税の対象でなくなるわけではなく、委任契約者としての地位についての財産的価値を考慮する。
 消費税法13条について。
牛枝肉問屋営業付加価値税仕入税額控除事件・大阪地判H25.6.18税資263-12235概説128
第3 当裁判所の判断
1(1)消費税法39条1項は,貸倒れに係る消費税額の控除等に関し,事業者が国内において課税資産の譲渡等を行った場合において,当該課税資産の譲渡等の相手方に対する売掛金その他の債権につき更生計画認可の決定により債権の切捨てがあったことその他これに準ずるものとして政令で定める事実が生じたため,当該課税資産の譲渡等の税込価額の全部又は一部の領収をすることができなくなったときは,当該領収をすることができないこととなった日の属する課税期間の課税標準額に対する消費税額から,当該領収をすることができなくなった課税資産の譲渡等の税込価額に係る消費税額(当該税込価額に105分の4を乗じて算出した金額をいう。)の合計額を控除する旨規定するところ,同法13条は,法律上資産の譲渡等を行ったとみられる者が単なる名義人であって,その資産の譲渡等に係る対価を享受せず,その者以外の者がその資産の譲渡等に係る対価を享受する場合には,当該資産の譲渡等は,当該対価を享受する者が行ったものとして,同法の規定を適用する旨定め,資産の譲渡等を行った者の実質判定について規定している。そして,かかる資産の譲渡等を行った者の実質判定は,その法的実質によるべきものと解される(このように解すべきことは,当事者間に争いがない。)。
 そうであるところ,本件においては,前記前提事実(5)のとおり,本件牛枝肉取引に係る原告の本件各買受人に対する本件各債権が貸倒れとなったことから,原告が消費税法39条1項に基づいて同貸倒れに係る消費税額の控除をすることができるか否かが問題となる。そこで以下検討する。
(2)原告が大阪市により開設されたA場において牛枝肉等の卸売を行う卸売業者であり,出荷者から牛枝肉等の販売の委託等を受けて,買受人(大阪市長から許可を受けた仲卸業者及び大阪市長から承認を受けた売買参加者)を相手に牛枝肉等を販売していたことは,前記前提事実(1)のとおりであり,かかる牛枝肉取引における原告の立場は,商法上の問屋に当たると解される(この点については,当事者間に争いがない。)。
 商法551条は,問屋の意義として,「問屋トハ自己ノ名ヲ以テ他人ノ為メニ物品ノ販売又ハ買入ヲ為スヲ業トスル者」をいう旨規定し,また,同法552条は,問屋の地位について,「問屋ハ他人ノ為メニ為シタル販売又ハ買入ニ因リ相手方ニ対シテ自ラ権利ヲ得義務ヲ負ウ」(同条1項)とともに,「問屋ト委託者トノ間ニ於イテハ(中略)委任及ヒ代理ニ関スル規定ヲ準用」する(同条2項)としている。このように,問屋は,問屋自身が権利義務の主体となって(「自己ノ名ヲ以テ」),他人の計算すなわち経済的利益を他人に帰属させて(「他人ノ為メニ」)物品の販売又は買入を行うことを業とするものであって,当該物品の販売ないし買入という売買契約に係る問屋と相手方との関係(外部関係)は,問屋が当該売買契約の当事者,すなわち権利義務の主体となるものであり,一方,問屋と委託者との関係(内部関係)は,委任関係となる。
(3)上記(2)のとおり,問屋と相手方との間の売買契約に係る経済的利益は問屋ではなく委託者に帰属するものであり,原告がA場において行っている牛枝肉取引においても,原告がこれにより得る経済的利益は原告が委託者(出荷者)から収受する委託手数料(卸売金額の100分の3.5)であって,当該売買契約に係る売買代金のうち,かかる委託手数料や諸費用等を控除した金額(せり売等に係る価格に数量を乗じて得た額の合計額に100分の105を乗じて得た額から委託手数料及び委託者の負担となる費用の額を控除した金額)は,売買仕切金として,原告から委託者(出荷者)に支払われる(本件条例52条,前記前提事実(2)(3))。
 このことからすれば,A場において原告が問屋として行う牛枝肉取引による牛枝肉の譲渡に係る対価を享受するのは原告ではなく委託者(出荷者)であるといえそうであるが,上記(1)のとおり,資産の譲渡等を行った者の実質判定はその法的実質によるべきものであるところ,以下の諸点に鑑みれば,牛枝肉取引の法的実質として,法律上資産(牛枝肉)の譲渡等を行ったとみられる者すなわち問屋である原告が,単なる名義人にすぎず,当該資産(牛枝肉)の譲渡等を行ったものではないということはできないものと解するのが相当である。
ア 上記のとおり,牛枝肉取引による対価を得るのは委託者(出荷者)であり,原告は卸売金額の100分の3.5の委託手数料を収受するにすぎないものの,牛枝肉取引に係る買受人に対する牛枝肉の売主は原告であって委託者(出荷者)ではなく,買受人に対する売買代金請求権を有するのも委託者(出荷者)ではなく原告である。
 そして,牛枝肉取引に係る買受人からの売買代金回収のリスクを負うのも委託者(出荷者)ではなく,原告である。すなわち,原告は,買受人から売買代金の回収ができたか否かに関わらず,その卸売がされた日の翌日までに委託者(出荷者)に対し売買仕切金を支払わなければならず(本件条例52条,前記前提事実(2)(3)),買受人からの代金回収ができなかった場合(貸倒れとなった場合)に,原告が委託者(出荷者)に対する売買仕切金の支払を免れ,あるいは,委託者(出荷者)から既払の売買仕切金の返還を受けることができる旨の定めは存しない。
 この点,買受人は,原告との間で支払猶予の特約がされない限り,牛枝肉の引渡しを受けると同時にその買受代金の支払をしなければならず(本件条例56条。もっとも,本件牛枝肉取引においては,本件各約定により,本件各買受人に20日間の支払猶予の特約がされている。),また,本件各約定においては,本件各買受人の買受限度額が定められるとともに,同買受限度額相当額の担保を差し入れることとされ,本件各買受人は同買受限度額を超えての買受けはしないものとされている(前記前提事実(4)イ)から,本件各約定上,原告において本件各買受人からの売買代金の回収ができない事態は基本的に生じない内容になっているようにも解されるところであって,本件各債権の貸倒れが生じたのは,原告が本件各買受人に対し,本件各約定で定められた買受限度額を大幅に超過した牛枝肉の販売を行ったことにその原因があるとの被告の指摘は首肯し得るところである。しかしながら,本件条例56条においても,買受人による買受代金の支払について支払猶予特約をすることが可能であることが定められており,かかる支払猶予特約がされている場合には,買受人から原告に買受代金が支払われる前に原告が委託者(出荷者)に売買仕切金を支払う必要が生じること,これに対し本件各約定においては買受限度相当額の担保を差し入れるものとされているものの,本件各約定においても本件各買受人がその買受限度額を超えて買受ける場合も想定されていること(前記前提事実(4)イ(イ))からすると,A場における牛枝肉取引において,制度上およそ原告が売買代金回収のリスクを負わない仕組みが構築されているものとは言い難い。そして,上記のとおり,原告と本件各買受人との間で締結された約定(本件各約定)においては,原告が負う売買代金回収のリスクを回避する方策として,買受限度額や買受限度相当額の担保の差入れ等の定めを設けていたものであるが,本件各約定においても,上記のとおり同買受限度額を超えて原告が牛枝肉を販売することは禁じられていないのであって,原告が本件各買受人に対し,その買受限度額を大幅に超過した牛枝肉の販売を行い,また,買受限度額を超過した販売を行った後その超過額について直ちに精算することを求める等の措置を採らなかったことが本件各債権の回収を不能ならしめた大きな要因といえるとしても,このように原告が売買代金回収のリスクを回避する手段を採らなかったことによる損害は,原告自身が現に負担しているものといえる。
 そうすると,本件牛枝肉取引に係る原告と本件各買受人との関係として,原告が売主であり,本件各買受人に対する売買代金請求権を有するのも委託者(出荷者)ではなく原告であること,また,同売買代金回収のリスクも委託者(出荷者)ではなく原告が負っているとの側面を軽視することはできないものというべきである。
イ 次に,牛枝肉取引に係る売買代金の決定についてみるに,本件受託契約約款においては,委託者は委託物品の販売について指値その他の条件を付すことができることとする旨規定されており(前記前提事実(2)ア),このように委託者(出荷者)が指値を付した場合には,原告は当然これに従わなければならないことから,その限度で売買代金の決定権は委託者(出荷者)にあるといえる。しかしながら,委託者(出荷者)により係る指値が付されない場合には,委託者(出荷者)は牛枝肉に係る売買代金について何らの限定を付することなくせり売の結果に委ねるものであって,これに基づく原告と買受人との間の売買代金の合意(売買契約の締結)に何ら異を唱えないものといえるところ,A場における牛枝肉の取引については,過去10年間指値が付されたことはないというのであるから(甲19),原告と買受人との間の牛枝肉の売買代金の合意(売買契約の締結)に関し,委託者(出荷者)は特段の関与をしていないものといえる。このことは,本件牛枝肉取引についても同様である。
ウ A場における牛枝肉の取引は,問屋である原告と買受人との間の売買契約となることは既述のとおりであるから,当該牛枝肉に隠れたる瑕疵が存した場合の瑕疵担保責任(民法570条)は,その売主である原告が負うものと解されるところ,原告は,実際にも,A場における牛枝肉の取引に関し,買受人に対する瑕疵担保責任を履行したことが存したものと認められる(甲19)。もっとも,原告が上記のような瑕疵担保責任を負う場合,原告と委託者(出荷者)との関係(内部関係としての委任関係)に照らせば,最終的な負担は委託者(出荷者)が負うのが通常と解されるところであるが,買受人は委託者(出荷者)に対して直接瑕疵担保責任を追及することはできず,買受人に対して瑕疵担保責任を負う主体が原告であることは明らかである。本件牛枝肉取引についても,本件各買受人に対して瑕疵担保責任を負う主体が委託者(出荷者)ではなく原告であると認められる。
(4)以上検討したように、本件牛枝肉取引を含むA場における牛枝肉の取引において,原告は商法上の問屋と認められ,原告と買受人(本件牛枝肉取引においては,本件各買受人)との間の売買契約に係る経済的利益は原告ではなく委託者(出荷者)に帰属するものであって,牛枝肉の譲渡に係る対価を享受するのは原告ではなく委託者(出荷者)であるとしても,A場における牛枝肉取引において,制度上およそ原告が売買代金回収のリスクを負わない仕組みが構築されているものとはいえず,本件牛枝肉取引においても原告が本件各買受人からの売買代金回収のリスクを負うものであって,委託者(出荷者)は同リスクを何ら負わないこと,原告と買受人との間の牛枝肉の売買代金の合意(売買契約の締結)についても,委託者(出荷者)は特段の関与はしていないこと,買受人に対する瑕疵担保責任を負うのも原告であって委託者(出荷者)ではないことに照らせば,本件牛枝肉取引において,原告が,その法的実質として,単なる名義人として課税資産(本件牛枝肉)の譲渡を行ったものにすぎないということはできず,したがって,原告は,課税資産(本件牛枝肉)の譲渡を行ったものとして,本件牛枝肉取引に係る本件各債権について,消費税法39条1項の貸倒れに係る消費税額の控除の適用を受けるものと解するのが相当である。 
 なお,被告は,本件各債権は実質的には原告が本件各買受人に対して代金相当額の金銭を貸し付けたと評価できる行為によって生じた債権といえる旨主張するが,原告が本件各買受人に対し,その買受限度額を大幅に超過した牛枝肉の販売を行い,また,買受限度額を超過した販売を行った後その超過額について直ちに精算することを求める等の措置を採らなかった点を捉えて本件各買受人に対して一定の経済的利益を供与したものと見得るとしても,そのことをもって,本件各債権について,原告の本件各買受人に対する貸金債権に当たるということは到底できないし,また,貸金債権としての法的実質を有しているものと解することもできないから,この点についての被告の主張は失当である。
2 以上のとおり,本件各債権の貸倒れについて,消費税法39条1項が適用されるものと解すべきところ,本件各債権の貸倒れに至る経緯は,前記前提事実(5)のとおりであり,原告は,本件課税期間(平成17年4月1日から平成18年3月31日までの課税期間)に係る消費税等の確定申告において,本件各債権について貸倒れに係る消費税額の控除をしているから(前記前提事実(6)),本件課税期間に係る原告の消費税等の額については,貸倒れに係る税額として3585万9739円を計上すべきものであって(なお,原告は,別表「課税の経緯(消費税等)」の「確定申告」欄記載のとおり,同額を,〔5〕の「貸倒れに係る税額」ではなく,〔4〕の「返還等対価に係る税額」に計上しているが,上記のとおり,「貸倒れに係る税額」として計上すべきである。),同計上をした結果は,同別表の「確定申告」欄記載のとおりとなり,消費税等の合計額は「△881万6521円」(還付金額881万6521円)となるから,上記貸倒れに係る税額の計上を認めず,消費税等の合計額を3600万8100円としてした本件更正処分は違法なものとして取消しを免れない。
 また,原告による確定申告においては何らの過少申告も存しないこととなるから,本件賦課決定処分も違法なものとして取消しを免れない。
3 結論
 よって,本件各処分の取消しを求める原告の請求はいずれも理由があるからこれを認容し,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

fw 納税者の主張はあながちおかしなものではない(法律的帰属説に則り、所得の半分は法的に妻に帰属している、と言えないこともない)が、他方、「給与所得等については、労務を提供した者の所得とされる。このことは、労働基準法24条において、原則として、給与を第三者に支払う契約を無効とされることにも支えられている」(水野忠恒『租税法』5版293頁)とも論じられる。
 親族間の契約を内部、そうでないものを外部と表現することがあるが(『注解所得税法』第5章87頁「父対娘の内部関係と外部関係とでその法律関係が異なる……」)、[浅妻]個人単位主義の現行法下でそのような思考は維持できず、例えば友人間で所得を折半する契約がある時はどうなのかといった問題について内部・外部という表現はうまく当てはまらない恐れがある、と浅妻は考える。従って東京地裁の着眼点は妥当と考える。結論についての違和感は皆無ではないが、所得分類があることとの関連で東京地裁の結論は補強されるのであろう。妻の得た所得が少なくとも事業所得や給与所得に当たるということは考えられない(妻の得た半分の所得について雑所得として課税するという考え方もありえないではない、というしこりは残るが)。
 参考:アメリカでも、Lucas v. Earl, 281 US 111 (1930)において、稼いだ所得を夫婦間で均等分割する契約を結んでも、連邦所得税法上所得移転は無効であるとされた例がある。しかし、Poe v. Seabon, 282 US 101 (1930)では、州法の夫婦財産共有制度により所得が夫婦間で均等に帰属する場合、連邦所得税法上も所得分割が有効とされた。これは州法に依存するので、州によって扱いの違いが生まれ、混乱が生じた。そこで1948年に連邦所得税法を改正し、連邦レベルで夫婦についての扱いを統一させた。

fx 資産所得の合算課税制度の沿革について、『注解所得税法』第3章課税単位を参照。

fy  論旨第一は、所得税法中源泉徴収に関する規定は全部憲法二九条に違反する、と主張する。しかし憲法第三〇条は「国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負う」ことを宣言し、同八四条は、「あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする」と定めている。これらの規定は担税者の範囲、担税率等を定めるにつき法律によることを必要としただけでなく、税徴収の方法をも法律によることを要するものとした趣旨と解すべきである。税徴収の方法としては、担税義務者に直接納入されるのが常則であるが、税によつては第三者をして徴収且つ納入させるのを適当とするものもあり、実際においてもその例は少くない。給与所得者に対する所得税の源泉徴収制度は、これによつて国は税収を確保し、徴税手続を簡便にしてその費用と労力とを節約し得るのみならず、担税者の側においても、申告、納付等に関する煩雑な事務から免がれることができる。また徴収義務者にしても、給与の支払をなす際所得税を天引しその翌月一〇日までにこれを国に納付すればよいのであるから、利するところは全くなしとはいえない。されば源泉徴収制度は、給与所得者に対する所得税の徴収方法として能率的であり、合理的であつて、公共の福祉の要請にこたえるものといわなければならない。これすなわち諸国においてこの制度が採用されているゆえんである。かように源泉徴収義務者の徴税義務は憲法の条項に由来し、公共の福祉によつて要請されるものであるから、この制度は所論のように憲法二九条一項に反するものではなく、また、この制度のために、徴税義務者において、所論のような負担を負うものであるとしても、右負担は同条三項にいう公共のために私有財産を用いる場合には該当せず、同条項の補償を要するものでもない。
 論旨第二は、所得税法中源泉徴収に関する規定は、憲法一四条に違反し無効であると主張する。そして論旨は先ず勤労所得者が事業所得者に比して徴収上差別的取扱を受けることを非難するが、租税はすべて最も能率的合理的な方法によつて徴収せらるべきものであるから、同じ所得税であつても、所得の種類や態様の異なるに応じてそれぞれにふさわしいような徴税の方法、納付の時期等が別様に定められることはむしろ当然であつて、それ等が一律でないことをもつて憲法一四条に違反するということはできない。次に論旨は、源泉徴収義務者が一般国民に比して不平等な取扱を受けることを論難する。しかし法は、給与の支払をなす者が給与を受ける者と特に密接な関係にあつて、徴税上特別の便宜を有し、能率を挙げ得る点を考慮して、これを徴税義務者としているのである。この義務が、憲法の条項に由来し、公共の福祉の要請にかのうものであることは、すでに論旨第一について上述したとおりである。かような合理的理由がある以上これに基いて担税者と特別な関係を有する徴税義務者に一般国民と異る特別の義務を負担させたからとて、これをもつて憲法一四条に違反するものということはできない。
 論旨第三は、所得税法中源泉徴収に関する規定は憲法一八条に違反し無効であると主張する。しかし源泉徴収義務者の徴税事務に伴う負担をもつて、所論のように、苦役であり奴隷的拘束であると主張するのは明らかに誇張であつて、あたらないこと論をまたない。
 以上述べたところによつて明らかなように、所得税法中源泉徴収に関する規定は違憲無効であるとの各主張はいずれも理由がない。従つてこれ等の規定を合憲として適用した原判決は正当であつて、論旨は採用できない。

fz 弁護士夫婦事件・最判H16.11.2判時1883-43百選30
所得税更正処分取消等請求事件
最高裁判所平成16年(行ツ)第23号
平成16年11月2日第三小法廷判決
主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理   由
1 上告人及び上告代理人森貴子,同服部訓子の上告理由第1について
 所得税法56条は,事業を営む居住者と密接な関係にある者がその事業に関して対価の支払を受ける場合にこれを居住者の事業所得等の金額の計算上必要経費にそのまま算入することを認めると,納税者間における税負担の不均衡をもたらすおそれがあるなどのため,居住者と生計を一にする配偶者その他の親族がその居住者の営む事業所得等を生ずべき事業に従事したことその他の事由により当該事業から対価の支払を受ける場合には,その対価に相当する金額は,その居住者の当該事業に係る事業所得等の金額の計算上,必要経費に算入しないものとした上で,これに伴い,その親族のその対価に係る各種所得の金額の計算上必要経費に算入されるべき金額は,その居住者の当該事業に係る事業所得等の金額の計算上,必要経費に算入することとするなどの措置を定めている。
 同法56条の上記の趣旨及びその文言に照らせば,居住者と生計を一にする配偶者その他の親族が居住者と別に事業を営む場合であっても,そのことを理由に同条の適用を否定することはできず,同条の要件を満たす限りその適用があるというべきである。
 同法56条の上記の立法目的は正当であり,同条が上記のとおり要件を定めているのは,適用の対象を明確にし,簡便な税務処理を可能にするためであって,上記の立法目的との関連で不合理であるとはいえない。このことに,同条が前記の必要経費算入等の措置を定めていることを併せて考えれば,同条の合理性を否定することはできないものというべきである。他方,同法57条1項は,青色申告書を提出することにつき税務署長の承認を受けている居住者と生計を一にする配偶者その他の親族で専らその居住者の営む前記の事業に従事するものが当該事業から給与の支払を受けた場合には,所定の要件を満たすときに限り,政令の定める状況に照らしその労務の対価として相当であると認められるものの限度で,その居住者のその給与の支給に係る年分の当該事業に係る事業所得等の金額の計算上,必要経費に算入するなどの措置を規定し,同条3項は,上記以外の居住者に関しても,同人と生計を一にする配偶者その他の親族で専らその事業に従事するものがいる場合について一定の金額の必要経費への算入を認めている。これは,同法56条が上記のとおり定めていることを前提に,個人で事業を営む者と法人組織で事業を営む者との間で税負担が不均衡とならないようにすることなどを考慮して設けられた規定である。同法57条の上記の趣旨及び内容に照らせば,同法が57条の定める場合に限って56条の例外を認めていることについては,それが著しく不合理であることが明らかであるとはいえない。
 以上によれば,本件各処分は,同法56条の適用を誤ったものではなく,憲法14条1項に違反するものではない。このことは,当裁判所の判例(最高裁昭和55年(行ツ)第15号同60年3月27日大法廷判決・民集39巻2号247頁)の趣旨に徴して明らかである。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ,原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。
2 同第2について 
 民事事件について最高裁判所に上告をすることが許されるのは,民訴法312条1項又は2項所定の場合に限られるところ,論旨は,理由の不備・食違いをいうが,その実質は単なる法令違反を主張するものであって,上記各項に規定する事由に該当しない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

参考 二分二乗訴訟・最判S36.9.6民集15-8-2047百選28概説104
 所論は、民法七六二条一項は、憲法二四条に違反するものであると主張し、これを理由として、原審において、右民法の条項が憲法二四条に違反するものとは認められず、ひいて右民法の規定を前提として、所得ある者に所得税を課することとした所得税法もまた違憲ではないとした原判決の判示を非難するのである。
 そこで、先ず憲法二四条の法意を考えてみるに、同条は、「婚姻は……夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。」、「配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。」と規定しているが、それは、民主主義の基本原理である個人の尊厳と両性の本質的平等の原則を婚姻および家族の関係について定めたものであり、男女両性は本質的に平等であるから、夫と妻との間に、夫たり妻たるの故をもつて権利の享有に不平等な扱いをすることを禁じたものであつて、結局、継続的な夫婦関係を全体として観察した上で、婚姻関係における夫と妻とが実質上同等の権利を享有することを期待した趣旨の規定と解すべく、個々具体の法律関係において、常に必らず同一の権利を有すべきものであるというまでの要請を包含するものではないと解するを相当とする。
 次に、民法七六二条一項の規定をみると、夫婦の一方が婚姻中自己の名で得た財産はその特有財産とすると定められ、この規定は夫と妻の双方に平等に適用されるものであるばかりでなく、所論のいうように夫婦は一心同体であり一の協力体であつて、配偶者の一方の財産取得に対しては他方が常に協力、寄与するものであるとしても、民法には、別に財産分与請求権、相続権ないし扶養請求権等の権利が規定されており、右夫婦相互の協力、寄与に対しては、これらの権利を行使することにより、結局において夫婦間に実質上の不平等が生じないよう立法上の配慮がなされているということができる。しからば、民法七六二条一項の規定は、前記のような憲法二四条の法意に照らし、憲法の右条項に違反するものということができない。
 それ故、本件に適用された所得税法が、生計を一にする夫婦の所得の計算について、民法七六二条一項によるいわゆる別産主義に依拠しているものであるとしても、同条項が憲法二四条に違反するものといえないことは、前記のとおりであるから、所得税法もまた違憲ということはできない。
 されば右説示と同趣旨に出た原判決は正当であつて、所論は採るを得ない。
 よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

〇昭和三四年(オ)第一一九三号
上告人 高野宇三郎
被上告人 大阪国税局長
上告人の上告理由
一、現実
上告人及其妻の所得申告と所轄税務署の其更正決定
(図)
 此上の欄の申告(右)と所轄税務署の更正決定(左)とが、昭和三二年度分の所得税決定の基本となる同年度分の所得の表でこれは本件の分であるが、下の欄の申告と更正決定とは、これにつづく翌年のもので、直接本件には関係ないが、此更正決定上と下二年を通じ、
1 妻は所得一円も認められぬ。これは勿論上告人の妻だけの場合であるが、迎える年も送る年も全国の妻と名のつく女性一人のこらず同じ運命に追いこまれている。
2 女性が独身であるうちは、働けば応分の所得がえられるのに、一度婚姻生活(訴状の第一号証及び第三号証申との何れもにそえた陳情書二頁八行目に記した婚姻生活)に入つた途端からは、いくら働いても一円の所得も認められぬ。
 均しく女性でありながら、独身者は所得を認めるが、妻なるがゆえに、又妻となつたがゆえに、終生日本中の妻すべて例外なく所得一円もあまさず夫のものだという。
 これがわが国政府、被上告人等によつて強行されている現実である。これが亭主関白、妻は三界に家なし等々いわれた封建思想及び制度の最醜悪面そのままの現実でなくて何であろうか。
 こういう没常識にして没義道な現実は被上告人及び第一審、第二審判決理由何れも、「民法第七六二条第一項夫婦の一方が婚姻中自己の名で得た財産はその特有財産とする」によるといい、且同法条は憲法第二四条に違反しないと主張する。
 上告人の読む憲法の本文(前文ともいう)には、「日本国民は人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて」とあり、又同第二四条には「夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により維持されなければならない」と、真の人間及び夫婦の自覚が明示されてあるのに、このような前憲法時代に車を逆に転すような前記法条が、憲法に違反せぬという。被上告人の決定及び第一審、第二審判決には、上告人にどうしても納得できぬ。不服である。
二、上告人の税申告
 前掲表の税申告は何れも控訴準備書面乙、控訴人の所信(控準三頁)を実行にうつしたものである。
 右控訴人の所信は、わが憲法第二四条の明示と上告人の主張との合一の証明である。
 この上告人の主張をば、第一審判決理由では租税政策の立法論と見、又第二審判決理由では夫婦の道、婚姻の倫理というだけで、何れの判決理由も、その反憲法的指摘乃至反対意見は述べられてないばかりか、第二審では夫婦は同心一体ということについて、控訴人所論の通りとまで云われているところを見れば、何れもこの税申告の合憲法性を無言の裡に肯定しているものとみて差支えないと思う。
 尚今年九月十九日の日本経済新聞第一面に「蔵相明年度減税の意向固める」の見出の下に六段目所得税の小見出のうちに「これは米国や西独が実施しているジョイント・リターン(夫の所得は夫と妻が共同でかせいだものとみなし所得を二分して課税する)の思想……」とある。此話は大蔵省側の人の発言か、又記者がいうたか知らぬが、何れにしても上告人の主張に極似したことが、世界の文化国に既に実施されているとまでいわれていることで、充分に注目していいと思う。
 上告人はその税申告は、憲法に合一する正しいものなることを主張する。
 それで此税申告を阻み抹殺する前記民法第七六二条第一項は両判決理由ともその合憲法性の強調に終始しているといつて差支えないほどであるに拘わらず、同法条は憲法第二四条に反すると上告人は主張する。
三、憲法第二四条と民法第七六二条第一項
 憲法第二四条。婚姻は両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により維持されなければならない。
 この条規によつて、われわれは少なくも次のことが示されていると観る。
1 夫婦は合意せる特定の一人の男性(夫)と、特定の一人の女性(妻)との婚姻生活であつて、男性と女性とでさえあれば誰れとでもというものでなく、極めて限定された特定関係一である。
2 夫婦が同等の権利とは、普遍的基本的人権の基礎の上に立つ夫と妻との間における権利の同等なることの自覚をいう。
3 この同等の権利の自覚を欠くもの、それは夫婦ではない。オスメス関係か、又はあかの他人同志かであつて、夫も妻もそこにはない。
4 夫・妻互に協力し働いてこそ、夫婦は一心同体といわれ、又夫婦が成立ち維持されていく。互の協力のないものは夫婦ではない。従つてそこに夫・妻と呼ばれる者はなく、あかの他人の寄合世帯にすぎぬ。
5 夫婦は、それ自らの生命と幸福とのために、夫・妻相互協力して働く。此働く力は、一心同体夫婦一の一つの力である。ゆえに其成果所得は夫婦一に帰属する全体の一なることはいうまでもない。それは他の所得の微塵も混入しない純一無雑、夫婦固有の所得である。夫婦は、此所得によつて、精神的に又物質的に充足され、夫婦生活が豊かに、そうして純化され維持される(控準五頁)。夫婦の所得の本来はこのようなもので、妻の分夫の分という区別差別はない。ただ一つの所得である。
6 このように二人相互の絶対協力による絶対一の力の創造せる成果一、即ち夫婦の所得を、或る事情の下に、それぞれの所得を定めるとなれば、互に了解の上で等分する当然のことである(控準六頁)。夫の所得、妻の所得、何れも夫婦の所得以前のものではない。民法第七六二条第一項。夫婦の一方が婚姻中自己の名で得た財産は、その特有財産とする。
 夫婦の一方(夫か妻)が婚姻中の所得は、夫の名で得ようと、妻の名で受取ろうと、それはすべて夫婦の所得である。というは夫といい、妻と呼び、又夫婦といい、婚姻中という以上、既に両性の相互の協力関係にあるからである。すればその夫婦協力の成果を、妻の名で受取ろうと又夫が取得しようと、其本質は夫婦の所得たることにかわりはない。同床異夢的行為、実践は憲法にいう夫婦・妻・夫の行為でない。又そういうものには夫婦の一方が婚姻中とはいえまい。(三の4による)
 その夫婦の所得を処分利用等するときは、夫・妻二人、ただこの二人、互に同等の権利を有することを基本として、即ち互の自主性を尊敬しおう各自の自主性に自覚して処置することが本当だと憲法が示す。(控準六頁)
 然るにその所得を受取るときに夫か妻かが、自分の名を使つたというだけで、他の配偶者を無視し、夫婦の所得を全奪りする。このような没常識にして没義道なことを強いるのが、此法条のわざで、前掲表の更正決定がこれを証する。
 民法第七六二条第一項が憲法第二四条に反すること極めて明白である。
四、判決理由
 第二審判決理由に「婚姻に関しては、法律は個人の尊厳と、両性の本質的平等に立脚して制定されなければならない」(憲法第二四条第二項)と規定しているのは、男女の両性が本質的に平等であるが故に、婚姻においても夫と妻とが法律上平等の権利を享受べきもので、その権利に差違を附することを禁じる趣旨と説明され、上告人も至極同感である。それゆえにこそ当訴訟に及んだのである。そうして此趣旨説明のあと二、三行おいて、もとより夫婦は同心一体と云われているところをみれば、夫婦は夫妻相互の一つの協力体で、一人でないことも確認されているわけである。夫婦関係にない男女の所得は、それぞれの所得として個人のものだが、夫婦の所得は、夫一人のものでもなければ、妻一人のものでもない。ただ夫婦一の所得である。その夫婦の所得という一つのものを或る事情の下に夫の所得、妻の所得と定めるとなれば、互に了解の上で等分する当然である(三の6)。等分と均分とは意味はちごうが本件の場合偶然等分が均分のようになつたのである。
 こういうわけで上告人の税申告こそ、個人の尊厳と、両性(特定の一人の男夫、特定の一人の女妻)の本質的平等に立脚していると信ずる。
 然るに判決理由には、民法第七六二条第一項は前記趣旨に反しないから毫も憲法の規定に違反せぬとあるが、同法条の力の及ぶ範囲の現実、即ち前掲表の更正決定を見れば、同法条が個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚した法律か、否かは論より証拠、だれの目にも一目瞭然だと思う。
 次に同判決理由に控訴人の所論は要するに夫婦の道、婚姻の倫理を説くもので、これが直ちに法律上夫又は妻がその名で取得した所得の半分を、他の配偶者の所得としなければならない筋合のものではないから、前記民法の規定を憲法の規定に違反するものとなす主張は首肯できないと結論されているが、このような話は太陽や空気や又社会の中で自分が働かしてもらつていることに気付かずに、自分の力だけで働いていると自惚れていると同じく、夫婦相互の協力が各自の生活に浸みこんでいることを忘れるから自分の力だけで自分の所得を得ているなぞと勝手なことがいえるので、右の手で採つても左の手で掴んでも、わが身のもので、右左の手のものでないことは誰にもわかる筈だ。
 その本源の一つに帰した夫婦の所得を、夫と妻とがわける同等の権利を有することを基本に半分ずつわけあう。自分のものを半分他に与えるのではない。さらに上告人いう。妻は無我の勤労をなしつつも、所得を全部奪られる。夫は無我に働いたその妻の所得を、誰れに気兼ねなく公然と奪うことを法律上認めてよい筋合のものかどうか。ここに掲げた更正決定を見ればすぐわかることで、「前記民法の規定を憲法に反するものとなす控訴人の主張は首肯し得ない」との結論は出ない筈と。
 この二つの判決理由を理由に、控訴人の主張は独自の見解で、大阪高等裁判所は採らぬとあるが、(二)の上告人の税申告の新聞記事に依れば、上告人の主張は、世界の文化国の思潮と合流するものであり、又今もいうように両判決理由とも上告人の主張に正面切つて反論なく、ただ民法七六二条第一項の合憲法性の説述だけという状態のまま第一審と趣旨を同じくするということで第二審判決理由を終つている。
 第二審判決理由の要点はここに述べた二つであるが、その不当を既に明らかにした。依而趣旨を同じくする第一審判決理由についていえば、民法第七六二条第一項が憲法第二四条に違反するか否かの検討が、同理由の要点であり、趣旨もこれに尽きている。それによると「民法同法条は妻がその名で得た財産は、全額をその特有財産とするごとく、男女の区別なく平等に適用されるものであるから憲法二四条に違法するとは判断しえない」とある。が、これは男女の区別なくだから夫もそうで、妻も夫もその点平等で差別がないということだが、何れも互の協力に立つていることで、どちらの所得も当然夫婦の所得に帰すべきこと、従つて同法条は憲法第二四条に違反することは既に(三)の「憲法第二四条と民法第七六二条第一項」で述べた通りである。
五、結論
 結局、夫・妻と呼び互に夫婦生活している以上、夫が儲けようと、妻が所得しようとそれは何れも夫婦の所得で、どちらのものという区別がないというより、当の本人たちはそんなことを気にもしていない。それを何かの都合でどちらがと区別しようとなれば、半々にというのが真の夫婦の間柄だというのが、われわれの最高常識憲法第二四条に示されていることであり、又われわれの実情だ。本件の場合、税の必要から所得税法第一条に個人としてとあるから等分したまでで、それがいけないという更正決定を見ると、妻が夫と対等の地位に認められたというのに、実に常識を欠いていることは御覧の通りで、一度考えなおしてほしいまちがいでないかというと、それは民法第七六二条第一項という法律の所為で、どうにもならぬ。しかも此法律は憲法に叶つているとのことであるので、そういう筈はないので同法条が憲法第二四条に違反していることを現実を媒介に実証したのがこれまで四つの項に渉つた陳述で、同時にこれが上告人が納得いかぬ原判決に不服だというたことの説明である。
 これによつて、民法第七六二条第一項は憲法第二四条に違反すると上告人は強く主張する。

参考 夫婦財産契約事件・東京地判S63.5.16判時1281-87百選29概説122(控訴審上告審維持)
二 原告は、夫又は妻が得る財産は夫及び妻の共有財産とする旨の夫婦財産契約を締結したから、原告の得た収入の二分の一は妻のものであり、原告の所得はその収入の二分の一であると主張し、被告のした本件更正等は、原告の所得をその収入の二分の一としなかった点において違法であると主張するので、この点について判断する。
1 《証拠略》によれば、原告が締結した夫婦財産契約には、「夫及び妻がその婚姻届出の日以後に得る財産は、……夫及び妻の共有持分を二分の一宛とする共有財産とする。」という条項があることが認められるが、この条項はその文言によって明らかなとおり、「夫及び妻がその婚姻届出の日以後に得る財産」について、これを「夫及び妻の共有持分を二分の一宛とする共有財産とする」ものであって、夫又は妻が一旦得た財産を夫婦間において共有財産とするもの、換言すれば、夫又は妻が一担取得した財産の夫婦間における帰属形態をあらかじめ包括的に取り決めたものと解される。
 そうすると、右条項は、ある財産が夫又は妻が一旦得た財産であることまで変更するものではないというべきであるから、原告が弁護士としての業務(事業)を行って得た報酬である事業所得に係る収入金額、原告が使用者との雇用契約に基づき労務を提供した対価として支給された給与等である給与所得に係る収入金額及び原告が請負契約に基づき仕事(原稿書き)を完成した対価として支給された原稿料である雑所得に係る収入金額等の各全額を、いずれも原告の所得に係る収入金額であるとした被告の本件各更正に原告主張の違法性はないものといわなければならない。
2 この点について、原告は、原告の締結した夫婦財産契約の右条項により、原告らは、夫又は妻の一方が得る所得そのものが原始的に夫婦の共有に属することを意図したものであって、私的自治の原則により、当事者の意図したとおりの効果が発生せしめられるべきであり、かつ、これが登記されていることにより、国及び第三者に対抗しうるものであると主張する。
 しかしながら、ある収入が誰に帰属するかという問題は、単に夫及び妻の合意のみによって決定されるものではなく、例えば雇用契約に基づく給料収入であれば、その雇用契約の相手方との関係において決定されるものである。雇用契約において、労務を提供するのは被用者たる夫婦の一方であって、夫婦の双方ではなく、したがって、労務の対価である給料等を受け取る権利を有する者も被用者たる夫婦の一方であって、夫婦の双方ではないのであり、仮に夫婦間において夫婦の双方が右給料等を受け取る権利を有するものと合意したとしても、それだけでは、その合意は、雇用契約の相手方たる使用者に対しては何らの効力を生ずるものではないといわなければならない。けだし、右給料等を受け取る権利を夫婦双方の共有とすることは、雇用契約の内容を変更することにほかならないのであるから、雇用契約の相手方たる使用者との合意によるのでなければ、同人に対してその効力を生ずるによしないものといわなければならないからである。そして、ある収入が所得税法上誰の所得に属するかは、このように、当該収入に係る権利が発生した段階において、その権利が相手方との関係で誰に帰属するかということによって決定されるものというべきであるから、夫又は妻の一方が得る所得そのものを原始的に夫及び妻の共有とする夫婦間の合意はその意図した効果を生ずることができないものというべきである。なお、このように、夫婦間の右合意がその意図した効果を生じないものである以上、夫婦財産契約が登記されているかどうかによって右結論が左右されるものでないことは明らかである。
 したがって、結局、原告の前記主張は理由がないものといわざるを得ない。

参考 事実婚「配偶者控除」訴訟・最判H9.9.9訟月44-6-1009百選47概説47,129
 所得税法八三条及び八三条の二にいう「配偶者」は、納税義務者と法律上の婚姻関係にある者に限られると解するのが相当であり、これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、違憲をいう点を含め、右と異なる見解に立って原審の右判断における法令解釈の誤りを論難するものにすぎず、採用することができない。
 よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

1版§212.04
事実・争点
…X(夫)がW(妻)の建物を事業用に賃借し、賃料を支払う。この賃料はXの事業所得の計算上必要経費として認められるか、それとも所得税法56条が適用されるか。
判旨…まず所得税法56条の趣旨を確認 
(1)「対価を支払う慣行があるものとはいえ」ない。
(2)「個人事業者がその所得を恣意的に家族に分散して不当に税負担の軽減を図るおそれ」
(2)’「適正な対価の認定を行なうことも事実上困難」

1版NOTES 2. (Xの主張)
(1)対価の妥当性
(2)普通は悪法(56条)回避のため、法人化する。たまたまこれが不可能なXの事業者には不公平。
(3)政策論的批判(勿論訴訟では解釈論としての主張だが)

N&Q 6. 資産合算制度(現在廃止。沿革について、『注解所得税法』第3章課税単位を参照。)
経済生活が世帯単位で行なわれている現状 「世帯単位に担税力を捉える方が生活の実態に合致する」
資産所得は分割容易 勤労所得は分散困難
世帯主が同居家族の資産を全て管理、支配することが容易
主たる所得者(資産所得以外の所得を最も多く有している者)に合算し、累進税率を適用し、算出税額を家族で按分
実際の制度の中で不合理と主張されている部分……所詮立法政策上の問題。違憲には当たらず。

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ケースブック1版§213.01末吉町均等割300円事件・最判昭和32年4月30日民集11巻4号666頁
均等割とは、地方公共団体が住民に頭割りで課す税のこと。(人頭税的な課税の一種)
事実 夫Hが田畑を有し日雇い人に指図をして農作業をさせており、妻(原告X)は日雇い人のお茶や食事の世話をする程度であったという事実関係(町による上告理由を見ると、本当に妻が些細なことしかしていなかったのか疑いも残るが、裁判所の認定事実としては、妻は農業に関わる大したことをしていない、というものである)において、町がXに町民税均等割(但し所得を有しなかった者には課税できないとされていた)を課そうとした。
判旨 認定事実によれば、Xは農業に従事して所得を得ていたとはいえない。

これは納税者側が所得分割を主張した事案ではない。従って、そもそも【事業の主宰者】なる基準の適否が争われた事案の典型例とは言いがたい。
NOTE 2. (1) 掲記の所基通12-3参照。
広島高松江支判昭和34年3月20日行集10巻3号427頁……夫が農地を所有しているが、耕作は妻が行なっており、夫は郵便局勤務で、耕作には時折関与する程度であった、という事実関係。農業所得は、主宰者たる妻に帰属する、と判断された。
[浅妻]しかし、努めて一人の「事業主」を探求すべきなのであろうか? 夫婦ともに農業に従事しているという事実が認められるならば、直截に共同事業として扱う方が合理的なのではなかろうか?

gb 平成23年度司法試験第1問参照。
歯科医院親子共同経営事件・東京高判H3.6.6訟月38-5-878百選26概説130
課税処分取消請求控訴事件
東京高裁 平成二年(行コ)第一六四号
平成三年六月六日判決
控訴人 高橋秀雄
被控訴人 柏税務署長
代理人 田中治、小野雅也 ほか三名
主   文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求める裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が昭和五九年一〇月三一日付けで控訴人の昭和五七年分及び昭和五八年分の各所得税についてした更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定をいずれも取消す。
3 訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
 主文第一項同旨
第二 事案の概要
 事案の概要は、次のとおり付加、削除するほかは、原判決事実及び理由「第二 事案の概要」欄の記載のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決二枚目裏一二行目の「以下「釜係官」という。)が、」の次に「蜂屋勇事務官を帯同して、」を加える。
二 同三枚目表二行目から同三行目の「調査理由として申告の正確性を調査するためと告げ、」を削り、同五行目の「立会いの下で」の次に「(なお、〈証拠略〉によれば、釜係官らがその際正しく税金が申告されているかどうかを調査する旨告げたことが認められる。 )」を加える。
三 同三枚目裏八行目の次に、改行して次のとおり加える。
「4 高橋歯科医院の事業主を控訴人のみとした場合の、控訴人の昭和五七年分の総収入金額は四七六一万七四一〇円、必要経費の額は一九八三万六五九四円であり、昭和五八年分の総収入金額は六一六〇万一一五〇円であって、同年分の必要経費の額は二二〇五万〇三〇九円を下らない(控訴人は、二二三七万二〇三一円であると主張する。)。」
四 同一二行目の「相当性を欠き」の次に「、また、釜係官が前記診療費を請求されたことに対する報復としてしたものであって」を加える。
第三 争点に対する判断
 争点に対する判断は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決事実及び理由「第三 争点に対する判断」欄の記載のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決四枚目裏六行目冒頭から同五枚目表一二行目)末尾までを、次のとおり改める。
 「所得税に関する更正は調査により行うものとされ(国税通則法二四条)、税務調査の手続は、広い意味では租税確定手続の一環をなすものであるが、租税の公平、確実な賦課徴収のため課税庁が課税要件の内容をなす具体的事実の存否を調査する手段として認められた手続であって、右調査により課税標準の存在が認められる限り課税庁としては課税処分をしなければならないのであり、また、更正処分の取消訴訟においては客観的な課税標準の有無が争われ、これについて完全な審査がされるのであるから、調査手続の単なる瑕疵は更正処分に影響及ぼさないものと解すべきであり、調査の手続が刑罰法規に触れ、公序良俗に反し又は社会通念上相当の限度を超えて濫用にわたる等重大な違法を帯び、何らの調査なしに更正処分をしたに等しいものとの評価を受ける場合に限り、その処分に取消原因があるものと解するのが相当である。ところで、控訴人は、「(一)税務調査は、当該納税者の確定申告に誤りがあることを疑わせるに足りる相当な理由があるときに限り許されるべきものであり、控訴人は被控訴人の係官の指導に従い申告している以上、本件税務調査は右相当な理由がなく調査の必要性を欠いている。(二)控訴人の承諾なく取引先調査を行っていること、調査に当たり調査理由を開示しなかったこと、調査範囲を限定することなく帳簿書類等を包括的に提出させたこと、本件税務調査において釜係官の態度は高圧的であったこと及び調査中に釜係官が幸七郎から歯科診療を受けたうえその診療費をなかなか支払わなかったことからして、本件税務調査の手段態様はその相当性を欠いている。」旨主張するが、右のような事実をもって本件税務調査が刑罰法規に触れ、公序良俗に反し又は濫用にわたると評価することはできないから、仮に本件税務調査が違法と評価されることがあるとしても、それが本件各処分の取消原因となるとはいえない。のみならず、後記のような納税相談の性格からすれば、控訴人が係官の指導に従ったとの一事をもって税務調査の必要性を欠くとはいえず、また、納税義務者である控訴人の承諾が反面調査をするための要件とされるいわれはなく、調査の理由を告げたことは前記認定のとおりであって、帳簿書類の提出等の範囲も権限ある税務職員の合理的裁量に委ねられているから、控訴人主張事実をもって直ちに違法となるものではない。さらに、本件税務調査の経緯は前記第二、一、3のとおりであって、釜係官が控訴人の自由意思を抑圧するような高圧的な態度をとったとは認められず、同係官が本件税務調査に際し、如何なる事由があったにしろ、緊急の必要もないのに被調査者のもとで診察を受けたことは、調査の公正に疑いを生じさせかねない誠に軽率な行為といわざるを得ないが、幸七郎からの請求を受けてからにしても受診後一か月以内にその費用を支払ったことは前記判示のとおりであって、しかも、原審証人高橋幸七郎の証言によって認められるその診療費が八〇〇円(保険を使用しないとしても、二万四〇九〇円)である事実に徴すれば、控訴人主張のようにその治療費を請求された報復として、本件各処分をしたものとは到底認めることができない。
 したがって、いずれにしても、控訴人の主張は理由がない。」
二 同五枚目裏二行目冒頭から同五行目の「解すべきところ」までを「親子が相互に協力して一個の事業を営んでいる場合における所得の帰属者が誰であるかは、その収入が何人の勤労によるものであるかではなく、何人の収入に帰したかで判断されるべき問題であって、ある事業による収入は、その経営主体であるものに帰したものと解すべきであり(最高裁昭和三七・三・一六第二小法廷判決、裁判集民事五九号三九三頁参照)、従来父親が単独で経営していた事業に新たにその子が加わった場合においては、特段の事情のない限り、父親が経営主体で子は単なる従業員としてその支配のもとに入ったものと解するのが相当である。これを本件についてみると」に改める。
三 同七枚目表五行目冒頭から同裏一行目の「ない」までを「したがって、右認定のように控訴人と幸七郎の診療方法及び患者が別であり、いずれの診療による収入か区別することも可能であるとしても、控訴人が医院の経営主体である以上、その経営による本件収入は、控訴人に帰するものというべきである」に改める。
四 同八枚目表二行目から三行目の「推認できないわけではない」を「推認できなくもないが、更に進んで、同係官がそのように申告することを指導し、その申告内容であれば被控訴人において問題なくこれを受理する旨を告げたことを認めるに足りる証拠はない」に改める。
五 同裏一〇行目の「判例時報一二六二号九一頁」を「裁判集民事一五二号九三頁参照」に、同一一行目の「相談者の」から同九枚目表一行目の「行うものではないこと」までを「、税務署側で具体的な調査を行うこともなく、相談者の一方的な申立てに基づきその申立ての範囲内で、行政サービスとして納税申告をする際の参考とするために、税務署の一応の判断を示すものであって、仮に、その相談が課税にかかわる個別具体的なものであったとしても、その助言内容どおりの納税申告をした場合には、その申告内容を是認することまでを何ら意味するものではなく、最終的に如何なる納税申告をすべきかは納税義務者の判断と責任に任されていること」にそれぞれ改め、同二行目の「信頼」の前に「それが税務署長等の権限のある者の公式の見解の表明と受け取れるような特段の事情のない限り」を加える。
第四 結論
 〈証拠略〉を総合すれば、控訴人の昭和五七年分及び昭和五八年分の総所得金額及び申告納税額が、本件各処分におけるそれを下回らないことが認められるから、被控訴人のした本件各処分は適法であり、その取消しを求める控訴人の各請求は理由がなくこれを棄却すべきである。
 よって、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

gc 昭和42年改正で障害者控除、老年者控除(65歳以上、所得1000万円以下の者について50万円〔住民税48万円〕控除。平成17年〔住民税平成18年〕廃止)、寡婦控除、勤労学生控除が税額控除から所得控除に改められた。

gd 税調2014.4.14、伊田賢司「配偶者控除を考える」、碓井光明「女性の社会進出に対する税制の影響――配偶者控除等の廃止論をめぐって」ジュリスト1238号70頁(2003)。
なお、かつての配偶者控除・配偶者特別控除と権利確定主義との関係について仙台高判平成19年3月27日訟月54巻4号983頁、浅妻章如「遡及して一時に支払われた公的年金収入の帰属年度」速報税理2010年8月1日号26-27頁参照。

ge 最判平成19年3月8日民集61巻2号518頁:内縁関係にあった姪が遺族厚生年金を受けることができる配偶者(厚生年金保険法3条2項にいう「事実上婚姻関係と同様の事情にある者」)に当たるとされた事例。

gf
§221.01協和興業事件・東京高判昭和39年12月9日行集15巻12号2307頁百選35松原有里4版58頁増田英敏
事実・争点 所謂株主相互金融会社の支払う利子が所得税法上の利子所得に当たるか(そして会社が源泉徴収義務を負うか)の争い。
判旨 消費貸借契約と消費寄託契約との区別を述べた上で、本件で問題となっている金銭の集め方は消費寄託契約によるものであり、従って利子所得に該当する、と結論付けた。
N&Q 2. 本当に消費貸借契約と消費寄託契約との差異が利子所得該当性判定の決め手か?
大洋セメント興業事件・東京高判昭和41年4月28日判タ194号147頁
「消費寄託と消費貸借との法律的概念のみをてがかりとして預金の実態を把握することは困難」
預金の経済的実質」は(1)「法人が不特定多数の者から法人所定の定型的約款によって金銭を受け入れこれを自己の運用資金の主要部分とするとともに」(2)「不特定多数の者が何れも金銭の保管の安全性その払い戻しの確実性を挙げて法人への信用に委ねて金銭を預け入れ、通常これに対する一定割合の金銭(利子)の支払を受けるところ」にある。
東京高裁昭和39年判決(私法上の性質決定を重視)と昭和41年判決(預金の経済的実質を重視)とどちらの筋で答案構成すべきか?…形式的に見ればどちらも高裁レベルの判決なので、どちらに依拠しても構わないだろうが、最低限、消費貸借と消費寄託との違いには言及すべきであろう。
参照:佐藤英明「利子所得における『預金利子』の意義と範囲」神戸法学雑誌41巻1号61〜88頁1991年……リスク負担が鍵となると論ずる。

gg みなし配当に関し、最判昭和57年12月21日判時1089号38頁判タ504号86頁訟月29巻8号1632頁百選4版60頁江頭憲治郎参照。
平成13年改正以前、2項みなし配当と呼ばれるもの(利益積立金額を資本等に組み入れた時に、みなし配当とする扱い)があった。面倒なので廃止された。
§211.03未実現利得 株式会社藤松事件・大阪高判昭和56年7月16日行集32巻7号1054頁…「利益積立金額を資本に組み入れることは、会社が、いったん利益積立金額を株主に分配したうえ、あらためて同額の資本の払い込みを受けることと同一の効果をもたらす」
現物配当につき、金子宏「法人税における資本等取引と損益取引――『混合取引の法理』の提案(その1.『現物配当』)」金子宏編『租税法の発展』337頁(有斐閣、2010)等参照。
 みなし配当に関しベリタス社株式譲渡対価事件・東京地判令和3年4月23日令和2(行ウ)45号(株式譲渡対価が譲渡所得か配当所得か。信義則違反も納税者は主張している)参照。

gh 1 内国法人である被上告人は,平成24年4月1日から同25年3月31日までの連結事業年度(以下「本件連結事業年度」という。)において,外国子会社から資本剰余金及び利益剰余金を原資とする剰余金の配当(以下「本件配当」という。)を受け,このうち,資本剰余金を原資とする部分(以下「本件資本配当」という。)は法人税法(平成27年法律第9号による改正前のもの。特に断らない限り,以下同じ。)24条1項3号所定の資本の払戻しに,利益剰余金を原資とする部分(以下「本件利益配当」という。)は同法23条1項1号所定の剰余金の配当にそれぞれ該当するとして,本件連結事業年度の法人税の連結確定申告(以下「本件申告」という。)をした。これに対し,所轄税務署長は,本件配当の全額が上記の資本の払戻しに該当するとして,本件連結事業年度の法人税の更正処分(以下「本件更正処分」という。)をした。
 本件は,被上告人が,上告人を相手に,本件更正処分のうち本件申告に係る申告額を超える部分の取消しを求める事案である。
2 関係法令の定めは,大要,以下のとおりである。
(1)法人税法23条1項柱書きは,内国法人が同項各号に掲げる配当等の額(同項1号に掲げる金額にあっては外国法人から受けるものを除く。)を受けるときは,その全部又は一部は,その内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上,益金の額に算入しない旨を規定し,同項1号は,「剰余金の配当(株式又は出資に係るものに限るものとし,資本剰余金の額の減少に伴うもの及び分割型分割によるものを除く。)」の額を掲げる。
 同法23条の2第1項は,内国法人が同項所定の外国子会社から受ける同法23条1項1号に掲げる剰余金の配当等の額がある場合には,当該剰余金の配当等の額から当該剰余金の配当等の額に係る費用の額に相当するものとして政令で定めるところにより計算した金額(法人税法施行令(平成26年政令第138号による改正前のもの。以下同じ。)22条の4第2項により,剰余金の配当等の額の100分の5に相当する金額)を控除した金額は,その内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上,益金の額に算入しない旨を規定する。
(2)ア 法人税法24条1項柱書きは,法人の株主等である内国法人が当該法人の同項各号に掲げる事由により金銭その他の資産の交付を受けた場合において,その金銭の額及び金銭以外の資産の価額の合計額が当該法人の資本金等の額のうちその交付の基因となった当該法人の株式又は出資(以下「株式等」という。)に対応する部分の金額(以下「株式対応部分金額」という。)を超えるときは,その超える部分の金額は,同法23条1項1号に掲げる金額とみなす旨を規定し(以下,同号に掲げる金額とみなされる金額を「みなし配当金額」という。),同法24条1項3号は,「資本の払戻し(剰余金の配当(資本剰余金の額の減少に伴うものに限る。)のうち,分割型分割によるもの以外のものをいう。)」(以下「資本の払戻し」という。)を掲げる。また,同条3項は,株式対応部分金額の計算の方法等は政令で定める旨を規定する。
イ 法人税法施行令23条1項3号は,資本の払戻しの場合における株式対応部分金額の計算方法について,以下のとおり規定する。
(ア)まず,資本の払戻しを行った法人(以下「払戻法人」という。)の当該資本の払戻しの直前の資本金等の額(以下「直前資本金額」という。)に下記〔1〕に掲げる金額(以下「簿価純資産価額」という。)のうちに下記〔2〕に掲げる金額の占める割合(以下「施行令規定割合」という。)を乗ずることにより,払戻法人の当該資本の払戻しの直前の払戻等対応資本金額等(以下「直前払戻等対応資本金額等」という。)を計算する。なお,施行令規定割合は,直前資本金額が零以下である場合には零と,直前資本金額が零を超え,かつ,簿価純資産価額が零以下である場合には1とする。
〔1〕当該払戻法人の前期期末時の資産の帳簿価額から負債の帳簿価額を減算した金額。ただし,当該前期期末時から当該資本の払戻しの直前の時までの間に資本金等の額等が増加し,又は減少した場合には,その増加した金額を加算し,又はその減少した金額を減算した金額。
〔2〕当該資本の払戻しにより減少した資本剰余金の額(以下「減少資本剰余金額」という。)。ただし,この金額が簿価純資産価額を超える場合には,簿価純資産価額。
(イ)そして,直前払戻等対応資本金額等を当該払戻法人の当該資本の払戻しに係る株式の総数又は出資の総額で除し,これに法人税法24条1項に規定する内国法人が当該資本の払戻しの直前に有していた当該払戻法人の当該資本の払戻しに係る株式の数又は出資の金額を乗ずることにより,株式対応部分金額を計算する。
(3)法人税法61条の2第1項は,内国法人が有価証券の譲渡をした場合には,その譲渡に係る対価の額と原価の額との差である譲渡利益額又は譲渡損失額は,その譲渡に係る契約をした日(その譲渡が剰余金の配当によるものである場合には,当該剰余金の配当の効力が生ずる日)の属する事業年度の所得の金額の計算上,益金の額又は損金の額に算入する旨を規定し,同項1号は,有価証券の譲渡に係る対価の額は,同法24条1項の規定によるみなし配当金額がある場合には,その金額に相当する金額を控除した金額とする旨を規定する。
 また,同法61条の2第17項は,内国法人がその有する株式等を発行した法人の資本の払戻しとして金銭の交付を受けた場合における有価証券の譲渡に係る原価の額は,当該資本の払戻しの直前の帳簿価額を基礎として政令で定めるところにより計算した金額とする旨を規定し,これを受けて,法人税法施行令119条の9第1項は,上記金額は,当該資本の払戻しの直前の当該株式等の帳簿価額に当該資本の払戻しに係る同令23条1項3号に規定する割合(施行令規定割合)を乗じて計算した金額とする旨を規定する。
3 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)米国デラウェア州リミテッド・ライアビリティ・カンパニー法(以下「LLC法」という。)に基づき組成された法人であるKyo−ya Pacific Company, LLC(以下「KPC社」という。)は,被上告人が本件連結事業年度を通じてその出資の持分の全部を保有しており,法人税法23条の2第1項所定の外国子会社に当たる。被上告人は,KPC社及びその子会社から資金を被上告人に還流させることを企図して,税務上の取扱いも踏まえた上で,平成24年(2012年)11月12日,KPC社に対し,総額6億4400万ドルを「資本の払戻し」(Return of capital)としての1億ドルと「利益の分配」(Dividend)としての5億4400万ドルとに切り分けて分配を行うべき旨等を連絡した。
(2)KPC社は,その子会社であるKyo−ya Company,LLC(以下「KC社」という。)から,利益の配当として6億4400万ドルの送金を受け,更にこれを被上告人に還流するため,平成24年(2012年)11月12日付けで,LLC法に基づき,KPC社の唯一の社員である被上告人との間で,同意書及びこれに添付された各決議書を取り交わした。
 上記同意書は,署名者(KPC社の役員ら及び被上告人代表者)が,添付された各決議書について,その効力発生日を同日として採択することに同意することを内容とするものであり,各決議書は,KPC社に対し,資本金の額を減少させ,その減少額を追加払込資本に振り替えた上で,追加払込資本の払戻しとして被上告人に対して1億ドルの分配を行うこと,留保利益から被上告人に対して5億4400万ドルの分配を行うこと等の権限を付与することをその内容とするものであった。なお,追加払込資本は我が国の会社法上の資本剰余金に,留保利益は同じく利益剰余金にそれぞれ該当する。
(3)被上告人は,平成24年11月14日,KPC社から,本件配当に係る6億4400万ドル(512億0444万円)の送金を受けた。KPC社は,同月30日付けで,資本から追加払込資本に1億0381万ドルを振り替え,KC社から送金された6億4400万ドルを配当収入とした上で,追加払込資本1億ドル及び留保利益5億4400万ドルをそれぞれ減少させる会計上の処理を行った。
(4)被上告人は,平成25年7月31日,本件申告をした。本件申告における本件配当の処理は,大要,以下のとおりである。
ア KPC社の追加払込資本から配当を受けた部分(本件資本配当)である79億5100万円(1億ドル)は,法人税法24条1項3号の資本の払戻しにより交付を受けた金銭に該当する。KPC社の直前資本金額は2億1105万7771.56ドルであるところ,簿価純資産価額は直前資本金額を下回る9768万4743.50ドルであり,これが減少資本剰余金額を下回ったため,法人税法施行令23条1項3号による計算を行うと,施行令規定割合は1,直前払戻等対応資本金額等は直前資本金額と同額の2億1105万7771.56ドルとなり,被上告人はKPC社の出資の持分の全部を保有しているから株式対応部分金額も同額となる。したがって,みなし配当金額となる部分はないから,本件資本配当の全額が法人税法61条の2第1項にいう有価証券の譲渡に係る対価の額となる。
イ 被上告人の本件配当の直前におけるKPC社に対する出資の帳簿価額は208億6980万9622円であり,施行令規定割合が1であることからその全額が有価証券の譲渡に係る原価の額となるところ,本件資本配当79億5100万円(有価証券の譲渡に係る対価の額)との差額である129億1880万9621円(備忘価額1円を考慮)を,法人税法61条の2第1項に基づき,有価証券譲渡損失額として損金の額に算入する。
ウ KPC社の留保利益から配当を受けた部分(本件利益配当)である432億5344万円(5億4400万ドル)は,法人税法23条1項1号の剰余金の配当の額に該当するから,同法23条の2第1項に基づき,当該金額から5%相当額を控除した410億9076万8000円を益金の額に算入しない。
エ その結果,連結所得金額はマイナス149億6420万3607円,翌期へ繰り越す連結欠損金額は295億2004万5412円である。
(5)所轄税務署長は,平成26年4月28日付けで,被上告人に対し,本件資本配当及び本件利益配当のそれぞれの効力発生日が同一であること等から,本件配当の全額6億4400万ドルが法人税法24条1項3号の資本の払戻しにより交付を受けた金銭に該当するとして本件更正処分をした。その概要は,以下のとおりである。 ア 法人税法施行令23条1項3号による計算を行うと,前記(4)アのとおり株式対応部分金額が2億1105万7771.56ドルとなるから,その結果,みなし配当金額は,本件配当の額から株式対応部分金額を控除した344億2323万6583円(4億3294万2228.44ドル)となる。
イ 法人税法23条の2第1項に基づき,上記みなし配当金額から5%相当額を控除した327億0207万4754円を益金の額に算入しない。
ウ 本件配当の額からみなし配当金額を控除した167億8120万3417円(有価証券の譲渡に係る対価の額)と,被上告人の本件配当の直前におけるKPC社に対する出資の帳簿価額208億6980万9622円(有価証券の譲渡に係る原価の額)との差額である40億8860万6204円(備忘価額1円を考慮)を,法人税法61条の2第1項に基づき,有価証券譲渡損失額として損金の額に算入する。
エ その結果,連結所得金額はマイナス69億0988万7134円,翌期へ繰り越す連結欠損金額は214億6572万8939円である。
4 原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断して,被上告人の請求を認容すべきものとした。
 法人税法24条1項3号の資本の払戻しとは,その文理からすれば,「資本剰余金の額の減少によって行う剰余金の配当」,すなわち,「資本剰余金を原資とする配当」をいうものと解すべきである。そうすると,資本剰余金及び利益剰余金の双方を原資として配当が行われた場合には,資本剰余金を原資とする配当には同号が,利益剰余金を原資とする配当には同法23条1項1号がそれぞれ適用されることになる。もっとも,この場合であっても,いずれの配当が先に行われたとみるかによって課税関係に差異が生ずるようなときには,例外的に,配当全体が資本の払戻しと整理され,同法24条1項3号の規律に服すると解されるが,本件は上記の差異が生ずる場合ではない。したがって,本件資本配当には同号が,本件利益配当には同法23条1項1号がそれぞれ適用されることとなる。
5 しかしながら,法人税法24条1項3号の解釈に関する原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)平成17年法律第87号による改正前の商法(以下「旧商法」という。)は,株主に対する会社財産の払戻しについて,利益の配当(290条1項)と資本の減少(375条1項1号)とを別個の手続としていた。平成18年法律第10号による改正(以下「平成18年改正」という。)前の法人税法は,この手続の違いに応じて,23条1項1号の利益の配当と24条1項3号の株式の消却を伴わない資本の減少による払戻しを区別していた。
 これに対し,会社法(平成17年法律第86号)は,旧商法における利益の配当については利益剰余金を原資とする剰余金の配当と,株式の消却を伴わない資本の減少による払戻しについては資本金を資本剰余金へ振替えた上での資本剰余金を原資とする剰余金の配当とそれぞれ整理したため,両者は剰余金の配当(453条)という同一の手続により行われることとなった。そこで,平成18年改正後の法人税法においては,23条1項1号と24条1項3号の適用の区別につき,会社財産の払戻しの手続の違いではなく,その原資の会社法上の違いによることとされた。
(2)そして,会社法における剰余金の配当をその原資により区分すると,〔1〕利益剰余金のみを原資とするもの,〔2〕資本剰余金のみを原資とするもの及び〔3〕利益剰余金と資本剰余金の双方を原資とするものという3類型が存在するところ,法人税法24条1項3号は,資本の払戻しについて「剰余金の配当(資本剰余金の額の減少に伴うものに限る。)…」と規定しており,これは,同法23条1項1号の規定する「剰余金の配当(…資本剰余金の額の減少に伴うもの…を除く。)」と対になったものであるから,このような両規定の文理等に照らせば,同法は,資本剰余金の額が減少する〔2〕及び〔3〕については24条1項3号の資本の払戻しに該当する旨を,それ以外の〔1〕については23条1項1号の剰余金の配当に該当する旨をそれぞれ規定したものと解される。
 したがって,利益剰余金と資本剰余金の双方を原資として行われた剰余金の配当は,その全体が法人税法24条1項3号に規定する資本の払戻しに該当するものというべきである。
 以上によれば,利益剰余金及び資本剰余金の双方を原資として行われた剰余金の配当について,利益剰余金を原資とする部分には法人税法23条1項1号が適用されるとした原審の判断には法人税法の解釈を誤った違法がある。
6 以上を前提として,本件更正処分の適法性について検討する。
(1)前記3(5)のとおり,本件更正処分は,本件配当の全体が法人税法24条1項3号に規定する資本の払戻しに該当するとした上で,同項柱書き所定の株式対応部分金額を法人税法施行令23条1項3号の規定に従って計算した結果に基づくものである。そして,その計算においては,KPC社の簿価純資産価額が直前資本金額を下回ったこと等から,直前払戻等対応資本金額等が減少資本剰余金額すなわち本件資本配当の額を上回り,その結果,本件利益配当の額の一部がみなし配当金額ではなく有価証券の譲渡に係る対価の額に算入されることとなっている。
(2)法人税法22条1項は,内国法人の各事業年度の所得の金額は,当該事業年度の益金の額から当該事業年度の損金の額を控除した金額とする旨を規定し,同条2項は,その益金の額に算入すべき金額は,別段の定めがあるものを除き,資産の販売等の取引で資本等取引(同条5項)以外のものに係る当該事業年度の収益の額とする旨を規定する。株主等である法人が受け取る配当は,企業会計上は収益であるから,本来は課税の対象となるべきものであるが,二重課税の防止等の見地から,上記の別段の定めである同法23条又は23条の2の規定により,その全部又は一部が益金の額に算入されないこととされている。
 また,同法は,法人の財産のうち株主等から出資を受けた部分(以下「資本部分」という。)に相当する資本金等の額(2条16号)と,法人がその事業活動により稼得した金額であって株主等に分配することなく留保している部分(以下「利益部分」という。)に相当する利益積立金額(同条18号)について,それぞれ政令でその算定方法を規定することとし(法人税法施行令8条,9条),これらをしゅん別することを原則としている。
(3)法人税法24条1項3号は,法人の株主等である内国法人が当該法人から資本の払戻しにより金銭の交付を受けた場合において,株式対応部分金額を超える部分をみなし配当金額とする。また,資本の払戻しを行った払戻法人においては,当該資本の払戻しの額のうち,直前払戻等対応資本金額等に相当する額が資本金等の額から減算され(法人税法施行令8条1項16号),直前払戻等対応資本金額等を超える部分の金額(みなし配当金額)が利益積立金額から減算されることとされている(同令9条1項11号)。これらの規定は,資本剰余金のみを原資とする配当であっても実質的観点からは利益部分の分配が含まれているものと評価し得ることから,その全部又は一部を受取配当とみなすことにより,配当に係る課税の回避を防止し,適正な課税を実現することをその趣旨とするものであると解される。
 他方において,利益剰余金にも資本部分が含まれている可能性は否定できないところである。しかし,旧商法上の利益の配当に関する税務上の扱いを定めていた平成18年改正前の法人税法23条1項1号は,旧商法の平成13年法律第79号による改正により資本準備金の取崩しをした上で資本剰余金を原資として利益の配当をすることが可能となった後も改正されることはなく,それが旧商法上の利益の配当の手続に基づいて行われる以上,実質的に資本部分の払戻しであっても通常の利益の配当と同様に受取配当として扱っていた。そして,会社法施行に伴う平成18年改正後の法人税法23条1項1号においても,利益剰余金のみを原資とする剰余金の配当については,これが全額課税の対象となり得ることを前提に,その全部又は一部を益金の額に算入しないこととし,また,法人税法施行令9条1項8号は,同法23条1項1号の剰余金の配当が行われた場合には,その配当に係る金額を当該配当を行った法人の利益積立金額から減算することとしており,その一部を資本部分の払戻しとして扱うこととはしていない。
(4)以上によれば,法人税法は,資本部分と利益部分とをしゅん別するという基本的な考え方に立ちつつも,会社財産の株主への払戻しについて,その原資の会社法上の違いにより23条1項1号と24条1項3号の適用を区別することとし,利益剰余金のみを原資とする払戻しは,23条1項1号により,資本部分が含まれているか否かを問わずに一律に利益部分の分配と扱った上でその全部又は一部を益金の額に算入しないこととする一方で,資本剰余金のみを原資とする払戻しは,24条1項3号により,資本部分の払戻しと利益部分の分配とに分け,後者の金額を23条1項1号の配当とみなすこととするという仕組みを採っているものということができる。
 上記の仕組みに照らしてみれば,法人税法24条1項3号は、利益剰余金及び資本剰余金の双方を原資として行われた剰余金の配当の場合には,そのうち利益剰余金を原資とする部分については,その全額を利益部分の分配として扱う一方で,資本剰余金を原資とする部分については,利益部分の分配と資本部分の払戻しとに分けることを想定した規定であり,利益剰余金を原資とする部分を資本部分の払戻しとして扱うことは予定していないものと解される。
(5)法人税法24条3項の委任を受けて株式対応部分金額の計算方法について規定する法人税法施行令23条1項3号は,会社財産の払戻しについて,資本部分と利益部分の双方から純資産に占めるそれぞれの比率に従って比例的にされたものと捉えて株式対応部分金額を計算しようとするものであるところ,直前払戻等対応資本金額等の計算に用いる施行令規定割合を算出する際に分子となる金額(前記2(2)イ(ア)〔2〕)を当該資本の払戻しにより交付した金銭の額ではなく減少資本剰余金額とし,資本剰余金を原資とする部分のみについて上記の比例的な計算を行うこととするものであるから,この計算方法の枠組みは,前記の同法の趣旨に適合するものであるということができる。しかしながら,簿価純資産価額が直前資本金額より少額である場合に限ってみれば,上記の計算方法では減少資本剰余金額を超える直前払戻等対応資本金額等が算出されることとなり,利益剰余金及び資本剰余金の双方を原資として行われた剰余金の配当において上記のような直前払戻等対応資本金額等が算出されると,利益剰余金を原資とする部分が資本部分の払戻しとして扱われることとなる。
 そうすると,株式対応部分金額の計算方法について定める法人税法施行令23条1項3号の規定のうち,資本の払戻しがされた場合の直前払戻等対応資本金額等の計算方法を定める部分は,利益剰余金及び資本剰余金の双方を原資として行われた剰余金の配当につき,減少資本剰余金額を超える直前払戻等対応資本金額等が算出される結果となる限度において,法人税法の趣旨に適合するものではなく,同法の委任の範囲を逸脱した違法なものとして無効というべきである。
7 以上説示したところによれば,本件資本配当の額を超える直前払戻等対応資本金額等に基づいて,本件配当におけるみなし配当金額及び有価証券の譲渡に係る対価の額を計算することは誤りであるといわざるを得ず,被上告人の本件連結事業年度における連結所得金額が本件申告の額を超え,翌期へ繰り越す連結欠損金額が本件申告の額を下回るものと認めることはできないから,本件更正処分のうち本件申告に係る申告額を超える部分は違法である。したがって,その余の点について判断するまでもなく,被上告人の請求を認容すべきものとした原審の判断は,結論において是認することができる。論旨は,結局,採用することができない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

gi 最判平成20年10月24日民集62巻9号2424頁:都民税の法人税割についてされた減額更正により過納金が生じた場合において、その還付に際して加算すべき還付加算金の算定の起算日が、地方税法(平成14年法律第80号による改正前のもの)17条の4第1項1号の場合と同様に,納付の日の翌日であると判断、原判決の一部を破棄し東京高裁に差し戻し、その余の上告を棄却する判決。参照:鎌野真敬・法曹時報62巻7号2017頁;浅妻章如・法協128巻11号2931頁;采木俊憲・租税訴訟5号208頁;豊田孝二・法学セミナー増刊4 号257頁
「(1)[地方税]法17条の4第1項及び施行令6条の15第1項は,不当利得の法理を踏まえ,過納に係る地方税の額が地方団体の更正,決定等により確定したものである場合にはその納付又は納入があった日の翌日から,納税者の申告によって確定したものである場合には,原則として,減額更正があった日の翌日から起算して1か月を経過する日の翌日から,それぞれ還付加算金を加算することとしている。ただし,過納に係る地方税の額が義務修正申告(法人税に係る更正又は決定によって納付すべき法人税額を課税標準として算定した法人税割額に係るものに限る。以下この項において同じ。)により確定したものである場合,その還付加算金の起算日については,地方団体の更正,決定等により確定した場合と同列に扱うこととしている。これは,義務修正申告が法人税の更正,決定に伴って義務的に行われるものであり,過納となったことにつき納税者に帰責事由があるとはいえないこと,この場合に,税額の確定が申告によりされているとして,減額更正があった日の翌日から起算して1か月を経過する日の翌日からしか還付加算金を加算しないこととすると,義務修正申告を怠ったために増額更正を受けた場合には納付又は納入があった日の翌日から還付加算金が加算されることと比べて、不合理な結果が生ずることを考慮したものである。
(2)前記事実関係等によれば,麹町税務署長は,上告人の東京連絡事務所を恒久的施設と認定した上,その法人税額を具体的に確定させる本件法人税決定を行ったというのであるから,都民税の法人税割の課税標準である法人税額は,権限ある国税官署により一応有効に確定された状態にあったということができる。そして,処分庁は,上告人が本件法人税決定により確定された法人税額に従って都民税の申告納付を行えば,これをそのまま是認することになるが,上記法人税額と異なる内容の申告がされた場合には,上記法人税額に従った更正をすることとなり(法55条1項,321条の11第1項参照),また,都民税の申告が行われなかった場合には,上記法人税額に従った都民税の決定をすることとなる(法55条2項,321条の11第2項参照)。
 ところで,本件申告は,都民税について先行する税額確定行為が存在しないため,法53条10項又は法321条の8第10項所定の義務修正申告に当たるということはできず,本件法人税決定を受けた上告人が,これらの条項に基づき,都民税の申告納付をすべき義務はなかったものである。しかしながら,本件申告は,それ自体は法令により義務付けられたものではなかったとしても,本件法人税決定を受けたことを契機として,法の定めに従い同決定により確定した法人税額を課税標準として行われたものであり,上告人が自らの計算により法人税額及び法人税割額を算出したものではなかったのであるから,本件申告により確定した法人税割額が過納となったことにつき,上告人に帰責事由があるということはできない。また,この場合に還付加算金の起算日を納付の日の翌日であると解さないとすると,本件法人税決定に従って都民税の申告納付をした場合の方が,申告納付の措置を採らずに放置して都民税について決定を受けた場合に比べ,還付加算金の算定において著しい不利益を受けるという不合理な結果を生ずることとなる。
 以上のような事情にかんがみると,本件過納金の還付に際しては,法17条の4第1項1号の趣旨に照らして,同号の場合と同様に,納付の日の翌日から還付加算金を加算すべきものと解するのが相当である。」

gj 最高裁判所大法廷
昭和48年(行ツ)第24号
昭和53年07月12日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
 上告人の上告理由第一点について
 国有農地等の売払いに関する特別措置法(以下「特別措置法」という。)附則二項によれば、同法はその施行日以後に売払いを受ける買収農地について適用されるものであるから、同法の施行日前に自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないこと(以下「自作農の創設等の目的に供しないこと」という。)を相当とする事実が生じた買収農地であつても、同法の施行日前に売払いを受けたものでない限り、その適用を受けることになることは明らかである。そして、上告人が同法の施行日前に売払いを受けた者でないことは、原審の適法に確定するところである。原判決に所論の違法はなく、論旨は、採用することができない。
 同第二点について
 所論は、要するに、特別措置法二条、同法附則二項及び同法施行令一条は、昭和四六年法律第五〇号による改正前の農地法(以下「改正前の農地法」という。)八〇条に基づいて買収前の農地の所有者又はその一般承継人(以下「旧所有者」という。)が有していた、買収の対価に相当する額で買収農地の売払いを求めうるという民事上の財産権を侵害する点において、憲法二九条に違反するものであり、また、既に売払いを受けた者と売払いを受けていない者とを売払いの対価の点で差別して取り扱うものであるから、憲法一四条に違反する、ということに帰する。
 一 憲法二九条違反の主張について
 憲法二九条一項は、「財産権は、これを侵してはならない。」と規定しているが、同条二項は、「財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。」と規定している。したがつて、法律でいつたん定められた財産権の内容を事後の法律で変更しても、それが公共の福祉に適合するようにされたものである限り、これをもつて違憲の立法ということができないことは明らかである。そして、右の変更が公共の福祉に適合するようにされたものであるかどうかは、いつたん定められた法律に基づく財産権の性質、その内容を変更する程度、及びこれを変更することによつて保護される公益の性質などを総合的に勘案し、その変更が当該財産権に対する合理的な制約として容認されるべきものであるかどうかによつて、判断すべきである。
 本件についてこれをみると、改正前の農地法八〇条によれば、国が買収によつて取得し農林大臣が管理する農地について、自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実が生じた場合には、当該農地の旧所有者は国に対して同条二項後段に定める買収の対価相当額をもつてその農地の売払いを求める権利を取得するものと解するのが相当である(最高裁昭和四二年(行ツ)第五二号同四六年一月二〇日大法廷判決・民集二五巻一号一頁参照)。ところで、昭和四六年四月二六日公布され同年五月二五日施行された特別措置法は、その附則四項において、右農地法八〇条二項後段を削り、その二条において、売払いの対価は適正な価額によるものとし、政令で定めるところにより算出した額とする旨を規定し、これを承けて、特別措置法施行令一条一項は、同法二条の売払いの対価はその売払いに係る土地等の時価に一〇分の七を乗じて算出するものとする旨を定め、更に同法附則二項は、同法はその施行の日以後に農地法八〇条二項の規定により売払いを受けた土地等について適用する旨を規定している。したがつて、特別措置法二条、同法施行令一条、同法附則二項は、旧所有者が農地法八〇条二項により国に対し買収農地の売払いを求める場合の売払いの対価を、買収の対価相当額から当該土地の時価の七割に相当する額に変更したものであることは明らかである。
 そこで、以下、右のような売払いの対価の変更が権利の性質等前述した観点からみて旧所有者の売払いを求める権利に対する合理的な制約として容認されるべきものであるかどうかについて、判断する。
 思うに、本件農地の買収について適用された自作農創設特別措置法(以下「自創法」という。)は、主として自作農を創設することにより、農業生産力の発展と農村における前近代的な地主的農地所有関係の解消を図ることを目的とするものである(同法一条参照)から、自創法によつていつたん国に買収された農地が、その後の事情の変化により、自作農の創設等の目的に供しないことを相当とするようになつたとしても、その買収が本来すべきでなかつたものになるわけではなく、また、右買収農地が正当な補償の下に国の所有となつたものである以上、当然にこれを旧所有者に返還しなければならないこととなるものでないことも明らかである。しかし、もともと、自創法に基づく農地の買収は前記のように自作農の創設による農業生産力の発展等を目的としてされるものであるから、買収農地が自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実が生じたときは旧所有者に買収農地を回復する権利を与えることが立法政策上当を得たものであるとして、その趣旨で農地法八〇条の買収農地売払制度が設けられたものと解される(前掲大法廷判決参照)。
 そこで、買収農地売払いの対価の点について考えると、買収農地売払制度が右のようなものである以上、その対価は、当然に買収の対価に相当する額でなければならないものではなく、その額をいかに定めるかは、右に述べた農地買収制度及び買収農地売払制度の趣旨・目的のほか、これらの制度の基礎をなす社会・経済全般の事情等を考慮して決定されるべき立法政策上の問題であつて、昭和二七年に制定された改正前の農地法八〇条二項後段が売払いの対価を買収の対価相当額と定めたのは、農地買収制度の施行後さほど時を経ず、また、地価もさほど騰貴していなかつた当時の情勢にかんがみ妥当であるとされたからにすぎない。
 ところで、農地法施行後における社会的・経済的事情の変化は当初の予想をはるかに超えるものがあり、特に地価の騰貴、なかんずく都市及びその周辺におけるそれが著しいことは公知の事実である。このような事態が生じたのちに、買収の対価相当額で売払いを求める旧所有者の権利をそのまま認めておくとすれば、一般の土地取引の場合に比較してあまりにも均衡を失し、社会経済秩序に好ましくない影響を及ぼすものであることは明らかであり、しかも国有財産は適正な対価で処分されるべきものである(財政法九条一項参照)から、現に地価が著しく騰貴したのちにおいて売払いの対価を買収の対価相当額のままとすることは極めて不合理であり適正を欠くといわざるをえないのである。のみならず、右のような事情の変化が生じたのちにおいてもなお、買収の対価相当額での売払いを認めておくことは、その騰貴による利益のすべてを旧所有者に収得させる結果をきたし、一般国民の納得を得がたい不合理なものとなつたというべきである。他方、改正前の農地法八〇条による旧所有者の権利になんらの配慮を払わないことも、また、妥当とはいえない。特別措置法及び同法施行令が売払いの対価を時価そのものではなくその七割相当額に変更したことは、前記の社会経済秩序の保持及び国有財産の処分の適正という公益上の要請と旧所有者の前述の権利との調和を図つたものであり旧所有者の権利に対する合理的な制約として容認されるべき性質のものであつて、公共の福祉に適合するものといわなければならない。
 このように特別措置法による売払いの対価の変更は公共の福祉に適合するものであるが、同法の施行前において既に自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実の生じていた農地について国に対し売払いを求める旨の申込みをしていた旧所有者は、特別措置法施行の結果、時価の七割相当額の対価でなければ売払いを受けることができなくなり、その限度で買収の対価相当額で売払いを受けうる権利が害されることになることは、否定することができない。しかしながら、右の権利は当該農地について既に成立した売買契約に基づく権利ではなくて、その契約が成立するためには更に国の売払いの意思表示又はこれに代わる裁判を必要とするような権利なのであり、その権利が害されるといつても、それは売払いを求める権利自体が剥奪されるようなものではなく、権利の内容である売払いの対価が旧所有者の不利益に変更されるにとどまるものであつて、前述のとおり右変更が公共の福祉に適合するものと認められる以上、右の程度に権利が害されることは憲法上当然容認されるものといわなければならない。
 なお、論旨は、特別措置法二条にいわゆる適正な価額は、買収の対価相当額に年五分の法定利息を付した額又は農林大臣の認定義務が生じた時期における当該土地の農地価格によるべき旨を主張するのであるが、前述した買収農地売払制度の趣旨及び農地法施行後における地価の著しい騰貴の事実にかんがみると、同条にいう適正な価額を右のように解すべき理由はない。
 以上の次第であつて、特別措置法二条、同法附則二項及び同法施行令一条は、なんら憲法二九条に違反するものではなく、論旨は、採用することができない。
 二 憲法一四条違反の主張について
 憲法一四条は、もとより合理的理由のある差別的な取扱いまでをも禁止するものではないから、特別措置法の立法に前述のような合理的理由がある以上、たとえ前記のように国に対して当該買収農地の売払いを求める権利を取得した者について、同法の施行日前に売払いを受けた場合と同法の施行日以後に売払いを受ける場合との間において差別的な取扱いがされることになるとしても、これをもつて違憲であるとすることができないことは明らかである。論旨は、採用することができない。
 同第三点について
 所論のうち事実誤認をいう点は、原判決に所論の違法がなく、また、その余の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、いずれも採用することができない。
 よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官岸上康夫の補足意見、裁判官高辻正己、同環昌一、同藤崎萬里の各意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 裁判官岸上康夫の補足意見は、次のとおりである。
 わたくしは多数意見の結論及び理由に全面的に同調するものであるが、多数意見の理由に対する高辻裁判官の意見に関連してわたくしの考えるところを若干述べておきたい。
 同裁判官はその意見(以下「高辻意見」という。)の四において、(イ)自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実の生じた買収農地の旧所有者が特別措置法の施行前に国に対しその農地の売払いを求める旨の申込みをした場合には、そのことによつて直ちに、国において当該旧所有者に対しその農地の売払いをなすべき義務を履行しその売払いを応諾する意思表示をなすべき拘束を受ける、という法律関係が国との間に設定されるから、その必然の結果として旧所有者は改正前の農地法八〇条二項に定める買収の対価相当額でその農地の買売受けを実現し経済上の利益を収受することになるのであり、このように、既に国との間に設定されている個別の法律関係に事後に制定された法律を適用してその権利者の財産的利益を害することは、財産権の不可侵を定める憲法二九条一項の問題であつて、これを財産権の内容は公共の福祉に適合するように法律で定めることができる旨を規定する憲法二九条二項の問題としてとらえることは誤りであるのに、多数意見はこの両者の性質上の区別を識別せず、後者の問題における公共の福祉に適合するとされる理由をもつて前者における財産的利益の侵害を相当とする理由としている、と指摘され、また、更に、(ロ)多数意見の立場に立てば、社会政策上の一般的見地を主眼として考慮される公共の福祉に適合するのである限り、個人の財産的利益を害することも常に是認されることになりかねないが、このような個人の財産的利益に対する侵害を当該個人に甘受させるについては、それを相当とするような公益上の必要性のあることを要するのに、多数意見にはこの点の理由の説示を欠いている、と指摘される。
 しかしながら、
 (1) 多数意見の趣旨は、わたくしの理解するところによれば、買収農地について自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実が生じた場合には、その買収農地の旧所有者は国に対し当該農地の売払いを求める権利を取得し、その反面、国は旧所有者の求めに応じて当該農地の売払いを承諾すべき義務を負う、という私法上の権利義務の法律関係が両者間に発生すると解すべきものであつて(多数意見の引用する大法廷判決参照)、この法律関係は旧所有者が売払いの申込みをした後においても基本的には変わることはなく、依然旧所有者は右の権利を有し国は右の義務を負担するという法律関係が存在するにとどまり、この関係は高辻意見がいわれるような「権利の内容を超えて現存する個別の法律関係」とみることができるようなものではない、というのである。そうすると、国に対し売払いの申込みをすませた旧所有者の有する権利の性質及びこの権利に基づく経済的利益の評価の点において、熬メ意見は多数意見と全く見解を異にするものであつて、このような見解を前提とする熬メ意見の立論には、わたくしとして賛成することはできない。(2) また、法律による財産権の内容の変更が公共の福祉に適合するものであるかどうかを判断するにあたつては、その法律の施行により従前の法律で認められていた個人の財産権の内容がその個人の不利益に変更され、その結果個人の権利が害される場合のあることを考慮するを要することは当然であつて、そのような個人の権利に対する侵害を伴う財産権の内容の変更が、当該財産権の性質、権利侵害の程度及びそれによつて保護されるべき公益の性質などを総合的に勘案して、当該財産権に対する合理的な制約として容認されるべきものであるかどうかを判断すべきである、というのが多数意見の見解であるとわたくしには理解されるのであるが、この点を本件の事案に即し今少しくふえんすれば次の通りである。すなわち、特別措置法は、農地法八〇条により国が買収農地の旧所有者にその農地を売り払う場合の対価を、改正前の農地法八〇条二項に定められていた「買収の対価に相当する額」から特別措置法二条、同法施行令一条に定める売払いの時における「時価の七割に相当する額」に値上げすることを定めたものであるが、特別措置法の施行前に既に自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実の生じた農地の旧所有者は国に対しその農地の売払いを求める権利を取得し、この旧所有者が国に対し売払いの申込みをしたときはその者(上告人はこのような旧所有者の一人である。)が有する右の権利に基づく財産的利益は、国の承諾さえあれば「買収の対価に相当する額」というきわめて低廉な対価での売買契約が成立するという程度に具体化された利益であるとみることができるのであるが、前記のような値上げを含む特別措置法の施行の結果、旧所有者は値上げされた「時価の七割に相当する額」の対価を支払わなければ売払いを受けることができないこととなり、その限度で財産上の不利益を受け実質的にその権利を害されることになるのであるから、このことを考慮に入れたうえ、多数意見が判示するように、当該財産権の性質、その内容変更の程度及び公益の性質などを具体的に総合勘案した結果、特別措置法による売払いの対価の値上げは公共の福祉に適合する財産権の内容の変更として憲法上許されるべきものであると共に、その変更の結果として旧所有者が財産上の不利益を被りその権利を害されるとしても、その財産権の内容の変更が右のように公共の福祉に適合するものとして憲法上許されるものである以上、この権利侵害もまた、憲法上当然に容認されるべきであるというのである。そして、これは、借地契約の更新拒絶を正当の事由によつて制限した借地法四条一項の合憲性に関する当裁判所昭和三四年(オ)第五〇二号同三七年六月六日大法廷判決・民集一六巻七号一二六五頁及び昭和九年法律第四八号による改正後の旧著作権法(明治三二年法律第三九号)三〇条一項八号の合憲性に関する当裁判所昭和三四年(オ)第七八〇・七八一号同三八年一二月二五日大法廷判決・民集一七巻一二号一七八九頁等の当審判例の判示するところと基本的には同じ見解であると考えられる。
 このように、多数意見は、特別措置法による財産権の内容の変更が公共の福祉に適合するかどうかの判断を単に社会政策上の一般的見地のみからしているものではなく、公益の点を含む前記諸般の事情を総合勘案したうえこれをしているのであり、また、右特別措置法による財産権の内容の変更の結果、権利者である旧所有者個人の権利が害されることも考慮のうえ、当該権利者をしてその権利侵害を甘受させることは憲法上容認されるべきものであるとし、かつその理由を説示していることは明らかであるというべきである。したがつて、これらの点に関する熬メ意見の前記各指摘はいずれも当らないというの外はない。
 裁判官熬メ正己の意見は、次のとおりである。
 私は、多数意見と結論を一にするものであるが、憲法二九条違反をいう上告人の所論に関し多数意見が説くところについては、疑問なきを得ず、同調することができない。よつて、以下、その点を明らかにし、私の意見を述べる。
 一 農地法八〇条(昭和四六年法律第五〇号による改正前のものをいう。以下同じ。)一項は、買収農地等について、農林大臣が、「政令で定めるところにより、自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当と認めたときは、省令で定めるところにより、これを売り払い、又はその所管換若しくは所属替をすることができる。」と規定し、その二項は、一項の規定により、農林大臣が自作農の創設等の目的に供しないことを相当と認め、かくして売り払うことができることとなるに至つた買収農地は、原則として、買収前の所有者又はその一般承継人(以下「旧所有者」という。)に売り払わなければならず、その対価は買収の対価に相当する額とする旨を定めている。この規定によれば、買収農地が旧所有者に売り払われることになるかならないかは、農林大臣がこれを政令の定める基準に照らし自作農の創設等の目的に供しないことを相当と認めるか否かにかかる、とされていることが明らかである。
 二 このような規定である農地法八〇条の下において、多数意見は、当裁判所昭和四二年(行ツ)第五二号同四六年一月二〇日大法廷判決(民集二五巻一号一頁)を踏襲し、買収農地について「自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実が生じた場合」には、農林大臣がこれを相当と認めるか否かにかかわりなく、直ちに、「当該農地の旧所有者は国に対して同条二項後段に定める買収の対価相当額をもつてその農地の売払いを求める権利を取得するものと解するのが相当」と断じている。そして、多数意見は、「自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実」がどのような事態の出現によつて発生し、その発生がどのような時点において確定したとされるのであるかを、なにも、明らかにしていない。
 右のような見解が買収農地の法律上の性質に由来して当然に生ずるものでないことは、多数意見自らが指摘するとおりである。すなわち、自作農創設特別措置法によつて国に買収された農地がその後の事情の変化により自作農の創設等の目的に供しないことを相当とするようになつたとしても、その買収が本来すべきでなかつたものになるわけではなく、また、右買収農地が正当な補償の下に国有の財産となつたものである以上、その後になつて右のような事情の変化が生じたとしても、法の見地において当然に、旧所有者に返還しなければならないこととなるものではない。そのような場合でも、これを旧所有者に回復させることにするかどうかは、立法にゆだねられた政策上の問題にほかならないのである。多数意見が前記のように解するのも、「買収農地が自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実が生じたときは旧所有者に買収農地を回復する権利を与えることが立法政策上当を得たものであるとして、その趣旨で農地法八〇条の買収農地売払制度が設けられたものと解される」との、その見解に立脚してのことであるが、問題なのは、多数意見が「立法政策上当を得たものである」との趣旨でとられたものと推断するところが、果たして、農地法八〇条の文意に照らし、現にそこに成文化されているところのものと認められるかどうか、である。
 三 思うに、買収農地は、農地としての性質を保有し、農耕の用に供されてきていたものであり、農地の買収が、多数意見もいうように、自作農の創設による農業生産力の発展等をその目的とするものであることにかんがみれば、これを自作農の創設の目的に供しないことを相当とし、旧所有者に回復させることとするについては、政治部門の機関が、立法にゆだねられた政策上の問題として、これをあえて相当とするに足る合理的な事由が存在していなければならないとする考え方をとることを、いわれのないものとして、排斥することはできない。この場合、その合理的な事由は、買収農地が災害により農地としての機能を回復し得ないまでに喪失したというような特殊の場合は別として、一般には、当該買収農地を自作農の創設の目的に供することとその目的以外の他の目的に供することとの社会的価値の比較考量にかかわるところなきを得ないものというべく、その事由の有無の判定については、事実の認定とそれに基づく判断の過程が存在せざるを得ない筋合いのものと考えられる。このような考え方に立つて、右の認定判断の時宜に適した基準の設定を国会が内閣に一任し、農林大臣が、その基準に照らし、当該農地につき自作農の創設等の目的に供しないことを相当と認めた場合において、はじめて、これを旧所有者に売り払うことができることにするというのも、ことの合理性に欠けるものがあるとはいえず、立法にゆだねられてよい政策上の措置であることを失わない。
 農地法八〇条の規定が前記一に記述のとおりであるのは、同条をもつて右のような政策上の措置を成文化していると解するのが相当であることを示し、多数意見が「立法政策上当を得たものである」との趣旨でとられたものと推断するところを成文化していると解するのが相当でないことを示すもの、といわなければならない。そうすると、同条の規定が前記一に記述のとおりである限り、買収農地を自作農の創設等の目的に供しないことを相当と認めるについての基準を設定するのは内閣が前記の趣旨によりその裁量においてなすべきところであり、その基準に照らしこれを相当と認めるのは農林大臣がその職責においてなすべきところである、としなければならず、したがつて、司法部門の機関が右の基準を自ら設定し、右の認定を自らすることを是認するに帰するがごとき見解を採る余地はない、といわなければならない。  四 仮に、多数意見に従い、農地法八〇条の規定上、買収農地の旧所有者は、当該農地について自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実が生じた場合には、国に対しその売払いを求める権利を取得するものであり、その反面において、旧所有者がその権利を行使したとき、国は、その求めに応じ当該農地の売払いをなすべき義務を負うものであるとすれば、その権利は、元来が売払いを求める権利なのであるから、同意見がいうように、当該農地についての売買「契約が成立するためには更に国の売払いの意思表示又はこれに代わる裁判を必要とするような権利」であるのが当然であるけれども、旧所有者が同条の規定に基づき国に対して右の売払いを求める権利を取得し、これを既得の権利として保有するにとどまつているのではなく国に対して行使し、その権利の内容である売払いを求める旨の意思表示をしたときは、そのことによつて直ちに、国において当該旧所有者に対し右の売払いをなすべき義務を履行しその売払いを応諾する意思表示をなすべき拘束を受けるという法律関係が、国との間に設定され、その法律関係について司法的保障を享受する当該旧所有者は、法の規律するところによつておのずから、同法八〇条二項が売払いの対価として定める買収の対価相当額をもつて当該農地の買受けを実現し、経済上の利益を収受するということになる。この経済上の利益は、多数意見の見解に従えば、右のように、当該旧所有者の意思表示に基因し、法の規律するところによつておのずと収受される次第のものであるから、右の売払いを求める意思表示を現にした当該旧所有者にとつては、もはや、その財産的利益に属するものと目されるにふさわしい。そうすると、旧所有者が右の意思表示をし、これを基因として当該農地につき国との間に個別の法律関係が設定されるに至つた後に、法令を制定し、前記の売払いの対価を当該土地の時価の七割相当額に変更し、その適用を現に存在する右個別の法律関係についても及ぼすということになれば、当該旧所有者の財産的利益は、当然、害されることになるわけであり、その法令の適用については、それが財産権の不可侵をいう憲法二九条一項に抵触しないゆえんの理由を明らかにしなければならないこととなる。けだし、同条項の定める財産権の不可侵は、個人が公共の福祉に適合するように既に法律でその内容が定められている財産権を現に行使し、そのおのずからの成果として現実に収受される財産的利益の保護につきいうところがないと解すべき、合理的理由があるとは解されないからである。
 ところで、多数意見は、前記大法廷判決の見解に一歩を進め、買収農地の売払いの対価が買収の対価相当額と法定されていることも買収農地の売払いを求める旧所有者の権利の一内容をなすものであると解し、更に、前記財産的利益の害されることも、単に、旧所有者が取得した買収農地の売払いを求める「権利の内容である売払いの対価が旧所有者の不利益に変更されるにとどまるもの」であると解したうえ、国有農地等の売払いに関する特別措置法及び同法施行令が右の対価を買収の対価相当額から当該土地の時価の七割相当額に変更することにしたのは、憲法二九条二項における財産権の内容を公共の福祉に適合するように定めたものにほかならないとして、その変更が同条項にいう公共の福祉に、したがつて憲法に、適合するものとするゆえんを説きつくし、余すところがない。
 しかし、法律に定められている権利の内容を変更することと、その変更をした法律を既に国との間に設定されている前記個別の法律関係に適用し、よつて旧所有者の財産的利益を害することとは、本来、その性質を異にするものであつて、前者の権利内容の変更を、現に保有されるにとどまつている既得の権利の内容に加えられる場合のそれを含め、憲法二九条二項の問題として論じることが理にかなつたものであることはいうまでもないけれども、今や権利の内容を超えて現存する個別の法律関係が法の作用の成果として生み出す後者の財産的利益を害することも旧所有者の権利の内容をその不利益に変更するにとどまるものであるとし、これを同条二項の問題としてとらえることが、理にかなつたものであるとは考えられない。したがつて、法律の定める旧所有者の権利内容をその不利益に変更することが憲法の右条項にいう、社会政策上の一般的見地に主眼のおかれた、「公共の福祉」に適合するものとする理由をいかに理をつくして説明してみても、その理由をもつて、旧所有者の財産的利益を加害の限度においてではあるにせよ代償なしに剥奪し、よつて生ずる損失を当該個人に甘受させるのが相当であるとすることの理由とするのは、無理なことであると考えざるを得ない。もしも、両者の性質上の区別を識別せず、後者の財産的利益を害することも、旧所有者の権利の内容をその不利益に変更するにとどまるものであるとし、その変更が右の公共の福祉に適合するとされる理由をもつて旧所有者の財産的利益の侵害を相当とする理由を明らかとするに足りるというのであれば、それは、ひろく、個人がその財産的利益にかかる一定の給付を国に対して請求する権利を有し、国が請求に応じてその給付をなすべき義務を負う場合において、当該個人がその権利を行使し、その内容である給付の請求を国に対して行い、国がその請求に応じその給付をなすべき拘束を受け、当該個人が法の規律するところによつておのずからに収受する財産的利益は、憲法二九条一項の定める財産権の不可侵にもかかわらず、それが私有財産として正当な補償の下に公共のために用いられる場合ないし、おそらくは代償を伴うべきものとして多数意見がいう「権利自体が剥奪されるような」場合のほかは、すべて、これを害することが、権利の内容を変更するにとどまるものであるとして、同条二項の社会政策上の一般的見地を主眼とした公共の福祉に適合するのである限り、常に是認される旨をいうにほかならないことになりかねない。そのような点に思いを致すと、なお更、多数意見において、前記現存の法律関係の法の作用の成果として現実に収受される財産的利益を害することが財産権の不可侵を定める憲法に適合するものとみられるためには、その侵害が社会政策上の一般的見地を主眼とした公共の福祉に適合するものであるとすることについてではなく、その侵害によつて被る損失を当該個人に甘受させるのが相当とされるような公益上の必要性があり、その侵害が右の必要性にこそ即してされるものであるとすることについて、合理的な理由が明らかにされなければならないのではないか、という疑問をぬぐい去ることができないのである。
 五 結局、私は、前記三において述べたところに立ち帰り、農地法八〇条の規定上、買収農地について自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実が生じた場合には、農林大臣がこれを相当と認めるか否かにかかわりなく、直ちに、当該農地の旧所有者が国に対しその農地の売払いを求める権利を取得するに至るとは、解することができない。したがつて、これと異なる見解を採る多数意見には組することができず、その踏襲する前記大法廷判決は、その限り、変更せざるを得ないものと考える。それ故、上告人が、多数意見と同様の見解の下に、旧所有者として既に農地法八〇条の規定に基づき買収の対価相当額で買収農地の売払いを求める権利を取得したとの立場に立脚し、前記の法令がその売払いの対価を買収の対価相当額から当該土地の時価の七割に相当する額に変更したのは旧所有者の財産権を侵害するものであつて憲法二九条に違反するという所論は、立論の前提を欠くものであつて失当というほかはなく、論旨は採用することができないのである。
 裁判官環昌一の意見は、次のとおりである。
 私は、昭和二七年一〇月施行の農地法において新たに設けられてから昭和四六年四月特別措置法の制定とともに改正されるまでの同法八〇条(以下旧八〇条という。)の規定を根拠として、農林大臣に対し買収農地の買受けの申込みをした旧所有者が取得したとされる権利なるものの性質、内容を究明することが、本件の憲法判断において基本的な重要性をもつものと考える。この点について多数意見は、昭和四六年一月二〇日の当裁判所大法廷判決を参照すべき判例として掲げるが、同判決によると、「旧所有者は、買収農地を自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実が生じた場合には、法八〇条一項の農林大臣の認定の有無にかかわらず、直接、農林大臣に対し当該土地の売払いをすべきこと、すなわち買受けの申込みに応じその承諾をすべきことを求めることができ、農林大臣がこれに応じないときは、民事訴訟手続により農林大臣に対し右義務の履行を求めることができ」るというのであり、多数意見はこれに加えて、このような旧所有者は、特別措置法の施行の結果、時価の七割相当額の対価でなければ売払いを受けることができなくなり、その限度で買収の対価相当額で売払いを受けうる権利が害されることになることは否定することができない旨、また、右の権利は、当該農地について既に成立した売買契約に基づく権利ではなくて、その契約が成立するためには更に国の売払いの意思表示又はこれに代わる裁判を必要とするような権利である旨、を判示する。その趣旨必ずしも明確でないが、少なくとも、旧所有者の申込みがあれば農林大臣にはこれを承諾すべき法的義務を生じ、その反面として旧所有者が取得するものは当然法的権利としての性格をもち、それ故にそれは特別措置法の施行による侵害の対象となるとするものと考えられる。そしてこの点において私は、多数意見と見解を異にするのであつて、以下この点を中心に検討する。
 農地法は、昭和二七年、それまでの農地制度改革に関する中心的立法であつた自創法や農地調整法の廃止にともない、これらに代わるものとして、耕作者の農地取得を促進し、その権利を保護することを主な目的の一つとして制定、施行された法律であり(同法一条)、その目的達成のための法構造としては、従前、自創法が、国(農林大臣を所管行政庁とする)による農地の強制買収とその管理、国より現にその土地を耕作している者または自作農として農業に精進する見込のある者に対する売渡しという方式を基本としてきたところを踏襲したものであることは、その規定の全体の構成に徴して明らかである。同時に、自創法のもとでは、国が買収により取得し、農林大臣が管理する農地について、これを旧所有者に売り払う(実質上は売りもどす)ことは、買収後の社会事情の変化等にかかわりなく全く認められていなかつたのに対し、旧八〇条の規定を新設することによつて、当該農地が自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする場合に限つて旧所有者に対する売払いの途を開いたものであることも疑いない。
 しかしながら、上述のような農地法の目的、構成に照らし、かつ、多数意見もいうように買収農地がその後の事情の変化により、自作農の創設等の目的に供しないことを相当とするようになつたとしても、その買収が本来すべきでなかつたものになるわけではなく、また、当然にこれを旧所有者に返還しなければならないこととなるものでない事情を併せ考えると、右旧八〇条の規定は、前記のような方式による農地制度の改革を維持推進する政策を基本的には堅持しつつ、自創法の施行後における土地の利用形態に関する社会事情の変転に対応して調整的機能を果すべき、いわば修整規定として設けられたものとみるべきであり、自創法以来の基本的政策に拮抗するような新しい施策を創設したものとまでみることは相当でない。更に、右規定の文言等に即して考察してみても、それは、他の、いずれかといえば細目的ないし手続的事項に関する規定等とともに「雑則」の章中に置かれており、その一項の文言からは明らかに農林大臣に対する売払いの権限付与の趣旨が読み取れるのであつて、その二項が一項を受けた規定であることからすれば、結局右規定はその実質、表現のいずれの点からしても、右にのべた基本的政策に背馳しない限度で、当該農地が自作農の創設等の目的に供することを相当としないものに当るかどうかを、政令の定めるところに従つて農林大臣をして判断させ、その上でその権限として旧所有者に売り払うことを許容する趣旨を明らかにしたものであつて、立法府が、買収農地という特別の目的をもつて国が保有する国有財産の処分に関し、行政に対して特別の権限を付与する性格をもつ規定とみるべきものである。要するに、右規定の趣旨は、右の判断が、国の農地政策全体に対する考慮を前提としてされるべき、別して政策的、行政的な性格のものであることから、行政なかんずく主管行政庁として長くこの政策の推進を担当、実施してきた農林大臣をして、これをさせるのが最も適切であるとするところにあると考えられ、農林大臣による、右の点についての判断がなされないのに、旧所有者において、当該農地が右規定にあたるとして、国に対し、いわゆる先買権ないしこれに類する権利を主張することまで認めたものとは解されないから、このような旧所有者の申込みに対して農林大臣にこれを承諾すべき法的義務が生ずるものではない。ところで、右旧八〇条一項に制定が予定されている政令である、農地法施行令一六条は、同令が昭和四六年二月改正され、その一項七号として自作農の創設等の目的に供しないことが相当となつた買収農地について農林大臣が旧八〇条一項の認定(前述の判断)ができることとされるまで、同令施行後二〇年に近い間このような規定を欠いていたが、このことは、結局、政府において前記のように立法府から付与された権限の一部を、その判断によつて行使しなかつたことになるというべきであり、その状態が右のような長期間継続していたという事実から、政府の右権限の不行使が前記授権の趣旨に反するものではなかつたとの推認も不可能ではないであろう。
 そこで以上のべたところを総合して、旧八〇条のもとで、買受けの申込みをした旧所有者は、いかなる地位にあつたかを考えてみると、前記農地法施行令が改正されるまでの間においても、旧所有者としては右の規定が新設されたことにより、自創法のもとでは考えられなかつた当該買収農地を国から実質上買いもどすことの可能性が法認されたのであるから、これに期待することは当然であると思われ、そして、その期待の内容は、土地価格の急上昇という公知の事実にかんがみると、経済的、財産的性格の強いものであることは見易いところである。しかしながら、その実現には上述のように政府、直接には政令の定めるところに従つてのみ売り払うことのできる農林大臣による、その権限の行使がなければならないのであつて、旧所有者が旧八〇条の規定の直接の効果として先買権の如き権利を与えられたものではないから、結局のところ旧所有者の有したものは、社会的要請その他何らかの機縁によつて、政府が必要な政令を制定する措置をとり、かつ、農林大臣がこれに従つて更に積極の判断を行うならば、実現するであろうことを期待しうる地位であるというにすぎないものというべきである。
 以上のべたように、少なくとも昭和四六年の改正前の右政令に基づき旧所有者が有していたとされる権利なるものの実体は、法の常識からいつて権利として法の保護の対象と認めるにはあまりにも具体性を欠くものである。もつとも、上告人のように改正後の政令のもとで国に対して売払いの申込みを維持していた旧所有者の地位は、新政令制定の反射的効果として、国との間に売払いの契約の成立する確実性は高いと考えられるが、これとてもなお農林大臣による判断が先行しなければならない点において、未だ単なる期待的地位の性格を多く出るものではなく、それが不法不当な侵害等に対して保護されるべき利益とみられる余地があるかどうかは別として、少なくともこのような地位自体を一個の権利として観念することには首肯し難いものがある。
 以上のべたような見地から本件における憲法上の論点を検討すると、旧所有者が旧八〇条によつて有していた地位が、直ちに憲法二九条に定める財産権保障の対象となるとは解し難い(これに反して旧所有者にいわゆる既得権的な権利をみとめる見解に立てば、このような権利は一般国民が新たにこれを取得する可能性はないから、それは限られた範囲の国民としての旧所有者が特有する権利というべきであり、特別措置法等の制定施行がこの権利を侵害するものであるにかかわらず、その保障に関して何らの立法上の考慮が払われていないことに限つては、憲法一四条、二九条三項の趣旨からする審究をも含めて更に検討が必要であると考える。)。しかしながら更に考えてみると、右のような旧所有者の地位は権利というには当らないものではあるが、農地法が、自創法上全く否定されていた、旧所有者において買収農地を限られた場所であるにせよ一部回復することができる途を開き、旧所有者に、財産権に関連したひとつの期待を与えたことは明らかであるから、このような事情を右憲法の法条との関連で全く無視し去ることもまた、憲法の解釈態度として必ずしも妥当ではないと考えられる。私は、昭和四六年改正後の農地法八〇条、特別措置法二条、同法施行令一条、同法附則二項が、旧所有者に対する売払いの制度そのものはこれを存置した上、その売払いの対価についてもこれを時価の七割とすることによつて、旧所有者の利益についての配慮をしていることに徴し、また、多数意見が、一般論として憲法二九条一、二項の趣旨について判示するところ及び右特別措置法、同法施行令の規定が売払いの対価を買収価格相当額から時価の七割に変更したことが、公共の福祉に適合するものであり不合理なものとは認められないと判示するところ(これらの点については私にも異論はない。)をあわせ考慮し、これに前述した旧所有者の地位の実質を総合して判断すると、憲法二九条の財産権保障の趣旨を十分に広く解しても、右特別措置法等の規定がこれに違背するものとは考えられない。
 なお私は、上来のべてきたところから明らかなように、前記改正前の農地法施行令一六条の規定が必ずしも旧八〇条の委任の趣旨に反するものとは考えないし、この政令のもとで旧所有者の有する地位を具体性のある権利とも思わない。その点において私は、前記大法廷判決の判示するところには従うことができない。
 裁判官藤崎萬里の意見は、次のとおりである。
 わたくしは、多数意見の結論に賛同するものであるが、多数意見が憲法二九条違反をいう上告人の所論に関して説くところには同調することができない。すなわち、多数意見は、当裁判所昭和四二年(行ツ)第五二号同四六年一月二〇日大法廷判決(民集二五巻一号一頁)を引用して、改正前の農地法八〇条の解釈として、買収農地について自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実が生じた場合には、当該農地の旧所有者は国に対してその農地の売払いを求める権利を取得するものと判示し、これを前提として国有農地等の売払いに関する特別措置法二条、同法附則二項及び同法施行令一条が憲法二九条に違反するかどうかについて判断しているが、わたくしは、多数意見がその前提としてとる右大法廷判決の見解に従うことができない。その理由は、熬メ裁判官がその意見において改正前の農地法八〇条の解釈として述べられているところと同様である。
 よつて、これと異なる前提に立つて、右特別措置法等が旧所有者の財産権を侵害し、憲法二九条に違反する旨をいう上告人の主張は、その立論の前提を欠き失当というべきものである。

gk 最高裁判所第二小法廷平成26年(行ヒ)第190号
平成27年7月17日判決
       主   文
原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき,本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人比嘉廉丈ほかの上告受理申立て理由第4について
1 本件は,堺市の住民である被上告人が,登記簿の表題部の所有者欄に「大字西」などと記載されている同市内の土地(第1審判決別紙1−1記載の各土地のうち番号1から14まで,同17から20まで及び同31から34まで。以下,その番号に従い「本件土地1」などといい,併せて「本件各土地」という。)につき,平成18年度から同20年度まで(ただし,本件土地7については平成20年度を除く。)について当時の堺市長がその固定資産税及び都市計画税(ただし,本件土地10,13,14,17及び18については固定資産税に限る。以下「本件固定資産税等」という。)の賦課徴収を違法に怠ったため,地方税法18条1項の徴収権に係る消滅時効の完成により堺市に損害が生じたと主張して,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,同市の執行機関である上告人を相手に,本件固定資産税等の徴収権に係る消滅時効が完成するまでの期間において堺市長の職にあった者(以下「本件各市長」という。)及びその賦課徴収に係る専決権限を有する各市税事務所長の職にあった者(以下「本件各専決権者」という。)に対して本件固定資産税等相当額(ただし,各人の在職期間及び管轄区域に応じて各自の賦課徴収に係る権限の行使を怠った部分に限る。)の損害賠償請求をすること等を求める住民訴訟である。
2 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)地方税法343条1項は,固定資産税は固定資産の所有者に課する旨を定め,同条2項前段は,同条1項の所有者とは,土地又は家屋については,登記簿又は土地補充課税台帳若しくは家屋補充課税台帳に所有者として登記又は登録されている者をいう旨を定めており,同条2項後段は,所有者として登記又は登録されている個人が賦課期日前に死亡しているとき,若しくは所有者として登記又は登録されている法人が同日前に消滅しているとき,又は所有者として登記されている同法348条1項の者(国,都道府県,市町村,特別区等)が同日前に所有者でなくなっているときは,同日において当該土地又は家屋を現に所有している者をいうものとする旨を定めている。なお,地方税法702条1項所定の土地又は家屋を課税客体とする都市計画税の納税義務者は,当該土地又は家屋の固定資産税の納税義務者と同じである(同条,同法343条(3項,8項及び9項を除く。))。
(2)ア 本件固定資産税等の賦課期日(当該年度の初日の属する年の1月1日(地方税法359条,702条の6))においては,本件土地31を除き,本件各土地の登記簿に権利部の登記はなく,その表題部の所有者欄には,本件土地1から9までにつき「大字西」,本件土地10につき「大字原寺,大字西,大字北」,本件土地11及び12につき「踞尾共有地」,本件土地13,17,19及び20につき「共有地」,本件土地14につき「上神谷村大字畑」,本件土地18につき「鶴田村大字菱木,鶴田村大字草部」,本件土地32及び33につき「大字下」,本件土地34につき「大字下共有地」とそれぞれ記載されていた。他方,本件土地31については,本件固定資産税等の賦課期日において,その登記簿の権利部に堺市が所有者として登記されていたが,同土地の所有権は同市には帰属していなかった。
イ 本件各土地は,旧来はため池又はその堤とうであった土地であるが,本件固定資産税等の賦課期日における現況は宅地又は雑種地等であり,いずれも当該各土地の所在する地区の住民の総有に係る財産として,その異動状況の把握のために堺市が作成する財産台帳に登録されている(ただし,本件土地7は平成19年1月に,本件土地11及び12は同20年12月にそれぞれ第三者に売却されたため,これらの土地については上記財産台帳に「処分済」と記載されている。)。そして,上記の財産として上記財産台帳に登録されている財産(以下「台帳登録財産」という。)の管理及び処分については,堺市の定める要綱等において,その決定につき当該地区の住民により組織されている自治会又は町会の総会の決議によることが基本とされている。
(3)本件固定資産税等については,納税義務者を特定することができないとして,その賦課徴収は行われていない。そして,堺市の固定資産税及び都市計画税の法定納期限は毎年5月31日であることから(地方税法11条の4第1項,堺市市税条例(昭和41年堺市条例第3号)39条1項,99条),本件固定資産税等のうち,平成18年度のものは平成23年5月31日の経過により,平成19年度のものは平成24年5月31日の経過により,平成20年度のものは平成25年5月31日の経過により,それぞれその徴収権が時効により消滅している(同法18条1項)。
3 原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断して,本件固定資産税等の納税義務者は本件各土地の所在する地区の住民により組織されている自治会又は町会(以下「関係自治会等」という。)であり,本件各専決権者の一部及び本件各市長は上記納税義務者を特定することができたなどとして,被上告人の請求を一部認容すべきものとした。
(1)関係自治会等は,本件固定資産税等の賦課期日における本件各土地の登記簿上の所有名義人であるとはいえないから,地方税法343条2項前段に基づいて本件固定資産税等の納税義務者に当たるとみることはできない。
(2)他方,一部の土地について固定資産税の納税義務者を特定することができないとしてその賦課徴収を留保し続けることは課税上の衡平を著しく害する結果を招来するものといえるところ,関係自治会等は,台帳登録財産である本件各土地につき,堺市により同市の定める要綱等に従ってその管理処分権限を有する団体として取り扱われることなどから,本件各土地の実質的な所有者と評価することができる。したがって,本件各土地のうち本件土地31以外のものについては,その登記簿の表題部の所有者欄に記載されている「大字西」等の名義によって表章される旧来の地縁団体は消滅しているものと同視し,地方税法343条2項後段を類推適用して,関係自治会等が同項後段にいう「現に所有している者」として当該土地の本件固定資産税等の納税義務者に当たるとみるべきである。また,本件土地31については,同項後段にいう「所有者として登記されている第348条第1項の者が同日前に所有者でなくなっているとき」に該当するから,上記と同様に,関係自治会等が同法343条2項後段にいう「現に所有している者」として同土地の本件固定資産税等の納税義務者に当たると解すべきである。
4 しかしながら,原審の上記3(1)の判断は是認することができるが,同(2)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)憲法は,国民は法律の定めるところにより納税の義務を負うことを定め(30条),新たに租税を課し又は現行の租税を変更するには,法律又は法律の定める条件によることを必要としており(84条),それゆえ,課税要件及び租税の賦課徴収の手続は,法律で明確に定めることが必要である(最高裁昭和55年(行ツ)第15号同60年3月27日大法廷判決・民集39巻2号247頁参照)。そして,このような租税法律主義の原則に照らすと,租税法規はみだりに規定の文言を離れて解釈すべきものではないというべきであり(最高裁昭和43年(行ツ)第90号同48年11月16日第二小法廷判決・民集27巻10号1333頁[東京産業信用金庫事件☆359d],最高裁平成19年(行ヒ)第105号同22年3月2日第三小法廷判決・民集64巻2号420頁[ホステス報酬☆36n3]参照),このことは,地方税法343条の規定の下における固定資産税の納税義務者の確定においても同様であり,一部の土地についてその納税義務者を特定し得ない特殊な事情があるためにその賦課徴収をすることができない場合が生じ得るとしても変わるものではない。
(2)ある土地につき地方税法343条2項後段により固定資産税の納税義務者に該当するというためには,少なくとも,固定資産税の賦課期日において当該者が同項後段にいう「当該土地…を現に所有している者」であること,すなわち,上記賦課期日において当該土地の所有権が当該者に現に帰属していたことが必要である。そして,上記(1)において説示したところに照らせば,ある土地につき,固定資産税の賦課期日においてその所有権が当該者に現に帰属していたことを確定することなく,同項後段に基づいて当該者を固定資産税の納税義務者とすることはできないものというべきである。
 しかるに,原審は,本件各土地につき,本件固定資産税等の賦課期日におけるその所有権の帰属を確定することなく、前記2(2)イの要綱等における取扱い等に照らして関係自治会等をその実質的な所有者と評価することができるなどとして,地方税法343条2項後段の規定を類推適用することにより,関係自治会等が本件固定資産税等の納税義務者に該当する旨の判断をしたものであり,このような原審の判断には,同項後段の解釈適用を誤った違法があるというべきである。
 なお,原審は,前記2(2)イのとおり,堺市の定める要綱等において台帳登録財産の管理及び処分の決定につき当該地区の自治会等の総会の決議に基づくことが基本とされていること等をもって,台帳登録財産である本件各土地につき,関係自治会等が堺市により上記の要綱等に従ってその管理処分権限を有する団体として取り扱われているなどとして,その実質的な所有者と評価することができる旨をいうが,原審の摘示する上記の事情によっても,本件固定資産税等の賦課期日においてその所有権が関係自治会等に現に帰属していたことを基礎付けることはできない。
(3)以上と異なる見解に立って,地方税法343条2項後段の類推適用により関係自治会等が本件固定資産税等の納税義務者に当たるとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,論旨はこの趣旨をいうものとして理由がある。
 以上によれば,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして,本件各土地につき原審において判断されていない地方税法343条4項の適用の有無等について更に審理を尽くさせるため,上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

gl ケースブック2版282頁東京高判昭和54年6月26日行集30巻6号1167頁、東京高判昭和61年2月26日行集37巻1-2号117頁も同種の問題を扱っている。[浅妻]前者は「相当因果関係」を重視しているが、率直に言って、「相当因果関係」というだけでは、取得費算入の是非に関して何も言っていないのと同じではないか。
 参照:東京地判平成22年4月16日平成21年(行ウ)336号請求棄却・東京高判平成23年4月14日平成22年(行コ)190号控訴棄却・上告中…弁護士費用の取得費算入可能性を一般論として否定するものではないが、「遺産分割が資産を取得する行為に当たらないことから、これに付随する費用は、資産を取得するための付随費用ということはできない」として遺産分割に関する弁護士費用の取得費算入を否定した。伊藤義一・ジュリスト1447号137頁は判旨反対。所基通38-2は「訴訟費用、和解費用等の額」の取得費算入可能性を認めている。粕谷晴江・税研161号80頁参照。

gm 参照:大阪高判平成15年6月27日訟月50巻6号1936頁;浅妻章如「判研」ジュリスト1297号166-169頁(2005.9.15);浅妻章如「値上がり益課税適状の時期――所得税法58条・法人税法50条の交換特例をきっかけに――」金子宏喜寿記念『租税法の基本問題』377-396頁(有斐閣、2007)。
 なお、大阪高判平成15年6月27日訟月50巻6号1936頁によれば、一般論として、交換により取得した資産を直ちに第三者に譲渡する場合、交換時点において58条の要件を満たさなくなる。但しこの事案では交換特例の適用が認められている。一般論の妥当性については議論の余地があり、原審大阪地判平成14年10月10日では一般論としても交換後直ちに第三者に譲渡しても交換時点で58条の要件を満たさなくなることはないとしていた。高裁の考え方によると、例えば交換の翌年に第三者に譲渡した場合に、交換時点に遡って交換特例の要件が満たされなかったと判断しなおすことになるのか、といった面倒が生じうる。

gn §222.04 サラリーマン・マイカー訴訟・神戸地判昭和61年9月24日判時1213号34頁・大阪高判昭和63年9月27日訟月35巻4号754頁判時1300号47頁判タ685号168頁(最判平成2年3月23日判時1354号59頁判タ732号183頁も追認)
一審・神戸地判昭和61年9月24日判時1213号34頁概説133
 「資産の譲渡による所得には、事業所得、山林所得、譲渡所得又は雑所得があるが、資産を譲渡したことにより生じた損失(譲渡損失)の処理については、これら各種所得の金額の計算要素の一つとしてこれら各種所得の金額の計算構造のなかに取込み処理されている(法二七条二項、三二条三項、三三条三項、三五条二項)。ただし、その譲渡による所得が非課税とされている資産の譲渡による損失は、所得金額の計算上ないものとみなされている(法九条二項一ないし三号)ので、各種所得の金額の計算構造のなかには取り込まれないこととなる。そして、この非課税とされる資産のうちに、「自己が生活の用に供する家具、じゆう器、衣服その他の資産で令二五条各号に記載したものを除く生活に通常必要な動産」が含まれている。
 このように資産(非課税扱いの資産は除く。)の譲渡による損失を各種所得の金額の計算構造のなかに取り込んだ結果、各種所得の金額の計算上損失が生じたときは、その損失は他の各種所得の金額に損益通算されることとなる(法六九条一項)が、それには例外があり、譲渡所得の計算上生じた損失のうち生活に通常必要でない資産の譲渡による損失部分は、競走馬の譲渡による損失が競走馬の保有に係る雑所得とのみ損益通算されるほかは、損益通算の対象とならない、つまりその損失の金額は生じなかつたものとみなされることとなる(法六九条二項、令二〇〇条)。
 そこで、本件自動車の譲渡損失の金額を給与所得の金額から控除すべきかにつき検討するに、前記認定事実(とりわけ三1(一)ないし(六)参照)によれば、原告は給与所得者であるが本件自動車の使用状況も大崎事務所への通勤の一部ないし全部区間、また勤務先での業務用に本件自動車を利用していたこと、本件自動車を通勤・業務のために使用した走行距離・使用日数はレジャーのために使用したそれらを大幅に上回つていること、車種も大衆車であることのほか現在における自家用自動車の普及状況等を考慮すれば、本件自動車は原告の日常生活に必要なものとして密接に関連しているので、生活に通常必要な動産(法九条一項九号、令二五条)に該当するものと解するが相当である。そして、自動車が令二五条各号にあげられた資産に該当しないことは明らかであるから、原告の本件自動車の譲渡による損失の金額は、法九条二項一号に基づきないものとみなされることになる。したがつて、損益通算の規定(法六九条)の適用の有無につき判断するまでもなく右損失の金額を給与所得金額から控除することはできないといわなければならない。
 また、仮に本件自動車が前記認定事実のもとでは原告の生活に通常必要でない動産に該当するものとしても、法六九条二項、令二〇〇条により譲渡損失の金額は生じなかつたものとみなされることとなるから、譲渡損失の金額を給与所得の金額から控除すべき旨の原告の主張は、その余の点について判断するまでもなくいずれにしても採用することはできない。」
控訴審判決 (62・69条)「生活に通常必要でない資産に係る所得の計算上生じた損失の金額に該当するから」給与所得との「損益通算は認められない」  (一審と控訴審で理由付けが逆であるが、給与所得との通算は認められない、との結論は同じ)
規定の確認 一審判決及び控訴審判決それぞれの根拠規定は?
【一審】
所得税法9条1項9号「自己又はその配偶者その他の親族が生活の用に供する家具、じゆう器、衣服その他の資産で政令で定めるものの譲渡による所得」は非課税。
所得税法9条2項1号:損失が出てもないものと見なされる。…+も−も考慮しないという裏表の関係
 なお、次の規定により、課税対象となるものはかなり限定されている。
所税令25条(譲渡所得について非課税とされる生活用動産の範囲)「法第9条第1項第9号(非課税所得)に規定する政令で定める資産は、生活に通常必要な動産のうち、次に掲げるもの(一個又は一組の価額が300,000円を超えるものに限る。)以外のものとする。 / 1.貴石、半貴石、貴金属、真珠及びこれらの製品、べっこう製品、さんご製品、こはく製品、ぞうげ製品並びに七宝製品 / 2.書画、こつとう及び美術工芸品」
 所税9条1項9号は、些事不追求の趣旨と解される。9条2項1号は、その裏返しと解される。
 また、9条2項1号については、そもそも消費であるから、とも解される。消費財は消費によって減価する。消費による減価は消費なのであるから所得の計算上マイナス項目とならない(I=C+?W)。また、そもそも消費による減価をきちんと減価償却で証拠付けている例は少なかろう。
 ただし、災害による損失について§242.02 「災難」事件参照
【控訴審】
所得税法62条1項:「生活に通常必要でない資産…について受けた損失の金額…は、譲渡所得」金額計算において控除する。
所得税法69条1項:所得分類をまたいだ損益通算
      2項:62条1項の資産に関する損失を他の所得とは通算させない。(§241.01)
「資産」概念について補足
名古屋地判平成17年7月27日判タ1204号136頁…預託金会員制ゴルフ会員権(§222.05とは性質の違う会員権であることに留意)は譲渡損失を生ずる資産には当たらない。
千葉地判平成18年9月19日平成17年(行ウ)第55号・控訴審東京高判平成18年12月27日訟月54巻3号760頁(一審二審とも判例集未登載)…破産宣告を受け清算中の株式会社の株式を譲渡したことに伴う損失は、株式等に係る譲渡所得の金額の計算上生じた損失の金額とみなされないとされた事例
学者の意見は割れている模様。[浅妻]納税者にとって都合の良いタイミングで譲渡損失が実現するのを防ぎたいという思惑が強く働きすぎている嫌いはないか。千葉地判平成18年9月19日につき、租税特別措置法37条の10の2が特定管理株式について譲渡損失を擬制していることを以って、この要件に当たらない場合には「資産」に当たらないという解釈を補強しようとしているが、租特37条の10の2は「譲渡」もしくは「譲渡損失の発生」を擬制しているにすぎず、破産会社株式が「資産」に当たらないことを前提としていると考えるのは論理の飛躍というものではないか。仮に再建の見込みのなかった会社がたまたま(宝くじか何かが当たった場合のように)利益を上げ株価が上がり譲渡益が生じたというような場合でも、譲渡所得課税をしない、というのであろうか。損失の主張を抑えたければ立法で対処すべきではないか(尤も私見としてはそのような立法論の妥当性にも懐疑的であるが)。「資産」概念の広狭で決着させるべきか疑問が残る。
東京地判平成20年11月28日平成20年(行ウ)281号・東京高判平成21年5月20日平成21年(行コ)5号:連担建築物設計制度にかかわる地役権設定(余剰容積率の移転)の対価は譲渡所得でなく不動産所得……資産性を否定したのか?譲渡性を否定したのか? Cf.反例(?)サンヨウメリヤス事件

go 最高裁判所第二小法廷平成24年(行ヒ)第79号 平成25年7月12日判決
       主   文
原判決中上告人に関する部分を破棄する。
前項の部分につき,本件を東京高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人吉田修平,同友田順,同沼井英明の上告受理申立て理由第3及び第4の4について
1 本件は,東京都府中市内の区分建物(不動産登記法2条22号)を共有し,その敷地権(同法44条1項9号)に係る固定資産税の納税義務を負う上告人が,府中市長により決定され土地課税台帳に登録された上記敷地権の目的である各土地の平成21年度の価格を不服として,府中市固定資産評価審査委員会(以下「本件委員会」という。)に対し審査の申出をしたところ,これを棄却する旨の決定(以下「本件決定」という。)を受けたため,被上告人を相手に,その取消し等を求める事案である。
2 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)上告人及びAは,上告人を登記名義人として,原判決別紙物件目録(専有部分の建物の表示)記載の区分建物及びその敷地権を共有している。この敷地権の目的である土地が同目録(敷地権の目的である土地の表示)記載1ないし9の各土地(以下「本件各土地」という。)である。
(2)本件各土地を含む一帯の土地は,共同住宅である車返団地の敷地等であり,府中市の都市計画において都市計画法8条1項1号所定の第一種中高層住居専用地域と定められている。当該地域の指定建ぺい率は60%,指定容積率は200%である(同条3項2号イ,ハ)。
 車返団地は,府中市の都市計画において定められた同法11条1項8号所定の「一団地の住宅施設」であるところ,本件各土地のうち車返団地の敷地である原判決別紙課税明細目録記載1ないし3の各土地(同別紙物件目録(敷地権の目的である土地の表示)記載1,2及び5の各土地の課税対象部分。以下「本件敷地部分」という。)については,上記都市計画において,建ぺい率が20%に,容積率が80%にそれぞれ制限されている(同条2項,同法施行令6条1項7号)。
(3)府中市長は,本件各土地について,地方税法341条6号の基準年度に当たる平成21年度の価格を決定し,これを土地課税台帳に登録した。このうち本件敷地部分につき登録された価格(以下「本件敷地登録価格」という。)は,原判決別紙課税明細目録記載1の土地については26億0357万6166円,同2の土地については2億5557万4844円、同3の土地については25億9418万6372円であり,これらの1平方メートル当たりの価格は16万4560円である。
(4)上告人は,平成21年7月2日頃,本件委員会に対し,本件各土地に係る平成21年度の土地課税台帳に登録された価格につき,上記(2)の建ぺい率及び容積率の制限を適切に考慮していないとして審査の申出をしたところ,本件委員会は,上告人の審査の申出を棄却する旨の本件決定をした。
3 原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断し,上告人の請求をいずれも棄却すべきものとした。
 地方税法434条に基づく固定資産評価審査委員会の決定の取消しの訴えにおいては,原則として同法432条に基づく固定資産課税台帳に登録された価格が適正な時価を超えた違法があるかどうかが審理判断の対象となるべきものであり,例外的に固定資産評価審査委員会の審査決定の手続に不服審査制度の根幹に関わり結論に影響がなくても違法として取り消されなければ制度の趣旨を没却することとなるような重大な手続違反があった場合に限り,固定資産評価審査委員会の決定を取り消すこととなると解すべきである。上告人は,本件敷地登録価格につき,その決定には標準宅地の適正な時価の評定の誤りなど多くの誤りがあり,同法388条1項の固定資産評価基準(以下「評価基準」という。)によって決定された価格とはいえない旨主張するが,それは,上記の重大な手続違反を主張するものではなく,適正な時価を超えた違法があると主張するに帰するものであるから,本件敷地登録価格の決定の適法性の判断に当たっては適正な時価を超えているかどうかを検討すれば必要かつ十分である。
 そして,本件敷地部分に関しては,上告人と被上告人が提出した各鑑定意見書により認められる諸般の事情を総合考慮すると,平成21年度の賦課期日における本件敷地部分の適正な時価は本件敷地登録価格を上回るものと認められるから,本件敷地登録価格の決定が違法となることはない。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)ア 地方税法は,土地に対して課する基準年度の固定資産税の課税標準を,当該土地の基準年度に係る賦課期日における価格で土地課税台帳又は土地補充課税台帳に登録されたもの(以下,これらの台帳に登録された価格を「登録価格」という。)とし(349条1項),上記の価格とは「適正な時価」をいうと定めている(341条5号)ところ,上記の適正な時価とは,正常な条件の下に成立する当該土地の取引価格,すなわち,客観的な交換価値をいうと解される。したがって,土地の基準年度に係る賦課期日における登録価格が同期日における当該土地の客観的な交換価値を上回れば,その登録価格の決定は違法となる(最高裁平成10年(行ヒ)第41号同15年6月26日第一小法廷判決・民集57巻6号723頁参照)。
イ また,地方税法は,固定資産税の課税標準に係る固定資産の評価の基準並びに評価の実施の方法及び手続を総務大臣(平成13年1月5日以前は自治大臣。以下同じ。)の告示に係る評価基準に委ね(388条1項),市町村長は,評価基準によって,固定資産の価格を決定しなければならないと定めている(403条1項)。これは,全国一律の統一的な評価基準による評価によって,各市町村全体の評価の均衡を図り,評価に関与する者の個人差に基づく評価の不均衡を解消するために,固定資産の価格は評価基準によって決定されることを要するものとする趣旨であると解され(前掲最高裁平成15年6月26日第一小法廷判決参照),これを受けて全国一律に適用される評価基準として昭和38年自治省告示第158号が定められ,その後数次の改正が行われている。これらの地方税法の規定及びその趣旨等に鑑みれば,固定資産税の課税においてこのような全国一律の統一的な評価基準に従って公平な評価を受ける利益は,適正な時価との多寡の問題とは別にそれ自体が地方税法上保護されるべきものということができる。したがって,土地の基準年度に係る賦課期日における登録価格が評価基準によって決定される価格を上回る場合には,同期日における当該土地の客観的な交換価値としての適正な時価を上回るか否かにかかわらず,その登録価格の決定は違法となるものというべきである。
ウ そして,地方税法は固定資産税の課税標準に係る適正な時価を算定するための技術的かつ細目的な基準の定めを総務大臣の告示に係る評価基準に委任したものであること等からすると,評価対象の土地に適用される評価基準の定める評価方法が適正な時価を算定する方法として一般的な合理性を有するものであり,かつ,当該土地の基準年度に係る賦課期日における登録価格がその評価方法に従って決定された価格を上回るものでない場合には,その登録価格は,その評価方法によっては適正な時価を適切に算定することのできない特別の事情の存しない限り,同期日における当該土地の客観的な交換価値としての適正な時価を上回るものではないと推認するのが相当である(最高裁平成11年(行ヒ)第182号同15年7月18日第二小法廷判決・裁判集民事210号283頁,最高裁平成18年(行ヒ)第179号同21年6月5日第二小法廷判決・裁判集民事231号57頁参照)。
エ 以上に鑑みると,土地の基準年度に係る賦課期日における登録価格の決定が違法となるのは,当該登録価格が,〔1〕当該土地に適用される評価基準の定める評価方法に従って決定される価格を上回るとき(上記イの場合)であるか,あるいは,〔2〕これを上回るものではないが,その評価方法が適正な時価を算定する方法として一般的な合理性を有するものではなく,又はその評価方法によっては適正な時価を適切に算定することのできない特別の事情が存する場合(上記ウの推認が及ばず,又はその推認が覆される場合)であって,同期日における当該土地の客観的な交換価値としての適正な時価を上回るとき(上記アの場合)であるということができる。 (2)ア 上記(1)に説示したところによれば,本件敷地登録価格の決定及びこれを是認した本件決定の適法性を判断するに当たっては,本件敷地登録価格につき,適正な時価との多寡についての審理判断とは別途に,上記(1)エ〔1〕の場合に当たるか否か(前記2(2)の建ぺい率及び容積率の制限に係る評価基準における考慮の要否や在り方を含む。)についての審理判断をすることが必要であるところ,原審は前記3のとおりこれを不要であるとしてこの点についての審理判断をしていない。そうすると,原判決には,土地の登録価格の決定が違法となる場合に関する法令の解釈適用を誤った結果,上記の点について審理不尽の違法があるといわざるを得ず,この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。
イ また,上記(1)に説示したところによれば,上記(1)エ〔2〕の場合に当たるか否かの判断に当たっては,本件敷地部分の評価において適用される評価基準の定める評価方法が適正な時価を算定する方法として一般的な合理性を有するものであるか,その評価方法によっては適正な時価を適切に算定することのできない特別の事情があるか等についての審理判断をすることが必要であるところ,原審は,前記3のとおり評価基準によらずに認定した本件敷地部分の適正な時価が本件敷地登録価格を上回ることのみを理由として当該登録価格の決定は違法ではないとしており,これらの点についての審理判断をしていない。そうすると,原判決には,上記の点についても審理不尽の違法があるといわざるを得ず,この違法も原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。
5 以上によれば,論旨は上記の趣旨をいうものとして理由があり,原判決のうち上告人に関する部分は破棄を免れない。そして,上記4(2)ア及びイの各点等について更に審理を尽くさせるため,上記部分につき,本件を原審に差し戻すこととする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官千葉勝美の補足意見がある。
 裁判官千葉勝美の補足意見は,次のとおりである。
 私は,法廷意見との関連で,次のとおり所見を付加しておきたい。
1 地方税法341条5号は,固定資産税の課税標準となる固定資産の価格を「適正な時価」としているところ,同法434条に基づく固定資産評価審査委員会の決定の取消しの訴えにおいては,同法432条に基づく固定資産課税台帳に登録された価格が適正な時価を超えた違法があるかどうかが審理判断の対象の一つとなる。そこで,土地の所有名義人が,自ら独自に提出した鑑定意見書等に基づき,その時価となるべき価格を算出して(以下,この価格を「算出価格」という。),法廷意見の述べる「特別の事情」(又は評価基準の定める評価方法自体の一般的な合理性の欠如)の主張立証を経ずに,上記の適正な時価を直接主張立証することにより,当該算出価格が評価基準の定める評価方法に従って決定された登録価格を下回るとして,当該登録価格の決定を違法とすることができるかが一応問題となろう。
2 上記の「適正な時価」とは,正常な条件の下に成立する当該土地の取引価格,すなわち,客観的な交換価値をいうと解されるが,これは評価的な概念であり,その鑑定評価は,必ずしも一義的に算出され得るものではなく,性質上,その鑑定評価には一定の幅があり得るものである。したがって,鑑定意見書等によっていきなり登録価格より低い価格をそれが適正な時価であると摘示された場合,その鑑定意見書等による評価の方法が一般に是認できるもので,それにより算出された価格が上記の客観的な交換価値として評価し得るものと見ることができるときであったとしても,当該算出価格を上回る登録価格が当然に適正な時価を超えるものとして違法になるということにはならない。当該登録価格が,評価基準の定める評価方法に従ってされたものである限り,特別の事情がない限り(又はその評価方法自体が一般的な合理性を欠くものでない限り),適正な時価であるとの推認が働き(法廷意見の引用する平成15年7月18日第二小法廷判決等参照),これが客観的な交換価値であることが否定されることにならないからである。
3 そもそも,このような算出価格が当該登録価格を下回る場合,それだけで,上記の適正な時価であることの推認が否定されて登録価格の決定が違法となるのであれば,課税を行う市町村の側としては,このようにして所有名義人から提出される鑑定意見書等が誤りであること,算出方法が不適当であること等を逐一反論し,その点を主張立証しなければならなくなり,評価基準に基づき画一的,統一的な評価方法を定めることにより,大量の全国規模の固定資産税の課税標準に係る評価について,各市町村全体の評価の均衡を確保し,評価人の個人差による不均衡を解消することにより公平かつ効率的に処理しようとした地方税法の趣旨に反することになる。
4 実際上,登録価格が算出価格を上回ることにより,登録価格が上記の客観的な交換価値を上回る場合というのは,評価基準の定める評価方法によることが適当でないような特別の事情がある場合に限られる。このような特別の事情(又はその評価方法自体の一般的な合理性の欠如)についての主張立証をしないまま独自の鑑定意見書等を提出したところで,その意見書の内容自体は是認できるものであったとしても,それだけでは当該登録価格が適正な時価であることの推認を覆すことにはならないのであって,登録価格の決定を違法とすることにはならない。
(なお,実際上は,このような特別の事情の存否が争われている場合でも,評価基準の定める評価方法自体が不適当であるというのではなく,評価方法の当てはめの適否(すなわち当てはめの過程で所要の補正をすることの要否等)の問題として処理すべきであることが多いものと思われる。また,仮にこのような特別の事情があると認められる場合には,課税を行う市町村の側としては,登録価格が適正な時価を超えていないことの主張立証をする必要が改めて生ずることになるが,その場合においても,実務上は次のような対応が求められることが多いであろう。すなわち,評価基準の定める評価方法の全部ではなくその一部につき特別の事情があるときは,地方税法の趣旨からして,適正な時価の認定において当該評価方法の他の部分を前提として行うことの可否,要否をまず検討すべきである。この点は,個々の事案ごとに適用の排除される評価方法の範囲や性質等を勘案して個別具体的に検討することになるが,実際には,当該評価方法を全て放棄するのではなく,排除された部分を除き残余の部分を前提として適正な時価を認定していくべき場合が多いものといえよう。)
5 したがって,土地の所有名義人が,独自の鑑定意見書等の提出により適正な時価を直接主張立証し登録価格の決定を違法とするためには,やはり,その前提として,評価基準の定める評価方法によることができない特別の事情(又はその評価方法自体の一般的な合理性の欠如)を主張立証すべきであり,前掲最高裁平成15年7月18日第二小法廷判決もこの考えを前提にしているものと解される。

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§222.06ゴルフ会員権贈与事件(右山事件)・最判平成17年2月1日判時1893号17頁訟月52巻3号1034頁
一審(東京地判H12.12.21請求棄却。東京高判H13.6.27も棄却)
 「所得税法が贈与による資産の所有権移転の場合における譲渡所得課税を繰り延べ、その後、当該資産が受贈者の支配を離れて他に移転する機会をとらえて、贈与者の取得の時以来清算されることなく蓄積されてきた資産の増加益を課税の対象としているのであるから、右増加益の算出上、譲渡による収入金額から控除すべき『資産の取得に要した金額』は、贈与者の取得の時において当該資産の客観的価格を構成すべき取得代金の額及び当該資産を取得するための付随費用でなければならない。[改行]すなわち、所得税法60条により、贈与の前後を通じて贈与者が引き続き当該資産を所有していたものとみなされる以上、譲渡所得の算出に当たっては、贈与の事実はなかったものと考えるべきであり、そうである以上受贈者が自己への所有権移転のために支払った費用も一切無視するほかないのである。」「本件手数料は、贈与者であるAによる本件会員権の取得時において、本件会員権の客観的価格を構成するものではなく、Aが本件会員権を取得するための付随費用でもないから、本件会員権との関係で、所得税法38条1項にいう『資産の取得に要した費用』ということはできない。」
 33条3項の「『資産の譲渡に要した費用』(譲渡費用)とは、当該所得の基因となった資産の譲渡に要した費用のことであるから、当該資産の譲渡に要した費用であるというべきである。……所得税法が、譲渡時の資産の増加益を把握してこれを対象として課税するとの考え方をとっていることから、右『資産の譲渡に要した費用』とは、登記・登録費用、仲介手数料、運搬費等、当該資産の譲渡のために直接要した費用のみならず、譲渡価格を増加するための費用を含む」。「本件手数料は、Xが、…本件ゴルフクラブの理事会に対して、自己が正会員となることの承認を得るために必要であった費用ということになり、本件会員権を取得するための費用であって、その譲渡に要する費用ということはできないから、本件手数料が所得税法33条3項にいう『資産の譲渡に要した費用』に当たるということもできない。」

最判H17.2.1判時1893-17
1 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1)上告人の父は,昭和63年11月18日,A株式会社に対し,代金1200万円を支払って,同社の経営するゴルフクラブの会員権(以下「本件会員権」という。)を取得し,同ゴルフクラブの正会員となった。
(2)上告人は,平成5年7月1日,その父から本件会員権の贈与を受け,同社に対し,名義書換手数料82万4000円(以下「本件手数料」という。)を支払って、上記ゴルフクラブの正会員となった。
(3)上告人は,平成9年4月3日,株式会社Bに対し,本件会員権を代金100万円で譲渡した。 
(4)上告人は,平成10年3月3日,被上告人に対し,同9年分の所得税について総所得金額を3296万9202円とする申告をしたが,本件会員権の上記(3)の譲渡に係る所得金額(以下「本件譲渡所得金額」という。)の計算において,上記(1)の代金1200万円及び本件手数料82万4000円の合計1282万4000円を資産の取得費として,上記(3)の代金100万円を総収入金額として,それぞれ計上し,その差額の1182万4000円を総合課税の対象となる所得税法(以下「法」という。)33条3項2号所定のいわゆる長期譲渡所得の金額の計算上生じた損失の金額としていた。
(5)被上告人は,平成10年11月25日,本件譲渡所得金額の計算において本件手数料82万4000円を資産の取得費として認めることはできず,上記損失の金額は1100万円になるとして,上告人に対し,同9年分の所得税について総所得金額を3379万3202円とする更正(以下「本件更正」という。)及び過少申告加算税の賦課決定(以下「本件賦課決定」という。)をした。
2 本件は,上告人が,被上告人に対し,本件更正のうち総所得金額3296万9202円を超える部分及び本件賦課決定の取消しを求める事案である。
3 原審は,次のとおり判示して,上告人の請求を棄却すべきものとした。
(1)法60条1項は,贈与等により資産を取得した者が当該資産を譲渡した場合における譲渡所得の金額の計算において「その者が引き続きこれを所有していたものとみなす」という強い表現を使用しており,その規定の趣旨からしても,受贈者が所有する資産についての譲渡所得課税においては,贈与の前後を通じて受贈者が引き続き当該資産を所有していたとみなされるのであるから,譲渡所得金額の算定に当たり,中間の贈与の事実はなかったものと扱うほかなく,受贈者が自己への所有権移転のために支払った費用があったとしても,無視せざるを得ない。 本件譲渡所得金額の計算においては,上告人が父から本件会員権の贈与を受けた事実も,その際に上告人が本件手数料を支払った事実もなかったとみなすことになるから,本件手数料は法38条1項にいう「資産の取得に要した金額」に当たらない。
(2)本件手数料は,法33条3項にいう「資産の譲渡に要した費用」に当たらない。
4 しかしながら,原審の上記3(1)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)譲渡所得の金額について,法は,総収入金額から資産の取得費及び譲渡に要した費用を控除するものとし(33条3項),上記の資産の取得費は,別段の定めがあるものを除き,その資産の取得に要した金額並びに設備費及び改良費の額の合計額としている(38条1項)。この譲渡所得に対する課税は,資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として,その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会にこれを清算して課税する趣旨のものである(最高裁昭和41年(行ツ)第102号同47年12月26日第三小法廷判決・民集26巻10号2083頁,最高裁昭和47年(行ツ)第4号同50年5月27日第三小法廷判決・民集29巻5号641頁参照)。そして,上記「資産の取得に要した金額」には,当該資産の客観的価格を構成すべき取得代金の額のほか,当該資産を取得するための付随費用の額も含まれると解される(最高裁昭和61年(行ツ)第115号平成4年7月14日第三小法廷判決・民集46巻5号492頁参照)。他方,法60条1項は,居住者が同項1号所定の贈与,相続(限定承認に係るものを除く。)又は遺贈(包括遺贈のうち限定承認に係るものを除く。)により取得した資産を譲渡した場合における譲渡所得の金額の計算について,その者が引き続き当該資産を所有していたものとみなす旨を定めている。上記の譲渡所得課税の趣旨からすれば,贈与,相続又は遺贈であっても,当該資産についてその時における価額に相当する金額により譲渡があったものとみなして譲渡所得課税がされるべきところ(法59条1項参照),法60条1項1号所定の贈与等にあっては,その時点では資産の増加益が具体的に顕在化しないため,その時点における譲渡所得課税について納税者の納得を得難いことから,これを留保し,その後受贈者等が資産を譲渡することによってその増加益が具体的に顕在化した時点において,これを清算して課税することとしたものである。同項の規定により,受贈者の譲渡所得の金額の計算においては,贈与者が当該資産を取得するのに要した費用が引き継がれ,課税を繰り延べられた贈与者の資産の保有期間に係る増加益も含めて受贈者に課税されるとともに,贈与者の資産の取得の時期も引き継がれる結果,資産の保有期間(法33条3項1号,2号参照)については,贈与者と受贈者の保有期間が通算されることとなる。
 このように,法60条1項の規定の本旨は,増加益に対する課税の繰延べにあるから,この規定は,受贈者の譲渡所得の金額の計算において,受贈者の資産の保有期間に係る増加益に贈与者の資産の保有期間に係る増加益を合わせたものを超えて所得として把握することを予定していないというべきである。そして,受贈者が贈与者から資産を取得するための付随費用の額は,受贈者の資産の保有期間に係る増加益の計算において,「資産の取得に要した金額」(法38条1項)として収入金額から控除されるべき性質のものである。そうすると,上記付随費用の額は,法60条1項に基づいてされる譲渡所得の金額の計算において「資産の取得に要した金額」に当たると解すべきである。
(2)前記事実関係によれば,本件手数料は,上告人が本件会員権を取得するための付随費用に当たるものであり,上告人の本件会員権の保有期間に係る増加益の計算において「資産の取得に要した金額」として収入金額から控除されるべき性質のものということができる。したがって,本件譲渡所得金額は,本件手数料が「資産の取得に要した金額」に当たるものとして,これを計算すべきである。
 そうすると,上告人の平成9年分の所得税については,総合課税の対象となる長期譲渡所得の金額の計算上生じた損失の金額が1182万4000円となり,総所得金額が3296万9202円となるから,本件更正のうちこの総所得金額を超える部分及び本件賦課決定は違法である。
5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,上告人の請求には理由があるから,第1審判決を取消して,同請求を認容することとする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

N&Q 2. (1)通常、譲渡人の譲渡収入が譲受人の取得価額と等しい(付随費用を考えれば=ではなく≒であるが)ので、譲渡所得課税において二重課税や課税漏れは大体防げる。
(2)譲渡収入は譲渡資産の時価ではなく、取得資産の時価である。これは36条が「その年において収入すべき金額(金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもつて収入する場合には、その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額)」と規定しているからである。しかし、贈与や低額譲渡など特殊な場合に、判例のいうところの清算課税説が顔を出して、収入=譲渡資産の時価とされることが例外的にある。
(3)(5)長期譲渡所得は半額課税となる(22条2項2号)。譲渡所得の計算における特別控除は、33条5項により、先ず短期から、残っていれば次に長期から控除される(ケースブックの「残額がある場合には短期譲渡所得から」の「短期」は「長期」であろう)。
 例えば、短期譲渡所得が40万円、長期譲渡所得が30万円であるとする。5項の規定により、短期譲渡所得の40万円が消され、残額の10万円が長期譲渡所得から引かれ、残るのは長期譲渡所得20万円だけである。半額課税なので、結局総合所得課税の対象となるのは10万円だけである。
 仮に5項がなく、そして課税当局が特別控除の充当先を勝手に選べるとするならば、先に長期譲渡所得の30万円を消し、残額の20万円を短期譲渡所得から控除して、短期譲渡所得20万円が残る、とした方が、税額が増える。短期譲渡所得は半額にならないので20万円がそのまま総合所得課税の対象となるからである。尤も、仮に5項がなかったならば、申告納税制度という建前からして、特別控除の充当先は納税者が自分にとって有利なように決めることとなろう(規定がないので納税者が勝手に順番を選ぶことができる例はある)。
 Cf.東京地判平成23年12月13日平成21(行ウ)243号(請求認容)・東京高判平成24年6月27日平成24(行コ)43号(控訴棄却・確定)…ゴルフ会員に係る預託金会員が株主会員に転換した場合でも、租税特別措置法37条の10第2項・施行令25条の8第2項の「株式」に当たらず分離課税の対象となり、また、取得費について当初の振込金額(転換時の返却金を引いた額)を前提とし転換時の時価を前提としなかった事例。上田正勝「複合的権利に対する譲渡所得課税に関する考察―権利の一部に変動のあったゴルフ会員権の譲渡を中心として―」税務大学校論叢77号233-281頁(2013)
 cf.東京地判平成26年7月9日平25行ウ1・2号(棄却)いわゆる預託金会員制のゴルフクラブの会員権を有していた原告らが、同会員権を譲渡したことにより、譲渡所得の金額の計算上生じた損失の金額があるとして、これを他の各種所得の金額から控除して所得税の確定申告をしたところ、品川税務署長から所得税の更正の処分及び過少申告加算税の賦課決定の処分を受けたため、これら処分の取り消しを請求した事案において、請求を棄却した事例。(図子善信・判解・新・判例解説Watchは、事実認定にも疑問ありとし、金銭債権が譲渡所得の基因となる「資産」に当たらないとする所基通33-1にも疑問ありとするが、結論には賛成する)
 ゴルフ会員権等をめぐる平成26年改正…上の事例では、ゴルフ会員権譲渡で実現した損失を他の所得と通算している(当時は合法)。平成26年度税制改正の大綱→「譲渡損失の他の所得との損益通算及び雑損控除を適用することができない生活に通常必要でない資産の範囲に、主として趣味、娯楽、保養または鑑賞の目的で所有する不動産以外の資産(ゴルフ会員権等)を加える。(注)上記の改正は、平成26年4月1日以後に行う資産の譲渡等について適用する。」(H25.12.24閣議決定43頁)。関連判例:サラリーマン・マイカー税金訴訟・最判H2.3.23判時1354-59百選49概説92
 大阪地判平成31年1月17日平成29(行ウ)102号(裁判所Web)……平成25年のゴルフ会員権譲渡による譲渡損失の損益通算が認められないとされた事例。

gq 源泉徴収の関係で、或る従業員がどの者(個人・法人)に雇われているか、どの者が給与支払者であるかが問題となることがある。内国法人が外国人船員を雇い給与を支払った者である(訴外人材派遣会社が雇い主・給与支払者ではない)と認定された事例として、東京地判平成22年2月12日平成18年(行ウ)651号 Cf. zeiken記事。佐藤直人「外国人漁船員に給料等を支払う際の内国法人の源泉徴収義務」ジュリスト1424号134-136頁(2011.6.15)は租税条約に照らして日本に課税権があったか疑わしいとする。

gr りんご生産組合事件・最判H13.7.13判時1763-195
一審(盛岡地判H11.4.16)――「本件組合は、昭和59年以降、組合の設立当初から採られていた組合員全員が出資口数に応じてりんご生産作業に従事する責任出役義務制を改め、管理者である吉田を中心とした専従者及び作業員に右作業を任せその労賃を組合で負担する方式を採ってきたこと、原告は、右作業において、管理者である吉田を補助し、大型機械を使用しての消毒作業等の一般作業員よりも比較的技術的な仕事をすることもあったが、その仕事の内容において、非組合員がほとんどを占める他の作業員と大差なく、吉田の指示を受けてりんご生産作業に従事し、毎日の労働時間をタイムカードによって管理される等の拘束を受け、専従者として継続的に労務を提供し、また、一日当たりの定額の日給を基本とする対価の支払を受け、その対価における一般作業員との差は仕事の熟練度に着目したものに過ぎず、その労賃は、組合全体の所得とは何らの関係もなく、専ら労働時間により定められていたものであって、原告の右収入には、なんら自己の計算と危険という要素の入り込む余地はなく、単なる労働の対価としての意味を有するに過ぎないものであるから、原告の右労務に基づいて得られた本件組合からの収入は、前記の判断基準に照らせば、所得税法上、給与所得にあたると認めるのが相当であって、このように実情に即して解することが課税の公平にも資するものというべきである。」

控訴審(仙台高判H11.10.27)――「本件組合は、民法上の組合であり、各組合員が出資して共同の事業を営むことを合意して成立する組合員の結合体であり(民法667条1項)、組合の事業により獲得された利益や損失は、理念的には組合財産を構成するものの、組合には法人格が存しないことから、組合財産は組合自体には帰属せず、総組合員の共有(合有)となり(民法668条)、債権債務も総組合員の共有(準共有)になるもの(民法677条)と解される。したがって、このような組合の法的構造に照らせば、組合の事業活動の成果たる所得に対する課税は、法人税の対象として組合に課せられるものではなく、組合員の出資等に応じて各組合員の所得に分解されて帰属し所得税の課税対象になるものと解するのが相当である。そして、組合員が組合から組合員の立場で受け取る収入は、給与、賞与などの名目で受け取るものであっても、これらの所得は当該組合の事業から生じた事業所得であるという性質が変わるものではないから、これを給与所得と解すべきではなく、組合の事業から生じた所得全体を各組合員の出資等に応じて配分した各組合員個人の事業所得と解すべきものである。」
 「被控訴人は、被控訴人が専従者として組合に労務を提供して給与を得ている事実を捉え、これが雇用契約に基づくものであるから被控訴人の取得している給与は給与所得であると主張するが、本件組合は民法上の組合であり法人格を有しないのであるから、組合員たる被控訴人が組合との間に雇用契約を締結しようとすれば、被控訴人は、一方で雇用契約の被用者としての立場で、他方では総組合員の一人として雇用者の立場で雇用契約を締結するということになり、このような矛盾した法律関係の成立を認めることには疑問があるから、雇用契約が成立しているとする被控訴人の右主張はにわかには採用することができない。また、実質的にみても、被控訴人の労務提供は、前記認定のとおり、労務の出資をして組合の事業活動に参画するものと評価するのが相当というべきである。
 さらに、被控訴人の本件収入を給与所得であると解すると、仮に組合員全員が労務を提供しているような場合には、組合に発生した事業所得を給与として各組合員に支払うことになるから、これにより組合の事業所得が極端に圧縮されてしまうという結果を生ずる反面、組合員の給与所得については給与所得控除を通じて給与所得の金額が圧縮される結果となるばかりでなく、給与の支給により組合に対する出資に係る事業所得がマイナスになれば、事業所得と給与所得との損益通算によりさらに給与所得の金額が圧縮されることとなり、組合員の労務提供に対する対価を給与所得と認めることにより、著しい課税の不公平を招来し、所得税法が事業所得と給与所得を分けて課税の公平を期した趣旨を没却することになりかねず、被控訴人の右主張はこの観点からも採用することができない。」

上告審(最判H13.7.13)――「民法上の組合の組合員が組合の事業に従事したことにつき組合から金員の支払を受けた場合、当該支払が組合の事業から生じた利益の分配に該当するのか、所得税法28条1項の給与所得に係る給与等の支払に該当するのかは、当該支払の原因となった法律関係についての組合及び組合員の意思ないし認識、当該労務の提供や支払の具体的態様等を考察して客観的、実質的に判断すべきものであって、組合員に対する金員の支払であるからといって当該支払が当然に利益の分配に該当することになるものではない。また、当該支払に係る組合員の収入が給与等に該当するとすることが直ちに組合と組合員との間に矛盾した法律関係の成立を認めることになるものでもない。」

大阪地判昭和27年3月19日税資19号50頁…組合が組合員に支払った給与の給与所得性を肯定、経費控除肯定。(小塚真啓より)

gs 所得税法施行令84条…特則(租特29条の2等:所定の要件を満たすと、株式譲渡時まで課税を繰延べる)を無視すると、そもそもいつ課税するかという課税時期の問題も厄介。ストック・オプション付与時か、ストック・オプション行使により株式を取得した時点か、その株式を譲渡した時点か。
 東京地判平成24年7月24日平成23(行ウ)458号請求棄却確定…アメリカ親会社の日本子会社の従業員が親会社の株式にかかる権利を受けていて退職後に権利が確定した場合でも退職所得ではなく(問題となっているrestricted shareの条件として退職が要件とされてない)給与所得である。 小山浩・租税研究764号300頁参照。
 原正子「所得税法施行令第84条の考察―個人に係る新株予約権の課税関係を中心として―」税大論叢69号75頁(2011.6.28)参照。

ストックオプション加算税「正当な理由」・最判H18.10.24民集60-8-3128概説48,65
1 本件は,上告人が従業員として勤務していた会社の親会社である米国法人から付与されたストックオプションを行使して得た権利行使益について,これが所得税法28条1項所定の給与所得に当たるとして被上告人が上告人に対してした平成8年分ないし同11年分の所得税に係る各課税処分が争われている事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)上告人は,コンパック株式会社の従業員として勤務していた者であるが,同社在勤中に,同社の発行済み株式の全部を有している米国法人であるコンパックコンピューター・コーポレーションからそのストックオプション制度に基づきストックオプションを付与された。上告人は,これを行使して,平成8年に3517万0885円の,同9年に1442万6919円の,同10年に2億1046万2542円の,同11年に2003万4078円の各権利行使益を得た。
(2)上告人の平成8年分ないし同11年分の所得税に係る各課税処分等の経緯は,次のとおりである。
ア 平成8年分ないし同10年分の所得税
 上告人は,平成9年3月5日に平成8年分の所得税について,同10年3月9日に同9年分の所得税について,同11年3月8日に同10年分の所得税について,それぞれ上記各権利行使益が一時所得に当たるとして確定申告をした。これに対し,被上告人は,同12年3月9日,上記各権利行使益が給与所得に当たるとしてそれぞれ増額更正をした。
イ 平成11年分の所得税
 上告人は,平成12年3月15日,平成11年分の所得税について,上記権利行使益(以下「本件権利行使益」という。)が一時所得に当たるとして確定申告をした。これに対し,被上告人は,同12年11月8日,本件権利行使益が給与所得に当たるとして増額更正及び過少申告加算税賦課決定(以下「本件賦課決定」という。)をした。
(3)我が国においては,平成7年法律第128号による特定新規事業実施円滑化臨時措置法の改正により特定の株式未公開会社においてストックオプション制度を導入することが可能となり,その後,平成9年法律第56号及び平成13年法律第128号による商法の改正によりすべての株式会社においてストックオプション制度を利用するための法整備が行われ、これらの法律の改正を受けて,ストックオプションに係る課税上の取扱いに関しても,租税特別措置法や所得税法施行令の改正が行われたが,外国法人から付与されたストックオプションに係る課税上の取扱いに関しては,現在に至るまで法令上特別の定めは置かれていない。
(4)ストックオプションの権利行使益については,課税実務において,かつてはこれを一時所得として取り扱う例が多かったが,平成10年ころからは,租税特別措置法により課税の繰延べが認められる一部のものを除き,給与所得として課税することにその取扱いが統一された。しかし,そのころに至っても,外国法人である親会社から付与されたストックオプションの権利行使益の課税上の取扱いが所得税基本通達その他の通達において明記されることはなく,これが明記されたのは,平成14年6月24日付け課個2―5ほかによる所得税基本通達23〜35共―6の改正によってであった。 
3 原審は,上記事実関係等の下において,本件賦課決定は適法であると判断し,その取消請求を棄却すべきものとした。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 過少申告加算税は,過少申告による納税義務違反の事実があれば,原則としてその違反者に対して課されるものであり,これによって,当初から適正に申告し納税した納税者との間の客観的不公平の実質的な是正を図るとともに,過少申告による納税義務違反の発生を防止し,適正な申告納税の実現を図り,もって納税の実を挙げようとする行政上の措置である。この趣旨に照らせば,過少申告があっても例外的に過少申告加算税が課されない場合として国税通則法65条4項が定めた「正当な理由があると認められる」場合とは,真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情があり,上記のような過少申告加算税の趣旨に照らしてもなお納税者に過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になる場合をいうものと解するのが相当である(最高裁平成17年(行ヒ)第9号同18年4月20日第一小法廷判決・民集60巻4号1611頁,最高裁平成16年(行ヒ)第86号,第87号同18年4月25日第三小法廷判決・民集60巻4号1728頁参照)。
 前記事実関係等によれば,外国法人である親会社から日本法人である子会社の従業員等に付与されたストックオプションに係る課税上の取扱いに関しては,現在に至るまで法令上特別の定めは置かれていないところ,課税庁においては,上記ストックオプションの権利行使益の所得税法上の所得区分に関して,かつてはこれを一時所得として取り扱う例が多かったが,平成10年ころから,その取扱いを変更し,給与所得として統一的に取り扱うようになったものである。この所得区分に関する所得税法の解釈問題については,一時所得とする見解にも相応の論拠があり,最高裁平成16年(行ヒ)第141号同17年1月25日第三小法廷判決・民集59巻1号64頁によってこれを給与所得とする当審の判断が示されるまでは,下級審の裁判例においてその判断が分かれていたのである。このような問題について,課税庁が従来の取扱いを変更しようとする場合には,法令の改正によることが望ましく,仮に法令の改正によらないとしても,通達を発するなどして変更後の取扱いを納税者に周知させ,これが定着するよう必要な措置を講ずべきものである。ところが,前記事実関係等によれば,課税庁は,上記のとおり課税上の取扱いを変更したにもかかわらず,その変更をした時点では通達によりこれを明示することなく,平成14年6月の所得税基本通達の改正によって初めて変更後の取扱いを通達に明記したというのである。そうであるとすれば,少なくともそれまでの間は,納税者において,外国法人である親会社から日本法人である子会社の従業員等に付与されたストックオプションの権利行使益が一時所得に当たるものと解し,その見解に従って上記権利行使益を一時所得として申告したとしても,それには無理からぬ面があり,それをもって納税者の主観的な事情に基づく単なる法律解釈の誤りにすぎないものということはできない。
 以上のような事情の下においては,上告人が平成11年分の所得税の確定申告をする前に同8年分ないし同10年分の所得税についてストックオプションの権利行使益が給与所得に当たるとして増額更正を受けていたことを考慮しても,上記確定申告において,上告人が本件権利行使益を一時所得として申告し,本件権利行使益が給与所得に当たるものとしては税額の計算の基礎とされていなかったことについて,真に上告人の責めに帰することのできない客観的な事情があり,過少申告加算税の趣旨に照らしてもなお上告人に過少申告加算税を賦課することは不当又は酷になるというのが相当であるから,国税通則法65条4項にいう「正当な理由」があるものというべきである。そうすると,本件賦課決定は違法であることになる。
5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決のうち本件賦課決定の取消請求に関する部分は破棄を免れない。そして,同部分につき本件賦課決定の取消請求を認容した第1審判決は結論において正当であるから,同部分につき被上告人の控訴を棄却すべきである。

gt 「スーパースター現象」については『マンキュー経済学Iミクロ編』544頁等参照。大工等と比べ、俳優や運動選手は、高い能力がかなり増幅されて所得に反映されているのではないか、といったことが議論されている。イチローの所得はイチローの才能と努力による、という説明には若干の無理があろう。
 近年のトップ1%の所得の多さは、税制のせいといよりもトップの才能に対する見返りが増大したためである、と論ずるものとして、N. Gregory Mankiw: Defending the One Percent; Steven N. Kaplan & Joshua Rauh, It’s the Market: The Broad-Based Rise in the Return to Top Talent

gu 自由主義の根拠を何に求めるかというのは(法)哲学における大問題であるが、もしも帰結主義的な考え方(自由を尊重した方が市場が上手くまわり結果的に人々の厚生が高まるであろうから、自由を尊重するといった考え方)をするならば、自由主義は必ずしもrent taxを否定する根拠となるものではなく、rent taxは(執行の困難を度外視すれば)理想的な課税ということになるであろう。他方、自由主義の根拠を自己所有権に見出す考え方(自分の身体は自分のものであり、自分の身体が生み出したものも自分のものである、といった考え方)ならば、いかにrent taxが効率的(かつ公平)であることを強調しても、rent taxを支持しないであろう。また、リベラル(liberal egalitarianリベラル的平等主義)の立場から、天賦の才能(endowment)に対する課税が職業選択の自由を害すものとして理想論としても許されないと論ずるものとして、Linda Sugin, A Philosophical Objection to the Optimal Tax Model, 64 Tax Law Review 229 (2011)参照。

gv
§224.03 嶋モータース事件・名古屋高裁金沢支判昭和49年9月6日行集25巻8=9号1096頁
事実・争点 日産と特約店契約を結ぶため、Xの個人事業(嶋モータース)から、会社形態のE社に変更することを企図。借入金も利用しE社設立。この借入金利子はXの事業所得の計算上の損失と見ることができるか?
判旨 「X個人事業と訴外E社とを会計上あるいは税法上同一視することもできぬ」 本件の借入金利子は配当所得の計算上の損失となる。また、所得税法69条1項は、配当収入より借入金利子が上回る場合の他の分類の所得との損益通算を予定してない。
余談 もし日産の特約店になるのに株式会社でなくてもよければ、上のような悲劇は起きなかっただろう。


gw 最高裁判所第一小法廷平成22年(行ヒ)第242号 平成25年3月21日判決
       主   文
原判決を破棄する。
被上告人の控訴を棄却する。
控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人長島安治ほかの上告受理申立て理由について
1 本件は,神奈川県臨時特例企業税条例(平成13年神奈川県条例第37号。以下「本件条例」という。)に基づき道府県法定外普通税(以下「法定外普通税」という。)である臨時特例企業税(以下「特例企業税」という。)を課された上告人が,本件条例は法人の行う事業に対する事業税(以下「法人事業税」という。)の課税標準である所得の金額の計算につき欠損金の繰越控除を定めた地方税法の規定に違反し,違法,無効であるなどと主張して,被上告人に対し,主位的に,上告人が納付した平成15年度分及び同16年度分の特例企業税,過少申告加算金及び延滞金に相当する金額の誤納金としての還付並びにその還付加算金の支払を,予備的に,神奈川県川崎県税事務所長が上告人に対してした上記各年度分の特例企業税の更正及び過少申告加算金の決定の取消し並びに上記金額の過納金としての還付及びその還付加算金の支払を求める事案である。
2 法人事業税及び特例企業税に関する関係法令の定めは,次のとおりである。
(1)法人事業税の課税標準について,平成15年法律第9号による改正前の地方税法(以下「改正前地方税法」という。)は,電気供給業等の特定の業種を除き,特例の適用のある場合のほか,各事業年度の所得による旨を定め(72条の12,72条の19),各事業年度の所得の算定方法につき,各事業年度の益金の額から損金の額を控除した金額によるものとし,同法又はこれに基づく政令で特別の定めをする場合を除くほか,当該各事業年度の法人税の課税標準である所得の計算の例によって算定する旨を定めていた(72条の14第1項本文)。
 また,改正前地方税法は,本件条例が施行された平成13年8月当時の法人事業税の標準税率について,一般の法人の場合には,各事業年度の所得のうち年400万円以下の金額につき100分の5,年400万円を超え年800万円以下の金額につき100分の7.3,年800万円を超える金額につき100分の9.6とする旨を定めていた(72条の22第1項3号,附則40条10項)。
(2)平成15年法律第9号による地方税法の改正(以下「平成15年法改正」という。)により,法人事業税に所得以外の一定の外形的な指標を課税標準とするいわゆる外形標準課税が一部導入され,法人事業税につき付加価値割,資本割,所得割等の区分が設けられ,資本金又は出資金(以下「資本金等」という。)の額が1億円を超える法人については,電気供給業等の特定の業種を除き,付加価値割額,資本割額及び所得割額の合算額によって法人事業税が課されるものとされ,このうち所得割については,各事業年度の所得が課税標準とされた(地方税法72条,72条の2第1項1号イ,72条の12第1号ハ)。なお,平成15年法改正後においても,各事業年度の所得の算定方法については,改正前と同様の規定が設けられている(同法72条の23第1項本文)。
 また,平成15年法改正後の地方税法は,法人事業税の所得割の標準税率について,一般の法人の場合には,各事業年度の所得のうち年400万円以下の金額につき100分の3.8,年400万円を超え年800万円以下の金額につき100分の5.5,年800万円を超える金額につき100分の7.2とする旨を定めている(72条の24の7第1項1号ハ)。
(3)法人税法(平成23年法律第114号による改正前のもの。以下同じ。)は,各事業年度の所得の金額の計算方法に関して,欠損金額(各事業年度の所得の金額の計算上当該事業年度の損金の額が当該事業年度の益金の額を超える場合におけるその超える部分の金額。2条19号)の生じた事業年度について青色申告書である確定申告書を提出し,かつ,その後連続して確定申告書を提出していることを要件として,各事業年度開始の日前7年(平成16年法律第14号による改正前は5年)以内に開始した事業年度において生じた欠損金額を当該各事業年度に繰越し,当該各事業年度の所得の金額の計算上,当該欠損金額に相当する金額を損金の額に算入すること(以下「欠損金の繰越控除」という。)を認めていた(57条1項,9項)。したがって,上記の要件を満たす場合には,改正前地方税法72条の14第1項本文(平成15年法改正後は地方税法72条の23第1項本文)により,法人事業税(平成15年法改正後は法人事業税の所得割)の課税標準である各事業年度の所得の金額の計算においても,上記の計算の例に従い,欠損金の繰越控除が認められていたものである。
(4)本件条例は,当分の間の措置として,神奈川県内に事務所又は事業所を設けて行う資本金等の金額が5億円以上の法人の事業活動に対し,当該法人に,地方税法4条3項に基づく法定外普通税である特例企業税を課する旨を定めている(2条,3条1号,5条)。
 そして,平成16年神奈川県条例第18号による改正前の本件条例は,法人事業税の課税標準である所得の金額の計算において欠損金の繰越控除をした事業年度を特例企業税の課税事業年度とし,特例企業税の課税標準について,各課税事業年度における法人事業税の課税標準である所得の金額の計算上,繰越控除欠損金額(欠損金の繰越控除により,当該各事業年度の所得の金額の計算上,損金の額に算入することとされている欠損金額に相当する金額。3条2号)を損金の額に算入しないものとして計算した場合における当該各課税事業年度の所得の金額に相当する金額(当該金額が繰越控除欠損金額に相当する金額を超える場合は,当該繰越控除欠損金額に相当する金額)とする旨を定めており(3条1号,7条1項),また,特例企業税の税率について,一般の法人の場合には,100分の3とする旨を定めていた(8条2号)。
(5)平成15年法改正により法人事業税に付加価値割,資本割,所得割等の区分が設けられたことを受けて,本件条例についても,平成16年神奈川県条例第18号による改正(以下「平成16年条例改正」という。)が行われた。同改正後の本件条例は,法人事業税の所得割の課税標準である所得の金額の計算において欠損金の繰越控除をした事業年度を特例企業税の課税事業年度とし,各課税事業年度における法人事業税の所得割の課税標準である所得の金額の計算上,繰越控除欠損金額を損金の額に算入しないものとして計算した場合における当該各課税事業年度の所得の金額に相当する金額(当該金額が繰越控除欠損金額に相当する金額を超える場合は,当該繰越控除欠損金額に相当する金額)を課税標準とする旨を定めている(3条1号,7条1項)。
 また,平成16年条例改正後の本件条例は,特例企業税の税率を全ての法人について一律に100分の2とするとともに,本件条例が平成21年3月31日限り失効する旨(ただし,同日以前に終了する事業年度分の特例企業税については,同日後もなお効力を有する旨),同16年4月1日以後に開始する各事業年度分の特例企業税の課税標準の計算においては,対象となる繰越控除欠損金額を同年3月31日以前に開始した事業年度において生じた欠損金額に相当する金額に限定する旨を定めている(8条,附則2項,3項)。
3 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1)本件条例の制定の経緯等
ア 被上告人は,平成10年度に急激な県税の減収に見舞われて同年度決算が約293億円の赤字となり,特別な対策を講じない場合には同12年度以降の5年間において合計1兆0150億円の財源不足が見込まれると試算されたことなどから,平成10年12月,神奈川県地方税制等研究会を設置し,被上告人独自の税源充実策及び大都市圏自治体にふさわしい地方税財政制度の在り方等について諮問した。
 神奈川県地方税制等研究会は,平成12年5月25日付けで「地方税財政制度のあり方に関する中間報告書」を作成し,神奈川県知事に報告した。上記の中間報告書は,被上告人の財政が危機的な状況に置かれていると分析し,景気に左右されない安定した財政基盤の構築が重要であるなどとし,そのためには全国一律に法人事業税に外形標準課税を導入することが適当であるとした上で,外形標準課税が早期に導入される見通しが立たない場合には,その導入までの臨時的・時限的な対応として,地方税法の改正により法人事業税について欠損金の繰越控除の適用を遮断する措置を講ずることが適当と考えられ,この制度改正が実現されない場合には,法定外普通税等の活用により,被上告人独自の措置として欠損金の繰越控除の適用を遮断するための方策を検討していくことが必要と考えられる旨を提言した。
イ その後,政府税制調査会において法人事業税への外形標準課税の導入に向けての検討がされるなどしたが,平成13年度の税制改正ではその導入は見送られることとなった。このような状況の下で,神奈川県地方税制等研究会は,平成13年1月,「法人課税の臨時特例措置に関する報告」(以下「最終報告書」という。)を作成し,神奈川県知事に報告した。
 最終報告書は,上記のとおり外形標準課税の導入が見送られたことから,早急に法定外普通税として「臨時特例企業税」を導入することが適当であるとの結論を得たとした上で,(ア)欠損金の繰越控除の適用を遮断する効果のある税制を構築することの是非について,繰越欠損金には通常の事業活動から生じたものと本来の事業活動から離れて行った土地や株式等の投機活動により生じたものの2種類があり,後者の繰越欠損金は必ずしも損金として認める必然性がないことからすれば,繰越欠損金のおおむね30%程度につき控除を認めないものとすることは税政策上行い得ると考えられるとし,また,(イ)その課税標準について,当該事業年度において損金に算入した繰越欠損金の額とすることは,課税標準が繰越欠損金そのものに連動することになり,あたかも欠損金に課税するようで課税理論上説明し難い面があるところ,欠損金の繰越控除をした場合には当該事業年度において必ずこれに相当する利益が生じていることから、その利益に対して課税するという考え方で課税標準を設定するのが適当であるなどとした。
 その上で,最終報告書は,上記「臨時特例企業税」の具体的内容につき,〔1〕法人事業税に外形標準課税が導入されるまでの間の臨時的,特例的な措置として,一定規模以上の法人に相応の負担を求める法定外普通税として創設すること,〔2〕課税標準については,各事業年度の法人事業税の課税標準である所得に,当該所得の計算に当たって損金に算入した繰越欠損金に相当する額を加算した額に一定の割合を乗じた額とするが,当該額が繰越欠損金に相当する額を上回る場合は,当該繰越欠損金に相当する額を上限とすること,〔3〕納税義務者については,法人の担税力に配慮し,資本金等の金額が5億円以上の法人とすること,〔4〕税率については,繰越欠損金の一部について控除を認めないという考え方を課税標準で反映せずに税率で反映するという考え方に立って,その30%程度を対象とすること及び法人事業税の税率水準が10%程度であることを踏まえ,一般の法人の場合には両者を掛け合わせた3%とすることが適当と考えるなどと提言した。
ウ 神奈川県知事は,最終報告書の提言を受けて,本件条例案を作成し,平成13年2月15日,これを神奈川県議会に提出した。同議会は,同年3月21日,本件条例案を全会一致で可決した。
(2)本件の課税処分に係る経緯等
ア 上告人は,自動車の製造及び販売等を業とする株式会社であり,神奈川県藤沢市に有する工場において自動車の製造等を行っている。上告人の資本金の額は,本件に関係のある期間を通じ,5億円以上である。
イ 上告人は,法人税につき,欠損金額の生じた事業年度について青色申告書である確定申告書を提出し,かつ,その後において連続して確定申告書を提出していたところ,平成15年4月1日から同16年3月31日までの事業年度(平成15年度)及び平成16年4月1日から同17年3月31日までの事業年度(平成16年度)の法人事業税(同年度については,法人事業税の所得割)の課税標準である所得の金額の計算上,繰越控除欠損金額を生じていた。
ウ 上告人は,神奈川県川崎県税事務所長に対し,平成15年度分の特例企業税について,税額を12億8645万5600円とする旨の期限内申告をして,同額を納付し,同16年度分の特例企業税について,税額を6億5675万7500円とする旨の期限内申告をして,同額を納付した。
 同県税事務所長は,平成19年5月22日付けで,上告人に対し,平成15年度分の特例企業税について,税額を13億1122万7400円(新たに納付すべき税額2477万1800円)とする更正及び過少申告加算金の決定を,同16年度分の特例企業税について,税額を6億6341万6100円(新たに納付すべき税額665万8600円)とする更正及び過少申告加算金の決定をそれぞれ行った。その後,上告人は,上記各更正及び過少申告加算金の決定により納付すべき金額(延滞金を含む。)を全て納付した。
4 原審は,上記事実関係の下において,条例が法律に違反するか否かは,それぞれの趣旨,目的,内容及び効果を比較し,両者の間に矛盾抵触があるかどうかにより決すべきである旨を判示した上で,本件条例が地方税法に違反するかどうかについて,要旨次のとおり判断して,上告人の請求をいずれも棄却すべきものとした。 (1)地方税法は,地方税が全てにわたって全国一律に同一でなければならないとしているものではなく,地域ごとに異なる税制が存することを許容しているものというべきであり,同法が全国一律に同一であるべきであるとしている税目に付加して,各地方公共団体が課税権に基づいて独自の税目を創設することは認められていると解される。そして,地方税法は,法人事業税について,欠損金の繰越控除が全国一律に必ず実施されなければならないほどの強い要請であるとまではしておらず,欠損金の繰越控除を時限的に認めない制度を条例で創設することは,それが法定外普通税の形を採りつつも実質的には法人事業税の課税要件等を変更するものでない限り,許容されるものと解される。
(2)特例企業税は,被上告人の行政サービスを享受し,かつ,当該事業年度において利益が発生していながら,欠損金の繰越控除により相応の税負担をしていない法人に対し,担税力に見合う税負担を求めることを趣旨,目的として,当該事業年度において生じている利益に対して課税するものとして創設されたものであって,単に法人事業税と異なる外形を整えただけのものではなく,法人事業税を補完する別の税目として併存し得る実質を有するものというべきである。したがって,本件条例は,地方税法の法人事業税に関する規定の内容を実質的に変更するものであるとはいえないから,これと矛盾抵触するものとは解されず,同法に違反するということはできない。
5 しかしながら,原審の上記4(1)及び(2)の判断は,是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)地方自治法14条1項は,普通地方公共団体は法令に違反しない限りにおいて同法2条2項の事務に関し条例を制定することができると規定しているから,普通地方公共団体の制定する条例が国の法令に違反する場合には効力を有しないことは明らかであるが,条例が国の法令に違反するかどうかは,両者の対象事項と規定文言を対比するのみでなく,それぞれの趣旨,目的,内容及び効果を比較し,両者の間に矛盾抵触があるかどうかによってこれを決しなければならない(最高裁昭和48年(あ)第910号同50年9月10日大法廷判決・刑集29巻8号489頁)。
(2)普通地方公共団体は,地方自治の本旨に従い,その財産を管理し,事務を処理し,及び行政を執行する権能を有するものであり(憲法92条,94条),その本旨に従ってこれらを行うためにはその財源を自ら調達する権能を有することが必要であることからすると,普通地方公共団体は,地方自治の不可欠の要素として,その区域内における当該普通地方公共団体の役務の提供等を受ける個人又は法人に対して国とは別途に課税権の主体となることが憲法上予定されているものと解される。しかるところ,憲法は,普通地方公共団体の課税権の具体的内容について規定しておらず,普通地方公共団体の組織及び運営に関する事項は法律でこれを定めるものとし(92条),普通地方公共団体は法律の範囲内で条例を制定することができるものとしていること(94条),さらに,租税の賦課については国民の税負担全体の程度や国と地方の間ないし普通地方公共団体相互間の財源の配分等の観点からの調整が必要であることに照らせば,普通地方公共団体が課することができる租税の税目,課税客体,課税標準,税率その他の事項については,憲法上,租税法律主義(84条)の原則の下で,法律において地方自治の本旨を踏まえてその準則を定めることが予定されており,これらの事項について法律において準則が定められた場合には,普通地方公共団体の課税権は,これに従ってその範囲内で行使されなければならない。  そして,地方税法が,法人事業税を始めとする法定普通税につき,徴収に要すべき経費が徴収すべき税額に比して多額であると認められるなど特別の事情があるとき以外は,普通地方公共団体が必ず課税しなければならない租税としてこれを定めており(4条2項,5条2項),税目,課税客体,課税標準及びその算定方法,標準税率と制限税率,非課税物件,更にはこれらの特例についてまで詳細かつ具体的な規定を設けていることからすると,同法の定める法定普通税についての規定は,標準税率に関する規定のようにこれと異なる条例の定めを許容するものと解される別段の定めのあるものを除き,任意規定ではなく強行規定であると解されるから,普通地方公共団体は,地方税に関する条例の制定や改正に当たっては,同法の定める準則に拘束され,これに従わなければならないというべきである。したがって,法定普通税に関する条例において,地方税法の定める法定普通税についての強行規定の内容を変更することが同法に違反して許されないことはもとより,法定外普通税に関する条例において,同法の定める法定普通税についての強行規定に反する内容の定めを設けることによって当該規定の内容を実質的に変更することも,これと同様に,同法の規定の趣旨,目的に反し,その効果を阻害する内容のものとして許されないと解される。
(3)ア 法人税法の規定する欠損金の繰越控除は,所得の金額の計算が人為的に設けられた期間である事業年度を区切りとして行われるため,複数の事業年度の通算では同額の所得の金額が発生している法人の間であっても,ある事業年度には所得の金額が発生し別の事業年度には欠損金額が発生した法人は,各事業年度に平均的に所得の金額が発生した法人よりも税負担が過重となる場合が生ずることから,各事業年度間の所得の金額と欠損金額を平準化することによってその緩和を図り,事業年度ごとの所得の金額の変動の大小にかかわらず法人の税負担をできるだけ均等化して公平な課税を行うという趣旨,目的から設けられた制度であると解される(最高裁昭和39年(行ツ)第32号同43年5月2日第一小法廷判決・民集22巻5号1067頁参照)。
イ 前記2(1)のとおり,平成15年法改正前においては,法人事業税の課税標準は原則として各事業年度の所得によるものとされ(改正前地方税法72条の12),その所得の計算につき,同法又はこれに基づく政令で特別の定めをする場合を除くほか,当該各事業年度の法人税の課税標準である所得の計算の例によって算定するものとされており(同法72条の14第1項本文),平成15年法改正後においては,法人事業税の所得割の課税標準は各事業年度の所得によるものとされ(地方税法72条の2第1項1号イ,72条の12第1号ハ),その所得の計算につき,上記と同様の例によって算定するものとされている(同法72条の23第1項本文)。また,平成15年法改正の前後を通じて,上記特別の定めとして条例等により欠損金の繰越控除の特例を設けることを許容するものと解される規定は存在しない。これらの点からすれば,法人税法の規定する欠損金の繰越控除は,平成15年法改正前においては法人事業税の課税標準である各事業年度の所得の金額の計算について,平成15年法改正後においては法人事業税の所得割の課税標準である各事業年度の所得の金額の計算について,いずれも必要的に適用すべきものとされていると解され,法人税法の規定の例により欠損金の繰越控除を定める地方税法の規定は,法人事業税に関する同法の強行規定であるというべきである。
ウ このように,法人事業税の所得割の課税標準(平成15年法改正前は法人事業税の課税標準。以下同じ。)である各事業年度の所得の金額の計算においても,上記アと同様に,各事業年度間の所得の金額と欠損金額の平準化を図り,事業年度ごとの所得の金額の変動の大小にかかわらず法人の税負担をできるだけ均等化して公平な課税を行うという趣旨,目的から,地方税法の規定によって欠損金の繰越控除の必要的な適用が定められているものといえるのであり,このことからすれば,たとえ欠損金額の一部についてであるとしても,条例において同法の定める欠損金の繰越控除を排除することは許されず,仮に条例にこれを排除する内容の規定が設けられたとすれば,当該条例の規定は,同法の強行規定と矛盾抵触するものとしてこれに違反し,違法,無効であるというべきである。
(4)以上のことを踏まえ,本件条例の規定の趣旨,目的,内容及び効果について検討すると,本件条例は,特例企業税の課税標準を定めた7条1項の規定の文言を一見した限りでは,各課税事業年度における法人事業税の所得割の課税標準(平成16年条例改正前は法人事業税の課税標準)である所得の金額の計算上,原則として繰越控除欠損金額を損金の額に算入しないものとして計算した場合における当該各課税事業年度の所得の金額に相当する金額(すなわち,欠損金の繰越控除をしない場合の所得の金額)をその課税標準とするように見えるものの,同項括弧書きにおいて繰越控除欠損金額に相当する金額がその上限とされており,さらに,繰越控除欠損金額の上限は欠損金の繰越控除をしない場合の所得の金額であること(法人税法57条1項ただし書)からすれば,その実質は,繰越控除欠損金額それ自体を課税標準とするものにほかならず,法人事業税の所得割の課税標準である各事業年度の所得の金額の計算につき欠損金の繰越控除を一部排除する効果を有するものというべきである。また,上記のような実質を有する法定外普通税である特例企業税が設けられた経緯は前記3(1)の事実関係のとおりであり,このような特例企業税の創設の経緯等にも鑑みると,本件条例は,最終報告書に記載されているように,上記の所得の金額の計算において,欠損金の繰越控除のうち約30%につきその適用を遮断することを意図して制定されたものというほかはない。
 以上によれば,特例企業税を定める本件条例の規定は,地方税法の定める欠損金の繰越控除の適用を一部遮断することをその趣旨,目的とするもので,特例企業税の課税によって各事業年度の所得の金額の計算につき欠損金の繰越控除を実質的に一部排除する効果を生ずる内容のものであり,各事業年度間の所得の金額と欠損金額の平準化を図り法人の税負担をできるだけ均等化して公平な課税を行うという趣旨,目的から欠損金の繰越控除の必要的な適用を定める同法の規定との関係において,その趣旨,目的に反し,その効果を阻害する内容のものであって,法人事業税に関する同法の強行規定と矛盾抵触するものとしてこれに違反し,違法,無効であるというべきである。
6 以上と異なる原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,上告人の主位的請求は理由があり,これを認容した第1審判決は正当であるから,被上告人の控訴を棄却すべきである。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官金築誠志の補足意見がある。
 裁判官金築誠志の補足意見は,次のとおりである。
 私は,法廷意見に賛成するものであるが,本件における二,三の論点について,補足しておきたい。
1 特例企業税は,地方税法4条3項に基づく法定外普通税であるから,同項が,どのような税を許容し,どのような税を許容していないのかは,本件条例の有効・無効を判断する上で,まず最初に検討されるべき点であろう。同項は,「別に税目を起こして」と規定するだけで,どのような税を許容し,どのような税を許容しないのか,法定外税の積極的,消極的適法要件について,明らかにするところがない。道府県外に所在する土地,家屋,物件や同様の事務所,事業所において行われる事業並びにこれらから生ずる収入を非課税とする同法262条1号,2号は,道府県税として余りにも当然のことであり,同条3号は特殊な課税物件に関するもので,いずれも法定外税の適法要件の明確化に役立つところは少ない。また,同法261条1号は,国税や他の地方税と課税標準を同じくする法定外税さえあり得ることを想定していると解される点で,法定外税の許容範囲を広く解釈する一つのよすがにはなり得るであろうが,同条各号の不同意事由は,後述のように,少なくとも主として政策的観点から定められた事由であって,適法要件を一般的に明らかにする手掛かりになるものではないと考えられる。
 このように法定外税の適法要件について明文上の制約は余りないが,しかし,他の強行規定に反し得ないことは,書かれざる当然の消極的適法要件というべきであろう。法定税は,地方税法の規定に従って原則として全国一律に課税すべきこととされているものであって,同法が許容しない課税標準の算出方法や税率で課税することが許されないことについて異論は見当たらない。法定税も法定外税も,同法が規定するもので,両者に関する規定の間に法令としての形式的効力の優劣はないけれども,もし仮に,法定外税として上記のような法定税の規定を実質的に潜脱する税を設けることを許容しているとしたら,同法自体が矛盾を内包していることになってしまう。原判決も,特例企業税が,法定外税の形をとりながら,それは形式だけであって,実質は法人事業税の課税要件等を変更するものにほかならないときは,違法無効であると判示しており、この判示の限りでは,基本的な判断基準において,上記したところと差異はない。
2 特例企業税が,法人事業税における欠損金の繰越控除の効果を一部排除することを趣旨・目的とすることは,本件条例制定の経緯のみならず,特例企業税の趣旨,目的,特にその効果を見れば明白であると思われる。
 特例企業税の課税標準は,所得の計算において欠損金の繰越控除を行う法人事業税を前提として初めてその趣旨が理解できるものであって,単独では合理性を主張できるようなものではない。特例企業税だけでは,担税力に応じた課税であるとも,県から受ける行政サービスの受益に応じた課税であるともいえないのである。何よりもこの点が,特例企業税が法人事業税の課税標準を実質的に変更するものであることを,如実に示しているように思われる。
 原判決は,欠損金の繰越控除は,白色申告には認められていないし,過去にこれが認められていなかった時期もあったことなどから,この制度の採否や認める年限は立法政策により決め得ることで,他に選択の余地のない絶対的要請とまではいうことができないとする。この点は,原判決が,法律と条例の矛盾抵触は一方の目的や効果がその重要な部分において否定されてしまうことをいうとしているところなどと関係するものかもしれないが,そのような見解の当否はおくとしても,上記のような制度の採否等が立法政策事項であるからといって,その制度が重要でないことになるものではない。課税標準の定めなどは,ほとんどが立法政策事項であるといっても過言ではない。欠損金の繰越控除が認められるかどうかは,税負担に多大な影響を与えるものであって,このような事項が重要でないと考えることはできない。
3 地方税法259条以下が定める総務大臣の同意制度は,不同意事由の内容や規定振りからして,少なくとも主として,政策的観点からのコントロールを意図しているものであることは疑いないであろう。仮に条例の法律適合性の審査をも含むとしても,法律適合性全般をカバーするものとは解し難く,また,その審査結果が,司法による条例の法律適合性の判断に対して,何らの拘束力も有するものではないことはいうまでもない。
 許可制から不同意事由を限定した同意制度へ移行したことは,地方公共団体の課税自主権をできるだけ尊重しようという趣旨の表れであろうから,法定外税の許容性の解釈上,考慮すべき事情であるとはいえようが,それ以上のものではなく,本件の結論に影響する事情とはいえない。地方税法が,この不同意事由に該当する法定外税のみを,国家的利益を害するものとして許容しないこととしているとの見解は,上記したところに照らし,採用できない。
4 法定税と課税標準が重複する場合であっても,当該地方公共団体における実情に即した,その税自体として独自の合理性が認められるものであれば,法定外税として許容される余地があるのであり,また,法定税と課税標準が共通性を有する場合などには税収や経済的効果において法定税に事実上の影響が及ぶことは避け難いのであるから,そのような事実上の影響があり得るとしても,法定外税が直ちに法定税と矛盾抵触することになるものではないと解される。
 もっとも,国税や法定地方税が広く課税対象を押さえているため,これらの税との矛盾抵触を避けて,地方公共団体が法定外税を創設することには,大きな困難が伴うというのが実情かもしれない。しかし,憲法が地方公共団体の条例制定権を法律の範囲内とし,これを受けて地方自治法も条例は法令に違反しない限りにおいて制定できると定めている以上,地方公共団体の課税自主権の拡充を推進しようとする場合には,国政レベルで,そうした方向の立法の推進に努めるほかない場面が生じるのは,やむを得ないことというべきである。

gx
§231.02賃貸用土地贈与事件・大阪高判平成10年1月30日税資230号337頁
事実・争点 父Aから子Xに土地を贈与。Xは贈与の前後を通じて不動産賃貸業に従事。不動産取得税・登録免許税を、不動産所得計算上の必要経費に算入しようとしたが、Y税務署長は認めなかった。
判旨 控訴棄却・請求棄却
 「ある支出が必要経費として控除されうるためには、それが客観的にみて事業活動と直接の関連をもち、事業の遂行上直接必要な費用でなければならない」
 「贈与によって資産を取得する行為そのものは、所得を得るための収益活動とみることはできない」。不動産賃貸業のためであっても贈与という「性格に変化はな」い。
 土地移転の「主たる目的はAからXに対する相続財産の前渡である」。
 「Xが本件土地に関して負担した登録免許税、不動産取得税は、所税45条1項1号所定の家事上の経費に該当し、同法施行例96条1、2号所定の業務の遂行上必要であった経費には該当しない」
Cf.ケースブック1版§231.01 経営コンサルタント事件・東京地判昭和45年5月25日行集21巻5号827頁
事実・争点 Xの自動車の月賦手数料と、A社(Xが代表取締役)に対する貸倒損失(A社に対する経営コンサルタント業に関連して発生した損失であるとXは主張)が必要経費として認められるか。
判旨「自動車の取得価額に含め、減価償却の方法によって当該金額を各年分の費用に配分するのが相当」
「事業所得の金額計算上控除が認められる貸倒損失は、…当該事業所得をうるために通常必要とされる貸付金の貸倒に限られる。」「X主張の貸付金等は、…Xの経営コンサルタント又は中小企業診断員としての業務とは無関係である。」

類例:大阪地判平成29年3月15日訟月64巻2号260頁請求棄却、大阪高判平成29年9月28日訟月64巻2号244頁控訴棄却、最三小決平成30年4月17日平成30(行ツ)20号上告棄却・上告不受理。所得税法37条1項「必要経費」に関し「直接」関連性を要しないとした東京高判平成24年9月19日判タ1387号190頁(弁護士の交際費の一部の必要経費算入を認めた)の流れと異なり、贈与税の業務との関連性の有無に焦点を当てず、贈与税の性質論から必要経費非該当の結論を導く。

N&Q 2. 必要経費の控除を認めないと、課税が原資に食い込み、事業の拡大再生産を阻害することとなるという説明がなされる。 必要経費控除を認めない税制が仮にあるとすると、所得税とは性質が異なる税ということとなる。立法裁量の広さに照らし、違憲とされるか微妙である(憲法29条財産権保障の問題となろうか)が、経済活動に大きな歪みをもたらすであろう。

N&Q3. 必要経費と家事費・家事関連費(所税45条)との区別…講義ノート4.1.2.4.参照。


gy
§234.01 鉄骨材取得価額事件・最判昭和30年7月26日民集9巻9号1151頁
 売上原価の時価調整を行なわないことにより、インフレによる名目的所得にも(特例なき限り)課税が及んでしまうが、(立法論としてはともかく)解釈論としては仕方ない。
 本件は事業所得についての事案であるが、本件の課税がけしからないとすれば、そもそも譲渡所得課税もけしからない、という立論につながる(そしてそれは原理的には包括的所得概念批判にも繋がりうる。包括的所得概念を堅持しつつインフレ利得につき救済を施すべし、との立論は不可能ではないが、各自考えてみよ)。また、§222.03・、二重利得法参照。
 本件を見ると、インフレによる名目的所得への課税は可哀相に映る。しかし、【売値−買値】の差額には様々な性質のものが含まれうる。どのような性質のものが含まれるか、考えてみよ。また、それぞれの性質ごとに租税法上異なる扱いをすべきか、そして異なる扱いをすべきとするときにその執行方法はどのように担保するか、考えてみよ。
N&Q 1. (1)(2)年間総仕入額と年間総売上額を記録する方法の妥当性の有無と限界。
N&Q 2. 先入先出法と後入先出法は所詮擬制(フィクション)にすぎない。どちらが現実に即しているかは明らかにしようがない。
表2のようなインフレ期において、納税者にとっては先入先出法と後入先出法のどちらが有利か?また、デフレ期においては?


gz 最高裁判所第二小法廷 昭和35年(オ)第437号 昭和36年10月13日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
 上告代理人弁護士瀬沼忠夫の上告理由第一点の第一、同浅沢直人の上告理由第一点について。
 論旨は、原判決は、所得税法九条一項八号の「資産の譲渡に因る所得」について、「総収入金額」の解釈適用を誤つた違法があるというのである。
 しかし、右にいう収入金額とは、譲渡資産の客観的な価額を指すものではなく、具体的場合における現実の収入金額を指すものと解するのが相当である。そして、原判決の確定するところによれば、上告人はその所有資産を譲渡して売却代金として五六〇万円を受領したのであるから、その収入金額が五六〇万円であることは明白である。上告人が訴外小滝工業株式会社の三〇〇万円の債務を弁済し、右資産上の抵当権を抹消したからといつて、右の三〇〇万円を差し引いた金額をもつて収入金額と解すべき理由はない。論旨は理由がない。
 前示瀬沼代理人の上告理由第一点の第二について。
 論旨は、右三〇〇万円は、所得税法一一条の三(現行法一一条の四)により雑損控除として、譲渡所得の計算上収入金額から差し引くべき旨を主張するのである。  しかし、法一一条の三により控除される雑損とは、納税義務者の意思に基かない、いわば災難による損失を指すことは、同条の規定上からも明らかであり、訴外小滝工業株式会社に対する上告人の求償権が所論のとおり取立不能であつても、もともと抵当権の設定が上告人の意思に基くものであり、上記三〇〇万円を雑損として控除できないことは原判示のとおりである。論旨は理由がない。
 前示瀬沼代理人の上告理由第一点の第三、同浅沢代理人の上告理由第二点について。
 論旨は、上述三〇〇万円は、所得税法九条一項八号の「譲渡に関する経費」として所得金額算出上差し引くべき旨を主張するのである。
 しかし、右にいう「譲渡に関する経費」とは、原判示のように、譲渡を実現するために直接必要な支出を意味するものと解すべく、本件譲渡資産上の抵当権抹消に三〇〇万円要したからといつて、右三〇〇万円をもつて譲渡に関する経費ということはできない。原判決は正当であつて論旨は理由がない。よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

§242.02 「災難」事件・最判昭和36年10月13日民集15巻9号2332頁
事実・争点 土地譲渡にあたりなした根抵当権抹消のための300万円の支出が、譲渡収入金額から除かれるか、譲渡経費か、または雑損控除の対象となるか。
判旨 「雑損とは、納税義務者の意思に基づかない、いわば災難による損失を指す」 「Xの求償権が所論のとおり取立不能であっても…雑損として控除できない」
N&Q 1. 納税者の責めに帰さない損失について税務上配慮するという趣旨にしては網が狭い。
N&Q2.盗難といえるかどうか。通達はどういっているか。
詐欺が72条の対象に含まれているか。
「災害」とは本人の責めに帰すものではないというものを指すか。
N&Q3. 所得=消費+純資産増加 しかし現行法はこの定義式を含んでいないので必ずしもこの定義に沿った課税結果が導かれるとは限らない。
納税者自身の責めに帰さない或いは可哀相な損害以外の損害は所得計算(純資産増加の計算)に含めない。結果として、(消費による滅失を考慮しないという部分は正当化できるが)控除否定が強すぎる嫌いもある。
N&Q4. 「生活に通常必要でない資産」(例えば別荘)等に係る損失は、雑損控除の対象から外されており(所得税法72条1項)、譲渡所得金額計算上においてのみ控除される(62条1項)。その資産の損失が他の譲渡所得を上回っても、(譲渡所得の損失は69条1項により損益通算の対象となっているが)69条2項により他の所得分類と通算できない。
 「生活に通常必要な動産」(令25条)についての譲渡損益はないものとみなされる(9条1項9号、2項1号)。
 現に居住している家屋が災害にあった場合は雑損控除の対象となる。
N&Q5. 医療費控除(73条)…人的資本概念からも説明できよう。
所得税法施行令9条(災害の範囲) 法第2条第1項第27号(災害の意義)に規定する政令で定める災害は、冷害、雪害、干害、落雷、噴火その他の自然現象の異変による災害及び鉱害、火薬類の爆発その他の人為による異常な災害並びに害虫、害獣その他の生物による異常な災害とする。
アスベスト除去費用が雑損控除の対象とならないとした例として大阪高判平成23年11月17日平成23年(行コ)90号原審大阪地判平成23年5月27日平成21年(行ウ)134号・最決平成25年1月22日平成24(行ヒ)56号(上告不受理)参照。租税判例研究会廣木準一2012年10月19日報告。
名古屋地判昭和63年10月31日判タ705号160頁…豊田商事事件で雑損控除を否定。 京都地判平成8年6月7日税資216号511頁…相続税を免れるために仮装譲渡していた株式の取戻しの費用について「横領」に当たるにもかかわらず雑損控除を否定。
国税不服審判所昭和54年9月4日裁決・裁決事例集19号54号…離婚に伴う共有建物の分割線を越えた一部取壊しについて「単なる不法行為によって発生したというだけでは足りず」雑損控除を否定。
国税不服審判所平成23年5月23日裁決・裁決事例集83巻566頁…振り込め詐欺の事案につき「納税義務者の意思に基づかないことが客観的に明らかな事由によってその損失が生じた場合に限定」という考えから雑損控除を否定。
地方税法162条「天災その他特別の事情」について、脅迫により自動車を購入させられた事例について、購入者自身の意思が働いていることなどから、自動車税を減免する事由に当たらないとした事例として、最判平成22年7月6日判タ1331号68頁。評釈:北村導人・「自動車税の減免規定における『天災その他特別の事情』の意義」ジュリスト1411号108頁。
参考論文…佐藤英明「雑損控除制度――その性格づけ」日税研論集47巻29頁(2001);中里実「所得控除制度の経済学的意義」日税研論集52巻『所得控除の研究』91頁(2003)

ha  都道府県と市町村はそれぞれ個人住民税を課す(地税23条以下、292条以下)。
 個人住民税均等割は個人に対して均等額で課されるものであり、応益課税(政府からの受益に応じた課税)の性格が強い。都道府県・市町村が標準税率として1000円・3000円の負担を課す(地税38・310条)。
 個人住民税所得割は応能課税(納税者の能力に応じた課税)の性格も混じったものであり、前年の所得を対象とするという特徴がある(地税32条1項、313条1項。前年課税主義)。所得計算は概ね所得税と同じである(地税32条2項、313条2項。所得税準拠主義)。もっとも所得控除は所得税法におけるより低く、個人住民税所得割の課税最低限は国税の所得税のそれよりも低くなる傾向がある。課税最低限が高いと住民が当該地域の負担を分任するという趣旨が達成されないためである(ただし生活保護費の水準を下回らないとすることについて附則3条の3)。
 かつて累進税率であったが、平成19年度における所得税から住民税への3兆円規模の税源移譲に伴い、都道府県・市町村の住民税が4%と6%、計10%となった(地税35条1項・314条の3)。これは、第一に応益課税の性格を強めるためであり、第二に、累進税率のままであると地域間での税収の偏在度が高いままになってしまうためである。

 住民税の賦課期日は1月1日である(地税39条、318条)。1月1日に住民登録を外すと住民税を免れられるとの俗説は不正確であり、確かに区域内に住所を有する個人を当該区域の住民基本台帳に記録されているものと規定されているが(地税24条2項、294条2項。住民基本台帳主義)、住民基本台帳に記録されていない個人が当該区域内に住所を有する者である場合には住民基本台帳に記録されている者とみなして住民税を課すこととなる(24条3項、294条3項。みなし課税)。住所(民法22条)とは生活の本拠であって(★相続税_武富士事件)、登録が絶対の基準ではない。
 なお、住所を有してなくとも、区域内に事務所・事業所・家屋敷を有する個人は、住民税の納税義務者に含められ(地税24条1項2号、294条1項2号)、均等割のみ課される。
 都道府県住民税・市町村住民税を合わせて市町村が徴収する。納税義務者は市町村長に申告書を提出する義務があるが、前年分の所得税に関する確定申告書を提出している場合は改めて申告する必要はない(地税45条の3、317条の3。みなし申告)。
 住民税について、普通徴収(地税1条1項7号「徴税吏員が納税通知書を当該納税者に交付することによつて地方税を徴収すること」)が原則であるものの、給与所得・退職所得については特別徴収(地税1条1項9号。源泉徴収に類似。源泉徴収については第7節3)の方法で徴収する(地税319条1項)。

 都道府県内の金融機関が支払う利子等(地税23条1項14号。所税23条にいう利子より広い)に対して課す住民税を利子割という。国税における利子所得に対する15%の源泉分離課税に加え、都道府県が利子割住民税を5%の税率で特別徴収の方法により徴収する。
 配当割・株式等譲渡所得割も同様であり、国税において源泉分離課税の対象となる上場株式等の配当等(特定配当等:地税23条1項15号、租特法9条の3)及び譲渡益(特定株式等譲渡所得金額:地税23条1項16号、租特法37条の14第2項)に対して5%(71条の28、71条の49)の税率(平成16年以降3%に軽減。平成20年度改正附則3条6項)で、配当割・株式等譲渡所得割の住民税を、特別徴収の方法により徴収する(地税71条の30、71条の50)。

 個人の営む第一種事業(地税72条の2第8項:物品販売業、保険業等の31業種)・第二種事業(9項:畜産業・水産業)・第三種事業(10項:医業、歯科医業等の21業種)について、所得[法律には「所得金額」とは書いていない。なぜ?]を課税標準として事務所又は事業所所在の都道府県において、その個人に事業税が課される(3項)。

hb  申告納税における日本の特色は青色申告制度である。シャウプ勧告に基づき申告納税制度定着化を図って導入されたものであり、充分な帳簿書類を備え付けている者に限り青色申告書による申告を認める一方、青色申告者に税制上の特典を与えるというものである(最判昭和62年10月30日★_信義則参照)。例えば第4節2の所税57条青色専従者給与は青色申告を要件の一つとしている。純損失の繰戻・繰越につき第1節3(3)参照。なお、所税155条2項は税務署長の青色申告者に対する更正につき理由附記を命じているが、今後白色申告者の記帳義務化及び理由附記を併せて実施する予定である(平成23年度税制改正大綱7頁)。

 申告に誤りがあるとき、修正申告(税通19条)もしくは更正の請求(税通23条)をすることになる(★_第3章)。税通23条1項の期限後であっても、税通23条2項(1号の確定判決等)による更正の請求の他、後発的理由(所税63条:事業廃止、64条:譲渡代金回収不能、所税令274条:無効・取消)に基づき更正の請求をすることができる(所税152条)。

 納税義務者以外の者に租税を徴収させ国等に納付させる制度を徴収納付といい(所税128条以下)、特に、支払者に受取人の租税を納付させる仕組みを源泉徴収(181条以下。源泉徴収義務者について6条)という。納税義務は支払時に成立し自動的に確定する(自動確定方式:税通15条2項2号、3項2号。所基通181〜223共-1参照)。居住者たる個人が受け取る所得についてだけではなく、内国法人が受け取る所得や非居住者・外国法人が受け取る所得についても、源泉徴収に関しては所得税法が規定している(所税212条以下)。株式会社月ヶ瀬事件(最大判昭和37年2月28日刑集16巻2号212頁)は、源泉徴収制度が憲法29条、14条、18条に違反しないとしている。
 源泉徴収には4類型ある(佐藤英明「日本における源泉徴収制度」税研153号22頁)。
 第一が、利子所得など、本来の納税義務者の確定申告不要の類型である。典型例として、利子所得に係る源泉分離課税とは、金融機関が利子所得を支払う際に源泉徴収し、そして源泉徴収によって完了するというものであって、執行面での便宜を追求している反面、個々の納税者の経済状態を反映できない(低所得者・高所得者の低税率・高税率を無視)。所税181条1項は、利子・配当支払者の源泉徴収義務を規定し、182条により利子等について15%、配当等について20%の源泉徴収税率が定められている。なお、利子・配当については住民税(第6節3)の5%も上乗せされる。なお配当等の税率は15%となっており(租特法9条の3)、更に経過措置として所得税7%、住民税3%に軽減される(平成20年改正附則32条・33条)。租特法3条1項(利子所得の分離課税等)は「居住者又は国内に恒久的施設を有する非居住者が…国内において支払を受けるべき」所税23条の「利子等…については…他の所得と区分」すると規定し、源泉分離課税となっている。また、配当所得は原則として総合所得課税の対象である(第5節2)ものの、上場株式等の配当等について租特法8条の4・8条の5がそれぞれ申告分離課税・申告不要制度を規定しており、事実上源泉分離課税の扱いを受ける場面が多い。特定口座内保管上場株式等の譲渡所得について租特法37条の11の4、償還差益について租特法41条の12参照。いわゆる日本版ISAにつき第5節2参照。地方税につき第6節3参照。
 第二が、給与所得に係る源泉徴収(所税183条以下)であり、年末調整(所税190条以下)により所定の要件の下で(例えば副収入が20万円以下)確定申告が不要となるものである(所税121条1項)。医療費控除等により源泉徴収税額の還付を求める申告はできる(所税120条、138条、所税令267条)。年末調整をする使用者の事務的負担は無視しがたい。なお、年末調整によって多くの給与所得者が実際に申告不要で済むことにつき立法論上賛否がある。
 第三が、退職所得に係る源泉徴収(所税199条以下)であり、年末調整の対象とされていないものの申告不要制度の適用がある(所税121条2項)。破産会社の元労働者に配当される退職手当等について、破産管財人に源泉徴収義務はないとした判例がある(最判平成23年1月14日平成20(行ツ)236号)。支払者と受領者との間に「特に密接な関係」がある場合に「徴税上特別の便宜を有し、能率を挙げ得る」ことが所税199条の源泉徴収義務を支えているところ、破産管財人と元労働者との間に「使用者と労働者との関係に準ずるような特に密接な関係」がないとした。
 第四が、報酬・料金等に係る源泉徴収であり、確定申告による調整が予定されているものである(所税120条1項5号参照。還付につき所税138条)。公的年金(所税203条の2以下)、原稿料・弁護士報酬等(所税204条以下)、生命保険年金(所税207条以下)、匿名組合契約に係る利益分配(210条以下)も第四の類型に属す。なお、報酬・料金等に係る源泉徴収義務を負う個人は原則として給与等の源泉徴収義務を負う者に限られる(所税204条2項2号。ホステス報酬に係る例外について同3号及び3項参照)。ホステス報酬計算期間事件(最判平成22年3月2日民集64巻2号420頁百選5版15)では、ホステスの実際の稼働日数×5000円(所税令322条)しか控除できないのではなく、規定の文理通り一回に支払われる金額の計算期間は半月であるとして報酬額から半月の全日数×5000円を控除することができる、と判示された。
 日光貿易事件・最判平成4年2月18日(民集46巻2号77頁百選5版111)は、支払者による源泉徴収に誤りがある場合、所税120条1項5号・6号に関し、誤徴収税額を受給者の申告税額から控除すること或いは還付を請求することはできない、と判示していた。これと関連して、コラム5E年金払い生命保険金二重課税事件において、仮に非課税所得であるならば、生命保険会社が源泉徴収したことも誤徴収であるところ、相続人が自ら還付を請求することは出来なくなるのではないか、という問題が潜在していた。しかし最高裁は、支払者側たる生命保険会社の源泉徴収義務を肯定し、源泉徴収が適法であるため被相続人が還付請求をすることも許されるという論理を組み立てた。

hc 借用概念論について、参照:今村;渋谷雅弘「借用概念解釈の実際」金子宏編『租税法の発展』39頁(有斐閣、2010);平川雄士「借用概念論に関係する国際的企業租税実務上の諸問題」金子宏編『租税法の発展』354頁(有斐閣、2010)等参照。

hd 最高裁判所第二小法廷 昭和43年(行ツ)第90号 昭和48年11月16日
主文
原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。
被上告人の請求を棄却する。
訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
理由
 上告代理人坂井利夫、同友澤秀孝の上告理由について。
 論旨は、要するに、昭和三六年法律第七四号による改正前の地方税法(以下、とくに断らないかぎり、地方税法という場合は、改正前のそれを指す。)のもとにおいても、譲渡担保による不動産の取得は、同法七三条の二第一項にいう「不動産の取得」にあたり、したがつて、右規定に基づき当該不動産の取得者に対し不動産取得税を課することが許されるにもかかわらず、右のような不動産の取得は、右規定にいう「不動産の取得」にあたらず、同法七三条の七第三号の類推適用により非課税とすべきであるとした原判決は、地方税法の解釈適用を誤つたものであるというのである。
 不動産取得税は、いわゆる流通税に属し、不動産の移転の事実自体に着目して課せられるものであつて、不動産の取得者がその不動産を使用・収益・処分することにより得られるであろう利益に着目して課せられるものではないことに照らすと、地方税法七三条の二第一項にいう「不動産の取得」とは、不動産の取得者が実質的に完全な内容の所有権を取得するか否かには関係なく、所有権移転の形式による不動産の取得のすべての場合を含むものと解するのが相当であり、譲渡担保についても、それが所有権移転の形式による以上、担保権者が右不動産に対する権利を行使するにつき実質的に制約をうけるとしても、それは不動産の取得にあたるものと解すべきである。このことは、地方税法が七三条の二第一項において、原則的に、一切の不動産の取得に対する課税を規定したうえで、とくに七三条の三以下において、例外的に非課税とすべき場合を規定しながら、譲渡担保による不動産の取得については非課税規定を設けていなかつたこと、および前記地方税法の改正規定においては、譲渡担保による不動産の取得も七三条の二第一項により課税の対象となることを前提としたうえで、とくに七三条の二七の二において納税義務を免除しあるいは徴収の猶予をする場合を定めていることとも符合する。
 原審が当事者間に争いのない事実として確定したところによれば、被上告人は譲渡担保として本件不動産の所有権の移転をうけたというのであるから、被上告人の右不動産の取得は、地方税法七三条の二第一項にいう「不動産の取得」にあたるものといわなければならない。そして、地方税法七三条の七第三号は信託財産を移す場合における不動産の取得についてだけ非課税とすべき旨を定めたものであり、租税法の規定はみだりに拡張適用すべきものではないから、譲渡担保による不動産の取得についてはこれを類推適用すべきものではない。そうすると、被上告人の本件不動産の取得に対し不動産取得税を課することは許されないとした原判決およびこれと同趣旨の第一審判決は、地方税法七三条の二第一項、七三条の七第三号の解釈適用を誤つた違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を、第一審判決は取消を免れない。
 ところで、本件の事実関係については当事者間に争いがなく、本件課税処分につき被上告人が違法として争つていた唯一の点については、前記説示に照らし違法といえないことは明らかであるから、被上告人の本訴請求は、理由がなく、棄却されるべきものである。
 よつて行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

4版§161.02 東京産業信用金庫事件・最判昭和48年11月16日民集27巻10号1333頁
事実・争点 NからXに土地建物を譲渡担保として提供。譲渡担保目的の不動産の取得を不動産取得税の課税対象から除く規定が無かった当時、不動産取得税が課せられるか?
一審・二審 類推解釈により課せられない。
最高裁 破棄自判、請求棄却 「不動産取得税は、いわゆる流通税に属し、不動産の移転の事実自体に着目して課せられるものであって、不動産の取得者がその不動産を使用・収益・処分することにより得られるであろう利益に着目して課せられるものではない」。 「『不動産の取得』とは、不動産の取得者が実質的に完全な内容の所有権を取得するか否かには関係なく、所有権移転の形式による不動産の取得のすべての場合を含む」。 信託について特例があるが「租税法の規定はみだりに拡張適用すべきものではない」。
N&Q最高裁が常に形式重視とは言い切れない。問題の税(ここでは流通税)が何に着目しているか。
[浅妻]常に法形式を尊重する(譲渡担保は経済的にのみならず法的実質としても担保であるといえようが、そうした法的実質を軽視する)と言ってしまうと、租税回避の横行に全く歯止めがかからなくなる恐れもある。最高裁はそこまで常に形式重視であるとは考えにくい。
 流通税が形式に着目する傾向が強いのに対し、所得税などでは経済的成果も視野に入れる傾向が(あくまで流通税などと比べて、というにすぎないが)強くなるのではないか(後述の所謂経済的実質説を支持するというものではない)。
cf.譲渡所得の発生と譲渡担保について§222.02のN&Q 6.参照。
Cf.大阪高判平成23年3月31日平成23年(行コ)3号・原審大阪地判平成22年12月2日判例地方自治351号59頁…信託不動産取得に係る不動産取得税の非課税規定(地方税法73条の7…形式的な所有権の移転等に対する不動産取得税の非課税)の適用の可否(平成19年改正で本件のような納税者は救われなくなる?)について、本案部分については請求認容(一部認容)としたが、本案前の不服申立前置を経ていないという部分について却下(一部却下)。第727回租税判例研究会今本啓介2012年11月2日報告参照。法改正等について佐藤英明「不動産の取得に対する地方税と信託」地方税63巻6号2-9頁(2012.6)。審査請求の範囲について小早川光郎「審査請求の趣旨と理由」法学教室143号108頁。最判昭和49年4月18日訟月20巻11号175頁は審査請求の趣旨にない事実についても審査庁が裁決の基礎とすることができるとする。広島地判平成3年1月30日行集42巻1号154頁は県民税のみ審査請求経過、市民税部分は不服申立前置未経過。

ケースブック2版§163.02 京都詐害行為取消土地事件・最判平成14年12月17日判時1812号76頁
特別土地保有税における「土地の取得」の意義について。
事実・争点 XがHから土地を購入し、特別土地保有税を納付した。京都市が詐害行為取消権によりXの土地取得を取り消した。そこでXは、土地取得・保有が遡って最初からなかったことになるから課税の理由もなくなった、として更正の請求、次いで提訴。
判旨 「土地の取得とは、所有権の移転の形式により土地を取得するすべての場合を含み、取得の原因となった法律行為が取消し、解除等により覆されたかどうかにかかわりなく、その経過的事実に即してとらえた土地所有権取得の事実をいう」。
経過的事実……問題の期間中、経過的事実としてHが土地を保有していたことにはならないので、改めてHに課税しなおすということはない。

he    主  文
 原判決を破棄する。
 本件を東京高等裁判所に差し戻す。
   理  由
 上告代理人菅原信夫、國生肇の上告理由二について
 一 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
 1 上告人は、昭和三七年六月一五日被上告人と婚姻し、二男一女をもうけ、東京都新宿区市谷砂土原町所在の第一審判決別紙物件目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)に居住していたが、勤務先銀行の部下女子職員と関係を生じたことなどから、被上告人が離婚を決意し、昭和五九年一一月上告人にその旨申し入れた。  2 上告人は、職業上の身分の喪失を懸念して右申入れに応ずることとしたが、被上告人は、本件建物に残って子供を育てたいとの離婚条件を提示した。
 3 そこで、上告人は、右女子職員と婚姻して裸一貫から出直すことを決意し、被上告人の意向にそう趣旨で、いずれも自己の特有財産に属する本件建物、その敷地である前記物件目録一記載の土地及び右地上の同目録三記載の建物(以下、これらを併せて「本件不動産」という。)全部を財産分与として被上告人に譲渡する旨約し(以下「本件財産分与契約」という。)、その旨記載した離婚協議書及び離婚届に署名捺印して、その届出手続及び右財産分与に伴う登記手続を被上告人に委任した。  4 被上告人は、右委任に基づき、昭和五九年一一月二四日離婚の届出をするとともに、同月二九日本件不動産につき財産分与を原因とする所有権移転登記を経由し、上告人は、その後本件不動産から退去して前記女子職員と婚姻し一男をもうけた。
 5 本件財産分与契約の際、上告人は、財産分与を受ける被上告人に課税されることを心配してこれを気遣う発言をしたが、上告人に課税されることは話題にならなかったところ、離婚後、上告人が自己に課税されることを上司の指摘によって初めて知り、税理士の試算によりその額が二億二二二四万余円であることが判明した。  二 上告人は、本件財産分与契約の際、これより自己に譲渡所得税が課されないことを合意の動機として表示したものであり、二億円を超える課税がされることを知っていたならば右意思表示はしなかったから、右契約は要素の錯誤により無効である旨主張して、被上告人に対し、本件不動産のうち、本件建物につき所有権移転登記の抹消登記手続を求め、被上告人において、これを争い、仮に要素の錯誤があったとしても、上告人の職業、経験、右契約後の経緯等からすれば重大な過失がある旨主張した。原審は、これに対し、前記一の事実関係に基づいて次のような判断を示し、上告人の請求を棄却した第一審判決を維持した。
 1 離婚に伴う財産分与として夫婦の一方が他方に対してする不動産の譲渡が譲渡所得税の対象となることは判例上確定した解釈であるところ、分与者が、分与に伴い自己に課税されることを知らなかったため、財産分与契約において課税につき特段の配慮をせず、その負担についての条項を設けなかったからといって、かかる法律上当然の負担を予期しなかったことを理由に要素の錯誤を肯定することは相当でない。
 2 本件において、前示事実関係からすると、上告人が本件不動産を分与した場合に前記のような高額の租税債務の負担があることをあらかじめ知っていたならば、本件財産分与契約とは異なる内容の財産分与契約をしたこともあり得たと推測されるが、右課税の点については、上告人の動機に錯誤があるにすぎず、同人に対する課税の有無は当事者間において全く話題にもならなかったのであって、右課税のないことが契約成立の前提とされ、上告人においてこれを合意の動機として表示したものとはいえないから、上告人の錯誤の主張は失当である。
 三 しかしながら、右判断はにわかに是認することができない。その理由は、次のとおりである。
 意思表示の動機の錯誤が法律行為の要素の錯誤としてその無効をきたすためには、その動機が相手方に表示されて法律行為の内容となり、もし錯誤がなかったならば表意者がその意思表示をしなかったであろうと認められる場合であることを要するところ(最高裁昭和二七年(オ)第九三八号同二九年一一月二六日第二小法廷判決・民集八巻一一号二〇八頁、昭和四四年(オ)第八二九号同四五年五月二九日第二小法廷判決・裁判集民事九九号二七三頁参照)、右動機が黙示的に表示されているときであっても、これが法律行為の内容となることを妨げるものではない。
 本件についてこれをみると、所得税法三三条一項にいう「資産の譲渡」とは、有償無償を問わず資産を移転させる一切の行為をいうものであり、夫婦の一方の特有財産である資産を財産分与として他方に譲渡することが右「資産の譲渡」に当たり、譲渡所得を生ずるものであることは、当裁判所の判例(最高裁昭和四七年(行ツ)第四号同五〇年五月二七日第三小法廷判決・民集二九巻五号六四一頁、昭和五一年(行ツ)第二七号同五三年二月一六日第一小法廷判決・裁判集民事一二三号七一頁)とするところであり、離婚に伴う財産分与として夫婦の一方がその特有財産である不動産を他方に譲渡した場合には、分与者に譲渡所得を生じたものとして課税されることとなる。したがって、前示事実関係からすると、本件財産分与契約の際、少なくとも上告人において右の点を誤解していたものというほかはないが、上告人は、その際、財産分与を受ける被上告人に課税されることを心配してこれを気遣う発言をしたというのであり、記録によれば、被上告人も、自己に課税されるものと理解していたことが窺われる。そうとすれば、上告人において、右財産分与に伴う課税の点を重視していたのみならず、他に特段の事情がない限り、自己に課税されないことを当然の前提とし、かつ、その旨を黙示的には表示していたものといわざるをえない。そして、前示のとおり、本件財産分与契約の目的物は上告人らが居住していた本件建物を含む本件不動産の全部であり、これに伴う課税も極めて高額にのぼるから、上告人とすれば、前示の錯誤がなければ本件財産分与契約の意思表示をしなかったものと認める余地が十分にあるというべきである。上告人に課税されることが両者間で話題にならなかったとの事実も、上告人に課税されないことが明示的には表示されなかったとの趣旨に解されるにとどまり、直ちに右判断の妨げになるものではない。
 以上によれば、右の点について認定判断することなく、上告人の錯誤の主張が失当であるとして本訴請求を棄却すべきものとした原判決は、民法九五条の解釈適用を誤り、ひいて審理不尽、理由不備の違法を犯すものというべく、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、この点をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、要素の錯誤の成否、上告人の重大な過失の有無について更に審理を尽くさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すこととする。
 よって、その余の論旨に対する判断を省略し、民訴四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

関連裁判例
最判昭和39年10月22日民集18巻8号1762頁 錯誤による申告無効の余地を認めたリーディングケースとされる。「錯誤が客観的に明白且つ重大」「納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事由」を要求している。 百選4版96番伊藤剛志執筆・5版98番酒井克彦執筆
神戸地判平成7年4月24日訟月44巻12号2211頁・大阪高判平成8年7月25日訟月44巻12号2201頁・最判平成10年1月27日税資230号152頁 法定申告期間経過後は錯誤無効の主張が制限される。
東京高判平成10年7月15日訟月45巻4号774頁 国税通則法23条2項1号の「判決」は馴れ合い判決を含まない。
東京高判平成12年9月26日税資248号829頁 法定申告期間経過後は錯誤無効の主張が制限される。
東京高判平成13年3月15日判時1752号19頁訟月48巻7号1791頁 原状回復等を条件としつつ更正・決定の無効主張を許容する
広島高判平成14年10月23日税資252号9215順号 国税通則法23条2項1号の「判決」は馴れ合い判決を含まない。
最判平成15年4月25日判タ1121号110頁判時1822号51頁訟月50巻7号2221頁 原審福岡高判平成13年4月12日 一審熊本地判平成12年3月22日 Aが死亡し、Xと訴外B1, B2以下が相続。配偶者に対する相続税額軽減規定によって税額を減らすために、Xの主導の下、恣意的な遺産分割を行なう。後に、別件訴訟により、通謀による虚偽の遺産分割協議であるから、無効である、という判決が確定する。別件訴訟の確定により、Xは法定相続分により計算した税額を超える税額を収める必要はなくなったとして、国税通則法23条2項1号に基づき、更正の請求をした。1審X勝訴(別件訴訟は馴合い訴訟でないから)。2審X敗訴(申告時、Xが基礎事実と異なることを知らなかったことも必要である、という理由)。最高裁上告棄却。Cf.百選5版101番高橋滋執筆;3aq5未入手評釈 森冨義明・判タ1154号246頁;神山弘行・ジュリスト1266号208頁(2004.4.15)
高松高判平成18年2月23日訟月52巻12号3672頁原審…贈与税がかからないつもりでした低廉売買契約(ばあちゃんが孫に有限会社の出資口を有償譲渡)につき、錯誤があることは認められたが、法定申告期間経過後に課税原因たる法律行為につき錯誤無効を主張することはできないとされた事例。Cf.渋谷雅弘第622回租税判例研究会2006.6.1or15報告 → 後日談:高知地判平成19年5月23日で私法上の錯誤無効判決を得た。この私法判決が国税通則法23条2項1号にいう「判決」に当たるかにつき、高知地判平成22年1月22日平成21年(行ウ)3号・高松高判平成23年3月4日訟月58巻1号216頁高松高裁平成22年(行コ)8号(上告取下げ・上告不受理平成23年10月21日)は、当たらないとして請求を棄却した。
東京地判平成21年2月27日判タ1355号123頁平19(行ウ)322号確定 租税負担の錯誤による遺産分割の無効と更正の請求を認めた事例 Cf.吉村典久2010.3.5租税判例研究会報告;今本啓介・速報税理2012年2月1日31-33頁
東京地判平成28年6月28日平成26(ワ)5770号…租税特別措置法33条1項の収用代替資産取得特例適用を動機として表示したところ特例の適用を受けられなかったので錯誤無効であり所有権移転登記の抹消手続きを請求したが棄却された事例。

hf 欠番

hg 代表的な参考文献として、金子宏「租税法と私法 〜借用概念及び租税回避について〜」租税法研究6号1〜32頁(1978);清永敬次;水野忠恒「「租税法と私法」論の再検討」東北大学法学45巻1号1頁(1981)、51巻2号36頁(1987)。他、今村隆;岩武ュ明;岡村忠生「税負担回避の意図と二分肢テスト」税法学543号3頁(2000);谷口勢津夫「税法における取引の全体的・一体的観察法の意義と問題――税法に「税法秩序の自力防衛」原則は内在するか――」税法学561号159頁;谷口勢津夫「『租税回避』の意義と限界」金子宏編『租税法の発展』21頁(有斐閣、2010);中里実「『租税法と私法』論再考」税研114号74頁(2004);中里実「『租税法と私法』論再々考」税研115号79頁(2004);中里実「租税法における事実認定と租税回避否認」金子宏『租税法の基本問題』(有斐閣、2007)121頁;渕圭吾「租税法と私法の関係」学習院大学法学会雑誌44巻2号13頁(2009);水野忠恒『所得税の制度と理論:「租税法と私法」論の再検討』(有斐閣、2006);村井正『租税法と私法』(大蔵印刷局、1982)等。

hh [浅妻]尤も、後半の説明に関して【その種の悪戦苦闘は、殆どの法分野において当然のようになされているのに、課税要件明確主義というだけで租税法はその種の悪戦苦闘を免れなければならないと言い切れるのか?】という疑問は考えられる。仮に裁判所が否認規定なき否認を認めたとしても、租税法規の解釈として導かれた結果であるならば、【事前に明確にされてない】ということにはならない。建前論的な法律論として、裁判所の法解釈と異なる結果を予想することは原則として保護されない。否認規定なき否認は許されない、とするためには、課税要件明確主義ではなく更にもう一段理由(恐らくそれは法律論というよりも政策論に近づくであろう)が要求されるのではないか。
 租税法学の租税法律主義についての理解への他法学からの疑問(何で租税法だけ特別に明確でなければならないと租税法学者は考えているのかね?一般論としての「法律の留保」と何か違うのかね?)として、参照:南博方「租税法と行政法 (租税法の基礎理論)」租税法研究11号1-13頁(1983)

hi 法税132条の2の組織再編成に係る行為計算否認規定については太田洋「組織再編行為と否認」租税研究741号75頁(2011.7)等参照。

hj 相互売買であることを前提としつつ価格を10億円として認定して課税することの是非について、参照サンヨーオートセンター事件・神戸地判平成12年2月8日判タ1089号152頁(請求一部認容)・大阪高判平成14年10月10日判タ1120号134頁(請求棄却・不動産と株式の一体譲渡について不動産の価格が35億円を下回ることはないと認定)・最判平成17年11月21日税資255号10203号上告棄却・上告不受理決定(決定につき滝井繁男反対意見あり…「売買契約における価格の決定は必ずしも経済的実態に即して行われるわけではなく、売手市場においては時価とかい離した取引が行われることも少なくない」)
 東急不動産事件・東京地判平成13年5月25日訟月50巻3号1067頁(請求一部認容)…違約金条項に基づいて原告が受領した金員は借地権設定の対価でないため違約金は借地権設定時の権利確定がないとして課税処分を一部違法とする→東京高判平成14年8月29日訟月50巻3号1052頁(原判決取消)…違約金条項は土地重課を回避しようとするための仮想・隠蔽であり、借地権設定の対価が短期土地所有等の譲渡の要件に該当するとした課税処分は適法→最決平成16年1月30日税資254号順号9546上告棄却上告不受理

hk 例:A法人がBに寄附する時に、寄附金(法税37条参照)の損金算入限度額の特例が適用されるならば寄附金を○○円とする、適用されないならばされないだけ寄附金の額を減額する、と考え、課税当局に尋ねた所、特例が適用されるとの回答を得たので、AはBに○○円寄附したが、良く調べると特例の適用要件が満たされていなかった。狭い枠の寄附金損金算入限度額に基づいて税務署長は更正処分を打てるか? 控訴審判決の理論枠組みによるとどうであるか? また、あなた自身が裁判官として一から法解釈論を積み上げるならばどうであるか?
 仮に更正処分が適法であるとして、驚いたAがBに対する寄附金を減額したとして、更正の請求をすることは認められるか?
 贈与税と錯誤無効主張に基づく更正の請求の可否について、参照:高松高判平成18年2月23日TAINS: Z888-1239 高知地判平成17年2月15日税資255号順号9932。

hl 最高裁判所第三小法廷平成29年(行ヒ)第209号 平成30年9月25日判決
       主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人近藤正昭ほかの上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
1 本件は,上告人が,その理事長であったAに対し,同人の上告人に対する借入金債務の免除をしたところ,所轄税務署長から,上記の債務免除に係る経済的な利益がAに対する賞与に該当するとして,給与所得に係る源泉所得税の納税告知処分及び不納付加算税の賦課決定処分を受けたため,被上告人を相手に,上記各処分(ただし,上記納税告知処分については審査請求に対する裁決による一部取消し後のもの)の取消しを求める事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)上告人は,青果物その他の農産物及びその加工品の買付けを主たる事業とする権利能力のない社団である。
 Aは,昭和56年,上告人の専務理事に就任し,平成6年3月17日から同22年6月17日までの間,上告人の理事長の地位にあった。
(2)Aは,昭和56年頃から,上告人及び金融機関から繰り返し金員を借り入れ,これを有価証券の取引に充てるなどしていたが,いわゆるバブル経済の崩壊に伴い,借入金の弁済が困難であるとして上告人に対し借入金債務の減免を求めた。これに対し,上告人は,平成2年12月以降,Aに対し度々その利息を減免したものの,その元本に係る債務の免除には応じなかった。
(3)ア Aは,平成16年7月23日、株式会社Bとの間で,借入金のうち6500万円を分割弁済した場合にはその余の支払義務の免除を受ける旨を合意して,同社に対して6500万円を分割弁済し,同17年7月31日,同社から,借入金残元本4382万1143円等の債務の免除を受けたが(以下,この債務の免除による経済的な利益を「平成17年債務免除益」という。),その後は後記(4)の債務の免除を受けた同19年12月まで,Aの資産に増加はなかった。
イ Aは,同人の平成17年分の所得税の更正処分等を不服として異議申立てをしたところ,所轄税務署長は,平成19年8月6日,上記異議申立てに対する決定をし,その理由中において,平成17年債務免除益について平成26年6月27日付け課個2−9ほかによる改正前の所得税基本通達36−17(以下「本件旧通達」という。)の適用がある旨の判断を示した。本件旧通達は,その本文において,債務免除益のうち,債務者が資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であると認められる場合に受けたものについては,各種所得の金額の計算上収入金額又は総収入金額に算入しないものとする旨を定めていた。
(4)Aの上告人に対する借入金債務の額は,平成19年12月10日当時,55億6323万0934円であったところ,上告人は,A及び同人の元妻から,その所有し又は共有する不動産を総額7億2640万9699円で買取り,その代金債務と上記借入金債務とを対当額で相殺するとともに,Aに対し,上記相殺後の上記借入金債務48億3682万1235円を免除した(以下,この債務の免除を「本件債務免除」といい,これによりAが得た経済的な利益を「本件債務免除益」という。)。
(5)所轄税務署長は,平成22年7月20日付けで,上告人に対し,本件債務免除益がAに対する賞与に該当するとして,本件債務免除等に係る平成19年12月分の源泉所得税につき,納付すべき税額を18億3550万6244円とする納税告知処分及び納付すべき加算税の額を1億8355万円とする不納付加算税の賦課決定処分をした。
(6)上告人は,前記(3)イの異議申立てに対する決定において,Aについて「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難と認められる場合」に当たるとして本件旧通達が適用されたため,本件債務免除益についても本件旧通達の適用により課税の対象とならないと考え,Aとその旨確認の上,本件債務免除をしたのであるから,本件債務免除益が納税告知処分の対象になるのであれば,上告人とAが確認した前提条件に錯誤があり,これは要素の錯誤であるから,本件債務免除は無効である旨主張している。
3 原審は,上記事実関係等の下において,本件債務免除益は所得税法28条1項にいう賞与又は賞与の性質を有する給与に該当するとした上で,Aの資産の状況に照らし,本件債務免除によりAが得た経済的な利益は12億8479万1053円であり,Aに係る平成19年12月分の源泉所得税の額は4億8573万4304円であるとし,上告人の上記2(6)の主張につき次のとおり判断して,同(5)の各処分(ただし,納税告知処分については審査請求に対する裁決による一部取消し後のもの)中,納税告知処分のうち上記源泉所得税の額を超えない部分及び不納付加算税の賦課決定処分のうち同部分に係る部分(以下「本件各部分」という。)は適法であるとした。
 申告納税方式の下では,同方式における納税義務の成立後に,安易に納税義務の発生の原因となる法律行為の錯誤無効を認めて納税義務を免れさせることは,納税者間の公平を害し,租税法律関係を不安定にすることからすれば,法定申告期限を経過した後に当該法律行為の錯誤無効を主張することは許されないと解される。源泉徴収制度の下においても,源泉徴収義務者が自主的に法定納期限までに源泉所得税を納付する点では申告納税方式と異なるところはなく,かえって,源泉徴収制度は他の租税債権債務関係よりも早期の安定が予定された制度であるといえることからすれば,法定納期限の経過後に源泉所得税の納付義務の発生原因たる法律行為につき錯誤無効の主張をすることは許されないと解すべきである。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 給与所得に係る源泉所得税の納付義務を成立させる支払の原因となる行為が無効であり,その行為により生じた経済的成果がその行為の無効であることに基因して失われたときは,税務署長は,その後に当該支払の存在を前提として納税の告知をすることはできないものと解される。そして,当該行為が錯誤により無効であることについて,一定の期間内に限り錯誤無効の主張をすることができる旨を定める法令の規定はなく,また,法定納期限の経過により源泉所得税の納付義務が確定するものでもない。したがって,給与所得に係る源泉所得税の納税告知処分について,法定納期限が経過したという一事をもって,当該行為の錯誤無効を主張してその適否を争うことが許されないとする理由はないというべきである。
5 以上と異なる見解の下に,上告人が法定納期限の経過後に本件債務免除の錯誤無効を主張することは許されないとした原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があるものといわざるを得ない。しかしながら,上告人は,本件債務免除が錯誤により無効である旨の主張をするものの,前記2(5)の納税告知処分が行われた時点までに,本件債務免除により生じた経済的成果がその無効であることに基因して失われた旨の主張をしておらず,したがって,上告人の主張をもってしては,本件各部分が違法であるということはできない。そうすると,本件各部分が適法であるとした原審の判断は,結論において是認することができる。論旨は,結局,採用することができない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官山崎敏充の補足意見がある。
 裁判官山崎敏充の補足意見は,次のとおりである。
 私は法廷意見に賛成するものであり,本件における上告人の錯誤の主張は,本件債務免除益については本件旧通達が適用され給与等の収入金額に算入されるべきではないとして納税告知処分の適法性を争うかたわら,もしその主張が容れられないのであれば本件債務免除は錯誤により無効であるというにとどまり,上記納税告知処分が行われた時点までに本件債務免除による経済的成果がその錯誤無効に基因して失われたことについては何らの主張もしていないのであるから,同処分を違法ならしめる主張としてしんしゃくすることができないことも法廷意見の指摘するとおりと考えるが,そもそも上告人の主張に係る錯誤の成否自体について相当の疑問を感じるところであるので,この種の錯誤無効の主張があった場合における錯誤の成否の審理方法について,若干の意見を補足しておきたい。
 本件各部分が適法とされるのは,Aの資産の状況に照らし,本件債務免除により免除された債務の全額である48億3682万1235円のうち12億8479万1053円については,給与等の収入金額に算入することができることによるものである。上告人は,本件債務免除益の全部について,本件旧通達の適用により課税の対象とならないと考えていたとして,本件債務免除に錯誤があるというのであるが,これは,一般的には課税がされる可能性を認識しつつも,Aの資産の評価に関し,現実の評価額よりも低く認識していたため,本件債務免除益の全部について課税の対象とならないと考えていたというものにほかならず,結局のところ,Aの資産の状況やその評価について誤った認識を有していたというにすぎないものである。
 しかしながら,本件債務免除がされた時に,Aが上告人の理事長であったことからすると,Aが有していた資産の状況について,上告人において正しく認識することが困難であったということはできない道理であるし,その資産の評価方法について,自ら考える評価方法とは異なる評価方法が相当とされることもあり得ることは当然に認識し,また,認識すべきものであるから,そもそも本件債務免除に関し要素の錯誤があったといえるかについては種々疑問が提起され得るのであり,十分な検討に基づく慎重な判断が求められるところであろう。
 一般に課税処分等の適否を争う訴訟において,当該処分の原因となった法律行為の錯誤無効の主張がされ,その成否を審理判断するに際しては,事案に応じて,錯誤の対象,表意者の認識,重過失の有無等を認定された具体的事実に基づいて慎重に検討すべきものであることを指摘しておきたい。

hm §166.01 酒類販売業者青色申告事件・最判昭和62年10月30日訟月34巻4号853頁
一 原審が確定したところによれば、(1)被上告人の実兄であり、かつ義父であった式貞道(昭和四七年九月二一日死亡)は、戦前から酒類販売業の免許を受け、式商店の商号で酒類販売業を営んでいた、(2)被上告人は、昭和二五年四月門司税務署を退職し、式商店の営業に従事するようになり、昭和二九年一一月ころから事実上被上告人が中心となって同店の業務を運営するようになった、(3)貞道は青色申告の承認を受けており、式商店の営業による事業所得については、昭和二九年分から同四五年分まで貞道名義により青色申告がされてきたが、昭和四七年三月、同四六年分につき、被上告人が青色申告の承認を受けることなく自己の名義で青色申告書による確定申告をしたところ、上告人は、被上告人につき青色申告の承認があるかどうかの確認を怠り、右申告書を受理し、さらに昭和四七年分から同五〇年分までの所得税についても、被上告人に青色申告用紙を送付し、被上告人の青色申告書による確定申告を受理するとともにその申告に係る所得税額を収納してきた、(4)貞道名義で青色申告を継続してきた間、青色申告の承認を取り消されるようなことはなく、昭和四六年以降も式商店の帳簿書類の整備保存態勢に変化はなかった、(5)被上告人は、昭和五一年三月、上告人から青色申告の承認申請がなかったことを指摘されるや直ちにその申請をし、同年分以降についてその承認を受けた、というものである。
二 原審は、青色申告制度が課税所得額の基礎資料となる帳簿書類を一定の形式に従って保存整備させ、その内容に隠蔽、過誤などの不実記載がないことを担保させることによって、納税者の自主的から公正な申告による課税の実現を確保しようとする制度であることから考えると、右のような制度の趣旨を潜脱しない限度においては、青色申告書の提出について税務署長の承認を受けていなくても、青色申告としての効力を認めてもよい例外的な場合があるとしたうえ、右の事実関係のもとにおいては、被上告人が青色申告書を提出することについてその承認申請をしなかったとしても、必ずしも青色申告制度の趣旨に背馳するとは考えられず、上告人が青色申告書による確定申告を受理し、これにつきその承認があるかどうかの確認を怠り、単に被上告人がその承認申請をしていなかったことだけで青色申告の効力を否認するのは信義則に違反し許されないとし、被上告人の昭和四八年分及び同四九年分の各所得税の確定申告について、これを白色申告とみなして行った本件各更正処分は違法である、と判断した。
 論旨は、要するに、原審の右判断は、法令の解釈適用を誤り、審理不尽、理由不備の違法を犯したものである、というのである。
三 所得税法第二編第五章第三節に規定する青色申告の制度は、納税者が自ら所得金額及び税額を計算し自主的に申告して納税する申告納税制度のもとにおいて、適正課税を実現するために不可欠な帳簿の正確な記帳を推進する目的で設けられたものであって、同法一四三条所定の所得を生ずベき業務を行う納税者で、適式に帳簿書類を備付けてこれに取引を忠実に記載し、かつ、これを保存する者について、当該納税者の申請に基づき、その者が特別の申告書(青色申告書)により申告することを税務署長が承認するものとし、その承認を受けた年分以後青色申告書を提出した納税者に対しては、推計課税を認めないなどの課税手続上の特典及び事業専従者給与や各種引当金・準備金の必要経費算入、純損失の繰越控除など所得ないし税額計算上の種々の特典を与えるものである。青色申告の承認は、所得税法一四四条の規定に基づき所定の申請書を提出した居住者(同法二条三号)に与えられる(同法一四六条、一四七条)。そして、青色申告の承認の効力は、その承認を受けた居住者が一定の業務を継続する限りにおいて存続する一身専属的なものとされている(同法一五一条二項)。
 以上のような青色申告の制度をみれば、青色申告の承認は、課税手続上及び実体上種々の特典(租税優遇措置)を伴う特別の青色申告書により申告することのできる法的地位ないし資格を納税者に付与する設権的処分の性質を有することが明らかである。そのうえ、所得税法は、税務署長が青色申告の承認申請を却下するについては申請者につき一定の事実がある場合に限られるものとし(一四五条)、かつ、みなし承認の規定を設け(一四七条)、同法所定の要件を具備する納税者が青色申告の承認申請書を提出するならば、遅滞なく青色申告の承認を受けられる仕組みを設けている。このような制度のもとにおいては、たとえ納税者が青色申告の承認を受けていた被相続人の営む事業にその生前から従事し、右事業を継承した場合であっても、青色申告の承認申請書を提出せず、税務署長の承認を受けていないときは、納税者が青色申告書を提出したからといって、その申告に青色申告としての効力を認める余地はないものといわなければならない。これと異なり、青色申告書の提出について税務署長の承認を受けていなくても青色申告としての効力を認めてもよい例外的な場合がある、として原審の判断は、青色申告の制度に関する法令の解釈適用を誤ったものというほかない。
 原審の確定した事実関係によれば、被上告人は、その昭和四八年分及び同四九年分の各所得税について青色申告の承認を受けていないというのであるから、被上告人の右両年分の所得税の確定申告については、青色申告書としての効力を認める余地はなく、これを白色申告として取り扱うべきものである。そのうえで、被上告人の確定申告につき、上告人が法令の規定どおりに白色申告として所得金額及び所得税額を計算し、更正処分をすることを違法とする特別の事情があるかどうかを検討すべきものである。
四 租税法規に適合する課税処分について、法の一般原理である信義則の法理の適用により、右課税処分を違法なものとして取り消すことができる場合があるとしても、法律による行政の原理なかんずく租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては、右法理の適用については慎重でなければならず、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に、初めて右法理の適用の是非を考えるべきものである。そして、右特別の事情が存するかどうかの判断に当たっては、少なくとも、税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ、のちに右表示に反する課税処分が行われ、そのために納税者が経済的不利益を受けることになったものであるかどうか,また、納税者が税務官庁の右表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないかどうかという点の考慮は不可欠のものであるといわなければならない。
 これを本件についてみるに、納税申告は、納税者が所轄税務署長に納税申告書を提出することによって完了する行為であり(国税通則法一七条ないし二二条参照)、税務署長による申告書の受理及び申告税額の収納は、当該申告書の申告内容を是認することを何ら意味するものではない(同法二四条参照)。また、納税者が青色申告書により納税申告したからといって、これをもって青色申告の承認申請をしたものと解しうるものでないことはいうまでもなく、税務署長が納税者の青色申告書による確定申告につきその承認があるかどうかの確認を怠り、翌年分以降青色申告の用紙を当該納税者に送付したとしても、それをもって当該納税者が税務署長により青色申告書の提出を承認されたものと受け取りうべきものでないことも明らかである。そうすると、原審の確定した前記事実関係をもってしては、本件更正処分が上告人の被上告人に対して与えた公的見解の表示に反する処分であるということはできないものというべく、本件更正処分について信義則の法理の適用を考える余地はないものといわなければならない。

 信義則が税務事案に適用される可能性を一般論としては承認しつつ、「税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ、のちに右表示に反する課税処分が行われ、そのために納税者が経済的不利益を受けることになったものであるかどうか,また、納税者が税務官庁の右表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないかどうかという点の考慮は不可欠」。事案の解決としては適用を否定。

hn 金属マンガン事件・山形地判昭和46年6月14日行集26巻1号36頁訟月18巻1号22頁・仙台高判昭和50年1月22日行集26巻1号3頁訟月21巻4号837頁・最判昭和53年7月18日訟月24巻12号2696頁…金属マンガンは地方税法(昭和40年法律第35号による改正前)489条1項2号の合金鉄に該当するか否か。一審が請求認容、二審・上告審が請求棄却。
最判平成22年4月13日民集64巻3号791頁(市の指導に従って土地を市に売却し、都市計画法56条を経て租特33条の4の譲渡所得5000万円特別控除の恩恵にあずかろうとしたところ、この特別控除が認められなかった事例)は信義則の論点について差し戻したが、差戻控訴審名古屋高判平成23年1月27日平成22年(行コ)17号TAINS:Z888-1604においても納税者敗訴(確定したかは不明)。なお、類似事例(地権者は異なる)で過少申告加算税額相当額の損害につき市の国家賠償責任を認めたものとして最判平成22年4月20日裁時1506号5頁平成20(受)2065号。参照:神山弘行2012.12.21公判報告;鎌野真敬・ジュリスト1416号81頁;鎌野真敬・法曹時報64巻3号225頁。

ho 最高裁判所平成五年(行ツ)第一五号 平成六年一二月二〇日第三小法廷判決
       主   文
原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。
被上告人らの請求を棄却する。
訴訟の総費用は被上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人奥川貴弥、同高木裕康の上告理由一ないし三について
一 原審が適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
 東村山市は、市民の利用に供するテニスコート、少年野球場及びゲートボール場を設けるため、第一審判決別表第一の借用地欄記載の各土地(以下「本件各土地」という)をその所有者らから提供を受けて確保することを企図し、そのため、右所有者らに対し、本件各土地の提供を受けた場合にはその固定資産税は非課税とする旨の見解を示し、また、本件各土地につき三・三平方メートル当たり一箇月五〇円の割合の金員を報償費として支払う旨を提案して協力を求め、その結果、右所有者らから右提案内容についての了解を得て本件各土地を借り受けた。
 同市の市長であった上告人は、右の合意に従い、本件各土地につき、昭和六〇年度の固定資産税を賦課しない措置(以下「本件非課税措置」という。)を採り、その後、その徴収権が時効により消滅するに至った。
 なお、通常の取引上本件各土地を建物所有以外の目的で賃借する場合の賃料額は、三・三平方メートル当たり一箇月五〇〇円ないし一三七三円であり、また、本件各土地に課される固定資産税額は、三・三平方メートル当たりに換算すると一箇月一〇〇円ないし二〇〇円であって、本件各土地についての右賃料額は、右各固定資産税額及び右各報償費の合計額よりもはるかに高額なものとなる。
二 原審は、右の事実を前提として、次のとおり判示した。
1 本件において、同市は、本件各土地の所有者らに対し、土地の借受けの見返りとして右報償費を支払っているので、地方税法(以下「法」という。)三四八条二項ただし書及び東村山市税条例(昭和二五年条例第四号。以下「市税条例」という。)四〇条の六にいう「固定資産を有料で借り受けた」場合に当たり、上告人は、右各規定により、本件各土地に対し固定資産税を課すべき義務を負っているというべきである。
2 上告人は、法律上、固定資産税を課すべき義務を負っているのであるから、同市が、本件各土地所有者らに対し、固定資産税を課さない旨の見解を示して土地を借り受けたとしても、そのことにより本件非課税措置の違法性が阻却されるものではない。
3 地方自治法二四二条の二第一項四号に基づく住民訴訟における損害額の算定に当たっては、普通地方公共団体の得た利益をもしんしゃくすべきであるが、右利益は、問題とされた財務会計上の行為と法律上対価関係にあり、かつ、相当因果関係にあることが必要であり、そのような関係にない事実上の利益はしんしゃくすべきではないところ、同市は、本件各土地の借受けによって、通常の賃貸借における賃料額から右報償費を差し引いた額相当の利益(差引利益)を得ていることは明らかであるが、右利益は事実上のものにすぎず、本件非課税措置とは法律上対価関係にはなく、また、相当因果関係もないので、これをしんしゃくすべきではない。したがって、同市は、本件各土地に対する固定資産税の合計額に相当する額の損害を被ったことになる。
三 原審の右判断のうち、1及び2は是認することができるが、3は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
1 法三四八条二項は、そのただし書において、固定資産を有料で借り受けた者がこれを同項各号所定の固定資産として使用する場合には、本文の規定にかかわらず、固定資産税を右固定資産の所有者に課することができるとしているところ、ここでいう「固定資産を有料で借り受けた」とは、通常の取引上固定資産の貸借の対価に相当する額に至らないとしても、その固定資産の使用に対する代償として金員が支払われているときには、これに当たるものというべきである。
 また、市税条例四〇条の六にいう「固定資産を有料で借り受けた」も、これと同趣旨であると解すべきである。
 ところで、同市が本件各土地の所有者らに対し、土地の借入れの見返りとして支払っている報償費の金額は、一律に三・三平方メートル当たり月額五〇円であり、これは、本件各土地を賃借した場合の賃料の一〇分の一以下であるけれども、面積に応じて報償費が支払われていること、前記の使用目的からみて本件各土地の所在場所等によってその利用価値に大きな差があるとは考えられないことからすると、報償費は土地使用の代償であって、同市が本件各土地を報償費を支払って借り受けたことは「固定資産を有料で借り受けた」場合に当たると解すべきである。前記二の1のとおり原審の判断はこれと同旨であり、正当として是認することができ、この点につき原判決に所論の違法はない。上告理由一は採用することができない。
2 上告人が、法律上、固定資産税を課すべき義務を負っている以上、同市が、本件各土地所有者らに対し、固定資産税を課さない旨の見解を示して土地を借り受けたとしても、そのことにより本件非課税措置の違法性が阻却されるものではない。前記二の2のとおり原審の判断はこれと同旨であり、正当として是認することができ、この点につき原判決に所論の違法はない。上告理由二は採用することができない。
3 次に、本件非課税措置による損害の発生について検討する。
(一)地方自治法二四二条の二第一項四号に基づく住民訴訟において住民が代位行使する損害賠償請求権は、民法その他の私法上の損害賠償請求権と異なるところはないというべきであるから、損害の有無、その額については、損益相殺が問題になる場合はこれを行った上で確定すべきものである。したがって、財務会計上の行為により普通地方公共団体に損害が生じたとしても、他方、右行為の結果、その地方公共団体が利益を得、あるいは支出を免れることによって利得をしている場合、損益相殺の可否については、両者の間に相当因果関係があると認められる限りは、これを行うことができる。
(二)本件においては、同市は、本件各土地を借り受けるに際し、土地所有者らに対し、各土地の固定資産税は非課税とする旨の見解を示し、通常の賃貸借における賃料額よりかなり低額の右報償費を支払うことを約束して貸借の合意に至っており、上告人は、これに従って本件非課税措置を採ったものである。しかし、前示のとおり、本件は固定資産税を非課税とすることができる場合ではないので、本件非課税措置は違法というべきであり、同市は、これにより右税額相当の損害を受けたものというべきである。しかしながら、同市は、同時に、本来なら支払わなければならない土地使用の対価の支払を免れたものであり、右対価の額から右報償費を差し引いた額相当の利益を得ていることも明らかである。そして、上告人が本件非課税措置を採らずに固定資産税を賦課した場合には、それでもなお本件各土地の所有者らが本件のような低額の金員を代償として土地の使用を許諾したはずであるという事情は認定されていないので、前記の原審認定事実によれば、同市があくまでも本件各土地の借受けを希望するときは、土地使用の対価として、近隣の相場に従った額又はそれに近い額の賃料を支払う必要が生じたことは、見やすいところであり、その額が固定資産税相当額に右報償費相当額を加えた額以上の金額になることは、前記の原審の認定する各金額の差から明らかである。
 したがって、上告人が本件非課税措置を採ったことによる同市の損害と、右措置を採らなかった場合に必要とされる本件各土地の使用の対価の支払をすることを免れたという同市が得た前記の差引利益とは,対価関係があり、また、相当因果関係があるというべきであるから、両者は損益相殺の対象となるものというべきである。そうであれば、後者の額は前者の額を下回るものではないから、同市においては、結局、上告人が本件非課税措置を採ったことによる損害はなかったということになる。
(三)以上によれば、上告人が本件非課税措置を採ったことにより同市が固定資産税相当額の損害を被ったとする原判決及び第一審判決は、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。この点の論旨は理由があり、その余の上告理由につき判断するまでもなく、原判決は破棄を免れず、第一審判決は取り消されるべきであり、右判示するところによれば、被上告人らの本訴請求は、理由がなく、棄却されるべきものである。

hp 組合課税について論じた論文は多数あるが、高橋祐介『アメリカ・パートナーシップ所得課税の構造と問題』(清文社、2008);種五誠二「組合契約における構成員課税の在り方―組合員に係る帰属損益額の計算方法の検討を中心に―」税務大学校論叢66号243頁(2010.6.29);増井良啓「組合損益の出資者への帰属」税務事例研究49巻58頁(1999);等参照。
東京地判平成23年2月4日平成21年(行ウ)16号Z888-1592請求認容・東京高判平成23年8月4日平成23年(行コ)89号控訴棄却(確定)…納税者はT組合(民法上の任意組合)について総額法を採用、A1組合・A2組合(ともに投資事業有限責任組合と有限責任組合の関係)について純額方式を採用した。課税庁が総額主義で課税処分を打った事例。品川芳宣「任意組合等から組合員が得る損益(所得)の計算方法」税研160号84-87頁(2011.11)、森稔樹「任意組合等から生じた所得の計算方法に関する所得税法の解釈と課税要件明確主義」速報判例解説Web版租税法No.61、高橋祐介@平成23年重要判例解説、租税判例研究会2013年2月15日酒井克彦報告

hq  「課税所得は、企業会計によって算出された企業利益を基礎とする」 会計方法「の選択適用については継続性を前提とする限り弾力性が認められている」 「税法の各種の規制は、企業会計をゆがめ、また企業の実態に即応しない結果を生ぜしめるので、これを大幅に緩和する」
 ↓
法人税法22条4項「第2項に規定する当該事業年度の収益の額及び前項各号に掲げる額は、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従つて計算されるものとする。」
「企業会計上の当期利益から出発し、法人税法上必要な項目につき加算ないし減算を加えることによって、所得金額を導出する、というやり方がとられている。」
参考:中里実「企業課税における課税所得算定の法的構造(1〜5完)」法学協会雑誌100巻1号50頁、3号477頁、5号935頁、7号1295頁、9号1545頁(1983)

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§321.03 大竹貿易株式会社事件・最判平成5年11月25日民集47巻9号5278頁 百選62
1 上告人は、ビデオデッキ、カラーテレビ等の輸出取引を業とする株式会社であるが、上告人と海外の顧客との間の輸出取引は、上告人において輸出商品を船積みし、運送人から船荷証券の発行を受けた上、商品代金取立てのための為替手形を振り出して、これに船荷証券その他の船積書類を添付し、いわゆる荷為替手形として、これを上告人の取引銀行で買い取ってもらうというものであった。なお、国際商業会議所において採択された貿易条件の解釈に関する国際規則(インコタームス)に示された主要貿易条件に関する統一的解釈によれば、右のように船荷証券が発行されている場合には、上告人が採用しているいずれの貿易条件によっても、売主が船荷証券を中心とする船積書類を整えて買主に提供したときに、商品の所有権は買主に移転し、その効果が船積みの時にさかのぼるものとされている。
2 今日の輸出取引においては、信用状の授受や輸出保険制度の利用により、売主は商品の船積みを完了すれば、取引銀行において為替手形を買い取ってもらうことにより売買代金の回収を図り得る実情にある。このような輸出取引の実情を背景として、輸出取引による収益の計上については、船積時を基準として収益を計上する会計処理(以下、この会計処理基準を「船積日基準」という。)が、実務上は、広く一般的に採用されている。
3 ところが、上告人は、前記の荷為替手形を取引銀行で買い取ってもらう際に船荷証券を取引銀行に交付することによって商品の引渡しをしたものとして、従前から、荷為替手形の買取りの時点において、その輸出取引による収益を計上してきており(以下、この会計処理基準を「為替取組日基準」という。)、昭和五五年三月期及び同五六年三月期においても、輸出取引による収益を右の為替取組日基準によって計上して所得金額を計算し、法人税の申告を行った。
4 これに対し、被上告人は、為替取組日基準により収益を計上する会計処理は、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に適合せず、輸出取引による収益を船積日基準によって計上すべきものとして、上告人の昭和五五年三月期及び同五六年三月期の所得金額及び法人税額の更正を行った。
二 法人税法上、内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上当該事業年度の益金の額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、資本等取引以外の取引に係る収益の額とするものとされ(二二条二項)、当該事業年度の収益の額は、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って計算すべきものとされている(同条四項)。したがって、ある収益をどの事業年度に計上すべきかは、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従うべきであり、これによれば、収益は、その実現があった時、すなわち、その収入すべき権利が確定したときの属する年度の益金に計上すべきものと考えられる。もっとも、法人税法二二条四項は、現に法人のした利益計算が法人税法の企図する公平な所得計算という要請に反するものでない限り、課税所得の計算上もこれを是認するのが相当であるとの見地から、収益を一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って計上すべきものと定めたものと解されるから、右の権利の確定時期に関する会計処理を、法律上どの時点で権利の行使が可能となるかという基準を唯一の基準としてしなければならないとするのは相当でなく、取引の経済的実態からみて合理的なものとみられる収益計上の基準の中から、当該法人が特定の基準を選択し、継続してその基準によって収益を計上している場合には、法人税法上も右会計処理を正当なものとして是認すべきである。しかし、その権利の実現が未確定であるにもかかわらずこれを収益に計上したり、既に確定した収入すべき権利を現金の回収を待って収益に計上するなどの会計処理は、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に適合するものとは認め難いものというべきである。
三1 これを本件のようなたな卸資産の販売による収益についてみると,前記の事実関係によれば、船荷証券が発行されている本件の場合には、船荷証券が買主に提供されることによって、商品の完全な引渡しが完了し、代金請求権の行使が法律上可能になるものというべきである。したがって、法律上どの時点で代金請求権の行使が可能となるかという基準によってみるならば、買主に船荷証券を提供した時点において、商品の引渡しにより収入すべき権利が確定したものとして、その収益を計上するという会計処理が相当なものということになる。しかし、今日の輸出取引においては、既に商品の船積時点で、売買契約に基づく売主の引渡義務の履行は、実質的に完了したものとみられるとともに、前記のとおり、売主は、商品の船積みを完了すれば、その時点以降はいつでも、取引銀行に為替手形を買い取ってもらうことにより、売買代金相当額の回収を図り得るという実情にあるから、右船積時点において、売買契約による代金請求権が確定したものとみることができる。したがって、このような輸出取引の経済的実態からすると、船荷証券が発行されている場合でも、商品の船積時点において、その取引によって収入すべき権利が既に確定したものとして、これを収益に計上するという会計処理も、合理的なものというべきであり、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に適合するものということができる。
2 これに対して、上告人が採用している会計処理は、荷為替手形を取引銀行で買い取ってもらう際に船荷証券を取引銀行に交付することによって商品の引渡しをしたものとして、為替取組日基準によって収益を計上するものである。しかし、この船荷証券の交付は、売買契約に基づく引渡義務の履行としてされるものではなく、為替手形を買い取ってもらうための担保として、これを取引銀行に提供するものであるから、右の交付の時点をもって売買契約上の商品の引渡しがあったとすることはできない。そうすると、上告人が採用している為替取組日基準は、右のように商品の船積みによって既に確定したものとみられる売買代金請求権を、為替手形を取引銀行に買い取ってもらうことにより現実に売買代金相当額を回収する時点まで待って、収益に計上するものであって、その収益計上時期を人為的に操作する余地を生じさせる点において、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に適合するものとはいえないというべきである。このような処理による企業の利益計算は、法人税法の企図する公平な所得計算の要請という観点からも是認し難いものといわざるを得ない。
[裁判官味村治、同大白勝の反対意見がある]
反対意見──「船荷証券を直接買主に引き渡すことは極めてまれ」。「取引銀行を介」すのが「通例」。「為替取組日基準による会計処理も、前記の一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に適合する」。この基準を「継続」していれば「任意に操作」して「不当に税負担を免れ」ることもない。

N&Q 1. 権利確定主義 違法な所得・支出 管理支配基準 それぞれの意味についてチェック。

3. 「遅かれ早かれいつかは課税されるのであれば、それはしょせんタイミングの問題にすぎない」にとどまらない理由……課税繰延の利益、損益通算の可能性、税率の変動


 法人税法22条4項の公正処理基準(公正妥当な会計処理の基準)について、平川雄士「近時の判例等にみる租税法の原理・原則」租税研究769号104頁(2013.11)が、不動産信託流動化事件(ビックカメラ事件後述)を、用いられている会計原則(不動産流動化実務指針)が一般に公正妥当と認められる会計処理の基準にそもそも該当しないとした事例として紹介し、債権信託流動化事件・東京地判平成24年11月2日平成22(行ウ)693(請求棄却・控訴・未確定)(吉村政穂・ジュリスト1451号8頁、浅妻章如・立教法学87号204頁参照)を、用いられている会計原則(金融商品会計実務指針の105項)は一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従っているが納税者自身の会計原則の解釈適用が誤っているとして法人税法22条4項違反とした事例として紹介し、発電設備有姿除却事件・東京地判平成19年1月31日平成17(行ウ)597(請求認容・確定)(平石雄一郎・租税判例研究会2008.2.1報告)を、用いられている会計原則(電気事業会計原則)が一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従っており納税者自身の処理も適法であるとした事例として紹介している。
 ビックカメラ事件東京地判平成25年2月25日平成24(行ウ)26号・東京高判平成25年7月19日平成25(行コ)117号(信託受益権譲渡。金融取引扱いの会計処理を公認会計士協会with金融庁が示しても法人税法上は私法の通り譲渡扱い)について第755回租税判例研究会中里実2014年4月4日報告は賛否示さず。法人税法上の「公正妥当」を強く要請する判決として論理的に首尾一貫しうる一方、昭和42年頃に法人税法22条4項が企業会計に【丸投げ】していた(但し中里実説は丸投げしていたとは法的には説明しない)という従来の経緯と違うのではないかという疑問も残る。
 三城ホールディングス・東京地判平成26年4月25日平24(ワ)9299号(請求棄却)…非上場株式評価損計上が認められなかった事例。法基通9-1-7(注2)参照。判決文より――「会計指針では回復可能性が減損処理の除外事由として例外的な定めがされているから、会計上評価損計上すべきとの判断がなされたからといって,回復可能性の判断がされたと直ちには認めることはできない。同陳述書の記載を直ちに採用することはできない。」←@masayoshimuさんらから。

hs 付加価値税の参考文献:水野忠恒『消費税の制度と理論』(弘文堂、1989)、『消費税』日税研論集30号(1995)、ジョルジュ・エグレ『附加価値税』(1985)

ht 最高裁判所第一小法廷平成10年(行ヒ)第41号 平成15年6月26日判決
       主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人金岡昭,同小林紀歳,同江原勲,同鈴木朗の上告受理申立て理由一ないし四について
1 本件は,東京都千代田区a町b丁目c番dの土地(以下「本件土地1」という。)及び同番eの土地(以下,「本件土地2」といい,これらを併せて「本件各土地」という。)の固定資産税の納税義務者である被上告人が,東京都知事によって決定され,東京都千代田都税事務所長によって土地課税台帳に登録された本件各土地の平成6年度の価格について,上告人に対して審査の申出をしたところ,上告人から,平成7年6月2日付けで本件土地1の価格を10億9890万1690円,本件土地2の価格を1103万3010円とする決定(以下「本件決定」という。)を受けたため,本件決定のうち本件土地1について1億3629万2820円を超える部分,本件土地2について91万8500円を超える部分の取消しを求めた事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)地方税法(平成11年法律第15号による改正前のもの。以下「法」という。)349条1項は,土地に対して課する基準年度の固定資産税の課税標準を,当該土地の基準年度に係る賦課期日における価格で土地課税台帳又は土地補充課税台帳(以下「土地課税台帳等」という。)に登録されたものとすると定め,同項にいう価格について,法341条5号は,適正な時価をいうと規定する。平成6年度は上記の基準年度であり,これに係る賦課期日は,法359条の規定により平成6年1月1日である。
(2)法388条1項は,自治大臣が,固定資産の評価の基準並びに評価の実施の方法及び手続を定め,これを告示しなければならないと規定し,同項に基づき定められた固定資産評価基準(昭和38年自治省告示第158号。平成8年自治省告示第192号による改正前のもの。以下「評価基準」という。)は,主として市街地的形態を形成する地域における宅地については,市街地宅地評価法によって各筆の宅地について評点数を付設し,これに評点1点当たりの価額を乗じて,各筆の宅地の価額を求めるものとする。この市街地宅地評価法は,〔1〕状況が相当に相違する地域ごとに,その主要な街路に沿接する宅地のうちから標準宅地を選定し,〔2〕標準宅地について,売買実例価額から評定する適正な時価を求め,これに基づいて上記主要な街路の路線価を付設し,これに比準してその他の街路の路線価を付設し,〔3〕路線価を基礎とし,画地計算法を適用して各筆の宅地の評点数を付設するものである。
(3)自治事務次官は,平成6年度の土地の価格の評価替えに当たり,各都道府県知事あてに,「「固定資産評価基準の取扱いについて」の依命通達の一部改正について」(平成4年1月22日自治固第3号。以下「7割評価通達」という。)を発出し,宅地の評価に当たっては,地価公示法による地価公示価格,国土利用計画法施行令による都道府県地価調査価格及び不動産鑑定士又は不動産鑑定士補による鑑定評価から求められた価格(以下「鑑定評価価格」という。)を活用することとし,これらの価格の一定割合(当分の間この割合を7割程度とする。)を目途とすることを通達した。
(4)自治省税務局資産評価室長は,各都道府県総務部長及び東京都主税局長あてに,「平成6年度評価替え(土地)に伴う取扱いについて」(平成4年11月26日自治評第28号。以下「時点修正通知」という。)を発出し,「平成6年度の評価替えは,平成4年7月1日を価格調査基準日として標準宅地について鑑定評価価格を求め,その価格の7割程度を目標に評価の均衡化・適正化を図ることとしているが,最近の地価の下落傾向に鑑み,平成5年1月1日時点における地価動向も勘案し,地価変動に伴う修正を行うこととする。」と通知した。
(5)本件決定においては,評価基準にのっとり,本件土地1と本件土地2を1画地として評点数が付設された。この画地が沿接する正面路線及び側方路線の路線価を付設する上で比準した各主要な街路の路線価の基となった標準宅地(以下,正面路線価の基準となった標準宅地を「標準宅地甲」といい,側方路線価の基準となった標準宅地を「標準宅地乙」という。)の価格の評定に際し,7割評価通達及び時点修正通知が適用された。すなわち,本件決定は,標準宅地甲については,価格調査基準日である平成4年7月1日における鑑定評価価格を基に同5年1月1日までの時点修正を行い,その7割程度である910万円をもって,標準宅地乙(地価公示法2条1項の標準地でもある。)については,同日の地価公示価格の7割である560万円をもって,それぞれの1平方メートル当たりの適正な時価とし,これを基礎に,本件各土地の価格を前記1のとおり決定した。
(6)標準宅地甲については,平成5年1月1日から同6年1月1日までに32%の価格の下落があり,同日におけるその1平方メートル当たりの客観的な交換価値は,890万6028円である。標準宅地乙については,平成5年1月1日から同6年1月1日までに33.75%の価格の下落があり,同日におけるその1平方メートル当たりの客観的な交換価値は,同日の地価公示価格の530万円である。
(7)上記(6)の標準宅地の客観的な交換価値に基づき,評価基準に定める市街地宅地評価法にのっとって,本件土地1及び本件土地2の価格を算定すると,それぞれ10億7447万9380円及び1078万7810円となる。
3 原審は,〔1〕評価基準は,賦課期日における標準宅地の適正な時価(客観的な交換価値)に基づいて,所定の方式に従って評価をすべきものとしていると解すべきであり,その方式には合理性があるものの,本件決定で評定された前記2(5)の各標準宅地の価格は,平成6年1月1日のその客観的な交換価値を上回る,〔2〕同日における各標準宅地の客観的な交換価値と認められる前記2(6)の価格に基づき,評価基準に定める市街地宅地評価法にのっとって,本件各土地の価格を算定すると,前記2(7)の価格となるから,本件決定のうちこれを上回る部分は違法であり,同部分を取り消すべきであると判断した。
論旨は,原審のこの判断には,法341条5号,349条1項,388条1項の解釈適用の誤りがある旨をいう。
4 法410条は,市町村長(法734条1項により特別区にあっては東京都知事。以下同じ。)が,固定資産の価格等を毎年2月末日までに決定しなければならないと規定するところ,大量に存する固定資産の評価事務に要する期間を考慮して賦課期日からさかのぼった時点を価格調査基準日とし,同日の標準宅地の価格を賦課期日における価格の算定資料とすること自体は,法の禁止するところということはできない。しかし,法349条1項の文言からすれば,同項所定の固定資産税の課税標準である固定資産の価格である適正な時価が,基準年度に係る賦課期日におけるものを意味することは明らかであり,他の時点の価格をもって土地課税台帳等に登録すべきものと解する根拠はない。そして,土地に対する固定資産税は,土地の資産価値に着目し,その所有という事実に担税力を認めて課する一種の財産税であって,個々の土地の収益性の有無にかかわらず,その所有者に対して課するものであるから,上記の適正な時価とは,正常な条件の下に成立する当該土地の取引価格,すなわち,客観的な交換価値をいうと解される。したがって,土地課税台帳等に登録された価格が賦課期日における当該土地の客観的な交換価値を上回れば,当該価格の決定は違法となる。
他方,法は,固定資産の評価の基準並びに評価の実施の方法及び手続を自治大臣の告示である評価基準にゆだね(法388条1項),市町村長は,評価基準によって,固定資産の価格を決定しなければならないと定めている(法403条1項)。これは,全国一律の統一的な評価基準による評価によって,各市町村全体の評価の均衡を図り,評価に関与する者の個人差に基づく評価の不均衡を解消するために,固定資産の価格は評価基準によって決定されることを要するものとする趣旨であるが,適正な時価の意義については上記のとおり解すべきであり,法もこれを算定するための技術的かつ細目的な基準の定めを自治大臣の告示に委任したものであって,賦課期日における客観的な交換価値を上回る価格を算定することまでもゆだねたものではない。
そして,評価基準に定める市街地宅地評価法は,標準宅地の適正な時価に基づいて所定の方式に従って各筆の宅地の評価をすべき旨を規定するところ、これにのっとって算定される当該宅地の価格が,賦課期日における客観的な交換価値を超えるものではないと推認することができるためには,標準宅地の適正な時価として評定された価格が,標準宅地の賦課期日における客観的な交換価値を上回っていないことが必要である。
5 前記事実関係によれば,本件決定において7割評価通達及び時点修正通知を適用して評定された標準宅地甲及び標準宅地乙の価格は,各標準宅地の平成6年1月1日における客観的な交換価値を上回るところ,同日における各標準宅地の客観的な交換価値と認められる前記2(6)の価格に基づき,評価基準にのっとって,本件各土地の価格を算定すると,前記2(7)の各価格となるというのである。そうすると,本件決定のうち前記各価格を上回る部分には,賦課期日における適正な時価を超える違法があり,同部分を取り消すべきものであるとした原審の判断は,正当として是認することができ,原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

hu 消費税における対価性について、参照:吉村典久「消費税の課税要件としての対価性についての一考察――対価性の要件と会費・補助金」金子宏編『租税法の発展』396頁(有斐閣、2010);等。

hv 一般論として、マーリーズ・レビューを紹介する西山由美「『良い租税』としての消費税の条件――EU付加価値税30年の検証を踏まえて」租税研究2010年11月155頁;西山由美「KEYWORD 消費税の複数税率」ジュリスト1421号50-51頁(2011.4.15)等参照。複数税率を良しとする議論の多くは取るに足りないものであるが、例外もある。小塩隆士『再分配の厚生分析』第4章「消費税改革と社会的厚生・貧困」は複数税率(必需品的色彩の濃淡を見つつ税率を変える)について積極的に論ずる。但し分類をめぐる政治闘争等の負の側面には触れてない。[浅妻]このような経済学の議論が想定するほどに精緻な仕組みを現実の租税法規に書き込めるのか(しかも政治闘争を排しつつ)という疑問は残る。

hw 還付に関する単純化された説明として渡辺智之「基礎的消費支出に係る消費税相当額の控除又は還付制度:可能性と問題点」税研154号31-36頁(2010.11)参照。

hx 最高裁判所第三小法廷令和2年(行ヒ)第68号 令和2年6月30日判決
       主   文
1 原判決を破棄する。
2 被上告人が令和元年5月14日付けで泉佐野市に対してした地方税法37条の2第2項及び314条の7第2項の規定による指定をしない旨の決定を取り消す。
3 訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人阿部泰隆ほかの上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
1 平成31年法律第2号(以下「本件改正法」という。)による地方税法の一部改正により,いわゆるふるさと納税として個人の道府県民税及び市町村民税(以下「個人住民税」という。)に係る特例控除の対象となる寄附金について,所定の基準に適合する都道府県,市町村又は特別区(以下「地方団体」と総称する。)として総務大臣が指定するものに対するものに限られるという制度(以下「本件指定制度」という。)が導入された。本件は,被上告人が上記の指定の申出をした泉佐野市に対して当該指定をしない旨の決定(以下「本件不指定」という。)をしたことについて,上告人が,本件不指定は違法な国の関与に当たると主張して,地方自治法251条の5第1項に基づき,被上告人を相手に,本件不指定の取消しを求める事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要(公知の事実を含む。)は,次のとおりである。
(1)ふるさと納税制度の概要
 平成20年法律第21号による地方税法の一部改正により,個人住民税の納税義務者の地方団体に対する寄附金(以下,単に「寄附金」という。)のうち一定額を超える額について,所得税の所得控除(所得税法78条1項)及び10%相当額の個人住民税の税額控除がされることに加えて,個人住民税の税額控除の金額に所定の上限額の範囲内で特例控除額の加算(以下「特例控除」という。)がされるという制度(以下「ふるさと納税制度」という。)が設けられた(上記改正後の地方税法37条の2第1項,2項及び314条の7第1項,2項。なお,市町村民税に係る地方税法314条の7に規定する内容は,道府県民税に係る同法37条の2に規定するところと同様であるため,以下,同法314条の7に関する記載は,特に必要がない限り省略する。)。これにより,上記上限額の範囲内であれば,寄附金のうち上記一定額を超える部分の全額が,所得税及び個人住民税から控除されることとなった。
(2)地方団体による返礼品の提供の状況等
ア ふるさと納税制度の創設当時,地方団体が寄附金の受領に伴い当該寄附金を支出した者に対して提供する物品,役務等(以下「返礼品」と総称する。)について特に定める法令上の規制は存在しなかった。
イ その後,返礼割合(寄附金の額に対する返礼品の調達価格の割合をいう。以下同じ。)の高い返礼品を提供する地方団体が多くの寄附金を集める事態が生じたこと等から,総務大臣は,地方団体に対する地方自治法245条の4第1項の技術的な助言として,平成27年4月1日付け通知(総税企第39号)及び同28年4月1日付け通知(総税企第37号)を発した。上記各通知は,返礼品について,換金性の高いものや高額な又は返礼割合の高いものの送付を行わないようにすること等を求めるものであった。
ウ しかし,平成28年度には,返礼割合が3割を超える返礼品を提供する地方団体の数は,全体の64.7%に当たる1156に上った。そして,総務省が平成29年3月頃に行った全国的連合組織(全国知事会,全国市長会及び全国町村会)や有識者等からの意見聴取においては,地方団体間での返礼品の提供競争が過熱していることへの懸念のほか,国において返礼品に係る一定の基準やルールを設けるべきであるとする意見等が示された。
エ このような状況を受けて,総務大臣は,地方団体に対する地方自治法245条の4第1項の技術的な助言として,平成29年4月1日付け通知(総税市第28号。以下「平成29年通知」という。)及び同30年4月1日付け通知(総税市第37号。以下「平成30年通知」といい,前記イの各通知及び平成29年通知と併せて「本件各通知」という。)を発した。平成29年通知は,返礼割合を3割以下とすることを求めるものであり,平成30年通知は,これに加えて,返礼品をいわゆる地場産品(当該地方団体の区域内で生産されたものや同区域内で提供されるサービス)に限ることを求めるものであった。
 平成29年通知及び平成30年通知を受けて,多くの地方団体は返礼品の内容を見直したが,総務省の調査によれば,平成30年11月1日時点において,25地方団体(全体の1.4%)が3割を超える返礼割合の返礼品を提供し,73地方団体(同4.1%)が地場産品以外の返礼品を提供していた。
(3)本件指定制度を導入する法改正の経緯
ア 平成30年11月20日に開催された地方財政審議会において,依然として一部の地方団体が過度な返礼品を送付して多額の寄附金を得る状況が継続しているため,制度的な対応を講ずることが必要であるとした上で,本件各通知の内容も踏まえ,返礼割合が3割超又は地場産品以外の返礼品を送付し制度の趣旨をゆがめているような地方団体に対する寄附金については,特例控除が行われないこととすること等が考えられるとの意見が取りまとめられた。
イ 平成30年12月14日に与党(自由民主党及び公明党)により取りまとめられた平成31年度税制改正大綱(以下「与党税制改正大綱」という。)では,「過度な返礼品を送付し,制度の趣旨を歪めているような地方公共団体については,ふるさと納税の対象外にすることができるよう,制度の見直しを行う」との基本的な考え方と共に,総務大臣が「寄附金の募集を適正に実施する都道府県等」等の所定の基準に適合する地方団体を特例控除の対象として指定することとし,指定をした地方団体が基準に適合しなくなったと認める場合等には指定を取り消すことができることとするとの方針が示された。また,同月21日に閣議決定がされた平成31年度税制改正の大綱(以下「政府税制改正大綱」という。)においても,同様の方針が示された。
ウ これらを踏まえて,総務省は,本件指定制度の導入等を内容とする地方税法等の一部を改正する法律案(以下「本件法律案」という。)を作成し,本件法律案は,平成31年2月8日に閣議決定された後,内閣から国会に提出された。
 総務省が本件法律案の作成に際して内閣法制局に提出した説明資料には,特例控除の対象としない地方団体を指定することは,過度な返礼品の送付を行っている地方団体に対するペナルティとして制度を設計することとなり,手続保障の面から課題が多いため,一定のルールの中で寄附金の募集を適正に行う地方団体を総務大臣が指定する方式により,特例控除の対象を限定することとする旨の記載がある。また,総務省が作成した本件法律案の要綱には,「寄附金の募集を適正に実施すること」等の基準に適合する地方団体として総務大臣が指定するものに対する寄附金を,特例控除の対象とする旨の記載がある。
エ 総務大臣等は,国会での審議において,本件指定制度を導入する趣旨につき,過度な返礼品の提供や宣伝広報をする一部の地方団体にふるさと納税が集中している状況を是正するため,寄附金の募集を適正に行う地方団体をふるさと納税の対象とするよう,制度の見直しを行う旨の答弁をした。また,上記審議において,指定に当たり地方団体の過去の募集実績を考慮するか否かについて,積極及び消極の両方の立場から質問がされたが,同大臣等は,指定については,改正後の法律の規定に基づき,募集の適正な実施に係る基準に適合する地方団体として認められるかどうかをできる限り客観的な情報を基に判断した上で行う必要があるとした上,指定の基準の具体的内容については検討中であり,他の既存の寄附金控除の仕組みも参考としつつ,その検討をしたい旨の答弁をした。
オ 本件法律案は,上記のような審議を経て,平成31年3月27日,平成31年法律第2号(本件改正法)として成立した。本件改正法のうち,本件指定制度の導入等を内容とする地方税法37条の2及び314条の7の改正規定(以下「本件改正規定」という。)は,令和元年6月1日から施行された。
(4)本件指定制度の概要
ア 地方税法(本件改正規定による改正後のもの。以下同じ。)37条の2は,概要次のとおり規定する。
(ア)個人住民税の納税義務者が特例控除対象寄附金を支出した場合には,特例控除をするものとする(1項)。
(イ)1項の特例控除対象寄附金とは,同項1号に掲げる地方団体に対する寄附金(以下「第1号寄附金」ということがある。)であって,次の〔1〕の基準(地方団体が返礼品等(地方団体が第1号寄附金の受領に伴い当該第1号寄附金を支出した者に対して提供する物品,役務その他これらに類するものとして総務大臣が定めるものをいう。以下同じ。)を提供する場合には,次の〔1〕〜〔3〕の基準)に適合する地方団体として同大臣が指定するものに対するものをいう(2項柱書き)。
〔1〕地方団体による第1号寄附金の募集の適正な実施に係る基準として総務大臣が定める基準(2項柱書き。以下「募集適正基準」という。)
〔2〕地方団体が個別の第1号寄附金の受領に伴い提供する返礼品等の調達に要する費用の額として総務大臣が定めるところにより算定した額が,いずれも当該地方団体が受領する当該第1号寄附金の額の100分の30に相当する金額以下であること(2項1号)
〔3〕地方団体が提供する返礼品等が当該地方団体の区域内において生産された物品又は提供される役務その他これらに類するものであって,総務大臣が定める基準に適合するものであること(2項2号。以下,上記〔2〕の基準と併せて「法定返礼品基準」という。)
(ウ)2項の規定による指定(以下,単に「指定」という。)を受けようとする地方団体は,総務省令で定めるところにより,所定の事項を記載した申出書に,同項に規定する基準に適合していることを証する書類を添えて,これを総務大臣に提出しなければならない(3項。以下,同項に規定する申出書を単に「申出書」ということがある。)。
(エ)総務大臣は,指定をした地方団体に対し,第1号寄附金の募集の実施状況その他必要な事項について報告を求めることができる(5項)。
(オ)総務大臣は,指定をした地方団体が2項に規定する基準のいずれかに適合しなくなったと認めるとき,又は上記報告をせず,若しくは虚偽の報告をしたときは,指定を取り消すことができる(6項)。同項の規定により指定を取り消され,その取消しの日から起算して2年を経過しない地方団体は,指定を受けることができない(4項)。
イ 地方税法37条の2第3項に規定する総務省令である地方税法施行規則1条の16は,指定を受けようとする地方団体は,指定対象期間(毎年10月1日から翌年9月30日までの期間)の初日の属する年の7月1日から同月31日までの間に,同項に規定する申出書及び書類を総務大臣に提出すべきものと規定する。ただし,令和元年6月1日から同2年9月30日までの期間(以下「初年度」という。)に係る指定については,指定対象期間は原則として同元年6月1日から同2年9月30日まで,上記の申出書及び書類の提出期間は平成31年4月1日から同月10日までとされた(平成31年総務省令第38号附則2条2項)。なお,これに関連して,本件改正規定の施行の日(令和元年6月1日)前においても,申出書の提出及びこれに対する指定をすることができ,この場合において,その指定を受けた地方団体は同日において指定を受けたものとみなすものとされた(本件改正法附則2条5項,6項)。
(5)本件告示の概要
 総務大臣は,平成31年4月1日,地方税法37条の2第2項に基づき,募集適正基準等を定める告示(平成31年総務省告示第179号。以下「本件告示」という。)を発し,令和元年6月1日から適用することとした。
 本件告示のうち,募集適正基準に係る部分の概要は,次のとおりである。
ア 本件告示は,ふるさと納税制度が,ふるさとやお世話になった地方団体に感謝し,若しくは応援する気持ちを伝え,又は税の使いみちを自らの意思で決めることを可能とすることを趣旨として創設された制度であることを踏まえ,その適切な運用に資するため,指定に係る基準等を定めるものとする(本件告示1条)。
イ 地方税法37条の2第2項に規定する第1号寄附金の募集の適正な実施に係る基準は,次の各号のいずれにも該当することとする(本件告示2条柱書き)。
(ア)第1号寄附金の募集として,特定の者に経済的利益の供与を行うことを約して寄附者を紹介させる方法その他の不当な方法による募集,返礼品等を強調した寄附者を誘引するための宣伝広告,適切な寄附先の選択を阻害するような表現を用いた情報提供及び当該地方団体の区域内に住所を有する者に対する返礼品等の提供を行わないこと(1号)
(イ)各年度において第1号寄附金の募集に要した費用の合計額が,原則として,当該各年度において受領した第1号寄附金の合計額の5割以下であること(2号) (ウ)平成30年11月1日から申出書を提出する日までの間に,本件告示1条に規定する趣旨に反する方法により他の地方団体に多大な影響を及ぼすような第1号寄附金の募集を行い,当該趣旨に沿った方法による第1号寄附金の募集を行う他の地方団体に比して著しく多額の第1号寄附金を受領した地方団体でないこと(3号) (6)泉佐野市による寄附金の募集の態様及び本件不指定の経緯
ア 泉佐野市における寄附金の受領額は,平成23年度までは年間1000万円前後にとどまっていたが,寄附金の受入れのための取組が進められた結果,同27年度に約12億円,同28年度に約35億円,同29年度に約135億円,同30年度に約498億円と,大幅に増加した。このうち平成29年度及び同30年度の受領額は,いずれも全地方団体の中で最も多かった。
イ 泉佐野市の申出(後記ウ)によれば,平成30年11月1日から同31年3月31日までの期間において,同市の寄附金の受領額は約332億円であったところ,同市が提供した1026品目の返礼品の返礼割合はいずれも3割を超え(平均43.5%),そのうち745品目は地場産品ではないものであった。
 泉佐野市は,上記期間中の平成30年12月及び同31年2月から同年3月までの間,「100億円還元キャンペーン」等と称し,従来の返礼品に加えて寄附金額の3〜20%相当のアマゾンギフト券(電子商取引サイトであるアマゾンにおいて取り扱われる商品等の購入に利用できるもの)を交付するとして,寄附金の募集をした。また,同市は,同年4月2日から令和元年5月31日までの間においても,「300億円限定キャンペーン」,「泉佐野史上,最大で最後の大キャンペーン」等と称し,従来の返礼品に加えて寄附金額の10〜40%相当のアマゾンギフト券を交付するとして,寄附金の募集をした。
ウ 泉佐野市は,平成31年4月5日付けで,被上告人に対し,初年度に係る指定の申出(以下「本件指定申出」という。)をした。その申出書には,返礼品等の提供の有無につき「返礼品等を提供しない」の欄にチェックがされており,指定対象期間に提供する返礼品等の内容に関する書類は添付されていなかった。
エ 泉佐野市は,平成31年4月11日,記者会見を開き,返礼品の改善について日程的に事業者との調整ができず,一旦返礼品を送付しないという申出をしたが,返礼品を送らないわけではない旨や,時間的に間に合わなかったため返礼品のリストを提出しなかったが,これを後から提出することもできると聞いている旨等を説明した。
オ 被上告人は,本件指定申出につき,令和元年5月14日付けで本件不指定をした。本件不指定の通知書には,本件不指定の理由として次の3点が記載されていた。 〔1〕泉佐野市から提出された地方税法37条の2第3項に規定する申出書及び添付書類の内容が同条2項の基準に適合していることを証するとは認められないこと(以下「不指定理由〔1〕」という。)
〔2〕平成30年11月1日から申出書を提出する日までの間に,返礼割合が3割超又は地場産品以外の返礼品を提供することにより寄附金の募集を行い,著しく多額の寄附金を受領しており,本件告示2条3号に該当しないこと(以下「不指定理由〔2〕」という。)
〔3〕現に泉佐野市が実施している寄附金の募集の取組の状況に鑑み,地方税法37条の2第2項各号に掲げる基準に適合する団体としては認められないこと(以下「不指定理由〔3〕」という。)
(7)本件訴えに至る経緯
ア 上告人は,令和元年6月10日,本件不指定に不服があるとして,地方自治法250条の13第1項に基づき,国地方係争処理委員会に対し,被上告人を相手方とする審査の申出をした。
イ 上記委員会は,令和元年9月3日付けで,地方自治法250条の14第1項に基づき,被上告人に対し,不指定理由〔1〕及び〔2〕は指定をしないことの根拠とならず,不指定理由〔3〕については更に検討を要する状況にあるとして,本件指定申出について再度の検討を行った上でその結果を理由と共に上告人に通知することを勧告した。
ウ 被上告人は,令和元年10月3日付けで,上告人に対し,上記の勧告を受けて本件指定申出について再度の検討を行った結果,不指定理由〔1〕については独立した理由としては扱わないこととするが,不指定理由〔2〕及び〔3〕については判断を維持するとして,本件不指定の判断を維持することとした旨の通知をした。
エ 上告人は,被上告人の上記の措置に不服があるとして,令和元年11月1日,地方自治法251条の5第1項2号に基づき,本件訴えを提起した。
3 原審は,上記事実関係等の下において,本件告示2条3号の規定は地方税法37条の2第2項の委任の範囲内で定められた適法なものであると判断した上で,泉佐野市は本件告示2条3号に定める基準を満たさず指定の要件を欠くから,不指定理由〔2〕には理由があり,これによれば本件不指定は適法であるとして,上告人の請求を棄却した。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)ア 地方税法37条の2第2項は,指定の基準のうち「都道府県等による第1号寄附金の募集の適正な実施に係る基準」の策定を総務大臣に委ねており,同大臣は,この委任に基づいて,募集適正基準の一つとして本件告示2条3号を定めたものである。また,地方自治法245条の2は,普通地方公共団体は,その事務の処理に関し,法律又はこれに基づく政令によらなければ,普通地方公共団体に対する国又は都道府県の関与(同法245条)を受け,又は要することとされることはないとする関与の法定主義を規定するところ,本件告示2条3号は,普通地方公共団体に対する国の関与に当たる指定の基準を定めるものであるから,関与の法定主義に鑑みても,その策定には法律上の根拠を要するというべきである。
 そうすると,本件告示2条3号の規定が地方税法37条の2第2項の委任の範囲を逸脱するものである場合には,その逸脱する部分は違法なものとして効力を有しないというべきである。
イ(ア)本件告示2条3号は,本件指定申出のように初年度について本件改正規定の施行の日(令和元年6月1日)より前に申出書が提出される場合についてみれば,本件改正規定の施行前の一定期間において同号に定める寄附金の募集及び受領をした地方団体について,一律に指定の基準を満たさないこととするものである。また,同号は,当該期間における寄附金の募集の方法及び寄附金の受領額を,他の地方団体への影響又は他の地方団体との比較という観点から問題とするものである
 このような内容に照らせば,本件告示2条3号(ただし,本件改正規定の施行前における寄附金の募集及び受領について定める部分をいう。以下,特に断らない限り同じ。)は,被上告人が主張するとおり,本件指定制度の導入に当たり,その導入前にふるさと納税制度の趣旨に反する方法により寄附金の募集を行い,著しく多額の寄附金を受領していた地方団体について,他の地方団体との公平性を確保しその納得を得るという観点から,特例控除の対象となる寄附金の寄附先としての適格性を欠くものとして,指定を受けられないこととする趣旨に出たものと解される。言い換えれば,そのような地方団体については,本件改正規定の施行前における募集実績自体を理由に,指定対象期間において寄附金の募集を適正に行う見込みがあるか否かにかかわらず,指定を受けられないこととするものといえる。
 そして、本件告示2条3号にいう本件告示1条に規定する趣旨に反する方法とは,本件指定制度の導入の経緯等に照らし,主として返礼品の提供の態様を指すものと解されるから,同号は,地方団体が本件改正規定の施行前における返礼品の提供の態様を理由に指定の対象外とされる場合があることを定めるものといえる。  (イ)ところで,本件改正規定の施行前においては,返礼品の提供について特に定める法令上の規制は存在せず,総務大臣により地方自治法245条の4第1項の技術的な助言である本件各通知が発せられていたにとどまる。同法247条3項は,国の職員は普通地方公共団体が国の行政機関が行った助言等に従わなかったことを理由として不利益な取扱いをしてはならないと規定するところ,その趣旨は,普通地方公共団体は助言等に従って事務を処理すべき法律上の義務を負わず,これに従わなくても不利益な取扱いを受ける法律上の根拠がないため,その不利益な取扱いを禁止することにあると解される。しかるに,本件告示2条3号は,上記のとおり地方団体が本件改正規定の施行前における返礼品の提供の態様を理由に指定の対象外とされる場合があることを定めるものであるから,実質的には,同大臣による技術的な助言に従わなかったことを理由とする不利益な取扱いを定める側面があることは否定し難い。そのような取扱いであっても,それが法律上の根拠に基づくものである場合,すなわち,同号が地方税法の委任の範囲内で定められたものである場合には,直ちに地方自治法247条3項に違反するとまではいえないものの,同項の趣旨も考慮すると,本件告示2条3号が地方税法37条の2第2項の委任の範囲を逸脱したものではないというためには,前記(ア)のような趣旨の基準の策定を委任する授権の趣旨が,同法の規定等から明確に読み取れることを要するものというべきである。
(2)そこで,このような観点から,本件告示2条3号の効力について検討する。
ア まず,法文の文理をみると,地方税法37条の2第1項及び2項柱書きは,「都道府県等による第1号寄附金の募集の適正な実施に係る基準」として総務大臣が定める基準に適合する地方団体として同大臣が指定するものに対する寄附金が,特例控除対象寄附金として特例控除の対象となるものと規定しており,上記の「都道府県等による第1号寄附金の募集」とは,指定を受けることによって特例控除の対象となる寄附金の募集(すなわち,指定対象期間における寄附金の募集)を意味し,また,「募集の適正な実施に係る基準」とは,その寄附金の募集の実施の態様が適正か否かについての基準を意味するものと解するのが自然である。これによれば,募集適正基準とは,文理上,指定対象期間における寄附金の募集の態様に係る基準であって,指定対象期間において寄附金の募集を適正に実施する地方団体か否かを判定するためのものであると解するのが自然である。このような解釈は,〔1〕同条2項1号及び2号において募集適正基準と並ぶ指定の基準として規定されている法定返礼品基準が,その文理上,いずれも指定対象期間における返礼品等の提供に関する基準であると解されることや,〔2〕同条6項では,同大臣は指定をした地方団体が同条2項に規定する基準のいずれかに適合しなくなったと認めるときは指定を取り消すことができると規定されており,同項に規定する基準が,指定の際にはこれに適合すると認められても指定対象期間中に適合しなくなることがあるという内容のものとして想定されていると解されることとも整合的である。
 他方,地方税法37条の2第2項柱書きの募集適正基準について,同項の文理上,他の地方団体との公平性を確保しその納得を得るという観点から,本件改正規定の施行前における募集実績自体をもって指定を受ける適格性を欠くものとすることを予定していると解するのは困難であり,同法の他の規定中にも,そのように解する根拠となるべきものは存在しない。かえって,上記募集実績自体をもって指定を受ける適格性を欠くものとすることは,地方団体が本件改正規定の施行後の行為を理由に指定を取り消されても,その取消しの日から2年を経過すれば指定を受けられるようになること(同条4項,6項)と,均衡を欠くものといわざるを得ない。 イ 次に,委任の趣旨についてみると,地方税法37条の2第2項が総務大臣に対して指定の基準のうち募集適正基準等の内容を定めることを委ねたのは,寄附金の募集の態様や提供される返礼品等の内容を規律する具体的な基準の策定については,地方行政・地方財政・地方税制や地方団体の実情等に通じた同大臣の専門技術的な裁量に委ねるのが適当であることに加え,そのような具体的な基準は状況の変化に対応した柔軟性を確保する必要があり,法律で全て詳細に定めるのは適当ではないことによるものと解される。
 他方,本件指定制度の導入に当たり,その導入前にふるさと納税制度の趣旨に反する方法により著しく多額の寄附金を受領していた地方団体について,他の地方団体との公平性を確保しその納得を得るという観点から,特例控除の対象としないものとする基準を設けるか否かは,立法者において主として政治的,政策的観点から判断すべき性質の事柄である。また,そのような基準は,上記地方団体について,本件指定制度の下では,新たに定められた基準に従って寄附金の募集を行うか否かにかかわらず,一律に指定を受けられないこととするものであって,指定を受けようとする地方団体の地位に継続的に重大な不利益を生じさせるものである。そのような基準は,総務大臣の専門技術的な裁量に委ねるのが適当な事柄とはいい難いし,状況の変化に対応した柔軟性の確保が問題となる事柄でもないから,その策定についてまで上記の委任の趣旨が妥当するとはいえず,地方税法が,総務大臣に対し,同大臣限りでそのような基準を定めることを委ねたものと当然に解することはできないというべきである。
ウ さらに,本件法律案の作成の経緯(前記2(3)ア〜ウ)をみると,本件指定制度は,過度な返礼品を送付しふるさと納税制度の趣旨をゆがめているような地方団体を特例控除の対象外にすることができるようにするとの基本的な考え方に基づいて,制度設計がされたものであるが,与党税制改正大綱及び政府税制改正大綱においては,総務大臣は「寄附金の募集を適正に実施する都道府県等」という基準に適合する地方団体を特例控除の対象として指定することとされており,内閣法制局にも同様の説明がされ,本件法律案の要綱においても「寄附金の募集を適正に実施すること」を指定の基準とするとされている。これらのことからすれば,本件法律案は,具体的には,新制度の下においては,寄附金の募集を適正に実施する地方団体のみを指定の対象とし,指定対象期間中に基準に適合しなくなった場合には指定を取り消すことができるものとすることにより,当該制度の趣旨をゆがめるような返礼品の提供を行う地方団体を特例控除の対象外とするという方針を採るものとして作られ,国会に提出されたものといえる。他方,本件法律案について,過去に制度の趣旨をゆがめるような返礼品の提供を行った地方団体を新制度の下で特例控除の対象外とするという方針を採るものとして作られ,国会に提出されたことはうかがわれない。
 そして,国会における本件法律案の審議の過程(前記2(3)エ)をみても,総務大臣等の答弁において,寄附金の募集を適正に行う地方団体をふるさと納税の対象とするよう制度の見直しを行うと説明する一方で,指定に当たり地方団体の過去の募集実績を考慮するか否かが明確にされたとはいい難く,少なくとも,募集適正基準の内容として,他の地方団体との公平性を確保しその納得を得るという観点から,本件改正規定の施行前における募集実績自体をもって指定を受ける適格性を欠くものとすることを予定していることが明示的に説明されたとはいえない。
 そうすると,本件法律案につき,国会において,募集適正基準が上記観点から本件改正規定の施行前における募集実績自体をもって指定を受ける適格性を欠くものとする趣旨を含むことが明確にされた上で審議され,その前提において可決されたものということはできない。
エ 以上によれば,地方税法37条の2第2項につき,関係規定の文理や総務大臣に対する委任の趣旨等のほか,立法過程における議論をしんしゃくしても,前記(1)イ(ア)のような趣旨の基準の策定を委任する授権の趣旨が明確に読み取れるということはできない。そうすると,本件告示2条3号の規定のうち,本件改正規定の施行前における寄附金の募集及び受領について定める部分は,地方税法37条の2第2項及び314条の7第2項の委任の範囲を逸脱した違法なものとして無効というべきである。
(3)したがって,初年度に係る本件指定申出につき,不指定理由〔2〕,すなわち泉佐野市が本件告示2条3号に該当しないことを理由として指定をしないものとすることはできない。
5 そこで,更に不指定理由〔3〕について検討する。
(1)地方団体が指定の申出の際に返礼品等を提供すると申述したか否かにかかわらず,これに対する指定の効果は同一であり,返礼品等を提供しない旨申述して指定を受けた地方団体が実際には返礼品等を提供して寄附金を受領しても,当該寄附金が特例控除の対象となることに変わりはない。そうすると,地方団体が指定の申出の際に返礼品等を提供しない旨申述した場合であっても,総務大臣は,客観的に当該地方団体が返礼品等を提供する場合に当たるか否かを審査することができ,これが認められる場合には,更に法定返礼品基準への適合性を審査の対象とすることができると解するのが相当である。
 これを本件指定申出についてみると,泉佐野市は,記者会見において,返礼品等を提供しない旨申述したのは事業者との調整等が時間的に間に合わなかったためであるなどと説明していたのであって(前記2(6)エ),同市には客観的に返礼品等を提供する予定があったといい得るから,被上告人が法定返礼品基準への適合性を審査の対象としたことに違法があるとはいえない。
(2)不指定理由〔3〕は,現に泉佐野市が実施している寄附金の募集の取組の状況に鑑み,法定返礼品基準に適合するとは認められないとしたものである。
 確かに,泉佐野市は,多くの地方団体が自律的に返礼品の見直しを進める中で,返礼割合が高くかつ地場産品以外のものを含む返礼品の提供を続けた上,本件改正法が成立した後も,本件改正規定の施行直前までの予定で,キャンペーンと称し,従来の返礼品に加えてアマゾンギフト券を交付するとして,返礼品を強調した寄附金の募集をエスカレートさせたものであり,このような本件不指定に至るまでの同市の返礼品の提供の態様は,社会通念上節度を欠いていたと評価されてもやむを得ないものである。
 しかし,従前は返礼品の提供について特に定める法令上の規制が存在しなかったのに対し,本件改正規定により,法定返礼品基準が法定され,指定を受けた地方団体がこれに反した場合には指定の取消しの対象となり,その後2年間は指定を受けられなくなるという法令上の規制が設けられたことからすれば,本件改正規定の施行の前後では地方団体の行動を評価する前提を異にしており,同施行前における泉佐野市の返礼品の提供の態様をもって,同施行後においても同市が同様の態様により返礼品等の提供を継続するものと推認することはできない。また,本件不指定当時,同市が本件改正規定の施行後において法定返礼品基準に適合しない返礼品等を提供する予定があることを示す具体的な事情があったともうかがわれない。そうすると,本件不指定当時の事情の下では,本件指定申出につき,同市が法定返礼品基準に適合するとは認められないと判断することはできないというべきである。
(3)したがって,本件指定申出につき,不指定理由〔3〕,すなわち泉佐野市が法定返礼品基準に適合するとは認められないことを理由として指定をしないものとすることはできない。
6 以上によれば,不指定理由〔2〕及び〔3〕を理由としてされた本件不指定は違法というべきである。なお,不指定理由〔1〕は,被上告人により独立した理由として扱わないこととされたから,これをもって本件不指定を適法ということはできない。
7 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上に説示したところによれば,上告人の請求は理由があるから,これを認容すべきである。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官宮崎裕子,同林景一の各補足意見がある。
 裁判官宮崎裕子の補足意見は,次のとおりである。
 私は,法廷意見に賛成するものであるが,その理由を,本件の背景にあるいくつかの問題を俯瞰しつつ補足しておきたい。
 ふるさと納税制度は,「ふるさとやお世話になった地方団体に感謝し,若しくは応援する気持ちを伝え,又は税の使いみちを自らの意思で決めることを可能とすることを趣旨として創設された制度」であることは本件告示の中でも触れられているとおりであるが,「ふるさとやお世話になった地方団体に感謝し,若しくは応援する気持ちを伝え」という部分は,この制度に基づいて地方団体が受け取るものは寄附金であることを前提としたものとして理解できるのに対して,「税の使いみちを自らの意思で決めることを可能とすること」という部分は,この制度に基づいて地方団体が受け取るものは実質的には税であることを前提として,一定の限度で税の配分を納税者の意思で決められるようにするというものであるから,前者の趣旨とは前提を異にしていることになる。
 もし地方団体が受け取るものが税なのであれば,地方団体がその対価やお礼を納税者に渡す(返礼品を提供する)などということは,税の概念に反しており,それを適法とする根拠が法律に定められていない限り,税の執行機関の行為としては違法のそしりを免れないことは明らかであろう。他方で,地方団体が受け取るものは寄附金であるとなれば,地方団体が寄附者に対して返礼品を提供したとしても,返礼品は,提供を受けた個人の収入金額と認識すべきものにはなるが,納税の対価でも納税のお礼でもなく,直ちに違法の問題を生じさせることにはならない。
 本件改正規定は,ふるさと納税制度の創設以来の趣旨をそのまま維持し,同制度に基づいて地方団体が受け取るものは寄附金であるという前提も維持したまま,返礼品の提供を法令上正面から適法なものとして容認し,指定対象期間ごとに指定を受けた地方団体に対する寄附金のみを特例控除の対象とする本件指定制度を導入することを定めるものである。この法改正は,立法府としては,本件改正規定の施行前後を問わず,地方団体が受け取るものは寄附金であるから,返礼品の提供自体が,例えば税の対価であるなどとして違法視されるべき理由はないと考えていたことを確認し,明確化したものといえるであろう。そして,本件改正規定は,ふるさと納税制度の創設当初から掲げられていた,寄附金であることを前提とする制度趣旨と実質的に税であることを前提とする制度趣旨が,共にバランスよく達成されるために不可欠と考えられる返礼品の提供に係る調整の仕組みを,初めて導入したものである。それが本件指定制度であり,今後更に改善が必要となる可能性もあるかもしれないとしても,そのような仕組みが初めて法律に定められたことに大きな意味がある。逆からいえば,本件改正規定の施行前のふるさと納税制度を定める法律は,そのような調整の仕組みを欠いていたということになり,そのために,地方団体が受け取るのは寄附金であるという前提で行われていた返礼品の提供が,地方団体間の実質的な税配分の公平を損なう結果を招くことになるのではないかという問題を顕在化させることになったのである。
 そもそも寄附金と税という異質なものが制度の前提にあることを考慮すると,上記の調整の仕組みを欠いた状態で本件改正規定の施行前に地方団体が行なった寄附金の募集態様や返礼品の提供という行為を,制度の趣旨に反するか否か,あるいは制度の趣旨をゆがめるような行為であるか否かという観点から評価することには無理がある。また,ふるさと納税制度の趣旨は本件改正規定の施行前後を通じて同じであるものの,本件改正規定によって同制度における寄附金の募集態様や返礼品の提供に適用される規範が新しく定められたのであるから,本件改正規定の施行前の行為が制度の趣旨に反するか否かを,本件改正規定の施行後の行為に適用されるべき規範によって評価することはできない。本件改正法又は他の法令に別段の規定があればその限りではないが,そのような規定は見当たらない。
 そして,本件が,国と私人の関係に関する問題ではなく,国と地方団体の関係に関する問題であることを考慮しても,法廷意見で指摘されている関与の法定主義に鑑みて,上記の分析が妥当しないと考えるべき理由は見当たらない。
 以上の諸点を踏まえると,法廷意見の第4項は本件改正規定の解釈(地方税法37条の2第2項による委任の範囲の解釈)として妥当であると思料する。
 裁判官林景一の補足意見は,次のとおりである。
 私は,法廷意見に同調するものであるが,本件の経緯に鑑み,上告人の勝訴となる結論にいささか居心地の悪さを覚えたところがあり,その考え方を以下のとおり補足しておきたい。
 居心地の悪さの原因は,泉佐野市が,殊更に返礼品を強調する態様の寄附金の募集を,総務大臣からの再三の技術的な助言に他の地方団体がおおむね従っている中で推し進めた結果,集中的に多額の寄附金を受領していたことにある。特に,同市が本件改正法の成立後にも返礼割合を高めて募集を加速したことには,眉をひそめざるを得ない。また,ふるさと納税制度自体が,国家全体の税収の総額を増加させるものではなく,端的にいってゼロサムゲームであって,その中で,国と一部の地方団体の負担において他の地方団体への税収移転を図るものであるという,制度に内在する問題が,割り切れなさを増幅させている面もある。そして,その結果として,同市は,もはやふるさと納税制度から得られることが通常期待される水準を大きく上回る収入を得てしまっており,ある意味で制度の目的を過剰に達成してしまっているのだから,新たな制度の下で,他の地方団体と同じスタートラインに立って更なる税収移転を追求することを許されるべきではないのではないか,あるいは,少なくとも,追求することを許される必要はないのではないかという感覚を抱くことは,それほど不当なものだとは思われない。それは、被上告人が他の地方団体との公平と呼ぶ観点と同種の問題意識である。
 しかしながら,それは,本件改正規定の施行前のふるさと納税制度においては,当不当のレベルの問題である。被上告人において,法的な問題として,そのような不当な状態を,将来のみならず過去の行為をも考慮に入れて解消することを目指すのであれば,制度改正に際し,その旨の明示的な規定を設けることを,法律レベルで追求すべきであったといえる。それは,本件改正規定の施行前においては,返礼品の内容や返礼割合を含む募集の態様について特段の法的規制がなく,寄附金をいかに増やすかについては,いわばアイディアの自由競争に委ねられており,泉佐野市は,そのような競争を,主務官庁の助言を無視して最大限追求したとはいえ,あくまでも法律の枠内にとどまる行動をとったにすぎないと評価できるため,主務官庁の目から見ればどれほど不適切に思えても,そのことの故に不利益な処分を行うことを当然には正当化できないからである。しかるに,本件告示2条3号のように,過去の実績を遡及的に問題とし,あたかもその時点においても既に違法であったかのごとく取り扱うような基準を設けることについては,明示的にその旨を法律案に書くことはもとより,法律案の審査や審議においてその趣旨が明確に読み取れるような説明をすることも困難であったため,これがされなかったのではないかとうかがわれる。
   被上告人は,地方税法37条の2第2項につき,総務大臣が基準を定める定め方について格別の制約をしていないとも主張するが,法廷意見が指摘する関与の法定主義や技術的な助言に従わなかったことを理由とする不利益な取扱いの禁止など,地方自治法等の関連法の規定と整合することが必要という意味での制約があることはいうまでもなく,仮に本件告示2条3号のような基準を法律より下位の形式で定めるのであれば,これらの規定との整合性が問題となるため,少なくとも,法律において,その旨の明示的な委任,授権がされていることが必要であることは明らかであるから,たとえ結論に居心地の悪さがあったとしても,法的には法廷意見のとおりと考えざるを得ないのである。

hy カリフォルニア州不動産ジョイント・テナンシー贈与事件・東京高判平成19年10月10日税資257号順号10797(原審静岡地判平成19年3月23日税資257号順号10665)
(ア) 亡戊及びX乙は、本件不動産を購入しようと考え、平成12年3月12日、所有者であるA夫妻との間で、本件不動産を代金88万ドルで買受ける旨の本件売買契約を締結し、その旨の売買契約書(甲1、12の1)を取り交わした。
(イ) A夫妻は、平成12年3月27日、ジョイント・テナンシーを創設する亡戊及びX乙に対し本件不動産を譲渡する旨の本件譲渡証書1(甲4、12の2)を作成し、同月28日、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンマテオ郡公証人の認証を受けた。
(ウ) 亡戊は、平成12年3月27日、本件不動産の購入代金88万ドルを自己の銀行預金口座からアメリカ合衆国の不動産業者に送金し、そのころ本件譲渡証書1を取得したが、X乙は上記代金を負担しなかった。
(エ) 平成12年3月29日、アメリカ合衆国カリフォルニア州において、本件不動産について、A夫妻から亡戊及びX乙に対する所有権移転登記手続がされた。
(オ) 亡戊及びX乙は、平成12年4月11日、ジョイント・テナンツとして、ジョイント・テナンシーを創設するX丙夫妻に対し本件不動産を無償で譲渡する旨の本件譲渡証書2(甲7、12の5)を作成し、平成12年4月28日、本件譲渡証書2について、日本の公証役場において宣誓認証を受け、同日から同年5月5日までの間に、同証書をX丙夫妻に送付した。
(カ)平成12年5月5日、アメリカ合衆国カリフォルニア州において,本件不動産について、亡戊及びX乙からX丙夫妻に対する所有権移転登記手続がされた。
ウ 上記事実によれば、X乙は、亡戊と共に、ジョイント・テナンシーを創設して本件不動産を購入していることが明らかであるところ、ジョイント・テナンシーにおいては、各自の持分が均等であるとされているのであるから、ジョイント・テナンシー又はテナンシー・イン・コモンの共同所有形態により本件不動産の権利の2分の1を取得したものと認めるのが相当である。
  そして、本件不動産の購入代金はすべて亡戊が負担したのであって、X乙は、購入代金を負担することなく本件不動産の持分2分の1を取得したものであるから、少なくとも、相続税法9条により、本件不動産の持分2分の1の価額に相当する金額、すなわち、本件不動産の購入代金の2分の1の金員を亡戊から贈与により取得したものとみなされるのである。
  したがって、X乙に対する贈与税決定処分及び無申告加算税賦課決定処分は適法であり、X乙の上記アの主張は採用することができない。
(2)X丙及び同丁に対する贈与税決定処分及び無申告加算税賦課決定処分について
ア X丙及び同丁は、平成12年3月31日以前である同月29日に本件不動産の贈与を受けたとして、X丙及び同丁に対する贈与税決定処分及び無申告加算税賦課決定処分は違法であると主張する。
イ しかし、租税特別措置法69条の規定は、平成12年法律第13号の附則19条により「平成12年法律第13号の施行日(平成12年4月1日)以降に贈与により取得した財産」に係る贈与税について適用されるところ、この「財産の取得」がいつの時点でなされたかは、国税通則法15条2項5号にいう「贈与による財産の取得の時」の解釈と同様、贈与による財産権の移転が当事者間において確定的に生じたものと客観的に認められるか否かにより判断していくのが相当である。そして、本件では、贈与の対象となる本件不動産が米国カリフォルニア州に所在するので、本件不動産の物権変動については、本件贈与税決定処分がされた当時施行されていた法例10条1項に基づき、同州法を準拠法として判断していくことになるのである。
  そして、同州民法(1091条)によれば、不動産権は原則として当事者又は書面で授権されたその代理人の署名入り証書によってのみ移転できることになっており、同州において不動産の譲渡が有効であるためには、不動産譲渡証書が、〔1〕書面で作成されていること、〔2〕譲与人を指定していること、〔3〕被譲与人を指定してること、〔4〕譲与人若しくは同人の代理人により署名されていること、〔5〕被譲与人に交付されていること、〔6〕被譲与人によって受諾されていることが要件として必要であり、将来所有権を移転させる内容に留まる合意は同証書としての効力を有しないとされているのである。
ウ そうすると、本件贈与証書、登記準備書面、住宅所有者保険契約などが上記証書としての効力を有しないことは明らかであり、上記証書の要件を満たす本件譲渡証書2によって本件贈与の効力が生じたものというべきであり、X丙及び同丁が本件不動産の所有権を取得した時期は、本件譲渡証書2が成立した平成12年4月1日以降となるので、本件贈与には租税特別措置法69条2項が適用されることになるというべきである。

平成12年4月1日以降の5年ルール(当時は租特法)につき、海外不動産の贈与の時が平成12年4月1日以降であるとした事例について、参照、浅妻章如・速報税理2011年1月1日26頁(3月31日以前と認定する余地はあったのではないかという懐疑。ブログ2010.11.19);水野忠恒「アメリカ合衆国におけるジョイント・テナンシーの相続・贈与にかかる我が国における課税関係」税務事例研究117号48頁(2010.9);山本英樹「海外財産を合有(ジョイント・テナンシー)により取得した場合の課税関係」税務大学校論叢65号355頁(2010.6.29)

hz おおやにきブログの「リバタリアンと相続(1)」「法哲学会レポート(2・完)」などを参照。

ia 名古屋地方裁判所平成九年(行ウ)第三号 平成一〇年一一月一一日民事第九部判決
第三 当裁判所の判断
一 法一三条及び一四条一項によれば、相続税の計算に際して課税価格から控除されるべき金額は、被相続人の債務で相続開始の際に現に存するもののうち、相続人の負担に属する金額で、確実と認められるものに限られる。そして、法一四条一項にいう「確実と認められる」債務とは、債務が存在するとともに、債権者による請求その他により、債務者につきその債務の履行が義務づけられている債務であり、存在及び履行の確実な債務である。
二 保証債務は、債権者と保証人との間に生じ、主たる債務者がその債務を履行しない場合に、主たる債務者に代わって、その債務を履行するという従たる債務であるから、核相続人の保証債務が相続された場合でも、将来現実にその債務が履行されるか否かは不確実である。そして、仮に、将来その保証債務が履行された場合でも、その履行による損失は、法律上は主たる債務者に対する求償権の行使によって補てんされうる。従って、保証債務は原則として「確実と認められる」債務には当たらないが、例外的に、相続開始の現況において、主たる債務者が資力を喪失するなどその債務を弁済することができない状態にあるため、保証人がその債務を履行しなければならない場合で、かつ、主たる債務者に求償しても返還を受ける見込みがない場合には「確実と認められる」債務であるとして債務控除の対象になるというべきである。
 また、連帯保証債務は、単純保証債務のような補充性がないけれども、主たる債務者に求償権を行使して自らの履行による損失を補てんできることにかわりはないから、保証債務の場合と同様に考えられる。
三 そして、主たる債務者が債務を弁済することができない状態にあるか否かについては、一般に債務者が破産、和議、会社更生あるいは強制執行等の手続開始を受け、又は事業閉鎖、行方不明、刑の執行等により債務超過の状態が相当期間継続しながら、他からの融資を受ける見込みもなく、再起の目途が立たないなどの事情により事実上債権の回収ができない状況にあることが客観的に認められるか否かで決せられるべきである。
四 原告は、保証債務の控除が認められるのは、保証債務の履行が必要であり、保証債務履行後の求償権の行使が不可能であるという条件が相続開始時において表面化している場合だけに限られず、潜在的に存在する場合も含まれる旨主張する。
 しかしながら、保証債務の履行の必要性と求償権行使の不可能が潜在的に存在するとはどのような状態のことをいうのか、原告の主張するところは判然としないし、債権者は、あるいは保証債務の履行が必要となるかもしれないと考えて保証を要求するのであって、保証債務履行の必要性は、潜在的には常に存在するとも言えるのである。客観的であるべき課税要件の基準として、このようなあいまいな概念を採用することはできない。
五 そこで、まず、本件相続開始の現況において、本加納がその債務を弁済することができない状態にあり、保証人である正之や相続人である原告泰之がその債務を履行しなければならず、かつ、本加納に求償しても返還を受ける見込みがなかったことが客観的に認められるかについて判断する。
1 原告らは、本件相続開始前後の本加納の状況について、次のとおり主張する。
 本加納は、正之が昭和二四年九月に繊維の卸売を目的として設立した会社であり、作業服、白衣、ワイシャツ・ズボン等を製造し、全国規模で商店街の小売店に卸売りをするという営業方針で業績を伸ばしてきたが、昭和四八年以降、業績は徐々に困難となり、繊維製品の製造業の不振、海外商品の流入と消費性向の変化に伴い売上げは低下を続け、大規模小売店の展開により小売店が衰退し廃業も多くなるにつれて、商圏の縮小を余儀なくされ、東海地区に力を注ぐことになったが、昭和五七年以来赤字決算となった。それ以後は、個人所有不動産を担保とする銀行借り入れによって経営を支えながら、担保不動産の売却により債務を返済し、会社を清算する方針を定めて、経営を順次縮小してきた。もっとも、昭和六三年には、正之は、名古屋市中村区日比津町に建物を建築し、それまで名古屋市中区錦二丁目にあった所有ビルから本店を日比津町のビルに移転した。本件相続開始後は、その方針に徹し従業員を解雇し、業務は役員とその家族及びアルバイトの女子一名で、カタログ販売の方法で在庫品の処分や若干の注文販売を続けている。資金繰は、原告らの不動産貸付け収入からの融通の外、役員報酬の未払いと人件費の縮小によってしのいでいるのが現状である。法的手続きによる債務の整理を行っても弁済は不可能であり、正之が本件保証債務の主たる債務を被担保債権として、根抵当権を設定していた不動産(原告康之が相続)の競売による換価、又はその任意処分による売却代金による保証債務の履行以外に弁済の方法はなく、そのような方法で弁済がされた場合に保証人から主債務者である本加納への求償権の行使は不可能である。
2 本加納の業績が不振であることは、当事者間に争いがなく、証拠(原告康之本人尋問の結果及び弁論の全趣旨)によると、本加納の業績が不振となった経緯が原告ら主張のとおりであることが認められる。本加納の、昭和六二年六月期(六月期とは、前年の七月一日から、当年の六月三〇日までの事業年度をいう。以下同じ。)から、平成八年六月期までの一〇事業年度における、財産状況及び損益の状況は別表三の一のとおりである(争いがない。)。
 これによれば、本加納は、本件相続が開始した平成五年二月二七日を含む事業年度である平成五年六月期まで、継続して債務超過の状況にあり、累積欠損は、平成五年六月期で、三億二〇〇〇万円に上っている。
 そして、売上金額も昭和六二年六月期の四億一〇〇〇万円弱から毎年減少し平成五年六月期には半額近い二億一六〇〇万円強にまで減少しており、営業の規模が縮小傾向にあったことが認められ、その売上げは本件相続開始後も引き続いて減少し、平成八年六月期には一億二〇〇〇万円強まで減少している。
 もっとも、右事実は、平成五年六月期においても二億円を超える売上げがあったと評価することもでき、平成八年六月期においても一億円を超える売上げがあるということもできる。
 そして、本加納の人件費の推移は別表三の一のとおりであり、同社の人件費は、平成五年六月期まではほぼ同様の支出金額であって、正之が死亡した後、平成六年六月期以降次第に減少しているにすぎない。
3 本加納は、東海銀行桜通支店、八十二銀行名古屋支店、中小企業金融公庫との銀行取引をしているが、東海銀行桜通支店、八十二銀行名古屋支店との取引状況は、別表四の一及び二のとおりである(当事者間に争いがない。)。
 そして、原告康之が相続した名古屋市中区錦二丁目所在の土地建物には、別表五のとおり、右各金融機関を権利者とする根抵当権、抵当権が設定されている(甲二の一、二)。
 しかしながら、別表四の一によれば、本加納は、東海銀行桜通支店から、平成二年一月当時の残高二四五五万五〇〇〇円の証書貸付を受けており、毎月四四万五〇〇〇円宛返済することになっていたが、滞ることなく返済を続け、本件相続開始当時には八〇九万円までに減少しており、相続開始後も約束通り返済して返済を完了し、新たに平成五年一一月に二〇〇〇万円の証書貸付を受けている(もっともそのうち七〇〇万円は手形貸付の返済に当てられている。)他、平成八年人月にも二〇〇〇万円の証書貸付を受け、平成八年六月期においても当座取引は続いており、本件相続の前後を通じてずっと当座貸越の残高が一億一〇〇〇万円の状態が続いている。
 別表四の二によれば、本加納の八十二銀行名古屋支店に対する債務は、平成四年三月以降手形貸付八〇〇〇万円、当座貸越一五〇〇万円で推移し、本件相続開始後も同様に推移したが、平成六年四月一二日に一五〇〇万円、翌一三日に一五〇〇万円を、それぞれ返済して、手形貸付六五〇〇万円のみを継続することになり、以後平成八年一二月までその手形貸付金が残っている。
 以上のとおり、本加納は、本件相続開始前後を通じて、元金や金利の返済を怠ることなく続けており、相続開始前に銀行との取引規模が縮小したようなことはなく、相続開始後は、新規融資を受けたり、まとまった返済をしている。返済が遅滞していないため、各金融機関が本加納に催告をするようなことはなかった。また、各金融機関は、正之に対しても、債務を履行するよう催告したことはなかった。
 証拠(甲八の一、二)によると、原告康之は、平成九年二月二四日、日比津の不動産を売りに出したが、本件相続開始後四年余り経った後のことであるうえ、同不動産には平成五年七月二八日付で、根抵当権者八十二銀行、債務者原告康之、極度額二億円の根抵当権が設定されており(甲三の一、二)、八十二銀行に対する本加納の債務と右根抵当権の被担保債権との関係が判然とせず、右不動産の処分代金が本加納の債務の弁済に充当されるかも不明である。
4 本加納は、正之から日比津の土地建物を賃借りするについて、五〇一二万円の保証金を差入れていたが、平成二年六月までの事業年度中に二〇〇〇万円、平成三年六月までの事業年度中に一〇〇〇万円、平成五年六月までの事業年度で本件相続開始後に二〇〇〇万円の返還を受けて、それぞれ資金繰りに充てており、本加納の資金繰りに正之からの協力が必要であったことがうかがわれるが、返還された金が銀行からの借入金の返済にあてられたこと、または銀行に返済する必要から保証金の返還を受けたことの立証はない。
 本加納の平成元年六月期から平成四年六月期までの各事業年度末における借入金残高の内訳を記載した法人税申告書添付の「借入金及び支払利子の内訳書」(乙二九ないし三二の各三)には、正之及び原告らからの借入金は記載されておらず、前記の賃貸保証金の返還の他には、正之や原告らから貸付を受けていた事実は認められない。
 もっとも、本加納の平成五年六月期以降の借入金についてみると、平成五年六月期は原告らからの借入金はなく、平成六年六月期末において原告康之からの借入金が合計一億円計上されることとなり、平成七年六月期末には合計一億三七〇〇万円、平成八年六月期末には合計一億七五〇〇万円と増加している(乙三三の四、三四ないし三六の各三)。また、平成五年六月期の貸借対照表には正之に対する未払金が五〇〇〇万円余り計上されているが、翌事業年度においてはなくなっており、その内容及び未払いが解消した経緯は不明である。
5 本加納の平成元年六月期から平成四年六月期までの各事業年度の法人税申告書に添付された「買掛金(未払金・未払費用)の内訳害」には未払いの役員報酬の記載がないことからして、少なくとも決算期末においては役員報酬の支払いを延期していた事実はなかったと認められる(乙二九ないし三二の各二)。
 そして、平成五年六月期以降平成八年六月期までの間も、役員報酬の未払金の発生は認められない(乙三三ないし三六の各二)。
 右認定に反する原告康之の供述は信用できない。
6 以上に認定したところによれば、本件相続開始当時、本加納は事業が不振で縮小傾向にあり、正之からの建物の賃借保証金の返還を受けるなどして資金繰りの援助を受けてきており、本件相続後には原告康之から多額の貸付を受けるなどしているが、役員報酬を含め人件費に未払いはなく、平成五年六月期において二億円を超える売上げがあり、平成八年六月期においても一億円を超えており、その事業は継続されている。銀行取引についてみても、本件相続開始前後を通じて、元金や金利の返済を怠ることなく続けており、相続開始前に銀行との取引規模が縮小したようなことはなく、相続開始後は、新規融資を受けたり、まとまった返済をしている。返済が遅滞していないため、各金融機関が本加納や保証人である正之や原告らに催告をするようなことはなかった。
 以上の事実からすると、本件相続開始当時に本加納が借入金の返済能力を欠く状態であったということはできない。よって、本加納を主たる債務者とする保証債務を確実な債務ということはできず、相続財産から控除することはできない。
六 次に、本件相続開始の現況において、日鷹鉄工がその債務を弁済することができない状態にあり、保証人である正之や相続人である原告康之がその債務を履行しなければならず、かつ、日鷹鉄工に求償しても返還を受ける見込みがなかったかについて判断する。
1 原告らは、本件相続開始前後の日鷹鉄工の状況について、次のとおり主張する。
 日鷹鉄工は、昭和二二年正之が設立した洋服用の原反材を裁断する電動工具の製造販売を業とする会社であり、特殊な機械であることから業績を伸ばし、昭和五九年には正之が用地を取得し、その上に建築した名古屋市中川区富田町所在の建物を賃借りして、本店を移転し、設備の近代化と製品の海外輸出に重点を移した。しかし、洋服等の製造業者が、東南アジア等の国に押され、海外へ移ったこと、海外の同種の製品との価格競争に勝てないことが原因で、業績が悪くなってきた。正之は、事業縮小の方針を立てていたが、同人死亡後代表者となった原告捷之と同人が健康を害したため共同経営者となった原告康之は、人件費の縮小、出張所の廃止、役員報酬の支払延期等で資金繰りを続けながら、海外市場での業績の回復を待ったが、金利負担の重圧で経営が好転せず、平成九年一月には和議の申立をせざるをえなくなった。右和議の申立は、見込みなしとの意見で取り下げを余儀なくされた。
2 日鷹鉄工の業績が不振であることは、当事者間に争いがなく、証拠(原告康之本人尋問の結果及び弁論の全趣旨)によると、日鷹鉄工の業績が不振となった経緯が原告ら主張のとおりであることが認められる。
 日鷹鉄工の、平成元年二月期(二月期とは、前年の三月一日から、当年の二月末日までの事業年度をいう。以下同じ。)から、平成九年二月期までの九事業年度における、財産状況及び損益の状況は別表三の二のとおりである(争いがない。)。
 これによれば、日鷹鉄工は、本件相続が開始した平成五年二月二七日を含む事業年度である平成五年二月期に至って始めて、負債合計が資産合計を上回る債務超過の状況に陥ったが、平成元年以来、毎期とも欠損を出し、累積欠損は、平成五年二月期で八七〇〇万円に上っており、その後も欠損が続き、平成九年二月期には同期の欠損一億円が加算されて三億一〇〇〇万円を超える事態になっている。
 もっとも、売上金額は、平成四年二月期までは、四億一七〇〇万円から五億三八○○万円弱まで毎年伸びてきていたが、本件相続が開始した平成五年二月期に一挙に三億七〇〇〇万円にまで減少し、その後平成九年二月期の一億六〇〇〇万円にまで落ち込んでいる。
 以上の財産状況や売上の状況から見る限り、本件相続開始の前年までは毎年欠損を出してはいたが、財産状況も売上げも問題はなく、本件相続開始の年以降財産状況も売上げも悪化したものということができる。
 そして、日鷹鉄工の人件費の推移は別表三の二のとおりであり、同社の人件費は、平成五年二月期まではほぼ同様の支出金額であって、正之が死亡した後、平成六年二月期以降次第に減少しているにすぎない。
3 日鷹鉄工は、東海銀行名古屋駅前支店、中小企業金融公庫との銀行取引を継続しており、東海銀行名古屋駅前支店との取引状況は、別表四の三のとおりである(当事者間に争いがない。)。なお、原告康之が相続した名古屋市中川区富田町大字長須賀所在の土地には、別表五のとおり、右各金融機関を権利者とする根抵当権、抵当権が設定されている(甲一の一ないし一〇)。
 別表四の三によれば、日鷹鉄工は、東海銀行名古屋駅前支店から、平成二年八月以来二億円を限度として当座貸越を受けていたほか、証書貸付を受けていたが、証書貸付についてはほぼ約束通り毎月の返済をなし、本件相続開始当時の残高は一八五〇万円であった。相続開始後も同様の取引が継続し、証書貸付はほぼ約束どおり返済が続けられた。また、同銀行からは、平成五年一二月九日に三〇〇〇万円及び翌年一月三一日に三〇〇万円の追加融資を受け、平成七年七月にも一〇〇〇万円の新規の証書貸付を受けている。
 別表五のとおり、原告康之が相続した不動産について、平成二年八月二七日付で、愛知県信用保証協会を権利者、日鷹鉄工を債務者とする極度額一億円の根抵当権が設定登記され、また、平成五年一二月三日設定契約を原因として、名古屋市信用保証協会を権利者、日鷹鉄工を債務者とする極度額三六〇〇万円の根抵当権が設定されているが、このことからすると、日鷹鉄工の信用に対する評価は必ずしも悪いものではなかったことが窺われる。
 日鷹鉄工は、中小企業金融公庫名古屋支店から五三〇〇万円を借り受けているが、昭和六二年から毎月の返済額を当初の約束の一〇分の一に軽減したため、返済が滞ることはなく、返済の請求はなかった。
 日鷹鉄工は、本件相続開始前後を通じて、元金や金利の返済を怠ることなく続けており、相続開始前及び相続開始後平成七年九月ころまでは、銀行との取引規模が縮小したようなことはなく、前記のとおり、相続開始後の平成五年一二月に、名古屋市信用保証協会の保証付で新規融資を受けたりしている。返済が遅滞していないため、各金融機関が日鷹鉄工に催告をするようなことはなかった。また、各金融機関は、正之に対しても、債務を履行するよう催告したことはなかった。
 もっとも、前記のとおり業績は下降を続けており、東海銀行名古屋駅前支店との取引も平成七年一〇月以降は毎月一〇九万五〇〇〇円の証書貸付の返済がなされる他は新規融資を受けることもなくなり、利息の支払いだけがなされていた。そして、日鷹鉄工は、平成九年一月和議の申請をしたが、和議の見込みなしとの整理委員の報告を受けて取り下げた。また,平成九年七月頃、愛知県信用保証協会、名古屋市信用保証協会の保証付の債務について、金融機関に対して信用保証協会の弁済がなされた。
 このように、銀行取引が縮小し、一部の債務について信用保証協会が代位弁済し、和議の申立がなされるに至ったが、これらは本件相続開始後およそ四年を経過しようとしたころのことであり、これらのことから相続開始当時の日鷹鉄工の状態が債務の返済が不能であったということはできない。 
4 平成四年二月期までは正之及び原告らからの借入金残高及び原告らに対する未払金残高はない(甲九の一、乙三七ないし三九の各三)。
 ちなみに、正之が死亡した平成五年二月期に、原告ら(原告康之、同捷之及び同久子)からの借入金残高が六〇〇万円(原告ら以外の会社役員らの金額を含めれば一六〇〇万円)、正之に対する家賃の未払金が五一五万円発生したことが認められる。そして、平成五年二月期以降原告らからの借入金は次第に増加してきており、家賃の未払金は平成六年二月期にはなくなったものの、翌々事業年度の平成八年二月期において、原告康之に対する一〇〇〇万円余りの家賃の未払金が発生している(乙四一ないし四四の各二と三)。
5 役員報酬支払延期の事実に関しては、平成元年二月期以降、役員報酬が未払いで決算期末に残っていたことはない(乙三七ないし三九の各三、乙四一ないし四四の各三)。
6 以上認定の日鷹鉄工についての相続開始前後における財産状況、売上げや人件費の支払状況、銀行取引状況、正之や原告らからの資金の借受状況、役員報酬の支払状況等からすると、本件相続開始当時に日鷹鉄工が借入金の返済能力を欠く状態であったということはできない。よって、日鷹鉄工を主たる債務者とする保証債務を確実な債務ということはできず、相続財産から控除するとはできない。
七 以上によれば、本件保証債務は、本件相続開始時において、保証人がその債務を履行しなければならず、かつ、主たる債務者に求償しても返還を受ける見込みがなかったとはいえないから、「確実と認められる債務」には当たらず、本件保証債務を控除しなかった被告の本件更正処分に違法はない。
第四 総括
 以上判示したところによれば、原告らの請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六五条一項本文をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

ib 最高裁判所第三小法廷平成17年(行ヒ)第91号 平成19年1月23日判決
       主   文
1 原判決中,別紙処分目録1及び2記載の各処分に係る請求に関する部分を破棄する。
2 前項の部分につき,本件を福岡高等裁判所に差し戻す。
3 上告人らのその余の上告を棄却する。
4 前項に関する上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
上告代理人丸山隆寛の上告受理申立て理由第1について
1 本件は,上告人らが,相続財産中の土地について租税特別措置法(平成11年法律第9号による改正前のもの。以下「措置法」という。)69条の3所定の小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例の適用があるものとして相続税の申告をしたところ,被上告人から,同特例の適用は認められないとして相続税の更正及び過少申告加算税の賦課決定を受けたので,その取消しを求める事案である。
2 措置法69条の3第1項は,個人が相続により取得した財産のうちに,当該相続の開始の直前において,当該相続に係る被相続人又は当該被相続人と生計を一にしていた当該被相続人の親族の居住の用に供されていた宅地等(土地又は土地の上に存する権利をいう。以下同じ。)で大蔵省令で定める建物又は構築物の敷地の用に供されているもの(以下「居住用宅地等」という。)がある場合には,当該相続により財産を取得した者に係るすべてのこれらの宅地等の200平方メートルまでの部分のうち,当該個人が取得をした宅地等で政令で定めるもの(以下「小規模宅地等」という。)については,相続税法11条の2に規定する相続税の課税価格に算入すべき価額は,当該小規模宅地等の価額に一定の割合を乗じて計算した金額とする旨規定している(以下,これによる相続税の課税価格の計算の特例を「本件特例」という。)。
 そして,措置法69条の3第1項によれば,上記一定の割合は,当該居住用宅地等が「特定居住用宅地等」に該当する場合には100分の20であり(同項1号),これに該当しない場合には100分の50であるところ(同項2号),「特定居住用宅地等」とは,被相続人等の居住の用に供されていた宅地等で,当該相続により当該宅地等を取得した個人のうちに,当該被相続人の配偶者又は一定の要件を満たす当該被相続人の親族がいる場合の当該宅地等をいうものと規定されている(同条2項2号)。
3 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1)当事者及び土地の所有関係等
ア 上告人らは,昭和51年7月12日,A,B夫婦と養子縁組をした夫婦であり,Bの共同相続人である。
イ 昭和63年2月6日,Aが死亡し,Bは,相続により,第1審判決別紙物件目録1及び2記載の各土地(以下,順に「甲土地」,「乙土地」といい,併せて「本件土地」という。)並びに甲土地上の建物である上記目録3記載の建物(以下「甲建物」という。)を取得した。
 上告人X1(以下「上告人X1」という。)は,昭和57年4月14日,乙土地上に上記目録4記載の建物(以下「乙建物」という。)を新築した。
ウ 平成9年3月ころ,Bは,Aの弟の妻で上告人X1の実母であるCと共に甲建物に居住し,上告人らは,乙建物に居住していた。
(2)本件仮換地の指定等
ア 本件土地は,福岡都市計画事業筥崎土地区画整理事業(以下「本件事業」という。)の施行地区内にあるところ,その施行者である福岡市は,Bに対し,土地区画整理法に基づき,平成9年3月18日付けで,〔1〕本件土地の仮換地を福岡市a区bc丁目d街区の土地523平方メートル(以下「本件仮換地」という。)に指定すること,〔2〕仮換地指定の効力発生の日である同月19日から本件土地を使用収益することができないこと,〔3〕別に定めて通知する日まで本件仮換地を使用収益することができないことなどを通知した。
イ B及び上告人X1は,平成9年6月4日付けで,福岡市との間で,同年12月30日までに本件土地に存する物件のすべてを本件事業の支障にならないように移転又は除去することなどを内容とする物件移転等補償契約を締結した。
ウ Bは,上記アの仮換地指定通知に伴い,平成9年11月7日付けで福岡市に対し仮設住宅等使用願を提出し,同月18日ころ,甲建物から仮設住宅にCと共に転居し,上告人らも同じころ乙建物から仮設住宅(Bの転居先の隣室)に転居した。
エ 甲建物及び乙建物は,平成9年12月18日ころ,取り壊され,本件土地は更地となった。
オ Bは,平成10年10月18日死亡し,本件土地は,上告人X1が相続した。
カ 福岡市は、上告人X1に対し,土地区画整理法に基づき,平成12年3月27日付けで,本件仮換地について使用収益を開始することができる日を同年4月1日と定める旨通知した。 
キ 上告人らは,平成12年5月21日,建築請負業者との間で,本件仮換地上に第1審判決別紙物件目録5記載の建物(以下「本件ビル」という。)を新築するための工事請負契約を締結した。
ク 本件ビルの新築工事は,平成12年6月5日に着工され,上告人らは,同13年3月20日,本件ビルの引渡しを受け,同月27日,本件ビルに入居した。
(3)課税の経過等
ア 上告人らは,法定申告期限内である平成11年8月11日,本件土地につき特定居住用宅地等に関する本件特例(措置法69条の3第1項1号)の適用があるものとして,上告人X1につき,課税価格を5984万7000円,納付すべき税額を338万9900円,上告人X2(以下「上告人X2」という。)につき,課税価格を5455万円,納付すべき税額を308万9200円と計算した相続税の申告書を被上告人に提出した。
イ 被上告人は,上告人らに対し,本件土地ないし本件仮換地につき本件特例の適用は認められないとして,平成12年6月30日付けで,上告人X1につき,課税価格を8309万9000円,納付すべき税額を694万9700円,上告人X2につき,課税価格を5455万円,納付すべき税額を456万2200円とする相続税の各更正(以下「本件各更正処分」という。)をするとともに,上告人X1につき過少申告加算税額を36万3000円,上告人X2につき過少申告加算税額を14万7000円とする過少申告加算税の各賦課決定(以下「本件各賦課決定処分」という。)をした。
4 原審は,上記事実関係の下において,本件土地につき本件特例の適用は認められず,本件各更正処分及び本件各賦課決定処分はいずれも適法であると判断した。その理由の要旨は,次のとおりである。
 本件特例の適用に当たっては,相続開始の直前において当該土地を被相続人等が現に居住の用に供していたか,あるいは,少なくとも相続開始時に当該土地において現実に居住用建物の建築工事が着工され,当該土地が居住用建物の敷地として使用されることが外形的,客観的に明らかになっている状態にあることが必要と解すべきである。
 これを本件についてみると,相続開始の直前において本件土地及び本件仮換地が更地の状態であったことは明らかであって,いずれの土地についても居住用建物の敷地としての使用が外形的に認められないから,これを居住用宅地等として扱うことはできず,本件特例の適用は認められない。
5 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである(なお,本件においては,甲土地の面積だけで200平方メートルを超えているので,本件特例の適用の有無は,甲土地について検討すれば足りる。)。
 前記事実関係によれば,確かに,甲土地及び本件仮換地は,相続開始時において,いずれも更地であり,居住用建物の敷地として現実に使用されている状況にはなかったものといわざるを得ない。
 しかしながら,前記事実関係によれば,Bは,従前,甲土地を現実に居住の用に供していたのであるが,福岡市の施行する本件事業のため,甲土地を含む本件土地につき仮換地の指定がされ,本件土地及び本件仮換地の使用収益が共に禁止されたことにより(土地区画整理法99条参照),仮設住宅への転居及び甲建物の取壊しを余儀なくされ,その後,本件仮換地についての使用収益開始日が定められないため本件仮換地に建物を建築することも不可能な状況のまま,同人が死亡し,相続が開始したというのである。
 以上のとおり,相続開始の直前においては本件土地は更地となり,本件仮換地もいまだ居住の用に供されてはいなかったものであるが,それは公共事業である本件事業における仮換地指定により両土地の使用収益が共に禁止された結果,やむを得ずそのような状況に立たされたためであるから,相続開始ないし相続税申告の時点において,B又は上告人らが本件仮換地を居住の用に供する予定がなかったと認めるに足りる特段の事情のない限り,甲土地は,措置法69条の3にいう「相続の開始の直前において・・・居住の用に供されていた宅地」に当たると解するのが相当である。そして,本件においては,B及び上告人らは,仮換地指定通知に伴って仮設住宅に転居しており,また,上告人らは,相続開始後とはいえ,本件仮換地の使用収益が可能となると,本件仮換地上に本件ビルを建築してこれに入居したものであって,上記の特段の事情は認めることができない。したがって,甲土地について本件特例が適用されるものというべきである。
6 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決のうち別紙処分目録1及び2記載の各処分に係る請求に関する部分は破棄を免れない。そして,同請求に関し,甲土地が措置法69条の3第1項1号の「特定居住用宅地等」に該当するか否か,上告人らの納付すべき税額等について審理判断させるため,上記部分につき,本件を原審に差し戻すこととする。
 なお,本件各更正処分のうち上告人らの各申告額を超えない部分に関する上告については,上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたので,棄却することとする。

ic 住宅税制分析としてLily Kahng, Path Dependence in Tax Subsidies for Home Sales, 65 Alabama Law Review 187 (2013); Benjamin H. Harris, C. Eugene Steuerle & Amanda Eng, New Perspectives on Homeownership Tax Incentives, 141 Tax Notes 1315-1332 (December 23, 2013)等。

id 最判昭和61年12月5日訟月33巻8号2149頁&2154頁
農地売主相続事件・最判S61.12.5訟月33-8-2149 一審 東京地判S53.9.27
 被告の主張6の(二)の(1)の事実及び岩沢らが本件売買契約の日に手付金六〇〇万円、昭和四七年九月三〇日に内金一〇〇〇万円を支払つたことは当事者間に争いがない。
 そして、<証拠略>の結果を合わせると、本件売買契約において、残金は昭和四七年一一月三〇日限り所有権移転登記の申請をすると同時に支払う旨、本件土地の引渡しは売買代金の全額が支払われた時とする旨、本件土地の諸税公課及びその他の賦課金は取引期日(すなわち、売買代金が完済され、所有権移転登記の申請及び本件土地の引渡しがされるべき昭和四七年一一月三〇日)をもつて区分し精算する旨が約されていること、亡藤助は、当初本件土地を即金で売買することを欲していたが、本件土地が市街化区域内にある農地であり(この点当事者間に争いがない。)、買主側が建売業者であつて、本件土地を農地以外のものにするためその所有権を取得する場合であるので、農地法第五条第一項第三号の規定による届出を要し、また本件土地上に建売住宅を建築するためには建築基準法上の道路位置の指定を受ける必要があることから、それら手続に必要な期間をみて、前記のとおり売買残代金の支払期日を昭和四七年一一月三〇日とし、同日所有権移転登記の申請及び本件土地の引渡しをすることとしたこと、右のとおり本件売買取引の完結までに数か月を要することとなつたので、その間に前記のとおり内金(中間金)を支払うこととし、また建売業者である買主側の要望によりその便宜を計り、売買取引の完結前においても宅地及び道路の造成、建売住宅の建築及び売買等ができるようにするため前記のとおり特約条項(〈1〉ないし〈3〉及び〈5〉)を定めたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
 右認定の事実からすると、本件売買契約においては、本件土地の所有権移転の時期を売買代金の残金が支払われた時(同時に所有権移転登記の申請及び本件土地の引渡しがされることとされている。)とする旨の特約が存したと推認するのが相当である。
 そして、本件売買代金の残金二九三九万七〇〇〇円が支払われたのは昭和四七年一二月一五日に至つてからであることは当事者間に争いがない(<証拠略>によれば、本件土地につき亡藤助から西武建設への所有権移転登記が同月一六日受付でされていることが認められ、<証拠略>によれば、右のとおり売買残代金の支払い及び所有権移転登記の申請が遅れたのは、亡藤助が同年一一月二五日に至り急死したため、亡藤助の相続人(原告ら及び小沢とよ)の印鑑証明書その他右所有権移転登記の申請に必要な書類を用意することなどに日時を要したためであることが認められる。)。
 そうすると、本件土地の所有権は、本件相続開始の時点までにはいまだ何人にも移転しておらず、右所有権は亡藤助の遺産として本件相続により同人の相続人である原告ら及び小沢とよに承継され、同年一二月一五日に至り右相続人から岩沢らに移転したものというべきである(なお、<証拠略>によれば、同月一六日受付の右所有権移転登記は、原因同年一一月二四日売買、所有者西武建設としてされていることが認められるが、<証拠略>によれば、右登記の申請は、便宜上相続登記を経由することなく、登記権利者西武建設(岩沢らからの本件土地の買受人であること後記のとおりである。)、登記義務者亡藤助相続人原告ら及び小沢とよとし、同年一二月一五日右相続人名義で作成された売渡証書を登記原因証書とし、司法書士生田目正重を代理人としてされたものであることが認められ、右登記は真実の所有権移転の過程を反映していないものというべきであるから、所有権の移転時期及びその当事者に関する前記認定の妨げとはならない。)。
 これに対し、被告は、本件土地の所有権は亡藤助及び西武建設が昭和四七年一〇月七日本件土地について東京都知事に対してした農地法第五条第一項第三号の規定による届出が受理された同月二〇日に亡藤助から西武建設へ移転したと主張するところ、本件土地が市街化区域内にある農地(畑)であること及び右主張の届出及び受理の事実は当事者間に争いがない。しかしながら、亡藤助と岩沢らとの間の本件売買契約において本件土地の所有権移転時期について特約の存すること前記のとおりであるから、被告の右主張は失当である。
 被告は、特約条項〈2〉、〈3〉及び〈5〉からすると岩沢らは中間金を支払うことにより本件土地の引渡しを受けることが合意されていたものであると主張するが、右特約は建売業者である買主側の便宜を計つての措置であつたことは前記認定のとおりであり、右特約条項は本件売買契約における本件土地の所有権移転の時期に関する約定についての前記認定とは矛盾するものではなく、右特約条項をもつて被告主張のような合意が存すると認めることはできず、また<証拠略>も右認定を覆えすに足りず、被告の右主張は失当である(また、<証拠略>によれば、岩沢らは昭和四七年九月三〇日本件土地を西武建設に売り渡す旨の契約をしたことが認められ、<証拠略>によれば、右は本件売買契約において売主が了承しているところであるが、亡藤助からの本件土地の買受人でる岩沢らが同土地を西武建設に売り渡す旨の契約をするにつき、必ずしも亡藤助から所有権の移転を受けていることを要するものではないから、これをもつて本件土地の所有権移転の時期に関する前記認定を左右することはできない。)。
 以上の次第であるから、本件土地は本件相続財産に属するものである。
   (三) したがつて、本件土地の価額の原告らそれぞれの相続分相当額は、これを原告らの取得財産価額から減算すべきではない。
  3 未収金について
 本件相続開始時において本件売買代金のうち二九三九万七〇〇〇円が未収の状態にあつたこと及び更正に係る原告らの取得財産価額にはいずれも右未収金の額の相続分相当額が算入されていないことは当事者間に争いがない。
 被告は、右未収金は本件相続財産に属すると主張するが、本件土地が本件相続財産に属すること前記のとおりであるから、その売買代金である右未収金は相続開始時にはいまだ被相続人の債権として確定していなかつたというべきであり、右未収金は本件相続財産に属しない。
 したがつて、右未収金の額の原告らそれぞれの相続分相当額を原告らの取得財産価額に加算すべき理由はない。

控訴審 東京高判S56.1.28
(一) 控訴人は被控訴人らの相続財産は亡Aが生前に締結した売買契約によつて留保された土地所有者と右契約上のその余の権利義務が一体不可分となつて結合しているもの、換言すれば、本件土地に関する所有権留保付売買契約上の売主としての地位ないし権利義務そのものであり、資産性の面からみれば、所有権留保によつて担保された売買代金債権であると主張し、被控訴人らは、課税対象となるのは本件土地の所有権であると主張するので、この点について判断する。 前記引用にかかる原判決認定の事実によれば、本件土地売買契約は売買代金総額四、五三九万七、〇〇〇円と定められ、右代金は、昭和四七年七月七日の契約当日に手付金として六〇〇万円、同年九月三〇日に中間金として一、〇〇〇万円、残金は同年一一月二五日限り所有権移転登記申請をするのと同時にそれぞれ支払う旨約されていたものであつて、本件相続が開始した同年一一月二五日までには、右手付金及び中間金は買主側から支払われたものであるが、Aの急死による相続手続のため残金の支払及び所有権移転登記が前者は同年一二月一五日に、後者は翌一六日まで延期されたことが認められる。
(二) そこで、右の認定事実によつて何を本件相続税の課税物件と解すべきかについて考えてみるのに、なるほど亡Aの共同相続人である被控訴人らが承継している権利義務には、本件土地の売買契約上の売主としての地位に由来する残代金請求債権が含まれているのであるが、本件のように売買代金の支払完了時に目的物件の所有権が移転するという特約がある売買においては、代金未払の間は所有権が売主に留保され、買主には移転しないのであるから、右所有権と対価関係にたつ売買代金債権も確定的に売主に帰属するに至らないとみるのが相当である。ちなみに、本件のような特約のない通常の売買においては、売買の成立と同時に、目的物件の所有権は売主から買主に移転すると同時に売主は売買代金債権を取得し、これに伴つて、資産的価値も所有権が債権に転化するとみられるのであるが、本件のように所有権留保の特約がある場合には、右のような法的及び経済的変動は代金支払の完了時まで確定的には発生していないとみられるのである。
 そうだとすれば、本件においては、相続開始時に代金の支払が完了していないこと前記のとおりであるから、売買代金債権は確定的には被控訴人らに帰属せず、したがつて、同債権を課税物件と解するのは相当でないものというべく、本件土地の所有権をもつて課税物件と解すべきである。
 控訴人は本件土地の売主としての地位そのものを課税対象とすべきである旨主張するが、右の地位には、債権、債務が混在するものであるから、これを直接課税物件とすることは相当でなく、また、控訴人の主張は、結局のところ売買代金債権をもつて課税物件とすべきであるということに帰着するものであることその主張に照らして明らかであるから、前記説示に照らして、右主張には到底左袒することができない。
(三) 次に、本件土地の評価について検討する。
 控訴人は、本件土地の評価は売買価格によるべきであると主張するのに対し、被控訴人らは相続税財産評価に関する基本通達の評価基準が定める路線価額によるべきであると主張する。
 ところで、相続税法二二条は、相続財産の価格は特別に定める場合を除いて当該財産の取得時における時価による旨定めているのみで、同法は土地の時価に関する評価方法をなんら定めていないのである。そこで、国税庁において「相続税財産評価に関する基本通達」を定め、その評価基準に従つて各税務署が統一的に土地の評価をし、課税事務を行つていることは周知のとおりである。したがつて、右基準によらないことが正当として是認されうるような特別な事情がある場合は別として、原則として右通達による基準に基づいて土地の評価を行うことが相続税の課税の公平を期する所以であると考えられる。
 そこで、本件について右通達の示す基準によらずに、取引価格をもつて評価することを正当視すべき特別の事情があるかどうかについて調べてみる。本件土地については、相続開始時における右通達の評価基準である路線価額は、二、〇一八万五、四三八円であることが弁論の全趣旨によつて認められるのに対し、実際の取引価額についてみると、相続開始時(昭和四七年一一月二五日)に近接した同年七月七日における売買価額は四、五三九万七、〇〇〇円であり、しかも、相続開始時までに内金一、六〇〇万円が支払われ、残代金は同年一二月一五日には完済されたこと前記のとおりである。そして、成立に争いのない甲第一号証、当審証人Hの証言によつていずれも真正に成立したと認められる同第一八号証、第二〇、第二一号証の各一、二、第二二号証、第二三号証の一、二ならびに弁論の全趣旨を綜合すれば、本件土地の相続開始当時における客観的な取引価額は少なくとも前記売買価額を下らないものと推認され、右認定を左右すべき証拠はない。
 このように相続開始時における土地の評価額が取引価額によつて具体的に明らかになつており、しかも、被相続人もしくは相続人が相続に近接した時期に取引代金を全額取得しているような場合において、その取引価額が客観的にも相当であると認められ、しかも、それが通達による路線価額との間に著しい格差を生じているときには、右通達の基準により評価することは相続税法二二条の法意に照らし合理的とはいえないというべきである。 してみれば、本件土地の評価については、前記取引価額をもつてすることが正当として是認しうる特別の事情があるというべきであり、したがつて、控訴人のこの点に関する主張は理由があり、これに反する被控訴人らの主張は採用することができない。

上告審 最判S61.12.5
 原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては、たとえ本件土地の所有権が売主に残つているとしても、もはやその実質は売買代金債権を確保するための機能を有するにすぎないものであり、上告人ら(及び小澤とよ)の相続した本件土地の所有権は、独立して相続税の課税財産を構成しないというべきであつて、本件において相続税の課税財産となるのは、売買残代金債権二九三九万七〇〇〇円(手付金、中間金として受領済みの代金が、現金、預金等の相続財産に混入していることは、原審の確定するところである。)であると解するのが相当である。

農地買主相続事件・最判S61.12.5訟月33-8-2154
 原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、本件相続税の課税財産は本件農地の売買契約に基づき買主たる被相続人が売主に対して取得した当該農地の所有権移転請求権等の債権的権利と解すべきであり、その価額は右売買契約による当該農地の取得価額に相当する一九六五万一四七〇円と評価すべきであるとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。所論違憲の主張のうち、農地の譲渡に係る譲渡所得課税等における取扱いとの不均衡を前提とする主張は、右取扱いは専ら所得税等の課税時期に関するものであつて相続税の課税対象となる財産いかんの問題とは全くその性質を異にするから、その前提において失当というべきであり、また、「相続税財産評価に関する基本通達」(昭和三九年直資五六、直審(資)一七)の定める評価方法による農地の評価との不均衡を前提とする主張は、本件相続税の課税財産は具体的な売買契約によりその時価が顕在化しているとみられる前記債権的権利であつて、これを所論の通達の定める評価方法により評価するものとされている農地自体と同様に取り扱うことはできないから、やはりその前提において失当というほかない。論旨は、採用することができない。

ie 増井良啓「遺産動機と消費税: Barbara H. Fried, Who Gets Utility from Bequests? The Distribution and Welfare Implications for a Consumption Tax, 51 Stan. L. Rev. 641-81 (1999)」アメリカ法2000年100頁;国枝繁樹「相続税・贈与税の理論」フィナンシャル・レビュー2002年10月108頁;浅妻章如「相続等の財産無償移転に対する課税のタイミングについて」『トラスト60研究叢書 金融取引と課税(1)』155-227頁(2011)

if Loius Kaplow, Rules Versus Standards: An Economic Analysis, 42 Duke Law Journal 557 (1992)

ig 最高裁判所第一小法廷平成21年(受)第1338号
平成22年6月3日判決
       主   文
原判決を破棄する。
本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人河内尚明ほかの上告受理申立て理由について
 以下に摘示する地方税法及び固定資産評価基準(昭和38年自治省告示第158号。以下「評価基準」という。)の規定ないし定めは,特に断りのない限り現行のものをいう。なお,昭和62年1月1日から平成18年12月31日までの間に施行された地方税法及び評価基準の改正の経緯については,説示に影響しないことから,その記述を省略する。
1 本件は,第1審判決別紙物件目録記載の倉庫(以下「本件倉庫」という。)を所有し,その固定資産税等を納付してきた上告人が,昭和62年度から平成13年度までの各賦課決定の前提となる価格の決定には本件倉庫の評価を誤った違法があり,上記のような評価の誤りについて過失が認められると主張して,所定の不服申立手続を経ることなく,被上告人を相手に,国家賠償法1条1項に基づき,上記各年度に係る固定資産税等の過納金及び弁護士費用相当額の損害賠償等を求めている事案である。
2(1)地方税法によれば,固定資産税の納税者は,その納付すべき当該年度の固定資産税に係る固定資産について固定資産課税台帳に登録された価格について不服がある場合においては,原則として価格の公示の日から納税通知書の交付を受けた日後60日までの間(ただし,平成11年法律第15号による改正前においては原則として毎年3月1日から同月30日までの間,平成14年法律第17号による改正前においては原則として毎年3月1日から納税通知書の交付を受けた日後30日までの間)において,固定資産評価審査委員会に審査の申出をすることができ(432条1項本文),同委員会の決定に不服があるときは,その取消しの訴えを提起することができる(434条1項)。同委員会に審査を申し出ることができる事項について不服がある固定資産税の納税者は,同委員会に対する審査の申出及びその決定に対する取消しの訴えによってのみ争うことができる(同条2項)。なお,都市計画税(平成19年法律第4号による改正前の702条2項によれば,その課税標準である土地又は家屋の価格は,当該土地又は家屋に係る固定資産税の課税標準となるべき価格である。)の賦課徴収に関する不服申立て及び出訴についても,固定資産税の例による(702条の8(平成5年法律第4号による改正前は702条の7)第2項)。
(2)市町村長は,原則として,評価基準によって固定資産の価格を決定しなければならないところ(地方税法403条1項,388条1項),評価基準は,木造家屋以外の家屋の損耗の状況による減点補正率を,原則として,非木造家屋経年減点補正率基準表(評価基準別表第13)によって求めるものとしている(第2章第3節五(ただし,平成12年自治省告示第12号による改正前においては同節三))。そして,平成20年総務省告示第680号による改正前の同表の7は,工場,倉庫,発電所,変電所,停車場及び車庫用建物について用途別に区分して経年減点補正率(家屋の構造区分に従い,通常の維持管理を行うものとした場合にその年数の経過に応じて通常生ずる減価を基礎とする減点補正率をいう。)を定めているところ,これを適用すると,一般用の倉庫等は,冷凍倉庫用の建物や塩素その他の著しい腐食性を有する液体又は気体の影響を直接全面的に受ける建物等(以下「冷凍倉庫等」という。)よりも高く評価されることになっている。
3 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)平成18年度に至るまで,本件倉庫は,一般用の倉庫に該当することを前提にして評価され,昭和62年度から平成13年度までのその価格並びに固定資産税及び都市計画税(以下「固定資産税等」と総称する。)の税額は,第1審判決別表2の「実際の評価額及び税額」欄記載のとおり決定された(以下,これらの決定を併せて「本件各決定」という。)。上告人は,本件各決定に従って固定資産税等を納付してきた。
(2)名古屋市長から固定資産税等の賦課徴収に関し権限の委任を受けていた名古屋市港区長は,平成18年5月26日付けで,上告人に対し,本件倉庫が冷凍倉庫等に該当するとして,平成14年度から同18年度までの登録価格を修正した旨を通知した上,上記各年度に係る本件倉庫の固定資産税等の減額更正をした。その後,上告人は,同14年度から同17年度までの固定資産税等につき,納付済み税額と上記更正後税額との差額として389万9000円を還付された。
(3)上告人は,本件訴えの提起に至るまで,本件倉庫の登録価格に関し,固定資産評価審査委員会に対する審査の申出を行ったことはない。
4 原審は,上記事実関係等の下において,次のとおり判断して,上告人の請求を棄却すべきものとした。
(1)国家賠償法に基づいて固定資産税等の過納金相当額を損害とする損害賠償請求を許容することは,当該固定資産に係る価格の決定又はこれを前提とする当該固定資産税等の賦課決定に無効事由がある場合は別として,実質的に,課税処分を取り消すことなく過納金の還付を請求することを認めたのと同一の効果を生じ,課税処分や登録価格の不服申立方法及び期間を制限してその早期確定を図った地方税法の趣旨を潜脱するばかりか,課税処分の公定力をも実質的に否定することになって妥当ではない。そして,評価基準別表第13の7の冷凍倉庫等に係る定めが一義的なものではないことなどに照らすと,本件各決定に無効とすべき程度の瑕疵はない。
(2)なお,評価事務上の物理的,時間的な制約等を考慮すれば,地方税法408条所定の実地調査は,特段の事情のない限り,外観上固定資産の利用状況等を確認し,変化があった場合にこれを認識する程度のもので足りるところ,本件においてそのような特段の事情があったといえるような事実がうかがわれないことなどからすれば,本件各決定が過失に基づいてされたということもできない。
5 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)国家賠償法1条1項は,「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が,その職務を行うについて,故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは,国又は公共団体が,これを賠償する責に任ずる。」と定めており,地方公共団体の公権力の行使に当たる公務員が,個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときは,当該地方公共団体がこれを賠償する責任を負う。前記のとおり,地方税法は,固定資産評価審査委員会に審査を申し出ることができる事項について不服がある固定資産税等の納税者は,同委員会に対する審査の申出及びその決定に対する取消しの訴えによってのみ争うことができる旨を規定するが,同規定は,固定資産課税台帳に登録された価格自体の修正を求める手続に関するものであって(435条1項参照),当該価格の決定が公務員の職務上の法的義務に違背してされた場合における国家賠償責任を否定する根拠となるものではない。
 原審は,国家賠償法に基づいて固定資産税等の過納金相当額に係る損害賠償請求を許容することは課税処分の公定力を実質的に否定することになり妥当ではないともいうが,行政処分が違法であることを理由として国家賠償請求をするについては,あらかじめ当該行政処分について取消し又は無効確認の判決を得なければならないものではない(最高裁昭和35年(オ)第248号同36年4月21日第二小法廷判決・民集15巻4号850頁参照)。このことは,当該行政処分が金銭を納付させることを直接の目的としており,その違法を理由とする国家賠償請求を認容したとすれば,結果的に当該行政処分を取消した場合と同様の経済的効果が得られるという場合であっても異ならないというべきである。
 そして,他に,違法な固定資産の価格の決定等によって損害を受けた納税者が国家賠償請求を行うことを否定する根拠となる規定等は見いだし難い。
 したがって,たとい固定資産の価格の決定及びこれに基づく固定資産税等の賦課決定に無効事由が認められない場合であっても,公務員が納税者に対する職務上の法的義務に違背して当該固定資産の価格ないし固定資産税等の税額を過大に決定したときは,これによって損害を被った当該納税者は,地方税法432条1項本文に基づく審査の申出及び同法434条1項に基づく取消訴訟等の手続を経るまでもなく,国家賠償請求を行い得るものと解すべきである。
(2)また,記録によれば,本件倉庫の設計図に「冷蔵室(−30℃)」との記載があることや本件倉庫の外観からもクーリングタワー等の特徴的な設備の存在が容易に確認し得ることがうかがわれ,これらの事情に照らすと,原判決が説示するような理由だけでは,本件倉庫を一般用の倉庫等として評価してその価格を決定したことについて名古屋市長に過失が認められないということもできない。
6 以上と異なる見解の下に,上告人の請求を棄却すべきものとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,本件各決定に際し本件倉庫を一般用の倉庫として評価したことは名古屋市長が上告人に対する職務上の法的義務に違背した結果といえるか否か,仮に違背していたとする場合における上告人の損害額等の点について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すのが相当である。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官宮川光治,同金築誠志の各補足意見がある。
 裁判官宮川光治の補足意見は,次のとおりである。
 行政救済制度としては,違法な行政行為の効力を争いその取消し等を求めるものとして行政上の不服申立手続及び抗告訴訟があり,違法な公権力の行使の結果生じた損害をてん補するものとして国家賠償法1条1項による国家賠償請求がある。両者はその目的・要件・効果を異にしており,別個独立の手段として,あいまって行政救済を完全なものとしていると理解することができる。後者は,憲法17条を淵源とする制度であって歴史的意義を有し,被害者を実効的に救済する機能のみならず制裁的機能及び将来の違法行為を抑止するという機能を有している。このように公務員の不法行為について国又は公共団体が損害賠償責任を負うという憲法上の原則及び国家賠償請求が果たすべき機能をも考えると,違法な行政処分により被った損害について国家賠償請求をするに際しては,あらかじめ当該行政処分についての取消し又は無効確認の判決を得なければならないものではないというべきである。この理は,金銭の徴収や給付を目的とする行政処分についても同じであって,これらについてのみ,法律関係を早期に安定させる利益を優先させなければならないという理由はない。原審は,前記のとおり,固定資産税等の賦課決定のような行政処分については,過納金相当額を損害とする国家賠償請求を許容すると,実質的に課税処分の取消訴訟と同一の効果を生じさせることとなって,課税処分等の不服申立方法・期間を制限した趣旨を潜脱することになり,課税処分の公定力をも否定することになる等として,課税処分に無効原因がない場合は,それが適法に取り消されない限り,国家賠償請求をすることは許されないとしている。しかしながら,効果を同じくするのは課税処分が金銭の徴収を目的とする行政処分であるからにすぎず,課税処分の公定力と整合させるために法律上の根拠なくそのように異なった取扱いをすることは,相当でないと思われる。
 裁判官金築誠志の補足意見は,次のとおりである。
1 行政処分が違法であることを理由とする取消訴訟と,違法な行政処分により損害を受けたことを理由とする国家賠償訴訟とでは,制度の趣旨・目的を異にし,公定力も処分要件の存否までは及ばないから,一般的には,取消判決を経なければ国家賠償訴訟を提起できないとか,取消訴訟の出訴期間を徒過したときはもはや国家賠償請求はできないなどと解すべき理由はない。しかし,課税処分のように,行政目的が専ら金銭の徴収に係り,その違法を理由とする取消訴訟と国家賠償訴訟の勝訴判決の効果が実質的に変わらない行政処分については,取消しを経ないで課税額を損害とする国家賠償請求を認めると,不服申立前置の意義が失われるおそれがあるばかりでなく,国家賠償訴訟を提起することができる間は実質的に取消訴訟を提起することができるのと同様になって,取消訴訟の出訴期間を定めた意味がなくなってしまうのではないかという問題点があることは否定できない。
 このうち不服申立前置との関係については,固定資産の価格評価は,法的な側面,経済的な側面,技術的な側面等,専門的判断を要する部分が多く,専門的・中立的機関によって審査するにふさわしい事柄であり,また,大量の同種処分が行われるものであるから,固定資産評価審査委員会の審査に強い効力を与えて,その早期確定を図ることは合理的と考えられ,国家賠償訴訟によって同委員会の審査が潜脱されてしまうのは不当であるように見える。しかし,こうした問題は,取消訴訟に前置される他の不服申立てに係る審査機関にも多かれ少なかれ共通するものであり,同委員会を特に他の不服申立てに係る審査機関と区別するだけの理由はないし,固定資産課税台帳に登録された価格の修正を求める手続限りの不服申立前置であっても制度的意義を失うものではないから,不服申立てを経ない国家賠償請求を否定する十分な理由になるとはいえない。特に,賦課課税方式を採用する固定資産税等の場合,申告納税方式と異なり,納税者にとってその税額計算の基礎となる登録価格の評価が過大であるか否かは直ちには判明しない場合も多いと考えられるところ,前記のとおり,審査の申出は比較的短期間の間に行わなければならないものとされているため,上記期間の経過後は国家賠償訴訟による損害の回復も求め得ないというのでは,納税者にとっていささか酷というべきである。本件各決定のように,市町村内の他の家屋の登録価格等を参照することができるような手続(地方税法416条1項)が設けられていなかった時期に賦課されたものに関してはなおさらである。
2 取消しを経ないで課税額を損害とする国家賠償請求を認めると,取消訴訟の出訴期間を延長したのと同様の結果になるかどうかは,取消しと国家賠償との間で,認容される要件に実質的な差異があるかどうかの問題である。
(1)まず,国家賠償においては,取消しと異なり故意過失が要求され,また,その違法性判断について当裁判所の判例(最高裁平成元年(オ)第930号,第1093号同5年3月11日第一小法廷判決・民集47巻4号2863頁等)はいわゆる職務行為基準説を採っているから,この点でも要件に差異があることになる。もっとも,こうした要件上の差異が,実際上どの程度の結果の違いをもたらし得るかについては,見方の分かれるところかもしれない。しかし,取消しが認められても国家賠償は認められない場合があり得るということだけは,間違いなくいい得る。
(2)固定資産税の課税物件は膨大な数に上り,その調査資料を長期にわたって保存しておくことが困難な場合もあるのではないかと思われるので,課税処分から長期間が経過しても国家賠償請求ができるとした場合,立証責任の問題は,より重要かもしれない。
 課税処分の取消訴訟においては,原則的に,課税要件を充足する事実を課税主体側で立証する責任があると解すべきであるから,本件固定資産税についても,一般用倉庫として経年減点補正率を適用して評価課税する以上,本件倉庫が冷凍倉庫用のものではなく,一般用のものであることについて,課税主体である被上告人側に立証責任があることになる。これに対し,国家賠償訴訟においては,違法性を積極的に根拠付ける事実については請求者側に立証責任があるから,本件倉庫が一般用のものではなく,冷凍倉庫用のものであることを請求者である上告人側が立証しなければならないと解される。上告人側が同事実を立証することは,損害額を明らかにするためにも必要である。立証責任について,課税処分一般におおむねこうした分配振りになるとすれば,課税処分から長期間が経過した後に国家賠償訴訟が提起されたとしても,課税主体側が立証上困難な立場に置かれるという事態は生じないと思われる。
3 以上のとおり,取消しを経ないで課税額を損害とする国家賠償請求を認めたとしても,不服申立前置の意義が失われるものではなく,取消訴訟の出訴期間を定めた意義が没却されてしまうという事態にもならないものと考える。

ih 税研161号(2012.1)の特集「青色申告制度の課題と展望」

ii 高橋祐介「申告書の作成と専門職責任」税法学566号223頁(2011.11);増井良啓「<書評>Bernard Wolfman, Deborah H. Schenk, and Diane Ring, Ethical Problems in Federal Tax Practice, 4th Edition (Aspen Publishers, 2008)」ソフトロー研究19号85頁(2012.3)

ij 欠番

ik 欠番

il 退職所得に関する裁判例。
京都地判平成23年4月14日税資261号順号11669(確定)、参照:今村隆「専修学校の理事長が学院長等を退職したとして支給した金員の『退職所得』該当性」ジュリスト1429号100-101頁(2011.9.15)、西本靖宏・2012年2月17日租税判例研究会報告。
東京地判平成27年2月26日平24行ウ592請求認容確定(変更判決東京地判平成27年3月3日):代表取締役を辞任し、非常勤取締役となった創業者に対する金員の支給が、「退職すなわち勤務関係の終了という事実によって初めて給付されること」に当たるとした事例。

im 一審福岡地判平成21年1月27日平成18(行ウ)65号他・控訴審福岡高判平成21年7月29日平成21年(行コ)11号・上告審最判平成24年1月13日平成21年(行ヒ)404号・差戻控訴審福岡高判平成25年5月30日平成24(行コ)7号Z888-1803

1 本件は,被上告人らの経営する株式会社が契約者となり保険料を支払った養老保険契約(被保険者が保険期間内に死亡した場合には死亡保険金が支払われ,保険期間満了まで生存していた場合には満期保険金が支払われる生命保険契約をいう。以下同じ。)に基づいて満期保険金の支払を受けた被上告人らが,その満期保険金の金額を一時所得に係る総収入金額に算入した上で,当該会社の支払った上記保険料の全額が一時所得の金額の計算上控除し得る「その収入を得るために支出した金額」(所得税法34条2項)に当たるとして,所得税(平成13年分から同15年分まで)の確定申告をしたところ,所轄税務署長から,上記保険料のうちその2分の1に相当する被上告人らに対する貸付金として経理処理がされた部分以外は上記「その収入を得るために支出した金額」に当たらないとして,更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分を受けたため,上記各処分(更正処分については申告額を超える部分)の取消しを求める事案である。
2(1)所得税法34条2項は,一時所得の金額は,その年中の一時所得に係る総収入金額からその収入を得るために支出した金額(その収入を生じた行為をするため,又はその収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額に限る。)の合計額を控除し,その残額から所定の特別控除額を控除した金額とすると定めている。
 所得税法施行令183条2項2号は,生命保険契約等に基づく一時金に係る一時所得の金額の計算について,当該生命保険契約等に係る保険料又は掛金の総額は,その年分の一時所得の金額の計算上,支出した金額に算入すると定める一方で,同号イないしニにおいて,当該支出した金額に総額を算入しない掛金等を列挙しているが,その列挙された掛金等の中に,養老保険契約に係る保険料は含まれていない。
(2)所得税基本通達(昭和45年7月1日直審(所)30(例規))34−4は,その本文(注以外の部分)において,所得税法施行令183条2項2号に規定する保険料又は掛金の総額には,その一時金の支払を受ける者以外の者が負担した保険料又は掛金の額(これらの金額のうち,相続税法の規定により相続,遺贈又は贈与により取得したものとみなされる一時金に係る部分の金額を除く。)も含まれる旨を定め,その注において,使用者が役員又は使用人のために負担した保険料又は掛金でその者につきその月中に負担する金額の合計額が300円以下であるために給与等として課税されなかったものの額は,同号に規定する保険料又は掛金の総額に含まれる旨を定めている。
3 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1)被上告人らは,株式会社A及び株式会社B(以下,両社を併せて「本件会社等」という。)の代表取締役又は取締役等としてその経営をしてきた者である。本件会社等は,平成8年から同10年にかけて,生命保険会社との間で,被保険者を被上告人ら又はその親族,保険期間を3年又は5年,被保険者が満期前に死亡した場合の死亡保険金の受取人を本件会社等,被保険者が満期日まで生存した場合の満期保険金の受取人を被上告人らとする複数の養老保険契約(以下「本件各契約」という。)を締結した。
 本件会社等は,本件各契約に基づき,同各契約に係る保険料(以下「本件支払保険料」という。)を支払ったが,うち2分の1の部分については,本件会社等において被上告人らに対する貸付金として経理処理がされた(以下,当該部分を「本件貸付金経理部分」という。)。他方,その余の部分については,本件会社等において保険料として損金経理がされた(以下,当該部分を「本件保険料経理部分」という。)。そして,平成13年から同15年の間に順次到来した本件各契約の各満期日において,いずれも被保険者が生存していたため,被上告人らは,満期保険金及び割増保険金(以下「本件保険金等」という。)の支払を受けた。
(2)被上告人らは,平成13年分から同15年分までの所得税につき,本件保険金等の金額を一時所得に係る総収入金額に算入した上で,本件支払保険料の全額が,所得税法34条2項にいう「その収入を得るために支出した金額」に当たり,一時所得の金額の計算上控除し得るとして確定申告書を各所轄税務署長に提出したが,各所轄税務署長は,本件支払保険料のうち本件保険料経理部分はこれに当たらず,一時所得の金額の計算上控除できないなどとして,更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分をした(以下,前者を「本件各更正処分」といい,後者を「本件各賦課決定処分」という。)。
 被上告人らは,上記各処分を不服として,各所轄税務署長に対する異議申立てをしたが,これを棄却する旨の決定がされ,国税不服審判所長に対する審査請求についても,これを棄却する旨の裁決がされたことから,本件各更正処分のうち申告額を超える部分及び本件各賦課決定処分の取消しを求めて,本訴を提起した。
4 原審は,所得税法34条2項の文言だけからは,同項にいう「その収入を得るために支出した金額」として控除できるのが所得者本人が負担した金額に限られるか否かは明らかでなく,所得税法施行令183条2項2号本文が保険料又は掛金の総額を控除できるものと定め,所得税基本通達34−4が同号に規定する保険料又は掛金の総額には一時金の支払を受ける者以外の者が負担した保険料又は掛金の額も含まれるとしていることからすると,本件保険料経理部分も「その収入を得るために支出した金額」に当たり,一時所得の金額の計算上控除できるとして,被上告人らの請求を全て認容すべきものとした(なお,被上告人らは,前記各処分のうち本件における争点と関係しない部分について,原審において請求を減縮した。)。
5 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)所得税法は,23条ないし35条において,所得をその源泉ないし性質によって10種類に分類し,それぞれについて所得金額の計算方法を定めているところ,これらの計算方法は,個人の収入のうちその者の担税力を増加させる利得に当たる部分を所得とする趣旨に出たものと解される。一時所得についてその所得金額の計算方法を定めた同法34条2項もまた,一時所得に係る収入を得た個人の担税力に応じた課税を図る趣旨のものであり,同項が「その収入を得るために支出した金額」を一時所得の金額の計算上控除するとしたのは,一時所得に係る収入のうちこのような支出額に相当する部分が上記個人の担税力を増加させるものではないことを考慮したものと解されるから,ここにいう「支出した金額」とは,一時所得に係る収入を得た個人が自ら負担して支出したものといえる金額をいうと解するのが上記の趣旨にかなうものである。また,同項の「その収入を得るために支出した金額」という文言も,収入を得る主体と支出をする主体が同一であることを前提としたものというべきである。
 したがって,一時所得に係る支出が所得税法34条2項にいう「その収入を得るために支出した金額」に該当するためには,それが当該収入を得た個人において自ら負担して支出したものといえる場合でなければならないと解するのが相当である。
 なお,所得税法施行令183条2項2号についても,以上の理解と整合的に解釈されるべきものであり,同号が一時所得の金額の計算において支出した金額に算入すると定める「保険料…の総額」とは,保険金の支払を受けた者が自ら負担して支出したものといえる金額をいうと解すべきであって,同号が,このようにいえない保険料まで上記金額に算入し得る旨を定めたものということはできない。所得税法基本通達34−4も,以上の解釈を妨げるものではない。
(2)これを本件についてみるに,本件支払保険料は,本件各契約の契約者である本件会社等から生命保険会社に対して支払われたものであるが,そのうち2分の1に相当する本件貸付金経理部分については,本件会社等において被上告人らに対する貸付金として経理処理がされる一方で,その余の本件保険料経理部分については,本件会社等において保険料として損金経理がされている。これらの経理処理は,本件各契約において,本件支払保険料のうち2分の1の部分が被上告人らが支払を受けるべき満期保険金の原資となり,その余の部分が本件会社等が支払を受けるべき死亡保険金の原資となるとの前提でされたものと解され,被上告人らの経営する本件会社等においてこのような経理処理が現にされていた以上,本件各契約においてこれと異なる原資の割合が前提とされていたとは解し難い。そして,前者の原資として支払われた部分については,被上告人らが本件会社等にこれに相当する額を返済すべきものとする趣旨で,被上告人らに対する貸付金として経理処理がされる一方で,後者の原資として支払われた部分については,その支払により当該部分に対応する利益である死亡保険金につき本件会社等が支払を受ける関係にあったから,保険料として損金経理がされたものと解される。そうすると,前者の部分(本件貸付金経理部分)については,被上告人らが本件会社等からの貸付金を原資として当該部分に相当する保険料を支払った場合と異なるところがなく,被上告人らにおいて当該部分に相当する保険料を自ら負担して支出したものといえるのに対し,後者の部分(本件保険料経理部分)についてはこのように解すべき事情があるとはいえず,当該部分についてまで被上告人らが保険料を自ら負担して支出したものとはいえない。
 したがって,本件支払保険料のうち本件保険料経理部分は,所得税法34条2項にいう「その収入を得るために支出した金額」に当たるとはいえず,これを本件保険金に係る一時所得の金額の計算において控除することはできないものというべきである。これと異なる見解に立って被上告人らの請求を全て認容すべきものとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,論旨は理由がある。
6 以上によれば,原判決は破棄を免れない。そして,以上に説示したところによれば,被上告人らの請求のうち,本件各更正処分の一部取消しを求める部分は理由がないから,同部分につき第1審判決を取消し,同部分に関する請求を棄却すべきである。また,被上告人らの請求のうち,本件各賦課決定処分の取消しを求める部分については,本件が例外的に過少申告加算税の課されない場合として国税通則法65条4項が定める「正当な理由があると認められる」場合に当たるか否かが問題となるところ,この関係の諸事情につき更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官須藤正彦の補足意見がある。
 裁判官須藤正彦の補足意見は,次のとおりである。
 私は法廷意見に賛成するものであるが,原判決や所論の指摘する租税法律主義(課税要件明確主義)に関連して,以下のとおり補足しておきたい。
1 憲法84条は租税法律主義を定めるところ,課税要件明確主義がその一つの重要な内容とされている。したがって,課税要件及び賦課徴収手続(以下では,本件に即して課税要件のみについて考える。)は明確でなければならず,一義的に明確な課税要件であればもちろんのこと,複雑な社会経済関係からしてあるいは税負担の公平を図るなどの趣旨から,不確定概念を課税要件の一部とせざるを得ない場合でも,課税庁は,恣意的に拡張解釈や類推解釈などを行って課税要件の該当性を肯定して課税することは許されないというべきである。逆にいえば,租税法の趣旨・目的に照らすなどして厳格に解釈し,そのことによって当該条項の意義が確定的に明らかにされるのであれば,その条項に従って課税要件の当てはめを行うことは,租税法律主義(課税要件明確主義)に何ら反するものではない。
 そこで,租税法律主義(課税要件明確主義)についての以上の考えの下に本件をみるに,所得税法34条2項の「その収入を得るために支出した金額」は,法廷意見に理由が述べられているところであるが,当該収入を得た個人において自ら負担して支出したといえるものでなければならないと解されるのであり,そのことは同条項の趣旨・目的に照らし明らかであるというべきである。そうすると,被上告人らが支払を受けた満期保険金につき,所轄税務署長が,支払われた保険料のうち本件会社等において損金経理された2分の1の部分を控除できないとして本件各更正処分を行ったことは,同項の趣旨・目的に沿った解釈によって明確にされている同条項の意義に従ったまでのことであり,租税法律主義(課税要件明確主義)に何ら反するものではない(もとより,租税法の解釈も通常の法解釈の方法によってなされるべきものであって,特別の方法によってなされるべきものではない。「疑わしきは納税者の利益に」との命題は,課税要件事実の認定について妥当し得るであろうが,租税法の解釈原理に関するものではない。)。
2 次に,租税法律主義の下では,国民(納税者)は,現在の租税法規に基づく課税関係に依拠して経済活動等を行うものであるから,そこにおける法的安定性や予測可能性が保護されるべきところである。しかるところ,所得税法34条2項の「その収入を得るために支出した金額」という条文を普通に読めば,ある個人が一時所得に係るある収入を得るために負担した支出があるなら,所得税課税の対象は,その支出を差し引いた上でのその個人が稼得した経済的利得であるべきで,その収入全部に課税するのは不合理である(逆にいえば,その支出をした者が別人であれば収入金額全額が経済的利得たる所得であってその支出を差し引いた金額にしか課税しないことは不合理である)という趣旨に読まれると思われる。したがって,同条項で,収入を得た者と支出をした者が同一でなければならないとの前提が採られているという点は,一般的な常識に合致するものであろうが,その点は別にしても,本件に即して更に立ち入って考えれば,法人税額算出に当たって損金経理されるという方法で保険料のうち非課税とした半額部分を、更に所得税額算出に当たっても控除されるべき金額として扱い,そのことによって重ねて非課税とする結果を生じさせるというようなことは,不合理であろう。そのことよりすると,上記の前提に立った法廷意見の解釈が法的安定性や予測可能性を損なうなどとすることもできない。
3 もっとも,本件のような類型の養老保険の保険金支払に係る課税について,若干の混乱が生じたことには,所得税法施行令183条2項2号や所得税基本通達34−4の規定振りが,いささか分かりにくい面もあることが一因をなしているようにも思われる。しかしながら,このうち,同施行令同号の意義は,法廷意見で述べるとおりである。次に,同施行令同号についての同通達は,その本文において,「支出した金額」に算入されるべき保険料又は掛金(以下,「保険料等」という。)の総額には,その一時金の支払を受ける者以外の者が負担した保険料等も含まれるとし,その注において,使用者が役員又は使用人のために負担した保険料等で一定金額以下の給与等として課税(以下「給与課税」という。)されなかったものの額もその総額に含まれるとするが,その定めは,役員又は使用人に保険料等の経済的利益が与えられる場合,原則的に給与課税されるもの,及びその額が一定金額以下のものであるために福利厚生等の目的とみられてあえて給与課税されないというものについて,「支出した金額」に算入するという考えに立つものといえる。そうである以上,その通達全体の意味内容は,当該収入(保険金等)を得た役員又は使用人の一時所得の算定に当たって,自ら保険料等を負担したといえるものを控除の対象とするという趣旨に解し得るところである。もとより,法規より下位規範たる政令が法規の解釈を決定付けるものではないし,いわんや一般に通達は法規の解釈を法的に拘束するものではないが,同通達は上記のような趣旨に理解されるものであって,要するに,同施行令同号も,同通達も,いずれも所得税法34条2項と整合的に解されるべきであるし,またそのように解し得るものである。

高橋祐介・ジュリスト1441号8頁。渡辺裕泰2012年6月1日租税判例研究会報告・ジュリスト評釈掲載予定。
福岡高判平成21年7月29日平成21年(行コ)11号について岩崎政明・ジュリスト1407号173-175頁参照。
生命保険と所得課税に関する包括的研究として寺内将浩「生命保険契約から生ずる個人所得の課税の在り方」税務大学校論叢61号477頁(2009)等参照。
辻美枝「生命保険をめぐる相続税法および所得税法上の諸問題」税大ジャーナル13号65頁(2010.2);高橋祐介「生活保障と生命保険課税」租税研究752号160頁(2012.6)
 参考:大阪地判平成25年12月12日平24(行ウ)280号棄却・大阪高判平成26年6月18日平26(行コ)6号(控訴棄却)……社団法人Aの会員であったB(Xの父)死亡に伴い共済制度に基づきXが受給した死亡共済金を、相続税法9条にいうみなし贈与財産とせず、Xの一時所得とし、同共済金を得るために要した負担金の合計額を控除しなかった事例。|第785回租税判例研究会渋谷雅弘2015年11月6日報告は判旨賛成。

in 最高裁判所第二小法廷平成20年(行ツ)第236号 平成23年1月14日判決
       主   文
1 原判決のうち平成12年8月分の源泉所得税及びその不納付加算税に関する部分を破棄し,同部分につき第1審判決を取り消す。
2 本件訴えのうち平成12年8月分の源泉所得税の不納付加算税に関する部分を却下する。
3 上告人の被上告人に対する平成12年8月分の源泉所得税2013万7500円の納税義務が存在しないことを確認する。
4 上告人のその余の上告を棄却する。
5 訴訟の総費用は,これを2分し,その1を上告人の負担とし,その余を被上告人の負担とする。
       理   由
第1 事案の概要
1 本件は,破産管財人である上告人(弁護士)が,破産法(平成16年法律第75号による廃止前のもの。以下「旧破産法」という。)の下において,破産管財人の報酬の支払をし,破産債権である元従業員らの退職金の債権に対する配当をしたところ,所轄税務署長から,上記支払には所得税法204条1項2号の規定が,上記配当には同法199条の規定がそれぞれ適用されることを前提として,源泉所得税の納税の告知及び不納付加算税の賦課決定を受けたことから,上告人において,主位的に,上告人の被上告人に対する上記源泉所得税及び不納付加算税の納税義務が存在しないことの確認を求めるとともに,予備的に,被上告人の上告人に対する上記源泉所得税及び不納付加算税の債権が財団債権でないことの確認を求めている事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)A株式会社(以下「破産会社」という。)は,平成11年9月16日,大阪地方裁判所において破産宣告を受け,弁護士である上告人が破産管財人に選任された。
(2)ア 大阪地方裁判所は,平成12年6月29日,上告人の報酬を3000万円とする旨決定し,上告人は,同年7月3日,上記報酬の支払をした。
イ 上告人は,平成12年8月30日,破産会社の元従業員ら270名を債権者とする退職金の債権(以下「本件各退職金債権」という。)に対し,合計5億9415万2808円の配当をした。なお,上記元従業員らは,いずれも平成11年9月16日をもって破産会社を退職していた。
ウ 大阪地方裁判所は,平成13年3月21日,上告人の報酬を5000万円とする旨決定し,上告人は,同月28日,上記報酬の支払をした(以下,この報酬と上記アの報酬とを併せて「本件各報酬」という。)。
(3)住吉税務署長は,平成15年10月23日付けで,上告人に対し,次のとおりの源泉所得税の納税の告知(以下「本件各納税告知」という。)及び不納付加算税の賦課決定(以下「本件各賦課決定」という。)をした。
ア 上記(2)アの支払に係る平成12年7月分の源泉所得税590万円の納税の告知及び不納付加算税59万円の賦課決定
イ 上記(2)イの配当に係る平成12年8月分の源泉所得税2013万7500円の納税の告知及び不納付加算税201万3000円の賦課決定
ウ 上記(2)ウの支払に係る平成13年3月分の源泉所得税990万円の納税の告知及び不納付加算税99万円の賦課決定
(4)住吉税務署長は,平成15年10月28日付けで,上告人に対し,本件各納税告知に係る源泉所得税及び本件各賦課決定に係る不納付加算税並びに延滞税について交付要求をした。
3 原審は,要旨次のとおり判断し,上告人の主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却すべきものとした。
(1)弁護士である破産管財人が受ける報酬は,所得税法204条1項2号にいう弁護士の業務に関する報酬に該当する。同項にいう「支払をする者」とは,当該支払に係る経済的出えんの効果の帰属主体をいい,破産管財人の報酬の場合は,破産者がこれに当たると解されるが,破産管財人が自己に専属する管理処分権に基づいて破産財団から上記報酬の支払をすることは,法的には破産者が自らこれを行うのと同視できるし,その場合,破産管財人は当該支払を本来の管財業務として行うのであるから,破産管財人は,当該支払に付随する職務上の義務として,上記報酬につき所得税の源泉徴収義務を負うと解するのが相当である。そして,上記報酬に係る源泉所得税の債権は,破産財団管理上の当然の経費として破産債権者にとって共益的な支出に係るものであって,旧破産法47条2号ただし書所定の財団債権に当たるというべきであり,その附帯税である不納付加算税の債権も,財団債権に当たるというべきである。
(2)破産債権である元従業員らの退職金の債権に対して破産管財人が行う配当は,所得税法199条にいう退職手当等の支払に当たり,当該配当においても,上記(1)と同様の理由により,破産者が同条にいう「支払をする者」に当たると解され,破産管財人は,当該配当に付随する職務上の義務として,当該配当につき所得税の源泉徴収義務を負い,その源泉所得税及び不納付加算税の債権は,いずれも財団債権に当たるというべきである。
第2 上告代理人山下良策ほかの上告理由について
 論旨は,違憲及び理由の不備・食違いをいうが,その実質は単なる法令違反を主張するものであって,民訴法312条1項又は2項に規定する事由のいずれにも該当しない。
第3 職権による検討
 上告人が,本件訴えとは別に,被上告人を相手に本件各賦課決定の取消しを求める訴えを大阪地方裁判所に提起し,同裁判所が本件各賦課決定のうち本件各退職金債権に対する配当に係る平成12年8月分の源泉所得税の不納付加算税の賦課決定(以下「平成12年8月分賦課決定」という。)を取り消して上告人のその余の請求を棄却する旨の判決を言い渡したのに対し,被上告人は不服申立てをせず,上告人のみが控訴し,その控訴を棄却した大阪高等裁判所の判決に対して上告人が上告(平成21年(行ツ)第11号)及び上告受理の申立て(同年(行ヒ)第14号)をし,平成22年12月17日,上記の各事件について,上告を棄却し,事件を上告審として受理しない旨の決定がされたことは,当裁判所に顕著である。これらの事実によれば,上記大阪地方裁判所の判決のうち平成12年8月分賦課決定を取り消すべきものとした部分が確定したことにより,平成12年8月分賦課決定に係る不納付加算税の納税義務は当初から発生しなかったことになるから,上告人が,本件訴えにおいて,主位的にその納税義務が存在しないことの確認を求め,予備的にその不納付加算税の債権が財団債権でないことの確認を求める利益は失われたものというべきである。したがって,本件訴えのうち平成12年8月分賦課決定に係る不納付加算税に関する部分は,不適法として却下すべきである。
第4 上告代理人山下良策ほかの上告受理申立て理由について
1 原審の前記第1の3(1)の判断は,結論において是認することができるが,同(2)の判断は,是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)弁護士である破産管財人が支払を受ける報酬は,所得税法204条1項2号にいう弁護士の業務に関する報酬に該当するものというべきところ,同項の規定が同号所定の報酬の支払をする者に所得税の源泉徴収義務を課しているのは,当該報酬の支払をする者がこれを受ける者と特に密接な関係にあって,徴税上特別の便宜を有し,能率を挙げ得る点を考慮したことによるものである(最高裁昭和31年(あ)第1071号同37年2月28日大法廷判決・刑集16巻2号212頁参照)。
 破産管財人の報酬は,旧破産法47条3号にいう「破産財団ノ管理,換価及配当ニ関スル費用」に含まれ(最高裁昭和40年(オ)第1467号同45年10月30日第二小法廷判決・民集24巻11号1667頁参照),破産財団を責任財産として,破産管財人が,自ら行った管財業務の対価として,自らその支払をしてこれを受けるのであるから,弁護士である破産管財人は,その報酬につき,所得税法204条1項にいう「支払をする者」に当たり,同項2号の規定に基づき、自らの報酬の支払の際にその報酬について所得税を徴収し,これを国に納付する義務を負うと解するのが相当である。
 そして,破産管財人の報酬は,破産手続の遂行のために必要な費用であり,それ自体が破産財団の管理の上で当然支出を要する経費に属するものであるから,その支払の際に破産管財人が控除した源泉所得税の納付義務は,破産債権者において共益的な支出として共同負担するのが相当である。したがって,弁護士である破産管財人の報酬に係る源泉所得税の債権は,旧破産法47条2号ただし書にいう「破産財団ニ関シテ生シタルモノ」として,財団債権に当たるというべきである(最高裁昭和39年(行ツ)第6号同43年10月8日第三小法廷判決・民集22巻10号2093頁,最高裁昭和59年(行ツ)第333号同62年4月21日第三小法廷判決・民集41巻3号329頁参照)。また,不納付加算税の債権も,本税である源泉所得税の債権に附帯して生ずるものであるから,旧破産法の下において,財団債権に当たると解される(前掲最高裁昭和62年4月21日第三小法廷判決参照)。
(2)所得税法199条の規定が,退職手当等(退職手当,一時恩給その他の退職により一時に受ける給与及びこれらの性質を有する給与をいう。以下同じ。)の支払をする者に所得税の源泉徴収義務を課しているのも,退職手当等の支払をする者がこれを受ける者と特に密接な関係にあって,徴税上特別の便宜を有し,能率を挙げ得る点を考慮したことによるものである(前掲最高裁昭和37年2月28日大法廷判決参照)。
 破産管財人は,破産手続を適正かつ公平に遂行するために,破産者から独立した地位を与えられて,法令上定められた職務の遂行に当たる者であり,破産者が雇用していた労働者との間において,破産宣告前の雇用関係に関し直接の債権債務関係に立つものではなく,破産債権である上記雇用関係に基づく退職手当等の債権に対して配当をする場合も,これを破産手続上の職務の遂行として行うのであるから,このような破産管財人と上記労働者との間に,使用者と労働者との関係に準ずるような特に密接な関係があるということはできない。また,破産管財人は,破産財団の管理処分権を破産者から承継するが(旧破産法7条),破産宣告前の雇用関係に基づく退職手当等の支払に関し,その支払の際に所得税の源泉徴収をすべき者としての地位を破産者から当然に承継すると解すべき法令上の根拠は存しない。そうすると,破産管財人は,上記退職手当等につき,所得税法199条にいう「支払をする者」に含まれず,破産債権である上記退職手当等の債権に対する配当の際にその退職手当等について所得税を徴収し,これを国に納付する義務を負うものではないと解するのが相当である。
2 以上によれば,本件各報酬の支払に係る平成12年7月分及び同13年3月分の源泉所得税及びその不納付加算税に関する上告人の主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却すべきものとした原審の判断は,結論において是認することができ,この点に関する論旨は採用することができない。他方,本件各退職金債権に対する配当に係る平成12年8月分の源泉所得税に関する上告人の主位的請求を棄却すべきものとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,この点に関する論旨は理由がある。
第5 結論
 以上説示したところによれば,原判決のうち平成12年8月分の源泉所得税及びその不納付加算税に関する部分は破棄を免れず,同部分につき第1審判決を取消して,本件訴えのうち上記不納付加算税に関する部分を却下し,上記源泉所得税に関する上告人の主位的請求を認容すべきであり,上告人のその余の上告は棄却すべきである。

io 任意組合の総額方式と純額方式との選択について、東京地判平成23年2月4日平成21年(行ウ)16号 平23重判213頁高橋祐介;品川芳宣・税研160号84頁

ip 大阪高判昭和50年6月13日税資81号822頁……

iq 相栄産業事件・最判平成4年10月29日判時1489号90頁
 所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実及び原審が適法に確定したその余の事実関係によれば、(1) 東北電力株式会社(以下「東北電力」という。)は、計量装置の計器用変成器の設定誤りにより、昭和四七年四月から同五九年一〇月までの間、上告入から電気料金等(電気料金、契約超過違約金及び電気税をいう。以下同じ。)を過大に徴収していた、(2) 東北電力は昭和五九年一二月ころに至り、この事実を初めて発見したため、同月一四日、上告人に対して、これを伝えて陳謝し、同月二一日、右期間に係る過収電気料金の概算額を伝えた、(3) その後、東北電力は、右過収電気料金の返戻額の算定作業を進める一方で、上告人に対し、年六パーセントの割合による利息を単利計算によって付加して支払うこと、東北電力が特別徴収義務者として上告人から過大に徴収した電気税については、昭和五九年度分の税額に当たる額のみを返金し、その余の部分は上告人が放棄することなどを申し入れ、上告人もこれを了承した、(4) 右のような交渉を経て、東北電力は上告人に対し、昭和六〇年三月二八日、本件過収電気料金等一億五三一一万一八一九円を含む具体的精算金額を提示し、東北電力で作成した案どおりの確認書を取り交わすことを申し入れたところ、上告人もこれを了承し、翌三月二九日、本件確認書が取り交わされるに至った、(5) 本件過収電気料金等のうち電気料金の額は、昭和四七年四月から同四八年九月までの間の上告人の使用電力量を明らかにする資料が残っていなかったため、その間の過収電力量料金の額を昭和四八年一〇月から同四九年九月までの一年間の一箇月平均使用電力量を基礎として推計することによって算出した、(6) 本件確認書には精算終了条項があり、これにより、上告人と東北電力との間において、過収電気料金等に係る精算を終了する旨が確認されている、というのである。右事実関係によれば、上告人は、昭和四七年四月から同五九年一〇月までの一二年間余もの期間、東北電力による電気料金等の請求が正当なものであるとの認識の下でその支払を完了しており、その間、上告人はもとより東北電力でさえ、東北電力が上告人から過大に電気料金等を徴収している事実を発見することはできなかったのであるから、上告人が過収電気料金等の返還を受けることは事実上不可能であったというべきである。そうであれば、電気料金等の過大支払の日が属する各事業年度に過収電気料金等の返還請求権が確定したものとして、右各事業年度の所得金額の計算をすべきであるとするのは相当ではない。上告人の東北電力に対する本件過収電気料金等の返還請求権は、昭和五九年一二月ころ、東北電力によって、計量装置の計器用変成器の設定誤りが発見されたという新たな事実の発生を受けて、右両者間において、本件確認書により返還すべき金額について合意が成立したことによって確定したものとみるのが相当である。したがって、本件過収電気料金等の返戻による収益が帰属すべき事業年度は、右合意が成立した昭和六〇年三月二九日が属する本件事業年度であり、その金額を右事業年度の益金の額に算入すべきものであるとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。
 よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官味村治の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 裁判官味村治の反対意見は、次のとおりである。
 私は、多数意見と異なり、原判決を破棄し、上告人の本件請求を認容すべきものと考えるので、以下その理由を述べる。
 一 法人税法二二条一項は、内国法人の各事業年度の所得の金額は、当該事業年度の益金の額から当該事業年度の損金の額を控除した金額とし、同条二項及び三項は、各事業年度の所得の金額の計算上益金又は損金の額に算入すべき金額についてそれぞれ規定している。
 法人税による確定申告について、損金の過大計上、益金の過少計上があった場合には、申告をした者は国税通則法等の定めるところにより修正申告をすることができ、課税庁は、同法等の定めるところにより、損金の過大計上、益金の過少計上の有無を調査し、これらがあった場合には、その額を調査し、その結果に基づき、更正する権限を有する。
 二 原審の認定した事実によれば、上告人は、昭和四七年四月から同五九年一〇月までの間、電気料金等を過大に支払い、過大支払の事実を昭和五九年一二月一四日知ったというのであり、上告人は、この間に電気料金等として支払った金額を、支払の時の属する各事業年度における損金の額に算入していて、その算入の根拠は、右の金額が法人税法二二条三項一号の原価に該当するとしたことにあったと認められる。しかし、実は、その間の電気料金等の支払は過大であったのであるから、過収電気料金等の額に相当する額は、同号の原価の額には該当しなかったというべきであり、上告人の当該各事業年度に関する確定申告における所得金額の計算には、原価の過大計上ひいては損金の過大計上という違法があり、その結果所得金額が過少であったものと認められる。
 したがって、右の各事業年度について、上告人は、国税通則法等の定めるところにより修正申告をすることができ、被上告人は、同法等の定めるところにより、電気料金等の過大計上の有無を調査し、その結果に基づき、損金の過大計上を理由として右の各事業年度の所得について更正すべきであって、被上告人が返還を受けるべき過収電気料金等の額を右の各事業年度以外の事業年度の益金の額に算入する更正をすることはできないというべきである。
 三 多数意見は、原審が適法に確定した事実関係の下においては、上告人の東北電力に対する本件過収電気料金等の返還請求権は、右両者間において、その金額について合意が成立したことによって確定したものとみるのが相当であるから、本件過収電気料金等が帰属すべき事業年度は、右合意が成立した昭和六〇年三月二九日が属する本件事業年度であるとしたが、私は、多数意見に賛成できない。その理由は、二に述べたところのほか、次のとおりである。
  1 前述のように、上告人が電気料金等の過大支払をした日の属する各事業年度に関する確定申告における所得金額の計算には、原価の過大計上ひいては損金の過大計上という違法があるが、多数意見は、右の計算に違法があることを認めない。過収電気料金等の額に相当する額は、法人税法二二条三項一号の原価又は同項二号の費用の額に該当しないことは明らかであって、上告人が請求を受けた電気料金等の額を正当なものと信じていたとしても、そのために過収電気料金等の額が右の原価又は費用の額に該当することとなることはあり得ないから、多数意見は、その額が同項三号の損失に当たるとするものと解さざるを得ない。たしかに、上告人は、電気料金等の過大支払により、その都度、過収電気料金等の額に相当する額の現金を失ってはいるが、それと同時に、民法の規定により東北電力に対し不当利得としてその額の返還を請求する権利を取得したことが明らかである。このように、上告人の財産については、現金の喪失という資産の減少と不当利得返還請求権の取得という資産の増加が生じているが、この両者は、表裏の関係にあり、しかも、その発生の時点においては等価であると認められるから、過収電気料金等の支払によっては上告人の財産に増減を生じていない。右の現金の喪失という資産の減少は、これに見合う額の返還を受けることを内容とする不当利得返還請求権の取得によって補われているから、同条三項三号の損失に当たらないというべきである。
  2 多数意見は、本件過収電気料金等の返還請求権の取得を法人税法二二条二項の収益と解するが、右の権利は、前述のように、過収電気料金等の額に相当する現金の喪失という資産の減少を回復するものにすぎないから、その取得は、同項の収益に当たらないというべきである。したがって、右の権利の取得を収益として、これにより返還を受けるべき過収電気料金等の額を益金の額に算入することはできないし、まして、表裏の関係にある右の権利の取得と現金の喪失とを切り離して、右の現金の喪失は前記の過大支払の日の属する各事業年度の損失であるとしながら、右の権利の取得は前記の合意の日の属する事業年度の収益であるとすることはできない。
  3 多数意見は、本件過収電気料金等の返還請求権は、その額についての前記の合意の成立によって確定したとするが、過収電気料金等の額は、電気料金等の過大支払の時において、客観的に確定していて、算定可能であり、税法上は、この客観的に確定した額が不当利得として上告人が返還を受けるべき額であって、被上告人は、右の合意にかかわらず、所定の権限を行使し、過収電気料金等の額を調査し、これに基づいて更正を行うべきである。その際、右の合意による額が客観的に確定した額と異なるときは、その額により更正すべきであり、年月の経過による資料の散逸等により過収電気料金等の正確な額を算定できない期間については、残存資料等に基づき合理的な方法を用いてその額を推定すべきである。
 原審の認定した事実によれば、東北電力は、昭和五五年一月から同五九年一〇月までの間の過収電気料金等については、検針カードが保存されていたので、これによりその額を算定し、昭和四八年一〇月から同五四年一二月までの間の過収電気料金等については、大口電力カードが保存されていたので、その記載により一〇〇〇キロワット時未満を四捨五入した使用電力量を基礎として、その額を推定し、昭和四七年四月から同四八年九月までの間の過収電気料金等の額については、その間の使用電力量をその直後の一年間の一箇月平均使用電力量を基礎として、その額を推定したというのである。被上告人は、国税通則法等の定めるところにより、右の合意にかかわらず、右の算定の正確性及び右の推定が合理的か又はより合理的な方法がないか等について、調査し、その結果に基づいて更正すべきである。
 このように、税法上、右の合意がなければ過収電気料金等の額が確定しないということはできず、右の合意によりその額が確定するということもできない。したがって、右の不当利得返還請求権が右の合意の成立によって税法上確定したとする理由はない。
 最高裁昭和五〇年(行ツ)第一二三号同五三年二月二四日第二小法廷判決(民集三二巻一号四三頁)は、所得税法上の所得の計算上、賃料増額請求が賃借人により争われた場合には、原則として、増額賃料債権の存在を認める裁判が確定した時にその権利が確定すると判示していて、その趣旨を推及すると、増額賃料債権は、その額について賃借人と賃貸人との合意が成立した場合には、その合意の時に確定すると解すべきものと考えられる。しかし、右判例の理由とするところは、増額賃料債権の存在を認める裁判が確定するまでは、増額すべき事情があるかどうか、客観的に相当な賃料額がどれほどであるかを正確に判断することは困難であり、課税庁に独自の立場でその認定をさせることも相当でないということにある。しかし、本件においては、前述のように、過収電気料金等の額は、検針カードさえあれば容易に算定できるし、それがなくとも、使用電力量を合理的に推定して、その額を算定することが可能であるから、本件は、右判例とは事案を異にするというべきである。
 なお、原審の認定した事実によれば、上告人は、昭和五九年一二月二一日、東北電力に対する不当利得返還請求権のうち昭和五八年度以前の電気税の額に相当する部分を放棄したものというべきであるから、右の放棄についての税務上の処理は、同日の属する事業年度の所得の計算についてするのが相当である。
 四 原判決は、被上告人がした本件更正処分を適法と認めたが、上述したように、法人の各事業年度の所得の金額の計算に関する法令の解釈を誤っているので、これを破棄し、上告人の本件請求を認容すべきである。

ir NTTドコモ・エントランス回線事件・最判平成20年9月16日民集62巻8号2089頁
 1 本件は、被上告人の平成10年4月1日から同13年3月31日までの3事業年度の法人税に関し、その減価償却資産である電気通信施設利用権に当たるエントランス回線利用権が法人税法施行令(平成16年政令第101号による改正前のもの。特に断らない限り、以下同じ。)133条所定のいわゆる少額減価償却資産(取得価額が10万円未満であるもの)に当たるかどうかが争われている事案である。
 2 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
 (1) 被上告人は、平成10年12月1日、A社(以下「A社」という。)から簡易型携帯電話(以下「PHS」という。)事業の営業譲渡を受け、同事業を開始した。被上告人のPHS事業は、B1社(同社の事業のうち本件に関係する部分は、平成11年7月1日にB2社が承継した。以下、上記各社をいずれも「B社」という。)の設置するPHS接続装置、電話網等の機能及びデータベースを活用する方式(いわゆるB社網依存型の方式)によるものであり、この方式における通信経路をみると、例えばPHS事業者との契約により同事業による電気通信役務の提供を受ける利用者(以下「PHS利用者」という。)がB社の固定電話利用者、携帯電話利用者等と通話等をする場合、そのPHS端末から発信された音声等の情報は、無線電信により当該PHS事業者の設置する基地局において受信され、B社の設置するエントランス回線(基地局とB社の設置するPHS接続装置との間を接続する有線伝送路設備)、PHS接続装置及び電話網等を介して、固定電話や携帯電話等に送信されるという経路をたどる(B社の固定電話や携帯電話等からPHS端末に向けて発信される情報は、上記と逆の経路をたどる。)。エントランス回線が1回線あれば、その回線が接続する基地局のエリア内のPHS端末とB社の固定電話又は携帯電話等との間で、以上にみたような双方向の通話等が可能になる(なお、PHS端末と他の基地局のエリア内のPHS端末との間で通話等が行われる場合は、PHS端末から発信された情報は、上記と同様に基地局、B社のエントランス回線、PHS接続装置を介して電話網に達した後、B社の設置する他のPHS接続装置及び他のエントランス回線を経て、当該PHS事業者の設置する他の基地局に到達し、同基地局から無線電信により他のPHS端末に送信されることになる。)。
 エントランス回線利用権は、B社網依存型の方式を採用するPHS事業者(以下「B社網依存型PHS事業者」という。)が第1種電気通信事業者であるB社に対してその事業用電気通信設備である特定のエントランス回線の設置に要する費用を負担し、当該回線を利用して当該PHS事業者の特定の基地局とB社の特定のPHS接続装置との間を相互接続し、もって、当該基地局のエリア内でPHS端末を用いて行われる通話等に関し、B社をしてPHS利用者に対しB社のネットワークによる電気通信役務を提供させる権利である。
 (2) B社は、平成10年当時、その設置する電気通信設備につき電気通信事業法(平成11年法律第160号による改正前のもの)38条の2第1項による郵政大臣の指定を受けており、同条2項に基づき、上記の指定電気通信設備と他の電気通信事業者の電気通信設備との接続に関して取得する接続料及び接続条件につき実施日を平成10年3月24日とする接続約款(以下「本件接続約款」という。)を定めて郵政大臣の認可を受けた。本件接続約款においては、これに基づいてB社との間でその指定電気通信設備との接続に関する協定を締結したB社網依存型PHS事業者は、B社に対しエントランス回線の設置の申込みをし、B社がこれを承諾したときは、B社に対し設置工事及び手続に関する費用として1回線当たり合計7万2800円を支払うこととされていた。
  被上告人は、上記(1)の営業譲渡に伴い、A社からエントランス回線利用権を1回線に係る権利一つにつき7万2800円の価格で合計15万3178回線分譲り受け(その譲受価格の総額は111億5135万8400円である。)、その後、本件接続約款に基づくB社の指定電気通信設備と被上告人の電気通信設備との接続に関する協定に従って、必要に応じて、1回線単位でエントランス回線の設置の申込みをし、B社がこれを承諾して設置工事をするごとに設置工事及び手続に関する費用として1回線当たり合計7万2800円を支払って、新設された回線に係るエントランス回線利用権を取得した。被上告人は、以上のとおり取得したエントランス回線利用権(以下「本件権利」という。)を、そのPHS事業の用に供した。
 3 前記事実関係によれば、エントランス回線利用権は、エントランス回線1回線に係る権利一つを1単位として取引されているということができる。上告人は、減価償却資産は法人の事業において収益を生み出す源泉として機能することをその本質的要素とするところ、本件権利一つでは被上告人のPHS事業において収益を生み出す源泉としての機能を発揮することができない旨主張する。しかしながら、減価償却資産は法人の事業に供され、その用途に応じた本来の機能を発揮することによって収益の獲得に寄与するものと解されるところ、前記事実関係によれば、一般に、被上告人のようなB社網依存型PHS事業者が本件権利のようなエントランス回線利用権をそのPHS事業の用に供する場合、当該事業におけるエントランス回線利用権の用途に応じた本来の機能は、特定のエントランス回線を用いて当該事業者の設置する特定の基地局とB社の特定のPHS接続装置との間を相互接続することによって、当該基地局のエリア内でPHS端末を用いて行われる通話等に関し、B社をして当該事業者の顧客であるPHS利用者に対しB社のネットワークによる電気通信役務を提供させることにあるということができる。そして、前記事実関係によれば、エントランス回線が1回線あれば、当該基地局のエリア内のPHS端末からB社の固定電話又は携帯電話への通話等、固定電話又は携帯電話から当該エリア内のPHS端末への通話等が可能であるというのであるから、本件権利は、エントランス回線1回線に係る権利一つでもって、被上告人のPHS事業において、上記の機能を発揮することができ、収益の獲得に寄与するものということができる。
 そうすると、本件権利については、エントランス回線1回線に係る権利一つをもって、一つの減価償却資産とみるのが相当であるから(法人税法(平成13年法律第6号による改正前のもの)2条24号、法人税法施行令13条8号ソ(平成12年政令第145号による改正前の法人税法施行令13条8号レ、平成10年政令第368号による改正前の法人税法施行令13条8号タ))、法人税法施行令133条の適用に当たっては、上記の権利一つごとに取得価額が10万円未満のものであるかどうかを判断すべきである。前記事実関係によれば、被上告人は、本件権利をエントランス回線1回線に係る権利一つにつき7万2800円の価格で取得したというのであるから、本件権利は、その一つ一つが同条所定の少額減価償却資産に当たるというべきである。これと同旨の原審の判断は正当として是認することができる。論旨は採用することができない。

is 最高裁判所第二小法廷平成18年(行ヒ)第179号 平成21年6月5日判決
       主   文
原判決のうち上告人敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき,本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人川上忠徳,同岩佐豊の上告受理申立て理由について
1 本件は,兵庫県西宮市所在の各土地の固定資産税の納税義務者である被上告人X1,同X2,同X3,同X4,同X5,承継前被上告人A(以下「被上告人ら」という。)が,それぞれ,その所有する各土地につき,西宮市長により決定され土地課税台帳に登録された平成12年度の価格を不服として上告人に対して審査の申出をしたところ,上告人からこれを棄却する旨の決定(以下「本件各決定」という。)を受けたため,その取消しを求めている事案である。
2 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)兵庫県知事は,西宮市の全域を含む阪神間都市計画区域につき,昭和45年10月31日付けの都市計画決定(以下「本件都市計画決定」という。)により市街化区域及び市街化調整区域を定め,これによって同市a地区のうち約38.73haが市街化区域とされた(以下,この区域を「本件区域」という。)。
 被上告人らは,別表記載のとおり,同表A欄記載の各土地をそれぞれ所有している。上記各土地は,本件区域内に在り,その中には,同表B欄ないしD欄記載のとおり,市街化区域農地,原野及び雑種地が含まれている(以下,同表記載の各市街化区域農地,各原野及び各雑種地を順次,「本件各市街化区域農地」,「本件各原野」及び「本件各雑種地」といい,これらを併せて「本件各土地」という。)。
(2)ア 地方税法附則19条の2第1項は,昭和47年度以降の各年度に係る賦課期日に所在する市街化区域農地に対して課する固定資産税の課税標準となるべき価格については,当該市街化区域農地とその状況が類似する宅地の固定資産税の課税標準とされる価格に比準する価格によって定められるべき旨を規定している。
イ 固定資産評価基準(昭和38年自治省告示第158号。平成12年自治省告示第217号による改正前のもの。以下「評価基準」という。)は,市街化区域農地等の評価について次のとおり定めている。
(ア)市街化区域農地
 市街化区域農地の評価については,沿接する道路の状況,公共施設等の接近の状況その他宅地としての利用上の便等からみて,当該市街化区域農地とその状況が類似する宅地の価額を基準として求めた価額から当該市街化区域農地を宅地に転用する場合において通常必要と認められる造成費に相当する額を控除した価額によってその価額を求める方法による(評価基準第1章第2節の2)。
(イ)宅地
 宅地の評価は,各筆の宅地について評点数を付設し,当該評点数を評点1点当たりの価額に乗じて各筆の宅地の価額を求める方法による。各筆の宅地の評点数は,市町村の宅地の状況に応じ,主として市街地的形態を形成する地域における宅地については,市街地宅地評価法によって,主として市街地的形態を形成するに至らない地域における宅地については,その他の宅地評価法によって,それぞれ付設する。ただし,市町村の宅地の状況に応じ必要があるときは,主として市街地的形態を形成するに至らない地域における宅地についても,市街地宅地評価法によって各筆の宅地の評点数を付設することができる(評価基準第1章第3節)。
(ウ)原野,雑種地
 原野,雑種地の評価については,その売買実例から評定する適正な時価によってその価額を求める方法によるが,市町村内に原野又は雑種地の売買実例価額がない場合には,原野又は雑種地の位置,その利用状況等を考慮し,付近の土地の価額に比準してその価額を求める方法(以下,後者の方法を「近傍地比準方式」という。)による(評価基準第1章第9節,第10節一)。
ウ 西宮市は,評価基準に基づいて土地を評価するための評価事務の要領として西宮市土地評価要領(以下「評価要領」という。)を定め,評価基準及び評価要領に基づいて土地の評価を行うこととしている。評価要領は,市街化区域農地の評価について前記イ(ア)と同様の評価方法を定めるとともに具体的な造成費相当額を定め,宅地の評価については,各筆の宅地の評点数は市街地宅地評価法によって付設する旨定めている。また,本件各土地が所在する地区の市街化区域内の原野及び雑種地の評価については,付近の宅地の単価に造成費相当比準率及び地積をそれぞれ乗じてその価格を求める旨を定めている。
(3)西宮市長は,本件各土地の平成12年1月1日における価格を,それぞれ,以下の算定方法により第1審判決別紙評価決定目録中の本件各土地に係る各価格欄記載のとおり決定し,土地課税台帳に登録した。
ア 本件各市街化区域農地の価格の算定方法
 西宮市長は,評価基準及び評価要領に基づき,市街地宅地評価法により本件区域内の宅地を標準宅地として選定し各街路に路線価を付設しこれを基礎として画地計算法を適用した上,評価要領所定の造成費相当額の評点数を控除して当該市街化区域農地の評点数を付設し,この評点数に評点1点当たりの価額(1円)を乗じて,本件各市街化区域農地の価格をそれぞれ算出した。
イ 本件各原野及び本件各雑種地の価格の算定方法
 西宮市長は,評価要領に基づき,市街地宅地評価法により本件区域内の宅地を標準宅地として選定し各街路に路線価を付設しこれを基礎として画地計算法を適用した上,評価要領所定の造成費相当比準率を乗じて当該原野又は雑種地の評点数(1平方メートル当たりのもの)を求め,これに地積を乗じて当該原野又は雑種地の評点数を付設し,この評点数に評点1点当たりの価額(1円)を乗じて,本件各原野及び本件各雑種地の価格をそれぞれ算出した。
(4)ア 本件区域は,西宮市の北部,六甲山系の北側の斜面にあり,他の市街地から離れた飛び地の市街化区域である。本件区域には,南北に主要地方道b線が,東西に主要地方道c線が走り,本件区域の中央部分で両道路が交差し,b線は,d有料道路に接続している。
イ 本件区域において,建物の多くは二つの主要地方道及びこれに近い旧道の比較的平坦な部分に集まっており,建物の連たんしている地域は,約38.73haの本件区域の約2割であって,その余の地域は建物がまばらに存するにすぎず,おおむね田園又は山野の状況にあり,本件区域全体として市街地を形成していない。
ウ 平成12年の西宮市全体の人口密度は44.47人(1ha当たり)であるのに対し,平成14年12月時点の本件区域内の人家の数は88戸,人口は290人,人口密度は7.49人(1ha当たり)にとどまる。
エ 本件区域を含むa地区(面積約916ha)の人口及び世帯数は,昭和40年以降増加傾向にあり(昭和40年の人口は669人,昭和45年の人口は679人である。),特に昭和45年から昭和55年にかけて増加したが,その後,核家族化に伴い世帯数こそ増えたものの,人口は昭和60年に856人に達した後は減少傾向に転じ,平成16年の人口は739人にとどまっている。
オ 本件区域内の市街化区域農地,原野又は雑種地が宅地への転用を前提として又は宅地に準ずる価格で取引された事例として上告人が指摘するものは,本件都市計画決定から約35年間で13例にとどまり,その大半が主要地方道b線沿いに所在する土地に係るものである。
3 原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断し,本件各決定のうち本件各土地に係る部分をいずれも取り消すべきものとした。
(1)市街化区域農地を宅地の価格に準じて評価する評価基準所定の前記評価方法,本件区域内の原野及び雑種地を宅地の価格に準じて評価する評価要領所定の前記各評価方法は,いずれも,市街化区域農地,市街化区域内の原野及び雑種地の適正な時価への接近方法として合理的なものであるが,その合理性は,当該土地の存する市街化区域が都市計画法7条2項所定の市街化区域としての実態を有することを前提として初めて成り立つものであるから,当該市街化区域が上記実態を有しておらず,その区域内の市街化区域農地,原野及び雑種地が宅地に準じた価格で取引される状況に至っていない場合には,前記各評価方法の合理性を維持することはできない。
(2)本件区域は,現に市街地を形成していないだけでなく,今後人口の増加により市街化が図られることも見込めず,本件都市計画決定から35年後も,いまだ都市計画法7条2項にいう「おおむね10年以内に優先的かつ計画的に市街化を図るべき区域」とはかけ離れた状況にあり,同項の要件を満たすものということはできない。本件区域は,一般的には,その区域内の市街化区域農地,原野及び雑種地が宅地に準じた価格で取引される状況にはないといわざるを得ず,西宮市長が前記各評価方法により決定した本件各土地の前記各価格は,いずれも,当該土地の適正な時価を上回ると認められるから,本件各決定のうち本件各土地に係る部分は違法である。 4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)本件各市街化区域農地について
ア 市街化区域は,都市計画区域のうち,既に市街地を形成している区域又はおおむね10年以内に優先的かつ計画的に市街化を図るべき区域として,都市計画に市街化調整区域との区分が定められた区域とされている(都市計画法(平成12年法律第73号による改正前のもの)7条1項,都市計画法7条2項)。市街化区域については,都市計画において用途地域を定め,都市施設のうち少なくとも道路,公園及び下水道を定めるものとされている(都市計画法(上記改正前のもの)13条1項2号,6号)ほか,市街地開発事業を施行することができることとされる(同項7号,8号)など,都市計画法上優先的かつ計画的に市街化を図るための諸施策が講じられることとされている。特に,宅地造成等の開発行為については,市街化調整区域における開発行為が市街化の抑制の見地から規制を受けるのに対し(同法29条,33条及び34条),市街化区域においては,政令所定の規模未満の規模の開発行為は同法29条1項の開発許可を受けることなく行うことができ(同項1号),開発許可を受けることを要するものについても市街地として最低限度必要な水準を確保するために設けられた基準に適合すれば許可すべきものとされ(同法33条),市街化調整区域における開発行為に比べ,その規制の程度は緩やかなものとされている。
 市街化区域農地は,都市計画法上,上記のように位置付けられている市街化区域に在って,農地法4条1項又は5条1項の許可を受けることを要せず,あらかじめ農業委員会に届け出ることによって,農地以外のものに転用し又はそのために同法3条1項本文所定の権利を設定し若しくは移転することができるものとされている農地であるから(同法4条1項5号,5条1項3号),宅地化の需要が生じやすい区域に在り,かつ,宅地への転用が容易な農地であり,取引される場合には宅地に転用される可能性が高く,その意味で,宅地としての潜在的価値を有する農地ということができる。そして,このことは,正常な条件の下に成立する市街化区域農地の取引において前提とされることが通常であるから,その客観的な交換価値を算定する上で必ず考慮されなければならない要素というべきである。
イ 地方税法附則19条の2第1項は,上記アのことなどから,市街化区域農地の適正な時価は,一般に,これに状況が類似する宅地の適正な時価に準じた水準にあるとの理解に基づいて,課税の公平及び市街化区域における宅地の供給の促進の見地から,市街化区域農地に対して課する固定資産税の課税標準となるべき価格については,当該市街化区域農地とその状況が類似する宅地の固定資産税の課税標準とされる価格に比準する価格によって定められるべき旨を規定していると解される。評価基準所定の市街化区域農地の評価方法は,上記規定に従うものであり,市街化区域農地の適正な時価を算定する方法として一般的な合理性を有するものということができる。また,前記事実関係等によれば,評価要領は,評価基準所定の上記評価方法を前提として,市街化区域農地と状況が類似する宅地の価格を算定する際その評点数を市街地宅地評価法により付設する旨を定めるとともに,市街化区域農地を宅地に転用する場合に通常必要と認められる造成費相当額を具体的に定めるものであって,その定める市街化区域農地の評価方法は,評価基準の定めを具体化するものとして一般的な合理性があるということができる。
 そうすると,西宮市長が決定した本件各市街化区域農地の前記各価格は,評価基準及び評価要領に従って決定されたものと認められる場合には,それらの定める評価方法によっては本件各市街化区域農地の価格を適切に算定することのできない特別の事情の存しない限り,その適正な時価であると推認するのが相当である。
 前記アの事情は本件区域内の市街化区域農地にももとより妥当し,また,本件区域内の市街化の程度は本件区域内の宅地の価格にも反映されることに照らせば,前記2(4)の事実関係等からうかがわれる本件区域全体の市街化の程度,見込みのみをもって直ちに,本件区域内の市街化区域農地が一般的に宅地に準じた価格で取引される状況にないということはできず,評価基準及び評価要領所定の前記評価方法によっては本件各市街化区域農地の価格を適切に算定することのできない特別の事情があるということはできない。
(2)本件各原野及び本件各雑種地について
 評価基準所定の近傍地比準方式は,市町村内に原野又は雑種地の売買実例価額がない場合における原野又は雑種地の適正な時価を算定する方法として,一般的な合理性があるということができるから,西宮市長が決定した本件各原野及び本件各雑種地の前記各価格は,評価要領所定の本件各土地が所在する地区の市街化区域内の原野及び雑種地に係る前記各評価方法が評価基準所定の近傍地比準方式を具体化したものとして一般的な合理性を有するものということができ,かつ,上記各価格がこれに従って決定されたものと認められる場合には,上記各評価方法によっては本件各原野及び本件各雑種地の価格を適切に算定することのできない特別の事情の存しない限り,その適正な時価であると推認するのが相当である。
 市街化区域に在る原野及び雑種地は、前記(1)アのように宅地化の需要が生じやすい区域に在る上に,宅地への転用については市街化区域農地のように農地法による規制を受けることもなく,宅地への転用が容易であり,宅地に転用される可能性が高い土地ということができる。そして,本件区域内の原野及び雑種地についても上記事情が妥当し,本件区域内の市街化の程度は本件区域内の宅地の価格に反映されることに照らせば,前記2(4)の事実関係等からうかがわれる本件区域全体の市街化の程度,見込みのみから直ちに,本件区域内の原野及び雑種地が一般的に宅地に準じた価格で取引される状況になく,付近の宅地の単価を基礎としてその価格を求める旨を定める評価要領所定の前記各評価方法が評価基準所定の近傍地比準方式に反するものということはできず,また,評価基準所定の近傍地比準方式によっては本件各原野及び本件各雑種地の価格を適切に算定することのできない特別の事情があるということもできない。
  (3)そうすると,原審は,他に首肯するに足りる認定説示をすることなく,西宮市長が決定した本件各土地の前記各価格がその適正な時価を上回るとして,本件各決定のうち本件各土地に係る部分を取り消すべきものとしたものであり,その判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるというべきである。 5 以上によれば,論旨は上記の趣旨をいうものとして理由があり,原判決のうち上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして,西宮市長が決定した本件各土地の前記各価格が評価基準の定めに正しく従って算出されたものか,評価基準所定の評価方法によっては当該土地の価格を適切に算定することのできない特別の事情が存するか等について更に審理を尽くさせるため,上記部分につき,本件を原審に差し戻すこととする。

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官今井功,同中川了滋の補足意見がある。  裁判官今井功,同中川了滋の補足意見は,次のとおりである。
 地方税法附則19条の2第1項は,都市計画法7条1項に規定する市街化区域内の農地のうち所定のものについて,その固定資産税の課税標準価格は,類似宅地の課税標準とされる価格に比準する価格によって定められるべきものとし,いわゆる宅地並み評価をするものとしている。市街化区域農地につき宅地並み評価,宅地並み課税がされる理由は,当該農地が宅地としての潜在的価値を有することから,課税の公平及び市街化区域における宅地の供給の促進を図ることにあり,一般的には,当該農地について宅地並み評価,宅地並み課税をすることには合理性があるということができる。しかし,市街化区域に区分されていても,その実質を全く欠くような区域に在る市街化区域農地について宅地並みの評価をすることは,場合によっては,適正な時価を超える評価をすることとなるであろう。その場合にまで,宅地並み評価による価格の決定が違法でないとはいえない。
 都市計画法7条2項は,「市街化区域は,すでに市街地を形成している区域及びおおむね10年以内に優先的かつ計画的に市街化を図るべき区域とする。」としている。
 本件区域は,昭和45年10月31日に市街化区域に区分された。本件区域は,西宮市の北部,六甲山系の北側の斜面にあり,他の市街地から離れた飛び地であり,東西と南北に主要地方道が走り,本件区域の中央部分で両道路が交差しているが,建物の多くは,2つの主要地方道及びこれに近い旧道の比較的平坦な部分に集まっており,本件区域全体として市街地を形成していない。本件区域の面積は,約38.73haであるが,平成14年12月時点の本件区域内の人家の数は88戸,人口は290人,人口密度は7.49人(1ha当たり)にとどまる。本件区域を含むa地区(面積約916ha)でみても,昭和45年の人口は,679人であり,その後若干の増減があったが,平成16年の人口は739人にとどまっている。このような事実関係からすれば,市街化区域に区分された昭和45年当時,本件区域が「既に市街地を形成している区域」に該当しなかったことには,異論はなかろうし,昭和45年から30年を経過した平成12年当時においても,本件区域が,昭和45年当時と比べて若干の変化はあるとしても,「既に市街地を形成している区域」の実質を備えていないことも明らかである。また,「おおむね10年以内に優先的かつ計画的に市街化を図るべき区域」に該当するか否かについては,将来の見通しの問題であるから,不確定要素が入ることはやむを得ないが,区分後30数年を経過した現在までの状況を見ると,現時点においてもこれを肯定することには大きな疑問があるといわなければならない。
 土地課税台帳に登録された価格が,当該土地の適正な時価を上回るときは,当該価格の決定は違法となると解すべきところ,原審は,本件区域が市街化区域の実質を備えていないから,本件区域内の市街化区域農地等が宅地に準じた価格で取引される状況にないとし,宅地並み評価の方法により算定された本件各土地の登録価格は,その適正な時価を上回るものとした。しかし,上記のように,本件区域が市街化区域としての実質を備えているかについては大きな疑問があるけれども,本件区域が市街化区域の実質を備えていないとしても,そのことから原判決のいうように当然に本件各土地の登録価格がその適正な時価を上回ることになるとは,必ずしもいえない。私たちは,そのような趣旨から,法廷意見に同調するものである。

it 最高裁第三小法廷 昭和五六年(行ツ)第三六号 昭和六〇年四月二三日判決
(上告人)西脇税務署長 代理人 藤井俊彦 宮崎直見 岡光民雄 田辺安夫 寺島健 西川賢二 長野益三 田辺澄子 ほか三名
(被上告人)小牧定織物株式会社
       主   文
原判決を破棄する。
本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人柳川俊一、同藤浦照生、同上田勇夫、同篠原靖宏、同小林孝雄、同松村利教、同片岡安夫、同河本正、同城尾宏、同木下昭夫、同杉山幸雄の上告理由について
一 原審の適法に確定したところによれば、被上告会社は、青色申告の承認を受けた法人であり、昭和四八年二月一日から昭和四九年一月三一日までの事業年度分法人税について確定申告したところ、上告人はこれを更正したが、その更正通知書には、更正の理由として、「一、減価償却費の償却超過額……三六万八、〇三六円。四八年六月取得の冷暖房設備について機械として特別償却していますが、内容を検討した結果、建物附属設備と認められ、特別償却の適用はありませんので、次の計算による償却超過額は損金の額に算入されません。(種類)冷暖房設備(償却限度額)一七万三、三一九円(貴社計算の償却費額)五四万一、三五五円(差引償却超過額)三六万八、〇三六円」と記載されていた、というのである。右の記載によれば、本件更正は、被上告会社が確定申告において、昭和四八年六月取得した本件冷房機が租税特別措置法(昭和四九年法律第一七号による改正前のもの、以下同じ。)四五条の二第一項所定の「機械」にあたり、したがつてその減価償却費の計算については右の特別償却規定が適用されるとの見解の下に、その減価償却費を五四万一三五五円と算定してこれを損金に計上したのに対し、本件冷房機は法人税法二条二四号、同法施行令一三条一号所定の建物附属設備にすぎず、その減価償却費の計算につき右特別償却規定が適用される「機械」にはあたらないとして、被上告会社が損金に計上した右五四万一三五五円から法人税法三一条一項所定の普通償却の計算方法に基づき算定した減価償却費一七万三三一九円を差し引いた三六万八〇三六円について、その損金算入を否認したものであるということができる。
二 原判決は、前記更正理由の記載は、本件冷房機が普通償却の対象となる建物附属設備にすぎず、租税特別措置法四五条の二第一項所定の「機械」にあたらない旨を説明するにとどまり、右の記載のみでは、なにゆえ本件冷房機が右の「機械」と認められないのかについてその具体的根拠を知ることができず、したがつて、前記更正理由の記載は法の要求する更正理由の附記としては不備であるといわざるをえないから、本件更正及び過少申告加算税賦課決定は違法であるとして、これらの取消しを求める被上告会社の本件請求を認容した。
三 ところで、法人税法一三〇条二項が青色申告にかかる法人税について更正をする場合には更正通知書に更正の理由を附記すべきものとしているのは、法が、青色申告制度を採用し、青色申告にかかる所得の計算については、それが法定の帳簿組織による正当な記載に基づくものである以上、その帳簿の記載を無視して更正されることがないことを納税者に保障した趣旨にかんがみ、更正処分庁の判断の慎重、合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、更正の理由を相手方に知らせて不服申立ての便宜を与える趣旨に出たものというべきであり、したがつて、帳簿書類の記載自体を否認して更正をする場合において更正通知書に附記すべき理由としては、単に更正にかかる勘定科目とその金額を示すだけではなく、そのような更正をした根拠を帳簿記載以上に信憑力のある資料を摘示することによつて具体的に明示することを要するが(最高裁昭和三六年(オ)第八四号同三八年五月三一日第二小法廷判決・民集一七巻四号六一七頁、同昭和五〇年(行ツ)第八四号同五四年四月一九日第一小法廷判決・民集三三巻三号三七九頁等)帳簿書類の記載自体を否認することなしに更正をする場合においては、右の更正は納税者による帳簿の記載を覆すものではないから、更正通知書記載の更正の理由が、そのような更正をした根拠について帳簿記載以上に信憑力のある資料を摘示するものでないとしても、更正の根拠を前記の更正処分庁の恣意抑制及び不服申立ての便宜という理由附記制度の趣旨目的を充足する程度に具体的に明示するものである限り、法の要求する更正理由の附記として欠けるところはないと解するのが相当である。
四 本件についてこれをみると、本件更正通知書記載の更正の理由には本件更正をした根拠についての資料の摘示がないことは否定できないところであるけれども、本件更正は、前記のような内容のものであつて、本件冷房機の存在、その取得時期及び取得価額についての帳簿記載を覆すことなくそのまま肯定したうえで、被上告会社の確定申告における本件冷房機の属性に関する評価を修正するものにすぎないから、右更正をもつて帳簿書類の記載自体を否認するものではないというべきであり、したがつて、本件更正通知書記載の更正の理由が右のような更正をした根拠についての資料を摘示するものでないとしても、前記の理由附記制度の趣旨目的を充足するものである限り、法の要求する更正理由の附記として欠けるところはないというべきである。そして、本件更正は、前記のとおり、被上告会社が確定申告において、本件冷房機が租税特別措置法四五条の二第一項所定の「機械」にあたり、したがつてその減価償却の計算については右の特別償却規定が適用されるとの見解の下にその減価償却費を五四万一三五五円と算定してこれを損金に計上したのに対し、右五四万一三五五円から法人税法三一条一項所定の普通償却の計算方法に基づき算定した減価償却費一七万三三一九円を差し引いた三六万八〇三六円の損金算入を否認したものであり、その理由として、本件更正理由の記載は、本件冷房機が法人税法二条二四号、同法施行令一三条一号所定の「建物附属設備」である「冷房設備」にあたり、したがつて、これが特別償却規定の適用のある「機械」にあたるとは認められないから、本件冷房機の減価償却費は前記普通償却の限度において算定されるべきであるとする趣旨を記載したものということができ、これによれば、右更正理由の記載は、上告人がなにゆえ右三六万八〇三六円を償却超過額としてその損金算入を否認したかについて、その法律上及び事実上の根拠を具体的に示しているものということができる。右更正理由の記載は、本件冷房機がなにゆえ特別償却の対象とされる「機械」にあたらないとするのかについて、これが法人税法二条二四号、同法施行令一三条一号所定の「建物附属設備」にあたるとするにとどまり、上告人の判断の基礎となつた具体的事実関係を明示してはいないが、冷房機は、もともと建物内部を冷房して空気温度を調整するという機能を果たす目的で製作されるものであるから、その機能が特殊の用途に用いられているため特別償却の対象とされる「機械」にあたることを肯定しうる例外的な場合でない限り、普通償却の対象とされる法人税法二条二四号、同法施行令一三条一号所定の「建物附属設備」としての「冷房設備」又は同条七号所定の「器具及び備品」にあたるというべきであり、右の理由の記載もこのことを前提としたうえで、本件冷房機が、その構造、機能及び設置使用状況からみて、右の「冷房設備」にあたることを認めた趣旨を記載したものと解することができる。そうであるとすれば、右更正理由の記載は、本件更正における上告人の判断過程を省略することなしに記載したものということができ、上告人としては、前記のような内容の理由を記載することによつて、本件更正における自己の判断過程を逐一検証することができるのであるから、その判断の慎重、合理性を確保するという点について欠けるところはなく、右の程度の記載でも処分庁の恣意抑制という理由附記制度の趣旨目的を損うことはないというべきである。また、本件更正理由の記載を右のような趣旨のものと解することが可能であるならば、本件更正の理由は、理由附記制度のもうひとつの目的である「不服申立ての便宜」という面からの要請に対しても、必要な材料を提供するものということができるのであつて、前記の内容を有する本件更正理由の記載は法人税法一三〇条二項の要求する更正理由の附記として欠けるところはないものというべきである。してみれば、右の理由を記載した本件更正通知書は、法人税法一三〇条二項の定める理由附記の要件を欠くものであるとして、右違法があることを理由に、被上告会社の本件更正及び過少申告加算税賦課決定の取消請求を認容した原判決には、法律の解釈適用を誤つた違法があるものといわざるをえず、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は右の趣旨をいう点において理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、前記更正及び過少申告加算税賦課決定の当否につきさらに審理を尽くさせる必要があるから、これを原審に差し戻すのが相当である。
 よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

iu 東京高判平成23年2月23日訟月58巻1号193頁 資産より負債が下回っている、資産譲渡時の現況によって判断するとの原審判断を引き継ぎ、請求棄却。昭和40年全文改正時に所得税法9条1項10号が導入された趣旨としてA本人の意思に基づかない強制的な譲渡であること、B実際問題として課税が困難であること、C相続財産の物納とのバランス の3つが挙げられるところ、判旨はBを重視した。尤も資産譲渡時に判定するという判断枠組みに関し、仮に暦年末に判定するという判断枠組みであったとしても結論が変わったという可能性は見出しにくい。資産譲渡時に債務超過でなかったが暦年末に債務超過であった場合にどういう判断が出るか、資産譲渡時に債務超過だったが暦年末に債務超過でなかった場合にどうなるか、不分明ではないか。cf.増井良啓2012.9.21租税判例研究会報告 先行裁判例 大阪地判昭和56年4月24日行集32巻4号635頁 大阪高判昭和57年3月11日行集33巻3号404頁 千葉地判平成7年12月18日税資214号799頁 さいたま地判平成21年11月25日裁判所ホームページ
大阪高判平成24年2月16日訟月58巻11号3876頁(未確定。原審大阪地判平成23年3月17日訟月58巻11号3892頁)…債務超過の持株会が会社に自己株式を譲渡し債務免除をしてもらった場合、債務免除益が所得税法25条のみなし配当にあたる(9条1項10号の非課税所得には当たらない)とした例。

iv 納税者の選択の誤りについて更正の請求が認められるか否か。  最判昭和62年11月10日判時1261号54頁…社会保険診療に係る必要経費の概算方式を選択して申告したが、事後、実額計算方式の方が税額が少なくなるため、更正の請求を行った。この変更が認められなかった。
 最判平成2年6月5日民集44巻4号612頁…更正の請求を認めた。百選4版97番(藤原淳一郎)
 福岡地判平成9年5月27日行集48巻5=6号456頁。
 東京地判平成18年12月8日判タ1248号162頁(確定)…消費税の税額控除の計算方法に関し、誤って総額計算方式による税額を申告したが、事業者が積上計算方式を選択していたものとして更正の請求を認めた事例。
 京都地判平成17年2月24日税資255号9442、東京高判平成17年8月9日税資255号10097、最決平成18年11月24日(LEX/DB60049158)。
 東京地判平成19年10月30日平成18年(行ウ)541・551号税資257号順号10809・東京高判平成20年2月27日税資258号順号10903・最決平成21年10月2日判例集未登載(国税不服審判所平成18年4月6日裁決・裁決事例集71集448頁)。
 南九州コカコーラ事件・最二小判平成21年7月10日民集63巻6号1092頁(今井功裁判長)…法人税の確定申告において、法人税法68条1項に基づき配当等に係る所得税額を控除するに当たり、簡便法による計算を誤ったために控除を受ける所得税額を過少に記載した場合につき、上記計算の誤りを理由とする更正の請求が、同条3項(平成23年12月改正以降の本件のような納税者は確実に救われる)の趣旨に反するということはできず、国税通則法23条1項1号所定の要件(「計算の誤り?」)に該当すると判断し、原判決から変更(一部認容ながらほぼ納税者全面勝訴)。調査官解説鎌野真敬・ジュリスト1379号105-107頁;法曹時報63巻6号174-189頁。第674回租税判例研究会増田英敏2010年2月19日報告(未原稿化)。公法判例研究会藤岡祐治2012年11月2日報告。原審福岡高判平成18年10月24日(請求認容した熊本地判平成18年1月26日から逆転させていた)について第629回租税判例研究会西山由美2007年11月2日報告→ジュリスト1355号135頁;金井肇・税理51巻6号172-178頁。
 タイバーツ外税控除誤解事件・大分地判平成18年12月13日・福岡高判平成19年5月9日平成18年(行コ)12号・最決平成21年3月23日付上告不受理…間接外国税額控除についてタイ子会社からの配当に関する金額の記載を誤ったことについて更正の請求を認めた。
 東京地判平成26年2月18日平24(行ウ)854(請求棄却)・東京高判平成26年10月30日平26(行コ)99号(控訴棄却)…相続財産に株式が含まれるとして相続税の申告をした相続人が,別件民事訴訟の判決において当該株式は相続財産に含まれていなかったことが確定したなどとしてした相続税に係る更正の請求に対し,税務署長がした更正をすべき理由がない旨の通知処分につき,国税通則法23条2項1号の文言及び趣旨に鑑みれば,「判決により,その事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したとき」とは,その申告に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実と異なる事実を前提とする法律関係が判決の主文で確定されたとき又はこれと同視できるような場合をいうものと解するのが相当であるところ,前記民事訴訟の請求は不法行為による損害賠償請求及び不当利得返還請求であり,当該判決の主文はこれらの請求をいずれも棄却するというものであって,相続開始当時第三者が当該株式を有していたことその他の相続開始当時当該株式が被相続人に帰属していなかったことを意味する権利状態を判決の主文で確定したと同視できるような場合に該当しないなどとして,前記通知処分を適法とした事例

iw 本家の英国ISA (individual savings account)について。日本証券業協会「英国の ISA(Individual Savings Account)の実施状況等について〜英国のISAの実態調査報告〜」平成24年11月

ix 最高裁判所第一小法廷令和4年(行ヒ)第10号 令和5年3月6日判決
       主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
第1 事案の概要
1 本件は、不動産の売買等を目的とする株式会社である上告人が、平成26年4月1日から同27年3月31日まで、同年4月1日から同28年3月31日まで及び同年4月1日から同29年3月31日までの各課税期間(以下「本件各課税期間」という。)において、転売目的で、全部又は一部が住宅として賃貸されている建物の購入(以下「本件各課税仕入れ」という。)をし、これに係る消費税額の全額を当該課税期間の課税標準額に対する消費税額から控除して消費税及び地方消費税(以下「消費税等」という。)の確定申告(以下「本件各申告」という。)をしたところ、麹町税務署長から、その全額を控除することはできないとして更正処分(以下「本件各更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件各賦課決定処分」という。)を受けたことから、被上告人を相手に、本件各更正処分のうち申告額を超える部分及び本件各賦課決定処分の取消しを求める事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
(1)消費税法(平成27年9月30日以前に行った課税仕入れについては同年法律第9号による改正前のもの、同年10月1日以降に行った課税仕入れについては同24年法律第68号3条による改正前のもの。以下同じ。)30条1項1号は、事業者が国内において行う課税仕入れについては、当該課税仕入れを行った日の属する課税期間の課税標準額に対する消費税額から、当該課税期間中に国内において行った課税仕入れに係る消費税額を控除する旨を規定する。同条2項1号は、当該課税期間における課税売上高が5億円を超える場合又は当該課税期間における課税売上割合が100分の95に満たない場合において、当該課税期間中に国内において行った課税仕入れにつき、課税資産の譲渡等にのみ要するもの(以下「課税対応課税仕入れ」という。)、課税資産の譲渡等以外の資産の譲渡等(以下「その他の資産の譲渡等」という。)にのみ要するもの(以下「非課税対応課税仕入れ」という。)及び課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等に共通して要するもの(以下「共通対応課税仕入れ」という。)の区分(以下「用途区分」という。)が明らかにされているときは、控除する課税仕入れに係る消費税額(以下「控除対象仕入税額」という。)は、同条1項の規定にかかわらず、課税対応課税仕入れに係る消費税額に、共通対応課税仕入れに係る消費税額に課税売上割合を乗じて計算した金額を加算する方法(以下「個別対応方式」という。)により計算した金額とする旨を規定する。
 また、消費税法30条3項本文は、個別対応方式による場合において、課税売上割合に準ずる割合で、当該事業者の営む事業の種類等に応じ合理的に算定されるものであって、かつ、所轄の税務署長の承認を受けたものがあるときは、当該課税売上割合に代えて、当該割合(以下単に「課税売上割合に準ずる割合」という。)を用いて控除対象仕入税額を計算する旨を規定する。
(2)上告人は,本件各課税期間において、事業として、転売目的で、全部又は一部が住宅として賃貸されているマンション合計84棟(以下「本件各建物」という。)を購入した(本件各課税仕入れ)。上告人は、転売までの間、本件各建物を棚卸資産として計上し、その賃料を収受した。
 上告人は、本件各課税期間の消費税等について、個別対応方式により、本件各課税仕入れが課税対応課税仕入れに区分されることを前提に、本件各課税仕入れに係る消費税額の全額を控除対象仕入税額として本件各申告をした。これに対し、麹町税務署長は、平成30年7月30日付けで、本件各課税仕入れは、課税資産の譲渡等である建物の転売のみならず、その他の資産の譲渡等である住宅の貸付けにも要するものであるから、共通対応課税仕入れに区分されるべきであり、控除対象仕入税額は、上記消費税額の全額ではなく、これに課税売上割合を乗じて計算した金額となるなどとして、本件各更正処分及び本件各賦課決定処分をした。
(3)税務当局は、平成7年頃、関係機関からの照会に対し、仮に一時的に賃貸用に供されるとしても、継続して棚卸資産として処理し、将来的には全て分譲することとしている住宅の購入については、課税対応課税仕入れに該当するものとして取り扱って差し支えない旨の回答をし、同9年頃、関係機関からの照会に対し、賃借人が居住している状態でマンションを購入した場合でも、転売目的で購入したことが明らかであれば、課税対応課税仕入れに該当する旨の回答をした。
 他方、平成17年以降、税務当局の職員が執筆した公刊物等において、事業者の最終的な目的は中古マンションの転売であっても、転売までの間に非課税売上げである家賃が発生する場合には、中古マンションの購入は共通対応課税仕入れに該当する旨の見解が示され、また、本件各申告当時に公表されていた複数の国税不服審判所の裁決例及び下級審の裁判例において、本件各課税仕入れと同様の建物の取得の用途区分につき、上記と同様の見解に基づく税務当局側の主張が採用されていた。
第2 上告代理人大石篤史ほかの上告受理申立て理由第二について
1 消費税法は、生産、流通等の各段階で二重、三重に税が課されて税負担が累積することを防止し、経済に対する中立性を確保するため(税制改革法10条2項)、課税期間中に行った課税仕入れに係る消費税額を当該課税期間の課税標準額に対する消費税額から控除するものとしている(消費税法30条1項1号)。もっとも、同法は、所定の場合において当該課税期間中に行った課税仕入れにつき用途区分が明らかにされていないときは、課税仕入れに係る消費税額に、課税売上割合、すなわち、課税期間中の所定の売上げの総額に占める課税資産の譲渡等に係る売上げの割合を乗じて計算する方法により控除対象仕入税額を計算するものとし(同条2項2号)、また、帳簿及び請求書等の保存がない場合には原則として当該課税仕入れに係る消費税額の控除を認めないものとする(同条7項)など、課税の明確性の確保や適正な徴税の実現といった他の目的との調和を図るため、税負担の累積が生じても課税仕入れに係る消費税額の全部又は一部が控除されない場合があることを予定しているものということができる。
 そして、個別対応方式により控除対象仕入税額を計算する場合において、税負担の累積が生ずる課税資産の譲渡等と累積が生じないその他の資産の譲渡等の双方に対応する課税仕入れにつき一律に課税売上割合を用いることは、課税の明確性の確保の観点から一般に合理的といえるのであり、課税売上割合を用いることが当該事業者の事業の状況に照らして合理的といえない場合には、課税売上割合に準ずる割合を適切に用いることにより個別に是正を図ることが予定されていると解されることにも鑑みれば、課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等の双方に対応する課税仕入れは、当該事業に関する事情等を問うことなく、共通対応課税仕入れに該当すると解するのが消費税法の趣旨に沿うものというべきである。このように解することは、課税仕入れを課税資産の譲渡等「にのみ」要するもの(課税対応課税仕入れ)、その他の資産の譲渡等「にのみ」要するもの(非課税対応課税仕入れ)及び両者「に共通して」要するもの(共通対応課税仕入れ)に区分する同条2項1号の文理に照らしても自然であるということができる。
 そうすると、課税対応課税仕入れとは、当該事業者の事業において課税資産の譲渡等にのみ対応する課税仕入れをいい、課税資産の譲渡等のみならずその他の資産の譲渡等にも対応する課税仕入れは、全て共通対応課税仕入れに該当すると解するのが相当である。
2 前記事実関係等によれば、本件各課税仕入れは上告人が転売目的で本件各建物を購入したものであるが、本件各建物はその購入時から全部又は一部が住宅として賃貸されており、上告人は、転売までの間、その賃料を収受したというのである。そうすると、上告人の事業において、本件各課税仕入れは、課税資産の譲渡等である本件各建物の転売のみならず、その他の資産の譲渡等である本件各建物の住宅としての賃貸にも対応するものであるということができる。
 よって、本件各課税仕入れは、その上告人の事業における位置付けや上告人の意図等にかかわらず、共通対応課税仕入れに該当するというべきである。
3 以上によれば、本件各課税仕入れに係る控除対象仕入税額は、本件各課税仕入れに係る消費税額の全額ではなく、これに課税売上割合を乗じて計算した金額となるというべきである。所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができる。
第3 上告代理人大石篤史ほかの上告受理申立て理由第三について
1 国税通則法65条4項1号(本件各課税期間のうち平成28年4月1日から同29年3月31日までの課税期間以外の課税期間については同28年法律第15号による改正前の同項。以下、同改正の前後を通じて「国税通則法65条4項」という。)にいう「正当な理由があると認められる」場合とは、真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情があり、当初から適法に申告し納税した納税者との間の客観的不公平の実質的な是正を図るとともに過少申告による納税義務違反の発生を防止して適正な申告納税の実現を図るという過少申告加算税の趣旨に照らしてもなお納税者に過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になる場合をいうものと解するのが相当である(最高裁平成17年(行ヒ)第9号同18年4月20日第一小法廷判決・民集60巻4号1611頁参照)。
2 前記事実関係等によれば、税務当局は、遅くとも平成17年以降、本件各課税仕入れと同様の課税仕入れを、当該建物が住宅として賃貸されること(その他の資産の譲渡等に対応すること)に着目して共通対応課税仕入れに区分すべきであるとの見解を採っており、そのことは、本件各申告当時、税務当局の職員が執筆した公刊物や、公表されている国税不服審判所の裁決例及び下級審の裁判例を通じて、一般の納税者も知り得たものということができる。他方、税務当局が平成7年頃にした関係機関からの照会に対する回答は、本件各課税仕入れと同様の課税仕入れを、事業者が当該建物の転売を目的とすることに着目して課税対応課税仕入れに区分したものとも理解し得るものの、前提となる事実関係が明らかでなく、必ずしも上記見解と矛盾するものとはいえない。また、税務当局は、平成9年頃、関係機関からの照会に対し、本件各課税仕入れと同様の課税仕入れを課税対応課税仕入れに区分すべき旨の回答をしているが、このことから、直ちに、税務当局が一般的に当該課税仕入れを事業者の目的に着目して課税対応課税仕入れに区分する取扱いをしていたものということはできないし、上記回答が公表されるなどしたとの事情もうかがわれない。
 そうすると、平成17年以降、税務当局が、本件各課税仕入れと同様の課税仕入れを当該建物が住宅として賃貸されることに着目して共通対応課税仕入れに区分する取扱いを周知するなどの積極的な措置を講じていないとしても、事業者としては、上記取扱いがされる可能性を認識してしかるべきであったということができる。
 そして、上記取扱いは消費税法30条2項1号の文理等に照らして自然であるといえ、本件各申告当時、本件各課税仕入れと同様の課税仕入れを事業者の目的に着目して課税対応課税仕入れに区分すべきものとした裁判例等があったともうかがわれないこと等をも考慮すれば、上告人が本件各申告において本件各課税仕入れを課税対応課税仕入れに区分して控除対象仕入税額の計算をしたことにつき、真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情があり、過少申告加算税の趣旨に照らしてもなお納税者に過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になるということはできない。
3 以上によれば、本件各申告において、上告人が本件各課税仕入れに係る消費税額の全額を当該課税期間の課税標準額に対する消費税額から控除したことにつき、国税通則法65条4項にいう「正当な理由」があると認めることはできない。所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができる。

iy 赤松晃『国際課税の実務と理論〜グローバル・エコノミーと租税法〜』(税務研究会出版局、2007)
藤本哲也『国際租税法』(中央経済社、2005)
井上康一・仲谷栄一郎『租税条約と国内税法の交錯』(商事法務研究会)
金子宏編『国際課税の理論と実務』(有斐閣)
川田剛『国際課税の基礎知識』(税務経理協会)
木村弘之亮『国際税法』(成文堂)
田井良夫『国際的二重課税の排除の研究 外国子会社配当免除制度への転換の検討を中心として』(税務経理協会)
谷口勢津夫『租税条約論』(清文社)
中里実『タックス・シェルター』(有斐閣)
中田謙司・谷本真一『国際税務入門』(日本経済新聞社)
濱田明子『国際的所得移転と課税 移転価格税制の本質』(法令出版)
本庄資『アメリカン・タックスシェルター』(税務経理協会)
三木義一・前田謙二『よくわかる国際税務入門』(有斐閣)
水野忠恒編『国際課税の理論と課題』(税務経理協会)
宮武敏夫『国際租税法』(有斐閣)
村井正編著『教材 国際租税法』(慈学社)
村井正編著『入門 国際租税法』(清文社、2013)
リチャード・L・ドーンバーグ(川端康之監訳)『アメリカ国際租税法』(清文社)
条文等:
『租税条約関係法規集』(清文社)
川端康之監訳『OECDモデル租税条約2010年版』(日本租税研究協会)
イケアについて

iz 貸金請求事件 最高裁判所第二小法廷平成15年(受)第1231号 平成18年7月21日判決
       主   文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
       理   由
上告代理人竹原孝雄,同花輪達也の上告受理申立て理由について
1 本件は,上告人らが,それぞれ,被上告人の国防省の関連会社であり被上告人の代理人であるA社(以下「A社」という。)との間で,被上告人に対して高性能コンピューター等を売り渡す旨の売買契約(以下「本件各売買契約」という。)を締結し,売買の目的物を引き渡した後,売買代金債務を消費貸借の目的とする準消費貸借契約(以下「本件各準消費貸借契約」という。)を締結したと主張して,被上告人に対し,貸金元金並びにこれに対する約定利息及び約定遅延損害金の支払を求める事案である。
 これに対し,被上告人は,主権国家として我が国の民事裁判権に服することを免除されると主張して,本件訴えの却下を求めた。なお,被上告人は,A社が本件各売買契約及び本件各準消費貸借契約の締結につき被上告人の代理権を有していたことを否認し,上告人らとの間の上記各契約の成立も争っている。
2 原審は,次のとおり判断して,本件訴えを却下した。
 主権国家である外国国家は,我が国に所在する不動産に関する訴訟など特別の理由がある場合を除き,原則として,我が国の民事裁判権に服することを免除され,外国国家が自ら進んで我が国の民事裁判権に服する場合に限って,例外が認められる。このような例外は,条約でこれを定めるか,又は,外国国家が,当該訴訟について若しくはあらかじめ将来における特定の訴訟事件について、我が国の民事裁判権に服する旨の意思表示をした場合に限られる。そして,このような意思表示は,国家から国家に対してすることを要し,外国国家が私人との間の契約等において我が国の民事裁判権に服する旨の合意をしたとしても,それによって直ちに外国国家を我が国の民事裁判権に服させる効果を生ずることはないと解するのが相当である(大審院昭和3年(ク)第218号同年12月28日決定・民集7巻12号1128頁参照)。
 本件訴えは,外国国家である被上告人に対して金銭の給付を求める訴えであるところ,被上告人から我が国に対して我が国の民事裁判権に服する旨の意思表示がされた事実は認められない。被上告人政府代理人A社名義の注文書には,被上告人が本件各売買契約に関して紛争が生じた場合に我が国の裁判所で裁判手続を行うことに同意する旨の条項が記載されているものの,上記注文書による意思表示は,本件各売買契約の相手方である上告人らに対してされたものにすぎない。
 以上によれば,被上告人に対して我が国の民事裁判権からの免除を認めるのが相当であるから,本件訴えは,不適法であり,却下を免れない。
3 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)外国国家に対する民事裁判権免除に関しては,かつては,外国国家は,法廷地国内に所在する不動産に関する訴訟など特別の理由がある場合や,自ら進んで法廷地国の民事裁判権に服する場合を除き,原則として,法廷地国の民事裁判権に服することを免除されるという考え方(いわゆる絶対免除主義)が広く受け入れられ,この考え方を内容とする国際慣習法が存在していたものと解される。しかしながら,国家の活動範囲の拡大等に伴い,国家の行為を主権的行為とそれ以外の私法的ないし業務管理的な行為とに区分し,外国国家の私法的ないし業務管理的な行為についてまで法廷地国の民事裁判権を免除するのは相当でないという考え方(いわゆる制限免除主義)が徐々に広がり,現在では多くの国において,この考え方に基づいて,外国国家に対する民事裁判権免除の範囲が制限されるようになってきている。これに加えて,平成16年12月2日に国際連合第59回総会において採択された「国家及び国家財産の裁判権免除に関する国際連合条約」も,制限免除主義を採用している。このような事情を考慮すると,今日においては,外国国家は主権的行為について法廷地国の民事裁判権に服することを免除される旨の国際慣習法の存在については,これを引き続き肯認することができるものの(最高裁平成11年(オ)第887号,同年(受)第741号同14年4月12日第二小法廷判決・民集56巻4号729頁参照),外国国家は私法的ないし業務管理的な行為についても法廷地国の民事裁判権から免除される旨の国際慣習法はもはや存在しないものというべきである。
 そこで,外国国家の私法的ないし業務管理的な行為に対する我が国の民事裁判権の行使について考えるに,外国国家に対する民事裁判権の免除は,国家がそれぞれ独立した主権を有し,互いに平等であることから,相互に主権を尊重するために認められたものであるところ,外国国家の私法的ないし業務管理的な行為については,我が国が民事裁判権を行使したとしても,通常,当該外国国家の主権を侵害するおそれはないものと解されるから,外国国家に対する民事裁判権の免除を認めるべき合理的な理由はないといわなければならない。外国国家の主権を侵害するおそれのない場合にまで外国国家に対する民事裁判権免除を認めることは,外国国家の私法的ないし業務管理的な行為の相手方となった私人に対して,合理的な理由のないまま,司法的救済を一方的に否定するという不公平な結果を招くこととなる。したがって,外国国家は,その私法的ないし業務管理的な行為については,我が国による民事裁判権の行使が当該外国国家の主権を侵害するおそれがあるなど特段の事情がない限り,我が国の民事裁判権から免除されないと解するのが相当である。
(2)また,外国国家の行為が私法的ないし業務管理的な行為であるか否かにかかわらず,外国国家は,我が国との間の条約等の国際的合意によって我が国の民事裁判権に服することに同意した場合や,我が国の裁判所に訴えを提起するなどして,特定の事件について自ら進んで我が国の民事裁判権に服する意思を表明した場合には,我が国の民事裁判権から免除されないことはいうまでもないが,その外にも,私人との間の書面による契約に含まれた明文の規定により当該契約から生じた紛争について我が国の民事裁判権に服することを約することによって,我が国の民事裁判権に服する旨の意思を明確に表明した場合にも,原則として,当該紛争について我が国の民事裁判権から免除されないと解するのが相当である。なぜなら,このような場合には,通常,我が国が当該外国国家に対して民事裁判権を行使したとしても,当該外国国家の主権を侵害するおそれはなく,また,当該外国国家が我が国の民事裁判権からの免除を主張することは,契約当事者間の公平を欠き,信義則に反するというべきであるからである。
(3)原審の引用する前記昭和3年12月28日大審院決定は,以上と抵触する限度において,これを変更すべきである。
(4)本件についてみると,上告人らの主張するとおり,被上告人が,上告人らとの間で高性能コンピューター等を買受ける旨の本件各売買契約を締結し,売買の目的物の引渡しを受けた後,上告人らとの間で各売買代金債務を消費貸借の目的とする本件各準消費貸借契約を締結したとすれば,被上告人のこれらの行為は,その性質上,私人でも行うことが可能な商業取引であるから,その目的のいかんにかかわらず,私法的ないし業務管理的な行為に当たるというべきである。そうすると,被上告人は,前記特段の事情のない限り,本件訴訟について我が国の民事裁判権から免除されないことになる。
 また,記録によれば,被上告人政府代理人A社名義の注文書には被上告人が本件各売買契約に関して紛争が生じた場合に我が国の裁判所で裁判手続を行うことに同意する旨の条項が記載されていることが明らかであり,更に被上告人政府代理人A社名義で上告人らとの間で交わされた本件各準消費貸借契約の契約書において上記条項が本件各準消費貸借契約に準用されていることもうかがわれるから,上告人らの主張するとおり,A社が被上告人の代理人であったとすれば,上記条項は,被上告人が,書面による契約に含まれた明文の規定により当該契約から生じた紛争について我が国の民事裁判権に服することを約したものであり,これによって,被上告人は,我が国の民事裁判権に服する旨の意思を明確に表明したものとみる余地がある。
 したがって,上記大審院の判例と同旨の見解に立って,上告人らの主張する事実関係について何ら審理することなく,被上告人に対して我が国の民事裁判権からの免除を認めて,本件訴えを却下した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由がある。
4 以上のとおりであるから,原判決を破棄し,更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。

ja 法人税等課税処分取消請求控訴事件 東京高等昭和五七年(行コ)第四三号 昭和五九年三月一四日判決

(当審における控訴人の主張に対する判断)
一 まず、1の主張について検討する。
1 日本国沿岸の大陸棚については、本件各係争年度当時日本国が大陸棚条約に加入していなくても、確立した慣習国際法により、海底及びその下の鉱物資源を探索・開発する目的・範囲内においては、日本国の領土主権の自然的な延長である主権的権利が及び、鉱物資源の探索・開発行為及びこれに関連する行為は当然に日本国の管轄・統制に服するのであり、右の主権的権利には右行為(事業)から生じた所得に対する課税権も含まれるというべきである。したがつて、右のような内容の慣習国際法が成立したことにより、当然に、日本国沿岸の大陸棚は法人税の「施行地」となつたと解すべきである。
 法律の「施行地」とは、場所的・空間的に区画しうる一定範囲の地域を意味するといえるにしても、必ずしも包括的・全体的な日本国の統治権の及ぶ領土・領海・領空などの区域と解釈する必要はなく、主権的権利の内容が慣習国際法上一定の目的・範囲に限定されているが、そのように制約された権利を一定の地域で行使することができ、かつ、課税権も右の権利の範疇に包摂されるかぎりにおいては、国内的に課税権の根拠となり、その要件・効果等を定める租税法令がその地域に適用されることになるから、右地域は右法令の「施行地」となる。もつとも、右の主権的権利の範疇に含まれない行政権等を日本国が、右地域において行使することができないことから、それに関する法律が右地域において適用されず、また、当該の行政権等は右主権的権利に含まれていても、右権利が前記のように目的・範囲において制約を受けていることから、その目的・範囲外の事項について当該行政権等の行使ができないためにそれに関連する法律が右地域に適用されないことになり、したがつて、同一地域がある法律については「施行地」にあたるとしても、そのほかの法律については「施行地」にはあたらないという結果となることはあろう。例えば、大陸棚における沿岸国の主権的権利は、その及ぶ事項が海底及びその下の鉱物資源の探索・開発の目的・範囲に限定されているため、その沿岸国は右目的・範囲外の事項に関する行政権等を行使することができず、したがつて、それに関連する沿岸国の法令は大陸棚において適用をみない。しかし、相互に対立・拮抗する国家権益の調整を目的とする国際法の形成の過程及び状況を考慮すると、このような結果は必ずしも不合理・不自然なものとはいえない。してみれば、前記見解が法律の「施行地」の通念や字義に背馳するとまではいえない。また、慣習国際法の内容は大陸棚条約の基本規定の内容を倣うものであると一応認めることができ、右条約一条は「大陸棚」の定義として上部水域の水深が二〇〇メートルまでの海底及びその下のほかに、「その限度を超える場合には上部水域の水深が前記の海底区域の天然資源の開発を可能にする限度まで」の海底及びその下を含む旨規定しているが、右の「開発可能限度」は客観的に明確化することができ、税務官庁に課税権の恣意的な行使を許すようなあいまいな文言ではないことは、前説示のとおりである。
 したがつて、控訴人が大陸棚において行つた事業から得た本件各係争年度の所得は法人税法一三八条一号の国内源泉所得に該当するものというべきであるから、控訴人の1(一)の主張は理由がない。
2 日本国沿岸の大陸棚は、第二次大戦後のトルーマン宣言を先駆とし、国連海洋法会議における大陸棚条約の採択、多数の国の右条約への加入があり、その後の国際慣行ないし国家実行が法的確信にまで高められるようになつて、大陸棚に沿岸国の前記の主権的権利が及ぶとする慣習国際法が形成されたことにより、新たに日本国の課税対象地域に含まれるに至つたものであることは否定し得ない。しかし、日本国沿岸の大陸棚は、右慣習国際法の成立により、当然に法人税法の「施行地」となつたものであるから、右大陸棚における鉱物資源の探索・開発及びこれに関連する事業から生じた所得について、その事業主体である外国法人に課税するために、新たに法人税法を制定したり、これを改正したりする必要をみない。右所得についての納税義務に関して、その納税者、課税要件、課税標準、税率等は法人税法一三八条から一四七条までに、一部内国法人に関する規定を準用しながらも詳細、かつ、具体的に規定されているから、租税法律主義に違反する点はなく、しかも、前記の慣習国際法は遅くとも、昭和四四年二月までには確立したものとして形成されていた。また、大陸棚条約一条の「開発可能限度」の文言も、課税権の恣意的な行使を許すものではないことも前説示のとおりである。
 そして、前説示のとおり、前記の大陸棚における事業から生じた外国法人の所得に対する課税については法人税法に根拠となる明文の規定が存在し、これが適用されるところから、控訴人に対する本件各係争年度の法人税の課税決定等は同法の規定の拡張解釈に基づくものではなく、まして控訴人が主張するような慣習国内法を根拠とするものでもない。なお、本件各係争年度当時、同法二条一号の「この法律の施行地」は大陸棚を除外した日本国の領土に限られるとの法的確信が一般納税者の間に存在していたと認めるに足りる証拠はない。(成立に争いのない甲第五、第一一ないし第一六号証も、その記載内容から明らかなように、新たに沿岸国の主権的権利が及ぶ地域になつた大陸棚について、これを考慮に容れて記述されたものとは認められないから、控訴人の右の点の主張についての根拠付けの資料とはなりえない。)
 控訴人の同法一三九条を論拠とする主張については、本件各係争年度当時、日本国とパナマ共和国との間に租税条約は締結されていなかつたことは弁論の全趣旨に徴して明らかであるばかりか、かえつて、当時少なくとも鉱物資源の探索・開発及びこれに関連する行為について日本国に大陸棚に対する課税権を含む主権的権利が帰属するとの確立した慣習国際法が成立していたことは前説示のとおりであるから、右主張も理由がない。
 もつとも、原審における鑑定人山本草二の鑑定の結果によれば、諸外国の中には、大陸棚における天然資源の探索・開発に関して国内法を制定している国もあるが、それは(一)その国が連邦制を採用していることから、右行為の管轄権が連邦と州のどちらに帰属するのかを明確にするため、(二)国によつては条約等の国際法が当然には国内的効力を有しないことから、大陸棚条約加入に際してこれに関係する国内法を制定する必要があつたため、(三)大陸棚における鉱物資源の掘採の許可の相手方、その条件、手続等を明確にして関係規定を整備するため、(四)大陸棚における鉱物資源の探索・開発には多額の費用を伴うが、その投資効果が不安定なので、右事業について税法上の特典を与えるためなど、各国それぞれの政治的・政策的な理由・事情に基づくものであることが認められる。しかしながら、日本国においては、連邦制から生ずる問題はなく、憲法上、条約の効力発生のためには国会の承認を必要とするが(七三条三号)、条約及び確立された国際法規は、なんらそれに副つた国内法の制定をまたずとも当然に国内的効力を有する(九八条二項)とされており、かつ、大陸棚における鉱物資源の掘採・取得、これに関連する事業から生ずる所得に対する課税措置については、一般の領土・領海におけるそれと同一の取扱いとする政策的考慮を払つていることが窺われるから、右諸外国の中には前記のような立法措置をとつている例があるとしても、前記の結論に消長を及ぼさない。
 したがつて、控訴人の1(二)の主張は採用することができない。
3 大陸棚条約二条四項が控訴人主張のとおりの規定であり、かつ、一二条一項が一条から三条までの規定について留保を禁止していることは、控訴人主張のとおりであるが、原判決がその理由三5(五〇枚目表一〇行目から五一枚目裏四行目まで)に説示するとおり、右条約にいう探索・開発の対象に定着生物資源を含めることについては、国連の国際法委員会及び海洋法委員会において激しく意見が対立したこと、本来、大陸棚制度は海底鉱物資源の沿岸国による開発の独占という発想から出発したものであり、また、鉱物資源の開発と定着種族に属する生物の漁業とは、資源としての性質、採取方法の相異などからみて一体不可分のものとして把握すべき必然性もなく、定着種族に属する生物を天然資源の中に組み入れたのは、海洋法会議における国家間の妥協の結果にすぎないこと、オーストラリアなどの六か国共同提案には「ただし、甲殻類及び浮游魚類は含まれない。」とのただし書が付されていたこと、フランスは右条約加入に際して二条四項について「ふじつぼと呼ぶクラブを除き甲殻類はここから除外されているものとフランスは考える。」との解釈宣言を行つていることなどに徴すると、慣習国際法の内容は右条約の基本規定の内容に倣つて形成されたものであるとしても、少なくとも本件各係争年度当時、海底の鉱物資源及び定着生物資源を不可分一体的なものとして把握して、右定着生物資源についても沿岸国の主権的権利が及ぶとする確立した慣習国際法が形成されていたと認めるには十分でない。なお、北海大陸棚判決も、右条約一条から三条までの条文について、右三条文は、「明らかに、当時大陸棚に関する慣習国際法の受容された」ものと断言して判示しているわけではなく、「ないし少なくとも現われつつある規則を反映し、又は具体化するものであり」と付加していることからみて、右三条文の内容が、そのまま確立した慣習国際法の内容であるとまでは判断していないということができる。
 そうすると、本件各係争年度当時、沿岸国の大陸棚に対する主権的権利の対象は鉱物資源に限られ、定着生物資源はこれに含まれないとする慣習国際法の解釈が、控訴人主張のように許されない不当なものであるとも、また、禁反言の原則に惇るものともいえない。
 したがつて、このような日本国政府の見解に則つて、被控訴人が控訴人に対し本件法人税の課税決定等をしたとしても、右決定等に違法な点はない。よつて、控訴人の1(三)の主張も理由がない。
二 略
三 最後に、控訴人の3の主張について検討する。
 日本国沿岸の大陸棚は、その海底及びその地下の鉱物資源を探索・開発する目的・範囲内において沿岸国の主権的権利が及ぶものとする確立した慣習国際法が成立したことによつて、新たに日本国の課税対象区域になつたものであることは、前述したとおりである。しかし、右大陸棚は、右慣習国際法の成立により、法人税法の改正をまたずとも、当然に同法の「施行地」となつたものであり、右「施行地」が単に日本国の領土内のみであるとする統一された解釈があつたと認めるに足りる証拠はなく(前掲甲第五、第九ないし第一六号証が、この点についての控訴人の主張についての根拠付けの資料となりえないことは前説示のとおりである。)、昭和四四年二月二六日の衆議院予算委員会第一分科会において、外務省条約局法規課長は、「大陸棚の地下鉱物資源の開発、探査について、沿岸国が主権的権利を行使し得るという点は一般国際法となつた。」と答弁し、同年三月二四日の参議院予算委員会において、外務大臣も同旨の答弁をしたこと、課税権は右主権的権利のうち重要な基本的権利であること、控訴人の掘削作業は、日本国政府が大陸棚を鉱業法の施行地と認定し、同法に基づき西日本石油開発株式会社及び帝国石油株式会社に対し設定した試掘権を基礎とするものであること、控訴人は本件掘削作業に用いるためオデコ本社から取り寄せた機械等について、関税法による関税を納付し、本件掘削作業に従事させるために雇用した従業員にかかる源泉所得税を納付したこと、原判決理由七4に認定のとおり、本件法人税の課税決定等の前に、パナマ共和国法人二社が国税庁に対し、日本国沖合の大陸棚において石油探索のため提供される役務等の対価が国内源泉所得に該当するかどうか照会したのに対し、同庁は該当する旨回答したこと、昭和四八年に東京国税局は控訴人に対し本件各係争年度の国内源泉所得に対し税務申告をするよう指導したこと、その他原判決が理由七に認定する諸事情を総合すると、日本国沿岸の大陸棚を法人税法の「施行地」に含める法律解釈が、控訴人等の外国法人をも含めて一般納税者の予測を超えたものとはいえない。そうとすると、法人税の「施行地」に大陸棚を含む旨を、税務官庁が基本通達の発布などの措置により公表しなかつたとしても、税務取扱上、妥当を欠いたともいえない。
 したがつて、控訴人が本件各係争年度の国内源泉所得について税務申告しなかつたことについて「正当な理由」があつたとは認められず、控訴人の主張3も理由がない。

jb cf.アメリカだけは例外的に、アメリカ居住者のみならずアメリカのcitizenship(市民権)を持つ者の国外源泉所得に対しても課税する。Cook v. Tait, 265 U.S. 47 (1924)…メキシコに居住してアメリカの課税を免れようとしていると話題になったらしいが、アメリカ市民権があるということで外国資産からの所得に対するアメリカの課税権を裁判所が肯定。
ユニマット事件・東京地判平成19年9月14日判タ1277号173頁Z888-1301東京高判平成20年2月28日判タ1278号163頁平成19年(行コ)342号(確定)…株式譲渡所得に対する課税に関してシンガポール居住を認定。
その他、参照:Asatsuma Akiyuki, "Chapter 17 Japan" in Guglielmo Maisto ed., Residence of Individuals under Tax Treaties and EC Law (
EC and International Tax Law Series, Vol. 6) at 433-459 (IBFD, May 2010)

jc 一般的にOECDモデル租税条約は、源泉課税管轄を抑制し居住課税管轄を優遇しているとされる。
(OECDは先進国クラブであり、資本輸出国にとって居住課税管轄優遇だと都合が良いから)
UNモデル租税条約:源泉課税管轄に配慮した途上国のためのモデル。しかし国際標準ではない。
19世紀中頃、欧州国間で租税条約が締結され始めた。
しかしそもそも所得税自体が根付いていなかったし、税率もそれほど高くなかった。
第一次世界大戦 → 戦費のため財政疲弊 → 増税 → 国際的二重課税問題深刻化
1920年代、国際連盟(League of Nations)で国際的二重課税問題への対処を検討し始める。
第二次大戦後、OECD(Organisation for Economic Co-operation and Development経済協力開発機構)が国際課税問題についての最も主要なforum(議論の場)となる。 国際連合(UN: United Nations)も存在しているが、国際課税問題について存在感は小さい。

OECDコメンタリー(Commentary):OECDモデル租税条約についてOECD自身が作成する注釈書。
OECD加盟国がこの解釈に賛同できないときは、コメンタリーに留保(reservation)を付す。
国際取引に携わる者は、現実の租税条約がOECDモデルと同じ文言であるか確認し、同じ文言であればコメンタリーによる解釈を調べ、そして当該取引に関わる国がコメンタリーに留保を付していないか、調べる。

尤もOECDコメンタリーが法的にどのような効力を持つのかについて、議論が分かれている。形式的には、モデルにすぎないOECDモデル租税条約についての、一国際団体による解釈の提示にすぎない。(憲法84条:租税法律主義が想定しているような民主主義による正統性の確保はない)
コメンタリーに留保を付さなかった国がコメンタリーの解釈論に反する課税をすることが許されるか。ウィーン条約法条約31条もしくは32条を根拠として、許されない、と解すのが世界的には有力とみられる。
グラクソ事件・最判平成21年10月29日時1495号1頁民集63巻8号1881頁は32条にいう解釈の補足的手段に当たるとした。([浅妻]一般論としてはともかくその事案に関してコメンタリーの位置付けに触れる必要があったか疑問が残る)

条約法に関するウィーン条約第31条(解釈に関する一般的な規則)
1 条約は、文脈によりかつその趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味に従い、誠実に解釈するものとする。
2 条約の解釈上、文脈というときは、条約文(前文及び附属書を含む。)のほかに、次のものを含める。
 (a)条約の締結に関連してすべての当事国の間でされた条約の関係合意
 (b)条約の締結に関連して当事国の一又は二以上が作成した文書であつてこれらの当事国以外の当事国が条約の関係文書として認めたもの
3 文脈とともに、次のものを考慮する。
 (a)条約の解釈又は適用につき当事国の間で後にされた合意
 (b)条約の適用につき後に生じた慣行であつて、条約の解釈についての当事国の合意を確立するもの
 (c)当事国の間の関係において適用される国際法の関連規則
4 用語は、当事国がこれに特別の意味を与えることを意図していたと認められる場合には、当該特別の意味を有する。
第32条(解釈の補足的な手段)
 前条の規定の適用により得られた意味を確認するため又は次の場合における意味を決定するため、解釈の補足的な手段、特に条約の準備作業及び条約の締結の際の事情に依拠することができる。
 (a)前条の規定による解釈によっては意味があいまい又は不明確である場合
 (b)前条の規定による解釈により明らかに常識に反した又は不合理な結果がもたらされる場合

歴史について、赤松晃「国際課税分野での立法――日本の経済発展の軌跡を背景として」金子宏編『租税法の発展』115頁(有斐閣、2010);赤松晃『国際租税原則と日本の国際租税法 国際的事業活動と独立企業原則を中心に』(税務研究会出版局、2001);谷口勢津夫「モデル租税条約の展開(一)〜租税条約における「国家間の公平」の考察〜」甲南法学25巻3・4号77頁(1985);谷口勢津夫『租税条約論〜租税条約の解釈及び適用と国内法〜』(清文社、1999);渕圭吾「国際課税と通商・投資関係条約の接点」RIETI Discussion Paper Series 10-J-040 (2010);渕圭吾「租税法研究会第148回 国際課税と通商・投資関係条約の接点(上下)――一九二〇年代の国際連盟における議論を素材として」ジュリスト1406号149-156頁、1408号164-171頁(2010.9.1、10.1);渕圭吾「取引・法人格・管轄権―所得課税の国際的側面(1-5・完)」法学協会雑誌121巻2号123-212頁、127巻8号1151-1210頁、9号1279-1360頁、10号1529-1601頁、11号1862-1907頁(2004、2010);増井良啓「日本の租税条約」金子宏『租税法の基本問題』569頁(有斐閣、2007);増井良啓「租税条約の発展――1954年日米所得税条約をめぐる覚書」金子宏編『租税法の発展』139頁(有斐閣、2010);水野忠恒「国際租税法の基礎的考察」菅野喜八郎・藤田宙靖編『小島和司博士東北大学退職記念 憲法と行政法』731頁(良書普及会、1987);等。


jd 日本の所得税率が高かった時代、外国人従業員が日本に永住する気もないのに日本で全世界所得につき高い累進税率に服すというのでは、外国企業の日本進出が減ってしまうので、外資導入に伴う外国人来日の障碍を除去する、という目的があった。現在も非永住者という特例を設けておくべきかについては、議論がありうる。参照:増井良啓「非永住者制度の存在意義」ジュリスト1128号107頁;藤本哲也『国際租税法』(中央経済社、2005)49頁。2009年第63回IFAバンクーバー大会の議題の一つ(Seminar E)が「Special measures for temporary residents」。
 Cf. 出国税(exit tax):原武彦「非居住者課税における居住性判定の在り方―出国税(Exit Tax)等の導入も視野に入れて―」税務大学校論叢65号1頁(2010)等参照。

je 欠番

jf 一審 「法令において人の住所につき法律上の効果を規定している場合、反対の解釈をすべき特段の事由のない限り、住所とは、各人の生活の本拠を指すものと解するのが相当であり(最高裁昭和29年10月20日判決参照)、生活の本拠とは、その者の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心を指すものである(最高裁判所第三小法廷昭和35年3月22日・民集14巻4号551頁参照)。そして、一定の場所がある者の住所であるか否かは、租税法が多数人を相手方として課税を行う関係上、客観的な表象に着目して画一的に規律せざるを得ないところからして、一般的には、住居、職業、国内において生計を一にする配偶者その他の親族を有するか否か、資産の所在等の客観的事実に基づき、総合的に判定するのが相当である。これに対し、主観的な居住意思は、通常、客観的な居住の事実に具体化されているであろうから、住所の判定に無関係であるとはいえないが、かかる居住意思は必ずしも常に存在するものではなく、外部から認識し難い場合が多いため、補充的な考慮要素にとどまるものと解される。」

二審 「法令において人の住所につき法律上の効果を規定している場合、反対の解釈をすべき特段の事由のない限り、その住所とは、各人の生活の本拠を指すものと解するのが相当であり(最高裁判所昭和29年10月20日大法廷判決・民集8巻10号1907頁参照)、生活の本拠とは、その者の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心を指すものである(最高裁判所昭和35年3月22日第三小法定判決・民集14巻4号551頁参照)。そして、一定の場所が生活の本拠に当たるか否かは、住居、職業、生計を一にする配偶者その他の親族の存否、資産の所在等の客観的事実に、居住者の言動等により外部から客観的に認識することができる居住者の居住意思を総合して判断するのが相当である。なお、特定の場所を特定人の住所と判断するについては、その者が間断なくその場所に居住することを要するものではなく、単に滞在日数が多いかどうかによってのみ判断すべきものでもない(最高裁判所昭和27年4月15日第三小法定判決・民集6巻4号413頁)。」


最高裁判所第二小法廷平成20年(行ヒ)第139号 平成23年2月18日判決
       主   文
原判決を破棄する。
被上告人の控訴を棄却する。
控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人藤田耕三ほかの上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
1 本件は,上告人が,その両親から外国法人に係る出資持分の贈与を受けたことにつき,所轄税務署長から相続税法(平成15年法律第8号による改正前のもの。以下「法」という。)1条の2第1号及び2条の2第1項に基づき贈与税の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分(以下,これらを併せて「本件各処分」という。)を受けたため,上告人は上記贈与を受けた時において国内に住所を有しておらず上記贈与に係る贈与税の納税義務を負わない旨主張して,本件各処分の取消しを求めている事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)上告人は,上記贈与の贈与者であるA及びBの長男であるところ,Aが代表取締役を務めていた消費者金融業を営む会社である株式会社C(以下「本件会社」という。)に平成7年1月に入社し,同8年6月に取締役営業統轄本部長に就任した。Aは上告人を本件会社における自己の後継者として認め,上告人もこれを了解し,社内でもいずれは上告人がAの後継者になるものと目されていた。
(2)平成12年法律第13号により租税特別措置法(平成15年法律第8号による改正前のもの)69条2項の規定が設けられる前においては,贈与税の課税は贈与時に受贈者の住所又は受贈財産の所在のいずれかが国内にあることが要件とされていたため(法1条の2,2条の2),贈与者が所有する財産を国外へ移転し,更に受贈者の住所を国外に移転させた後に贈与を実行することによって,我が国の贈与税の負担を回避するという方法が,平成9年当時において既に一般に紹介されており,Aは,同年2月ころ,このような贈与税回避の方法について,弁護士から概括的な説明を受けた。
(3)本件会社の取締役会は,平成9年5月,Aの提案に基づき,海外での事業展開を図るため香港に子会社を設立することを決議した。上告人は,同年6月29日に香港に出国していたところ,上記取締役会は,同年7月,Aの提案に基づき,情報収集,調査等のための香港駐在役員として上告人を選任した。また,本件会社は,同年9月及び平成10年12月,子会社の設立に代えて,それぞれ香港の現地法人(以下「本件各現地法人」という。)を買収し,その都度,上告人が本件各現地法人の取締役に就任した。
(4)上告人は,平成9年6月29日に香港に出国してから同12年12月17日に業務を放棄して失踪するまでの期間(以下「本件期間」という。)中,合計168日,香港において,本件会社又は本件各現地法人の業務として,香港又はその周辺地域に在住する関係者との面談等の業務に従事した。他方で,上告人は,本件期間中,月に一度は帰国しており,国内において,月1回の割合で開催される本件会社の取締役会の多くに出席したほか,少なくとも19回の営業幹部会及び3回の全国支店長会議にも出席し,さらに,新入社員研修会,格付会社との面談,アナリストやファンドマネージャー向けの説明会等にも出席した。また,上告人は,本件期間中の平成10年6月に本件会社の常務取締役に,同12年6月に専務取締役にそれぞれ昇進した。
 本件期間中に占める上告人の香港滞在日数の割合は約65.8%,国内滞在日数の割合は約26.2%である。
(5)上告人は独身であり,本件期間中,香港においては,家財が備付けられ,部屋の清掃やシーツの交換などのサービスが受けられるアパートメント(以下「本件香港居宅」という。)に単身で滞在した。そのため,上告人が出国の際に香港へ携行したのは衣類程度であった。本件香港居宅の賃貸借契約は,当初が平成9年7月1日から期間2年間であり,同11年7月,期間2年間の約定で更改された。他方で,上告人は,帰国時には,香港への出国前と同様,Aが賃借していた東京都杉並区所在の居宅(以下「本件杉並居宅」という。)で両親及び弟とともに起居していた。
(6)上告人の香港における資産としては,本件期間中に受け取った報酬等を貯蓄した5000万円程度の預金があった。他方で,上告人は,国内において,平成10年12月末日の時点で,評価額にして1000億円を超える本件会社の株式,23億円を超える預金,182億円を超える借入金等を有していた。
(7)上告人は,香港に出国するに当たり,住民登録につき香港への転出の届出をした上,香港において,在香港日本総領事あて在留証明願,香港移民局あて申請書類一式,納税申告書等を提出し,これらの書類に本件香港居宅の所在地を上告人の住所地として記載するなどした。他方で,上告人は,香港への出国の時点で借入れのあった複数の銀行及びノンバンクのうち,銀行3行については住所が香港に異動した旨の届出をしたが,銀行7行及びノンバンク1社についてはその旨の届出をしなかった。なお,本件会社の関係では,本件期間中,常務取締役就任承諾書及び役員宣誓書には,上告人は自己の住所として本件杉並居宅の所在地を記載し,有価証券報告書の大株主欄には,本件香港居宅の所在地が上告人の住所として記載された。
(8)A及びBは,オランダ王国における非公開有限責任会社であるD社(総出資口数800口)の出資をそれぞれ560口及び240口所有していたところ,平成10年3月23日付けで,同社に対し本件会社の株式合計1569万8800株を譲渡した上,同11年12月27日付けで,上告人に対し,Aの上記出資560口及びBの上記出資のうち160口の合計720口の贈与(以下「本件贈与」という。)をした。
(9)A及び上告人は,本件贈与に先立つ平成11年10月ころ,公認会計士から本件贈与の実行に関する具体的な提案を受けていた。また,上告人は,本件贈与後,3か月に1回程度,国別滞在日数を集計した一覧表を本件会社の従業員に作成してもらったり,平成12年11月ころ国内に長く滞在していたところ,上記公認会計士から早く香港に戻るよう指導されたりしていた。
(10)本件杉並居宅の所在地を所轄する杉並税務署長は,本件贈与について,平成17年3月2日付けで,上告人に対し,贈与税の課税価格を1653億0603万1200円,納付すべき贈与税額を1157億0290万1700円とする平成11年分贈与税の決定処分及び納付すべき加算税の額を173億5543万5000円とする無申告加算税の賦課決定処分(本件各処分)をした。
3 原審は,上記事実関係等の下において,次のとおり判断して,上告人の請求を棄却すべきものとした。
 上告人は,贈与税回避を可能にする状況を整えるために香港に出国するものであることを認識し,本件期間を通じて国内での滞在日数が多くなりすぎないよう滞在日数を調整していたと認められるから,上告人の香港での滞在日数を重視し,これを国内での滞在日数と形式的に比較してその多寡を主要な考慮要素として本件香港居宅と本件杉並居宅のいずれが住所であるかを判断するのは相当ではない。上告人は,本件期間を通じて4日に1日以上の割合で国内に滞在し,国内滞在中は香港への出国前と変わらず本件杉並居宅で起居していたこと,香港への出国前から,本件会社の役員という重要な地位にあり,本件期間中もその役員としての業務に従事して昇進もしていたこと,Aの跡を継いで本件会社の経営者になることが予定されていた重要人物であり,本件会社の所在する我が国が職業活動上最も重要な拠点であったこと,香港に家財等を移動したことはなく,香港に携行したのは衣類程度にすぎず,本件香港居宅は,ホテルと同様のサービスが受けられるアパートメントであって,長期の滞在を前提とする施設であるとはいえないものであったこと,香港において有していた資産は総資産評価額の0.1%にも満たないものであったこと,香港への出国時に借入れのあった銀行やノンバンクの多くに住所が香港に異動した旨の届出をしていないなど香港を生活の本拠としようとする意思は強いものであったとはいえないことなどからすれば,上告人が本件期間の約3分の2の日数,香港に滞在し,現地において関係者との面談等の業務に従事していたことを考慮しても,本件贈与を受けた時において上告人の生活の本拠である住所は国内にあったものと認めるのが相当であり,上告人は法1条の2第1号及び2条の2第1項に基づく贈与税の納税義務を負うものである。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)法1条の2によれば,贈与により取得した財産が国外にあるものである場合には,受贈者が当該贈与を受けた時において国内に住所を有することが,当該贈与についての贈与税の課税要件とされている(同条1号)ところ,ここにいう住所とは,反対の解釈をすべき特段の事由はない以上,生活の本拠,すなわち,その者の生活に最も関係の深い一般的生活,全生活の中心を指すものであり,一定の場所がある者の住所であるか否かは,客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かにより決すべきものと解するのが相当である(最高裁昭和29年(オ)第412号同年10月20日大法廷判決・民集8巻10号1907頁,最高裁昭和32年(オ)第552号同年9月13日第二小法廷判決・裁判集民事27号801頁,最高裁昭和35年(オ)第84号同年3月22日第三小法廷判決・民集14巻4号551頁参照)。 (2)これを本件についてみるに,前記事実関係等によれば,上告人は,本件贈与を受けた当時,本件会社の香港駐在役員及び本件各現地法人の役員として香港に赴任しつつ国内にも相応の日数滞在していたところ,本件贈与を受けたのは上記赴任の開始から約2年半後のことであり,香港に出国するに当たり住民登録につき香港への転出の届出をするなどした上,通算約3年半にわたる赴任期間である本件期間中,その約3分の2の日数を2年単位(合計4年)で賃借した本件香港居宅に滞在して過ごし,その間に現地において本件会社又は本件各現地法人の業務として関係者との面談等の業務に従事しており,これが贈与税回避の目的で仮装された実体のないものとはうかがわれないのに対して,国内においては,本件期間中の約4分の1の日数を本件杉並居宅に滞在して過ごし,その間に本件会社の業務に従事していたにとどまるというのであるから,本件贈与を受けた時において,本件香港居宅は生活の本拠たる実体を有していたものというべきであり,本件杉並居宅が生活の本拠たる実体を有していたということはできない。
 原審は,上告人が贈与税回避を可能にする状況を整えるために香港に出国するものであることを認識し,本件期間を通じて国内での滞在日数が多くなりすぎないよう滞在日数を調整していたことをもって,住所の判断に当たって香港と国内における各滞在日数の多寡を主要な要素として考慮することを否定する理由として説示するが,前記のとおり,一定の場所が住所に当たるか否かは,客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かによって決すべきものであり,主観的に贈与税回避の目的があったとしても,客観的な生活の実体が消滅するものではないから,上記の目的の下に各滞在日数を調整していたことをもって,現に香港での滞在日数が本件期間中の約3分の2(国内での滞在日数の約2.5倍)に及んでいる上告人について前記事実関係等の下で本件香港居宅に生活の本拠たる実体があることを否定する理由とすることはできない。このことは,法が民法上の概念である「住所」を用いて課税要件を定めているため,本件の争点が上記「住所」概念の解釈適用の問題となることから導かれる帰結であるといわざるを得ず,他方,贈与税回避を可能にする状況を整えるためにあえて国外に長期の滞在をするという行為が課税実務上想定されていなかった事態であり,このような方法による贈与税回避を容認することが適当でないというのであれば,法の解釈では限界があるので,そのような事態に対応できるような立法によって対処すべきものである。そして,この点については,現に平成12年法律第13号によって所要の立法的措置が講じられているところである。
 原審が指摘するその余の事情に関しても,本件期間中,国内では家族の居住する本件杉並居宅で起居していたことは,帰国時の滞在先として自然な選択であるし,上告人の本件会社内における地位ないし立場の重要性は,約2.5倍存する香港と国内との滞在日数の格差を覆して生活の本拠たる実体が国内にあることを認めるに足りる根拠となるとはいえず,香港に家財等を移動していない点は,費用や手続の煩雑さに照らせば別段不合理なことではなく,香港では部屋の清掃やシーツの交換などのサービスが受けられるアパートメントに滞在していた点も,昨今の単身で海外赴任する際の通例や上告人の地位,報酬,財産等に照らせば当然の自然な選択であって,およそ長期の滞在を予定していなかったなどとはいえないものである。また,香港に銀行預金等の資産を移動していないとしても,そのことは,海外赴任者に通常みられる行動と何らそごするものではなく,各種の届出等からうかがわれる上告人の居住意思についても,上記のとおり上告人は赴任時の出国の際に住民登録につき香港への転出の届出をするなどしており,一部の手続について住所変更の届出等が必須ではないとの認識の下に手間を惜しんでその届出等をしていないとしても別段不自然ではない。そうすると,これらの事情は,本件において上告人について前記事実関係等の下で本件香港居宅に生活の本拠たる実体があることを否定する要素とはならないというべきである。
 以上によれば,上告人は,本件贈与を受けた時において,法1条の2第1号所定の贈与税の課税要件である国内(同法の施行地)における住所を有していたということはできないというべきである。
 したがって,上告人は,本件贈与につき,法1条の2第1号及び2条の2第1項に基づく贈与税の納税義務を負うものではなく,本件各処分は違法である。
5 以上と異なる原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,上告人の請求は理由があり,これを認容した第1審判決は正当であるから,被上告人の控訴を棄却すべきである。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官須藤正彦の補足意見がある。
 裁判官須藤正彦の補足意見は,次のとおりである。
 私は法廷意見に賛成するものであるが,原審が指摘している贈与税回避の観点を踏まえつつ,上告人の住所の所在について,以下のとおり補足しておきたい。
1(1)原審の確定した事実によれば,Aは,大手の消費者金融業を営む会社で内国法人たる本件会社の創業者で,かつ代表取締役であった。オランダ王国における非公開有限責任会社であるD社(以下「オランダ法人」という。)の総出資口数は800口であり,それは相続税法の施行地外にある財産(以下「国外財産」という。)であるところ(相続税法10条1項8号参照),A及びその妻B(以下,AとBとを併せて「Aら」という。)は,そのすべてを所有していた。Aらは,相続税法の施行地にある財産(以下「国内財産」という。)たる本件会社発行の株式(以下「本件会社株式」という。)を所有していたが,その1569万8800株をオランダ法人に譲渡し,同譲渡に係る株式はその総資産中約84.2%を占めていた。本件贈与は,法形式上は,Aらが,外国法人たるオランダ法人の総出資口数中その9割に当たる720口を上告人に無償で譲渡する贈与契約であるが,以上の事実からすれば,その実質は,要するに,オランダ法人を介在させて,国内財産たる本件会社株式の支配を,Aらが,その子である上告人に無償で移転したという至って単純な図式のものである。
(2)一般に,親が子に財産の支配を無償で移転するための方法として世で行われている法形式としては,親が生前に行うものであれば,贈与契約であり,親の死亡によるのであれば相続である。その場合,贈与税又は相続税が課され得る。本件は,Aらの生前における本件会社株式の支配の移転であるところ,もともと日本国籍を有するAらと上告人は,国内に長らく居住し,かつ,支配の移転の対象たる本件会社株式も純然たる内国法人の株式であるから,その支配の移転も,人為的な方策を講じないままでの本件会社株式自体の贈与契約の締結によって行われる(そして贈与税が課される)ことが直截的で自然の成り行きであるといえよう。
(3)しかるところ,贈与契約については,本件贈与時の法(平成15年法律第8号による改正前の相続税法)によれば,財産取得時に受贈者の住所が国内にあるときは無制限納税義務者として,また,住所が国内にないときは取得財産が国内財産である場合に制限納税義務者として,贈与税の納税義務を負うとされていた(法1条の2第1号,2号)。そうすると,財産の贈与において,法では,受贈者の住所と贈与の対象たる財産がともに国外にあるときは,無制限納税義務者,制限納税義務者のいずれにも該当せず,贈与税が課税されないということになる。したがって,本件においても,対象たる本件会社株式を国外財産に転化することと受贈者たる上告人の住所を国外とさせることとの組合せを経た上で贈与契約がなされれば,贈与税の課税要件は満たされず,自然の成り行きでの贈与契約であれば課されるはずの贈与税の負担が回避され,ひいては,相続税の負担も回避され,結局,親子間の無償かつ無税での財産の支配の移転が実現することになるわけである。
(4)そして,現に,本件では,上告人が香港に出国し,その香港での滞在期間中に,本件会社株式をAらが支配するオランダ法人へ移転するという方法によって,これを国外財産に転化させたといえるものであるから,これは贈与税(ひいては相続税)の負担を回避するためになされたことが認められるのである。原判決は,上告人は,「贈与税回避を可能にする状況を整えるために香港に出国するものであることを認識し」たと認定するが,それは以上の趣旨において理解されるのである(ここで,オランダ法人は,本件会社株式の保有以外に事業活動を行うことが全くうかがわれないという意味でいわば「器」として用いられていると認められるのであるが,このように,オランダ法人を「器」として介在させる法形式と上告人の国外住所とを組み合わせることは,通常,相続税法や課税実務が想定しているものとはいい難い組合せであったといえるところ,それは,贈与税の負担を回避するための密接で不可欠な関係にある要素の組合せであるので,以下では,便宜上,この本件での組合せの仕組みを「本件贈与税回避スキーム」という。)。本件では,この本件贈与税回避スキームの下での上告人の住所の所在が問題となっているわけであるが,この点については次のように考えられる。
2(1)上告人は,出国時から平成11年12月27日付けの本件贈与時までの約2年半及びそれに引き続き業務を放棄するまでの約1年間を香港に滞在して過ごした。本件会社では,香港を拠点とする海外事業が目指されたところ,もともとの本業である消費者金融業の方は早々に断念され、いわゆるベンチャーキャピタル業務を中心とする投資業務の展開が企図され,上告人は,それに関する情報収集,調査などのため面談業務等に従事したとされている。だが,このベンチャーキャピタル業務等の投資業務そのものは,現地の投資関係業者との間での投資事業組合を組成してのものであったにしても,投資者側には,経済,金融,会計,法律等の分野での高度の知識,技術や経験を有する相当数の専門家が必要とされるといわれているのであって,国外での案件であるからにはなおさらそのようにいえると思われる。ところが,上告人には,香港への出国前に本業の消費者金融業務とは別にこの方面で実務経験を重ねていた形跡もないし,この方面に精通する専門家が香港への出国に際して随行し,あるいは,その後に参加したような事実はおよそうかがわれない。雇った者も初めはなく,その後も1名前後を採用したにすぎず,その状態は終始変わらないままであったから,そのことからすると,結局,本件会社にとって香港でのベンチャーキャピタル業務などの投資業務は必ずしも重点を置かれていなかったとみられ,しかも,20件ほどの投資検討案件中投資の実行がされた6件ほどの案件は全てAの個別的了承の下に行われたものであることからすると,上告人が取締役に就任した本件各現地法人も,その執務場所とされた簡素ともいえる事務所も,単なる連絡事務所以上の機能を果たすものではなかったとさえみられる。その一方において,上告人は,約3年半の香港滞在期間中,国内でも,毎月1回の取締役会の多くに加え,少なくとも合計19回の営業幹部会,3回の全国支店長会議のほか,新入社員研修会,その他格付会社との面談,アナリストやファンドマネージャー向け説明会に,それぞれ出席した。上告人は,香港へ出国するより1年前には本件会社の取締役営業統轄本部長に就任し,香港滞在期間中に,「常務取締役」,「専務取締役」と昇進した。元来,株式会社の取締役という地位は,その任務の遂行に当たって,会社に対し,善管注意義務,忠実義務を負うなど重大な職責であるが,本件会社は,東京証券取引所の第1部に上場する公開会社でもあるから,取締役の地位の実質的重みは,多くの利害関係者(ステークホールダー)と関わるなど小規模閉鎖会社のそれとは比較にならぬほどの大きなものである。特に,上告人は,Aらの子として,内外ともに本件会社の後継経営者に擬せられていたから,その取締役として取締役会に出席し,重要な意思決定に参画するなどのことは,とりわけ重大な意味があったといえる。したがって,上告人の意識や責任感の中で国内での滞在の占める比重は極めて大きく,少なくとも仕事の面からすれば,いわば軸足のうちの相当部分はなお国内にあったことがうかがわれるのである。確かに,上告人の香港滞在につき,期間2年のサービスアパートメント(本件香港居宅)の賃貸借契約が締結され,それが更改されているが,そのような長い期間の居室賃貸借契約も,例えば,国外の長期プロジェクト業務のため,海外事業担当取締役の1回当たりのやや長期にわたる多数回反覆の出張時の確かな寝泊まりの場所の確保のために,ホテル代わりにそれがなされるようなこともあり得,上告人も,本件会社の国外業務プロジェクトのため頻繁に日本に帰国しつつ長期出張をしたという構図のようにも見られ得ないわけではない。実際,上告人は帰国の際は,東京都杉並区所在の本件杉並居宅に起居し,特別な用事がない限り朝夕の食事は同所でとっていた。そして本件杉並居宅中約42平方メートルが,上告人専用の居室となっていたのである。そうすると,上告人の香港滞在期間中,その生活の本拠は,客観的にみて,香港にあったということ自体はそのとおりであるが,ただ,上記の点に着目してみると,香港のみがそうであったのか,東京にもなお生活の本拠があったのではないかとの疑問も生じてくるのである。
  (2)ところで,相続税法において,自然人の「住所」については,その概念について一般的な定義付けがなされているわけでもないし,所得税法3条,所得税法施行令14条,15条などのような何らかの特則も置かれていない。国税通則法にも規定がない。そうすると,相続税法上の「住所」は,同法固有の「住所」概念として構成されるべきではなく,民法の借用概念としての意味とならざるを得ない。結局,民法(平成16年法律第147号による改正前のもの)21条(現行22条)によるべきことになり,したがって,住所とは,反対の解釈をすべき特段の事由がない以上,客観的に生活の本拠たる実体を具備している一定の場所ということになる。租税回避の目的があるからといって,客観的な生活の実体は消滅するものではないから,それによって住所が別異に決定付けられるものではない。本件では,住所を客観的な生活の本拠とは別異に解釈すべき特段の事由は認められないところ,本件贈与当時,上告人の生活の本拠が香港にあったことは否定し得ないから,当然,上告人の住所が香港であったということも正しいわけである。
 もっとも,更にいえば,民法上の住所概念を前提にしても,疑問が残らないわけではない。通信手段,交通手段が著しく発達した今日においては,国内と国外とのそれぞれに客観的な生活の本拠が認められる場合もあり得ると思われる。本件の場合も,上告人の上記に述べた国内での生活ぶりからすれば,上告人の客観的な生活の本拠は,香港のほかに,いまだ国内にもあったように見えなくもないからである。とはいうものの,これまでの判例上,民法上の住所は単一であるとされている。しかも,住所が複数あり得るとの考え方は一般的に熟しているとまではいえないから,住所を東京と香港とに一つずつ有するとの解釈は採り得ない。結局,香港か東京かのいずれか一つに住所を決定せざるを得ないのである。そうすると,本件では,上記の生活ぶりであるとはいえ,香港での滞在日数が国内でのそれの約2.5倍に及んでいること,現地において本件会社又は本件各現地法人の業務として,香港又はその周辺地域の関係者と面談等の業務にそれなりに従事したことなど,法廷意見の挙示する諸要素が最重視されるべきであって,その点からすると,上告人の香港での生活は,本件贈与税回避スキームが成るまでの寓居であるといえるにしても,仮装のものとまではいえないし,東京よりも香港の方が客観的な生活の本拠たる実体をより一層備えていたといわざるを得ないのである。してみると,上告人の住所は香港であった(つまり,国内にはなかった)とすることはやむを得ないというべきである。
3 既に述べたように,本件贈与の実質は,日本国籍かつ国内住所を有するAらが,内国法人たる本件会社の株式の支配を,日本国籍を有し,かつ国内に住所を有していたが暫定的に国外に滞在した上告人に,無償で移転したという図式のものである。一般的な法形式で直截に本件会社株式を贈与すれば課税されるのに,本件贈与税回避スキームを用い,オランダ法人を器とし,同スキームが成るまでに暫定的に住所を香港に移しておくという人為的な組合せを実施すれば課税されないというのは,親子間での財産支配の無償の移転という意味において両者で経済的実質に有意な差異がないと思われることに照らすと,著しい不公平感を免れない。国外に暫定的に滞在しただけといってよい日本国籍の上告人は,無償で1653億円もの莫大な経済的価値を親から承継し,しかもその経済的価値は実質的に本件会社の国内での無数の消費者を相手方とする金銭消費貸借契約上の利息収入によって稼得した巨額な富の化体したものともいえるから,最適な担税力が備わっているということもでき,我が国における富の再分配などの要請の観点からしても,なおさらその感を深くする。一般的な法感情の観点から結論だけをみる限りでは,違和感も生じないではない。しかし,そうであるからといって,個別否認規定がないにもかかわらず,この租税回避スキームを否認することには,やはり大きな困難を覚えざるを得ない。けだし,憲法30条は,国民は法律の定めるところによってのみ納税の義務を負うと規定し,同法84条は,課税の要件は法律に定められなければならないことを規定する。納税は国民に義務を課するものであるところからして,この租税法律主義の下で課税要件は明確なものでなければならず,これを規定する条文は厳格な解釈が要求されるのである。明確な根拠が認められないのに,安易に拡張解釈、類推解釈,権利濫用法理の適用などの特別の法解釈や特別の事実認定を行って,租税回避の否認をして課税することは許されないというべきである。そして,厳格な法条の解釈が求められる以上,解釈論にはおのずから限界があり,法解釈によっては不当な結論が不可避であるならば,立法によって解決を図るのが筋であって(現に,その後,平成12年の租税特別措置法の改正によって立法で決着が付けられた。),裁判所としては,立法の領域にまで踏み込むことはできない。後年の新たな立法を遡及して適用して不利な義務を課すことも許されない。結局,租税法律主義という憲法上の要請の下,法廷意見の結論は,一般的な法感情の観点からは少なからざる違和感も生じないではないけれども,やむを得ないところである。

jg 住所、居住ではなく贈与時点が争われた事例
◆東京高判平成19年10月10日税資257号順号10797 原審静岡地判平成19年3月23日税資257号順号10665…カリフォルニア州所在の不動産の贈与の時点が平成12年4月1日より前であったか以降であったかが争われた事例(結論として、以降とし、国税勝訴)。カリフォルニア州のジョイント・テナンシー(合有財産権:日本の組合でいうところの合有と同じではない)について水野忠恒「アメリカ合衆国におけるジョイント・テナンシーの相続・贈与にかかる我が国における課税関係」税務事例研究117号48頁(2010.9);山本英樹「海外財産を合有(ジョイント・テナンシー)により取得した場合の課税関係」税務大学校論叢65号355頁(2010.6.29);渡辺充編著『検証!国税庁情報の重要判決50』「海外不動産の贈与の時は平成12年4月1日以降であるとした事例 東京高判平成19年10月10日TAINS:Z888-1350」236-242頁(浅妻章如執筆、ぎょうせい、2012)。その他、ジョイント・テナンシーについて、松岡章夫「海外財産の相続と相続税法―ハワイ州におけるジョイント・テナンシーを緒として(1〜10・完)」国際商事法務23巻11号〜24巻8号(1995-96)参照。

jh 欠番

ji OECDモデル5条1項:一般的定義…事業を行う一定の場所(fixed place of business)
OECDモデル5条2項:例示(限定列挙exclusiveではない)

 建物、機械、設備等、有形の施設が存在してなければならない。物的存在(physical presence)を要求することにより、税務執行における可視性が担保され、また税務執行の確実性が担保される(引当て財産となる)。

一定の(fixed)
 事業所が地理的にある程度固定されたものであることが要請される。(Commentary, para. 5)
 各地を行脚するサーカス団などは、PEが認定されない(17条の問題は別論)。

恒久的(permanent)、期間(duration)
 何ヶ月以上事業所が存在していればPEたりうるかにつき、明確な基準があるわけではないが、大体、6ヶ月未満でPEが認定される事は少なく、また2年以上でPEが認定されないことも少ない、といわれる。(Commentary, para. 6)
 例外的に、建築工事現場・建設作業等については、5条3項が明確な期間要件を定める。(複数の法人を設立して各々が12ヶ月を超えないで仕事を分担するという濫用。Commentary, para. 18)

職員(personnel)、人の手の介在(human resource)
 職員の存在は必須要件とされていない。(Commentary, para. 10)
 自動販売機やゲーム機を設置しているだけでもPEに該当しうる。

 cf. 欧州の付加価値税の文脈では、PEに類似するFE (fixed establishment固定的施設)に関し、物的資源(機械装置等)のみでは足りず人的資源も存在してなければならないという判例が定着している。

事業所の所有権(ownership)の要否
 かつては「有する」(have)という語が用いられていたため、所有権の有無が問題になるのかと議論された。
 問題となっている事業所を非居住者が所有していることは要求されない。賃借しているのでもよい。非居住者企業「の自由になる」(at its disposal)ものであればよい。
(Commentary, para. 4.)
 源泉地国居住者たる顧客の建物の内部で相当の期間業務を行なっていても、非居住者企業が顧客の建物を自由に使うことができるわけではないから、PEとは認定されない。
 オランダの食肉解体業者がドイツの肉屋の一角において作業をしていた事例において、当該作業場が非居住者の自由になるものではないからPEは認められない、とした裁判例がある。Finanzgericht Duesseldorf, 24.6.1992, 13 K 560/88E, EFG 1993, 42.

非居住者企業の事業と事業所との間の関連性(relevance)
 非居住者企業の事業が事業所「を通じて」(through)なされるものであることが必要である。
 傭船者たる居住者が非居住者から船舶を借り、傭船者が船舶の運転に責任を負う場合→居住者の事業
 所有者たる非居住者が船舶を時間貸しし所有者が責任を負う場合→非居住者の事業
 要するに誰の事業であるか、が重要となる。

jj 国税庁(植松守雄講義)「非居住者、外国法人及び外国税額控除に関する改正税法の解説」(1962.5.1未公刊ながらしばしば言及される);福山博隆「外国法人及び非居住者の課税その他国際的な側面に関する税制の改正」税経通信17巻6号101頁(1962)

jk Cf. Akiyuki ASATSUMA, “Japan”, IFA 2012 Boston Congress: cahiers de droit fiscal international, volume 97a, Enterprise services, pp. 413-435 (2012)

jl ○利子所得に当たる可能性:Klaus Vogel意見書(国側)について、仲谷栄一郎=藤田耕司「海外事業体の課税上の扱い」金子宏編『租税法の発展』639頁(有斐閣、2010)参照。
匿名組合契約であろうとなかろうとPE課税を受けるというのが諸外国の大勢である([浅妻]PE認定には疑問)が、本件でなぜ課税当局が【匿名組合ではない】という主張に拘泥したのか、疑問が残る。が、課税当局側の事情も理解できないではない。通常の匿名組合の場合には源泉地国非課税としつつ、租税回避的な場合だけ課税するという方針であったのだろう。参照:2008年6月11日日経新聞「法人税非課税に4条件:海外からの対日投資促進」…代理人PEが認定されない基準を明示的に明らかにする。詳しくは拙ブログ 参照。
○参照:窪田悟嗣「資産の流動化・証券化をめぐる法人課税等の諸問題」税務大学校論叢37号191頁以下、255-270頁(2001)、渕圭吾「匿名組合契約と所得課税――なぜ日本の匿名組合契約は租税回避に用いられるのか?」ジュリスト1251号177頁(2003)、宮武敏夫(2003)「匿名組合契約と税務」ジュリスト1255号106頁(2003)、宮崎裕子「国際課税におけるデファクト・スタンダード――『他国』規範・準規範と『自国』の規範形成――」ソフトロー研究9号79頁(2007.7)
○日本法人がアメリカのlimited partnershipを通じてアメリカで恒久的施設を有するとされた事案に関し日本の法人税・事業税の関係でアメリカに恒久的施設を有してないものと認定された事例として、東京高判平成17年7月26日金判1223号2頁、その評釈として高橋祐介・判研・名古屋大学法政論集231号31-99頁(2009.6)
○日本居住者たる営業者からアイルランド居住者たる匿名組合員への利益分配についても日愛租税条約23条により日本の源泉徴収税が課せられないとした事例として、東京地判平成25年11月1日平23(行ウ)124・136号(請求認容)・東京高判平成26年10月29日平25(行コ)401号(控訴棄却)。

jm 大成事件The Taisei Fire and Marine Insurance v. Commissioner, 104 T.C. 535 (1995)
 法的にも経済的にも独立していなければ、独立代理人としては認められない(PE該当性は免れない)、という一般論をたてた。(事案の解決としては、法的にも経済的にも独立しているのでPEに該当しないとされた)
 and条件かor条件か (かつては、経済的にand法的に従属していれば代理人PEになると解されていたので、経済的にor法的に独立していれば代理人PEに該当しないと考えられていた)

大陸法では、仲立人・問屋は本人を対第三者関係で拘束しないから、6項の規定を俟つまでもなく5項の要件を満たさない(筈なのだが…若干の議論がある)。
cf. フランス国務院Zimmer case, Conseil d'État, 31 Mar 2010, No.304715: commissionaireは代理人PEに該当しない。
cf. ノルウェー最高裁Dell case, 02 Dec 2011, nn. HR-2011-02245-A: 問屋は代理人PEに該当しない。
英米法では、仲立人・問屋も本人を対第三者関係で拘束するので、6項が意味を持つ。

jn 国際的にインターネット上で取引がなされた場合に、どういう課税が現行法上なされるのか、議論され、そして公式の解釈が定まった。(Commentary, para. 42.1以下)
○ウェブサイト(web site)だけではPEに該当しえない。([浅妻]理屈としては疑問)
○コンピュータサーバ(computer server)を所有・賃借している場合、PEに該当しうる。
○プロバイダ(internet service provider)は通常代理人PEに該当しない。(郵便との対比)
サーバは容易に移動しうるから、そんなものをPEに認定しても、国外に移されるだけである、と技術者から嘲笑されることがある。
 …そんなことは租税法律家も分かっている。これは立法論的な批判である。
 …租税法律家が論じたのは解釈論である。自動販売機・ゲーム機を想起。
立法論としてはPE課税のあり方について大きな疑問が呈せられている。
○サーバのようなものをPEと認定することの是非。
○サーバも何もないときにS国が全く課税できなくなることの是非。
後者の視点から、PEの定義を広げるという提案もかつてあった。が、今は立ち消え。
電子商取引に関し、仮にPEの存在が肯定されるとしても、そこに多くの事業利得が帰属するとは考えにくいので、S国の税収にはそれほど貢献しないと思われる。
 国際課税の問題ではないが、電子マネー等の収益計上時期等の問題について、渡辺貞彦「前払式支払手段の発行に係る収益の帰属時期」税務大学校論叢66号1頁(2010.6.29)、法基通2-1-39及び法基通2-2-11等参照。

 サービスPEについて、伴忠彦「恒久的施設の範囲に関する考察―AOAの導入と人的役務に係るPE認定―」税務大学校論叢67号181頁(2010.6.29)参照。
 fixed place of placeが非居住者・外国法人にとってdisposalでなければPEは認められないと考えられているところのdisposalについて、駒宮史博「事業を行う一定の場所の自由利用性」租税研究738号334頁(2011.4)が紹介するMaria Alejandra Munoz, Disposal of the Fixed Place of Business: A Further Erosion of the Residence State Principle?, 59 Tax Notes International 371 (2 August 2010)参照。
 東京地判平成27年5月28日平24(行ウ)152号…アメリカ居住者が日本のアパート・倉庫を通じて日本の消費者に自動車部品を販売していた事例で恒久的施設有りと認定された事例。「引渡し」(delivery)が日米租税条約5条4項(a)に掲げられていても、問題となる施設における活動が準備的補助的の範囲に収まらなければ、恒久的施設が認定されるという判断枠組みであり、その判断枠組みが維持されるか注目される。浅妻章如・判解・速報税理2015.12.1頃予定。参照:国税不服審判所平成23年11月25日裁決

jo  関連当事者間取引や本支店間やりとりに関し、事業利得を関係法人間あるいは関係部署間でどのように配分するべきかについては、20世紀の初めからの根深い理論的対立がある。
 この考え方は、コース(Ronald H. Coase)の理論を参照すれば、企業が内部取引、或いは企業グループ内の取引を行なっているのは、それが市場取引よりも有利であるからである。そのように内部取引や企業グループ内取引を選択した者に対し、市場取引の基準で帰属利得を算出させるのは、おかしい、と考えられる。
 →独立当事者間基準をあてはめることへの原理的批判。

他方、定式配賦に対しては、主に次のような批判がある。
[1]定式が恣意的に定められる恐れがある。二国間で定式が異なれば、二重課税や意図せざる課税漏れ(課税の真空)が生ずる恐れがある。定式を国際的に調和させるのは困難。
[2]S国課税庁がR社全体の事業利益について調査することはできない。
[3]本店支店個別の事業上の貢献がないがしろにされてしまう。

代理人PEに帰属する利得について (図を描かないと分かりにくいかも)
OECDが正当とする考え方(俗称double taxpayer approach)…代理人PEから代理人に対する報酬を控除した残りが代理人PE帰属利得
異論(single taxpayer approach)…本人から代理人にarm’s length報酬が支払われていれば代理人PEに帰属する利得はありえない。
OECDの反論…それでは代理人PE規定が設けられた意味がなくなってしまう。
([浅妻]代理人PE規定はそもそもその程度の意味しかないという異論なので反論になってない)
どちらが当てはまるかについて裁判で争われる(?) cf. インドの裁判。

jp 今村隆「年金資金運用基金事件における最高裁判決」租税研究738号311頁(2011.4)が紹介するMichele Gusmeroli, The Supreme Court Decision in the Governmanet Pension Investment Fund Case: A Tale of Transparency and Beneficial Ownership (in Plato’s Cave), Bulletin for International Taxation, vol. 64, no. 4, pp. 198-210 (2010)参照。
 租税条約のbeneficial owner概念についてスイス最高裁Bundesgericht Urteil vom 5. Mai 2015 (2C_364/2012, 2C_377/2012, und 2C_895/2012) 等参照。

jq 源泉所得税納税告知処分取消等請求事件 (最高裁判所 平成11年(行ヒ)第44号 平成16年06月24日 第一小法廷判決 棄却)
 原審 東京高等裁判所 (平成4年(行コ)第133号)
主    文
       1 本件上告を棄却する。
       2 上告費用は上告人の負担とする。
       3 原判決の当事者の表示中「控訴人東村山税務署長事務承継者四谷税務署長赤羽修」とあるのを「控訴人東村山税務署長石毛昭司」と更正する。
理    由
 上告代理人山崎潮ほかの上告受理申立て理由について
 1 原審が適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
 (1) 事務用機器の製造販売等を業とする株式会社である被上告人は,昭和57年ころから,被上告人の子会社である米国法人A(以下「米国子会社」という。)に対し,自己の開発した技術を用いて日本国内で製造したロータリー・ホイール・インパクト・プリンター及び電子タイプライター(以下,これらを併せて「本件装置」という。)を販売し,米国子会社は,輸入した本件装置を米国内及び中南米地域において販売していた。
 (2) 米国カリフォルニア州に本社を置き,プリンター製造等を業とする会社であるB(以下「B社」という。)は,昭和51年6月28日,米国において,プリンター技術に関する特許番号第4118129の特許権(以下「本件米国特許権」という。)を取得し,同58年11月17日当時,英国等6か国においてその対応特許権を有していた。
 (3) B社は,昭和50年7月1日,我が国において,本件米国特許権に係る発明と同一の発明又はその一部についての特許出願(以下「本件出願」という。)をし,これについて同51年3月3日に出願公開がされた(その後,同59年9月13日に本件出願について出願公告がされ,同63年1月14日に本件出願に係る発明について特許権の設定登録がされた。)。
 また,B社は,同57年11月27日,本件出願の分割出願として,本件米国特許権に係る発明の一部についての特許出願をした(その後,同出願について,同59年4月12日に出願公開がされた。)。
 (4) B社は,米国内のプリンター市場における自社製品の市場占有率が被上告人を含む日本企業のプリンター製品の販売拡大等により低下した事態に対処するため,昭和58年3月から同59年1月にかけて,米国国際貿易委員会に対し,上記の日本企業を相手方として,そのプリンター製品の米国内での販売は,本件米国特許権を侵害するものであり,不公正な競争に当たり,米国内の産業に実質的な損害を与えているなどと主張して,米国関税法337条に基づき,当該製品の米国内への輸入差止めの申立てをした。被上告人に対する申立て(以下「本件申立て」という。)は,同58年6月にされた。
 (5) B社は,被上告人に対し,本件申立てに関して,被上告人がB社にロイヤルティ名目の金員を支払うこと,B社は,本件申立てを取り下げ,以後本件米国特許権に関して被上告人に対する訴訟等を提起しないことなどを骨子とする和解の申入れをした。B社の主たる関心は,米国内のプリンター市場における自社製品の市場占有率の維持ないし本件米国特許権に基づく利益の確保にあった。被上告人は,当時,いわゆる日米貿易摩擦が激化しており,米国国際貿易委員会が米国企業の保護を重視した決定をするおそれが強く,本件申立てが認められて本件装置の米国への輸出が差し止められることになれば,極めて大きな影響を受けることとなることなどを考慮し,和解交渉に応ずることにした。
 被上告人とB社は,昭和58年10月25日及び26日の両日,和解内容について交渉をした。同交渉では,和解条項の案については,既にB社が他の日本企業と締結していた和解契約に依拠することとされ,現実に協議の対象となったのは,@ 既に米国において販売された本件米国特許権侵害製品に係るロイヤルティの額,A 今後米国に輸出することができる本件装置の台数及びB これに係る将来のロイヤルティの算出割合及び前払金の額であった。B社は,@については23万米ドル,Aについては,本件装置のうちプリンターは50万台,Bについては,本件米国特許権の特許請求の範囲に対応して本件装置の正味販売価格に一定の割合を乗じて算出されるランニングロイヤルティの支払と,当該ロイヤルティとして57万米ドルの前払を提案した。これに対し,被上告人は,@について19万米ドルに減額させたほかは,B社の提案を受諾することとした。その際に,我が国においてB社が本件米国特許権の対応特許権を有するかどうかなどの点は,話題にも協議の対象にもならなかった。
 (6) 被上告人は,昭和58年11月17日,B社との間で,概略次の内容の契約(以下「本件契約」という。)を締結した。
 ア 本件契約は,B社と被上告人が,本件申立てを終結させ,B社の有する本件米国特許権に関する上記2社の間のすべての未解決の紛争を解決するために締結するものである(前文F)。
 イ B社は,被上告人及びその関連会社に対し,本件契約の発効日を開始日とし,本件契約で定めるロイヤルティが支払われることを条件として,本件米国特許権に基づき,本件装置を世界中で製造し又は製造させ,かつ,本件装置のうちプリンターを合計50万台,タイプライターを台数の制限なしに,直接又は間接に,米国内で使用,リース又は販売(以下「販売等」という。)をする非独占の限定的な実施権を許諾する(2条)。
 ウ B社は,その名において及びその関連会社に代わって,本件契約の発効日以前に発生した本件米国特許権の侵害に関するすべての請求から,被上告人及びその関連会社並びにそれらの販売代理店,ディーラー,代理人及び顧客を解放し,免訴し,永遠に免責し,かつ,本件契約の発効日以前に米国に輸入され,又は米国内で製造,販売等がされた本件装置についていかなる行政上又は司法上の訴訟も提起しないことに同意する(4条)。
 エ B社及びその関連会社は,被上告人及びその関連会社並びにそれらの販売代理店,ディーラー,代理人及び顧客に対し,本件装置の製造,販売等について,B社又はその関連会社が1988年11月17日までに出願するあらゆる国における特許(ただし,本件米国特許権を除く。)でB社又はその関連会社が所有し,又は支配しているものに基づく権利主張をしない(5条(a)項)。
 被上告人及びその関連会社は,B社及びその関連会社並びにそれらの販売代理店,ディーラー,代理人及び顧客に対し,そのプリンター及びタイプライターの製造,販売等について,被上告人又はその関連会社が1988年11月17日までに出願するあらゆる国における特許で被上告人又はその関連会社が所有し,又は支配しているものに基づく権利主張をしない(5条(b)項)。
 オ 被上告人が販売する本件装置で米国内において販売等に供されるものについては,本件契約で定める条件に基づき,単一のロイヤルティが支払われなければならない。被上告人の関連会社が米国内において販売等に供される本件装置を販売する場合には,その販売は,被上告人による販売として取り扱われるものとする。米国外への積換えのため米国内に保税で入ったものについては,ロイヤルティは発生しないものとする。ロイヤルティは,本件装置について請求書が発行される場合はその発行の時に発生し,請求書が発行されない場合は船積みされた時に発生する。本件契約の下で行われる支払は,本件契約に基づく本件申立ての終結と本件米国特許権に関する両当事者間の未解決のすべての紛争の解決に対する対価である。上記支払は,日本国の源泉徴収に係る国税の控除なしに行われるものとする(6条(a)項)。
 カ 被上告人は,B社に対し,76万米ドルを,1983年12月15日までに40万米ドル,1984年4月2日までに36万米ドルの2回に分けて支払う。この金額のうち57万米ドルは,本件契約6条(c)項に基づいて支払うものとされているロイヤルティに充当される前払金として取り扱われるものとする。上記の76万米ドルは,本件申立てが本件契約で意図したとおり終結されない場合を除き,返還されないものとする(6条(b)項)。
 キ 被上告人は,B社に対し,本件契約の発効日から,本件装置の正味販売価格につき本件米国特許権の特許請求の範囲に対応する所定の割合による金額のロイヤルティを支払うことに同意する(6条(c)項柱書き)。
 ク 本件装置の正味販売価格は,被上告人の送り状記載の価格又は被上告人の工場での引渡し時価格とするが,本件装置の基本型のものについては内陸輸送費を差し引いた日本国の空港又は海港での引渡し時価格とする(7条)。
 ケ 被上告人は,B社に対し,本件米国特許権の実施権の許諾期間中,各年の半期ごとに,その最終日から60日以内に,当該半期の間に米国向けに輸出した本件装置の全数量,その正味販売価格,ロイヤルティの計算等を示した報告書で被上告人の権限ある代表者が証明したものを提出し,本件契約6条に従い支払期限の到来したロイヤルティをB社の指定する銀行の口座に電信送金して支払う(8条)。
 コ 本件契約は,1983年11月17日から効力を生じ,別に規定する早期解約が行われない限り,本件米国特許権の存続期間が満了するまで有効とする。ただし,被上告人が本件契約6条(b)項に規定された支払を行った場合には,本件契約5条の規定の効力は残存するものとする(11条)。
 サ 本件契約6条に従って本件装置に関してロイヤルティを支払う被上告人の義務は,本件米国特許権の特許請求の範囲が無効とされた日に,所定の内容に従って停止又は減額されるものとする(16条)。
 (7) 被上告人は,B社に対し,本件契約6条(b)項に基づき,源泉徴収税額を控除することなく,昭和58年12月に40万米ドルを,同59年4月に36万米ドルをそれぞれ支払った(以下,これらの金員を併せて「本件各金員」という。)。
 (8) 上告人は,本件各金員はその支払を受ける外国法人であるB社が所得税の納税義務を負う所得税法161条7号イ(平成14年法律第15号による改正前のもの。以下同じ。)所定の国内源泉所得に該当するとして,昭和60年6月29日,被上告人に対し,本件各金員の支払をする者として負う本件各金員に係る各所得税の徴収納付義務につきそれぞれ納税告知及び不納付加算税賦課決定(以下,これらを併せて「本件各処分」という。)をした。
 2 本件は,被上告人が,上告人に対し,本件各金員は国内源泉所得に当たらないと主張して,本件各処分の取消しを求める事案である。
 3 所得税法は,日本国内において業務を行う者から受ける工業所有権その他の技術に関する権利,特別の技術による生産方式若しくはこれらに準ずるものの使用料で当該業務に係るものを国内源泉所得とし(161条7号イ),外国法人がその支払を受けるときは,同法により所得税を納める義務がある旨規定している(昭和62年法律第96号による改正前の5条4項)。
 前記事実関係等によれば,本件契約の目的は,B社が被上告人の米国内における本件装置の販売拡大を防ごうとして米国内への本件装置の輸入差止めを求める本件申立てを行ったことを受けて,被上告人がB社との間の本件米国特許権(これは米国内においてのみ効力を有するものである。)に関する紛争を解決して本件装置を引き続き米国に輸出することを可能にすることにあり,その内容は,@ B社が,被上告人及びその関連会社(米国子会社はこれに当たる。)に対し,米国内における本件装置の販売等について一定の限度で本件米国特許権の実施権を許諾するほか,本件契約の発効日以前に米国内で販売等がされた本件装置についても本件米国特許権の侵害を理由とする請求等をしないことを約し,A 被上告人が,B社に対し,被上告人又はその関連会社により本件契約の発効日以前に米国内で販売等がされ,及び同日以降に販売等がされる本件装置に係るロイヤルティを支払うことを骨子とするものであるということができる。そして,本件各金員のうち57万米ドルは,本件契約の発効日を開始日として,被上告人及びその関連会社が本件米国特許権に基づき本件装置を直接又は間接に米国内で販売等をする非独占の限定的な実施権の許諾を受ける条件となるロイヤルティの前払金として支払われたものであり,米国内で販売等がされる本件装置に係る本件米国特許権の実施料として支払われたものと解される。また,本件各金員のうち19万米ドルは,本件契約の発効日以前に米国内で販売等がされた本件装置に係る本件米国特許権の実施料として支払われたものと解される。
 本件契約中には,B社は,被上告人が本件契約で定めるロイヤルティを支払うことを条件として,被上告人及びその関連会社が本件米国特許権に基づき本件装置を世界中で製造し又は製造させることを許諾する旨の文言(2条)や,本件各金員は,本件申立ての終結と本件米国特許権に関する被上告人とB社との間の未解決の紛争の解決に対する対価である旨の文言(6条(a)項)があるが,これらは,上記の本件契約の本体を成す合意に付随するものであるにとどまり,本件各金員が本件米国特許権の米国内における実施料として支払われたものであるという上記判断を左右するものではない。また,B社及びその関連会社が,その所有し,又は支配する本件米国特許権に対応する特許権に基づく権利主張をしない旨の条項(5条(a)項)も,本件契約においてロイヤルティの権原とされた本件米国特許権を除いたB社及びその関連会社が所有し,又は支配するその対応特許権に関するものであり,これと同条(b)項に定める被上告人及びその関連会社が所有し,又は支配する特許権との間において,相互に無償で権利主張をしない旨の合意をしたものと解されるものであるから,上記判断を左右するものではない。なお,被上告人は,自らは本件装置を米国内に輸入して米国内で販売等をしておらず,本件米国特許権の侵害を問われる立場にはない者であるが,その関連会社である米国子会社が米国内において本件装置の販売等を行うことができなければ経済的打撃を受けるという関係にあり,米国子会社の米国内における上記事業を可能にするために被上告人自ら本件契約を締結したものということができるから,これをもって特に異とすべきものとはいえない。
 4 以上のとおり,本件各金員は,米国内における本件装置の販売等に係る本件米国特許権の使用料に当たるものであり,被上告人の日本国内における業務に関して支払われたものということはできない。そうすると,本件各金員は,所得税法161条7号イ所定の国内源泉所得に当たる使用料ではないというべきであるから,B社には本件各金員に係る所得税の納付義務はなく,したがって,被上告人には当該所得税の徴収納付義務はない。被上告人の上記徴収納付義務を否定し,本件各処分を違法であるとした原審の判断は,結論において正当である。論旨は採用することができない。
 5 なお,原判決の控訴人の表示に明白な誤りがあったので,民訴法257条1項により主文第3項のとおり更正する。
 よって,裁判官甲斐中辰夫,同島田仁郎の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
 裁判官甲斐中辰夫,同島田仁郎の反対意見は,次のとおりである。
 私たちは,本件各金員が所得税法161条7号イの使用料に当たらないとする多数意見に賛同することはできない。その理由は次のとおりである。
 1 原審が適法に確定した前記事実関係等によれば,被上告人は,我が国において本件装置を製造してこれを被上告人とは別個独立の法人格を有する米国子会社に販売し,米国子会社がこれを輸入して米国内において販売等をしているというのである。そうすると,被上告人は,我が国において本件装置の製造,販売を業としている者であるが,米国内における本件装置の販売等を業とする者ではなく,米国内においてのみ排他的効力を有する本件米国特許権を直接侵害する立場にあるのは,米国子会社であって,被上告人ではない。
 2 本件契約は,本件米国特許権に関するB社と被上告人との間のすべての未解決の紛争を解決するために合意されたものである (前文F) ところ,本件契約中の上記未解決の紛争に当たる事項に関する条項は,@ B社は,被上告人及びその関連会社に対し,被上告人が本件契約で定めるロイヤルティを支払うことを条件として,本件米国特許権に基づき,本件装置を世界中で製造し,又は製造させ,かつ,本件装置を米国内で直接又は間接に販売等をする非独占の限定的な実施権を許諾することを定める2条,A B社は,被上告人及びその関連会社等に対し,本件契約の発効日以前に発生した本件米国特許権の侵害に関するすべての請求について免責等をし,本件契約の発効日以前に米国に輸入され,又は米国内で製造,販売等がされた本件装置についていかなる訴訟も提起しないことを定める4条,B B社及びその関連会社は,被上告人及びその関連会社等に対し,本件装置の製造,販売等について,本件米国特許権のあらゆる国における対応特許権に基づく権利主張をしないことを定める5条(a)項,C 本件契約の下で行われる支払は,本件契約に基づく本件申立ての終結と本件米国特許権に関する両当事者間の未解決のすべての紛争の解決に対する対価であることを定める6条(a)項である。これらの規定によれば,本件契約において解決を図るものとしたB社と被上告人との間の未解決の紛争というのは,本件米国特許権を直接侵害する米国内における本件装置の販売等に係るものに限らず,米国以外の国における本件装置の製造及び米国以外の国で製造した本件装置を米国内での販売等に供するために販売することに係るものも含むものであることが明らかである。すなわち,本件米国特許権自体は,多数意見が指摘するように,米国内においてのみ効力を有するものであるが,上記未解決の紛争は,本件米国特許権を直接侵害するものに限られず,本件米国特許権の内容を成す発明ないし技術の使用に関して生ずる紛争全般を意味するものと解される。
 3 本件契約2条及び6条(a)項によれば,被上告人がB社に対し,上記未解決の紛争を解決する対価としてロイヤルティを支払うものとされているところ,当該ロイヤルティの具体的内容を定める条項は,@ 米国内での販売等の目的で米国に輸出等をするために,被上告人が販売する本件装置について,本件契約に定める条件に基づき,単一のロイヤルティが支払われなければならないことを定める6条(a)項前段,A ロイヤルティは,本件装置について請求書が発行された時又はその船積み時に発生することを定める6条(a)項後段,B 本件各金員の支払額及び支払時期並びにそのうち57万米ドルは,本件契約の発効日以後に発生するロイヤルティに充当される前払金として取り扱われることを定める6条(b)項,C 被上告人は,B社に対し,本件契約の発効日から,本件装置の正味販売価格に対する本件米国特許権の特許請求の範囲に対応する所定の割合による金額のロイヤルティを支払うことを定める6条(c)項,D 本件装置の正味販売価格は,被上告人の送り状価格,被上告人の工場での引渡し時価格又は日本国の空港若しくは海港での引渡し時価格とすることを定める7条,E 被上告人は,B社に対し,米国に向けて輸出した本件装置の全数量,その正味販売価格,ロイヤルティの計算等をした報告書を提出することなどを定める8条である。これらの規定によれば,上記ロイヤルティは,被上告人が我が国において本件装置の製造,販売をしてこれを米国へ輸出するまでの行為をその対象としてとらえており,その額は,米国内における本件装置の販売等の数量及びその価格を基準とするものではなく,被上告人が我が国で販売した本件装置で米国内での販売等に供されるものの数量及びその販売価格を基準としている。
 4 上記1ないし3の事実関係等によれば,本件契約に定めるロイヤルティは,我が国において本件装置を製造し,米国子会社に対して販売,輸出をしているにすぎず,本来本件米国特許権を直接侵害する立場にない被上告人に対して,被上告人が我が国で本件装置を米国子会社に販売,輸出をした時点において,その販売価格及び数量を基準として発生し,米国内における販売を待たずに支払わなければならないとするものである。そうすると,上記ロイヤルティは,米国内における本件装置の販売等についての本件米国特許権の実施許諾に対する使用料ではなく,被上告人が我が国において本件装置を製造し,その販売をするについての本件米国特許権の内容を成す技術等の実施許諾に対する使用料であると解するのが相当である。そして,被上告人が上記ロイヤルティを支払うことにより,本件契約2条及び4条に基づき,米国子会社が米国内において本件装置の販売等をすることについても,本件米国特許権の侵害が問われないことになるのである。
 5 原審が適法に確定した前記事実関係等によれば,本件各金員のうち,57万米ドルは本件契約の発効日以後に被上告人が我が国において製造して販売する本件装置で米国内で販売等に供されるものに係るロイヤルティの前払金として支払われたものであり,その余の19万米ドルは同日以前に被上告人が我が国で製造して販売した本件装置で米国内で販売等に供されたものに係るロイヤルティとして支払われたものと解されるものである。そうすると,本件各金員は,我が国において本件装置の製造,販売を業とする被上告人が当該業務に関して所得税法161条7号イにいう工業所有権その他の技術に関する権利又は特別の技術による生産方式に準ずるものに対する使用料として支払ったものであり,国内源泉所得に当たるというべきである。
 これと異なる原審の判断は,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるから,原判決を破棄した上で所要の裁判をすべきである。

jr みなし外国税額控除(tax sparing)について、金子宏「租税条約における『免除外国税額控除』(tax-sparing credit)について」杉村章三郎先生古稀記念『公法学研究(上)』167頁(有斐閣、1974);等参照。

外国税額控除を巡る裁判例
東京地判平成25年11月19日判時2219号33頁(請求棄却)・東京高判平成26年3月26日平成25(行コ)444号(控訴棄却)(木村弘之亮2015.3.6第772回租税判例研究会報告は判旨反対) 原告(控訴人)が所得税について確定申告をしたところ、原告の平成20年分の確定申告書には所得税法95条6号所定の事項の記載等がなかったから、同項に規定する手続要件を満たしておらず、平成21年分の所得税について同条2項に基づく外国税額控除をすることができないとして、更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を受けたことから、原告が、本件処分の取消しを求めたところ、請求が棄却されたため、控訴した事案において、所得税法95条6項にいう「各年」とは、「繰越控除限度額に係る年のうち最も古い年」を始まりとして、それ以後、所得税法95条2項に基づく控除を受けようとする年までの各年を意味するものと解することが、開始時点以外には明確な限定を付していない同項の文理に照らして自然であるとし、控訴を棄却した事例。

js りそな銀行〔旧大和銀行〕:大阪地判平成13年12月14日平成9年(行ウ)77〜79号民集59巻10号2993頁税資251号 納税者勝訴/大阪高判平成15年5月14日平成14年(行コ)10号民集59巻10号3165頁 納税者勝訴/最判平成17年12月19日民集59巻10号2964頁裁判所時報1402号7頁判時1918号3頁判タ1199号174頁金融法務事情1768号41頁 平成15年(行ヒ)第215号 第二小法廷 国勝訴
三井住友銀行〔旧住友銀行〕:大阪地判平成13年5月18日月報48巻5号1257頁判時1793号37頁税資250号順号8900 納税者勝訴/大阪高判平成14年6月14日月報49巻6号1843頁判時1816号30頁判タ1099号182頁税資252号順号9136 国勝訴/最高裁平成17年12月19日上告棄却及び上告不受理決定判例集未登載 国勝訴
UFJ銀行〔旧三和銀行〕――大阪地判平成14年9月20日平成9年(行ウ)第64〜67号税資252号順号9200 納税者勝訴/大阪高判平成16年7月29日金融・商事判例1201号33頁 平成14年(行コ)第82号 納税者勝訴/最判平成18年2月23日裁判所時報1406号8頁判時1926号57頁判タ1206号172頁金融法務事情1777号51頁 第一小法廷判決 平成16年(行ヒ)第326号 国勝訴


最高裁判所第二小法廷 平成15年(行ヒ)第215号 平成17年12月19日
主文
1 原判決を破棄し、第1審判決を取り消す。
2 被上告人の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
理由
 上告代理人都築弘ほかの上告受理申立て理由について
 1 本件は、銀行業を営む被上告人が、外国税額の控除について定める法人税法(平成10年法律第24号による改正前のもの。以下同じ。)69条の規定に基づく自己の外国税額控除の余裕枠を第三者に利用させ、その利用の対価を得ること等を目的として、外国において我が国との関係で二重課税を生じさせるような取引を行って外国法人税(外国の法令により課される法人税に相当する税で政令で定めるものをいう。以下同じ。)を納付した上で、国内において納付すべき法人税の額から上記外国法人税の額を控除して申告をしたのに対し、上告人が上記控除は認められないとして法人税の更正及び過少申告加算税の賦課決定をしたので、被上告人がこれを争っている事案である。
 2 原審が適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
 (1) ニュージーランドで設立された法人であるA社は、投資家から集めた資金をクック諸島に持ち込んでニュージーランド・ドル建てユーロ債の購入に利用するに当たり、運用益に対して課される法人税を軽減するため、ニュージーランドより法人税率の低いクック諸島において、A社が全株式を保有する子会社であるB社を設立し、さらに、投資家からの投資に対してクック諸島において源泉税が課されることを回避するために、当該源泉税が課されないクック諸島法人で、A社がその株式の28%を保有するC社に当該資金をいったん取得させ、同社を経由して、B社においてこれを運用することとした。
 (2) この場合に、C社からB社に対して直接に資金を貸し付ける方法を採ったときは、クック諸島の税制によればB社からC社へ支払われる利息に対して15%の割合の源泉税が課されることになるため、被上告人とC社及びB社の間で、被上告人の外国税額控除の余裕枠を利用して上記源泉税の負担を軽減する目的で、平成元年3月31日付けで、次のような内容の各契約が締結され、これらが実行された(以下、この各契約に基づく取引を「本件取引」という。)。
 ア 本件ローン契約
 本件ローン契約は、被上告人がB社に対して年利10.85%で5000万米国ドルを貸し付けることを内容とする契約であり、同契約によれば、B社は、被上告人に対し、利息として、当該貸付金利息からクック諸島において課される15%の割合の源泉税額を控除して支払うこととされていた。
 イ 本件預金契約
 本件預金契約は、被上告人が本件ローン契約に基づきB社に供与する資金全額に相当する金員をC社から預金として預入れを受けること、被上告人のC社に対する預金元本の支払は、被上告人がB社から前記貸付金元本の弁済を受けた範囲においてのみ行うこと、被上告人がB社から前記貸付金利息(源泉税額控除後のもの)を受領した場合には、それに前記源泉税額を加算した金額から被上告人の取得する手数料を控除した金額を預金利息としてC社に支払うことを内容とするものである。
 (3) 本件取引によって、C社はクック諸島における源泉税の支払を免れるという利益を得ることになり、他方、被上告人は、上記手数料を取得する一方、手数料を上回る額のクック諸島における源泉税を負担することとなり、取引自体によっては損失を生ずるが、我が国で外国税額控除を受けることによって最終的には利益を得ることができることになる。しかし、その結果、我が国において本来納付されるべき税額のうち上記外国税額控除の対象となるものは納付されないことになる。
 (4) 被上告人は、本件ローン契約に基づきクック諸島において源泉税を納付したとして、上告人に対し、平成3年4月1日から同4年3月31日まで、同年4月1日から同5年3月31日まで、同年4月1日から同6年3月31日までの3事業年度の各所得に対する法人税の額からそれぞれ外国税額の控除をして申告をした。
 (5) これに対し、上告人は、上記3事業年度の各法人税につき、上記外国税額の控除は認められないとして、各更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分(以下「本件各処分」という。)を行った。
 3 原審は、上記事実関係等の下において、本件取引に係る外国法人税について法人税法69条が適用されるべきであると判断し、これに反する本件各処分は違法であるとして、被上告人の取消請求をいずれも認容した第1審判決に対する控訴を棄却した。原判決の理由の要旨は、次のとおりである。
 (1) 本件取引の経済的目的は、C社及びB社にとっては、C社からB社へより低いコストで資金を移動させるため、被上告人を介することにより、その外国税額控除の余裕枠を利用してクック諸島における源泉税の負担を軽減することにあり、被上告人にとっては、外国税額控除の余裕枠を提供し、利得を得ることにあるのである。このような経済的目的に基づいて当事者の選択した法律関係が真実の法律関係ではないとして、本件取引を仮装行為であるということはできない。
 (2) 被上告人は、金融機関の業務の一環として、B社への投資の総合的コストを低下させたいというC社の意図を認識した上で、自らの外国税額控除の余裕枠を利用して、よりコストの低い金融を提供し、その対価を得る取引を行ったものと解することができ、これが事業目的のない不自然な取引であると断ずることはできない。したがって、本件取引が外国税額控除の制度を濫用したものであるということはできない。
 4 しかしながら、原審の上記3(2)の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
 (1) 法人税法69条の定める外国税額控除の制度は、内国法人が外国法人税を納付することとなる場合に、一定の限度で、その外国法人税の額を我が国の法人税の額から控除するという制度である。これは、同一の所得に対する国際的二重課税を排斥し、かつ、事業活動に対する税制の中立性を確保しようとする政策目的に基づく制度である。
 (2) ところが、本件取引は、全体としてみれば、本来は外国法人が負担すべき外国法人税について我が国の銀行である被上告人が対価を得て引き受け、その負担を自己の外国税額控除の余裕枠を利用して国内で納付すべき法人税額を減らすことによって免れ、最終的に利益を得ようとするものであるということができる。これは、我が国の外国税額控除制度をその本来の趣旨目的から著しく逸脱する態様で利用して納税を免れ、我が国において納付されるべき法人税額を減少させた上、この免れた税額を原資とする利益を取引関係者が享受するために、取引自体によっては外国法人税を負担すれば損失が生ずるだけであるという本件取引をあえて行うというものであって、我が国ひいては我が国の納税者の負担の下に取引関係者の利益を図るものというほかない。そうすると、本件取引に基づいて生じた所得に対する外国法人税を法人税法69条の定める外国税額控除の対象とすることは、外国税額控除制度を濫用するものであり、さらには、税負担の公平を著しく害するものとして許されないというべきである。
 5 以上によれば、原審の前記判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、被上告人の請求はいずれも理由がないから、第1審判決を取り消し、被上告人の請求をいずれも棄却することとする。

jt §164.03 グレゴリー事件Gregory v. Helvering, 293 US 465 (1935)・金子宏「租税法と私法」 省略
 法人の組織再編に関する課税繰延規定を利用してグレゴリー夫人が租税回避を図ったところ、規定の趣旨・目的から、事業目的のない取引に規定の適用は認められないとした例。
参照:岡村忠生「グレゴリー判決再考―事業目的と段階取引―」『税務大学校論叢40周年記念論文集』(2008)


ju EUにおける濫用法理について、参照:岩武ュ明「租税法における『濫用』概念――国際課税における租税回避否認とEUにおける濫用禁止原則」金子宏編『租税法の発展』380頁(有斐閣、2010);坂巻綾望「欧州連合司法裁判所の動向――人・サービス・資本の自由移動と加盟国税制」租税研究2010年9月349頁;等。

jv 外国直接投資(Foreign Direct Investment: FDI)と課税を巡る議論について。大野太郎「租税条約の経済学的考察」2008年3月19日一橋大学審査博士学位論文;増井良啓「米国両議院税制委員会の対外直接投資報告書を読む」租税研究2008年10月203頁;浅妻章如「海外子会社(からの配当)についての課税・非課税と、実現主義・時価主義の問題」フィナンシャル・レビュー94号『特集「国際課税」中里実責任編集』(2010.6.2 ダウンロードできるようになりました)97-122頁(2009.5)浅妻章如「国外所得免税(又は仕向地主義課税)移行論についてのアメリカの議論の紹介と考察」フィナンシャル・レビュー84号152-164頁(2006.7);浅妻章如「全世界所得課税+外国税額控除の再検討」ファイナンス475号75-79頁(2005.6)

jw 平成17年度改正により組合を通じた損失の利用は制限された(租特41条の4の2、67条の12)。租税回避対策としての機能をこえて、将来も損失を利用することができないというのはいきすぎではないか、といった疑問もある。アメリカ法に関し参照:渕圭吾「アメリカ内国歳入法典469条のメカニズム」ジュリスト1290号123-130頁。

jx  移転価格税制は税務上の取引価格を変えさせるだけであり、私法上の所得の帰属(関連企業間での所得配分)まで変更させようとするものではない。なお、私法上、詐害行為取消権は、債務者の財務状況が逼迫しているときのみ問題となりうるし、民法の問題の場合、価格が幾らかの問題とするのではなく、取引がなかったことにする、という法的効果の違いがある。
 タイバーツ貸付金利子事件・東京地判平成18年10月26日訟月54巻4号922頁(確定)(外国子会社に対する金銭貸付について独立価格比準法に準ずる方法を適用)(評釈:太田洋・弘中聡浩・宇野伸太郎「タイバーツ移転価格課税事件東京地裁判決の検討」国際税務30巻10号104頁(2010.10)等)

jy 日星租税条約事件・最判平成21年10月29日民集63巻8号1881頁百選73弘中聡浩
原告主張 シンガポール子会社の所得について日本がタックスヘイヴン対策税制を適用して日本で課税することは、日本・シンガポール租税条約のPEなければ課税なしのルールに違反する。
被告主張 シンガポール法人に対する課税ではなく日本法人に対する課税であるから条約違反ではない。

地裁判旨(高裁でも維持) 「誰に対して課税をするのかという観点を形式的に適用する論理は、日星租税条約の潜脱を容易に許してしまうおそれがあるものであって…、そのまま採用することは困難である。
 他方、シンガポールの海外子会社が、親会社である内国法人に対し、配当その他の方法によって任意に利益移転を行った場合、内国法人に移転された利益に対しては、我が国において課税がされることになるが、これが日星租税条約に違反するものではないことは明らかである。そうだとすると、親会社である内国法人とシンガポールの海外子会社との関係、シンガポールにおいて海外子会社が置かれた地位や実際の活動状況その他の事情に照らし、海外子会社から内国法人に対して利益移転が行われるのが当然であるにもかかわらず、そのような利益移転が行われていないとみられる場合に、内国法人に対し、本来あるべき利益移転が実際にあったものとみなし、その移転利益相当額に対して課税をすることは、経済的合理性のない不自然な状態を、本来あるべき自然な状態に戻し、あるべき状態に基づく課税をしているのにとどまるのであるから、このような事態は、日星租税条約に違反することはないものと解される。」

最高裁判旨 「日星租税条約7条1項は、一方の締約国(A国)の企業の利得に対して他方の締約国(B国)が課税するためには、当該企業がB国において恒久的施設を通じて事業を行っていることが必要であるとし(同項前段)、かつ、B国による当該企業に対する課税が可能な場合であっても、その対象を当該恒久的施設に帰属する利得に限定することとしている(同項後段)。同項は、いわゆる「恒久的施設なくして課税なし」という国際租税法上確立している原則を改めて確認する趣旨の規定とみるべきであるところ、企業の利得という課税物件に着目する規定の仕方となっていて、課税対象者については直接触れるところがない。しかし、同項後段が、B国に恒久的施設を有するA国の企業に対する課税について規定したものであることは文理上明らかであり、これは同項前段を受けた規定であるから、同項前段も、また、A国の企業に対する課税について規定したものと解するのが自然である。すなわち、同項は、A国の企業に対するいわゆる法的二重課税を禁止するにとどまるものであって、同項がB国に対して禁止又は制限している行為は、B国のA国企業に対する課税権の行使に限られるものと解するのが相当である。」
「措置法66条の6第1項は、外国子会社の留保所得のうちの一定額を内国法人である親会社の収益の額とみなして所得金額の計算上益金の額に算入するものであるが、この規定による課税が、あくまで我が国の内国法人に対する課税権の行使として行われるものである以上、日星租税条約7条1項による禁止又は制限の対象に含まれないことは、上述したところから明らかである。」
「日星租税条約は、経済協力開発機構(OECD)のモデル租税条約に倣ったものであるから、同条約に関してOECDの租税委員会が作成したコメンタリーは、条約法に関するウィーン条約(昭和56年条約第16号)32条にいう「解釈の補足的な手段」として、日星租税条約の解釈に際しても参照されるべき資料ということができる」

検討 最高裁は地裁の「本来あるべき利益移転」という表現を避けているように見受けられる。避けたことにより、平成21年改正・法人税法23条の2(外国子会社配当益金不算入)導入後も本判決は意味を持つと考えられる(が、形式的にいえば平成21年後の租税条約違反の可能性についてはブランク)。
 なお涌井紀夫補足意見は「日星租税条約7条1項の規定は、各種の所得のうち「企業の利得」(我が国の税制に照らしていえば、おおむね「事業所得」に相当する所得をいうものといえよう。)に対する課税に際しての締約国間での課税権の調整に関する規定であり、所得の種類がこれと異なる場合の課税権の調整については、その所得の種別に応じて日星租税条約中の他の条項の規定が優先的に適用されるべきことが同条6項に明定されている。これを受けて、例えば、配当所得に対する課税については日星租税条約10条の規定、譲渡所得に対する課税については同じく13条の規定等が、それぞれ別に置かれているところである。このような日星租税条約の規定振りからすれば、措置法の規定が日星租税条約に違反するか否かの問題を検討するに際しては、そこで問題とされている所得の種別に対応する日星租税条約の各条文ごとに、措置法の規定が日星租税条約の定めに違反するか否かが個別に検討されるべきこととなろう」と述べている。

 本判決評釈としてAkiyuki Asatsuma, “Supreme Court Judgement: Anti-Tax Haven (CFC) Legislation does not Infringe Japan-Singapore Tax Treaty”, Bulletin for International Taxation, Vol. 64, No. 10, pp. 517-525 (2010)
 個人所得税の租特40条の4について同旨:最判平成21年12月4日判時2068号34頁
 発展:フランスでは租税条約違反である、英国・フィンランドでは租税条約違反でないという判例が既にあった。その他の国の状況につき、Nicolas Garfunkel, Are All CFC Regimes the Same? The Impact of the Income Attribution Method, 59 Tax Notes International 53 (July 5, 2010), also reported in 2010 WTD 128-12とその和訳である青山慶二「CFC税制はどこでも同一の内容か;所得帰属方法のインパクト」租税研究2011年1月233頁。
 平成21年改正による法人税法23条の2導入後におけるタックス・ヘイヴン対策税制も租税条約に違反しないとの立場から論ずるものとして、秋元秀仁「外国子会社配当益金不算入制度における税務(10)XXII外国子会社配当益金不算入制度の導入に伴い改正された我が国タックス・ヘイブン対策税制の租税条約適合性」国際税務31巻7号40-頁(2011.7)。

jz 欠番

ka 最高裁判所第二小法廷 平成17年(行ヒ)第89号 平成19年09月28日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
 上告代理人新明一郎、上告補佐人背戸柳良辰の上告受理申立て理由(ただし、排除されたものを除く。)について
 以下に摘示する租税特別措置法(以下「措置法」という。)の各条項は、それぞれ別表記載のものをいう。
 1 本件は、海運業を営む内国法人である上告人が、パナマ共和国(以下「パナマ」という。)において設立した子会社であるA社に生じた欠損が実質的には親会社である上告人に帰属するとして、これを上告人の損金に算入して平成6年8月1日から同7年7月31日まで、同年8月1日から同8年7月31日まで及び同年8月1日から同9年7月31日までの各事業年度(以下「本件各事業年度」という。)に係る法人税等の申告をしたところ、被上告人から、A社の欠損を上告人の損金に算入することは措置法66条の6の規定の認めるところではないなどとして、法人税等の更正及び過少申告加算税賦課決定を受けたので、これを争っている事案である。
 2 措置法66条の6第1項は、同項各号に掲げる内国法人に係る外国関係会社(外国法人で、その発行済株式等のうちに内国法人等の有する直接及び間接保有の株式等の総数又は合計額の占める割合が100分の50を超えるもの等をいう。同条2項1号)のうち、本店又は主たる事務所の所在する国又は地域におけるその所得に対して課される税の負担が本邦における法人の所得に対して課される税の負担に比して著しく低いものとして政令で定める外国関係会社に該当するもの(以下「特定外国子会社等」という。)が、各事業年度においてその未処分所得の金額から留保したものとして所定の調整を加えた金額(以下「適用対象留保金額」という。)を有する場合に、その金額のうちその内国法人の有する株式等に対応するものとして所定の方法により計算された金額に相当する金額をその内国法人の所得の計算上益金の額に算入する旨規定する。上記の未処分所得の金額の意義について、同条2項2号は、特定外国子会社等の各事業年度の決算に基づく所得の金額につき所定の基準により計算した金額を基礎として政令で定めるところにより当該各事業年度開始の日前5年以内に開始した各事業年度において生じた欠損の金額に係る調整を加えた金額をいうものと規定する。
 同条1項の規定は、内国法人が、法人の所得等に対する租税の負担がないか又は極端に低い国又は地域に子会社を設立して経済活動を行い、当該子会社に所得を留保することによって、我が国における租税の負担を回避しようとする事例が生ずるようになったことから、課税要件を明確化して課税執行面における安定性を確保しつつ、このような事例に対処して税負担の実質的な公平を図ることを目的として、一定の要件を満たす外国会社を特定外国子会社等と規定し、これが適用対象留保金額を有する場合に、その内国法人の有する株式等に対応するものとして算出された一定の金額を内国法人の所得の計算上益金の額に算入することとしたものである。他方において、特定外国子会社等に生じた欠損の金額は、法人税法22条3項により内国法人の損金の額に算入されないことは明らかである。以上からすれば、措置法66条の6第2項2号は、上記のように特定外国子会社等の留保所得について内国法人の益金の額に算入すべきものとしたこととの均衡等に配慮して、当該特定外国子会社等に生じた欠損の金額についてその未処分所得の金額の計算上5年間の繰越控除を認めることとしたものと解される。そうすると、内国法人に係る特定外国子会社等に欠損が生じた場合には、これを翌事業年度以降の当該特定外国子会社等における未処分所得の金額の算定に当たり5年を限度として繰り越して控除することが認められているにとどまるものというべきであって、当該特定外国子会社等の所得について、同条1項の規定により当該特定外国子会社等に係る内国法人に対し上記の益金算入がされる関係にあることをもって、当該内国法人の所得を計算するに当たり、上記の欠損の金額を損金の額に算入することができると解することはできないというべきである。
 3 原審の適法に確定した事実関係によれば、A社は、本件各事業年度において上告人に係る特定外国子会社等に該当するものであり、本店所在地であるパナマに事務所を有しておらず、その事業の管理、支配及び運営は上告人が行っており、措置法66条の6第3項所定の要件は満たさないが、他方において、パナマ船籍の船舶を所有し、上告人から資金を調達した上で自ら船舶の発注者として造船契約を締結していたほか、これらの船舶の傭船に係る収益を上げ、船員を雇用するなどの支出も行うなど、上告人とは別法人として独自の活動を行っていたというのである。そうすると、本件においては上告人に損益が帰属すると認めるべき事情がないことは明らかであって、本件各事業年度においては、A社に損益が帰属し、同社に欠損が生じたものというべきであり、上告人の所得の金額を算定するに当たり、A社の欠損の金額を損金の額に算入することはできない。
 上告人の本件各事業年度の法人税に係る更正及び過少申告加算税賦課決定を適法であるとした原審の判断は、是認することができる。論旨は採用することができない。
 なお、その余の請求に関する上告については、上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除された。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官古田佑紀の補足意見がある。
 裁判官古田佑紀の補足意見は、次のとおりである。
 私は、以下の点について補足的に意見を述べておきたい。
 法人は、法律により、損益の帰属すべき主体として設立が認められるものであり、その事業として行われた活動に係る損益は、特殊な事情がない限り、法律上その法人に帰属するものと認めるべきものであって、そのことは、ある法人が、経営上は実質的に他の法人の事業部門であるような場合であっても変わるものではないというべきである。
 措置法66条の6は、特定外国子会社等に関し、その事業として行われた活動に係る個々の損益について、それ自体が当該特定外国子会社等に係る内国法人に帰属するものとせず、当該特定外国子会社等における事業活動に係る損益の計算に基づく未処分所得につき、内国法人が保有する株式数等に応じて所定の範囲で、これを内国法人の所得に算入することとした規定であることは文理上明らかであり、法人の事業活動に係る損益の帰属について前記の理解を前提として、特定外国子会社等が外国の法人であることをも踏まえて特別の措置を定めた規定と解すべきであると考える。
 本件において、原審が適法に確定した事実によれば、A社における船舶の保有、その運用等がすべて上告人の決定によるものであるとしても、これらは、措置法66条の6の上記趣旨をも考慮すれば、法律上A社の事業活動と認めるべきものであることは明らかであり、したがって、これらの活動に係る損益は同社に帰属するものであって、上告人に帰属するものではないというべきである。

kb 法人税更正処分取消等請求事件 最高裁判所第三小法廷平成28年(行ヒ)第224号 平成29年10月24日判決
       主   文
1 原判決中,主文第1項を破棄する。
2 被上告人の控訴を棄却する。
3 上告人のその余の上告を棄却する。
4 訴訟の総費用は,これを400分し,その1を上告人の負担とし,その余を被上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人国谷史朗ほかの上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
1 本件は,内国法人である上告人が,平成19年4月1日から同20年3月31日まで及び同年4月1日から同21年3月31日までの各事業年度(以下,それぞれ「平成20年3月期」,「平成21年3月期」といい,併せて「本件各事業年度」という。)の法人税の各確定申告をしたところ,刈谷税務署長から,租税特別措置法(平成21年法律第13号による改正前のもの。以下「措置法」という。)66条の6第1項により,シンガポール共和国(以下「シンガポール」という。)において設立された上告人の子会社であるA(以下「A」という。)の後記2(1)の課税対象留保金額に相当する金額が上告人の本件各事業年度の所得金額の計算上益金の額に算入されるなどとして,平成20年3月期の法人税の再更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分並びに平成21年3月期の法人税の再更正処分を受けたため,被上告人を相手に,これらの処分(上記の各再更正処分については上告人の主張する金額を超える部分。以下「本件各処分」という。)の取消しを求める事案である。
2 関係法令の定め
(1)措置法66条の6第1項は,同項各号に掲げる内国法人に係る外国関係会社(外国法人で,その発行済株式又は出資(以下「株式等」という。)の総数又は総額のうちに内国法人等が有する直接及び間接保有の株式等の数の合計数又は合計額の占める割合が100分の50を超えるものをいう。同条2項1号)のうち,本店又は主たる事務所の所在する国又は地域(以下「本店所在地国」という。)におけるその所得に対して課される税の負担が本邦における法人の所得に対して課される税の負担に比して著しく低いものとして政令で定める外国関係会社(法人の所得に対して課される税が存在しない国若しくは地域に本店若しくは主たる事務所を有する外国関係会社,又はその各事業年度の所得に対して課される租税の額が当該所得の金額の100分の25以下である外国関係会社をいう。平成21年政令第108号による改正前の租税特別措置法施行令39条の14第1項)に該当するもの(以下「特定外国子会社等」という。)が,各事業年度においてその未処分所得の金額から留保したものとして所定の調整を加えた金額(以下「適用対象留保金額」という。)を有する場合には,適用対象留保金額のうちその内国法人の有する当該特定外国子会社等の直接及び間接保有の株式等の数に対応するものとして所定の方法により計算した金額(以下「課税対象留保金額」という。)に相当する金額をその内国法人の所得の金額の計算上益金の額に算入する旨を規定する。
(2)もっとも,措置法66条の6第4項は,〔1〕同条3項に規定する特定外国子会社等(同条1項に規定する特定外国子会社等から株式等又は債券の保有,工業所有権その他の技術に関する権利等の提供等を主たる事業とするものを除いたもの。以下,主たる事業がこれらの株式等又は債権の保有,工業所有権等の提供等でないことを「事業基準」という。)が,〔2〕本店所在地国において,主たる事業を行うに必要と認められる事務所,店舗,工場その他の固定施設を有し(実体基準),〔3〕その事業の管理,支配及び運営を自ら行っているものである場合であって(管理支配基準),〔4〕各事業年度においてその行う主たる事業が,卸売業,銀行業,信託業,金融商品取引業,保険業,水運業又は航空運送業のいずれかに該当する場合には,その事業を主として当該特定外国子会社等に係る所定の関連者以外の者との間で行っている場合に該当するとき(非関連者基準。同条4項1号),上記の各事業以外の事業に該当する場合には,その事業を主として本店所在地国において行っている場合に該当するとき(所在地国基準。同項2号)は,同条1項の規定を適用しない旨を規定する(以下,上記〔1〕から〔4〕までの要件を「適用除外要件」という。)。
3 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)ア 上告人は,自動車関連部品の製造販売等を目的とする株式会社(内国法人)である。上告人は,35の国と地域で事業を展開し,全世界に200以上のグループ会社を有する。
イ 上告人は,東南アジア諸国連合(以下「ASEAN」という。)域内での集中生産・相互補完体制の円滑化を図るため,平成7年,豪亜地域における各拠点間の事業活動の調整及びサポートを行う目的で,シンガポールに地域統括センターとしてB(以下「B」という。)を設立し,同10年,ASEAN域内の上告人のグループ会社に対する統率力を高めるために,Bを含むASEAN・台湾地域のグループ会社の保有株式を現物出資してAを設立した。
ウ Aは,平成19年3月31日及び同20年3月31日において,上告人の100%子会社であり,同18年4月1日から同19年3月31日まで及び同年4月1日から同20年3月31日までの各事業年度(以下,それぞれ「2007事業年度」,「2008事業年度」といい,併せて「A各事業年度」という。)において,ASEAN諸国等に存する子会社13社及び関連会社3社の株式を保有していた。
エ Aのシンガポールにおける所得に対する租税の負担割合は,2007事業年度では22.89%,2008事業年度では12.78%であった。
(2)ア Aは,豪亜地域における地域統括会社として,集中生産・相互補完体制を強化し,各拠点の事業運営の効率化やコスト低減を図るため,設立以来,順次業務を拡大し,A各事業年度当時,地域企画,調達,財務,材料技術,人事,情報システム及び物流改善に係る地域統括に関する業務(以下、この業務を「地域統括業務」という。)のほか,持株(株主総会,配当処理等)に関する業務,プログラム設計業務及びBのための各種業務の代行業務を行っていた。
 Aは,A各事業年度当時,ASEAN諸国,インド及びオーストラリア連邦に所在する上告人のグループ会社13社(以下「域内グループ会社」という。)に対し地域統括業務を行い,個々の業務につき,域内グループ会社から第三者向け売上高等に一定の料率を乗じた金額又は実費相当額等を徴収していた。
イ Aは,A各事業年度当時,シンガポールに開設された現地事務所(以下「本件現地事務所」という。)において,現地に在住する日本人の代表取締役と現地勤務の従業員三十数人で業務を遂行していたところ,従業員のうち20人以上は地域統括業務に,その余はプログラム設計業務及びBのための各種業務の代行業務に従事しており,持株に関する業務のみに従事している者はいなかった。
 Aは,本件現地事務所を賃借し,事務用什器備品,車両,コンピューター等の有形固定資産を保有していたが,これらの施設等は全て持株に関する業務以外の業務に使用され,その大半は地域統括業務に供されていた。
ウ Aの収入金額のうち地域統括業務の中の物流改善業務に関する売上額は,2007事業年度において約4.9億シンガポールドル,2008事業年度において約6.1億シンガポールドルに上り,いずれも収入金額の約85%を占めていた。他方,その所得金額(税引前当期利益)においては,保有株式の受取配当の占める割合が高かった(2007事業年度は約92.3%,2008事業年度は約86.5%)が,地域統括業務によって集中生産・相互補完体制の構築,維持及び発展が図られた結果,域内グループ会社全体に原価率の大幅な低減による利益がもたらされ,A各事業年度においても,これがAの域内グループ会社からの配当収入の中に相当程度反映されていた。
エ Aは,A各事業年度当時,シンガポールにおいて株主総会及び取締役会を開催し,役員は同国において職務執行をしていた。また,Aは,本件現地事務所において会計帳簿を作成し,保管していた。
(3)刈谷税務署長は,上告人に対し,平成22年6月28日,Aの主たる事業は株式の保有であり,上告人の本件各事業年度の所得金額の計算上Aの課税対象留保金額に相当する金額は益金の額に算入されるとして,平成20年3月期の法人税の再更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分並びに平成21年3月期の法人税の更正処分をし,同25年2月28日,平成21年3月期の法人税の再更正処分をした。
4 原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断して,上告人の請求(平成21年3月期の法人税の再更正処分のうち確定申告に係る所得の金額を超えない部分及び翌期へ繰り越す欠損金の額を超える部分の取消しを求める請求を除く。)をいずれも棄却すべきものとした。
 措置法66条の6第3項にいう株式の保有は,これを事業として行う以上,それによって利益を受けることは当然に含意されており,その利益を受ける方法としては,配当を受領するにとどまる場合もあれば,株式発行会社を支配し,その業務内容を自己の意のままに決定することを通じてより多くの配当を得ようと活動することもある。したがって,事業としての株式の保有は,単に株式を保有し続けることに限られず,株式発行会社を支配し管理するための業務もその事業の一部を成し,一定の地域内にある被支配会社を統括するための諸業務も株式の保有に係る事業の一部を成すから,地域統括業務は,株式の保有に係る事業に含まれる一つの業務にすぎず,別個独立の業務とはいえない。また,実質的にもAの主たる事業は株式の保有であると認められるから,いずれにしてもAは事業基準を満たさず,本件各処分は適法である。
5 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)措置法66条の6第1項は,内国法人が,法人の所得等に対する租税の負担がないか又は極端に低い国若しくは地域(タックス・ヘイブン)に子会社を設立して経済活動を行い,当該子会社に所得を留保することにより,我が国における租税の負担を回避しようとする事例が生ずるようになったことから,このような事例に対処して税負担の実質的な公平を図ることを目的として,一定の要件を満たす外国子会社を特定外国子会社等と規定し,その課税対象留保金額を内国法人の所得の計算上益金の額に算入することとしたものである(最高裁平成17年(行ヒ)第89号同19年9月28日第二小法廷判決・民集61巻6号2486頁参照)。しかし,特定外国子会社等であっても,独立企業としての実体を備え,その所在する国又は地域において事業活動を行うことにつき十分な経済合理性がある場合にまで上記の取扱いを及ぼすとすれば,我が国の民間企業の海外における正常かつ合理的な経済活動を阻害するおそれがあることから,同条4項は,事業基準等の適用除外要件が全て満たされる場合には同条1項の規定を適用しないこととしている。
(2)ア 措置法66条の6第4項は,同条3項にいう株式の保有を主たる事業とする特定外国子会社等につき事業基準を満たさないとしているところ,株式を保有する者は,利益配当請求権等の自益権や株主総会の議決権等の共益権を行使することができるほか,保有に係る株式の運用として売買差益等を得ることが可能であり,それゆえ,他の会社に係る議決権の過半数の株式を保有する特定外国子会社等は,上記の株主権の行使を通じて,当該会社の経営を支配し,これを管理することができる。
 しかし,他の会社の株式を保有する特定外国子会社等が,当該会社を統括し管理するための活動として事業方針の策定や業務執行の管理,調整等に係る業務を行う場合,このような業務は,通常,当該会社の業務の合理化,効率化等を通じてその収益性の向上を図ることを直接の目的として,その内容も上記のとおり幅広い範囲に及び,これによって当該会社を含む一定の範囲に属する会社を統括していくものであるから,その結果として当該会社の配当額の増加や資産価値の上昇に資することがあるとしても,株主権の行使や株式の運用に関連する業務等とは異なる独自の目的,内容,機能等を有するものというべきであって,上記の業務が株式の保有に係る事業に包含されその一部を構成すると解するのは相当ではない。そして,A各事業年度において,Aの行っていた地域統括業務は,地域企画,調達,財務,材料技術,人事,情報システム及び物流改善という多岐にわたる業務から成り,豪亜地域における地域統括会社として,集中生産・相互補完体制を強化し,各拠点の事業運営の効率化やコスト低減を図ることを目的とするものということができるのであって,個々の業務につき対価を得て行われていたことも併せ考慮すると,上記の地域統括業務が株主権の行使や株式の運用に関連する業務等であるということはできない。
イ また,措置法66条の6第4項が株式の保有を主たる事業とする特定外国子会社等につき事業基準を満たさないとした趣旨は,株式の保有に係る事業はその性質上我が国においても十分に行い得るものであり,タックス・ヘイブンに所在して行うことについて税負担の軽減以外に積極的な経済合理性を見いだし難いことにある。この点,Aの行っていた地域統括業務は,地域経済圏の存在を踏まえて域内グループ会社の業務の合理化,効率化を目的とするものであって,当該地域において事業活動をする積極的な経済合理性を有することが否定できないから,これが株式の保有に係る事業に含まれると解することは上記規定の趣旨とも整合しない。
ウ なお,平成22年法律第6号による租税特別措置法の改正によって,株式等の保有を主たる事業とする特定外国子会社等のうち,当該特定外国子会社等が他の外国法人の事業活動の総合的な管理及び調整を通じてその収益性の向上に資する業務を行う場合における当該他の外国法人として政令で定めるものの株式等の保有を行うものとして政令で定めるもの(平成22年政令第58号による改正後の租税特別措置法施行令39条の17第4項に定める統括業務を行う同条3項各号に掲げる要件を満たす統括会社)を株式等の保有を主たる事業とするものから除外することとされた(前記改正後の租税特別措置法66条の6第3項)が,これによって事業基準を満たすこととなる統括会社は,もともと株式等の保有を主たる事業とするものであって(同項柱書き),それ以外の統括会社はその対象となるものではないから,これらの改正経過を根拠に上記の統括業務が株式の保有に係る事業に包含される関係にあるものということはできず,Aの行っていた地域統括業務が株式の保有に係る事業に含まれるということはできない。
エ 以上によれば,A各事業年度において,Aの行っていた地域統括業務は,措置法66条の6第3項にいう株式の保有に係る事業に含まれるものということはできない。
(3)ア 次に,措置法66条の6第3項及び4項にいう主たる事業は,特定外国子会社等の当該事業年度における事業活動の具体的かつ客観的な内容から判定することが相当であり,特定外国子会社等が複数の事業を営んでいるときは,当該特定外国子会社等におけるそれぞれの事業活動によって得られた収入金額又は所得金額,事業活動に要する使用人の数,事務所,店舗,工場その他の固定施設の状況等を総合的に勘案して判定するのが相当である。
イ これを本件についてみると,Aは,豪亜地域における地域統括会社として,域内グループ会社の業務の合理化,効率化を図ることを目的として,個々の業務につき対価を得つつ,地域企画,調達,財務,材料技術,人事,情報システム,物流改善という多岐にわたる地域統括業務を有機的に関連するものとして域内グループ会社に提供していたものである。そして,A各事業年度において,地域統括業務の中の物流改善業務に関する売上高は収入金額の約85%に上っており,所得金額では保有株式の受取配当の占める割合が8,9割であったものの,その配当収入の中には地域統括業務によって域内グループ会社全体に原価率が低減した結果生じた利益が相当程度反映されていたものであり,本件現地事務所で勤務する従業員の多くが地域統括業務に従事し,Aの保有する有形固定資産の大半が地域統括業務に供されていたものである。
 以上を総合的に勘案すれば,Aの行っていた地域統括業務は,相当の規模と実体を有するものであり,受取配当の所得金額に占める割合が高いことを踏まえても,事業活動として大きな比重を占めていたということができ,A各事業年度においては,地域統括業務が措置法66条の6第3項及び4項にいうAの主たる事業であったと認めるのが相当である。よって,Aは,A各事業年度において事業基準を満たすといえる。
(4)そして,前記3(2)の事実関係等によれば,A各事業年度において,Aは本店所在地国であるシンガポールにおいて地域統括業務に係る事業を行うのに必要と認められる固定施設を有していたこと,株主総会及び取締役会の開催,役員の職務執行並びに会計帳簿の作成及び保管がいずれも同国において行われるなど,Aが本店所在地国において事業の管理,支配及び運営を自ら行っていたこと,地域統括業務に係る事業は,措置法66条の6第4項1号に掲げる事業のいずれにも該当せず,Aはその事業を主としてシンガポールにおいて行っていたことがそれぞれ認められるから,Aは,前記2(2)〔2〕から〔4〕までの各要件に係る基準を満たすといえる。
 したがって,上告人は,AにつきA各事業年度において適用除外要件を全て満たし,本件各事業年度において措置法66条の6第1項の適用が除外されるから,事業基準を満たさないことを理由に同項を適用してされた本件各処分(ただし,平成21年3月期の法人税の再更正処分については確定申告に係る所得の金額を超える部分及び翌期へ繰り越す欠損金の額を下回る部分)はいずれも違法というべきである。
6 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこれと同旨をいうものとして理由があり,原判決中,主文第1項は破棄を免れない。そして,以上に説示したところによれば,同部分につき,上告人の請求をいずれも認容した第1審判決は相当であるから,被上告人の控訴を棄却し,また,その余の上告については,上告受理申立ての理由が上告受理の決定において排除されたから,棄却することとする。

kc 欠番

kd コーポレート・インバージョン対策(2007年改正)について、太田洋「インバージョン対応税制の在り方とその未来」金子宏編『租税法の発展』717頁(有斐閣、2010);松田直樹「法人資産等の国外移転への対応―欧米のコーポレイト・インバージョン対策税制及び出国税などが包含する示唆―」税務大学校論叢67号1頁(2010.6.29)等参照。

ke  租税条約によって源泉地国における源泉徴収税率が低く抑えられる(或いは源泉地国の課税権を否定する)配当(10条)・利子(11条)・使用料(12条)についての規定がしばしば問題となる。
 租税条約では、単にB国居住者が受け取っていれば租税条約の便益を認めるのではなく、受取人が受益(保有)者(beneficial owner)であることを要求する。B社がB国居住者であっても真の受益者でないとして租税条約の便益を認めない(A国国内法による課税を受けることとなる)、ということがある。

OECDモデルにはないが、実際の租税条約において租税条約の便益を制限する条項が設けられることもある。LOB条項(limitation on benefit)などと呼ばれる(定訳なし。便益制限条項?)。
新日米租税条約22条など。
OECDも問題を認識しており、OECDモデルには書かれてなくとも、Commentaryの中で検討している。

 日米租税条約の下ではアメリカ居住者たる匿名組合員の所得に対し日本の課税が及ぶが、日蘭租税条約の下ではオランダ居住者たる匿名組合員の所得に対し日本の課税が及ばない、という事例。
他の例)SDI Netherlands v. Commissioner, 107 TC 161 (1996)
SDI USA→SDI Netherlands→SDI Bermudaとroyaltyが流れる。
SDI-U→SDI-Nのとき、蘭米租税条約により、アメリカは課税できない。
SDI-N→SDI-Bのとき、アメリカ源泉という性質を保持していないと判断。源泉徴収課税を受けない。

kf 法人税更正処分取消等請求事件 最高裁判所第三小法廷平成12年(行ヒ)第133号 平成18年1月24日判決
       主   文
1 本件上告のうち,平成4年11月1日から同5年10月31日までの事業年度の法人税の更正に関する部分を却下し,その余の部分を棄却する。
2 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
上告代理人堀井昌弘の上告受理申立て理由について
1 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである(以下,外国法人等の名称の表記については原判決の略称による。)。
(1)上告人は,平成元年,A社から,次のとおり説明を受けて,取引への参加を勧誘された。
ア 日本の投資家を集めて,Bと称する民法上の組合(以下「本件組合」という。)を結成する。本件組合は,組合員の自己資金及び銀行からの借入金を原資として,C社から映画を購入し,D社との間で映画の配給契約を締結し,D社が配給会社を使って全世界に配給する(以下,この取引を「本件取引」という。)。
イ 組合員が投資によって得る利益は,D社との間の配給契約に基づき本件組合が受け取る金員と,組合員における税務処理,すなわち,映画の減価償却費を損金処理することによる法人税の負担軽減から成る。
(2)平成元年5月19日付けで,上告人ら投資家を組合員とする本件組合の結成に係る契約書が作成された。また,同日付けで,いずれも本件組合を一方当事者として,E銀行からの借入れに係る契約書,F社が制作した2本の映画(以下「本件映画」という。)のC社からの購入に係る契約書,D社に対する本件映画の配給権付与に係る契約書,同契約書に基づきD社が本件組合に対して負担する金員の支払債務についてのG銀行の保証に係る契約書等が作成された(以下,上記の各契約書による契約を,それぞれ「本件借入契約」,「本件売買契約」,「本件配給契約」,「本件保証契約」という。)。
(3)上告人は,本件取引に参加することとし,本件組合に1億3795万円を出資した。本件組合は,E銀行から63億7463万円余(以下「本件借入金」という。)を借入れ,これに各組合員からの出資金合計26億2105万円を加えた金員(総額89億9568万円余)をもって,C社に対し本件映画の代金85億6159万円余を支払い,その余はA社及びE銀行に対する手数料の支払に充てた。
 他方,F社は,C社を通じて,本件組合が支払った本件映画の代金を受領した。また,F社は,D社との間で,本件映画に関する第二次配給契約を締結し,同契約に基づき,F社は本件借入金相当額である6000万ドルをD社に対して支払い,D社は本件組合から許諾された本件映画の配給権をF社に与えた。
(4)上告人は,昭和63年11月1日から平成4年10月31日までの4事業年度の法人税等の各確定申告に当たり,本件映画のうち,自己の出資持分相当額(19分の1)に応じた金額を器具備品勘定に計上し,耐用年数を2年として減価償却費を損金に算入した。所轄税務署長は,上告人が計上した上記の減価償却費の損金算入を認めず,上記各事業年度の法人税等について,更正及び過少申告加算税賦課決定をした。
2 本件は,上告人が,本件映画の減価償却費の損金算入は認められないことを理由としてされた上記の各処分は違法であると主張して,これを争っている事案である。
3 原審は,以下のとおり判断して,上記各処分を適法であるとした。
 本件取引において,F社や本件組合が前記各契約を締結した私法上の真の意思は,F社においては本件映画に関する権利の根幹部分を保有したままで資金調達を図ることにあり,本件組合においては専ら租税負担の回避を図ることにあったものと認められる。したがって,組合員たる上告人の出資金は,その実質において,本件組合を通じてF社による本件映画の興行に対する融資を行ったものであって,本件組合ないしその組合員である上告人は,本件取引により本件映画に関する所有権その他の権利を真実取得したものではなく,単に上告人ら組合員の租税負担を回避する目的の下に,本件取引に関する契約書上,本件組合が本件映画の所有権を取得するという形式や文言が用いられたにすぎない。そうであるとすれば,上告人が本件映画を本件組合の減価償却資産に当たるとしてその減価償却費を損金の額に算入したことは相当ではない。
4 論旨は,本件組合は本件売買契約により本件映画の所有権を取得し,これをリース事業に供しているのであるから,本件映画は減価償却資産に当たるというべきであり,本件組合は本件映画の興行に対する融資を行ったものであるとして減価償却費の損金算入を否認した原審の判断には,法令の解釈適用の誤りがあるという。
 しかしながら,前記事実関係に加えて,原審の適法に確定した事実関係によれば,〔1〕本件組合は,本件売買契約と同時に,D社との間で本件配給契約を締結し,これにより,D社に対し,本件映画につき,題名を選択し又は変更すること,編集すること,全世界で封切りをすること,ビデオテープ等を作成すること,広告宣伝をすること,著作権侵害に対する措置を執ることなどの権利を与えており,このようなD社の本件映画に関する権利は,本件配給契約の解除,終了等により影響を受けず,D社は,この契約上の地位等を譲渡することができ,また,本件映画に関する権利を取得することができる購入選択権を有するとされ,〔2〕他方,本件組合は,D社が本件配給契約上の義務に違反したとしても,D社が有する上記の権利を制限したり,本件配給契約を解除することはできず,また,本件映画に関する権利をD社の権利に悪影響を与えるように第三者に譲渡することはできないとされ,〔3〕本件組合が本件借入契約に基づいてE銀行に返済すべき金額は,D社が本件配給契約に基づいて購入選択権を行使した場合に本件映画の興行収入の大小を問わず本件組合に対して最低限支払うべきものとされる金額と合致し,また,D社による同金額の支払債務の大部分については,本件保証契約により,G銀行が保証しており,〔4〕さらに,上告人は,不動産業を営む会社であり,従来,映画の制作,配給等の事業に関与したことがなく,上告人が本件取引についてA社から受けた説明の中には,本件映画の題名を始め,本件映画の興行に関する具体的な情報はなかったというのである。
 そうすると,本件組合は,本件売買契約により本件映画に関する所有権その他の権利を取得したとしても,本件映画に関する権利のほとんどは,本件売買契約と同じ日付で締結された本件配給契約によりD社に移転しているのであって,実質的には,本件映画についての使用収益権限及び処分権限を失っているというべきである。このことに,本件組合は本件映画の購入資金の約4分の3を占める本件借入金の返済について実質的な危険を負担しない地位にあり、本件組合に出資した組合員は本件映画の配給事業自体がもたらす収益についてその出資額に相応する関心を抱いていたとはうかがわれないことをも併せて考慮すれば,本件映画は,本件組合の事業において収益を生む源泉であるとみることはできず,本件組合の事業の用に供しているものということはできないから,法人税法(平成13年法律第6号による改正前のもの)31条1項にいう減価償却資産に当たるとは認められない。
 したがって,本件映画の減価償却費を損金に算入すべきではないとした原審の判断は,結論において是認することができる。論旨は採用することができない。
 なお,上告人は,平成4年11月1日から同5年10月31日までの事業年度の法人税の更正に関する部分について,上告受理申立て理由を記載した書面を提出しないから,これを却下することとする。

kg 鈴や金融事件・最判昭和35年10月7日民集14巻12号2420頁百選5版36概説56,102
 おもうに、商法は、取引社会における利益配当の観念(すなわち、損益計算上利益を株金額の出資に対し株主に支払う金額)を前提として、この配当が適当に行なわれるよう各種の法的規制を施しているものと解すべきである(たとえば、いわゆる蛸配当の禁止((商法二九〇条))、株主平等の原則に反する配当の禁止((同法二九三条))等)。そして、所得税法中には、利益配当の概念として、とくに、商法の前提とする、取引社会における利益配当の観念と異なる観念を採用しているのと認むべき規定はないので、所得税法もまた、利益配当の概念として、商法の前提とする利益配当の観念と同一観念を採用しているものと解するのが相当である、従って、所得税法上の利益配当とは必ずしも、商法の規定に従って適法になされたものにかぎらず、商法が規則の対象とし、商法の見地からは不適法とされる配当(たとえば蛸配当、株主平等の原則に反する配当等)の如きも、所得税法上の利益配当のうちに含まれるものと解すべきことは所論のとおりである。しかしながら、原審の確定する事実によれば、本件の株主優待金なるものは、損益計算上利益の有無にかかわらず支払われるものであり株金額の出資に対する利益金として支払われるものとのみは断定し難く、前記取引会社における利益配当と同一性質のものであるとはにわかに認め難いものである。されば右優待金は所得税法上の雑所得にあたるかどうかはともかく、またその全部もしくは一部が法人所得の計算上益金と認められるかどうかの点はともかく、所得税法九条二号にいう利益配当には当らず、従って、被上告人は、これにつき、同法三七条に基づく源泉徴収の義務を負わないものと解すべきである。

 金沢地判平成23年1月21日訟月57巻11号2491頁(請求棄却・確定)…納税者である法人の役員や従業員が隠蔽・仮装行為をした場合、納税者本人が相当の注意義務を尽くせば、当該役員や従業員の隠蔽・仮装行為を認識することができ、法定申告期限までにその是正や過少申告防止の措置を講ずることができたにもかかわらず、納税者においてこれを防止せず過少申告がされたときには、上記行為を納税者本人の行為と同視して、重加算税を賦課することができる。参照第730回租税判例研究会川田剛報告2012.12.21は判旨反対。
 東京地判平成24年9月25日判時2181号77頁確定…法人税法31条6項・法人税法施行令60条の増加償却(法定耐用年数を短縮)の特例を前提として平成20年11月28日に確定申告した。平成21年7月21日に税務調査を受けた。原告は、増加償却適用の前提条件である届出書の未提出のため、同月28日に修正申告した。国税通則法65条5項「その申告に係る国税についての調査があったことにより当該国税について更正があるべきことを予知してされたものでないとき」に当たり、過少申告税は課されないと判断された。いわゆる客観的確実時期説・客観的確実性説を採用した。租税判例研究会2013.10.4手塚貴大報告。リーディングケース:東京地判昭和56年7月16日行集32巻7号1056号

kh 最高裁判所昭和三六年(オ)第八四号 昭和三八年五月三一日言渡
       判   決
上告人 鵜殿静広
右訴訟代理人弁護士 霜山精一
    同     吉岡秀四郎
    同     緒方勝蔵
被上告人 東京国税局長 武樋寅三郎
右指定代理人 青木義人
  同    青木康
  同    広瀬時江
 右当事者間の所得税青色審査決定処分等取消請求事件について、、東京高等裁判所が昭和三五年一〇月二七日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があり、被上告人は上告棄却の判決を求めた。よつて、当裁判所は、次のとおり判決する。
       主   文
原判決を破棄する。
被上告人の控訴を棄却する。
訴訟費用は、各審を通じ被上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人霜山精一、同吉岡秀四郎、同緒方勝蔵の上告理由第一点および第二点について。
 原判決の確定した事実によれば、上告人は所得税青色申告の承認を受けたものであるが、昭和三一年度分の所得につき青色申告書により所得金額を三〇九、四二二円と確定申告したところ、小石川税務署長は、昭和三二年七月二九日附をもつて右所得金額を四四四、六九五円と更正した。ところが、その通知書には更正の理由として、「売買差益率検討の結果、記帳額低調につき、調査差益率により基本金額修正、所得金額更正す」と記載されていた、また、被上告人東京国税局長がした本件審査決定の通知書には棄却の理由として、「あなたの審査請求の趣旨、経営の状況その他を勘案して審査しますと、小石川税務署長の行つた再調査決定処分には誤りがないと認められますので、審査の請求には理由がありません」と記載されており、なお、右小石川税務署長の再調査決定通知書には「再調査請求の理由として掲げられている売買差益率については実際の調査差益率により店舗の実態を反映したものであり、標準差益率によつた更正ではなく、当初更正額は正当である」との理由が附記されていた、というのである。
 一般に、法が行政処分に理由を附記すべきものとしているのは、処分庁の判断の慎重・合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の理由を相手方に知らせて不服の申立に便宜を与える趣旨に出たものであるから、その記載を欠くにおいては処分自体の取消を免かれないものといわなければならない。ところで、どの程度の記載をなすべきかは処分の性質と理由附記を命じた各法律の規定の趣旨・目的に照らしてこれを決定すべきであるが、所得税法(昭和三七年法律六七号による改正前のもの、以下同じ。)四五条一項の規定は、申告にかかる所得の計算が法定の帳簿組織による正当な記載に基づくものである以上、その帳簿の記載を無視して更正されることがない旨を納税者に保障したものであるから、同条二項が附記すべきものとしている理由には、特に帳簿書類の記載以上に信憑力のある資料を摘示して処分の具体的根拠を明らかにすることを必要とすると解するのが相当である。しかるに、本件の更正処分通知書に附記された前示理由は、ただ、帳簿に基づく売買差益率を検討してみたところ、帳簿額低調につき実際に調査した売買差益率によつて確定申告の所得金額三〇九、四二二円を四四四、六九五円と更正したというにとどまり、いかなる勘定科目に幾何の脱漏があり、その金額はいかなる根拠に基づくものか、また調査差益率なるものがいかにして算定され、それによることがどうして正当なのか、右の記載自体から納税者がこれを知るに由ないものであるから、それをもつて所得税法四五条二項にいう理由附記の要件を満たしているものとは認め得ない。
 また、所得税法四九条六項が審査決定に理由を附記すべきものとしているのは、特に請求人の不服の事由に対する判断を明確ならしめる趣旨に出たものであるから、不服の事由に対応してその結論に到達した過程を明らかにしなければならない(昭和三六年(オ)第四〇九号、同三七年一二月二六日第二小法廷判決参照)。もつとも、審査の請求を棄却する場合には、その決定通知書の記載が当初の更正処分通知書または再調査棄却決定通知書の理由と相俟つて原処分を正当として維持する理由を明らかにしておれば足りるというべきである。ところが、本件審査決定通知書に附記された理由をみるのに、前示のごとき記帳だけでは、所得税法四九条六項の理由附記として不十分であるのみならず、本件更正処分通知書に附記された理由が処分の具体的根拠を明確にしていないことは前段説示のとおりであり、小石川税務署長のした再調査棄却決定通知書に附記された前示理由によつても更正を相当とする具体的根拠が明確にされているものとは認められないから、結局、本件審査決定の理由もまた、違法といわなければならない。
 されば、本件更正処分通知書並びに審査決定通知書の理由附記が所得税法四五条二項または同法四九条六項の要求する理由の附記として欠くるところがないとした原判決の判断は、右各法条の解釈適用を誤つたものであつて、論旨は理由あるものというべく、右の違法は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、その余の論旨について判断を加えるまでもなく、原判決は破棄を免がれない。そして、本件更正処分および審査決定の各取消を求める本訴請求を認容すべきことは、以上の説示によつて明らかであるから、被上告人の控訴は棄却すべきものとする。
 よつて、行政訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

kj 東京地判平成22年11月18日平21(行ウ)87号(請求棄却)・東京高判平成24年7月19日平22(行コ)403号(控訴棄却)・最二小判平成27年6月12日民集69巻4号1121頁(一部破棄、一部上告棄却)…航空機リースに関する匿名組合員の所得は不動産所得ではなく雑所得にあたる。平成17年12月26日付け改正前の所基通36・37共-21に関する信義則違反の主張を控訴審(漆さき・ジュリスト1473号111頁2014年11月、増井良啓・税研178号46頁)までは斥けていたところ、最高裁は国税通則法65条4項にいう「正当な理由」ありと判断した。第790回租税判例研究会田中啓之2016年2月5日報告。
 参照:最一小判平成18年4月20日民集60巻4号1611頁と最三小判平成18年4月25日民集60巻4号1728頁との対比。  参照:東京地判平成19年6月22日訟月54巻9号2130頁・東京高判平成19年10月30日訟月54巻9月2120頁(任意組合か匿名組合かについても争われた)
 参照:株式会社シップスエンタープライズ事件・神戸地判平成27年10月29日平成25(行ウ)38号…本件期間における原告の申告納入は,入場者の3分の1程度を入湯客として申告するという公的見解により容認されていると信じて行ったものであるから,「正当な理由」(地方税法701条の12第1項)があるとの主張が斥けられた事例。
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最高裁判所第二小法廷平成24年(行ヒ)第408号 平成27年6月12日判決
       主   文
1 原判決のうち別紙処分目録記載の各処分の取消請求に関する部分を破棄し,同部分につき第1審判決を取り消す。
2 別紙処分目録記載の各処分をいずれも取り消す。
3 上告人らのその余の上告を棄却する。
4 訴訟の総費用はこれを10分し,その9を上告人らの負担とし,その余を被上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人橋本浩史,同島村謙,同西中間浩の上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
1 本件は,匿名組合契約に基づき営業者の営む航空機のリース事業に出資をした匿名組合員である亡Aが,当該事業につき生じた損失のうち当該契約に基づく同人への損失の分配として計上された金額を所得税法26条1項に定める不動産所得に係る損失に該当するものとして平成15年分から同17年分までの所得税の各確定申告をしたところ,所轄税務署長から,上記の金額は不動産所得に係る損失に該当せず同法69条に定める損益通算の対象とならないとして,上記各年分の所得税につき更正及び過少申告加算税の賦課決定を受けたため,Aの訴訟承継人である上告人らが,被上告人を相手に,上記の各更正の一部,平成15年分及び同16年分に係る各賦課決定の一部並びに同17年分に係る賦課決定の全部の取消しを求める事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)B有限会社は,平成12年11月30日,外国法人であるCとの間で,自らを匿名組合員,同法人を営業者として(以下,同法人を「本件営業者」という。),本件営業者が外国の航空会社に航空機をリースする事業(以下「本件リース事業」という。)を営むために自らが出資をする旨の匿名組合契約(以下「本件匿名組合契約」という。)を締結した。そして,上記有限会社,本件営業者及びAは,平成13年3月1日,上記有限会社において,その有する本件匿名組合契約上の匿名組合員の地位のうちAの拠出額が上記有限会社の出資額中に占める割合(以下「Aの出資割合」という。)に相当する部分をAに譲渡し,本件営業者において,これを承諾する旨の契約(以下「本件地位譲渡契約」という。)をした。Aは,同年7月13日,本件地位譲渡契約に基づく譲渡の対価として上記の拠出額を支払い,これにより,平成12年11月30日に遡って本件匿名組合契約上の匿名組合員の地位を取得した。
 本件匿名組合契約及び本件地位譲渡契約に係る各契約書には,〔1〕本件リース事業につき各計算期間(毎年10月1日から翌年9月30日まで)に本件営業者に生ずる利益又は損失は匿名組合員の出資割合に応じて分配される旨が記載されている一方,〔2〕本件リース事業は本件営業者がその単独の裁量に基づいて遂行するものであり,匿名組合員は本件リース事業の遂行及び運営に対していかなる形においても関与したり影響を及ぼすことができず,〔3〕本件営業者は自らが適当と判断する条件で本件リース事業の目的を達成するために必要又は有益と思われる契約を締結するなどの行為を行うことができる旨が記載されている。そして,上記の各契約書には,匿名組合員に本件営業者の営む本件リース事業に係る重要な意思決定に関与するなどの権限が付与されていることをうかがわせる記載はなく,また,本件営業者とAとの間で,Aにそのような権限を付与する旨の合意がされたこともない。
(2)本件リース事業については,平成14年10月1日から同17年9月30日までの各計算期間に本件営業者に損失が生じ,各計算期間の末日である同15年9月30日,同16年9月30日及び同17年9月30日の各時点において,Aの出資割合に応じた金額が同人への損失の分配としてそれぞれ計上された。  Aは,上記のとおり本件匿名組合契約に基づく同人への損失の分配として計上された金額につき,これを所得税法26条1項に定める不動産所得に係る損失に該当するものとして他の所得の金額から控除して税額を算定した上で,平成16年3月15日,同17年3月15日及び同18年3月10日,平成15年分から同17年分までの所得税の各確定申告をした(以下「本件各申告」という。)。所轄税務署長は,後記(3)の通達改正の後である平成19年2月22日,上記の計上された金額は不動産所得に係る損失に該当せず,上記のような損益通算をすることはできないなどとして,上記各年分の所得税につき更正及び過少申告加算税の賦課決定をした(以下,これらの更正及び賦課決定の各処分中,本件において取消請求の対象とされているもののうち,原審においてその取消しを求める訴えが却下すべきものとされた部分を除いた部分を「本件各更正処分」又は「本件各賦課決定処分」という。)。
(3)匿名組合契約に基づき匿名組合員が営業者から受ける利益の分配に係る所得区分について,〔1〕平成17年12月26日付け課個2−39ほかによる改正(以下「平成17年通達改正」という。)前の所得税基本通達36・37共−21(以下「旧通達」という。)においては,原則として,営業者の営む事業の内容に従い事業所得又はその他の各種所得に該当するものとされ,例外として,営業の利益の有無にかかわらず一定額又は出資額に対する一定割合により分配を受けるものは,貸金の利子と同視し得るものとして,その出資が匿名組合員自身の事業として行われているか否かに従って事業所得又は雑所得に該当するものとされていたが,〔2〕平成17年通達改正後の所得税基本通達36・37共−21(以下「新通達」という。)においては,原則として,雑所得に該当するものとされ,例外として,匿名組合員が当該契約に基づいて営業者の営む事業に係る重要な業務執行の決定を行っているなど当該事業を営業者と共に営んでいると認められる場合には,当該事業の内容に従い事業所得又はその他の各種所得に該当するものとされている。
(4)なお,Aの平成15年分から同17年分までの総所得金額,納付すべき税額,過少申告加算税の額等については,前記(2)の損益通算の可否を除き,計算の基礎となる金額等につき当事者間に争いがない。
3 原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断し,本件各更正処分及び本件各賦課決定処分はいずれも適法であるとしてこれらの処分に係る取消請求を棄却すべきものとした。
(1)本件リース事業につき生じた損失のうち本件匿名組合契約に基づくAへの損失の分配として計上された金額は,同人の所得の金額の計算において,所得税法26条1項に定める不動産所得に係る損失に該当せず,同法69条に定める損益通算の対象とならない。
(2)新通達をもって,匿名組合契約に基づき匿名組合員が営業者から受ける利益の分配に係る所得区分の判断につき従前の行政解釈が変更されたものと評価することはできず,旧通達の下においても,本件匿名組合契約に基づく利益の分配は雑所得として取り扱われることになると解されるのであるから,Aの本件各申告に国税通則法65条4項にいう「正当な理由」があるということはできない。
4 しかしながら,原審の上記3(1)の判断は是認することができるが,同(2)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)ア 商法は,平成17年法律第87号による改正の前後を通じて(以下,同改正前の商法を「旧法」,同改正後の商法を「新法」という。),匿名組合契約を営業者とその相手方との間の契約として定め,その相手方である匿名組合員については,営業者が行う営業のために出資をしてその営業から生ずる利益の分配を受けるものとする(旧法535条,新法535条)一方,その出資は営業者の財産に属し,また,営業者の業務を執行し又は営業者を代表することができず,営業者の行為について第三者に対して権利及び義務を有しないものとし(旧法536条,542条,156条,新法536条),所定の条件の下で営業者の貸借対照表の閲覧又は謄写の請求をし,営業者の業務及び財産の状況を検査することができる(旧法542条,153条,新法539条)にとどまるものとしている。このように,匿名組合員は,これらの商法の規定の定める法律関係を前提とすれば,営業者の営む事業に対する出資者としての地位を有するにとどまるものといえるから,匿名組合契約に基づき匿名組合員が営業者から受ける利益の分配は,基本的に,営業者の営む事業への投資に対する一種の配当としての性質を有するものと解される。
イ もっとも,匿名組合契約の法律関係については,契約当事者間の合意により匿名組合員の地位等につき一定の範囲で別段の定めをすることも可能であるところ,当該契約において,匿名組合員に営業者の営む事業に係る重要な意思決定に関与するなどの権限が付与されており,匿名組合員がそのような権限の行使を通じて実質的に営業者と共同してその事業を営む者としての地位を有するものと認められる場合には,このような地位を有する匿名組合員が当該契約に基づき営業者から受ける利益の分配は,実質的に営業者と匿名組合員との共同事業によって生じた利益の分配としての性質を有するものというべきである。
ウ そうすると,匿名組合契約に基づき匿名組合員が営業者から受ける利益の分配に係る所得区分は,上記イのように匿名組合員が実質的に営業者と共同して事業を営む者としての地位を有するものと認められる場合には,営業者の営む事業の内容に従って判断されるべきものと解され,他方,匿名組合員がこのような地位を有するものと認められない場合には,営業者の営む事業の内容にかかわらず,匿名組合員にとってその所得が有する性質に従って判断されるべきものと解される。そして,後者の場合における所得は,前記アのような営業者の営む事業への投資に対する一種の配当としての性質に鑑みると,その出資が匿名組合員自身の事業として行われているため事業所得となる場合を除き,所得税法23条から34条までに定める各所得のいずれにも該当しないものとして,同法35条1項に定める雑所得に該当するものというべきである。
 したがって,匿名組合契約に基づき匿名組合員が営業者から受ける利益の分配に係る所得は,当該契約において,匿名組合員に営業者の営む事業に係る重要な意思決定に関与するなどの権限が付与されており,匿名組合員が実質的に営業者と共同して事業を営む者としての地位を有するものと認められる場合には,当該事業の内容に従って事業所得又はその他の各種所得に該当し,それ以外の場合には,当該事業の内容にかかわらず,その出資が匿名組合員自身の事業として行われているため事業所得となる場合を除き,雑所得に該当するものと解するのが相当である。前記2(3)〔2〕の取扱いを定める新通達は,その内容に照らし,これと同旨をいうものと解される。
エ これを本件についてみるに,前記2(1)のとおり,本件匿名組合契約においてAに本件リース事業に係る重要な意思決定に関与するなどの権限を付与する旨の合意があったということはできず,Aが実質的に本件営業者と共同して本件リース事業を営む者としての地位を有するものと認めるべき事情はうかがわれない。そして,本件匿名組合契約においてその出資がA自身の事業として行われていると認めるべき事情もうかがわれないから,その所得は雑所得に該当するものというべきである。したがって,Aの本件各申告において本件匿名組合契約に基づく同人への損失の分配として計上された金額が損益通算の対象とならないことを理由としてされた本件各更正処分は適法である。
(2)当初から適正に申告し納税した納税者との間の客観的不公平の実質的な是正を図るとともに,過少申告による納税義務違反の発生を防止し適正な申告納税の実現を図るという過少申告加算税の趣旨に照らせば,過少申告があっても例外的に過少申告加算税が課されない場合として国税通則法65条4項の定める「正当な理由があると認められる」場合とは,真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情があり,上記のような過少申告加算税の趣旨に照らしてもなお納税者に過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になる場合をいうものと解するのが相当である(最高裁平成17年(行ヒ)第9号同18年4月20日第一小法廷判決・民集60巻4号1611頁,最高裁平成17年(行ヒ)第20号同18年10月24日第三小法廷判決・民集60巻8号3128頁参照)。
 匿名組合契約に基づき匿名組合員が営業者から受ける利益の分配に係る所得区分について,旧通達においては,前記2(3)〔1〕の取扱いの内容に照らすと,その利益の分配が貸金の利子と同視し得るものでない限り,個別の契約において匿名組合員に営業者の営む事業に係る重要な意思決定に関与するなどの権限が付与されているか否かを問うことなく,匿名組合員が実質的に営業者と共同して事業を営む者としての地位を有するものといえるという理解に基づいて,当該事業の内容に従い事業所得又はその他の各種所得に該当するものとされていたものと解される。これに対し,新通達においては,上記(1)のとおり,当該契約において匿名組合員に上記のような権限が付与されており,匿名組合員が上記の地位を有するものと認められる場合に限り,当該事業の内容に従い事業所得又はその他の各種所得に該当し,それ以外の場合には,匿名組合員にとってその所得が有する性質に従い雑所得に該当するものと解する見解に立って,前記2(3)〔2〕の取扱いが示されるに至ったものと解される。このように,旧通達においては原則として当該事業の内容に従い事業所得又はその他の各種所得に該当するものとされているのに対し,新通達においては原則として雑所得に該当するものとされている点で,両者は取扱いの原則を異にするものということができ,また,当該契約において匿名組合員に上記のような意思決定への関与等の権限が付与されていない場合(当該利益の分配が貸金の利子と同視し得るものである場合を除く。)について,旧通達においては当該事業の内容に従い事業所得又はその他の各種所得に該当することとなるのに対し,新通達においては雑所得に該当することとなる点で,両者は本件を含む具体的な適用場面における帰結も異にするものということができることに鑑みると,平成17年通達改正によって上記の所得区分に関する課税庁の公的見解は変更されたものというべきである。  そうすると,少なくとも平成17年通達改正により課税庁の公的見解が変更されるまでの間は,納税者において,旧通達に従って,匿名組合契約に基づき匿名組合員が営業者から受ける利益の分配につき,これが貸金の利子と同視し得るものでない限りその所得区分の判断は営業者の営む事業の内容に従ってされるべきものと解して所得税の申告をしたとしても,それは当時の課税庁の公的見解に依拠した申告であるということができ,それをもって納税者の主観的な事情に基づく単なる法律解釈の誤りにすぎないものということはできない。そして,本件匿名組合契約に基づきAが本件営業者から受ける利益の分配につき、前記2(3)〔1〕のような貸金の利子と同視し得るものと認めるべき事情はうかがわれず,本件リース事業につき生じた損失のうち本件匿名組合契約に基づくAへの損失の分配として計上された金額は,旧通達によれば,本件リース事業の内容に従い不動産所得に係る損失に該当するとされるものであったといえる。
 以上のような事情の下においては,本件各申告のうち平成17年通達改正の前に旧通達に従ってされた平成15年分及び同16年分の各申告において,Aが,本件リース事業につき生じた損失のうち本件匿名組合契約に基づく同人への損失の分配として計上された金額を不動産所得に係る損失に該当するものとして申告し,他の各種所得との損益通算により上記の金額を税額の計算の基礎としていなかったことについて,真にAの責めに帰することのできない客観的な事情があり,過少申告加算税の趣旨に照らしてもなお同人に過少申告加算税を賦課することは不当又は酷になるというのが相当であるから,国税通則法65条4項にいう「正当な理由」があるものというべきである。 
 このように,本件各申告のうち,平成15年分及び同16年分の各申告については,国税通則法65条4項にいう「正当な理由」があるものといえるから,本件各賦課決定処分のうち上記各年分に係る別紙処分目録記載の各処分は違法である(同目録記載(2)の過少申告加算税の額は,同条1項,4項及び国税通則法施行令27条の規定に基づき計算して得られる金額43万6000円に,同法65条2項,4項及び同施行令27条の規定に基づき計算して得られる金額3万4500円を加算した金額である。)。これに対し,平成17年通達改正後にされた平成17年分の申告については,真にAの責めに帰することのできない客観的な事情があるとはいえず,過少申告加算税の趣旨に照らしてもなお同人に過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になるとはいえないので,同項にいう「正当な理由」があるものとはいえないから,本件各賦課決定処分のうち同年分に係る処分は適法である。
5 以上によれば,本件各更正処分及び本件各賦課決定処分のうち別紙処分目録記載の各処分を除く部分に係る取消請求を棄却すべきものとした原審の判断は,是認することができる。この点に関する論旨は採用することができない。
 他方,本件各賦課決定処分のうち別紙処分目録記載の各処分に係る取消請求を棄却すべきものとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。この点に関する論旨は理由があり,原判決のうち上記の取消請求に関する部分は破棄を免れず,同部分につき第1審判決を取消し,上記の取消請求をいずれも認容すべきである。

kk 最高裁判所第三小法廷平成30年(受)第388号 令和2年3月24日判決
       主   文
1 原判決中,平成4年度から同20年度までの固定資産税及び都市計画税に関する部分を破棄し,同部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。
2 上告人のその余の上告を却下する。
3 前項に関する上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人私市大介の上告受理申立て理由について
 以下に摘示する地方税法及び固定資産評価基準(昭和38年自治省告示第158号。以下「評価基準」という。)の定めは,特に断りのない限り平成21年3月2日(平成20年度の固定資産税等の第4期支払日)当時のものである。なお,昭和57年1月1日から平成21年3月2日までの間に施行された同法及び評価基準の改正の経緯については,説示に影響しない限り,その記述を省略する。
1 本件は,第1審判決別紙2物件目録記載の家屋(以下「本件家屋」という。)を所有し,その固定資産税及び都市計画税(以下「固定資産税等」という。)を納付してきた上告人が,本件家屋の建築当初である昭和58年に行われた本件家屋の評価等に誤りがあったことから,その後の各年度において過大な固定資産税等が課されたなどと主張して,被上告人に対し,国家賠償法1条1項に基づき,固定資産税等の過納金及び弁護士費用相当額等の損害賠償を求める事案である。上記の損害賠償請求権について,同法4条,民法724条後段所定の除斥期間が経過したか否か,具体的には,その起算点である「不法行為の時」がいつであるかが争われている。
2 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)ア 地方税法349条1項は,家屋に対して課する基準年度の固定資産税の課税標準を、当該家屋の基準年度に係る賦課期日における価格で家屋課税台帳又は家屋補充課税台帳に登録されたもの(以下,これらの台帳に登録された価格を「登録価格」という。)とする旨規定し,同法403条1項は,市町村長(同法734条1項により特別区にあっては東京都知事。以下同じ。)は,同法388条1項の固定資産評価基準によって固定資産の価格を決定しなければならない旨規定している。なお,第2年度(基準年度の翌年度)及び第3年度(第2年度の翌年度)の課税標準は,原則として基準年度の登録価格とされる(同法349条2項,3項)。
 また,地方税法702条は,家屋に対して課する都市計画税の課税標準を,当該家屋に係る固定資産税の課税標準となるべき価格とする旨規定し,同法702条の8第1項は,都市計画税の賦課徴収は,固定資産税の賦課徴収の例によるものとし,特別の事情がある場合を除くほか,固定資産税の賦課徴収とあわせて行うものとする旨規定している。 
イ(ア)評価基準は,家屋の評価について,木造家屋及び木造家屋以外の家屋(以下「非木造家屋」という。)の区分に従い,各個の家屋について評点数を付設し,当該評点数に評点1点当たりの価額を乗じて各個の家屋の価額を求める方法によるものとし(第2章第1節一),各個の家屋の評点数は,当該家屋の再建築費評点数を基礎とし,これに家屋の損耗の状況による減点を行って付設するものとする旨を定めている(同二)。
(イ)非木造家屋の再建築費評点数の算出方法について,昭和38年に告示された当初の評価基準においては,当該年度において新たに課税の対象となる非木造家屋とそれ以外の非木造家屋(以下「在来分の家屋」という。)とを区別することなく,当該非木造家屋の部分別に再建築費評点数を算出しこれを合計して再建築費評点数を求める方法(以下「部分別評価の方法」という。)等によるべきことが定められていた。もっとも,自治省税務局長通知により,在来分の家屋について再建築費評点数を算出するに当たっては,乗率比準評価方式(〔1〕在来分の家屋を,構造,用途,規模等の別に区分し,区分ごとに標準とすべき在来分の家屋を標準家屋として定め,〔2〕標準家屋について,部分別評価の方法によって再建築費評点数を付設し,〔3〕標準家屋以外の在来分の家屋で当該標準家屋の属する区分と同一の区分に属するもの(以下「比準家屋」という。)の再建築費評点数は,上記〔2〕によって求めた標準家屋の基準年度における再建築費評点数の前年度における再建築費評点数に対する割合を求め,当該割合を基礎として市町村長が定めた率を比準家屋の前年度における再建築費評点数に乗じて求める方法)によることも差し支えないものとされていた。上記通知に基づき,被上告人においては,主税局長通達により,在来分の家屋に係る再建築費評点数の算出については乗率比準評価方式によることとしていた。
 乗率比準評価方式は,平成12年度の評価に適用される評価基準において,在来分の家屋の原則的な評価方法として規定されるに至った。
 また,平成15年度の評価に適用される評価基準には,在来分の家屋の原則的な評価方法として,評点補正率方式(在来分の家屋に係る再建築費評点数を,基準年度の前年度における当該在来分の家屋の再建築費評点数に全国共通の再建築費評点補正率を乗ずることによって求める方法)が規定され,同18年度の評価に適用される評価基準においても同様であった。
(2)ア 本件家屋は,昭和57年9月14日に新築された非木造家屋であり,上告人は,この当時からの本件家屋の所有者である。被上告人の評価担当者は,昭和57年度の評価に適用される評価基準により,本件家屋の建築当初の再建築費評点数を18万3400点と算出した。これに基づき,東京都知事は,昭和58年6月30日,本件家屋について価格決定をした。
イ 本件家屋は,平成3年3月31日に増築され,本件家屋の平成4年度以降の価格は,昭和57年に新築された部分(以下「新築部分」という。)と上記の増築に係る部分を別個に評価してそれぞれの価額を算出し,これらを合計する方法により決定されている。新築部分の昭和60年度から平成18年度までの各基準年度の再建築費評点数は,上記アの建築当初の再建築費評点数を基礎として,乗率比準評価方式,評点補正率方式等により順次算出された。
(3)上告人は,平成25年1月27日,本件訴訟を提起した。上告人は,本件訴訟において,本件家屋の建築当初に算出された新築部分の再建築費評点数には誤りがあり,これを基礎として順次算出されたその後の各基準年度の再建築費評点数にも誤りが生ずるなどしたため,本件家屋につき過大な固定資産税等の賦課決定がされ,これを納付したことにより損害が生じたと主張して,被上告人に対し,国家賠償法1条1項に基づき,平成4年度から同20年度までの各年度(以下「本件各年度」という。)における固定資産税等の過納金及び弁護士費用相当額の損害賠償を求めている。
3 原審は,上記事実関係等の下において,本件家屋の建築当初に算出された新築部分の再建築費評点数は過大であると認められ,昭和58年の評価行為及び価格決定には国家賠償法1条1項の適用上違法があり,かつ,これについて過失が認められるが,その後の各基準年度における評価行為等について過失は認められないとした上,要旨次のとおり判断し,本件各年度における固定資産税等の過納金相当額等に係る損害賠償請求権は除斥期間の経過により消滅したとして,上告人の請求を棄却すべきものとした。
 建築当初の評価上の再建築費評点数の誤りを原因とする本件の不法行為は,昭和58年の評価行為及び価格決定と本件各年度の各賦課徴収行為とをその構成要素とするものであるが,公務員の過失のある違法行為は同年の評価行為及び価格決定である。前記2(1)の課税の仕組みによれば,同年の評価上の再建築費評点数の誤りによって,その後の各年度の具体的な課税行為にも当然誤りが生ずる状態が形成されている。そして,価格決定があればこれが登録され,当該登録価格に基づく賦課決定がされて固定資産税等が徴収されることは地方税法上自明のことであるところ,同年及びその後の各基準年度の価格決定等に関し,上告人が同法上の審査の申出及び取消訴訟又は国家賠償請求訴訟をもって争い得る状態が継続していたということができる。
 以上によれば,本件の不法行為における除斥期間の起算点である「不法行為の時」は,昭和58年の建築当初の評価行為及び価格決定時であり,遅くとも同年6月30日の価格決定時と解するのが相当である。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)家屋に係る固定資産税等の課税標準となる登録価格は,当該家屋の再建築費評点数を基礎として当該家屋の評点数を付設し,これを基に市町村長が当該家屋の価格を決定して家屋課税台帳等に登録することにより定まるものである。また,本件においては,本件家屋の新築部分に係る各基準年度の再建築費評点数は,在来分の家屋の評価に関する評価基準の定め等に従い,その建築当初である昭和58年に算出された再建築費評点数を基礎として,乗率比準評価方式,評点補正率方式等により順次算出されている。
 そして,家屋に係る固定資産税等は,年度ごとに,当該年度の初日の属する年の1月1日を賦課期日として,納税義務者である当該家屋の所有者に課されるものであり(地方税法343条,359条,702条,702条の6),各年度の固定資産税等は,原則として基準年度の登録価格を課税標準として,その税額を確定する賦課決定がされ,課税標準額,税率,税額,納期等を記載した納税通知書が所有者に交付されることにより,所有者にその具体的な納税義務が生ずることとなる。
 このような一連の手続を経て,各年度の固定資産税等が課されることとなるところ,ある年度の家屋の固定資産税等の税額が過大に決定されて所有者に損害が生じた場合に,その原因が,手続の過程におけるいずれかの行為(当該年度の賦課に係る行為のほか,その基礎とされた従前の年度における行為を含む。)に過誤があったことに求められるときには,過誤のあった当該行為が故意又は過失により違法に行われたものであるということができれば,当該一連の手続により生じた損害に係る国家賠償責任が生ずるものということができる。
(2)他方において,上記の手続のうち家屋の評価に関して誤りが生ずると,前記2(1)の課税の仕組みの下では,当該誤りがその年度における価格決定や賦課決定だけでなく翌基準年度における評価等にも影響を及ぼし,将来における過大な固定資産税等の賦課という結果を招くおそれが生ずるということはできるものの,その後の手続において課税庁の判断等により当該誤りが修正されるなどすれば,過大な固定資産税等が課されることはなく,所有者に損害は発生しないこととなる。また,当該誤りが生じた後に所有者に変更があれば,過大な固定資産税等を課されて損害を受ける者も変わることとなる。このように,当該誤りが生じた時点では,これを原因として実際に過大な固定資産税等が課されることとなるか否か,過大な固定資産税等を課されて損害を受ける者が誰であるかなどは,なお不確定であるといわざるを得ない。そして,当該誤りが修正されるなどすることなく手続が進められ,これに基づいてある年度の固定資産税等につき賦課決定及び納税通知書の交付がされて初めて,これを受けた者が当該賦課決定の定める税額につき納税義務を負うことが確定することとなる。
 そうすると,固定資産税等の賦課に関し,その税額が過大であることによる国家賠償責任が問われる場合において,これに係る違法行為及び損害は,所有者に具体的な納税義務を生じさせる賦課決定等を単位として,すなわち年度ごとにみるべきであり,家屋の評価に関する同一の誤りを原因として複数年度の固定資産税等が過大に課された場合であっても,これに係る損害賠償請求権は,年度ごとに発生するというべきである。そして,ある年度の固定資産税等の過納金に係る損害賠償請求権との関係では,被害者である所有者に対して当該年度の具体的な納税義務を生じさせる賦課決定の効力が及んだ時点,具体的には納税通知書の交付がされた時点をもって,除斥期間の起算点である「不法行為の時」とみることが相当である。以上のことは,所有者が,当該年度以前の基準年度等の価格決定やこれに基づいて課された固定資産税等に関し,評価の誤り等を理由に審査の申出及び取消訴訟又は国家賠償請求訴訟をもって争い得たとしても,左右されるものではない。
 したがって,家屋の評価の誤りに基づきある年度の固定資産税等の税額が過大に決定されたことによる損害賠償請求権の除斥期間は,当該年度の固定資産税等に係る賦課決定がされ所有者に納税通知書が交付された時から進行するものと解するのが相当である。
(3)本件家屋の新築部分の評価の誤りに基づき本件各年度の固定資産税等の税額が過大に決定されたことを理由とする上告人の被上告人に対する損害賠償請求権については,年度ごとに,当該年度の納税通知書が上告人に交付された時から除斥期間が進行することとなるところ,本件各年度における納税通知書の交付の具体的な時点はいずれも明らかでないが,本件訴訟が提起された平成25年1月27日の時点で20年を経過していなかったものがあると考えられる。
5 以上と異なる見解の下に,本件各年度の固定資産税等の過納金及び弁護士費用相当額に係る上告人の損害賠償請求をいずれも棄却すべきものとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決中これに関する部分は破棄を免れない。そして,上記の損害賠償請求権に関し,それぞれ除斥期間が経過したか否か,除斥期間が経過していない場合における当該年度の上告人の損害額等について更に審理を尽くさせるため,上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。

kl 広島地判平成23年9月28日平成22(行ウ)4号(請求認容・確定)…被相続人が土地を売却し相続開始後に相続人が倍額手付金を払って土地売買を解除した事例で、国税通則法23条2項3号・施行令6条1項2号の後発的事由に基づく更正の請求が認められるかにつき、「当該契約の成立後生じたやむを得ない事情によ」る解除に該当するとして、課税処分を違法とした。

km 大阪地判平成23年4月22日判時2119号79頁:税理士法51条通知等不提出を理由に国税局担当者が弁護士の同席を禁じたことにつき国家賠償請求を一部認容した事例…浅妻作成資料

kn 最判平成18年6月19日判時1940号120頁…天然ガスから作ったガイアックスは地税700条の3第3項「炭化水素とその他の物との混合物」に該当せず軽油引取税が課せられないという主張が斥けられた事例。

最判平成23年3月25日判時2112号30頁 (高野幸大・平23重判219頁、浅妻章如・ジュリスト1426号104頁)…家屋建替え中の敷地について住宅特例(地方税349条の3の2)の居住用家屋の「敷地の用に供されている土地」に当たるかが問題となった事例。「賦課期日[各年の1月1日]における当該土地の現況によって決すべき」との規範を立て、後の事実を考慮しているかのように読みうる通達に触れず、平17.1.1について適用肯定、平18.1.1について適用否定。

ko レポ取引事件・東京高判平成20年3月12日金判1290号32頁
 a Yらは、本件各レポ取引にはマージン・コール条項が定められており、買主が対象債券の価格変動によるリスクを負わず、エンド取引において再譲渡価格を確実に取得できるとされていることから、本件各レポ取引は買主からXに対して一定期間信用を供与する取引であると主張する。
 しかしながら、マージン・コール条項は、前記第2の2(3)ウ(ウ)のとおり、約定された再売買代金額と再売買の対象となる有価証券の現在市場価値との間に差額が生じたときに、一方当事者が、他方当事者に対し、その差額に対応する金銭又は有価証券を差し入れることを義務づけるものであるが、相手方の再売買契約上の債務不履行によって損害を被らないようにする措置という意味では、広い意味で担保といえるとしても、売買価格変動リスクを調整し、再売買契約における目的物と代金との対価的均衡を維持し、エンド取引の履行を確保するための措置であって、一方が他方に与信し、その返済義務を履行するという性質のものということはできない。このことは、マージン不足の場合に買主が売主に対して差額分の現金又は有価証券の譲渡を要求できるだけでなく、マージン超過の場合に売主が買主に対して差額分の現金又は購入有価証券の譲渡を要求できる旨の条項も置かれており、売主及び買主の双方がマージン・コールの権利を有していることにも表れており、Yらの主張はその一方のみを取り上げて強調しているにすぎないものというべきであるから、Yらの上記主張を採用することはできない。
 b Yらは、本件各レポ取引においては収入金支払条項により売主に対象債券に生じた収入金を受領する権利が留保されており、買主に対象債券の完全な所有権が移転していないことから、本件各レポ取引は買主からXに対して一定期間信用を供与する取引であると主張する。
 しかしながら、収入金支払条項は、前記第2の2(3)ウ(エ)のとおり、対象証券の所持人に対して収入金が支払われた場合において、レポ取引の買主が、その収入金を受領したか否かに関係なく売主に対して当該収入金相当額を支払うことを定めているものであって、同条項の存在と対象債券の所有権の帰属とは切り離されており、売主が対象債券についての果実収取権を失うことを前提に、一定の要件の下で、買主が売主に対して対象証券の収入金相当額を支払うことを定めたものと解することができ、債券の所有権が買主に完全に移転していることと整合するものであるから、Yらの上記主張は理由がない。
 c Yらは、本件各レポ取引には担保権条項において、担保権付貸付けと評価された場合、売主は、対象債券及びその収入金をエンド取引における義務のために担保権を設定したものとみなすとされており、本件各レポ取引の本質が対象証券を担保とする与信行為であることを示していることから、本件各レポ取引は買主からXに対して一定期間信用を供与する取引であると主張する。
 しかしながら、担保権条項は、前記第2の2(3)ウ(オ)のとおり、『当事者は、本契約に基づくすべての本件取引が売買であってローンではないことを意図している。』ことが明確にされた上で、『にもかかわらず、かかる本件取引がローンとみなされた場合』の規定として仮定的に設けられており、レポ取引がその意図した法的構成により解釈されない場合に備えて設けられた条項であって、同条項を根拠としてレポ取引自体の法的性質に影響を与えるものではないことが明らかであるから、これをもって、当事者にレポ取引がローンであるなどとする意思があったと解釈することは相当とはいえず、Yらの上記主張を採用することはできない。
 d Yらは、本件各レポ取引には一括清算条項により、一方当事者に債務不履行のリスクが生じた場合にはすべての契約を一括して清算できるとされ、当事者の信用リスクを最小限に抑えることができるようになっていることから、本件各レポ取引は買主からXに対して一定期間信用を供与する取引であると主張する。
 しかしながら、一括清算条項は、前記第2の2(3)ウ(ケ)のとおり、当事者間に複数存在し得るレポ取引のうち1つについてでも債務不履行があったときは、他のレポ取引の履行期も到来することを定めているが、この点は、当事者の一方の債務不履行によるリスクを最小限に抑えられることになるとしても、当事者間に複数の契約関係がある場合に、リスクを回避するため各契約において債務不履行を原因とする期限の利益の喪失特約を定めることは特段不自然なことはなく、当事者間に複数の取引関係が存在する場合に一般的にみられるものであり、一括清算条項の存在が本件各レポ取引の法的性質を判断する上で重要であるとはいえない。
 また、当事者間に複数存在し得るレポ取引について、一方当事者が破綻した場合に、相手方当事者は全額弁済しなければならないのに、不履行当事者から破産債権等として一部の弁済しか受けられなくなるという事態を避けるために差引き計算が行われることについても、当事者間の公平及び債権債務関係の清算の便宜に資するものであって、レポ取引の法的性質とは関連がなく、本件各レポ取引を売買取引と解することとは矛盾しないものである。
 そして、これらの制度については、売主の債務不履行だけでなく、買主の債務不履行の場合についての条項も置かれているから、買主からXに対して一定期間信用を供与する取引であるなどとして、その一方のみを強調することも相当とはいえないものであって、いずれの点からみても、Yらの上記主張を採用することはできない。
 e Yらは、本件各レポ取引には単一契約条項が定められ、相互に約因として約定され、レポ取引が単一の取引上及び契約上の関係を構成するものとし、スタート取引とエンド取引とが一体のものとして評価されるべきであることからすれば、エンド取引に係る売買代金債権のうちスタート取引の譲渡価格相当額の部分が信用供与の対価としての利子を生じさせる元本債権に当たるというべきであることから、本件各レポ取引は買主からXに対して一定期間信用を供与する取引であると主張する。  しかしながら、単一契約条項は、前記第2の2(3)ウ(コ)のとおり、本件各基本契約に基づく同一当事者間における複数の取引について単一の取引上及び契約上の関係を構成するとすることにより、複数存在する契約関係の一つの不履行が他の契約関係においても影響することを明らかにし、倒産等の場合に、管財人によって複数存在する契約関係の一部のみの履行を迫られること(いわゆるチェリー・ピッキング)を防止するものであって、スタート取引とエンド取引とを一体の契約として解釈することを意味する条項ではないから、これをもって本件各レポ取引が売買契約であることについて変容をもたらすものではなく、Yらの上記主張は理由がない。[略]
 エ Yらは、所得税法161条6号にいう『貸付金(これに準ずるものを含む。)』とは、債務者に対して信用を供与する目的で弁済期日まで一定期間が設けられた金銭債権であり、その金銭債権から果実(利子ないし利息)が発生し得る元本債権をいうものと解すべきであるところ、本件各レポ取引は、買主である外国法人において、売主であるXに対し、一定期間信用を供与する取引であることは、本件各基本契約の条項に照らし、客観的に明らかというべきであるから、本件各レポ取引は、所得税法161条6号にいう『貸付金(これに準ずるものを含む。)』に該当すると主張する。
 しかしながら、そもそも所得税法161条6号にいう『貸付金(これに準ずるものを含む。)』について、債務者に対して信用を供与する目的で弁済期日まで一定期間が設けられた金銭債権であり、その金銭債権から果実(利子ないし利息)が発生し得る元本債権をいうとのYらの上記主張を採用することができないことは、前記のとおりである。
 そして、前記のとおり、本件各レポ取引が使用している本件各基本契約は、米国法人との間ではMRAに、英国法人との間ではGMRAにそれぞれ依拠し、取引の当事者を買主、売主として表示し、『本契約の両当事者は、随時、一方当事者が、他方当事者に対して、証券その他の資産を、買主による資金の移転と引換えに譲渡することに同意し、これと同時に、買主が、売主に対して、かかる有価証券を、所定の日又は要求があり次第、売主による資金の移転と引換えに譲渡することに同意するところの取引を締結することができる。』として、その処分証書たる契約書の条項においても売買及び再売買という法形式による契約類型を選択し採用することが明確に規定されていること、MRAは、米国において、1982年に中堅証券会社が倒産し、その清算手続において、同証券会社が顧客との間で締結していたレポ取引(債券の売買と再売買(買戻)とを内容とする契約)について担保付貸付けとする裁判所の判断がされ、レポ取引契約において売主となる者に、相手方が倒産した場合に当該債券を直ちに処分して投下資本を回収することができなくなるリスク、担保の実行手続という煩雑な手続が必要となるリスク、同手続が終了するまでの間当該債券の価格変動のリスクなどが生じるおそれが出てきたことを受けて、いわゆる倒産隔離を念頭に、担保付貸付けと判断されないよう、統一的な標準契約書として作成されたものであること、また、GMRAは、英国法においては、担保権の登録制度が採用されていることから、レポ取引の法的性質が担保付貸付けと評価されると、登録を経ていないことから、スタート取引の時点において当該債券の完全な所有権移転がされておらず、かつ、担保権も設定されていないという疑義を生じさせることになるため、倒産隔離を確保するべく、レポ取引が法形式的に売買であるということを明確にする必要もあって作成されたものであることなどの本件各基本契約の沿革からみても、売買及び再売買という法形式を選択したことに重要な意味があったこと、そして、本件各基本契約においては、マージン・コール条項等が整備され、金融的な特長を生かし一見信用の供与と見られる側面のある条項も整備されているが、これは、所有権移転構成の下で精密化されたものであって、売買及び再売買を本質とする基本的な構成には変化がないものと考えるべきものであることに照らすと、本件各レポ取引が、買主である外国法人において、売主であるXに対し、一定期間信用を供与する取引であるということはできない。
 また、前記のとおり、レポ取引には資金調達的な面があることは確かであるが、レポ取引には債券の調達に資する面もあり、顧客に対して、空売りを行った債券ディーラーが、取引の決済日までに債券を調達するために、他者から債券を一時的に購入するということにも使われるから、金融機能的側面とともに、債券売買市場の流動性の確保も経済的機能としては考慮されるべきであり、これらを売買及び再売買という法律構成の下で実現しようとしているものであるから、私的自治の作用する取引関係において当事者が上記のような法律形態を選択して取引関係に入り、その法律形態に特段不合理なものがない以上、その契約関係を基本にして解釈すべきものであって、本件各レポ取引において、買主がエンド取引において有する再譲渡価格相当額の代金債権は、あくまでエンド取引時において、売主に対して対象債券と同種・同量の債券を移転することと引換えに再譲渡価格相当額の代金の支払を請求する権利を意味するものである。しかるに、このような法律形態を素直にとらえることなく、レポ取引の持つ金融取引的側面のみを強調し、専らこの観点から、債務者に対して信用を供与する目的で弁済期日まで一定期間が設けられた金銭債権であり、その金銭債権から果実(利子ないし利息)が発生し得る元本債権であるとして、所得税法161条6号にいう『貸付金(これに準ずるものを含む。)』に該当すると解することには無理があるといわざるを得ない。
 Yらは、所得税法施行令283条1項各号の定め及びその立法の経緯によれば、所得税法161条6号の『貸付金(これに準ずるものを含む。)』には、『資産の譲渡又は役務の提供の対価に係る債権』などの売買、請負、委任、準委任、賃貸借等の多様な契約に基づいて発生する債権が含まれるとして、所得税法161条6号に規定する『貸付金(これに準ずるものを含む。)』の意義を検討するに当たっても、『信用の供与』が重要な考慮要素とされるべきであると主張する。しかし、所得税法施行令283条1項は、法的にも元本に付随する利子が存在するといえる場合の規定と解される上、所得税法161条6号の末尾には『(政令で定める利子を除く。)』と規定されており、所得税法施行令283条1項は、『国内において業務を行なう者に対してする資産の譲渡又は役務の提供の対価に係る債権』であっても、その発生の日からその債務を履行すべき日までの期間が6月を超えないものについては、所得税法161条6号の『貸付金(これに準ずるものを含む。)』の『利子』から除外されることを明記しているから、仮にYらの主張するように所得税法161条6号が本件各レポ取引に適用されるのであれば、所得税法施行令283条1項1号もレポ取引に適用されることとなり、スタート取引からエンド取引までの期間が6か月を超えていない本件各レポ取引については、本件各レポ差額は源泉徴収義務の対象とならないことになる(甲86)ものであって、Yらの上記主張は採用することができない。
 Yらは、MRAやGMRAに基づくレポ取引が、売買及び再売買という法形式を採りながらも、経済的には信用供与を伴う金融取引としての性格を有していることは、企業会計上の取扱い等からも明らかである上、銀行経理の実務もこれに従っており、さらに、Xも本件各レポ取引を金融取引として経理処理しているとも主張するが、そもそも会計上当該取引をどのような勘定項目で計上するかという問題は、専ら会計基準により定まる問題であって、会計基準においては会社法(本件各レポ取引当時においては商法)等の法律上の概念が考慮されてはいるものの、同一ではなく、別次元のものであって、企業会計上の取扱い等を根拠に、法律上の概念についての法的性質を決定することは相当とはいえないから、Yらの上記主張も理由がない。
 そして、前記(2)のとおり、所得税法161条6号にいう『貸付金(これに準ずるものを含む。)』は、消費貸借契約に基づく貸付債権以外の債権を含む趣旨で規定されたものと解するのが相当であり、同号の『貸付金(これに準ずるものを含む。)』の『利子』は、消費貸借契約に基づく貸付債権を基本としつつ、その性質、内容等がこれとおおむね同様ないし類似の債権の利子というべきであり、原因となる法律行為の法形式のみからその適用の有無を判断できるものではないものの、他方で、社会通念上、私法上の消費貸借契約における貸付債権とその性質、内容等がおおむね同様ないし類似するか否かが問題となり、その法形式等を全く考慮することなく、経済的効果のみに着目して判断することもできないから、これについて、専ら経済的な効果に着目して『貸付金』の解釈の範囲を広げ、『これに準ずるものを含む。』との規定と相まってその外延を不明確にする結果をもたらすことは、租税法律主義の内容である租税要件明確主義に沿った解釈ということはできず、租税要件明確主義に反した解釈とならないためには、外延を不明確にすることのない解釈を行うべきであって、この点からみても、Yらの上記主張を採用することできないといわざるを得ない。
 Yらは、所得税法161条6号の『貸付金(これに準ずるものを含む。)』について、課税の公平性や経済取引に対する税制の中立性を確保する趣旨から、信用の供与という経済的実質に着目してその解釈を行うべきであるとも主張するが、課税の公平性や経済取引に対する税制の中立性を確保する趣旨が重要であることは疑いがないものの、本件においてそのような解釈をすることは、解釈論としての域を超えるものであって相当とはいえない。
 そして、本件各基本契約の沿革及びその内容からすれば、本件各基本契約は、倒産隔離を果たすため、契約条項において売買及び再売買により構成されることを明確に定めたものであって、他方、金融的取引の側面があり、それを示唆するかのような条項の存在によっても、その法的性質を変容させるまでのものとはいえず、本件各レポ取引は、売買・再売買を一つの契約で実行する複合的な性格を有する契約であると解するのが相当であって、本件各レポ取引のエンド取引における売買代金債権が消費貸借契約における貸付債権とその性質、内容等がおおむね同様ないし類似するということはできない。

組織再編税制における「合併」等について外国会社法の下での行為をどの程度取り込むか?…日本租税研究協会国際的組織再編等課税問題検討会専門部会「〔国際的組織再編等課税問題検討会報告書〕外国における組織再編成に係る我が国租税法上の取扱いについて」租税研究753号39頁(2012.7)参照。例:カナダのamalgamation (資産負債は移転しないが新会社に帰属する)は「合併」として扱ってよいか?

kp 公正証書贈与事件・名古屋高判平成10年12月25日訟月46巻6号3041頁
一審名古屋地判平成10年9月11日訟月46巻6号3047頁より抜粋
 一 まず、争いのない事実等記載のとおり、本件公正証書には、万喜がXに対し本件不動産を昭和六〇年三月一四日に贈与する旨の記載があるので、本件公正証書が真に贈与の事実を明らかにするために作成されたものであったか否かを検討する。
1(一)本来、不動産の贈与の場合、所有権移転登記を経由するのが所有権を確保するためのもっとも確実な手段である。したがって、贈与が行われたにもかかわらず何らかの事情により登記を得られないときや、登記のみでは明らかにできない契約内容などが存在するときに、あえて公正証書を作成する意義があるものと解される。
(二)しかしながら、争いのない事実等記載のとおり、本件公正証書記載の贈与契約は、公正証書作成日に贈与がなされ、不動産の引渡義務の履行も即日終了したことになっており、贈与に係る特段の負担などの記載もないのであって、典型的な贈与契約であるから、登記のみでは明らかにできない契約内容は認められない。
(三)また、万喜とXとの間で贈与が行われたにもかかわらず登記をすることができなかったことをうかがわせる事情も認められない。
 なお、Xは、万喜とXとの間で贈与が行われたにもかかわらず登記をすることができなかったことの事情として、前訴滞納処分により本件不動産に差押登記がなされていたため、所有権移転登記をすれば、詐害行為の疑いをかけられたり、公売処分をされると万喜が考えていたからと主張している。しかしながら、万喜は、陳述書(略)及び当法廷における証人尋問において、Xがそのような主張をしたのは、後記のように「節税(贈与税納付義務が時効消滅すること)」を意図して公正証書を作成したと主張することが、露骨すぎて反感を持たれるかも知れないとの代理人弁護士の意見を考慮して主張したにすぎないと陳述し、証言しているのであって、本件不動産が前訴滞納処分によって差し押さえられていたために贈与登記をすることができなかったものとは認められない。
(四)したがって、本件公正証書記載の贈与であれば、本来、所有権移転登記をすれば足りるのであり、あえて公正証書を作成する合理的な必要性はなかったものと認められる。
2 本件公正証書記載のとおり昭和六〇年三月一四日に贈与されたとすると、贈与税の法定納期限は昭和六一年三月一五日であるところ、本件登記手続がなされたのは平成五年一二月一三日であるから、本件登記手続は、本件公正証書記載の贈与時期を基準にすれば、贈与税の徴収権が時効消滅した後になされたことが認められる。
 万喜は、前記陳述書及び証人尋問において本件公正証書を作成しながら、所有権移転登記をしなかったのは、贈与税の負担を免れるためであったとして、次のとおり、陳述し、供述している。
 金融業をしていたころ、東京のある会場で行われた税務問題のセミナーで、公認会計士から、「不動産の売買や贈与については、取引を完結した後で、登記をしないでおいて、ある程度の年数がすぎると不動産取得税や贈与税がかけられなくなる。そのためには、売買や贈与による者の引渡を済ませ、そのことを公正証書にしておけばよい。」という説明を聞いたことがあり、本件不動産の贈与税を「節税」しようと考えた。
 以上の事実からすると、本件公正証書は、将来Xが万喜から本件不動産の所有権移転登記を受けて、被告が本件不動産の贈与の事実を覚知しても、Xが贈与税を負担しなくても済むようにするために作成されたものであることが認められる。
3 したがって、本件公正証書に、本件不動産の贈与時期が、昭和六〇年三月一四日と記載されていることをもって、直ちに、同日、万喜がXに対し、本件不動産を贈与したと認定することはできない。
4 ところで、本件公正証書は、右に認定したような目的で作成されたものであるが、証拠(甲一一、一二、乙一ないし五、証人万喜、X本人)によれば、本件公正証書の作成は、万喜が積極的に行ったと認められること、Xが、本件公正証書を利用して贈与税を脱税し、公訴時効期間内に起訴された場合には、罰金以上の刑に処せられ、その結果Xが有している歯科医師の免許を取り消され、又は停止される可能性があり(歯科医師法七条二項、四条)、そのことをXは十分に認識できたはずであること、そのような危険性を犯してまで、本件公正証書を右に認定したような目的で作成する動機はXに認められないことからすると、Xは、少なくとも本件公正証書作成当時は、本件公正証書の作成目的が、将来Xが万喜から本件不動産の所有権移転登記を受けて、被告が本件不動産の贈与の事実を覚知しても、Xが贈与税を負担しなくても済むようにするために作成されたものであったということを知らなかったものと認められる。
二 前記認定のとおり、本件公正証書の存在のみをもってしては、本件贈与が昭和六〇年三月一四日になされたと認定することはできない。
 そこで、Xが、その時期に贈与がなされた事情として主張するXの本件不動産に対する使用・管理状況等について、検討する。
1 証拠(甲一二、X本人)によれば、Xは、昭和六〇年一二月ころから、本件不動産を単独で使用し始め、固定資産税及び水道料や電気代の公共料金を負担していることが認められる。
 しかし、証拠(甲一二)によれば、Xが、昭和六〇年一二月ころから、本件不動産を単独で使用し始めたのは、それまで本件建物には万喜夫婦、鐘斗夫婦、X及び万喜の二女が同居していたが、鐘斗に子供が産まれることになり、本件不動産が手狭になったことと、鐘斗の営んでいた診療所への通勤が不便なため、X以外の家族が昭和五九年終わりころに新築された名古屋市天白区所在の住居に転居することになったためであることが認められる。
 X自身は、本件不動産に対する従前からの使用状態を継続していたにすぎない。そして、所有者である万喜が、歯科医師として収入があり、単独で使用しているXに、本件不動産の固定資産税や公共料金を負担させることは不合理ではなく、これをもって直ちに贈与によりXの所有になったことの表れであるということはできない。
 証拠(X本人)によれば、Xは、平成元年ころから、公共料金の名義を変更していることが認められるが、証拠(X本人、乙一一)によれば、Xがそうしたのは、平成元年六月一二日に結婚したのを機に同料金を銀行の口座引落しにするためであったことが認められるのであって、必ずしも自分が所有者であるからという理由で名義変更をしたわけではない。
2 なお、証拠(乙五、X本人)によれば、Xは、本件公正証書作成後本件登記手続までの間に、本件不動産のトイレや風呂を改装し、庭に玉砂利を敷いていることが認められるが、その程度では、いまだ所有者でなければできないような行為をしたとまで解することもできない。
3 既に判示したように、万喜は、本件公正証書を、贈与税の負担回避のために作成したのであり、本件公正証書作成時において、万喜としては、本件公正証書記載の贈与日時から贈与税の徴収権が時効消滅するまでは、本件不動産の登記名義をXに移転する意思はなかったものと認められる。そして、証拠(甲一一、一二、乙一ないし五、証人万喜、X本人)によれば、本件不動産の登記名義をいつ移すかということは、専ら万喜の意思にかかっていたものと認められる。
 したがって、本件登記手続時まで、Xが、本件不動産を担保に供したり、他人に譲渡することは事実上不可能な状況にあったわけであり、本件不動産を自由に使用・収益・処分しうる地位にはなかったものである。
4 以上より,Xの本件不動産に対する使用、管理状況等の点からも、直ちに本件公正証書作成時ころに、贈与があったとは認められない。
三 万喜がXに対し、昭和六〇年三月一四日当時、本件不動産を贈与する動機があったかについて検討する。
1 既に判示したように、本件公正証書作成当時、本件不動産には、前訴滞納処分により差押登記がなされており、証拠(乙一二)によれば、本件公正証書作成当時、右差押登記にかかる滞納税額は未確定なものもあわせて金六七二五万七〇九八円であり、その内本税は金一八〇九万五二九八円であったことが認められる。そして、証拠(乙七、一五)によれば、万喜が本税分を納付したのは本件公正証書作成時からほぼ四年半後の平成元年九月一二日であることからすると、本件公正証書作成時には、その納付の目途が立っていたとはおもわれず、そうすると、万喜は、差押えに基づく公売がなされるおそれがあることを認識していたものと認められる。なお、右滞納税額は、国税通則法六三条五項の延滞税の免除規定を適用せずに算定した額であるが、同項は任意規定である上、証拠(乙七)と弁論の全趣旨によれば、万喜には、昭和四九年一一月一日、昭和四四年分の所得税完納により、延滞税金六三二万三六〇〇円が発生しているが、その際、同項規定の免除はされていないことが認められることからすると、本件公正証書作成当時、万喜は、延滞税の免除が受けられると思っていなかったものと認められる。
 そうだとすると、万喜が、Xに対し、昭和六〇年三月一四日当時、本件不動産を贈与したとしても、本件不動産は公売され贈与が無意味となってしまう可能性があると、万喜は認識してたことになるが、そのような認識の中で、あえて万喜に本件不動産をXに贈与したいと思わせるほどの特段の事情があったとは認められない。
2 この点、Xは、万喜が引っ越した天白の土地建物は鐘斗に取得させる予定であったため、本件不動産はXに贈与することにしたと、子供それぞれに自己の財産を分与させることを動機として主張しているが、仮に、万喜が右事情により本件不動産をXに贈与しようと思ったとしても、家族に万喜の意思を明らかにする必要があっただけであるから、贈与の予約をすれば十分であり、贈与するというのであれば、少なくとも公売のおそれがなくなった時点で、本件不動産を贈与する方が自然であり、あえて公売の危険性のある時期に万喜がXに本件不動産を贈与したいと思わせるほどの特段の事情であったとは認められない。
3 また、Xは、本件公正証書作成当時本件不動産をXに贈与した動機として、Xに縁談があったと主張し、万喜も、縁談がまとまるようにするため本件不動産をXに贈与したと供述しているが、X自身は、縁談や結婚の際に、自分が本件不動産を所有していることを言ったことはないと供述していることからすると、万喜の右供述を信用することはできず、Xの右主張を認めることはできない。
4 なお、証拠(甲一二、X本人)によれば、万喜は、Xが歯科医師の国家試験に受かった昭和五九年当時から、Xに対し、本邦に帰化するように積極的に勧めており、万喜は、不動産を所有していた方が帰化の許可が早く下りるという世間の話を聞いて、親としてXに何とか不動産を所有させたいと考えていたことが認められる。
 しかしながら、証拠(乙一一、X本人)によれば、Xが、帰化の許可を受けるために申請手続をとり始めたのは本件登記手続きがなされたころであり、帰化が許可されたのは平成六年三月二八日であるとみとめられるから、帰化のために昭和六〇年三月一四日に贈与がなされたものとは認められない。
5 以上のとおり、万喜がXに対し、本件公正証書作成時期に本件不動産を贈与する動機は薄弱である。
四 昭和六〇年三月一四日に、Xが本件不動産の贈与を受ける動機があるかについて検討する。
 既に判示したように、Xは、本件公正証書作成当時、本件公正証書の作成目的が贈与税の負担回避にあることを知らなかったものと認められるから、本件公正証書作成当時に贈与があったとすると、Xは、右贈与により贈与税を納付する義務が生じることを認識したと認められるが、その贈与税の額は決して少額ではなく、当時兄の経営する歯科医院の勤務医をしていたXにとって容易く納付できる金額ではなかったと思われるし(X本人)、万喜も前訴滞納額の支払いに追われていた時期でXを援助することができなかったと思われるのであって、納付の見通しがあったとは認め難い。
 しかしながら、Xが、そのような贈与税の負担をしてまで、本件公正証書作成当時に、本件不動産の贈与を受ける動機は認められない。
 逆に、昭和六〇年三月一四日に贈与を受けたと認識していたのであれば、前記のとおり贈与税の税額は多額であるから、その納付をどのようにするかについて万喜と相談したはずであるのに、Xと万喜でそのような話合いがなされた形跡は認められないことからすると、Xには贈与を受けたという認識がなかったということになる。
 なお、Xは、当法廷において、贈与を受けた場合には贈与税が発生することを知らなかったと供述しているが、Xは歯科医師であり高等教育を受けた者であること(甲一二、X本人)、Xは、当法廷において、不動産の所有権が移転した場合に登記することを知らなかったと明らかに不合理な供述をしていることからすると、Xの右供述を信用することはできない。
 以上のとおり、昭和六〇年三月一四日に、Xに、本件不動産の贈与を受ける動機は認められない。
五 本件公正証書を作成した後に、万喜とXが本件不動産に関してどのような行動をとっていたかについて検討する。
1 既に判示したように、万喜は、本件公正証書記載の贈与日時から贈与税の徴収権が時効消滅するまでは、本件不動産の登記名義をXに移転する意思はなく、本件不動産の登記名義をいつ移すかということは、専ら万喜の意思にかかっていたものと認められるところ、証拠(乙九)によれば、万喜は、平成四年九月一〇日、万喜が本件不動産から名古屋市天白区内に引っ越したことを理由に、本件不動産の登記の登記名義人表示変更をしていることが認められる。
2 他方、既に判示したように、Xは、少なくとも本件公正証書作成時においては、本件公正証書が、贈与税負担回避のために作成されたものであるということは知らなかったものと認められるところ、本件公正証書には、Xの請求があり次第万喜は所有権移転登記をする義務があるとの記載があったにもかかわらず、証拠(X本人)によれば、Xは、本件登記手続時まで、一度も万喜に登記を移転するよう請求すらしなかったことが認められる。なお、万喜は、当法廷において、Xが一度だけ登記を移転するよう請求したと述べているが、右供述は曖昧で信用することができない。
六1 以上の事実からすると、本件公正証書は、将来Xが帰化申請する際に、本件不動産をXに贈与しても、贈与税の負担がかからないようにするためにのみ作成されたのであって、万喜に本件公正証書の記載どおりに本件不動産を贈与する意思はなかったものと認められる。他方、Xは、本件公正証書は、将来、本件不動産をXに贈与することを明らかにした文書にすぎないという程度の認識しか有しておらず、本件公正証書作成時に本件不動産の贈与を受けたという認識は有していなかったものと認められる。
 よって、本件公正証書によって、万喜からXに対する書面による贈与がなされたものとは認められない。
2 そうすると、万喜が、Xに対し、本件不動産を贈与したのは、書面によらない贈与によるものということになるが、書面によらない贈与の場合にはその履行の時に贈与による財産取得があったと見るべきである。そして、不動産が贈与された場合には、不動産の引渡し又は所有権移転登記がなされたときにその履行があったと解されるところ、本件においては、既に判示したように、Xは本件不動産に従前から居住しており、本件証拠上、本件登記手続よりも前に、本件不動産の贈与に基づき本件不動産の引渡しを受けたというような事情は認められないから、本件登記手続がなされたときをもって本件不動産の贈与に基づく履行があり、その時点でXは、本件不動産を贈与に基づき取得したと見るべきである。

その他の仮装行為の例
参照:名古屋地判平成5年3月24日訟月40巻2号411頁…生前贈与でなく遺贈と認定。
名古屋地判平成18年12月13日平成17年(行ウ)53号…通謀虚偽表示であり無効であるとされた事例。
東京地判平成20年2月6日判時2006号65頁…日本法人からスイス法人への株式譲渡は、譲渡益課税回避のための隠蔽行為であり、譲渡益が日本法人に帰属するとされた事例。

kq 平成18年改正「剰余金の配当」は、少なくとも鈴や金融の射程から外れるか?
東京地判平成21年11月12日判タ1324号134頁(田島秀則・ジュリスト1429号153頁)…外国法人のスピンオフにともなう株式配当が、利益剰余金を崩した部分につき所税24条配当所得に該当し、資本剰余金を崩した部分につき所税25条みなし配当に該当するとした事例で、「所得税法上の配当所得が決算手続に基づいてされる利益の配当に限られない」と明言。
なお、東京高判平成17年1月26日税資255号順号9911でも、カナダの会社が子会社株式の現物配当を行った事案で、利益剰余金を原資として株式の現物配当が実施されたので通常の配当所得に該当すると判断。ここでも「所得税法上の配当所得が決算手続に基づいてされる利益の配当に限られない」と述べていたので、平成18年改正を待たずして鈴や金融の判旨は意味を持たなくなっていたかも?

kr 最高裁判所(第一小法廷)昭和四三年(オ)第二五八号金員支払請求上告事件 判決 (昭和四五年一二月二四日言渡)
 右当事者間の名古屋高等裁判所昭和四二年(ネ)第六九号金員支払請求事件について、同裁判所が同年一二月一八日言い渡した判決に対し、上告人らから全部破棄を求める旨の上告の申立があり、被上告人は上告棄却の判決を求めた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。
       主   文
被上告人の本訴請求中、上告人中村卯助につき八六万二、二六六円およびこれに対する昭和三九年八月一五日よりその支払ずみに至るまで年五分の割合による金員、上告人藤本玉江につき三八万〇、一一〇円およびこれに対する右同日よりその支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の範囲を超えて支払を求める部分につき、原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。
前項の部分に関する被上告人の請求を棄却する。
その余の部分に関する上告人らの上告を棄却する。
訴訟の総費用は、これを一〇分して、その七を上告人らの負担とし、その余を被上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人橋本福松、同朽名幸雄の上告理由第一点ないし第三点について
 原判決(その訂正・引用する一審判決を含む。以下同じ)挙示の証拠によれば、所論の点に関する原判決の認定判断は相当で、その過程にも所論の違法は認められない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する事実の認定、証拠の取捨判断を非難するに帰し、とうてい採用し難い。
 同第四点および第五点について
一、原判決の確定するところによれば、上告人らは、もと被上告会社の役員であつたが、上告人らの在任中における被上告会社の所得の調査に際し、昭和三九年三月一〇日(原判決に二月一〇日とあるのは、三月一〇日誤記と認める)、所轄の中川税務署長は、本件係争の簿外定期預金の払出しを上告人中村、同売却損を上告人藤本に対する役員賞与と認定し、徴収義務者たる被上告会社に対し、旧所得税法(昭和二二年法律第二七号)四三条一項に基づいて、上告人らに対する源泉徴収による所得税の本税ならびに不納付加算税(旧源泉徴収加算税)および旧利子税の支払方を請求したので、被上告会社は、同年四月九日これを国に納付したところ、同税務署長は、さらに同年八月一四日被上告会社に対し、右に加えて新利子税の支払方を請求したので、被上告会社は同日これを国に納付したが、上告人らが以上の事実を知つたのは翌四〇年三月八日頃であつて、それ以前に被上告会社はこれを上告人らに知らせることはしなかつた、というのである。
二、本訴は、被上告会社が旧所得税法四三条二項により上告人らに対し右所得税等に相当する金額の支払を求めるというものであるが、上告人らが、被上告会社の右請求原因に対する抗弁として、(一)もし被上告会社が右認定賞与の(課税決定)を受けたのち上告人らにその旨の連絡をしておれば、上告人らは、本件簿外定期預金の払出しおよび売却物件の譲渡について源泉徴収による納税義務(以下たんに(源泉納税義務)という)を負ういわれがなく、かつ、その旨を詳細に説明しうる立場にあつたので、被上告会社の税務当局に対する不服申立てにつき協力し、税務当局をして右不服申立てを認容させることができたものであるのに、被上告会社は、上告人らになんらの通知連絡をすることなく、不充分な理由によつて不服申立てをし、それが容れられなかつたところ、漫然出訴期間を徒過して(課税決定)を確定させこれにより源泉徴収による所得税等を納付するに至つたものであるから、被上告会社はみずからの重大な過失により右所得税等を納付したものというべく、したがつて右納付にかかる税額に相当する金額の支払を上告人らに請求することは許されない、(二)かりに然らずとしても、被上告会社が前記(課税決定)につき上告人らに対してなんら通知をすることなく、上告人らをして右(課税決定)に対する異議申立ておよび訴訟提起の機会を失わしめたことは、信義誠実の原則に反し、かつ、権利の濫用であるから、被上告会社の本訴請求は許されない、(三)かりに然らずとしても、被上告会社が、右のように、上告人らをして異議申立ておよび訴訟提起の機会を失わしめたことは、被上告会社の重大な過失に起因するところ、上告人らは被上告会社の右不法行為により憲法三二条に規定する裁判を受ける権利を奪われた結果となり、被上告会社が本訴において上告人らに請求する金額と同額の損害を被つたことになるので、上告人らは右損害賠償債権をもつて被上告会社の本訴請求債権と対当額において相殺したから、被上告会社の請求は失当である、と主張したのに対し、原判決は、上告人らにおいて源泉納税義務を負わなかつた旨の主張は採用しえないとして、抗弁(一)を排斥し、また、上告人らは、右認定賞与に対する「所得税の決定」を知つた時から、これに対する異議申立て、行政訴訟をなしえたものであるとして、抗弁(二)(三)を排斥したことが、その判文上明らかである。
三、論旨は、前記抗弁(二)(三)を排斥した原判決の判断を非難するのであるが、本件においては、論旨の検討に先だつて、源泉徴収の法律関係を考察する必要がある。
1 源泉徴収の対象となるべき所得の支払がなされるときは、支払者は、法令の定めるところに従つて所得税を徴収して国に納付する義務(以下たんに(納税義務)というときは、これを指す)を負うのであるが、この納税義務は右の所得の支払の時成立し、その成立と同時に特別の手続を要しないで納付すべき税額が確定するものとされている(国税通則法一五条。以下たんに(法何条)というときは、同法の各条を指す)。すなわち、源泉徴収による所得税については、申告納税方式による場合の納税者の税額の申告やこれを補正するための税務署長等の処分(更正、決定)、賦課課税方式による場合の税務署長等の処分(賦課決定)なくして、その税額が法令の定めるところに従つて当然に、いわば自働的に確定するものとされるのである。そして、右にいわゆる確定とは、もとより行政上または司法上争うことを許さない趣旨ではないが、支払われた所得の額と法令の定める税率等から、支払者の徴収すべき税額が法律上当然に決定されることをいうのであつて、たとえば、申告納税方式において、税額が納税者の申告により確定し、あるいは税務署長の処分により確定するのと、趣きを異にするのである。そして、以上は、法一五条の規定をまつまでもなく、源泉徴収制度の当然の前提として、法の予定するところというべきである。
2 したがつて支払者は、右の自働的に確定した税額を、法令に基づいてみずから算出し(ただし、計算の前提となるべき諸控除の申告は受給者による)、これを支払額より徴収して国に納付すべきこととなるのであるが、それが法定の納期限までに納付されないときは、税務署長は支払者に対し、当該所得の支払と同時に確定した税額を示して納税の告知(法三六条)をし、さらに督促を経て、滞納処分をなすべきものとされる。
 この場合、納税義務の存否またはその範囲いかんにつき、支払者と税務署長との間に意見の対立があるときは、支払者はいかなる手続によりこれを争うべきかの問題を生ずる。
3 税務署長が、支払者の納付額を過少とし、またはその不納付を非とする意見を有するときに、これが納税者たる支払者に通知されるのは、前記の納税の告知によるものであり、この点において、納税の告知は、あたかも申告納税方式による場合の更正または決定に類似するかの観を呈するのであるが、源泉徴収による所得税の税額は、前述のとおり、いわば自働的に確定するのであつて、右の納税の告知により確定されるものではない。すなわち、この納税の告知は、更正または決定のごとき課税処分たる性質を有しないものというべきである。
 もし、これに反して、右の納税の告知がそれ自体として税額を確定させる行為(課税処分)であるとすると、取消判決等によりその効力が否定されないかぎり、支払者において、納税の告知により確定された税額を徴収して国に納付すべき義務の存することを争いえず、また従つて受給者において、旧所得税法四三条(新法二二二条)に基づく支払者の請求等を拒みえないこととなるのである(支払者において徴収義務を負担するとは、すなわち、受給者において源泉納税義務を負うことにほかならず、両者は表裏をなす関係にあり、したがつて、もし納税の告知が課税処分であるとすれば、そこにおいて確定された税額およびその前提となる徴収義務の存在は、右処分が取り消されないかぎり、支払者はもとより受給者においても、これを否定しえないこととなるのである)が、現行法上、かかる見地は許容されえない。けだし、源泉徴収による所得税の税額が納税の告知によつて確定されるとするのは、所得の支払の時に所得税を徴収すべきものとする制度の本旨に反するのみならず、もし、納税の告知によつて、支払者の納税義務とともに、受給者の源泉納税義務の範囲(およびその前提となる当該義務の成立)が確定されるものであるとすれば、納税の告知は支払者および受給者の双方に対してなされることを要すべきところ、法二条五号は支払者のみを納税者とし、したがつて、納税の告知は支払者に対してのみなされるのであつて、これが税法の建前とするところであるからである。すなわち、納税の告知は、納税者たる支払者に対してのみなされるにかかわらず、これにより支払者の納税義務の範囲(および成立)が公定力をもつて確定されるものとすれば、同時に、しかも受給者不知の間に、その源泉納税義務の範囲(および成立)が公定力をもつて確定されることとなるのであるが、かかる結果は、とうてい法の予定するところとは解しえないのである。
4 一般に、納税の告知は、法三六条所定の場合に(なお、資産再評価法七一条四項参照)、国税徴収手続の第一段階をなすものとして要求され、滞納処分の不可欠の前提となるものであり、また、その性質は、税額の確定した国税債権につき、納期限を指定して納税義務者等に履行を請求する行為、すなわち徴収処分であつて(ただし、賦課課税方式による場合において法三二条一項一号に該当するときは、納税の告知が、同時に賦課決定の通知として、税額確定の効果をあわせもつ例外の場合にあたる)、それ自体独立して国税徴収権の消滅時効の中断事由となるもの(法七三条一項)であるが、源泉徴収による所得税についての納税の告知は、前記により確定した税額がいくばくであるかについての税務署長の意見が初めて公にされるものであるから、支払者がこれと意見を異にするときは、当該税額による所得税の徴収を防止するため、異議申立てまたは審査請求(法七六条、七九条)のほか、抗告訴訟をもなしうるものと解すべきであり、この場合、支払者は、納税の告知の前提となる納税義務の存否または範囲を争つて、納税の告知の違法を主張することができるものと解される。けだし、右の納税の告知に先だつて、税額の確定(およびその前提となる納税義務の成立の確認)が、納税者の申告または税務署長の処分によつてなされるわけではなく、支払者が納税義務の存否または範囲を争ううえで、障害となるべきものは存しないからである。
5 以上のとおり、源泉徴収による所得税についての納税の告知は、課税処分ではなく徴収処分であつて、支払者の納税義務の存否・範囲は右処分の前提問題たるにすぎないから、支払者においてこれに対する不服申立てをせず、または不服申立てをしてそれが排斥されたとしても、受給者の源泉納税義務の存否・範囲にはいかなる影響も及ぼしうるものではない。したがつて、受給者は、源泉徴収による所得税を徴収されまたは期限後に納付した支払者から、その税額に相当する金額の支払を請求されたときは、自己において源泉納税義務を負わないことまたはその義務の範囲を争つて、支払者の請求の全部または一部を拒むことができるものと解される(支払者が右の徴収または納付の時以後において受給者に支払うべき金額から右税額相当額を控除したときは、その全部または一部につき源泉納税義務のないことを主張する受給者は、支払者において法律上許容されえない控除をなし、その残額のみを支払つたのは債務の一部不履行であるとして、当該控除額に相当する債務の履行を請求することができる)。
 支払者は、一方、納税の告知に対する抗告訴訟において、その前提問題たる納税義務の存否または範囲を争つて敗訴し、他方、受給者に対する税額相当額の支払請求訴訟(または受給者より支払者に対する控除額の支払請求訴訟)において敗訴することがありうるが、それは、納税の告知が課税処分ではなく、これに対する抗告訴訟が支払者の納税義務また従つて受給者の源泉納税義務の存否・範囲を訴訟上確定させうるものでない故であつて、支払者は、かかる不利益を避けるため、右の抗告訴訟にあわせて、またはこれと別個に、納税の告知を受けた納税義務の全部または一部の不存在の確認の訴えを提起し、受給者に訴訟告知をして、自己の納税義務(受給者の源泉納税義務)の存否・範囲の確認について、受給者とその責任を分かつことができる。
四、本件において原判決の確定した事実関係中、中川税務署長が被上告会社に対し、昭和三九年三月一〇日、本件簿外定期預金の払出しおよび売却損を上告人らに対する役員賞与と認定して、源泉徴収による所得税の本税ならびに不納付加算税(旧源泉徴収加算税)および旧利子税の支払方を請求し、また、同年八月一四日新利子税の支払方を請求したというのは、以下、本税の関係のみについていえば(その余の関係については後述)、所轄税務署長が被上告会社に対し、本件簿外定期預金の払出しおよび売却損につき上告人らより徴収して納付すべき所得税の納付がないとして、これを被上告会社より徴収するため、納税の告知(法三六条)をしたことをいうのであり、原判決がこれを指して(課税決定)といい、また(所得税の決定)というのは、納税の告知の法律的性質を誤解したものといわなければならない。
 しかしながら、支払者たる被上告会社が納税の告知(徴収処分)に対して、行政上の不服申立てを適切に行なわず、また、抗告訴訟を提起しなかつたとしても、それが受給者たる上告人らの源泉納税義務の存否および範囲いかんにつき、なんら影響を及ぼすものでないことは、前記に説示するところによつて明らかであつて、上告人らは、被上告会社に対する納税の告知の行政処分としての確定と無関係に、上告人らの源泉納税義務(また従つて被上告会社の納税義務)の不存在を主張して、被上告会社の本訴請求を争うことができるのである。現に、上告人らは原審において、源泉納税義務の不存在を主張して排斥されたものであり、被上告会社が納税の告知を受けながら、これを上告人らに知らせることのないまま行政処分として確定させたとしても、なんら上告人らの権利・利益を侵害したものということはできないのである。
 したがつて、上告人ら主張の抗弁(二)(三)は主張自体失当というべきであつて、これを排斥した原判決の判断は、その結論において正当たるに帰し、論旨第四点および第五点は、ともに、その立論の前提に誤りがあつて採用しえないものというべきである。
 本件上告理由がいずれも採用し難いものであることは、以上説示のとおりであるが、源泉徴収による所得税の納税者は、支払者であつて受給者ではないから、法定の納期限にこれを国に納付する義務を負い、それを怠つた場合に生ずる附帯税を負担すべき者は、納税者(徴収義務者)たる支払者自身であつて、右の附帯税相当額を旧所得税法四三条二項(新法二二二条)に基づいて受給者に請求しうべきいわれはない。すなわち、被上告会社の本訴請求中、上告人中村卯助につき八六万二、二六六円、上告人藤本玉枝につき三八万〇、一一〇円の、いずれも源泉徴収による所得税の本税相当額の支払を求める部分は正当であるが、不納付加算税(旧源泉徴収加算税)および新旧利子税相当額の支払を求める部分は失当たるを免れない。また、被上告会社が上告人らに対して請求しうる所得税の本税相当額に対する遅延損害金は、原判示のような商事法定利率によるべきではなく、一般の原則に従い、年五分の民事法定利率によるものと解すべきである。
 よつて、一、二審判決中、上告人らにつき前記の源泉徴収による所得税の各本税相当額およびこれに対する民事法定利率の範囲を超えて、被上告会社の本訴請求を認容した部分は、もとより違法として破棄または取消しを免れず、右部分に関する被上告会社の請求は棄却すべきであり、また、その余の部分に関する上告人らの上告は理由がないので、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条二項、九六条、九二条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

ks Cf.沼田幸雄「財産分与の対象と基準」野田・梶村編『新家族法実務大系』1巻484頁;渋谷雅弘「離婚時における財産分与と課税」同526頁

kt [浅妻]最判昭和50年5月27日の上告理由が無償性を主張しているのに応答して最高裁は有償性…分与義務の消滅が「経済的利益」に当たる…で応答した訳であるが、共有地の分割においても分与義務はあるので、分与義務の消滅だけでは、共有地の分割と離婚における財産分与との違いの説明にならないおそれがある。また、【「経済的利益」=有償性】と【「移転」の有無】とが別問題であるとすると、最判昭和50年5月27日では「移転」があることについての論証が示されていないのではないかとの疑問も残る。しかし最判平成7年1月24日は、こうした疑問に応答している、という論理関係になるものと考えられる。

ku 時効取得・静岡地判平成8年7月18日行集47巻7=8号632頁
(略)二 本件土地の時効取得による一時所得の発生時期について
1 この点、原告は、時効の遡及効(民法一四四条)を根拠に、右一時所得は取得時効の起算日である昭和二六年七月三一日に発生したとし、予備的に、訴訟外で時効を援用したとする昭和四三年三月三日又は時効期間の経過した昭和四六年七月三一日に一時所得が発生した旨主張している。
 しかしながら、民法は、所有権の取得時効を、一〇年又は二〇年の占有の継続と時効の援用とによって当該資産の所有権を取得するものとして、時効の効果を当事者の意思をも顧慮して生じさせることとしているのであって、これからすれば、実体法上、取得時効の効果は時効期間の経過とともに確定的に生ずるのではなく、時効が援用されたときにはじめて確定的に生ずる、すなわち右援用時に当該資産の所有権を取得するものと解するのが相当である(前記昭和六一年最判参照。もっとも、原告は、昭和六一年最判は消滅時効に関するものであるから、取得時効に関する本件には妥当しないうえ、前記昭和五〇年最判によれば、実体法上時効援用時に所有権を取得するとは必ずしもいえない旨主張している。
 しかし、時効援用の効果について、消滅時効と取得時効とで異なる取扱いをしなければならない理由はない。また、右昭和五〇年最判は、国が違法に無効な農地買収・売渡処分を行って被売渡人に農地を引渡し、被売渡人がこれを時効取得した結果、被買収者が右農地の所有権を喪失したことによって損害を被った場合につき、右処分と損害との間に相当因果関係があるとしたうえで、損害額は時効完成時における右農地の価格を基準として算定するのが相当である旨判示したものであり、時効による権利の得喪の時期について判示したものではない。)。
 また、所得税法三六条一項にいう「収入すべき金額」とは、「収入すべき権利の確定した金額」と解すべきところ、取得時効の援用によって、占有者が当該資産につき時効利益を享受する意思が明らかになり、かつ時効取得に伴う一時所得に係る収入金額を具体的に計算することが可能になるのであるから、所得税法上も、時効援用時に時効取得に伴う一時所得に係る収入金額が発生するものと解すべきである。
 なお、時効援用後に、訴訟等において取得時効にかかる事実が否定されたり、あるいは必要経費が発生したような場合には、納税者は、更正の請求により、減額更正を求めることができるのであるから(国税通則法二三条二項一号)、時効援用後も訴訟等が係属していることをもって、時効援用時に一時所得の発生がないということはできない。
2 そこで、本件土地についての取得時効援用の時期を検討すると、成立に争いのない甲八ないし一〇号証、右甲一〇号証により真正に成立したものと認められる甲七号証の三の一、二及び弁論の全趣旨によれば、鈴木良柱が、昭和四三年三月三日に、鈴木宇吉の家督相続人鈴木宇平に対し、本件土地の所有名義を無償で移転するよう懇請したことが窺われるものの、このときに鈴木良柱が本件土地について取得時効を援用したことまでは認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
 他方、成立に争いのない甲一号証によれば、原告が平成元年一一月二七日に提起した別訴の訴状において、本件土地の時効取得を主張していることが認められる。従って、本件土地についての取得時効援用の時期は、原告が別訴を提起した平成元年一一月二七日(時効援用の意思表示の効力発生は右訴状が別訴の被告らに送達された時点)と認めるのが相当である。
3 よって、本件土地の時効取得による一時所得の発生時期は、原告が時効を援用した平成元年一一月二七日であり、原告の前記主張は失当である。 (略)
四 一時所得に係る総収入金額とすべき本件土地の価額について
1 原告は、右価額は、時効の起算日である昭和二六年七月三一日当時の評価によるべきであるとし、予備的に、前述のように、昭和四三年三月三日又は昭和四六年七月三一日当時の評価によるべきである旨主張している。
 しかし、前記のとおり時効援用時に時効取得に伴う一時所得に係る収入金額が発生すること及び原告が平成元年一一月二七日に本件土地につき取得時効を援用していることからすれば、一時所得に係る総収入金額とすべき本件土地の価額は、平成元年一一月当時の評価によるべきである。(略)

高価な記念ホームランボールを拾った者が売った場合の課税について、浅妻章如「756号ホームラン・ボールをきっかけとした一時所得と譲渡所得との関係に関する考察」立教法学75号119頁

kv WSJ: Taxing Lunch at Google and Facebook? GoogleやFacebookの従業員が食べている豪勢なランチについて課税すべきでしょうかねえという話。

kw  相続税と所得税の二重課税の是非に関して、浅妻章如「相続等の財産無償移転に対する課税のタイミングについて」『トラスト60研究叢書 金融取引と課税(1)』155-227頁(2011)参照→浅妻章如「最判平22・7・6と最大決平25・9・4後の相続税(廃止)と所得税」『現代租税法講座第2巻 家族・社会』(日本評論社、2015)で整理しなおす予定。
 cf.アメリカ等幾つかの国では所税59・60条のような調整規定が不充分であり、この点で日本法は合理的(とはいえ規定漏れがある)。参照:増井良啓「所得税法59条と60条の適用関係」税務事例研究96号37-68頁(2007)。
 大阪地判平成26年3月14日平24(行ウ)176号棄却・大阪高判平成26年10月30日平26(行コ)64号控訴棄却(未確定)(第779回租税判例研究会佐藤英明2015.7.3報告)…相続不動産たる減価償却資産の耐用年数は被相続人から引き継ぐ。…相続も「取得」であるとし旧減価償却方法を使えないとした千葉地判平171206税資255-10218(最一小決平成18年9月28日税資256号順号10521まで維持)と整合しない、という難点がある。([浅妻]しかし大阪高判の結論がおかしいわけでもないかもしれない。最高裁で先例との整合性について判断させないといけないような気もする。)

kx  参考:佐藤英明「給与所得の意義――事業所得との区別」税務事例研究56号25頁等。その他給与所得該当肯定例として最判昭和53年8月29日訟月24巻11号2430頁、否定例として最判平成元年6月22日税資170号769頁。
 大阪高判平成21年4月22日平成20年(行コ)172号・佐藤英明・ジュリスト1433号141頁:弁護士会が京都府・京都市から引き受けた無料法律相談に執務した日当1回1万5000円が事業所得に当たるとした例……[浅妻]給与所得非該当の限界事例か?
 東京地判平成24年9月21日平成23年(行ウ)127号…麻酔科医が各病院から得た報酬が給与所得に該当するとした事例。尤も、麻酔科医は事業所得で申告していると原告は主張しており、給与所得該当が麻酔科医一般に当てはまるかについては疑問の余地あり。

ky 無譲渡説(土地を売った組合員に譲渡所得は発生しない)、全部譲渡説(土地譲渡所得全額が発生する)、一部譲渡説(土地譲渡所得の内、土地を売った組合員以外の組合員の組合持分に対応する割合だけの一部譲渡があったものとして、部分的に譲渡所得が発生する)などの考え方がありうる。実務上は譲渡所得が発生しないものとして扱っているらしい(?)(判例がないので不確か)。

kz 大阪高判平成24年4月26日平成23年(行コ)152号・大阪地判平成23年10月14日平成21年(行ウ)155号は譲渡所得ではなく(権利の承継後の支払いであるから)雑所得であると判断した事例であり、給与所得該当性についてあまり議論されていない。[浅妻]譲渡所得該当性を不必要に狭める判示であるように思える。

lb 最高裁判所第三小法廷平成2年(行ツ)第155号平成04年02月18日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
 上告代理人竹下重人の上告理由第二の二について
 所得税法によれば、居住者に対して課される所得税の額(以下「算出所得税額」という。)は、一暦年間におけるすべての所得の金額を総合して課税総所得金額等を計算した上、これに所定の税率等を適用して算出するものとされ(第二編第一章ないし第三章)、同法一二〇条一項の規定により確定申告をする居住者は、総所得金額若しくは退職所得金額又は純損失の金額の計算の基礎となった各種所得につき同項五号の「源泉徴収をされた又はされるべき所得税の額」(以下「源泉徴収税額」という。)がある場合には、これを算出所得税額から控除して納付すべき所得税の額を計算し、その結果納付すべき税額があるときは、これを国に納付しなければならないものとされ(同号、一二八条)、また、右の計算上控除しきれなかった金額があるときは、その金額に相当する所得税の還付を受けることができるものとされている(一二〇条一項六号、一三八条)。
 右の一二〇条一項五号にいう「源泉徴収をされた又はされるべき所得税の額」とは、所得税法の源泉徴収の規定(第四編)に基づき正当に徴収をされた又はされるべき所得税の額を意味するものであり、給与その他の所得についてその支払者がした所得税の源泉徴収に誤りがある場合に、その受給者が、右確定申告の手続において、支払者が誤って徴収した金額を算出所得税額から控除し又は右誤徴収額の全部若しくは一部の還付を受けることはできないものと解するのが相当である。けだし、所得税法上、源泉徴収による所得税(以下「源泉所得税」という。)について徴収・納付の義務を負う者は源泉徴収の対象となるべき所得の支払者とされ、原判示のとおり、その納税義務は、当該所得の受給者に係る申告所得税の納税義務とは別個のものとして成立、確定し、これと並存するものであり、そして、源泉所得税の徴収・納付に不足がある場合には、不足分について、税務署長は源泉徴収義務者たる支払者から徴収し(二二一条)、支払者は源泉納税義務者たる受給者に対して求償すべきものとされており(二二二条)、また、源泉所得税の徴収・納付に誤りがある場合には、支払者は国に対し当該誤納金の還付を請求することができ(国税通則法五六条)、他方、受給者は、何ら特別の手続を経ることを要せず直ちに支払者に対し、本来の債務の一部不履行を理由として、誤って徴収された金額の支払を直接に請求することができるのである(最高裁昭和四三年(オ)第二五八号同四五年一二月二四日第一小法廷判決・民集二四巻一三号二二四三頁参照)。このように、源泉所得税と申告所得税との各租税債務の間には同一性がなく、源泉所得税の納税に関しては、国と法律関係を有するのは支払者のみで、受給者との間には直接の法律関係を生じないものとされていることからすれば、前記源泉徴収税額の控除の規定は、申告により納付すべき税額の計算に当たり、算出所得税額から右源泉徴収の規定に基づき徴収すべきものとされている所得税の額を控除することとし、これにより源泉徴収制度との調整を図る趣旨のものと解されるのであり、右税額の計算に当たり、源泉所得税の徴収・納付における過不足の清算を行うことは、所得税法の予定するところではない。のみならず、給与等の支払を受けるに当たり誤って源泉徴収をされた(給与等を不当に一部天引控除された)受給者は、その不足分を即時かつ直接に支払者に請求して追加支払を受ければ足りるのであるから、右のように解しても、その者の権利救済上支障は生じないものといわなければならない。
 右と同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。右違法があることを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠く。論旨は、採用することができない。
 同第二の一について
 課税処分の取消訴訟における実体上の審判の対象は、当該課税処分によって確定された税額の適否であり、課税処分における税務署長の所得の源泉の認定等に誤りがあっても、これにより確定された税額が総額において租税法規によって客観的に定まっている税額を上回らなければ、当該課税処分は適法というべきである。
 原審の適法に確定した事実関係の下において、上告人らの本件各収入が給与所得でなく、一時所得又は退職所得であるとしても、本件各更正処分等に係る納付すべき税額は、右の場合の正当な納付すべき税額を下回るとした原審の判断は、正当として是認することができる。そうすると、いずれにしても本件各更正処分等は違法とはいえないのであって、本件各収入が給与所得であるかどうかについて判断するまでもなく、上告人らの本件各請求は理由がない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

lc 長崎年金払い生命保険年金二重課税事件・最判平成22年7月6日民集64巻5号1277頁
一審 長崎地判H18.11.7
2 本件年金受給権は,Aを契約者兼被保険者とし,原告を保険金受取人とする生命保険契約に基づくものであり,その保険金は保険事故が発生するまでAが払い込んだものであるから,年金の形で受け取る権利であるとしても,実質的にみて原告が相続によって取得したのと同視すべき関係にあり,相続税法3条1項1号に規定する「保険金」に当たると解するのが相当である。そして,本件年金受給権の価額は,同法24条に基づいて評価されることになるが,同条1項1号によると,有期定期金は,その残存期間に受けるべき給付金の総額に,その期間に応じた一定の割合を乗じて計算した金額とされている。この割合は,将来支給を受ける各年金の課税時期における現価を複利の方法によって計算し,その合計額が支給を受けるべき年金の総額のうちに占める割合を求め,端数整理をしたものだといわれている。
 他方,本件年金は,本件年金受給権に基づいて保険事故が発生した日から10年間毎年の応答日に発生する支分権に基づいて原告が保険会社から受け取った最初の現金である。上記支分権は,本件年金受給権の部分的な行使権であり,利息のような元本の果実,あるいは資産処分による資本利得ないし投資に対する値上がり益等のように,その利益の受領によって元本や資産ないし投資等の基本的な権利・資産自体が直接影響を受けることがないものとは異なり,これが行使されることによって基本的な権利である本件年金受給権が徐々に消滅していく関係にあるものである。
 そして,上記のように,相続税法による年金受給権の評価は,将来にわたって受け取る各年金の当該取得時における経済的な利益を現価(正確にはその近似値)に引き直したものであるから,これに対して相続税を課税した上,更に個々の年金に所得税を課税することは,実質的・経済的には同一の資産に関して二重に課税するものであることは明らかであって,前記所得税法9条1項15号の趣旨により許されないものといわなければならない。
3(1)被告は,本件の争点に関して,@相続税法3条1項1号の「保険金」は,保険契約等に基づく死亡保険金等の受給権を意味するものであるが,本件年金は,現実に支給された230万円という現金であり,それ自体定期金に関する権利ではないこと,A本件年金は,一定期日の到来によって生み出された支分権という本件年金受給権とは異なる権利に基づいて取得した現金であること,B所得税法施行令183条1項が,生命保険契約等に基づく年金の計算に関する規定を,また,同法第4編第4章第2節に生命保険契約等に基づく年金に係る源泉徴収に関する規定をもうけていることからすると,所得税法は,みなし相続財産とされる生命保険等を年金で受け取る場合においても当該年金に所得税を課税することを前提としていると解されること,C所得税法9条1項15号は,本件年金のように被相続人の死亡後に実現する所得に対する課税を許さないという趣旨ではないこと,D相続税法24条1項1号に基づく本件年金受給権の価額(1380万円)と,本件の特約年金の現価の一時支払の請求が行われた場合の「現価」(2059万8800円)とは異なり,本件年金受給権と本件年金とは経済的価値として同一のものとはいえないと主張しているので,この点について補足的に説明をしておく。
(2)ア 前記のとおり,相続税法3条1項によって相続財産とみなされて相続税を課税された財産につき,これと実質的,経済的にみれば同一のものと評価される所得について,その所得が法的にはみなし相続財産とは異なる権利ないし利益と評価できるときでも,その所得に所得税を課税することは,所得税法9条1項15号の趣旨によって許されないものと解するのが相当である。
 したがって,本件年金が現金であること,それが本件年金受給権とは法的に異なる支分権に基づくものであること,被相続人の死亡後に発生するものであることは,いずれも所得税法の前記条項にもかかわらず本件年金について所得税を課税すべきことの根拠となるものではない。
イ なお,付言すると,本件年金受給権が相続税法3条1項1号の「保険金」に該当すると解すべきことは先にみたとおりであるが,上記条項の文理とは異なって,ここにいう「保険金」はすべて「保険金受給権」を意味すると解さなければならない必然性はないと思われる。
 また,所得税法9条1項15号が,被相続人の死亡後に実現する所得に対する課税を許さないという趣旨のものでないことはそのとおりであるが逆に,被相続人の死亡後に発生した権利や実現した所得について必ず所得税を課税する趣旨を含んでいるものでもない。例えば,株式会社の役員が死亡後,その役員に対して退職慰労金を支給する旨の株主総会決議がされた場合,その支給が当該役員の死亡後3年以内に確定したものについては相続税法3条1項2号によって相続財産とみなされることとなるが,この役員退職慰労金請求権は,相続開始後に発生したものであるから,同条項により相続財産とみなされるものの中には被相続人の死亡後に発生する権利もある。また,本件年金受給権に関しても,受取人である原告が一時払いを選択した場合,この一時払いに基づく保険金に対して所得税は課税されない扱いであるが,一時払いを選択した場合の保険金請求権は,被相続人の死亡後に発生するものと解する余地があるし,そもそも本件年金に係る支分権(第1回目の年金支払請求権)は,支払事由が生じた日を支払日とされているから(2条4の(1)。甲5のB),相続開始後に発生した権利であるとも,実現した所得であるともいえないと見る余地もあることに留意すべきである。
 いずれにせよ,相続開始後に発生した債権・実現した所得であることは,それだけではみなし相続財産にはならないこと,あるいは所得税を課税することの,いずれの根拠にもならないというべきである。
 また,確かに,本件年金は,支分権という,本件年金受給権(基本権)と法的には異なる権利に基づいて取得した現金であるとはいえる。しかし,基本権と支分権は,基本権の発生原因たる法律関係と運命を共にする基本権と一たび具体的に発生した支分権との独立性を観念する概念であり,債権の消滅時効の点(民法168条,169条)などにおいて実際上の差異が生じるものであるが,この観念を,所得税法9条1項15号の解釈において,二重課税か否かを区別する指標であり二重課税であることを否定すべき事情と考えるべき根拠には乏しく(なお,相続税法3条1項1号の「保険金」を直ちに「保険金受給権」と解すべき根拠になるとも考えにくい),上記のとおり,今後受け取るべき年金の経済的利益を原価に引き直して課税しているのが年金受給権への相続税課税である以上,このような経済的実質によって,二重課税か否かを区別することが所得税法9条1項15号の趣旨に沿う。
 したがって,基本権と支分権の関係にあることないし法的には異なる権利と評価できるものであることは,それだけで二重課税であることを否定する根拠とはならない。

二審 福岡高判H19.10.25
(国主張) 原判決は,@相続税法24条1項1号による本件年金受給権の評価が,将来にわたって受け取る各年金の当該取得時における経済的な利益を現価(正確にはその近似値)に引き直したものであること,A本件年金に係る支分権は,利息のような元本の果実,あるいは資産処分による資本利得ないし投資に対する値上がり益等のように,その利益の受領によって元本や資産ないし投資等の基本的な権利・資産自体が直接の影響を受けることがないものとは異なり,これが行使されることによって基本的な権利である本件年金受給権が徐々に消滅していく関係にあることを指摘し,年金受給権に対して相続税を課税した上,さらに,個々の年金に所得税を課税することは,実質的・経済的には同一の資産に対して二重に課税するものであって,所得税法9条1項15号の趣旨により許されない旨判示する。
 しかし,原判決の上記@,Aの指摘は,本件年金に係る所得を所得税の課税対象と解することの妨げとなるものではない。例えば,相続により取得した財産が果樹であったような場合には,当該財産の価額を評価するに当たり,基本的には,いわゆる収益還元方式の考え方により,当該財産の使用によって将来にわたって受け取ることのできる収益(収穫した果実の売却による収入)を,現価ないしその近似値に引き直す方法を採るのが合理的と解される。これは,原判決が上記@で指摘するような本件年金受給権の価額の評価方法と同じ考え方に基づくものである。
 さらに,果樹には一定の寿命があり,毎年,果樹から果実を収穫すれば,その分だけ,当該果実から将来得られる収穫量の総計も減少すること,そのため,所得税法及び法人税法上も,果樹は減価償却資産とされていることに照らすと,当該果樹から得られる収益は,時の経過による当該財産の価値の減少と対応する関係にあるということができる。このことは,原判決が上記Aで指摘するような本件年金受給権と本件年金との関係,すなわち権利の行使とそれに伴う価値の逓減という関係と基本的に同様である。そして,果樹が相続税の課税対象となった場合であっても,その後,当該果樹から得られる収益に対し,所得税が課税されることについては異論がない。すなわち,相続税の課税に際し,時の経過によって価値の減少する資産の価額を収益還元方式によって評価したからといって,その後に当該資産から得られる収益が所得税法9条1項15号所定の非課税所得に当たるなどとは考えられていないのである。(略) (判決理由) ところで,被相続人が自己を保険契約者及び被保険者とし,共同相続人の1人又は一部の者を保険金受取人と指定して締結した生命保険契約において,被相続人の死亡により保険金受取人が取得するものは,保険金という金銭そのものではなく,保険金請求権という権利であるから,相続税法3条1項1号にいう「保険金」は保険金請求権を意味するものと解される。
 そうすると,相続税法3条1項1号及び所得税法9条1項15号により,相続税の課税対象となり,所得税の課税対象とならない財産は,保険金請求権という権利ということになる。
(2)本件年金受給権及び本件年金について
 引用に係る原判決(補正後のもの)第2の1(1)の事実によれば,本件年金受給権は,Aを契約者及び被保険者とし,被控訴人を保険金受取人とする生命保険契約(本件保険契約)に基づくものであり,その保険料は保険事故が発生するまでAが払い込んだものであって,年金の形で受け取る権利であるが,Aの相続財産と実質を同じくし,Aの死亡を基因として生じたものであるから,相続税法3条1項1号に規定する「保険金」に該当すると解される。そうすると,被控訴人は,Aの死亡により,本件年金受給権を取得したのであるから,その取得は相続税の課税対象となる。
 前記事実によれば,被控訴人は,将来の特約年金(年金)の総額に代えて一時金を受け取るのではなく,年金により支払を受けることを選択し,特約年金の最初の支払として本件年金を受け取ったものである。本件年金は,10年間,保険事故発生日の応当日に本件年金受給権に基づいて発生する支分権に基づいて,被控訴人が受け取った最初の現金というべきものである。そうすると,本件年金は,本件年金受給権とは法的に異なるものであり,Aの死亡後に支分権に基づいて発生したものであるから,相続税法3条1項1号に規定する「保険金」に該当せず,所得税法9条1項15号所定の非課税所得に該当しないと解される。したがって,本件年金に係る所得は所得税の対象となるものというべきである。
(3)所得税法の規定等について
ア 所得税法の規定について所得税法207条は,居住者に対し国内において同法76条3項1号から4号までに掲げる契約等に基づく年金の支払をする者は,その支払の際,その年金について所得税を源泉徴収しなければならない旨を規定しているところ,同法76条3項1号は,生命保険会社の締結した生命保険契約のうち「生存又は死亡に基因して一定額の保険金が支払われるもの」で,当該契約に基づく保険金,年金等の受取人のすべてをその保険料等の払込みをする者又はその配偶者その他の親族とするものを掲げている。上記各規定によれば,居住者に対し所定の生命保険契約に基づく死亡保険金として年金の支払をする者が,その支払の際,その年金について所得税を源泉徴収しなければならないことは明らかである。したがって,上記各規定は,所得税法が,所定の生命保険契約に基づいて,死亡保険金として年金の支払を受ける者に所得が生じることを当然の前提としているものと解される。
 次に,同法9条1項3号ロは,「遺族の受ける恩給及び年金(死亡した者の者の勤務に基づいて支給されるものに限る。)」につき,同項15号とは別に非課税規定を設けている。これは,本件年金のように,生命保険契約に基づく死亡保険金として支払われる年金が,同項15号所定の非課税所得に該当しないことを前提としているものと解される。なぜなら,本件年金のように,生命保険契約に基づく死亡保険金として支払われる年金が,みなし相続財産である年金受給権と実質的・経済的に同一の財産と評価されるという理由により,同号により非課税所得とされるのであれば,同項ロの規定を設ける必要はないからである。
 上記によれば,所得税法は,本件年金のように,生命保険契約に基づく死亡保険金として支払われる年金について,所得税の課税を予定しているものということができる。[略]
(4)被控訴人の主張について
ア 二重課税の主張について [略]
 しかし,本件年金受給権の取得と個々の年金の取得とは,別個の側面がある。まず,後者についてみると,被控訴人は,本件保険契約において,将来の特約年金(年金)を受け取るものであるが,これは,被控訴人が自ら年金契約等の定期金給付契約を締結して自ら掛金を負担し,年毎に年金等の定期金を受け取る場合と異なるところはなく,いずれについても所得があるのである。そうすると,両者を区別することはできず,これらの所得は所得税の対象となる。そして,前者についてみると,被控訴人は,本件保険契約において,自ら保険料を支払ったものではないのに,Aの死亡により,本件年金受給権を取得したのであるから,これは,前者とは別個に,相続税の対象となる。このように考えると,本件年金受給権の取得に相続税を課し,個々の年金の取得に所得税を課することを,二重に課税するものということはできない。

上告審 最三小判H22.7.6
1 本件は,年金払特約付きの生命保険契約の被保険者でありその保険料を負担していた夫が死亡したことにより,同契約に基づく第1回目の年金として夫の死亡日を支給日とする年金の支払を受けた上告人が,当該年金の額を収入金額に算入せずに所得税の申告をしたところ,長崎税務署長から当該年金の額から必要経費を控除した額を上告人の雑所得の金額として総所得金額に加算することなどを内容とする更正を受けたため,上告人において,当該年金は,相続税法3条1項1号所定の保険金に該当し,いわゆるみなし相続財産に当たるから,所得税法9条1項15号により所得税を課することができず,上記加算は許されない旨を主張して,上記更正の一部取消しを求めている事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1)上告人の夫であるAは,B生命保険相互会社(以下「B生命」という。)との間で,Aを被保険者,上告人を保険金受取人とする年金払特約付きの生命保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結し,その保険料を負担していたが,平成14年10月28日に死亡した。上告人は,これにより,本件保険契約に基づく特約年金として,同年から同23年までの毎年10月28日に230万円ずつを受け取る権利(以下「本件年金受給権」という。)を取得した。
 上告人は,平成14年11月8日,B生命から,同年10月28日を支給日とする第1回目の特約年金(以下「本件年金」という。)として,230万円から所得税法208条所定の源泉徴収税額22万0800円を控除した金額の支払を受けた。
(2)上告人は,平成14年分の所得税について,平成15年2月21日,総所得金額22万7707円,課税総所得金額0円,源泉徴収税額及び還付金の額2664円とする確定申告をし,次いで,同年8月27日,総所得金額37万7707円,課税総所得金額0円,源泉徴収税額及び還付金の額22万3464円(本件年金に係る源泉徴収税額22万0800円を加算した金額)とする更正の請求をしたが,これらの確定申告及び更正の請求を通じて,本件年金の額を各種所得の金額の計算上収入金額に算入していなかった。
 他方,上告人は,Aを被相続人とする相続税の確定申告においては,相続税法24条1項1号の規定により計算した本件年金受給権の価額1380万円を相続税の課税価格に算入していた。
(3)長崎税務署長は,本件年金の額から払込保険料を基に計算した必要経費9万2000円を控除した220万8000円を上告人の平成14年分の雑所得の金額と認定し,平成15年9月16日,総所得金額258万5707円,課税総所得金額219万円,源泉徴収税額22万3464円,還付金の額4万8264円とする更正をし,次いで,同16年6月23日,所得控除の額を加算して課税総所得金額を32万円に減額し,これに伴い還付金の額を19万7864円に増額する再更正をした(以下,この再更正後の上記更正を「本件処分」という。)。
3 原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判示し,本件処分は適法であると判断して,上告人の請求を棄却すべきものとした。
 所得税法9条1項15号は,相続,遺贈又は個人からの贈与により取得し又は取得したものとみなされる財産について,相続税又は贈与税と所得税との二重課税を排除する趣旨の規定である。相続税法3条1項1号により相続等により取得したものとみなされる「保険金」とは保険金請求権を意味し,本件年金受給権はこれに当たるが,本件年金は,本件年金受給権に基づいて発生する支分権に基づいて上告人が受け取った現金であり,本件年金受給権とは法的に異なるものであるから,上記の「保険金」に当たらず,所得税法9条1項15号所定の非課税所得に当たらない。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)ア 所得税法9条1項は,その柱書きにおいて「次に掲げる所得については,所得税を課さない。」と規定し,その15号において「相続,遺贈又は個人からの贈与により取得するもの(相続税法の規定により相続,遺贈又は個人からの贈与により取得したものとみなされるものを含む。)」を掲げている。同項柱書きの規定によれば,同号にいう「相続,遺贈又は個人からの贈与により取得するもの」とは,相続等により取得し又は取得したものとみなされる財産そのものを指すのではなく,当該財産の取得によりその者に帰属する所得を指すものと解される。そして,当該財産の取得によりその者に帰属する所得とは,当該財産の取得の時における価額に相当する経済的価値にほかならず,これは相続税又は贈与税の課税対象となるものであるから,同号の趣旨は,相続税又は贈与税の課税対象となる経済的価値に対しては所得税を課さないこととして,同一の経済的価値に対する相続税又は贈与税と所得税との二重課税を排除したものであると解される。
イ 相続税法3条1項1号は,被相続人の死亡により相続人が生命保険契約の保険金を取得した場合には,当該相続人が,当該保険金のうち被相続人が負担した保険料の金額の当該契約に係る保険料で被相続人の死亡の時までに払い込まれたものの全額に対する割合に相当する部分を,相続により取得したものとみなす旨を定めている。上記保険金には,年金の方法により支払を受けるものも含まれると解されるところ,年金の方法により支払を受ける場合の上記保険金とは,基本債権としての年金受給権を指し,これは同法24条1項所定の定期金給付契約に関する権利に当たるものと解される。
 そうすると,年金の方法により支払を受ける上記保険金(年金受給権)のうち有期定期金債権に当たるものについては,同項1号の規定により,その残存期間に応じ,その残存期間に受けるべき年金の総額に同号所定の割合を乗じて計算した金額が当該年金受給権の価額として相続税の課税対象となるが,この価額は,当該年金受給権の取得の時における時価(同法22条),すなわち,将来にわたって受け取るべき年金の金額を被相続人死亡時の現在価値に引き直した金額の合計額に相当し,その価額と上記残存期間に受けるべき年金の総額との差額は,当該各年金の上記現在価値をそれぞれ元本とした場合の運用益の合計額に相当するものとして規定されているものと解される。したがって,これらの年金の各支給額のうち上記現在価値に相当する部分は,相続税の課税対象となる経済的価値と同一のものということができ,所得税法9条1項15号により所得税の課税対象とならないものというべきである。
ウ 本件年金受給権は,年金の方法により支払を受ける上記保険金のうちの有期定期金債権に当たり,また,本件年金は,被相続人の死亡日を支給日とする第1回目の年金であるから,その支給額と被相続人死亡時の現在価値とが一致するものと解される。そうすると,本件年金の額は,すべて所得税の課税対象とならないから,これに対して所得税を課することは許されないものというべきである。
(2)なお,所得税法207条所定の生命保険契約等に基づく年金の支払をする者は,当該年金が同法の定める所得として所得税の課税対象となるか否かにかかわらず,その支払の際,その年金について同法208条所定の金額を徴収し,これを所得税として国に納付する義務を負うものと解するのが相当である。
 したがって,B生命が本件年金についてした同条所定の金額の徴収は適法であるから,上告人が所得税の申告等の手続において上記徴収金額を算出所得税額から控除し又はその全部若しくは一部の還付を受けることは許されるものである。
(3)以上によれば,本件年金の額から必要経費を控除した220万8000円を上告人の総所得金額に加算し、その結果還付金の額が19万7864円にとどまるものとした本件処分は違法であり,本件処分のうち総所得金額37万7707円を超え,還付金の額22万3464円を下回る部分は取り消されるべきである。
5 これと異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,上告人の請求には理由があり,これを認容した第1審判決は結論において是認することができるから,被上告人の控訴を棄却すべきである。 

参考 所得税基本通達9-18(年金の総額に代えて支払われる一時金)
9−18 死亡を年金給付事由とする令第183条第3項《生命保険契約等に基づく年金に係る雑所得の金額の計算上控除する保険料等》に規定する生命保険契約等の給付事由が発生した場合で当該生命保険契約等に係る保険料又は掛金がその死亡をした者によって負担されたものであるときにおいて、当該生命保険契約等に基づく年金の受給資格者が当該年金の受給開始日以前に年金給付の総額に代えて一時金の支払を受けたときは、当該一時金については課税しないものとする。(略)

参考 平成22年10月20日付 課個2-27 相続等に係る生命保険契約等に基づく年金に係る雑所得の金額の計算書(様式)の制定について(法令解釈通達)

調査官解説古田孝夫・ジュリスト1423号100-104頁(2011.6.1)、法曹時報65巻6号19-47頁(2013.6)
篠原克岳「相続税と所得税の関係について―「生保年金二重課税事件」を素材とした考察―」税務大学校論叢74号1頁
相続不動産譲渡所得課税が所得税法9条1項16号に違反しないとした例として東京地判平成25年6月20日平成24(行ウ)243号請求棄却・東京高判平成25年11月21日平成25年(行コ)268号(未確定[追記:恐らく最高裁不受理で確定なのでしょう])、東京地判平成25年7月26日平成24(行ウ)354号Z888-1776請求棄却・東京高判平成26年3月27日平25(行コ)320号(未確定[追記:最決平成27年1月16日TAINS Z263-12265で確定したらしい])。前者事案につき租税判例研究会2014年9月5日山田二郎報告は判旨反対。
配当所得(この事案では所得税法25条1項3号のみなし配当)について最判平成22年7月6日の射程外とした事例として、大阪地判平成27年4月14日平24行ウ292。

参照:保険契約者と被保険者が同一人の場合において被保険者の死亡に伴い支払われる解約返戻金相当額の返戻金に係る支払請求権の相続税の課税関係について(国税庁、2015.3.2文書回答事例)

ld 最高裁判所第三小法廷平成21年(受)第747号 平成23年3月22日判決
       主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人内野経一郎,同仁平志奈子の上告受理申立て理由(上告受理の申立理由4項〔上告受理申立理由2〕を除く。)について
1 本件の主位的請求は,上告人らに対する賃金の支払を命ずる仮執行の宣言を付した判決に基づく強制執行において,民事執行法122条2項の規定により弁済を行った被上告人が,所得税法(以下「法」という。)183条1項所定の源泉徴収義務を負う者として,法221条の規定により税務署長から上記賃金に係る源泉徴収すべき所得税(以下「源泉所得税」という。)を徴収されたが,上告人らから上記源泉所得税の徴収をしていなかったと主張して,上告人らに対し,法222条に基づき,上記相当額の各支払を求めるものである。
 原審は,被上告人の主位的請求をいずれも認容すべきものとした。
2 所論は,本件のように,賃金の支払をする者が,その支払を命ずる判決に基づく強制執行による取立てなどによりその回収を受ける場合には,上記の者は,当該賃金の支払の際に源泉所得税を徴収することができないから,法183条1項所定の源泉徴収義務を負わないと解すべきであるというのである。
3 法28条1項に規定する給与等(以下「給与等」という。)の支払をする者が,その支払を命ずる判決に基づく強制執行によりその回収を受ける場合であっても,上記の者は,法183条1項所定の源泉徴収義務を負うと解するのが相当である。その理由は,次のとおりである。
 法183条1項は,給与等の支払をする者は,その支払の際,その給与等について所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月10日までに,これを国に納付しなければならない旨を定めるところ,給与等の支払をする者が,強制執行によりその回収を受ける場合であっても,それによって,上記の者の給与等の支払債務は消滅するのであるから,それが給与等の支払に当たると解するのが相当であることに加え,同項は,給与等の支払が任意弁済によるのか,強制執行によるのかによって何らの区別も設けていないことからすれば,給与等の支払をする者は,上記の場合であっても,源泉徴収義務を負うものというべきである。上記の場合に,給与等の支払をする者がこれを支払う際に源泉所得税を徴収することができないことは,所論の指摘するとおりであるが,上記の者は,源泉所得税を納付したときには,法222条に基づき,徴収をしていなかった源泉所得税に相当する金額を,その徴収をされるべき者に対して請求等することができるのであるから,所論の指摘するところは,上記解釈を左右するものではない。
4 以上によれば,上告人らに対する賃金の支払を命ずる仮執行の宣言を付した判決に基づく強制執行において,民事執行法122条2項の規定により弁済を行った被上告人が上記賃金に係る源泉所得税の徴収義務を負うとした原審の判断は,正当として是認することができる。論旨は採用することができない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官田原睦夫の補足意見がある。
 裁判官田原睦夫の補足意見は,次のとおりである。
 法183条1項によれば,給与等の支払義務者は源泉徴収に係る所得税の徴収義務を負うが,それは,給与等を現実に支払うに当たり,「その支払の際」に生じるものである。それゆえ,給与等の支給を受ける者の請求権が確定していても,その支払義務者が実際にその支払をなすまでは,その徴収義務が生じることはない。また,支払義務者が給与等の一部を支払った場合には,給与等の請求権の総額に対する実際の支払額の割合に応じた所得税を源泉徴収した上で,その納税義務を負うことになると解される。
 その理は,法廷意見にて述べるとおり,給与等の支払が任意の手続ではなく,強制執行手続によってなされた場合であっても同様である。もっとも,強制執行手続においては,執行債務者が徴収すべき源泉所得税を徴収する手続は予定されていないから,本件のように給与等の債権者がその債務名義に基づいて民事執行法122条2項により弁済を受ける場合には,源泉徴収されるべき所得税相当額をも含めて強制執行をし,他方,源泉徴収義務者は,強制執行により支払った給与等につき源泉徴収すべき所得税を納付した上で,法222条に基づき求償することになる。
 なお,給与等の債権者による強制執行手続が複数回にわたって行われる場合には,給与等の支払義務者が第1回目の強制執行手続に基づいて支払った給与等に係る所得税の源泉徴収義務は,その支払によって具体的に発生することになるから,同税相当額は,それ以後に支払うべき金額から控除することができる。したがって,給与等の支払義務者は,第1回目の強制執行によって生じた源泉所得税相当額については,第2回目以降の強制執行に対して請求異議事由として主張することができることになる。

le Cf.Aspen Gorry & Sita Nataraj Slavov, The Tax Treatment of the Family, AEI (家族より個人に課税すべし)

lf 弁護士の交際費等(弁護士会役員としての飲食費、役員立候補費用)について東京地判平成23年8月9日判時2145号17頁は必要経費性を否定したが、東京高判平成24年9月19日判時2170号20頁(平26.1.17上告不受理)では一部必要経費性が肯定された。浅妻章如「弁護士会役員の交際費・必要経費」速報税理2013年2月1日号;品川芳宣・T&A master 486号18-27頁(2013.2.11)等参照。

lg 増井良啓「組織形態の多様化と所得課税」租税法研究30号1頁以下、12頁(2002)… 実現主義の存在理由と法人税の存在理由の共通性……法人税が株主に対する所得税の前取りである、というなら、そもそも前取りなどせず、直截に株主に課税すればよいのではないか?しかし、所得税について実現主義が採られている理由(時価評価の問題、納税資金の問題。cf.⇒4.3.2.)があるため、導管型の課税(全て所得が株主に帰属するものとみなして行なう課税のこと。組合方式が典型)は、法技術的にも執行の制約からも困難。

lh 平成25年改正前
租特法61条の4(交際費等の損金不算入) 法人が…支出する交際費等の額(当該事業年度終了の日における資本又は出資の金額…が一億円以下である法人については、当該交際費等の額のうち次に掲げる金額の合計額)は、当該事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入しない。
 一 当該交際費等の額のうち600万円に当該事業年度の月数を乗じてこれを12で除して計算した金額(次号において「定額控除限度額」という。)に達するまでの金額の100分の10に相当する金額
 二 当該交際費等の額が定額控除限度額を超える場合におけるその超える部分の金額 [2項略]
3 第1項に規定する交際費等とは、交際費、接待費、機密費その他の費用で、法人が、その得意先、仕入先その他事業に関係のある者等に対する接待、供応、慰安、贈答その他これらに類する行為(第二号において「接待等」という。)のために支出するもの(次に掲げる費用のいずれかに該当するものを除く。)をいう。
 一 専ら従業員の慰安のために行われる運動会、演芸会、旅行等のために通常要する費用
 二 飲食その他これに類する行為のために要する費用…であつて、その支出する金額を基礎として政令で定めるところにより計算した金額が政令で定める金額以下の費用
 三 前2号に掲げる費用のほか政令で定める費用 [後略]

平成26年改正前
租特法61条の4(交際費等の損金不算入)  法人が…支出する交際費等の額(当該事業年度終了の日における資本金の額…が一億円以下である法人…については、次の各号に掲げる場合の区分に応じ当該各号に定める金額)は、当該事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入しない。
 一 当該交際費等の額が800万円に当該事業年度の月数を乗じてこれを12で除して計算した金額(次号において「定額控除限度額」という。)以下である場合 零
 二 当該交際費等の額が定額控除限度額を超える場合 その超える部分の金額 [2項略]
3 第一項に規定する交際費等とは、交際費、接待費、機密費その他の費用で、法人が、その得意先、仕入先その他事業に関係のある者等に対する接待、供応、慰安、贈答その他これらに類する行為…のために支出するもの(次に掲げる費用のいずれかに該当するものを除く。)をいう。
 一 専ら従業員の慰安のために行われる運動会、演芸会、旅行等のために通常要する費用
 二 飲食その他これに類する行為のために要する費用(専ら当該法人の法人税法第2条第15号に規定する役員若しくは従業員又はこれらの親族に対する接待等のために支出するものを除く。)であつて、その支出する金額を基礎として政令で定めるところにより計算した金額が政令で定める金額以下の費用
 三 前二号に掲げる費用のほか政令で定める費用


li  税がない時のX国・Y国における商品の価格をそれぞれp、p*とする。X国で作られた商品がX国で売られる時の税率をt、X国で作られた商品が輸出される時の税率をu、X国で商品を輸入する時の税率をvとする。Y国における税率をそれぞれt*、u*、v*とする。X国の輸入に実質的にかかる税率をu*+vとし、Y国のそれをu+v*とする。
 X国の消費者はX国製の商品を買うかY国製の商品を買うかの選択をする。X国製の商品がX国で売られる時の価格はp(1+t)であり、Y国製の商品を輸入する時の価格はp*(1+(u*+v))である。その裁定条件は
 p(1+t)=p*(1+(u*+v)) (1)
同様にしてY国の消費者が直面する価格の裁定条件は
 r(1+(u+v*))=p*(1+t*) (2)
両国が原産地主義を採ると
 t=u、t*=u* かつ v=v*=0 (3)
両国が仕向地主義を採ると
 t=u*+v、t*=u+v* かつ u=u*=0 (4)

 原産地主義の場合、(3)式を(1)式と(2)式に代入すると、p(1+t)=p*(1+t*)となる。X国の税率の方が高い場合(t>t*)、生産者にとっての資源と商品との間の相対価格が両国で異なり、Y国で生産する方が資源をより多く必要とする。従って、両国間における資源の配分を歪めることになる。
 仕向地主義の場合、(4)式を(1)式と(2)式に代入すると、p=p*となる。税率がどうあろうと、生産者にとっての資源と商品との間の相対価格は両国で同じである。従って、両国間における資源の配分は課税がない場合と同じである。
 《4.1.1.2.の死荷重の図と同様》横軸は資源であり、合計すれば一定であると仮定している。X国の資源は0から出発して右向きの長さで表される。Y国の資源は0*から出発して左向きの長さで表される。MPとMP*は、それぞれX国・Y国における資源の限界生産性である。税のない世界では、MPとMP*の交点であるAで均衡する。X国の生産要素は0からDまでであり、Y国の生産要素は0*からDまでである。
 両国が原産地主義を採る場合、p(1+t)=p*(1+t*)で均衡する。X国の税率の方が高い場合、MP>MP*であるBで均衡してしまう。資源の配分の均衡点はEである。税のない世界における均衡(D)と比べて、Y国に過大に資源が配分され、X国では過小であることが分かる。Y国に過大に資源が配分されてしまった部分(図のD〜E)は、X国に配分されていればもっと効率的に生産できたはずである。従って原産地主義の下では両国間での資源の配分が非効率的になる。
 両国が仕向地主義を採る場合、p=p*で均衡する。資源の配分はDで均衡する。従って仕向地主義は両国間の資源の配分を歪めないので効率的である。なお、この議論は資源が一定という前提の下での資源配分に関する中立性・効率性のみを意味しており、あらゆる事柄に関する中立性・効率性を意味するものではない。消費者の消費と余暇の選択の中立性・効率性の観点からは、原産地主義が効率的であり仕向地主義が非効率的である。

lj 東京地判平成26年9月30日平25行ウ672棄却…東京都住宅供給公社が借り上げている建物の建設資金に係る住宅金融公庫からの融資金につき東京都の利子補給助成制度に基づき都から上記借上げの貸主に半年ごとに交付される利子補給金について,これを一括交付するものとして都民住宅経営安定化促進助成制度に基づいて都から上記貸主に交付された一括交付金が,不動産所得に係る収入金額に該当するとされた事例(一時所得ではないとされた事例)。
 東京高判平成22年9月30日平成22年(行コ)163号控訴棄却・東京地判平成22年3月26日平成20年(行ウ)588号請求棄却・国税不服審判所平成20年4月15日裁決事例集75集260頁…不動産所得の範囲について。オーダーリースの事例。中途解約にともなう5000万円(保証金の返還義務の免除が契約で定められていた)のうち賃料補填部分1995万円(差額賃料月115万円(=210−95万円)×契約期間満了までの残存期間17ヶ月)を超える部分(3045万円)は一時所得であるという原告の主張を斥け、全額5000万円が不動産所得であるとした。所得税法90条5項(当時)に関し臨時所得として申告をしなかったことについてやむを得ない事情はなく、臨時所得としての申告をしていなかった以上臨時所得としての扱い(5分5乗)は適用されない(今は当初申告要件がなくなった…所得税法90条4項…ので、後半の争点について議論の実質はなくなった)。租税判例研究会渋谷雅弘2013年7月5日報告は判旨賛成。
 大阪地判昭和50年9月18日訟月21巻11号2359頁・大阪高判昭和51年10月29日訟月22巻12号2880頁・最判昭和52年5月2日訟月23巻6号1177頁…建物賃貸保証金のうち返還しなくてよい部分は実質的に一種の権利金であるとして不動産所得該当。 国税不服審判所昭和59年1月24日裁決事例集27集63頁…賃貸借契約に係る保証金のうち契約解除により返還を要しないこととなった金額は不動産所得該当。
 東京地判昭和61年3月18日判時1193号105頁…裁判上の和解により借地権の一部返還を受けた土地所有者の経済的利益は実質的には更新料的性質があるなどとして不動産所得該当。
 国税不服審判所平成16年2月27日裁決事例集67集154頁…農地を土砂置き場として地方公共団体に使用させた場合の損失保証金は不動産所得該当。
 国税不服審判所平成16年4月26日裁決事例集67集135頁…中途解約に伴い返還不要となった敷金・建設協力金は不動産所得該当。
 名古屋地判平成17年3月3日判タ1238号204頁・名古屋高判平成17年9月8日税資255号順号10120・最判平成18年10月3日税資256号順号10522…所有地に関する賃貸借契約の合意解約に際して、賃借人から原告に無償で同土地上の建物等を移転したことによる利益は不動産所得非該当、一時所得該当。
 東京地判平成21年7月24日税資259号順号11250確定…建物賃貸借契約の合意解約により保証金等の返還免除による利益は不動産所得該当。
 国税不服審判所平成21年10月23日裁決事例集78集114頁…建物賃貸借契約の合意解約により賃貸人が取得した残存期間賃料相当額は不動産所得該当。
 国税不服審判所平成24年3月21日裁決事例集86集150頁…Xは転貸人。建物明け渡しに際して建物所有者から受領した金員(転貸人が転借人に支払う金員に相当する部分)は不動産所得の必要経費に算入すべき金額に相当する補填金であるから不動産所得該当。転貸人が転借人に支払う金以外の金員の部分は不動産所得非該当。
 東京地判平成26年9月30日平成25(行ウ)672棄却・東京高判平成27年3月19日平成26(行コ) 418控訴棄却……東京都住宅供給公社が借り上げている建物の建設資金に係る住宅金融公庫からの融資金につき東京都の利子補給助成制度に基づき都から上記借上げの貸主に半年ごとに交付される利子補給金について,これを一括交付するものとして都民住宅経営安定化促進助成制度に基づいて都から上記貸主に交付された一括交付金は,次の(1)、(2)など判示の事情の下では,不動産所得に係る収入金額に該当する。(1)上記一括借上げに係る契約は,東京都都民住宅制度の定める都民住宅供給の仕組みの下において都民住宅を供給するものであるところ,都の利子補給助成制度は,かかる住宅供給を促進するため,当該都民住宅の建設資金借入金の利子補給を行うべく設けられており,上記契約は,以上のような一体としての制度を利用した上で締結されたものであって,上記利子補給助成制度に基づき都から半年ごとに交付される利子補給金は,上記借上げに係る収益構造の中に不可分一体のものとして組み込まれている。(2)都が実施する都民住宅経営安定化促進助成制度は,都民住宅建設当時の高い建設費借入金の返済のために住宅経営に苦慮している都民住宅の認定事業者に対し,交付予定の利子補給金を一括交付して,当該借入金より低利の民間金融機関への借換え等を促すものであり,同制度が利用されて住宅金融公庫の融資金が一括繰上償還された場合,それと引替えに利子補給は打ち切られることになる。

lk 相互売買事件・東京高判平成11年6月21日判時1685号33頁
1 本件取引に関しては、本件譲渡資産の譲渡及び本件取得資産の取得について各別に売買契約書が作成されており、当事者間で取り交わされた契約書の上では交換ではなく売買の法形式が採用されていることは、前記のとおりである。
2 もっとも、右の事実関係からすれば、亡《甲3》らにとってもヤマハ企画にとっても、本件取引においては、本件譲渡資産の譲渡あるいは本件取得資産の取得のための各売買契約は、それぞれの契約が個別に締結され履行されただけでは、両者が本件取引によって実現しようとした経済的目的を実現、達成できるものではなく、実質的には、本件譲渡資産と本件取得資産とが亡《甲3》らの側とヤマハ企画の側で交換されるとともに、亡《甲3》らの側で代替建物を建築する費用、税金の支払に当てる費用等として本件差金がヤマハ企画側から亡《甲3》らの側に支払われることによって、すなわち右の各売買契約と本件差金の支払とが時を同じくしていわば不可分一体的に履行されることによって初めて、両者の本件取引による経済的目的が実現されるという関係にあり、その意味では、本件譲渡資産の譲渡と本件取得資産及び本件差金の取得との間には、一方の合意が履行されることが他方の合意の履行の条件となるという関係が存在していたものと考えられるところである。
 さらに、本件取引における本件譲渡資産の譲渡価額あるいは本件取得資産の取得価額も、その資産としての時価等を基にして両者の間の折衝によって決定されたというよりも、むしろ、国士法の制約の下で許容される本件譲渡資産の譲渡額の上限額を前提として、本件取引により亡《甲3》ら側で代替物件を取得した上に税金を支払ってもなお利益のある額となるように亡《甲3》ら側で計算して本件譲渡資産を構成する各資産ごとに割り振るなどして算定した金額を、ヤマハ企画側でも受け入れて、前記のとおりの額と決定したものであることが認められる。
 これらの事実関係からすれば、亡《甲3》ら側とヤマハ企画との間で本件取引の法形式を選択するに当たって、より本件取引の実質に適合した法形式であるものと考えられる本件譲渡資産と本件取得資産との補足金付交換契約の法形式によることなく、本件譲渡資産及び本件取得資産の各別の売買契約とその各売買代金の相殺という法形式を採用することとしたのは、本件取引の結果亡《甲3》ら側に発生することとなる本件譲渡資産の譲渡による譲渡所得に対する税負担の軽減を図るためであったことが、優に推認できるものというべきである。
3 しかしながら、本件取引に際して、亡《甲3》らとヤマハ企画の間でどのような法形式、どのような契約類型を採用するかは、両当事者間の自由な選択に任されていることはいうまでもないところである。確かに、本件取引の経済的な実体からすれば、本件譲渡資産と本件取得資産との補足金付交換契約という契約類型を採用した方が、その実体により適合しており直截であるという感は否めない面があるが、だからといって、譲渡所得に対する税負担の軽減を図るという考慮から、より迂遠な面のある方式である本件譲渡資産及び本件取得資産の各別の売買契約とその各売買代金の相殺という法形式を採用することが許されないとすべき根拠はないものといわざるを得ない。
 もっとも、本件取引における当事者間の真の合意が本件譲渡資産と本件取得資産との補足金付交換契約の合意であるのに、これを隠ぺいして、契約書の上では本件譲渡資産及び本件取得資産の各別の売買契約とその各売買代金の相殺の合意があったものと仮装したという場合であれば、本件取引で亡《甲3》らに発生した譲渡所得に対する課税を行うに当たっては、右の隠ぺいされた真の合意において採用されている契約類型を前提とした課税が行われるべきことはいうまでもないところである。しかし、本件取引にあっては、亡《甲3》らの側においてもまたヤマハ企画の側においても、真実の合意としては本件譲渡資産と本件取得資産との補足金付交換契約の法形式を採用することとするのでなければ何らかの不都合が生じるといった事情は認められず、むしろ税負担の軽減を図るという観点からして、本件譲渡資産及び本件取得資産の各別の売買契約とその各売買代金の相殺という法形式を採用することの方が望ましいと考えられたことが認められるのであるから、両者において、本件取引に際して、真実の合意としては右の補足金付交換契約の法形式を採用した上で、契約書の書面上はこの真の法形式を隠ぺいするという行動を取るべき動機に乏しく、したがって、本件取引において採用された右売買契約の法形式が仮装のものであるとすることは困難なものというべきである。
 また、本件取引のような取引においては、むしろ補足金付交換契約の法形式が用いられるのが通常であるものとも考えられるところであり、現に、本件取引においても、当初の交渉の過程においては、交換契約の形式を取ることが予定されていたことが認められるところである(乙第八号証)。しかしながら、最終的には本件取引の法形式として売買契約の法形式が採用されるに至ったことは前記のとおりであり、そうすると、いわゆる租税法律主義の下においては、法律の根拠なしに、当事者の選択した法形式を通常用いられる法形式に引き直し、それに対応する課税要件が充足されたものとして取り扱う権限が課税庁に認められているものではないから、本件譲渡資産及び本件取得資産の各別の売買契約とその各売買代金の相殺という法形式を採用して行われた本件取引を、本件譲渡資産と本件取得資産との補足金付交換契約という法形式に引き直して、この法形式に対応した課税処分を行うことが許されないことは明かである。
 実質的に考えても、譲渡所得に対する課税は、資産が譲渡によって所有者の手を離れるのを機会に、その所有期間中の増加益を清算して、これに課税するというものであるところ、資産が著しく低い対価によって法人に譲渡された場合については、資産の増加益に対する課税が繰り延べられるのを防止するために、時価による譲渡があったものとみなして課税が行われることとなっている(所得税法五九条一項二号参照)が、それ以外の場合については、当該資産の増加益に対する課税が繰り延べられることもやむを得ないものとする法制が取られているところである。このような法制からすると、本件取引において、結果として本件譲渡資産が通常の場合に比較すると低い価額で他に譲渡されたこととなり、これによって亡《甲3》らの譲渡所得に対する税負担が軽減されることとなったとしても、その譲渡が右の著しく低い対価による譲渡に当たらない以上、その軽減された部分に対応する課税負担は後に繰り延べられることを法律自体が予定しているものというべきである。したがって、本件取引において、亡《甲3》らが税負担の軽減を図るため本件譲渡資産及び本件取得資産の各別の売買契約とその各売買代金の相殺という法形式を採用したとしても、そのことをもって、違法ないし不当とすることも困難なものというべきである。
4 結局、本件取引は、控訴人《甲1》及び同《甲2》が主張するとおり、一方で亡《甲3》らがヤマハ企画に対して本件譲渡資産を代金七億三三一三万円で売却するとともに,他方でヤマハ企画から亡《甲3》らが本件取得資産を代金四億三四〇〇万円で購入し、この二つの売買契約の代金を相殺した差額の二億九九一三万円を、ヤマハ企画が亡《甲3》らに対して本件差金として支払ったというものであったとみるべきこととなる。
三 本件各課税処分の適否
 右に検討したところからすると、いずれも本件取引が本件譲渡資産と本件取得資産との補足金付交換契約であることを前提としてされた東京上野税務署長及び浅草税務署長の控訴人《甲1》及び同《甲2》に対する所得税関係及び相続税関係の本件各更正は、いずれも所得金額及び課税価格並びに納付すべき税額を過大に認定した違法なものであり、かえって、亡《甲3》、控訴人《甲1》及び同《甲2》のした所得税関係及び相続税関係の各確定申告が、いずれも適正なものであったというべきことになる。


Virgin Entertainment Japan事件・東京地判平成20年2月6日判時2006号65頁請求棄却・東京高判平成21年7月30日裁判所HP控訴棄却…多国籍企業グループ(ヴァージニア・グループ)に属する日本法人が同じグループに属するスイス法人に対して行った株式の譲渡は、実際にはスイス法人から同株式を取得したとされる第三者(東宝)に、より高額の代金で直接譲渡したことに伴う譲渡益課税を回避するための隠蔽行為であり、同譲渡益は日本法人に帰属するとしてされた課税処分が、適法であるとされた事例。通謀虚偽表示の事例。租判川田剛2008.12.19報告、小山浩・租税研究764号300頁参照。

lm 東京地判平成23年1月28日平成21(行ウ)352号請求棄却…従業員の出向につき出向先が賃金の50%を負担し出向元が残り50%を負担した事案で、出向元の負担に合理的理由がないので寄附金に当たるとした事例。小山浩・租税研究764号300頁参照。
 東京地判平成26年1月24日平20(行ウ)738号確定(谷口豊、中丸隆、坂田大吾)(岸田貞夫2015.3.20租税判例研究会報告対象) …親子会社間の継続的な製造物供給契約に際して,期首以降に親会社が一定額を支払った後,期中又は期末に親会社の依頼に基づき子会社が売上計上額を減じていた場合において,(1)前記の支払額は,予算計画を策定するための基準として利用されることが予定されている数値に過ぎず,合理的な原価計算の基礎に立つものとは認め難いこと,(2)前記減算は,予算計画における損益と実績見込みにおける損益との差額につき,親子会社間で役割及び貢献度に応じて損益を分配するものであり不合理なものではないことなど判示の事情の下では,前記契約における価格は前記減算後の価格であって,同額は法人税法37条7項(平成18年法律第10号による改正前)にいう寄附金に当たらない。|租税判例研究会メモ…移転価格税制が世界で云々されてるが56頁のようなprofit split的処理は合理的と言えるか?国際取引の移転価格税制では税源配分が問題となるが、国内取引の寄附金課税では緩く合理性を認めて構わないと言えるか?59頁の小括迄で合意内容から本件の事実関係が外れてないことを述べているところ、合意内容が、経済的利益の移転がないことを意味するかどうか、の判断をしていないように読めるが、判断しなくてよいのか?|吉村政穂・税務事例研究142号1頁参照。
 名古屋地判平成27年3月5日平24(行ウ)105号(棄却)ゴルフ場の営業権の対価として支払われた金銭が法人税法37条7項にいう寄附金に当たるとされた事例
 日産事件・東京地判平成24年11月28日訟月59巻11号2895頁棄却、東京高判平成26年6月12日訟月61巻2号394頁控訴棄却→最高裁平成27年9月24日平26(行ツ)385号・平26(行ヒ)416号上告不受理決定…子会社の株式を保有する親会社が、子会社の株式消却に伴い、適正譲渡対価より低い金額の払戻金しか受領しなかった場合に、その差額が、法人税法37条の寄付金に該当するとされた事例。第786回租税判例研究会田島秀則2015.11.20報告。

ln レンタル・オフィス・スペース事件・東京地判平成24年10月11日平成22(行ウ)725号請求認容・東京高判平成25年5月29日控訴棄却確定…シンガポール法人が現地別法人の机一台程度のスペースを非継続的に賃借している場合でも実体基準・管理支配基準を満たしうる。適用除外基準の立証責任は国が負う。小山浩・租税研究764号300頁;太田洋・北村導人・国際税務2013.7、47頁参照。本庄資2014年6月6日租税判例研究会報告は判旨に批判的。[浅妻]国側に着いて意見書を書いた身としては負けた事案で言い訳するのも見苦しいところではあるものの、シンガポール現地で用いられている物的施設が微々たるものにすぎないという事象は、タックスヘイヴン対策税制よりも移転価格税制の筋に載せるべき問題であるように思われる。

lo 推計課税ならぬ見なし最低限所得課税を合憲としたベルギー憲法裁判所判決(Cour Constitutionelle/Grondwettelijk Hof, 2023.6.19)としてDidier Petit v. Belgische Staat (No. 93/2013)紹介記事

lp 大阪高判平成23年3月24日訟月58巻7号2802頁(ほぼ大阪地判平成22年9月17日訟月58巻7号2777頁を引用)…X社が消費税回避目的で従業員をA社等に移籍させ、従業員給与をA社等からの外注費として処理(消費税の仕入税額控除を主張)しA社等が従業員の給与に係る源泉所得税を納付したことは、X社による本来の源泉所得税の納付と同視されない(X社は重加算税を負う)。租判田中啓之2013年9月6日報告。大阪地判平成23年8月25日平成22(行ウ)114号及び大阪地判平成24年1月12日平成21(行ウ)207号も同旨らしい(未確認)。東京地判平成24年4月17日平成21(行ウ)186・210・211・212号・平成22(行ウ)562号LEX/DB25493486は法人格が異なることを理由に第三者名義でなされた納付は無効であると判断。岡山地判平成21年4月14日税資259号順号11178事件番号秘匿LEX/DB25500612(確定)は業務処理請負形式で消費税の回避を図った事案でやはり原告の源泉徴収納付義務を肯定。
 Cf.最判昭和46年3月30日刑集25巻2号359頁…物品税に関し第三者名義でされた納税申告は有効でない。
 東京地判平成27年5月28日平25行ウ36号(棄却) 証券会社の従業員であった原告が、平成19年分の所得税の確定申告に際し、株式報酬制度に基づいて取得した同証券会社の親会社の株式等に係る経済的利益を所得金額の計算に含めずに申告したところ、芝税務署長が、当該経済的利益は同年分の給与所得に当たるとして、原告に対して同年分の所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をしたことから、原告が、本件更正処分等は、税務調査に基づかずにされたものであり、また、上記証券会社に源泉徴収義務があることを看過してされたものであるから、違法であるなどと主張して、被告国に対し、その取消しを求めた事案において、原告の請求はいずれも理由がないとし、棄却した事例。
 大阪地判平成26年11月10日平成24(わ)3568無罪・大阪高判平成27年11月20日平成27(う)39号控訴棄却…高級クラブにおいて「社長」の肩書を持つ被告人が源泉徴収義務者に該当しない(共同経営者の一人であると言えない)と判断された事例。

lq 相続税基礎控除額の推移…渋谷雅弘「相続税・贈与税の改正と問題点」ジュリスト1455号42頁

lr 事業承継税制の利用件数については渋谷雅弘・ジュリスト1455号44頁参照

ls 株式会社エス・ヴイ・シー事件・最三小決平成6年9月16日刑集48巻6号357頁百選52概説185(法人税法55条改正前)
 法人税法は、内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上当該事業年度の損金の額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、売上原価等の原価の額、販売費、一般管理費その他の費用の額、損失の額で資本等取引以外の取引に係るものとし(二二条三項)、これらの額は、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準(以下「公正処理基準」という。)に従って計算されるものとしている(同条四項)。ところで、原判決の認定するところによると、不動産売買等を目的とする被告人株式会社エス・ブイ・シーは、所得を秘匿する手段として、社外の協力者に架空の土地造成工事に関する見積書及び請求書を提出させ、これらの書面を使用して二事業年度で総額二億八四六四万二二〇〇円の架空の造成費を計上して原価を計算し、損金の額に算入して法人税の確定申告をし、右協力者に手数料として合計一九〇〇万円を支払ったというのである。この場合、架空の経費を計上して所得を秘匿することは、事実に反する会計処理であり、公正処理基準に照らして否定されるべきものであるところ、右手数料は、架空の経費を計上するという会計処理に協力したことに対する対価として支出されたものであって、公正処理基準に反する処理により法人税を免れるための費用というべきであるから、このような支出を費用又は損失として損金の額に算入する会計処理もまた、公正処理基準に従ったものであるということはできないと解するのが相当である。したがって、前記支出について損金の額に算入することを否定した原判決は、正当である。

原々審東京地判昭和62年12月15日昭和61(特わ)2421号
 右法人税法二二条四項は、昭和四二年五月の法人税法の改正により新設されたものであるが、その趣旨は、課税所得の計算については、一般に行われている企業会計の原則や慣行について、税法独自の見地からこれに修正を加えるべきものは別段の定めを設けることによって対応しうるものと考え、別段の定めがないものについては、一般に客観的・常識的にみて規範性をもつと認められる会計処理の基準というものが存在する限り、それに従って計算するという従来からの税法の基本的態度を明らかにしたものであって、同項の新設によって、税法が独自の所得計算を放棄したものでもなく、また、一般に行われている会計処理基準をすべてそのまま法人税法が容認するというものではなく、ましてや大蔵省所管の企業会計審議会が公表している「企業会計原則」が、そのまますべて法人税法において課税所得計算の基礎として規範化されたと考えるのは正当ではない。本件において、被告会社Aが丁に支払った手数料なるものは、同会社の会計処理上土地造成費として販売用土地の仕入原価を構成するものとされているが、右部分が法人税法二二条三項一号所定の原価に含まれないことは多言を要しないし、また同項二号の費用とは、事業活動との直接的関連性を有し、事業遂行上必要なものに限られるべきであるから、本件の手数料のように事業遂行上必要とはいえないものは、右の費用に含まれないものといわなければならない。これをより実質的にいえば、法人の役員が法人の事業活動によって生ずる利益を税務当局に秘匿するため、協力者に金員を支払うことは、取締役の忠実義務に違反し、法人の正当な業務とはいえないから、これを支出する場合には、役員個人の負担において支出するのが当然であり、したがって、法人の経理上その支払が法人の費用とされている場合でも、役員の負担分を立替支出したものと考えざるを得ないものである。かりに、本件の如き脱税協力者への支払も広義において事業との関連性を有するもので、事業遂行上必要な費用であるとの会計慣行が存するとすれば、それは法人税法が課税所得の計算に関し容認する公正妥当な会計処理の基準とはとうていなり得ないものといわなければならない。そもそも法人税法は、わが国法人税に関する基本法であって、法人税に関するすべての納税義務者が、同法の定めるところに従って誠実に納税義務を履行するよう期待し、不正行為によって法人税を免れる行為を刑罰をもって禁遏しているのであるから、法人税法は、右不正行為を行うこと及びこれにからむ費用を支出すること自体を禁止しているものと解すべく、したがって、法人が右のような費用を支出しても、法人の費用としては容認しない態度を明らかにしているものと解すべきである。そして、かかる不正行為への協力者は概ね法人役員等の脱税の共犯となるものであり、したがって、法人役員が法人の業務に関し、脱税協力者に手数料等の名目で報酬を支払ったとしても、それは実質的にみれば、共犯者間の利益の分配にほかならないのであるから、脱税のための不正行為を行う役員の負担において支出するならともかく、明文の禁止規定がないからといって、これを法人の費用として損金に計上することを認容することは法解釈の矛盾といわなければならない。次に、右の支出が法人税法二二条三項所定の損失に該当するか否かを検討するに、損失とは企業会計上は一般に企業活動において、通常の活動とは無関係に発生する臨時的ないしは予測困難な原因に基づき発生する純資産の減少をいうものと解され、固定資産除去損、火災損失、風水害損失、盗難損失の如きものを指称するとされているが、本件における右手数料の如く実質上脱税協力報酬として法人外に流出した金員の如きは、右の通常の意味における損失には含まれないものと解される。かりに、企業会計上の損失概念を右よりも広義に解し、すべての臨時的な純資産の減少を含ましめる会計慣行が存在するとすれば、それは公正妥当な会計処理の基準として法人税法の容認するところではないものというべきである。なお、最高裁判所大法廷昭和四三年一一月一三日判決(民事判例集二二巻一二号二四四九頁)は、旧法人税法(昭和二二年法律第二八号)九条一項所定の損金の解釈として、「法人の純資産減少の原因となる事実のすべてが、当然に、法人所得金額の計算上損金に算入されるべきものとはいえない」とし、「仮りに経済的・実質的には事業経費であるとしても、そのような事業経費の支出自体が法律上禁止されているような場合には、少なくとも法人税法上の取扱いのうえでは、損金に算入することは許されない」と判示しているところ、法人税法はその後改正されて課税所得金額の計算に関し、二二条一項ないし四項が設けられ、さらに昭和四二年の改正において同条四項(公正妥当な会計処理基準の採用)が追加されて現在に至っているものであるが、右改正及び二二条四項の新設によって、法人税法上の課税所得の計算に関する姿勢に変更があったとはとうてい解することができないのであり、右最高裁判決がアメリカ税法におけるいわゆる公序の理論をわが国法人税法の解釈として一般的に採用したか否かはともかくとして、右最高裁判決に示された法理は、少くとも本件の如く法人税法自体がその支出を禁止しているものについては、一層強く妥当するものといわなければならない。

原審東京高判昭和63年11月28日昭和63(う)156号
 ところで、右にいう損金とは、一般的には、法人の純資産の減少を来すべき損失を指すものと解されており、そして、同法二二条三項各号に規定されている原価、費用及び損失がこれに当たることは明らかであるが、純資産の減少を来す損失の総てが当然に法人の所得金額の計算上、その損金の額に算入されるものと解すべきではない。しかも、一般に、同法二二条三項一号の原価とは、その事業年度の益金の額に算入された収益に対応する原価をいい、同項二号の費用とは、収益と個別的に対応させることの困難ないわば期間費用であって、事業活動と直接関連性を有し、事業遂行上必要な費用をいい、同項三号の損失とは、火災、風水害、盗難など、企業の通常の活動と無関係に発生する臨時的ないし予測困難な外的要因から生ずる純資産の減少を来す損失をいうものと解されているところ、本件手数料の支払いが被告会社Aの純資産の減少を来すことは昭らかである上、その支払いにつき、被告会社Aは、土地の造成費として棚卸資産(販売目的の土地)の仕入原価を構成するかのような会計処理をしているので、一見同項一号所定の原価に含まれるようにも見られないではないが、当該事業年度の益金の額に算入された収益に対応するものではないから、その性質上、同項一号の原価に当たらないことは勿論、同項二、三号の費用や損失にも該当せず、他にこれを損金に算入すべき合理的理由を見出し難いので、結局、本件手数料は、同法二二条一項の損金に当たらないものというべきである。このことは、次のことからもいい得ることである。すなわち、法人税法は、納税義務者が同法の定めに従い、正規に算出された税額を確実に納入することを期待し、これを実現すべく、偽りその他不正な行為により、これを免れようとする者に対し、刑罰をもって臨み、納税者相互間における税の均衡を図っているのであるから、本件手数料のような違法支出を法人の所得計算上、損金の額に算入することを許すと、脱税を助長させるとともに、その納税者に対し、それだけ税の負担を軽減させることになる反面、その軽減させた部分の負担を国に帰せしめることになるのであって、国においてこれを甘受しなければならない合理的な理由は全く認められない上、刑罰を設けて脱税行為を禁遏している法人税法の立法趣旨にも悖るので、実質的には同法違反の共犯者間における利益分配に相当する本件違法支出につき、その損金計上を禁止した明文の規定がないという一事から、その算入を肯認することは法人税法の自己否定であって、同法がこれを容認しているものとは到底解されない。もし、違法支出に係る本件手数料を損金に算入するという会計慣行が存するとすれば、それは公正妥当な会計慣行とはいえないというべきである。
 以上のとおり、被告会社Aが丁に支払った手数料は、その所得の計算上、これを損金の額に算入することはできないのであって、これと同旨の前提に立ち、被告会社Aにおける本件事業年度の所得額を認定した原判決には、法人税法二二条三、四項及び三八条二項の解釈の誤りは勿論、所論のような事実の誤認もないから、論旨は採用することができない。

考察――損金を定義する22条3項の利用方法について原審と最高裁とでは態度が異なる。原審のように22条3項非該当性を損金算入否定の論拠とすることはそれだけならばありうる解釈方法といえる(これにより租税法律主義違反の謗りを免れるかもしれない)が、所得税法37条に関する先例(§ 231.03)との緊張関係をもたらす。最高裁が22条3項に言及しなかったことに意味があるか定かでないが、<違法支出=22条3項非該当>が常に成り立つとは言い切れず、また、違法支出の違法性にも程度の差があることからすればその全てについて損金算入肯定が法人税法の趣旨・目的を害すとも言い切れないのではないか(百選佐藤評釈参照)。[浅妻]公正妥当な会計処理の基準に違反しているだけで損金算入を否定するかのような最高裁の判示にも危険を覚える。それは§§231.03, 211.02等と矛盾しかねない。原審の判示する「当該事業年度の…収益に対応するものではない」とか「共犯者間における利益分配に相当する」といった実体上の理由が存する場合に限定して、最高裁のように22条4項を明文上の根拠とし、損金算入を否定する、という合わせ技、として理解すべきではないか。

lt 通商問題と租税法との関わりについて、佐藤英明「輸出促進税制――制度の変遷に関する研究ノート」総合税制研究3号79頁(1995);増井良啓「租税政策と通商政策」塩野宏古稀『行政法の発展と変革 下巻』517頁(2001.6);宮崎綾望「WTO法と税制の研究:国際課税制度の再考に向けて(前後)」租税研究750号324頁、751号294頁(2012.4-5)等参照。

lu 水野忠恒「国際租税法の基礎的考察」菅野喜八郎・藤田宙靖編『小島和司博士東北大学退職記念 憲法と行政法』731頁(良書普及会、1987)

lv 参照:租税条約ポリシーについて大石一郎「租税条約の現状について」租税研究739号169頁(2011.5)

lw 青山慶二「2011年国連モデル条約改定について」租税研究756号270頁

lx 米国LLCの「法人」該当性・東京高判平成19年10月10日訟月54巻10号2516頁水野忠恒2008年4月4日租税判例研究会報告;横溝大・ジュリスト1361号196頁
New York州法に基づいて設立されたLLC(limited liability company有限責任会社。アメリカでは透明transparent扱いを選択していた)の構成員であるX(日本居住者)が、当該LLCの不動産所得・雑所得を得たものとして申告したところ、日本国はLLCが法人に当たるのでLLCの損益はXに帰属しないとした。
裁判所は国の課税処分を認めた。

民法35条(外国法人) 外国法人は、国、国の行政区画及び外国会社を除き、その成立を認許しない。ただし、法律又は条約の規定により認許された外国法人は、この限りでない。
2  前項の規定により認許された外国法人は、日本において成立する同種の法人と同一の私権を有する。ただし、外国人が享有することのできない権利及び法律又は条約中に特別の規定がある権利については、この限りでない。



ly  Delaware州法上のLPSについて、コメルツ証券事件・名古屋地判平成23年12月14日税資261号順号11833平成19年(行ウ)50号ほか(請求認容、法人性否定)→名古屋高判平成25年1月24日平成24(行コ)8号(控訴棄却、法人性否定)→最二小判平成27年7月17日民集69巻5号1253頁平成25(行ヒ)166号(破棄差戻、法人性肯定)→名古屋高判平成28年3月8日平成27(行コ)38号。最高裁の基準は、第一に現地法令で法人性の有無が明白か、明白でないなら、第二に権利義務の帰属主体といえるか。Delaware州法上のLPSは第一の基準に照らし法人性の有無が明白でないが、第二の基準に照らし権利義務の帰属主体であるので法人性がある(原告は不動産所得に係る損失を主張できない)との結論。国税通則法65条4項過少申告加算税の「正当の理由」の有無に関し差戻し。大阪地判平成22年12月17日判時2126号28頁(請求棄却、法人性肯定)→大阪高判平成25年4月25日平成23(行コ)19号(控訴棄却、法人性肯定)。東京地判平成23年7月19日税資261号順号11714平成19年(行ウ)78号(請求認容、法人性否定)→東京高判平成25年3月13日平成23(行コ)302号(逆転請求棄却、法人性肯定)。(3つの事件は1つのLPSについての3人のlimited partnerに関する事件であるので、最高裁で判断が統一された)
 大澤麻里子・ジュリスト1431号86頁;渕圭吾・ジュリスト1439号8頁;藤澤尚江・ジュリスト1447号131頁;吉村政穂・ジュリスト1453号(平24重判)204頁;今村隆・ジュリスト1458号107-110頁(2013.9)。
 バミューダLPSについて東京スターホールディングス社事件・東京地判平成24年8月30日金商1405号30頁・東京高判平成26年2月5日金商1450号10頁(法人性否定)→最二小決平成27年7月17日上告不受理。租判川端康之2015年7月17日報告。
 ケイマンLPSについて船舶リース・名古屋高判平成19年3月8日税資257号順号10647は組合認定(不動産所得性肯定)。
 参照:落合秀行「外国事業体の税務上の取扱いに関する考察」税務大学校論叢73号87頁等
 恐らく2017.2.9頃The tax treatment under Japanese law of items of income derived through a U.S. Limited Partnership by Japanese resident partners……Japan-U.S. income tax convention Article 4 (6)(e) provides as follows:
(e) An item of income: (i) derived from a Contracting State through an entity that is organized in that Contracting State; and
(ii) treated as the income of that entity under the tax laws of the other Contracting State;
shall not be eligible for the benefits of the Convention.
 US LPSが課税対象者扱いであるとすると日米租税条約4条6項(e)により租税条約の恩恵が受けられなくなってしまうが、最二小判平成27年7月17日民集69巻5号1253頁にかかわらず、US LPSは透明(transparent)扱いであるとすることで日米租税条約の恩恵を受けることができることを確認する趣旨。

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最高裁判所第二小法廷 平成25年(行ヒ)第166号 平成27年7月17日判決
       主   文
1 原判決中,上告人敗訴部分を破棄する。
2 第1審判決中,各更正処分及び更正をすべき理由がない旨の各通知処分の取消請求を認容した部分をいずれも取り消し,同部分に関する被上告人らの請求をいずれも棄却する。
3 第1項の部分のうち,各過少申告加算税賦課決定処分の取消請求に係る部分につき,本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。
4 第2項に関する訴訟の総費用は被上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人青野洋士ほかの上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
1 本件は,アメリカ合衆国(以下「米国」という。)デラウェア州の法律に基づいて設立されたリミテッド・パートナーシップが行う米国所在の中古集合住宅の賃貸事業に係る投資事業に出資した亡A(以下「A」という。),亡B(以下「B」といい,Aと併せて「Aら」という。)及び被上告人X1が,当該賃貸事業により生じた所得が同人らの不動産所得(所得税法26条1項)に該当するとして,その所得の金額の計算上生じた損失の金額を同人らの他の所得の金額から控除して所得税の申告又は更正の請求をしたところ,所轄税務署長から,当該賃貸事業により生じた所得は同人らの不動産所得に該当せず,上記のような損益通算(同法69条1項)をすることはできないとして,それぞれ所得税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分又は更正をすべき理由がない旨の通知処分を受けたことから,被上告人らが上告人を相手に上記各処分(ただし,後記2(2)イの減額更正後のもの)の取消しを求める事案である。なお,Bが第1審係属中の平成20年4月13日に死亡したため,被上告人X2がその地位を承継し,また,Aが原審口頭弁論終結後の同25年11月10日に死亡したため,被上告人X3がその地位を承継した。
2 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)ア Aら及び被上告人X1は,後記の各信託契約の締結に先立ち,C証券との間で,ファイナンシャル・アドバイザリー契約を締結するとともに,Aらが米国カリフォルニア州に所在する中古集合住宅(以下「本件建物1」という。)を,被上告人X1が米国フロリダ州に所在する中古集合住宅(以下「本件建物2」という。)をそれぞれ対象として,投資金額を1口20万ドルとする海外不動産投資事業への参加を申し込んだ。
 Aらは,本件建物1に係る投資事業に投資するため,平成12年12月頃,D銀行との間で,Aらを委託者兼受益者,同銀行を受託者とする信託契約をそれぞれ締結し,当該各信託契約に基づいて,同銀行に開設された口座に現金資産を拠出した。また,被上告人X1は,本件建物2に係る投資事業に投資するため,平成14年3月頃,D銀行との間で,被上告人X1を委託者兼受益者,同銀行を受託者とする信託契約を締結し,当該信託契約に基づいて,同銀行に開設された口座に現金資産を拠出した。
イ D銀行は,ケイマン諸島の法令に基づいて設立された法人(E)とともに,米国デラウェア州の法令に基づいて設立された有限責任会社(F)との間で,平成12年12月19日付けで,デラウェア州改正統一リミテッド・パートナーシップ法(Delaware Revised Uniform Limited Partnership Act)(以下「州LPS法」という。)に基づいて,同有限責任会社をジェネラル・パートナー,D銀行及び上記ケイマン諸島の法令に基づく法人をリミテッド・パートナーとするパートナーシップ契約(以下「本件LPS契約1」という。)を締結し,リミテッド・パートナーシップ(G)を設立した。また,D銀行は,米国デラウェア州の法令に基づいて設立された有限責任会社(H)との間で,平成14年3月28日付けで,州LPS法に基づいて,同有限責任会社をジェネラル・パートナー,D銀行をリミテッド・パートナーとするパートナーシップ契約(以下「本件LPS契約2」といい,本件LPS契約1と併せて「本件各LPS契約」という。)を締結し,リミテッド・パートナーシップ(I)を設立した(以下,本件各LPS契約により設立された各リミテッド・パートナーシップを「本件各LPS」と総称する。)。そして,D銀行は,本件各LPS契約に基づき,Aら及び被上告人X1が拠出した現金資産を本件各LPSに拠出し,これにより本件各LPSに係るパートナーシップ持分(partnership interest)を取得した。
 なお,米国におけるパートナーシップとは,米国各州の法律において認められている2名以上の者により設立される事業活動や投資活動を営むための組織体であり,そのうち,パートナーシップの債務に対して無限責任を負う1名以上のジェネラル・パートナーと,パートナーシップの債務に対して原則として出資額を限度とする有限責任を負うとともに当該事業活動に対する限定的な経営参加権を有する1名以上のリミテッド・パートナーとによって構成されるものが,リミテッド・パートナーシップとされている。
ウ 本件各LPSは、それぞれ本件建物1又は本件建物2(以下,併せて「本件各建物」という。)を購入するとともにその敷地を賃借するなどした上で,平成17年頃までの間,当該建物を第三者に賃貸する事業を行っていた(以下,本件各LPSによるこれらの事業を「本件各不動産賃貸事業」という。)。
エ 上記アの各信託契約は,C証券が企画した投資事業プログラムに基づく複合的な契約の一部であり,本件建物1の賃貸事業に係る上記プログラムにおいては,出資金2000万円(1口)につき,7年間における同建物の賃貸事業による現金収入が360万3000円,7年後の同建物の売却による現金収入が541万8000円である一方,同建物に係る減価償却費を必要経費として計上することなどにより不動産所得の金額の計算上生じた損失の金額を他の所得の金額から控除することにより,上記プログラムに基づく投資事業に投資した者が本来負担すべき所得税額及び住民税額が合計2350万5000円軽減されるものと想定されている。本件建物2の賃貸事業に係る上記プログラムについても,その仕組みは基本的に同一である。
(2)ア Aらは,本件建物1の賃貸事業により生じた所得が同人らの不動産所得に該当するとして,その所得の金額の計算上生じた損失の金額を同人らの他の所得の金額から控除して税額を算定した上で,所得税の申告又は更正の請求をしたが,所轄税務署長は,当該賃貸事業により生じた所得が不動産所得に該当せず,上記のような損益通算をすることはできないとして,同人ら各自につき,それぞれ,平成13年分から同15年分までの所得税につき更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をするとともに,同16年分及び同17年分の所得税に係る更正をすべき理由がない旨の通知処分をした。
 被上告人X1は,本件建物2の賃貸事業により生じた所得が同人の不動産所得に該当するとして,上記と同様の損益通算をした上で,所得税の申告又は更正の請求をしたが,所轄税務署長は,上記と同様の理由により,そのような損益通算をすることはできないとして,平成14年分の所得税に係る更正をすべき理由がない旨の通知処分及び更正処分,同15年分の所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分並びに同16年分及び同17年分の所得税に係る更正をすべき理由がない旨の通知処分をした。
イ 上記アの各処分については,Aの平成13年分から同15年分までの所得税及び過少申告加算税の額を減額する更正及び賦課決定,Bの同16年分及び同17年分の所得税の額を減額する更正,被上告人X1の同14年分の所得税及び過少申告加算税の額を減額する更正及び賦課決定がそれぞれされている(以下,上記アの各処分のうち,上記各減額後の各更正処分を「本件各更正処分」,更正をすべき理由がない旨の各通知処分(ただし,原審においてその取消しを求める訴えが却下すべきものとされた被上告人X1の同14年分の所得税に係る更正をすべき理由がない旨の通知処分を除く。)を「本件各通知処分」,上記各減額後の各過少申告加算税賦課決定処分を「本件各賦課決定処分」といい,本件各更正処分,本件各通知処分及び本件各賦課決定処分を併せて「本件各処分」という。)。
(3)Aらの平成13年分から同17年分まで及び被上告人X1の同14年分から同17年分までの総所得金額,納付すべき税額,過少申告加算税の額等については,前記(2)アの損益通算の可否及びその範囲を除き,計算の基礎となる金額及び計算方法につき当事者間に争いがない。
3 原審は,本件各LPSが我が国の租税法上の法人には該当せず,我が国の租税法上の人格のない社団等にも該当しないとした上で,本件各LPSが行う本件各不動産賃貸事業により生じた所得は当該賃貸事業に係る投資事業に出資したAら及び被上告人X1(以下「本件出資者ら」という。)の不動産所得に該当するものであるから,本件各建物の減価償却費等を必要経費として不動産所得の金額を計算し,その不動産所得の金額の計算上生じた損失の金額があるときは損益通算をした上で総所得金額及び納付すべき税額を算定すべきところ,上記のような損益通算をすることはできないとしてされた本件各処分は違法であるとして,これらを取り消すべきものとした。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)ア 本件においては,本件各LPSが行う本件各不動産賃貸事業により生じた所得が本件各LPS又は本件出資者らのいずれに帰属するかが争われているところ,複数の者が出資をすることにより構成された組織体が事業を行う場合において,その事業により生じた利益又は損失は,別異に解すべき特段の事情がない限り,当該組織体が我が国の租税法上の法人に該当するときは当該組織体に帰属するものとして課税上取り扱われる一方で,当該組織体が我が国の租税法上の法人に該当しないときはその構成員に帰属するものとして課税上取り扱われることになるから,本件における上記の所得の帰属を判断するに当たっては,本件各LPSが所得税法2条1項7号及び法人税法2条4号(以下「所得税法2条1項7号等」という。)に共通の概念として定められている外国法人として我が国の租税法上の法人に該当するか否かが問題となる。
イ 我が国の租税法は組織体のうちその構成員とは別個に租税債務を負担させることが相当であると認められるものを納税義務者としてその所得に課税するものとしているところ,ある組織体が法人として納税義務者に該当するか否かの問題は我が国の課税権が及ぶ範囲を決する問題であることや,所得税法2条1項7号等が法人に係る諸外国の立法政策の相違を踏まえた上で外国法人につき「内国法人以外の法人」とのみ定義するにとどめていることなどを併せ考慮すると,我が国の租税法は,外国法に基づいて設立された組織体のうち内国法人に相当するものとしてその構成員とは別個に租税債務を負担させることが相当であると認められるものを外国法人と定め,これを内国法人等とともに自然人以外の納税義務者の一類型としているものと解される。このような組織体の納税義務に係る制度の仕組みに照らすと,外国法に基づいて設立された組織体が所得税法2条1項7号等に定める外国法人に該当するか否かは,当該組織体が日本法上の法人との対比において我が国の租税法上の納税義務者としての適格性を基礎付ける属性を備えているか否かとの観点から判断することが予定されているものということができる。そして,我が国においては,ある組織体が権利義務の帰属主体とされることが法人の最も本質的な属性であり,そのような属性を有することは我が国の租税法において法人が独立して事業を行い得るものとしてその構成員とは別個に納税義務者とされていることの主たる根拠であると考えられる上,納税義務者とされる者の範囲は客観的に明確な基準により決せられるべきであること等を考慮すると,外国法に基づいて設立された組織体が所得税法2条1項7号等に定める外国法人に該当するか否かについては,上記の属性の有無に即して,当該組織体が権利義務の帰属主体とされているか否かを基準として判断することが相当であると解される。
 その一方で,諸外国の多くにおいても,その制度の内容の詳細には相違があるにせよ,一定の範囲の組織体にその構成員とは別個の人格を承認し,これを権利義務の帰属主体とするという我が国の法人制度と同様の機能を有する制度が存在することや,国際的な法制の調和の要請等を踏まえると,外国法に基づいて設立された組織体につき,設立根拠法令の規定の文言や法制の仕組みから,日本法上の法人に相当する法的地位が付与されていること又は付与されていないことが疑義のない程度に明白である場合には,そのことをもって当該組織体が所得税法2条1項7号等に定める外国法人に該当する旨又は該当しない旨の判断をすることが相当であると解される。  以上に鑑みると,外国法に基づいて設立された組織体が所得税法2条1項7号等に定める外国法人に該当するか否かを判断するに当たっては,まず,より客観的かつ一義的な判定が可能である後者の観点として,〔1〕当該組織体に係る設立根拠法令の規定の文言や法制の仕組みから,当該組織体が当該外国の法令において日本法上の法人に相当する法的地位を付与されていること又は付与されていないことが疑義のない程度に明白であるか否かを検討することとなり,これができない場合には,次に,当該組織体の属性に係る前者の観点として,〔2〕当該組織体が権利義務の帰属主体であると認められるか否かを検討して判断すべきものであり,具体的には,当該組織体の設立根拠法令の規定の内容や趣旨等から,当該組織体が自ら法律行為の当事者となることができ,かつ,その法律効果が当該組織体に帰属すると認められるか否かという点を検討することとなるものと解される。
(2)ア これを本件についてみるに,州LPS法は,同法に基づいて設立されるリミテッド・パートナーシップがその設立により「separate legal entity」となるものと定めているところ(201条(b)項),デラウェア州法を含む米国の法令において「legal entity」が日本法上の法人に相当する法的地位を指すものであるか否かは明確でなく,また,「separate legal entity」であるとされる組織体が日本法上の法人に相当する法的地位を有すると評価することができるか否かについても明確ではないといわざるを得ない。そして,デラウェア州一般会社法(General Corporation Law of the State of Delaware)における株式会社(corporation)については,「a body corporate」という文言が用いられ(同法106条),「separate legal entity」との文言は用いられていないことなども併せ考慮すると,上記のとおり州LPS法において同法に基づいて設立されるリミテッド・パートナーシップが「separate legal entity」となるものと定められていることをもって,本件各LPSに日本法上の法人に相当する法的地位が付与されているか否かを疑義のない程度に明白であるとすることは困難であり,州LPS法や関連法令の他の規定の文言等を参照しても本件各LPSがデラウェア州法において日本法上の法人に相当する法的地位を付与されていること又は付与されていないことが疑義のない程度に明白であるとはいい難い。
イ そこで,本件各LPSが法人該当性の実質的根拠となる権利義務の帰属主体とされているか否かについて検討するに,州LPS法は,リミテッド・パートナーシップにつき,営利目的か否かを問わず,一定の例外を除き,いかなる合法的な事業,目的又は活動をも実施することができる旨を定めるとともに(106条(a)項),同法若しくはその他の法律又は当該リミテッド・パートナーシップのパートナーシップ契約により付与された全ての権限及び特権並びにこれらに付随するあらゆる権限を保有し,それを行使することができる旨を定めている(同条(b)項)。このような州LPS法の定めに照らせば,同法は,リミテッド・パートナーシップにその名義で法律行為をする権利又は権限を付与するとともに,リミテッド・パートナーシップ名義でされた法律行為の効果がリミテッド・パートナーシップ自身に帰属することを前提とするものと解され,このことは,同法において,パートナーシップ持分(partnership interest)がそれ自体として人的財産(personalproperty)と称される財産権の一類型であるとされ,かつ,構成員であるパートナーが特定のリミテッド・パートナーシップ財産(以下「LPS財産」という。)について持分を有しない(A partner has no interest in specific limited partnership property.)とされていること(701条)とも整合するものと解される。なお,本件各LPS契約において,本件各LPSが本件各建物及びその敷地の購入,取得,開発,保有,賃貸,管理,売却その他の処分の目的のみのために設立され,当該目的を実施するために必要又は有益な範囲で上記の処分の権限を有すると定められていること(1.3条)は,上記のような州LPS法の規律に沿うものということができ,構成員である各パートナーが本件各LPSのLPS財産につき各自の出資割合に相当する不可分の持分を有すると定められていること(4.5条)についても,LPS財産の全体に係る抽象的な権利を有する旨をいうものにとどまり,本件各LPSのLPS財産を構成する個々の物や権利について具体的な持分を有する旨を定めたものとは解されず,パートナーが特定のLPS財産について持分を有しないとする州LPS法の上記規定の定めとそごするものではないということができる。
 上記のような州LPS法の定め等に鑑みると,本件各LPSは,自ら法律行為の当事者となることができ,かつ,その法律効果が本件各LPSに帰属するものということができるから,権利義務の帰属主体であると認められる。
(3)そうすると,本件各LPSは,上記のとおり権利義務の帰属主体であると認められるのであるから,所得税法2条1項7号等に定める外国法人に該当するものというべきであり,前記2(1)のとおり,本件各不動産賃貸事業は本件各LPSが行うものであり,前記(1)アの特段の事情の存在もうかがわれないことなどからすると,本件各不動産賃貸事業により生じた所得は,本件各LPSに帰属するものと認められ,本件出資者らの課税所得の範囲には含まれないものと解するのが相当である。
 したがって,本件出資者らは,本件各不動産賃貸事業による所得の金額の計算上生じた損失の金額を各自の所得の金額から控除することはできないというべきである。
5 以上と異なる原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこれと同旨をいうものとして理由があり,原判決中,上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして,以上に説示したところによれば,被上告人らの請求のうち,本件各更正処分及び本件各通知処分の取消請求は理由がないから,第1審判決のうちこれらの請求を認容した部分をいずれも取消し,これらの請求をいずれも棄却すべきである。また,被上告人らの請求のうち,本件各賦課決定処分の取消請求については,本件が例外的に過少申告加算税の課されない場合として国税通則法65条4項に定める「正当な理由があると認められる」場合に当たるか否かが問題となるところ,この関係の諸事情につき更に審理を尽くさせるため,上記破棄部分のうち上記請求に係る部分につき,本件を原審に差し戻すこととする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

lz 浅妻章如「全所得主義(総合主義)から帰属所得主義(帰属主義)への移行を巡る背景」税大ジャーナル等参照

ma 逃げているというのは浅妻・法協125巻10号2363頁等の少数説であり、学界の多くは、最高裁は原審の判断に否定的であったのであろうと理解している。参照:岡村忠生評釈・税研148号;佐藤英明評釈・判例時報1959号191頁。

mb 欠番

mc 浅妻章如「国際的租税回避――タックス・ヘイヴン対策税制(CFC税制)について――」金子宏『租税法の基本問題』629頁(有斐閣、2007);渕圭吾「外国子会社合算税制の意義と機能」フィナンシャル・レビュー94号中里実責任編集『特集 国際課税』74-96頁(2009.5);渕圭吾「タックス・ヘイブン対策税制と同族会社の留保金課税の共通性」中里実・太田洋・伊藤剛志・北村導人『タックス・ヘイブン対策税制のフロンティア』203頁(有斐閣、2013)参照。

md タックスヘイヴン対策税制導入当初は、法人税の実効税率50%程度の約半分である25%を軽課税の基準としたといわれている。今の国内法人税実効税率は約40%なので半分なら20%という基準もありうる。尤も、諸外国では必ずしも半分ということに拘ってない。国内実効税率の2/3とか9割とかいう基準の国もある。日本が20%という基準にしたのは、国内実効税率の半分という理屈ではなく、日本周辺国で25%以下の国が増えてしまったためということの方が影響として大きい。

me 参照:佐藤智紀「法人税と海外直接投資の実証分析」財務省財務総合政策研究所ディスカッション・ペーパーNo. 09A-09 (2009.11)

mf 参照:山田重將「法人に対する不動産の遺贈に係るみなし譲渡所得課税に関する問題点―受贈法人への遺留分減殺請求が行われた場合を中心に―」税務大学校論叢76号235-307頁(2013)

mg 政府税制調査会第2回 国際課税ディスカッショングループ(2013年11月14日)の中の、財務省主税局税制二課「国境を超えた役務の提供等に対する消費税の課税の在り方について」;佐藤英明「電子的配信サービスと消費課税――制度設計上の問題点」ジュリスト1447号14頁(2012.11);普家弘行「電子的サービス取引に対する消費課税に関する一考察―国際間電子的サービス取引への対応―」税務大学校論叢77号283頁(2013)

mh 原正子「所得控除の整理合理化の検討―人的控除以外の所得控除を中心として―」税務大学校論叢74号65頁

mi 松山修「所得税法第37条に規定する直接性に関する一考察」税務大学校論叢74号231-319頁

mj 横澤佳伸「最適方法ルール下における利益分割法の適用について―理論的根拠と適用可能性―」税務大学校論叢75号101頁、居波邦泰「国際的事業再編取引への対応について―移転価格税制の観点から―」税務大学校論叢75号251-576頁

mk Manny Pacquiao's Next Fight: The Tax Man(Pacquiaoはアメリカでボクシングしたくない。アメリカの所得税率が高いから…39.6%)

ml  札幌地判平成4年3月26日税資188号941頁(請求認容)…保証債務履行時の譲渡所得課税特例(所得税法64条2項)の適用を認める→札幌高判平成6年1月27日判タ861号229頁(原判決変更)…主債務者が債務を返済できず保証人が求償できないことを知っていた場合は所得税法64条2項の適用がないとした。
 さいたま地判平成16年4月14日判タ1204号299頁確定…保証人が主債務者に対し求償権を行使できると認識していたならば所得税法64条2項(保証債務に係る譲渡所得特例)は適用される。主債務者たる会社の事業廃止は会社自身の判断であって保証人の判断ではない。

mm 最判平成25年7月12日判時2203号22頁平成24(行ヒ)156第二小法廷(小貫芳信裁判長)相続税の滞納事案において、滞納者と他の者との共有に係る不動産につき、滞納者の持分が国税徴収法47条1項に基づいて差し押さえられた場合における他の共有者は、その差押処分の取消訴訟の原告適格を有する(本案部分について差押えは適法とした原審判断を是認し、上告棄却)。原審福岡高判平成23年12月22日平成23(行コ)19号・原原審熊本地判平成23年3月23日平成22(行ウ)7号(税大HP) 2013.12.20租税判例研究会玉国文敏報告。
 有限会社泉サービス事件・東京地判令和3年4月23日令和2(行ウ)249号一部棄却、一部却下…徴収職員の取り立てた金銭が換価代金等の交付期日において配当計算書に従って交付された後は、滞納者が当該債権の差押処分の取消しによって回復すべき法律上の利益はなく、本件訴えのうち本件差押処分の取消しを求める部分は、訴えの利益を欠く。

mn 修繕費(即時費用化)か改良費(資本化)か…Lawrence Lokken, Repairs vs. Improvements: An Intractable Issue in U.S. Income Tax Law? (December 13, 2013). Boris I Bittker & Lawrence Lokken, Federal Taxation of Income, Estates and Gifts, Forthcoming |mt参照。

mo Daniel I. Halperin & Alvin C. Warren Jr., Understanding Income Tax Deferral, _ Tax Law Review _のpure deferralとcounterparty deferralとの区別を参照

mp 欠番

mq 仕入税額控除の要件としての対価性について。大阪地判平成24年9月26日訟月60巻2号445頁請求棄却、大阪高判平成25年4月11日訟月60巻2号472頁控訴棄却確定…区分建物の賃貸事業者が管理組合の構成員として支払った管理費が管理業務の対価でなく課税仕入れにならない。|福岡地判平成21年12月22日平成19(行ウ)52〜55号・福岡高裁平成22年5月27日平成22(行コ)4号・最決平成23年4月21日平成22(行ツ)332号・(行ヒ)340号では2条1項12号を引きつつ、もらった方が対価であるかから考えているらしく、考え方が違うようだ。後者のような連動制が制度の仕組みとして妥当であることには賛同が得られようが、法令解釈としては難しいか?


mr 鳥取地判平成24年6月22日訟月60巻6号1406頁、広島高松江支判平成25年10月23日訟月60巻6号1379頁(上告受理申立て)税理士業を営む被控訴人(原告)が、その妻を青色事業専従者として、各年分に係る妻の各給与を事業所得の金額の計算上必要経費に算入してした各確定申告について、鳥取税務署長が、各専従者給与のうち妻の労務の対価として相当であると認められる金額を超える部分の金額は必要経費に算入できないとして、各更正処分及び各賦課決定処分を行ったことに対し、被控訴人が、控訴人(被告。国)に対し、各処分の取消しを求め、原審は一部請求を認容して各処分の一部を取り消し、控訴人が控訴をした事案において、各専従者給与は、高額に過ぎて不相当であると言わざるを得ないとして、原判決中控訴人敗訴の部分を取り消し、被控訴人の請求を棄却した事例。

ms 東京地判平成25年10月18日平24(行ウ)104号確定…遺留分減殺請求権を行使しても通則法5条2項による納税義務承継はなし。租税判例研究会藤岡祐治2014年12月5日報告。

mt 東京地判昭和60年5月30日
 「使用価値を現に支配する目的のための借入金利子の支払は、資産の値上りとは何ら関連性を有しないから、譲渡所得の計算において費用として控除しえない」。「この分は、仮に資産の自らによる使用の利益(いわゆる帰属所得)に課税される制度がとられるとすれば、その所得についての費用として控除されることとなる」。

東京高判昭和61年3月31日
 (略)固定資産の取得にあたり、必要とされる資金は、それが手持ちの自己資金であれ、借入資金であれ、所得税法三八条一項所定の「資産の取得に要した金額」に当たることは明らかである。そして、借入資金の場合は、その利用の対価として、資金元本返済までの期間中の約定利子を支払わなければならないことは法律上自明のことであるから、借入金利子も右資金元本と併せ「資産の取得に要した費用」そのものに当たると解すべきであり、右資金借入れについての必要経費又は当該資産の保有に伴う維持管理費等とはその性質を異にするものといわなければならない。
 しかしながら、借入資金が、その元本利用の対価として右利用期間中において借入金利子という負担を生ぜしめるのに対応して、借入資金によつて取得した固定資産は、その保有期間中右資産の自己使用による対価としていわゆる帰属所得という利益を生む。そして、右資産の自己使用開始可能の日時から資産譲渡による資金元本回収の時点(資金元本の返済可能時)までに支払われた借入金利子は、社会通念上その期間中の帰属利益と等価とみなされるべきである(民法五七五条参照)から、資産譲渡時に回収すべき投下資本額は結局借入金元本額に帰着することとなるのであつて、借入金利子はそこに包含されないといわざるを得ない(ただし、資金借入時から資産を取得して利用可能になる時点までに支払われた利子は取得費に含まれる。)。
 右の考えによれば、固定資産の取得によりその引渡を受け、これを利用し得た時期以後の借入金利子は、本来、当該資産を現実に利用したか否かにかかわりなく、取得費の中に算入されるべきではないこととなるが、本件において、現実に資産の利用を開始した時期以前に利用を開始し得た旨の主張立証がないので、控訴人が本件土地等を居住の用に供した日時であることが当事者間に争いのない昭和四六年六月六日を以て利用開始可能の日時と解すべきものとする。」
(なお、資産を取得した後、使用可能であつても、現実に使用しないで譲渡した場合には、当該譲渡の日までの利子を取得費に算入するとの解釈があるが、右に判示したところに照らして、これを採用することができない。実際問題としても、右の解釈は、土地建物を投機の対象とすることを助長するおそれなしとしない)(略)

最三小判平成4年7月14日
 一 原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。(1) 上告人は、昭和四六年四月一六日、Aから、自己の居住の用に供するために、東京都世田谷区a丁目b番c所在宅地四七二・六二平方メートル(以下「本件土地」という。)及び同土地上の鉄筋コンクリート造陸屋根地階付き二階建家屋一九五・八一平方メートル(以下「本件建物」という。)を、一括して代金五一〇九万八一二五円で買い受けて取得し、その後、同年六月六日にこれを自己の居住の用に供した、(2) 上告人は、同年四月一七日、株式会社日本不動産銀行(現在の株式会社日本債券信用銀行)から、本件土地建物を取得するために、三五〇〇万円を年利率九・二パーセントで借り入れ、昭和五四年八月一六日右借入金の全額を完済したが、右借入金のうち本件土地建物の取得のために使用したのは三〇〇〇万円であり、右三〇〇〇万円に対する借入れ後本件土地建物を自己の居住の用に供した日までの期間(五一日間)に対応する利子の額は三八万五六四三円であった、(3) 上告人は、昭和五三年一月七日本件土地の一部一九八・三五平方メートル(以下「甲土地」という。)を同所b番dとして分筆し、また、本件建物のうち甲土地上にある部分二五平方メートルを取り壊して甲土地を更地とした上、同月三一日これをB外一名に代金四八〇〇 万円で譲渡した、(4) 次いで、上告人は、翌五四年八月二二日本件土地のうち、甲土地を除くその余の部分二七四・二七平方メートル(以下「乙土地」という。)及び本件建物のうち乙土地上にある部分一七〇・八一平方メートルを三宝建設株式会社に代金一億〇七八四万八〇〇〇円で譲渡した。
 二 そこで、所論にかんがみ、個人の居住の用に供される資産の譲渡による譲渡所得の取得費について検討する。
 譲渡所得の金額について、所得税法は、総収入金額から資産の取得費及び譲渡に要した費用を控除するものとし(三三条三項)、右の資産の取得費は、別段の定めがあるものを除き、当該資産の取得に要した金額並びに設備費及び改良費の額の合計額としている(三八条一項)。右にいう「資産の取得に要した金額」の意義について考えると、譲渡所得に対する課税は、資産の値上りによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会にこれを清算して課税する趣旨のものであるところ(最高裁昭和四一年(行ツ)第一〇二号同四七年一二月二六日第三小法廷判決・民集二六巻一〇号二〇八三頁、同昭和四七年(行ツ)第四号同五〇年五月二七日第三小法廷判決・民集二九巻五号六四一頁参照)、前記のとおり、同法三三条三項が総収入金額から控除し得るものとして、当該資産の客観的価格を構成すべき金額のみに限定せず、取得費と並んで譲渡に要した費用をも掲げていることに徴すると、右にいう「資産の取得に要した金額」には、当該資産の客観的価格を構成すべき取得代金の額のほか、登録免許税、仲介手数料等当該資産を取得するための付随費用の額も含まれるが、他方、当該資産の維持管理に要する費用等居住者の日常的な生活費ないし家事費に属するものはこれに含まれないと解するのが相当である。
 ところで、個人がその居住の用に供するために不動産を取得するに際しては、代金の全部又は一部の借入れを必要とする場合があり、その場合には借入金の利子の支払が必要となるところ、一般に、右の借入金の利子は、当該不動産の客観的価格を構成する金額に該当せず、また、当該不動産を取得するための付随費用に当たるということもできないのであって、むしろ、個人が他の種々の家事上の必要から資金を借り入れる場合の当該借入金の利子と同様、当該個人の日常的な生活費ないし家事費にすぎないものというべきである。そうすると、右の借入金の利子は、原則として、居住の用に供される不動産の譲渡による譲渡所得の金額の計算上、所得税法三八条一項にいう「資産の取得に要した金額」に該当しないものというほかはない。しかしながら、右借入れの後、個人が当該不動産をその居住の用に供するに至るまでにはある程度の期間を要するのが通常であり、したがって、当該個人は右期間中当該不動産を使用することなく利子の支払を余儀なくされるものであることを勘案すれば、右の借入金の利子のうち、居住のため当該不動産の使用を開始するまでの期間に対応するものは、当該不動産をその取得に係る用途に供する上で必要な準備費用ということができ、当該個人の単なる日常的な生活費ないし家事費として譲渡所得の金額の計算のらち外のものとするのは相当でなく、当該不動産を取得するための付随費用に当たるものとして、右にいう「資産の取得に要した金額」に含まれると解するのが相当である。
 以上のとおり、右の借入金の利子のうち、当該不動産の使用開始の日以前の期間に対応するものは、右にいう「資産の取得に要した金額」に含まれ、当該不動産の使用開始の日の後のものはこれに含まれないと解するのが相当である。
 三 以上の見地に立って本件をみるのに、前記の事実関係によれば、上告人は、資金三〇〇〇万円を借り入れることにより、自己の居住の用に供するため本件土地建物を買い受けて取得し、昭和四六年六月六日これを自己の居住の用に供したというのであるから、右三〇〇〇万円に対する借入れ後同日までの期間に対応する利子の額である三八万五六四三円は、上告人の昭和五三年分及び同五四年分の各譲渡所得の金額の計算上、同法三八条一項にいう「資産の取得に要した金額」に該当するが、昭和四六年六月七日以降のものはこれに該当しないというべきである。原審の判断は、結論においてこれと同旨であるから、是認することができる。論旨は、違憲をいう点を含め、独自の見解に基づいて原判決の法令違背をいうものにすぎず、採用することができない。
 よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

東京地判平成25年10月22日訟月60巻11号2423頁平24(行ウ)672号(棄却)・東京高判平成26年4月9日訟月60巻11号2448頁平25(行コ)396号(控訴棄却・未確定)…不動産取得に係る仲介手数料は取得価額に算入され(所税令126条1項1号イ「購入手数料」)(支払利子付随費用判決 ・最判平成4年7月14日民集46巻5号492頁も援用)、不動産所得に係る必要経費にならない。固定資産税・都市計画税の日割り計算の清算金も売買価額を構成し、取得価額に算入され、不動産所得に係る必要経費に当たらない。mn参照。第782回租税判例研究会酒井克彦2015年9月18日報告は判旨賛成だが、東京地判平成17年1月21日税資255号順号9905・東京高判平成17年6月29日税資255号順号10066・最決平成19年8月22日税資257号順号10762(不動産取得時の登録免許税・不動産取得税等は不動産所得、事業所得等の必要経費に算入され取得費には含まれない。使用の中断がある場合にその間の借入金利子の取得費算入を認めない。)との整合性に問題がありうると指摘。

mu 櫻井淳「延滞税等の見直し」ジュリスト1455号54頁

mv  共栄火災海上保険相互会社事件・最判平成元年7月14日判時1327号21頁百選7版24連帯納税義務…「地方団体の徴収金の連帯納入義務については、連帯債務に関する民法四三二条から四三四条まで、四三七条及び四三九条から四四四条までの規定を準用するものとされているところ(地方税法一〇条)、連帯納入義務者の一人について生じた税額確定の効力は、他の連帯納入義務者との関係において絶対的効力を生ずるものではなく、民法四四〇条の準用により単に相対的効力を生ずるにとどまるものであって、連帯納入義務者に対する税額確定の手続は、連帯納入義務者ごとに各別に行われることを要するものと解するのが相当であるから、地方税法一四条の一〇を適用する場合における法定納期限等もこれに応じて各連帯納入義務者ごとに相対的に定まる」。
 最判平成18年1月19日民集60巻1号65頁百選25第二次納税義務…「国税徴収法39条所定の第二次納税義務者は,主たる課税処分につき国税通則法75条に基づく不服申立てをすることができる」。「国税徴収法39条所定の第二次納税義務者が主たる課税処分に対する不服申立てをする場合,国税通則法77条1項所定の「処分があったことを知った日」とは,当該第二次納税義務者に対する納付告知(納付通知書の送達)がされた日をいい,不服申立期間の起算日は納付告知がされた日の翌日である」。
 東京都対株式会社IBF(Ioma Bond Finance前身Ioma Bond Investment)・最判平成27年11月6日民集69巻7号1796頁百選26第二次納税義務の「徴収不足」要件…地方税法11条の8「にいう『滞納者の地方団体の徴収金につき滞納処分をしてもなおその徴収すべき額に不足すると認められる場合』とは,第二次納税義務に係る納付告知時の現況において,本来の納税義務者の財産で滞納処分(交付要求及び参加差押えを含む。)により徴収することのできるものの価額が,同人に対する地方団体の徴収金の総額に満たないと客観的に認められる場合をいう」。
 最判平成21年12月10日民集63巻10号2516頁百選27国税徴収法39条による第二次納税義務…「遺産分割協議は,相続の開始によって共同相続人の共有となった相続財産について,その全部又は一部を,各相続人の単独所有とし,又は新たな共有関係に移行させることによって,相続財産の帰属を確定させるものであるから,国税の滞納者を含む共同相続人の間で成立した遺産分割協議が,滞納者である相続人にその相続分に満たない財産を取得させ,他の相続人にその相続分を超える財産を取得させるものであるときは,国税徴収法39条にいう第三者に利益を与える処分に当たり得る」。「滞納者にいわゆる詐害の意思のあること…は同条所定の第二次納税義務の成立要件ではない」。背景:最判昭和49年9月20日民集28巻6号1202頁…身分行為たる相続放棄は詐害行為取消権の対象とならない。|最判平成11年6月11日民集53巻5号898頁…遺産分割協議は詐害行為取消権の対象となる。
 福岡地判平成27年6月16日平成24(行ウ)60号…国税徴収法39条「著しく低い額の対価による譲渡」につき被告の依拠する基本通達にいう「おおむね2分の1」の要件も満たしていないので第二次納税義務の納付告知処分を取り消した事例。
 名古屋地岡崎支判平成27年2月16日平成24(ワ)1048号認容(佐藤真弘 小島法夫 寺内康介)25543133・名古屋高判平成28年4月27日平成27(ネ)284号取消25543133(藤山雅行 長谷川恭弘 上杉英司)A社に対して地方税法の租税債権を有するX(原告、愛知県)が、A社が行ったY1(被告)に対する各贈与及びY2(被告)に対する弁済がいずれも詐害行為であるとして、Yらに対し、地方税法20条の7、民法424条に基づき、それぞれの各行為の取消しを求めたところ、Yらに債権者を害することの認識はなかったとしてXの請求を棄却。
 那覇地判平成29年7月19日平成27(ワ)90号25546783認容
 大阪地判平成28年5月18日判例地方自治421号60頁平成26(ワ)11925号一部認容、一部棄却25546371控訴

mw 市町村長処分不服申立て却下審判に対する抗告棄却決定に対する特別抗告事件
最高裁判所大法廷令和2年(ク)第102号 令和3年6月23日決定
       主   文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人らの負担とする。
       理   由
 抗告代理人榊原富士子ほかの抗告理由について
1 本件は,抗告人らが,婚姻届に「夫は夫の氏,妻は妻の氏を称する」旨を記載して婚姻の届出をしたところ,国分寺市長からこれを不受理とする処分(以下「本件処分」という。)を受けたため,本件処分が不当であるとして,戸籍法122条に基づき,同市長に上記届出の受理を命ずることを申し立てた事案である。本件処分は,上記届出が,夫婦が婚姻の際に定めるところに従い夫又は妻の氏を称するとする民法750条の規定及び婚姻をしようとする者が婚姻届に記載しなければならない事項として夫婦が称する氏を掲げる戸籍法74条1号の規定(以下「本件各規定」という。)に違反することを理由とするものであった。所論は,本件各規定が憲法14条1項,24条,98条2項に違反して無効であるなどというものである。
2 しかしながら,民法750条の規定が憲法24条に違反するものでないことは,当裁判所の判例とするところであり(最高裁平成26年(オ)第1023号同27年12月16日大法廷判決・民集69巻8号2586頁(以下「平成27年大法廷判決」という。)),上記規定を受けて夫婦が称する氏を婚姻届の必要的記載事項と定めた戸籍法74条1号の規定もまた憲法24条に違反するものでないことは,平成27年大法廷判決の趣旨に徴して明らかである。平成27年大法廷判決以降にみられる女性の有業率の上昇,管理職に占める女性の割合の増加その他の社会の変化や,いわゆる選択的夫婦別氏制の導入に賛成する者の割合の増加その他の国民の意識の変化といった原決定が認定する諸事情等を踏まえても,平成27年大法廷判決の判断を変更すべきものとは認められない。憲法24条違反をいう論旨は,採用することができない。
 なお,夫婦の氏についてどのような制度を採るのが立法政策として相当かという問題と,夫婦同氏制を定める現行法の規定が憲法24条に違反して無効であるか否かという憲法適合性の審査の問題とは,次元を異にするものである。本件処分の時点において本件各規定が憲法24条に違反して無効であるといえないことは上記のとおりであって,この種の制度の在り方は,平成27年大法廷判決の指摘するとおり,国会で論ぜられ,判断されるべき事柄にほかならないというべきである。
3 その余の論旨は,違憲をいうが,その実質は単なる法令違反を主張するもの又はその前提を欠くものであって,特別抗告の事由に該当しない。
4 よって,裁判官宮崎裕子,同宇賀克也の反対意見,裁判官草野耕一の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官深山卓也,同岡村和美,同長嶺安政の補足意見,裁判官三浦守の意見がある。
 裁判官深山卓也,同岡村和美,同長嶺安政の補足意見は,次のとおりである。
 私たちは,本件各規定は憲法24条に違反するものとはいえず,平成27年大法廷判決の判断を変更する必要はないとする多数意見に賛同するものであるが,その趣旨等について若干の点を補足して述べておきたい。
1 まず,所論は,本件各規定が,夫婦となろうとする者の一方が従前の氏を改めて夫婦同氏とすることを婚姻の要件としており,婚姻に対する法律上の直接的な制約となっているという。
 確かに,民法750条を受けて,戸籍法74条1号は,夫婦が称する氏を婚姻届の必要的記載事項としており,これを記載しなければ,婚姻届は受理されず,婚姻は効力を生じないのであるから(民法739条1項,740条),その点を捉えれば,本件各規定は,夫婦同氏とすることを婚姻の要件としており,婚姻に制約を加えるものということもできる。
 しかしながら,ここでいう婚姻は法律婚であって,その内容は,憲法24条2項により婚姻及び家族に関する事項として法律で定められることが予定されているものであるところ,民法750条は,婚姻の効力すなわち法律婚の制度内容の一つとして,夫婦が夫又は妻の氏のいずれかを称するという夫婦同氏制を採っており,その称する氏を婚姻の際に定めるものとしている。他方で,我が国においては,氏名を含む身分事項を戸籍に記載して公証する法制度が採られており,民法739条1項において,婚姻は,そのような戸籍への記載のための届出によって効力を生ずるという届出婚主義が採られている。そして,これらの規律を受けて,戸籍法74条1号は,婚姻後に夫婦が称する氏を婚姻届の必要的記載事項としているのである。民法及び戸籍法が法律婚の内容及びその成立の仕組みをこのようなものとした結果,婚姻の成立段階で夫婦同氏とするという要件を課すこととなったものであり,上記の制約は,婚姻の効力から導かれた間接的な制約と評すべきものであって,婚姻をすること自体に直接向けられた制約ではない。
 また,憲法24条1項は,婚姻をするかどうか,いつ誰と婚姻をするかについては,当事者間の自由かつ平等な意思決定に委ねられるべきであるという趣旨を明らかにしたものであるところ,ここでいう婚姻も法律婚であって,これは,法制度のパッケージとして構築されるものにほかならない。そうすると,仮に,当事者の双方が共に氏を改めたくないと考え,そのような法律婚制度の内容の一部である夫婦同氏制が意に沿わないことを理由として婚姻をしないことを選択することがあるとしても,これをもって,直ちに憲法24条1項の趣旨に沿わない制約を課したものと評価することはできない。
 したがって,夫婦同氏とすることを婚姻の要件と捉えたとしても,本件各規定が憲法24条1項に違反すると直ちにいうことはできず,平成27年大法廷判決もこの趣旨を包含していたものと理解することができる。
2(1)そこで,本件各規定が憲法24条に違反するか否かは,平成27年大法廷判決が判示するとおり,本件各規定の採用した制度(夫婦同氏制)の趣旨や同制度を採用することにより生ずる影響につき検討し,個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠き,国会の立法裁量の範囲を超えるものとみざるを得ないような場合に当たるか否かという観点から判断すべきこととなる。
 現行の夫婦同氏制の下において,長期間使用してきた氏を婚姻の際に改める者の中には,アイデンティティの喪失感を抱く者や種々の社会生活上の不利益を被る者がおり,これを避けるために婚姻を事実上断念する者がいることは,平成27年大法廷判決においても指摘されているところである。このような実情を踏まえ,夫婦同氏制について,婚姻に際し当事者の一方が意に反して氏を改めるか婚姻を断念するかの選択を迫るものであり,従前の氏に関する人格的利益を尊重せず,また,婚姻を事実上不当に制約するものであると評価して,いわゆる選択的夫婦別氏制の方が合理性を有するとする意見があることも理解できる。また,男女共同参画社会の形成の促進あるいは女性の職業生活における活躍の推進という観点からの施策として,選択的夫婦別氏制の導入を検討すべきであるとする意見も存在する。
 しかしながら,平成27年大法廷判決が判示するとおり,婚姻及び家族に関する事項は,関連する法制度においてその具体的内容が定められていくものであって,当該法制度の制度設計が重要な意味を持つものであり,国の伝統や国民感情を含めた社会状況における種々の要因を踏まえつつ,それぞれの時代における夫婦や親子関係についての全体の規律を見据えた総合的な判断によって定められるべきものである。したがって,夫婦の氏に関する法制度の構築は,子の氏や戸籍の編製の在り方等を規律する関連制度の構築を含め,国会の合理的な立法裁量に委ねられているのである。そうすると,選択的夫婦別氏制の導入に関して上記のような意見があるとしても,平成27年大法廷判決が指摘する,氏の性質や機能,夫婦が同一の氏を称することの意義,婚姻前の氏の通称としての使用(以下「通称使用」という。)等に関する諸点を総合的に考慮したときに,本件各規定が個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠き,国会の立法裁量の範囲を超えるものとみざるを得ないような場合に当たると断ずることは困難である。
(2)また,所論は,平成27年大法廷判決以降,女性の有業率の上昇,共働き世帯の数の増加その他の社会の変化,選択的夫婦別氏制の導入等に関する国民の意識の変化,地方議会における選択的夫婦別氏制の導入を求める意見書等の採択,通称使用の急激な拡大,我が国が批准した「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」に基づき設置された女子差別撤廃委員会からの勧告などの事情の変化が生じており,これにより夫婦同氏制の合理性は失われたという。
 確かに,平成27年大法廷判決以降も,女性の有業率は上昇するとともに共働き世帯の数も増加しており,これに伴い,婚姻の際に氏を改めることにより職業活動において不利益を被る女性が更に増加していることがうかがえる。また,平成29年に内閣府が実施した世論調査の結果等において,選択的夫婦別氏制の導入に賛成する者の割合が増加しているなどの国民の意識の変化がみられる。さらに,全国の地方公共団体の議会から,地方自治法99条に基づき,国又は関係行政庁に対して,選択的夫婦別氏制の導入又はこれについての国会審議の促進を求める意見書が提出されている。他方で,通称使用が,公的な文書における使用を含めて,更に拡大,拡充してきている。そして,一般論として,この種の法制度の合理性に関わる事情の変化いかんによっては,本件各規定が上記立法裁量の範囲を超えて憲法24条に違反すると評価されるに至ることもあり得るものと考えられる。
 しかしながら,平成27年大法廷判決以降の上記の事情の変化のうち,まず,国民の意識の変化についていえば,婚姻及び家族に関する法制度の構築に当たり,国民の意識は重要な考慮要素の一つとなるものの,国民の意識がいかなる状況にあるかということ自体,国民を代表する選挙された議員で構成される国会において評価,判断されることが原則であると考えられる。そして,法制度をめぐる国民の意識のありようがよほど客観的に明らかといえる状況にある場合にはともかく,選択的夫婦別氏制の導入について,今なおそのような状況にあるとはいえないから,これを上述した女性の有業率の上昇等の社会の変化と併せ考慮しても,本件各規定が憲法24条に違反すると評価されるに至ったとはいい難い。
 また,通称使用の拡大は,これにより夫婦が別氏を称することに対する人々の違和感が減少し,ひいては,戸籍上夫婦が同一の氏を称するとされていることの意義に疑問を生じさせる側面があることは否定できないが,基本的には,平成27年大法廷判決が判示するとおり,婚姻に伴い氏を改める者が受ける不利益を一定程度緩和する側面が大きいものとみられよう。
 以上のほか,全国の地方公共団体の議会から地方自治法99条に基づく意見書が提出されていることや,女子差別撤廃委員会から平成28年にも勧告がされていることを含め,平成27年大法廷判決以降,本件処分時(平成30年3月6日)までの間に生じた諸々の事情を併せ考慮しても,憲法24条適合性に関する平成27年大法廷判決の判断を変更すべきものと認めるには至らないといわざるを得ない。
3 もっとも,上記の法制度の合理性に関わる国民の意識の変化や社会の変化等の状況は,本来,立法機関である国会において不断に目を配り,これに対応すべき事柄であり,選択的夫婦別氏制の導入に関する最近の議論の高まりについても,まずはこれを国会において受け止めるべきであろう。この点に関しては,平成27年大法廷判決及び本件多数意見も,選択的夫婦別氏制の採否を含む夫婦の氏に関する制度の在り方は,国会で論ぜられ,判断されるべき事柄にほかならないと指摘しているところである。
 もとより,本件多数意見がいうように,選択的夫婦別氏制を採るのが立法政策として相当かどうかという問題と,夫婦同氏制を定める現行法の規定が憲法24条に違反して無効であるか否かという憲法適合性の審査の問題とは,次元を異にするものであって,民法750条ないし本件各規定が憲法24条に違反しないという平成27年大法廷判決及び本件多数意見の判断は,国会において上記立法政策に関する検討を行いその結論を得ることを何ら妨げるものではない。選択的夫婦別氏制の採否を含む夫婦の氏に関する法制度については,子の氏や戸籍の編製等を規律する関連制度を含め,これを国民的議論,すなわち民主主義的なプロセスに委ねることによって合理的な仕組みの在り方を幅広く検討して決めるようにすることこそ,事の性格にふさわしい解決というべきであり(平成27年大法廷判決の寺田逸郎裁判官の補足意見参照),国会において,この問題をめぐる国民の様々な意見や社会の状況の変化等を十分に踏まえた真摯な議論がされることを期待するものである。
 裁判官三浦守の意見は,次のとおりである。
 私は,結論において多数意見に賛同するが,本件各規定に係る婚姻の要件について,法が夫婦別氏の選択肢を設けていないことは,憲法24条に違反すると考えるので,意見を述べる。
1 婚姻前の氏の維持に係る利益
 氏名は,社会的にみれば,個人を他人から識別し特定する機能を有するものであるが,同時に,その個人からみれば,人が個人として尊重される基礎であり,その個人の人格の象徴であって,人格権の一内容を構成する(最高裁昭和58年(オ)第1311号同63年2月16日第三小法廷判決・民集42巻2号27頁参照)。
 他方,氏は,一般に,名とは別に,婚姻及び家族に関する法制度の一部として,親子関係など一定の身分関係を反映し,また,身分関係の変動に伴って改められることがあり得るものであり,婚姻における氏の在り方も,こうした法制度全体において関連する仕組みが定められる。
 しかし,そのような法律の内容如何によって,氏名について,その人格権の一内容としての意義が失われるものではない。氏は,名とあいまって,個人の識別特定機能を有するとともに,個人として尊重される基礎であって個人の人格の象徴であることを中核としつつ,婚姻及び家族に関する法制度の要素となるという複合的な性格を有するというべきである。
 そして,氏の変更に関わる身分関係の変動が婚姻という自らの意思で選択するものである場合にも,その意思が当然に氏を改めるという意思を伴うものではない。人が出生時に取得した氏は,名とあいまって,年を経るにつれて,個人を他人から識別し特定する機能を強めるとともに,その個人の人格の象徴としての意義を深めていくものであり,婚姻の際に氏を改めることは,個人の特定,識別の阻害により,その前後を通じた信用や評価を著しく損なうだけでなく,個人の人格の象徴を喪失する感情をもたらすなど,重大な不利益を生じさせ得ることは明らかである。
 したがって,婚姻の際に婚姻前の氏を維持することに係る利益は,それが憲法上の権利として保障されるか否かの点は措くとしても,個人の重要な人格的利益ということができる。
2 婚姻の自由
 平成27年大法廷判決は,憲法24条1項について,婚姻をするかどうか,いつ誰と婚姻をするかについては,当事者間の自由かつ平等な意思決定に委ねられるべきであるという趣旨を明らかにしたものであるとしている。そして,最高裁平成25年(オ)第1079号同27年12月16日大法廷判決・民集69巻8号2427頁は,それに加えて,婚姻をするについての自由は,同項の規定の趣旨に照らし,十分尊重に値するとしたが,これは,民法の規定が,再婚をする際の要件に関し男女の区別をしていることにつき,憲法の平等原則との関係で考慮すべき点として判示したものであり,この自由の憲法上の位置付けや規範性を限定したものではないと解される。
 そもそも,婚姻をするかどうか,いつ誰と婚姻をするかということは,単に,婚姻という法制度を利用するかどうかの選択ではない。婚姻は,その後の生活と人生を共にすべき伴侶に関する選択であり,個人の幸福の追求について自ら行う意思決定の中で最も重要なものの一つである。婚姻が法制度を前提とするものであるにしても,憲法24条1項に係る上記の趣旨は,個人の尊厳に基礎を置き,当事者の自律的な意思決定に対する不合理な制約を許さないことを中核とするということができる。
 そして,憲法24条1項が,婚姻は両当事者の合意のみに基づいて成立する旨を明記していることを考え併せると,法律が,婚姻の成立について,両当事者の合意以外に,不合理な要件を定めることは,違憲の問題を生じさせるというべきであり,その意味において,婚姻の自由は,同項により保障されるものと解される。
 他方で,婚姻及び家族に関する事項は,社会の種々の要因を踏まえつつ,夫婦や親子関係についての全体の規律を見据えた総合的な判断によって定められるものであり,その具体的な制度の構築は,第一次的には国会の合理的な立法裁量に委ねられる。しかし,そのことは,他の憲法上の権利の場合と同様に(財産権,選挙権等についても,憲法上,権利や制度の内容は,法律で定めることとされている。),婚姻の自由の保障を否定する理由となるものではない。
 取り分け,平成27年大法廷判決が述べるように,憲法24条2項は,その立法に当たり,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚すべきものとして,その裁量の限界を画しており,憲法上の権利として保障される人格権を不当に侵害する立法措置等を講ずることは許されない。そして,この要請は,形式的にも内容的にも,同条1項を前提とすることが明らかであり,そこにいう個人の尊厳は,婚姻の自由の保障を基礎付ける意義を含むものとして,立法の限界を画するということができる。
3 権利の制約及び合憲性判断の枠組み
(1)民法750条は,婚姻の効力として夫婦が夫又は妻の氏を称することを規定するが,「婚姻の際に定めるところに従い」と規定し,婚姻の際にその氏を定めることを前提としている。そして,婚姻は,戸籍法の定めるところにより届け出ることによって,その効力を生じ(民法739条1項),婚姻の届書には,夫婦が称する氏を記載して届け出なければならないから(戸籍法74条1号),婚姻をしようとする者は,夫婦が称する氏を定めて婚姻の届書に記載して届け出なければ,婚姻をすることができない。したがって,本件各規定は,民法739条1項とあいまって,夫婦が称する氏を定めることを婚姻の要件としており,法が他に選択肢を設けていないことは明らかである。
 これにより,婚姻をするためには,二人のうちの一人が氏を変更するほかに選択の余地がない。これは,法の定める婚姻の要件が,個人の自由な意思決定について,意思に反しても氏の変更をして婚姻をするのか,意思に反しても婚姻をしないこととするのかという選択を迫るものである。婚姻の際に氏の変更を望まない当事者にとって,その氏の維持に係る人格的利益を放棄しなければ婚姻をすることができないことは,法制度の内容に意に沿わないところがあるか否かの問題ではなく,重要な法的利益を失うか否かの問題である。これは,婚姻をするかどうかについての自由な意思決定を制約するといわざるを得ない。
 この制約は,法律上の要件により,夫婦が称する氏を定めない婚姻の成立を否定するものであって,夫婦同氏制が意図する直接的な制約といってよいが,ここでの問題は,本件各規定に係る婚姻の要件について,法が夫婦別氏の選択肢を設けていないことが,婚姻の自由を制約することの合理性である。法律上の要件について,憲法上の権利の制約との関係でその合理性が問題となる以上,当該権利の性質に応じて,合憲性の審査を行う必要がある。
(2)婚姻の自由は,前記のとおり,個人の尊厳に基礎を置き,当事者の自律的な意思決定に対する不合理な制約を許さないことを中核とする。そして,個人の尊厳は,法制度が立脚すべき基盤として立法の限界を画するものであり,立法裁量の指針や考慮要素にとどまるものではない。
 したがって,この場合,婚姻の自由の制約が正当化されるかという観点から,その合理性を判断する必要がある。その判断は,法制度全体の仕組みを前提とするものであるが、この正当化と関連しない個々の仕組みの当否や立法裁量を問題とするわけではない。例えば,嫡出子の氏の取扱いは,嫡出子に関する仕組みの下で,それが夫婦別氏の選択肢を設けないことを正当化する事情となり得るかなど,その正当化との関連で考慮される。それを超えて,この選択肢を設ける場合の子の氏の取扱いについて,様々な可能性やその当否を検討することは,基本的に,立法裁量の範囲に属する問題であって,上記の判断を左右するものではないと考えられる。  このような婚姻及び家族に関する法制度は,社会の状況や国民の意識等の種々の要因を踏まえつつ,全体の整合性や現実的妥当性等を考慮して定められるものであり,上記の合理性の判断も,時代の状況に応じた変化と相応の幅があり得るが,それは,憲法上の権利に関する限界を前提としない立法裁量とは異なる。婚姻の自由を制約することの合理性が問題となる以上,その判断は,人格権や法の下の平等と同様に,憲法上の保障に関する法的な問題であり,民主主義的なプロセスに委ねるのがふさわしいというべき問題ではない。
  (3)以上を前提にして,憲法24条1項の保障する婚姻の自由の性質を踏まえるとともに,同条2項が立法に当たっての要請を明示していることに鑑みると,本件各規定に係る婚姻の要件について,婚姻の自由の制約が同条に適合するか否かについては,婚姻及び家族に関する法制度における本件各規定の趣旨,目的,当該自由の性質,内容,その制約の態様,程度等を総合的に衡量し,個人の尊厳と両性の本質的平等の要請を踏まえて,それが合理的なものとして是認できるか否かを判断する必要がある。
4 本件各規定についての合憲性
(1)平成27年大法廷判決は,本件各規定に係る夫婦同氏制の趣旨,目的に関し,複数の点を指摘しているところ(同判決の第4の4(1)ア),それらについては,婚姻及び家族に関する法制度における相応の合理性があるといえる。しかし,ここで問題となるのは,夫婦同氏制がおよそ例外を許さないことが婚姻の自由の制約との関係で正当化されるかという合理性である。夫婦同氏制の趣旨,目的と,その例外を許さないこととの実質的な関連性ないし均衡の問題といってもよい。このような観点から検討すると,夫婦同氏制の趣旨,目的については,以下のような疑問がある。
 第1に,社会の構成要素である家族の呼称を一つに定め,それを対外的に公示して識別するといっても,現実の社会において,家族として生活を営む集団の身分関係が極めて多様化していることである。
 現行法は,同一の氏を称すべき家族の範囲を,日本国民の夫婦及びその間の未婚の子と養親子に限定し,それ以外の身分関係にある者を除外している。しかし,70年を超える時代の推移とともに,婚姻及び家族をめぐる状況は,大きく変化してきた。少子高齢化が著しく進展する中で,いわゆる晩婚化,非婚化が進んでいる上,離婚及び再婚も増加し,世帯の構成は,夫婦と子どものみの世帯の割合が大きく減少して多様化してきた。日本国民と外国人の婚姻も増加し,その間の子も生まれている。実際に,氏の異同を超えた家族の対応によって生計や子の養育等が支えられる場合もあり,家族の在り方は,著しく多様なものとなっている(最高裁平成24年(ク)第984号,第985号同25年9月4日大法廷決定・民集67巻6号1320頁も,婚姻及び家族の形態が著しく多様化してきたことを指摘する。)。  婚姻及び家族に関する法制度は,広く社会一般に関わることから,簡明で規格化される必要性が高いといえるが,それだけに,長い年月を経て,ますます多様化する現実社会から離れ,およそ例外を許さないことの合理的な根拠を説明することが難しくなっているといわざるを得ない。
 第2に,同一の氏を称することにより家族の一員であることを実感する意義や家族の一体性を考慮するにしても,このような実感等は,何よりも,種々の困難を伴う日常生活の中で,相互の信頼とそれぞれの努力の積み重ねによって獲得されるところが大きいと考えられる。これらは,各家族の実情に応じ,その構成員の意思に委ねることができ,むしろそれがふさわしい性質のものであって,家族の在り方の多様化を前提に,夫婦同氏制の例外をおよそ許さないことの合理性を説明し得るものではない。
 第3に,婚姻の重要な効果である嫡出子の仕組みを前提として,嫡出子がいずれの親とも氏を同じくすることによる利益を考慮するにしても,そのような利益は,嫡出推定や共同親権等のように子の養育の基礎となる具体的な権利利益とは異なる上(児童の権利に関する条約(平成6年条約第2号)にも,そのような利益に関する規定はない。),嫡出子であることを示すための仕組みとしての意義を併せて考慮することは,嫡出子と嫡出でない子をめぐる差別的な意識や取扱いを助長しかねない問題を含んでいる。また,婚姻の要件についてその例外を否定することは,子について,嫡出子に認められる上記の具体的権利利益を否定することになる。家族の在り方の多様化を前提にして,上記の利益について,法制度上の例外を許さない形でこれを特に保護することが,憲法上の権利の制約を正当化する合理性を基礎付けるとはいい難い。
 なお,近年,婚姻前の氏を通称として使用する運用が様々な形で広がっており,このような措置によって,夫婦別氏の選択肢を欠くことによる不利益が緩和される面がある。しかし,これらは,任意の便宜的な措置であって,個人の人格に関わる本質的な問題を解消するものではない上,このような通称使用の広がり自体,家族の呼称としての氏の対外的な公示識別機能を始めとして,夫婦同氏制の趣旨等として説明された上記の諸点が,少なくとも例外を許さないという意味で十分な根拠とならないことを,図らずも示す結果となっている。
(2)ア 他方において,本件各規定に係る婚姻の要件は,婚姻年齢や重婚等のように客観的な事実のみに係る要件ではなく,夫婦の氏を定めるという当事者の意思に関わる内容を要件としている。しかし,婚姻という個人の幸福追求に関し重要な意義を有する意思決定について,二人のうち一人が,重要な人格的利益を放棄することを要件として,その例外を許さないことは,個人の尊厳の要請に照らし,自由な意思決定に対し実質的な制約を課すものといわざるを得ない。現に,そのような不利益を回避するために,やむを得ず法律上の婚姻をしないという選択をする場合も生じている。
イ また,本件各規定は,その文言上性別に基づく差別的な取扱いを定めているわけではないが,長年にわたり,夫婦になろうとする者の間の個々の協議の結果として,夫の氏を選択する夫婦が圧倒的多数を占めており,現実に,多くの女性が,婚姻の際に氏を改めることによる不利益を受けている。このことは,国民の間に,夫婦の氏の選択について極端な偏りを生じさせる意識や考え方が広く存在することを明らかに示しており,夫婦となろうとする者双方の真に自由な選択の結果ということ自体にも疑問が生ずるところである。
 この点に関連して,平成27年大法廷判決は,旧民法(昭和22年法律第222号による改正前の明治31年法律第9号をいう。)施行以来,夫婦同氏制が我が国社会に定着してきたと評価している。しかし,昭和22年の上記改正までは,氏は家の呼称とされ,妻は婚姻により夫の家に入ることを原則とする家制度が定められていたものであり,それは,法律上妻の行為能力を著しく制限するなど,両性の本質的平等とはおよそ相容れないものであった。
 また,上記改正により,家制度は廃止されたものの,夫婦及び子が同一の氏を称する原則が定められたことから,氏は,一定の親族関係を示す呼称として,男系の氏の維持,継続という意識を払拭するには至らなかったとの指摘には理由がある。さらに,高度経済成長期を通じて,夫は外で働き妻は家庭を守るという,性別による固定的な役割分担(男女共同参画社会基本法4条参照)と,これを是とする意識が広まったが,そのような意識は,近年改善傾向にあるものの,男性の氏の維持に関する根強い意識等とあいまって,夫婦の氏の選択に関する上記傾向を支える要因となっていると考えられる。この問題に関する立法のプロセスについても,これらの事情に伴う影響を否定し難いところであろう。夫婦同氏制の「定着」は,こうして,それぞれの時代に,少なくない個人の痛みの上に成り立ってきたということもできる。  いずれにせよ,夫婦同氏制は,現実の問題として,明らかに女性に不利益を与える効果を伴っており,両性の実質的平等という点で著しい不均衡が生じている。婚姻の際に氏の変更を望まない女性にとって,婚姻の自由の制約は,より強制に近い負担となっているといわざるを得ない。
ウ さらに,70年以上の歳月を経て,その間の社会経済情勢の著しい変化等に伴い,国民の価値観や意識も大きく変化し,ライフスタイルや家族の生活の在り方も著しく多様化している。取り分け,女性の就業率の上昇とともに,いわゆる共働きの世帯が著しく増加しただけでなく,様々な分野において,継続的に社会と関わる活動等に携わる女性も大きく増加し,婚姻前の氏の維持に係る利益の重要性は,一層切実なものとなっている。
 今日,我が国において,男女が,互いにその人権を尊重しつつ責任も分かち合い,性別にかかわりなく,その個性と能力を十分に発揮することができる社会を実現することは,緊要な課題であり,そのためには,社会における制度又は慣行が男女の社会における活動の選択に対して及ぼす影響をできる限り中立的なものとすることが求められる(男女共同参画社会基本法前文,4条参照)。
エ 国際的な動向をみると,昭和54年に採択され,昭和60年に我が国も批准した「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」(昭和60年条約第7号。以下「女子差別撤廃条約」という。)は,締約国に対し,いわゆる間接差別を含め,女性に対するあらゆる形態の差別の撤廃を義務付け(1条,2条),自由かつ完全な合意のみにより婚姻をする同一の権利並びに姓を選択する権利を含む夫及び妻の同一の個人的権利について,女性に対する差別の撤廃を義務付けている(16条1項(b),(g))。そして,女子差別撤廃委員会は,一般勧告において,各パートナーは,自己の姓を選択する権利を有し,法又は慣習により,婚姻に際して自己の姓の変更を強制される場合には,女性は,その権利を否定されているものとし,さらに,我が国の定期報告に関する最終見解において,繰り返し,女性が婚姻前の姓を使用し続けられるように法律の規定を改正することを勧告している。
 昭和22年当時は,夫婦が同一の姓を称する制度を定める国も少なくなかったが,その後,女子差別撤廃条約の採択及び発効等を経て,現在,同条約に加盟する国で,夫婦に同一の姓を義務付ける制度を採っている国は,我が国のほかには見当たらない。
 婚姻及び家族に関する法制度は,それぞれの国の社会の状況や国民の意識等を踏まえて定められるものであるが,人権の普遍性及び憲法98条2項の趣旨に照らし,以上のような国際的規範に関する状況も考慮する必要がある。
(3)夫婦別氏の選択肢を設ける場合には,嫡出子に関する仕組みの下における嫡出子の氏の取扱いや,氏を異にする夫婦及びその子の戸籍の編製の在り方などを定める必要があり,これらについては,政策的な検討と判断が必要である。しかし,平成8年に法制審議会が「民法の一部を改正する法律案要綱」の答申をしてからおよそ四半世紀が経過し,その間も様々な場における議論や上記勧告等がなされる中で,国会においては,具体的な検討や議論がほとんど行われてこなかったものとうかがわれ,上記の点が,夫婦別氏の選択肢を設けていないことを正当化する理由となるものではない。
(4)以上のような事情の下において,本件各規定について,法が夫婦別氏の選択肢を設けていないことが,婚姻の自由を制約している状況は,個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らし,本件処分の時点で既に合理性を欠くに至っているといわざるを得ない。
 したがって,本件各規定に係る婚姻の要件について,法が夫婦別氏の選択肢を設けていないこと,すなわち,国会がこの選択肢を定めるために所要の措置を執っていないことは,憲法24条の規定に違反する。
5 婚姻の届出の受理
 本件各規定について,上記の違憲の問題があるとしても,婚姻の要件として,夫婦別氏の選択肢に関する法の定めがないことに変わりはない。
 婚姻における氏の在り方は,婚姻及び家族に関する法制度全体において関連する仕組みが定められる。本件各規定は,そのような仕組みの一部として,夫婦同氏に係る婚姻の効力及び届書の記載事項を定めるものであり,その内容及び性質に鑑みると,それらが一つの選択肢に限定する部分については違憲無効であるというにしても,それを超えて,他の選択肢に係る婚姻の効力及び届書の記載事項が当然に加えられると解することには無理がある。
 また,婚姻の届出は,婚姻の要件であるとともに(民法739条1項),戸籍の編製及び記載の根拠となるものであるところ(戸籍法15条,16条),戸籍は,一の夫婦及びこれと氏を同じくする子ごとに編製するものとされ(同法6条),夫婦別氏の選択肢を設けるには,子の氏に関する規律をも踏まえ,戸籍編製の在り方という制度の基本を見直す必要がある。その上で,夫婦の氏に関する当事者の選択を確認して戸籍事務を行うため,届書の記載事項を定めるとともに,その届出に基づいて行うべき戸籍事務(同法13条,14条,16条等参照)等について定める必要がある。国会においては,速やかに,これらを含む法制度全体について必要な立法措置が講じられなければならない。
 こうした措置が講じられていない以上,本件各規定の内容及び性質という点からみても,法制度全体としてみても,法の定めがないまま,解釈によって,夫婦別氏の選択肢に関する規範が存在するということはできない。したがって,夫婦が称する氏を記載していない届書による届出を受理することはできないといわざるを得ない(民法740条)。
 このような届出によって婚姻の効力が生ずると解することは,婚姻及び家族に関する事項について,重要な部分に関する法の欠缺という瑕疵を伴う法制度を設けるに等しく,社会的にも相応の混乱が生ずることとなる。これは,法の想定しない解釈というべきである。
 以上のとおりであるから,抗告人らの申立てを却下すべきものとした原審の判断は,結論において是認することができる。
 裁判官宮崎裕子,同宇賀克也の反対意見は,次のとおりである。
 私たちは,多数意見と異なり,本件各規定は憲法24条に違反するものであるから,原決定を破棄し,抗告人らの婚姻の届出を受理するよう命ずるべきであると考える。その理由は,以下のとおりである。
1 憲法24条1項について
(1)憲法24条1項の法意,趣旨
ア 憲法24条1項は,「婚姻は,両性の合意のみに基いて成立し,夫婦が同等の権利を有することを基本として,相互の協力により,維持されなければならない。」と定めている。これは,婚姻においても憲法13条及び14条1項の趣旨が妥当することを前提とした上で,婚姻の成立と婚姻の維持についてかかる趣旨を具体的に定める規定と解される。最高裁平成25年(オ)第1079号同27年12月16日大法廷判決・民集69巻8号2427頁(以下「再婚禁止期間大法廷判決」という。)は,憲法24条1項は,婚姻をするについての当事者の意思決定は,当該当事者の「自由かつ平等な意思決定に委ねられるべきであるという趣旨を明らかにしたもの」であると判示しており,平成27年大法廷判決にも同文の判示がある。婚姻をするについての当事者の意思決定が自由かつ平等なものでなければならないことは,憲法13条及び14条1項の趣旨から導かれると解されるから,憲法24条1項の規定は,憲法13条の権利の場合と同様に,かかる意思決定に対する不当な国家介入を禁ずる趣旨を含み,国家介入が不当か否かは公共の福祉による制約として正当とされるか否かにより決せられる。
 そして,「法律は,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して,制定されなければならない」という憲法24条2項の規定は,同条1項も前提としつつ,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚すべきであるとする要請,指針を示すことによって,婚姻及び家族に関する事項に係る法律の制定改廃における立法裁量の限界を画したものである(平成27年大法廷判決参照)。この「立法裁量の限界」は,かかる法律が憲法13条,14条1項に反するものであってはならないだけでなく,婚姻については憲法24条1項の趣旨に反するものであってもならず,また,これらの憲法の条項に反するとまではいえない場合であってもいずれの部分においても個人の尊厳と両性の本質的平等の原則を侵す内容であってはならないことを意味すると解される。
イ 最高裁昭和34年(オ)第1193号同36年9月6日大法廷判決・民集15巻8号2047頁(以下「昭和36年大法廷判決」という。)は,憲法24条の法意は,「民主主義の基本原理である個人の尊厳と両性の本質的平等の原則を婚姻および家族の関係について定めたものであり,男女両性は本質的に平等であるから,夫と妻との間に,夫たり妻たるの故をもって権利の享有に不平等な扱いをすることを禁じたもの」であると判示しており,上記アで述べた同条1項の解釈は,昭和36年大法廷判決にも沿うものである。
ウ 上記の法意も踏まえて,更に具体的に検討すると,法律によって婚姻の成立に何らかの制約を課すことが憲法24条1項の趣旨に照らして,婚姻をすることについての当事者の自由かつ平等であるべき意思決定に対する不当な国家介入に当たらないといえるためには,その制約が,夫婦になろうとする個人のそれぞれの人格が尊重されることを否定するものであってはならず,自由かつ平等であるべき本人の意思決定を抑圧するものでないことが必要である。
エ 婚姻は両当事者が相互に個人として尊重される関係であるべきことを踏まえるならば,憲法24条1項の「夫婦が同等の権利を有することを基本として」との規定部分における「権利」には,昭和36年大法廷判決が判断の対象とした財産権だけではなく,人格権(人格的利益を含む。)も当然含まれるといってよい。そして,かかる「権利」が憲法上の権利に限定されると解すべき根拠は文理上見当たらない。そもそも,憲法上の権利については,国民は,婚姻しているか否かにかかわらず,すべからく個人として性別による差別なく憲法13条の権利を享受できるのであるから,わざわざ夫となり妻となった者のみを捉えて平等原則を規定することが憲法24条1項のこの部分の規定の趣旨であるとは解し難い。むしろ,この「権利」には,憲法の他の条項に基づく憲法上の権利に当たるか否かにかかわらず,婚姻の基礎にあるべき個人の尊重あるいは個人の尊厳という観点からみて重要な人格権が含まれ,かかる「権利」について,当該個人が夫であり妻であるがゆえに,その一方のみが享有し他方が享有しないという不平等な扱いを禁じたものと解するのが,婚姻について特にこの規定が設けられた趣旨に沿う。
オ 昭和36年大法廷判決は,財産権についての判断において,憲法24条1項の「夫婦が同等の権利を有することを基本として」との規定部分は,「継続的な夫婦関係を全体として観察した上で,婚姻関係における夫と妻とが実質上同等の権利を享有することを期待した趣旨」であると判示している。しかし,この判示を踏まえても,人格権については分割を観念することができないことを考えると,夫と妻の双方がそれぞれ人格権を享有することが第三者の権利を不当に侵害するとか,公共の福祉に反することになるなどの正当な理由がないにもかかわらず,婚姻のみを理由として夫と妻とがそれぞれの人格権を同等に享有することが期待できない結果をもたらすことになるような法律の規定は,憲法24条1項の趣旨に反すると解されよう。
カ 婚姻自体は,国家が提供するサービスではなく,両当事者の終生的共同生活を目的とする結合として社会で自生的に成立し一定の方式を伴って社会的に認められた人間の営みであり,私たちは,原則として,憲法24条1項の婚姻はその意味と解すべきであると考える。もし様々な理由から,婚姻の成立や効力,内容について法令によって制約を定める必要があるのであれば,かかる制約が合理性を欠き上記の意味における婚姻の成立についての自由かつ平等な意思決定を憲法24条1項の趣旨に反して不当に妨げるものではないことを,一つひとつの制約について各別に検討すべきである。民法733条1項の再婚禁止期間の制約についてなされた再婚禁止期間大法廷判決の違憲判断は,正にその検討の結果であったが,その検討を経た上で,かかる制約に合理性があると認められる場合には,法律によって婚姻にかかる制約を課すことは憲法24条1項の趣旨に反するものではない。
キ 例えば,婚姻の成立に市町村長への届出を要件とする手続制度自体は,婚姻に伴う権利義務を定め,国家としてもその権利義務の実現に係る責務を履行する上で必要といえるから,届出義務を課すことは婚姻に対する合理的制約であって憲法24条1項の趣旨に反しないと考えることができるし,それ以外にも,重婚の禁止や近親血族間の婚姻禁止等公共の福祉の見地からの制約も合理的な制約といえることについては私たちも異論はない。
ク しかし,民法における婚姻制度において定められた特定の制約が,婚姻をするについての当事者の自由かつ平等な意思決定を憲法24条1項の趣旨に反して不当に侵害すると認められる場合には,かかる制約はかかる侵害を生じさせる限度で違憲無効とされるべきである。民法が定める制約の中にそのような違憲無効な制約が含まれている場合に,違憲無効な制約に服することを所与の前提としてされる婚姻の意思決定は,憲法24条1項の趣旨に沿う婚姻をするについての自由かつ平等な意思決定とはいえない。また,婚姻及び家族に関する事項については法制度の制度設計が重要な意味を持つことに異議はないが,そのことゆえに違憲無効な制約が合憲とされるべき理由はない。
ケ 以上から,憲法24条1項の婚姻は,民法によって定められた婚姻制度上の婚姻から,同項を含む憲法適合性を欠く制約を除外した内容でなければならないと考える。
(2)夫婦同氏を婚姻届の受理要件とすることは,婚姻をするについての直接の制約と解されること
ア 戸籍法74条1号は,婚姻届には「夫婦が称する氏」として夫又は妻の氏のいずれか一つを記載しなければならない旨規定し,この記載(以下「単一の氏の記載」という。)を,婚姻届の必要的記載事項の一つと定めている。本件では,抗告人らが,単一の氏の記載をせず,代わりに双方が生来の氏を称することを希望する旨記載した婚姻届(以下「本件婚姻届」という。)を提出したのに対し,市町村長が,本件婚姻届には単一の氏の記載が欠けていることを理由としてこれを不受理とする本件処分をしたため,本件婚姻届による婚姻は成立していない。平成27年大法廷判決では,夫婦同氏は婚姻の効力の一つであって婚姻をするについての直接の制約には当たらない旨判断されていたが,抗告人らは,本件婚姻届の不受理に係る上記の経緯を踏まえた上で,抗告人らについて単一の氏の記載(すなわち,夫婦同氏)を婚姻成立の要件とすることは婚姻をするについての直接の制約に当たると主張している。
イ そこで検討すると,まず,婚姻届に「夫婦が称する氏」の記載を義務付ける戸籍法74条1号を,「婚姻は,戸籍法の定めるところにより届け出ることによって,その効力を生ずる」と規定する民法739条1項と併せてみれば,単一の氏の記載が婚姻届の受理要件とされていること,婚姻届が受理されることによって婚姻の法的な効力が発生する、すなわち婚姻が成立するとされていることは,文理上明らかである。
ウ しかるに,この受理要件が婚姻をするについての直接の制約であるかという問題は,婚姻の成立について定める憲法24条1項適合性の問題であるから,かかる「婚姻」を上記(1)ケで述べた同項の「婚姻」と同じ意味に解した上で,この受理要件の意味を検討する必要がある。そうすると,本件において,抗告人らに対して単一の氏の記載(夫婦同氏)を婚姻届の受理要件とするという制約を課すことは,下記(4)で詳しく述べるように,抗告人らの婚姻をするについての意思決定を抑圧し,自由かつ平等な意思決定を妨げるものといわざるを得ない。そうである以上,本件においては,そのような制約は,婚姻をするについての直接の制約に当たると解することができる。
(3)本件で抗告人らが主張している人格的利益の由来と性質について
ア 抗告人らは,夫婦同氏を婚姻成立の要件とすることにより抗告人らが有する生来の氏名に関する人格的利益が侵害されることを挙げて上記の受理要件が婚姻をするについての直接の制約であると主張しているので,ここで,この人格的利益の由来と性質を検討する。平成27年大法廷判決の中でこの点に関する考え方を表していると思われる判示は,婚姻の際に「氏の変更を強制されない自由」が憲法13条で保障される権利に当たるかの判断の中の,氏は名とは切り離された存在としての意義があり,氏に関する人格権の内容は法制度をまって初めて具体的に捉えられるものという部分であると思われる。
 しかし,私たちは,氏を名から切り離して論ずる点についても,氏に関する人格権は法制度をまって初めて具体的に捉えられるものであるとする点についても,次の理由で平成27年大法廷判決とは見解を異にする。
イ 今日では,氏と名によって構成される氏名が個人の名前であると認識されているところ,〔1〕氏名には氏だけよりもはるかに高度の個人識別機能及び自己同定機能があること,〔2〕名前を構成する要素が一般に氏と名のみとされたのは明治時代であり,それ以前は名前の構成には様々なバリエーションがあったといわれているが,構成要素のいかんにかかわらず名前を個人識別に使用することは,社会において自然発生的に行なわれていた習俗ともいうべきことであるから,氏名(名前)の個人識別機能や自己同定機能は法制度がなければ認められない性質のものとはいえないこと,〔3〕本件において抗告人らが主張している氏名に関する人格的利益とは,下記ウで述べるように,氏名(名前)が高度の個人識別機能及び自己同定機能を持つことに由来するものであること,〔4〕婚姻による氏の変更は自動的に婚姻前の氏名と婚姻後の氏名の同一性を失わせる結果,他人からの個人識別についても自分自身の自己同定(人格認識)についても重大な影響や混乱をもたらすことが避けられないことを考えるならば,夫婦同氏を婚姻成立要件とすることが婚姻をするについての直接の制約かについて判断するに当たっては,氏名に関する人格的利益の由来や性質をこそ考慮すべきであって,氏を名から切り離して論ずるだけではこの争点に含まれる問題の本質を的確に捉えることはできない。
ウ 本件で主張されている氏名に関する人格的利益は,氏を構成要素の一つとする氏名(名前)が有する高度の個人識別機能に由来するものであり,氏名が,かかる個人識別機能の一側面として,当該個人自身においても,その者の人間としての人格的,自律的な営みによって確立される人格の同定機能を果たす結果,アイデンティティの象徴となり人格の一部になっていることを指すものである。これは,上記(1)において述べた人格権に含まれるものであり,個人の尊重,個人の尊厳の基盤を成す個人の人格の一内容に関わる権利であるから,憲法13条により保障されるものと考えられる。したがって,この権利を本人の自由な意思による同意なく法律によって喪失させることは,公共の福祉による制限として正当性があるといえない限り,この権利に対する不当な侵害に当たる。このように,この人格的利益は,法律によって創設された権利でも,法制度によって与えられた利益や法制度の反射的利益などというものでもなく,人間としての人格的,自律的な営みによって生ずるものであるから,氏が法制度上自由に選択できず,出生時に法制度上のルールによって決められることは,この人格的利益を否定する理由にはなり得ない。
エ 平成27年大法廷判決は,氏に関する人格権について,その内容は法制度をまって初めて具体的に捉えられると判示しているが,法制度がこの人格的利益の内容を定めているのではなく,この人格的利益の内容は,上記ウで述べたとおり,個人の尊重,個人の尊厳の基礎である人格の一内容と理解することができるのである。したがって,法制度によって具体的に捉えられるのは,この人格的利益の内容ではなく,この人格的利益に対して法制度が課している制約の内容にすぎない。以上の考え方を踏まえると,本件では,法律によって氏あるいは氏名に課されている制約が上記のような性質,内容を持つ人格的利益に対する不当な侵害に当たるか否かの検討が求められているということになる。そして,そうであるからこそ,本件では,氏名に関する人格的利益の由来,性質を明らかにした上で,夫婦同氏を婚姻成立の要件とするという本件各規定によって課されている制約に合理性があるか,公共の福祉による制限として正当性があるかが問われなければならないのである。
(4)民法750条を含む本件各規定によって課される制約の意味について
ア 夫婦同氏を婚姻成立の要件とすることは,婚姻をするについての意思決定と同時に人格的利益の喪失を受け入れる意思決定を求めることを意味すること
(ア)本件において抗告人らが単一の氏の記載をせず,双方が生来の氏を称することを希望する旨記載して本件婚姻届を提出した理由は,婚姻に伴って一方当事者が氏を変更することになると,当該当事者はその変更により,それまで有していた戸籍簿上公的に確認できる氏名が消滅させられ,その結果,人が個人として尊重される基礎であり,その個人の人格の象徴であって,人格権の一内容であった生来の氏名が失われ,アイデンティティを喪失するなど氏名に紐付いていた人格的利益を失うこととなり,かつ,婚姻による氏の変更によって生ずる氏名(名前)の変更の事実は,社会においては,当然には認識・周知されないため,社会における個人の同一性の認識阻害という結果をもたらし,変更前の氏名に紐付けられていた当該個人に対する評価が損なわれるなどの形で人格的利益の侵害が生ずるからというものである。
(イ)抗告人らのように婚姻後もそれぞれの人格の象徴であった生来の氏名を維持することを希望する者にとっては,夫婦同氏を婚姻成立の要件とすることは,婚姻をするについての意思決定は,上記のような人格的利益の喪失を受け入れるという(本人の希望に反する)意思決定と同時にしない限り,婚姻の意思決定として法的に認められないことを意味することになる。
イ 夫婦同氏を婚姻成立の要件とすることは,婚姻後,夫婦が同等の権利を享有できず,一方のみが負担を負い続ける状況を作出させること
(ア)本件では,抗告人らは,夫婦同氏制の下では,一方の当事者が生来の氏名に関する人格権の侵害を受け入れ,アイデンティティの喪失を受け入れなければ婚姻をすることができないのに対して,他方の当事者は生来の氏名に関する人格権を全く制約されることなく享受できるという点を捉えて,夫と妻とがそれぞれの人格権を同等に享有できないことも夫婦同氏制の問題として指摘している。
(イ)平成27年大法廷判決にはこの問題について言及する判示は見当たらないが,確かに,婚姻届への単一の氏の記載という要件を婚姻の成立要件として課すことは,婚姻により当事者の一方のみが生来の氏名に関する人格的利益を享受し続けるのに対し,他方は自分自身についてのかかる人格的利益を享受できず,かつ,かかる人格的利益の喪失による負担を負い続ける状況になることを意味し,婚姻が継続する限りその一方的な不平等状態は変わらないし変えられないことは自明である。言い換えると,夫婦同氏を婚姻成立の要件とすることによって,婚姻により氏を変更することとなる当事者は,婚姻が継続する限り,かかる人格的利益を他方当事者と同等に享有することを期待することすらできないという状況,すなわち,夫婦同氏制のゆえに,婚姻によって夫となり妻となったがゆえにかかる人格的利益を同等に共有することができない状況が必ず作出されることになる。
ウ 本件においては,夫婦同氏を婚姻成立の要件とすることによって婚姻をするについての自由かつ平等な意思決定が抑圧されること
(ア)氏名に関する人格的利益の性質についての私たちの考え方は,上記(3)で述べたとおりであるが,その考え方に立つと,抗告人らのように,生来の氏名が失われることによるアイデンティティの喪失を受け入れることができず双方が生来の氏を使用することを希望する者に対して,単一の氏の記載(夫婦同氏)を婚姻成立の要件とするという制約を課すことは,〔1〕自身が氏を変更する側となる当事者にとっては,生来の氏名に関する人格的利益が侵害されることを前提として受け入れた上で,婚姻の意思決定をせよというに等しく,〔2〕当事者双方にとっては,自身が氏を変更する側になるか変更しない側になるかにかかわらず,自分又は相手の人格の一部を否定し,かつ婚姻が維持される限り夫と妻とがかかる人格的利益を同等に享有することができないこととなることを前提とした上で婚姻の意思決定をせよというに等しい。これは,当事者がする婚姻をするについての意思決定は,上記〔1〕及び〔2〕の前提を本人の意思に反して受け入れるという意思決定と同時にしない限り,婚姻の意思決定として法的に認められないことを意味する。しかし,かかる人格的利益の性質は上記(3)で述べたように,個人の尊重,個人の尊厳の基盤を成す個人の人格の一内容に関わる人格権に当たるのであるから,その権利に対する制約を当事者の自由な意思に反して受入れることに同意しない限り婚姻をするについての意思決定が法的に認められないというのでは,婚姻をするについての意思決定が自由かつ平等な意思決定であるとは到底いえない。
(イ)もし,氏の変更(上記(ア)の〔1〕及び〔2〕はその効果)について当事者の自由意思による同意があるならば,婚姻の意思決定は自由かつ平等な意思決定であると認めることができるという点については私たちも異議はないが,抗告人らは,氏の変更について自由意思による同意はしていないし,同意する意思はないことを本件婚姻届において明らかにしている。したがって,抗告人らのように双方が生来の氏を希望する者に対して,夫婦同氏を婚姻成立の要件とする制約を課すことは,抗告人らの婚姻をするについての意思決定を抑圧して自由かつ平等な意思決定を妨げるものであるから,憲法24条1項の趣旨に反する侵害に当たるというほかない。
 なお,夫婦同氏制は夫婦になろうとする者の対等な協議によって氏を選ぶと定めるものであることは,上記の結論に影響を及ぼさない。なぜならば,その協議は,夫婦同氏が婚姻成立の要件であることを所与のものとして認めなければならないという条件付きの協議でしかなく,双方がそれぞれの生来の氏を選ぶという選択肢は最初からないこととされているのであるから,双方が生来の氏を選ぶことを希望する者にとっては,その協議の結果が自由かつ平等な意思決定によるものとはいえないからである。
(5)上記(4)の侵害の不当性
ア 婚姻の成立にこのように憲法24条1項の趣旨に反する結果をもたらすような夫婦同氏を婚姻成立の要件とするという制約を課し,もって婚姻をするについての当事者の意思決定を抑圧して自由かつ平等な意思決定を妨げることになったとしても,もしその制約を正当化するような公共の福祉の観点からの合理性があるならば,夫婦同氏を婚姻成立の要件とするという制約は同項の趣旨に反するほどの不当な国家介入とはいえないと考えることができる。そこでこの点について次に検討する。
イ 本件において問題とされている単一の氏の記載(夫婦同氏)という婚姻成立の要件は,民法750条が定める夫婦同氏制に基づいて課されている制約である。そこで,夫婦同氏制が合理性を有する理由として平成27年大法廷判決が挙げる,氏が家族の呼称としての意義を有することが,公共の福祉の観点からこの制約の合理性を基礎付けることができるかを検討すると,そもそも氏が家族の呼称としての意義を有するとする考え方は,憲法上の根拠を有するものではない。(振り返ると,我が国でもかつては夫婦別氏制であった時代があったが,その制度が,明治31年施行の旧民法によるいわゆる「家」制度の採用に伴って夫婦同氏制に改められ,その後「家」制度は現行憲法の制定とともに廃止されたものの,夫婦同氏制は維持されたという歴史をたどったことは一般的に知られている。旧民法においては,氏は「家」の呼称であり,その結果として夫婦同氏となったのであるが,「家」制度を前提としない現行憲法の制定過程において夫婦同氏制の憲法適合性について十分な議論がなされたことはうかがわれない。)
ウ 次に,家族という概念は,憲法でも民法でも定義されておらず,その外延は明確ではない。社会通念上は,その概念は多義的である。戸籍法は,夫婦及び父母の氏を称する未婚子を単位として戸籍を編成しているが,その単位のみが家族として社会的に認知されているわけではなく,社会通念上は,婚姻後においても,自分の両親,祖父母や兄弟姉妹を含み得る概念として自然に用いられているといえよう。そして,今日においてもなお,氏が家系という意味での「家」の呼称として用いられる場合すらある。また,夫婦とその未婚子から成る世帯は,ますます減少しており,世帯の実態は多様化している。そのような中にあって,夫婦とその未婚子から成る世帯のみを家族と捉え,そのことをもって,氏はかかる家族の呼称としての意義があることが,氏名に関する人格権を否定する合理的根拠になるとは考え難い。 エ 他方で,憲法24条1項は婚姻の自由だけでなく,その反面において離婚の自由,再婚の自由も保障する趣旨の規定であると解され,民法も,本人の合意による離婚や再婚を制限する規定を何ら設けていない。そして,民法が定める家族制度においては,法律婚をしている父母の嫡出子の氏は父母の氏とするというルールが設けられている一方で,子を持つ両親が離婚し,さらにそれぞれが別の相手と再婚し,それを繰り返すことは何ら制限されておらず,その結果として子自身の意思によることなく,親の離婚,再婚により,実の両親と,さらには同居の家族とみられる者とも,子の氏が異なる状況に置かれることが民法の制度上も当然想定され,容認されている。このことは,民法が,子の氏とその両親の氏は同じでなければならないことを常に要求しているわけではないことを示している。この点を勘案すると,子の氏とその両親の氏が同じである家族というのは,民法制度上,多様な形態をとることが容認されている様々な家族の在り方の一つのプロトタイプ(法的強制力のないモデル)にすぎないと考えられる。そして,現実にも,夫婦とその未婚子から成る世帯は,時代を追うごとにますます減少しており,世帯や家族の実態は極めて多様化し,子の氏とその子が家族として暮らす者の氏が異なることもまれでなくなっている。したがって,そのプロトタイプたる家族形態において氏が家族の呼称としての意義を有するというだけで人格的利益の侵害を正当化することはできないと考える。他の家族形態においてはそもそも氏が家族の呼称という実態自体があるとはいえないからである。
オ 私たちは,氏には家族の呼称という側面があることまで否定するものではないが,既に述べたように,それを憲法上の要請と位置付ける根拠はなく,平成27年大法廷判決が夫婦同氏制に合理性があるとして挙げている「氏は,家族の呼称としての意義がある」という説明に氏名に関する人格権を否定する合理的根拠があるとは考えにくい。加えて,それ以外に同判決で夫婦同氏制の合理性の説明として挙げられている内容(氏は夫婦であることを対外的に公示し識別する機能を有すること,嫡出子であることを示すこと,家族の一員であることを実感すること,子がいずれの親とも氏を同じくすることによる利益を享受しやすくすること)は,いずれも民法が想定している夫婦や親子の姿の一部を捉えているとはいえても,上記で述べた家族形態の多様化という現実と,家族の形が多様であることを想定し容認する民法の寛容な基本姿勢に照らすと,夫婦同氏制の合理的根拠とはいい難い。
カ したがって,私たちは,抗告人らのように生来の氏名に関する人格的利益の喪失を回避し,夫婦が同等の人格的利益を享受することを希望する者に対して夫婦同氏を婚姻成立の要件として当事者の婚姻をするについての意思決定を抑圧し,もって婚姻をするについての自由かつ平等な意思決定を侵害することについて,公共の福祉の観点から合理性があるということはできないと考える。
 そうすると,本件各規定は,抗告人らのように婚姻しようとする当事者双方が生来の氏を称することを希望する者に対して,夫婦に同氏を強制し婚姻届に単一の氏の記載を義務付ける点で,憲法24条1項の趣旨に反するというべきである。
キ 付言するに,そもそも,婚姻は私的な事柄であり,プライバシーに属する情報である。当事者がそれを公表することは自由であるが,当事者が公表したくないにもかかわらず,それを公示することは,プライバシー侵害となり得る。嫡出子であることを「氏」をもって対外的に公示することは,逆に,非嫡出子や離婚した母子家庭の子供に対する差別を助長するというマイナス面があるともいえる。嫡出子であることによる法律上の利益は,実の両親の共同親権に服することを含めて幾つかあるが,それらは,両親が法律婚をしていることの公的な証明手段があれば享受することができるのであって,両親の氏が同一であるから享受できるというものではない。夫婦同氏制が違憲と判断されれば,両親が法律婚をしていることの公的な証明手段を諸外国と同様に法定することが困難であるとは考え難い。
ク なお,夫婦同氏の強制を人格権侵害と感ずるかについて個人差があることは事実であるが,そのことは,本件において,夫婦同氏を婚姻成立の要件とするという制約が生来の氏名に関する人格的利益や婚姻をするについての自由かつ平等な意思決定に対する憲法24条1項の趣旨に反する侵害であることを否定する理由にはならない。このことは,プライバシー権を考えてみれば明らかと思われる。何をプライバシー侵害と感ずるかについては,個人差があり,例えば,自分が難病にかかったことを公表する人も少なくないが,他方,それを他人に知られたくないと思う人も少なからず存在すると考えられる。後者の人にとって,難病にり患していることを他人に知られない利益はプライバシー権として憲法上保障されるべきであって,そのような事実を他人に知られないことを望まない人がある程度存在するからといって,それを他人に知られることを望まない人の利益をプライバシー権として保障することを否定することにはならない。
2 憲法24条2項について
(1)判断枠組みを異にし,結論を異にすること
ア 憲法24条2項は,婚姻及び家族に関する事項に関しては,「法律は,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して,制定されなければならない」と規定している。しかるに,平成27年大法廷判決は,夫婦同氏制を定める法律の規定が憲法13条,14条1項に違反しない場合に,更に憲法24条にも適合するものとして是認されるか否かは,当該法制度の趣旨や同制度を採用することにより生ずる影響につき検討し,当該規定が個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠き,国会の立法裁量の範囲を超えるものとみざるを得ないような場合に当たるか否かという観点から総合判断すべきであるという判断枠組みを示している。
イ しかしながら,私たちは,上記1で述べた理由で,抗告人らのように婚姻届において夫婦同氏に同意しないことを明らかにしている者に対して夫婦同氏を婚姻成立要件として課すことは,婚姻をするについての当事者の意思決定を抑圧し,もって婚姻をするについての自由かつ平等な意思決定を妨げる不当な国家介入に当たり,憲法24条1項の趣旨に反するので,本件については,平成27年大法廷判決が示した上記の判断枠組みの適用の前提を欠くから,その判断枠組みによって判断することはできず,法律が同項の趣旨に反する場合には,そのことのみをもって,かつその限度では,同条2項の個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚した法律とはいえず,立法裁量を逸脱していると考える。
ウ すなわち,夫婦同氏制を定める民法750条を含む本件各規定を,当事者双方が生来の氏を変更しないことを希望する場合に適用して単一の氏の記載(夫婦同氏)があることを婚姻届の受理要件とし,もって夫婦同氏を婚姻成立の要件とすることは,当事者の婚姻をするについての意思決定に対する不当な国家介入に当たるから,本件各規定はその限度で憲法24条1項の趣旨に反する。したがって,本件各規定は,その限度で,憲法24条2項の個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚した法律とはいえず,立法裁量を逸脱しており,違憲といわざるを得ない。私たちの意見は,もとより,夫婦別氏を一律に義務付けるべきとするものではなく,夫婦同氏制に例外を設けていないことを違憲とするものであり,この点については平成27年大法廷判決における木内道祥裁判官の意見と趣旨を同じくする。
(2)平成27年大法廷判決の判断枠組みによったとしても,その後の事情の変化をも考慮して,憲法24条違反と判断すべきこと
 仮に,生来の氏名に関する人格的利益は憲法上の権利に当たらず,本件各規定が憲法24条1項の趣旨に反する婚姻成立の要件を定めるものとは直ちにはいえないという見解に立ち,平成27年大法廷判決が判示する判断枠組みによって夫婦同氏制の憲法24条適合性を総合判断することとしたとしても,私たちは,本件における夫婦同氏制の同条適合性判断においては,以下に述べる3点(ア,イ及びウ)を,平成27年大法廷判決では考慮されなかった事情として追加的に考慮すべきであり,それらを適切に考慮すれば,夫婦同氏制を定めた本件各規定は,遅くとも本件処分の時点においては,個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠き,国会の立法裁量の範囲を超えるものとみざるを得ないから,同条に違反するとの結論に至るものと考える。
ア 夫婦同氏制は個人の尊厳と両性の本質的平等に適合しない状態を作出する制度であること
(ア)夫婦同氏制は,氏名に関する人格的利益を夫と妻とが同等に享有することができない状況を作出する制度であることについては,上記1(4)イで指摘したが,たとえ本件において抗告人らが主張している氏名に関する人格的利益が憲法13条で保障された権利に当たらないという見解に立つとしても,この氏名に関する人格的利益は,最高裁昭和58年(オ)第1311号同63年2月16日第三小法廷判決・民集42巻2号27頁が人格権の一内容であると判示した権利・利益と少なくとも同質・同等の権利・利益である。そうである以上,この人格的利益が個人の人格の中枢に関わるものであること(そうでなければアイデンティティの喪失感などを抱くことはない。)を否定することはできないから,上記1(4)イの指摘はそのまま当てはまる。したがって,夫婦同氏制は,この点において個人の尊厳と両性の本質的平等に反する結果をもたらす制度であるといわざるを得ない。
(イ)平成27年大法廷判決の憲法24条適合性の判断では、夫婦同氏制にこのような問題があることについては全く触れられていないので,この点は,同判決では考慮されていない事情として本件において考慮する必要があるというべきである。この点を,妻側が氏を変更する夫婦の割合が約96%に上るという実態と併せてみると,結局のところ,約96%の夫婦において,夫婦同氏制によって生来の氏名に関する人格的利益を失い,夫との不平等状態に置かれるのは妻側であるという,性別による不平等が存在しているというのが実態であることになる。
(ウ)しかるに,憲法24条2項は,婚姻及び家族に関する事項を法律事項とするとのみ定めているわけではなく,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して法律が制定されなければならないと明記している。それにもかかわらず,上記のとおり個人の尊厳と両性の本質的平等のいずれの趣旨にも反する結果をもたらす夫婦同氏制が,憲法24条2項が明記する個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚した制度であると解することは困難である。
  イ 平成27年大法廷判決後の旧姓使用の拡大は,夫婦同氏制の合理性の実態を失わせていること
(ア)そもそも,氏が家族の呼称としての意義を有することが夫婦同氏制の合理性の理由であったとしても,夫婦・家族の実態についてみると,日本国民の夫婦及びその未婚の子から成る世帯は,もはや典型的な世帯ではない。平成30年の統計によれば,夫婦及びその未婚の子から成る世帯は,3割を切っており,夫婦のみの世帯も4分の1に満たない。未婚率の上昇,初婚年齢の上昇,離婚及び再婚の増加,国際結婚の増加という近年の動向は,今後も継続し,日本国民の夫婦及びその未婚の子から成る世帯の割合は,一層低下していくと予想される。また,子が両親と同一の氏を称することにより家族の一員であることを実感する意義については,夫婦同氏制を廃止した諸外国において,家族の一体感が弱まったとする実証的根拠は何もなく,また,旧姓の通称使用により,実質的に夫婦別氏となっている家族の絆が弱くなっているという実証的根拠も何ら存在しない。夫婦のみならず子の福祉を考えることは重要であるが,婚姻をしようとする者のいずれも自らの氏を変えることによって生来の氏名に関する人格的利益を失うことに耐えられず事実婚を選択するケースだけでなく,婚姻している夫婦が婚姻によって氏を変更した当事者の氏を生来の氏に戻すことだけを目的として婚姻の実態を変更する意思はないのに離婚届を出して形式的には離婚するケースも散見されるようになっており,その結果,子が受ける不利益の深刻さ(前者の場合は,嫡出子とは扱われないために,嫡出子が法律上受ける利益を受けることができない。後者の場合は,両親が離婚すると,共同親権に服さないこととなり,一方の親のみが親権者となる。)を考えると,夫婦同氏を強制する法制度が,かかる不利益を受ける子を生み出し,子の福祉を損なっている面も看過できない。
(イ)夫婦同氏制の合理性の根拠とされた点に関する社会の実態が上記のように変化している中で,平成27年大法廷判決以降,女性による旧姓の通称使用を容易にするための方策が相次いで採られてきた。なかんずく,旧姓の通称使用が国の機関における公的な文書の作成においてすら認められるようになったことは,平成27年大法廷判決で認められた夫婦同氏制の合理性の根拠を質的に希薄化させる重大な事情の変化であると考える。
(ウ)そもそも旧姓の通称使用は,婚姻によって氏を変更した当事者が有する生来の氏名に関する人格的利益の喪失とそれによる不利益を一定程度のみ解消させるものでしかなく,旧姓の通称使用が拡大したとしても公的な証明を必要とする場合は残るから,旧姓の通称使用ができることは決して夫婦同氏制の合理性の根拠になるものではない。むしろ,旧姓の通称使用を認めるということは,夫婦同氏制自体に不合理性があることを認めることにほかならない。そして,旧姓の通称使用の拡大は,夫婦同氏制による氏の変更後の戸籍に記載されている氏名が,社会での使用に耐えない場合があること,言い方を変えると,夫婦同氏制による氏ではなく,生来の氏による氏名を使用しなければ,その個人が,氏を変更せずに婚姻した者であれば決して置かれることのない不合理で理不尽な状況に置かれ得ることについての社会における認知の拡大を意味している点は極めて重要である。
(エ)特に,国家機関において公的文書を作成する者が,その作成の責任の所在を明らかにするべき作成者の氏名として旧姓を使用することが認められたことは,夫婦同氏制の下で決められた氏が実社会において使用されない氏(つまり原則として非公開とされている戸籍に記載されているだけの氏)になっても問題はなく,旧姓の方が夫婦同氏制の下で決められた氏よりも実質的な価値があり,国民との関係でも公的文書作成の責任者の個人識別に法的な問題を生じないことを国の機関が認めるに至ったという意味がある。そのことは,夫婦同氏制による変更後の氏が対外的公示という点では実質的価値が乏しいことが社会的にも認知されたことを示しているといえる。平成27年大法廷判決において夫婦同氏制の合理性の根拠とされた点は,主として氏が対外的に公示されることに合理的な意味を見いだすというものであったことからすると,旧姓使用の拡大の事実は,夫婦同氏制の合理性の説明を空疎化し,夫婦同氏制自体の不合理性を浮き彫りにするものといえる。
(オ)また,旧姓使用が拡大するということは,表札にも郵便物にも旧姓が使用され,夫婦親子の間でも社会的には氏が統一されていない状態が広がることを意味するが,特に公的機関における旧姓使用が認められたことは,それにより,女性の社会進出が進むにつれて,民間においても企業や組織が旧姓使用を認めることを促す効果があり,かつ,夫婦同氏制の不利益を幾らかでも回避したいと考える女性による旧姓使用を促す効果があるといってよい。その結果,社会的には氏を異にする外観を有する夫婦が増えて,外観上は事実婚の夫婦との差異がなくなるので見分けがつかなくなり,夫婦同氏制によって決定された氏(戸籍上の氏)によって夫婦であることの公示や家族であることの公示がなされず,対外的には,氏が夫婦であること,家族であることの識別には使われないという実態が拡大する。他方で,夫婦同氏制によって決定された氏が戸籍に記載されているとしても,戸籍に記載された個人情報はプライバシー情報であり,戸籍の閲覧は認められず,第三者の戸籍の謄抄本を請求することも原則として認められないから,戸籍が夫婦同氏制で決定された氏の対外的公示手段となるという説明は現実的に無理である。このように,旧姓使用の拡大によって,夫婦同氏制の合理性の説明とは合致しない実態の広がりがもたらされ,夫婦同氏制の合理性が質的に薄弱化されていることは否定できなくなっている。
(カ)加えて,旧姓の通称使用とは,実態としては婚姻した女性にダブルネームを認めるのと同じであるところ,旧姓を使用する本人にとっては,ダブルネームである限り人格的利益の喪失がなかったことになるわけではないから,氏の変更によって生じた本質的な問題が解決されるわけではなく,かつダブルネームを使い分ける負担の増加という問題が新たに生ずる。また,男女の別を問わず,ダブルネームを使う個人の増加は,社会的なダブルネーム管理コスト(例えば,企業や組織においては,一人の社員のために二つの名前を管理しなければならないが,これにはコストがかかる。)や,個人識別の誤りのリスクやコストを増大させるという不合理な結果も生じさせる。
(キ)以上のとおりであるから,旧姓使用の広がりは,婚姻しているが旧姓を使用する者からみても,夫婦別氏を希望する当事者からみても,夫婦同氏制の合理性の根拠の基盤を既に空疎なものにしているとすらいってよい。この事実を,夫婦同氏制は,上記1(4)イで指摘した,氏名に関する人格的利益を夫と妻とが同等に享有することができない状況を作出する制度であるという問題を抱える制度であることと重ね合わせると,夫婦同氏制という法制度には,個人の尊厳と両性の本質的平等という観点からみて,合理性があるとはいえないと考えられる。
ウ 我が国が女子差別撤廃条約に基づいて夫婦同氏制の法改正を要請する3度目の正式勧告を平成28年に受けたという事実は夫婦同氏制が国会の立法裁量を超えるものであることを強く推認させること
(ア)女子差別撤廃条約は1981年(昭和56年)に発効しており,我が国は1980年(昭和55年)にこれを締結し,1985年(昭和60年)には国会で批准され,公布もされている。我が国においては,憲法98条2項により,条約は公布とともに国内的効力を有すると解されており,条約が締約国に対して法的拘束力がある文言で締約国の義務を定めている場合には,かかる義務には,国家機関たる行政府,立法府及び司法府を拘束する効力があると解される。したがって,立法府は,女子差別撤廃条約についても,法的拘束力がある文言で規定されている限り,同条約が定める義務に違反する法律を改廃し,義務に反する新規立法を回避し,もって同条約を誠実に遵守する義務がある。
(イ)女子差別撤廃条約2条,16条1項は,「締約国は,・・・合意し(agree to)・・・約束する(undertake)」,「締約国は,・・・適当な措置をとるものとし(shall)・・・確保する(ensure)」と規定し,締約国自身が所要の措置をとること(国内法の整備)を通じて定められた権利を確保する義務を負うことを定めている。因みに,条約において,「agree to 〜(〜に合意する)」,「shall 〜(〜ものとする)」,「undertake 〜(約束する)」,「ensure 〜(〜を確保する)」という用語が使われる場合,法的拘束力があることを示すことに疑問の余地はない。女子差別撤廃条約はアラビア語,中国語,英語,フランス語,ロシア語及びスペイン語を等しく正文とする(つまり日本語版は仮訳にすぎない)ところ,英語では,同条約2条は「agree to」,16条1項は「shall」をもって規定されているから,法的拘束力を持たせる趣旨であることは明確といえる。
(ウ)なお,これらの条項は,我が国の国民に対して直接何らかの権利を付与するものではないので,国民に対する直接適用可能性はないと解されるが,そのことは,これらの条項が国内的効力を有することを否定する理由にはならない。今日の国際法学においては,直接適用可能性は国内的効力の前提ではなく,逆に,国内的効力が直接適用可能性の前提と一般に解されているからである。
(エ)女子差別撤廃条約1条においては,「女子に対する差別」とは,性に基づく区別,排除又は制限であって,「女子・・・が男女の平等を基礎として人権及び基本的自由を認識し,享有し又は行使することを害し又は無効にする効果・・・を有するものをいう」と定義されており,社会慣行・習慣によって差別の効果を生んでいる制度(差別を温存,助長する効果のある制度)は,同条約1条にいう「女子に対する差別」に当たる。同条約2条は,「締約国は,・・・女子に対する差別を撤廃する政策をすべての適当な手段により,かつ,遅滞なく追求することに合意し」(柱書き),そのために「女子に対する差別となる既存の法律,規則,慣習及び慣行を修正し又は廃止するためのすべての適当な措置(立法を含む。)をとること」を約束すると定めている(同条(f))。そして,同条約1条の上記の定義を踏まえて,同条約16条1項は,「婚姻及び家族関係に係るすべての事項について女子に対する差別を撤廃するためのすべての適当な措置をとるものとし,特に,男女の平等を基礎として次のことを確保する」(柱書き)として,同項(g)において「夫及び妻の同一の個人的権利」を挙げ,その例示として「姓・・・を選択する権利」を明記している。
(オ)女子差別撤廃委員会は,日本政府に対して,2003年(平成15年)7月に,夫婦同氏制を定める我が国の民法の関連規定が,夫婦同氏を強制するものであって,夫と妻に同一の個人的権利として「姓を選択する権利」を与えていないことは,女子差別撤廃条約上の「女子に対する差別を温存,助長する効果のある制度」に当たる旨指摘し,それ以来繰り返し同条約に従ったこの制度の是正を要請してきた。日本政府は,女子差別撤廃委員会のこの解釈を争うことなく,指摘された問題に対応するための法改正(民法750条の法改正)を行う方針であると説明してきていながら,立法機関である国会がその法改正措置を実施しない状態が長年にわたって継続している。
(カ)既に上記1(4)イで指摘したとおり,夫婦同氏制は,婚姻によって夫と妻とがそれぞれの個人的権利である生来の氏名に関する人格的利益を同等に享受することができない状況を作り出す法制度であって,夫と妻がそれぞれ姓を選択する権利を同等に有する制度ではないことは明白である。他方,女子差別撤廃条約は,我が国において国内的効力を有しており,同条約16条1項は法的拘束力を有する文言で締約国の義務を規定し,同項(g)は,締約国は夫及び妻が同一の個人的権利を確保するためのすべての適当な措置をとる義務を定め,かかる個人的権利には「姓を選択する権利」を含むことまで明記しているのである。同項(g)が求めている夫と妻が姓を選択する個人的権利を有しない法制度,言い換えると,婚姻に当たり夫婦が同氏となることを義務付ける我が国の夫婦同氏制のような法制度は,外国には見当たらず,そのことについては,本件処分時点でも既に締約国数が180箇国を超えている同条約が大きく貢献していたと考えられるところである。このように夫と妻に個人的権利として姓を選択する権利を与えることが世界の趨勢となっているのは,同項(g)がかかる権利を求める理由として規定している夫婦の平等と同一の個人的権利(としての姓を選択する権利)の確保が,我が国の憲法13条,14条1項,24条2項においても基礎とされている,人権尊重と平等原則という国際的に普遍性のある理念に基礎を置くものであるからにほかならない。
(キ)このような背景の中で,日本国が女子差別撤廃委員会による夫婦同氏制についての最初の指摘を受けた2003年(平成15年)から本件処分時まで約15年の長きにわたり,立法機関である国会が民法750条の改正をしておらず,平成27年大法廷判決後である2016年(平成28年)には女子差別撤廃委員会から日本国に対してこの義務の履行を要請する(2003年(平成15年)の勧告以来)3度目の正式勧告がされたことは,夫及び妻に同一の個人的権利として姓を選択する権利を認める制度となるよう同条を法改正するという明確に特定されている措置に係る女子差別撤廃条約上の義務について,かかる措置をとるために必要と考えられる社会通念上相当な期間が経過したことを示しているというほかなく,本件処分の時点では,締約国である我が国の枢要な国家機関である国会において,同条約2条の合意にもかかわらず,もはやかかる措置の実施を,遅滞なく追求しているとはいえない状態に至っていたことを示していると解される。
(ク)以上のこと,すなわち,日本国が,女子差別撤廃条約16条1項(g)に基づいて,夫と妻に同等に姓を選択する権利を認めるよう夫婦同氏制の法改正という措置をとることを,遅滞なく追求すると合意(同条約2条(f))していながら,国の立法機関である国会がその措置を遅滞なく追求しているとはいえない状態に至っていたという事実は,夫婦同氏制が憲法24条2項にいう個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚した制度ではないことを強く推認させる。その理由は,〔1〕同条約16条1項によって我が国に夫婦同氏制の法改正という措置をとることが求められたのは,夫婦同氏制が,婚姻における夫婦の平等に反し夫婦それぞれの個人的権利の確保に欠ける制度であることを理由とするものであることは,同項の文理から明らかであるところ,〔2〕同項にいう夫婦の平等や夫婦それぞれの個人的権利の確保と憲法24条2項において立法裁量の限界を画する要請,指針として示されている個人の尊厳と両性の本質的平等という理念とは,上記(カ)で述べたようにその基礎にある人権尊重や平等原則という本質においては趣旨を同じくすると解することができるからである。換言すると,もし,夫婦同氏制が憲法24条2項にいう個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚した制度であったとすれば,日本政府としては,夫婦同氏制が夫婦の平等と夫婦それぞれの個人的権利の確保に欠けるとされることはないと反論できてしかるべきであるから,上記〔1〕の理由が夫婦同氏制に当てはまることは考え難い。ところが,実際には,公表された資料からうかがわれる限り日本政府が女子差別撤廃委員会に対してそのような反論をしたことはうかがわれない上,平成28年になってもなお,女子差別撤廃委員会から,我が国が夫婦同氏制の法改正という措置を未だに実施していない状態であることについて,夫婦同氏制には依然として上記〔1〕の理由が当てはまることを理由とする3度目の正式勧告を受けている。そうすると,その事実は,上記〔2〕を踏まえると,同勧告の時点において,夫婦同氏制には上記〔1〕の理由が当てはまるだけでなく,夫婦同氏制が個人の尊厳と両性の本質的平等の要請を充たす制度でもなかったことを強く推認させると考えられるのである。
(ケ)女子差別撤廃条約16条1項(g)にいう夫婦の平等と夫婦それぞれの個人的権利の確保は,憲法24条2項にいう個人の尊厳と両性の本質的平等という理念と趣旨を同じくすると解されるという上記(ク)の〔2〕で述べたことは,条約(国際法)と憲法(国内法)という次元の違いはあっても,基礎とされている理念自体には相互に共通する普遍性があることが認められるということにほかならないが,我が国の憲法は人権の尊重と平等原則という国際的にも普遍性がある理念を取入れたものであったことも考慮すると,そのことを疑うべき理由はない。そうすると,平成28年にされた同条約16条1項(g)に係る3度目の正式勧告は,同条約上夫婦同氏制がかかる理念に反することの指摘にとどまるものではあったとしても,同勧告の時点において,夫婦同氏制が国会の立法裁量の限界を画するとされる個人の尊厳と両性の本質的平等という憲法24条2項の理念にも反していたことを映し出す鏡でもあったといえる。そうである以上,平成28年に3度目の正式勧告を受けたという事実は,それ以降本件処分時までに何らかかる法改正がされなかったという事実に照らすと,本件処分時において,それのみで,夫婦同氏制が個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠き,国会の立法裁量の範囲を超えるものであることを基礎付ける有力な根拠の一つとなり,憲法24条2項違反とする理由の一つとなると考えられる。裁判所においては,女子差別撤廃条約に締約国に対する法的拘束力があることを踏まえて,この事実を本件の判断において考慮すべきである。 3 本件婚姻届の受理を命ずべきことについて
(1)本件は,本件処分を不服として本件婚姻届の受理を命ずる審判を求める申立てに対して原々審で却下審判がされ,原審で即時抗告棄却決定がされ,これに対して特別抗告がされた事案である。婚姻届不受理処分に対する不服申立てを認容する場合,裁判所は,不受理処分を取り消すという審判をするのではなく,「届出の日付で受理せよ」という審判をすることになる。上記1,2で述べたところにより,本件各規定のうち夫婦に同氏を強制し婚姻届に単一の氏の記載を義務付ける部分が違憲無効であるということになれば,本件処分は根拠規定を欠く違法な処分となり,婚姻の他の要件は満たされている以上,市町村長に本件処分をそのままにしておく裁量の余地はなく,本件婚姻届についても,婚姻届不受理処分が違法である場合の一般の審判と同様,届出の日付での受理を命ずる審判をすべきことになると考えられる。なお,戸籍法34条2項は,「市町村長は,特に重要であると認める事項を記載しない届書を受理することができない。」と定めているが,夫婦に同氏を強制し婚姻届に単一の氏の記載を義務付ける規定が違憲無効である以上,抗告人らが夫婦が称する単一の氏を定めて本件婚姻届に記載していないことが,同項による不受理事由となるものでもない。
(2)そして,婚姻届の受理による婚姻の成立とその後の戸籍の記載等の取扱いは,概念的に区別し得る。婚姻が成立すれば,夫婦としての同居・扶助義務や相続などの様々な法的効果が発生するし,別れる場合には離婚の手続をとる必要が生ずることになる。夫婦別氏とする婚姻届が受理されても,戸籍の編製及び記載をどうするのか(同一戸籍になるのか,その場合,戸籍の筆頭者は誰になるのかなど)は,法改正がなされるまではペンディングにならざるを得ないかもしれず,そのため,当事者が婚姻の事実を証明するために戸籍謄本の交付を請求することができないことが考えられるが,その場合には,戸籍法48条1項の規定により,婚姻届受理証明書を請求することができると考えられる。
(3)また,法改正がされそれが施行されるまでの間は,婚姻の際に別氏を称することとした夫婦の間に生まれた子の氏が法的には定まらないという問題が生ずるが,その問題については,子の出生を証明する必要がある場合には,戸籍法48条1項の規定により,出生届受理証明書を請求することができると考えられる。子が生まれた場合に,子の氏が法的には定まらないという問題があるからといって,そのことを理由として,その点を解決するような法改正を迅速に行うことをしないまま,婚姻届を受理しないことができるとはいえない。
(4)いうまでもなく,当審の違憲判断を受けて国会が本件各規定の法改正をすべき義務を負うこととなる場合には,夫婦が別氏を称する婚姻を認めるだけでなく,子の氏や戸籍の取扱いなどの関連事項の改正も含めて立法作業を速やかに行う必要があるが,既に述べたように,外国においては夫婦同氏を義務付ける制度を採用している国は見当たらないのであるから,夫婦同氏に加えて夫婦別氏も認める法制度は世界中に多数存在するはずであること,平成8年には法務省において必要な外国の制度調査を行い,法制審議会の検討も終えて,夫婦同氏制の改正の方向を示す法律案の要綱も答申されたことを勘案すると,国会が夫婦別氏を希望する者の婚姻を認める改正を行うに際して,子の氏の決定方法を含めて関連する事項の法改正を速やかに実施することが不可能であるとは考え難い。国会においては,全ての国民が婚姻をするについて自由かつ平等な意思決定をすることができるよう確保し,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚した法律の規定とすべく,本件各規定を改正するとともに,別氏を希望する夫婦についても,子の利益を確保し,適切な公証機能を確保するために,関連規定の改正を速やかに行うことが求められよう。
 裁判官草野耕一の反対意見は,次のとおりである。
 私は,多数意見とは異なり,本件各規定は憲法24条に違反するといわざるを得ないがゆえに,原決定はこれを破棄し,抗告人らの婚姻届の受理を命ずるべきであると考える。その理由は,以下のとおりである。
1 婚姻及び家族に関する法制度を定めた法律の規定が憲法13条,14条1項に違反しない場合に,更に憲法24条に適合するものとして是認されるか否かは,当該法制度の趣旨や同制度を採用することにより生ずる影響につき検討し,当該規定が個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠き,国会の立法裁量の範囲を超えるものとみざるを得ないような場合に当たるか否かという観点から判断すべきものとするのが相当である(平成27年大法廷判決)。  そして,夫婦同氏制を定めた本件各規定が,上記のとおり国会の立法裁量の範囲を超えるほど合理性を欠くといえるか否かを判断するに当たっては、現行の夫婦同氏制に代わるものとして最も有力に唱えられている法制度である選択的夫婦別氏制を導入することによって向上する国民各位の福利とそれによって減少する国民各位の福利を比較衡量することが有用であると考える(ここでいう「福利」とは,国民各位が個人として享受する利益を意味するものであって,個人を離れた「社会全体の利益」や「特定の共同体又は組織の利益」は含まれない。)。憲法24条2項が,婚姻及び家族に関する制度について「個人の尊厳」に立脚したものであることを要請していることに照らすと,国民各位の福利に還元し得ない価値を考察の対象から排除して検討することは,同条適合性の判断に適していると考えられるし,また,このような観点からの検討は,(最終的には一定の価値判断を下すことが避けられないものの)論理則や経験則を用いて議論の妥当性を検証する余地を大きくすると考えられるからである。
 もっとも,比較衡量する福利が同種のものであるか,あるいは,関係する当事者間で取引の対象となり得るものである場合は格別,そうでない場合の福利に大小の順序付けを行うためには一定の価値判断が必要であるから,福利の比較衡量に関しても国民の代表者である国会の立法裁量は尊重されてしかるべきである。しかしながら,選択的夫婦別氏制の導入によって向上する福利が同制度の導入によって減少する福利よりもはるかに大きいことが明白であり,かつ,減少するいかなる福利も人権又はこれに準ずる利益とはいえないとすれば,当該制度を導入しないことは,余りにも個人の尊厳をないがしろにする所為であり,もはや上記立法裁量の範囲を超えるほどに合理性を欠いているといわざるを得ず,本件各規定は憲法24条に違反すると断ずべきである。
 なお,婚姻制度の中には,社会の倫理の根幹を形成している規定が含まれており(例えば重婚の禁止や近親婚の禁止を定めた規定がこれに当たる。),そのような規定については,国民各位の福利に及ぼす影響を微視的・分析的に考察するだけでは当該規定が国民にもたらしている利益の全体を把握することが困難であるかもしれない。しかしながら,戦前の「家」制度の下であれば格別,これを否定した現行の憲法と家族制度の下で,夫婦同氏制を定めた本件各規定が社会の倫理の根幹を形成している規定であるとみることが不適切であることは明らかであろう(さらにいえば,もし,夫婦同氏制に,人々の行動や意識の相互依存的関係を通じて,社会の構成員全般の福利を向上させる働きがあるとすれば,福利の比較衡量を行うことに対して上記と同様の方法論上の懸念が生じ得るが,そのような働きの存在が検証可能なほどの具体性をもって主張されたことはない。)。
2 以上の観点に立ち,選択的夫婦別氏制の導入によって向上する国民の福利と,それによって減少する国民の福利とを分析し,衡量する。
(1)選択的夫婦別氏制の導入によって向上する国民の福利について
 氏は名とあいまって人を同定する上での重要な要素の一つであり,それまでの人生において慣れ親しんできた氏に対して強い愛着を抱く者は社会に多数いるものと思われる。これらの者にとっては,たとえ婚姻のためといえども氏の変更を強制されることは少なからぬ福利の減少となるであろう。さらに,氏の継続的使用を阻まれることが社会生活を営む上で福利の減少をもたらすことは明白であり,この点は共働き化や晩婚化が進む今日において一層深刻な問題となっている。婚姻に伴い戸籍上の氏を改めても社会生活上は旧姓の継続使用が可能である場面が拡大してきているものの,旧姓を使用し得る機会にはおのずから限度がある以上,二つの氏の使い分け又は併用を余儀なくされることになり,そのこと自体の煩わしさや自己の氏名に対するアイデンティティの希薄化がもたらす福利の減少は避け難い。  以上を要するに,夫婦同氏制は,婚姻によって氏を変更する婚姻当事者に少なからぬ福利の減少をもたらすものであり,この点を払拭し得る点において,選択的夫婦別氏制は,確実かつ顕著に国民の福利を向上させるものである。
 なお,夫婦同氏制の下で氏を変更する婚姻当事者が被る福利の減少の一つとして「婚姻の事実を秘匿する利益」を確保することが困難となるという点が挙げられるので,この点について敷衍する。婚姻しているか否かという事実は,年齢,出身地,学歴などと並ぶ重要な個人情報であり,そうである以上,婚姻していることを秘匿したいと望む者がいるとすれば,その要求は尊重に値する。もっとも,婚姻の事実を秘匿したいと願う者たちの婚姻関係についても,その事実を知ることに福利の向上を見いだす他者がいることも事実である(例えば,企業の経営者にとって従業員が既婚者であるか否かを知ることは人事管理等の観点から有益であろう。)。しかしながら,婚姻の事実を秘匿することが尊重に値する利益であると認める以上,他者の婚姻に関する情報に需要を抱く者は当該他者に対して一定の誘因(インセンティブ)を与えることと引換えに婚姻に関する情報の開示を求めるべきである(さすれば,婚姻の事実を開示する不利益よりも提示された誘因の価値の方が大きいと思う婚姻当事者は情報を開示するであろうし,考え得る誘因よりも婚姻に関する事実を知ることの価値の方が大きいと思う情報需要者は当該誘因を現実に提示するであろう。)。情報の開示をめぐる交渉には一定の取引コストが発生するが,その点を考慮したとしても,情報の開示を当事者の交渉に委ねる方が(選択的夫婦別氏制はこれを可能とする。),婚姻当事者の意思に反して婚姻の事実を無償で開示することにつながり得る制度(夫婦同氏制がこれに当たる。)よりも関係当事者の福利の総和が増大することは明白であると思われる。
(2)選択的夫婦別氏制の導入によって減少する国民の福利について
ア 婚姻当事者の福利に及ぼす影響
 婚姻当事者にとって,夫婦で同一の氏を称することにより家族の一体感を共有することは福利の向上をもたらす可能性が高い。したがって,選択的夫婦別氏制を導入したとしても夫婦同氏を選択する夫婦も少なからず輩出されるはずであり,夫婦別氏を選択するのは,氏を同じくすることによってもたらされる福利の向上よりも上記(1)で指摘したところの福利の減少の方が大きいと考える夫婦だけであろう。これを要するに,選択的夫婦別氏制を採用することによって婚姻両当事者の福利の総和が増大することはあっても減少することはあり得ないはずである(なお,婚姻両当事者は多種多様な福利を分配し合える関係にあるのだから,両者の福利の総和が増大すればいずれの婚姻当事者の福利も増大する可能性が高い。)。
イ 子の福利に及ぼす影響
 むしろ問題となるのは,夫婦別氏を選択した夫婦の間に生まれる子の福利である。なぜならば,子は,親とは別の人格を有する法主体であるにもかかわらず,親が別氏とすることを選択したことによって生ずる帰結を自らの同意なく受入れなければならない存在だからである。そして,親の一方が氏を異にすることが,子にとって家族の一体感の減少など一定の福利の減少をもたらすことは否定し難い事実であろう。
 しかしながら,夫婦別氏とすることが子にもたらす福利の減少の多くは,夫婦同氏が社会のスタンダード(標準)となっていることを前提とするものである。したがって,選択的夫婦別氏制が導入され氏を異にする夫婦が世に多数輩出されるようになれば,夫婦別氏とすることが子の福利に及ぼす影響はかなりの程度減少するに違いない。また,現行法上,親は,子の福利に影響を与え得る諸事項(養育・監護,教育等)に関して大幅な裁量権を有しており,親が自己の正当な福利を追求するためにやむを得ず子の福利の最大化を達し得ないことがあるとしても,実現を断念される子の福利が子の人権又はこれに準ずる利益とはいえない限り,当該親の所為が裁量権の逸脱に当たるとは一般に考えられてはいないであろう。このこととの整合性(インテグリティ)という点から考えても,夫婦となる者が夫婦別氏を選択するか否かを決定するに当たり夫婦自身の福利と子の福利をいかに斟酌するかについては,これを親(夫婦)の裁量に委ねることが相当であり,夫婦別氏とすることが子の福利の最大化を妨げることがあるとしても,それは,夫婦が自らの福利を追求することを阻む事由とはならないというべきである。
ウ 親族の福利に及ぼす影響
 夫婦が同氏となれば,氏を変えない婚姻当事者の親族は,相手方婚姻当事者と新たに氏を共有することによって同人との間の一体感を強化することができる。しかしながら,夫婦同氏とすることは,氏を変更する婚姻当事者がその者の親族との間に育んできた一体感を減少させる機能も有しており,そうである以上,選択的夫婦別氏制の導入が婚姻両当事者の親族の福利の総和を減少させるとは到底いえない。
 もっとも,婚姻当事者の親族の中には,相手方婚姻当事者に対して生活上の支援を与える者がいることは現代社会においても変わらぬ事実であり(以下,そのような親族のことを「支援者的親族」と呼ぶ。),支援者的親族は,自己と相手方婚姻当事者との間の一体感を高めるべく同人が氏を改めることを強く望み,同時に,支援者的親族が一方の婚姻当事者の側にだけいる場合においては,相手方婚姻当事者の側の親族は,相手方婚姻当事者が氏を変えることを致し方ないことであると感ずる可能性が高いように思える。したがって,その場合に限っていえば,夫婦別氏とするよりも支援者的親族の氏を用いて夫婦同氏とする方が婚姻両当事者の親族の福利の総和は向上する可能性が高いといえるであろう。
 しかしながら,支援者的親族は,自分が与える用意のある支援の内容を詳らかにしつつ氏を変えてもらいたいという自己の願いを相手方婚姻当事者に対して伝えることができる立場にあるところ,そのようにしてもなお同人が氏の変更に応じないとすれば,それは,同人が,氏を変えてもらいたいと願う支援者的親族の思いを十分に理解し,かつ,当該親族が与えてくれる支援を十分斟酌してもなお,氏を改めることによって自身が被る福利の減少が余りにも大きいと考えるからであろう。婚姻は当事者たる二人が互いの人生を賭して行う営みである以上,氏を改めるか否かという問題に関する婚姻当事者の福利は親族の福利よりも優先的に考えられてしかるべきであり,上記の場合において選択的夫婦別氏制の導入によって減少する支援者的親族の福利は,婚姻当事者の福利の実現を阻むに値するものとはいい難い。
エ 慣習としての夫婦同氏制
 上記アからウまでに論じた者以外で婚姻当事者が夫婦別氏とすることによって福利の減少が生ずる者が存在するとすれば,夫婦同氏制が長きにわたって維持されてきた制度であることから,夫婦同氏を我が国の「麗しき慣習」として残したいと感じている人々かもしれない。
 しかしながら,選択的夫婦別氏制を導入したからといって夫婦を同氏とする伝統が廃れるとは限らない。もし多くの国民が夫婦を同氏とすることが我が国の麗しき慣習であると考えるのであれば,今後ともその伝統は存続する可能性が高い。また,人々が残したいと考える(「正の外部性が強い」といってもよいであろう)伝統的文化は我が国にたくさんあるところ(里山の景観,御国訛りのある言葉遣い,下町の人情味溢れる生活習慣,鎮守の森,季節を彩る諸行事など),これらの伝統的文化が今後どのような消長を来すのかは最終的には社会のダイナミズムがもたらす帰結に委ねられるべきであり(そのダイナミズムの中にはもちろんそのような伝統的文化を守ろうとする運動も含まれる。),その存続を法の力で強制することは,我が国の憲法秩序にかなう営みとはいい難い。夫婦同氏制もそのような伝統的文化の一つといえるのではなかろうか(さらにいえば,関係当事者以外の者に対して生み出す正の外部性という点においては,夫婦同氏制は上記に例示した伝統的文化よりもその効用が不明確であるように思える。)。したがって,選択的夫婦別氏制を導入した結果,夫婦同氏が廃れる可能性が絶対にないとはいえないとしても,それが現実のものとなった際に一部の人々に精神的福利の減少が生ずる可能性をもって、婚姻当事者の福利の実現を阻むに値する事由とみることはできない。
オ 戸籍制度に及ぼす影響
 選択的夫婦別氏制の実施を円滑に行うためには戸籍法の規定に改正を加えることが必要であり,その内容については法技術的に詰めるべき部分が残されている。しかしながら,選択的夫婦別氏制の導入に伴い上記改正がされたとしても,戸籍制度が国民の福利のために果たしている諸機能(親族的身分関係の登録・公証機能,日本国民であることの登録・公証機能等)に支障が生ずることはないであろう。
3 以上によれば,選択的夫婦別氏制を導入することによって向上する国民の福利は,同制度を導入することによって減少する国民の福利よりもはるかに大きいことが明白であり,かつ,減少するいかなる福利も人権又はこれに準ずる利益とはいえない。そうである以上,選択的夫婦別氏制を導入しないことは,余りにも個人の尊厳をないがしろにする所為であり,もはや国会の立法裁量の範囲を超えるほどに合理性を欠いているといわざるを得ず,本件各規定は,憲法24条に違反していると断ずるほかはない。

最大判平成27年12月16日平26オ1023号 原告(控訴人、上告人)らが、夫婦が婚姻の際に定めるところに従い夫又は妻の氏を称すると定める民法750条の規定は、憲法13条、憲法14条1項、憲法24条1項及び2項等に違反すると主張し、前記規定を改廃する立法措置をとらないという立法不作為の違法を理由に、被告(被控訴人、被上告人)国に対し、国家賠償法1条1項に基づき損害賠償を求めたところ、第一審及び控訴審とも原告らの請求が棄却されたため、原告らが上告した事案において、前記規定を改廃する立法措置をとらない立法不作為は、国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものではなく、原告らの請求を棄却すべきものとした原審の判断は是認することができるとして、上告を棄却した事例(意見、補足意見、反対意見がある)。
 最大判平成27年12月16日平25オ1079号 原告(控訴人、上告人)が、女性について6箇月の再婚禁止期間を定める民法733条1項の規定は、憲法14条1項及び憲法24条2項に違反すると主張し、前記規定を改廃する立法措置をとらなかった立法不作為の違法を理由に、被告(被控訴人、被上告人)に対し、国家賠償法1条1項に基づき損害賠償を求め、第一審及び控訴審とも原告の請求が棄却されたため、原告が上告した事案において、前記規定のうち100日超過部分が憲法に違反するものとなってはいたものの、これを国家賠償法1条1項の適用の観点からみた場合には、憲法上保障され又は保護されている権利利益を合理的な理由なく制約するものとして憲法の規定に違反することが明白であるにもかかわらず国会が正当な理由なく長期にわたって改廃等の立法措置を怠っていたと評価することはできないとして、立法不作為は、国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものではないというべきであり、原告の請求を棄却すべきものとした原審の判断は、結論において是認することができるとし、上告を棄却した事例(意見、補足意見、反対意見がある)。

mx 固定資産税をめぐる判例・裁判例
 大阪地判平成25年4月26日判例地方自治400号46頁・大阪高判平成26年2月6日判例地方自治400号71頁・最二小判平成27年7月17日平26(行ヒ)190固定資産税等賦課徴収懈怠違法確認等請求事件……?登記簿の表題部の所有者欄に「大字西」などと記載されている土地につき,地方税法343条2項後段の類推適用により,当該土地の所在する地区の住民により組織されている自治会又は町会が当該土地の固定資産税の納税義務者に当たるとした原審の判断に違法があるとされた事例。園浦卓・判解・ジュリスト1487号10-11頁(2015.12)。第789回租税判例研究会玉国文敏2016.1.15報告(文理解釈の原則云々という大上段の議論でなければ原審を否定できなかったか?)(玉国先生、レジュメの字が小さいです)

my 最一小判平成5年3月11日民集47巻4号2863頁税務署長が収入金額を確定申告の額より増額しながら必要経費の額を確定申告の額のままとして所得税の更正をしたため、所得金額を過大に認定する結果となったとしても、確定申告の必要経費の額を上回る金額を具体的に把握し得る客観的資料等がなく、また、納税義務者において税務署長の行う調査に協力せず、資料等によって確定申告の必要経費が過少であることを明らかにしないために、右の結果が生じたなど判示の事実関係の下においては、右更正につき国家賠償法1条1項にいう違法があったということはできない。
 札幌地判平成28年1月28日平成25(行ウ)3号…事務所部分と住居部分からなる区分所有建物の地方税法352条1項に基づく固定資産税額の算定について、事務所部分と住居部分に区分して異なる経年減点補正率を適用してそれぞれの価格を算定することは同法の趣旨に反し、建物全体について単一の経年減点補正率を適用して一棟の建物全体を評価した上、これを共有持分の持分割合等の補正割合に応じてあん分すべきであるとして、これにより算定された登録価格を超える部分につき裁決行政庁がした固定資産課税台帳の登録価格に関する決定を取り消すとともに、過大に納付された固定資産税等相当額についての国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求を認容した事例。……引用:最大判平成17年9月14日民集59巻7号2087頁(在外邦人選挙権)、最一小判平成19年11月1日民集61巻8号2733頁(法解釈の誤り、国賠肯定)、最一小判昭和46年6月24日民集25巻4号574頁(法解釈の誤り、国賠否定)、最三小判平成3年7月9日民集45巻6号1049頁(法解釈の誤り、国賠否定)、最一小判平成16年1月15日民集58巻1号226頁(法解釈の誤り、国賠否定)
 前橋地判平成27年11月4日平成26(ワ)397号一部認容、一部棄却……誤って建物の床面積に対する居住部分の割合は1/4以上1/2未満であると認識して、過大に固定資産税等及び国民健康保険税の賦課決定をしたものであり、過失があるとして、国家賠償請求を一部認容した事例。
 鳥取地判平成26年10月15日判例地方自治403号17頁平成25(行ウ)3号一部認容、一部棄却、確定……鳥取市の越路ヶ丘地区に本件土地を所有し、同土地上に本件建物を所有する原告が、被告長が本件土地に特例を適用せずに固定資産税を賦課したことにつき国家賠償法上の違法性及び過失があり、原告は損害を被ったと主張して、被告に対し、固定資産税の過払金の返還等を求めた事案において、本件建物について、被告長は、被告が本件建物の利用状況に変化が生じた旨の情報を得ておらず、原告が自主的に本件建物の利用目的の変更に係る申告をしたことなどもなかったとして、漫然と本件土地に本件特例を適用することなく固定資産税を賦課し続けたものであり、被告は、本件特例の適用に関し、職務上尽くすべき注意義務を尽くしたとはいえないとして、被告長が原告に対して、複数年度において、本件特例を適用することなく、固定資産税を賦課したことについて、国家賠償法上の違法性及び過失があるとして、原告の請求を一部認容した事例。
 徳島地判平成29年7月12日平成27(ワ)372号岡山県倉敷市所在の区分所有建物について区分所有権を有している原告が、同区分所有建物の敷地について、地方税法349条の3の2及び地方税法702条の3が規定する固定資産税及び都市計画税の課税標準の特例が適用されるべきであったのに、被告がその適用を怠った結果、平成8年度から平成26年度までの間、固定資産税及び都市計画税を過納させられたと主張して、被告である同市に対し、国家賠償法1条1項に基づき、過納金合計相当額等の支払を求めた事案において、被告は、本件建物について、図面を入手して検討するなどの調査を尽くすことなく、通知の解釈を誤り、単に登記記録上の情報のみをもって土地に特例の適用がないと判断していたものであるから、被告は、課税処分をするにあたり、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と賦課・徴収したなどとして、被告の国家賠償法上の責任を認め、原告の請求を一部認容した事例。
 東京地判平成29年1月30日平成27(ワ)4234号一部認容、一部棄却…原告が、その所有する土地に係る固定資産税及び都市計画税について、被告・都の担当職員らが土地を過大に評価した違法により、過剰に納付させられたと主張し、被告に対し、国家賠償法1条1項に基づき過納付相当額の支払等を求めた事案で、特に賦課処分をしたことに職務上の注意義務違反が認められるか否かが争点となり、賦課処分の段階で、実地調査さえしていれば、土地の客観的状況を容易に認識することができたものといえるから、漫然と賦課処分をしたといえ、職務上の注意義務違反があるとして、請求の一部を認容した事例。

mz 大阪地判平成28年8月26日判タ1434号192頁平成27(行ウ)139号請求棄却・大阪高判平成29年3月17日控訴棄却・上告不受理決定で確定……国税通則法71条1項2号の委任を受けた国税通則法施行令30条(令24条4項を参照)が令6条1項5号の事由を除外していることは、委任の範囲を逸脱したものではないと判断された事例。事実関係としては、平成19年に相続税を納付した。5年超経過後の東京高裁平成25年2月28日平成24(行コ)124号の判決を受けて平成25年5月27日付で財産評価基本通達が変更された。従前は25%以上持分の場合に純資産評価方式で評価するとしていたところ、通達変更後は50%以上持分の場合に純資産評価方式で評価することとされた。原告らは、持分が29.1%なので、純資産評価方式を前提とした相続税額につき、類似業種比準方式を前提として評価し直すとして更正できると主張した(令6条1項5号参照)。処分行政庁は、更正の除斥期間5年が経過しているとして、更正をすべき理由がないとする通知処分をした。令30条(令24条4項を参照)が令6条1項5号を除外していることが国税通則法71条1項2号の委任の範囲を逸脱しているかが問題とされた。
 §122.01大阪銘板事件
 §122.02協同組合員登録免許税軽減事件⇒ds

na 板橋事件・利息制限法違反利息事件・最判S46.11.9民集25-8-1120百選31概説121 最高裁判所第三小法廷
昭和43年(行ツ)第25号
昭和46年11月09日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
 上告代理人青木義人(名義)、同日浦人司、同奈良風イ一、同大悟、同大神哲成の上告理由について。
 一、論旨は、要するに、原判決が、利息制限法による制限超過の利息・損害金については、たとえ約定の履行期が到来しても、現実に収受されないかぎり、課税の対象となるべき所得にあたらないとしたのは、昭和四〇年法律第三三号による改正前の所得税法(昭和二二年法律第二七号、以下、旧所得税法という。)一〇条一項(上告理由中二項とあるのは一項の誤記と認める。)にいう「収入すべき金額」の解釈を誤つた違法がある、というに帰着する。したがつて、本件における直接の論点は、制限超過の利息・損害金のうち未収のものに対する課税の許否に限られることとなるのであるが、問題の発端は利息制限法の解釈にあり、また、論旨は、原判示のごとき解釈は徴税の実際に適しないとして、その不当を攻撃するところがあるので、制限超過の利息・損害金が前記にいわゆる「収入すべき金額」として課税の対象となるか否かについて、現実に収受された場合と未収の場合との両者を含めて、以下に考察することとする。
 二、現実に収受された場合について。
 利息制限法による制限超過の利息・損害金の支払がなされても、その支払は弁済の効力を生ぜず、制限超過部分は、民法四九一条により残存元本に充当されるものと解すべきことは、当裁判所の判例とするところであつて(昭和三五年(オ)第一一五一号同三九年一一月一八日大法廷判決、民集一八巻九号一八六八頁)、これによると、約定の利息・損害金の支払がなされても、制限超過部分に関するかぎり、法律上は元本の回収にほかならず、したがつて、所得を構成しないもののように見える。
 しかし、課税の対象となるべき所得を構成するか否かは、必ずしも、その法律的性質いかんによつて決せられるものではない。当事者間において約定の利息・損害金として授受され、貸主において当該制限超過部分が元本に充当されたものとして処理することなく、依然として従前どおりの元本が残存するものとして取り扱つている以上、制限超過部分をも含めて、現実に収受された約定の利息・損害金の全部が貸主の所得として課税の対象となるものというべきである。もつとも、借主が約定の利息・損害金の支払を継続し、その制限超過部分を元本に充当することにより、計算上元本が完済となつたときは、その後に支払われた金員につき、借主が民法に従い不当利得の返還を請求しうることは、当裁判所の判例とするところであつて(昭和四一年(オ)第一二八一号同四三年一一月一三日大法廷判決、民集二二巻一二号二五二六頁)、これによると、貸主は、いつたん制限超過の利息・損害金を収受しても、法律上これを自己に保有しえないことがありうるが、そのことの故をもつて、現実に収受された超過部分が課税の対象となりえないものと解することはできない。
 三、未収の場合について。
 一般に、金銭消費貸借上の利息・損害金債権については、その履行期が到来すれば、現実にはなお未収の状態にあるとしても、旧所得税法一〇条一項にいう「収入すべき金額」にあたるものとして、課税の対象となるべき所得を構成すると解されるが、それは、特段の事情のないかぎり、収入実現の可能性が高度であると認められるからであつて、これに対し、利息制限法による制限超過の利息・損害金は、その基礎となる約定自体が無効であつて(前記各大法廷判決参照)、約定の履行期の到来によつても、利息・損害金債権を生ずるに由なく、貸主は、ただ、借主が、大法廷判決によつて確立された法理にもかかわらず、あえて法律の保護を求めることなく、任意の支払を行なうかも知れないことを、事実上期待しうるにとどまるのであつて、とうてい、収入実現の蓋然性があるものということはできず、したがつて、制限超過の利息・損害金は、たとえ約定の履行期が到来しても、なお未収であるかぎり、旧所得税法一〇条一項にいう「収入すべき金額」に該当しないものというべきである(もつとも、これが現実に収受されたときは課税の対象となるべき所得を構成すること、前述のとおりであつて、単に所得の帰属年度を異にする結果を齎すにすぎないことに留意すべきである。)。
 論旨は、借主としては、たとえ制限超過の利息・損害金を支払う法律上の義務がないことを知つていても、可能なかぎりその支払をするのが通常であり、貸主としても実際にこれを回収する可能性がきわめて高いといいうるとし、このことは、利息制限法による規制にもかかわらず、同法所定の制限を超過する利息・損害金を約定し収受する金融が後を断たず、かえつて、本件のごとく、いわゆる街の金融においては、制限超過の利息・損害金を約定し収受するのが常態であり、その経営は制限超過の利息・損害金収入を基礎として行なわれているという実情からも肯認できる旨を主張するが、制限超過の利息・損害金が約定されたからといつて、必ずしも、これが履行されるものでないことは、本件に現われた事実関係に徴して明らかであり、この場合、貸主は、法律上その履行を強制するためのいかなる手段も有しないのであつて、制限超過の利息・損害金についても、その支払のあるのが常態であるとする所論は、客観的な論証を欠くものというほかはない。
 四、以上によると、(1)借主が当初の約定に従い制限超過分を含めて利息・損害金の支払をし、貸主がこれを収受した場合は、利息制限法による制限の範囲内であると否とを問わず、これが課税の対象となるべき所得にあたるが、(2)約定の履行期の属する年度内にその支払がない場合は、約定の利息・損害金のうち、法定の制限内の部分のみが課税の対象となるべき所得にあたり、制限超過の部分はこれにあたらないこととなる(ただし、すでに制限超過の利息・損害金の支払がなされているときは、前記大法廷判決の示す法理により、法律上当然に元本に充当されるから、その残額についてのみ利息・損害金を生ずることとなるのであつて、利息・損害金が法定の制限内なりや否やは、右の法律上有効に残存する元本を基準として算定されなければならない。)。
 論旨は、制限超過利息について、これが現実に収受されたか否かにより所得にあたるか否かを決することは、徴税上、種々の不都合を伴うとして、かかる解釈を不当であると主張する。しかし、法定の制限の内外を問わず、約定の履行期が到来した以上、未収のものを含めてすべて課税の対象となるというのは、画一的であつて徴税に便利ではあろうが、法律上、貸主として履行強制のためのいかなる手段も有しない制限超過の利息・損害金につき、単に約定の履行期が到来したというのみで所得ありとすることは、制限超過部分についてもその支払のあるのが常態であるとする論証のないかぎり、究極的には実現された収支によつて齎される所得について課税すべきであるという、課税上の基本原則に背馳するものというべきであり、また、貸主が約定の利息・損害金を現実に収受したときは、さきに説示したとおり、法定の制限の内外を問わず、これを課税の対象とすることができ、課税庁はその支払をした借主によつてその事実を認定しうるのであつて、所論のように、貸主が約定の利息・損害金を法定の制限の内外によつて区分し、かつ、正確な記帳をして、一切の資料と計算を課税庁に提示しないかぎり、担税力ある貸金業者が事実上容易に課税を免れる結果となるものということはできず、これを前提として、前記説示の解釈を不当とする論旨は、とうてい採用し難いものというほかはない。
 五、以上により、原判決が、制限超過の利息・損害金については、約定の履行期が到来しても、なお未収であるかぎり、旧所得税法一〇条一項にいう「収入すべき金額」に該当せず、これが被課税所得を構成しないとした判断は正当で、原判決に所論の違法はなく、論旨は、すべて採用できない。
 よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

nb 高松市塩田宅地分譲事件・高松地判S48.6.28行集24-6・7-511概説122(控訴審で維持、確定)
五、事業所得金額の計算関係
 1、総収入金額 [略]
 2、必要経費
前認定のとおり原告は、本件土地のうち大部分は仲介人を使用して売却し、その余は原告自ら売却したのであつて、右売却の為に特別の人的、物的設備をなしたものではないから、右仲介人らに支払つた手数料は本件所得を得る為の必要経費と認められるが、それ以外に経費を要したことを認めるにたりる証拠はない。そこで右手数料の額について検討する。
 (一) 原告本人尋問の結果(第一回)によれば、番号14、31、32、42、46、47、59、60、62、68ないし70の各取引については、原告は仲介人を使用せず自ら売却に当つたことが認められるからこれらについて手数料の支出は考えられない。
また前記乙第一三号証によれば、Zの仲介した番号3および5の取引については、同女は原告からは仲介手数料を受領していないことが認められる。 次に、取得価額と譲渡価額とが同額の番号16ないし20、67、71の取引については、原告は全然差益を得なかつたわけであるから、このような場合にまで仲介人に報酬を支払つたとは考えがたい。
 そこで、これらの場合については、原告は仲介業者に対する報酬は支出していないものと認めることができる。
 (二) 前記乙第一一号証、乙第一八号証の一、乙第四八、第四九号証、乙第一二号証、証人Qの証言(第一回)によつて真正に成立したものと認められる乙第二一号証、証人Hおよび同Rの各証言によれば、番号11、12、15、45、63、64の各取引を仲介したH、Rらは、原告の承認の上各売却代金のうち一坪あたり概ね二万〇、五〇〇円をこえる部分をHらの取り分としたことが認められるから、原告は、二万〇、五〇〇円をこえる価額で売却された番号11、12、45、63、64の各取引については、超過部分を仲介人に対する報酬として支払い(その額は別表六の該当番号欄記載のとおり)、番号15の取引については、仲介手数料を支払つていないものと認められる。一部右認定に反する原告本人尋問の結果(第一、二回)は信用できない。
 ところで、本件各取引当時施行されていた宅地建物取引業法一七条および同法施行細則(昭和二七年香川県規則第六〇号)によれば、宅地建物取引業者が宅地等の取引について一方の当事者を代理した場合に受けることのできる報酬額の限度は、取引金額一、〇〇〇万円まで(本件取引は総て一、〇〇〇万円未満である。)は取引金額の六%とされているので、原告は右各取引において、法規の許容する限度を上廻る報酬額を支払つたことになる。
 この点について、被告は、法規の許容する限度を上廻る部分については、必要経費として原告の収入金額から控除すべきでないとの趣旨の主張をしているが、右法律(これに基づく細則を含む。以下この項において同じ。)の規定の趣旨は、不動産仲介業者が不動産取引における代理ないしは仲介行為によつて不当の利益を収めることを禁止するところにあると解され、したがつて、右法律に違反する報酬契約の私法上の効力いかんは問題であるとしても、現実に右法律所定の報酬額以上のものが支払われた場合には、所得税法上は右現実に支払われた全額を経費(右報酬の支払いを受けた不動産仲介業者については所得)として認定すべきものである。
 (三) 右(一)、(二)以外の取引について
 原告本人尋問の結果(第一、二回)によると、右(一)、(二)以外の取引はいずれも前記H、R以外の仲介人を使用してなされたものであること、原告はこれらの仲介人らに対しても右Hらの場合と同様各物件について売却価額を指値し、原告の代理人として末端の買主との間に売買契約を締結せしめ、右指値金額をこえる価額で売却できた場合は、その差額を仲介人らが報酬として取得することを承認していたことが認められるから、原告はこれらの取引についても仲介人らに相当の報酬を支払つたものと推認されるか(被告は、これらの取引のうち末端の買主が仲介人に手数料を支払つたと認められない取引について原告は手数料を支出していないものと推定しているが、左様に推定すべき合理的な理由はない。)、その実額を認めるべき証拠はない(原告本人の第一、二回尋問の結果中には、原告は前記(二)の取引を含め、すべての指値は別表三取得価額欄記載の金額に一、〇〇〇円を加えた額とした旨の供述があるが、この供述は、前記証人H、同Rの各証言ならびに乙第一三号証に照らして到底信用できない。なお、被告は、別表玉記載の番号27ないし29および番号35ないし37の各取引については、有限会社ひまわり不動産が仲介し、原告は同社に対して成約一件について一万円程度の報酬を支払つただけであると主張するが、右事実を認めるにたりる証拠はない。)。この点に関し(但し末端の買主が仲介人に手数料を支払つたと認められる場合につき)、被告は、一般に仲介人は売主、買主双方から同額の手数料を徴するのが通常であることを根拠に、末端の買主が仲介人に支払つた手数料の額を基準とし、前記宅地建物取引業法および同法施行細則に定める、売買代金の三%と推定すべきであると主張するが、右細則所定の三%は仲介人が仲介行為をした場合の報酬であつて本件の如く代理行為をした場合のものではないし、又先に認定した原告と仲介人との間の報酬についての合意内容およびこれと同旨の報酬を約した前記H、Rについてはその報酬額が売買代金の約一〇%に達している事実を考え併せると、原告が右Hら以外の仲介人に支払つた報酬も三%をこえるものと推定されるから、被告の右主張は採用し難い。ところで原告は前認定のとおり右仲介人らを自己の代理人として使用していたのであり、そして前記宅地建物取引業法および同法施行細則によれば、仲介人が取引当事者の一方を代理した場合に受けられる報酬の上限は取引金額一、〇〇〇万円まではその金額の六%とされているから、原告は譲渡価額の六%を仲介人に対する報酬として支払つたものと推定するのが相当である。なぜなら、法の許容する限度をこえる仲介手数料支払いの事実のごときについては、その不存在について事実上の推定が働くというべきであるし、もし、そのような特別の経費を要しているのであれば、その存在を立証することは納税義務者の方が容易であり、かつ有利なのであるから、納税義務者の側においてその額を主張立証するべきだからである。
 (四) 以上の方法によつて、原告が本件各取引に関して要した仲介手数料の額を算出すると、別表六記載のとおりであり、その各年毎の合計は、昭和三五年が一一九万三、九二一円、昭和三六年が三九六万八、六三一円、昭和三七年が三一万七、六四七円となる。
3、事業所得金額 [略]

nc 土地改良区決済金事件・最判H18.4.20判時1933-76
 譲渡所得に対する課税は,資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として,その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に,これを清算して課税する趣旨のものである(最高裁昭和41年(行ツ)第102号同47年12月26日第三小法廷判決・民集26巻10号2083頁,最高裁昭和47年(行ツ)第4号同50年5月27日第三小法廷判決・民集29巻5号641頁参照)。しかしながら,所得税法上,抽象的に発生している資産の増加益そのものが課税の対象となっているわけではなく,原則として,資産の譲渡により実現した所得が課税の対象となっているものである。そうであるとすれば,資産の譲渡に当たって支出された費用が所得税法33条3項にいう譲渡費用に当たるかどうかは,一般的,抽象的に当該資産を譲渡するために当該費用が必要であるかどうかによって判断するのではなく,現実に行われた資産の譲渡を前提として,客観的に見てその譲渡を実現するために当該費用が必要であったかどうかによって判断すべきものである。
 前記事実関係等によれば,本件売買契約は農地法等による許可を停止条件としていたというのであるから,本件売買契約においては,本件土地を農地以外の用途に使用することができる土地として売り渡すことが契約の内容となっていたものである。そして,前記事実関係等によれば,上告人が本件土地を転用目的で譲渡する場合には土地改良法42条2項及びこれを受けて制定された本件処理規程により本件決済金の支払をしなければならなかったのであるから,本件決済金は,客観的に見て本件売買契約に基づく本件土地の譲渡を実現するために必要であった費用に当たり,本件土地の譲渡費用に当たるというべきである。ただし,前記事実関係等によれば,転用目的での農地の譲渡に伴う決済に当たり三条土地改良区が組合員から徴収すべき金銭の中には決済年度以前の年度に係る賦課金等の未納入金が含まれているところ,仮に本件決済金の中に本件土地を転用目的で譲渡するか否かにかかわらず決済の時点で既に支払義務が発生していた賦課金等の未納入金が含まれていた場合には,本件決済金のうち上記未納入金に係る部分は本件土地の譲渡費用に当たらないというべきである。
 また,前記事実関係等によれば,三条土地改良区の組合員がその地区内の農地を転用目的で譲渡するに当たり本件使用規程及び本件徴収規程に基づく施設等使用負担金を支払った場合には転用された土地のために土地改良施設を将来にわたり使用することができることになるのであるから,上記の施設等使用負担金の支払は当該土地の譲渡価額の増額をもたらすものということができる。そうであるとすれば,上告人が上記の施設等使用負担金として支払った本件協力金等は,本件土地の譲渡費用に当たるというべきである。

nd 仙台賃料増額請求事件・最判S53.2.24民集32-1-43百選63概説125
最高裁判所第二小法廷
昭和50年(行ツ)第123号
昭和53年02月24日
主文
原判決を破棄する。
第一審判決中破上告人の昭和三七年分の所得税にかかる更正及び過少申告加算税賦課処分の取消請求に関する部分を取り消す。
仙台北税務署長が被上告人に対して昭和四一年三月一二日付でした昭和三七年分の所得税にかかる更正及び過少申告加算税賦課処分中、納付すべき税額三一八万九三二〇円及び過少申告加算税額一五万〇二五〇円を超える部分を取り消す。
前項の処分に関する被上告人のその余の請求を棄却する。
被上告人のその余の控訴を棄却する。
訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
理由
 上告代理人貞家克己、同鎌田泰輝、同筧康生、同中野昌治、同藤井光二、同宮村素之、同河村幸登、同鈴木貞冏の上告理由について
 第一 本件の経過
 一 本件につき原審が確定した事実関係は、おおむね次のとおりである。
 被上告人は、訴外Aに対し、昭和二一年九月一五日から、被上告人所有の本件土地を賃貸し、昭和二七年以降賃料は一か月金三五〇〇〇円、毎月二五日払であつたところ、被上告人は、昭和三〇年八月、訴外Aに対し、同年九月以降の賃料を一か月坪当たり金二〇〇〇円に増額する旨の意思表示をし、これに基づき、昭和三二年一月八日、仙台地方裁判所に賃料請求の訴を提起し、次いで、同年一〇月六日、賃料不払を理由に本件土地の賃貸借契約解除の意思表示をし、同月七日、右解除を原因とする建物収去土地明渡及び賃料相当の損害金の支払を求める訴を同裁判所に提起した。同裁判所は、昭和三五年一一月一八日、訴外Aに対し、本件土地上の建物を収去して本件土地を被上告人に明渡すべき旨を命ずるとともに、延滞賃料及び契約解除後の賃料相当の損害金等の支払を命じ、かつ、担保を条件とする仮執行宣言を付した判決を言い渡した。訴外Aは、右判決に対し仙台高等裁判所に控訴したが、同裁判所は、昭和三七年五月二八日、本件土地の賃料が昭和三〇年九月以降一か月一三万一〇六六円二五銭(坪当り一〇五〇円)に増額されたこと、本件土地の賃貸借契約は賃料不払により昭和三二年一〇月六日限り解除されたこと、解除後の賃料相当の損害金は、同月七日以降同年一二月末日まで一か月一八万七二三七円五〇銭(坪当り一五〇〇円)、昭和三三年一月一日以降本件土地明渡ずみまで一か月二〇万五九六一円二五銭(坪当り一六五〇円)であること、以上の各事実を認定したうえ、訴外Aに対し、本件土地上の建物を収去し本件土地を被上告人に明渡すべきことを命ずるとともに、(1)滞納賃料二六五万七〇二三円九一銭(うち増額分は二四二万〇二四九円七一銭)及びこれに対する昭和三四年一一月四日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金、(2)賃料相当の損害金四六四万四六九七円九八銭及びこれに対する右同日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金、(3)同年九月一日以降本件土地明渡ずみまで毎月二〇万五九六一円二五銭の割合による賃料相当の損害金の各支払を命じ、かつ、被上告人が金一九八万円の担保を供することを条件とする仮執行宣言付判決(以下「別件第二審判決」という。)を言い渡した。訴外Aは、更に、上告したが、最高裁判所は、昭和四〇年二月一九日上告棄却の判決を言い渡し、別件第二審判決は確定した。被上告人は、訴外Aから、右事件が上告審に係属中である昭和三七年中に金九五九万六二〇〇円、昭和三九年中に金七一〇万五九六一円(以下「本件各金員」という。)の各支払を受け、本件各金員は別件第二審判決が認めた各債権の弁済に充当された。仙台北税務署長は、被上告人が受領した本件各金員は、それを受領した各年分の収入金額として計上されるべきであるとして、昭和三七年分及び同三九年分の所得税にかかる各更正及びこれに伴う各過少申告加算税の賦課処分(以下「本件各処分」という。)をした。
 二 原審は、昭和四〇年法律第三三号による改正前の所得税法(昭和二二年法律第二七号。以下「旧所得税法」という。)一〇条は、収入金額が生じた時期を決定する基準について、その収入の原因となる権利が確定的に発生した時点で所得の実現があつたとする建前(権利確定主義)を採用しているものと解すべきであるが、仮執行宣言付判決に対する上訴提起後に支払われた金員は、それが全くの任意弁済であると認めるに足る特別の事情のない限り、民訴法一九八条二項にいう「仮執行宣言ニ基キ被告カ給付シタルモノ」にあたると解すべきであるから、本件各金員は仮執行宣言付の控訴審判決に基づいて支払われたものと推定されるところ、仮執行宣言に基づく給付にかかるものである以上、右各金員の支払は仮の弁済であつて他日本案判決が破棄されることを解除条件とする暫定的なものにすぎないから、右各金員の支払をもつてその支払の原因である権利が確定したものとみることはできず、本件各金員中従前の賃料に充当された部分は、従前の賃料の支払期の属する年分の収入金額と認め、その余の金員は、別件第二審判決が確定した昭和四〇年二月一九日にその権利が確定したものというべきであるから、昭和四〇年分の収入すべき金額と認めるのが相当である、と判断した。
 三 論旨は、要するに、本件各金員にかかる収入金額の計上時期についての原審の判断は旧所得税法一〇条一項の解釈適用を誤つたものであり、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。
 第二 当裁判所の判断
 一 旧所得税法は、一暦年を単位としてその期間ごとに課税所得を計算し課税を行うこととしているのであるが、同法一〇条一項が右期間中の収入金額の計算について「収入すべき金額」によるとしていることから考えると、同法は、現実の収入がなくても、その収入の原因となる権利が確定した場合には、その時点で所得の実現があつたものとして右権利確定の時期の属する年分の課税所得を計算するという建前(いわゆる権利確定主義)を採用しているものと解される(最高裁昭和三九年(あ)第二六一四号同四〇年九月八日第二小法廷決定・刑集一九巻六号六三〇頁、同昭和四三年(オ)第三一四号同四九年三月八日第二小法廷判決・民集二八巻二号一八六頁)。そして、右にいう収入の原因となる権利が確定する時期はそれぞれの権利の特質を考慮し決定されるべきものであるが、賃料増額請求にかかる増額賃料債権については、それが貸借人により争われた場合には、原則として、右債権の存在を認める裁判が確定した時にその権利が確定するものと解するのが相当である。けだし、賃料増額の効力は賃料増額請求の意思表示が相手方に到達した時に客観的に相当な額において生ずるものであるが、貸借人がそれを争つた場合には、増額賃料債権の存在を認める裁判が確定するまでは、増額すべき事情があるかどうか、客観的に相当な賃料額がどれほどであるかを正確に判断することは困難であり、したがつて、賃貸人である納税者に増額賃料に関し確定申告及び納税を強いることは相当でなく、課税庁に独自の立場でその認定をさせることも相当ではないからである。また、賃料増額の効力が争われている間に賃貸借契約が解除されたような場合における原状回復義務不履行に基づく賃料相当の損害賠償請求権についても右と同様に解するのが相当である。
 ところで、旧所得税法がいわゆる権利確定主義を採用したのは、課税にあたつて常に現実収入のときまで課税することができないとしたのでは、納税者の恣意を許し、課税の公平を期しがたいので、徴税政策上の技術的見地から、収入の原因となる権利の確定した時期をとらえて課税することとしたものであることにかんがみれば、増額賃料債権又は契約解除後の賃料相当の損害賠償請求権についてなお係争中であつても、これに関しすでに金員を収受し、所得の実現があつたとみることができる状態が生じたときには、その時期の属する年分の収入金額として所得を計算すべきものであることは当然であり、この理は、仮執行宣言に基づく給付として金員を取得した場合についてもあてはまるものといわなければならない。けだし、仮執行宣言付判決は上級審において取消変更の可能性がないわけではなく、その意味において仮執行宣言に基づく金員の給付は解除条件付のものというべきであり、これにより債権者は確定的に金員の取得をするものとはいえないが、債権者は、未確定とはいえ請求権があると判断され執行力を付与された判決に基づき有効に金員を取得し、これを自己の所有として自由に処分することができるのであつて、右金員の取得によりすでに所得が実現されたものとみるのが相当であるからである。また、右のように解しても、仮に上級審において仮執行の宣言又は本案判決の取消変更により仮執行の宣言が効力を失つた場合には、右失効により返還すべきこととなる部分の金額に対応する所得の金額は、当該所得を生じた年分の所得の計算上なかつたものとみなされ(旧所得税法一〇条の六第一項)、更正の請求(同法二七条の二)により救済を受けることができるのであるから、なんら不都合は生じないのである。
 二 本件についてこれをみるに、原審が確定した事実によれば、被上告人は、訴外Aに対し賃料増額請求をしたのち賃料請求訴訟を提起し、次いで、本件土地の賃貸借契約を解除し原状回復義務不履行に基づく賃料相当の損害金請求の訴訟を提起し、これを認容する別件第二審判決を得たが、右事件の上告審係属中仮執行宣言に基づく給付として本件各金員を受領し、右各金員は別件第二審判決が認めた各債権の弁済に充当されたというのであるから、本件各金員中滞納賃料のうちの従前の約定賃料に充当された分を除くその余の部分については、前述したところに照らし、各受領の時期の属する年分の収入金額として所得を計算すべきものといわなければならない。これと異なる原審の判断は、ひつきよう、旧所得税法一〇条一項の解釈適用を誤つたものというべきであり、右の違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。
 三 よつて進んで被上告人の請求について判断する。原審が確定した事実によれば、別件第二審判決が認容した契約解除前の滞納賃料二六五万七〇二三円九一銭のうちには増額賃料分二四二万〇二四九円七一銭を除いた従前の約定賃料二三万六七七四円二〇銭が含まれ、昭和三七年中に被上告人が受領した九五九万六二〇〇円のうちに右従前の賃料に充当された分があつたことは明らかであるところ、右従前の賃料は、すでに本件土地の賃貸借契約が解除された昭和三二年一〇月六日以前の約定にかかる各支払期日において権利が確定しているとみるべきものであるから、右従前の賃料に充当された分については右金員を受領した昭和三七年分の収入金額に算入すべきものではなく、これを除いた九三五万九四二五円(円未満切捨)が昭和三七年分の収入金額に算入されるべきものである。また、昭和三九年中に被上告人が受領した金員は全部契約解除後の資料相当損害金に充当されたというのであるから、前述したところによれば、全部昭和三九年分の収入金額に算入されるべきものといわなければならない。
 そうすると、仙台北税務署長がした昭和三七年分の所得税にかかる更正及び過少申告加算税の賦課処分中、総所得金額八三四万〇二七二円(更正にかかる総所得金額から前記の除かれるべき従前の約定賃料額を控除した金額)並びにこれにより算出した納付税額三一八万九三二〇円及び過少申告加算税額一五万〇二五〇円を超える部分は違法というべきであり、また、昭和三九年分の所得税にかかる更正及び過少申告加算税賦課処分は違法でないというべきである。したがつて、第一審判決中昭和三七年分の所得税の更正及び過少申告加算税賦課処分の取消請求に関する部分を取り消し、右部分につき、仙台北税務署長のした処分中前記違法な部分を取り消すとともにその余の被上告人の請求を棄却し、昭和三九年分の所得税にかかる更正及び過少申告加算税賦課処分の取消請求に関する部分の控訴を棄却することとし、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、三八四条、九六条、九二条但書を適用し、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

ne ストラドル課税繰延事件・国税不服審判所H2.12.18裁決・裁決事例集40-140概説125
3 判断
(1) 更正について
イ 期末有価証券(株式)の評価について
 請求人が期末において有する有価証券(株式)の評価額について争いがあるので、審理したところ次のとおりである。
(イ) 次の事実については、請求人と原処分庁との間に争いがなく、当審判所の調査によってもその事実が認められる。
A 請求人は、有価証券の評価方法につき総平均法に基づく低価法を選定し、その旨を届け出ていること。
B 請求人は、昭和62年1月期の期末の直前である昭和62年1月27日にJ証券本店においてA株式及びB株式の2銘柄の株式につき別表3のとおり現物買付けの約定をすると同時に、同株数、同単価で信用売付けの約定をし、その現物買い株式については同月30日に引渡しを受け、その信用売り株式については同月28日に現株渡しによる手仕舞いの約定をし、同年2月2日に当該現物買付けの株式をもってこれに充てる決済をし、翌3日にその損益を計上したこと。
 なお、請求人は、これらの取引当時、上記2銘柄の現物株式については、これらの取引の対象としたもの以外に所有していなかったこと。
C 請求人は、昭和63年1月期の期末の直前である昭和63年1月26日にH証券本店においてC株式の、L証券本店においてA株式及びD株式の、M証券本店においてE株式の、G証券本店においてF株式の各銘柄の株式につき別表4のとおり現物買付けの約定をすると同時に、同株数、同単価で信用売付けの約定をし、その現物買い株式については同月29日に引渡しを受け、その信用売り株式については同月27日(ただし、G証券本店におけるF株式については同月28日)に現株渡しによる手仕舞いの約定をし、同年2月1日に上記現物買付けの株式をもってこれに充てる決済をし、同日その損益を計上したこと。
 なお、請求人は、これらの取引当時、上記5銘柄の現物株式については、これらの取引の対象としたもの以外に所有していなかったこと。
(ロ) 請求人は、期末有価証券の価額を総平均法に基づく低価法により評価すべき旨主張するので、以下審理する。
 本件において、請求人が期末に現物買いを行った株式は、その代金決済及び引渡しによる取引完了を待たず、買付けの翌日には信用売りの現渡し約定を行いその決済手段に供されている。してみると、当該株式は、その当初から請求人がキャピタル・ゲインの獲得を目的として買い付けたものではなく信用売りの手仕舞いのために買い付けられたものというべきである。
 ところで、法人税法施行令第47条の2《信用取引等による株式の取得価額》は、信用取引等の方法による株式の売買を行い、かつ、これらの取引による株式の売付けと買付けとにより当該取引の決済を行った場合には、その売付けに対応する買付けに係る株式を取得するために要した金額をもって売付けに係る原価の額とする旨を規定している。したがって、信用取引に係る株式については、たとえ同一事業年度中に同一銘柄の他の売買取引があってもそれに関係させることなく、1組の売付けと買付けを単位として個別にその期末評価額を算定すべきこととなる。
 これを本件に即していえば、信用取引の決済手段に充てられるべき期末買付け株式のうち、期末においてその決済期日が到来していないものは、いわば信用取引の未決算勘定の1つとして、期中にその売買が完了した株式とは別個に当該期末買付けの株式の取得に要した金額により評価するのが相当である。
 したがって、この点に関する請求人の主張を採用することはできない。
 そうすると、原処分庁が別表1及び2の期末に有する株式について、請求人が期中に取得し譲渡した株式と切り離して個別に評価したことは相当であって、当該期末に有する株式の評価額は、次表(図六)のとおりとなる。
(図六)                                    
ロ 債券先物等取引に係る損益の帰属時期
 債券先物等取引に係る損益の帰属時期について争いがあるので、審理したところ次のとおりである。
(イ) 次の事実については、請求人と原処分庁との間に争いがなく、当審判所の調査によってもその事実が認められ、又は本件審査請求の審理手続において明らかである。
A 請求人は、債券先物等取引に係る収益については、反対取引により手仕舞いして差金を決済する日の属する事業年度に帰属することとしていたこと。
B 請求人は、昭和63年1月期の期末の直前である昭和63年1月13日から27日にかけてG証券本店、H証券本店及びJ証券本店において別表5ないし8のとおり債券先物取引又は株式先物取引の買建て及び売建ての約定を行い、これを同月14日から28日にかけて反対取引により手仕舞いし、それぞれ差金決済日の属する事業年度に係る損益として計上したこと。このため、1月28日に反対取引をした建て玉については、昭和63年1月期ではなく、その翌事業年度に係る損益として計上されたこと。また、この間の債券先物等取引は、別表7のa及びb並びに別表8のjの取引を除きいずれも売建て玉と買建て玉とが同限月、同数量、同単価、同約定金額で設定されたいわゆる債券クロス取引であったこと。
C この債券先物取引は、残存期間10年、利率6パーセントの国債で、いわゆる標準物を対象とするものであり、株式先物取引は、複数銘柄の株式を組み合わせた平均株価の変動をリスクとするもので、いずれも規格化された抽象的な債券であること。
D 請求人は、このようないわゆる債券クロス取引を行った理由について、具体的な主張をせず、建て玉の手仕舞いについても、含み損の発生している建て玉を放置すればさらに損失が膨大なものとなるから、これを防止しなければならないと述べるにとどまり、その手仕舞いをした建て玉と同じ建て玉が再び設定される理由については明らかにしないこと。
(ロ) 以上の認定事実に基づき、債券先物等取引に係る損益の計上時期について以下、判断する。
 本件の債券先物等取引(別表7のa及びb並びに別表8のjの取引はクロス取引ではないので、これを除く。)にあっては、別表9のとおり、請求人は、期末の直前において同数量、同金額の売建て玉と買建て玉とを1組として設定し、次いでこれらの建て玉のうち損失の発生している一方の建て玉(例えば売建て玉)を手仕舞いしてその損失を確定させるとともに、新たに同方向の建て玉(売建て玉)を同数量設定することにより、常に売建て玉と買建て玉とを均衡させ、最終的には、これらの建て玉の差金決済日を翌事業年度初日とする反対売買によりその損益を確定させている。
 この建て玉を個別に見る限りは、それぞれの反対売買によりそれぞれ損益が生じるようにみえる。
 しかし、このような1組の売建て玉と買建て玉とは、もともと一方に利益があれば他方に損失が生じる仕組みのものであって、中間的に手仕舞いされた一方の建て玉について再び同数量の建て玉が設定されていることからも分かるように、一方に将来生じるかもしれない損失を他方の利益によって補てんすることを目的として設定されるべきものといわざるを得ない。
 してみると、このような建て玉については、売建て玉と買建て玉とが同時に手仕舞いされることにより初めて意味のある取引となるのであり、したがって、損益の認識も両者を総合して行うべきものであるから、損失の発生している一方の建て玉について手仕舞いをしただけでは取引が完結したとはいえず、利益の発生している建て玉についても手仕舞いをして初めて全体の損益が確定するものというべきである。
 したがって、本件においては、相互に損益を担保し合っている売建て玉と買建て玉とが共々手仕舞いされるべきとき、すなわち翌事業年度初日に損益が確定するものというべきであるから、一方の建て玉のみについて手仕舞いをしたことにより生じた損益(本件の場合は損失)は未決算勘定として翌事業年度に繰り越されるべきことになる。
 なお、期中に中間的に手仕舞いしたもので、上記により未決算勘定とすべきものに係る売買手数料及び取引所税の合計額については、当該手仕舞いをしなければ支出することを要しないもので、かつ、現に取引が行われ支払が完了しているのであるから、当該事業年度の損金の額に算入されるべきものである。
 したがって、これに反する請求人の主張を採用することはできず、原処分庁の主張もまた、採用できない。 (ハ) そうすると、昭和63年1月28日に手仕舞いされた建て玉によって担保されるべき損益として翌事業年度に繰り越される未決算勘定の金額は、別表10のとおり239,000,000円となる。
ハ 以上の結果、請求人の本件各事業年度の所得金額は、次のとおりとなる。
(イ) 昭和62年1月期
 昭和62年1月期の所得金額は、申告所得金額709,341,931円に次のAないしEの合計金額115,982,578円を加算した金額825,324,509円となり、当該金額は更正の金額と同額になる。
 なお、BないしEの金額については、請求人の争わないところである。
A 期末有価証券の評価加算額 69,596,750円
 前記イの(ロ)において認定した期末有価証券の評価額と決算額との差額である。
B 交際費等の損金不算入額(広告宣伝費勘定に計上したゴルフコンペ費用) 5,000,000円
 原処分庁の主張(前記2の(2)のイの(ハ)のAの(B))どおりの事実が認められる。
C 広告宣伝費のうち損金の額に算入されない金額(商標権取得費のうち減価償却限度超過額) 13,790,000円
 原処分庁の主張(前記2の(2)のイの(ハ)のAの(C))どおりの事実が認められる。
D 広告宣伝費のうち損金の額に算入されない金額(広告塔設置費用の前払分) 5,000,000円
 原処分庁の主張(前記2の(2)のイの(ハ)のAの(D))どおりの事実が認められる。
E 為替差損のうち損金の額に算入されない金額(外貨建て債権債務に該当しない外国不動産商品の取得費) 22,595,828円
 原処分庁の主張(前記2の(2)のイの(ハ)のAの(E))どおりの事実が認められる。
F 課税土地譲渡利益金額に対する税額 128,943,800円
 上記の所得金額の変動により課税土地譲渡利益金額に対する税額を再計算した結果、当該金額は644,719,000円となり、これに対する税額は128,943,800円となる。
G 納付すべき税額
 以上の結果、請求人の納付すべき税額は、453,671,700円となり、当該金額は、更正の金額と同額となる。
(ロ) 昭和63年1月期
 昭和63年1月期の所得金額は、申告所得金額1,802,634,046円に次のAないしCの合計金額604,510,384円を加算し、DないしHの合計金額104,722,503円を減算した金額2,302,421,927円となり、当該金額は更正の金額2,300,646,765円を上回ることとなる。
 なお、C及びEないしGの金額については、請求人の争わないところである。
A 期末有価証券の評価加算額 341,371,100円
 前記イの(ロ)において認定した期末有価証券の評価額と決算額との差額である。
B 債券先物等取引に係る損失を繰上計上した額 239,000,000円
 前記ロの(ハ)において認定したとおりである。
C 為替差損のうち損金の額に算入されない金額(為替換算計算の誤りによるもの) 24,139,284円
 原処分庁の主張(前記2の(2)のイの(ハ)のBの(C))どおりの事実が認められる。
D 前期末有価証券の評価加算額の当期損金算入額 69,596,750円
 前記イのAにおいて認定したとおりである。
E 為替差損の損金算入額 18,192,800円
 原処分庁の主張(前記2の(2)のイの(ハ)のBの(F))どおりの事実が認められる。
F 前期減価償却超過額の当期損金算入額 1,260,000円
 原処分庁の主張(前記2の(2)のイの(ハ)のBの(G))どおりの事実が認められる。
G 減価償却費の損金算入額 363,333円
 原処分庁の主張(前記2の(2)のイの(ハ)のBの(H))どおりの事実が認められる。
H 事業税の損金算入額 15,309,620円
 前事業年度の増加所得に対する事業税相当額を計算すると、原処分庁の主張(前記2の(2)のイの(ハ)のBの(I))どおりの事実が認められる。
I 課税土地譲渡利益金額 365,348,000円
 上記の所得金額の変動により課税土地譲渡利益金額に対する税額を再計算した結果、当該金額は1,826,740,000円となり、これに対する税額は365,348,000円となる。
J 納付すべき税額 1,309,712,700円
 以上の結果、請求人の納付すべき税額は、1,309,712,700円となり、当該金額は、更正の金額1,308,967,200円を上回ることとなる。
(ハ) 以上の結果、昭和62年1月期及び昭和63年1月期の所得金額及び納付すべき税額は、更正の金額と同額であるか、又はこれを上回るから、各更正はいずれも適法である。

nf 名古屋医師財産分与事件・最判S50.5.27民集29-5-641
名古屋地判昭和45年4月11日
 (略)更正処分の理由は原告が所有していた名古屋市千種区徳川山町三ノ六五の宅地とその地上建物を昭和四二年五月二〇日付で訴外大森(現桝岡)恭に譲渡したにもかゝわらず譲渡所得の申告がなされていないからであるとされている。(略)
 原告と右右訴外人との間の名古屋家庭裁判所昭和四一年(家イ)第九八三号離婚等調停事件の調停が昭和四二年五月一〇日に成立し、その調停の結果財産分与として譲渡したものであつて右各不動産の譲渡によつて原告は何等の所得も得ていないのであるから右更正処分は違法である。(する原告主張)(略)
 本件土地、建物の取得の経緯および取得の日時並びにこれが原告の特有財産であつたことは被告の指摘するとおりである。原告と恭との間に被告主張のとおり離婚等調停が成立し、その調停条項に従つて被告主張の日に本件土地、建物が恭に譲渡されたことを認める。右調停において原告は恭に対する慰籍料として現金一、四五〇万円および長女由香子の養育費として現金三六〇万円を分割して支払うこと並びに本件土地、建物を分与することを承諾したが相手方代理人から「慰籍料の支払を受けても税金はかからないが財産分与として受ければ贈与税が課税されるかもしれないから本件土地、建物の譲渡も慰籍料としてくれ。」と依頼されて調停調書の記載は一括して慰籍料と記載したに過ぎず、実質は財産分与である。右の相手方代理人の配慮は誤解に基づくものであつて、慰籍料も財産分与もそれが相当な額でなされるかぎりその受益者について課税されることはなく、その相当な額を超えた場合にその超える部分については名目が慰籍料であつても財産分与であつても贈与による益として課税されることになるのである。(とする原告主張)(略)
 判決理由
 (略)各不動産は右調停により原告より恭に慰籍料として譲渡せられたことを認定しうる。原告本人尋問の結果によると右各不動産は財産分与として譲渡すべく話合われたことは事実なるも双方協議の末右の如く慰籍料とせられたことも明らかであり、右乙第一号証にみるとおり調停調書上明白に慰籍料として記載せられた以上これをもつて慰籍料にあらずして財産分与なりと論ずるのは誤りである。右各不動産が原告の特有財産であつたことは原告においてこれを争わず、それらの恭に対する前記譲渡は所得税法第三三条第一項の譲渡所得にあたることは同法第三六条第一項括弧書の中・・・・・その他経済的な利益をもつて収入する場合には・・・・・その他経済的な利益の価額とある点に徴して明らかであつてこの点に関する被告の所説は首肯しうる。これをもつて無償譲渡なりとする原告の所説には遽に組しがたい。(略)

名古屋高判昭和46年10月28日
 (略)控訴人は、譲渡所得課税の本質は譲渡差益に対する課税であつて、資産の値上り益に対する課税ではない旨主張するが、当裁判所は、譲渡所得に対する課税の本質は資産の値上りによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会にこれを清算して課税する趣旨のものと解すべきであり、売買交換等によりその資産の移転が対価の受入れを伴うときは、右増加益は対価のうちに具体化されるので、これを課税の対象としてとらえたのが旧所得税法第九条第一項八号(現所得税法第三三条)の規定であるとする最高裁昭和四三年一〇月三一日第一小法廷判決(裁判集民事第九二号七九八頁)の見解を正当としてこれに従う。而して右にいう資産の移転が対価の受入れを伴う場合としては売買、交換等現実に対価を受入れる場合の外慰藉料その他債務の履行として或は債務の履行に代えて資産の移転がなされる場合も含むものと解するのを相当と考える。けだし一般に債務の履行として或は債務の履行に代えて自己の有する資産を相手方に移転譲渡した場合にはその譲渡時における当該資産の価額に相当する額の弁済があつたことになり、これによつて当該債務は消滅するのであるから、経済的利益を享受しこれが具体化した点では現実に対価の受入れを伴う場合と実質的に何等変りはないからである。本件についてこれを見るに本件不動産は現金一四五〇万円等と共にAとの離婚に基づく慰藉料及び財産分与として譲渡することを約定しその履行として譲渡されたものであること前に認定したとおりであるから、右のように慰藉料及び財産分与に基づく債務の履行として本件不動産の譲渡がなされた以上、被控訴人が本件不動産の譲渡をもつて所得税法第三三条第一項の譲渡所得に当るものとしたのは相当といわなければならない。従つて本件不動産の譲渡が慰藉料又は財産分与の履行或はその双方の履行と解せられるとしても、何れにせよ所得税法第三三条第一項に所謂譲渡所得ありとしてなされた本件更正処分(本件更正処分の内容となつた譲渡所得の金額の計算についての被控訴人の主張は控訴人において争わないところである)は適法であつて、これを違法であるとする控訴人の主張は理由がない。(略)

上告理由
 (略)右判決は、旧所得税法九条一項八号は対価(ここにいう対価は、単に譲渡代金だけではなく、資産の譲渡に伴う反対給付もしくはこれに類する経済的利益を含むことは原判決説示のとおりである。)の受入れを伴う場合についての規定であることを明らかにしたものである。したがつて対価の受入れを伴わない資産の譲渡の場合においては、資産の増加益がその資産の時価に照らして具体的に把握することができるとしても、その譲渡は右条項にいう「収入金額」を伴つたものとはならないのである。このことは、旧所得税法九条一項八号にいう収入金額とは、譲渡資産の客観的な価額を指すものではなく、現実の収入金額を指すものと解すべきである(略)
 代物弁済の部分の譲渡は所得税法三三条の規定する有償譲渡に該当することは明らかである。
 しかしながら財産分与は片務・無償行為であり、分与者が協議もしくは調停によつて負担した目的財産の権利を移転すべき債務の履行として現実に権利移転の行為をしたからといつて、分与者がそのことにより何ら経済的利益を享受するものではないことは、前述したとおりである。したがつて本件不動産の譲渡のうち財産分与としてなされた部分は所得税法三三条に規定する有償譲渡に該当しない。(略)

最三小判昭和50年5月27日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
 上告代理人竹下重人の上告理由について。
 譲渡所得に対する課税は、資産の値上りによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨のものであるから、その課税所得たる譲渡所得の発生には、必ずしも当該資産の譲渡が有償であることを要しない(最高裁昭和四一年(行ツ)第一〇二号同四七年一二月二六日第三小法廷判決・民集二六巻一〇号二〇八三頁参照)。したがつて、所得税法三三条一項にいう「資産の譲渡」とは、有償無償を問わず資産を移転させるいつさいの行為をいうものと解すべきである。そして、同法五九条一項(昭和四八年法律第八号による改正前のもの)が譲渡所得の総収入金額の計算に関する特例規定であつて、所得のないところに課税譲渡所得の存在を擬制したものでないことは、その規定の位置及び文言に照らし、明らかである。
 ところで、夫婦が離婚したときは、その一方は、他方に対し、財産分与を請求することができる(民法七六八条、七七一条)。この財産分与の権利義務の内容は、当事者の協議、家庭裁判所の調停若しくは審判又は地方裁判所の判決をまつて具体的に確定されるが、右権利義務そのものは、離婚の成立によつて発生し、実体的権利義務として存在するに至り、右当事者の協議等は、単にその内容を具体的に確定するものであるにすぎない。そして、財産分与に関し右当事者の協議等が行われてその内容が具体的に確定され、これに従い金銭の支払い、不動産の譲渡等の分与が完了すれば、右財産分与の義務は消滅するが、この分与義務の消滅は、それ自体一つの経済的利益ということができる。したがつて、財産分与として不動産等の資産を譲渡した場合、分与者は、これによつて、分与義務の消滅という経済的利益を享受したものというべきである。
 してみると、本件不動産の譲渡のうち財産分与に係るものが上告人に譲渡所得を生ずるものとして課税の対象となるとした原審の判断は、その結論において正当として是認することができる。論旨は、採用することができない。
 よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

学説(金子宏):「民法768条の財産分与」は「夫婦共通財産の清算」「離婚による損害の賠償」「離婚後の扶養」の3つに区分される。「夫婦共通財産の清算の意味で財産が分与された場合は、その実質は共有財産の分割であって、資産の譲渡には当たらない」。(cf.所基通33-1の6)

所基通33-1の4(財産分与による資産の移転)民法第768条《財産分与》(同法第749条及び第771条において準用する場合を含む。)の規定による財産の分与として資産の移転があった場合には、その分与をした者は、その分与をした時においてその時の価額により当該資産を譲渡したこととなる。
(注)1 財産分与による資産の移転は、財産分与義務の消滅という経済的利益を対価とする譲渡であり、贈与ではないから、法第59条第1項《みなし譲渡課税》の規定は適用されない。
2 財産分与により取得した資産の取得費については、38-6参照

所基通33-1の6(共有地の分割) 個人が他の者と土地を共有している場合において、その共有に係る一の土地についてその持分に応ずる現物分割があったときには、その分割による土地の譲渡はなかったものとして取り扱う。[(注)略]

参考 最判H7.1.24税資208-3(原審東京高判H6.6.15税資201-519)
 (略)夫名義の資産形成に対する妻の貢献が顕在化するまでの間、妻が夫名義の財産に対しなんらかの潜在的な持分を有するとしても、それは未だ持分割合も定まっていない抽象的な権利というべきものであり(右資産形成の態様には種々様々なものがありうるし、夫婦の財産は通常複数のものから成るものであるから、それらのすべてについて一律に妻が二分の一の共有持分を有するとみることはできない。)、現実の財産分与手続がされて初めて具体的な権利として確定するものである。したがって、財産分与が単に右潜在的持分を顕在化させ、それを正式に帰属させるだけの手続とはいえないのであって、財産分与によって初めて夫名義の財産に対する妻の所有権又は共有持分が発生するといわざるを得ないから、そこに資産の譲渡と目される実質がある(略)

参考 分与土地一対譲渡事件・東京地判H3.2.28行集42-2-341概説99百選4版44
 「取得者は、財産分与請求権という経済的利益を消滅される代償として当該資産を取得したこととなる」。「X側でこれを甲土地と一体として利用あるいは処分することがその前提とされていたものと推認する」。「ある時点における土地等の資産の客観的な価額というものは、鑑定等によって常に一義的に特定されるという性質を持つものではなく、ある程度の幅をもった範囲内の価額として観念されるべきものである」

ng 榎本家事件・最判S43.10.31訟月14-12-1442
 原判決およびその引用する第一審判決によれば、第一審判決添付物件目録(一)および(二)記載の不動産(以下本件不動産と称する。)は、もと亡榎本新吉の所有に属したが、同人からこれを訴外榎本マサまたは同榎本政雄に贈与あるいは遺贈したような事実は全くなく、右新吉の死亡により上告人および訴外榎本志満がこれを相続によつて取得し、さらに右両名において右新吉の相続人にあたらない前記マサおよび政雄に贈与したものであり、従つてその贈与が仮装あるいは名目的のものと認むべき余地はないというのであつて、その認定判断に違法と目すべき点は存しない。
 ところで、譲渡所得に対する課税は、原判決引用の第一審判決の説示するように、資産の値上りによりその資産の所得者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨のものと解すべきであり、売買交換等によりその資産の移転が対価の受入を伴うときは、右増加益は対価のうちに具体化されるので、これを課税の対象としてとらえたのが旧所得税法(昭和二二年法律第二七号、以下同じ。)九条一項八号の規定である。そして、対価を伴わない資産の移転においても、その資産につきすでに生じている増加益は、その移転当時の右資産の時価に照して具体的に把握できるものであるから、同じくこの移転の時期において右増加益を課税の対象とするのを相当と認め、資産の贈与、遺贈のあつた場合においても、右資産の増加益は実現されたものとみて、これを前記譲渡所得と同様に取り扱うべきものとしたのが同法五条の二の規定なのである。されば、右規定は決して所得のないところに課税所得の存在を擬制したものではなく、またいわゆる応能負担の原則を無視したものともいいがたい。のみならず、このような課税は、所得資産を時価で売却してその代金を贈与した場合などとの釣合いからするも、また無償や低額の対価による譲渡にかこつけて資産の譲渡所得課税を回避しようとする傾向を防止するうえからするも、課税の公平負担を期するため妥当なものというべきであり、このような増加益課税については、納税の資力を生じない場合に納税を強制するものとする非難もまたあたらない。
 本件において上告人が訴外榎本マサおよび同榎本政雄に本件不動産を贈与したのに対し旧所得税法五条の二の規定を適用して上告人に課税したのは、右不動産の増加益の帰属者に対する課税であつて、同法三条の二の趣旨に反するところはなく、租税の公平負担の原則にたがうものでもないことは、前叙したところから明らかである。また原審においては、上告人が右課税によつて生活に窮したとする主張立証もないのである。してみると、前記五条の二の規定自体あるいは右規定を上告人について適用したのをもつて憲法二九条一項、二五条一項および一三条に違背するものとする所論は、法律の定めるところによる納税を国民の義務とする憲法の条項を看過しながら、違憲に名を藉りて単なる税法規の解釈適用ないしその租税政策上の当否を争うものにすぎず論旨は理由がない。
 同第二点および第三点について。
 上告人の本件審査の請求においては、不動産の所有権移転の関係から上告人が譲渡所得課税および資産再評価税課税を受けるいわれはないものとして争われたのであるから、その請求を棄却するにつき決定通知書に附記すべき理由としては、論旨引用のごとき説示があれば不備とはなしがたく、これと判断を同じくする原判決に所論の違法は認められない。論旨の引用する当裁判所の裁判例も、また本件については適切でない。論旨は、なお行政不服審査法四一条一項の趣旨に違背するというが、同法施行前に再調査の請求または審査の請求のなされた本件の場合に、右規定の適用あるものではない(行政不服審査法の施行に伴う関係法律の整理等に関する法律附則三項参照)。論旨は採用できない。

nh 浜名湖競艇場用地事件・一審静岡地判S60.3.14
 「ところで、昭和48年の法律第8号による改正(以下「改正」という。)前の所得税法は、譲渡所得に対する課税が、保有資産の値上りによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、資産が所有者から他に移転する機会を捉えて一括して課税する趣旨のものであること、他方、個人間の無償又は低額の対価による資産譲渡に際し譲渡所得の課税を行うことに対しては納税者の理解を得難い面もあることを考慮し、個人に対する贈与又は著しく低い価額の対価として政令で定める額による譲渡が行われた場合にも時価によつて資産が譲渡されたものとみなして総収入金額に算入すべき金額を算定することを規定しながら(改正前の同法59条1項)、納税者が税務署長に対し同項の適用を受けない旨等を記載した書面を提出すれば、資産の譲渡人に対する課税を繰り延べ、譲受人が譲渡人の取得費を引き継ぐことを認めることにしていた(改正前の同法60条1項1号)。しかし、個人間の贈与は、親族間で行われるのが通常であり、相続の場合と同様に画一的に取得価額の引継ぎを認めても問題はないと考えられるうえ、登記原因の調査によつて贈与等の事実を確認することもさほど困難ではないことなどから、前記改正によつて、個人間の贈与の場合に時価による譲渡があつたものとみなして課税する方式を撤廃し、特段の書面の提出がなくても常に贈与者に対する譲渡所得の課税を行わず、受贈者が更に当該資産を譲渡したときに一括して資産の増加益に対する課税を行うことに改められたが、その際、同法60条1項1号も、個人間の贈与によつて譲り受けた資産を譲渡した者の譲渡所得金額の計算につき、特段の書面の提出がなくても、前所有者の取得費を引き継ぐことを認めることに改正された。」

東京高判S62.9.9行集38-8=9-987
 「60条1項は、同項各号に定める場合にその時期には譲渡所得課税をしないこととし、その資産の譲受人が後にこれを譲渡し、譲渡所得課税を受ける場合に、譲渡所得の金額を計算するについて、譲受人が譲渡人の取得時から引続きこれを所有していたものとみなして、譲渡人が取得した時にその取得価額で取得したものとし、いわゆる取得価額の引き継ぎによる課税時期の繰り延べをすることとした。したがつて、右の課税時期の繰り延べが認められるためには、資産の譲渡があつても、その時期に譲渡所得課税がされない場合でなければならない。ところが、負担付贈与においては、贈与者に同法36条1項に定める収入すべき金額等の経済的利益が存する場合があり、この場合には、同法59条2項に該当するかぎりは、同項に定めるところに従つて譲渡損失も認められない代りに、同法60条1項2号に該当するものとして、譲渡所得課税を受けないが(つまり、この時期において資産の増加益の清算をしないのであるが)、それ以外は、一般原則に従いその経済的利益に対して譲渡所得課税がされることになるのであるから、右の課税時期の繰り延べが認められないことは明らかである。そこで、同項1号の『贈与』とは、単純贈与と贈与者に経済的利益を生じない負担付贈与をいうものといわざるを得ない。」。

最判S63.7.19判時1290-56
 「上告人らに訴外宮城俊介の合計二六〇〇万円の債務の履行を引き受けさせた本件土地所有権(共有持分)移転契約は負担付贈与契約に当たるところ、所得税法六〇条一項一号にいう「贈与」には贈与者に経済的な利益を生じさせる負担付贈与を含まないと解するのを相当とし、かつ、右土地所有権(共有持分)移転契約は同項二号の譲渡に当たらないから、上告人らの昭和五二年分の譲渡所得については、同項が適用されず、結局、租税特別措置法(昭和五五年法律第九号による改正前のもの)三二条所定の短期譲渡所得の課税の特例が適用されるとして、本件更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分に違法はないとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係及び説示に照らし、正当として是認することができる。」

ni 弁護士顧問料事件・最判S56.4.24民集35-3-672
 申告に係る税額につき更正処分がされたのち、いわゆる減額再更正がされた場合、右再更正処分は、それにより減少した税額に係る部分についてのみ法的効果を及ぼすものであり(国税通則法二九条二項)、それ自体は、再更正処分の理由のいかんにかかわらず、当初の更正処分とは別個独立の課税処分ではなく、その実質は、当初の更正処分の変更であり、それによって、税額の一部取消という納税者に有利な効果をもたらす処分と解するのを相当とする。そうすると、納税者は、右の再更正処分に対してその救済を求める訴の利益はなく、専ら減額された当初の更正処分の取消を訴求することをもって足りるというべきである。それ故、これと異なる見解に立って、上告人の昭和四二年分の所得税につき被上告人が昭和四五年一一月一六日付で上告人に対してした更正処分(以下「昭和四二年分当初更正処分」という。)の取消を求める上告人の請求につき本件訴を却下し、被上告人が昭和四六年六月九日付で上告人に対してした更正処分(以下「昭和四二年分再更正処分」という。)の取消を求める訴について本案の判断をした原審及び第一審の処置には、法律の解釈適用を誤った違法があり、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は、右の限度において理由があり、原判決及び第一審判決中上告人の昭和四二年分所得税に関する部分は破棄又は取消を免れない。
 ところで、本件において、原審は昭和四二年分再更正処分を理論上別個独立の課税処分とし、昭和四二年分当初更正処分はこれに吸収されたものとして取扱い、昭和四二年分再更正処分の適否に関する本案の判断において、上告人の昭和四二年分の所得税につき課税標準である所得額及び税額を認定しているところ、これは減額された昭和四二年分当初更正処分の実体上の適否に関する認定判断にほかならないのであるから、昭和四二年分当初更正処分の固有の瑕疵と目すべきものについて何ら争われていない本件においては、減額された昭和四二年分当初更正処分につき更に原審において格別の審理判断を経なければならない実質上の必要性はなく、このような場合にはその取消請求にかかる訴を原審に差戻すことなく、当審において原審のした上記の認定判断に基づいて本案の裁判をすることができるものというべきであり、そのように解しても民訴法三九六条、三八八条の規定の法意に反するものではない。
 そこで進んで、減額された昭和四二年分当初更正処分が違法であるとしてその取消を求める上告人の本訴請求の当否について判断するに、原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて本件顧問料は事業所得にあたるとした原審の判断は正当として是認することができ、その理由は上告理由第二点ないし第五点についての後記判断において示すとおりである。よって、上告人の右本訴請求中、昭和四二年分再更正処分の取消を求める部分については訴の利益がないから不適法な訴としてこれを却下することとしその余の請求については理由がないからこれを棄却すべきである。
 (なお、附言するに、原判決は、右その余の請求の対象である昭和四二年分当初更正処分の取消を求める上告人の請求につき本件訴を却下し、昭和四二年分再更正処分の取消を求める請求につき本案の裁判をしたのに対し、本判決は、昭和四二年分当初更正処分につき本案の裁判をし、昭和四二年分再更正処分につき訴を却下するものであるところ、原判決の右却下の結論は、昭和四二年分当初更正処分が昭和四二年分再更正処分に吸収され、実体を欠くに至ったという判断を前提とするものにほかならず、ひいて、原判決はその本案の判断において減額された昭和四二年分当初更正処分の実体上の適否に関する認定判断を示したものといいうるから、昭和四二年分当初更正処分及び昭和四二年分再更正処分の双方に対する請求を総合すれば、前記その余の請求に対する本判決の結論は原判決より不利益というにあたらず、したがって民訴法三九六条、三八五条の規定の法意にも反しないものというべきである。)
同第二点ないし第五点について
 所論は、要するに、上告人の顧問料収入を事業所得と認定し、上告人の請求を排斥した原判決は、法令の解釈適用を誤ったものである、というのである。
 およそ業務の遂行ないし労務の提供から生ずる所得が所得税法上の事業所得(同法二七条一項、同法施行令六三条一二号)と給与所得(同法二八条一項)のいずれに該当するかを判断するにあたっては、租税負担の公平を図るため、所得を事業所得、給与所得等に分類し、その種類に応じた課税を定めている所得税法の趣旨、目的に照らし、当該業務ないし労務及び所得の態様等を考察しなければならない。したがって、弁護士の顧問料についても、これを一般的抽象的に事業所得又は給与所得のいずれかに分類すべきものではなく、その顧問業務の具体的態様に応じて、その法的性格を判断しなければならないが、その場合、判断の一応の基準として、両者を次のように区別するのが相当である。すなわち、事業所得とは、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反覆継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得をいい、これに対し、給与所得とは雇傭契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいう。なお、給与所得については、とりわけ、給与支給者との関係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものであるかどうかが重視されなければならない。
 これを本件についてみると、原審の適法に確定した事実関係は、おおむね次のとおりである。上告人は第一東京弁護士会所属の弁護士であり、昭和四二年ないし同四四年当時、自己の法律事務所を有し、使用人を四人ないし六人(うち家族使用人二人を含む)を使用して、特定の事件処理のみならず、法律相談、鑑定等の業務もその内容として、継続的に弁護士の業務を営んでおり、原判決の引用する本件第一審判決添付別表(二)1ないし6記載の各会社と上告人との間の本件各顧問契約はいずれも口頭によってなされ、この契約において上告人は右各会社の法律相談等に応じて法律家としての意見をのべる業務をなすことが義務づけられているが、この業務は本来の弁護士の業務と別異のものではない。右各顧問契約には勤務時間、勤務場所についての定めがなく、この契約はその頃常時数社との間で締結されており、特定の会社の業務に定時専従する等格別の拘束を受けるものではなく、この契約の実施状況は、前記各社において多くの場合電話により、時には右各社の担当者が上告人の事務所を訪れて随時法律問題等につき意見を求め、上告人においてその都度その事務所において多くは電話により、時には同事務所を訪れた右担当者に対し専ら口頭で右の法律相談等に応じて意見をのべるというものであって、上告人の方から右各社に出向くことは全くなく、右の相談回数は会社によって異なり、月に二、三回というところや半年に一回、一年に一回というところもある。右各社はいずれも本件顧問料を弁護士の業務に関する報酬にあたるものとして毎月定時に定額をその一〇%の所得税を源泉徴収したうえ上告人に支払っており、右顧問料から、健康保険法、厚生年金保険法等による保険料を源泉控除しておらず、上告人に対し、夏期手当、年末手当、賞与の類のものを一切支給しておらず、したがって、雇傭契約を前提とする給与として扱っていない。右の事実関係のもとにおいては、本件顧問契約に基づき上告人が行う業務の態様は、上告人が自己の計算と危険において独立して継続的に営む弁護士業務の一態様にすぎないものというべきであり、前記の判断基準に照らせば右業務に基づいて生じた本件顧問料収入は、所得税法上、給与所得ではなく事業所得にあたると認めるのが相当である。これと同旨の原審の判断は正当であって、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

nj 通勤定期券・最判昭和37年8月10日民集16巻8号1749頁
 論旨は、上告会社が労働契約にもとづき労働者に支給した通勤費は労働者の所得を構成する収入ではなく、従つて、上告会社は所得税法三八条により、通勤費に相応する所得税を源泉徴収する義務を負わない旨を主張するに帰する。
 しかし、所得税法九条五号は「俸給、給料、賃金……並びにこれらの性質を有する給与」をすべて給与所得の収入としており、同法一〇条一項は「第九条……第五号……に規定する収入金額(金銭以外の物又は権利を以て収入すべき場合においては、当該物又は権利の価額以下同じ。)により」計算すべき旨を規定しており、勤労者が勤労者たる地位にもとづいて使用者から受ける給付は、すべて右九条五号にいう給与所得を構成する収入と解すべく、通勤定期券またはその購入代金の支給をもつて給与でないと解すべき根拠はない。上告会社は、労働協約によつて通勤定期券またはその購入代金を支給しているというのであるが、かかる支出が会社の計算上損金に計算されることは勿論であるが、このことによつて、勤労者の給与でなくなるものではない。若し右の支給がなかつたならば、勤労者は当然に自らその費用を負担しなければならないのであつて、かかる支給のない勤労者とその支給のある勤労者との間に税負担の相違があるのは、むしろ当然であつて、通勤費の支給を給与と解し、勤労者の所得の計算をしたのは正当である。従つて上告会社が通勤費に相応する所得税を源泉徴収する義務があることも当然のことといわなければならない。論旨は独自の見解に立つて原判決を非難するに過ぎず採用の限りでない。

nk 岩手リゾートホテル事件・東京地判平成10年2月24日判タ1004号142頁概説132
 「法69条2項により、生活に通常必要でない資産に係る所得の計算上生じた損失の金額は、競走馬の譲渡に係る譲渡所得の金額の計算上生じた損失の金額について限定的に損益通算が認められているほかは、損益通算の対象とならないものであるが、これは、生活に通常必要でない資産に係る支出ないし負担は、個人の消費生活上の支出ないし負担としての性格が強く、このような支出ないし負担の結果生じた損失の金額について、損益通算を認めて担税力の減殺要素として取り扱うことは適当でないとの考え方に基づく。」
 「本件建物は、著名なリゾート地に所在し、充実した設備を有するいわゆるコンドミニアム形式のリゾートホテルの一室であり、そのオーナーとなることによって、客室料金の負担なしで宿泊が可能になるなどの種々の利用上の利益があるものであって、実際に、本件係争各年において、X又はXの指定する者が本件建物を利用していることにかんがみれば、Xが本件建物を保養の用に供する目的をもって所有していたことは明らかである。」
 「保養の用に供する目的が本件建物の主たる所有目的であったか否かについて」「本件係争各年において、本件建物を岩手観光に貸し付けることによるXの家賃収入は、Xが岩手観光に支払う管理費の二割にも達せず、減価償却費が、借入金利子、租税公課等を含めた年間約800万円から約1000万円の経費全体と比較するとその一割にさえ遠く及ばない金額であった。……本件建物の貸付けによる金銭的収入の獲得は、本件建物の利用による利益の享受と比較して副次的なものとみざるを得」ない。
 Xが「節税効果に着目していたことは、これを認めるに難くない」が、「節税効果というのは……資産の運用によって損失が生ずることに伴う副次的経済効果にすぎない。法施行令178条1項2号に規定する生活に通常必要でない不動産に該当するかどうかは、客観的にみて当該不動産の本来の使用、収益の目的が何かによって判断すべきものであり、右のような節税効果が得られるかどうかは、その本来の使用、収益の目的が何かによって決せられるべきものと解されるから、本来の使用、収益の目的が何かを判断するに当たって、右節税効果が得られるかどうかを主要な判断要素として考慮すべきものとすることは本末転倒の議論であって相当でない」

nl 最三小判平成29年1月31日民集71巻1号48頁
1 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1)被上告人X1は亡Aの長女であり,被上告人X2はAの二女である。
 上告人は,平成23年▲月,Aの長男であるBとその妻であるCとの間の長男として出生した。
 Aは,平成24年3月に妻と死別した。
(2)Aは,平成24年4月,B,C及び上告人と共にAの自宅を訪れた税理士等から,上告人をAの養子とした場合に遺産に係る基礎控除額が増えることなどによる相続税の節税効果がある旨の説明を受けた。
 その後,養子となる上告人の親権者としてB及びCが,養親となる者としてAが,証人としてAの弟夫婦が,それぞれ署名押印して,養子縁組届に係る届書が作成され,平成24年▲月▲日,世田谷区長に提出された。
2 本件は,被上告人らが,上告人に対して,本件養子縁組は縁組をする意思を欠くものであると主張して,その無効確認を求める事案である。
3 原審は,本件養子縁組は専ら相続税の節税のためにされたものであるとした上で,かかる場合は民法802条1号にいう「当事者間に縁組をする意思がないとき」に当たるとして,被上告人らの請求を認容した。
4 しかしながら,民法802条1号の解釈に関する原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 養子縁組は,嫡出親子関係を創設するものであり,養子は養親の相続人となるところ,養子縁組をすることによる相続税の節税効果は,相続人の数が増加することに伴い,遺産に係る基礎控除額を相続人の数に応じて算出するものとするなどの相続税法の規定によって発生し得るものである。相続税の節税のために養子縁組をすることは,このような節税効果を発生させることを動機として養子縁組をするものにほかならず,相続税の節税の動機と縁組をする意思とは、併存し得るものである。したがって,専ら相続税の節税のために養子縁組をする場合であっても,直ちに当該養子縁組について民法802条1号にいう「当事者間に縁組をする意思がないとき」に当たるとすることはできない。
 そして,前記事実関係の下においては,本件養子縁組について,縁組をする意思がないことをうかがわせる事情はなく,「当事者間に縁組をする意思がないとき」に当たるとすることはできない。 
5 以上によれば,被上告人らの請求を認容した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,被上告人らの請求は理由がなく,これを棄却した第1審判決は正当であるから,被上告人らの控訴を棄却すべきである。

nm 欠番

nn 明治物産事件・最判昭和33年5月29日民集12巻8号1254頁百選60概説61
原々審 東京地判昭和26年4月23日 請求認容
 原告(旧商号森田工業株式会社、昭和二十三年十二月八日現在の通り商号を変更)が昭和十六年六月二十日三宝商船の全株式九千九百六十株(一株金五十円拂込済)を代金合計四百四十八万二千円で買収し、同年八月一日の合併契約に基き同年十一月二十六日三宝商船を吸収合併し、同年十二月六日その登記手続を了したこと、被告芝税務署長が昭和二十年八月三十一日右合併に基く清算所得金額及び清算純益金額をそれぞれ金三百八十一万八百一円と決定し、右決定書は昭和二十年十二月十日原告に送達され、原告がこれに対して同日から二十日以内に政府に対し不服の事由を具して審査の請求をなしたが、これに対しいまだに裁決がなされていないこと、原告が右決定に基く法人税及び営業税合計金七十四万三千百六円十五銭の内金二十万円を昭和二十一年二月二十七日に残額を同年四月二十日に納付したこと、前記合併の際株式の割当も合併交付金の授受もなされなかつたこと、原告も三宝商船も共に当時訴外亡森田福市の同族会社であつたことは当事者間に争がない。被告らは、原告は税金逋脱の目的で三宝商船の全株式を買収した上、これを吸収合併したものであつて、右行為は旧法人税法第二十八條に該当するから、被告芝税務署長は右株式買収行為を否認し右株式買収代金を合併交付金と見なしたものである旨主張するけれども、右同族会社の行為計算否認の規定は勿論同族会社を非同族会社よりも不利益に取扱うためのものではなく同族会社は税金逋脱の目的で非同族会社では通常なし得ないような行為計算たとえば株主が社員に会社の資産を廉価で売却するようなことをする虞があるので、かかる場合にその行為計算を否認して、非同族会社が通常なすであろうような行為計算に引直して課税するためのものであるが、吸収合併前に被合併会社の全株式を買収することは必ずしも同族会社にして始めてなしうるような行為、すなわち、純経済上より見て不合理な行為ではなく、かかる行為を選択する可能性は同族会社であると否とにより少しも差異のないことは明白であるから、かかる行為は旧法人税法第二十八條の対象たり得ないものと解するのが相当である。もつとも通常の吸収合併においては、合併の際に表現されなかつた被合併会社の資産の値上りによる評価益は結局合併会社の解散その他の機会に表現されるから、これに対して課税する機会があるのに対し、被合併会社の全株式を合併会社が買収して吸収合併する場合には、株式の割当がされなければ、被合併会社の資産の値上りによる評価益は表現されないにもかかわらず、被合併会社の株式は自然消却される結果、合併会社は合併により被合併会社の資産を取得する代りに、被合併会社の全株式の時価に相当する資産、すなわち、通常の場合においては少くとも被合併会社の資産の時価に相当する資産を失うこととなり、従つて被合併会社の資産の値上りによる評価益に対する課税の機会を失う結果になるけれども,かかる合併の方法は経済的に見れば被合併会社の営業全部の讓渡による解散に外ならないのであるから、合併による清算所得等に対する税金は本来被合併会社ないしその株主が負担すべき筋合のものであり、本件のような場合には三宝商船の株式の売主であるその旧株主が負担すべきものであるから、かかる場合に、株式の代金を合併交付金と見なし、被合併会社の清算所得に対する税金を合併会社に負担せしめるには、臨時租税措置法第一條の三十三(昭和十九年法律第七号により改正)のような特別の規定が必要であり、右規定の施行前の案である本件についてはかかる課税はなし得ないものといわなければならない。そうしてみれば、被告芝税務署長がなした前記決定は違法であり、取消を免れず、又前記事実によれば、被告国は当初より悪意の受益者であり、且つ原告は前記税金納付前にあらかじめその還付の請求をなしたものと解すべきであるから、被告国は原告に対し原告が納付した金七十四万三千百六円十五銭及び内金二十万円に対する納付の日の翌日である昭和二十一年二月二十八日より残額金五十四万三千百六円十六銭に対する納付の日の翌日である同年四月二十一日より、いずれも昭和二十三年七月六日まで民法所定の年五分の割合による各利息合計金八万三千五百七十五円五十二銭並びに右納付金全額に対する同月七日より昭和二十五年三月三十一日まで国税徴収法(昭和二十三年法律第百七号により改正)所定の百円につき一日十銭、昭和二十五年四月一日より右完済に至るまで同法(同年法律第六十九号により改正)所定の百円につき一日四銭の各割合による還付加算金(十円未満の端数が生じた場合はこれを切捨てる)の支拂をなすべき義務を有することは明らかであり、これを求める原告の請求は理由があるからこれを認容し、本件は仮執行の宣言を附するを相当としないから、これを附さないこととし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條、第九十三條を適用し、主文の通り判決する。

控訴審 東京高判平成26年12月20日 控訴棄却
 三宝商船は別として少くとも被控訴会社が森田福市の同族会社であつたことは当事者間に争いないところであるが本件株式買収、合併、増資(原本の存在並びに成立に争なき乙第三号証で認められる増資並びに森田福市の新株引受の事実)なる一連の行為は、その当時の法制上何等禁ずるところのものでなく、いずれもこれを適法になし得た行為形態であることは論なきところである。而して徴税官庁が行為計算否認の規定を発動し得る場合は、同族会社の行為計算にして法人税逋脱の目的ありと認められるものある場合でなければならぬが、本件一連の行為からして法人税逋脱の目的ありと認められるためには、若し税金逋脱の目的を抜きにして見た場合、純経済人の選ぶ行為形態として不合理なものであると認められる場合でなければならない。しかるに同族会社の場合であると否とにかかわらず純経済人としては概して損得の打算に深慮を払い、努めて課税の対象とならない行為形態を選ぶことは当然のことであつて敢えて、これを不合理と目することはできないから、本件一連の行為を以て直ちに税金逋脱の目的ありと認められる場合であるとは断定し難い。この点に関する控訴人等の当審における主張は採用し難い。
 なお控訴人等は、「本件買収代金を合併交付金と認定したのは税法上特別の課税標準が認められているがためである」旨主張するが、本件において授受された金四百四十八万二千円は本件株式の買収代金であり、元来かような株式譲渡の場合に利得をなす者は譲渡株主であるから、税負担の公平という点からいえば国はかような所得に対する課税の制度を設くべきであるが、本件買収行為当時においてはかような課税法規は存在せず、従つて課税の対象とはならなかつたことは明らかである。また、法人合併の場合、合併前に買受けた株式の売買代金を以て税法上これを合併交付金とみなし、これにより清算所得、清算純益を計算し法人税、営業税を課し得るに至つたのは、本件買収行為よりはるか以後の昭和十九年二月法律第七号所得税法改正法律において始めてその旨の法規が設けられ、同年四月一日これが施行されてからのことであり、その以前においてかような課税標準の認定がなされていた事例が他に存したことはこれをうかがい得る資料は全然ない。かように株式の譲渡所得に課税せられず、また株式買収代金を合併交付金とみなす法規の存しなかつた本件株式買収当時としては法が予定する課税標準(合併交付金)と異なる課税標準(株式買収代金)により課税することは当時の税法の所期した目的の範囲を逸脱したもので許容し難きものといわざるを得ない。もつとも控訴人等は当審において乙第一号証の合併契約書第二条の約旨は合併交付金の合意に外ならない旨主張するが、原本の存在並びに成立に争なき乙第四号証によれば、被控訴会社は昭和十六年十一月二十七日の臨時株主総会において右第二条は妥当を欠き営業譲渡に解釈される虞ありとの理由にてこれを削除したことの承認決議をしているので、この事実から見ても本件合併に当り、合併交付金の授受がなかつたことが窺われるので、前記第二条の条規は未だ本件買収代金を以て合併交付金と認定する根拠とはなし得ない。

上告審も上告棄却
 [略]本件において当事者間に争のない本件株式の買収、会社の合併、及び増資なる一連行為からしては直ちに所論税金逋脱の目的があるものと認め難いのみならず、本件買収代金を以て合併交付金と認定すべき証拠上の根拠も認められないから、本件株式の買収は所論法条に基づくいわゆる否認の対象となるべき行為ではなかつたと判断した上、更に本件買収代金を所論課税の対象とするが如きは昭和十九年二月法律七号による臨時租税措置法一条の三三の如き特別な規定の施行されていなかつた当時としては税体系上許されないところであるとしている[後略]

no ペット葬祭業事件(慈妙院)・最判平成20年9月12日判時2022号11頁
1 本件は,宗教法人である上告人が,死亡したペット(愛がん動物)の飼い主から依頼を受けて葬儀,供養等を行う事業に関して金員を受け取ったことについて,被上告人から,上告人の行う上記事業(以下「本件ペット葬祭業」という。)が法人税法施行令(別表記載のものをいう。以下同じ。)5条1項1号,9号及び10号に規定する事業に該当し,法人税法2条13号の収益事業に当たるとして,平成8年4月1日から同13年3月31日までの5事業年度に係る法人税の決定処分及び無申告加算税賦課決定処分を受けたため,その取消しを求めている事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1)上告人は,昭和58年ころから本件ペット葬祭業を行っており,現在は,「X 動物霊園」の名称で,境内にペット用の火葬場,墓地,納骨堂等を設置し,引取りのための自動車を数台保有して,死亡したペットの引取り,葬儀,火葬,埋蔵,納骨,法要等を行っているほか,本件ペット葬祭業のあらましを写真入りで説明したパンフレットを発行し,ホームページを開設するなどして,その周知に努めている。
(2)上告人によるペットの葬儀及び火葬は,ペット専用の葬式場において,人間用祭壇を用いて僧りょが読経した後,死体を火葬に付するというものであるところ,前記パンフレット及びホームページには,その料金につき,第1審判決別表2記載のとおり,動物の重さ等と火葬方法との組合せにより8000円から5万円の範囲で金額を定めた表が「料金表」等の表題の下に掲載されている。この表は,上告人の代表役員が,同様の事業を行う有限会社の料金表を参考にして作成したものである。また,上記ホームページには,「上記は一式全てを含む費用です(引取・お迎え費用等は別)」との記載がある。なお,上告人によるペットの葬祭を希望する者が上告人の自動車でペットの死体を引き取ってもらうときには,3000円の支払を求められる。
 上告人の保管している帳簿に記載されたペットの供養による収入金額は,いずれも「料金表」記載の金額又はこれに引取りの際の支払金額を加えた金額に合致している。
(3)ペットの死体を境内のペット専用の墓地に埋蔵するに当たり,合同墓地を利用する場合には,上告人にペットの葬儀等を依頼した者であれば無料であるが,個別墓地を利用する場合には,年間2000円の管理費のほか,3年の使用期限を3回更新した時に1万円の継続利用料の支払を求められる。また,納骨堂を利用する場合には,納骨箱の大きさに応じて3万5000円又は5万円の永代使用料,年間2000円の管理費等の支払を求められる。前記ホームページには,「合同のお墓は上記費用にて無料でお使いいただけます。また,納骨堂・石墓地(個別墓)などのご利用の場合でもお手頃にご用意できます。」などと記載され,合同墓地,納骨堂,石墓地の説明と費用が示されている。さらに,上告人は,遺骨を納めた飼い主からの依頼に基づいて初七日法要や七七日法要を行う際に,あらかじめ定められた額の金員を受け取っている。このほか,上告人は,ペットの葬祭に関連して,塔婆,位はい,墓石等を希望者に交付し,あらかじめ定められた額の金員を受領している。
(4)ペットの供養や葬祭を行うことは,我が国では昭和50年代くらいから広まり始めたとされている。このような事業を行う事業者の数は,平成16年現在,全国で6000ないし8000に及ぶとされ,仏教寺院によるものだけでなく,倉庫業,運送業,不動産会社,石材店,動物病院等によるものも見られる。
3 上記事実関係によれば,本件ペット葬祭業は,外形的に見ると,請負業,倉庫業及び物品販売業並びにその性質上これらの事業に付随して行われる行為の形態を有するものと認められる。法人税法が,公益法人等の所得のうち収益事業から生じた所得について,同種の事業を行うその他の内国法人との競争条件の平等を図り,課税の公平を確保するなどの観点からこれを課税の対象としていることにかんがみれば,宗教法人の行う上記のような形態を有する事業が法人税法施行令5条1項10号の請負業等に該当するか否かについては,事業に伴う財貨の移転が役務等の対価の支払として行われる性質のものか,それとも役務等の対価でなく喜捨等の性格を有するものか,また,当該事業が宗教法人以外の法人の一般的に行う事業と競合するものか否か等の観点を踏まえた上で,当該事業の目的,内容,態様等の諸事情を社会通念に照らして総合的に検討して判断するのが相当である。
 前記事実関係によれば,本件ペット葬祭業においては,上告人の提供する役務等に対して料金表等により一定の金額が定められ,依頼者がその金額を支払っているものとみられる。したがって,これらに伴う金員の移転は,上告人の提供する役務等の対価の支払として行われる性質のものとみるのが相当であり,依頼者において宗教法人が行う葬儀等について宗教行為としての意味を感じて金員の支払をしていたとしても,いわゆる喜捨等の性格を有するものということはできない。また,本件ペット葬祭業は,その目的,内容,料金の定め方、周知方法等の諸点において,宗教法人以外の法人が一般的に行う同種の事業と基本的に異なるものではなく,これらの事業と競合するものといわざるを得ない。前記のとおり,本件ペット葬祭業が請負業等の形態を有するものと認められることに加えて,上記のような事情を踏まえれば,宗教法人である上告人が,依頼者の要望に応じてペットの供養をするために,宗教上の儀式の形式により葬祭を執り行っていることを考慮しても,本件ペット葬祭業は,法人税法施行令5条1項1号,9号及び10号に規定する事業に該当し,法人税法2条13号の収益事業に当たると解するのが相当である。

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 参照:回向院事件・東京高判平成20年1月23日平成18年(行コ)112号(判例集未登載):地方税法348条2項3号「境内建物及び境内地」の意義。ペットの遺骨保管場所について固定資産税非課税を認めなかった東京地判平成18年3月24日平成17年(行ウ)52号を覆し納税者勝訴。
 カロート事件・東京地判平成24年1月24日判時2147号44頁⇒6.2.1.2.
 東京地判平成24年6月21日宗務時報115号31頁:弁財天・稲荷を祭った各祠が相続税法12条1項2号「墓所、霊びょう[霊廟]及び祭具並びにこれらに準ずるもの」に含まれ、相続税の課税価格に算入されない。租判2013年9月20日首藤重幸報告。
 東京地判平成28年5月24日平成27(行ウ)414号曹洞宗の納骨堂が地方税法348条2項3号所定の「宗教法人が専らその本来の用に供する宗教法人法3条に規定する境内建物及び境内地」に該当しないとした例。
 (宗教法人ではなく学校法人だが)学校法人寿福寺学園・東京地判平成29年1月24日判例地方自治433号11頁棄却確定…原告が、その所有する土地が「直接保育又は教育の用に供する固定資産」に該当し、固定資産税等を課すことはできないと主張して、固定資産税等の賦課決定処分の取消しを求めた訴訟において、賦課期日の時点においては園舎の建築工事中であり、非課税とはならないとして、請求が棄却された事例
 南御堂事件・真宗大谷派難波別院事件・大阪地判令和4年11月17日令和3(行ウ)63号(棄却)・大阪高判令和5年6月29日令和4(行コ)164号判タ1515号30頁(原判決変更)(高橋祐介・ジュリスト1592号10頁)……参道空間部分を固定資産税の課税対象とすることはできない(地方税法348条2項)。
 日本バハイ全国精神行政会事件・東京地判令和3年9月21日平成30(行ウ)453号判時2539号19頁(認容)・東京高判令和4年6月29日令和3(行コ)246号(棄却、確定)……宗教法人の管理人室が境内建物に当たり固定資産税非課税(地方税法348条2項3号)。

 参照:藤谷武史「非営利公益団体課税の機能的分析(1-4・完)――政策税制の租税法学的考察――」国家学会雑誌117巻11・12号1021頁、118巻1・2号1頁、3・4号220頁、5・6号487頁(2004-2005);藤谷武史「非営利公益法人の所得課税――機能的分析の試み」ジュリスト1265号123頁(2004);増井良啓「美術館への美術品譲渡と所得税」税務事例研究60巻33頁(2001)

np 別件 天下一家の会(熊本鼠講)事件・福岡高判平成2年7月18日訟月37巻6号1092頁百選5版22概説149
2 本会の社団性について
(一) もっとも、いわゆる一人会社やワンマン会社等において、その社団性が形骸化され、その個人との区別のつかない実体を有する法人も多く実在し、内村も右と同様に実質自分のみの形骸化したいわば一人団体ないしはワンマン団体とすべき意図はあったとしても、社会的には社団として一応認知され得るとの判断のもとに、発起人会、本件総会を開催し、定款の可決をしたのであった。従って、法人格のある社団、財団の形態をとって団体化を企図し、右のとおりに実行したのならば、当然社団性、財団性は肯認されたはずであるし、単に、右鼠講事業の違法性と内村の仮装の意図の故をもって、直ちに本会の社団性自体を対外的にも否定し、内村と本会を同一のものと即断することは相当でない。
 また、控訴人は、この点につき、社団性の存否の判断は課税制度の趣旨、目的等、その特殊性に照らし、その観点から独自に判断されるべき旨の主張もする。
 たしかに、公平課税、実質課税を本旨とする課税制度のもとにおいて、社会的に実在し、活動して事業利益を上げ担税力を有しながら、私人でもなく法人でもないゆえに課税対象から外れ、徴税を免れるとするのは不公平であり、かかる社会的実在の事業主体を課税制度の本旨に則って捕捉するという機能的側面から第三の納税主体概念を定立することも一理がないわけではなく、所得税法四条、法人税法三条、相続税法六六条等は、右の趣旨による規定と解される。
 しかし、右税法にいう「人格なき社団」なる概念は、もともと「権利能力なき社団」として認知された民事実体法上の概念を借用したもので、納税主体をこのような社団概念に準拠してこれを捕捉する以上は、民事実体法上の社団性概念にある程度拘束されるのもやむを得ないことである。他方、ある事業主体の社団性の存否は、優れて実体法上の問題であり、社会的に事業主体、活動主体として実体法上その実在が肯認されることを基礎として、そこに取引主体等が形成され、訴訟当事者としての適格、強制執行の対象となる財産の区別等がされるに至るのである(本件ではまさに破産者が誰であるかにかかわる問題である。)。もっとも、税法上、人格なき社団として課税の客体となり得るか否かも実体法上の問題ではあるが、その社団性が肯認されることが前提であり、その判断においては、法的安定性の点からも社団性の概念は民事実体法と一義的に解釈されるのが相当である。
 そこで、この点の判断につき、権利能力なき社団の実体法的要件について判断をした最一小判昭和三九年一〇月一五日(民集一八巻八号一六七一頁)に示された要件を前提に、本会名をもってされた鼠講事業が社団性区別の基準となる要件を充足させるものであったか否かにつき個々に検討する。 [略]
(七) 社団性の欠如について
 以上を総合して検討するに、本会の創設は、内村において1に既述のとおりの違法性、反社会性の高い鼠講事業を進めるうえで、その本質を糊塗し、多額に及ぶ課税対策を主目的とし、人格なき社団の形態を利用する意図のもとに検討のうえされたのであるから、本会は、一応、定款等団体の基本的組織を定める規約や、財産管理等の規約等を有し、これにより団体意思の決定機関とその機能、業務執行や対外的代表機関等を明確に定めており、その団体意思形成方法をも一応多数決原則によることとするなど、社団としての一応の外形を有し、その着衣をまとっていることは否定し難い。
 しかしながら、個人を離れて社団が実在するものとして法律的、社会的、経済的に認識されるには、個人の意思と離れた別個独立の団体意思の存在が客観的に認識され、その事業活動等に要する団体固有の資産が個人と峻別されて存在することが、最低限不可欠のことであると思われる。
 本件においては、内村は、本来自己の個人事業に対するその反社会性の隠蔽、世論対策、特に課税対策を主目的として本会の設立を意図したものである。従って、定款等によって、社団としての基礎的組織を具備し、団体意思形成の機関、方法を外形的には定めているものの、内村としては、右の意図に従って組織するものであるから、自己の意のままに本会の意思を形成し、組織を動かす腹心算で右定款等の作成、準備にかかったし、前記認定、判断のとおり、現実の運営も、まさにその意のとおりに行ってきたものである。殊に、会員総会での会員意思の決定の方法や運用の杜撰さ、出席会員の選出のいい加減さ、内村の同総会や理事会の軽視、無視の各行動、さらには、会員らの会への積極的参加の意図は本来殆どなく、彼らは、講加入とこれによる経済的利益追及が主目的で、これに付随して会に参加しているに止まるものであり、本会の趣旨、目的に殆ど関心はなく、本会の団体構成員たる認識や会員相互の横の連絡も極めて稀薄であり、団体意思形成やそれへの参加意識も殆どないに等しく、内村を除き、本会の中核的存在となる会員は全く存在しないに等しい実情にあること、従って、社団としての不可欠の要素である対等の複数構成員の実質的存在を発見し難いこと等に照らすとき、そこに内村個人と離れた人の集まりといえる一個独立の社団が形成され、実在したものとは到底解し難く、本会は内村個人の隠蓑、替え玉ないしは別称というべきものと解される。
 仮に、右のことは、単に社団運営の内部的問題とする議論もあろう。しかしながら、本件における事業運営、資産、経理の混同及び非峻別性は、議論を否定するに補って余りあるといいうる。即ち、前認定、判断のとおり、自然発生的なものではない本会の成立(社団の発生)時点において、内村個人の資産と本会のそれとの区別は、一部が本会の基本的財産として繰入れられ、台帳に記載されているものの、総体的に不明確であることは、(六)、(2)に述べたとおりである。しかも、本会発足年度における会計処理上別個独立の社団が成立したのならば、同会発足時点をもって当然本会の同会計年度の始期として、内村個人の会計処理と峻別すべきこと、右時点ではなんらの区別もせず、内村個人の時代から右発足時以降の時点までを一会計年度として処理しているのであり、このことは内村個人の内部的認識に止まらず、控訴人ら部外者においても、本会の実態を十分認識し得た事情である。加えて、本会発足後にも、本会の資産等の管理は内村個人の専権に属し、基本財産や主要資産の得喪についても、形式的には理事会に付議したこともあるが、内村は、意に従わねば、これらの議決を全く無視し、時には付議することもなく、独断的に処理し、また自己の経費と本会のそれとを峻別せず、固有の経費を本会のそれとして処理してきた事例が枚挙にいとまがないことも前述のとおりである。事業運営をみても、本会は公益性を唱え、福祉活動を標榜してはいるものの、その発足前後をとおして、主たる事業が従前同様の仕組みである講と変わりはなく、しかも、内村はわざわざ本会理事会に付議して発足させるものとした新たな講を勝手に大観宮の講として発足させるなど、講事業を個人固有の事業と認識してきたものである。このように、本会の資産等は内村個人のものと全く同視しうるもので、その事業運営、資産や会計処理等において、内村個人と本会との峻別、独立性は殆どなく、本会が社団としての基本的実態を有していたとするのは相当でない。
 ところで、本会が、たとえ課税対策を主目的として創設されたとしても、公益法人や営利法人など実体法上法人格あるものとして公認され、法人格を付与される社団等の形態を選択し、かかる社団として法定の手続を履践し、成立したものであれば、少々その実体が控訴人も言及するような一人団体的なもので、ワンマン経営的組織運営がなされ、代表者に資産の混同があったとしても、その外形を重視して一個の法人としての社団性を肯認することは比較的容易であろう。しかし、内村は、敢えて本会を人格なき社団として成立させることを意図し、検討し、実行してきたものである。従って、本会が人格なき社団としての外形や要件を一応具備していることはある程度否定し難いものの、優れて民事実体法上の人格なき社団該当性が問題とされる事案であるから、本件においては、その実態に立ち入ってその社団性を判断することはやむをえないし、回避し難いことである。従って、控訴人ら主張のようにある程度形骸化した社団は社会一般に多く実在することを根拠として、本件事案にこれを類推すべきことにはならない。
 以上の諸点を総合し、右視点を考慮して検討するとき、本会は、内村において、社会的非難を回避してその事業を将来も維持し、継続し、かつ、自己の課税対策等の意図のもとに、実態は個人事業であるのにこれを仮装し、人格なき社団という形式に名を借りた同体異名のものであると断ずるのが相当である。

nr 東光商事株式会社事件・最大判昭和43年11月13日民集22巻12号2449頁
 原審の引用する第一審判決が当事者間に争いがないとして確定した事実によれば、上告会社の営むいわゆる株主相互金融の方式というのは、これを要約すると、
1 会社が必要に応じて新株を発行し、増資新株は、ひとまず、ある特定人をして一括して引き受けさせ、次いで会社の斡旋によって一般大衆にこれを売り出す。
2 株式の買受希望者には、原則として、会社が買受代金を貸し付け、日掛または月掛による弁済を認める。
3 株式を買い受けて株主となった者は、その代金を完済したときに、会社からその持株の額面金額の三倍までの金額の融資を受けることができる。
4 株主となった者で右の融資を希望しないものに対しては、その者の選択に従い、
(イ) 会社が持株の譲渡を斡旋し、譲受人が決まるまで、会社においてその譲渡代金を立て替えて支払い、株式を回収する。この場合、立替金として支払われる金額は、その株主がさきに支払った株式買入代金に、予め約定された一定の利率によって算出した金額を加算したものとする。
(ロ) 株式を譲渡しない株主に対しては、会社は、引き続き六カ月間株主たることを持続するごとに、予め約定された一定の利率によって算出した金額を支払う。  右の(イ)および(ロ)の各約定金員のことを株主優待金(奨励金または謝礼金)と称する。
 以上のような仕組になっているというのである。
 右の株主相互金融方式は、終戦後、庶民の金融・利殖の手段として一時全国に流行した、いわゆる殖産無尽が「貸金業等の取締に関する法律」(昭和二四年法律第一七〇号)等によって取締りを受けることになったところから、これを回避するため、これに代わるものとして考案された金融方式であること、当裁判所に顕著な事実である。また、上告会社による新株の発行は、株式引受名義人に引き受けさせた株式を他に売却することによって資金を調達することを目的として計画的に行なわれるものであって、新株に対する実際上の払込みは、株式引受名義人によってではなく、株式買受人により、原則として、上告会社からの借入金の返済という形式で行なわれ、上告会社としては、右金員の返済(新株式に対する払込み)により、はじめて資金調達の目的を達していること、記録上明らかである。
 本件における問題の中心は、右に説示した株主優待金が上告会社の所得計算上損金として取り扱われるべきものであるかどうかにある。
 この点について、まず、法人税法(昭和二二年法律第二八号)の定めるところをみると、法人税の課税標準たる「法人の各事業年度の所得は、各事業年度の総益金から総損金を控除した金額による」ことになっている(九条一項)が、同法は、右の益金および損金の意義について、何ら定義的規定または一般的規定を設けることなく、ただ、個々の事項について、それを益金または損金に算入しまたは算入しない旨を規定するにとどまっている。従って、具体的にいかなるものを益金と認め、いかなるものを損金とするかは、単に益金または損金の性質を理論的に解明するだけでなく、さらに、租税法の解釈上の諸原則や前記各個別的規定に現われた法の政策的技術的、配慮をもあわせ参酌するのでなければ決定できないもの、といわなければならない。
 ところで、ここにいう損金とは、一般的には、法人の純資産の減少をきたすべき損失を指すもので、例えば、1当該事業年度の収益に対応する売上原価、完成工事原価その他これらに準ずる原価、2直接には収益に対応しないその事業年度中の販売費、一般管理費(償却費以外の費用で当該事業年度終了の日までに債務の確定しないものを除く。)3当該事業年度の損失の額で資本等取引以外の取引に係るもの等は、いずれも当該事業年度の損金の額に算入されるべきものであろう(現行法人税法二二条三項参照)。しかし、だからといって、法人の純資産減少の原因となる事実のすべてが、当然に、法人所得金額の計算上、損金に算入されるべきものとはいえないのであって、例えば、資本取引と呼ばれる「資本の払戻し」のごときは、純資産減少の原因となる事実であっても、法人所得金額の計算上は損金には含まれないというべきであり、また、いわゆる「利益の処分」のごときも、年度ごとの所得額が算定され、課税された後にはじめて可能となるものであるから、所得額算定の要素としての損金に含まれないことはいうまでもない。
 右に説示したように、「資本の払戻し」や「利益の処分」以外において純資産減少の原因となる「事業経費」は、原則として、損金となるものというべきであるが、仮りに、経済的、実質的には事業経費であるとしても、それを法人税法上損金に算入することが許されるかどうかは、別個の問題であり、そのような事業経費の支出自体が法律上禁止されているような場合には、少なくとも法人税法上の取扱いのうえでは、損金に算入することは許されないものといわなければならない。
 ところで、株主の募集に際し、株式会社が、株式引受人または株式買受人に対し、会社の決算期における利益の有無に関係なく、これらの者が支払った払込金または代金に対し、予め定められた利率により算出した金員を定期に支払うべきことを約するような資金調達の方法は、商法が堅持する資本維持の原則に照らして許されないと解すべきであり、従って、会社が株主に対し前示約定に基づく金員を支払っても、その支出は、法人税法上は少なくとも、資本調達のための必要経費として会社の損金に算入することは許されないところといわなければならない。もっとも、商法は、株式会社の資金調達を容易にするため、いわゆる建設利息の配当を認め、法人税法上も、その配当金を会社の損金とすることを許しているが、これは、法律が厳格な制約(商法二九一条参照)のもとに特に許容した特例にすぎない。建設利息について、このような厳格な制約が存することと対比してみても、資金調達のための必要経費だからといって、無条件に損金に算入することが許されないことは当然というべきである。
 また、これを別の見地からみると、上告会社の新株を買受けて株主となった者は、上告会社に対し借入金の返済として支払われる金員以外には、何らの資金を支出しているわけではなく、しかも、上告会社は、右金員の支払を受けてはじめて新株発行による資金調達の目的を達しているのであるから、株式買受人による右金員の支払は、その実質において株金の払込みと何らその性質を異にするものではない。従って、上告会社が株式買受人に対して支払う本件株主優待金は、実質的には、株主が払い込んだ株金に対して支払われるものにほかならないということができる。そして、会社から株主たる地位にある者に対し株主たる地位に基づいてなされる金銭的給付は、たとえ、上告会社に利益がなく、かつ、株主総会の決議を経ていない違法があるとしても、法人税法上、その性質は配当以外のものではあり得ず、これを上告会社の損金に算入することは許されない。また、本件株主優待金は、会社が前示約定に基づき会社の決算期における利益の有無に関係なく、約定の利率により算出した金員を定期に支払うものであって、配当とはその性質を異にすること上告会社の主張のとおりとしても、このような金員の支払は、前示のとおり、法律上許されないのであるから、少なくともその支出額を必要経費として法人税法上会社の損金に算入することは許されないといわなければならない。
 以上、いずれの見地からいっても、本件株主優待金を上告会社の損金とは認めがたいとした第一審判決およびこれを維持している原審判決は、その結論において正当であり、論旨は、結局、その前提を欠くに帰し、排斥を免れない。 よって、本件上告を棄却すべきものとし、民訴法四〇一条、三九六条、三八四条、八九条、九五条に従い、裁判官松田二郎の意見および裁判官奥野健一の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見により主文のとおり判決する。
 裁判官松田二郎の意見は、次のとおりである。
 およそ本件の株主優待金の問題を判断するに当っては、株式会社という法的形態を重視すべきか、あるいはその背後に存する経済的関係を法律解釈上に反映せしむべきかという難問に直面せざるを得ないのであるが、経済的考察の必要を忘るべきではないと考える。現に、法的形態を越えて実体に迫り得ることは、税法上におけるいわゆる「実質課税の原則」や、主として商法上論ぜられるいわゆる「法人格否認の法理」にあらわれているからである。
 しかし、そのことは法的形態を軽視し去ることを意味するのではない。法的形態を越えてその実体に迫り得るとされるのは、或る目的のため或る面においてのみ、その法的形態の背後に存するものを把握するために必要な場合に限られるのである。しかも、これらの原則や法理は、いずれも相手側の利益保護のために認められたものであって、この法的形態を利用した者が、相手側の損失においてこれを自己の利益に援用することは許されないものというべきである。これは、これらの原則や法理の本質に基づく当然の要請といえよう。従って、会社という法的形態を利用した者は、たとえ、この形態を或る経済的目的達成の便宜のための手段としたに過ぎないとしても、この形態の背後に存する経済的実体を強調して、会社という法的形態に基づいて生ずる法律上の責任を免れることは許されないのである。
 今、叙上の見地に立って本件を見るのに、上告会社が株式会社であり、株主相互金融方式の加入者をもってその株主としている以上、上告会社と加入者とは、会社対株主としての法律関係に立つものと解さざるを得ないのであって、たとえ両者の間に反対意見のいうがごとき経済的関係があるにしても、加入者に対する本件株主優待金の支払は、すなわち、株主たる地位にある者に対してなされるものといわざるを得ない。法律的観点よりするとき、加入者は決して株主たる地位とは別に、会社に対して預金の利息類似の支払を請求し得る権利を有するものといい得ないのである。そして、株式会社の株主に対する利益配当の概念の内容には、必ずしも明白でないところがあるにしても、資本減少・合併または解散のような場合でない限り、会社から株主に対しその株主たる地位に対して行なう金銭的給付は、いわゆる建設利息ーこれは税法上特に損金と認められるーを除き、すべて利益配当と解すべきものであって、しかも、ここに配当と認められるものは、必ずしも適法なものばかりではないのである。違法の配当も、また配当のうちに含まれる。いわゆる蛸配当や株主平等の原則に反する配当のごときは、これに属するのである。このように考えてくるとき、本件株主優待金がーそれは資本減少・合併または解散の場合に支払われるものではないー株主に対し株主たる地位に対して支払われるものであると認められるからには、上告会社に利益がなく、かつ、株主総会の決議を経ていない違法があるにしても、法律的観点よりするとき、本件優待金の支払は利益の配当と解さざるを得ない。要するに、本件株主優待金が右のような性質を有するからには、法人税法上、その支払は損金でないというべきである。
 このような見地に立つとき、奥野裁判官の反対意見、すなわち経済的観点より本件優待金を把握し、これを以て損金と認める見解に対しては、賛成し得ない。しかし、又、多数意見が「事業経費の支出自体が法律上禁止されているような場合には、少なくとも法人税法上の取扱いのうえでは、損金に算入することは許されない」ということを主たる根拠として、本件優待金が損金でないとすることにも、疑問を懐く。けだし、事業経費の支出自体が法律上禁止されている場合でも、税法上これを損金と認め得る場合があり得ると思うからである。
 叙上の見地に立って、私は原審の採る結論は結局正当に帰するものと認め、本件上告論旨はいずれも採用に値しないと考える。
 裁判官奥野健一の反対意見は、次のとおりである。
 わたくしは、多数意見と異なり、本件株主優待金は法人所得の計算上損金に算入すべきもの、と考える。
 おもうに、法人税法は、法人の事業経営によって実現された経済的利益を所得と観念し、当該所得の帰属する者に対して、その資力に応じた租税を公平に負担させることを建前としているのであるから、所得額算定の要素たる損金は、経済社会において一般に通常且つ必要な事業経費として取り扱われている損失を指称するもの、というべきである。従って、
それは、当該法人の行なう行為、計算の如何によって左右されるものではない。そして、租税回避行為のごときは、直接回避、潜脱を目的としてなされたかどうかを問わず、法の厳に禁止するところである。しかし、他面、法人が経済人として、取引や投資をしたり、企業形態を定めるに際し、なるべく租税負担の軽い方法を選択することは、別段とがむべき筋合いのものではなく、また現に、憲法は、租税法律主義ないし不承諾課税禁止の原則を宣言し、「あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。」(八四条)と規定している。そこで、法人所得の算定にあたり、或る支出を通常且つ必要な事業経費として損金に算入すべきか、それとも、租税回避行為として当該行為、計算を否認すべきかは、その法的形式や効力によって決定すべきでないのはもとより、これが単に結果において法人税負担の軽減をきたすという一事によって決定することも許されず、専ら、その経済的意義、効果に着目し、実質上合理的な事業経費と認められるかどうかによってこれを決定すべきである。そしてまた、かかる見地から合理的な事業経費と認められる限り、法人税法九条一項の規定に基づき、それが損金に算入されるべきことを承認しなければならない、と解するのが相当である。もっとも、租税法律主義といえども、課税技術や徴税政策上の必要から、性質上は合理的な事業経費と目すべきものであってもそれを損金に算入しないことにしたり、性質上は益金の処分に属すべきものであってもそれを損金に算入したりすることを全然否定するわけではない。しかし、それは、法の明文により、しかも、かかる措置が窮極的には租税公平負担の原則に副うことになるという限度においてのみ認められるに過ぎないものであって、もとより、一片の行政通達や解釈によって法の不備、欠缺を補うがごときことは、許されないといわなければならない。
 ところで、原判決の確定した事実によれば、本件株主優待金は、融資を希望しない株主相互金融方式の加入者から資金を調達するために必要な経費であって、恰も、銀行等の金融機関が預金者に対して支払う利息と同様の性質を有するものであり、従って、いわゆる「隠れたる利益処分」に該当しないことも明らかである。そして、現行法上、かかる経費をもって損金に算入しない旨の特別規定はないのであるから、本件株主優待金は、法人所得の計算上これを損金と認めるよりほかはないのである。
 多数意見は、本件株主優待金が、仮りに経済的、実質的には、上告会社の事業遂行上必要な経費であるとしても、そのような事業経費の支出自体が法律上禁止されているような場合には、少なくとも法人税法上の取扱いのうえでは損金に算入することは許されない、という。しかしながら、本来、或る支出が資本充実、維持の原則に違反して法律上無効であるかどうかということと、無効な行為によるとはいえ、現実に支出された経費が法人所得の計算上損金に該当するかどうかということとは、次元を異にする別個の問題であるから、かようなことは、本件株主優待金の損金性を否定する理由とはなり得ない、というべきである。また、いわゆる株主相互金融なるものは貸金業法等による取締を免れるために案出された方式であるから、かかる方式による金融業を営む上告会社の法人税の負担が軽減される結果となるのを見逃すことは正義に反するというようなことから、解釈により、多数意見のごとき結論を導き出すことも許されないと、いわなければならない。
 それ故、わたくしは、多数意見には同調することができず、論旨は理由あるに帰し、原判決およびこれと同趣旨に出た第一審判決は、破棄または取消を免れず、上告人の本訴請求を認容すべきである、と思料する。

ns ホステス報酬計算期間事件・最判平成22年3月22日民集64巻2号420頁
4 原審は,上記事実関係の下において,各ホステスの報酬に係る源泉所得税額を計算するに当たりペナルティの額を各ホステスの報酬の額から控除することはできないとした上で,次のとおり判断して,上告人らの請求をいずれも棄却すべきものとした。
 ホステス等の個人事業者の場合,その所得の金額は,その年中の事業所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額(法27条2項)であるから,源泉徴収においても,「同一人に対し1回に支払われる金額」から可能な限り実際の必要経費に近似する額を控除することが,ホステス報酬に係る源泉徴収制度における基礎控除方式の趣旨に合致する。本件のように,報酬の算定要素となるのが実際の出勤日における勤務時間である場合には,当該出勤日についてのみ稼働に伴う必要経費が発生するととらえることが自然であって,これによるのが,非出勤日をも含めた本件各集計期間の全日について必要経費が発生すると仮定した場合よりも,実際の必要経費の額に近似することになる。
 施行令322条の「当該支払金額の計算期間の日数」とは,「同一人に対し1回に支払われる金額」の計算要素となった期間の日数を指すものというべきである。そして,本件における契約関係を前提とした場合,各ホステスに係る施行令322条の「当該支払金額の計算期間の日数」とは,本件各集計期間の日数ではなく,実際の出勤日数であるということができる。
5 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)一般に,「期間」とは,ある時点から他の時点までの時間的隔たりといった,時的連続性を持った概念であると解されているから,施行令322条にいう「当該支払金額の計算期間」も,当該支払金額の計算の基礎となった期間の初日から末日までという時的連続性を持った概念であると解するのが自然であり,これと異なる解釈を採るべき根拠となる規定は見当たらない。
 原審は,上記4のとおり判示するが,租税法規はみだりに規定の文言を離れて解釈すべきものではなく,原審のような解釈を採ることは,上記のとおり,文言上困難であるのみならず,ホステス報酬に係る源泉徴収制度において基礎控除方式が採られた趣旨は,できる限り源泉所得税額に係る還付の手数を省くことにあったことが、立法担当者の説明等からうかがわれるところであり,この点からみても,原審のような解釈は採用し難い。
 そうすると,ホステス報酬の額が一定の期間ごとに計算されて支払われている場合においては,施行令322条にいう「当該支払金額の計算期間の日数」は,ホステスの実際の稼働日数ではなく,当該期間に含まれるすべての日数を指すものと解するのが相当である。
(2)前記事実関係によれば,上告人らは,本件各集計期間ごとに,各ホステスに対して1回に支払う報酬の額を計算してこれを支払っているというのであるから,本件においては,上記の「当該支払金額の計算期間の日数」は,本件各集計期間の全日数となるものというべきである。

nt 欠番

nu 最高裁判所昭和三八年(オ)第四九九号所得税賦課決定取消等請求事件 判決 (昭和三九年一〇月二二日言渡)
 右当事者間の所得税賦課決定取消等請求事件について、大阪高等裁判所が昭和三八年一月二二日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があった。よって、当裁判所は、次のとおり判決する。
       主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人井上豊太郎の上告理由について。
 論旨は、要するに、原判決が本件所得税確定申告は要素の錯誤により無効である旨の上告人の主張は主張自体失当であるとしてこれを排斥したことが所得税法(昭和三二年法律第二七号による改正前のもの。以下同じ。)の解釈を誤り、憲法三〇条に違反する、という。
 しかし、所得税法は、いわゆる申告納税制度を採用し(二三条、二六条参照)、且つ、納税義務者が確定申告書を提出した後において、申告書に記載した所得税額が適正に計算したときの所得税額に比し過少であることを知った場合には、更正の通知があるまで、当初の申告書に記載した内容を修正する旨の申告書を提出することができ(二七条一項参照)、また確定申告書に記載した所得税額が適正に計算したときの所得税額に比し過大であることを知った場合には、確定申告書の提出期限後一ヶ月間を限り、当初の申告書に記載した内容の更正の請求をすることができる(同条六項参照)、と規定している。ところで、そもそも所得税法が右のごとく、申告納税制度を採用し、確定申告書記載事項の過誤の是正につき特別の規定を設けた所以は、所得税の課税標準等の決定については最もその間の事情に通じている納税義務者自身の申告に基づくものとし、その過誤の是正は法律が特に認めた場合に限る建前とすることが、租税債務を可及的速かに確定せしむべき国家財政上の要請に応ずるものであり、納税義務者に対しても過当な不利益を強いる虞れがないと認めたからにほかならない。従って、確定申告書の記載内容の過誤の是正については、その錯誤が客観的に明白且つ重大であって、前記所得税法の定めた方法以外にその是正を許さないならば、納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合でなければ、所論のように法定の方法によらないで記載内容の錯誤を主張することは、許されないものといわなければならない。
 いま本件についてこれをみるのに、上告人は、昭和三一年七月一七日亡父信之丈の所有であった山林の立木を他に代金五、三〇〇、〇〇〇円で売却し、昭和三二年三月一二日被上告人税務署長に対し課税所得金額三、〇二一、二〇〇円、算出税額九四三、四八〇円とする昭和三一年度所得税確定申告書を提出したが、これより先昭和二七年四月四日信之丈の死亡により、右立木は、その他の財産とともに、上告人ほか二名の相続人によって共同相続され、上告人の相続分は僅かにその六分の一に過ぎなかったにもかかわらず、上告人は信之丈の長男であるところから家督相続によって同人の全財産を相続したものと誤信し,前記確定申告に及んだものであると主張するのである。しかし、本件確定申告書自体に誤記、誤算等の誤謬の存することは、上告人の主張しないところであり、また、記録によれば、右立木の売買は上告人のみが売主となって行なったものであり、その代金も上告人が全部これを受領していることは、当事者間に争いのないところである。しからば、右のごとき事実関係の下においては、仮りに本件確定申告書の記載内容に上告人主張のごとき過誤があったとしても、未だこれをもって前叙のごとき決定の是正方法によらないでその無効を主張し得べき特段の事情のある場合に該当するものということはできない。
 されば、叙上と同趣旨に出た原審の判断は、正当であって所論の法令違反はない。所論中違憲をいう点は、所得税法上の違反を前提とするものであるが、原判決が所得税法に違反するものでないことは右に述べたとおりであって、違憲の主張は、前提を欠くものといわなければならない。それ故論旨は、すべて採るを得ない。
   よって、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

nv 最高裁判所昭和二九年(オ)第二三六号法人税額更正決定取消等請求上告事件 判決 (昭和三三年四月三〇日言渡)
 右当事者間の法人税額更正決定取消等請求事件について、大阪高等裁判所が昭和二八年一二月二一日言渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨上告の申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。
       主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人青木一男、池田義秋の上告理由
第一点について。
 法人税法(昭和二二年法律二八号・昭和二五年三月三一日法律七二号による改正前のもの。以下単に法という)四三条の追徴税は、申告納税の実を挙げるために、本来の租税に附加して租税の形式により賦課せられるものであつて、これを課することが申告納税を怠つたものに対し制裁的意義を有することは否定し得ないところであるが、詐欺その他不正の行為により法人税を免れた場合に、その違反行為者および法人に科せられる同法四八条一項および五一条の罰金とは、その性質を異にするものと解すべきである。すなわち、法四八条一項の逋脱犯に対する刑罰が「詐欺その他不正の行為により云々」の文字からも窺われるように、脱税者の不正行為の反社会性ないし反道徳性に着目し、これに対する制裁として科せられるものであるに反し、法四三条の追徴税は、単に過少申告・不申告による納税義務違反の事実があれば、同条所定の己むを得ない事由のない限り、その違反の法人に対し課せられるものであり、これによつて、過少申告・不申告による納税義務違反の発生を防止し、以つて納税の実を挙げんとする趣旨に出でた行政上の措置であると解すべきである。法が追徴税を行政機関の行政手続により租税の形式により課すべきものとしたことは追徴税を課せらるべき納税義務違反者の行為を犯罪とし、これに対する刑罰として、これを課する趣旨でないこと明らかである。追徴税のかような性質にかんがみれば、憲法三九条の規定は、刑罰たる罰金と追徴税とを併科することを禁止する趣旨を含むものでないと解するのが相当であるから所論違憲の主張は採用し得ない。
第二点ないし第一二点について。
 法人税の未納が逋脱犯を構成する場合においても、逋脱犯が成立すること自体が課税の原因となるわけではなく、逋脱犯が成立する場合には、同時に課税の原因となるべき事実が存在し、そのことが一般の規定による課税権発動の原因となるに過ぎないのであるから、法四八条所定の詐欺その他不正の行為により法人税を逋脱した場合は、その基本の性格において、法二九条以下の過少申告・不申告の一の場合にほかならないものと解すべきであり、従つて法四八条三項の規定によつてなされる課税標準の更正又は決定も当然法二九条以下の課税標準の更正又は決定の手続によつてなさるべきものであり、この場合に法四三条の追徴税の徴収を排除すべき理由はない。しかも法が申告納税の実を挙げるため法四八条の刑罰を以つて臨むだけでは十分でないとして、別に追徴税の制度を設けた趣旨にかんがみれば、法人税の未納が逋脱犯を構成するかどうかにかかわらず、徴税庁は、その独自の認定により未納税額を認定し、これを基礎として追徴税を課し得るものとする趣旨であることは明らかであつて、逋脱犯として処罰されたからといつて、追徴税を免れしめる理由はない。そして、この場合の更正又は決定が、一般の過少申告・不申告の一の場合である以上、徴税庁が課税標準を更正又は決定するについては、必ずしも刑事裁判の確定した逋脱税額に拘束せられるものでなく、また、徴税庁のした更正又は決定の処分に対しては、法三六条以下の規定により審査、訴願および訴訟をなすことができ、その結果民事裁判と刑事裁判が課税標準額について一致しない場合を生ずることがあつても、両者はその目的と手続を異にする以上、また己むを得ないものといわねばならぬ。
 すなわち、法四八条三項の法意は、同条一項の逋脱犯があつた場合において、その逋脱税額が未徴収であるときは徴税庁は直ちに、その課税標準を更正又は決定して、その税金を徴収すべきことを規定したに止り、この場合徴税庁は刑事裁判の確定した逋脱税額に拘束され、その額のみを徴収すべく、法四三条の追徴税の徴収を許さない趣旨と解すべきものではない。所論は右判示と異り、法四八条三項に定める課税標準の更正又は決定は、法二九条以下の更正又は決定の手続とは別個な特殊な徴税手続であつて、刑事裁判によつて確定された逋脱税額に拘束され、その税額のみを直ちに徴収すべきものであり、その場合法四三条の追徴税の徴収は許されないものであるとの見解に立脚して、原判決の示した法律判断を縷々論難するに帰し、採用することを得ない。
 よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官下飯坂潤夫の補足意見があるほか裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
 裁判官下飯坂潤夫の補足意見は次のとおりである。
 論旨第一点に関する判決理由を補足する意味合において卑見を左に開陳する。
 わが国における納税制度は直接税に関する限り昭和二二年を境として一変した。すなわち従来の賦課制度から申告納税制度に改められたのである。申告納税制度とは一口に言えば納税義務者が自己の課税標準と税額を自主的に計算しこれを税務署に申告するとともに、その税額を自発的に納入する制度である。しかし、多数の納税義務者の中には利己的な立場から、これに協力しない者がないわけではなく、これを法人税について言えば、(イ)所定の期限内に申告書を提出しなかつたり、(ロ)期限内に申告書を提出しても税額が過少であつたり、(ハ)課税標準や欠損金額の計算の基礎となる事実を隠ぺい又は仮装して申告したりする者があるのである。そこで法律はかかる利己的納税義務者に対処して申告納税制度を確保すべく、それらの納税義務者に対しては更に重率の税金を課することとし、右(イ)の者からは無申告加算税、(ロ)の者からは過少申告加算税、(ハ)の者からは重加算税をそれぞれ徴収すべきものと定めているのである。そしてこの最後の(ハ)に属するものが現行法人税法の重加算税に該当するものであり、本件における問題の追徴税なのである。従つて追徴税と言つても、また重加算税と言つても、ひとしく法人税そのものであり、しかも独立科目の税種ではないのである。このことは旧法人税法四三条が明規している「前略……割合を乗じて算出した金額に相当する税額の法人税を追徴する」との文言によつても明らかであろう。因に、改正前の所得税法にいわゆる追徴税も、また現行所得税法にいう重加算税も、法人税に於けると同じように所得税そのものであつて、それ以外の何ものでもないのである。(これら税金の徴収は国税徴収法所定の手続によるべきであるに反し罰金、科料は刑事訴訟法により裁判の執行として納付されるものであることを記憶する必要がある。)
 上叙のとおりであるからわが法律体系の下において所論追徴税は税金そのものであり、憲法三九条後段にいう刑事上の責任を、刑罰そのものと解しても、また学者のいわゆる二重の危険と解しても、そのいずれの範ちゆうにも属しないものなのである。もし所論追徴税を強いて憲法上の論議の対象とするならば、国民の納税義務に関する憲法三〇条ないしは正当手続の保障に関する憲法三一条が取上げらるべきであろう。これを要するに私は所論が憲法三九条後段を論拠とする限り到底首肯し難いものとするのである。

nw 東京地判平成27年5月21日税資265号順号12666平成24(行ウ)459〜468認容…民法上の組合を結成して航空機を購入し、これを航空会社に賃貸する事業を営んでいた原告らが、航空機を売却して事業を終了する際、(1)航空機の購入原資の一部となった借入金の一部に係る債務の免除を受けたことによる利益、及び(2)当該組合の業務執行者に対して支払うべき手数料に係る債務の免除を受けたことによる利益が発生したことについて、各免除益が不動産所得や雑所得にあたるとして、各処分行政庁から更正をすべき理由のない旨の通知又は更正及び過少申告加算税賦課決定を受けたことについて、被告である国に対して、処分の取消しを請求した事案において、原告らの請求を認容した事例。(東京高判平成28年2月17日税資266号順号12800平成27(行コ)215号控訴棄却)(国税不服審判所平成24年3月21日裁決事例集86集163頁…航空機リースの組合員がノンリコースローンを融資銀行から受けていて返済責任が消滅した場合の債務消滅益は不動産所得非該当、雑所得該当。)
 福岡高判平成30年11月27日LEX/DB 25564407…債務免除益が不動産所得に該当せず一時所得に該当するとした事例。

nx 欠番

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nz 欠番

oa 欠番

ob 近年だったらFTT financial transactions taxも面白いかもね。Daniel N. Shaviro, The Financial Transactions Tax vs. The Financial Activities Tax, 135 Tax Notes 453 (April 23, 2012)はFTTはその政策目的に照らして愚策であり、まだFAT (financial activities tax)の方がマシであるとする。なおFATについてIMFは3種類提示している。

oc 最判平成17年2月1日民集59巻2号245頁
1 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1)上告人は,消費税法(平成6年法律第109号による改正前のもの。以下「法」という。)により消費税を納める義務があるとされる法2条1項4号に規定する事業者である。
(2)上告人は,平成5年10月1日から同6年9月30日までの課税期間(以下「本件課税期間」という。)の消費税について,本件課税期間に係る基準期間(同3年10月1日から同4年9月30日までの課税期間。以下「本件基準期間」という。)における課税売上高が3000万円以下であるとし,本件課税期間において法9条1項の規定により消費税を納める義務を免除される事業者(以下「免税事業者」という。)に該当するとして,申告をしなかった。
(3)本件基準期間における上告人の売上総額は実際には3052万9410円であったが,上告人は,本件基準期間において免税事業者に該当しており,課税売上高の算定上,納税義務を免除される消費税に相当する額が上記売上総額から控除されるべきであるとの見解を採っていた。この見解によれば,本件基準期間における上告人の課税売上高は計算上3000万円以下となるため,上告人は,本件課税期間においても免税事業者に該当すると判断し,本件課税期間の消費税について申告をしなかったものである。
(4)被上告人は,平成7年11月28日付けで,上告人が本件課税期間において免税事業者に該当しないとして,本件課税期間の上告人の消費税について納付すべき税額を41万円とする決定及び税額を6万1500円とする無申告加算税の賦課決定をした。その後,被上告人は,同8年3月29日付けで,納付すべき消費税額を39万9400円とする更正及び無申告加算税額を5万8500円とする変更決定をした(以下,上記のとおり一部取り消された後の本件課税期間の消費税の決定及び無申告加算税の賦課決定を「本件各決定」という。)。
2 本件は,上告人が,被上告人に対し,本件各決定が違法であるとして,その取消しを求めた事案である。
3(1)法9条1項は,課税期間に係る基準期間(事業者が法人の場合は,法2条1項14号により,その事業年度の前々事業年度をいう。)における課税売上高が3000万円以下である事業者について,その課税期間中の課税資産の譲渡等につき消費税を納める義務を免除するものと規定する。
 法9条1項に規定する「基準期間における課税売上高」とは,事業者が小規模事業者として消費税の納税義務を免除されるべきものに当たるかどうかを決定する基準であり,事業者の取引の規模を測定し,把握するためのものにほかならない。ところで,資産の譲渡等を課税の対象とする消費税の課税標準は,事業者が行う課税資産の譲渡等の対価の額であり(法28条1項),売上高と同様の概念であって,事業者が行う取引の規模を直接示すものである。そこで,法9条2項1号は,上記の課税売上高の意義について,消費税の課税標準を定める法28条1項の規定するところに基づいてこれを定義している。
 すなわち,法9条2項1号は,上記の課税売上高とは,基準期間が1年である法人の場合,基準期間中に国内において行った課税資産の譲渡等の対価の額(法28条1項に規定する対価の額をいう。)の合計額から所定の金額を控除した残額をいうものと規定する。そして,同項は,「課税資産の譲渡等に係る消費税の課税標準は,課税資産の譲渡等の対価の額(対価として収受し,又は収受すべき一切の金銭又は金銭以外の物若しくは権利その他経済的な利益の額とし,課税資産の譲渡等につき課されるべき消費税に相当する額を含まないものとする。)とする。」と規定する。
 法28条1項の趣旨は,課税資産の譲渡等の対価として収受された金銭等の額の中には,当該資産の譲渡等の相手方に転嫁された消費税に相当するものが含まれることから,課税標準を定めるに当たって上記のとおりこれを控除することが相当であるというものである。したがって,消費税の納税義務を負わず,課税資産の譲渡等の相手方に対して自らに課される消費税に相当する額を転嫁すべき立場にない免税事業者については,消費税相当額を上記のとおり控除することは,法の予定しないところというべきである。
 以上の法9条及び28条の趣旨,目的に照らせば、法9条2項に規定する「基準期間における課税売上高」を算定するに当たり,課税資産の譲渡等の対価の額に含まないものとされる「課されるべき消費税に相当する額」とは,基準期間に当たる課税期間について事業者に現実に課されることとなる消費税の額をいい,事業者が同条1項に該当するとして納税義務を免除される消費税の額を含まないと解するのが相当である。
(2)前記事実関係によれば,上告人は,本件基準期間において,売上総額が3000万円を超えており,かつ,免税事業者に該当していたというのである。そうすると,上告人は,本件課税期間において,免税事業者に該当しないこととなるから,本件各決定が違法であるとはいえない。

od §452.02土地物納事件・東京地判平成13年9月27日訟月48巻7号1842頁

oe §452.01共同相続人連帯納付義務事件・最判昭和55年7月1日民集34巻4号535頁百選74

of 欠番

og  独立当事者間で二当事者が同じ税率に服している場合に、価格操作による利益移転(要するに移転価格)の誘因が働かないことは、既に証明されています(増井良啓『結合企業課税の理論』299-302頁、東京大学出版会、2002年)。それの応用で、日本法人が外国法人の50%を保有している場合に、価格操作をする誘因があるのか、ふと気になりました。
 A国のX社がB国のY社の50%を保有しているとします。X社と独立当事者の関係にあるB国法人Z社がY社の残りの半分を保有しているとします。A国の税率をt(0<t<1)とし、B国の課税はないとします。価格操作をしなかった場合のX社の税引前所得をaとし、Y社の税引前所得(=税引後所得)をbとします。aもbも充分に大きな正の値であるとします。
 価格操作をしない場合、
X社の税引後所得:(1−t)a
Y社の税引後所得:b

 X社・Z社がY社を通じて間接的に得ているリターンを含めて「儲け」と呼ぶこととすると、
価格操作なし・X社の税引後儲け:(1−t)a+0.5b [1]
価格操作なし・Z社の税引後儲け:0.5b       [2]

 X・Y社間の取引価格をpだけ操作して、X社の所得を減らします。
価格操作あり・X社の税引後所得:(1−t)(a−p)
価格操作あり・Y社の税引後所得:b+p

価格操作あり・X社の税引後儲け:(1−t)(a−p)+0.5b+0.5p [3]
価格操作あり・Z社の税引後儲け:0.5b+0.5p           [4]

 [3]を変形
価格操作あり・X社の税引後儲け:(1−t)a+0.5b+(t−0.5)p [3']

 [2]と[4]を比較すると、Z社の儲けは0.5pだけ増えますから、Z社には価格操作に賛成する誘因が働きます。
 [1]と[3']を比較すると、(t−0.5)pだけ変化しています。tが50%より大きい場合はX社が価格操作をする誘因を持ちます。しかしA国が日本の場合、tは約40%ですので、(0.4−0.5)pとなってしまうのではX社が価格操作をする誘因はないことになります。
 なお、X社がY社の70%を保有している場合、[3']の式は(1−t)a+0.7b+(t−0.3)pとなり、価格操作しない場合との変化分は(t−0.3)pですから、t=40%だとすると、X社にとっても価格操作をする誘因はあることになります。

 t=40%、Y社をX社・Z社が半分ずつ保有している場合に、通常であればX社が価格操作をしようとしないであろうと述べましたが、本当でしょうか。価格操作によりZ社は0.5pだけ儲けが増えますが、この一部をX社に渡すとしても、例えば0.5pのうち0.4pをZ社からX社に渡すとしても、Z社としては価格操作がない場合と比べて0.1pだけ儲けが増えるので、お得です。
 他方、X社にとって[1]と[3']との差額が(t−0.5)pではなく(t−0.5)p+0.4p=(t−0.1)pとなれば、X社としても価格操作をする誘因が発生しそうです。
 しかし、単純に(t−0.1)pにしようとすれば、所得隠しを伴うので違法です。X社が増えた0.4pも課税所得に含めなければ、脱税です。
 X→Yのpの(税引前)利益移転と同時に、Z→Xの0.4pの(税引前)利益移転を仕組んだら、どうなるでしょうか。

二回価格操作あり・X社の税引後儲け:
(1−t)a+0.5b+(t−0.5)p+(1−t)0.4p=(1−t)a+0.5b+(0.6t−0.1)p [5]

 [1]と[5]との差額は(0.6t−0.1)pですので、t=40%ならば、X社としては(一回の価格操作に応じる誘因はなくとも)二回同時の価格操作に応じる誘因はあるということになりそうです。

cf.木村俊哉「武田薬品工業の移転価格課税に対する異議決定の記事を読む 50%出資の子会社に対して支配は及んでいるのか」国際税務32巻9号62-65頁

oh  ヤフー事件・最一小判平成28年2月29日民集70巻2号242頁の調査官解説・徳地淳=林史高・法曹時報69巻5号1504-1551頁は「経済合理性基準」の典型例として札幌高判昭和51年1月13日訟月22巻3号756頁(法人が不動産を売却したという取引について法人から個人への同額の貸付であると税務署長は行為を返還した)の「もっぱら経済的、実質的見地において当該行為計算が純粋経済人の行為として不合理、不自然なものと認められるか否かを基準として判定すべき」という判示を引用している。
 なお、「非同族会社には通常なし得ないような行為計算」と「経済合理性基準」(「純経済人の選ぶ行為形態として不合理」か否かという基準)とで差が出ることは滅多にないと思われるところ、ユニバーサルミュージック事件・東京地判令和元年6月27日平成27(行ウ)468号では大胆にも「同族会社にあっては,自らが同族会社であることの特性を活かして経済活動を行うことは,ごく自然な事柄であって,それ自体が不合理であるとはいえないから,同族会社が,自らが同族会社でなければなし得ないような行為や計算を行ったとしても,そのことをもって直ちに,同族会社と非同族会社との間の税負担の公平が害されることとはならない。」と述べた上で「経済合理性基準」(「当該行為又は計算に係る諸事情や当該同族会社に係る諸事情等を総合的に考慮した上で,法人税の負担が減少するという利益を除けば当該行為又は計算によって得られる経済的利益がおよそないといえるか,あるいは,当該行為又は計算を行う必要性を全く欠いているといえるかなどの観点から検討すべき」)を採用している。にもかかわらず、「原告を含むヴィヴェンディ・グループ法人は,UMGT又はUMIFを統括会社とするCMS(資本集中管理制度)に参加することにより,外部との金融取引を一括して行うヴィヴェンディの信用力(又はその背景にあるヴィヴェンディ・グループ全体の信用力)を利用して,個別に資金調達をする場合と比べて大規模かつ円滑な資金調達を行い得るメリットを享受していた(認定事実(2)ア〜オ)のであるから,ヴィヴェンディ・グループ全体の財務態勢が強化されることは,同グループ法人である原告にとっても,このようなメリットをより確実に享受することができることを意味するものであった」と述べ、原告単体ではなく原告を含むグループ全体での合理性に着目しており、単体に着目してきた従来の経済合理性基準と考え方が異なっている。結論の当否はともかく、この判示は、上級審で覆るであろう。

oi 消費税法上の権利確定主義を巡る裁判例について……香月堂事件・東京地判平成30年3月6日訟月65巻2号171頁税資268号順号13126平成28(行ウ)609号棄却・東京高判平成30年9月5日訟月65巻2号208頁税資268号13182平成30(行コ)101号棄却(上告、上告受理申立て)、プロパティエ事件・東京地判平成31年3月14日平成29(行ウ)142号棄却、アルコイリス事件・東京地判平成31年3月15日平成29(行ウ)143号棄却・東京高判令和元年9月26日平成31(行コ)90号棄却(第870回租税判例研究会漆さき2020.6.19報告)、東京地判平成31年3月15日平成29(行ウ)144号棄却・東京高判令和元年9月26日平成31(行コ)96号棄却

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