東地中海世界の
考古学と歴史
The Archaeology and History of
the Eastern Mediterranean World


番 外 編


エン・ゲヴ発掘 Ein Gev Excavation



発掘マニュアル


日本の発掘隊によるエン・ゲヴ発掘の参加者のために発掘の手引きを書いてみようと思う。イスラエルの発掘は基本的に同じような構成をとっているので、別の遺跡の発掘に参加する人の役にも立つはずである。

イスラエルを発掘する外国の発掘隊は学生を主とするボランティアを大量に動員するという点で非常に特殊な性格をもっている。他の国では作業員の大部分が現地の労働者で占められていることが多いが、そういう点を考えるとイスラエルの発掘は、考古学に関心をもつ学生たちが体験学習をする場であるともいえる。

そのような主旨のもとにアメリカの発掘隊などではボランティア作業員に発掘マニュアルを配る場合がある。発掘が初体験であっても他の経験者と相談しながら発掘の実際に触れられるようにする工夫であろうと思われるが、実際には限られた人力を有効に利用するための方策であり、ボランティアに発掘作業を管理する基礎を仕込んでおくためでもあるのだろう。

発掘作業というのは末端においては基本的に肉体労働である。一度シーズンが始まってしまうと、自分の作業がどのような意味を持っているのかを改めて考える気になる人はあまりいない。発掘の打ち上げパーティなどで「あらかじめいろいろ知っていたら、もっと発掘は楽しかっただろうなあ」という感想を耳にすることが多いが、前もってある程度の知識を持っていれば、多少なりとも作業中に自分の仕事を全体の中に位置づけることもできるだろう。この文章の目的もそれを多少なりとも助けようということにある。これをきっかけに考古学により強く関心をもつ人が増えれば、幸いである。


    一日のスケジュール
      4:30 頃    起床、各自で軽食
      5:30      作業開始
      8:00 頃    朝食
      12:00頃   作業終了
          昼食、休憩
      4:00-6:30   遺物の洗浄作業など
          夕食
      8:00-9:00   日によってレクチャーなどあり


多少の変更はあるだろうが、基本的な一日の作業の流れは上の通りである。ここでは生活一般については書かない。午前中の現場での作業と夕方の遺物の洗浄作業のことが中心になる。


作業単位の構造
エン・ゲヴの場合、作業現場はひとつにまとまっている。1961年にもイスラエル人による発掘があったが、それは現在日本隊が掘っている場所とは別の場所である。このように同じ遺跡であっても現場が離れている場合には「地区(Area)」として区別し、それぞれに名称を与える。エン・ゲヴでは以前の発掘を「A−D地区」、現在の日本隊の発掘現場を「F地区」としているが、現在はひとつの地区しか掘っていないので、現場ではあまり意識されない。

遺跡が非常に大きい場合は、まず遺跡をいくつかの「フィールド(Field)」に分け、その中にさらに「地区」が設けられることもあるが、中規模の遺跡で複数の区域が着手される場合はそれぞれにあらかじめ「地区」の名称を与えるのが一般である。基本的にこの「地区」を独立した発掘調査の単位と見なしても差し支えなく、それぞれに「総監督」とも呼ぶべき責任者がおかれる。エン・ゲヴのようにひとつの遺跡にひとつの地区だけで作業が行われることも多い。また、各地区に記録担当の責任者がおかれる。以下では「記録係」とする。

実際の作業は「スクウェア」ごとに進められる。「スクウェア」は5メートル四方の区画だが、「ボルク」(後述)が各辺に50センチ残されるため、実際には4メートル四方の区画を掘ることになる。この区画の大きさは便宜的に変えられることもある。

1つから3つの「スクウェア」ごとに責任者がおかれる。エン・ゲヴでは「スーパーバイザー」と呼ばれているが、ここでは単に「責任者」とする。基本的に発掘隊の隊員がなることになっているが、ボランティアを含む修士の学生などが担当する場合も多い。ひとつのスクウェアに4〜5人の作業員が入る。これが作業集団の最小単位である。


発 掘 作 業

一日の作業はスクウェア単位で必要な道具を揃えることから始まる。スクウェアによって、あるいは日によって作業の重点が異なる場合が多いので、他のグループと相談の上、効率の良い道具の利用が望まれる。それぞれの作業はスクウェアの責任者の指示のもとに行われる。

(1) 作業面は常に水平に
作業の基本は掘っている面を常に水平に保つことである。厳密である必要はないが、スクウェア内の深さは常に一定であるようにしなければならない。石列などの遺構が出土しない限り、掘られた部分は常に直方体になっているのが理想である。作業中にときどきスクウェア全体を見渡して、掘っている面が傾斜しすぎていないかを確認し、高い部分を先に掘るようにする。また、一ケ所を極端に深くしすぎたり、遺物にとらわれてそれを追跡するようにして穴を作ってしまうことは絶対に避けなければならない。

(2) 遺物の収集
現代の地表面を掘り始めたときから、何か人工的なものを見つければそれを取り除けて保管しておく必要がある。それが例えばコカ・コーラのビンであっても理論的には保管しておくべきである。それはその部分が現代に属すことを証明していることになるからである。しかし、実際には明らかに現代に属す出土物は破棄される。

出土物は主として土器片だが、思いがけないものが人工物だったりする場合もあるので、常に注意する必要がある。土器は層位の年代解釈で重要な役割を果たしているが、完全な形で見つかることは少なく、多くは破片である。もちろんどんなに小さな破片であってもすべて収集する。また、動物の骨、炭化した植物の種子や木片などは人工物ではないが、収集しておくのはもちろんのことである。炭化物や金属は素手で触ってはいけない。手の油分が附着してしまうなど、理化学的な分析に好ましくない影響が出ることを避けるためである。

遺物は見つけた地点ごとに収集される。先史時代の発掘では、発見された地点そのものが記録されるが、歴史時代の場合は後述する「ローカス」という単位ごとにバケツの中に入れておく。このバケツは不要な土を搬出するための黒いバケツと区別するためにオレンジなどの色がついたバケツが用いられるのが一般である。

この収集用のバケツは「バスケット」と呼び慣わされており、遺物整理の最小単位となる。日ごとの作業終了後、回収され、夕方の土器洗滌作業に備えて水を入れるので、水に浸けると壊れてしまう炭化物などの特殊な出土物は記録係などが別途保管する。

収集の際に特に注意しなければならないことは、出土地点をはっきりと確認しておくことである。それゆえ、出土物は取り上げたらすぐに遺物用のバケツに入れることが望ましい。出土地点が確認できない、あるいは確証のもてない遺物は遺物用のバケツに入れてはいけない。こうした混入は年代決定等に致命的な問題を引き起こすので、十分に注意しなければならない。もし出土地点が不明な遺物を見つけた場合は自分で判断せずに責任者に相談する。また、混入に気づいた場合はその時点でその遺物用のバケツは使用をやめ、速やかに責任者と記録係に報告しなければならない。

また後述するように、完全な形をとどめている遺物が見つかったときには、すぐに取り上げず、周辺の状況を含めてよく観察する。

(3) ボルクとセクション
5メートル四方のスクウェアには各辺に50センチ掘らない場所が残される。隣のスクウェアとの間には併せて1メートルのあぜ道状の部分が残されることになるわけだが、この部分を「ボルク(baulk)」と呼ぶ。

ボルクは土層の垂直方向の重なりを観察するために残される。掘り進んでいくとスクウェアは四方を壁で囲まれた形になっていくが、その壁を「セクション(section=断面)」と呼ぶ。このセクションを垂直かつ滑らかに成形することによって、土層の重なりを観察することが容易になる。掘っているときには気づくのが難しい土層の変化をセクションを「読む」ことで確認できるのである。

それゆえ、セクションは部屋の壁のように常に垂直かつ滑らかに成形されなければならない。ある程度の深さになってからセクションを成形するという考え方もあるが、これは遺物の混入の原因になるので、セクションが垂直になっているかを常に気をつけていなければならない。セクションの成形にはある程度の技術を必要とするので、スクウェアでひとり担当を決めておくといいかもしれない。

(4) ローカス Locus
ラテン語を語源とする「ローカス」という言葉は「場所」を意味しているが、考古学においては「周囲とは明確に異なる特徴が識別される最小単位」などと定義されている。

例えば、壁で囲まれているひとつの部屋はひとつのローカスであり、その部屋には「ローカス・ナンバー」が与えられる。周りを囲んでいる壁そのものもローカスであり、それにもそれぞれ番号が与えられる。より実際的な例でいえば、スクウェア内を横断して石組みの壁が出土した場合、その両側の空間と壁にそれぞれ別々のローカス・ナンバーが与えられ、それぞれに遺物用のバケツがに割り当てられる。それゆえ、ひとつのスクウェアに複数のローカス、つまり遺物用のバケツがあるのは珍しいことではなく、そういう場合には特に出土地点に注意しなければならない。

この原則は垂直方向にも適用される。明らかな床面が出土した場合、それによってそれまでのローカスは終わり、床面とその下の土層に新しいローカス・ナンバーが与えられる。また、ピット、貯蔵穴、かまど、墓など、同じ性格をもつ部分も個別のローカスである。

こうしたローカス・ナンバーは記録係が整理し、それぞれの遺物用のバケツにはローカス・ナンバーなどを記したタグ (荷札) がつけられる。ローカスはその特徴に明らかな変化が認められるまで継続されるため、場合によっては2シーズンにわたって同じローカスが継続することもある。

ローカスは年代決定の最小単位である。ローカスの年代はそこから発見される土器のうちで最も新しいものの年代によって決定される。それゆえ、より新しい時代とされるローカスから土器片が誤って混入すると年代決定に致命的な問題が起こってしまうので、遺物の混入には十分に注意しなければならないのである。


(5) 作業上のポイント
ここまで書いてきたことは調査の基本的な必要事項を満たすための要点だが、ここでは実際の作業において、どのような点に注意して作業したらよいかを述べていくことにする。

    石組みの壁/建物の土台
    イスラエルにおいては、建造物はたいてい石造りの土台の上に日干しレンガをのせて作られていた。ある程度の高さまで石で壁が作られている場合もあるが、壁の上部まで石で作られるようになるのはかなり後代のことである。ヨルダンなどで今でも日干しレンガを積んだ造りの家を見ることができる。このようなわけで、発掘作業中に見つかる石は建物の一部である可能性がある。上にのせられた日干しレンガが識別できることは稀だが、土の固さなどが周辺と違う部分が線状に認められる場合にはレンガの壁である可能性が高い。また、石組みの土台をもたない壁も珍しくない。

    石が建物の一部である可能性があるからといって、砂利のような小さな石にまで注意しなければならないというわけではない。とりあえずコブシくらいの大きさの石が見つかった場合には少し注意を払うようにする。

    掘っている面が常に水平になっているのが理想であることはすでに述べた。それゆえ、コブシ大の石が見つかったときに、その周辺を整理すれば、別の石があるかないかはすぐにわかるはずである。見つけた場所から石が動いてしまった場合は除去してかまわない。容易に動かないほどに大きな石はその周りに関連しそうな石がなくても無理に取り除こうとする必要はない。

    同じ高さに大きめの石が複数出土した場合、それは壁の一部であるか、あるいは床面の一部である可能性が強い。発掘面の整理を進めて、慎重にその石の意味を確かめる。床面と考えられる場合には、その時点でローカスが変わるため、それまでのローカスを完全に終了させるためにセクションの成形を含めて、その面を徹底的に清掃する。

    建造物の壁と考えられる場合には、その壁の上面を確認したあと、ローカスを更新し、その両側を掘っていく。この進行は基本的にスクウェアの責任者に任されているが、隣接するスクウェアの進行状況に考慮する必要がある。

    床面と土層の変化
    出土した壁と同じ建物に属す床面は一般に石壁の上面よりも低いところにあるが、石敷きやプラスター (plaster=漆喰) が張られている場合を除いて床面の発見はかなり難しい。

    床面の重要性はその面によって、それ以前の時代の遺物が完全に封印されていることが確認できることにある。建物に付属する床面だけでなく、ある時代の地表面と考えられる面の発見にも同じような意味がある。

    すでに述べたように、床面、あるいは土層の変化は後からでもセクションを「読む」ことによって識別することができるが、作業中にそれが発見された方がいいのは当然である。土層の変化を識別するためには、常に土の固さ、色、土器の含有量などの変化に気を配らなければならない。

    新しい土層に達したことを示している現象として、比較的識別しやすいのは、土器片などが水平に散在していること、灰や木炭など焼けた物質の含有量が多くなり、土が全体として黒くなること、表面に石がおかれていることなどであろう。こうしたことから発掘が水平を保ちながら進められるべきとされる理由がわかるだろう。もちろん、こうした床面がいつでも水平であるとは限らないが。また、土の中に白い物質が含まれているのを見つけたときにも注意が必要である。床面にプラスターが張られていたことを示している可能性があるからである。

    土の固さなども重要なポイントである。生活の場として踏み固められた部分はやはり比較的固い土層として残っている場合が多い。通路などであった場所には砂利が敷かれている場合もあるので、小石の量が増えることによっても床面の存在を推定できる。エン・ゲヴは湖に近いので川砂など目の粗い砂を利用した整地が行われていた可能性は高い。また、小さいピッケルでたたくと土が水平に剥がれるといった場合もその部分がかつての地表あるいは床面であった可能性がある。

    ピット、貯蔵穴
    ある平面を掘っているときに局部的に性格の違う土の部分が見つかることがある。この場合、後の時代に掘られた穴であるか、前の時代から残っていた部分であると考えられるが、たいていは後の時代に掘られた穴である。

    主として局地的に柔らかい土面が現われることによって後の時代に掘られた穴の存在は推測されるが、土質だけでなく、骨、灰、土器が通常より多く含まれている場合も注意しなければならない。穴の用途は容易にはわからないが、ゴミ穴か、貯蔵穴であったと考えられる。穴の側面に沿って石が組まれている場合もあり、この場合は穀物などを貯蔵するサイロの類と考えられる。

    いずれの場合もその部分には個別のローカス・ナンバーが与えられ、周囲を掘る前にその穴の部分のローカスを終了させなければならない。石が組まれていない場合は土質だけが頼りであり、気づかずに掘ってしまうと遺物の混入が起こってしまうので十分な注意が必要である。

    ファウンデーション・トレンチ
    建造物の礎石、すなわち現場では「壁」と呼ばれている石組みが実際にはどう造られたのかについては二つの考え方がある。ひとつは当時の地表面に直接組み上げられたとするものであり、もうひとつは建設計画に沿ってあらかじめ溝が掘られ、その溝に埋め込むような形で石を組み始めたとするものである。後者の場合の溝を「ファウンデーション・トレンチ foundation trench」と呼ぶ。

    ファウンデーション・トレンチと石組みの間にはいくらか隙間が残るが、この隙間は新しい床面が形成される際に埋められたはずである。つまり、溝が掘られた地表面の下に残されている遺物よりも新しい時代の遺物がこのファウンデーション・トレンチの中に入り込んでいる可能性があるということであり、発掘時にこの溝の存在に気づかなければ遺物の混入が起こることになるわけである。

    ファウンデーション・トレンチの識別方法としては、壁際の土質の違いを注意深く観察すること以外にない。ファウンデーション・トレンチである可能性が認められた場合、実践理論的には壁から五〇センチ程度の部分を隔離し、ローカスを分け、混入を避けるようにするとされている。こうした点においてはピットなどに対する対処方法と同様である。

    しかし、実際には作業過程でファウンデーション・トレンチが識別されることは稀であり、多くの場合はセクションにおいて識別される。このように後から識別された場合には出土物にある程度の混入があったことを考慮しなければならない。

    墳   墓
    墳墓が独立したローカスを構成していることはいうまでもない。定住地外で見つかる墓地などでは問題は少ないが、定住地内で墓が見つかった場合にはローカスをしっかりと分けなければならない。居住地内部、つまり層位関係をもつ地点で墓が発見された場合には、周辺との関係、どの層位から掘られているかを確認することが最も重要である。いずれにしても、基本的な手順はピットなどの場合と同様である。

    エン・ゲヴでは遺跡丘が近世にかけて遊牧民ベドウィンの墓所であったことがすでにわかっているが、ベドウィンは時として墓を非常に深く掘って造る。実例を挙げれば、上の層に残っているヘレニズム時代の建造物を掘り抜いて、鉄器時代の建物の床面とほぼ同じ高さのところからベドウィンの墓が見つかっている。

    鉄器時代を中心としているエン・ゲヴでは居住地内からベドウィン以外の墓が見つかることはおそらくないと思われるが、青銅器時代には住居の床下に家族、特に幼児の墓を造ることは珍しいことではなかった。

    墓の種類にはいろいろある。最もわかりやすいのは石組みの囲いがしてあるものであろう。石列で囲まれているが部屋にしては小さすぎる空間が見つかった場合にはほぼ間違いなく墓である。多くの場合、その空間の上に平たい蓋石がかぶせられている。ベドウィンの墓はこの形式である。

    土器を棺代わりにした甕棺墓もイスラエルでは珍しくない。大型の土器の場合は火葬後の遺灰ではなく、遺体がそのまま収められている。大きめの土器が横におかれている場合にはこのタイプの墓である可能性が高い。先に述べた住居の下に埋葬される幼児の墓は多くがこのタイプである。パレスティナでは火葬は鉄器時代以降に見られ、遺灰が土器に収められている場合もないわけではないが、一般的な風習ではなかった。

    単に地面を掘って埋められた単純な土葬や、岩盤を刳り貫いて造った竪穴式の墓 (Shaft Tomb) などもよく見られる例だが、これらは基本的に独立した墓地に見られるものである。その他、洞穴を墓地にしているものでは石棺を用いている例もある。

    いずれのタイプの墳墓が発見された場合でも、墓の形式、大きさがまず第一に観察される。遺体そのものの保存状態がいい場合には、埋葬個体数、安置されている方位、顔の向き、姿勢などが重要である。埋葬個体数は頭蓋骨の数によって確認される。骨の形質人類学的な分析は可能であれば専門家に依頼したい。副葬品がある場合にはそれぞれの位置を厳密に記録し、遺体との位置関係を観察する。

    遺体が最終的にどのように扱われていたかは興味深い問題である。木製の棺が用いられている事例はほとんど知られていない。布で全身がくるまれていた可能性が一番高いが、それが確認できるほど保存状態のいい遺体はパレスティナではあまり見つかっていない。また、人骨の出土すべてが埋葬を示すものではないことにも注意が必要だろう。天災、戦災、その他の理由で死亡し、そのまま埋まってしまった可能性もないわけではなく、そうした例もいくつか知られている。

    墓の発見、特に保存状態のよい遺骸の発見は非常に興味をひくものだが、イスラエルでは人骨の出土は非常に微妙な問題をはらんでいる。詳しくは述べないが、宗教的に敬虔な人々がこうした行為をあまり好ましく思わないことに考慮して、不必要に騒がないようにしたい。

    「イン・スィートゥ(in situ)」
    珍しい出土物、ほぼ完全な形で出土した土器はできるかぎり、出土した場所で出土したままの状態で (in situ) 観察する。まず作業を中断し、責任者、記録係を呼び、写真を撮る準備をする。複数の遺物が同一平面で出土した場合には、遺物そのものにはできるだけ触れないようにしながら周辺を整理し、できるだけ多く広い文脈の記録を残せるようにしたい。この種の出土物は以下のような物である。

    フリント、石製容器、ビーズ、各種アクセサリー、骨角器、金属器、粘土製あるいは金属製の像、錘、印章のおされている容器の把っ手、スカラベ、スカラボイド、円筒印章、貨幣、彫刻、象牙製品、文字資料、紡錘車


ま と め
イスラエルの発掘でとられている方法はエリコ、サマリア、エルサレムなどを発掘したイギリスのK・M・ケニヨンと、シケムなどを発掘したアメリカのG・E・ライトの名前をとって「ケニヨン・ライト法」と呼ばれることがある。

セクションの分析によって各土層を注意深く識別し解釈するのがケニヨンの方法だが、ライトの方法は出土物の検討、解釈によって土層の分析を充実させるというもので、両者は互いに補完しあう性格をもっている。

つまり、セクションの解読によって土層の違い、すなわち時代の違いを識別し、具体的な時代を土器によって推定していくことが発掘調査の中心になる。それゆえ、セクションの成形と土器の適切な収集が極めて重要なのである。



遺物の洗浄作業

出土した遺物は午前中の現場での作業が終了したあと、バスケットごとに所定の場所に集められ、夕方の洗浄作業に備えて、水に浸けておく。特殊な遺物は別途処理することもあるが、土器片などの一般的な遺物はブラシによる水洗いで泥、粘土などの付着物を落とすだけである。それを天日で乾かした上で、後日の遺物の検討作業にまわされる。

この作業もやはり出土物の出所に注意して行なわなくてはならない。発掘現場でローカスに従って分けられた遺物が洗浄作業中に交ざってしまっては何にもならない。

この遺物の洗浄作業は、のちの記録作業や復元作業のために重要な役割をもっている。十分にきれいになっていないと、土器の表面などに描かれているかもしれない紋様や刻印などを見逃してしまうことにもなるし、実測図が不正確になることもありえる。

出土物は土器片がほとんどであり、それもほとんどが破片だが、表面部分だけでなく、割れ口の部分もきちんと汚れを落とさなければならない。割れ口によって土器の種類が特定できる場合があるからである。また、復元するときには割れ口が接合部分になるので、そこに泥が残っていれば、復元の妨げになるし、接合時にもう一度きれいにしなければならなくなり、二度手間になる。

ひとつの遺物用のバケツに入っているものの洗浄が終わったら、その土器片の数を数えてタグ(荷札)の裏に書いておく。骨や石器などが含まれている場合にはその数も別途記す。こうした数はあとで統計資料としてまとめられるので、忘れずに数えなければならない。もし明らかに復元可能であることが確認される土器片の集合を見つけた場合には、その集合をひとつと数える。

自分で掘った場所からの遺物を洗浄することが好まれるが、出土量はスクウェアによってまちまちなので、自分たちのものが終わったら別のグループのものも手伝うようにする。



次 項「記 録 法



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