東地中海世界の
考古学と歴史
The Archaeology and History of
the Eastern Mediterranean World


番 外 編


エン・ゲヴ発掘 Ein Gev Excavation



発掘マニュアル

記  録  法

記録は遺物、遺構の整理、検討の基礎となるものであり、これをおろそかにしている発掘は発掘ではなく、単なる宝探しである。

正式な発掘の記録は「記録係」が発掘地区全体を回り、発掘の進行に従って一定の書式のもとに作成されていく。実務は「記録係」が主として行なうので、個々の作業員が記録法の詳細を知らなくても問題は起こらないが、記録されるのは作業員の作業内容なので、何が記録において重要なのかを知っておくことは決して無駄なことではない。発掘隊によって書式等に多少の違いはあるようだが、基本的な作業内容は共通しているはずである。

個々の作業グループに属さず、始終現場を彷徨いている「記録係」はエン・ゲヴではある種、特殊な存在である。「あの人は一体何をしているのだろう?」という単純な好奇心を満たしつつ、かつまた、将来こうした作業を担当する人の参考になれば幸いである。

「記録係」の主たる仕事は以下の通り。

    ・ローカス番号、バスケット番号の管理と整理
    ・レベルの測定
    ・写真撮影時にローカス番号などを確認
    ・遺物分類の補助


ローカス番号、バスケット番号
表土面から掘り始めたスクウェアを例にとる。表土面に設定されたスクウェアはその時点ですでにひとつのローカスと定義される。こうしたローカスに遺物用バスケットがひとつずつ与えられる。

土層の性格が変わらない限りローカス番号は変更されないが、一日の作業の始まりには常に新しい遺物用バスケットがそれぞれのローカスに与えられ、そのバスケットそれぞれに毎日新しいバスケット番号が与えられる。つまり遺物用バスケットにはローカス番号とバスケット番号が記されたタグがつけられることになる。タグにはその他に日付、スクウェア名などが記されている。タグに記されたこうした内容が記録の基礎である。

同じローカスが何日も続くことは珍しいことではなく、同じローカス番号のバスケットがいくつもできることになるが、バスケット番号が同じバスケットというのは遺物の量が多すぎる場合などに便宜的にバスケットを二つに分ける場合を除いてあり得ない。

こうした日々の遺物用バスケットをまとめて記しておくものが「バスケット・リスト」である。ここには日付、ローカス番号、バスケット番号の他に、その日の作業開始時と終了時のレベル、土質などが記入される。現場で記入しておくことはこのくらいだが、あとで述べる「遺物の分類 (ソーティング)」の時にはそれぞれのバスケットについて遺物の年代、出土した土器片の数、土器片以外の石器、骨などの有無なども記される。

あるローカスのその日の作業についてちょっとしたメモなどを記しておきたい場合があるが、エン・ゲヴで用いている書式にはそうしたことを書く欄は設けられていないので余白に記しておくしかない。こうしたメモの内容としては、遺物の年代が一見して明らかな場合や、特殊な遺物が出土したこと、理化学的な分析にまわされる予定であることなどが挙げられる。「バスケット・リスト」の記入は消えたり擦れたりしないボールペン等ですることが望まれる。


略  図
発掘の進行に従って、遺構が出土し始めるはずである。もちろん出土しないこともあるが、それでは説明が進まないので出土するものとする。

ある程度の大きさの石がバラバラに出土し始めた時、それが遺構出土の前触れである可能性があることにはすでに触れた。こうした石のすべてが遺構であるわけではないが、作業過程においては何らかの意味があるものとして記録しておく。

「略図」はそうしたものも含めて作成される。一日の作業が始まるときに前日までの遺構の出土状態を大まかに描く。内容は建造物、壁、床、ピット、サイロ、墳墓など。出土状況が一日のうちに急進展して、略図が繁雑になりそうな場合にはもう一枚改めて略図を作成してもよい。

略図にはその日の段階で継続しているすべてのローカスの位置を番号で示しておく他、その日、作業が行われるローカスについてはバスケット番号も記す。遺構図のスケッチは鉛筆でするのが通例だが、この二種類の番号については色違いのボールペンを使うのがわかりやすく便利である。

また、珍しい遺物や完全な形で出土したものは、この略図に出土した位置をできるだけ正確に記し、他に適当な書き込み場所がなければレベルも略図内に記す。また、層位不明のまま動かさざるを得なかった大きな石などの位置とレベルもそこに記入する。

記録係の一日の最初の作業は、略図を作成しながら、作業が行われているローカスの遺物用バスケットにタグをつけ終わったところで一段落する。


ローカス・シート
ローカス・シートは日々の進行を記録してあるバスケット・リストのデータをローカスを基準にして整理しなおしたものである。非常に繁雑なので、現場で記すことはあまりないが、それぞれのローカスの性格、つまりそのローカスを分けた理由などは記しておきたい。

ローカス・シートはひとつのローカスそれぞれについて作成される。水平、垂直の両方向で隣接するローカスや、そのローカスを区切っている壁のローカス番号など、そのローカスと関係しているすべてのローカス番号を記しておく他、そのローカスから出土した遺物のバスケット番号をすべて記入する。

あるローカスでの作業の進展具合を細かく残しておきたい場合には別紙を用いてもよい。これはあとで発掘過程を振り返るときに非常に役に立つので記録係は個人的にでもメモを残しておきたい。スクウェアの責任者もメモを取っているが、複数の記述が残っていた方がよいのは当然である。責任者との相談の過程などが残されているとさらにいいだろう。こうしたメモは本来、ローカス・シートに添付されて公式の記録に属すものとされるべきだが、個人的なものとされている発掘隊もある。


ローカスの更新
いかなる出土物であれ、必ずいずれかのローカスに属す。ローカスは後でひとつのローカスにまとめることができるので、少なすぎるより多すぎるほうがいいと一般にかんがえられているが、性格をはっきりさせることができないのに無暗にローカスを更新することにはあまり意味がない。そういう場合には理由を明記した上でバスケットを更新するだけでも十分である。無暗に更新してその後に更新の理由がわからなくなるという愚は避けなければならない。ローカス番号の更新ははっきりとした根拠をもって行われなければならないのである。

ローカスを更新するときには、まずそれまでのローカスでの作業が完全に終了しているかを確認し、遺物用バスケットを隔離する。その後でローカスのレベルを測り、新しい遺物用バスケットに新しいローカス番号とバスケット番号を記したタグをつける。略図上にそのローカスの形状をスケッチし、新しいローカス番号を記してその位置を明確にしておく。同時にその新しいローカスのためのローカス・シートを作成し、更新の理由、ローカスの性格などを簡潔に記しておく。

壁、床などの遺構が確認された場合には略図のスケッチの形状を整え、その壁あるいは床そのものにローカス番号を与えるだけでよい。これについてもローカス・シートは作成される。かまどや炉、水溜、サイロ、排水渠、墓などについても同様である。


レベルの測定
なるべく多くのレベルを取っておくのが理想だが、日々の作業では以下の場合には必ずレベルを測定しなければならない。

  • 一日の作業の開始時と終了時(開始時については前日の終了時のレベルを写しておく)
  • ローカス番号、バスケット番号の変更時
  • 個別に保存すべき出土物があったとき(完全な形で出土したものなど)


写 真 撮 影
作業の進展状況を視覚的に記録しておくために、一日の作業が終了した後、その日に作業が行われたすべての場所を撮影する。この撮影は基本的にスクウェアごとに行われるが、ローカス番号などを記したボードを用意するのが記録係の仕事である。撮影は発掘隊の撮影担当者が行う。こうした日誌的な撮影が行われない発掘隊もある。

報告書用の写真は広い範囲を含む場合もあるため、清掃作業、道具の撤去などを全体で協力して行う。個別の比較的狭い範囲の撮影ではローカス番号などを記したボードを用意する。



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